───流れる時節、変わることなくうるさい日常───
【ケース92:弦月彰利(再)/小野妹子】
ガタガタガタガタ……!!
彰利 「女コワイ……女コワイ……」
翌日の早朝───僕は、僕と同じ布団で眠りこけるおなごに囲まれて目を覚ましました。
というより碌に眠れなかったと思います。
親友は無事なんでしょうか───でも確かめに行くほど心の回復が間に合ってません。
やはり馬鹿なことだったのかもしれません、三人のおなごと結婚するなど。
でもこうやって関係を持ってしまった以上、
僕は意地でも別れるなどということはしません。
関係というか……襲われたわけですが。
彰利 「ウウ……」
神様……僕が思い描いた夢の“漢”は何処に旅立ってしまったのでしょう。
もう僕は完全に戻れない場所まで来てしまいました。
なんだかもう“漢”を思い描くことでさえ失礼な気がします。
だって僕はおなごと交わってしまったのですから。
僕の描く漢とは、おなごと関係を持たずに孤高に生きながらも粋な人生を歩む存在でした。
でもこうなってしまっては……ガチャ。
聖 「パパ、朝だよ───ひっ!?」
彰利 「あ」
聖 「ひきゃぁあああああああああっ!!!!!」
彰利 「わおぉおおおーーーーーーーっ!!!!」
その朝。
薄手の服に身を包んで眠りこけてるおなごの傍で
パンツ一丁で体育座りをしていた僕を見て、我が娘は絶叫しました。
僕も叫ぶ娘を前にして、噂に伝え聞く『殿様の絶叫』をしていました。
嗚呼もう……僕はいったいどれほど生き恥をさらせば気が済むのでしょう……。
この日僕は泣きました……本気で、マジで泣きました……。
───……。
……。
チュンチュン、チチ……チ……
悠介 「………」
彰利 「………」
その朝に『心機一転』の文字など存在していませんでした。
あるのは、妻に襲われてココロを空白にしたふたりの男の物語です。
僕と親友は庭園の崖っぷちに腰掛けて、
遠い景色の果てを焦点の合わない目で眺めてました。
気分はまるで、初めて『バキ』に登場した時のマホメド・アライです。
ジュニアではありません。
涎を垂らしながらフルフル震えていたアライです。
悠介 「………アー」
彰利 「……マー……」
僕らは湿気を吸い取られ続ける軍曹さんのようにホウケた声を出しました。
視界はとっくに涙に滲んでいます。
微量ながら、男に襲われるおなごの気持ちが解った気分です。
やっぱり愛というものは双方合意のもとで行われるべきだと昨夜痛感しました。
中井出「お、そんなとこ居たのか。どうだった?初夜は」
悠介 「………」
彰利 「………」
中井出「……?お、おーい?」
悠介 「………」
彰利 「………」
中井出「あ、あの……なぁ?
なんだよその、ほっとくとキノコでも自生しそうな放心っぷりは……」
悠介 「……アー」
彰利 「……マー……」
中井出「………」
耳には声が届いているのです。
ですが、なんというかこう……覇気が沸いてこないのです。
たとえばプライドを糧に生きてきた人がプライドを破壊されたような感覚です。
僕はなんだか悲しいです。
中井出「と、とにかくさ。女性陣はなんだか起きてこれないみたいだし、
そろそろ朝メシにでも───うひぃいいぁああっ!!!?」
突然でした。
提督が僕の横に座ろうとした途端、突然絶叫を放って飛びのいたのです。
その尋常ならざる力の波動……ではなく驚きっぷりに、
僕らのハートは少しだけ“興味”という動力源を精製してくれました。
彰利 「……テイトク?ドウカシタノデスカ……?」
中井出「どっ……どうしたもこうしたもあるかぁあっ!!おまっ……そこの女っ……!!」
彰利 「オンナ……?」
提督が指差した僕の隣を見ます。
ですが、そこには誰も居はしないのです。
僕の様子を察したのか、提督は───
中井出「居たんだよ!髪の長い女が!恨めしそうにお前を見てっ……!!」
彰利 「…………」
何を言っているのでしょうかこのカスは……。
ああいえ、これはきっと僕らを元気づけるための演技なのでしょう。
僕らはいい提督を持ちました。
でもそれだけです。
興味が無くなったので僕らは再びホウケました。
悠介 「アー……」
彰利 「マー……」
中井出「お、おい!!暢気にホウケてる場合か!見たんだって本当に!」
悠介 「アー……」
彰利 「マー……」
中井出「いや聞けって!このっ……せめてこっち見ろ!!」
コキキン!!───提督が実力を行使して僕を振り向かせ
彰利 「ほぎゃあああああああーーーーーーーっ!!!!!」
中井出「うわおっ!?なななんだ!?」
悠介 「アー……」
彰利 「いや悠介!アーじゃないって!出た!!幽霊だ!!マジモンだぜ!?」
悠介 「…………」
彰利 「正気に戻ってくれ友よ!!心霊写真がナマで取れるぜ!?
面白ビデオコーナーに送れるぞ!!」
中井出「や、もう終わってるからぎゃあああああーーーーーーっ!!!!」
彰利 「おわぁあああーーーーーーーーっ!!!!!」
なんてことでしょう。
僕らの目の前に幽霊が現れました。
しかも何故か僕を物凄い形相で睨んでくるんです。
僕は恐怖よりも面白さが先立ちました。
グロテスクなものは見慣れています。
けれど提督は本気で怖がっているようで、恐怖に身を震わせています。本当です。
彰利 「…………出てこなくなった……ね」
中井出「あ、ああ……けど夢に出てきそうなヤツだった……」
……僕たちはまだ知りませんでした。
これが、とんでもない迷惑話の始まりであることを───
これは。僕がおなご達との熱い夜を過ごした翌日の出来事です……。
わたしの肉じゃが
体験者 弓彰衛門(仮名)
それは───その日の夜のことです。
僕らが住む庭園の家は案外隣接していて、
僕と悠介くんの家は大きな石家二件を挟んだ隣にあります。
中井出くんはそこより離れた場所で寝泊りしていて、
みさおさんと聖さんは僕と悠介くんの家を挟んだ二件の家の向かいの家に住んでいて、
言葉で言えば近いけれど、それでも距離的に言えばなかなか遠い場所に住んでいます。
石の家といっても中々大きく、二件を挟んだ僕と悠介くんの家の距離も結構なものです。
そんな僕らの家に、訪れる影があったのです。
───……。
……。
───コンコン。
彰利 「ぬ?」
ふと、僕の家のドアをノックする音が聞こえてきたのです。
僕は辺りをキョロリと見渡して、
一緒の布団におわす三人の妻が寝ていることを確認します。
彰利 (……誰じゃろね)
もしかして聖さんでしょうか。
怖くて眠れなくなったので一緒に寝かせてほしい、だとか。
でもそれは無いような気がします。
今朝は随分と大変な場面を見られてしまいましたから。
あれから聖さんは僕を見るたびに顔を真っ赤にして逸らしました。
僕としてはとても恥ずかしい気分です。
───コンコン。
タレ?
そう思いながら僕はドアに近づきます。
すると───
声 「すいません、隣に住んでる者ですけど」
彰利 「余計に誰だよ」
考えてもみましょう、隣は二件とも空き家です。
隣に誰かが住んでるなんてことは有り得ません。
声 「ちょっと料理作りすぎちゃって、良かったら食べてもらえませんか?」
彰利 「いや聞きましょうよ人の話」
困りました。
この人、人の話を聞かない人みたいです。
でもお腹が空いているのは事実───とりあえずドアを開けてみましょう。
───ガチャ。
彰利 「どなた?」
おなご「隣の者です」
彰利 「………」
名乗れこの野郎って言葉を取り合えず飲み込みました。
扉の先にはひとりのおなごが居たのです。
手にはラッピングされた容器に入った肉じゃが。
おなごはニコリと笑うと、
僕に肉じゃがを手渡して楽しげに駆けるように隣の家へ向かいます。
おなご「美味しいんですよ、絶対に食べてくださいね。わたしの肉じゃが」
おなごはそれだけ言うと隣の家の扉を開け、パタムと扉を閉ざしました。
……手の中にはホカホカの肉じゃが。
そしてとりあえず、空界には肉じゃがなんて料理は無いのです。
……なにか勘違いしとるんじゃなかろうか、あのおなご……などと思ってしまいます。
まあよいでしょ、とりあえず腹が減ってることは確かだしこれは頂くとして。
いつの間に人が入り込んだのでしょう?
