───春のころに、原っぱで、陽にあてられながら、平べったく……?─── つまり ───愚か者─── ───……。 ナルルルル、トルルルル…… 鴉 「お?」 新聞配達から帰ってくるなり、家の電話が鳴った。 慌てるまでもなくチャカッと受話器を取ると、聞こえてくる声。 声 『あ、あの、美作さんのお宅でしょうかー』 ちと戸惑うような声……こりゃあクラスメイツの矢沢春香だな。 鴉 「いかにも」 声 『あ……美作くん?』 鴉 「いかにも」 声 『えっとね?先生からの連絡で今日登校してくれ、って。 夏休みの課題の中に誤植があったらしくて、新しいのを配るとかで』 鴉 「…………おいちょっと待て。俺、もう終わらせちまったぞ? それをまた最初からやれってのか?」 声 『え……えぇっ!?もう終わらせたの!?あ、じゃなくて…… 問題の中の誤植って大学用の問題が入ってたってことらしいんだけど…… ほ、ほんとに終わったの?』 鴉 「終わってる」 声 『へああ……やっぱりすごいんだねぇ美作くん……』 鴉 「写したいなら一科目につき100円で手を打つが」 声 『横流し無しの一括払いだよね?』 鴉 「横流ししたヤツには二度と見せないのが当店のルールでして」 声 『あはは、解ってる解ってるっ♪ じゃあえっと……うん、配布終わってからお邪魔していいかな』 鴉 「ああ、いいぞ。ついでに撒き餌になってくれ」 声 『他に課題写したい人を呼んでこいっていうんだよね?らじゃーです♪』 鴉 「頼んだぞ矢沢二等兵」 声 『いえっさー!』 ……かちゃん。 鴉 「ふう……」 とまあこのように、 課題で悩めるクラスメイツなどに課題を見せる代わりに金を頂いているわけだ。 100円ずつならそう高くはないし、そもそも自力で出来るヤツには縁の無い話。 基本ルールとして教師などには秘密だから、お咎めも一切無し。 委員長ですらノってくる有り様だ、告げ口するヤツなんてそうそう居ない。 あいつらは俺を、友達というよりは便利なヤツとしてしか見て無いし、俺だってそうだ。 鴉 「えーと……連絡回さなきゃならんのだよな。 俺の次は達樹だったな……生きてっかな」 あいつに閏璃を任せたのは拷問に近かっただろうが、 したたかなあいつのことだ、きっと生きてる。 ピッポッパっと…… ナルルルル、トルルルル……………………ブツッ。 声 『ただいま電話に出ることが出来ません。ピーっという発信音の後に───』 鴉 「逝ったか……?」 家に居ないらしい達樹の安否が気になるところだ。 正人さんと優子さん、あいつを置いて旅行行っちまってるから居ない筈だし……。 うわヤベェ、もしかしてコンクリ履かされて沈められたか? 今頃、エビの餌になってそのエビを魚が食って、 やがてそれを釣る漁業さんたちの栄養に……!? …………ハゲそうで嫌だな、あいつの栄養なんて。 鴉 「ま、いいや。 おーい達樹ー、今日登校日だから課題のプリント持ってガッコ来いよ〜」 留守電メッセージ終了、と。 受話器を戻して一息をついた。 鴉 「さて……」 急な登校日だ、午後からは仕事があるし……あのガッコのことだ、 どーのこーの言っても午前後半くらいまではガッコに居ることになるだろう。 臨機応変に出来るように、弁当でも作っていきますかね。 鴉 「………」 ま、たまにはいいか。 天井を見上げてから仕度をして、自分の分と小鳥の分の弁当の製作に取り掛かった。 つーか起きてるのかね、あいつ。 ……さて。 ガッコの時間になっても起きてこない義妹……どうしてくれようか。 人が珍しく弁当作ってやればこれだ。 大方、電池をケチって目覚ましが止まったままなんだろう。 アホだねぇ〜まったく。 