───やがて幸せを願う少年───
───……。
ざっしゃざっしゃざっしゃ……
遥一郎「…………」
鈴訊庵に戻るなり、凍弥の母者に誘われて掃除。
なんだか知らんが、俺っていつの間にか家政婦みたいなことになってないか?
遥一郎「……自分の思考を否定できない時って、結構ショックだったりするよな」
自分の思考と会話をするように呆れてみせた。
で、その凍弥ママ───まあ霧波川夕だが、
柾樹に呼ばれてさっさと家の中に引っ込んでしまった。
……しっかしヘンな気分だよ。
俺より大人の格好のヤツが俺より年下なんて。
いつになっても、こういうのには馴れないな。
……凍弥が俺の外見年齢越しちまうのも、そう遠くない未来なんだろうなぁ。
遥一郎「……生きていれば、な」
最近はくだらない現実ばっかりがこの世界に介入する。
俺としては、こんな現実ばかりが幸せを崩す世界は嫌いだ。
『人生は夢である』。
俺はそんな言葉が好きだった。
いつから好きだったのかは憶えちゃいないけど、
夢の中に居たいって気持ちは誰にでもあると思う。
───たとえば。
リヴァイアに捕まって聞かされた、くだらない現実を願うヤツなんて居やしない。
……あいつは生きられない。
あいつには願うべき未来を願うことすら許されない。
昔に聞いた言葉───『人生は夢である』。
その他に、『世界には現実って悪魔が存在する』。
それはその通りだと思う。
現実ってのは夢を思い通りに動かさない存在だ。
時には絶望を、時には死を齎す。
それを齎すの『現実』が、人間で言う『神』なんだとしたら───
俺は神ほど嫌いな存在はないのだろう。
遥一郎「……天大神はただの魔力の高いじいさんだったけどな」
険があるのに穏やかそうな天大神の顔が頭に浮かんで、俺は微笑を漏らした。
衛兵はクズだったが……ああゆう神が居るなら、俺は落ちつける気がする。
声 「あの……」
遥一郎「うん?」
揺らしていた箒を止めて、聞こえた声の出所に振り向く。
その場には───メルティア嬢が居た。
遥一郎「メルティア嬢じゃないか。久しぶりだな、どうしたんだ?」
メル 「あ、の……凍弥さんに用が……」
遥一郎「凍弥か。残念だが今は出かけててな。
俺でよければ、あいつが帰ってくるまで相手になるぞ?」
メル 「………」
遥一郎「メルティア嬢?」
何故か警戒したような顔で見られてるが……?
俺、なにかしたっけ。
遥一郎「どうするんだ?茶菓子も出すが」
メル 「……あ、の……お茶菓子はいいですから。普通にお話を……」
遥一郎「そうか?いい饅頭があるんだがな」
ふむ。
ま、いいか。
遥一郎「じゃ、こっちだ」
メル 「はい」
先んじて鈴訊庵に入ると、メルティア嬢はトテトテと後ろに付いてきた。
───……。
客席に座るメルティア嬢の前にお茶を置く。
遥一郎「雑茶だが」
メル 「……粗茶じゃないんですか」
遥一郎「たまにはこういう言い方もアリだろ。意味はそう遠くない」
メル 「………」
メルティア嬢の向かいの席に座り、茶をすする。
遥一郎「それで、どうしたんだ?」
メル 「あ、あの……兄さんのことで」
遥一郎「ニイサン?」
メル 「……風間雄輝のことです」
遥一郎「……ほう」
そういえばそんなことをメルティア嬢か他の誰かが言ってたような言ってなかたような。
いかんな、頭が老いてるか?
