───ある日、母親が死んだ。
よく解らなかったけど、なにかの事件に巻き込まれたと誰かが言っていた。
当時、『死』の意味も知らなかった俺は、
黒い服を着て泣いている親父に疑問を抱いたものだ。
───それから数年経って、親父は誰かと再婚した。
悲しみに抱かれ、酒ばっかり飲んでいた親父が立ち上がるきっかけとなった女の人。
正直……母親の顔も覚えてなかった俺にとっては、
親父が酒を飲まなくなっただけで救われる思いだった。
ただひとつのとっかかりがあるとすれば、相手側もこれが再婚だったということ。
その人には娘が居た。
『烏丸 小鳥』っていう女の子。
それがその日から『美作 小鳥』になった……ただそれだけ。
俺と小鳥は丁度反抗期のような時期を向かえていたため、
お世辞にも仲の良い義兄妹とはいえなかった。
おかげで日々、無視をし合うような関係だ。
親父と義母が幸せそうにしてる中、
俺と小鳥だけは仏頂面で日常の中に埋没していたものだ。
そんな調子で日々に流され……やがて訪れた高校一年のとある日。
なんの前準備もしていなかった俺達に、ひとつの報せが届いた。
『ご両親が交通事故でお亡くなりになられました』。
単調な言葉だったのを覚えてる。
その報せの電話に出たのは俺で、そこには小鳥は居なかった。
だからだろうか。
そんな声で話された所為で実感が沸かず、俺はその事実の先に現実が見えなかった。
けど、小鳥は違った。
俺がそのことを知らせると大声で泣いたし、報せた俺に物を投げてきたりもした。
普通だったら気を使って宥めたりするんだろうけど、俺達は違った。
初めてお互いが叫び合って、喧嘩をしたのだ。
お互いが嫌い合ってた仲だ、それも当然だと今でも思う。
───親父と義母の葬式は全部他人に任せて、気づけば俺達はふたりきりになっていた。
それから無我夢中で生きるしかなかったんだ。
たった一年を生きることがどれだけ苦しいことかを俺達は知った。
いや、詳しくは俺が知ったのだ。
小鳥に苦労させた覚えは無い。
金は俺が稼いだし、寂しそうにしてる時はからかって全力で怒らせたものだ。
胸の中の黒いものを吐き出せばスッキリするだろうと思ったから。
けどまあ、それは逆効果に終わり……俺は小鳥に随分と嫌われた。
昔の俺だったら放っといたんだろうけど、今の俺は家族ってものを知っている。
それを教えてくれたのは小鳥の母親だ。
小鳥にちょっかい出していたのも、
自分の父親が死んだことで未だに落ち込んでた小鳥を元気づけるためだったし、
義母に言われた所為でもある。
その全てが裏目に出たために俺は嫌われたわけだが、小鳥が元気になったのは確かだ。
今は嫌々ながらも家事はやってくれている。
もちろん、目が合えば睨んでくることばかり。
実を言えば、俺は一度しかあいつの笑顔を見たことがないのである。
そんな状態のままで迎えた高校二年の夏。
俺と小鳥は、未だに打ち解けることなく生活していた。
───01.稼ぐ者───
ガチャッ───
鴉 「お疲れっしたー!」
……バタンッ!
