───ボコリーナ彰利───
───……あの日から、立場が一転した。
わたしに話し掛けてくる人は多くなって、相談にも乗ってくれる人が増えた。
親身になって話し掛けてくれて、とても嬉しかった。
クラスに対する印象が、ばっと変わった。
なにより、イジメてた男子達が謝ってくれた。
それが嬉しかった。
……でも。
真田 「〜……なに近寄ってんだよ!離れろよ!」
彰利 「オイ〜ッス」
弦月くんは、ただただ孤立していくばかりだった。
中野 「おめぇの席はその隅なんだからなっ!動かすんじゃねぇぞ!!」
彰利 「オイ〜ッス」
嬉しい気持ちなんかより、ただそれが……申し訳なかった。
そしてわたしは……そんな弦月くんに話し掛けることで、
この状況が無くなってしまうことが怖かった。
ごめんね……本当にごめんね、弦月くん……。
───なんて、心の中で謝ってた矢先の昼。
沢田 「マホり〜ん、給食一緒に食べよ〜」
真穂 「あ、うん」
彰利 「トタァーーーーッ!!!!」
がっし!!
真穂 「え……?」
沢田 「は……?」
彰利 「炎が……お前を呼んでるぜ!!」
真穂 「え?え……?」
どういうわけか、弦月くんが突然わたしを小脇に抱えた。
そして走り出す。
後ろから誰かが追いかけてきてたみたいだけど、
弦月くんはわたしを抱えてるとは思えないくらいのスピードで廊下を走り抜けた。
───そして、宿直室まで来ると、わたしにお弁当を渡してきた。
真穂 「え……?これ……」
彰利 「弁当でござる。食しめされい」
真穂 「………」
彰利 「む?安心めされい、毒物など混入しておらぬぞ。存分に食しめされい」
真穂 「………」
なんて言ったらいいか解らなかった。
わたしは自分だけ暖かい場所に居て、そこに連れていってくれた弦月くんを避けていた。
今更、なにをどう言えばいいのか……解らない。
それなのに弦月くんは変わらない。
こんな残酷なことがあるだろうか。
いっそ、怒ってくれたら良かったのに。
怒鳴ってくれたらよかったのに……。
彰利 「お?なんだコラ。俺の弁当が食えねぇってのか?」
真穂 「…………っ」(ふるふるふる……)
申し訳なかった。
わたしは涙を溜めながら、首を振るしかなかった。
何か喋ったら泣いてしまいそうだったから。
彰利 「なら食しめされい。給食のおばちゃんには悪いことをしたやもしれぬが、なに。
誰かがきっと片付けてくれるさね」
真穂 「………」
開けたお弁当に、涙がこぼれた。
そうなってしまったら、もう抑えられない。
彰利 「……すまんね、友達と一緒に食べたかったろうに」
真穂 「───!」
でも。
ここで泣いてしまうのは卑怯だと思った。
気遣ってくれてる弦月くんに悪い。
だからわたしは、そのお弁当を食べた。
ただがむしゃらに食べた。
真穂 「……っ……おいし……美味しいよぅ……」
彰利 「……そっか。そりゃ、よかった」
弦月くんは怒ることもせず、穏やかに笑ってお弁当を頬張った。
わたしはそんな弦月くんを見て、心が温かくなるのを感じた───
…………カタン。
箸を置いて、息をついた。
真穂 「ごちそうさまでした」
彰利 「あいや、お粗末様でござる」
同時にペコリと手を合わせた。
それにしても美味しかった。
馴染み深い味ってゆうのか、とても身近な味付けだった。
真穂 「弦月くん、味付け上手なんだね。お母さんの味付けによく似てるよ」
彰利 「む?なにをおっしゃる。これはキリュっちの弁当ですよ?」
真穂 「え……?」
えぇ……!?
真穂 「キリュっちって……」
彰利 「桐生仁美センセ。キミのママです」
真穂 「あわぁーーーっ!!」
彰利 「こんなこともあろうかと、
キリュっちがシエスタしてる内に弁当をかっぱらってきたんですよ。
しかも今日は弁当がふたつあるじゃないですか。
だからですね?ほら、最近俺と真穂さん、間が悪かったじゃない?
