───好く者───
鴉 「じゃあ、お疲れっしたぁーー!!」
帰りの挨拶をして引き戸を開けて外に出た。
閉め切る前に、多数の『おつかれー』という声。
俺はそれに笑みをこぼしながら、帰路へと続く夜道を歩く。
鴉 「えっと?ひのふの……お、今月は結構稼いだなぁ」
仕事していると、どうしても給料日は嬉しいものだ。
自分が働いた証が貰えるっていうのは誇らしい……というか嬉しいんだな、やっぱ。
誇らしいって気持ちは最初だけだった。
もしこれが『消費物』じゃなくて、
一生無くならないものだったら誇りにも思えるんだろうが……
鴉 (家に戻る前に気づくんだろうな。そんなものじゃ食っていけないって)
苦笑を漏らした。
鴉 「………」
歩きながら見上げる空は、俺の歩みとともに揺れるように見える。
───そんな空を見ていた時だ。
俺の頬を、髪を、やさしい風が揺らした。
鴉 (ん……)
途端に懐かしい気持ちになる。
それは、まだ俺が小さい頃。
くだらない幻想を抱いていたあの頃の……くだらない思い出。
鴉 (……俺が……小学生の頃、だったな)
昔のことだ。
まだ本当に小さい頃、『風を捕まえたい』だなんて考えてた俺はもう居ない。
周りから馬鹿にされ、それでも『出来る』と言い張った俺は居ない。
ちょっと他人より頭がよかった俺が描いた夢は……そんな頃に潰えて、
夢と現実ってものを知った俺は、そんな夢を描けるほど子供じゃなくなっていた。
鴉 (思えば馬鹿なことしたもんだよな。風なんか、どうやって捕まえるっていうんだ)
子供の頃は特別だった。
心が純粋で、なにをやるにも『面倒』とか考えず。
思い立ったら行動して、親に怒られて……
『汚せば怒られる』って解っている服を散々よごして、
聞き分けのない俺はいつもゲンコツくらってたっけ。
そして───
鴉 (……いつからだったっけ。『風の声』が聞こえなくなったのは……)
……そうだ、おふくろが死んだ時。
唯一俺が『風を捕まえる』ってことを応援してくれた人が、亡くなった時。
悲しさよりも悔しさが溢れて、
どうして捕まえるまで待ってくれなかったんだ、って泣いたもんだ。
そんなことは……きっと無理だったのに。
鴉 (……ン)
空から視線を下ろす。
見える景色は相変わらずで、無意識に帰路を辿っている自分の思考に驚いた。
車なんか来たりしたらあの世行きになってたりしたんじゃなかろうか。
いくら死ぬにしても、
小鳥が巣立つ時までは生きなきゃならんからな、シャレにもならない。
鴉 (………)
なんか買っていってやるかな、と思考が動いた。
けど俺はその思考を心のポリバケツに便利に収納。
運搬車に引き渡して事無きを得た。
鴉 (それこそガラじゃない。……)
小さく吐き出された息が、世界にある風を押す。
この場合空気か。
子供の頃、『押せば動くものを捕まえられない筈がない』って、妙な理論を語ってたっけ。
ペットボトル振り回したり、ビニールを広げて駆け回ったり。
でも……どれもが違った。
『風を捕まえる』ってことはどういうことなのかな、って……
途中から、言い出した自分がきっと、一番解らなくなっていた。
けれども『負け』を認めるのは悔しい。
子供なりの意地ってやつだった。
イジメっ子と喧嘩をしたって負けることはなかったけど、
そんなことをしても余計に反感を食うだけ。
やってられないことってのは多々あった。
鴉 「……つまらん」
声を漏らして、自販機でお茶を買った。
それをズズ……とすすると、妙な思考は黙ってくれた。
鴉 (はぁ)
夏の夜には丁度いい冷たさのお茶を一気飲みして、近くのゴミ収拾場所に投げた。
すると、その空き缶がスコン、と妙な音を立てた。
鴉 「?」
ゴミ袋に向かって投げた筈だが……なんだってあんな音が?