鴉 「……っと、ひーふーみーよー……」
給料日の夜、俺は給料袋を開けて金を数えてから財布に突っ込んだ。
鴉 「さてと、次のバイトはっと……」
小さなメモ帳を片手に予定を見る。
今日は……ん、これで終わりだ。
鴉 「オッケ、んじゃあ帰るか」
ほどよい気だるさの残る体をぐぅっと伸ばし、一息をついてから歩き出す。
メシは仕事場の賄いで食ったから申し分ない。
金の節約にもなってありがたいばかりだ。
鴉 「小鳥は……ま、適当に食ってんだろうからお土産いらずで丁度いい」
仕事場から歩いて20分程度のところにある自宅。
親が唯一残してくれた住処を目指す。
保険金なんかは葬式代や今までの生活費で大体が消えた。
俺が働けるようになってからは俺がなんとかやりくりしてきたが、
義妹は俺が働いてることなど知らない……というか教えてやらん。
俺達の仲はこれくらいが丁度良いのだ。
あいつは俺を嫌ってるみたいだし、俺はどっちでもいい。
それならあいつの意見を尊重するべきで、
俺達は付かず離れず、好かず嫌わず(いや、嫌われてはいるが)の関係を続けている。
笑ってしまうような状況だ。
俺のことに関心が無いから俺のことを訊かないがために、
あいつは俺が金を稼いでることを知らず、
時折俺に『働けばいいじゃない!』とか言ってくる。
なにも知らないってのは幸せの証。
いいんじゃないか?それで。
鴉 「……っと、到着」
考えごとをしながらだと案外早いもんだ。
ガチャリ……と玄関を引き開けて、中へと入る。
鴉 「ただいまギョ〜」
まるで心の篭ってない帰り文句はいつものこと。
もちろん迎えてくれる存在などは無い。
……いつもなら。
小鳥 「………」
が、今日に限って何故かどこかへ移動しようとしていたらしい小鳥と遭遇。
その目が『また遊んできたの……?』という睨みへと変わるのに0.5秒。
相変わらず早い。
鴉 「金を稼いできたんだ、そう睨むな」
小鳥 「お金……!?また誰かからふんだくったの!?」
鴉 「………」
とまあ、俺が働いてることを知らんがためにこの一言。
慣れれば結構面白いぞ。
ちなみに『ふんだくった』という言葉は俺の趣味から来ている。
ああ、もちろんどこぞの不良のように、人に絡んで奪うのではない。
俺の趣味は『なんでも屋』なのだ。
金を払ってもらえばなんでもやるからなんでも屋。
それでガッコや外でちびちびと稼いでいたりする。
部活の助っ人やなにかの数合わせなどなど。
ただし、ヤバ目なものには絶対に手を出さない。
これ鉄則。
鴉 「フッ……我が義妹小鳥よ。どれだけ文句を言おうが貴様はこの金で育つのだ……。
超えてゆくがいい!数々の屍達を!!貴様は屍の上で成長してゆくのだ!」
小鳥 「冗談じゃないよ……!そんなお金使えるわけないよ!!」
鴉 「そうか、俺は使うぞ」
小鳥 「そんなことさせない!」
鴉 「いいや!するね!させたくなくば俺を止めてみよ!力ずく限定で!」
小鳥 「うっ……す、すぐそうやって暴力で解決しようとする……!卑怯だよ!」
鴉 「どの道お前泣くだろ。口で納得させようとしたら泣かれた俺の身にもなれ」
小鳥 「うくっ……」
ぐぅの音も出ないらしい小鳥の頭をポムポムと叩く。
鴉 「ふぉふぉふぉ、悔しかったら達樹の頭を五往復してみろ」
小鳥 「劉堂くんは関係ないよ!義兄さんがその行為をやめればいいんだよ!」
鴉 「なにを言い出すやらこの小童めが……
そういうことはだな、俺に頼らず生きれるようになってから言え」
小鳥 「いつわたしが義兄さんに頼ったの!?いつ!」
鴉 「それは言えない。FBIに口止めされてるんだ」
小鳥 「FBIは関係ないよっ!真面目に答えて!」
鴉 「あれはまだ貴様が俺の義妹になる前のことだった……」
小鳥 「その時点でわたしとの接点なんてなんにもないよ!!」
鴉 「……お前さ、なんて言ってほしいわけ?」
小鳥 「困ってる人からお金を巻き上げる行為を今すぐやめるって言って……!!」
鴉 「コマッテルヒトカラオカネヲマキアゲルコウイヲイマスグヤメル。
ちなみに言うだけで、実行するとはだぁ〜れも言ってない」
小鳥 「ッ……!!」
敵意剥き出しの目。
いつ見ても心地いいものだ。
鴉 「解ってねぇなぁ小童。
金出してまで助っ人を頼みたくなる状況を作るヤツの方が悪いってことに、
どうして気づかないんだよ」
小鳥 「その弱みに付け込んでお金を巻き上げる人だって悪いじゃないっ!!
そうやって自分だけを正当化して満足!?」
鴉 「馬鹿者。人間ってのは自己満足の奴隷みたいなもんなんだよ。
そういう言葉はな、そうならないように努力出来たヤツだけが言う言葉だ。
……そして、お前はそれに当てはまらない。
親が死んだ時に泣くことしか出来なかったお前に当てはまるわけがないんだ」
小鳥 「うくっ……!な、なによ……!こんな時にそのことを言うなんてひどいよ……!
