───全ての始まりと、その先にある続きへ───
【ケース76:晦悠介/月の無い空、穏やかな風の中で】
ひゅう、と風が吹いた。
ふと目を開けて空を見てみれば、空は既に闇に覆われていた。
空間世界という、月や太陽の無いこの世界。
光はウィルオウィスプに、闇はシェイドにて齎される。
けど……もし仮に、癒しとマナが復活することなく時代が刻まれたなら……
この世界を照らすものは、いったいなんだったのだろう。
光と闇のマナが消えた世界の景色は完全な漆黒と化すのか、それとも無に帰るのか。
それは解らないけど、ただ静かにそんなことを幻視した。
悠介 「………」
吐く息は軽いもの。
なんのことはなく、考えてみればこの世界で出来ることなどもう何も無いのだ。
気負うこともなく、背負うものもない。
マナと癒しを解放し、竜族と和平を結び、役立たずの王を新たな王に変え。
空界と狭界を融合させ、そして……そう。
あとはこの時代に生きるやつらがすることなのだ。
そこまで干渉してしまったら、自分からなにも出来なくなってしまう。
そのことを今日、ふたりに話した。
彰利とみさおは軽く頷いてくれて、特に問題も無く現代へ戻ることが決定した。
───この世界のことをくれぐれも。
そう、この時代のジハードと竜王たちに頼み、
彰利と民たちが新国王の背を押したことで、案外問題もなく歴史は重ねられるだろう。
元から自分に力があれば、こうしてすぐに世界を安定させることが出来ただろうか。
時々そう考えるけど、そんな考えはすぐに捨てた。
誰だって地道に歩いてきている。
それを否定した上で最初から持っている力なんてタカが知れている。
努力は力になるだけじゃなく、何かに向ける心も鍛えてくれるって信じてる。
そう思ってきたからこそこうして強くなれたし、自分の力を誇りに思ってる。
だったら……そう思えるんだったら、そもそもこんな話なんて気にするまでもなかった。
悠介 「ノート、居るんだろ?」
小さく声を放った。
すると、俺が寝転がる隣に神父服の精霊が降り立つ。
ノート『気づいていたか。未来の者』
この時代のノートだ。
背丈も服装も、なにもかも今のノートと変わらない。
けれど、その表情は俺達が知るノートよりずっと厳しいものだった。
そうした時に思い出す。
初めて会ったノートも、こんな顔をしてたな、と。
ノート『まずは礼を言おう。汝のお陰でこの空界は救われた』
悠介 「礼なんて要らない。やりたくてやったことに感謝されても嫌な気分だ」
ノート『……変わった男だな、汝は。人間ならば礼は素直に受け取るものだろう』
悠介 「生憎人間じゃないんでね。
未来のお前に名実ともに認められたよ、人や竜よりも精霊に近いって」
ノート『そうか。存外に苦労しているらしい。汝はそういった気配を持っている』
悠介 「あのなぁ……」
どうして遥か過去に来てまで苦労人だってことを再確認させられなけりゃならんのだ……。
なにか間違ってるぞ、俺の人生……。
悠介 「でも、助かったのは俺達も同じなんだ。
お前が手を貸してくれたから、こっちも消費が半分で済んだ」
ノート『未来の私が認めた存在なのだ、協力してみるのも一興だ。
そもそも私が手伝うまでもなく、オリジンの力で十分足りただろう』
悠介 「まあ、それは。だったら三分の一で済んだって言うべきなのかな」
ノート『……ふむ。どちらでもいいことだな』
悠介 「ああ、まったくだ」
あれから狭界のマナの樹も復活させ、オリジンも力を取り戻した。
セルシウスも、この時代ではまだモーラに襲われる心配も無かったので普通に出会えた。
モーラ自身を既に滅ぼしたために、もう脅威の要素はとんと無いのだ。
悠介 「なぁ。この世界のことを頼むって言ったら……断るか?」
ノート『己の周りのことくらいはする。オリジンやその他の精霊も意思は同じだろう。
イドも汝にコテンパンにやられ、汝を認めた上で協力すると言っている。
……精霊は皆、世界を見守ってゆく気があるようだ』
悠介 「そっか。それ聞いて安心した。
この時代の未来の最果てが、幸せであることを願ってる」
ノート『……ああ』
出会った頃はいつだって厳しい顔をしていた精霊、スピリットオブノート。
