───日常への道標、少年が願った永遠の望郷(ノスタルジア)───
石段を駆け登る。 不思議なもので、あいつが消えてしまってから、俺の中の『創造の理力』は消えていた。 どこかで感じていた死神の気配もなくなり、 『家系』は本当に解放されたんだと理解した。 けれどもそうなると祓い業も大変になるもので、悪霊退散も楽じゃあなかった。 霊魂とやらは『矛盾』ではないらしく、今も世界に残ってる。 俺はあいつが消えてから、それを祓う仕事をしていた。 元々、義理の両親……康彦さんと奈津美さんがやっていたことだ、 それなりの準備は家にあった。 悠介 「くっそ!思ったより時間くった!!」 疲れるのを無視して走る。 息が切れても走る理由は、石段を登った先にある。 あれから、『家系』としての矛盾であった『身体能力』も消え─── 家系の人間は本当に普通の人間になっていた。 おかげで、走る速度も息ギレの速度も限界が早かった。 これは、ちとまいったものだ。 悠介 「………」 やがて、母家が見えてくる。 それが俺の中にエンドルフィンを発生させ───られるといいなぁ。 所詮無理な考えだった。 ───玄関から通るのもまどろっこしく、そのまま縁側まで走った。 そこから上がり、襖をブチ破る勢いで走る。 そして───そこに辿り着く。 悠介 「どうだっ!?」 その瞬間、ルナに殴られて気絶するのであった。 ───……。 悠介 「……お前、普通の人間になっても性格は変わらないのな……」 ルナ 「悠介が悪い」 悠介 「いや、そりゃ……そうだが」 散々泣き喚く声が耳に届く。 悠介 「今回ばっかりは俺が悪かった」 ───今日、椛と凍弥の子供が生まれた。 取り上げはこの母家。 俺は仕事が入った所為で立ち会うことが出来なかった。 だから急いでたわけだが、勢いよく入り、叫んだ俺の声で子供が泣いてしまったのだ。 そのため、ルナの拳が飛んだ。 悠介 「あー……んで?名前は決まったのか?」 ルナ 「うん、ムナっち……って、この呼び方はもうヘンだね。     えーとなんて呼ぼうかなぁ」 悠介 「普通に凍弥でいいだろう」 ルナ 「むー……」 ……ルナを始め、この時代に居る死神は人間になった。 詳しくは、どこかで人間に近い死神が、だが。 知ってる限りでは、ルナとメルティアくらいだ。 それがあいつのお蔭かどうかは解らない。 けれども、感謝をすることくらい……許してくれると思う。 ルヒドも人間になるかと思ったが、ウィルヴスの力がそうはさせてくれなかったらしい。 悠介 「で、名前は?」 ルナ 「…………えーとね、わたしとしてはものすっごく不本意なのよ?     散々反対もしたし、説教もした。でもね、曲げてくれないの」 悠介 「………」 それだけで解った。 俺はルナの頭にポンと手を乗せ、もういいよと言った。 ルナはどこか釈然としない顔で俺を見送る。 ───俺は、その子供の居る部屋を目指した。 …………そして。 椛  「……おじいさま」 凍弥 「悠介さん」 赤子を抱いた椛と、それを見ていた凍弥が俺を見る。 赤子は泣き止まず、ギャーギャーと喚いていた。 椛  「あ、あうう……泣き止んでくれません……」 悠介 「……貸してみろ」 椛  「え……?あ……」 椛の手から赤子を抱きあげる。 その途端、赤子は泣き止んだ。 椛  「………」 凍弥 「………」 その途端……椛と凍弥は物凄く悲しそうな顔で俺を見た。 その顔が『今までの苦労は……』と言っているように見えた。 椛  「でも……不思議です。どうして泣き止んだんでしょう」 凍弥 「だな。謎だ」 悠介 「さぁなぁ」 俺は苦笑しながら赤子を見下ろした。 そして……確信する。 『意思は消えない』。 たとえ夢が覚めても───その意思は、そいつとともにあるということを。 悠介 「名前、当ててみようか」 椛  「……聞きました?」 悠介 「聞いてちゃ当てることにはならないだろ?」 椛  「そうですね。それでは、どうぞ」 俺はどこかくすぐったい気持ちを抱きながら、その名前を口にした。 ───それはかつての……そしてこれからもずっと変わらない、俺の親友の名前だった。 時は流れる。 長い時は子供を大人に変え、それとともに思い出をもたらす。 彰利 「ちくしょ〜……」 ある日、彰利は顔に擦り傷をつけて帰ってきた。 その顔から、喧嘩に負けたんだなと思った。 悠介 「ザコめ」 彰利 「な、なんだよひぃじいちゃん!!だってあいつら卑怯なんだぞ!?     よってたかって俺ひとりを殴って!」 悠介 「はぁ……」 曾孫にあたる男……朧月彰利は、同じ名前にも関わらず、 彰利には敵わないほどのザコだった。 もっとも……こんななんでもないひとりの人間であろうとしたのは彰利自身だろう。 あいつは家系を憎んでいた。 自分だけ逃れられない呪縛から、いつだって逃げたかった。 もし……この現在があり、この彰利自体があいつの望んだ姿だとするなら…… こんな未来もいいのかもしれないって……そう思えた。 悠介 「よっしゃ、そんじゃあ喧嘩を教えてやろうか」 彰利 「……いいよ、別に。勝てなくても」 悠介 「何故だ!?貴様本当に彰利か!?」 彰利 「ひぃじいちゃんっていっつもそれだよな……。     