───FantasticFantasia-Set40/闇の精霊シェイド───
【ケース89:弦月彰利/蒼い季節に戻る世界】
彰利 「グビグビ……」
第六十九回戦目……敗退。
闇の聖堂に“微動無き時操の理”を突き立て、
この場だけを時間の流れから乖離しての修行が続く中───それはもう負けまくった。
ゼノとの戦いなんて比べものにならないくらいの絶望感と無力感に包まれながら、
それでも体が治れば何度だって戦った。
比べ物にならない、なんて言っても───死なないだけマシなわけだが。
シェイド『存外しぶといな。まだやるのか?』
彰利 「ちょ、ちょい待て……血が足りん……!」
度重なる裂傷の所為で血を随分流した。
傷は塞げても血を作れないなら貧血にもなる。
そう考えると、ますます創造の理力の凄さが解った気がした。
彰利 「なぁシェイちゃん、輸血パックとかない?」
シェイド『あるかっ!!』
彰利 「グ、グウムッ」
怒られてしまった……なにも怒鳴ることないじゃないか。
彰利 「じゃあちょっくら町に戻って血になるもの食って来るからさ、待っててやー」
シェイド『……己の都合で我を待たせる気か』
彰利 「ほら、よく言うじゃんよー。腹が減っては戦は出来ぬって。
だから次に会う時が俺の全力だ。首をミャーズで綺麗に洗って待ってろ」
シェイド『……好きにしろ。我は我で勝手にする』
彰利 「ほっほっほ……もし隠れて出てこなかったらこの聖堂が滅ぶことと知れ」
シェイド『心の底から腐ったヤツだな貴様……』
彰利 「え……や、照れるな、そんな言い方されると……」
シェイド『褒めていない。さっさと行け』
彰利 「御意」
シェイちゃんの言葉に見送られるように月空力を発動させた。
もちろん行き先はリヴァイア工房。
町に行くとは言ったものの、金なんて持ってないから買い食いなど出来ませんし。
だから地界で食い放題して、これまた月空力で体内時計を速めて血を精製。
万全の体勢を以ってシェイちゃんに挑むこととするッッ!!
レッツハバナァーーーウ!!!
───……。
モビィーーッ!モビィーーッ!!モビィーーッ!!
声 『緊急警報緊急警報!カンパニー厨房に侵入者アリ!!』
彰利 「ゲゲェエーーーーーッ!!!!」
現在、レイヴナスカンパニー厨房内。
冷蔵庫を漁れるだけ漁っていると、なんとしたことかいきなり警報が鳴りました。
彰利 「だ、誰!?何処に居るの!?侵入は犯罪ですよ!?」
もちろんオイラは恐怖に怯えて辺りを見渡しました。
しかし侵入者らしき人影は居ないのです。
彰利 「ま、まさかセバスチャン博士!?インビジブル!ブルー!ブルー!!」
俺はあまりの恐怖に傍にあった消火器を手にしてモシーーッと振り撒いた!!
彰利 「どっ……何処だ!セバスチャーーンッ!!」
しかし気配はもちろん、姿形も見えやしない。
くっ……すげぇぜセバスチャン……!伊達に透明人間やってねぇ……!!
つーかこのネタ、誰が解るんだろうね?
そげなことを考えていた時、遠くから誰かが走ってくる音が聞こえました。
やがてその足音は厨房の中に入り込んできて───
声×2『誰だっ!?』
彰利 「俺だーーーっ!!!」
叫びました。
だから俺も相応の言葉で返したんですが、ポカンとした顔で迎えられただけだった。
浩介 「む……貴様は確か───同志の知り合いの弦月なんたらという男ではないか」
彰利 「むむっ!?そういう貴様は双子どもではないか!
あいや入るでない!今ここには侵入者が居るだよ!解っているのかね!」
浩之 「それは貴様だろう」
彰利 「なんと!?」
なんてことでしょう!私は大変驚きました!
