───地上最強猫列伝『第十八章◆号泣!汚されてマジ泣きする猫!の巻』───
悟り猫「ゆったりたっぷりの〜んびり♪」
吐いた拍子に体に掛かってしまった汚物を洗い流すため、俺は再び露天風呂に入っていた。
FUUUUM、体の芯まで温まりますのゥォ〜〜〜ッ。
悟り猫「ただ、深いから足が着かないんですよね」
湯船に入るための段差に体を沈め、ひとまずは事無きを得ています。
ゴソ、とたとたとた……
悟り猫「ウィ?」
足音?……誰?
足音が近づいてくる。
恐らく、猫の体格であるが故に誰も居ないのだろうと思っているのでしょう。
やがて段差のすぐ横に人の足が下り───
悟り猫「………」
春菜 「………」
反射的に見上げたら───目が合った。
春菜 「っ……!!」
悟り猫「あ、やっ───き、気持ちはよく解ります!でも叫んじゃいけませんよ!?
叫んだら男衆が駆けつけます!そげなことになれば先輩殿が大変な目に合う!」
春菜 「あ……───う、ううう……うん……」
一応、落ち着いてくださいました。
大き目のタオルで体を隠している先輩殿は……やべぇ、色っぽいです。
俺の『漢』になりきれてない『男』の部分が『見ろ!見ろ!』と叫んでやがる!!
だがしかし!俺はこげなところで挫けるような漢は目指しちゃいねぇ!!
俺は段差の湯船で強引に座禅を組むと、集中を始めた。
悟り猫「漢・漢・漢・漢・漢・漢・漢……!!!」
邪念など捨てろ!!漢になれ!
悟り猫「バァアアーーーーッ!!!」
ピッキィイーーーンッ!!!
我……覚醒せり!!
もはや誰にも俺を止めることは出来ん!!
などとやっている内に先輩殿は体を洗い終え───
春菜 「あの……弦月くん」
悟り猫「フフフ……なんぞね」
春菜 「隣……行っていいかな」
そう言って来───ブチッ!!
悟り猫「ギャァアアーーーッ!!!」
『男』が覚醒しかけました……。
俺はそれを必死で押さえ、頭を切り替えることにした。
無心になるのだ……別におなごが傍に居るからなんだというのだ。
俺は誰も好きにならんし、おなごを傷つけようとは思わん。
悟り猫「……ど、どうぞ」
春菜 「う、うん……」
ちゃぽ……。
段差を下りて、先輩殿が深い部分に腰を下ろす。
俺は自然と先輩殿とは逆の方向を向き、大きく深呼吸をした。
しっかし……ヘアバンド取った先輩殿ってああいう髪型になるんじゃのう。
流れる髪の毛が綺麗だったわぁ……って何考えてんだ俺ゃあ……。
悟り猫「先ほどはほんに失礼しましたじゃ……。
おなごにゲロってしまうなど、漢のやることではございませんでしたな……」
春菜 「うん……」
……なんでしょうね、
普通ならここで『当たり前だよ』とか言って攻撃でも来そうなものなんですがね。
マジでなんでしょうね、この雰囲気……。
春菜 「あの……弦月くん」
悟り猫「む……あの、先輩殿?俺のことは名前で呼んでくれませんかね」
春菜 「えっ───い、いいのっ?」
悟り猫「よいですよ?俺、自分の苗字嫌いだし。
どっちかっていうと苗字を変えたいくらいだし」
春菜 「あ───あう……そっか……苗字が嫌いだから、かぁ……」
……む?
何故か落胆した声が聞こえましたが……なにごと?
春菜 「あの……それならさ、わたしのことも名前で呼んでもらえないかな」
悟り猫「ウィ?しかしですね、先輩殿を名前でなど……そげな恐れ多い」
春菜 「本人がいいって言ってるんだからいいのっ!」
悟り猫「むう……そりゃそうですが……まあいいか。
拙者から言い出したんだから、それを否定するのも非道というものですね」
……うむ。
悟り猫「では春菜さんと呼ばさせてもらいましょうぞ」
春菜 「う、うん……えへへ……♪やっと名前で呼んでもらえたよ〜」
悟り猫「む?やっととな?」
春菜 「うん……だってアキちゃん、他の人は」
悟り猫「お待ちなさい!!」
春菜 「え……?」
悟り猫「……なに?アキちゃんて」
春菜 「え?だ、だって名前で呼べって……」
アキちゃん……アキちゃん……アキちゃん……
ぐあっ!ダメだ!その呼ばれ方すると体が『殴られる!』って反応を起こす!