あのさ、俺って死んだ人の名前、つけられてるんだよな?」 悠介 「そうだぞ。お前はそれをどう思う?」 彰利 「最高じゃん。俺、母さんが話してくれるその人のこと、尊敬してるし」 悠介 「そっか」 彰利は笑ってみせた。 その顔に迷いなんてない。 彰利 「でも……そっか。ひぃじいちゃん、俺に戦い方を教えてくれ!」 悠介 「どうしたんだ?いきなり。さっきは……」 彰利 「俺が欲しいのは『守れる力』!!『喧嘩するための力』じゃないの!!」 悠介 「………」 そんな時に思う。 やっぱりこいつは、どこかで彰利に似ていた。 顔は少し違うが、髪形は椛に聞いた通り、 オールバックで前髪だけを下げているような感じだ。 彰利 「教えてくれるか?」 悠介 「おう、いいぞ。お前に戦いというものを教えてやる。     ただ───これは忘れるな。避けられる戦いは必ず避けること。     無闇矢鱈は必要無い」 彰利 「ああっ!」 悠介 「そういう時は『オウヨ』だ」 彰利 「へぇっ!?お、お……オウヨ?」 悠介 「そうだ。んじゃ、社のお堂に行くか。あそこなら広い」 彰利 「オウヨ!!」 俺が歩くと、彰利もそれに付いてくる。 石段を登って、その先まで。 そして───お堂へ辿り着くと、俺は知りうる限りの武道を叩き込むことにした。 ドカバキ!! ギャアアーーーーッ!!!! ───……。 彰利 「ひ、ひぃじいちゃん……強い……強すぎ……」 悠介 「これでも弱くなったんだぞ?」 彰利 「うそっ!?」 彰利が驚愕の声を張り上げる。 『彰利』とドツキあったことや喧嘩で覚えた経験は消えない。 彰利 「どうやったらそんな強さに……」 悠介 「いろいろあるんだよ、人間ってのは。     もし俺が老人だったら、こんな風にはいかない」 彰利 「……そういえばさ、どうしてひぃじいちゃんって若いの?     じいちゃんとばあちゃんよりも若いし、父さんと母さんくらいの外見だし」 悠介 「若返ったんだ」 彰利 「……何者?」 悠介 「晦悠介。死神を愛した男だ」 彰利 「……そういえばそんなこと言ってたね。     ひぃばあちゃんって死神だったんだっけ」 ボゴシャアッ!! 彰利 「あいてぇっ!?」 ルナ 「ひぃばあちゃん言うな!!」 いつの間にか居たルナが、思いきり拳を振っていた。 ……けど、どこかつまらなそうな顔をすると、はぁ……と溜め息を吐いた。 ルナ 「ねぇ、どうして『つぶつぶーーっ!』って言わないの?」 彰利 「つぶ……!?殴られたのにそんなこと言えるわけないだろっ」 ルナ 「ホモっちは言ってたけど」 彰利 「ホモっちって……弦月彰利だっけ」 悠介 「ああ。あまりに馬鹿で、     あまりにホモチックだったためにつけられたあだ名が変態オカマホモコン。     それが弦月彰利……俺の親友だ」 彰利 「へー……」 感心するところじゃないと思うんだが。 ルナ 「いーい?次からは思いっきり殴られたら『つぶつぶー』って言うこと。いい?」 彰利 「そ、そんな……」 ルナ 「そんなもこんなもなーーーいっ!!     その顔で、その名前で!そう言わないのは反則なの!!」 彰利 「ひ、ひぃじいちゃぁん……」 悠介 「ルナ、やめとけって」 ルナ 「ダメ。釈然としないし、殴ってもつまらない」 彰利 「………」 彰利が俺に近寄って、小声で呟いた。 彰利 「ひぃばあちゃんって……S?」 ボゴシャアア!!! 彰利 「いってぇーーーっ!!!」 ボゴシャアアア!!!! 彰利 「いっててててて!!」 ボゴシャアアアアアアア!!!! 彰利 「いだぁーーーーっ!!痛いって!!やめてくれよひぃばあちゃん!!」 ボゴシャアアアアアアアアアアアアアア!!!!! 彰利 「でぇっ!!や、やめっ!!」 ルナ 「言えーーーっ!!つぶつぶーーーって言えーーっ!!     おわぁーーーって言えーーーっ!ギャアって言えキャアって言えーーーっ!!     うきっうきっうきぃーーーって言えぇーーーっ!!!」 ボゴッ!!ボゴボゴッ!!べちんっ!ボカッ!! げしげしげしっ!! 彰利 「た、たぁすけてぇえええーーーーーっ!!!」 …………それから数分間。 ボコボコにされた彰利がようやく、 蚊の鳴くような声で『つぶ……つぶ……』と言ったところで、ルナは止まった。 俺はそんな姿を見て、腹を抱えて笑った。 ───悪くない。 ただそう思えた。 だから、いつだってこんな日常をくれたあいつに感謝しよう。 いつまでも、いつまでも……─── ───『日常』は続いてゆく。 いつかあいつが辿り着けなかった道を、曾孫が歩くことで。 ふと気づけば時は過ぎ、『俺達』が出会った場所には建物が建った。 日常とは変わること。 変わらないものなんてなくて、けれどそれを寂しいと思うことは出来た。 あいつとの思い出が詰まった木は切り倒され、 あの時もう一度埋めたタイムカプセルも掘り返されることはない。 それでも───『意思は消えない』。 俺達の思い出はその日常にあって、その日常が消えないかぎり、永遠に続いてゆく。 ……タイムカプセルも、土の中で永遠にその思い出を抱いてくれるだろう。 それは永遠に守られてゆく……かけがえのない、ひとつの『日常』の物語─── Menu back