彰利 「ノゥッ!貴様ら騙されてる!この部屋にはセバスチャンが居るんだ!」
浩之 「セバスチャン……おお、執事か」
彰利 「チガウチッガァーーウ!!これだけ言ってもまだ解らないのかぁっ!!」
浩介 「解らん」
彰利 「そ、そっすか……」
あんまりにもあっさりと言われたもんだから勢いが殺されてしもうたわ……。
とか思っていると、双子に次いでこの場にやってきた者が……おがったとしぇ。
凍弥 「浩介っ、浩之っ!種類整理中にいきなり逃げ出すなよなっ!
おかげでこっちはオチットさんに───あ、あれ?彰衛門……じゃないか」
彰利 「おお小僧!ちょっと聞いてくれよトム、ひどいんだぜこの双子ども」
凍弥 「小僧って呼んでおいて、どうしてトムって名前つけられてんのさ俺」
彰利 「気にすんな」
言いつつ、手にした食い物を片っ端から食らってゆく。
う、うむ!やはり血や肉になるものと言えばレバーなどでしょう!
凍弥 「賞味期限一週間前だぞ、それ」
彰利 「ぶぇっふぇええーーーーーーっ!!!」
賞味期限切れのレバー様が我が口からボッチュゥーーン!と波動砲のように放たれた。
彰利 「なんッてモン食わせんだオラァッ!!」
凍弥 「あ、彰衛門が勝手に食ったんだろっ!?」
彰利 「すげぇ絶妙な味がしたぞ!?見ろよ!
レバーからよく解らんウネウネが『やあ』って顔出してるぞ!?」
浩介 「おお!これはミステリー!」
浩之 「早速生態調査だブラザー!!」
浩介 「おうともブラザー!グゥッレイトォッ!!」
双子がレバーを袋に詰めて走り去っていった。
おお、相変わらず元気なことよ。
彰利 「時に小僧、今現在俺はとっても血が少ない。
というわけでだ、血や肉になるものを今すぐ用意してくれ。
すぐに空界に戻らなきゃならん」
凍弥 「血や肉になるもの───って……そういうのって彰衛門の方が詳しいだろ?
見ての通り、今のところカンパニーの冷蔵庫にはそれしかない。
仕入れが今日の夜なんだ、それまではこの冷蔵庫が満たされることはないよ」
彰利 「なんと!?ならどこぞの店に行くっきゃねぇじゃねぇの!!
おい小僧……食い逃げされたくなくば金を寄越せ……」
凍弥 「会って5分も立たない内に脅迫するなよ!!」
彰利 「黙ップ!!えーがら寄越せ!ズバッと万券を!!」
凍弥 「……返してもらえるんだろうな」
彰利 「ほっ!このじいやを誰とお思いか!
俺にゃあ過去で手に入れた千両箱があるんじゃぜ!?
払えぬものなど───はうあ!!」
や、やっべぇえええ……!!
考えてみりゃあ千両箱、キリュっちの家に置きっぱなしじゃん……!!
あ、でもキリュっちは間違ってもネコババなんてしないもんね。
オイラ信じてるよキリュっち。
まあそれに───うん、キリュっちになら使われてもいいと思える。
それだけキリュっちには恩がありますし。
彰利 「と、とにかく!ギブミーマネー!」
凍弥 「……約千歳も年下の男に金貰うのって恥ずかしくないか?」
彰利 「ギ、ギィイイイイーーーーーーーーッ!!!!」
言われた途端に恥ずかしくなった。
でも気にしません、うだうだ言ってられない状況だし。
彰利 「いいからよこせ!はやく!ばやぐじろーーーーーっ!!!!」
凍弥 「うわっ!?わ、解ったよ!ちゃんと返してくれよ!?」
言いながら財布を出し、万券を渡してくれる小僧。
そげな中、ふと気になったことを小僧に聞いてみることにした。
彰利 「……なぁ小僧?今現在の小僧の月収って……なんぼや?」
凍弥 「聞かない方がいいと思う」
彰利 「……ビッグ?」
凍弥 「……かなり。最近浩介も浩之も子供にデレデレしっぱなしでさ。
事実上、今は俺だけで書類整理してるようなものなんだ。
だからオチットさんが浩介と浩之の給料から差し引いたものを俺の方に……ね」