いつからか笑むようになり、いつからか人をからかったりもするようになった。
いつからか神となり、いつからか死神となり。
そして……多分、俺を一番支えてくれた。
結局俺は、創造の理力が無ければ自分を見つめ直すことも出来ず、
若葉と木葉を泣かせ続けただろう。
あの日ふたりに貰った本を破り捨てて、きっと泣かせていただろう。
彰利が死んでしまった時、俺はずっと泣いていたのだろう。
きっと何も救えず、何も守れずに死んでいったのだろう。
そう考えると、俺はこの精霊に感謝をし続けても足りないのだと思えた。
悠介 「なぁ、ノート」
ノート『なんだ?』
厳しい顔が俺を見下ろす。
俺は……やっぱり上手く感情がコントロール出来ず、いつもみたいに苦笑しながら笑って、
悠介 「……ありがとう。お前には本当に世話になった」
そう言った。
きっと目の前の精霊がどれだけ生きても、
どこかの時間軸の俺と契約することも、神にも死神にもなることはないのに。
それでもその目を見て、精一杯の感謝の言葉を伝えた。
きっとそれは自分が契約したノートに伝えるべき言葉だ、彼に言ってもなんの意味も無い。
けど……
ノート『おかしな奴だ。何を思ってそこまでの思いを込める。
……だが、私は汝と違うな。礼を言われて嫌な気分はしない。
むしろ……こうして汝と知り合えたことを嬉しく思う』
俺を見下ろしたその笑顔は、きっと意味のあるものだった。
ノート『汝とは、再び会えそうな気がする。
汝ではない汝だが、その汝がどれほど弱いのかを見届けてやるのも一興だ』
悠介 「………」
そうだ。
契約することに意味があるんじゃない。
俺を支えてくれたことに感激したんじゃない。
ただ、出会えたことが嬉しかった。
いつだって一緒に居た。
それこそ、俺が小さな時から。
だったら。
もし俺が親だと呼べる存在が居るのだとしたら。
きっと彼こそが───
悠介 「………」
考え始めて、やめた。
どうにも馬鹿馬鹿しくて笑みがこぼれたからだ。
でも、感謝だけは口に出して伝えよう。
いくらでも、何度でも。
悠介 「ありがとう。俺はあいつに、そしてお前にこそ救われた」
親って言ったら怒るだろうな。
そう考えて、ただ小さく言葉を発した。
それは、自分がずっと小さな頃から決めていたことを破った瞬間だった。
『友達はひとりでいい』
そう言い張って、そして……きっとそれは今でもずっと続いていた。
友達は確かに居るんだろう。
原中のみんなは俺にとって友達だ。
でも……それは気心が知れている家族みたいな感じで、
あいつらの近くでは一切の遠慮無く、俺は笑っていられた。
けどそれ以上の笑みも存在した。
それが親友と居る時。
だから───
悠介 「どっかで出会う、この先の未来の俺によろしくな、親友」
精霊は驚いた顔で俺を見た。
けれど、それこそ俺がそうするみたいに苦笑すると、
ノート『汝に言っても仕方の無いことだが、覚悟しておけ。せいぜい楽しませてもらう』
精霊の立場がどうとかじゃなく、ただ普通に会話するようにそう言った。
だから俺も満足して頷いて、そして立ち上がった。
悠介 「………」
ザァ、と風が草花を揺らす。
明るい月夜のように明るい夜に、マナの力が満ちた涼しさが駆け抜けてゆく。
……心地良い。
でもそんな感覚に浸るのもそこそこに、ゆっくりと歩き始めた。
ノートに背を向けて、自分が進むべき未来の最果てへと。
悠介 「どんな道を歩くかなんて解らない。
いつか、悲しみの果てに狂っちまったあいつみたいになるのかもしれない。
けどさ、信じてるよ。俺がそうなっても、周りのみんながそうじゃないことを」
声 『……ああ。汝はそうして生きていけ。
そうする限り、周りが汝を支えると私も信じている』
その声に満足する。
そして、笑みのままに別れた。
……さあ、帰ろうか。
俺自身の未来が待つ、その時間へ。
そして歩いていこうか。
どこまでも、何処を目的地にしてもいい。
後悔しても、それを弾き飛ばせるくらいの幸せを見つけに───
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