べつに霊的なものは感じなかったから霊ではないと思いますし───
彰利 「……?」
ぶつぶつと考えながら隣の家の前まで来ると、
家に表札のようなものが掘られていました。
なに勝手に掘ってんだあのおなご……などと思いつつ名前を読み上げます。
彰利 「掘ってあるくせに字が掠れてて読みづらいな……。えと……渚……涼香……?」
どうやら涼香さんというらしいです。
まあそげなことよりメシです。
結婚式以来、ロクなメシ食っていないのです実際。
パク、モグモニュ……
彰利 「オッ───こりゃウメ〜〜〜……」
トロリととろけるような肉と、ふっくらと味の染みたジャガイモが泣かせてくれます。
それらは僕の胃袋に吸収され、黒に咀嚼されてゆくと、
黒たちも美味しさに歓喜の躍動をしているようでした。
彰利 「……?」
けどなにかの違和感を感じました。
でも気の所為です。
僕はあっという間に器をカラにすると、途端に眠くなったので眠ることにしました。
───……。
……。
翌日、僕は器を返そうと渚さん家の涼子さんの家のドアを叩こうと───
悠介 「……モーニン」
彰利 「おや?悠介でねが。もう復活したん?」
悠介 「昨日また襲われて……それで」
彰利 「ショック療法ってヤツっすか……ご苦労さまです」
悠介 「ああいや、いい……いい加減腐ってても始まらない。
ところでお前、そんなところノックしてなにするつもりだ?」
彰利 「なにってこの器を返しに───オワッ!!」
改めて器に目を移した僕は、驚愕と悲鳴とともに器を落としてしまいました。
何故ってその器には、芋虫から蛆虫、ムカデがごっそりとくっついていたからです。
彰利 「な、ななななんじゃこりゃああああああーーーーーーっ!!!!!
そんな馬鹿な!昨日見た時は確かに新品だったのに!!」
食べ終えたのち、器を返さずに置いておいた器は確かに綺麗だった筈でした。
しかし夜が明けるとともにムカデやらといった害虫がびっしり付着している上、
器はところどころがひび割れて、汚らしいものだったのです。
彰利 「すげぇ……一日でここまで風化しかけるとは……。
空界の器ってモロイんだなぁ……」
悠介 「たわけ、空界に芋虫や蛆虫やムカデが居るか」
彰利 「───あ、そういやぁ……」
単純なことに気づきました。
つまりあのおなごは僕に気づかれずにそっと、ドッキリ大作戦をしたのです。
僕が寝ているのをいいことに、
ムカデと蛆虫入りの器と新品の器を交換していったのでしょう。
わざわざ地界の害虫を持参してくるなんて手の込んだドッキリです。
でも肉じゃがは美味しかったので許します。
恐らくドッキリはその迷惑料に違いありません。
彰利 「……んじゃ、今日も元気にメルヘン撲滅運動に励みますか〜っと」
悠介 「厄介だよなまったく……。よりにもよって竜族と交配して産まれたメルヘンと、
幻獣と交配して産まれたメルヘンがメルヘンの里のボスになってるなんて……」
彰利 「結局メルヘンなんだけどね……」
こうして僕らは肉じゃがの話もそこそこに、メルヘン撲滅運動へと出かけました。
───……。
……。
───コンコン。
彰利 「う……む……?」
そしてその日の夜。
僕がぐっすりと眠っていると、再びドアがノックされたのです。
声 「また作りすぎちゃったの。食べてくれる?」
どうやら涼香さんがまた来たようです。
でも勘弁です、今日は怪物メルヘンの予想以上の強さに翻弄されて疲れているのです。
油断してたらボコボコにされた上、物凄い速さで逃げやがって……
声 「居るんでしょ?開けてよ」
ウムムム〜〜〜ッ、腹は減ってないし寝ていたいんだよコンチクショウ……。
大体なんだってこんな夜中に肉じゃがなんでしょうか。
作りすぎちゃった、って……作る時間考えろタコ……そんな気分です。
───コンコン、コンコン
ウムム……しつけぇです。
でも僕はもう寝ると決めました。
大体昼時、隣の家を開けてみても誰も居やしなかったのです。
恐らく原中か晦家の人々の嫌がらせです。
肉じゃがは美味しかったのですが、今はそれよりも眠りたいのです。
───などと思っていた時です。
声 「開けろぉっ!!」
ドンドンドンドンドン!!!
彰利 (オワッ!?)
突然、彼女は荒々しくドアを叩きだしたのです。
もう訳が解りません。
勝手に作りすぎたくせに食わなかったら逆ギレなんて、なんて迷惑な人でしょう。
もう知りません、僕はシカトして眠ることにしました。
───……。
そうしているうちに涼香さんは去り、
あまりの騒音に眠れなかった僕はようやく安眠へと───
───コンコン。
……旅立てませんでした。
喧嘩売ってんのかあの逆ギレ女……。
声 「居るんでしょ?出てきてわたしの肉じゃが食べて。美味しいのよ?」
彰利 「………」
声 「居るのは解ってるのよ?ほら、出てきて食べて」
彰利 「………」
声 「………」
……諦めたか?
声 「開けろぉっ!!」
ドンドンドンドンドン!!!
彰利 (ぐっは!まただよ!!)
声 「開けろ!開けろぉっ!!」
ダンダンダン!!ドゴン!ドガンッ!!
彰利 (はぁあ〜〜っ……!!う、うるせぇ……!!)
困りました。
彼女はどうやらそうまでしてまで僕に肉じゃがを食わせたいらしいです。
恐らく作りすぎて自分でも食べきれない分を俺に処分しろといいたいのでしょう。
困りました、なに考えてんでしょうかあの女は。
さすがの僕もやさしいだけじゃ居られなくなりそうです。
でも僕は我慢します。
ここで出て行ったら付け上がりそうな気がするからです。
なんて思っていた時です。
───ガチャア。
彰利 「!?」
なんと、無断でドアを開けて入ってきやがったのです。
僕はあまりの無礼さに怒りを燃やすと、即座に立ち上がって明かりをつけました。
ですが───
彰利 「───!?な、なに!?おらんたい!」
確かに家の中に侵入してくる音さえ聞いたというのに、
涼香さんの姿は何処にもありません。
これは一体どういうことなのか……
彰利 「こりゃいったい───む?オワッ!!?」
僕は大変驚いてしまいました。
何故って、僕が寝転がっていた布団の枕元に、
ホカホカと湯気の出る、蛆虫満載のサツマイモが盛られた器が置いてあったからです。
彰利 「……最近の料理人ってスゲェエエんだなぁ……」
僕に気づかれずに一瞬にして蛆虫満載のサツマイモを置いてゆくなんて……
彰利 「忍者?」
でも僕は本気で食えそうにないし、そもそも食わん。
今回はラップも使われていなかったので保存のしようが無いと断じて、
家の外に出るとサツマイモを遠い遠い景色の果てへと遠投しました。
や、ラップしてあっても保存なぞせんけどね?
───……。
しかしその一時間後。
声 「開けろぉおおっ!!!!開けろぉおおっ!!!」
食わずに投げ捨てたのがバレたのでしょうか。
涼香子さんは再び現れ、ドアを叩きまくってるのです。
あれだけ五月蝿いのに三人の妻が起きないのが不思議なくらいです。
声 「開けろオラァーーッ!!居るのは解ってんだぞてめぇ!!
肉じゃが食えっつってんだろがオラァアーーーーーーッ!!!!」
ドガシャドガゴガドッガァンッ!!!!
彰利 「どんな腕力で殴っとんのですかアータ!!」
声 「───……なんだやっぱり居るじゃない。わたしの肉じゃが、食べて?」
彰利 「要らん!!迷惑だから失せなさい!!」
声 「……なんだとてめぇ」(ボソリ)
彰利 「いやちょ───今物凄いこと言わなかった!?」
声 「いいから食べて?わたしの肉じゃが」
彰利 「要らんと申しておる!引け!腹など空いておらぬわ!!」
声 「……次は無ェ。食えコラ」
彰利 「なんでそんなに男らしいの!?と、とにかく要らんもんは要らん!!失せろ!!」
声 「………」
気配が去ってゆく───助かった。
まったく、これでようやっと寝れるわい……。
……などと思った俺が馬鹿でした。
───……。
コンコン。
彰利 「てめぇこれで何回目だ!?なんで一時間ごとに来るんだよ!!
いくら温厚な僕でも怒るぞ!?つーか怒ってる!!
俺は睡眠と楽しみを邪魔されるのが一番嫌いなんだよ!!」
声 「わたしの肉じゃが、食べて?」
彰利 「いらねぇっつーのに!!分量くらい考えて作れタコ!!
