───たわけモン道中記30/そうだ、祭り、行こう───
【ケース71:兇國日輪守悠之慎/暖かみ】
彰衛門「文化祭に行きたい!!」
悠之慎「………」
冥月 「………」
それは、とある日の昼下がりだった。
畑の傍で昼食を食べている時、突然発せられた言葉……文化祭。
どうやらこの前の夜に文化祭の話をしたことが原因らしかった。
悠之慎「お前……そうまでして白玉ぜんざい食べたかったのか……」
彰衛門「ちょっ───待って!なんでいきなり白玉ぜんざいの話が出てくるの!?
違うって!俺ただ純粋に文化祭を見て回りたくなっただけだよ!
『そうまでして』ってなんだよ!俺もう白玉ぜんざいに執着なんてないよ!?」
悠之慎「じゃあ冥月、今度白玉ぜんざいの作り方を教えるから作ってみろ」
冥月 「あ、はい。いいですね」
彰衛門「聞いてよ!ねぇ!話振っといて無視は酷いんじゃない!?」
悠之慎「やかましい、わざわざ叫ばなくても聞こえてる」
彰衛門「だったら返事くらいしてよ!なんだよもう!」
冥月 「なんだか最近、彰衛門さんの物言いって子供っぽいですよね」
悠之慎「ああ。あいつは情事変態中なんだ」
彰衛門「ちょ、まって!今なんか『じょうじ』の中に危険な香りを感じたよ!?
じょ、常時だよね!?常時って言ったんだよね!?」
悠之慎「ん?ああ、だから情事だろ?」
彰衛門「……え、ええと……この文字だよね?」
彰衛門が木の枝でカシカシと地面に文字を書く。
その文字は『常時』。
しかし俺はそれに待ったをかけて書いてやった。
『情事』と。
彰衛門「ただヘンタイって言ってるだけじゃねぇかこれ!!」
悠之慎「だから情事変態中って言っただろ」
彰衛門「常時変態中って、常に変わり続けてるって意味じゃなかったの!?」
悠之慎「いや、お前なら前者の方が相応しい」
彰衛門「情事が似合う男だなんて言われたって嬉しくありませんよ!?」
冥月 「あの、文化祭ってどんなものなんですか?記憶でなら見たことありますけど……」
悠之慎「あぁそうか、冥月はそういう行事のことは知らないもんな」
彰衛門「聞けぇええええええっ!!!!」
横でギャースカ騒ぐ彰衛門を横目に、冥月に文化祭について話して聞かせる。
冥月は興味津々なようで、どこかわくわくしたような顔をしていた。
ん……たまにはいいかもな。
悠之慎「なぁ彰衛門、ここらで後悔狩りも休憩にしないか?
で、休憩使ってどっかの時代でやってる文化祭に行ってみるとか」
彰衛門「キミってホントとことんまでに俺の話無視したいのねコノヤロウ……」
悠之慎「え?なんか話してたか?」
彰衛門「聴覚にも留めてなかったの!?ヒドイ!なんてヒドイ!!」
悠之慎「落ち着け白玉ぜんざい」
彰衛門「ぜんざい言うな!!ていうかそれどういうあだ名!?」
悠之慎「で、行くのか行かないのか」
彰衛門「……なんかすっごく可哀相だボク……」
しくしくとわざとらしげに泣く彰衛門を余所に、
俺は文化祭についてのことを冥月に教えていた。
───『甘えること』を拒んだ冥月。
不思議なもので、
その気丈さからは考えられないくらいにまだ幼いこいつは、些細なことで笑顔をこぼす。
どうしてそんなにまで強くあろうとするのか。
どうして子供の内に甘えておこうだなんて考えを持とうとしないのか。
それは多分───俺達の子供の頃の生き方に少なからず遠慮しているからなんだと思う。
悠之慎「ったく……」
冥月 「?」
冥月の頭に手を置いて、また苦笑する。
べつに嫌な気分なわけじゃないんだが、素直に笑うってことをあまりやらない俺は、