悟り猫「……『アキちゃん』だけは勘弁してください……。
既にキリュっちに呼ばれてて、その呼ばれ方するだけで身が縮こまるよ……」
春菜 「……確かに桐生って先生にそう呼ばれる度にボコボコにされてたね……」
悟り猫「だから……ね?無難に彰利くんとか、そこらへんで……」
春菜 「じゃあ……『アッちゃん』」
悟り猫「プッ、ダセェ」
春菜 「ダサくても呼ばれるのはアッちゃんだよ?」
悟り猫「………」
アッちゃん……アッちゃん……アッちゃん……
うげっ!ダメだ!!猫なのに鳥肌が!!
悟り猫「あの……だからね?無難にいきましょうよ無難に……」
春菜 「アッくん!」
悟り猫「……意地でも『彰利くん』とは呼ばないつもりですな……」
春菜 「他の誰かと同じ呼び方なんて嫌なのっ!だからアッくん!」
悟り猫「いや。俺のことは誤利家特別()と呼んでくれ」
春菜 「ほんとにそう呼ぶよ?」
悟り猫「勘弁してください」
そっただ呼ばれ方さしたらオラ……お天道様の下、歩けねぇだ。
春菜 「じゃあ、アッくんでいいよね?」
悟り猫「や……マジすか?
別に『彰利』の『彰』をとって、『しょう』って呼んでもいいんですよ?」
春菜 「わ、凝ってるね。それなら他の誰も呼ばないよ」
悟り猫「うむうむ、そうでしょうそうでしょう」
春菜 「じゃあ……しょうくん」
悟り猫「っ……!!」
春菜 「しょう……」
悟り猫「っ……!!」
春菜 「……やっぱりやめた」
悟り猫「なんで!?」
春菜 「だって、なんだかすぐ後ろで『漂流教室』の顔してそうだし……」
悟り猫「ゲェエエーーーーッ!!!!」
なんと……バレておりましたよ?
『しょう』って呼ばれる度に『高松翔』の顔を真似してたんだが……
春菜 「じゃあ……『彰利』の『彰』をもじって、アキラくん」
悟り猫「超能力使いそうなので勘弁してください」
春菜 「か、考えすぎだよ……。ね、やっぱりアッくんにしようよ」
悟り猫「彰利くんを全力で推しますが」
春菜 「だめ。アッくんに決まり」
悟り猫「ひでぇ……」
強制的にアッくんで決まりのようですじゃ……。
春菜 「ね、アッくん。もっと……こっち来てもいいよ?」
悟り猫「いえいえ、深くて入れないのですよ。猫の体はこういうところで不便です」
春菜 「あ……そっか。でもそう考えると不思議だよね。猫なのにお風呂とか平気なの?」
悟り猫「押忍。拙者、悟り猫ゆえ。
水にも馴れたしメス猫の誘惑にも打ち勝てる強さを得ました」
春菜 「え……オス猫ってメス猫が発情期になると、惹かれちゃうんじゃなかったっけ」
悟り猫「ですからね?それを克服したんですよ。
発情期中のメス猫が傍に居ようと毒霧吐けますよ俺ゃあ」
春菜 「毒霧吐く猫の方がよっぽど珍しいね」
悟り猫「ちなみに泳げますよ?」
春菜 「え……そ、そうなの!?見せてもらってもいいかなっ!」
悟り猫「OKザマス。では失礼おば」
俺は湯船からトパァンッとジャンプして、まずは岩の上に着地する。
泳ぐ前には準備運動をしなければね。
悟り猫「肩〜をほ〜ぐし〜てアッキレッス伸ッばしッて♪も〜んがも〜んが♪
……───準備体操終わりィイイイーーーーッ!!!!」
ズバシャァアアーーーーッ!!!
体操を終えてからすることと言えば、水の上を飛翔しつつ滑走!!
それが終わるとトパァンと湯船に入り、犬掻きならぬ猫掻きで泳ぐ。
春菜 「わ……ほんとだ」
春菜さんの感心の声。
だがこげなものは序の口!
見よ!スッポン泳法を身に付けた我がクロール!!
春菜 「う、わ……うわわ!!ク、クロール!?」
フッ───まだまだ!
悟り猫「バタフライッ!!───ターン!平泳ぎ!!
───ターン!背泳ぎ!!───ターン!自由型ァーーッ!!」
春菜 「す、すごいすごい!!関節情報を完全に無視してるよっ!!」
当たり前よ!
関節を外して、その痛みを月生力で和らげながら泳いでいるのですから!!
トパァンッ!!───グルグルグルグルトパァンッ!!