親が死んだことを悲しむことのどこが悪いの……!?」
鴉 「さぁな。少なくとも俺は泣かなかったよ。
それからのことを考えるだけで頭がどうかしそうだった。
俺が幼い頃から親に教わった言葉は『人の全てを信用するな』だった。
頼れる人が居なくなったその時、
俺が誰を信用するべきかをどれだけ考えたか知ってるか?
お前も覚えてるだろ?近所に住んでたあの男と女が俺達を騙したことを」
小鳥 「そ、そんなこと、今は関係ない……」
鴉 「イカレてるよな。
親を亡くした子供を騙して、保険金をまんまとせしめて蒸発しやがったんだ。
なんていったっけ?十六夜……だったか?
俺はな、あの頃から初対面のヤツには完全に疑いを持って接するようになった。
信用できるのは数えられる程度だ。そん中にはお前も入ってる。
あんまり人を疑うようなことばっか言うな。
知らないってのは幸せだろうけどな、
知る努力もしないヤツにしつこく文句飛ばされる方の身にもなれ」
小鳥 「……知る必要があることでもあるっていうの……?」
鴉 「んー…………やっぱいい。オマエ、鈍感なくらいな方が馬鹿らしくて面白い」
小鳥 「っ!!ば、馬鹿……!?」
鴉 「んじゃな。メシは食ってきたからいいや」
小鳥 「義兄さんなんかに食べさせるものなんてないよっ!!」
鴉 「ああ、俺もお前の料理で食いたいものなんか一品もないなぁ」
小鳥 「〜〜〜〜〜っ……!!もう───知らない!!」
どっすどっすどっす……
小鳥が去った。
自分の部屋に戻ったんだろう。
まったく、面白いように言葉に翻弄されてくれるやつだ。
───……。
自室に戻ると、忘れていった携帯電話が点滅していた。
パチッと蓋を開けるように携帯を開いて操作すると、ディスプレイに映る『劉堂』の字。
達樹から電話があったらしい。
鴉 「ほい」
すぐさまにリダイアルしてみると、あっという間に出る。
声 『鴉か?お前な、持ち歩かない携帯に意味があると思ってるのか?
思ってるなら病院行け。そんでもう二度と帰ってくるな』
鴉 「おー我が心の友よ、元気してたか?」
声 『……人の話聞こうな?』
───『劉堂達樹(』情報。
俺の幼馴染であり、古くからの腐れ縁。
俺がバイトをしていることを知っている者でもあり、
高校生でありながらハゲでヅラな男だ。
……ちなみに家が隣同士である。
鴉 「余分なことはいいから。用件、あるんだろ?」
声 『あー、依頼が一件入ってるぞ。女の子を捜して欲しいってヤツだ』
鴉 「女ぁ?おいおい……今までの経験からしてヤバそうじゃないか?」
声 『ま、普通に考えればそうだわな。報酬は10万。期限は一週間以内』
鴉 「……毎度思うけどさ、どっからそういう依頼受けるわけ?」
声 『インターネットとか知り合いからだ。俺をナメるな』
鴉 「だな。ハゲが伝染る」
声 『伝染るかっ!!……ま、いい。写メール画像あるから送るぞ?
見つかったら連絡すりゃいいらしいから、
キッチリと【仕事】として受けなくてもいいらしい』
鴉 「なんだそりゃ……そういうのが一番怖いんだろうが……」
声 『10万は魅力的じゃないか』
鴉 「………」
劉堂達樹情報追加……金の亡者である。
おかげで俺がどれだけヒドイ目にあってきたか……
声 『ン……あ、すまん、電池切れる。また明日にでも送るわ。
今日はそれだけだ、んじゃな』
鴉 「そか。充電くらいこまめにしとけよ?」
声 『うっせ』
通話が切れるのを待ってからこっちも切る。
携帯を机の上に置いて、ベッドに倒れこんだ。
鴉 「……着替えるの面倒だな」
うん、このまま寝ちまうか……。
───……。
鴉 「ん……」
目を覚ます。
と、そこは当然自分の部屋。
時間は……ん、まずまず。
鴉 「今日の仕事は……」
懐のメモをめくってスケジュール確認………………夜からか。
夏休みってのも仕事だけで固めてると疲れるもんだ。
娯楽に熱中できるほど、生活潤ってねぇからなぁ。
鴉 「ほんじゃ、達樹に画像でも送ってもらうか……って、あいつは朝から仕事か」
……ま、たまにはいいか。
仕事のことは夜考えりゃいいってこった。
サー勉強勉強っと……。
───……。
鴉 「夏休みの課題、終わりっと……」
………………退屈だ。
どーせなら一日適当ペースでこなしていった方がよかったか?