彰利 「……五ケタ越す?」
凍弥 「だから、聞かない方がいいって」
彰利 「オウ……」
その言葉が答えみたいなもんでした。
そうか……十万は確実に行ってるのか……そうか……。
しかも大会社の重鎮みたいな感じになってる小僧のことだ……案外七ケタ行ってるやも……
いやいやまさかね、そこまではね、アハ、アハハハハ……
彰利 「んで?貴様は子供にやさしくしとらんの?紅花っつったっけ?」
凍弥 「やさしくしてる。
最近は椛に任せっきりになってるけど、仕事が終われば付き合うって感じだ。
って───そうだ彰衛門、ちょっと頼まれてほしいことがあるんだ」
彰利 「ダメじゃ」
凍弥 「篠瀬のことなんだ、頼むよ」
彰利 「……夜華さんの?どないしたんや」
凍弥 「篠瀬のヤツ、この時代に戻ってきてから様子が変なんだ。
いつも上の空っていうか、なにをやっても失敗ばっかりで。
それが嫌で頑張ろうとしてるんだけど、それでも失敗ばっかりなんだ。
このままじゃあいつ、参っちまうよ。なんとか出来ないか、彰衛門」
彰利 「………」
夜華さんが……?
一体どうしたと───ああいやいや、考えるよりまず様子を見てみよう。
それからだ。
彰利 「夜華さんは何処に居る?晦神社か?」
凍弥 「あ、ああ。この時間だと境内の掃除をしてると思う」
彰利 「そか。んじゃちょっくら行ってくっから。お前は椛と仲良ぅしとけ」
凍弥 「言われるまでもない。そっちは頼むよ」
彰利 「力になれたらな〜」
軽い返事をして月空力を発動させた。
けど───不安がある。
どうしたってんだ夜華さん……夜華さんの傍には聖が居る筈だろ?
ひとりだから寂しいとか、そんなことは無い筈だろ───?
そう思いながら、いつかはやらなきゃいけないと思っていたことが頭の中にチラついた。
それとともに───もう、いいのかもしれないと思う自分が居た。
それを考えると泣きそうになったけれど。
俺は歯を喰いしばって我慢した。
チラつく思いはその時を迎えた。
もういいだろう───そう思えたから。
……いい、少し心が腐ってるからまずメシを食おう。
神社に行くのはそれからだ。
───……。
……。
……ァン……カツンッ……カッ……
彰利 「…………?」
メシを食い終え、降り立った場所は境内じゃなくて社の中だった。
情けないことに焦りが滲み出たようで、集中が上手くいかなかったらしい。
彰利 「……これ、なんの音だ……?」
カツン、カツンと音がした。
その音に導かれるように歩き、ゆっくりと社の扉を開けて……境内に下りた。
彰利 「………」
すると、大樹の下で木刀を振るう女性の姿を見つけた。
もちろん……それは夜華さんだった。
大樹の枝にそう長くない木材を縛った紐を括りつけ、それを標的に木刀を振るっている。
何かの鍛錬かな───そう思ったけれど、
それはなんだか……訓練っていうよりは何かを当り散らしているようなものに見えた。
少なくとも……俺にはそう見えたんだ。
彰利 「あ───、……」
声を掛けようと思った。
だけど───耳に入った嗚咽に、喉が無意識に声を出すことを拒絶した。
彰利 「………」
俺は、なにをする気だった?
夜華さんは自分なりに落ち着いてから俺に会うって言ったんじゃないか。
そして、今がその落ち着こうとしている時じゃないのか?
正直に生きた結果とはいえ、
真剣に思ってくれていた人を振った俺が……今さら何をしようっていうんだ?
馬鹿か俺は……ここでやさしい言葉なんてかけたら、
それこそ同情しているみたいじゃないか。
彰利 「………」
戻ろう。
俺はここに来るべきじゃなかった。
きっと今日に至るまで何度も泣いた彼女へ、俺が贈れる言葉なんて何ひとつ無い。
彰利 (……ごめん、夜華さん)
心の中で謝って、ゆっくりと踵を返しベキャア!!