深い部分から飛翔し、段差目掛けて着水。
背中合わせの元の状態に戻る。
悟り猫「以上ッ!!」
春菜 「すごいすごいっ!すごいよぉっ!」
悟り猫「さてと……泳いだところで体を洗いますか」
人間用タオルを手にしながら湯船から出る。
そのついでに桶にお湯をすくって、石鹸をコシコシと擦る。
悟り猫「ニャーニャニャーニャー♪」
不思議なもので、鼻歌を歌おうとするとどうしても猫声になる。
それはそれとして石鹸がタオルに溶けると、それを泡立たせて体をコシコシと洗う。
と、そんな中───ざぱり……。
悟り猫「ニャ?」
春菜 「あ、あの……アッくん?背中、流してあげよっか?」
悟り猫「なんと!?」
おいおい……勘弁してくださいよぉ〜〜〜……マジヤバイっすよぉ〜〜……。
やめときましょうよぉ〜……マジヤバそうっすよ〜〜……。
などという思考は、無情にも後ろから伸びてきた綺麗な手によって粉砕されました。
春菜 「ホラ、貸して」
スルッと泡がついたタオルが手から奪われると、背中にコシコシと軽い刺激。
春菜 「うーん……一度好きな男の子の背中を流してみたいって思ったんだけど……
体が小さいと感動も小さいね……」
悟り猫「ふむ……しかしですね。
オイラの体はみさおの神魔融合法術・時操反転じゃなくちゃ戻せないんですよ」
春菜 「時操……?」
悟り猫「ウィ。時を一気に巻き戻すっていう困った力なんですがね?
俺の場合は巻き戻されすぎて前々世まで戻されたわけでして……。
せめて前世の月栄あたりだったら良かったんですけどねぇ」
春菜 「うーん……あ、月空力で時間を飛ばすのは?」
悟り猫「寿命が来て死ぬだけだね。月空力は死を飛び越えた時操は出来ないから。
その点、時操反転は死を超越して前世にまで遡らせることが出来る。
来世にも飛ばすことは出来るんだろうけど……それはちと危険ですな。
未来に至るまでの『俺』は、今の俺でしかないんだ。
この時代でしか俺は生きていないわけで、未来に飛んだのも『俺』。
だから現時点で『俺』の来世は構成されていないわけです。
先の先まで未来はある。でも俺は『時』に縛られたバケモノ。
他の人間の来世はあっても、俺が先へ進めない限り俺の来世は生まれない」
春菜 「そうなの……?」
悟り猫「ああ。骨になった時、いろいろな物を見た。
いや、見せられたっていうのかな。
シェイドに見せられ、自分の生き様を見せられ……
『彰利』として300年を生きて、『南無』として400年を生きて……。
俺自身が300年生きて、今もこうして生きていても……
俺は俺として未来を作っていくしかないそうだ。
死ねばそれで終わり。子孫を残すことでしか先を作れない」
春菜 「そんな……それじゃあ」
悟り猫「でも俺は誰も愛さないよ。言ったでしょ、『死ねばそれで終わり』って。
俺が死ねば俺が終わる。俺は……正直そんなのは嫌だしこの世界を生き抜きたい。
バケモノと謳われたって構わないんだ。
この世界にあって、今も……その先にも続いてゆく『楽しい』を見つけたい。
『俺』が1000年生きてる化け物だろうと構わない。
正直に言うとさ、南無の気持ち……今なら解るんだ。
化け物って言われようが、孤独に生きたあいつの気持ち。
俺は弦月浄子とみさおに言われるまでもなく化け物で……
それを受け入れたところで、もう痛くもない」
春菜 「化け物だなんて……」
悟り猫「ああいや、前世のこと考えれば俺は月栄とレオの分も生きてることになるのかな。
死神の分も生きて……南無の分も生きて……ははっ。
それなら……このまま死神になっても……」
春菜 「───っ!!」
ぼかっ!!
悟り猫「アウチ!!」
背後からゲンコツ!これは痛い!
悟り猫「な、なにをするのかね!!」
春菜 「アッくんは死神に飲み込まれたくなくて頑張ったんでしょ!?
それなのにそんなこと言ったら───
南無さん側の方のアッくんのために消えた悠介くんが報われないよ!」
悟り猫「グ、グムム……」
春菜 「ね……?お願いだからそんなこと言わないでよ……!