暇に任せて終わらせちまって……あーあ、明日っからどう暇潰そうか……。
鴉 「……よし、達樹に迷惑メールでも出すか。えーと……」
携帯を操作して適当な文字を打つ。
鴉 「『キミの後ろに黒いハゲ』、と……よし送信」
……、……、……送信完了、と。
デゲデ・デゲデ・デゲデデーーーン!!
鴉 「早ッ!!」
携帯からファミコンゲーム『霊幻道士』の死亡時の音楽が鳴った。
言うまでもないが俺の携帯のメール受信音だ。
送信者は……達樹だ。
鴉 「『ハゲって言うな』か……。
あれだけ見事にハゲてて『ハゲって言うな』もないだろうに」
ヅラがヅレればシャイニングな男だからな、あいつは。
よし、訳解らん。
鴉 「さてと……そろそろバイトに行きますかぁ」
バイトまでの時間は結構あるけど、それはまあ立ち読みだのなんだので暇を潰そう。
鴉 「親しい友が達樹だけってのも……少々考え物だよな」
こういう時は特に。
あいつだって俺しか友が居ないわけだが、まあこれも金の亡者同士の友情というやつだ。
他のクラスメイトは俺達を遠巻きに見ているだけ。
そんなやつらといまさら友達になろうと思ったところで、長続きするわけでもない。
鴉 「馬鹿らし、行くか」
つまらないことを考えたと独り言をこぼし、適当な仕度を済ませて家を出た。
───…………。
鴉 「おはよーごさいますー」
仕事場裏の勝手口から中に入って一言。
たとえその時が夜であろうと、ここでの挨拶は『おはよう』なのだ。
社長 「はいおはよう」
奥方 「ごくろうさま」
軽い挨拶を交わしながら、着替えるために中へと入ってゆく。
と、そこには由未絵が居た。
鴉 「よっ、由未絵っち」
由未絵「………」
鴉 「………」
返事はなかった。
ただ特に関心のないような顔で見られただけだ。
鴉 「凍弥を待ってるのか?」
由未絵「………」(……コクリ)
たっぷりと間をとってからの頷き。
どうにもやりづらいが……まあ、親があれじゃあしょうがない。
仕事が忙しいのは解るけど、もうちょっと構ってやればいいのに。
鴉 「いいか由未絵。たとえどんな親でも、親が居るってことはいいことだぞ?」
由未絵「………」
う……視線に敵意が含まれた。
ここは別の話をもっていくとしよう。
鴉 「あー……由未絵はお母さんと凍弥と、どっちの方が好きだ?」
由未絵「凍弥くん」(キッパリ)
即答でした。
しかもキッパリとまあ……
鴉 (反抗期と寂しさとが混ざってるんかね)
そこに来たのが凍弥だし、
寂しそうだった由未絵が休める場所が出来たのはいいことだ。
───カチャッ……
鴉 「ん?」
凍弥 「うわっ!やばっ!」
住人用玄関に続くドアが開いたと思ったら、凍弥が居た。
由未絵を迎えに来たんだろう。
だがしかし、人が居ると思うや否や逃走しようとドアを閉める。
鴉 「待て待て、俺だ凍弥」
凍弥 「え……鴉?」
鴉 「呼び捨てにされる覚えはないが……まあいい、由未絵を連れに来たんだろ?」
凍弥 「うん……」
鴉 「だったら連れていってやれ。お前が来るのを待ってたんだぞ?
これで連れていかなかったらお前、極馬鹿下郎だぞ?
ガキはガキらしく外で遊んでこい」
凍弥 「な、なんだよそれ……感じ悪いなぁ」
鴉 「俺はいつもこんなんだ。ゲームなんぞ成長してからいくらでも出来るんだ、
ガキん頃からそんなことじゃあ体がナマるだけだぞ」
凍弥 「誰もゲームやるなんて言ってないだろっ?
鴉こそ俺達と話してる暇があったら仕事しろよなっ!」
鴉 「フッ……お前がここに勤めるようになったとしたら、
いつまで同じことがほざけるか」
凍弥 「いつまでだってほざいてやるっ!ほらっ、行くぞ由未絵っ!」
由未絵「あ、う、うん……」
鴉 「交通事故には気をつけろよ〜」
凍弥 「うるさいばかっ!」
ガチャッ───バタンッ!