普段から笑う時は苦笑めいた顔になってしまう。
笑う時は容赦なく笑えるんだが、日常の中ではそうそう激しく笑うことなんてない。
冥月 「あの……悠之慎さん?」
悠之慎「ん?ああ」
頭の上に置かれた手が気になったんだろう。
けれど文句を言うだとかどかしたりだとかしない分、
冥月は子供としては可愛い方なんだと思う。
そんな冥月は不思議そうな顔で俺を見上げ、少し首をかしげている。
俺はそんな冥月に言いたいことを言うことにした。
悠之慎「あのな、冥月。遠慮はするなよ?」
冥月 「……?あの、いきなりなんのことだか解りませんよ?」
悠之慎「それでいい。遠慮はするなって言いたかっただけだ。
俺達の生き方にお前の日常の在り方は関係ないって言いたかった」
冥月 「え───あ……」
冥月がしくしく泣いている彰衛門を横目で見た。
やがておずおずと、叱られるのを怖れる子供のように俺に言う。
『知っていたんですか』と。
悠之慎「知ってたっていうのかな、今解ったって言った方が適当だと思う。
お前としては『関係ない』だなんて言ってもらいたくないんだろうけどさ。
俺達からしてみれば、俺達が歩むことが出来なかった『子供の頃の思い出』を
お前ら子供達にはちゃんと歩いてほしい。
血や闇に囚われない世界を、俺達とは違う視線で見てほしい。
だから───自分が幸せに触れられそうな時は、遠慮しないでそれに触れてみろ。
俺と彰利は……そんなお前たちを見ることが出来たら、
そんな時にこそ自分たちの道のりを誇れると思うから」
冥月 「…………」
冥月は俺の顔を見て驚いた。
今、自分がどういう顔をしているのかは解らないけど、
少なくとも冥月の表情からは嫌悪感は感じられなかった。
冥月 「わたし……全然解ってなかったんですね」
悠之慎「……冥月?」
ふと、冥月が俯いて言う。
冥月 「あ、でも勘違いしないでください。
わたしは彰衛門さんや悠之慎さんに悪いと思って、
甘えるのを拒否したんじゃないです。
確かにそれもあるかもしれませんけど、
わたしは自分が弱くなるのが嫌だっただけですから」
悠之慎「ああ。そう言ってたな」
冥月 「でも……やっぱり解ってなかったんだと思います。
わたし、彰衛門さんと悠之慎さんは誰よりも幸せになるべきだって思ってました。
ふたりをそうすることが出来るなら、
わたしもいろいろなことが出来ると思います。
その考えの中には確かに、
『わたしが甘えると幸せが遠ざかるんじゃないか』って気持ちがありました。
迷惑になっちゃうかもしれませんから」
悠之慎「いや、むしろ彰衛門は喜ぶと思うが」
冥月 「はい、わたしもそう思ってます」
悠之慎「だったらそうしたらいい。隣で未だにしくしく泣いてるこの馬鹿野郎なら、
人の悲しみを放っておくなんてことは滅多にしないし、
それが子供なら尚更だ」
冥月 「……その行為で『幸せを探す時間』を削ってしまうのが怖かったんです。
甘えたくないって言った理由はそれじゃあありませんけど、怖かったのは確かで。
でも『解ってなかった』のはまさにそれだったんです。
わたしは……わたしや聖ちゃんの幸せが、
彰衛門さんや悠之慎さんの喜びになるだなんて思わなかったんですよ」
悠之慎「………」
冥月はそう言ってから、照れくさそうに自分の頭の上にある俺の手を両手で握った。
冥月 「わたし……ううん、わたしだけじゃない。
聖ちゃんも、これから産まれてくる子も、みんな頑張って幸せになりますから。
だから───いっぱいいっぱい、喜びを感じてくださいね。
彰衛門さんや悠之慎さんが誰かのために行動したことで未来を歩ける子たちが、
