───集う者───
───……誤植した課題プリントを普通のものと交換して、帰路を辿った。
と、ガッコからそう離れていない場所にある我が家にたむろしている数人の学生。
……というかクラスメイツだ。
田村 「おっ、美作〜!」
矢沢 「美作く〜ん!撒き餌に成功したよ〜!偉い?ね、偉い〜?」
佐庭 「さっさと終わらせようぜ、遊ぶ約束があるんだよ」
真鍋 「………」
矢沢以外は男の、計4人のご来客。
今回の科目数は7科目だった筈だから二千四百円か。
ボチボチってところで。
……ちなみに真鍋は無口で有名なガッチリ体質のゴツイヤツだ。
鴉 「じゃ、上がってくれ。適当に飲みモン用意するから。
ああ、勉強する場所はリビングでいいか?」
矢沢 「偉い?」
鴉 「……拘るな。ああ、偉いぞ〜、矢沢は偉いぞ〜?
課題も自分でやれたらもっと偉かったな〜」
矢沢 「うぐ……どうして美作くんって、
お金にはしっかりしてるくせに勉強は出来るだけ自分でやれ派なんだろねぇ」
鴉 「さぁなぁ」
自分でもよく解らん。
田村 「どうせなら美作の部屋にしようぜ。
エロ本とか隠してないか、俺がチェックしてやろう」
鴉 「いいだろう。エロ本が見つかったらそのエロ本をくれてやる。
だが見つからなかったら500円よこせ」
田村 「……ほんと金にはしっかりしてるよな」
佐庭 「タイムイズマネーってやつなんだろ」
鴉 「俺はマネーイズマネーで通ってる。時は金になんかなりゃしない」
田村 「ははっ、そらそうだ」
談笑しながら家に上がる。
お得意さまでもある矢沢は勝手知ったる他人の家という感じで、
田村と佐庭と真鍋を俺の部屋に案内する。
鴉 「って、ほんとに俺の部屋に行くのか」
田村 「お?美作、動揺したか?」
鴉 「……してないが」
田村 「……美作、500円だ。貴様の秘蔵のエロ本……俺がいただく!」
ピンッ!と500円を親指で弾いて俺に渡す田村。
なかなかのチャレンジャーだ。
鴉 「毎度」
矢沢 「うわ……田村っちってば毎度毎度こんなことしてるんだ」
田村 「するかっ!どこの変態だよ俺はっ!」
真鍋 「……男なら……隠すことはない……」
佐庭 「うわっ!真鍋が喋った!しかもエロ本について!」
田村 「ま、真鍋?お前ってこういう話好きなん?」
真鍋 「俺は……漢だから……興味はない……」
矢沢 「???……『おとこだから興味がない』って……
男の子だから興味が出るんじゃないの?こういうのって」
真鍋 「……青いな……」
矢沢 「え?え?なに?なんなの?気になるよぅ」
真鍋は『男』ではなく『漢』だ。
浮ついた話に興味を示さず、硬派で有名だが勉強は苦手だ。
世界に数少ない『漢族』であり、
やさしさと厳しさを持ち合わせた漢……それが真鍋丈二。
達樹を抜けば、クラスメイツの中で一番ソリが合うヤツだったりする。
からかわれても無口なために大した反論もしないが、言いたいことは言うヤツだから……
ああ、重くないんだな、つまり。
いろいろな意味で信用も出来るし、頼りになる。
鴉 「じゃ、先に行っててくれ。チョコレートと飲み物持ってくるから」
田村 「チョコ?なんで?」
真鍋 「……若いな……」
佐庭 「いや、訳解んねぇって真鍋」
矢沢 「あ、そっか。田村くんは今日が初めてだっけ?