うーむ、可愛くない。
まあ子供なんてアレくらいが丁度いい。
鴉 「さーて仕事仕事ォ……」
パパッと着替え、大きく伸びをしたのち。
俺は大いなる聖戦の場へと飛び立ったのであった───!!
───……。
鴉 「…………おつかれさまでしたー」
ムハァ、やっぱ鈴訊庵はクるものがある。
俺がやってる仕事の中で、ここほど忙しいバイト先はないぞ……?
鴉 「ぬ、ぬおおおお……!!」
外に出るなり大きく伸びをして、外気を体内へと取り込む。
おお、このズゴゴゴ……という感触の伸びがなんともかんとも。
鴉 「えーと?確かこのあとにカルディオラでバイト、朝に新聞配達……よし」
鈴問高等学校近くの喫茶カルディオラに行く前に、
最寄のヘブントゥエルブに寄って眠々打破(を買ってゆく。
それをひと思いに一気飲みしてカルディオラを目指す。
さ〜あ……元気に金を稼ぎましょうかぁ!!
───………………。
達樹 「……650円になります。……はい、650円丁度お預かりします。
ありがとうございました〜」
カルディオラに辿り着くと、丁度達樹がレジを打ち終えていたところだった。
鴉 「よう友よ。調子はどうだ?」
達樹 「おう友よ、こっちは快調だぜ。仕事が始まるまではずっと寝てたからな」
鴉 「快調か、それはよかった」
頷いてから着替えるために更衣室へと入っていった。
……それから3分後。
達樹 「150円に……あ、え?」
着替えて出てきたところでもレジを打っている達樹。
しかもおなごに言い寄られてる。
あいつはおなご好きではあるが、おなごが前に居ると緊張するのである。
達樹 「こ、困るでありますッ!じじ自分は現在、勤務中であり……!!」
なんで軍人語なんだ?
まあいいや、ここは俺があのおなごを退散させるとしよう。
おなご「おにいさん格好いいね、このあとわたしと付き合わない?」
達樹 「で、ですから自分はっ……!!」
言い寄られてしどろもどろ状態の達樹の背後に立つ。
そして───おもむろに彼の頭髪をズルリと取り去った!!
おなご「え……」
達樹 「あわ……」
するとそこには太陽ともとれるほどの見事な頭が、店内のライトを一心に受け───
ギシャア!!
おなご「きゃあっ!!?」
達樹 「おわぁーーーっ!!」
太陽拳が完成した。
おなご「あぁ〜〜〜……目がぁ〜〜〜……!!目がぁ〜〜〜〜っ!!」
ムスカくん、キミは英雄だ。
達樹 「て、てめぇっ!!なにしやがる!!」
鴉 「おっと」
奪い取ったヅラを素早く取り返し、頭にセットする達樹。
微妙に浮いてるのが笑いを誘う。
───で、おなごだが。
フラフラしながらも逃げるように……いや、実際逃げたんだろうな。
鴉 「おお食い逃げだ。行け達樹、大回転ハゲピカリ松葉杖アタックだ!」
達樹 「誰も覚えてねぇようなこと言ってんじゃねぇ!!それとハゲって言うな!!」
さてここで劉堂達樹という男のことを説明しよう。
■劉堂達樹───りゅうどうたつき
俺の幼馴染にして空手道を学ぶ男。
何気に黒帯であり、そこいらの凡人ではまず敵わないくらいの実力者。
とある日、美脚に思いを奪われて脱毛剤を塗ろうとしたところ、
転倒して頭からかぶり、毛根が死滅し、ハゲに至った。
それ以来、彼の頭はシャイニングである。
その翌日に彼を見た俺が腹を抱えて爆笑したのは事実である。
ちなみにシャイニングとは、シャイな達樹が存在したことに語源がある。(大デマ)
*神冥書房刊『劉堂、その頭髪の行方』より
というわけで、ハゲなのである。
達樹 「さっきからなにブツブツ言ってんだよ」
鴉 「金はいいのか?」
達樹 「金ならちゃんと貰ったよ。お前ってどこまでもマイペースで羨ましいよな」
鴉 「俺がどれだけマイペースしたってお前のシャイニングヘッドで全てチャラだろ」
達樹 「ハゲから離れろ。まずハゲから離れろ」
天長 「ふたりとも、喋ってないで仕事をなさい」
達樹 「ややっ、テンチョー」
■天長水菜───あまながみずな
天長という文字をもじり、テンチョーと呼ばれているおなご。
早く言えばこの店での先輩なわけだが、ちっこくて先輩って感じは皆無。
率直に言えばチビ。それと別に店長というわけではない。
ちなみにチビという言葉はテンチョーのために作られたという云われがある。(デマ)
*神冥書房刊『天挑五輪大武會の神秘』より
鴉 「ようテンチョー、相変わらず偉そうだな」
天長 「お黙りなさい。仕事場は仕事をするためにあるのですよ?
