───FantasticFantasia-Set66/時の流れに紡がれし悠久へ───
【ケース157:晦悠介/黄昏】
……キィイイイイ───ピギィンッ!!
……視界が開けた。
光に誘われるように歩き、やがて辿り着いた場所───そこは空界だった。
目に見える景色は自然に溢れ、こうして眺めているだけで酷く落ち着けた。
……。
次に見たのは自分の姿。
すっかり竜になってしまった自分の姿を見て、流石に呆れてしまう。
けれども力に溢れ、不可能なんて無いんじゃないかって思えてしまう。
でも俺は、敢えてその竜化を解いた。
虚空で人の形へと戻り、竜人の姿で大地へと降り立った。
───!?───!!
親友とその娘と、精霊達と飛竜の声が聞こえる。
でも……悪い。
正直声を返してやれるほどの余裕が無い。
体は初めての竜化の影響かボロボロで、
立ってるだけでも消費してるんじゃないかってくらいに疲れてる。
でも───
ゼット「ハッ……ハァアッ……!!ツゴモリ……!!」
それは、相手も同じようだった。
『同じようだった』と言ったのは、相手はさっさと傷を治してしまった故である。
俺にはそんな余裕は無い。
魔力や諸力はまだ大分残っている───けど、
今は余計なことを思考を回すわけにはいかない。
竜化が消えた今、鼓動が人のものへと戻った。
そのためか今にも死んでしまいそうで、それを引き伸ばすだけで精一杯だった。
ゼット『ガァアアアアッ!!!!』
───バガァッ!!
悠介 「───、───っ……!」
けれど相手は俺が回復するまで待つなんてことはしない。
容赦なく襲い掛かり、俺を殴り飛ばした。
───!───!?
……声が聞こえる。
みんなが心配してくれる。
……大丈夫、まだやれるから。
苦しかった思いも、悲しかった思いも、
楽しかった思いも、笑っていられた時間も───全部、持っていくから。
だから一緒に歩もう。
重荷にするんじゃなくて、同じ思いを共有するために───!!
───バシャアッ!!
悠介 「───、づ……!!」
体が斬られた。
鮮血が舞い、だけどまた塞がってゆく。
……心配する声はやまない。
不謹慎だな、こんなに心配させてるのに『嬉しい』だなんて。
でも、大丈夫だから。
そう、大丈夫だ。
一緒に居てくれるなら、もう少しだけ───
悠介 「……もう少しだけ……頑張れそうだから……」
……荒くなっている息のさなかに小さく唱えた。
そして前を見る。
しっかりと、後ろを振り返らずに。
その意思が、俺達の未来を築いてくれると信じて───!!
悠介 「───、……」
口が何かを呟いた。
体は既にボロボロ。
吹き飛ばされて、地面を転がって───
弱っていても存在する圧倒的な力の差に愕然として。
───それでも立ち上がった。
吐く息はもう虫の息だ。
口からこぼれる血液は本物で、襲い掛かる眩暈だって本物。
泣きたくなるくらいの痛みに耐えながらも立ち上がって前を見た。
ゼット『───』
数瞬だけ訪れた疑問の幕間は誰のものだったのか。
数瞬戸惑いを見せた目の前の人物が、けれど次の瞬間には俺を斬り飛ばした。
───それでも踏みとどまった。
勢いに釣られるように体を崩したけれど、それでも倒れずに前を見た。
溢れる血が地面を染めて、
あまりの眩暈に体の中のものを吐き出してしまいそうになったけれどそれを押さえて。
悠介 「……、は、あ……」
傷口が塞がってゆく。
痛みが少しだけ消え、けれどまた斬られてしまった。
その血が自分の目に入り、視界を染めた時───
───……
初めて、目の前の人物を見た気がした。
たったひとりで生き、たったひとりで傷ついてきた馬鹿野郎の姿を。
既に狂い、全ての回復に至らない体を振り回すように狂気する存在を。
───目の前のそいつがどれだけの苦しみを受けたのか、きっと俺には解らない。
当然だ、俺はこいつの人生を『見た』だけであり、理解するには至らない。
でも───もし生き様が似ていたのなら、一緒に泣いてやることは出来たんだと思う。
誰かのために生きた存在。
長い長い歴史の中で、後悔はしても至福には至れなかった存在。
いつかは俺も、長く生きる三千年の中で、同じ思いに辿り着くのだろうか。
……その時こそ、俺は彼のために泣いてやれるだろうか。
たったひとりの、孤独な竜のために。
悠介 「は、あ……───、……」
───世界が傾ぐ。
裡にある景色が傾ぐたびに視界が鮮明に至り、思考がゆっくりと回転してゆく。
悠介 「連ねるは言……連言より軌道と成す───」
