───ふたりぼっちのその未来───
───……時は流れる。
普通に、変わることなく。
体の中に空虚を宿したような感じのままに、俺は今を生きていた。
椛が消えてしまって、俺には生きる意味がなくなってしまうのだろうと思った。
けれど、まだ絶望するわけにはいかなかった。
俺にはまだ……紅花が居るのだから。
凍弥 「………」
丘の上の孤児院へ向かって歩く。
思ったより仕事が早く終わったから、紅花の様子を見るために。
……俺と椛の間に産まれた女の子……紅花。
母親が居ないというのに、
父親の愛情も満足に受け取ってないというのに、紅花はすくすくと成長してゆく。
俺が仕事をすれば紅花はひとりぼっちになってしまい、
かといって仕事をしなければ養っていけない。
だから俺は、父さんと母さんに紅花を預けた。
凍弥 「……はぁ」
閏璃凍弥と支左見谷由未絵さんの思い出の丘に出来た孤児院。
そこの機動源は完全にボランティアだ。
誰かが思うほど、そんなことをしようと思う人は居なくて。
いつからか、この孤児院の中に居る大人はサクラだけになっていた。
振る舞ったって報酬なんてない、完全なボランティア。
それを進んで実行しようと思えたのは、サクラのポシェットのおかげなんだろう。
あれがあれば、『食』については問題がなくなるから。
結果、サクラは子供達に懐かれ、今でも元気に頑張っている。
この孤児院に、紅花はよく訪れる。
厳密に言えば父さんと母さんが預けているのだ。
俺の仕事は生易しいものじゃないし、紅花が起きる前には部屋を出る。
仕事を始めれば紅花に構ってやれる時間もない。
そんな日々の連続で、
目覚めた先に誰も居ないのは寂しいだろうと、父さんと母さんの家に預けた。
それからはずっと、俺は今まで通りにひとりでカンパニーの一室で休み、
そこで仕事をしている。
……放任と言われても仕方が無い暮らし方だった。
当然、送り迎えが父さんや母さんだと、幼稚園の方でも妙な目で見られるらしい。
こんな頃から周りからからかわれたりして、紅花が泣いたことがあるらしい。
それでも俺は紅花に構ってやることが出来ないでいた。
……だからだろうか。
せめて友達が出来るようにと、父さんと母さんは幼稚園が終わる頃に紅花を迎え、
家に戻って着替えさせたのち、孤児院に預けているのだ。
……実際、孤児院に自分以外の誰かをイジメるような子供は居ない。
そういうことの辛さを知っている子供達だからだ。
───紅花が孤児院に預けられるようになってからというもの、
俺も仕事が早く片付く時には父さんや母さんに連絡して、紅花を迎えに行く。
ひどい父親だと自分でも思うけど、それでも紅花は俺に笑みをくれた。
……嫌わないで、成長してくれていたのだ。
それがひどく嬉しく、心に暖かかった。
椛が居なくなって絶望するだけだった俺でも、まだ頑張れるって……そう思ったんだ。
───……。
まあまあ広い孤児院の中に入ると、サクラと子供達がなにかを話し合っていた。
達也 「サクラねーちゃーん、凍弥にーちゃんまだー?」
サクラ「凍弥さん?今日は……どうだろ」
矢枝 「凍弥おにーちゃん、今日来ないの……?」
この孤児院での俺の人気はちょっとしたものだ。
その人気の大半が俺の料理によるものだが。
ようするに……サクラの料理がマズイことなど、
この孤児院の中の子供にとっては常識的なことなのだ。
サクラ「大丈夫大丈夫。心配しなくても、ちゃんとご飯は作るから」
子供達『───!』
ビシィッ!!
