───孤独な少年のまだ見えぬ未来───
───……。
彰利子「……はぁ」
くだらん偽名を使ってしまった。
まあいい、とりあえずは追い出せた。
彰利子「で……居るんだろ?気配で解るぞ」
真里菜『なんだ……解ってたんだ』
声にしてみた途端、空中に真里菜さんが現れる。
その顔は……ひどく落ち着いたものだった。
けど、その気配から感じるものは闇。
ドス黒いなにかだ。
冷静に感じとってみようとすれば、それは確かに黒い気配。
───そう。
随分昔に感じた気配だ。
この嫌な気配を出していたのはひとりしか居ない。
彰利子「随分しぶといんだな……宗次」
そう。
母さんを殺した張本人の、アイツだ。
真里菜『ソウジ?それってお父さんのナマエだよね。
いやだなぁ、わたしはお父さんじゃないよ?』
彰利子「黙れ。お前と話してなんかいない」
真里菜『……ひどいなぁ、産まれることさえ出来なかった妹に、そんなこと言うの?』
彰利子「生憎だが、俺の妹はそんな口調はしてないんでね。
お前の存在が『俺の理想』だとしたら、そんな口調をするわけがない」
真里菜『……なぁんだ。全部知ってるんだ』
彰利子「お前、メイさんの言ってた悲しげな女の子の霊だろ。
真里菜から出ていけ。話の邪魔だ」
真里菜『……冗談はやめてよ、わたしは被害者だよ?
この子が急にわたしを取り込んだの。
離れられるならとっくに離れてる』
彰利子「……宗次か」
真里菜『───』
ドックンッ……!
真里菜『か、はっ……!?』
彰利子「……!どうした!?」
真里菜『……ソウジが、目覚めた……!く、ううう……!
なんで……!?なんで死んでまで苦しまなきゃならないの……!?』
彰利子「───……宗次!」
真里菜『あ……つ……!───か、……やく、た、たず……が……!』
……目覚めたな。
しかも……こりゃあちょっと……まいったな。
真里菜『あき、とし……やくたたず……あぁ、あきとし……!』
真里菜の体がメコメコと変異し、その肩に親父───宗次が浮き上がり、
その腕には───
彰利子「かあさん……」
そう、母さんが居た。
宗次は真里菜の魂だけじゃ飽き足らず、母さんの魂まで巻き込んでいたのだ。
ドクンッ!
彰利子「かはっ……!?ば、かやろ……!暴れるんじゃねぇクソガキ!!」
母さんの顔を見た途端、カラに閉じ篭もっていた筈の子供の俺が暴れた。
邪魔なことこの上ない。
彰利子「なにをいまさら外に出たがってんだ!
てめぇは外を拒否して思い出をひとり占めしたんだろ!?
邪魔すんじゃねぇ!ブチ殺すぞ!!」
血が焼ける。
沸騰でもするかのように熱くなった血が、俺を苛立たせる。
邪魔……邪魔だ!
自分勝手に人の思い出や体を奪いやがって……!!
彰利子「外に出たくないから中に居るんだろうが……!
もし勝手な都合でそれさえも否定するなら……俺の中から出ていけ!邪魔だ!」
荒れる。
握り締めた拳から血が出る。
訪れる衝動は破壊のみ。
憎い。
目の前の存在が憎い。
自分のことしか考えず、全てを自分のものだけにした子供の俺が憎い。
真里菜『あぁ……あきとし……あきとし……!
ごめんなさい……あなたには、ひどいことを……』
彰利子「うるさい!いまさら出てきて俺に謝るな!!
俺は確かに母さんが好きだった!けど今は違う!
俺は───自分の信じた人に殺されるような人の気持ちなんて解りはしない!!
訂正するつもりなんてない!母さんは馬鹿だ!!」
真里菜『あきとし……』
彰利子「気安く名前を呼ぶな!
人の言ったことを無視して勝手に信じて勝手に死んで……!
俺がその愚考の末にどれだけ心を枯らしたか、あんたに解るか!!」
真里菜『あぁ……』
彰利子「親を殺した……!人をいっぱい殺した……!友達まで殺しそうになった……!