チョコにはね、集中力を高める効果があるんだよ」
田村 「そうなのか?」
真鍋 「………」
田村 「真鍋よ……こういう時こそ発言する時だと思うんだ、俺は」
真鍋 「……鴉。林檎はあるか……」
鴉 「リンゴ……ああ、あれだな?解った、持っていくよ」
田村 「?」
矢沢 「これも初めて?じゃあきっと面白いよ〜♪」
田村 「……矢沢さぁ、なんだってそんなにこの家での出来事を知ってんの?」
矢沢 「常連さんだからです!」
ムン!と胸を張る矢沢。
佐庭 「いや、それ自慢にもならねぇって」
まったくだった。
───……。
部屋のドアを開けて、中に入る。
鴉 「待たせたか」
佐庭 「こういう時って『おまたせ』とか言わないか?」
矢沢 「そこのところは美作流だそうだよ」
佐庭 「……ほんとにいろいろ知ってんのな、矢沢」
佐庭と矢沢にチョコレートをひと欠片とジュースを渡して、
真鍋にはリンゴとタンプラーとウェットティッシュを。
真鍋 「……む」
矢沢 「真鍋くんふぁいとっ!おー!」
矢沢がエールを贈る。
真鍋は渋い顔のままにウェットティッシュで手を拭くだけだ。
真鍋 「……無邪気なことは……いいことだ」
矢沢 「え?どういう意味?」
真鍋 「……些事だ」
言って、真鍋がタンプラーの上にリンゴを持った手を持ち上げる。
真鍋 「焚ッ……!!」
バゴキュッ!!メキメキメキ……!!!
その手の中で握り潰されるリンゴが、タンプラーの中に果汁を注いでゆく。
佐庭 「……いつ見ても凄まじい握力だな……」
鴉 「俺もそう思ってたところだよ……」
矢沢 「アイアンクローとかされたら頭蓋骨割れるかな……」
鴉 「よし、今度達樹を使って実験してみよう」
佐庭 「いや、死ぬから」
ポタポタ……ポタ……
リンゴから汁が出なくなると、
さらに砕けたリンゴを固めるように握り、一滴も残さず搾り出す。
……やがて、真鍋が手を広げてみると……飴玉くらいに小さくなった元リンゴがあった。
それを口に放り、ジョリジョリと食う真鍋。
食べ物は粗末にしないのが流儀らしい。
佐庭 「……漢らしいな」
矢沢 「……うん」
それぞれが適当な感想を述べる中、俺はふと思い立って訊いてみることにした。
鴉 「そういや……田村はどうした?」
佐庭&矢沢『ン』
くいっと天井を指差すふたり。
すると、確かにゴソゴソと鳴る天井。
まさかあいつ……
佐庭 「500円が浮かばれねぇえーーーっ!!!……って叫んでたぞ」
矢沢 「馬鹿だね〜、500円払うのは見つからなかった時でいいって言われてたのに。
先に払っちゃあ自分が負けるのを最初から認めてるみたいだよね」
これまたまったくだった。
真鍋 「……始めないのか……」
佐庭 「真鍋ってほんと、話題に関連を持たないよな。まあすぐに転換出来ていいけど」
矢沢 「真鍋くんを悪く言っちゃだめだよ〜?
誰よりもわたしたちのこと考えてくれてるんだから」
真鍋 「……青いな……」
矢沢 「……だから、どういう意味?」
言いながらもパキッとチョコを食う三人を横目に、俺は課題のプリントを広げるのだった。
……田村はこの際無視だ。
───……カリカリ……カリ……。
佐庭 「……うし。矢沢、そっち終わったか?貸してくれ」
矢沢 「あ、うん。じゃ、わたしは次コレを……」
カリカリ……
真鍋 「………」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
真鍋 「………………」
ゴゴゴゴゴゴゴ……!!
矢沢 「………」
佐庭 「………」
鴉 「………」
矢沢 「…………ねぇ真鍋くん。いっつも思うんだけどさ、
プリントに向かい合う時に殺気を漏らすの、やめられないかな……」
真鍋 「……俺は……いつだって本気だ……」
矢沢 「そ、そういうこと言ってるんじゃなくて……」
プリントと殺し合いでもするつもりなのかこいつは。
真面目なのはいいんだけど、なにに関しても殺気を出すのがこいつの悪いところだ。
鴉 「はぁ……」
田村は田村で戻ってこないし……なにやってんだあいつは。
声 『ギチュウ!!』
声 『ひいっ!?ネ、ネズミィイイイーーーッ!!!!』
……まあ、楽しそうだから。
そっとしておいてやろう。
佐庭 「天井が賑やかだな、おい……」
矢沢 「美作くんの天井、ネズミが居るんだね。さすがにそれは知らなかったよ」
ガタッ!ゴトトンッ!!