そんな言い方……ズルイよ……。
そんなに生きてないわたしじゃ……なにも言えなくなっちゃうよ……」
悟り猫「ぬう……」
確かにそうかもしれん……。
でもねぇ、ずっと生きようと思うとねぇ……死神の体っていろいろと都合がいいのよね。
悟り猫「了解しもうした。拙者、この魂のままに悠久を生きることを誓いましょう。
死神にはならんことを何気なく誓おう。ならんとは断言出来ませんが」
春菜 「断言しなきゃだめ!怒るよ!?」
悟り猫「そう言わんといてくだされ。この世界は『楽しい』ばかりではありません。
俺はその時が流れる度に、この世界に絶望することでしょう。
いつか完全にこの世界に呆れ返ったら……この世界を滅ぼす魔人と化すのもいい」
春菜 「……本気で怒るよ?」
悟り猫「ほほっ、冗談じゃて。自分が気に入らんからって滅ぼせる道理などありません。
だったらどうするか。……この世界を捨てて、別の世界に行けばいいのです」
春菜 「別の……世界?」
悟り猫「そ。そうさなぁ、空界あたりにでも行こうかと思っております。
天界に行くのもいい。この世界に飽きたなら、何処でもいいさね」
春菜 「………」
悟り猫「さて……春菜さん?風邪引きますよ?」
春菜 「……うん」
ちゃぽ……。
俺の小さな背中をさっさと洗い終えた春菜さんは、冷えた体を温めるために湯船に入った。
俺も桶のお湯をかぶって、体の泡を流した。
それからヒタヒタと歩いて段差の湯船に体を休める。
ぬおお、骨の髄まで染み渡る気分じゃわい。
春菜 「……ねぇ」
悟り猫「なんざますか」
春菜 「本当に……彼女作らないの?」
悟り猫「作りませんよ?俺は覇道に生きます。
といっても武力で全てを支配するとかそういう意味の覇道ではなく、
女ったらしの男ではなくおなごを守れる漢として生きるのです」
春菜 「どっちも同じ『オトノコノコ』じゃないの?」
悟り猫「なんと!それは漢に対する侮辱以外のなにものでもないぞクラースくん!!」
春菜さんをこちらに振り向かせ、空中に文字を描くように手を動かす。
春菜さんはなにやら真っ赤になってたが、無視することにした。
猫ボディに照れられても困りますよ?
悟り猫「今の世に蔓延る『おなごを欲望の捌け口』としか見ない男を『男』と書く男!
『おなごを守り、人の幸せを願う存在』を『漢』と書く漢!!OK!?
このふたつを同一視されるなど、ひどい侮辱だ!!」
春菜 「う、うん……ごめんね。
でも……つまりはアッくんは女の子のこと守ってくれるんだよね……?」
悟り猫「む……む?し、然り」
なにやら弱い小動物のように恐る恐る訊いてくる春菜さん……ヤバイです、カワイイです。
調子狂いますな……。
今までが『よくこの神社に顔を出せたね……』とか言って攻撃の嵐だっただけに。
そかそか……普段で言えば春菜さんってここまで気の弱い人だったんか。
悟り猫「話の途中に失礼。もしかして春菜さんって男性経験皆無?」
春菜 「───!!」
グボンッ!!
悟り猫「おわっ!?」
春菜 「あ、あうあうあう……!!」
うおう、どうやらビンゴみたいです。
初々しいですなぁ……でも好きになる人物を明らかに間違えてるよ。
他の皆様方同様、悠介のことを好きになっておればよいものを……。
悟り猫「ねぇ春菜さん?どうして『俺』だったん?」
春菜 「え……?」
悟り猫「別に好きになるのは悠介でも良かったっしょ。
なんだってよりにもよって俺だったん?」
春菜 「……だって。アッくんの傍、安心出来るし……。
あの中学に入ってから、ひとりぼっちだったわたしに素直にぶつかってくれたの、
アッくんだけだったんだもん……」
悟り猫「あら……そうなん?」
春菜 「嬉しかったんだよ……?とってもとっても嬉しかったんだよ……。
でも……なんとなく自分の気持ちに気づき始めた時に……」
悟り猫「……俺があの裁きの夜に人を殺した子供だって気づいちまった、と」
春菜 「ごめんね……。わたし、どうしたらいいのか本当に解らなくなって……。
アッくんは悪くなかったのに、
わたし……自分の気持ちを裏切られたって勝手に思い込んで……。
そう思い込んじゃったら止められなくて……。
でも……でもっ……!アッくんと話さなくなってから、わたし……
なんだか自分の中にぽっかりと穴が空いちゃったような気がして……。
自分が大切にしてた『日常』が無くなっちゃった気がして……」
悟り猫「デマだなそりゃ。夢見てんなよ素人が」
春菜 「………」
悟り猫「ゴメンナサイ」
でも暗い雰囲気って苦手なんです。
さっき自分で出しておいてなんですけど。
でもね?疑問に思うんですよ。
なんだって俺がどうのこうのって時、みなさん決まって『日常』がどうとか言うんデショ?
オイラそれがわっかんねぇ。
春菜 「あの……だからね……?わたし、一生懸命考えたよ?