刀豆茶を飲まねば。
*刀豆茶───なたまめちゃ
───説明しよう刀豆茶とは───
腎臓の荒れを改善し、尿素と呼ばれる悪素を正常に流してくれるお飲み物。
腎臓が正常でなければ尿素が体内に残り、
それが血に混ざって脳に辿り着き、脳が老化してしまう。
モノ忘れの激しい若人は脳の老化が原因であり、
現代の若人の脳年齢は平均して実年齢の+20〜30歳くらいの脳年齢と考えて良い。
が、刀豆茶を2週間ほど飲むと脳年齢は実年齢の−5〜10歳となる。
ここで問題なのは改善されたあとの食生活であり、
たとえ刀豆茶を飲んで脳年齢がマイナスになったとしても、
油っぽいものや洋菓子などを食べると『酸性』の栄養過多で尿素が溜まる。
オススメは野菜類であり、卵など、動物性蛋白のあるものは注意が必要かと。
だから───自然の食物を食らえ!納豆とか最高です!でも亜鉛も取るように。
納豆には亜鉛が含まれているものの、亜鉛の吸収を助けるどころか流してしまうので。
ここで必要なのはビタミンCであり、ビタミンCは亜鉛の吸収を助けるのである!!
亜鉛は体に必要不可欠!!無くてはならぬ存在!!摂取せよ!キミとボクとの約束だ!
……さて、えーと……いつから亜鉛の説明に?
メル 「あの……なにを言っているんですか?」
遥一郎「ぬおっ!?こ、声に出てたか……?」
メル 「はい……」
遥一郎「……うおう」
いかんいかん、食事や栄養のことになると黙ってられん。
いつからこんな主婦染みた俺に……!?
遥一郎「えーと……メルティア嬢は風間の妹で、それで風間について話があると」
メル 「はい。兄さん、凍弥さんのことで悩んでいるみたいで……」
遥一郎「……そういや喧嘩したようなことを言ってた気がしたな。
メルティア嬢がここに来なくなったのも気を使ってか?」
メル 「……はい」
ふむ。
たしかにそれはいかん。
いかんが……
遥一郎「あのな、メルティア嬢。凍弥はもうそのことは気にしてないそうだぞ?」
メル 「え───?どうしてですか……?」
遥一郎「どうしてと訊かれてもも困るが……
あいつが言うには、『気にしていられる状況が存在しなくなった』そうだ」
メル 「───……それって、まさか……」
……死神である彼女はその言葉の意味を察したようだ。
そう───あいつにはもう、誰かとの衝突した結果を悩む余裕なんてない。
だからあいつがしたいことはさせてやるつもりだ。
たとえそれが『逃げること』でしかなくても。
だけど俺の思考は変わらない。
今まで通り接するし、暗い話は引きずりたくはない。
遥一郎「言っておくが、あいつはヤケッぱちになったわけじゃない。
あいつにはあいつの考えがあるんだ。それを否定しないでやってくれ」
メル 「………」
メルティア嬢は黙ったが、お茶を一口飲んで心を落ちつかせたのか、開口した。
メル 「……仲直り、出来るでしょうか」
遥一郎「うん?」
メル 「兄さんと、凍弥さん……仲直りが出来るでしょうか……」
遥一郎「……それはあいつらの問題だ。俺もメルティア嬢も悩む必要はないよ」
メル 「でもっ……!」
遥一郎「仮に俺達が何かいろいろと世話焼いても、
決定するのは俺達じゃなくてあいつらだ。そうだろ?」
メル 「それは……そうですけど」
遥一郎「人のことを思えるのはいいことだけど、もっと自分のことも考えてやれ。
じゃないと、凍弥みたいになっちまうぞ」
メル 「……凍弥さん、みたいに……?」
遥一郎「ああ。誰かのためばっかりに動いて、自分の幸せを見失っちまう。
そうなったら、絶対に後悔するだろうから」
メル 「………」
あいつは人のために自分を酷使しすぎた。
周りからの見返りなんてなくて、そもそも見返りなんて望んじゃいなかった。
だけど人間は『現実』に近しい。
小さな出来事であっさりと手の平を返すし、裏切りだってする。
だからその人はいつか思うんだ。
『徒党なんか要らない。たったひとりが居ればいい』と。