キサマのような無礼千万の輩の製作物など食いたくもないわ!!」
声 「いいからまずはここを開けて?そうしたらわたしが食べさせてあげ───」
彰利 「要らん!!」
声 「そんなこと言わずに」
彰利 「要らん!!」
声 「わたしの」
彰利 「要らん!!」
声 「テメ……!」
彰利 「要らんっちゅーに!!消えろタコ!!」
声 「……!!覚えてろよてめぇ……!」
気配が去ってゆく。
けどなんでしょう……訪れるたびに涼香さんの雄度が増しているような気がします。
なんか『テメ……!』とか言ってたし……。
やだよもう……僕もうゆっくり眠りたい……。
───……。
……。
彰利 「ううっ……なんでだよぅ……なんで……!!」
そしてまた朝が来て夜が来ました。
僕は昼のうちに悠介くんやみさおさんや中井出くんに泊まらせてくれと頼んだのですが、
誰も彼もがあれやこれやで僕を拒絶するのです。
彰利 「なんでみんな受け入れてくれないんだ……。
このままじゃもう……帰る場所があそこしか……!!」
いい加減ストレスと寝不足が重なった僕は、相当にやつれています。
満足に食事も喉を通らない状態です。
だってのにあのタコは毎日毎日来て肉じゃががどうのと……いい加減キレそうです。
彰利 「……あれ?でも待てよ?」
こんな状況、前になにかで見たことがある。
確かアレは……『怪奇まんだら』の第一話し合たりで───
あ、そうそう!あれにちゃんと出てきてた!『渚涼香』とかいうおなごが!!
自分の肉使って作った肉じゃがを無理矢理隣に住む男に食わせ───
彰利 「……自分の肉?ヴゥウェッ……!!」
ドッコリとキました。
吐きそうになると『ドッコンッッ……!!』とキますよね。
どうしましょう。
僕は彼女の肉を食ってしまったからこそこうして付きまとわれているのです。
確かまんだらにもそう書いてありました。
そして彼女が霊であり、お札で退けられることも。
でも妙です。霊的な存在であれば、死神王である僕を避ける筈なのですが。
彰利 「グ……グウウ〜〜〜ッ」
どうしたものでしょう。
このままではいずれ、強襲されてしまいます。
ていうかもういい加減のんびり寝たいのです。
彰利 「……しゃあない」
効くかどうかは解りません。
けど一応晦神社から持ってきたお札を壁などに貼ることにしました。
もちろん『怪奇まんだら』での盲点、天井にもお札を貼っておきます。
まんだらさんの主人公は天井に張り忘れた所為で襲われたのです。
ですから僕はその轍を踏まないようにきっちりと貼ったのです。本当です。
彰利 「はふぅ、これでゆっくり眠れる───筈」
どうか僕に晦神社の加護があらんことを……。
───……。
……。
彰利 「すみすみすみすみ……」
コンコン───
彰利 「……グ、ムム……?」
で、夜中にまたノック。
最近音に敏感になってしまった僕は、
小さな音でも起きてしまうようになってしまったのです。
ですが今日は───
声 「あれ……今日は居ない()んだ……。
せっかく作りすぎたから持ってきたのに……」
……『せっかく作りすぎた』ってどういう言葉なんだろう。
わざとかテメェ……。
───ですが、『居ない』と判断してるからには、一応お札は効いているようです。
声 「最近は置いておいても食べてくれないみたいだし……
今日はいつもよりとても上手に作りすぎたから……わたしの肉じゃが───」
待ててめぇ……上手に作りすぎたってなんだよ……。
やっぱりわざとだろこのタコ……。
声 「食べさせたかったのに!!」
ドガンドンドガゴガシャドゴシャッ!!!
彰利 「!?」
なにやら物凄い腕力を以ってドア殴ってます!
八つ当たりってやつですか!?
声 「なんで居ねぇんだよてめぇ!!食えてめぇ!!
人がせっかく作りすぎてお裾分けしにきてんだぞコラ!!
わたしの肉じゃが食え!!美味ェエエんだぞ!?」
また逆ギレです!もう勘弁してください!!
ていうかドアに貼ったお札が剥がれそうです!あまり強く殴らないでください!!
───……シン……
彰利 (……?さ、去った……?)
気配が消えました。
これで……これでようやく終わったのでしょうか。
でも解りません、また一時間後に来るかもしれないのです。
ですがもういいです、まずは休みましょう。
正直少しずつでも休んでおかないと身が保ちません。
───ドンドンドンドンドンドン!!!
彰利 (うひゃあっ!?)
声 「ちくしょおおーーーーーっ!!!なんでこの家天井裏が無ぇんだよ!!
これじゃあ覗けねぇだろうが!!居ねぇのか!?本気で居ねぇのかコラ!!」
なんて自己中心的な霊(?)なんだあの野郎……。
僕はかつて、ここまで無礼な霊など見たことは無いと思います。
声 「……チッ、命拾いしたなぁ小僧……」
なんかもう涼香さんが完全にヤクザモンになってます……。
霊って怖いです。
人格変わりすぎです。
でももう寝ます、今度こそ寝ます。
気配は去ったし、今度こそ───……などと思って寝返りを打ったときです。
ズゴゴゴゴゴゴ───ゴボォッ!!
地面から、ダルシムのドリルヘッドの要領で削岩してきたらしい涼香さんが、
石の床から顔だけ出して僕を見たのです。
涼香 『なぁんだ、居るんじゃない……』
彰利 「ほぎゃぁあああーーーーーっ!!!!」
その時の僕の恐怖指数は尋常ではなかったと思います。
もう『彼は床にだけお札を貼り忘れてしまったのです』とか、
そんな暢気で馬鹿なことを言ってる場合じゃあありません。
というかそもそも、地面を頭の回転だけで掘り進んで侵入してくる幽霊なんて知りません。
叫ぶなというほうが土台無理な話です。
涼香 『ほら……食べて……?わたしのお肉の肉じゃが……』
涼香さんは床から頭だけ出した状態で、頭だけギュイイイイイと回転させながら言います。
まるでドリルが回転するような音が本当に鳴ったのです。
危うく僕は恐怖よりも笑撃が勝って笑い転げるところでした。
というか彼女は中途半端に顔だけ出したため、
体が地面に痞えて出てこれなくなったみたいです。
涼香 『………』
彰利 「………」
……とりあえず……キュポン。
彰利 「とりあえず……『肉』だな」
涼香 『そう、わたしの肉じゃが美味しいのよ?だから食べ───』
キュキュキュ、キュキュッ、キュ〜〜……
涼香 『あっ!てめぇ!!なにしやがる!!』
彰利 「額に『肉』を書いております!!つーかなんでそんなに雄々しいの!?」
涼香 『出せえぇええっ!!出せえぇえええっ!!!!』
彰利 「ククク……出すと思ってるのかカスが……!!
貴様の所為でこの数日、どれほど苦しい目に合ったか……!!
何処の誰だか知らねぇが、この俺にちょっかい出したこと……後悔させてやる」
涼香 『やめろぉおおおおおおおおおおっ!!!!!』
僕は涼香さんの首周りの床にお札を貼って、消えて逃げられないように封印しました。
さらに芸術精神を高鳴らせると、
涼香さんのフェイスに幾重ものアートを書き連ねていったのです。
───……。
……。
そして翌朝。
僕は徹夜をして真っ黒に染まった彼女を見て満足げに頷きました。
もはや彼女の顔で、インクが走ってない場所など無いのです。
油性ですから取れませんし、しっかりと歯も真っ黒にしてやりました。
これで彼女は『まんだら幽霊』というよりは『お歯黒べったり』です。
彰利 「ホレ涼香さん!『あな口惜しや〜〜っ!!』って言ってみれ!ほれ!!」
涼香 『しくしくしくしくしく……』
涼香さんはブラックフェイスになった自分を、
先ほど我輩が用意した鏡で確認した途端に泣き出しました。
一応それなりの意思はあるようです。
ですがどれだけ泣いてもこの真っ黒インクは取れません。
彰利 「貴様はこの僕の睡眠の邪魔をした!そこで反省しとるがよかとよ!!」
涼香 『出してぇえええ〜〜〜……』
彰利 「断る!つーかキミどっから来たの!?何故僕を狙ったのだ!!
それが言えれば考えなくもない!!」
涼香 『へへっ……俺ゃこう見えてもプロだ。依頼人を明かすほど腐っちゃいねぇや』
彰利 「腐ってるだろうが!!主に性根と体が!!」
ていうかもうこいつなんなの!?
女なのは確かだけど口調が物凄く悪ぃ!!
怪奇まんだらの幽霊でももっと落ち着いてましたよ!?