空気が氷結した。
……といっても、子供達の空気だけだが。
サクラ「……?どうかした?」
達也 「あ、え、っと……」
矢枝 「胃薬、あったかなぁ……」
サクラ「そんな、お腹壊すまで食べなくてもいいから」
樹 「……知らないって幸せなことだよなぁ」
サクラ「なにそれ、どういう意味?」
実宇 「わたし、今すっごく凍弥おにーちゃんに会いたいかなぁ……」
子供達『同感……』
サクラ自身が嫌われてるわけじゃないんだけどなぁ。
むしろ嫌われてるのは料理だけだし。
そう思う中、サクラが袖を捲くって微笑む。
サクラ「じゃあ、今日は久しぶりに腕を振るうからねー」
子供達『うあ……』
サクラ「うあ……?」
さすがに子供達全員の『うあ……』という言葉に、サクラの動きが止まる。
樹 「……あ、あのさぁ……サクラねぇちゃん……?その、やめ……」
矢枝 「いっちゃん!死ぬ気!?」
達也 「殺されるって!杖でボコボコだぞ!?」
サクラ「どういう……意味かな?達也くん」
達也 「うえぇっ!?あ、いや、その……」
コン、コン。
いろいろと見ていられずに、俺はノックをした。
サクラ「……?」
凍弥 「よっ」
で、簡単に挨拶。
その途端、子供達が一斉にこっちを見る。
子供達『凍弥にぃちゃーーーんっ!!!』
凍弥 「へっ?」
で、突貫。
───俺に向かって。
凍弥 「うわっ、ちょっと待───」
どささささーーーっ!!
凍弥 「おわぁあっ!!?」
子供達が加減無しに俺に飛びつき、思わず倒れてしまった。
てゆうか……腰打った。
凍弥 「いててて……!こ、こら、お前ら……」
樹 「凍弥にーちゃん!会いたかったよーー!」
達也 「凍弥にいちゃん!愛してる!」
矢枝 「わたし、凍弥おにいちゃんのお嫁さんになる!」
達也 「ええっ!?だ、だめだっ!矢枝はぼくがっ!」
矢枝 「え……?たっくん、凍弥おにいちゃんを愛してるって言ったし……」
達也 「構わん!両方愛してる!!」
いろいろと聞き捨てならない言葉が行き交う中、俺は呆れたように溜め息を吐いた。
なんてゆうか……子供に好かれるのは案外大変だ。
彰衛門もこんな心境だったのかな。
……いや、彰衛門はどちらかというと喜んでたかな。
相手が子供なら、来るモノ拒まずな感があったし。
でもまぁ……さすがに愛してるとかお嫁さんになるとかは言われなかっただろう。
凍弥 「……あのな、俺は既婚者だぞ……」
実宇 「それでもいいから!このままじゃいつか殺されちゃうよ!!」
サクラ「……実宇ちゃん、どういう意味かなぁ……」
実宇 「あ、えっと……サクラねーちゃんって美人だよねっ!」
サクラ「えっ!?あ、えと……そうかな……」
……誤魔化されてるぞ、サクラ。
っと、それはそれとして。
凍弥 「サクラ、紅花は?」
サクラ「このちゃんならさっき、凍弥さんを待ってるって言って丘の方に」
凍弥 「ありゃ……入れ違いか。なら迎えが必要だな」
サクラ「……親馬鹿」
凍弥 「ああ、親馬鹿だぞ。俺にはあいつを守る義務がある。
そして……義務よりも尚、愛があるからなっ!」
サクラ「……聞いてて恥ずかしいです。本当に親馬鹿です」
凍弥 「最高の誉め言葉だ。んじゃ、紅花を連れて」
ガッシィイイッ!!
凍弥 「く、る……?」
喋り途中、子供達が瞳を潤ませながら俺の足を掴んだ。
その目が訴えている。
『行かないで……いかないで……』と。
てゆうか泣いてる。
というか恐怖に抱かれている。
ってゆうか……はぁ。
凍弥 「サクラ、紅花を頼む」
サクラ「いいんですか?」
凍弥 「泣いてるヤツを放ってはおけないだろ……」
むしろ、毒殺処刑されるような状況下の子供を見捨てられん。
サクラ「親馬鹿になっても、そういうお節介は消えないんですね……」
凍弥 「うるさいよ」
でも……
凍弥 「紅花……」
……迎えに行きたい。
行って、慰めてやりたい。
きっとあいつは強がって、俺には笑顔を見せるだろう。
そんな子供らしくない気遣いを、安心で包み込んでやりたい。
サクラ「……行ってください」
凍弥 「サクラ?」
サクラ「気になるんでしょう?料理は、わたしがやっておきますから」
凍弥 「サクラ……あ、ああっ!悪───」
ぎゅむううっ!!