孤独を知る者には、孤独を知るたったひとりが居ればいい。
大衆の中のひとりの言葉なんて誰にも届かない。
なのに、大衆は小さなことに流されやすい。
その流れた先には裏切りがあり悲しみがあるとするなら。
それなら最初から独りで居ればいいのだから。
遥一郎「なあ、メルティア嬢。幸せってどこにあると思う?」
メル 「え……?えっと……」
メルティア嬢は俯いて考え込む。
そんな彼女に俺は、意地悪な質問をしたなと言って笑ってみせた。
遥一郎「他の誰かがどうかは知らない。
けど、俺は───『夢の中』にあるって信じてる」
メル 「夢、ですか?」
遥一郎「ああ、夢だ。現実から逃げるわけじゃない。
ただその世界に幸せがあることを、俺はずっと昔に知ったんだ」
死んだ人に救いは無い。
その姿のままで世界に留まり、
やがて年老いて死にゆく、同年代のトモダチを眺める時だってある。
だからこそ夢に願う。
その夢の中に居られたら、それが救いだと思えるから。
死にたくなかったのに死んでしまった人や、
歳をとらずに死んでいった人々の願いは、きっと夢の中にある。
死んだあともクラスメイトと馬鹿やって笑い合えたら───きっと楽しいから。
ひとりだけ老いることなく、
子供だったやつらが成長してゆくのを見るのは辛過ぎるから。
だからこそ夢を願った。
『もしかしたら、俺が消えることなく笑えている世界があるんじゃないか』って。
いつか目覚ましが鳴って朝を迎えたら、
全てが夢だったってことに気づくんじゃないかって。
俺は消えてなくて、いつまでも蒼木や観咲や真由美さん───
そしてサクラやノアと一緒に笑い合っているんじゃないかって───……
遥一郎「この世界が夢だったら……そう願ったんだ、俺は」
メル 「………」
遥一郎「この世界には『現実』がありすぎるんだ。『現実』は『残酷』に繋がる。
───たとえば辛い思いをしながらでも、その先の幸せを願う人が居るとする。
だけど現実が残酷なら、その幸せを願う気持ちなんて全てが無駄になる。
だから夢を見たいと思う。それは決して悪じゃないだろう?」
メル 「……難しいです」
遥一郎「ああ、まあ……すまん。解ろうとする必要はないから。
聞いてくれただけで十分だ」
メル 「そうですか」
遥一郎「ああ。───さて、これからどうする?凍弥が帰ってくるのを待つか?」
メル 「……いえ。大丈夫だというのなら深く追求するようなことはしません。
わたしはこれで帰ります」
遥一郎「そか。気をつけてな」
メル 「はい」
メルティア嬢は立ち上がってお辞儀をすると、
来た時と同じようにトテトテと鈴訊庵を出ていった。
遥一郎「……まあ、思われるってことは幸せってことだな」
あいつがしてきたお節介は決して無駄じゃない。
ああして心配してくれる人も居れば、悲しんでくれる人も居る。
ただ───あいつがこの世界に残るには、あいつの存在は薄すぎた。
誰が悪いわけでもなく、誰を責めることも出来ない。
理不尽な感情の向かう先は自分の心の中にしか無く、
俺達はそんな感情を我慢するしかなかった。
───……。
凍弥 「…………さて」
どうしたもんかと思考中。
また発作が来やがりました。
体が痺れて動かん。
凍弥 「痛みがないのが救いだな……。帰らずに丘に寄ったのは正解だった」
途切れた丘に倒れながら空を見上げた。
その空は蒼く、眩しいくらいに綺麗だった。
体は動かせず、感覚が全然無かった。
自分はここに居るというのに、まるで自分がそこに居ないような気さえする。
───いや。
自分の体が自分の体じゃないみたいに感じるんだ。
自分の思い通りに動かない体なんて、認めたいとは思えない。
凍弥 「美紀はもう戻っちまったし……まいったな。
本気で今この場で消えたりしないよな?」
そう思うと不安になった。
消えるまで前向きに生きようと思ったのに、その次の瞬間に消えるなんて嫌だぞ?