声 『むぎっ!』
…………。
矢沢 「……あれ?静かになった」
佐庭 「大方、ネズミから逃げようとして頭でもぶつけたんだろ……」
どこまでも救われないヤツだった。
真鍋 「……鴉」
鴉 「……ん、どした?」
真鍋 「……小鳥は……どうした……」
鴉 「小鳥?あ、あー……そういやあれからどうなったんだか。
家に居るような気配はなかったな、靴も無かったし」
佐庭 「そういやなんだったんだ?朝のアレ」
矢沢 「パジャマだったよね〜、小鳥ちゃん可愛かった。
そういえばいっつもなら今頃になるとお茶とか持ってきてくれるんだけどね。
……来るたびに美作くんにからかわれて怒ってるけど」
佐庭 「そうそう、お前ってほんと小鳥ちゃんには容赦ないよな。
たったひとりの家族であり妹なんだからさ、
もっと大事にしてやらなきゃダメだろが」
真鍋 「……青いな……」
佐庭 「マテ。どういう意味があるんだその『青いな』には。今日こそ教えろ」
真鍋の『青いな』にはいろいろな意味があるからなぁ、考えるだけ無駄だと思うが。
でも……そっか、帰ってきてないのか。
矢沢 「ねぇ、小鳥ちゃん、パジャマじゃ恥ずかしくて帰ってこれないんじゃないかな」
鴉 「ばか、俺が始末の悪いからかいをすると思ってるのか?
あいつの制服はあいつの鞄の中に便利に収納してある」
矢沢 「開けてなかったらどうにもならないよ?」
鴉 「開けないあいつが悪い」
矢沢 「もう……大体にしてさ、登校しなきゃいけなかったのはわたしたちであり、
下級生の小鳥ちゃんは関係なかったんだよ?そこのところ、解ってる?」
鴉 「当たり前だ。そこが面白いから実行したんだ」
矢沢 「うーわー……小鳥ちゃんも災難だねぇ……」
しみじみと言う矢沢を余所に、真鍋がいつにも増して真面目な顔で俺を見る。
鴉 「解ってるよ真鍋。俺は後味の悪い始末は起こさないつもりだ」
真鍋 「……なら……いい……」
その言葉を聞きながら立ち上がり、面倒だが小鳥の部屋に侵入するために移動を開始した。
矢沢 「小鳥ちゃんの服、持っていくの?」
鴉 「ああ。あいつのことだ、自分は出なくてもよかった状況で、
自分だけ制服を着ているのが嫌だとか思って着てないんだろうし」
矢沢 「……そこまで先読み出来てて、どうして意地悪に当たるかなぁ」
決まってる。
あいつで遊んでいいのは俺だけだからだ。
矢沢 「ねぇ美作くん」
部屋を出てドアを閉めたところで、矢沢が語りかけてきた。
……つーかどこまで付いてくる気だこいつは。
矢沢 「美作くんってさ、小鳥ちゃんのこと可愛くて仕方が無いんでしょ」
鴉 「見当違いも甚だしいぞ。あいつは俺の遊び道具だ」
矢沢 「でも、痛ませたりしちゃいけない道具なんだよね?」
鴉 「……なにが言いたい」
矢沢 「あんまり意地悪しちゃだめだよ?
小鳥ちゃん、アレで結構寂しがり屋さんなんだから」
鴉 「……ったく、確かに青いなぁお前」
矢沢 「え?……ね、ねねね、使うってことは知ってるってことだよね?