全員 『〜〜〜っ……!!』
凍弥 「……あ〜……」
駆け出そうとしたら、足を思いっきり掴まれた。
しかも泣いてらっしゃる。
凍弥 「……めし……つくる……」
溜め息が止まらなかった。
だってさ、俺……こいつらが怯えてる理由、解るし……。
───……。
じゃぁっ!!じゃっ、じゃっ……!!
フライパンの上で、具材が跳ねる。
今日のメニューは子供達に人気があり、尚且つ早目に作れるチャーハンだ。
凍弥 「ほいっ!特製レタスチャーハン完成っ!」
全員 『わぁ〜〜っ!!』
子供達の表情が綻ぶ。
ああもちろん、材料はサクラのポシェットから出したから一切無料。
凍弥 「行儀など気にせずどんどん食え!というわけで俺は紅花を探してくる!」
分配する暇も惜しまず、俺は出口に向けて全力疾走!!
待ってろよ紅花ぁああああああっ!!
サクラ「あ、ダメですよ!行儀はちゃんと」
ドシュウウウウウウウウン!!!!!
サクラ「は、速ぁーーーっ!?」
───……。
───……外に出て途切れた丘を目指す。
そう遠くなく、明るければ見えるその場所に、小さな影がひとつ。
凍弥 「……この───」
声をかけようと思ったけれど、思いとどまった。
静かにその影に近づき、そっと頭を撫でる。
紅花 「…………?」
凍弥 「……よっ、紅花」
紅花 「おとーさん……わぁ、おとーさんだぁ」
紅花は、途切れた崖の近くで空を見上げていた。
俺はその頭をやさしく撫でると、その隣に腰掛ける。
凍弥 「街、見てたのか?」
紅花 「………」(ふるふる)
紅花はぽ〜っとした顔で、首を横に振った。
……違うのか?って、空か……
紅花 「………」
紅花は少し頬を赤くして、俺の袖を握った。
凍弥 「……どうした?寒いか?」
紅花 「おとーさん……待ってたの……」
凍弥 「うん?」
紅花 「……絶対、来てくれるって……思ってたから……」
凍弥 「……そっか」
紅花 「うん……」
………座りながら、腕にしがみつくようにしている紅花の頭を撫でてやる。
それをしてやるのも少しの間だけで、気づけば紅花は眠っていた。
凍弥 「……ほんと、寝つきだけはいいんだよな……」
少し呆れる。
もしかしたら椛も、幼い頃はこんなだったのかなって思いながら。
……ほんと、年々と椛に似てくるんだもんな。
照れ方とか、拗ね方とか……。
サクラ「……眠ったんですか?」
凍弥 「うん?……サクラか」
後ろから声をかけられた時点で解ってたけど。
サクラ「ほんとに……。凍弥さんの隣だと、すぐに眠るんですけどね……」
凍弥 「孤児院じゃあ中々眠らない、って?」
サクラ「ええ。なかなか、どころか……全然眠ってないんです」
凍弥 「………」
サクラ「夜でも、ふと気づくと共用の寝室に居なくて……。
外に出てみると、ここに座ってるんですよ」
凍弥 「俺を、待ってるんだな」
サクラ「……そうなんだと思います。なんとかならないんですか?」
凍弥 「…………俺だって一緒に暮らしたい。
けどな……仕事ってのは……そう都合のいいものじゃないんだよ」
サクラ「それはっ……!───……解って、ますけど……」
…………俺だって……紅花の傍に居てやりたいんだ。
けど……けどな……。
凍弥 「上手くいかないもんだな、親ってのは」
サクラ「……あの、辛いことを言うようかもしれません。でも……言わせてください。
再婚をするつもりはないんですか?」
凍弥 「しないよ。俺にそういう気持ちがないのがそもそもだけど、
相手も居ないし、椛以外を好きになれる気がしない」
サクラ「そうですか……」
凍弥 「でも……そうだな。
もし紅花がもっと成長して───母親が欲しいって言ったら……」
サクラ「再婚、するんですか?」
凍弥 「……すると思うか?」
サクラ「無理ですね」
サクラは少し苦笑しながら言った。
さすがは、幼馴染だ。
凍弥 「考えてみれば……お前とも長いよな」
サクラ「そうですね。産まれた場所も違うのに、いつの間にか幼馴染って感じです」
凍弥 「そういや俺には再婚がどうだか言ってるが、お前は結婚しないのか?」
サクラ「……悪かったですね。相手が居ないんですよ」
凍弥 「そりゃ失礼。さっさといい人見つけろよ?」
サクラ「大きなお世話ですっ!!」
サクラは怒りながら孤児院に向かって歩いていってしまった。