彰利 「……しゃあない、幽霊でも人でもないこいつ……解らないなら解るまでだ」
モシャファアと息を吐いて、僕は家から出ました。
そして既に起きて早朝トレーニングをしていた悠介くんを引っ張ってきて、
地面から突き出た生首の分析を任せます。
悠介 「……で。なんなんだ?この黒い物体は」
彰利 「マグナスと俺の、徹夜共同作業の産物だ。ごめんウソ」
悠介 「何が言いたいんだお前は……」
言いながらも分析を開始してくれる彼はいい人です。
悠介 「ン───……あ、あ〜あ……なるほど」
彰利 「なにか解ったん!?」
悠介 「コレ、アレだ。神界から送られてきた『創造物』」
彰利 「……つーと葉流神様かよ……」
悠介 「一応時間干渉魔法でこれまでのことも見てみたけど───
葉流神様が咲桜への日頃の仕返しをしようとして創造した物体らしい。
なんで選ばれた復習方法が『怪奇まんだら』なのかは解らないけど、
一応驚かせたり怖がらせたりすることには成功したらしいから用済みになったが、
どうにも……妙に『意思』を持っちまったらしく、
邪魔になったからお前のところに送ったらしい」
彰利 「時を越えて葉流神様を丸飲みしてきていい……?」
悠介 「やめとけ。で……お前さ、こいつのこと吸収したりしてないよな?」
彰利 「ウィ?あ、いや……そういやあこいつのお肉で作られた肉じゃがを食っちまった。
けどそれがどないしたんや?」
悠介 「………」
悠介くんは天井を見上げながら顔を手を覆いました。
属に言う『あっちゃぁ……』的なポーズです。
悠介 「キッパリ言うけど、
こいつには神界のカミサマが『黒き意思』ってのを埋め込んでる。
黒に吸収されても自分の自我を完全に持ってて、
お前が出すまでもなく自由に闊歩するっていう嫌な意思だ」
彰利 「よし悠介、全ての力を最大解放して神界ツブシに行こう。
キミが居れば兆人力さ。何も怖くない」
悠介 「だからやめろというのに……。
向こうがその気なら、こっちもプレゼントを送ればいいだけだ」
彰利 「プレゼントって?」
悠介 「グランベヒーモスメルヘンとドラゴンメルヘン」
彰利 「……キミ、中々ヒドイこと考えますね」
悠介 「モミアゲ馬鹿とタイヤキ野郎と、そんでもってこの肉じゃが馬鹿のお礼だ。
きっと快く受け取ってくれる」
彰利 「よっしゃ。そうすりゃメルヘン撲滅運動も少しは捗るわいな。
じゃったらこがあなところでボ〜っとしてるのもアレじゃ、
早速行くとするかい。……メルヘンを神界に送った後、俺、家を移動しますわ」
悠介 「そうしとけ」
こうして僕の眠れぬ夜は終了しました。
僕はその日以来、妻たちに襲われん限りは平和な夜を過ごしています。
けれどある日、この肉じゃが馬鹿を脅かし役として使えないかと思った僕は、
お札だらけの元我が家を開けて彼女を黒で食らいました。
……その後、中井出くんの様子がヘンになりました。
聞くところによると、
謎の女にマウントポジションを取られて無理矢理『人肉肉じゃが』を食わされたんだとか。
その日を境に中井出くんが肉じゃがを嫌いになったのは……言うまでもありません。
【ケース93:弦月彰利(再)/空の日常】
───そうして、僕らに新しい朝が来ました。
神界にはキッチリとグランベヒーモスメルヘンとドラゴンメルヘンを送り、
僕の心もスッキリサワヤカです。
どうして悠介が妙に時間軸を気にしてから
メルヘンどもを時空転移させたのかは知りませんが、
とりあえず神界へのゲートはスッピーがしっかりと開いてくれました。
時間的に言うと、
肉じゃが馬鹿が送られてきた時代から三年後あたりの神界に送ったとかなんとか。
僕にはまったく理解出来ないことだったのだけれど、
スッピーやオリジンやゼクンドゥスと念入りに先のことを考えた彼は、
『肉じゃが馬鹿を送ろうと判断した張本人は神獣王である』という結論に辿り着くと、
スッピーによる神獣王の存在を念入りに聞き、
そうしてからメルヘンどもを送り出しました。
神獣王っていうのは神界に生息する神獣の長らしく、とても力の強い存在なのだそうです。
神たちの王である神王はべつに居て、
遥か昔に殺されたとされる神王の後釜は既に存在しているんだとか。
こういう時、神界を知っている人……というか精霊が居ると便利です。
さて───そんなこんなで……僕らは平和な時を生きています。
僕は予定通り妻の三人と聖に鎌の昇華をさせるための訓練方法を教え、
悠介は再び人間となったシュバルドラインと将棋を指しています。
なんでも知性竜なら強いんじゃないかという単純な考えからの提案だったそうで、
詳しく念入りに説明したのちの初めての対極で、悠介は惨敗してました。
そして僕と他のみなさんは大変驚いたのです。
だってあの悠介が『将棋で負けた』のです。
僕は何度も目を疑いました。でも事実は事実で───
今現在、悠介はシュバルドラインと熱い将棋バトルを繰り広げています。
現在の悠介の戦績は12戦4勝8敗。
実に勝つことが難しいらしい。
さすがは知性竜と感心しまくりの状況です。
───パチン
シュバルドライン「王手」
悠介 「ぐあ……」
ああ……いえ、13戦4勝9敗になりました
それでも千里眼で先読みをしたりしないのは、彼の将棋に対するプライドでしょう。
彰利 「はいよいですか?
まずは自分の中の死神を好きな時に呼び出せる程度まで慣れてもらいます」
夜華 「わたしはもういつでも呼び出せるが……」
彰利 「ウィ、夜華さんはとても優秀ですね。春菜に粉雪に聖はどうですか?」
春菜 「んん……根性悪みたいで、呼びかけても出てこないんだよね……」
粉雪 「わたしも……」
聖 「わたしも……」
彰利 「ぬう……ならば仕方あらず。ちと痛いですが我慢なさい?」
未だ死神を具現できていない彼女たちの額に手を当てると、
僕は死神王としての力を行使して無理矢理死神を具現させます。
すると、着衣が黒衣に変わるその場の面々。
春菜 「う……わぁ……」
粉雪 「し、死神を具現するって……とんでもないことなんだ……」
聖 「すごい……力が溢れる感じ……」
彰利 「その力に飲み込まれんように気をしっかり持つこと。
まずはそれに慣れてもらうけぇ。
夜華さんはそっちの方には慣れてるから、次のステップに参りましょう」
夜華 「あ、ああ」
春菜 「………」
粉雪 「………」
聖 「………」
彰利 「睨む暇があったら慣れてみせなさぁい?そしていい加減目覚めなさい」
春菜 「……すぐに追いついてやる……」
粉雪 「彰利を独り占めになんてさせないから……」
聖 「わ、わたしだって……」
夜華 「ば、ばばば馬鹿を言うなっ!
わたしはべつに彰衛門を独り占めにしようなどとは……!!」
春菜 「へー」
粉雪 「ふーん」
聖 「………」
夜華 「うぐ……」
彰利 「遊んどらんとちゃっちゃとやる!!」
彼女たちはそれぞれがそれぞれに対抗意識を燃やしているようで、
夜華さんはそれに対してよい刺激になってくれているようです。
彰利 「さて夜華さん?
これから貴方に教えますのは鎌の力を第二段階に昇華させる能力、即ち始解です」
夜華 「以前にも言っていたな。確か、鎌の力だけではなく、
鎌の所有者である『死神』自体を力として鎌に流すんだったな?」
彰利 「よく覚えておりました、その通りです。
ではまず死神自体の具象化をしますか」
夜華 「具象化?なんだそれは」
彰利 「死神を『自分の中に出現させる』のではなく、『自分の外に出現させる』のです。
それが具象化。たとえば───」
意識を集中させる───と、
僕の隣にレオ=フォルセティーが出現します。
彰利 「ね?これが俺の死神、レオ=フォルセティーです。
彼自身を力として鎌に埋め込んだ状態を始解って言って、
この場合は“総て混沌に凶る未来”、カオスヴィライナス。
さらに、その状態の鎌の力を完全に屈服させた状態を卍解。
それが“闇黒の運命”、ブラックンド。
俺自身の鎌のこととなるとちと複雑なんだけど、
俺自身の鎌、アンリミテッドブラックオーダーの持ち主たる死神ってのは、
事実上俺自身なわけでさ。だからこれの始解卍解は自分自身を知ることにあった。
つまり死神自身が卍解に至るには己自身をよく知ることが必要であり、
月の家系の存在が卍解に至るためには、自分の中に居る死神をよく知り、
屈服させて、思うさまに操れるようにならなきゃいかんのです」
夜華 「……難しいな」
彰利 「挫けなければ出来ますよ。それに夜華さんは『風』を知っています。
強さ的には自分の中の死神を越えていると思いますし、
多分卍解自体そう難しいものではないかと」
夜華 「そ、そうなのか?じゃあ───」
彰利 「いえ、焦ってはダメです。まずは始解から」
夜華 「む……あ、ああ。すまない、焦りすぎたな」
すーはーと深呼吸をする夜華さんを前に、僕はウムスと頷きました。
では、まずは始解が出来るかどうかを───
───……。
……。
シュッ───キィンッ!!