無くなった日常ってなんなのかな、って。でも解らなくて……。
でもね?アッくんが過去を見せてくれた時、ああ、そっか……って思えたんだよ。
アッくんの景色に映るわたし、本当に楽しそうに笑ってたの。
そしたら……自分の気持ちが変わってないどころか、
強くなってたことに気づいて……」
悟り猫「アー……もしかして『わたしをどうしてもいいから』ってのは、それの表れ?」
春菜 「う、うん……ごめんね。
わたし、アッくんがあんなに怒るなんて思わなかった……」
悟り猫「そりゃあ怒りもしませう。
俺はおなごの『自分をどうしてもいい』っていう言葉は嫌いです。
おなごはもっと己を大事にするべきですじゃ。
わしゃあ様々な時代を旅することでそれを完全に悟ったのですから」
春菜 「うん……。でもね?女の子はね……?
好きでもない人には……そんな言葉、言えないものなんだよ?」
悟り猫「それでもダメです。
何があっても『自分をどうしてもいい』だなんて言ったらダメでゴワス。
男ってのは汚い生き物なんですからね?解ります?」
春菜 「アッくんは……?」
悟り猫「おいどん、漢でゴワス。
だからおなごは守る存在であって、傷つける存在でも好きになる存在でもない。
友情は芽生えるけど、愛情は友としてだけでゴワス。
『男と女の間に友情は有り得ない』は別の誰かの言葉であって俺の言葉じゃない」
春菜 「……友達としてずっと一緒に居ても、それは同じなのかな……」
悟り猫「同じでゴワス。友とは友として一生付き合いたいものでゴワショウ?
それは幼馴染でも知り合いでも同じでゴワス。大体ね、俺ゃああの時若かった。
心許ない感情で粉雪さんのことが好きだなんて謳った俺は愚かだったのでゴワス。
あの時に戻れるなら、俺は誰も好きにならずに完璧な漢として君臨できたのに」
春菜 「……だめだよ、そんなこと言っちゃ」
悟り猫「ウィ?何故かね」
春菜 「日余さんの『アッくんを好きになった心』が可哀相だよ」
悟り猫「ム……」
確かに今の言い方は、
聞き方によっては『粉雪にそういう心が無ければ』って感じに聞こえる。
……いかんぜよ。
悟り猫「失礼しました。反省します」
春菜 「……うん。アッくん、自分が本当に悪いって思えたら、
こうやって素直に謝れるから……カッコイイんだよね……」
悟り猫「猫にカッコイイだなんて言って虚しくありません?」
春菜 「いいよ。猫であってもアッくんはアッくんだもの」
悟り猫「そうすか」
春菜 「うん……そうだよ」
悟り猫「そうすか……」
春菜 「………」
悟り猫「………」
……静かな時間の中に居た。
今までゆっくりしていられなかった俺は、
誰かとこうしてのんびりすること自体が珍しくて。
久しぶりにこうしてリラックス出来る空間……その隣に居る人が春菜さんでも、
前のように遠慮するようなこともなく───なんだかそう悪い気分じゃなかった。
───時折に吹く風が気持ちいい。
目を細めるようにしてその風を浴びて、ゆっくりと湯船に身を任せた。
春菜 「……おかしいね。普通だったらこうして向き合えるなんてこと出来っこないのに」
ふと、目の前に居る先輩が穏やかに、くすぐったそうにして笑う。
俺もそんな笑顔に応えるように、ガイアばりの極上スマイルをした。
春菜 「……すごい顔だね」
悟り猫「素直な感想ありがとう……」
今思うと不思議なものだ。
高校から卒業に至るまで……いや、それ以上の時を嫌われながら生きていた俺が、
こうしてその人と笑い合ってる瞬間があるなんて。
悟り猫「さっきの春菜さんの言葉を返すけどね。
風呂場でこうして向き合えるのは俺が猫だからですよ?」
春菜 「うん。解ってる」
春菜さんはやっぱりくすぐったそうに笑うと、
口元まで湯船に浸かって、恥ずかしそうに俺を見た。
悟り猫「猫じゃなかったら、目が合った時点で叫んでたでしょうな」
春菜 「うん、きっとね」
ぽこっ、と空気とともに言葉を出す春菜さん。
その顔はまるで子供のそれだった。
春菜 「ねぇ、アッくん」
悟り猫「ん?なんぞね」
春菜 「……あの、あのね?」
悟り猫「?なんぞね」
春菜 「………」
悟り猫「?」
なんザマショウ。
なにやらふつふつと嫌な予感が湧き出てきてるのですが?