凍弥 「くそが……!動け……!動け動け動け……!!」
手に力を入れ、指を動かそうとする。
が───その刹那。
凍弥 「あ───がぁああああああああああっ!!!!」
全身を覆うような鋭い痛みに襲われ、思考が破壊された。
あまりの痛さに視界が滲み、だがその視界で俺は見た。
俺の手が、一瞬消えるのを。
凍弥 「くっ……がはっ……!っ……は、はーっ……はーっ……」
時間が残されていない。
果たして俺は、本当に春まで存在していられるんだろうか。
消えることなんか望まない。
ただ、いつまでもこの日常の中に居たい……。
俺の願いは、それだけなのに……。
凍弥 「ぐ……ぐ、う……」
こんな絶望の全てが夢だったらよかったのに。
目が覚めると与一が居て、俺はこんな症状になってなくて……。
そして、椛と一緒に……いつまでも……───
凍弥 「……み……、じ……。椛……」
自分の涙で霞んだ視界の中、ただ愛しい人の名を呼んだ。
体は動かせず、ただ嗚咽と涙のみが流れる自分。
───けど。
そんな俺の手をやさしく包んでくれるぬくもりがあった。
声 「───はい。凍弥先輩」
ぬくもりは俺の手を包んでくれて、その穏やかな笑顔が俺の目を真っ直ぐに見てくれた。
自分の視界は滲んでいたけど、それが彼女だってことくらい、すぐに解った。
凍弥 「椛……どうして……」
椛 「えっと……なんとなく、抜け出してきちゃいました」
拭った視界の先で照れ笑いをする少女。
けれど椛はどこか楽しそうに、俺を見下ろしていた。
凍弥 「エスケープか」
椛 「あぅ、それは言わないでください。
……なんだか突然、凍弥先輩のことが気になったんです」
凍弥 「椛……」
ああ、そうか。
彼女の魂は一度俺の中にあって、移植する際に俺の奇跡の魔法の塵でも流れたとしたら、
彼女が俺の少しの変調に気づくこともあるのかもしれない。
凍弥 「椛───あ」
握られた手のぬくもりが消え、今度は俺の頭が持ち上げられた。
その次の瞬間には俺の頭は柔らかいものの上に置かれ、
彼女の頬を染めながら見下ろす照れた顔を見て、膝枕をされたことに気づいた。
椛 「……凍弥先輩。わたしになにか隠し事、してません?」
凍弥 「………」
そして、彼女はなんとなくだけど気づいているんだろう。
俺の態度から。
そして、過去の彼女の言葉から。
彼女───飛鳥は言った。
俺の魂は奇跡の魔法ってゆう不安定なもので出来ていると。
それを安定させるために、彼女は俺に月操力と魂をくれた。
だが、その全ては今、椛に戻っているのが現状だ。
俺の体が再び不安定になっているに気づかないわけがない。
凍弥 「………」
でも、それは話していいことか?
確かに椛には言っておかなきゃいけないことかもしれない。
突然消えてなくなるよりは、それを知っていてもらったほうがいい。
何より、俺が椛に話すということに意味がある。
たとえ椛が、俺の消滅を知っていようがいまいが。
椛 「なにかあるんだったら、話してください。
わたしは───凍弥先輩の助けになりたいです。
凍弥先輩は冷たかったわたしに、暖かさをくれました。
わたしが助けられることなら、なんでもしてあげたいんです」
凍弥 「椛……」
椛 「それに、凍弥先輩が言ったんですよ?
一緒に悩んだり笑ったり、
泣いてくれる人が居ることにどうして気づかないんだ、って。
わたし、その言葉を今の凍弥先輩に返します」
凍弥 「………」
こりゃまた、随分前のことを……。
凍弥 「記憶力いいんだな、よく憶えてたもんだ」
椛 「ええ。人に怒鳴られて泣いたの、あれが初めてでしたから。
あ、朧月椛としての初めてですが」
凍弥 「ああ……そういや誰なんだ?『泣かせたうえでお節介する人』って」
椛 「いま、わたしが見下ろしている人です」
凍弥 「………………俺?」
椛 「はい」
椛はクスクスと笑いながら、俺の髪を撫でていた。
そして自分はとんでもない勘違いをしていたことに気づく。
道理であの時、『手鏡を持ってきます』だなんて言ったわけだ。
───俺は恥ずかしくて自分の顔を手で覆った。
その時になって初めて、発作が止まっていることに気づいた。
椛 「それより、話してください。最近の凍弥先輩、人を避けている気がします。
まるで───そう、凍弥先輩に会う前のわたしみたいに……」
凍弥 「………」
椛 「同じじゃないから別々のことで会話が出来るんでしょう?