見える景色が言とともに歪んでゆく。
数瞬、目の前の男の顔が驚愕に歪んだ。
けど、再び狂気を宿すと俺を殴り飛ばした。
悠介 「……、……」
荒い息を吐く。
それでも口は言を唱え、足は体を起こしながら目は前を見据えた。
───謝罪の言葉なんて無い。
ただこれが、キミへの救いになればいいと、そう思った。
景色はより一層傾いでゆく。
まるで思い出を振り返るように連ねられてゆく言が、ゆっくりと世界を変えてゆく。
───生きた軌跡は至福には遠かった。
それはきっと、目の前の彼にこそ届けたい言葉だった。
悠介 「っ───、くあっ───!!」
無骨な剣を受け止めた腕が血飛沫を上げる。
けれど、それを浴びた彼の表情はもう、歓喜には染まらなかった。
だから、と───俺は唱えていた言を目の前の彼に贈るために唱えた。
唱え終えても黄昏が出現しなかったのはきっとそのため。
だから代わりに唱えた。
───あの、懐かしい言を。
ゼット『ガァアアアアッ!!!!』
出鱈目に振るわれる剣が俺の五体を切り刻む。
心音は既に停止間際だっていうのに立っている俺に苛立ちを覚えるように。
それでも倒れるわけにはいかなかった。
倒れても立ち上がるだろうけど、
これは出来るだけこいつの悲しみは受け取ってやりたいっていう馬鹿な思考の成れの果て。
だから……胸を張るだけの力は無いけど、真正面から受け止め続けた。
───染まれ……染まれ、染まれ染まれ……
赤く、紅く、朱く、緋く───
……言が世界を染めてゆく。
全ての意思は原初にあり、原初無くして栄えは無し。
───これが最後。
俺は小さく目の前の彼を見て、一緒に泣いてやれなかったことを謝った。
傍から見れば馬鹿みたいな行為だとしても、
同じ目的、同じ意思のもとに強くなろうとした理想だけは理解できるから。
だからこそ他のことを理解してやれない代わりに謝った。
そして……超えてゆく。
その意を以って、前を見て───
悠介 「紅蓮に染まれ───“黄昏を抱く創造の世界”」
───景色が躍動した。
目の前に広がるのは黄昏の景色であり、俺と親友が明日を夢見るきっかけとなった世界。
前世から続いている思いの果てにこの景色はあり、俺が経験したものの全てがここにある。
───全ての答えなど元よりその名に刻まれていた。
何故全てを背負うのか。
何故ともに同じ景色を見ようとしなかったのか。
それに気づけてさえいれば、苦しむ人をもっと減らせていたかもしれないのに。
───背負う必要など無かった。
元より己の全ては内包されているものであり、この世界すらも自分の裡にある世界。
背負うんじゃない。思いの全てを抱き、ともに歩むことこそが真。
故に───“黄昏を抱く創造の世界”。
全ての理は我が裡にあり、だからこそ越せぬ壁など我が身には存在しない。
越せぬものがあるのならば超えてゆけ。
自分にはきっと、それが出来る───!
……ゆっくりと目を閉じて、再び開いて前を見た。
迫ってくる者は俺の未来の最果て。
いつかはそこに至るのかと思うと辛い気持ちにはなったが、
きっとまだ俺には理解出来ない。
それでも俺はあんたを超えてゆく。
そして……あんたの悲しみも、理想も、全部受け取っていく。
だから───決着をつけよう。
あんたの過去と、俺の未来に。
チキリ、と───いつの間にか手の中にあった屠竜剣の柄を握りしめた。
目線はあくまで彼に。
けれど、自然に耳を傾け、握りしめた柄に意識の手を伸ばした。
そして聞いた。
お前の、『そうでありたい姿』を。
悠介 「そういえば……まだ名前、つけてやってなかったよな。
優柔不断で悪い。でも……やっと全部解ったから。
だから……もう一度、俺と一緒に戦ってくれるか……?」
キィン、と剣が輝く。
すると俺のイメージを受け取るかのように剣が緋く輝き、
辺りから砕けた剣の欠片が飛んできて───刀身を再構築してゆく。
目前には剣を振り上げる彼。
それでも俺はゆっくりと、
ヒビだらけで剣とは言えないような剣を振り……声高らかに叫んだ。
悠介 「無限と型成()せ───“皇竜剣()”!!」
刹那───ところどころに隙間さえあった剣が輝きに包まれ、
今までの屠竜剣とは違う形の剣と化した。
その様はまるで、戦のために己を細めたかのようにより俺の手に馴染む。
大剣であった筈のソレは、細身だがしっかりとした輝きを放つ剣へと姿を変え───
勢いのままに振り切ったその剣にはもう、隙間などは見当たらなかった。
ズ───パァンッ!!!