夜華 「だっ……誰だっ!!」
彰利 「ゲェエエエエエーーーーーーーーーッ!!!!」
オウ……ッ!!な、なんでこげなところに木の枝が……!?
もう勘弁してよ……
俺こんなんで見つかって気まずい雰囲気になるの情けなすぎて嫌だよ……。
夜華 「あ……きえ……もん……?」
彰利 「………」
いつもの俺ならきっとふざけて返してた。
あんな夜華さんを見なければ、『あちょっす!』くらいは言えたと思う。
でも……涙を拭うこともなく向き直った夜華さんの顔を見たら、もう何も言えなかった。
……いや、違うか。
言える言葉も無かったんだ、俺には。
だから俺は、やっぱり踵を返して……───
彰利 「……ごめん、夜華さん」
───その言葉を口にして、社へと戻った。
ほんと、なんて馬鹿。
気になったから来ましたなんて言えばよかったのか?
それとも小僧に言われたから来たって言えばよかったのか?
馬鹿を言うな……そんなことをしたら彼女はもう立ち上がれない。
夜華さんは強くなんか無い。
本当に甘えたい時に誰にも甘えることが出来なかった、
『武士』っていう仮面をつけなきゃ前も向いていられない女の子なんだ。
これ以上彼女を弱くさせるな。
俺なんかが居たら、彼女は───ドンッ!
彰利 「っ───?や、夜華さ───」
夜華 「行かないでくれ彰衛門っ!」
彰利 「え……?」
……なんて言えばよかったんだろう。
今ほど自分の馬鹿さ加減を呪うことなんてなかったと思う。
頭が悪いから喩える言葉も掛けてやる言葉も見つからず───
ただ俺の背中に抱きついて、泣きじゃくる夜華さんに……困惑した。
夜華 「落ち着く時間が欲しいなんて嘘だっ!!落ち着いたら会いに行くなんて嘘だっ!!
落ち着けるわけないじゃないか!!わたしはっ……わたしは強くなんてない!
もう嫌なんだ!もう頑張れないっ!
どうしてぇっ……!どうしてわたしを選んでくれなかったんだぁっ!!
貴様がわたしを選んでくれたらわたしはっ……!
わたしはまだ頑張ることが出来たのにっ……!!」
彰利 「夜───……」
何も言えない。
言えるか?いや、言う権利すらあるのか?
あの夜華さんが泣いている。
誇りも武士としての在り方も捨てて、男なんかにすがりつくように……泣いている。
ああそうだ、喩え何か言えるとして……なんて声をかけてあげればいい?
今俺の背中で泣いているのは武士の篠瀬夜華じゃない。
武士って仮面にずっと閉じ込められていた、ただの女の子だ。
夜華 「わたしが『女』に憧れてはいけないのかっ!?
武士だって言い張ったからそうでなくちゃいけないのかっ!?
わたしが───わたしがいつだって好んで武士であったと思うかぁっ!!
わたしだって人なんだぞ……!誰かを好きになって……!
誰かとともに在りたいと思って……!そんな些細が何故許されない……っ!!」
彰利 「夜華さん……やめてくれ……」
夜華 「諦めることなんて出来なかったんだ……!仕方がないじゃないか……!!
諦められる感情なら最初から必要じゃなかった……!!
貴様のことを思い出す度に涙が出るんだ……!
泣きたくないって思っていても
思い出したくない日なんて一日だって無かった……!!
〜〜〜っ……頼む彰衛門……傍に居てくれ……!!