同じじゃないから……支え合えるんでしょう?
それをわたしに教えてくれたのはあなたじゃないですか。
孤独を咎めようとした人が、自らを孤独で縛らないでください……」
凍弥 「椛……」
……敵わない。
椛の目は、どんなことも受け入れるってゆう決意の目だった。
たとえ傷ついても、俺のことを想ってくれる。
椛はそう言っている。
───だから俺は、彼女の頬に触れると、それを促して……キスをした。
凍弥 「……これから、ヒドイことを言うかもしれない。
椛は知っているのかもしれないけど、でも……俺から言うってことは、
それが完全な事実だって確信させることになる。
それでも……聞いてくれるか?」
椛 「当たり前です。迷うことなんてありません」
凍弥 「……そっか」
暗い気持ちを拭いきれないままに、俺は彼女を見つめた。
やがて覚悟を決めると、口を開いた。
凍弥 「俺は……春には消滅してしまう存在だ」
椛 「………」
凍弥 「キミが飛鳥だった時に俺に言ってくれたように、
俺の中には奇跡の魔法があって───
けれどそれはただ『ある』ってだけじゃなくて、
奇跡の魔法が『魂の受け皿』自体だったんだ。
『霧波川凍弥』ってゆう存在は母さんの体の中に居た時に死んでいて、
だけど俺は奇跡の魔法のおかげで生き返った」
……いや、生き返ったというよりは、奇跡の魔法がそのまま人格になったようなものだ。
凍弥 「そんな俺だから長くは生きられるはずがなかった。
ここまで生きていられたのだって、
飛鳥が俺に自分の魂と月操力をくれたおかげだ。
開祖の力なんかを受け入れられたのも、奇跡の魔法があったから。
でも俺はそれを椛に返して、それ以前の俺に戻ってしまった。
だから───その以前の通り、『俺は長くは生きられない』んだ」
椛 「……そう、ですか」
凍弥 「……だから、俺は……椛に黙って逃げ出すつもりだった」
椛 「っ!」
凍弥 「だって、悲しすぎるだろ……?
永い時を経て、ようやく結ばれると思ったのに……
結ばれて数ヶ月で消えてしまうなんて……」
椛 「なにを……なにを言うんですか!」
凍弥 「……椛?」
椛は叫んで、俺の目をじっと見た。
いつか俺がそうしたように、決して逸らさずに。
椛 「いつ消えてしまうかなんて関係ありません!わたしは隆正さまだから……!
鮠鷹さまだから……凍弥先輩だから好きになったんです!
いつ消えてしまうかなんてどうでもいい……!
消えてしまうならどうして、
その瞬間まで一緒に居たいって言ってくれないんですか!?」
凍弥 「……でも、俺は」
椛 「───知ってました……!
凍弥先輩が消滅に向かっていることくらい知っていました……!
でも、それでも最後の瞬間まで一緒に居てくれるって思ってた……!
だから隠し通してしまうならそれでもいいと思ってた……!
───だけど今の凍弥先輩は人として弱すぎます!
どうして『ひとりで消える』なんてことをしようとするんですか!