春菜 「あの……その。わ、わたしの一生のお願い、聞いてくれるかな……」
悟り猫「聞くだけなら」
春菜 「はうっ……で、出来れば叶えてくれると嬉しいな……」
悟り猫「出来ればね」
春菜 「うぅぅ……」
顔を真っ赤にさせて、喋るために湯船から出していた口を、
また顔を沈めるように湯船に浸からせた。
その口からぽこぽこと出る気泡は、恥ずかしさの量を表してるかのようでした。
春菜 「あの……あのね?……その、キ、キキキスしてもいいかなっ!」
悟り猫「───……」
キスしてもいいかな……キスしてもいいかな……ぶっちゅ……ぶっちゅ……
頭の中でエコー。
ぶっちゅなんて言葉は言われてないのに響きました。
なんにせよ当然、俺の答えは───
悟り猫「ノォサーッ!!」
だった。
春菜 「ど、どうして……?日余さんや篠瀬さんはよくて、わたしはダメなのっ!?」
悟り猫「ダメとかそういうのではありません!!
独断と偏見と実力行使で言わせてもらいますが、
春菜さんの唇は恐らくファースト!!
そげな、おなごにとっての三種の神器とも言えるものを簡単に差し出すなど!!
それは漢に対する侮辱以外のなにものでもないぞクラースくん!!」
春菜 「さ、三種の神器……?」
悟り猫「心!体!唇のことでゴワス!!」
春菜 「あ……そっか」
悟り猫「さっき、おなごは自分を大事にするべきだという話をしたばかりでしょう!
キミはなにを聞いていたのかね!!」
春菜 「……不思議だね」
悟り猫「なにがかね!」
春菜 「わたしよりも、アッくんの方がよっぽどわたしのことを大事に思ってくれてる」
悟り猫「ぬぐ……じ、自覚が足りん証拠ですよ!!
よいかね!乙女たる者、もっと自分のことをだね!!」
きゅっ……。
悟り猫「ややっ!?」
そっと、春菜さんの綺麗な手が拙者の肉球ふにふにの手を握った。
ちなみに言えば両手とも。
悟り猫「あ、あのー……春菜さん?なにを……」
春菜 「目を……閉じて……」
悟り猫「え?や、ちょ、ちょっと待ってほしいな……。
俺だってほら、漢だし、ね?解るでしょ?い、いけませんよこんなこと。
ほら、今なら間に合うから……ね?やめよ?ね?おかしいよこんなこと……」
春菜 「好きなの……どうしようもなく好きなの……。だから……」
悟り猫「やっ……やめて!お願いだからやめてっ!
拙者の漢をこれ以上傷つけないで!や、やめっ───」
無情。
春菜さんは体重をかけるようにして俺を押し倒してきた!!
悟り猫「ゴ、ゴニャニャーーーッ!!!!」
俺は段差の先……つまりは湯船から出た場所に倒されるような形になった。
必死に抵抗しようとしましたが、悲しいかな男のサガ。
拙者を押し倒す春菜さんの体に、お湯に濡れたタオルがぴったりとくっついて……ね?
その美しきフォルムが我が眼前にさらされてるんですよ。
俺はそれから目を逸らすことに全力集中してる所為で、体自身に力が入りません。
男って悲しい生き物だとつくづく憎らしく思った瞬間です。
『男』に呑まれそうになる『漢』を必死に保つので精一杯です。
しかもそうこうしてる間にも春菜さんの紅潮した顔と潤んだ瞳と、
柔らかそうな唇は拙者の猫口に近づいてきて───
悟り猫「や、やめっ……!いやだっ!こんなの嫌だ!!嫌だぁああーーーーーっ!!!
だれっ……誰かッ!誰か助けてっ!!助けて───やだぁあーーーーーっ!!!」
……まちゅり。
悟り猫「───!!!」
その音とともに、
『漢』なら誰の中にでもある『漢花()』の花びらが……散ったのだった……。
男意気『長い間、ご苦労様でした……司令』
漢意気『男意気……支配人って呼んでくれよ』
男意気『長い間、ご苦労様でした、支配人』
漢意気『……ああ、ありがとよ』
その刹那、俺の頭の中で『男意気』と『漢意気』がしんみりと話しているのが見えました。
よく解らんけど涙が止まりません。
タスケテください。
漢意気『命長すぎ愛すな漢。熱き血潮の枯れぬ間に』
いや、そんな詩はどうでもいいから……。
ま、待ってくれ俺の漢意気……行かないでくれ……!!
漢意気『咲いて散る漢の花……漢大戦かぁ……』
ま、待ってぇえーーーっ!!!
───……しくしくしくしく……。
露天風呂に物悲しい泣き声が響く。
他の誰のものでもない、俺のものだ。
悟り猫「ひく……うっく……うえぇえ……」
汚されてしまった……。
俺の漢としての覇道が……また汚されてしまった……。
春菜 「……ごめんね……。
でも……どうしても他のふたりと同じ場所に立ちたかったの……」
悟り猫「ひっく……うぇっく……」
春菜 「ねぇ……好きだよ?