怒りやすいところはあの頃から変わってない。
……とはいえ、初めて会った時なんかは、
『怒る』ってことを知らないくらいに笑顔が似合うやつだった。
凍弥 「人は成長する、か……」
そう呟いて、俺も立ち上がった。
腕に紅花を抱いて。
凍弥 「……鈴訊庵、行くか」
気持ち良さそうに眠っているその寝顔に声をかける。
返事はないけど、むにゃむにゃと口を動かして反応はした。
今の俺には紅花の穏やかな顔こそが、心の支えだった。
───……。
鈴訊庵は静まっている。
学生時代、あれほど賑やかだったその場所が……今では埃まみれの世界だった。
思い出さえも塵に埋もれてしまった気がして、今の自分が場違いな存在に思えた。
俺は確かにこの場所で笑っていた筈だったのに。
今の俺は、この場所では微笑むことが出来なかった。
『懐かしいな』とひとこと言って笑ってしまえばいいのに。
どうして俺は───泣いているのだろう。
凍弥 「っ……」
……その場所に思い出がある。
子供の頃から築いてきた輝いている思い出が。
けれどそれは、今の俺には眩し過ぎた。
手に余るものは受け取れない。
だから俺はこの場所を放棄した。
───……紅花を父さんと母さんに預けて。
父さんと母さんは嫌な顔ひとつせず、俺の願いを聞き入れてくれた。
その時になって思った。
俺は自分が自覚しているよりも、もっと子供なんだって。
そして……父さん達は、紅花に必要なのはまず、
友達なんかより親だってことくらい知っていた。
凍弥 「でも……な。仕事で手一杯の俺が、どうやってこいつを守ってやれる……?」
ひとりきりじゃあ守りたいものは守れないものなのか……?
……いや。
そうじゃない……。
凍弥 「守ってみせるさ……。あいつと……椛と約束したもんな」
頼るみたいで悪いけど、食費だけはサクラのポシェットのおかげで助かっている。
あとは……俺が踏み出せばいい。
思い出は思い出だ。
わざわざ子供の居る所から遠い場所に居ることもない。
だったら……
凍弥 「………」
一度、腕の中の紅花を見下ろして微笑んだ。
凍弥 「……また、よろしく」
───そして、鈴訊庵を見上げる。
その途端、やわらかな風が俺の背中を押してくれた気がした。
凍弥 「あ……」
……思い出した。
俺はひとりなんかじゃない。
俺の中にはたくさんの思いと、たくさんの希望がある。
そして……腕の中に紅花が居る。
怯える必要なんかない。
だから───
凍弥 「さぁ……歩き出そうか」
物語はまた始まる。
ゆっくりと刻んでいこう。
そしてまた、たくさんの思い出を作ろう。
埃だらけの思い出が、また輝いてくれるように───
───………………。
───……。
──────
春が過ぎ、夏が過ぎて───葉が枯れて、秋が雪に埋もれ、冬が過ぎて春が咲く。
時の流れは早くて、がむしゃらに生きてきた時代すら輝いてゆく世界の中で───
紅花 「おとうさんっ」
凍弥 「おうっ」
───俺はまだ頑張っていた。
紅花 「えと……どうです?」
紅花が桜の木の下でくるりと回ってみせた。
新しい制服のスカートが遠心力でふわりと揺れ、それを慌てて抑える紅花。
……どうですもこうですもない……こんなことをもう4回もやってる。
凍弥 「はいはい、似合ってるよ」
紅花 「感情がこもってません……」
凍弥 「ウハーイ、スゲェニアッテルYO〜」
紅花 「余計にこもってません」
凍弥 「なにぃ馬鹿な」
───今日は紅花の入学式だった。
目の前に建つのは如月高等学校。
……かつて───俺と椛が出会い、互いの将来を誓った場所だ。
紅花 「おとうさんっ」
凍弥 「うん?どうした?」
紅花 「この学校なんですよねっ、おとうさんとおかあさんが出会った場所は」
凍弥 「……ああ。結婚した場所でもあるぞ」
紅花 「そうなんですか」
凍弥 「お前も誰かと出会うかもな」
紅花 「……わたし、おとうさん以外を好きになったりしません」
凍弥 「ファザコン」
紅花 「それは父親自身が娘に言う言葉じゃないですっ」
───なぁ、椛。
紅花はこんなに大きくなったぞ……。
まあ、サクラの心配通り、随分なファザコンにはなっちまったけど……。
でも……うん。
胸を張れるくらい、いい娘だ。
……笑ってくれるか?