『青い』ってどういう意味なの?」
鴉 「いろいろな意味だ。いつか解るから部屋に戻れ」
矢沢 「ぶー……あ、でも、ちゃんとやさしくしなきゃダメだよ?」
鴉 「気が向いたらなー……」
気が進まないから適当だ。
鴉 「……よし」
部屋に戻る矢沢を見送ってから、俺は小鳥の部屋に侵入した。
クロゼットを開けて、適当な服を見繕う。
鴉 (ん……この色はあいつには合わんな……。お、これは俺が買ってやったヤツだな。
『他人の金を巻き上げたお金で買ってもらったって全然嬉しくないよっ!』
とか言って、散々怒ってたくせにまだ持ってら)
荒らさない程度に見てゆく。
鴉 (……これとこれだな。
あいつのイメージによく合う……って、これも俺が買ってやったヤツじゃねぇか)
親どもに買ってもらったヤツはどうしたんだよ。
鴉 「……そっか」
そうだよな。
成長しないヤツなんて居ない。
だとしたら、あいつがバイトしてない以上、
着るものとかは俺が買ってやったものくらいしかないわけだ。
鴉 (……しゃあないな。迎えに行くついでに好きな服でも買ってやるか)
丁度、誕生日も近いわけだし。
やれやれ……。
───…………ピンポーン。
鴉 「ン?」
リビングで小鳥の服を紙袋に便利に収納していた頃、ふと鳴ったチャイムに意識を傾けた。
誰だ?
鴉 「はいはいどちらさ───ま……?」
何故だろう。
なんだかとっても嫌な予感がする。
そう……これはあいつが現れると感じる嫌な予感。
恐らく……いや確実に、玄関の先に居るのは閏璃だ……。
チィ、執念深いヤツめ……!
鴉 (どうしたものか……)
思考回転開始!
───ガチャッ……
葉香 「……邪魔をするぞ。───!!」
思考回転停止!
勝手に入ってきやがった!!
葉香 「みぃいいいまぁあああさぁあああかぁあああああ……!!!!」
しかも俺を見つけるなり、
殺気を振り撒くキリングマシーンにクラスチェンジしちゃった……。
つーか、ここまで閏璃に感情を露にさせるのって珍しいのでは……?
よし、胸を張ろう。
鴉 (私は生きた。そして死ぬ)
そう思った刹那、閏璃の鉄槌よりも性質が悪そうな拳が飛んでくる!!
───俺は思わず目を瞑った。
が、パシィッ!という音がしただけで、痛みもなにもない。
葉香 「うあっ……丈二!?こ、こら離せっ!」
真鍋 「………」
目を開けると、閏璃の拳を片手で止めた真鍋がそこに居た。
真鍋 「……なにがあったかは知らん……。だが……怒りのままに……拳を振るうな……」
葉香 「そ、そんなのわたしの勝手だっ!離せったらっ!!」
うわー……あの閏璃がすっげぇ焦ってる。
……つーかどういう関係?
真鍋 「……勘ぐるな……中学からの……腐れ縁……というやつだ……」
葉香 「うるさいっ!どうしてお前はいつもいつもわたしの邪魔をするんだっ!」
真鍋 「……女が……暴力を振るうものじゃあ……ない……」
葉香 「勝手だって何百回も言った!」
真鍋 「……ならば……俺が止めるのも……俺の勝手だ……と……何百回返した……」
葉香 「そんなこと知るかっ!離せっ!」
真鍋 「……帰るぞ……」
ブワッ───
葉香 「うわっ───うわわぁっ!!」
閏璃が舞った。
掴まれていたままの手を軽く捻るようにして、
まるで合気道でもみてるかのように閏璃の体が閏璃の手を基軸にフワッと浮いて、
真鍋の肩に腰が落ち着く。
丁度、真鍋の肩に座るような状態だ。
真鍋 「……邪魔をした……。……代金は……矢沢に渡してある……」
鴉 「あ……あ、ああ……」
葉香 「離せっ!離せって言ってるんだぁああああっ!!!」
閏璃が暴れる。
空いている両手で真鍋の頭を殴ったりもしているが、
真鍋はまるで通用していないと言うかのように歩いてゆく。
その大きな片手は閏璃が落ちないようにガッチリと閏璃の太股部分を押さえ、
脱出を許さなかった。
声 「離せぇっ!離せったらぁっ!!」
……やがて、声が遠ざかってゆく。
『離せったらぁっ』……ね。