ゼット『───!?』
ラグナロクの一撃が───ゼットの剣を綺麗に両断する。
砕ける部分など一切無し。
断面図が輝くほどに綺麗に切り裂かれた無骨な剣は地面へと突き刺さり、
狂っていた筈の彼の顔を否応無しに驚愕の表情へと変えた。
───今なら解る。
全てのものには意思があり、ともに生きていくことがこんなにも嬉しいことが。
屠竜剣は『砕かれた』のではなく、ともに戦ってくれようとして『自ら砕けた』のだ。
もし許されるのなら、自分がこうありたいという形になりたいと願ってくれた。
そう……今なら聞こえる。
こんな馬鹿野郎な俺と、ともに戦ってくれようとしているこいつの声が。
───ああ、一緒にいこう。
何処までだっていい……行けるところまで───!!
悠介 「オォオオオオオオオオッ!!!!」
ゼット『グゥォオオオオオオオオッ!!!!』
咆哮とともに疾駆した。
全力で衝突し、全力で攻撃し合い、全力で防ぎ合う。
猛る咆哮に猛る剣戟。
互いに弱っているというのに、その場に散る火花の数は最初の頃より激しいものだった。
ゼット『ツゴモリィイッ!!!ツゴモリィイイイイッ!!!!』
場を震わせる絶叫。
咆哮とともに放たれる剣はしかし、ラグナロクに弾かれる。
が───俺の体力は既に限界に達している。
弾きはするのに追撃が出来ず、弾いたというのに弾かれるように吹き飛ぶ。
力が上手くこもらない。それでも前だけはしっかりと見た。
悠介 「ゼットォオオオオオオッ!!!」
振るう剣は何度相手の身を刻んだだろう。
振るわれた剣は何度我が身を裂いただろう。
血も足らず、酸素も足らず、だというのに一歩も引かずに攻撃を放った。
心音は既に聞こえない。
剣戟の鋭さに掻き消された所為なのか、本当に停止したためなのかなんて解らない。
それでも前へと進もうとすることが出来るのなら、立ち止まるわけにはいかなかった。
ゼット『ルォオオオオオッ!!!』
バガァッ───!!
悠介 「───!“鏡面にて弾く石眼の盾()”!!」
突如として放たれたレーザーに対してイージスを構えた。
イメージを働かせる時間は必要無い。
この世界は俺自身であり、俺の全てがここにある。
俺の知識と経験の全てが内包された世界がここであり、
抱かれた全てはいつだって俺の手の中にある。
……全てを背負っていては辿り着けないのは当然だ。
けど、至ることの出来た今なら解る。
越せぬ壁など我が身に在らず、我が意思こそが無限の自由
その意味が、この世界にこそ存在することを───!
悠介 「っ……く、ぉおおおおおあああああああああっ!!!!」
ギヂィ……ッ───ガガァッチュゥウウウウウンッ!!!!
ゼット『ギ───!?』
受け止めたレーザーを、懇親を持って弾き飛ばした。
未だ俺の力にはなってくれていない反発反動力を糧にして。
受け止めた左手はズタズタになったけれど、それをみんなが回復してくれた。
ゼット『〜〜〜……!!』
それを見たゼットは憎々しげに俺を睨むと、さらなる連撃を加えてきた。
───ガギィンッ!!ヂギィ!ギキィンッ!!
弾かれる剣と剣が互いの体を揺さぶる。
進退の無い連ねは次々と体を痛めつけてゆくが、それでも退こうとはしなかった。
ゼット『フオゥッ───!!』
剣が振るわれる───剣で受け止めるのは間に合わない!
悠介 「“光獣宿す閃光の篭手()”!!」
キィン───ガシャァアンッ!!
振るわれた剣を瞬時に出現させたベオウルフで受け止めた───が、
威力に耐え切れずにベオウルフが砕ける。
それでも一撃には耐えてくれた───それで十分だ!
悠介 「はぁっ───!!!」
フオッ───ギシィンッ!!
疲れきった体に鞭打つように剣を振るう。
だがその軌跡がゼットを刻むことはなく、いとも容易く弾かれてしまった。
その反動に体を持っていかれるが───その反動に逆らうことなく地に手を着き───
悠介 「“氷狼砕く魔法の具足()”!!」
回転とともに水面蹴りを振るう───が、それさえ跳躍で避けられた。
見上げれば、体勢を立て直す俺へ向けて中空から剣を下ろすゼット。
悠介 「っ───“絶氷なる氷狼の盾()”!!」
コォッ───ギキィイイイイイインッ!!!