気を利かせてくれたんだなぁって。いやぁ、いいところあるね、キリュっち」
真穂 「ゆ、弦月くん……それ、絶対に違うよ……」
彰利 「え?なにが?」
真穂 「お母さん、絶対に弦月くんと一緒にお弁当食べたかっただけだよ……?」
彰利 「え……?ウソ!じゃ……えぇっ!?ヤバイじゃん!また殴られるよ俺!!」
真穂 「こればっかりは、わたしも呆れるしか……」
どういう思考回路をしてるんだろう。
お母さんの性格をちょっと考えれば、解りそうなことなのに。
ピンポンパンポーン。
声 『アキちゃん?おべんと持ってってくれたんだね。
わたしもすぐ行くから待っててね〜』
ブツッ……。
彰利 「あ、あわわわわ……」
真穂 「弦月くん……アキちゃんって……?」
彰利 「彰利のアキ、らしいです……。
俺がキリュっちって呼び始めたら、そう呼ばれ始めまして……」
真穂 「………」
どこまで子供なんだ、我が母ながら……。
それにしてもこの学校の放送室、お母さんが私物化してないだろうか。
桐生 「アキちゃんのばかぁあああーーーーーっ!!!!」
ドカバキ!!
彰利 「ギャアアアアアアーーーーーーーーッ!!!!!!」
そして今、わたしの目の前では弦月くんがボコボコにされている。
そして……そんな場面に身を置いている自分が、ひどく安心していることに気づいた。
彰利 「か、堪忍や〜〜〜っ!!ほんの出来心だったんや〜〜〜〜っ!!!!!」
桐生 「まだ一回もちゃんとお弁当一緒に食べたことなかったから!!
早起きしてお弁当ふたつ作ったのにぃいいーーーーーっ!!!!」
彰利 「す、すんません!えろうすんません!!
お詫びに金のエンジェルあげるから許して!!」
桐生 「えっ!?ほ、ほんとっ!?」
彰利 「ややっ!?思った以上の反応!!」
桐生 「ほんとなのっ!?ほんとにくれるのっ!?」
彰利 「お、おうともさ……。ささ、これです」
弦月くんが小さな紙袋を渡した。
それをわくわく顔で受け取るお母さん。
その歳でやめて……恥ずかしいよお母さん……。
桐生 「わくわく……」
カサカサ……。
お母さんが袋を開けた。
するとそこには……よく解らない大き目のバッヂがあった。
桐生 「……なにコレ。金のエンジェルは?」
そのバッヂには、オデコに『金』と書かれた人形が燃えてる絵があった。
つまり……
桐生 「金の炎上……金のエンジョウ……金のエンジェル……く、くまかかか……!!」
すっごく笑えない冗談だった。
お母さんが肩を震わせる状況の中で、一方の弦月くんは───
彰利 「お、おわぁーーーっ!!ドアが開かーーーん!!!」
静かに逃げ出そうとしてたのか、しきりにドアノブをガチャガチャと動かしていた。
桐生 「……無駄だよ……。こんなこともあろうかと鍵をかけといたから……」
彰利 「ゲゲェエエエーーーーッ!!!!」
わたしは心の中で十字を切った。
ドカバキ!!
彰利 「ギャアアアアアアアーーーーーーーッ!!!!!!」
……ただ、このふたりの傍でなら、わたしは緊張することもなく普通で居られる。
きっと『一緒に居る』なんて理由は、それだけなんだって思った。
───次の日。
桐生 「ふふーん!どうっ!?今日はおべんと三つ作ったんだから!
食べられるものなら食べてみてよ!!」
彰利 「押忍、では一個いただきます」
桐生 「え……?」
彰利 「キリュっちはふたつ、頑張ってね?」
桐生 「あ、あれぇーーーっ!!?」
…………。
桐生 「う、うっぷ……ね、ねぇ……アキちゃん……」
彰利 「ダメでゴワス。ご飯には100以上の神様の恵があるでゴワス。
お残しは許さねぇでゴワス」
桐生 「そうじゃなくて……手伝って……」
彰利 「生憎と今日は腹がMAXでゴワス。頑張るでゴワス」
桐生 「うう……どうして今日、真穂が居ないの……?」
彰利 「お友達と愉快に食事してるでゴワス。連れてくるわけにはいかねぇでゴワス」
桐生 「う、うううう……」
…………どしゃっ。
桐生 「きゅう……」
キリュっち、ダウン。
彰利 「オラーーッ!ジョーーッ!!立てーーッ!立つんだジョーーーッ!!!
メシはまだまだ残ってるんだぜーーっ!?」
桐生 「………」
うお、ほんまに気絶してはる……。
こりゃあれだ、せめて目覚めだけでも素晴らしくしてやらねば……。
…………。
桐生 「う、うう……?あれぇっ!?」
おお、キリュっちが起きた。
そこですかさず、わざとらしく泣き始めた。
彰利 「しくしくしくしくしく……き、キリュっち……!!
まさか食いすぎで死ぬなんて……!!」
桐生 「え……えぇっ!?」
キリュっちが自分が寝ていた場所を見て驚愕する。
そこは、俺がわざわざ作った長方形型の木箱の中に、
野菊がぎっしり詰められた場所だったから。
えーと……たしか、霊柩ってやつ?