わたしは……わたしはもうこんな苦しみは欲しくない……!」
彰利 「夜華さん……」
向き直った俺の前で泣く夜華さんは、もうかつての夜華さんじゃなかった。
震えながら俺を見上げ、涙を流し───いやいやをするように時折首を小さく振っている。
でも、掛けてやれるやさしい言葉なんて何ひとつ存在しない。
それは俺が粉雪を選んでしまった時点で覆しようのないことだ。
───ああ、どうして俺はいつも……
大切だと思う人を泣かせてばかりいるんだろう───
そんなこと、もうしなくていいって思ったのに。
俺のために泣いてくれた、あの頃の悠介が最後でよかった筈なのに。
またこうして……大切な人を泣かせている。
それなのにやさしい言葉をかけることも許されないなんて……なんて嫌な夢だろう。
彰利 「………」
知らず、涙が頬を伝った。
それは……誰のために泣いているのか、自分でさえ知らないような涙だった。
ただきっと、これだけは言える。
俺はきっと、俺の手で最大の裏切りを実行する。
やってはいけないことを。
やってしまったら取り返しのつかないことを。
やってしまったら……俺は今以上に泣いてしまうと確信していることを。
だから、最後に訊くことにした。
あなたが、あなたである内に。
彰利 「なぁ、夜華さん……今さら……っ……取り返しなんてつかないけどさ……」
紡ぐ言葉が嗚咽に飲まれかける。
それでもそれを堪えると、言葉を紡いでゆく。
彰利 「あなたは……俺のことを好きでいて……くれたかな……」
その時、どうして自分が笑顔になったのかは解らない。
口調は嗚咽混じりの情けない声のくせに、
自分は今までが信じられないくらいの笑顔をしていたと思う。
夜華 「───、……」
彼女は言葉を紡ぎ、頷いてくれた。
それだけでもう耐え切れなくなって自分は泣いた。
こんなやり方間違ってる。
だけど見てられない。
だから、と───俺は自分の中の鎌を解放した。
彰利 「っ……〜〜……あり、がとう……───俺もきっと───」
───俺もきっと。あなたのことが、好きだった───
その言葉に驚いた彼女は、信じられないものを見た顔をしたあとに笑った。
今までのような照れ笑いなんかじゃない、本当に柔らかな『女の子』の顔で。
だから泣いた。
その裏切りに対して、きっと彼女が流す筈だった涙を、大声とともに。
───俺のことなんか忘れてしまっていいから。
だからどうか、もう泣かないで前を向いてほしい。
なんて酷い言葉だろう。
あまりに一方的で、あまりに救いが無い。
それでも俺は泣きながらその言葉を繋げて、精一杯謝った。
もう……彼女が俺を見て笑うことも泣くこともない。
彰利 「………」
鎌が発した力を受け、眠りについた彼女を抱き止めた。
その肩は小さく、こんな小さな体に抱えていた思いを奪った事実に俺は震えた。
何度謝ったって足りるものじゃない。
彰利 「でもごめん……あのままじゃ……夜華さん壊れちまうから……」
嗚咽が止まらない。
それはいつか、
悠介の中から自分の記憶を消した時と同じくらいに泣いてしまえるものだった。
なんでもない顔で元の時代に戻るまでにどれだけ泣いたか覚えていない。
それでもいつしかその悲しみは消えてしまうんだろう。
俺が、彼女にそうしたように。
彰利 「……今まで楽しかった……ありがとう夜華さん。そして───さようなら」
目が覚めた時、彼女は俺のことなんて何ひとつ覚えていないだろう。
それはとっても悲しいことだけど───それでいいって思えてしまったから。
俺ひとりが悲しむことで夜華さんが壊れずに済むなら……それでいいって思えたから。
───……いつだってそうだった。
本当に守りたいものを守ることが出来ないのが人間だって……
そんなこと、ずっと昔に解ってた筈なのに……。
彰利 「あ……ははっ……どうしよう夜華さん……。
俺、俺っ……涙が止まらない……っ……〜〜〜ふっ……ぐ……っ!!」
でも、それでいい。
泣けるだけ泣こう。
それは、俺が本当に夜華さんのことを好きだって思えた確かな証拠だから。
彰利 「───……」
それじゃあ……これで最後。