ゼット『グ……!?ウゥウウォオオオオオオッ!!!!』
霧と見紛うほどの氷の密集がゼットの剣を受け止める。
ゼットはことあるごとに出現する光の武具に苛立つように唸り、
絶氷の膜をバリバリと砕いてゆく。
悠介 「───く……ぁあああっ!!!」
ゼット『───!?』
その動作を隙と断じてラグナロクを一閃させる。
体がギシリと軋む───構うか!!
ジャアァッ───キヒィインッ!!
ゼット『グアァアアアゥウウウッ!!!!』
振り切られたラグナロクが絶氷ごとゼットの胸部を斬り裂く。
いける───そう思ったが、それこそ油断の象徴だった。
絶氷という中空の支えを無くしたゼットはそのまま俺目掛けて剣を振り下ろし、
同じく俺の胸部を横一閃に切り刻んだのだ。
悠介 「っ……づ……!!」
ゼット『ハァアアアア……!!』
その表情がより狂気に歪む。
俺の返り血を舌なめずりするように味わい、再び幾重にも渡る連撃を降らせてくる───!
悠介 「っ……くそ……!!」
体が上手く動かない。
真に至ることがあまりに遅かったため、満足に扱えずに体を揺らした。
吐く息はとても熱い。
眩暈が断続的に襲い掛かり、けれど倒れることだけはしたくなかった。
……まだ……そう、まだだ。
体が動く限りは頑張れる───そう信じてる。
が───
ゼット『ギィイイッ!!!』
ヒュオッ───ドボォッ!!
悠介 「げはっ───!?」
不意に放たれたゼットの鋭い蹴りが、俺の腹部へと突き刺さった。
すると今まで堪えていた吐き気が一気に全身を支配し、
たまらずに胃の中の全てをぶちまけた。
───その全ては血液だった。
いったいどれほど自分の体はイカレきっているのか、眩暈の中でそれだけを思った。
悠介 「げはっ!がはっ……!!は、あ……っ……!!」
ヴオッ───ゾブシャアッ!!
悠介 「ぐああっ!!ぐ、づ───!!」
それでもゼットの攻撃はやまない。
明らかに動きの鈍くなった俺を叩きのめすかのように連撃を連ね、
俺の体を次々と切り刻んでゆく。
───傷は回復してゆく。
けれど、今の俺の中には戦うために必要な『自分の力』が圧倒的に欠けすぎてる。
既に神魔も働かず、竜人状態で凌いでいるにすぎない。
まるで心音が聞こえなくなってから、どんどんと力が無くなっていってるかのようだった。
悠介 「は、はー……はっ……、づ……」
眩暈がする。
立っていられなくなるほどの眩暈が。
だっていうのに───
───ヒュオッ!ヂギィンッ!!
───ヴオッ!パギィンッ!!ガギィイインッ!!
ゼット『……!?』
だっていうのに、何故この体はこんなにも───
悠介 「は、あ……あぁあああああっ!!!!」
ヴオンッ───ザブシャァアッ!!!
ゼット『ギアァアアアアアアアアアッ!!!!!』
何故こんなにも……休むことなく動き続けるのだろう。
何故こんなにも……倒れそうになっても踏みとどまるのだろう。
ゼット『グルルァアアアアアッ!!!!』
左腕を斬り飛ばされたゼットが、なおも襲い掛かってくる。
痛みを気迫で吹き飛ばすように咆哮しながら。
そんな姿を見て───どうしてか思考にふけった。
……どうしてこいつはこんなになってまで戦う。
どうして俺はこんなに傷ついてまで戦う……?
そんな無駄なことを思考した。
放たれた剣をまともにくらい、血に染まっても考えた。
そんな時───その姿にある種の答えを見い出した気がした。
───譲れない思いがある。
それは相手だって俺だって同じこと。
ああ、そうか。
負けたくないのは当然だ。
だからずっと退くわけにはいかなかった。
誰だって譲れない何かのために戦っている。
それは俺だって相手だって同じこと。
だったら───
───バガァアンッ!!!
悠介 「がはぁっ───!!!!」
体中の血液を吐き出せと全力で命令されたかのような衝撃が体を突き抜けた。
吹き飛び、宙を舞う体はいつかのように弾丸めいていて、けれど───
───ズザァッ!!
ゼット『……!?』
……けれど、踏みとどまった。
倒れてしまえば楽になれるのに、
痛みに涙を浮かべてなお……倒れることなく踏みとどまった。
訳が解らないのは誰だって同じ。
何をそんなに懸命になるんだって言われれば、言葉を濁すことだって何度もあった。
それでも───ああ、それでも……誰にだって譲れない思いっていうのがあるんだ。
たとえその信念を守ることで誰かひとりを救えるのだとしても、
曲げられないからこその信念を持ってしまったのであれば退けない誰かが存在する。
目の前の彼は三千年もの間その信念を持ち、いつしか狂ってしまった。
救いがあった、なんて気休めも無く……ただただ絶望の日々を送った。
今俺が信念を曲げれば彼は救われるだろうか。
そんなことを小さく思ってみても……やっぱり俺は謝ることしかできなかった。
……許せないのは自分じゃない。
許せないのはきっと、
こんな相手を目の前にしても、ただの一度も泣いてやれなかった自分の心だ。
───譲れない思いがある。
それはきっと───誰もが持っている、その人だけのたったひとつの真実だ。
悠介 「っ───くあぁ!!」
フオッ───ガシャァアンッ!!!
