───迷子エキスパーター菜苗───
───……………………───……。
凍弥 「ん……?ん、んー……」
朝である。
本日快晴、素晴らしき朝なのである。
ふと見えた時計は早朝を見せつけており、
目覚ましも無しに早起きした自分を誉めたくなった。
が……
凍弥 「ここどこ?───って、そっか。レイヴナスカンパニーに泊まったんだっけ」
うーん、やっぱり朝って思考がハッキリしないよなぁ。
ま、それはそれとして。
今日も元気に志摩兄弟を探しますかぁ。
凍弥 「着替え持ってきてるわけないからそのままだが……
あいつら発見出来たら用事も終わるし。
要はあいつらの口から真実が聞ければいいんだ」
うん、だったらこんなところでボ〜っとしてる場合じゃないよな。
よっし、さっさと行くか。
───……。
凍弥 「で……なんで部屋の前でドラえもんが倒れてるんだかな」
それは異様でしかなかった。
一体なにがあったのやら。
確かに夜はうるさかった気がするけど……
凍弥 「触らぬ神に祟り無し。無視するに限るだろうな」
ちょっぴり焦げてるドラえもんを無視して歩き始めた。
廊下には何故か血文字で『神、惨状!夜呂死苦』と書かれてる。
どこから血が出てるのかは謎だが、ドラえもんハンドだから文字がデカい。
まあ、腹の部分が少し動いてるから呼吸はしてるみたいだし、元々俺には関係ない。
そりゃあこの中に浩介か浩之のどっちかが入ってれば別だけど───それは無いだろ。
……そもそも『さんじょう』の字を間違えてる。
『惨状』じゃなくて『参上』だろ……。
凍弥 「さて……屋敷の中に入ってるとはいえ、
結局ふりだしの部分に立ってるのと大差無いんだよな」
なんとかしてふたりを見つけなきゃいけないんだけど……
声 「〜〜……!ーーー……!!」
凍弥 「んあ?」
どっからか情けない声が聞こえた……気がした。
なんとなくその声の余韻を追うように、大きな窓から外を見やると───
女 「〜〜〜〜…………!!」
凍弥 「あ」
屋敷の屋根で泣いている女を発見。
メイド服を着ているところから、どうやら使用人のひとりらしいが……
凍弥 「なんだってあんなところに……?」
あ、いや……それよりも助けられるなら助けたほうが───
凍弥 「………」
助けて、どうする?
またくだらない『裏切りの種』を作る気か?
凍弥 「………」
だよな。
そんなこと、馬鹿のすることだって風間のことで解ったじゃないか。
だったら見なかったことにすればいい。
俺には関係ない。
俺はここに、志摩兄弟を探しに来たんだから。
凍弥 「………」
俺は泣いている女を見て見ぬフリをして、その場を去った。
───筈だったのになぁ。
凍弥 「どうして屋根なんか登ってるかね、俺はっ……!!」
でもしょうがない。
結局俺は、自分が馬鹿だって理解してしまったんだから。
裏切られたってなんだって、自分以外の誰かの幸せばっかり考えてしまう自分は、
頭の中のネジが一本どころか全部外れていて、
しかもそれがひとつずつズレてハマってるんだ。
そうじゃなきゃ……裏切られたってのに誰かのために動ける筈が無い。
解ってる、そんなこと。
俺は馬鹿だって。
だから……風間にあんなこと言うこと自体がどうかしてたんだ。
俺は自分の幸せなんて考えたことがなかった。
凍弥 「……はぁっ」
でも思う。
だとしたら───俺の未来はどんな未来になるんだろうかと。
幸せを追わない人間の末路は、一体どんな未来なのかと。
……いや、考えるだけ無駄だ。
今まで幸せを考えなかった自分がそれを考えたところで……
それに、そもそも俺には『目指せるほどの未来』が残っていないのだから。
凍弥 「だったら……やることなんて決まってるよな」
自分の幸せが見えないなら、考えないなら───
他の誰かの幸せを手伝って、どうしても足掻けなくなったら、俺は……
凍弥 「………」
やめよう。
こんなこと考えるより、あの人を助けないと。
凍弥 「えーと、そこの人〜っ?」
女 「え……?」
屋根の上でベソかいてる女がこちらを向く。
歳上に見えるが、なんとも情けなそうな人だった。
女 「あ……あぁう〜……」
凍弥 「へ?」
女が自分の腰を指差してあうあう言う。
しばらく様子を見ていたが……どうやら腰が抜けてる所為で立てなかったらしい。
情けなそうだと思った人は、真実なんとも情けない人だった。
……トン。
凍弥 「はぁ」
屋根を降りて一息。
凍弥 「ああ解らない……。どうしてよく解らない屋敷に来て、
ロッククライミングじみたことをしなきゃならんのだ……」
女 「ありがとうございます〜。お蔭で助かりました〜」
それも女の人を背負って……。
何が疲れたかって、この人との掛け合いに疲れたよ俺……。
背負って降りてる最中、『まあ〜、一体どんな筋力をなさってるんですか〜?』とか、
『親戚にシコルスキーという名前の人がいらっしゃいませんか〜?』とか、
『そういえばあなたは誰なんでしょう〜』とか言ってきて……。
そのどれもが間延びした声だから、とっても疲れるんだよこれが……。
これが噂にしか耳にしたことがないポケポケ人なのか……?