彰利 「まだ若かったのに……!俺を置いていっちまうなんて……!!」
桐生 「わ、わたし死んじゃったの!?」
キリュっちが問いかけてくる。
が、聞こえないフリをしてそのまま続けた。
彰利 「キリュっち……おいどん貴様に言いたいことがたくさんあったのに……。
今まで散々蹴られたり殴られたりしたからお礼参りしたかったのに……。
ああ、でも……ちくしょう……!!キリュっちのお弁当……美味かった……!」
桐生 「あ、あきちゃん……!!ぐすっ……うぐっ……うわぁあああああん!!!」
彰利 「ややっ!?」
なんと!泣いてしまわれたよ!?
桐生 「アキちゃああああん!!
わたしも、わたしももっとアキちゃんと一緒に遊びたかったよぉおおっ!!!
うわぁああああああん!!」
なんとまあ……マジ泣きですよ?
ガチャッ……
彰利 「む?」
真穂 「あ、弦月くん、やっぱりここに……って、なにやってるの?」
真穂さんが、泣き叫ぶキリュっちと俺と霊柩を見て唖然とする。
当然か。
桐生 「うっ……うわぁああああん真穂ぉおおおおっ!!!
わたし死んじゃったよぉおお〜〜〜〜っ!!!!」
真穂 「………」
キリュっちが真穂さんに抱き付く。
桐生 「あれっ!?触れるっ!!」
真穂 「……お母さん。また弦月くんに騙されたの……?」
桐生 「え……え……?だ、だま……?」
……いかん。
これは逃げねば。
桐生 「あ……あぁああああきぃいいちゃあぁああああん……!!!!」
彰利 「と、とんずらぁーーーっ!!!!!」
俺はキリュっちが真穂さんに抱き着いている隙を見逃さず、
その傍をくぐり抜けるように走った!!
しかしガシッ。
彰利 「ややっ!?真穂さんっ!?」
真穂さんに襟首を掴まれた。
───何故!?
真穂 「……さすがに母親を泣かされちゃったら、逃がせないよ……」
彰利 「ゲゲェエエエエエーーーーーーーーーッ!!!!!!」
桐生 「……アキちゃん♪あの柩、アキちゃんのために使ってあげるね♪」
彰利 「キャッ───キャアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
ドカバキ!! ギャアアアアアーーーーーーーーーーッ!!!!!
そして懲りもせず、弦月くんはボコボコにされた。
しっかりと柩にまで入れられて、その蓋の上に『アキちゃんのばか』と書かれていた。
さすがにこれはヒドイと思う反面、
わたしはそれがおかしくて声を出して笑ってしまった。
友達になってくれた人と話しても、こんなことはなかったのに。
お母さんがポカンとした顔でわたしを見る中、わたしは本当に、涙が出るほどに笑った。
───……。
弦月くんと知り合って、からかわれて、笑って。
それからだいたい一ヶ月くらいが過ぎた時。
ひとりの男の子がクラスにやってきた。
晦悠介ってゆう男子。
入院してたって聞いたけど、今日が退院だったらしい。
そして───弦月くんはその男子と一緒のことが多くなって、
次第に宿直室には来なくなった。
そっと宿直室を覗いてみれば、
お弁当をふたつ用意したまま寂しそうに座ってるお母さんが居た。
前のように呼び出せばいい。
けれど、それが出来ない理由もあった。
……晦くんと一緒に居る時の弦月くんは、信じられないくらいに嬉しそうだったから。
今まで見たこともないくらいの、彼の自然体がそこにあったから。
だから……お母さんは待つしかなかった。
とか思った矢先。
彰利 「ローリングストーンですか?」
真穂 「きゃわっ!?」
突然聞こえた声に、わたしは叫んでしまった。
それとともに、宿直室からはドタバタという音が聞こえて、
開け放たれたドアの先にはお母さんが居た。
桐生 「ア……アキちゃん!?」
彰利 「へ?えーと……あちょっす!!」
弦月くんはてんで変わった様子を見せず、今まで通りの顔で笑ってみせた。
桐生 「う、ううう……うわぁあああああああん!!!!アキちゃあああん!!!!」
がばーーっ!!
彰利 「おわぁーーーっ!!!!」
嬉しかったのか、お母さんは弦月くんに抱きついて泣いてしまった。
彰利 「な、なにをするのかね!!
貴様まさか、おいどんを死国(で殺す気ではないでしょうね!!」
桐生 「アキちゃぁあああん!!アキちゃあああああああああん!!!!」
彰利 「なにかね!!
人の名を言っておいて用件を切り出さないのは失礼ではないのかね!?」
桐生 「うわぁああああああん!!!!わぁああああああああん!!!!!」
彰利 「ウギャア耳痛ェエーーーーーッ!!!なに!?なんなの!?