ゼット『ッ───ヂッ……グ……!』
右手の剣を砕いた。
そこに至り、初めて両手の武器が無くなったことを知った彼は、
両腕を癒し終えると再び襲い掛かってくる。
既に斬り裂けるほどの余力は無く、砕くのでも精一杯。
こんな状態で何が出来るものかと諦めかけたのは幾度か───
それでもそれが救いになるのならと、下がりかけていた体を起こした。
それが偽善でも構わない。
俺もこいつも、全ての世界が偽善に溢れてることなんてとうの昔に知っていた。
それでも目指せる何かがあったからこそ生きてこれた。
───だったらもう迷うな。
全てを抱いて歩いていけ。
相手が譲れない意思を持って抗っているように、
こっちだって譲れない意思のもとに抗っている。
ならば───負けることなんてそもそもあっちゃならないんだ───!!
ゼット『コロス───!!』
ヒュオッ───バギィイインッ!!!
ゼット『ッ───!』
今まで以上の速度で放たれた必殺の一撃。
それを、懇親の意思を持って弾いた。
───その音に混じって息を呑む音がした。
それは誰のものだったのか───吐いたつもりの息は吐かれず、音の止んだ数瞬の間。
音の無い世界で、ただ呆然と耳を傾けた自然の中で……自分の心音だけが停止していた。
それでも倒れない俺を、人はなんて言うだろう。
───バケモノ。
クッ、と喉が鳴った。
それで構わないと断ずるが故に。
そう、人の在り方など生まれた時から捨てている。
だったらもういいだろう。
人としての心音は停止した。
けれど別の鼓動は生きることを望んでいる。
あの時───皇竜珠の中に誘われた時からとっくに弱かった人としての鼓動。
それが今死んでしまったとしても、まだ前を向いていられるなら───それでもいい。
たとえさっきの一撃が最後の足掻きだったのだとしても、
生きることを否定したりはしない……!
悠介 「お……ッ……ォオオオオオオオオッ!!!!」
フオゥッ───バガッシャァアアアアンッ!!!!
ゼット『───!?』
体は既に死んでいる。
それでも鞭打って振るった剣が相手の剣を硝子細工のように砕いた。
悠介 「げはっ───あ、アァアアアアアアアッ!!!!」
血を吐いた。
視界の片隅に映った地面が赤く染まり、一瞬だけどその上を奔る剣の軌跡を反射させた。
ヒュゥウウオッ───ガシャァアアアアアアアンッ!!!!
ゼット『……!!な……!!』
狂った存在から初めて意思を見せるような驚愕の声が漏れた。
両腕の剣は破片と散り、地面に溜まっていた俺の血の上に雪のように舞い落ちる。
悠介 「は、はぁ……っ!は、あ───!!」
呼吸は続いている。
人の鼓動は既に死んでいるというのに、竜の脈が俺を生かしてゆく。
悠介 「かはっ!か、は、あ……はぁっ!はぁっ……!!」
一呼吸が体の隅々に渡ってゆく。
それなのに体は上手く動かせず、ゆっくりと力を溜めて振るうことしか出来ないでいた。
そんな体なのに、体は退くことを知らないかのように前進しかしない。
口の中に溜まった血を飲み下すことでさえ難儀するというのに、
この体はなおも戦うことで意思を見せつけようと諦めることをしない。
それが。どうしてか心地よかった。
ずっと昔に意地の張り合いで殴り合いの喧嘩をした。
口の中を切ったりして痛かったけれど、どうしてか嬉しかった。
その時初めて、自分は自分の意思の下で行動をしたのだから。
誰に言われるまでもなく殴り、誰に言われるまでもなく涙をこらえた。
そして最後に笑ったのだ。
絶望しかないと思っていた思考の中の未来に光が差す音を確かに聞いた。
それは───俺の親友の、涙が出るくらいやさしい笑い声だった。
だから今ではあの痛みに感謝する。
あの時のつまらない意地の張り合いに感謝する。
だから、と───俺は前に出た。
ボロボロの体で、しかし前をしっかりと見ながら。
あの意地の張り合いがあったからこそ今の自分が居て、
あの瞬間があったからこそ夢を見続けていられたし走ってこれた。
あの懐かしい景色が自分の裡にあるからこそ───
俺は意地の張り合いだけは負けるわけにはいかないんだ───!!