喜んでくれるか……?
こんな俺だけど、頑張れたことを誉めてくれるかな……。
紅花 「……?どうかしたんですか?」
凍弥 「いいや。これからお前がどんな学園生活を送るのかなって……な」
ふと見上げた、元()空き教室。
そこはもう大掛かりな改装が行われて、真新しい場所になっていた。
俺の中からまたひとつ、思い出の場所が削られた。
それを悔しく思うけど……その涙は、臨終の時に流そうと思った。
紅花 「あ、それじゃあ入学式始まるみたいですからっ」
凍弥 「ああ。しっかりやれよ?居眠りこいて、妙な寝言を口ずさむなよ?」
紅花 「口ずさみませんっ!
……すぐに終わるから待っててくださいねっ。一緒に帰りたいですからっ」
器用な怒り笑いをしながら、紅花が走ってゆく。
そんな景色の中で───俺はもう一度校舎を見上げて、穏やかに笑った。
そして歩き出す。
その母校の中へ……
───……どれくらいかぶりに訪れた校舎の屋上。
そこにはもうベンチはなく、
ドアノブに掛けられていた『立入禁止』の文字がひどく現実味を帯びていた。
俺は大袈裟に息を吐いてから、かつての椛の特等席に登った。
凍弥 「───へぇ」
そして初めて、椛が好んでこの場所に居たのかが解った気がした。
───高く。
そして、ただただ懐かしいこの場所……景色。
彼女はずっとここで、俺を待っていてくれた。
凍弥 「……綺麗だな」
そこから見える景色はまるで、あの途切れた丘から見る風景のようだった。
元々高位置にある学校だ、屋上から見える景色も当然高い。
周りは自然に囲まれているわけじゃないけど、
もし俺があの丘を知らずに成長したのなら、絶対に好きになっていたと思えた。
凍弥 「………」
横になって空を見上げる。
その空はどこまでも続くような、綺麗な蒼だった───……
───……………………うん?
凍弥 「……あー」
ふと目を開けると、空は夕焼けに包まれていた。
見える景色は黄金色。
遠く沈んでゆく夕焼けを目に、ぐうっと伸びをした。
うーむ、思いっきり寝ちまったい。
凍弥 「さて……」
紅花に泣かれるな、これは。
───で、
『すぐに終わるから待っててくださいねっ。一緒に帰りたいですからっ』
……という言葉が脳裏をよぎった。
やべぇ、絶対泣かれる。
あいつはあいつで、俺が『泣く子が苦手』ってのを熟知してるから性質が悪い。
……まあ、カワイイ娘だが。
凍弥 「……チィ」
まずはフェンスから校庭などを見下ろしてみる。
……と、ぼ〜〜〜っと立ち尽くしている紅花を発見。
フフフ、こう見えて俺は目が良いのだ。
───って、その紅花に接近する学生服姿の男を発見。
……あの振舞いからして上級生か。
よし死刑だ。
何人たりとも、気安く紅花に近寄る者は許さん。
凍弥 「───久しいな、全く」
俺はフェンスから飛び降り、その先にある大木を蹴った。
その次に壁を蹴り、また大木を。
やがて落下速度を殺したまま、大地へと降り立った。
……そういえば土足のままで学校に入ってたけど───構うか。
男 「うわっ!?そ、空から降ってきた……!?」
紅花 「あ、おと───」
凍弥 「コラ小僧。貴様、その娘になんの用だ」
男 「なにって……あんたにゃ関係ないだろ?あっち行ってろよ」
凍弥 「大有りだ」
男 「え……まさか、兄……?」
男が俺を指差して言う。
悪かったな、童顔で……!