凍弥 「それじゃ、俺は知り合いを探さなきゃいけないから」
女 「あ、待ってください〜。
助けて頂いたお礼に、お知り合いさんの探索をお手伝いいたします〜」
凍弥 「結構です」
即答で断った。
だが
女 「それではまいりましょう〜」
凍弥 「えっ!?あ、ちょ───いいって!断ったんだぞ俺!ちょっと!?」
女 「人探しならお任せください〜。
こう見えてもわたし〜、人を探すのが上手なんですよ〜?」
凍弥 「いや、でも……」
女 「いいからいいから〜。お姉さんに任せてください〜」
凍弥 「うう……」
でも確かに俺はここでは部外者だし、内部の人の案内なら誰かに見つかっても……
そっか、断る理由がなかったな。
凍弥 「……じゃ、お願いしていいかな」
女 「はい〜。お任せください〜」
女が仲間に加わった!
凍弥 「……あ、えっと……名前聞いていいかな。俺は霧波川凍弥っていうんだけど」
女 「わたしは南城菜苗と申します〜。よろしくお願いしますね〜、凍弥ちゃん〜」
凍弥 「凍弥……ちゃん?」
菜苗 「さぁ〜、まいりましょう〜」
凍弥 「ちょ、ちょっと待ったぁ!断固拒否!否定!『ちゃん』は却下!」
菜苗 「はぁ〜……どうしてでしょうか〜」
凍弥 「『ちゃん』って呼ばれる歳じゃないから!それくらい解るだろ!?」
菜苗 「一片たりとも理解の要素が見つかりませんが〜……」
凍弥 「………」
すげぇ……ある意味大物だ。
ポケ人が『大物』として扱われる由縁を垣間見た気がする。
間延びした言葉遣いのくせに舌足らずなわけでもない……。
簡潔な言葉を伸ばして言うでもない……。
とにかく初めて遭遇するタイプだ、気をつけて損は無いだろう。
凍弥 「とにかくさ、『ちゃん』はやめてほしいんだ。いいかな」
菜苗 「はい〜、解りました〜凍弥ちゃん〜」
凍弥 「───……あのさ、微塵にも理解してないだろ」
菜苗 「はい〜?なにがでしょうか〜」
凍弥 「………」
やっぱり解ってないな。
言ったそばから『ちゃん』付けるなんてどうかしてる。
凍弥 「あのさ、『くん』か『さん』か呼び捨てか苗字で呼んでくれないか?」
菜苗 「解りました〜、凍弥ちゃん〜」
凍弥 「解ってない……」
菜苗 「はい〜?なんでしょう〜」
よーし悟った。
この人には『言っても無駄』なんだ。
頑固者とかってわけじゃなくて、ただ瞬間的に忘れてるだけなのだ。
一言で言えば『要領が悪い』。
悲しいことだが、この人の世話になってる間だけ『ちゃん』を我慢すればいいのだ。
我慢だ、俺……。
凍弥 「……そんじゃ、行きますか」
菜苗 「はい〜、まいりましょう〜」
菜苗さんは俺の手を引いてどんどんと歩いてゆく。
まあ……正直俺だけじゃあいつまで経ってもあいつらに会えなかったかもしれないしな。
そう思ったら菜苗さんの存在が嬉しく思えた。
───……が。
凍弥 「あのさ……菜苗さん?」
菜苗 「ごめんなさい〜……ごめんなさい〜……」
現在、俺と菜苗さんは道に迷っていた。
歩けど歩けど同じ場所を歩いている気がするのは、絶対に気の所為ではない。
実際、話し掛けた途端に謝られたし。
菜苗 「そういえば朝食がまだでした〜……」
凍弥 「そっちかい!」
菜苗 「はぅ……?なにかおかしなことを言いましたでしょうか〜……」
凍弥 「いや、いい……いいから……」
正面から普通に相手をしてて疲れる存在を初めて知った。
井の中の蛙が大海を知るとは、まさにこのことではなかろうか。
凍弥 「ところでさ、何処に向かってたんだ?」
菜苗 「はぅ……?言われてみれば〜……どこでしたっけ〜」
凍弥 「おいおい……」
菜苗 「そういえば〜、誰を探すのかを聞いていませんでしたね〜」
うん、そういえば俺も言ってなかった。
凍弥 「えっと……俺は浩介と浩之を探してるんだ。知ってる……よな?」
菜苗 「浩介……浩之……まあ〜、そうだったんですか〜。
わたしは食堂を探しているんですよ〜」
凍弥 「へえ〜、そうなんだ。って、そうでなくて……」
菜苗 「はぅ……?」
落ち着け。
どうやったら理解させられる?