自分なりに生計立てようとしてるのは解るが、 あいつこそバイトもしないでそれが出来ると思ってるのか? 鴉 「ここで弁当を無にするのも馬鹿らしいな。よし、ここはひとつ……」 ウムと頷くと、俺は義妹が居る部屋目指して歩を進めた。 辿り着いた小鳥の部屋を前に、まずノックをしてみるが……返答無し。 静かに中を覗いてみれば、幸せそうに布団に埋もれている小鳥の姿が。 ったく、なんつー幸せそうな顔してんのかね。 俺の前じゃこんな顔はしたことないってのに。 義兄さんは悲しいぞ? 鴉 「さて、可愛い……くもないが、 一応義妹である小鳥をむざむざ遅刻にするのは忍びない。 というのは建前で、せっかく作った弁当が無になるのは我慢ならん」 今こそ、思い立ったこの瞬間を吉日とするべき時だろう。 覚悟しろ、ネボスケさんよ……。 ───キーンコーンカーンコーン…… 島田 「えー、それでは朝のHRを始めます。日直」 ドタタタタタタタ………… 島田 「……?なにかしら」 聞こえた音に、担任が首を傾げた。 が、その次の瞬間───どがしゃーーん!!と、勢いよく入り口の戸が全開された。 島田 「わっ……!?」 開け放たれた教室の戸の先には……パジャマ姿の小鳥。 肩を揺らしながら息を吐いている。 何故パジャマ姿なのかといえば、 熟睡していたところを鞄と弁当をオプションに付けて俺が教室に置いてきたからだ。 小鳥のヤツ、いつもとは違う照れくさい朝を迎えられたことを思って、 わざわざ俺の教室までお礼にくるとは……フッ、律儀なヤツよ。 小鳥 「〜〜っ……!! 義兄さんの馬鹿ぁああああああああっ!!!!!!」 ゴパキャアァンッッ!!! 鴉 「ジュテームゥッ!!?」 ハンケチーフに包まれた何かが視界いっぱいになったと思ったら、 俺が見ていた景色が暗転した。 フフッ……なにも見えないよママン……。 ……ガタタッ……ごしゃっ。 自分の体が椅子から崩れ落ちるのを感じたのが最後。 俺の意識は真っ暗な渦に飲み込まれていった。 声 「うわっ!?美作の顔面にまだ温かい弁当が投擲された!!」 声 「えっ!?美作くんのお弁当って、あのとんでもなく美味しいって評判のっ!? もったいないっ!わたし食べるよ!!」 声 「やべぇって!!倒れた美作の鼻から面白いくらいに鼻血が!! って、その弁当美味そうだな。俺にもくれ」 声 「んぐんぐ……───!!うまぁあああああぃっっぞぉおおおおおおっ!!!」 声 「つーかさ、なんで美作(妹)ってパジャマ姿なん?」 声 「どーせまた美作(兄)の奇行に巻き込まれたんだろ、可哀相だからそっとしとけ」 声 「だな」 声 「おーい保険委員、この死体を保健室に運んでやれよー」 声 「面倒増やさないでほしいよな、まったく……」 ───…………。 ───……。 小鳥 「義兄さんはわたしになにか恨みでもあるの!? どうしてこんなことばっかりするの!!」 保健室にて。 ベッドに横たわる俺に怒声を飛ばす小鳥を適当に遣り過ごす。 鴉 「遅刻寸前だったお前を救ってやったんじゃないか。馬鹿を言うな」 小鳥 「パジャマ姿の義妹を学校に連れてきて……!なにが救いなの!?」 鴉 「遅刻寸前だったお前を救ってやったんじゃないか。馬鹿を言うな」 小鳥 「こんな恥ずかしい思いをするくらいなら遅刻したほうがまだいいよ!! 最低!信じられないよ!!」 鴉 「最低だろうがなんだろうが、それ以前に『信じてない』だろ。アホ」 小鳥 「ぐっ……!当たり前だよ……相手の弱みにつけこんでお金を取るような人、 誰が信用するっていうんだよぅ!!」 ガラァッ───ばしゃんっ!! 顔を真っ赤にして怒った小鳥が保健室から出てゆく。 ……パジャマ姿のままで。 一応、鞄の中に制服を便利に収納してやってたんだがなぁ。 ……馬鹿め、あの様子じゃ気づかなかったな? 鴉 「はふぅ、ま、いいや。サボる口実が出来た。ゆっくり寝るか」 そうやって独り言を呟いて、俺はベッドの中で大きく伸びをするのであった。 達樹 「なんだよ、また喧嘩か?」 鴉 「……どこから沸いて出た」 達樹 「ヒドイこと言うなボケ。さっきからずっと廊下に居たわい。 鴉と小鳥ちゃんが話してたから待っててやったんじゃねぇか」 鴉 「余計な気を回すなよ、気色悪い」 達樹 「だから。ヒドイこと言うなっつーとるだろうが。 それよかさ、お前……夜のありゃあどういうことだよ。 言われた通りに裏口に行ってみたら閏璃のヤツが居て……大変だったんだぞ?」 鴉 「月の光に当てられて、狼と化した達樹が襲い掛かったのか。 それは是非見てみたかったな」 達樹 「ンんなんじゃねぇ!!」 鴉 「それはいいからさ、依頼の写真見せてくれよ。やっぱ気になる」 達樹 「あ、スマン。携帯忘れてきた」 鴉 「失せろ!!」 達樹 「お前にゃ言われたくない!!」 鴉 「タツキくん、それでは携帯の意味がないのではないのかね?」 達樹 「だから!お前にゃ言われたくねぇっての!! まったく……世の中難儀だよなぁ。 なんだってお前みてぇなヤツが完璧超人なんだか」 鴉 「完璧超人言うな」 達樹 「……っはぁ……。お前、進路どうすんだっけ?」 呆れたような溜め息を吐いた達樹がベッドに腰掛けで言う。 最近、周りからよく言われる言葉だ。 鴉 「エスカレーター。問題起こさなければ上には上がれるだろうが」 達樹 「お前なら神降の方でもやってけるんじゃねぇの?」 鴉 「馬鹿アホ間抜け愚者たわけ、行く場所を決めるのは俺だろうが。 クソ真面目に上に行きゃいいってもんじゃねぇだろうが。 だいたい俺ゃまだ二年だぞ?二年の夏から進路相談なんかされたかねぇよ」 達樹 「上にとっちゃ気になるところなんだろ? 神降の大学生が卒業生ってことになれば、 学校側としては好印象にはなるだろうし」 鴉 「存在を利用される趣味はねぇよ。 俺がどの大学行くことになっても、 学校側が感じるものは鼻摘み者が卒業生ってことくらいだろう」 達樹 「ヒネくれてるねぇ、カーちゃん」 鴉 「カーちゃん言うのもやめぃ」 息を整えて目を閉じる。 眠気はないが……ま、なんとかなるだろ。 達樹 「寝るんか」 鴉 「さぁ」 達樹 「ん、まあいいや。 今日はシフト入ってなかったよな?夜あたりにウチに来いよ、写真見せる」 鴉 「ああ、そのつもりだ。つーかお前、授業いいのか?」 達樹 「あー、めんどいから俺も隣のベッドで寝るわ。 初っ端から伊藤なんだよ。どの道眠るならベッドで寝るぞ俺は」 鴉 「伊藤か、そりゃ確かに」 あいつの睡眠音波(ただ黙々と授業してるだけ)はとんでもなく強烈だからなぁ。 達樹 「んじゃ、松永が戻ってくるまでせいぜい惰眠を貪るとしようぜ友よ」 鴉 「おう友よ」 松永とは保険室担当のセンセのことである。 達樹がベッドとベッドの間のシャッターを引いて、 こちらに満面の笑みを贈りながらシャッターを閉めた。 保健室特有のカーテンシャッター越しに達樹の影が動き……もにゅ。 声 「はうあ!!」 鴉 「?」 ベッドに寝転がろうとした達樹が叫んだ。 カーテンシャッターが邪魔して見えないが、何かがあったらしい。 声 「おわわ、やわらか……じゃなくて!! あ、いや!これは誤解!誤解っ……なんです!ちょ、待ギャアアアア!!!!」 ドゴチャッ!!びしゃっ!! 鴉 「おわっ!?」 妙な炸裂音とともに達樹の影がビクンッと動き…… カーテンシャッターに水滴が彩られる。 て……血!? 声 「普通にやって敵わないと知ったら寝込みを襲う、か……。 