夜華 「───つぅ……、っ……!!はぁ……!」
彰利 「………」
始解……完了。
僕はあまりの出来事に大変驚きました。
夜華さんはあっさりと始解を完成させてみせ、
ただの黒い刀だった炎紅諡が長い刀───野太刀並の黒長刀へと変化しました。
名前は始解を発動させた夜華さん自身でなくては解りませんが───
おいどんがコピーすりゃあ、すぐに解ります。
でもまあ、それは皆様が卍解に至ってからにしましょう。
彰利 「夜華さん、アータ人が苦労して辿り着いた道をなんだと……」
夜華 「そうは言われてもな……出来てしまったものは仕方が無いだろう」
黒い刀身をヒュンと一振りし、風圧で庭園の草を切り払った夜華さんは溜め息を吐いた。
……すげぇ、才能だなんて言わないけど、夜華さんすげぇよ。
だけど夜華さんの死神への耐性を見るに、
どうやら今辿り着けるのは始解までのようでした。
ならばこの状態でレッツ修行!!
彰利 「悟空!修行じゃ!」
夜華 「ご……?なんだそれは」
彰利 「ノリです!さあ悠介!黄昏を創造しておくれ!?
僕はその中で精神と時の部屋のような時間とともに修行してくっから!」
悠介 「…………ああ……」
パチン。───……僕が彼を見た時、丁度彼は王将を取られているところでした。
───……。
……。
彰利 「ではこれから、この黄昏の世界で鍛錬してもらいます。お覚悟、よろしいか?」
夜華 「よ、よろしいぞ」
彰利 「………」
まさか『よろしいぞ』と返されるとは思わなかった。
かなり緊張しているらしい。
彰利 「まあまあ、そう硬くならんと。
まずはその長刀に慣れてもらうために、実戦訓練をしてもらいます」
夜華 「実戦?どうやってだ」
彰利 「俺がランクごとにモンスターを出していくから、それらを倒してみせてくだされ。
全部黒から出すから、貯蔵は十分だし枯渇も無い。
安心して切り刻めるし、傷ついても回復しまっせ」
夜華 「……そうか。それなら全力で戦えるというわけだな」
彰利 「そゆことです。ではいきますよ?まずはブレイバーレベル8、ゴブリン」
夜華 「よし」
こうして、僕は夜華さんに付き添って実戦訓練をすることとなったのです。
ヒュバゾパァンッ!!
ゴブリン『アギ……』
……勝負は一瞬でつきましたが。
夜華 「……弱すぎる。が、自分の力と速度を見るのには丁度いい」
彰利 「そかそか。じゃあ次、ブレイバーレベル12、リザードマン」
夜華 「……よし」
ランクから見ても低い部類に位置するリザードマン。
だけどそのランクは全体的なものを見たのみのもので、
リザードマン自体は決して弱くない。
極端に魔術系統の攻撃に弱いだけであって、白兵戦では相当な強さを発揮する。
事実───ギヂィンッ!!!
夜華 「つ───!?」
ゴブリンの弱さに心に余裕を持っていた夜華さんの刀技を、なんなく弾いてみせた。
始解に達しているなら負けることはほぼ無いが、
だからといって油断していて勝てる相手でもない。
夜華 「くうっ!?───はっ……速い……!!」
リザードマン『ケアアッ!!』
ヒュフォンフォンフォンッ!!ギィンギィンガィンギヂィイインッ!!!!
振るわれる四連撃を弾く夜華さん。
その表情は驚愕に染まっている───が、もう理解は出来た筈だ。
戦いには相性ってものがある。
どんな存在にだって得意不得意はあるのだ。
リザードマンが魔術を一切使わないように、
魔術は苦手だが剣の道に生涯を張っている。そんな覚悟を、簡単に倒せるわけがないのだ。
夜華 「くっ───そこだ!!」
リザードマン「ケアァッ!!」
フオッ───ギヂィン!!!
夜華 「なっ───!?」
確実に仕留められると思っての一撃だったのだろう。
夜華さんのショックは相当なものだった。
だが───それもそう長くは続かない。
相手を強敵と受け取った夜華さんは酷く冷静に構え、
ひと呼吸すると全力で潰しにかかった。
『風』を受け入れない全力だ、当然『剣術』や『刀技』の差で勝負は決まる。
そこへ来れば日々鍛錬を欠かさない夜華さんが早々遅れをとる筈もなく。
長い剣戟の末に見い出した一瞬の隙を突いて、
夜華さんはリザードマンを打ち倒すことに成功した。
夜華 「……ふぅ」
夜華さんは汗を拭いながら息を吐いた。
汗の割に息が乱れていないのは、鍛錬の先に見い出せる賜物、というやつなのだろうか。
彰利 「続きやるの?」
夜華 「ああ、まだやれる」
彰利 「そうこなくっちゃ」
俺は人造人間18号のような言葉を吐くと、黒からモンスターを出現させた。
───……。
……。
彰利 「……ふむ。『風』無しの刀技のみで辿り着けるのはミル・リザードマンまで、と」
夜華 「………」
黄昏の草原にぐったりと倒れ、疲弊しきっている夜華さんを見下ろす。
彰利 「ダイジョブ?」
夜華 「だ、大丈夫だ……」
訊いといてなんだけど、そうは見えなかった。
彰利 「いンやぁ〜、結構いいところまで行ったのにねぇ。
何故に『風』を使用しなかったんで?」
夜華 「相手がその身ひとつで向かってきてたんだぞ。
あれは剣士の目だった。だから己の力で戦ってみたかった」
彰利 「……ナルホロ」
夜華さんも闘士ですなぁ。
ん〜だばまずはじっくりと体作りから始めますか。
死神の状態で体を鍛えれば、外見的な変調なぞ出てこないはずだし。
そろそろこちらを睨んでる春菜と粉雪と聖の視線が怖くなってきたことだし、休憩挟んで。
───パチン。
悠介 「王手」
シュバルドライン「ぐっ……!!」
彰利 「………」
あちらはあちらで地味に熱くなってるようです。
ほんに楽しそうでなにより。
こちらもせめて睨むことくらいやめてくれりゃあよいのですがね……。
───……。
……。
───……そうして、修行し続けて秋が終わって。
空界と地界の時間のズレが逆転した頃。
リオナ「つ、晦っ!やったぞ!!ウィンドマテリアが出来たぁっ!!」
お食事中に、庭園にリオナ嬢の歓喜の声が響き渡った。
リアナ嬢は騎士として迷惑をかけているモンスターの討伐に出かけているそうで、
そういう隙を見計らっては錬金術の練習に来ていたリオナ嬢。
その努力が、ついに報われる時が来たらしい。
……ウィンドマテリアの練成以外はクソみたいなものらしいけど。
悠介 「お───そっか、おめでとう」
リオナ「あ、ああっ!これでリアナに胸張って居られる!
晦から譲ってもらったウィンドマテリアを渡した時から、
ずっと後ろめたかったんだ……!これでようやく安心出来る……!」
純度100%のソレが出来たことを、リオナ嬢は本当に喜んでおりました。
大した話もせずに、王国へと戻っていくくらいです。
彰利 「元気やのぉ……ってそういや悠介。
キミ、この前何日か居なかったみたいだけど。何処行ってたん?」
悠介 「ん?ああ、この剣を探しにな。リアナの思い出の剣だ。
散々探し回って、リノリアの町の外れで見つけた。
ヘンな酔っ払いのおっさん剣士が所有しててさ、散々金ぼったくられたよ」
彰利 「いくらくらい?」
悠介 「150G$」
彰利 「ひゃっ……!?おいおいおいおいおいおい!!そりゃぼったくりすぎでしょう!」
悠介 「『譲ってくれだぁ?俺ァこの剣気に入ってんだよ。
譲ってほしかったら150G$を即金で出して見やがれ』って言ったからさ。
望み通り出してやったら腰抜かしてた。ああ、アレは笑ったな」
彰利 「で、そのおっちゃんは?」
悠介 「欲の皮広げて200G$出せって言ってきたから喝入れてきた。
そうしたら快く剣を渡してくれたぞ。
……まあ、予想通り手入れなんざ行き届いてなかったけど」
あ……やっぱり。
酔っ払いのおっさんが剣の手入れなんて満足に出来るわきゃないって。
彰利 「で?どうするん?手入れはするのかね?」
悠介 「いや。手入れはしない状態で渡すつもりだ。
というか今日、リオナに渡してもらおうと思って出しておいたんだけどな。
あのたわけ、人の話も聞かないでさっさと行っちまった」
彰利 「あいやー……」
悠介 「お前の方はどうなんだ?教え子の鎌の昇華は出来そうか?」
彰利 「今ンとこ全員始解には辿り着いたよ。
俺みたいにヘンに根性曲がってないから飲み込みは早いみたいでござる。
俺も最初っから努力の使途だったら、
もっと早い段階から昇華出来たんだろうなって物凄く後悔した」
悠介 「そか。で、もう一段階の昇華は?」
彰利 「夜華さんが一番出来そうな感じさね。
日頃から精神鍛錬と身体の鍛錬をしてた所為かな、
集中力が高いから本当に飲み込みが早いんだわ。
……未来の神社の境内で泣いてたあの頃とは比べ物にならんわな」
悠介 「ああ、そりゃあ───」
彰利 「?ああ」
言いかけて、少し苦笑する悠介。
その理由は俺も解ってる。
彰利 「誰にでも寄りかかる人ってのは必要ってことだね。
こんなことを平凡に話す日が来るとは思わなかったけど」
悠介 「そうだな。拠り所が無くて当然みたいな生き方してきたからなぁ。
でも、今はこうして何に遠慮することなく心を休められる時間がある。
拠り所って意味では───俺とお前はそんな関係にあったんだろうけど」
彰利 「じゃなけりゃ親友やっとらんよ。
お互い必要だって思ったから命懸けで未来を譲り合ってきたんだから」
悠介 「……思えば、シャレにならんことばっかりだったな。
自分の人生が命懸けだらけのものだなんて予想もしなかった」
彰利 「だぁねぇ。ガキの頃は生きるだけで大変で、成長してからはゼノが強敵で、
未来開いても馬鹿逝屠に襲われて、俊也ンところで次元に消されそうになって、
未来の天界ではマルドゥークに殺されかけたし───
ああ、椛にも殺されかけたことがあったっけ。
娘の嫉妬で殺されかけるなんて悪夢的でステキですな」
悠介 「そうか……?」
彰利 「ごめんウソ」
ステキだなんて冗談でしか思えません。
ありゃシャレになってなかったし。
彰利 「あとは……レオとのバトルかね。
実際、南無方面の時間軸では俺、レオに殺されてるわけだし。
あとは───思い出したくもない、空界初心の頃か。
やぁ、懐かしいなぁ。ベヒーモスに半コロがしにされたっけ」
悠介 「そんな、サワヤカに語られてもコメントのしようがないんだが」
彰利 「しゃあないじゃん!こうでもしないと語ってられんよ!!