鴉 「………」
見てみると、そこに……───ひとりの少女が座っていた。
真っ黒な服に、俯かせた顔がポリ袋を連想させた。
鴉 (だから間違えた……って、言ったら怒られるな)
でも収集場所に座るのはどうかと思うが……いや、そりゃあ単なる言い訳だな。
謝ろうと思って近づく。
遠くから『悪い』ってだけなのは、俺が一番嫌いな行為だ。
謝ってるくせに誠意の欠片も無い。
鴉 「大丈夫か?すまない、ちゃんと見てなかった」
座っている少女の前に屈んで、同じ視線の高さで謝る。
立ちながら謝ったんじゃあ、見下してるみたいで感が悪い。
パッと見て、頭に当たった気がしたが……。
───小さく触れてみるとビクッと肩を震わせて、俺の手を払った。
鴉 「あ……悪いっ、痛かったかっ!?」
血が出たりしてないだろうか。
心配だ。
───つーか……なんだ?青い髪……?
差別をするつもりはないから構わんのだが……正直驚いた。
こんな少女が髪を染める時代になったか……日本の未来が心配だ。
鴉 「大丈夫か!?怪我してるなら病院に───」
少女 「───!」
がしっ!
鴉 「っと……?」
少女 「…………!」(ふるふる……)
少女が俺の服を掴んで首を横に振る。
俺に怯えるというよりは、病院に怯えるといった感じだ。
鴉 「大丈夫なのか……?」
少女 「…………!」(こくこくこく)
激しく首を縦に振る少女。
鴉 「でも……痛まないか?本当に大丈夫か?」
スッと、再び頭に触れる。
と、少し痛みのあるような表情をする少女。
……だめだな、俺としては俺が原因で起こったことは無視出来ん。
鴉 「よしこうしよう。頭の手当てをさせてくれ」
少女 「……?」
鴉 「こっちだ、付いてきてくれ」
少女 「っ!!」
軽く手を引くと、その手が払われた。
……ま、そりゃそうか。
見知らぬ輩に手ェ引かれりゃ普通は嫌がる。
だが俺も頑固者だ。
コレと決めたら貫くのが信条!!
鴉 「美作パワー全開ッ!!100%ォオオッ!!」
ガバァッ!!!
少女 「ッ───!?」
少女を抱き上げて肩に担ぐ。
さあレッツゴー!!
少女 「やっ……離して……!」
鴉 「フッ……俺を倒せたら考えなくもない」
少女 「───っ!」(キュイッ───)
キュイ?キュイって……ビジュンッ!!
鴉 「はい───?」
目の前のゴミ袋に風穴が空いた。
……え?
少女 「───」(キュィイイッ!!)
鴉 「うあっ───!!」
目が合った。
少女の目の中で何かが回転した。
それは───まるで、精密で繊細な何かの集合体が動くようなもの。
そしてこの音は───『機械音』!!
鴉 (やばいっ!!)
反射的にそう思った俺は、全力で首を捻った。
その刹那に俺の背後にあった壁が───ブッ壊れた!!
鴉 「おわっ───おわぁあっ!?レ、レーザァアアアアッ!!?」
信じられん!
この娘───人間じゃない!?
鴉 「よし受け入れよう。俺は人種差別はせん!!」
トンッ、と。
俺は少女の後頭部に手刀を落とし、気絶を促した。
が、そんなもので気絶する筈も無く。
少女は自分が攻撃されたと思った上で、目の中のレンズと機械を回転させた。
鴉 「待て!気持ちは解るが待て───って言われて待つヤツなんて」
ビジュンッ!!
鴉 「居ないっつのォーーーッ!!!」
電柱に風穴が空く。
やべぇ……当たったら死ぬよこれ……!!
こうなりゃ───
鴉 「奥義───虎口拳!!」
ベチィッ!!
少女 「っ!?」
◆虎口拳……ここうけん
目と目の間……眉間の下の部分に衝撃を与えることで、
一時的だが視覚を封じる奥義である。
*神冥書房刊『虎殺しの型、其之壱』より
鴉 「さらにっ!常に持ち歩いている居眠り用アイマスク!」
くりんっ───ぱちんっ!
少女 「!?っ!!」
じたばたじたばたじたばたっ!!!!!!
おお暴れる暴れる。
だがしかし、俺は貴様の治療をすると心に決めたのだ!
誰が逃がすものか!!
さあ運ぼう!元気に運ぼう!!
鴉 「ぬっはっはっはっは!はぁーーーっはっはっはっはっはっは!!」
高らかに笑い、少女を抱えながら帰路へと走る俺……
きっと誰が見ても誘拐犯に見えることだろうなぁ……。
───……。
少女 「……!……!……!!」
おーお、怯えとる怯えとる。
凄まじいほどにガタガタブルブルと。
鴉 「つーか……」
一応俺の部屋に連れ込みはしたが……
なんかこれ、シャレにならない状況になっちゃいないか?