男ってやつはこれだから……」 鴉 (───!!) 聞こえた声に体が硬直する。 今の声……間違い無い、閏璃だ。 達樹の馬鹿め……まさか閏璃の寝込みを襲うとは……!! 葉香 「美作。どうせ居るんだろう、出てこい」 シャアッ!とカーテンが引かれた。 鴉 「すみすみすみすみ……」 俺はというと、寝たふり決行。 葉香 「起きろ。おい起きろ……というか、 そんなワザとらしい寝たふりでわたしが騙されると思ってるのか」 鴉 「思ってないな」 葉香 「だったら起きろ。お前に話がある。夜のあれはどういうことだ」 ……予想通りの質問。 だが俺は己の思考を思いっきり働かせて言い訳を考えた。 鴉 「実はさ……俺、相談されてたんだ……」 葉香 「答えになってないな。今ここで始めてもいいんだぞ」 鴉 「聞けって。相談ってのはさ、達樹からだったんだ」 葉香 「このハゲのか」 ズルッ……ギシャーーーン!! ヅラを取られた途端、達樹の頭がキラリと光る。 達樹 「うわわっ!か、返せよっ!!」 ばばっ……スチャッ!! 葉香 「……大した日差しも入ってきてないのにな。よく光るハゲだ」 達樹 「ハゲ言うなっ!」 葉香 「それで、このハゲがどうしたって?」 達樹 「無視かよ!!」 鴉 「ああ、実はな……こいつ、恋に悩んでたんだ……」 葉香 「恋……?」 達樹 (あの……初耳なんですけど) 達樹が小声で話し掛けてくる。 俺も閏璃には聞こえないように達樹の首根っこを引っ掴んで、小声で話した。 鴉 (ばかっ!またカーテンの彩りにされたいのかっ!口裏合わせろっ!) 達樹 (で、でもよっ!) 鴉 (いいからっ!お前、閏璃の寝込みを襲ったんだろ!?) 達樹 (事故だっ!ありゃ事故だっ!……そ、そりゃあ、おっきくてやわらかかったけど) みなさん、ここに変態が居ます。 鴉 (どちらにせよ一緒だっ!ここでなんとか言いくるめないとお前っ! 明日の朝日も見れなくなるぞっ!) 達樹 (えぇっ!?それやばいよっ!俺、朝日浴びるのが趣味なのにっ!) 鴉 (………) かなり眩しそうな趣味だった。 鴉 (だったら口裏合わせろっ!) 達樹 (ど、どうすればいいっ!?) 鴉 (おもむろに鷲づかめ!) 達樹 (わかった!) 達樹が俺から離れ、閏璃の胸に向かって飛び掛かった……って、マジでやる気らしい。 ドゴシャッ! あ、殴られた。 達樹 「ってこれじゃあただの変態じゃねぇか!!」 鴉 「すまん、俺も気が動転してて」 達樹 「無茶苦茶冷静そうじゃねぇかよ!!」 鴉 (冷静になろうと勤めてるんだよ!いいから聞け! 俺が言葉巧みに話を誘導させるから、その続きをお前が言え! 最善の方向でだぞ!) 達樹 (さ、最善の方向ね……わかった!) 達樹が俺から離れて閏璃をじっと見る。 俺はそんな閏璃に話し掛けることにした。 鴉 「閏璃……聞いてくれ」 葉香 「なんだ、相応の言い訳が無いと納得出来ないぞ」 鴉 「違うんだって。達樹が恋の悩みで苦しみもがいてるって言っただろ?」 達樹 「苦しみもがいてるとまで言われてねぇ!!」(最善の方向……最善の方向……) 鴉 「こいつ……悩んでてさ、ストレスで円形脱毛症になったとか、 寒すぎる捨て身のギャグまで飛ばしてきて……」 葉香 「哀れだな……」 達樹 「無視したうえにヒドイ言い草っすねぇ!!」(最善の方向……最善の……!) 鴉 「だからさ、聞いてくれよ。時間は取らせないからさ。 今からこいつ、自分の思いを打ち明けるって言ってたから……」 言って、トンと達樹の背中を叩く。 達樹 「へっ!?あ───ず、ずっと好きでした!毎日俺のために味噌汁」 ボゴシャッ。 どさ。 あ、殴られたうえに支えを無くしたマネキンみたいに倒れた。 