わたし……おかしくなっちゃうくらいアッくんのことが好き……。
泣かないで、アッくん……。苦しいならわたしが慰めてあげるから……。
だから……ね?わたしと一緒に幸せ探し、しようよ……」
春菜さんが、顔を両前足で覆う拙者の背中をそっと撫でて言う。
でも解ってない。
解ってないよ春菜さん。
慰める以前に、苦しめてるのアータじゃない。
一回目は粉雪さんに唇を許してしまった俺が悪い。
二回目、三回目、四回目は油断して夜華さんに奪われた俺が悪い。
でも五回目……これは明らかに力ずくじゃないですか……。
ショックでかいよ……。
男に襲われるおなごの気持ちがほんの少しだけ解ったよ……。
人って自分の大切なものを力ずくで奪われると、本気で泣くもんなんだな……。
初めて知ったよ……。
悟り猫「やめとくれ……っ!触らんどくれ……っ!
アタイ、汚れてしまった……っ!もうあなたの元へは帰れないのっ……!!」
なんとか冗談っぽく言って心を落ち着かせようとするも……やべぇ、本気で涙が止まらん。
もしこんなことがエスカレートしたことをおなごがやられたらと思うと、
正直男が憎くて仕方が無い。
今だってそうだ。
俺の『男』の部分が妙な気を起こさなかったら十分に抵抗出来たのだ。
憎い……憎いぞ男め……!!
───きゅむっ。
悟り猫「ひょえあぁああああああっ!!!!!」
春菜 「アッくん……」
先ほどのチスで感極まったのか、とろんとした表情で俺の体を抱きしめる春菜さん!!
いかん!これはいかんぞ!!
猫とチスして感極まるおなごが世界に存在するなどと!───じゃなくて!!
悟り猫「や、やめなさい春菜さん!!友達でもいいと言った娘がなにを血迷うたか!!」
春菜 「イヤ……。わたし、アッくんの一番の理解者になりたいの……。
友達でいいなんてウソ……。わたしは……アッくんのこと全部解ってあげられて、
その上で全部慰めてあげられる……そんな存在になりたい……」
悟り猫「絶!対!無理!!」
春菜 「いいの……今が無理でもいつかはそうなってみせるから……。だから……」
悟り猫「ノゥッ!!アータ解ってない!!
キミは『雰囲気』ってものと自分の心のビートに翻弄されてるだけ!!
今のキミは『まやかし』だ!!本当のキミじゃないっ!!」
春菜 「本当の……わたし……?」
悟り猫「そう!キミは本当のキミじゃないのだ!正気に戻りめされい!!」
春菜 「本当のわたし……そうだよね……。
こんなタオルで隠してたら、本当のわたしじゃないよね……」
悟り猫「そうそう───って違()ッがぁあああああう!!!」
春菜 「だ、大丈夫……。アッくんになら見られても……わたし、平気だよ……?」
悟り猫「だーーーっ!!俺が平気じゃねぇーーーーっ!!!!」
───そう叫んだ時でした!こげな俺に助けが訪れたのは!!
虚空に輝く歪みが現れ、そこから手が伸びてきたのです!!
俺はこの手を知っているッ!!
いや!この手を知っているッ!!───って同じゃねぇか!!
春菜 「な、ななななにっ!?なになにっ!?」
さて……俺の知る中で、『時空転移』ではなく『次元干渉』をするのはひとりしか居ない。
転移ではなく、次元そのものを歪ませて移動する存在とくれば───
リヴァ「……見つけたぞ、検察官」
───やっぱり、リヴァっちでした……。
悟り猫「リ、リヴァっち……っ!!うあぁああああリヴァっちぃーーーっ!!!!」
がばしぃーーーっ!!!
リヴァ「うわっ!?こ、こらなにするんだっ!!」
悟り猫「あっ……ありがっ……ウググッ!!来てくれてっ……ほんとありがとっ……!!
う、うぁああああっ……!!お、俺……もうダメかと……!!!
もうほんとにダメかと……!!ありがと……ありがとぉおおお……!!
ううっ……うあぁあああああああああっ!!!!」
リヴァ「あ、ああ……?その、なんだ?お前……本気で泣いてるのか?」
春菜 「〜〜……!!」
春菜さんがリヴァっちのことを凄く睨んでたが、とにかく俺は助かったのです。
漢生命に危機を感じていた私にとって……
リヴァっちは、まさに───魔法の奇跡そのものに、思えたものだ……。
しかし、その事態はクラースくんの真似をしている場合ではなかったのです。
でもとりあえず。
その日は……多分、俺が初めて究極のマジ泣きをした日でした。
力ずくって怖いものだと、イヤってほど知った日でもありました……。
───……さて、風呂から上がって部屋に戻った訳ですが……モシャアアアアア……!!