すげぇな、真鍋にかかれば閏璃もひとりのか弱い女か……。
貴重なものを見た……写真でも撮っときゃよかったよ……。
───…………。
さて。
ガッコに来てから保健室に訪れた俺は、予想通りにその場で小鳥を発見した。
布団の中に潜り込んで、亀が警戒するかのようにこちらを睨んでいる。
……何気に涙目で。
で……保健室の隅には、
何故だか紅蓮に染まった雑巾とモップが隠されるように置かれている。
その傍の掃除用具入れの中身が全て出されているのが非常に気になるところだ。
そう……特に、中身が出されているってのに、
掃除用具入れの扉が閉ざされているところとか。
……開けるには勇気が不可欠そうだった。
小鳥 「……なに……なんか用……」
保健室の珍獣……というか亀は、物凄い勢いでイジケていた。
さて、どう言ったもんかな……っと、そうだ。
鴉 「小鳥。着替え持ってきてやったぞ」
まずはさりげなく話題を。
小鳥 「……当たり前でしょ……こんな仕打ちしておいて……。
すごく恥ずかしかったんだからね……!?」
段々と小鳥の怒気が膨らんでくる。
まあ、俺と小鳥の関係なんてこんなもんだから気にしない。
鴉 「ところでさ、隅にある雑巾とモップ、どうして赤いんだ?」
小鳥 「ッッ!!!」(ビクゥッ!!)
……うお。
布団が跳ね上がるほど凄まじい反応を見せてくれたぞ……?
こいつ、人の血とかスプラッタ系がまるでダメだからなぁ……。
ま、親があんな事故で死にゃあな、そうなるわな。
原型、とどめてなかったそうだから、ふたりとも。
こいつはそれを見ちまって、それ以来こんな感じだ。
この様子じゃあ掃除用具入れの中身……
劉堂=シャイニングヘッド=達樹の屍も見たんだろう。
あいつは勇敢だったよ……あの閏璃に果敢に立ち向かったんだから。
……それでボコボコにされて殺人現場の後処理みたいなことされてちゃ世話ないが。
きっとあの扉を開けたら、もうそこには輝く頭は存在していないのだろう。
それほどボコボコだったに違いない。
これでしばらくはあいつの輝きともオサラバか……。
……などと思考の中で遊んでる場合ではなく。
鴉 「……帰るぞ」
小鳥 「………!」
……震えてやがります。
中の惨状はかなりのものらしい。
達樹よ……貴様は一体、どのような状態で便利に収納されたというのだ……。
普段凄んでもヅラの所為で怖がられないからって、
こんな状況を利用してまで誰かを怖がれせたかったという、
貴様の意思は解らんでもないが……
鴉 「……はぁ、しゃあない」
俺は覚悟をキメて、掃除用具入れの取っ手に手をかけた。
それを見た小鳥がビクッと体を跳ねらせて、布団の中に潜り込んだ。
……達樹よぅ……お前、怖がられてるぜ……?
よかったな、ガン飛ばしても誰も怖がってくれないって悩んでたもんな……。
でも俺は、お前の輝きをしばらく見れないのが残念だよ……。
そう思いながら、俺はその取っ手をギギ……と引いた。
すると───ドチャッ。
鴉 「うわ……」
全身をボコボコにされたような海坊主が、掃除用具入れから生まれ落ちた。
うん、生まれ落ちた。
きっちりと顔面から床に落下してたし。
痙攣しているところからみると、一応生きているらしい。
鴉 「よく頑張ったな達樹……あの閏璃相手に、よく生き残った……」
達樹 「エ、エヘヘ……ちょ、ちょっと展開を急ぎすぎたみたいでさ……。
葉香のやつ、照れ隠しで俺のことまで隠しちゃって……」
こいつの脳内でどういう奇跡が起こったのかは知らんが、呼び方が呼び捨てになっていた。
つーか、ここまでボコボコにされながらも勘違いしたままで居られるこいつが哀れだった。
達樹 「で、でも俺にかかればこんな傷、キツネに抓まれたようなものだねっ」
このハゲはキツネに化かされると人身事故でも起こしたような重症を負うらしい。
鴉 「それはよかった。
是非ともいつか、お前がキツネに化かされるところを見せてくれ」
達樹 「は、ははっ……そ、そうそう抓まれたりしないさっ!