悠介 「づ、あぁああああっ!!!」
ギシリと軋む骨を強引に動かして剣を振るった。
だがそれは容赦の無い再生した剣の一撃に弾かれると、
千切れるかと思うくらいの激痛となって返ってくる。
意識がどうにかなってしまいそうな痛みに襲われる。
でも泣き言は言わなかった。
あの頃の自分と今の自分の何が違うのかなんてよく解らない。
それでも───いくら殴り合っても彼とは笑い合えないんだということだけは解った。
そしてそれが───どういうことか悲しかった。
ゼット『───』
ふと見たソイツの顔が、どうしてか融合する前のソイツの顔に見えた気がした。
よく解らない。
けど、再び剣を振るった時に見たその顔は、やっぱり狂っていた。
ゼット『ルガァアアォッ!!!』
悠介 「ぐ、あ……!!あああっ───!!」
───連ねられる剣を弾いてゆく。
だが弾ききれない何撃かは俺の肉を確実に削いでゆき、その先から血が吹き出る。
立っている場所は既に紅蓮に染まり、俺の意識をどんどんと混濁させる。
血液が足りなすぎる体は休息を求めて軋み泣く。
だがその救難命令の全てを意思で押し殺し、剣を振るっていった。
ゼット『───……!!』
目の前の彼が憎々しげに俺を睨み、俺の意思ごと俺を砕こうと長剣を降ろす。
弧を描く軌跡は一撃二撃の話じゃない。
それを───ガガガガガガギィインッ!!!
ゼット『ッ───!?』
……それを、弾いた。
弾くエモノは盾であり剣であり、篭手であり具足であった。
理は手の中にある。
欲しいと思えばイメージするまでもなく出現する世界にあって、
自分に越せない壁など無いのだと確かに思わせる。
けれど死を超えることなど出来ない筈。
それなのに───どこにそんな力があるのか。
死人同然の体は必死で生きようとし、己を殺すであろう連撃の全てを弾いた。
その鋭さは回を増すごとに上がり、しかし体は回を増すごとに死んでゆく。
生きることを望むなら今すぐ攻撃をやめることが第一だというのに、
けれどこの体は退くことを許さなかった。
───目の前に居る存在が自分の最果てと知ったら貴様はどうする?
目の前の存在の目がそんなことを言ったように見えた。
ただの幻なのか、それともそれは俺の心が出した疑問なのか。
……そんなのは解らない。
けど───守りたいものを守れるようになりたいって願った思いは───
守れなかった時に流した涙の熱さは───
悠介 「空想なんかじゃ……幻想なんかじゃない───!!」
ずっと一緒に歩いていきたいって願った親友が居た。
自分はずっとそいつと一緒に馬鹿やっていくんだって、
知り合った頃から何度だって思って、それを心から否定したことなんて一度もなかった。
───だからこそ泣いた。
思い出の果ての草原で泣いて、約束の木の幹を塗らした。
───だからこそ憧れた。
全てを守りたいなんて贅沢は言わない。
けれど、守りたいと思ったものは守れるようになりたいと。
ゼット『ルァアォォウウッ!!!』
悠介 「───っ……!」
ギヂィンッ!!バギンッ───ゴギィンッ!!!
それでも辛くないことなんて無かった。
何かを守るということはとても大変なことで、
それがどんな夢物語に位置するものなのかも知らずに走った。
……それから幾度涙を流したのかなんて覚えていない。
それでもいつかは理想に辿り着けると信じて疑わなかった。
けれど───いつだって現実は目前に現れて、理想を根こそぎ破壊してゆく。
いつだって実らせるのは大変で……破壊することなんて一瞬で。
崩れる瞬間の方が容易くて、夢を見続けることのほうがいつだって難しいんだ。
───そんな悲しさの先に彼は居た。
だけどかけるべき情けなんてきっと無い。
開放してやりたいなんて思いは所詮、彼に重ねた自分を救いたかったから。
それでも───ああ、それでも……
悠介 「づ……あぁああああっ!!!」
フオッ───ゾブシャアッ!!!
ゼット『ガ───!?』
きっと俺は、救いたい者こそ救えない。
偽善の最果てに辿り着いて、
こうして景色を滲ませることでしか詫びることさえ出来ない。
それでも、今叫ぶことで届くのなら知って欲しかった。
世界中にあるやさしさの全てが偽善なわけじゃない、と。
けれど言葉が届かないことなんてもう知っている。
だからこうして武器を交えることで伝えるしかなかった。
たとえ、それが無駄な努力だとしても。
悠介 「ふぅ……あぁあああああっ!!!!」
フィィイインッ───!!