……勘弁してくれ、俺に誘拐監禁の趣味はないぞ……。
鴉 「よし、自己紹介をしよう。俺の名前は美作鴉。
ああ、先に言っておくがお前をどうこうするつもりはないぞ。ほれ」
言って、救急箱を小さく掲げてみせる。
鴉 「ただ、頭の治療をしてやろうって思っただけだ。それくらい、いいだろ?」
少女 「…………つれもどさない……?」
鴉 「へ?」
ここに来てようやくまともな言葉。
さっきも『離して』とは言ったものの……綺麗な声だった。
ああまあ、綺麗と可愛いが混ざったような声だ。
どちらかといえば『可愛い』が勝ってるが。
『連れ戻さない?』ってどういうこった……家出少女か?
……ま、いい。
俺はこいつが家出少女だったとしても、行動はこいつに任せる。
だったら俺が言うべき言葉は、と。
鴉 「連れ戻さない。元々俺は関係ないと思うぞ」
少女 「ほんと……?」
鴉 「ああ」
少女 「ほんとに……?」
鴉 「ああ」
少女 「ほんとにほんと……?」
鴉 「ああ」
少女 「ほんとにほんとにほんとに……?」
鴉 「…………」
少女 「…………」(じーーー……)
信じる気あるのかこいつ。
鴉 「本当だ。俺はただ、本当にお前の頭の傷が気になっただけなんだ」
少女 「………?」
少女が自分の頭を撫でる。
鴉 「…………どうした?」
少女 「べつに、へいき」
鴉 「……そか」
確かに痛みに我慢してるような形跡はあらず。
ということは……俺に頭を触られるのを嫌がっただけ、と。
なぁにやってんだか俺……。
少女 「…………いじめない?」
鴉 「イジメっ子に見えるのか、俺が」
少女 「……みえる」
……ショックだ。
鴉 「あのな、俺はからかいはするが、イジメの趣味はないぞ」
少女 「……ほんと?」
鴉 「本当だ」
少女 「……ほんとうに?」
鴉 「………」
またかい。
鴉 「ほんとのほんとのほんとだ。俺はこう見えても子供にゃやさしいんだぞ」
少女 「………」
鴉 「……名前は?」
少女 「カラス」
ビッと俺を指差して発言……って違う。
鴉 「俺じゃなくて。お前の名前だ」
少女 「……いじめる?」
鴉 「いじめないいじめない」
少女 「…………カラス」
鴉 「それは俺の名だ」
少女 「……からす?」
鴉 「そう、鴉。美作鴉」
少女 「……からす」
鴉 「………」
何度自己紹介すりゃいいんだ?
鴉 「お前の、名前は?」
少女 「からす」
鴉 「違う」
少女 「……うぃんどはーと」
鴉 「うん?」
少女 「ウィンドハート。L's─No.WindHeart……『エル』ってよばれてる」
鴉 「エルス……ウィンドハート、ね……ロボットか?」
エル 「っ……!どうして……」
驚愕の顔で俺を見るレーザー搭載娘。
……意外と頭が暖かいらしい。
鴉 「……あのな、あれだけレーザー撃っておいて『どうして』もなにもないだろ」
エル 「……?」
鴉 「忘れたのか?」
エル 「………」
鴉 「わ……忘れたのか……」
こいつぁ〜大変なヤツを拾ってしまった。
どうすりゃいいんだか……。
鴉 「さて……エル?」
エル 「……?」
きょとんとした顔が俺を見上げる。
そんなエルに、俺は姿勢を低くして視線の高さを合わせる。
というか……オイ。
自分がロボットだって気づかれたことに関しては、もうどうでもいいのか?
鴉 「俺はエルの頭の傷が気になったから連れてきたわけだが。
エル平気だっていうなら、引き止める理由がない。帰るなら帰ってもいいぞ」
エル 「っ!!」
鴉 「うわ……」
『な、なんていうことを言うんだろうこの人は!!』って、顔で見られてしまった。
しかも俺の服をぎゅっと掴んで、ガタガタ震えながら首を横に振ってる。
……やばい。
なんだか凄まじい面倒を背負い込むことになるような予感……
エル 「おいて……」
鴉 「………」
エル 「ここに、おいて……」
鴉 「………」
アア、頭痛いや……。
───……。
鴉 「いいか。俺の部屋に住むにあたり、いくつか言っておくことがある。
極力、人には見つかるな」
エル 「………」(こくこく)
鴉 「人に向かってレーザーは撃たないこと」
エル 「………」(こくこく)
鴉 「って、そうそう。レーザーの最小出力ってどれくらいの威力なんだ?」
エル 「───っ!」(キュイッ!)