このポケポケ人に理解させることが出来る適切な言葉はなんだ……?
考えろ、考えるんだ……。
なにか解る筈だ……この人の思考回路が……!
凍弥 「…………………………」
よし!なにひとつ解らない!
そもそもこの人に物事を理解させた未来がイメージ出来ない!
凍弥 「じゃあ……菜苗さんのお食事タイムということで、ここで解散しよっか……」
菜苗 「いいえ〜とんでもないです〜。
命の恩人はどんなことがあっても優先しろと、
おじいさまが言い残しましたから〜」
凍弥 「そ、そうなんだ……」
菜苗 「はい〜。ですから安心してください〜。
たとえ餓死しようとも凍弥ちゃんは案内しますから〜」
凍弥 「……いや……それはいろいろと安心できないんだけど……って!
あ、ちょっと待てってば───あぁーーーっ!!!!」
───……。
く〜……くきゅ〜……きゅるる〜……
菜苗 「はぅ〜……はぅう〜……ぅきゅぅ〜……」
凍弥 「………」
なんかすごく申し訳なくなってきた。
泣きそうな顔で案内続けられてもこっちも辛いんですけど……?
しかも相変わらず同じところをグルグル回ってる気がする。
くきゅ〜……きゅる〜、るるきゅるる〜……
菜苗 「うううう〜……おじいさま〜……菜苗は〜……菜苗は〜……」
既に歩き方がゾンビチックな菜苗さんは、空腹のあまりにフラフラだった。
なんかほんとに申し訳無い。
凍弥 「あ、あのさ、ここからは俺だけで探すからさ、
その……菜苗さん、朝食とってきなよ」
菜苗 「ダメです〜……恩人を見捨てたとあったら、
おじいさまに末代まで祟られます〜……」
凍弥 「……祖父に祟られ続ける家系ってのもどうかと思うけど」
菜苗 「とにかくわたしには凍弥ちゃんを知り合いさんのところまで案内するという、
立派で崇高で険しい試練のような使命と黙秘権があるんですよ〜」
凍弥 「……黙秘権は関係ないだろ」
まいった。
この人、イロイロとツッコミどころがありすぎて困る。
凍弥 「……じゃ、まずは屋敷の入り口に出よう。
そこまで行けば自分の部屋への行き道くらいは解るだろ」
菜苗 「あぁ〜……そういえばそうですね〜」
凍弥 「菜苗さん……もうちょっと考えて行動した方がいいと思うよ」
───……。
凍弥 「……でさ。どうしてテラスに居るんだ?」
菜苗 「不思議ですねぇ〜」
この人マジだ。
こうなる前に確信できた筈なのに。
もう間違いない、この人───
菜苗 「あ、あそこ〜、わたしが降りられなくなった屋根ですね〜」
……重度の方向オンチだ。
さて問題だ。
俺はこのままこの人に案内してもらうべきだろうか。
凍弥 「……………」
いや、信じよう。
もう自分の心を迷わせるのはヤメだ。
もともと俺は、飛鳥に『人を信じるしか能が無い』とまで言われた男だ。
だけど不思議と嫌な感じはしなかったし、どっちかってゆうと嬉しかった。
多分、それが俺という馬鹿の本質なんだと思う。
昔っから人を疑うことを知らず、父さんに何度からかわれただろうか。
だけど、そんなことがあってもまだ、誰かを信じる自分が居た。
それが特別だと思ったこともなかったし、俺の中では確かな『自然』だった。
だったら……わざわざ自然を捨てる理由なんて、俺の中にはあるんだろうか。
凍弥 「……まいったな、俺ってやっぱり馬鹿みたいだ」
菜苗 「はい〜……?なにかおっしゃいましたか〜?」
凍弥 「いや、べつに。それじゃ行こうか。あそこを目指せば外には出られるだろ」
菜苗 「外、ですか〜?それならここから飛び降りたらすぐですよ〜」
凍弥 「飛び降りるって……」
学校とは違って、隣接した木もないここを飛び降りると?
普通の家とは違って、一階一階がデカいから……
二階から飛び降りるって言っても相当な高さなんですけど……?