春菜 「………」
夜華 「………」
粉雪 「………」
リヴァ「……?」
どういうわけか景色が歪んでます……。
春菜さんと夜華さんと粉雪さんが、リヴァっちを睨みつつ殺気を醸し出しております。
勘弁してください。
なんでこげなことに……?
悟り猫「えーと……まず訊きたいのが『なんで猫である俺が弦月彰利だと解ったか』です」
リヴァ「簡単だ。検察官のDNAパターンを遡らせて、検察官の前世や前々世は見た」
悟り猫「あ、あらそう……」
DNAを遡ることは簡単らしいです……。
悠介 「お前は確か……リヴァイアとか呼ばれてたヤツだったよな?」
リヴァ「ン───ああ、過去の悠介か。
予想通りだな、危機感も理力の力も禄に感じられない」
悠介 「……いきなり失礼なヤツだな」
リヴァ「シェイドよりはマシだ。黙ってろ」
悠介 「あ、あのなあ……!!」
中井出「して、このべっぴんさんは彰利のなんだ?検察官って?」
リヴァ「知りたがりは長生きしないぞ」
中井出「なるほど、彰利の知り合いだ」
納得されてしまった。
リヴァ「だが初対面だというのに自己紹介しないのはあんまりに礼儀がないよな。
わたしはリヴァイア=ゼロ=フォルグリム。未来からここへ来た存在だ」
中井出「みっ……未来人類!?」
リヴァ「……検察官。なにやら酷く侮辱された気がする。原子分解してもいいか」
悟り猫「ストップ!!そいつは俺の知り合いだ!殺しちゃなりませぬ!!」
リヴァ「……そっか。ああそうだ、わたしの用事だが……」
悟り猫「そ、そう。それを知りたかったのですよ。なんざます?」
リヴァ「未来まで来て欲しい。ちょっとした問題が起こった」
悟り猫「問題?どんな?」
リヴァ「セレスウィル=シュトゥルムハーツは知ってるな?」
悟り猫「セレっちざましょ?知らんわけがない」
リヴァ「そいつがな、ハンターに狙われている」
悟り猫「───へ?」
ハンターって……ゼノ?
悟り猫「ゼノ?」
リヴァ「違う。ハンターとは言っても死神の位のものじゃない。
セレスの元人格である『エドガー=スティルライツァー』を屠った者の末裔だ」
悟り猫「ヴァンパイアハンターっすか……」
リヴァ「それだけなら良かったんだがな。相手はヴァンパイア専門ってわけじゃない。
老人なんだが……これが厄介なヤツなんだ。
名前は『ロディエル=D=シュトロヴァイツ』……『闇を狩る者』だ。
死神もダメ月の家系もダメ、もちろん吸血鬼もダメ。
困ったことに対処法が見つからない。
お前ならなんとか出来るんじゃないかと思ってな」
悟り猫「……悠介居れば十分じゃない?ラグナロクでばばーんと」
リヴァ「『どうしても抜けられない用』とかで遠くに出てる。危機を危機とも思ってない」
悟り猫「あー……」
それってキミ達を信用してるだけだと思います。
悟り猫「しかしねぇ、俺だって月の家系なわけですよ?俺が行ったって……」
悠介 「……?」
悟り猫「……あ、そか。なぁ悠介、まだ種残ってるか?黄昏の種」
悠介 「黄昏作ったら壊れた」
悟り猫「………」
目の前が暗くなる気分でした。
悟り猫「んじゃ、しゃあない……。悠介、未来に行くぞ」
悠介 「なにっ!?ちょ、待て!
未来にゃ未来の俺が居るんだろっ!?大丈夫なのかっ!?」
悟り猫「全然平気。な、リヴァっち」
リヴァ「ああ。次元干渉をそう重く考えるな。
人の行動の分だけある未来をいちいちひとつずつ心配してると疲れるだけだバカ」
悠介 「バカは余計だ……」
リヴァ「とにかく行くぞ。検察官、任せて平気なのか?」
悟り猫「上等じゃい。我思う!故に我はあり!!行きましょう!!」
中井出「な───ちょっと待て!同窓会はどうなるんだよっ!
お前らが居なくなったらシラケるだろっ!?
こっちは更待先輩と話し合って、ドッキリイベントまで用意してるってのに!」
悟り猫「時空調節して一分後に戻る!待つ必要もないから安心!OK!?」
中井出「訳解らん!いいから待て!これから晦の誕生日の───!!」
ビジュンッ───!!
今まさに飛び掛ろうとしていたおなご三人から逃げるように。
さらには中井出の言葉を完全にシカトして、俺は歴間移動を発動させたのでした。
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