ほら、俺って要領いいしさっ」
すぐにでも化かされてくれそうな笑顔と虚勢だった。
まあ、意外と平気そうだ。
おそらくモップと雑巾を紅蓮に染めた血は、鼻血だったんだろう。
鴉 「お前の溢れる若さには驚かされてばっかりだな」
達樹 「まあねっ!次こそはキメるよ俺っ!結婚式には来てくれよなっ!」
血痕式の間違いじゃなかろうか。
鴉 「任せておけ。お前の恥ずかしい過去を、
余すこと無く捏造()して式をブチ壊してやる」
達樹 「作り話で式をブッ潰す心意気で、
『任せておけ』なんて言わないでもらえません!?
大体捏造したら俺の過去が余りまくりですよねぇっ!?」
鴉 「大丈夫だって。ちゃんと『彼の初恋は鼻血から始まりました』って始めるから。
これで全員信じる。『ああ、見るからに鼻血が初恋そうな男だ』って」
達樹 「どんな第一印象なんだよ俺!!
ていうか『鼻血が初恋そう』って、言葉がヘンですよね!?
俺の過去が余りまくるってところがちっとも改善されてねぇし!!」
鴉 「だから。そんなの『鼻血』と『ハゲ』ってキーワードだけでなんとかなる」
達樹 「人を過去を鼻血とハゲの集大成みたいな言い方しないでくれませんっ!?」
鴉 「元気だせよっ!きっとこれからいいことだってあるさっ!」
達樹 「そこで元気付けられると逆に傷つくんですけどねぇっ!!」
さて、キッチリ遊んだところで……と。
何気なく持ってきておいたタオルを達樹に渡して、
俺は保健室のベッドを軽くめくってから、その中に小鳥の服を放り込んだ。
鴉 「達樹、出るぞ」
達樹 「ちょ、ちょっと待ってくれ。もうちょっとで拭き終わるから」
さて……改めて思う。
こいつが無事でよかったと。
こいつがボコボコにされても、
唯一殴られなかったのであろう輝きが残っていてよかったと。
鴉 「達樹……俺は嬉しいよ。お前の頭が無事でいてくれて」
達樹 「……それって俺自身よりハゲが大事って聞こえるんですけど……」
鴉 「え?なに言ってんだ、当たり前じゃないか」
達樹 「俺……お前の友達やめたくなってきた……」
鴉 「じゃあ夏休み終わったら『なんでも屋』の本領発揮して、
みんながお前の友達を辞めたくなるような状況を作って待ってるからなっ」
達樹 「あんた鬼ッスねぇっ!!」
叫ぶ達樹を怒りで誘導して、ひとまず廊下に出た。
ドアを閉めて、小鳥が着替え終えるのを待つことにする。
鴉 「で……お前そのまま帰るのか?」
達樹 「え?なにが」
鴉 「俺としてはその頭が暗い夜道を照らしてくれるとありがたいんだが……
あ、やっぱ赤鼻のトナカイより性質悪そうだから要らねぇや」
達樹 「人の頭を『要らねぇ』とか言うの、よしましょうねっ!?」
鴉 「そうだよな、そのハゲがお前の取り得だもんなっ」
達樹 「どんな取り得だよ!!」
そもそもまだ昼にもなってない。
予想以上に早く終わったガッコに小さな悪態をつくも、別に困ることもない。
仕事までにはまだ時間がある。
小鳥が着替えるのを待ってから服を買ってやって、それからでも十分だろう。
鴉 「俺、これから買い物行くけど。お前どうする?」
達樹 「避妊って大切だよねっ!」
鴉 「……いや、いきなりなにを言い出してるのかはひとまず置いておこう。
つーかまあ……何が言いたいんだ?」
達樹 「アレだよアレ、買いに行くから付き合ってくれ」
鴉 「………」
この男はこの顔で買い物に行くというのか。
いや……そうじゃないだろう?