ゼット『……!───』
ついにラグナロクが虚空を裂いてしまうほどの疲弊が俺に訪れると、
今まで俺の五体を刻み続けた存在が飛翔した。
そうなって初めて緊張の糸が緩んだように俺の体は崩れ、大地に突っ伏した。
───ああ、でも……まだ立てる。
立って、前を向くだけの力は残っている筈だ。
だったら、立たなくちゃ……だめだ。
負けるわけにはいかないから。
譲れない思いを持ってるのはお前だけじゃないって解らせてやらなきゃいけないから……!
悠介 「ぐぶっ……!げはっ!がはぁっ!!」
血を吐いた。
突然脈が戻ったかのように血が血管を泳ぎ、諸力と魔力が回路を泳ぐ。
途端に息を潜めていた竜の鼓動が全身に活力を与える───が。
それでも満足に五体を動かすには至らない。
そんな時だ───頭の中にもう一度、あの言葉が蘇った。
『汝には何が出来る?』
その言葉の意味が俺の中にゆっくりと染み渡ってゆく。
やがて思い至った頃には魔力を開放し、召喚()を行っていた。
飛翔し、俺を見下ろすゼットの後ろ。
その虚空へ、巨大な黒紫の翼竜を召喚した。
それが、動けない俺が出来るせいぜいのこと。
既に黄昏も消え、大した理力の行使も出来そうに無い俺が出来る唯一のこと。
悠介 「っ……け……!いけ───バハムート!!」
バハムート『ギシャァアアアォオオオンッ!!!!!』
巨大な咆哮が世界を揺らす。
そこまで来てようやくゼットが背後のバハムートに気づき、何かを叫んだ。
だが遅い。
既にバハムートの口からは巨大な極光が放たれ───!!
ゼット『───!!』
ビジュンッ───!
悠介 「───!」
……否。
ゼットにはそれがあった。
ゼットはバハムートのレーザーが放たれた刹那に月空力で転移をし、
逆にバハムートの頭上に降り立って俺を嘲笑ってみせた。
その意味が解らない俺じゃない。
何故なら───放たれたレーザーの終着には俺が居るのだから。
そこに来て俺は驚愕する。
この状態は全て、ゼットが行使した月視力によって読まれていた未来だったのでは、と。
悠介 「っ───……!!」
巨大なレーザーに全ての音が掻き消される中、ただゼットの笑う顔が脳裏に焼きついた。
そして安心した。
狂ったといっても、笑えるだけの感情は残っていたんだな、と。
【ケース158:ゼット=ミルハザード/そして終幕へ】
ガカァアアォオオオオオオオンッ!!!!!
視界の先で極光が弾ける。
───終わった。
邪魔なヤツは消え、これで全てが自分の思い通りになる。
精神の主導権も握った……思考も大分落ち着いてきて、狂いすぎていた頭も冷えた。
だからこそ奪った能力で先を読むことさえ出来たし、
こうして邪魔者も滅ぼすことに成功した───!!
ゼット『ははははははっ!!!終わりだ!全て終わりだぁっ!!
ツゴモリ!絶望ってものを教えてやるよ!
まずはお前が守りたかったもの全てを破壊してや───……なに?』
どういうことだ……。
あれだけの極光が落ちて、何故爆発も轟音も高鳴らない。
俺は何を見た?
光が弾ける様だけか……?
気づけば眼下に居た黒紫の翼竜さえ消えている……どういうことだ!
何故───何故なにも無い!!
あれだけの光が落ちれば地面は粉々に砕け、全て滅ぶ筈だ!!
なのに何故なにも無い!!何故───ツゴモリの姿もなにもない!!
ゼット『───まだ抗うかキサマ……!!何処だ!何処に───』
バサァッ───
ゼット『───!?そこかぁっ!!』
羽ばたきの音を耳にし、剣を振るったが───その切っ先に居たのは宙を飛ぶ鳥。
何故こんなところに───?
声 「───ハトが出ます。面白いだろ?」
ゼット『───!!』
今度こそ聞いたその声を耳に、さらなる上空を見上げた。
そこには───!!
ゼット『ツゴモリ───貴様!!』
目が潰れるほどの紫電の極光を纏った剣を手にしたツゴモリが居た。
理力の転移でここまで来たのか───?
既に飛翔する力も無く、だがその一撃に全てを込めているのは瞬時に悟れた。
悠介 「“支力付加()”……!!無謀な賭けだったけど───俺の勝ちだ!!
教えてやるよ“黒竜王”!勝負ごとってのはな!
いつだって原初を忘れちまったヤツが負けるんだよ───!!」
ゼット『───!!』
馬鹿な……あの力全てを剣に込めたというのか?
───不可能だ!理解に至らない!そんな無茶をすれば己を殺してゆくのみだ!