鴉 「うわ待てぇっ!!撃てって言ったわけじゃなくて」
───ぼんっ!!
軽く、枕が弾け飛んだ。
燃えるとか穴が空くとかはなく、飛んだだけだ。
鴉 「───へえ」
エル 「………」(ぺこり)
正直たまげた。
エルはエルで、芸を披露したかのようにペコリとお辞儀をしてる。
これなら……うん、達樹に見つかった瞬間に撃って気絶してもらうことも出来よう。
───コツンッ。
鴉 「あ」
窓に当たる何かの音。
カーテンの先に達樹が来ている……。
あいつもよくよく暇な……わざわざこんな時間に来るなっての……ガラァッ!!
鴉 「なにっ!?」
しまった───鍵を掛け忘れたか……!!
声 「よ、鴉。ちょっとお邪魔するよっ」
いきなりバレるわけにはいかん!
鴉 「エル!セット・アイ!!」
エル 「?……───!」
カーテンに向けて勢いよく指を差す。
なにがなんだか解らないって顔をしていたエルだが、
俺の考えがなんとなくでも解ったのか。
カーテンに向けてレンズを回転させた。
鴉 「最小出力装填!」
エル 「……!」(キィイイイ……)
カシャアッ!
カーテンが引かれる。
その先に、能天気な顔で軽く手を挙げるハゲが居た───って、まだハゲだったのか。
だがこれも俺達の日常のため……儚く散れ、劉堂達樹……!
鴉 「───発射()ッ!!」
エル 「っ!!」(キュイッ───)
達樹 「へ?」
ビジュンッ───バッゴォオオオンッ!!!!!
達樹 「ギョエエェェェェーーーーッ!!!!!!」
空を……飛んでいた。
その闇夜の空を、煙を上げたハゲがゆっくりと飛んでいた。(脳内スロー効果)
やがて……(略)ドカバキゴロゴロズシャアアアーーーッッ!!!!!!
達樹が吹っ飛び、庭を転がり滑っていった。
ピクピク痙攣しているところから、一応生きてはいるらしい。
鴉 「よし、偉いぞエル〜♪」
なでなで。
エル 「───!……………………♪っ!!」
鴉 「……へ?」
ハゲを吹き飛ばしたことを褒めつつ、頭を撫でてやると……
エルのやつ、なにやら目を潤ませて体全体で喜びを表現するように震えだした。
……そう。
まるで、初めて褒めてもらった子供のように。
エル 「───!───!!」(ぐいぐいっ!!)
鴉 「え……なんだ?もっと撫でろって?」
エル 「……なでる?」
鴉 「これのこと」
なでなで、と頭を撫でてやる。
だが、さっきほどの喜びは無さそうだ。
エル 「それも、そう……でも、たりない……」
鴉 「え?撫でてほしいんじゃなかったのか?」
やばい、ちょっと恥ずかしいぞ……?
勘違いってのは状況に困る……。
エル 「ちがうの……。それも、そう」
鴉 「それも?……『それ』って『撫でる』のことか?」
エル 「…………?」
……いや。
首を傾げたいのは俺の方なんだが……
鴉 「ああ、ええと……うおお、説明に困るのって何年ぶりだよおい……」
これは困った。
理解力云々の問題じゃない。
この娘……エルのやつ、およそ基礎知識って呼べるもののほとんどが無い。
知識に片寄りがありすぎるんだ。
鴉 「……纏めようか」
エル 「?」
エルは『撫でる』だけでは不満そうだ。
が、最初に撫でたときは喜んでいた。
ようするにだ。
鴉 「……褒めてほしいのか?」
エル 「ほめる?……なに?それ」
鴉 「よくやったな、エル」
なでりなでり……
エル 「〜〜〜っ!!」
がっし!!