その場で仕事をしないということは
神聖なる仕事場への冒涜以外のなにものでもありません」
達樹 「………」
鴉 「………」
天長 「……なんですか?ぐぅの音も出ませんか?」
ポムポム。
天長 「なっ……」
俺と達樹はテンチョーの頭を軽く叩き、苦笑を漏らした。
鴉 「いやー、ちっこいちっこい」
達樹 「いやー、偉そう偉そう」
ポムポム、ポポムポムポムポポムポム。
天長 「やっ……こらっ!なにをするのです!!」
鴉&達樹『む』
手を払い除けられる。
そこで俺達は手を指に変え、人差し指で顔や頭を突付いた。
天長 「や、やめなさいっ!わたしを誰だと思っているの!!」
鴉&達樹『知らん!!』
つんつん、つつんつんつんつつんつん。
天長 「う、うぐぐ……!!わ、わたしは天長財団の時期当主、天長水菜ですよ!?
そうと知っての狼藉ですか!?」
鴉&達樹『知らん!!』
つんつんつんつん……
天長 「わ、わたしがひとたび声をかければ、わたし付きの者が黙っては───」
鴉&達樹『知らん!!』
つんつんっ!つんっ!
天長 「う、ううう!!こ、これが最後の警告ですよっ!?今すぐにやめ───」
鴉&達樹『知らん!!』
どすどすどすっ!!どすっ!どすどすっ!!
天長 「あうっ!いたたたっ!!こらっ!脇腹はやめっ───!!」
鴉&達樹『知らん!!』
どすどすっ!!
天長 「うくっ!う、うう……閏璃!!やってしまいなさい!!」
鴉&達樹『知ら───へ?───う、閏璃ィッ!!?』
シュババッ!スタッ!
鴉 「ぬおっ!?」
達樹 「だ、誰だてめぇ!」
突如その場に現れた謎のマスクマン───ていうか紙袋マン?
そいつは現れるなりニヤリと笑った……気がした。
いやむしろ『誰だてめぇ』もなにも、閏璃って呼ばれてたじゃねぇか。
達樹 「名を名乗れ!我が名は劉堂達樹!」
閏璃 「下郎に名乗る名などない」
紙袋に穿たれた細長い穴の先で、笑みが漏れた……気がした。
閏璃 「お嬢に危害を加える者には天誅あるのみだ。さあ、かかってくるがいい」
達樹 「かかってくるがいい……?フッ……どの口がそんなことを。
この俺が空手有段者ということを知らんようだな。
言っておくが、ここに居る我が友も空手有段者ぞ。
貴様には万が一にも勝機はあらず!!
さあいくぞ鴉!仕事場の無法者を追い出すのも我らの仕事!!」
達樹が意気込んで閏璃へ向かって構える。
達樹の言う通り、俺も達樹と一緒になって空手を習っていた。
過去形なのは既に俺が空手を辞めたからである。
まあ……ボディーガードだかなんだか知らないけど、
達樹が戦って勝てないヤツに俺が向かうのも馬鹿らしい。
なんとなくだけど、達樹はアイツにゃ勝てん。
つーか、あいつが俺達の知っている『閏璃』なら、まず勝てん。
閏璃 「そっちのお前はかかってこないのか?
わたしが怖いか。うん?どうなんだ?ん?ヒヨッコか?腰抜けか?」
よし、むかつくヤツだ。
俺も殴ろう。
鴉&達樹『ブッ殺(ォーーーッ!!!!』
閏璃 「お前らに教えてやる。戦いは体躯で決まるものじゃないことを……」
鴉 「セイィッ!!」
重心を落とした正拳突き!このタイミングからじゃ避けられないだろ!
閏璃 「シュッ───」
ブワッ───
鴉 「へっ……!?」
拳が当たった───と思ったら、俺の体が宙を舞っていた。
客からの歓声が聞こえた気がしたら、俺の体は既に床に倒れていた。
こいつ───並みじゃねぇ!!