この時代の全ての人が、俺や悠介を忘れられるように。
彰利 「いつまでも……歴史間を行ったり来たりしてたら、いけないよな……」
悠介はいい。
あいつは空界の王になったのだから、この未来に関係がある。
けど、それはあくまで空界だ。
俺と悠介はもうこの未来とは関係無いし、
そもそもこの未来を捨てて俺の時代の悠介と融合したのはあいつだ。
覚悟なんてとっくの昔に出来ていたんだろうし、それは俺だって同じだ。
『俺には俺の時代がある』。
そう言って、在るべき時代に戻ったのは俺なのだから。
彰利 「“微動無き時操の理()”。
この時代の地界に生きる全ての人達から、俺と悠介の記憶だけを……消してくれ」
溢れる涙は止まらない。
それでも精一杯の強がりで、声だけはしっかりと放った。
彰利 「……世話になった。せめてこの時代に生きたことは忘れない。
全てを思い出に変えることを、どうか許してほしい。
───元気で暮らせよ、聖。もう二度と会うこともないだろうから」
呟いて、鎌に点った黒い光を地界に解放した。
晦神社の境内から放たれたその黒い光は見える景色にあっという間に広がり、
少しの間だけ世界を薄っすらと黒く染めると、やがて元の色に戻った。
それで、今度こそ本当に終わり。
この時代には俺と悠介は居なかったことになって、それでも『結果』は残る。
晦神社は普通に存在するし、所有権は小僧と椛に。
弦月廃屋は……うん、きっと壊される。
所有者である俺が居ないことになるんだ、誰かが拾うんだろう。
そして全てが壊される。
嫌な思い出も良い思い出も、約束の木もタイムカプセルのクッキーの箱も。
全部が壊されて……新しい思い出が生まれる。
そこにはもう俺達の思い出はないだろうけど……それは我慢しなくちゃな。
彰利 「………」
未だに止まらない涙を一度拭って、それでも涙を流しながら言った。
日常と別れる時が来るのなら、必ず言おうと思ってた言葉を。
彰利 「さようなら……退屈だった日々」
───風が吹いていた。
空の色がゆっくりと黄昏に染まる頃、俺は今まで幾度となく思い出を作ったこの境内で、
かつては駆け回ったこの時代の月詠街を眺めた。
懐かしむたびに涙に濡れた頬を風が撫でて、
その冷たさがいつしか冬に変わる季節の移ろいを感じさせた。
……失ったものは戻らない。
過ぎた過去は過去であり、永久に未来に持って行くことなんて出来やしない。
だから溢れた分は置いていかなきゃいけない。
子供が大人になるためには、思い出を詰める鞄を小さくしなくちゃいけないから。
だから俺は、この時代での思い出を置いていく。
楽しかった日々も、悲しかった日々も───全部、全部置いていく。
思い出に向かってさようならなんて言うのは変なのかもしれないけど、
この時代にあった自分の中の断片が何だったのか……今になってようやく解った。
だからこれが本当に最後の言葉。
これを言うことが出来れば満足だなんてことは在り得ない。
それでも言いたいって……届けたいって思ったから。
彰利 「……ありがとう、みんな。俺……この時代に生きれて幸せだった」
だからきっと、俺は涙しながらも笑うことが出来た。
鏡なんてこの場に無かったけれど、それでも自分はきっと笑っているんだって解った。
そう。
全ては元に戻るだけ。
だから悲しむ必要なんて本当は無い。
彩りを生した季節は、歴史を超えた出会いなんてあるわけがなかった蒼い季節に戻るんだ。
───覚悟、決まった。
俺、やっぱり馬鹿だからこんな答えしか出せないけど……
でも、俺が俺であるためにとっても大切なことだ。
……俺が俺でいられる場所なんて最初からひとつしかなかった。
だから生きてこれた。だから笑っていられた。
怖くないって言ったら嘘だし、やっぱり戦いになれば俺は役に立てないと思う。
ああ、それでも……俺はあいつの支えにならなれると思うから。
彰利 「帰ろう。あいつの居る場所に……」
やがてゆっくりと歩き出す。
月空力を使えばすぐだっていうのに。
石段を一段一段踏みしめて、まるでその場に思い出を残していくかのように降りた。