どうして───『一緒に居てくれ』って言ってくれないんですかぁ……っ!」
……椛の涙が俺の頬に弾けた。
泣いているにも関わらず、目を逸らさない椛。
こんなにも、俺を想ってくれる椛。
そんな椛を見て、俺は……
凍弥 「……消えたくない」
椛 「え……?」
凍弥 「消えたくない……。俺は、椛と……もっと、ずっと一緒に……」
俺はいつしか涙していた。
俺を見下ろす彼女の頬に触れながら、泣きじゃくる子供のように。
凍弥 「ずっと一緒に居たい……。
やっと幸せにしてやれるって……ふたりで幸せになれるって思ったのに……」
椛 「凍弥先輩……」
凍弥 「こんなに愛しているのに……。こんなに一緒に居たいと思っているのに……。
俺には……キミの未来を一緒に見てやれるだけの未来がない……」
椛 「っ……」
凍弥 「椛……俺は……いつまでもお前と一緒に居たいよ……。
一緒に、いつまでも……笑い合っていたいよ……。なぁ、椛……」
泣き顔のまま、俺は目を閉じて涙を流した。
思えば子供の頃から大人ぶっていた俺は、いつだって背伸びをしていた。
飛鳥が居なくなる前までの俺はどこにでも居るような小僧で、
いつだって飛鳥の後ろについて回っていたっけ。
だけど───それでも俺はオトコノコを演じていた。
背伸びをしていたことは、その時からも変わらない。
だけど……俺は初めて、自分の消滅を確信したうえで、誰かに甘えた。
弱音を吐いて、涙を流しながら、子供のわがままみたいなことを口にした。
……悔しかった。
自分の幸せを考えたことが無かった俺は、今初めて自分の幸せを願った。
それも結局は、『椛を幸せにしたい』って気持ちの枝分かれかもしれない。
……ただ悔しかった。
やっと幸せを願えたというのに、俺にはその未来が決定的に足りなかったから。
だから泣いた。
ただひとり傍に居て欲しいと思う人の前で。
泣いたんだ……俺は。
…………。
椛 「……凍弥先輩。お願いがあります」
ふたりでひとしきり泣いたあと、椛が涙で目を赤くしたままに口を開いた。
椛 「わたしと、結婚してください」
やがて出た言葉は、俺の不安を煽るような言葉だった。
凍弥 「椛……でも、俺は……」
椛 「わたしは凍弥先輩じゃなければいやです。
他の男の人のことなんて考えられません」
凍弥 「椛……」
椛 「凍弥先輩のことだから、
『俺以外の男を見つけて幸せになれ』とか言いそうですけど、
わたしはそんなの……許しません」
凍弥 「誰が───!」
椛 「きゃっ!?」
椛の言葉にカチンときた俺は、起きあがって椛を抱きしめた。
凍弥 「冗談じゃない!誰が他の男に椛を頼むもんか!椛を幸せにするのは俺だ!
他の誰にだって任せられるもんか!!」
椛 「あ、あの……」
凍弥 「冗談でも、今度そんなこと言ったら本気で怒るからな!」
椛 「……凍弥先輩、言ってることが無茶苦茶です。
『俺は……』とか『でも……』とか言ってたのに……」
凍弥 「誰にだって任せられない。椛を幸せにするのは俺だ……。
当たり前だ、こんなに愛してる……。
いつだって一緒に居たいし、いつまでだって一緒に居たいさ……」
だけど未来が足りなすぎる。
もっと生きて、寿命を迎えるまで椛と一緒に居たい。
いつか年老いても、くだらない昔話で笑い合っていたい……。
凍弥 「……っ」
未来の想像が出来るのに、その想像にすら手が届かない自分が悲しかった。
だけど決して、生きることを諦めたりなんかしない。
生きている中で、きっと救われる道がある筈だ。
凍弥 「椛……俺は……世界の誰にも負けないくらいキミを愛しているのに、
キミを一番悲しませるのは……きっと俺なんだ……。
どうか、それを許してほしい……」
椛 「許すも許さないもありません……。
きっと、わたしも凍弥先輩を一番悲しませてる……」
凍弥 「椛……」
椛 「凍弥先輩……」
佐古田「ぶっちゅッス!」
───……思考回路、停止。
凍弥 「って!どうしてお前がここに居る!」
佐古田「フッ、ラヴあるところにお邪魔虫あり!!
アチキはその言葉を知らしめるためにここに来たっ……!!」
…………いつから見てたのかは解らんが、
自分をお邪魔虫と言いきるヘタレ根性は賞賛に値する。
そして微妙に無頼伝・涯の真似をしている佐古田をどうしたものかと思案。
佐古田「まあそんなことは冗談で、実は興味深い話をとある人物から聞いたッス。
ムナミーが自宅謹慎無視して散歩してるってことをね」
凍弥 「おい……それってもしかして」
佐古田「おっと、名前は明かせねぇッス。佐野崎という苗字くらいしか無理ッスね」
凍弥 「……てゆうか俺の散歩知ってるの、ひとりしか居ないし」
佐古田「………」
凍弥 「………」
佐古田「ところで、ぶっちゅは?」
凍弥 「するかっ!」
佐古田「つまんねぇッス〜」
くだらんことでブーたれる佐古田。
凍弥 「ところでお前……いつから?」
佐古田「ムナミーがそこのラバーズに膝枕してもらったあたりッスかねぇ」
凍弥 「ほぼ最初からじゃねぇか!!」
佐古田「お馬鹿ッス!アチキが見たかったのはセカンドキスッス!!