その妹たちに殺されそうになった……!泣かせてしまった……!
俺は……俺はただ普通に暮らしたかった!!
誰からも憎まれないで、普通に友達を作って笑っていたかった!!」
真里菜『………』
彰利子「ほら……見てみろよ……!俺の手は赤いままなんだ!!
傷だって全然消えない!せっかく解放されたって思ったのに、
この傷の所為で月の家系の宿命から逃げられないんだ!
ずっと刀を持ってないと生きていけないんだよ!!
もう死にたくなんかない……!やっと未来を手に入れたんだ……!
好きな人だって出来た……!守りたい場所がある……!!
けど……俺は『人』としてそれを守りたいんだよ!
みんなが『人』に戻る中で、
どうして俺だけ『バケモノ』でいなきゃいけないんだよ!!」
真里菜『あき……とし……』
彰利子「あんな男信じて、母さんになにが残った!?
死んでまで、母さんは幸せだったか!?位牌でも残したかったのかよ!!
それとも……俺が死に続ける、苦しみ続ける地獄でも残したかったのか!」
───ああ、ようやく解った。
どうして自分が『子供の自分』を創り、『レオ』を創ったのか。
俺はきっと、母さんを殺した親父よりも───
───この、母さんが憎くて仕方が無かったんだ───
女を傷つけられないのは、親父みたいになりたくないからじゃない。
そうすることで、誰かの未来が俺のように捻じ曲がってしまうのを見たくないからだ。
人の未来なんて、些細なことで変わってしまうことを、
俺は長く繰り返す歴史の中で知ってしまったから。
だからこそ、そんな現実を俺に残してしまった母さんが……憎くて仕方が無かった。
真里菜『あきとし……ないて……いるの……?』
彰利子「うるさいっ……うるさいっ!
ちくしょう……!ちくしょう……!!ちくしょう!!」
全てが解った今、俺の中で子供の俺が泣き出した。
子供の俺は、きっとその事実を知っていた。
その上で、いい思い出だけに埋もれようと逃げていた。
彰利子「俺はもうあんたの思い出なんかいらない!消えろ!消えちまえ!!
俺の中から消えちまえ!!お前もだ!いつまでも俺の中で泣くな!邪魔だ!」
頭の中の整理が追いつかない。
理性が崩れるような吐き気の中、俺は自分の肩を掻き毟った。
血が出ようが、掻き毟った。
そしてただ、涙した。
彰利子「あんたが居たから……!あんたさえ居なければ……!!」
真里菜『………』
視界が滲む。
前が見えないくらいに溢れた涙は、俺の頬を伝って床に落ち続ける。
真里菜『……彰利。わたしを斬りなさい』
彰利子「なに……?」
真里菜『宗次さまはわたしが押さえつけています……。
わたしが憎いなら、その刀でわたしを斬りなさい』
彰利子「───ふざけるなよ……なに言ってるんだよ!!
俺にまた───……知ってる人を殺せってゆうのかよ!!」
真里菜『……ごめんなさい彰利。
わたしがあなたに【信じること】なんて教えた所為で、
あなたを苦しめてしまって……』
母さんが謝ってくる。
悲しそうな顔で。
けど……それがどうした。
俺はもう、自然にそんな顔が出来ないくらい、心を枯らしてしまった。
『自分で表情を作る』ことでしか、表現できないくらいに枯れてしまったんだ。
霊でありながらそれが出来る母さんに、俺の気持ちの少しでも解るってゆうのか?
俺が経験したものは生き地獄だ。
心が壊れた俺が、母さんが教えてくれた『信じること』のために、
ただひとり、悠介へ心を置いて死に続ける地獄だ。
その友達を救えなかった無力な自分を知った。
たったひとりでゼノと滅ぶというのに、悲しくない自分を知った。
涙が出ない自分を知った。
この涙だって、子供の俺が泣かない限りは出なかったものだ。
俺には感情と呼べるものなんてなかった。
メイさんに親近感を覚えたのだって、その所為だ。
俺をこんな風にしたのは誰だ?