鴉 「うおっと!?」
尻尾を振って飛びつく寸前の犬のように目を輝かせてから、
突如俺の胴に抱きついてくるエル。
しかもぐりぐりぐりぐりと顔を俺の腹に擦り付けてくる。
……小動物みてぇだなまったく。
こんな状況、いぞり投げのひとつでもしたいもんだが……無理だな。
それを『コレ』と決めるわけにゃあいかん。
鴉 「なんだ、どうしたんだ」
エル 「からすっ!からすからすっ!!」
鴉 「ああ、鴉だな、俺は」
エル 「からす〜〜〜〜っ♪」
ぐりぐりぐりぐり!!
鴉 「………」
エル 「♪」
……やべぇ。
なにやら気に入られちまったみたいだ……。
面白いヤツが同居人になるっていう事態は楽しそうだから許可したが……
こう、しがみつかれたりしてたら行動し辛いのでは……?
つーか本気で誘拐&監禁になりゃしないか?
───……ま、いいか。
帰りたくなったら好きに帰るだろ。
細かいことは気にしません。
鴉 「……はて?俺、何が理由でエルの頭撫でてたんだっけ?」
エル 「?」
鴉 「……いや、お前に訊こうとは思ってないから安心しろ」
エル 「………」(ほぅ)
本気で安心するロボ子が居た。
それでいいのかお前は。
頭をひと掻きしてから窓とカーテンを閉めた。
鴉 (なんか忘れてるような……つーか、今さっき起きた出来事だった気が……?)
……『思い出せない』なんて懐かしいなぁ。
まあ、よっぽどどうでもいいことだってことだろ。
新聞配達の時間まで寝るとしようか。
鴉 「俺はもう寝るが……お前はどうする?」
エル 「……スリープ?」
鴉 「まあ、そんなところだ。どうする?起きてるなら止めないが」
エル 「……ねむる」
鴉 「そか。じゃあ……」
キョロリ、と周りを見渡す。
───が……この夏場、余分な布団など用意してある筈もなく。
あー……まあその、なんだ。
…………いいか。
エル相手に細かいこと気にしててもどうにもならん。
そもそも相手は子供だぞ?
いちいちあーだこーだ言っても始まらんし、そもそも俺は女に興味はない。
エルをここに泊めてやろうと思ったのだって、そういうところからの思考の派生だ。
正直どーでもいい。
多分俺は、誰がここに泊まろうと止めはしないんだろう。
どうにかなるならどうにかなればいい、って思考ばっかりが働く。
もちろん抗えるものには抗うけど。
どうでもいいことはどうでもいい。
それが俺の生き方だ。
……まあそうは言っても、
どうでもよくないことが多すぎて困るのが、この日常なわけだが。
鴉 「寝るか」
エル 「………」(こくり)
俺とエルは布団に潜り込んだ。
今解ったが、エルって機械なのにすごく軽い。
まるで本当に人間の子供みたいな軽さだ。
いろいろ疑問も残るが───ああ、細かいことは気にしない。
さぁ寝よう。
鴉 「っしょ……っと」
ごろりと寝転がると、エルが胴に抱きついてくる。
……正直眠り辛そうだが……
鴉 「ほれ」
エル 「?」
バサッと羽毛掛け布団をかけてやると、少しびっくりしたような顔をしたのちに───
エル 「?、?」
ぽふぽふと布団の柔らかさを楽しんでる。
お陰でいい体勢を取るのに集中出来そうだ。
鴉 「おやすみ」
エル 「?……、……?」
『おやすみ』に首を傾げて、だけど考えて……また首を傾げた。
なにやりたいんだこいつは……。
鴉 「『おやすみ』ってのはな、眠る時に言う言葉だ。いいか?」
エル 「…………」(こくり)
鴉 「で、目を覚ました時は『おはよう』。いいな?」
エル 「………」(こくこく)
鴉 「それじゃあ、おやすみ」
エル 「………」(こくこくこく)
鴉 「違うぞ。『おやすみ』だ。『お・や・す・み』」
エル 「……お・や・す・み」
鴉 「そう。区切って言う必要はないから言ってみろ。『おやすみ』」
エル 「おやすみ……おやすみ、おやすみおやすみ」
鴉 「一回でよろしい」
エル 「………」(ぺこり)
ベッドで寝転がりながらお辞儀されても困るんだが。
エル 「おやすみ、からす」
鴉 「ああ、おやすみ。エル」
そっと頭を撫でて、枕に頭を落とす。
撫でる手に自分の頭や頬を擦り付けるように動くエルは、まるで猫のようだった。
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