同じ場所で何度もキスするラヴラヴバカップルを見たかったッス!
だからするッス激ぶっちゅ!!!」
凍弥 「お、お前なぁ……!!」
しかしまいった。
全部聞かれてたってことだよな……?
凍弥 「で……お前。なんか聞いたか?」
佐古田「それがッスね。ムナミーの無様な泣き顔は拝見できたッスが、
話し声まで聞こえなかったッス。ヘンッスねぇ、こんな近くだったのに」
凍弥 「……そ、そっか───って誰が無様だぁっ!?」
佐古田「へ?違うッス?
ラバーズの胸に抱かれ、甘えるようにボロ泣きしてたの、誰ッス?」
凍弥 「ぐっはぁーーーーーーーーーーっ!!!!!」
……ミラレテタ。
ヨリニモヨッテ、魔王サコタヨーシェ……コンナヤツニ。
佐古田「フッ……ムナミー、アチキ……欲しいモノがあるッスが」
凍弥 「佐古田テメェ……!俺を脅迫するつもりか……!」
佐古田「お?嫌ならいいッスよ?
ムナミーが実は彼女には激甘え癖があるということが、
如月高校に広まるだけッスが」
凍弥 「ギッ……ギムゥーーーッ!!」
ウハァ殴りてぇ!!
凄まじく殴りてぇ!!
それも、記憶が飛ぶまで何度でも!
ああ殴りたい……殴ってみたい……!
こんな切ない思い……!ボゴシャアッ!!
佐古田「ふぎぃっ!!?」
凍弥 「おわっ!?」
突如、佐古田が大地に沈んだ。
ええ、めり込んでますし。
名実ともに沈んでます。
……で、その背後には目を真っ赤に染め、髪を銀色に染めた死神モードのモミジさん。
椛 「───わたしの凍弥先輩を困らせるようなことをしないでください……」
……怖いです、椛さん。
凍弥 「うーむ……これで記憶が飛んでてくれると助かるんだが」
それ以前に生きてるか?
……ああ、一応叩き落された蚊みたいにピクピク動いてるな、生きてる生きてる。
椛 「───シェイド」
ルヒド「はい、母さん」
凍弥 「うおっ!?」
椛が虚空に呼びかけると、いつぞやの死神が現れた。
椛 「この人がこの場所に来てからの記憶を消してしまって」
ルヒド「了解です」
…………嗚呼、何故かいっそ、佐古田が哀れだった……。
佐古田「───……」
その後、佐古田はホウケていた。
なんでも記憶を摘出した分、その分の時間はこうなるんだとか。
というわけで……
凍弥 「佐古田。貴様は……そうだなぁ。
浩之に告白されて胸をトキメかせ、その告白をOKしたのだ。
そして自分も信じられんくらいに浩之を愛し、
地獄の果てまでも追いかけられるほどに愛してしまったのだ。
それは曲げられん事実っ……!
たとえこの後に記憶が飛ぼうが飛ぶまいが、
その事実だけは忘れられぬのだ……!───OK!?OKなら復唱ギブミー!」
佐古田「わ、わたし……は……わたしは……」
凍弥 「志摩浩之を愛している!サンハイ!」
佐古田「わたしは……志摩浩之を愛して、射る……」
凍弥 「射ってどうする!愛すんだ!ラヴだ!貴様の好きなぶっちゅもし放題だ!」
佐古田「わ、わたしは……志摩浩之を愛してる……から、ぶっちゅも……日常的に……」
凍弥 「そう、日常的に!尚且つ、心のトキメキを忘れぬ思いで、
いつでもファーストキッスの気持ちでぶつかるのだ!」
佐古田「わたしは乙女……わたしは純情……」
凍弥 「こっ、こらこらこら!なに自分で自分を作ってやがりますか!」
なんという根性……!
佐古田……恐ろしい娘……!