紅花 「おとうさんっ、今までどこに居たんですか!」
男 「おと───えぇええええええええええええええっ!!!!!????」
凍弥 「なんだコラ小僧!文句があるなら目ェ見て言え!!」
男 「わ、若いっ……!!何者……!?」
凍弥 「父親だぁーーーっ!!!!」
男 「ひぃいいいーーーっ!?」
ガオオと咆哮してみせると、男は逃げ腰になった。
だが逃げはしないようだ。
凍弥 「紅花に手ェ出してぇなら……俺を超えてみやがれぇーーーっ!!」
男 「なっ……!?」
凍弥 「あ、俺に勝ったら好きにしていいぞ」
男 「マジっすか!?なら死ねぇーーーっ!!!!」
凍弥 「この欲情馬鹿がぁーーーっ!!!」
ボゴシャメゴシャパグシャベゴシャモゴシャアアアアッ!!!
男 「ギャアアアアーーーーーーーーーッ!!!!!」
───真っ直ぐ突っ込んできた馬鹿野郎を7秒でK.O。
他愛の無い……拳ひとつに負けるとは。
凍弥 「よっしゃ、帰るか」
紅花 「……おとうさん。お話がまだ済んでませんよ……」
コノカがめのまえにたちふさがった!
コマンドどうする!?
1:ポセイドンウェーブ
2:ロメロスペシャル
3:サミング
4:賄賂(
5:逃げる
結論:4
凍弥 「帰りにケーキ買っていこうな」
紅花 「はいっ!」
……チョロイやつだった。
凍弥 「あー……紅花。話を戻すけどな、もし好きになるなら───
お前を守ってやれるくらいのヤツを好きになるんだぞ?」
紅花 「ん」
ぴしっと俺を指差す紅花。
凍弥 「お前はなんだ?俺と愛を育む気か?」
紅花 「好きです、守ってくれます、強いです」
凍弥 「……家族で結婚は出来ないって知ってるか?」
紅花 「愛があれば大丈夫です」
凍弥 「あーそ、あーそ」
紅花 「……おとうさん。
おとうさんは今、わたしの話をちゃんと聞いていませんでしたね?
ちゃんと聞かないとだめです、ひどいです」
凍弥 「聞いてるぞ、聞いてる。ほー、明日は晴れるな、綺麗な夕焼けじゃあ〜」
紅花 「やっぱり聞いてないですっ」
凍弥 「聞いてるぞ〜。お前がマサイ族の末裔だったってことくらい」
紅花 「そんなこと言ってませんっ!」
凍弥 「なにぃ、そうだったか?」
紅花 「うー……!!」
凍弥 「ふかーーーっ!!」
紅花 「う、ううっ……」
凍弥 「ぐあ……!」
やばい!泣く!!
ついうっかり、威嚇してしまった!
凍弥 「───奥義!お姫さま抱っこ!!」
───説明しよう!
紅花はお姫さま抱っこが好きで、これをくらえば絶対に泣かないのだ!!
そんなわけで、紅花を抱き上げた。
紅花 「わ、わっ……!?」
凍弥 「紅花!愛してるぞ!」
紅花 「……ほんとですか?」
凍弥 「もちろんだ!……てめぇら見てんじゃねぇ!散れ散れ!!」
学校に残っていたらしき暇人どもを追い払い、帰路に向けて歩く。
紅花 「おかあさんと、どっちが好きですか……?」
凍弥 「椛」
紅花 「!!」
凍弥 「ゲェーーーッ!!」
しまった!つい即答しちまった!!!
紅花 「うっ……うぇっ……!うぅ……!
おとうさん……わたしのこと嫌いなんですかっ……」
凍弥 「どうしてそう両極端なんだよ……!!あ、だ、だがな……!
それと比較しても余りあるほどに紅花が好きだぞ俺はーーーっ!」
紅花 「うぐっ……ほんとですか……?」
凍弥 「ウソだ」(キッパリ)
紅花 「───!!」
凍弥 「キャーッ!?」
すんませんすんません!