現にあまりの力の強さにツゴモリ自身の腕が塵になっていっている!
ゼット『馬鹿が!そのまま剣を下ろせば、余波で貴様も───』
悠介 「構うかよ───寝言は寝て言え!!諸力、魔力、竜人力……!
理力、神力、死力、月操力……俺の全てを込めてえぇええええええっ!!!!」
ゼット『───!!』
極光が弾ける。
太陽のような輝きと、ところどころから滅んでゆくツゴモリの姿。
何を思うが故にそこまで出来るのか───そんなことを考えて、
自分にもそんな無茶なことをし続けた人の頃があったことを小さく思い出した。
そして───導き出された答えはひとつ。
『死ぬわけにはいかない』という、人が第一に思う防衛本能だった。
だからみさお───セシルと融合することで得た力で次元干渉をし、
再び未来への渦を作り出した。
目の前の死から、逃げるために。
だが───思えば愚かな思考だった。
この一撃が最大の一撃であり、ツゴモリの譲れない思いを込めた一撃なのであれば。
それから目を背けた時点で───俺の『譲れない思い』は負けていたのだから。
悠介 「“───極光滅竜剣()”!!!!」
ゾバァッ!ガァアォオオオオンッ!!!!
ゼット『───!!』
逃げようとした意思は、未来へ繋げた空間ごと斬滅された。
なんとか月生力とやらで再生しようとしたが、どういうわけか月操力のみが蝕まれる。
……景色が歪む。
これが敗北か───体が崩れてゆく。
だが憎しみは崩れない。
ツゴモリ……貴様さえ居なければ全ては思い通りに動いていたのに、と。
───俺という存在を懇親で斬り裂いたツゴモリは、
全ての力を使い果たしたかのように輝きを無くした剣を手からこぼし、
虚空より空界の大地へと落ちていった。
俺は───そのまま動けないままに断たれた次元へと飲まれてゆき、やがて意識を失った。
これが……死、というものか。
そんなことを考えながら、俺がみていた世界は完全に閉ざされた。
……最後に、この次元の狭間へと飛翔してきた存在を目に焼き付けて。
【ケース159:スピリットオブノート/過去、現在、未来の元素】
───鋭く眩い光が虚空を裂いた。
それとともにミルハザードが開いた次元の穴が大きく斬り開かれ、奇妙な躍動を開始する。
彰利 「うおわっ!?な、なんだよこれ!!
ってぬおお!悠介が落下!?忙しいなちくしょう!キャッチングーーッ!!」
空界が巨大な地震に襲われる。
……当然だ。
ミルハザードが逃げ出そうとした場所は恐らく未来。
あれは本来自分が居るべき場所へと『戻ろうとして開かれた』次元の穴だ。
それが大きく引き裂かれ、自然の力では元に戻せないくらいに広がってしまったのだ。
結果、辿る道などひとつ。
未来の空界と、この空界との衝突。
次元規模で異常が起きた以上、この空界はただでは済まない。
半崩壊ごときで済めばいいが、まず間違い無く双方ともに崩壊の一途を辿るだろう。
そうなれば『空間に存在する世界』であるここの崩壊は、別の世界にも影響を及ぼす。
下手をすれば全世界の崩壊に繋がる可能性だってあるのだ。
ノート『………』
ならばどうするか。
そんなことは決まっている。
元より出来ることなどひとつであり、それを出来るのは私のみだ。
ノート『……すまないマスター。汝との契約は破棄させてもらうぞ』
人のような夢物語に浸かるのはここまでにしよう。
精霊である私には過ぎた夢だ。
私は小さく意識を集中するとマスターとの繋がりを断ち、
マスターの親指に存在した指輪を回収した。
彰利 「……ノート?」
ノート『人であれば、こういう時には名残惜しいと言うんだろうな。
だが、そんなことはどうでもいい』
彰利 「なにする気だ?」
ノート『この世界の消滅を止める。
大掛かりなことだ、恐らく私の諸力を使い切っても成功するかどうか』
彰利 「んなっ……つ、使い切っちまったらどうなるんだ!?」
ノート『消滅するな。まあだが気にするな。
マスターがここまでやったんだ、私も全力を出すとしよう』
言うだけ言うと、巨大な黒い渦へと飛翔してゆく。
……これで全てが終わる。
マスター……晦悠介が守った世界だ、なんとしても守ってみせよう。
私は一度頷くと黒い渦へと自ら潜り、『分離』とは別の『完全融合』の力を解放した。
次元の狭間は酷く居心地が悪く、自分がこれから何処に辿り着くのかさえ理解出来ない。
そんな中で死ぬ寸前ともとれるミルハザードを発見し───
だがトドメを刺すこともなく、力を完全に解放した。
それではな。
最初にして最後のマスター───
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