椛 「あのー……」
凍弥 「いいか佐古田!確かに貴様は恋する乙女だ!
純情ってのも─────────────……まあその、合ってるかもしれん!
だが間違うな!純情で恋する乙女になるのは浩之に対してだけだ!
他の男などはからかい相手にすぎん!
毎度毎度俺を苦しめているように、浩之以外の相手にはそうするべきなのだ!
解るな佐古田!解ったらドナドナを斉唱!」
佐古田「あーるー晴れたー、ひーるーさがりー、いーちーばーへ続ーく道〜♪」
凍弥 「す、素晴らしいぞ佐古田!佐古田のくせに歌が上手だ!」
椛 「あーのー……あの、なにやってるんですか?」
佐古田「わ、わたしは歌が上手い……美声の持ち主……」
凍弥 「あ、こ、こらっ!だから自分で自分を作るなっつっとろーが!!
いいか佐古田、貴様は獣(だ!
貴様は強い!気に入らんヤツは屠れ!俺が許す!解ったら歌うんだ!」
佐古田「やっさっしい〜けど力持ち〜♪」
凍弥 「お、落ちつけ佐古田!それはなんか違う!
それはひとり物真似紅白歌合戦でノリさんが真似した和田アキ子だ!」
椛 「とーやせんぱいっ!!」
凍弥 「───はうあ!」
横から聞こえた大きな声に、現実に戻される。
凍弥 「お、おや椛さん。なにかご用で?」
椛 「……あの。なにをしてるんですか?」
凍弥 「いや、見事にボケっとしてるもんだから、
普段言えない鬱憤でも放って晴らしてしまおうかと」
普段じゃあどうにも言い返されてばっかりだったからなぁ。
たまには一方的に物事を言ってみたかったってゆうかなんてゆうか。
椛 「……ひとり物真似ってなんですか?」
凍弥 「閏璃凍弥の記憶にあった情報だけど……俺もよく解らない」
椛 「………」
あ、呆れてる。
椛 「あの……凍弥先輩?普段通りに戻ってくれるどころか、
自分の幸せを考えてくれるようになったのは嬉しいです。
初めてわたしに甘えてくれたのも、飛びあがりたくなるくらい嬉しいですけど。
でも……暴走だけは勘弁してくださいね……?」
凍弥 「……前向きに善処します」
丁寧に願われてしまいました。
頷かんわけにはまいりませんでした。
まさか椛が『勘弁してください』とか言うとは……。
凍弥 「……で。えーと……この魔王、どうしようか」
椛 「ほったらかしでいいんじゃないですか?
わたしの凍弥先輩をいじめようとする人のことなんて知りません」
凍弥 「………」
気の所為だろうか。
やけに『わたしの凍弥先輩』を強調してる気が……
椛 「あ、凍弥先輩?これからもわたしにだけは甘えてくださいね?
わたし、出来る限りのことはしますからっ!」
凍弥 「───……」
小さくガッツポーズをとる椛を前に、俺は頭が真っ白になるのを感じた。
ああ……父さん、母さん。
椛がなにかに目覚めちゃったみたいです……。
これって気の所為どころか俺の所為なんでしょうか……。
椛 「甘えてくれた凍弥先輩……カワイかったです……」
俯いて顔を赤くする椛サン。
俺はやっぱり頭の中が真っ白になり、やがて透き通ってゆくの感じ、パタリと倒れた。
声 「きゃあっ!?と、凍弥先輩!?どうしたんですか!?凍弥先輩!!」
慌てた椛の声を聞きながら、視界もやがて閉ざされてゆく。
嗚呼、なんだかよく解らんが、
俺の暴走を拒否した割に椛が暴走してる気がするのは気の所為ですか?
なんかもうめんどかったので、俺はそのまま意識を切って気絶することにしました。
───その日はとてもいい天気で、
天気とは関係ないけど、『先行き不安』という言葉が骨身に染みた一日でした。
余談ではあるけどその後、浩之から電話があって。
屋敷の前で佐古田が我の部屋を望遠鏡で覗いているということを相談された。
俺はなんと言ったらいいのか解らなくなり、
ただ『マジでごめん』と謝っておいたのだった。
佐古田、お前単純すぎ。
Next
Menu
back