いつかはいっぱいの『ありがとう』を言えるようになるまで───
ずっとずっと、たくさんの喜びを感じてください」
悠之慎「冥月……」
冥月 「わたし……彰衛門さんが居なかったら、きっと刀の楔になんてなれませんでした。
彰衛門さんが居てくれた時間はとっても暖かかった。
遠慮なく笑うことが出来て、遠慮なく解らないことをぶつけて。
そんなことや『知ることの楽しさ』を教えてくれたのが彰衛門さんです。
そんな彰衛門さんの『生きる希望』だったのが悠之慎さんです。
どちらかが居なかったら、今の時間軸なんて確立しなかったんです。
わたしは───いろいろな過程の先にあるこの世界が大好きです」
悠之慎「……ああ。それはよかった。嫌だ、なんて言われたらヘコむよ」
冥月 「はい。だから……いっぱい、いっぱい喜んでください。
わたしや聖ちゃんは、今を生きるだけでも幸せの中に居られてるんだと思います。
本来ならこの時代で、
こうやって一緒になって旅をすることなんて出来ない筈でした。
辛いことや悲しいこと、
嬉しいことや楽しいことのひとつひとつがこの世界を描く絵の具なんですよね。
嫌な人でも好きな人でも、誰かが抜けたらここに至れないかもしれない。
わたしはそんな迷路みたいな道の中で、この時間軸に出会えたことが嬉しいです」
悠之慎「……そか」
握られた手とは別の手で、冥月の頭をわしわしと撫でる。
冥月は『わやややや……』と少し困っていたようだったけど、
それでもやっぱり払うようなことはしないで、くすぐったそうに笑っていた。
───……。
……。
ビジュンッ!!
彰衛門「愛……」
ややあって、とある時代に降り立つ。
瞬時に俺、彰衛門、冥月の体に神力を遮断する膜を張り、一息つく。
……ようするにここは神降。
彰衛門の提案で、
『殿様関連の後悔の解消が多いなら、文化祭もここにするべきだ』というものがあった。
だから神降に降りたわけだ。
彰衛門「悠之慎───っと、今時の世界に来たのだ。
いつまでも過去の名前なのはおかしいねぇ。つーわけで悠介、行きましょう」
悠介 「ああ。ほら、冥月───じゃなかった、みさお」
みさお「はい」
みさおを促して歩く。
降り立った場所は丁度、とある高校の前だった。
名前は───風峰高等学校。
悠介 「……ここってもしかして」
彰利 「イエス。伝説の乱闘殿様が居るとされる高校でゴワス」
みさお「ここが、ですか」
悠介 「後悔の大半の関係者が通う高校の文化祭か……。休憩って感じが全然しないな」
彰利 「あ、やっぱり?んじゃあここでの後悔探索は無しということで。
それならOKザマショ?」
悠介 「それはそれで後味悪い気がしないか?」
彰利 「注文多いねぇキミ。
べつに『困ってる人がおっても助けるな』って言ってるわけじゃないんだから、
それでいいじゃない」
悠介 「そりゃそうだが」
考えてても始まらないか。
彰利の言うとおり、見過ごせなかったなら助ければいい。
悠介 「じゃ、行くか」
彰利 「おうともさね」
みさお「はい」
一緒になって歩いてゆく。
文化祭は既に始まっているらしく、その場はかなりの賑わいを喧噪で表していた。
彰利 「まずどうするね?」
悠介 「分散」
みさお「意義無しです」
彰利 「おお、そりゃええかもしれん。じゃあ……うむ。力の限りに遊びましょう」
悠介 「ああ。三日間に分けてあるみたいだから、
一日の終わりに校門前に集合するのもいいし、
三日間過ぎるまでそれぞれで生きるのもいい」
彰利 「押忍。そこんところは各自の自由でえーと思うよ?