キミだっていきなりシュバルドラインと戦うなんて無茶してたじゃん!!」
悠介 「それこそ仕方ないだろうが!!逃げられるもんなら逃げてたわ!!」
彰利 「……それが、彼の道を大きく変える出来事だったとは。
彼はその時、思いもしなかったという……」
悠介 「ぐっ……確かにあれがきっかけで、竜との関係が深まったわけだが……!」
彰利 「そうそう、ディル殿が居なかったら緑のおっちゃんに認められなかったわけだし。
緑のおっちゃんに認められなかったら、
寿命の泉に浸かることなんて無かったわけだし。
よ〜するにキミの竜としての道は、
シュバルドラインを倒した時から始まってたってわけだね」
悠介 「その『道』からは逃げることも出来たんだろうけどな」
彰利 「バッケヤラァ。そこで逃げてたら、思念が天地空間滅ぼしてたわ。
なんだかんだで、空界での出来事はいろんなものがプラスに働いたんじゃよ」
悠介 「お前がナスになったこともか?」
彰利 「ウィームッシュ!!お陰で努力のスバラシサを知りました!!」
悠介 「お前がロビンになって蟹股フルチンで回転してたこともプラスか?」
彰利 「……あ……いえ……忘れてください……」
悠介 「………」
なんとも微妙な空気がその場に溢れました。
うう、ちくしょう……。
【ケース94:晦悠介/空の日常2】
───時間は随分と普通に過ぎる。
あれをこうしてくれだとか、これはああだったとか───
そんなことを言っていた時間が刹那に過去になる世界の下で、
俺達は今も飽きることなく空界に居る。
元より地界よりも住み易い場所であるため、それは当然なのかもしれない。
最初は危険ばかりが先に思考の中を走った場所でも、それに慣れてくると───
やがてリハビリを終えたように、いつでも笑っていられるようになった。
悠介 「振ってから戻すまでの時間が長いぞ。せっかくの二刀流が泣く」
リアナ「は、はいっ!」
それが普通のように修行して、それが普通のように笑い合って、
それが普通のように食事して、やがてそれが普通のように就寝と起床を繰り返す。
そうした季節の中、気づけば終わっていた地界の秋を思って俺達は小さく笑った。
彰利 「おっしゃもう少し!!ノー違います!!
『はっ……!』って感じではなく、『ふんぎんがぁああっ!!』って感じ!!」
夜華 「なんだそれは!!」
彰利 「兎丸くんです!!」
俺が空界に初めて降り立ってから、ほんの二・三ヶ月の時。
時を緩めた時間の中で修練したことも数えればキリがないけど、
たったそれだけの間に自分もこの世界も随分と変わった。
まだみんなが笑っていられてるわけじゃないけど、
いつか───この世界こそが、
親友が望んでいた『誰もが笑っていられる世界』になればいいなと思った。
春菜 「アッくん!卍解の手本見せて!ゆっくりと!」
彰利 「オッケーざますー!!よいですか!?まず屈服というものはですね───」
粉雪 「彰利がわたしたちの鎌をコピーして実践した方が早いんじゃないのかな」
彰利 「キミ、自分の卍解の姿、自分が初めて見ないで満足出来る?」
粉雪 「……やっぱり自分で発現させたいからいいや」
彰利 「うす、その意気です」
聖 「でもわたしのはもうパパが卍解しちゃったんだよね……?」
彰利 「アレは『俺流』の卍解です。屈服さえさせることが出来たら、
その時に自分が強く意識しているモノが能力に反映するからダイジョブよ。
同じ鎌でも卍解の姿は死神によってバラバラだってこと。
だから、聖ももっと頑張りなさい」
聖 「う、うんっ!!」
───……この世界にマナが満ち溢れてからしばらく。
俺は精霊たちにそれぞれ自分の領域に戻ってもらった。
心配だったイドもそれには頷いてくれて、
今は北の大地で世界に存在する『死』を見守っている。
サラマンダーも、砂漠に聖堂を構え直してその場に住み、のんびりと過ごしているそうだ。
他の精霊たちも俺とともに強くなることが出来たって言って満足していたし、
別れの時にはそこまで湿っぽくなることはなかった。
ただ───ウンディーネとウィルオウィスプは随分とやかましかったけど、
とりあえずは納得してもらうことが出来た。
みさお「彰衛門さん!わたしも鎌が使えるようにしてください!!
死神の王様ならそれくらいできるでしょ!?」
彰利 「ノー!!俺そういうの全く解りません!!