ていうかもう確定!こいつ───閏璃葉香だ!!
閏璃 「来い、暇潰しにはなるだろう」
達樹 「このっ───セイッ!!」
鴉 「よせ!達樹ィイイーーーッ!!!」
閏璃がゆらりと動く。
まず達樹の拳を軽くいなし()、次に手刀。
さらにバランスを崩した達樹に向かって、
大砲が放たれるかのように振るわれるアッパーカットブレイク!!
ゴッ───ドッパァアアアアアアアアン!!!!!
達樹 「ごがぁはぁあああっ!!?」
───ってなんだありゃ!?
た、達樹が宙に舞って……グシャッ!
あ……落ちた。
閏璃 「いい手応えだ……やっぱり殴るのは人に限る」
鴉 「悪魔かてめぇ!!って、うおお……お、おい!達樹!?達樹ぃいいっ!!」
達樹 「ああん……世界が眩しいよママン……」
よし大丈夫そうだ、放置確定。
俺は抱き起こした達樹をドゴォン!と手放し、閏璃に向かって構えた!!
その際、達樹のヅラが取れたという事実を追加しておく。
閏璃 「……うん?そのツルっと輝くステキなドタマは……
なんだ、美作に劉堂じゃないか」
鴉 「ハゲで認識する中に俺まで混ぜんな!!」
閏璃 「うん、いいぞ。やりたいなら相手になる。全力で来てくれ」
鴉 「話聞けよ!!」
閏璃 「やらないのか?」
鴉 「ぐっ……」
今目の前に居る存在は、ある意味ターミネーターより性質の悪い存在だ。
その名を……閏璃葉香。
何を隠すこともなく、俺と達樹のクラスメイトである。
■閏璃葉香───うるうりようか
鈴問高等学校二年、俺達のクラスメイトにして最強女子。
かつて、面白半分で乗り込んできたどこぞの高校の不良どもを一掃し、
不条理なお礼参りとして大多数の不良が乗り込んできた際もそれを一掃。
俺と達樹も影で不良一掃に協力したが、あとで言われた言葉は『楽しみを奪うな』。
閏璃葉香という女子にとって、厄介者は暇潰し道具でしかないのだ。
ちなみに羊羹(ようかんとは葉香の名からきている。(極デマ)
*神冥書房刊『秋に舞う葉の香りのようにしなやかたれ』より
それと最近聞いた噂では、どうやら閏璃のやつはショタドゴバァンッ!!
鴉 「ニーチェ!!」
───……ドサッ。
───……………………。
鴉 「……ハッ!?」
ふと気づけば、俺は閏璃に往復ビンタをされ───って!!
鴉 「なにしやがる!!」
閏璃 「男のくせに一発で気絶なんかするな。つまらないぞお前」
鴉 「てめぇが異常なんだ!!なんなんだよお前!!」
衝撃が来たと思ったら視界が回転してたわっ!!
何者だよアンタ!
覇王か!?魔王か!?ショタ王か!?
王……否!ショタ妃!?ん……まあショタだ!とにかくショタ!ショドゴボシャア!
鴉 「ギャバンッ!?」
……ドゥッ……。
───…………ハッ!?
鴉 「いででで……!!て、てめぇえ……!!なにしやがるこのシャタコ」
メゴシャッ!!
鴉 「ゼブラッ!?」
どしゃあ……。
───……。
鴉 「いーかげんにしろてめぇ!!黙ってりゃさっきからポンポン殴りやがって!!」
閏璃 「わたしをショタコン呼ばわりするからだっ!」
鴉 「一回目と二回目、俺がいつショタって言ったよ!!」
閏璃 「そんなもの顔を見れば解る!」
鴉 「解るなよ!怖ェよそれ!!読唇術ならぬ読顔術かよ!!
ますます怖ェよ!!どんな読術だよ!」
閏璃 「お前には関係ないことだ」
鴉 「散々殴っといて関係ないはねぇだろオイ!!」
閏璃 「黙れ……わたしをそう呼んで五体満足で居られたヤツなぞ居ない!!」
鴉 「ここまで殴っといて五体満足に帰すつもりもねぇのかよ!!この悪女が!!」
閏璃 「黙れっ!その五月蝿い口を封じてやる!」
鴉 「フッ……俺を敵に回したヤツらは全員自信をつけて帰っていったぞ!!」
閏璃 「弱いのか」
鴉 「相手にしなかっただけだボケッ!!