───途中、見知った少女が母屋から石段を駆け上ってくる姿を見た。
ゆっくりと降りる。
見渡す景色は少しずつ降りてゆき、それとともに少女との距離も縮まった。
───少女が俺の顔を見る。俺はそれに軽く会釈すると、少女も笑顔で頭を下げた。
景色はどんどんと降りてゆく。
遠く続く黄昏を眺めながら、悲しいくせに笑ってる自分が居た。
───やがて擦れ違う。
少女は笑顔のままに石段を駆け上り、その先で待つ母のもとへと駆けてゆく。
全ての在り方が元に戻る。
俺は笑顔のままに少女と擦れ違い、
きっと既に目を覚ましているだろう彼女と少女の会話を耳に───いつしか泣いていた。
───だから。もう何度目の最後か忘れたけれど……もう一度。
───ありがとう。夜華さん、聖───
それで、今度こそ終わり。
工房に戻るまでの間に様々な人に出会い、擦れ違い、さよならを呟いた。
……これでいい。
これで───俺達を包んでいた『奇跡みたいな日常』は終わりだ。
帰ろうか。
黒竜王を倒して、たったひとりの親友と一緒に。
リヴァイアには絶対に怒られるだろうけど、そこはなんとか許してもらおう。
───ゆっくりと空界へ続く工房のドアを開いた。
その先の草原は、相変わらず穏やかな自然の香りがする。
それはいつか───ずっと昔に。
大きな大樹の下で、ひとりの子供と笑った時に感じたような……
とても懐かしい香りだった───。
【ケース90:弦月彰利(再)/闇】
ビジュンッ!!───闇の世界にもう一度降り立った。
心は酷く落ち着いていて。
この場に在って、心が乱れることなんて少しもなかった。
シェイド『来たか』
彰利 「………」
大きく息を吸い、そして吐く。
そうしてからゆっくりと『黒』を発動させて、闇の精霊と向き合った。
シェイド『───……面構えが変わったな。
何があったとは訊かないが、沈んだ心のままでは我には敵わんぞ』
彰利 「───“戦闘開始()”」
解ってる。
こんなものは八つ当たりに近いことだ。
それでも俺は前を向かなきゃいけない。
奪ったもののために、忘れてしまったもののために。
彰利 「ッ───オォオオオオオオオオッ!!!!」
ヒュオッ!ヂギィンッ!!
シェイド『───……!?』
振り切った刃がシェイドの双頭剣を撥ね退ける。
渾身でいったためにそれが隙を作る一撃になることはなかったが、
第一撃目でそいつの驚愕の顔を見れたのは嬉しいことだった。
……そうだ。
あいつが……親友が守るもののためにいろいろな思いを背負って生きていくのなら、
それは俺だって同じことだ。
───負けるわけにはいかない。
そう思えるからこそ、前に進むしかなかった。
何度泣いたかなんて覚えていない。
何度傷ついたかなんて忘れてしまった。
それでも今まで生きてきた軌跡は自分の中にあって、
思い出せれば笑えることだって確かにあるのだから。
それは俺が生きた証であり、一緒に生きることのできた確かな証拠───!
ヒィンッ───ガギィンッ!!ヂギィンッ!!
シェイド『……貴様───』
負けられない。
負けるわけにはいかない。
贅沢なんて言わない。
ただあいつの傍で、いつまでも馬鹿やっていられるために───!
シェイド『何をしてきた───何が貴様を変えた……!』
……守りたいものがあった。
それはずっと昔から自分の中にあって、そして今でも変わらない。
家族を守りたいなんて思うことなんてなかった。
母は好きだったけれど、その人が俺の中で『一番』になることなんて二度と無い。
だったら何が一番なのか───そんなの簡単だ。
俺は───
彰利 「俺は───!」
ヒンッ───ザフィンッ!!
シェイド『ッ!?』
彰利 「俺は───っ!!」
フォンッ───ヂギィンッ!ガギィンッ!!バシャァッ!!
振り切る刃が双頭剣を弾き、幾度となくシェイドへと向けられる。
今まで当たらなかった刃が幾度か精霊を傷つける度、それが致命傷に変わろうとする。
シェイド『チィッ!貴様───!!』
彰利 「俺は───もう逃げたりしない───!!
ずっとあいつと馬鹿やってられるなら……何も怖くないんだ!!」
バギィンッ!!