キミの場合神魔を扱えるんだから、
神魔を具象化するか屈服させるかしなきゃならんのでないかい!?」
みさお「……うあ……なんだか物凄い説得力というか……」
彰利 「キミの場合、神の要素も死神の要素も持ってるわけだからね。
だから神とか死神とかを具象化するんじゃなくて、
神魔を具象化せねばならんのです。
よ〜く考えてみると納得出来ることが確かにあった。
悠介もホレ、ソードとルドラっつーふたりでひとりの神魔を具象化してたっしょ」
みさお「あ〜……」
彰利 「ですからキミの中にもきっと神魔が居ます。
卍解できればかなり強力な能力が期待できるやもしれんから、
まあ頑張りなされ。鎌じゃなくて刀が出現するのも神魔の影響だろうし」
みさお「うう……」
なんだかんだで俺の側近とやらになったらしいジハードも、
今は自由にどこぞの空を飛んでいる。
正直側近だとかなんて思われたくないのだけど、ジハードはあれで根性が硬いらしい。
なにを言っても聞き入れてもらえず、
いい加減『言っても無駄』っていう暗黙の了解のようなものが完成している。
とはいえ、俺もたまに竜化して空を飛んで回ったりしているし、
そんな時に竜族に会うと、決まって『王だ王だ』と言われるもんだから、
最近自分がどういう存在なのか迷う時もある。
けどまあ、竜になって空を飛ぶと世界が変わる感があるため、ついやりたくもなるのだ。
シュバルドライン「王、将棋を指しに来た」
悠介 「───っと、悪いリアナ、休憩だ」
リアナ 「かはーっ!かはっ……かはぁっ……は、はいぃ……!!」
竜王たちが人間になったあの日以来、新鮮味を覚えたらしい竜王たちは、
時々人の姿にしてくれと俺に言ってくる時がある。
そうして空界人が住む町へ行っては、
人の在り方などを眺めて『人』という存在を知っていこうとしているらしい。
シュバルドラインなんかはもうずっと人間の姿のままで、
どっぷりとハマってしまったらしい将棋の勉強を続けている。
『今度盆栽を教える』と言ったら、ゼノの時よりも素直に頷いてくれたりした。
一番最初に死闘を繰り広げた竜王は、どうやら一番自分と趣味の合う竜王だったらしい。
彰利 「んじゃあ悠介に借りたマテリアで、
それぞれが得意とする属性ってモンを強化しましょ。
俺が闇で夜華さんが風。春菜が光で粉雪が時。聖が然でみさおが元、と」
粉雪 「わたし時属性なの?」
彰利 「先読みに長けた能力だからね。
それを身に着けてればもっと先のことまで先読み出来ると思う。
卍解の媒介にもなると思うし」
夜華 「わたしは風か」
彰利 「『風』に長けてるならやっぱそれっしょ」
春菜 「……どうしてかわたし、
死神化してても光属性って平気なんだよね。慣れかな」
彰利 「あっしにゃあ理解出来ない領域だけどね。
べつに光が聖なる属性ってわけじゃないし、俺が苦手なだけだから」
聖 「わたしは……自然?」
彰利 「静沈の力が扱いやすくなると思うでよ。ファイトだ聖」
みさお「で、わたしは元素ですか……参考までに何故ですか?」
彰利 「“月の家系”の始まりみたいな娘ッ子だから。
冥界の月の名を冠した“始まりの人”だからね、キミは。
全月操力が使えるし、無限月操力発生刀も持ってるじゃん。
実際、キミが刀身みたいなもんだし」
みさお「楽観的ですね……」
もちろん、精霊と別れる前にはカタチに残るものとしてマテリアを精製した。
ラインゲート分のマテリアが揃うと、工房の中が随分とマナで溢れたものだ。
そうした中でノートとオリジンに提案され、賢者の石の再練成も行われた。
『今の汝の実力なら確実に成功するだろう』と言われたそれは確かに成功し、
今俺の首にぶら下がっている黒紫色をした首飾りは、
より高密度に練成された賢者の石である。
練成時にラインゲートから属性を引っ張り出して埋め込むなんて無茶をしたわけだが、
本当に一歩間違えれば工房ごと消し飛んでいた。
とまあそれだけの力が凝縮された石なわけで。
使用には十分な注意が必要───というわけでもない。
今まで通り普通に使えるし、そもそも完全に俺にしか使えないように練成された。
悠介 「王手飛車取り」
シュバルドライン「ぬぐあっ……!!」
なにが変わったのかといえば、
いつでも全ラインゲート分の力を剣にエンチャント出来ることと、
そもそもの耐久度が格段にアップした。
既に様々な武具を融合したような石だ、そうなればこれほど壊れにくいものはない。
無茶なものをエンチャントすることで自分に影響が出るようなことも無くなったし、
魔術や魔法といったものを行使する際、その消費量が極端に減った。
ようするにグランドダッシャーなどを何発打っても疲れないような状態。
もちろん威力も上がっているし、詠唱時間などは皆無に等しい。
意識的に放とうと思えばいつでも放てるようなバケモンみたいな存在に、俺はなった。
涼香 『肉じゃがぁあああああああっ!!!!』
中井出「ほぎゃあああああああーーーーーーーーっ!!!!!」
だからといって日常が変わったわけではなく───
やっぱり俺達は、普通な日常を送っている。
最近はメルヘンも大人しいし、残った幻獣たちが暴れるわけでもない。
いつまでも争いを続けているのは人間とモンスターのみで、
なんだかんだで俺達も呆れていたりする。
彰利 「あ、そういや悠介ー?
この前ドワーフのおっちゃんに黒の球の再生成頼んだ時にさー。
暇になったら会いに来い〜って言伝もらったぞ〜」
悠介 「ん───ああ、解った。って、また壊れたのか?黒の球」
彰利 「ホラ、俺の黒の密度が上がるとさ、
どうしてもビッグバンかめはめ波の威力もあがるじゃない。
この間のレッドドラゴンメルヘンをコロがすのに使ったら、一発でおじゃんだ」
悠介 「ん───あ、ちょっと待て。俺もうずっとバックパック開けてないから、
案外いい素材になるものが入ってるかもしれない」
彰利 「おお、そういやぁ」
……ああ、そうそう。
これは極最近のことだけど、俺が出したバックパックで彰利のヤツが潰れた。
それを無視して巨大なバックパックを広げてみれば、出るわ出るわの材料の山。
さらに言えば狭界での戦いの時にノートのヤツがなにか細工をしやがったみたいで、
バックパックの中身は召喚獣のオーブだらけだった。
その時俺の頭の中に思い浮かんだのは、ほくそ笑むノートの姿だった。
まったく、やってくれる。
そう思った俺は、このオーブを捨てるわけにもいかないと思い、その全てと契約。
恐らく現代と過去の狭界で俺が倒した幻獣全てのオーブが揃っていたと思われる。
それら全てと契約しても精神異常を微塵も起こさない俺を、
彼ら彼女らはモミアゲ神と呼んだ。───当然その場は召喚獣の試験召喚の場となった。
ベヒーモス族に囲まれた皆の表情が印象的だったのを覚えている。
そうした中で見繕った、黒竜王の牙や鱗などを彰利に渡し、
フルブレイクカタストロファーエンチャント用の“黒の球”は、
やがて“漆黒の珠”へと姿を変えた。
材料はどれもミルハザードと戦ったことで手に入れたものだったが、
それがバックパックに入っていたということはやはり彼は死んだのだろう。
そう思ったが、セットを唱えて部位の破壊さえすれば、
それはバックパックに収納されるのだとノートに言われた。
久しぶりに会いに行ってみれば『そんなことくらい予想しておけ』と説教された。
まったく、彼も変わってない。
……ただし、部位を破壊してとんずらしたら、それはバックパックから消えるのだそうだ。
あくまで入手条件は勝利。
そう簡単にはいかないらしい。
───……そんなこんなで現在。
ガカァッッキィイインッ!!!!
みさお「……───あ、あれ?あ……あぁああああああっ!!!!
ああああ彰衛門さん彰衛門さん!出来ました!始解出来ましたよ!ほら!!」
彰利 「やかましゃあああっ!!!!しゃらぁっぞンだらぁがいぃいやぁああああっ!!」
みさお「なに言ってるのか解りませんよ!!それよりも見てくださいよほら!!」
彰利 「ええいお黙り!夜華さんなんぞもう卍解まであと一歩というところなのですよ!?
晦さん家のルナさんだってもう始解なんぞとっくの昔に完了しています!
アナタまだ始解なの!?いい加減目覚めなさい!!」
みさお「目覚めましたって!だから始解に辿り着けたんじゃないですか!!」
彰利の死神講座も順調で、一番伸びのいい篠瀬はもうかなり強くなっている。
次に聖の伸びが良く、その次が日余。次に先輩で、最後がみさおだ。
まあみさおの伸びが悪いのは仕方ない。
他のやつらと違い、みさおは死神だけと向かい合うわけじゃなく、
死神と神を奇跡の魔法で繋いだ『神魔』と向かい合わなきゃいけない。
その分具象化も屈服も通常の倍以上に大変だ。
彰利 「キミは通常の三倍磯野カツオ並に頑張らなきゃならないのよ?
始解程度で喜んでいてどうしますか。いい加減目覚めなさぁい?
ひとり上手くいかなければみんなの足を引っ張ることになるのよ?」
みさお「なっ……なんですかそれ!少しくらい褒めてくれたって───」
悠介 「あー、落ち着けみさお。こいつはただ『女王の教室』の真似をしたいだけだ」
彰利 「親が甘やかすから子がいつまで経っても成長しないんです。
……まあ、親であるあなたがそんな調子では無理もないでしょうけどぉ?」
悠介 「確かに、一度は親になるって決めたお前がそんなこと言ってりゃ世話ないぞ」
彰利 「ゲッ……ごめんなさい」
悠介 「真似もいいけどな、上手く出来たら褒めてやるのが教える側のやることだろ」
彰利 「阿久津先生流はこがあな生易しいモンと違うんじゃけどな……」
ともかく俺は、先のことも考えてみさおにはやさしくしている。
子供……と言ったら怒るかもしれないが、
慰めることにも少しずつ慣れていっているつもりだ。
悠介 「みさお、少し休憩にしようか。休みながら神魔の在り方ってのを教えるよ」
みさお「あ、はいっ」
だからだろうか。
みさおも最近では俺に懐いていて、
時折手を繋いできたり腕を組んできたりすることがある。
それがヘンに羨ましかったりするのか、
彰利も聖にそうしてくれと頼み、しかしあっさりと断られると枕を涙で濡らしていた。
その……初夜を越えたあの日、聖の絶叫で始まった朝から聖は複雑な心境にあるらしい。
彰利は『反抗期じゃ〜』とか言っているが、
親の情事後の様子を見れば子供だってトラウマというか、対処に困るってものだろう。
十六夜の家で俺もそんなもんを見たことがある所為だろうな、
そういう、その……情事が苦手なのは。
十六夜の親のようにはなりたくないって常に思っていた俺だ、
目の当たりにした全てを子供心に拒絶したんだろう。
悠介 「……よっと」
みさお「え?わひゃっ!?」
俺は頭に浮かんだ嫌な気分を払拭するため、みさおの手をヒョイと捻ると、
身体運動を利用して大した力も無しにみさおを肩に乗せた。
みさお「は、はぁああ……やる時はやるって言ってくださいよ……驚くじゃないですか」
悠介 「悪い悪い」
こうやって文句を言われて、それを普通に返すからこそ気分がほぐれる。
そうした目的があったなんて、恐らくみさおは知らないだろう。
悠介 「さてみさお?何が食べたい?」
みさお「悠介さんの作る日本料理がいいです」
悠介 「よしきた」
まあ、先輩から言わせれば『いい親の顔をしてる』んだそうな。
嫌だって気分はないから、これで上手くやっていけてるらしい。
なんだか思考してみて、自分で勝手に赤面してしまった。
……ほんと、穏やかだ。
こんななんでもない恥ずかしさや喜びが、幸せってものなのかな───
───……。
……。
そうしてさらに月日は普通に流れ、失敗や成功をしながらも上達だけはしていって。
けれどある日、日余が修行から抜けた。
こちらでもルナが脱落。
原因は───妊娠にあった。
彰利 「やーいデヴデヴデヴデヴ百貫デヴーーーッ!!!」
ズバラシャシャシャシャシャシャ!!!!