誰かが恋しくなったら気配を探知すればいいだけのことだし」
悠介 「そらそうだ。……みさお、大丈夫か?」
みさお「大丈夫です。
さすがに自分で移動する時は『置いていかれる』だなんて思いませんから」
悠介 「そか、それ聞いて安心した。それじゃあ各自、これから自由行動だな」
彰利 「オウヨ!んじゃあ俺はこの案内に書いてある『メイド喫茶』に」
みさお「わたしはいろいろなところを見て回ります。
面白そうなところがあったら入るつもりです」
悠介 「俺はこの和風喫茶だな。是非試してみたい」
みさお「………」
彰利 「………」
悠介 「……?な、なんだよその目は」
みさお「あの……間違ってもお店の人を半殺しにしないでくださいね?」
彰利 「俺の方もメイドだから心配だけどねぇ……
キミの場合、キレるとなにしでかすか解らんから……」
悠介 「………」
彰利に心配されてるよ……俺じゃなくて店のヤツが。
悠介 「まあ……大丈夫だろ?
仮にも和風喫茶を名乗る場所がキレるような場所なわけがない」
彰利 「日本の些細なことで『どすこい』どもを半殺しにしたの誰だよ……」
みさお「和服を破いただけで晃さんを楊海王にしてましたし……」
悠介 「……あー……キレないよう善処する。これでいいだろ?」
彰利 「滅茶苦茶不安です」
みさお「同意見です」
悠介 「オイ……」
まったく信用されてないようだった。
はぁ……なんだってんだ。
【ケース72:弦月彰利/メイドを愛する人】
───……。
そげなこげなで悠介とみさおとは別れ、ひとりで風峰高校内を歩いております。
廊下を歩く人々の群れはどれも賑やかで、自然と心が愉快になる自分がおります。
ああ、いいねこういう気分。
思わず───……思わず、自分の文化祭の頃を思い出すよ……。
ああ……今思い出せば後悔する。
何故に……何故にあんなエロッパゲに、
我が渾身のメイド喫茶の看板を燃やされなければならんかったのだ……ッ!!
彰利 「グウウ……!だ、だめだ……!文化祭、メイド喫茶、この雰囲気が……
俺に、俺にあの時の屈辱を思い出させる……!!」
あの時の愛をもう一度。
メイドさんとメイド服を愛してやまない俺の、渾身の看板をもう一度……!!
嗚呼、材料があれば今すぐにでも作りたい!
造型など装飾の細部に至るまで覚えております!
でも材料なんてありません!創造が出来るわけでもありません!
ラグナロクコピーは使用不可能になってしまってますし!
彰利 「愛だ!誰か───誰かこの愛を受け取ってくれ!
じゃなきゃ、校舎ブチ壊してでも材料手に入れて
メイド喫茶の看板作っちまいそうな自分が怖い!でも愛しい!
メイドを愛する自分が愛しい!」
誰かに届け!この想い!!
彰利 「んんんん〜〜〜〜〜───はぁああーーーーっ!!!!」
マチュゥウウウウウンッ!!!
溢れる想いを思念に変えたような気分のままに、それを彰利テレパスーで誰かに送った。
近いヤツに届く、とかではなく適当に。
すると気分は大分落ち着いてくれた。
いや、やってみるもんだね。
彰利 「さて……」
そうやってみて改めて、自分が道に迷っていたことを思い出した。
……どうしよう。
───……。
……。
……しばらくして、ようやく見えたメイド喫茶をやっているらしい教室。
その横に───何処かで見たことのある看板があったが、
それよりも中の様子が気になってすぐさまに中に入った。
が───
顔黒人「いらっしゃいませぇ〜?」
彰利 「………」
意識が飛びかけました。
入った先には顔黒人。
しかも、テラテラ光るパチモンくさいメイド服───否!