シェイド『───……!』
双頭剣が宙に舞う。
けれども勝利の確信なんてしてやらなかった。
いつだってくだらない思いに囚われる度、俺はゼノに勝てずに泣いていた。
だからこそ俺は勝利するまで止まることなんてしない。
シェイド『チィッ───』
宙で双頭剣が止まり、俺目掛けて飛翔する。
だが『これで終わる筈が無い』と意識を集中していた俺はそれを掻い潜り、
一気にシェイドの懐へと潜り込んだ。
シェイド『なっ───』
───いつだって迷っていた。
いつだって世界に不満を覚えて、幸せなんてものはこの世界に無いと思っていた蒼い季節。
なにもかもを無意味と断じて諦めようと思ったことが何度だってあった。
それでもその度に闇を裂くようにして前を向いてきた。
死ぬと解っていても立ち向かった。
俺なんかには何も守れないって何度も思い知らされたけれど、何度だって立ち上がった。
それはどうしてだったか───その答えはもう、ずっと昔に俺の中にあった。
彰利 「何が無意味だって構わない!けど───俺とあいつが幼い頃に会って、
ずっと支え合ってこれた思い出の全ては───無意味なんかじゃない!!」
フォッ───ゾフィィイイイインッ!!!!
シェイド『ぐあぁあああああっ!!!!』
闇を裂くような気迫とともに弧を描いた闇薙の波動を込めた剣が、
篭手で構えた腕ごと闇の精霊を断ち斬った。
それとほぼ同時、中空に闇の霧のような血が巻きあがると、その場で消えてゆく。
俺はもう一撃と剣を構えたが、それを制するようにシェイドが片手を前に掲げる。
そうしてようやく気づいた。
相手にはもう、戦う意思が無いことに。
シェイド『……そう、か───そういうことか。貴様は───』
彰利 「変わらないものなんてない……でも変わらない思いだってきっとある。
俺が守りたいのはずっと前からあいつの未来だけだった。
その意思のお蔭でここに立っていられるし、
あいつは今も笑ってられるって信じてる」
シェイド『…………ああ、まったく……。なんていう馬鹿げた話か───』
シェイドはわざと大袈裟に溜め息を吐いて、俺を見た。
シェイド『いいだろう。我、闇の精霊は貴様と契約してやる』
彰利 「え……いいのか?」
シェイド『言っておくが【仮契約】だ。貴様はまだまだ弱い。
伸びぬと断ずるか、貴様より将来性のある者を見つけた時は平気で乗り移るぞ』
彰利 「契約する前に浮気宣言かよ……最低だなお前」
シェイド『そう言うのなら強くなれ。
誰にでも言えることだが、貴様ら人間は己の限界を簡単に決めすぎる。
限界など最初から無いものと思え。それが、強者になるために必要なことだ』
彰利 「───だったら多分、お前は悠介と契約することになるな」
シェイド『そうだな、我もそう思う。
貴様の中にある情報だけで十分だ、あいつには果てが無い。
そしてそれは、我ら精霊が好む絶対条件を持つ存在だ』
彰利 「はは、俺が守りたいって思うのも解るだろ?
俺はあいつ以上に出来た友達を知らない。だから守るって決めたんだ。
それはずっと昔から変わらない、俺自身の奥底から湧き出した生きる目的だ。
でも弱いままじゃあそんなことは出来ない。だからもう一度言う。
あいつと、ずっと馬鹿やっていられるために───お前の力を貸してくれ」
シェイド『───了解した。我、闇の精霊シェイドは今日より、
貴様とともに強くあることを言として契約を行使する』
そう言ったシェイドの体はゆっくりと闇の光へ変わると、俺の額へと消えていった。
そしてふと違和感を感じて左手を見てみると、その中指に闇色の指輪が存在していた。
……これで契約は完了したんだろうか。
よく解らない。
彰利 「……はぁ、とにかくこれで目的達成に近づいたんだよな……。
えと……オーブ代わりになるものってバックパックに入ってるもんなのかな」
レザードには召喚獣代わりのオーブがどうとかで精霊を紹介してもらったわけだし。
まあ───それはじいさんに確かめてもらうとしよう。
少し疲れた……。
Next
Menu
back