彰利 「ギャアアアアアアアアアアア!!!!」
既に大分大きくなっているお腹に気づいたのがこの春。
混乱に押し潰されそうになりながら親友が叫んだ文句に、女性全てが攻撃開始。
一分と経たずに彼は血だるまになった。
よかったな、訓練の成果が出てる。
粉雪 「あのね……!もうちょっとデリカシーってものを考えてよ……!」
彰利 「デリ菓子……?なんだそりゃ、食い物か?」
粉雪 「違うっ!」
彰利 「ソ、ソーリー」
春菜 「んー……わたしが第一子を産みたかったんだけどなぁ〜……」
彰利 「春菜、そういうこと声に出して言わんといて」
夜華 「名は決めてあるのか?」
彰利 「フッ……当然。名前は『豆村みずき』だ」
春菜 「え……?
でもそれ、未来の地界で粉雪ちゃんと誰かの間に生まれた子供の名前じゃ……」
彰利 「構わんよ?大体この名前は俺と悠介とで考えた名前だし。
未来の方で偶然的にそげな名前がつけられてたからって、
あたしゃ産まれてくる子を邪険にしたりなどしません。
そげなことされるのは、俺と悠介だけで十分だわ」
春菜 「アッくん……」
夜華 「彰衛門……」
悠介 「ま、そんなわけだ。お前はゆっくり休んでてくれ。
これから食事の間隔が小さく分けられるし、
軽いものしか出さないから覚悟するように」
ルナ 「ん……ゆーすけに任せるよ。
未来でもそうやって、赤面しながら作ってくれたもんね」
彰利 「ホッホォオ〜〜〜ゥ?」
悠介 「こらっ……!そういう暴露話はいいっ……!!」
ルナ 「あははははっ」
襲われるのはどうかとは思ったけど、
こうして子供が出来るとなると覚悟ってのは決まるらしい。
男ってのはどうにも単純というか複雑というか。
春菜 「悠介くんはどうするの?子供は空界で育てるの?」
悠介 「いや、地界で育てるよ。生まれてくる子が満足な状態じゃないことも知ってる。
けど、そうした環境で育ってくれれば強く育ってくれることも知ってる。
深冬は体が弱い子だったけど、心はとても強かった。
だから、そうなるように地界で生きてもらいたい」
彰利 「んで我が息子と結婚させる」
悠介 「ソイツが認められるような男に育ったらな」
彰利 「グ……グウウ〜〜〜ッ」
春菜 「え……じゃあ悠介くん、産まれてくる子は体が弱いって知ってても、
それを治してあげはしないの?」
悠介 「ああ。治すのは成長してからだな。
深冬が高校生くらいになって───そうだな、丁度いい。
みんなが集まる未来の夏休みに、深冬の体の弱さを乖離しよう」
彰利 「その時に皆様の若さを我が調節して、大体今くらいの状態に戻して遊ぶのです。
で、その状態に皆様が慣れてきたくらいの時に、
気兼ねなく遊びまわれるように体調を直す……そんなトキメキファンタジーは?」
悠介 「ああ、いいと思う。トキメキファンタジーかどうかは度外するとして」
彰利 「なんで!?」
本気で疑問符を浮かべている彰利を余所に、
ルナの頭をくしゃっと撫でてから俺は家を出た。
彰利、先輩、篠瀬、聖、みさおもそれに続く。
……ちなみに、中井出は腹を壊して自宅というか庭園の家で養生してる。
理由は言うまでもないだろう。
悠介 「お前さ、いい加減に中井出のところに涼香さん送るのやめないか?」
彰利 「や、俺の意思とか関係なく涼香さんが中井出に付き纏ってるんだわ。
俺の力じゃあもうどうすることもできーーん!!」
悠介 「ブラックオーダーの名が泣くぞ?」
彰利 「いや……まあ、『黒き意思』ってのを乖離してもらえばなんとかなるんだけどさ。
でもよくよく考えたら蛆虫イモ子と一体化になるなんて嫌だなぁと」
悠介 「あぁなるほど。でも中井出をからかうのは楽しかったと」
彰利 「最高です!!」
胸を張って言われた。
少し中井出に同情した瞬間だった。
しかも親友よ、『最高です』だと現在進行形だぞ。
俺は過去形で質問した筈なんだが。
悠介 「強引に食うことは出来ないのか?」
彰利 「キミね、そげなことして『黒き意思』が黒全体に回ったらどうなると思う?」
悠介 「あー……悪い、愚問だったな」
間違い無く“黒”から勝手に飛び出して、とんでもないことになるだろう。
彰利の“黒”の中には数え切れないくらいの幻獣やモンスターが居る。
それが放たれれば、この世界はとんでもないことになる。
神獣王……あんたなんてとんでもないことを……。
彰利 「つーわけで、逆布芋子()さんを食らいつくす案は却下。
で、提案なんだけどさ。悠介の賢者の石ってパワーアップしてるんだよな?」
悠介 「うん?ああ───って解った」
彰利 「……あの。俺まだ何も言っとらんのですけど」
悠介 「つまりこうだろ?イモ子を分析して羅列を書き換えて、
腐敗部分を払拭して完全な人の姿にして、
持ってくる料理は蛆虫付きや人肉使用じゃない普通の肉じゃがにする」
彰利 「おお、そうそう。それなら意地でも肉じゃがを食わせるただのおなごになるから。
あ、ただし性格は変えんでいいよ。あの方が面白い」
悠介 「五月蝿いだけだろが……」
彰利 「だからこそ自分以外の家に行った時が面白いんだって。OK?」
悠介 「……しゃあないな。出せるか?」
彰利 「ん───……出てこねぇ」
悠介 「……これはこれでむかつくな」
彰利 「まったくで」
溜め息を吐きながら、そのまま分析を開始する。
彰利の中に存在する嫌ってくらいの生物の中からイモ子を探す───
これは結構大変なことだ。
けど“黒”に完全に染まってない気配を探せばいいという点では、それは案外……
ああ見つかった。
悠介 「転移」
ビジュンッ!!
涼香 『ぐあぁあああああっ!!!眩しいぃいいいぃいいいいっ!!!
なにしやがっだおらぁあっ!!しゃらぁっぞンだらぁがいぃやああっ!!!』
無理矢理黒から引っ張りだした涼香……いや、やっぱりイモ子だな。
イモ子は、それはもう性格の悪さが滲み出た腐敗女だった。
それを分析して文字の羅列を出現させると、
それらを書き換えてまずは姿を普通の女にする。
そして『蛆虫付き』の固有能力を完全に上書きするように、
ただ肉じゃがを食わせる固有能力へと書き換えた。
涼香 『───……』
分析を終了してひとまず溜め息。
それが終わるとイモ子は呆然と立ち尽くし、
だが突然手の平に肉じゃが入りの器を出すと───中井出の居る家の方向へと駆け出した。
……見た限り、きちんと普通の肉じゃがだった。
これで安心……は出来ないだろうが、少なくとも腹を壊すようなことはない。
ドンドンドンドンドン!!!
声 『肉じゃが食えてめぇえーーーーっ!!!!』
声 「ヒ、ヒィイイイイイーーーーーッ!!!!」
……それと怯えは関係無いわけだが。
ふとマウントポジションを取られて肉じゃがを食わされる中井出提督殿を思い浮かべ、
俺と彰利は同時に手で十字を切った。
そんなことを申し合わせもなく同時にやったもんだから顔を見合わせて、
やがて馬鹿みたいに笑った。
確信なんてものは無いんだろうけど───こんななんでもないことで笑えるのなら、
きっとこれから先もこいつと笑っていられるんだろうと。
そんなことを思いながら、中井出の絶叫を耳に、俺達はいつも通りの日常を歩き始めた。
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