質の悪すぎるコスプレ衣装のようなものを着ていた。
あぁ……ヤバイです悠介くん。
俺ったらキレそうです。
顔黒人「うわ、なにその真っ黒な服……センスない〜」
ごめんなさい真穂さん。
俺今、人の存在に『価値』をつけたい気分です。
そんでもって『生きる価値無し!』と叫んでバウンドナックルでもしたい気分です。
それは許される行為でしょうか、許されざる行為でしょうか。
ああくそ、あっちの方のボーイは
見事な着こなしの『真のメイド服』を着たおなごに接待されてますよ。
神様、アナタって残酷です。
顔黒人「でぇ?なににするわけぇ?さっさとしろよ……」
彰利 「………」
接客態度悪ィ……今すぐ極殺してぇ……。
かつて『伊藤養家堂』のファミールにて、
ウェイトレスに『早くしろよ……』と呟かれたことがあったが……(実話)
これはそれ以上だ。
ここはさっさと味を調べるべきだ。
なに、きっと味はいい筈さ。
だってこんなに客の入りがいいんだし。
彰利 「では、お好み焼きをご所望いたす」
顔黒人「はいはい……所望だって、ダッサァ」
……憎しみで人が殺せるなら、きっとこいつは万回死んでます。
【ケース73:メイド喫茶裏側の人々/顔黒人】
───……。
木郷 「はぁ〜……神城くんと綾稀さんに来てもらっただけで、
客の入りようが随分と良くなったね〜」
古森 「うん。お客からの印象もいいみたいだし」
島津 「でも接客役に今時ガングロの安部さんを未だに使うのはどうかと……」
佐藤 「でもあいつが厨房に居たって何が出来るわけでもないし、
本当にただウザいだけだし……」
辰巳 「さっき入ってきた黒い服の人、物凄い形相で安部さんのこと睨んでたよ?
それこそ『憎しみで人が殺せたら』って感じに」
島津 「うわ……ほんとだ……」
島津さんがそっと客席を覗いて呟いた。
島津 「……あれ?誰かあの黒い人の分のお好み焼き、作った?」
古森 「え?わたしは神城くんにはまだ頼んでないけど」
島津 「……だって。黒い人のテーブルに、もうお好み焼きがあるよ?」
佐藤 「じゃあ神城くんが作ってくれたんじゃない?作り置きするみたいに」
辰巳 「……ねぇ。ここにあった今時ガングロの安部さんが作ったお好み焼き、
ひとつ無くなってるんだけど」
全員 『えぇっ!?ここが繁盛しなかった原因の半分を占めていたアレが!?』
もう半分は言うまでもなく今時ガングロの安部さん本人だ。
……なんて考えていた時。
───ドスドスドスドス!!!
島津 「う、うわっ……!なんか黒い人が物凄い形相でこっちに来てるけど……!」
佐藤 「ええっ!?」
驚くや否や、暖簾が乱暴に避けられた。
くぐってきたのは島津さんの言う『黒い人』だ。
黒い人「このお好み焼きを作ったのは誰だぁっ!!」
黒い人はお好み焼きを手に怒号した。
物凄い怒りの波動だ……相当に怒ってる。
安部 「なんなわけぇ?こいつ」
そこへ製作者である今時ガングロの安部さんが降臨。
黒い人「貴様か!貴様はクビだ、出て行けっ!!」
その安部さんへ怒号を浴びせる黒い人。
ああ、なんだか危険だ。
黒い人の怒りがここに来てさらに膨れ上がった。
どうやら作った人が今時ガングロの安部さんということが気に入らないらしい。
実際にマズイし、
あのテラ光りしたいかにもニセモノくさい服はいろんな人から嫌われている。
安部 「クビってなんなわけぇ?あんたこの学校の関係者なわけぇ?」
喋り方がいちいち気に障る今時ガングロの安部さんだけど、
さすがにフォローしないわけにはいかない。
今時ガングロの安部さんのためではなく、やっと波に乗ってきたこの喫茶店のためにも。
木郷 「あ、あの……美味しくなかったなら作り直しますから、穏便に……」
黒い人「やかましい!腕の良し悪し以前の問題だ!こやつには料理をする資格がないっ!」
木郷 「なっ……」
黒い人「出て行けぇっ!!」
黒い人はそう言うと、お好み焼きを今時ガングロの安部さんの足元に投げ捨てて、
そのままテーブルに戻っていった。
安部 「な、なんなわけぇ〜?あいつ〜」
木郷 「……ああもう……」
これでこの喫茶店の評判は下がるだろう。
あそこまでの騒ぎだったんだ、他のお客さんもいい気分じゃないだろう。
古森 「さっきの黒い人は……?」
島津 「今、綾稀さんがいろいろと話してるみたい。あ……でも押され気味だ……」
佐藤 「そりゃそうだよ……あの黒い人の言ってること、全部正論だもん……」
安部 「な、なぁによそれぇ〜?わたしに料理をする資格がないってことぉ〜?」
自覚がないって凄いことだと思う。
島津 「あ……綾稀さんこっちに来た」
佐藤 「神城くんとなにか話してるね」
聞こえるのは───
『昌平くん、美味しいお好み焼き作って!