俺、やっぱりウソは苦手です!
同じくらい好きだけど、やっぱり椛を愛してます!!
嗚呼……なんつーか今、これ以上無いってくらいに彰衛門の気持ちが解る……!!
凍弥 「つ、つまりだなっ!お前は俺が愛した椛との間に産まれた娘なんだ!
嫌いなわけがないだろっ!?」
紅花 「それも……うそ……?」
凍弥 「俺は正直者で有名だ」
紅花 「ほんと……?」
凍弥 「そうだ」
意味もなく胸を張ってみた。
……が、当然意味がないのだから意味がない。
紅花 「でも……でも……」
凍弥 「今日の晩御飯にマカロニサラダを追加しよう」
紅花 「おとうさん、大好きですっ」
最強。
凍弥 「というわけで下ろすぞ」
紅花 「はい───ダメです」
凍弥 「どっちだ」
紅花 「ダメです」
凍弥 「………」
愚かなことをした。
お姫さま抱っこをすれば泣き止むが、降りようとしないんでした。
凍弥 「あのなぁ……年頃のおなごが親にお姫さま抱っこされっぱなしでどうする」
紅花 「そうなんですか……。
されっぱなしがダメなら、反撃しなければならないんですね」
凍弥 「せんでいいっ!!」
さすが俺の娘だ……。
妙なところで捻じ曲がってやがるわ……。
しかも素で。
凍弥 「んー……なぁ紅花」
紅花 「はいっ」
どこか上機嫌で俺の顔を見上げる紅花。
……ほんと、親を見て顔を赤くしてどうするんだ娘よ……。
楓巫女と一緒に居た頃の彰衛門も、こんな心境だったのかな。
まあそれはそれとして。
凍弥 「あー……母親、欲しいか?」
紅花 「再婚したら刺しちゃいます」
凍弥 「ゴメンナサイ」
やべぇ……!本気の目だった……!
紅花 「わたしを産んでくれたおかあさんはひとりです。
わたしを育ててくれたおとうさんもひとりです。
……『もうひとり』なんか要らないです」
凍弥 「……そかそか」
正直、嬉しかった。
紅花もちゃんと椛を思ってくれている。
凍弥 「再婚がダメなら、よく紅花が言う『おとうさんと結婚する』も無効だな?」
紅花 「…………不倫ならどうでしょう」
凍弥 「たわけ」
苦笑する。
まったく……こいつはどんな大人になるのかが想像出来ない。
でも、守ってみせる。
いつかこいつが心を許せるバカヤロウが現れるまで。
……もっとも、現れたところで手加減無しでぶつかりますが。
ククククク……!!
凍弥 「紅花ぁ」
紅花 「はい」
凍弥 「お前がもし男を紹介してきたら、俺は全力でそいつとぶつかるぞ」
紅花 「喧嘩、するんですか?」
凍弥 「そうじゃない。互いに遠慮は無用だって言ってるんだ。
言ってみれば……そうだな、年齢無視した関係でありたいんだろうな。
トモダチ感覚ってやつだ。……そいつが紅花に合った人間だったらな」
紅花 「わたし、おとうさん以外を好きになったりしません」
凍弥 「ははっ、その言葉がいつまで続くかなぁ」
紅花 「おとうさんっ、怒りますよっ」
凍弥 「はっはっはっはぁ!」
……帰路をゆく。
娘と、ふたりで。
紅花 「あ、おとうさんっ、ケーキです!忘れていましたっ」
凍弥 「ゲェーーッ!!俺もサイフを忘れた!」
紅花 「なっ───」
凍弥 「冗談だ」
紅花 「───っ……おとうさんのばかーーーっ!!!」
凍弥 「はっはっは……!あはははははははっ!!」
長く続いた時間は───今、ゆっくりと時を刻み……
いくつもの悲しみを抱かせたまま、刻み続ける。
時が戻ることはない。
とはいえ、それを受け入れることが出来たのは───
きっと、この腕の中のワガママな娘のお蔭だった。
───だから、まだまだ頑張ってゆこう。
いつか、こいつを守ってくれるバカヤロウが現れるまで───
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