目の前の母さんじゃないか。
いまさら謝ってもらったって、憎しみが膨れ上がるだけだ。
それも……また俺を残して逝くつもりだ。
俺に、殺させて。
彰利子「かはっ……!は、はーっ……!はー……!」
魔人が疼く。
けど、それを必死に抑える。
真里菜『……もう、さっきまで居た女の子には出てもらったから。
わたしが憎いなら、斬りなさい』
彰利子「ふざけるな!俺の質問に答え───ぐぅっ!?」
母さんが手を翳すと、俺の中から何かが流れ出てゆく。
それは───子供の頃の俺だった。
子彰利『かあさんっ……!』
真里菜『彰利……』
ふたりは、本当の親子のように抱き合った。
それを見て、俺は涙が止まらないのを感じた。
彰利子「…………」
そっか。
母さん、あいつを見て笑ってる。
つまり、俺は……母さんの息子なんかじゃない。
だって母さんの息子はアソコに居る。
もう、母さんの目に『俺』なんて映ってない。
……ああ、なんだ……簡単じゃないか。
創られた人格ってゆうのは───
彰利子「は───は、はははは……っ……!」
涙が溢れた。
この感情はウソじゃない。
でも、この感情までもが作り物だったらどうだろう。
子供の頃の俺はショックの余りに『俺』を作って、
嫌なことを全部俺に押し付けて殻に閉じ篭もった。
俺は自然にそれを受け入れていた、いつの間にか自分が『弦月彰利』だと信じていた。
けど……それは違った。
俺はあいつに作られて、普通に生きてゆく中でこうした感情を周りから手に入れて───
彰利子「はっ……あははははははは……っ……はっ……」
『孤独』なんてゆう宿命を背負わされるためだけに産まれた……アイツの影。
産まれた時から、影だった───
彰利子「はは……あはは……っ……」
そっか……そうだったんだ……。
つまり俺は……俺は……『レオ』と大差無い存在だったのか……。
だったら───いっそ、壊してしまおうか───
彰利子「邪魔……邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔……!!」
ジジッ……バジィンッ!!
彰利 「くはははは……!みんな……邪魔だ……!」
椛がかけた女化は砕けた。
刹那、体には死神の闇具が纏われ、
俺の手には闇の象徴である死神の鎌、『運命破壊せし漆黒の鎌』が。
彰利 「………」
無言で、鎌を構える。
振り下ろせば魂は砕けるだろう。
死神の鎌とはそういうものだ。
なら、目の前で幸せそうに抱き合ってる『オリジナル』を殺せばいい。
なら、目の前で幸せそうに抱き合ってる『母のカタチ』を殺せばいい。
俺にだけ絶望を持たせたまま幸せそうにしているコイツラを、否定してしまえばいい。
───けど。
アイツの声が、頭のどこかで聞こえた。
黄昏の景色の中で、ふたりで殴り合ったあの頃が、俺の中で弾けた。
───そうだ。
確かに俺は絶望を味わった。
でも……その中に、アイツ───悠介ってゆう希望があったのはウソなんかじゃない。
いつだって一緒に馬鹿やって、笑い合って、
そして……お互いを友達だと言って微笑み合えた。
絶望の中にだって、希望はあったんだ。
ウソじゃない。
俺は、あいつと友達になれたことで救われたんだ。
彰利 「う、ぐ……!」
何度も時をめぐっても、あいつだけは俺の味方でいてくれた。
彰利 「ぐ、あ……!」
俺の無茶にも付き合ってくれて、最後には笑ってくれた。
彰利 「ふ……っ、ぐ……」
それはきっと、いつまでだって変わらない。
俺や悠介が変わってしまわない限り、きっと続いてくれる。
その気持ちは───作り物なんかじゃない。
───ヒィンッ!!
鎌は、母さんだった人の髪の傍で止まった。
真里菜『……彰利?』
彰利 「……斬れないよ」
真里菜『どうして?あなたはわたしを恨んで……』
彰利 「斬れるわけないだろっ!
どんなひどいことされても、どんな辛い思いをしてきても……!