…………やべぇ、思考が追いつかない……久しぶりだぞこんなこと。
まさかこいつがここまで素直な馬鹿だったとは。
鴉 「すまん……それはそれで店員の反応が面白そうだが、
家族計画はお前だけで買ってこい……」
達樹 「なんだよ、どうせひとりなんだろ?いいじゃん」
鴉 「……あのなぁ」
こいつはなにか?
小鳥を連れた俺と一緒に家族計画を購入したいっつーのか?
……よし、面白そうだ。
鴉 「行った方がいいのか?」
達樹 「あ、ほら、やっぱひとりじゃ恥ずかしいしさ」
鴉 「そうか……確かにひとりよりは、
多数で行った方が恥ずかしくないことってあるよな」
達樹 「そうそう、だからさ、頼むよっ」
鴉 「500円」
達樹 「……ちゃっかりしてるよね、お前って」
でも素直に財布を出して500円玉を出す達樹。
いいヤツだ。
鴉 「よしっ!男に二言はないなっ!俺はお前の買い物に付き合うぞ!
お前の背中は俺が守ってやる!」
達樹 「おおっ、なんか頼もしいねその言葉。俺、全力出しちゃうよ?」
全力を出して明るい家族計画を買うのだろうか。
鴉 「よしっ!お前は俺が居ればなにも怖くない!復唱!」
達樹 「え?……俺は鴉が居ればなにも怖くない!」
鴉 「お前は強い!」
達樹 「俺は強い!」
鴉 「他人の目なんて気にならない!」
達樹 「他人の目なんて気にならない!」
鴉 「たとえ誰が居ようと必ず家族計画を購入する!」
達樹 「たとえ誰が居ようと必ず家族計画を購入する!」
鴉 「お前はハゲだ!」
達樹 「俺はハゲだ!」
鴉 「……よしっ!これでお前は最強だ!何も怖くない!」
達樹 「うわっ、やばいよ俺!なんでも出来るような気がしてきたよっ!
これって友情パワーってやつかな!」
……気づいてない。
自分がパーフェクトハゲだって自覚は潜在意識に眠っていたらしい。
鴉 「いや、違うぞ達樹……それは元からお前の中に眠っていた力なんだ。
俺はただきっかけを作ったに過ぎない……。
お前はやれば出来る男だったんだよっ!」
達樹 「そ、そうだったのか……サンキュー鴉っ!!
なんだか俺、今日から生まれ変われるような気がするよっ!」
鴉 「既にそのまま買い物に行こうとしてる時点で素晴らしい脱皮だと思うぞ」
達樹 「え?なんか言った?」
鴉 「頑張れって言ったんだ」
達樹 「サンキュー!」
ヅラという殻を捨てることで薄馬鹿下郎()に成長したハゲがそこに居た。
達樹 「んじゃ、さっそく行こうぜっ!この熱い気持ちが消えない内にっ!」
鴉 「あ、ちょっと待っててくれ。小鳥が出てくるのを待つから」
達樹 「あ、そうだね!何も言わずに帰るのって寂しいもんね!
葉香も俺を掃除用具入れに隠した時、
『お前にはそこがお似合いだ』って言ってから帰ったしね!
掃除用具入れって俺の趣味じゃなかったけど、
趣味なんて後から合わせていけばいいもんねっ!」
やたらとハイテンションな達樹が『掃除用具入れの住人』に変貌しようとしている。
達樹 「俺、掃除用具入れみたいな服でもオーダーメイドで作っちゃおうかなぁ!!」
その時は友達の縁を切らせてもらおう。
鴉 「言っておくけど、小鳥も俺と買い物に行くんだぞ?」
達樹 「そうなんだ?じゃあ一緒に明るい家族計画を───……え?」
驚愕の顔をしたハゲがそこに居た。
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