達樹 「って!なんで俺が告白してんだよ!!」 しかし起き上がる達樹。 鴉 「生きてたか。無事でなによりだが告白の文句が古すぎるぞ」 達樹 「そこ関係ありませんよね!? 今の問題はそこじゃありませんよね!?日本語解ります!? 怒ってるの解るよね!?アイアム・ベリー・ハングリー!!解る!?」 腹が減ってるらしい。 鴉 (まぁ落ち着け。俺の見た感じじゃあ閏璃、まんざらでもなさそうだぞ) 達樹 (目、腐ってません?俺殴られたよ?) 鴉 (ばか、ありゃ照れ隠しだよ。あの様子からするに、お前にぞっこんと見た) 達樹 (うそつけ!だったらどうしてボコボコ殴られなきゃならねぇんだよ!) 鴉 (愛情の裏返し、って知ってるか?) 達樹 (…………じゃあ) 鴉 (俺のIQ全てに賭けて、あいつはお前にぞっこんラヴだ!! 怯むな劉堂達樹!ありのままの姿であいつに告白しろ!) 達樹 (ありのまま……そ、そうだねっ!きっと着飾ってた俺だから遠慮したんだよねっ! よし!俺……行くよ!サンキュー鴉っ!!) 達樹が今まで見せたこともないような輝かしい笑顔で駆けてゆく。 その景色はまるでスローモーションだ。 ドラマでも、恋人同士が向かい合う時は不思議とスローになるものだ。 きっと、これが演出効果というやつなんだろう。 そんな景色の中で達樹はヅラを投げ捨てて、走ったままに俺に振り向いて親指を立てた。 ボゴシャアア…… その笑顔が拳に歪み、鼻からゆっくりと鼻血が噴き出た。 ……なんとも素晴らしいスロー演出だった。 達樹 「って!容赦なく殴られたんですけど!?」 鴉 「まず鼻血を止めろ。気持ち悪いぞお前」 達樹 「誰の所為だよっ!くそっ!」 でも言われた通りに鼻にティッシュを詰める達樹。 達樹 「なにがIQに賭けてだよ……ダメだったじゃんか」 鴉 (今回の敗因はお前の態度にある。 せっかくありのままの自分を見せたのに、 告白前に俺なんかに親指立ててどうすんだよ) 達樹 (え?じゃあ……) 鴉 (ああ、あれは嫉妬からくるヤキモチだ。いいなぁお前。愛されてるぞ) 達樹 (あ……エヘヘ) 目の前に、なんともだらしない顔で鼻を真っ赤に染めながら微笑むハゲが居た。 達樹 (じゃ、じゃあここで告白すればもう俺のものってわけだよなっ!?) 鴉 (そうだ。だが雰囲気ってものと、お前の男らしさの真価も問われる執念場だ) 達樹 (え……告白するだけじゃだめなのかっ!?) 鴉 (馬鹿だな、曲りなりにも気の強い閏璃だぞ? 少しでもお前が強い部分を見せないでどうするんだ) 達樹 (そ、そっか。それさえ見せればさらにぞっこんってわけだねっ!) 鴉 (そうだ。だから俺からのアドバイスだ。 鼻の詰め物を取って、あそこから走って閏璃に抱きつけ) 達樹 (あの……詰め物取ると鼻血が出るんだけど……) 鴉 (流血が男らしさを彷彿させるんだよっ!) 達樹 (マジかよ!あ、でもプロレスとかも流血したほうが盛り上がるし……) 鴉 (そういうことだ。あ、あと殴られてもなにされても、それは閏璃の『照れ』だ。 そこんとこも含めて、『包容力』のある言葉で告白しろよ?) 達樹 (力強さと包容力ね…… それって『殴っても無駄だぜ!』とか言えばいいんだよな? へへっ、楽勝じゃん!) 詰め物を抜いて、鼻血を出しながら微笑むハゲが居た。 達樹 (いくぜっ……) 葉香 「?」 達樹は俺が教えた場所まで鼻血を流しながら歩き、 そこに辿り着いてからキッと閏璃を見た。 やがて───力の限りの激走。 葉香 「助走くらいでわたしが怯むとでも───」 ガツンッ! 走っていった達樹が再び殴られた。 が─── 達樹 「効かないねっ!!」 