あのガンコさんをぎゃふんと言わせるから!』
的なことだった。
神城くんは軽く頷いて調理(って言えるのかな)に移る。
───やがて出来たお好み焼きが、綾稀さんの手で黒い人のテーブルへと運ばれた。
島津 「うわ……なんだか緊張するね……」
佐藤 「そうだね……。
美食家を前にした板前さんとかって、多分こんな気持ちなんだろうね……」
古森 「大丈夫じゃない?今度のは今時ガングロの安部さんのお好み焼きじゃないんだし」
全員 『あ、そりゃそうだね』
安部 「なにそれ〜、超MM〜」
全員 『………』
その日、今時ガングロの安部さんのあだ名が『MMR』に決定したことは……
この場に居るわたしたちしか知らない……。
佐藤 「……?ありゃ、なんか綾稀さんが吹き出したんだけど」
島津 「思い出し笑いかなんかかな」
木郷 「さあ……って、うわっ!」
黒い人を覗く中で、黒い人はお好み焼きを食べた途端にクワッと目を見開いた。
やがて───
黒い人「おのれっ!この雄山()の味覚と嗅覚を試そうというのかっ!」
と叫んだ。
おっさん?おっさんって……それが黒い人の名前?
……まさかね。
───ドスドスドスドスドスドス!!!
佐藤 「って、うわっ!また来たよ!?」
木郷 「あ、綾稀さん止め───あぁっ!なんか笑い転げてる!」
島津 「うわ、うわわわわ……!また凄い形相だぁ……!!」
バサァッ!!
黒い人「これを作ったのは誰だっ!!」
全員 『うひゃああっ!!』
再度、のれんを避けて現れる黒い人。
その反応はまるで、
今時ガングロでMMRな安部さんお好み焼きを食べたのと同じものだった。
神城 「それ作ったのは俺だ。なんか文句でもあるのか?」
そこへ、仮厨房から神城くんが出てきた。
そんな神城くんの顔を見た途端、黒い人の顔に疑問の色が一瞬だけ浮かんだ。
黒い人「……あら?ショーヘー?」
神城 「……?誰だよお前。なんで俺の名前知ってんだ?」
黒い人「貴様か!この雄山を試すような生意気なことをしたのはっ!!」
神城 「いきなり無視かよ……」
神城くんの言うとおり、疑問を無視して語り出したのは黒い人。
湯気の出るお好み焼きを手に、神城くんを睨んでいる。
黒い人「問題はこの香りだ!木の実だ……木の実をもいで酒に漬けておいて、
木の実の色と香りのついたその酒をツユの中に入れた!!そうだなっ!!」
神城 「文化祭で出す料理に酒なんか入れるわけねぇだろ」
黒い人「問題は木の実だ。木苺ではない、スグリもない、サクランボでもない……
コケモモでもない……」
神城 「聞けよ……。なんなんだよお前」
状況に溜め息を吐いてる神城くんを余所に、
黒い人は何かが理解出来たかのようにカッと目を見開いた。
黒い人「桑の実だ!そうだろうっ!!」
神城 「入れてねぇ!解ったら失せろ!料理の邪魔だ!」
黒い人「ふっふっ……この雄山を試しおって、生意気な小僧だ」
神城 「人の話を聞けよ!本気で頭痛くなってきたぞ!?」
黒い人「しかし雄山を唸らせるとは感心だ、次の料理を作れ!」
神城 「……俺、仮厨房に戻るわ」
佐藤 「う、うん。ごめんね」
神城 「悪いのはこのオッサンだろ。謝る必要なんてない」
黒い人「誰がオッサンだこの野郎!」
綾稀 「はいはい、お客さまが厨房の中に入ったらいけないんだよ。お客さまはこっち」
黒い人が叫ぶ中、復活してくれたらしい綾稀さんが黒い人の襟首を掴んで引きずってゆく。
黒い人「な、なにをなさるの!?オイラまだ海原雄山()としてやることが!