あんたは……俺の母さんなんだよぉっ……!!」
……ただ、涙が熱かった。
その熱さのお蔭で止まれた。
このまま降ろしていたらきっと、俺は悠介の友達をやめなきゃいけなかっただろう。
彼は俺の希望だったから。
だから、絶望を知っている俺が、そんなことを出来るわけがなかった。
真里菜『……彰利』
彰利 「くそっ……くそぉ……!憎い筈なのに……!殺したいはずなのに……!」
真里菜『───ごめんなさい』
母さんだった人は、ただ謝った。
そして───冥月刀に目をやった。
真里菜『真里菜と宗次さまと彰利は、わたしが連れていくから。あなたは生きなさい。
自虐するまえに出来ることなんて、きっと山のようにあるんだから』
彰利 「な、に……?」
真里菜『彰利……悠介くんは元気?』
彰利 「……あんたには関係ない」
真里菜『ふふっ、そうね。いまさら母親ぶったって……ね。
でも、これだけは言わせてちょうだい。
人は、孤独のままでなんか生きてられないのよ。
孤独だったわたしが宗次さまを信じて付いていったように』
彰利 「うるさい!俺に説教する資格なんて、あんたには無いだろ!?
あんたは俺の母親なんかじゃないし、俺はあんたの息子じゃない!!」
真里菜『……ごめんなさい』
彰利 「謝るなったら!」
そう叫んだ。
涙を流しながら。
それが───その一瞬が災いした。
冥月刀があの人へ向かって飛び───ザンッ、という音を出した。
彰利 「え……?」
やがて、冥月刀は落ちる。
彰利 「冥月……お前、どうして……」
わけが解らなかった。
目の前には、魂という体を斬られて消えようとしているアノ人とオリジナル。
真里菜『その娘を、怒らないで……。わたしがお願いしたから……』
彰利 「……!どうして……」
真里菜『これで、いいの……。
憎しみをもった霊は、消さないと悪影響にしかならない……。
なにより……わたしたちがあなたの中に戻らないとも限らない……』
彰利 「え……?」
俺の中に……戻る?
どういうことだよ、それ……。
真里菜『わたしたちはね……彰利、あなたの中に居た存在なの。
わたしと宗次さまと真里菜……その魂は固まって、あなたの中に居たの。
安定はしていたから悪い方には進まないだろうと、
この世界に執着したのがいけなかった。
中に居たわたし達が、あなたの憎しみに感化されて悪霊になってしまった』
彰利 「………」
真里菜『それだけでも、外にさえ出なければ良かった。でも……』
母さんだった人は息を吐いてから、ゆっくりと話し始めた。
真里菜『あなたを助けるために開かれた精神から、わたしたちは出てしまった。
あなたの理想の真里菜として。だけど宗次さまはあなたを殺したがっていた。
それが相乗して……あなただけを狙う殺人鬼になってしまった───』
彰利 「なに……言ってるんだよ。ワケが解らないぞ……」
真里菜『安心して、って言ってるのよ。
あなたはもう、わたしたちのことで悩む必要なんてないの。
辛い思いばかりさせたけど……また無責任に消えるだけだけど……。
あなたは、あなたの思うように生きなさい』
彰利 「………言われなくてもそうする。わざわざそんなこと言い残すな。
あんたが言い残した『信じる』って言葉の所為で、俺は苦しんだんだぞ。
そんなことを言い残されたら───
俺があんたの言葉通りに生きてるみたいになるじゃねぇか!!
消えるならさっさと消えろ!!目障りだ!!」
真里菜『…………ごめんなさい……』
ただ、謝るだけ。
現れた時から謝りっぱなしだったソイツは、やっぱり謝りながら消えた。
彰利 「………」
大広間の中にあるものは静寂だけ。
とても静かで、どんな雑音も耳には届かなかった。
涙なんてものはとっくに止まって、
俺は家族だったものの消滅に動じることなく天井を見上げた。
───ただ。
心の中にあった筈のものがポッカリと空いてしまっていて。
ふと気づけば……体を蝕んでいた筈の傷が、少しだけ消えた気がした───
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