おい起きろ達樹!こいつを仕事する者として追い出すぞ!!」
達樹 「おう友よ!!」
ババッ!
達樹が勢いよく立ち上がった!
それとともに、解き放たれる凄まじきシャイニング!!
鴉 「頼む達樹、眩しすぎるからヅラをつけてくれ」
達樹 「むはっ!?キャーーーッ!!恥ずかCィイイーーーッ!!!!!!」
ベゴキャ!!
達樹 「ボリショボスッ!!」
……ドシャア。
横から顎に拳一閃で倒れる達樹。
やっぱ寝てていいわお前。
鴉 「というわけで仕事の邪魔だ、出て行け」
閏璃 「お前との拳闘が終わってない」
鴉 「お嬢にはキツく言っておくから」
天長 「なぜわたしがキツく言われなければならないのです!!」
鴉 「ちっこいから」
天長 「関係ないでしょう!!」
鴉 「あと生意気だしちっこいし」
天長 「ちっこさは関係ないと───!!」
鴉 「口煩いしちっこいし喧しいしちっこいし執念深いしちっこいし」
天長 「ムギィーーーッ!!!許せませんわ!!やってしまいなさい閏璃!!」
鴉 「すぐ怒るしちっこいししつこいしちっこいし偉そうだしちっこいし」
天長 「ギムゥーーッ!!!」
鴉 「そんなわけだから帰れ!ていうか失せろ!」
閏璃 「どこまでも失礼な上に意味不明なヤツだな。しかも繋がりが無いぞ」
鴉 「任せろ」
閏璃 「………」
おお、あの閏璃が呆れてる。
つーかむしろこのまま無視しようか?
喧嘩ごとで歓声あげてる客は無視するとして、仕事場でそこまでの無茶はしないだろ。
鴉 「閏璃よ。戯言は明日聞こう。というわけで今日は引け」
閏璃 「怖気づいたか?」
鴉 「俺の家の事情知ってるだろ?仕事場で問題起こすわけにはいかねぇんだよ」
閏璃 「……確か、義妹とふたりで暮らしてるんだったな?」
鴉 「ん……」
ちと意外。
いや……まあ俺の家庭の事情なんて、案外誰の耳にも入ってるものなのかもしれない。
自分で言っててなんだけど、な。
閏璃 「……解った。コトは明日に引き伸ばそう。時間はいつ空く」
鴉 「そうだな……カルディオラが閉まるのが2時だから……
ああ、2時には解放されるな。時間が平気なら裏口で待ってろ」
閏璃 「そうか……ああ、いいだろう。モヤモヤしたのは嫌いだ、待ってるぞ」
鴉 「元気だな。ま、そーいうわけだからお嬢を置いて失せろ!」
閏璃 「いちいち五月蝿いやつだな……解ったから叫ぶな」
鴉 「だったら失せろ。これ以上男の尊厳を削るような女と一緒に居たくない」
閏璃 「こちらも同意見だ。
お前みたいなヤツと一緒に居られて誤解でもされるのは冗談じゃない」
鴉 「やっぱショタ」
ゴバァンッ!!
鴉 「ホイッスゥッ!?」
どしゃっ……。
───…………さて。
ふと目覚めると閏璃の姿はなく、俺と達樹はブツブツと文句を漏らしながら仕事を始めた。
今回の一件で優位に立ったと確信したのだろう、
テンチョーは頻りに偉そうな態度で俺達に指図してきた。
もちろん俺達はそれを極()・シカト。
金のためならば多少のことには目を瞑りましょう作戦である。
というよりは、そもそも子供がジャレてきてると思えばどうということもない。
───やがて仕事が終わった。
俺はテキパキと着替えをして、帰りの準備を整えた。
だが思い立って、更衣室を出る前に達樹に一言言ってから出た。
………………。
…………。
……。
達樹 「えーと……俺のこと、呼んだ?」
閏璃 「………」
達樹 「あ、あのさー、俺、鴉に言われてここに来たんだけど……」
閏璃 「………」
達樹 「あ、あれ?なんで俺、睨まれてんの?なんかおかしいよ?ねぇ?おかしいよね?」
閏璃 「…………!」
達樹 「へっ!?な、ななななんで拳握って近づいて───!?
あ、いや───アイヤァアアアーーーーーーッ!!!!!!」
ドゴバァーーーン!!!
達樹 「オグラグッディメェーーン!!!!」
…………。
───その日、ひとりの男が星になった……。
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