料理に文句もつけんで、微食倶楽部は名乗れません!離してたもれ!」
綾稀 「『美味しい』って思ってるなら素直に美味しいって言わなきゃダメだよ。
解るよね?」
黒い人「さっぱり解らん!なんじゃコラこの小娘が!この俺に説教たれようって気か!?」
綾稀 「…………ね。屋上、付き合ってくれるかなぁ」
黒い人「文化祭に屋上って……告白?」
綾稀 「───」
引き攣った笑みを浮かべる綾稀さんに、屋上ではなく仮厨房へ引きずられてゆく黒い人。
綾稀さん、男の人が苦手な感があったけど……
もしかして怒りでいろいろとタガが外れてる?
黒い人「あ、あれ?殺気……?ど、どうしたことか……!
我が体がこのおなごに関わることを怖れている!
あの、魔王アヤーホさん?出来れば屋上の件は無しに───ぬお!殺気が増した!
なんで!?なんでそげに笑顔を引き攣らせてるのアヤーホ!
俺なにか気に障ることとか言ったのかねアヤーホ!え?アヤーホじゃない?
うそつけこの野郎!誰がキミの言うことなぞ信じるものですか!
俺を騙そうったってそうはいかねぇぞ!?
……む?ここじゃお客さまに迷惑がかかるから奥へ?
言いたいことがあるならここで言えばいいのではないのかね!?違うかね!
私は逃げも隠れもせんがね!───うわ!殺気が溢れ出た!ごめんやっぱ嘘!
やめて!温厚に話し合いましょう!?ね!?握り拳なんてよくないよ!
女の子なんだからせめて平手打ちにしよ!?それ痛そうだから!
えっ───あ、うそ!やっぱウソ!平手打ちでもものめっさ痛そう!
やっぱ暴力ってよくないよね!ここは話し合いを!ね!?
え……だったら拳で語り合おう?いやそんな!熱烈すぎる!勘弁して!
キミそげなこと言う娘じゃないでしょ!?俺が悪かったから!謝りますから!
すまなんだぁああ〜〜〜!!すまなんだぁあ〜〜〜───え!?
謝り方に誠意が篭ってない!?隙があったら逃げようって考えてるでしょ!?
やっ……ば、ばかな!何を言うのかね!おおお俺がそげなこと考えるわけが───
えぇっ!?死神でしょってアータ……ち、違う!オイラそんなんじゃない!
違うから許して!?拳握り直さないで!?ね!?……即答で『ダメ』ってそげな!
ち、ちくしょう!やめる気がねぇってんなら俺だって言いたいこと言ってやる!
キミね!ジャパニーズ巫女さまのくせにメイド業までやるとはなにごとか!
そげなことは神が許しても俺が許さんぞ!こ、拳を構えても撤回しないからな!
だから今すぐどっちかをやめ───いややっぱ殴るのやめて!
つーかなんでキミ人間なのに神力の反応あるの!?
いくら遮断する膜があるからって直接殴られたらヤバイよ!それヤバイ!
危険だから!ね!?解るでしょ!?学生さんが危険なことしちゃだめでしょ!?
ちょ───なに音速拳の構えとってんの!?アンタどこの達人!?
ヤバイって!やめて!やめヴァアアーーーーーーーッ!!!!」
なにはともあれ……その日。
黒い人はわたしたちの目の届かない仮厨房の中で、確かな絶叫を響かせたのだった。
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