菜苗 「それ〜」
凍弥 「うぎゃあああああああ!!!!」
菜苗さんが自殺!じゃなくて飛び降りっ!あっ!いやっ!あああああああ!!!!
凍弥 「ああもうどうにでもなりやがれ!!」
この人に出会ってから、とことん振り回されてる気がするなぁとか思いながら、
体を傾けて欄干を蹴って、微笑みのままに落下してる呑気な菜苗さんを抱き締めた。
そんな中で『つくづく馬鹿だな』と自虐したところで───ドシンッ!!
凍弥 「ッッ……ご、っ……おぉおお……!!!」
菜苗 「まあ〜、すごい着地ですね〜」
俺の両足に、人間ふたり分の重力が一気に圧し掛かった。
いやっ……痺れてます……!マジで……!
やっぱり高いところから自分以外の重力を持って着地すりゃあ……こうなるよな……!
あ、で、でもそれ以上にヤバそうな気配無し……痺れ以外はオールグリーン!
凍弥 「……はぁああ……」
どさっ。
暗雲に近い溜め息とともに、尻餅をついた。
正直、立ってられない。
菜苗 「どうかしたんですか〜?」
凍弥 「しますわそりゃあ……っと」
お姫サマ抱っこをしたままだった菜苗さんを横に降ろし、
手入れの行き届いている芝生に手を付いて脚を休めた。
休めたって言っても、ただ伸ばしているだけだけど。
痺れに効果的かどうかなんて知らないし。
菜苗 「ですが〜、素晴らしい着地でしたね〜。お姉さんびっくりです〜」
凍弥 「俺もびっくりしたよ……いきなり飛び降りるとは思わなかった。
まったく、怪我したらどうすんのさ……」
菜苗 「大丈夫ですよ〜。わたし、こう見えても運動神経いいんですよ〜?」
凍弥 「菜苗さんの『こう見えても』はもう宛てにしたくない……」
菜苗 「まあ〜、どうしてですか〜?」
凍弥 「どうしてって……」
菜苗さんの『こう見えても』の所為で迷ってるってこと、自覚してるのかな。
……してないんだろうなぁ。
ハッキリ結論を言えるのが悲しい。
でも本人にキッパリと言うほど非常識じゃないぞ俺は。
なんとかして話題をそらして───って、そうだ。
凍弥 「そういえばさ、菜苗さんってどうして屋根の上に居たんだ?」
菜苗 「はぅ……?」
凍弥 「はぅ?じゃなくて」
菜苗 「あぁ〜、そうでした〜。わたし、ドラえもんさんに会ったんですよ〜」
凍弥 「ドラえもんって……」
アレだよな、部屋の前で倒れてた……。
凍弥 「……って、ドラえもんと屋根に居るのと、何の関係が?」
菜苗 「そのドラえもんさんがですね〜、わたしに雷を落としたんですよ〜。
そうしたらいつの間にか屋根の上に居まして〜」
凍弥 「………」
訳が解らん。
雷食らって瞬間移動?
そもそも雷受けて生きてる菜苗さんって不死身?
いやいや、そもそもドラえもんって雷を落とせるのか?
凍弥 「……あのさ、菜苗さん。ドラえもんって雷落とせるもんなの?」
菜苗 「どうでしょう〜……わたしも婦長の目を盗んではアニメを見てはいますが〜……
一度としてそのような場面は見たことがありません〜」
凍弥 「……そういや、ドラえもんってまだやってるんだっけ……」
究極の長寿アニメだ。
呆れもする。
そういえば一時期、ばーさんが『声優が変わっちゃったぁーっ!!』って嘆いてたっけ。
あの人はあの人で、ほんと元気だしなぁ。
今はどこで何をしてるのか謎だし。
菜苗 「あぁ〜そうでした〜。そのドラえもんさんと浩之さんが一緒に居たんですよ〜」
凍弥 「浩之が?……ってことは……」
ドラえもんの正体は浩介?
って、浩介が雷落とせるわけないし……ああ解らん。
着ぐるみって聞いて、真っ先に思い出したのは彰衛門だけど……
こんなところに居るわけないしな、うん。
凍弥 「浩介は居なかったのか?」
菜苗 「一緒ではありませんでしたね〜」
凍弥 「ふーむ……」
でも安心した。
今ひとつ確信に届かなかったものが確信に届いた気分だ。
ここに浩之は居る。
だったら、あとはなんとかして会えばいいだけだ。
凍弥 「菜苗さん、その場所に案内してもらっていいかな。
さっき通った場所は覚えたから、迷う方向に行こうとしたら止めるからさ」
菜苗 「はい〜。共同作業というものですね〜?」
凍弥 「あー……そうですなぁ」
共同。
その言葉を聞いた途端、なんだかお先が真っ暗になった気がした。
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