葉香 「っ!?」 達樹はそれをなんとか我慢して、勢いを殺さずに閏璃に抱きついた。 葉香 「くっ───!?うあっ───」 ボスンッ!! で、角度からして勢いに任せてベッドに倒れこむふたり。 葉香 「な、なんの真似だっ……!!」 達樹 「はっ……はぁ……う、閏璃……暴れても無駄だぜっ!……は、はぁ…… お前を……ハァ、俺のものにしてやるぜっ!!」 葉香 「───っ!?」 困惑する閏璃に向けて、馬乗り状態になって鼻血を流している達樹が言った。 鼻が血で塞がってる所為で息を荒くしていることも手伝って、 どこからどう見ても女生徒を無理矢理襲おうとしている変態にしか見えない。 包容力のある言葉……まあ、あいつなりの精一杯だったのかもしれない。 ある意味で包容力はあると思う。 うん。 達樹 「って……この状況、なんだかとってもヤバそうなんですけど……」 鴉 「つーか、お前が閏璃押し倒して襲おうとしてるようにしか見えん」 達樹 「やっぱりぃいいいいいいいいいいっ!!!!!!」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………!!!!! 達樹 「うわ……な、なんか今、お前から目を逸らしたくない気分なんだけど……!」 鴉 「すまん、女の上に乗ってハァハァ言いながら鼻血出してるハゲなんかには、 正直見つめられていたくない」 達樹 「アンタがやれって言ったんですけどねぇっ!!」 体を起こそうとする閏璃の動作が直に伝わってくるのだろう。 涙を溜めつつ震える達樹が、あまりにも可哀相に見えた。 達樹 「あ、でも攻撃とかは全部照れ隠しなんだよねっ!? だ、だったらこの殺気も愛情の裏返しってやつだよねっ!」 ……状況が状況なら、きっと立派なポジティブシンキングだったんだろうけどな……。 体がどうしても震えてしまうらしい。 鴉 「達樹!恐怖を捨てろ!目の前のものを人じゃなくて食べ物だと思え!」 達樹 「食べ物!?そ、そうかっ!舞台の上では客をカボチャと思えって、あれだねっ! 食べ物、食べ物……───い、いただきます! ってなんかヤバイこと言ってますよね俺ぇえええっ!!!!!」 葉香 「いつまでっ……乗っかってるんだぁあああーーーーーっ!!!!!!」 メゴボシャアアーーーッ!!!! 達樹 「サムゲェエーーーーッ!!!!!?」 倒れながらの拳にも関わらず、達樹が保健室を舞った。 やがて彼がそのハゲを惜しみ無く床に叩きつける頃、ゆっくりと閏璃が立ち上がる。 鴉 「愛情表現だ。やったな達樹」 達樹 「俺いま空飛びましたよね!?」 鴉 「それだけ照れてたんだ」 達樹 「『いつまで乗っかってるんだ』とか言われたし!」 鴉 「ばか、てんで行動に移ってくれなかったから恥ずかしさが破裂したんだよ。 大体、また俺を見たままだっただろ。またヤキモチ妬いてくれたんだよ」 達樹 「な、なんだそうだったのか。可愛いとこあるじゃんっ! 俺、もっと恐ろしい奴かって誤解してたよっ!」 俺としてはお前の素直さと単純さと頑丈加減が恐ろしいが。 鴉 「さあ行け達樹!散々焦らされて怒ってるぞ……もう後がない! これがラストチャンスだと思え!狙うは唇だ!」 達樹 「ああっ!もうバッチリとキメちゃうよ俺っ!」 青痣のついた鼻血ハゲが最後の疾走をしたのを確認すると、 俺はその景色を背にして、保健室をあとにした。 どがしゃぁあああん!!ドカバキベキゴキ!!! 声 「ギョエェエエエエーーーーーーーッ!!!!!!!!」 ……やがて響いた絶叫を、俺はきっとすぐに忘れるのだろう。 なかなか楽しい時間が過ごせたことに感謝。 さらば劉堂達樹……せめて輝かしく散れ……。 Next Menu back