おいどんに何か恨みでもあるのかね!!」
真穂 「……心当たりとかは?」
彰利 「ありませんよ?」
真穂 「…………」
即答だった。
真穂 「ほ、ほら、散々からかったこととか、騙したこととか」
彰利 「あの……そのあとお釣りが欲しいほどにボコボコにされましたけど?」
真穂 「そうだったね……ごめん」
桐生 「うわぁあああああ〜〜〜ん!!!ア゙ギぢゃあぁあああ〜〜ん!!!」
彰利 「で、この人なにやってんの?」
真穂 「泣いてるんだよ?」
彰利 「へ?なんで?」
真穂 「弦月くんに会えたのが嬉しいんだよ、きっと。
最近、晦くんに構ってばっかりだったから」
彰利 「なんだコラ、オウ?嬉しくて涙が出るわけねぇだろがコラ」
真穂 「え……知らないの?出るんだよ?」
彰利 「………………そうなん!?」
……どうやら、本当に知らなかったらしい。
彰利 「……あー、そういや楓巫女とかも結婚したときは泣いてたっけ……。
そういうことだったのね。
おいどん、隆正が泣かせたと思ってポセイドンウェーブしちゃったよ……」
真穂 「たか、まさ?」
彰利 「あいや、なんでもござらん。
で、いつになったら離してくれるんですかね。
おいどん、腹減ったんでゴワスが」
真穂 「えーと……今日は晦くんの方はいいの?」
彰利 「あー、いいのいいの。妹達と食うらしいから」
真穂 「それでも一緒に食べると思った……。
弦月くん、晦くんには凄く気を許してるみたいだし」
彰利 「ふむ、否定はせんけどね。悠介は俺の『生きる意味』だし、親友だからね。
ただ……その妹からは、俺は嫌われてるのさ。……殺したいってくらいにね」
真穂 「………」
怖かった。
弦月くんは『ウソを言っていない』。
だから……晦くんの妹さんが弦月くんを『殺したい』って思ってることは本当なんだ。
それでも……弦月くんは気にしないって顔をしてる。
彰利 「まあそんなわけで、またしばらく厄介になるでゴワス。よいでゴワスか?」
桐生 「いいっ……!いいよぉ……!!アキちゃん居ないとつまんないよぅ……!!」
彰利 「……告白?」
真穂 「絶対に違うよ……」
……やっぱり、弦月くんは変わらなかった。
わたしはそれに安心した。
きっと、お母さんも。
そしてお弁当を広げるふたりを見てどこか安心しながら、
わたしは教室に戻ろうと思った。
ここにあるのはふたつのお弁当。
そしてわたしは教室に給食があるから。
どこか可笑しくてクスクスと笑みをこぼした───瞬間!!
ドカバキ!! ギャアアアーーーーッ!!!!
……お決まりの絶叫が聞こえてきて、わたしは堪えきれずに笑ったのだった。
───彰利クソガキャア伝説……完───
───…………。
彰衛門「とまあこんな感じで、俺の小学校生活は初めて彩りを知ったんですじゃ」
風太 「ふうん……」
彰衛門「まーそれはキリュっちのお蔭っていやぁお蔭だし、恩師といやぁ恩師だわな」
風太 「そうだね。それからそのふたりとは?」
彰衛門「おー、キリュっちとは小学卒業以来会ってない。
真穂さんは中学一緒だったけど、いつの間にか学園アイドルになっててのう。
高根の花って苦手だからさ、そこまでの思い出はなかったのう。
強いて言えば……そうだな、
喧噪祭ってゆうお祭りの時に一緒に演劇したくらいだ。
俺がシンデレラってゆう姫さまで、真穂さんは王子さまだった」
風太 「うーん……よく解らないや」
彰衛門「ほうかほうか。
ま、結局は高校で分かれちまって、それ以来音信不通ってやつだけどな。
ずっとつまらなかった小学が楽しかったのは、
間違いなくキリュっちと真穂さんのおかげだ」
風太 「よかったね」
彰衛門「おう、よかったとも」
ニイッと笑ってみせ、大の字に倒れた。
大樹のてっぺんは力強くそれを受けとめてくれて、
俺は心地良い風に撫でられながら目を閉じた。
……今でも思い出せる。
キリュっちにボコボコにされたことや、
真穂さんにビンタされたことや、
キリュっちに熱湯かけられたことや、
真穂さんに捕まった所為でキリュっちにボコボコにされたことや、
キリュっちにゲンコツくらったことや、
真穂さんに───……あ、あれ?どうして涙が出てくるんだろ。
思い出に浸るってゆうよりは、無性に虚しいんですけど……?
彰衛門「ようするに……殴られてばっかりだったってことですね」
風太 「話を聞いてた時点で解ったよ……」
彰衛門「………」
小僧なんぞに悟られてしまった、なんだかとっても悲しい秋の日でした……。
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