───日々の積み重ねの先に───
───ヒィイイ……ン……。
一筋の光が空から降りた。
その光が大地に降り立つ頃、地界はまだ真っ暗だった。
???「………」
???「………」
光の中から現れたふたつの影は、目を合わせてから頷いた。
そして、初めて見る世界に不安を漏らしながらも歩く。
───やがて。
そのふたつの影が『鈴訊庵』と書かれた、
現在は寮のようになっている場所に辿り着いた頃。
なにも知らないひとりの男は、幸せそうに公園のベンチで眠っていた。
───……じゃりりりりりりりりん!!
がしょんっ!!
凍弥 「……うー」
ふと目が覚める。
虚ろなままの視界の先には、馴染みの深い自分の部屋。
美紀 『起きた?』
凍弥 「……よぅ」
美紀 『よぅ』
人の顔を見下ろすように覗いてきた美紀に、軽く朝の挨拶。
それから起き上がり、ベッドから脱出する。
凍弥 「ンン……〜〜〜〜っあ〜ぁ、っと。うむ、快眠かもしれないこともない」
美紀 『その割にはだるそうだけど。凍弥くん、ちゃんと眠れてる?』
凍弥 「大丈夫大丈夫。このだるさは眠気とは関係ないものだから。
ほら、着替えるから出ていってくれな」
美紀 『そこはほら、わたし幽霊だし、居ない者と思ってババ〜ッと!』
凍弥 「出来るかっ!」
美紀 『冗談冗談。それじゃ、わたしはサクラちゃん起こすね』
幽霊とは思えない楽観的な笑顔のまま、美紀は壁を通り抜けて消えた。
凍弥 「……普通、まずはサクラを起こすだろ……」
俺はそんな美紀に少し呆れを覚えながらも苦笑して、パパッと着替えた。
そして部屋を出て、階下へ。
遥一郎「ン───おぅ、起きたか」
凍弥 「あー、おはよ」
厨房に立っていた与一に軽い言葉を返し、そのまま洗面場に直行。
顔を洗って歯を磨いて、眠気を完全に払拭する。
遥一郎「パンなら焼いておいたぞ。それと、低温殺菌牛乳な」
凍弥 「……用意がいいんだな。どうしたんだ?」
遥一郎「ま、いろいろとあるのがこの世界だしな。ちと知人が訪ねてきたんだ」
知人……ねぇ。
けど、ちょっとマテ。
凍弥 「知人が訊ねてくるのと朝食用意してくれるのと、なんの関係があるんだ?
およそ接点なんてものが思い浮かばないぞ?」
遥一郎「ああ、それはな……」
がっしゃーーーん!!
遥一郎「…………というわけだ」
凍弥 「ちょ、ちょっと待った。
騒音の所為で聞こえなかった……てゆうかあの音、なに?」
遥一郎「皿が割れたんだろ……」
凍弥 「………」
この鈴訊庵で厨房に立つのは与一くらいなもので、厨房は与一の領域みたいなものだった。
が、そこに誰かが居て、皿を割っているらしい。
凍弥 「止めないのかよ……」
遥一郎「人の話を聞きやしないんだ、しょうがないだろ……」
凍弥 「………」
やっぱり、ちょっと想像出来ない。
一体誰が……?
遥一郎「あー、余計な詮索……というか、首は突っ込まない方がいい。
大体お前、リヴァイアに『お節介禁止指令』下されただろうが」
凍弥 「別にお節介しようとしたわけじゃないんだが……」
遥一郎「いいから、お前はさっさと食ってガッコに行け。
こっちは俺がなんとかするから」
凍弥 「……ま、いいけど」
気が抜けたら溜め息を吐き続けそうな与一を余所に、俺はパンと牛乳を腹に納めた。
凍弥 「んじゃ、いってきます」
遥一郎「おー、車にゃ気をつけろよー」
凍弥 「父さんみたいなこと言うなって……」
与一の言葉を耳にしながら、鈴訊庵を出た。
霧波川の家の前では母さんが掃除をしていて、それはずっと昔から変わってない。
そうするなら、これこそが朝なのかな、とか思いながら朝の挨拶をして、学校へ向かう。
凍弥 「………」
まだ静かな朝。
だんだんと寒くなっていく季節に身を委ねながら、俺はまだここに居られてる。
正直、いつ消えるのかなんて解らない。
けど、消えないで居られてるのが閏璃凍弥のお蔭だってことは解ってる。
感謝してもしきれない。
結局俺は、幼い頃に自分が一番嫌っていた人のお蔭でここに居て。
母さんの中で死んでいた筈だった俺がこうして歩けて、好きな人も出来て……
そういうことを考えると、子供の頃の自分がどれだけバカだったのかが理解出来て、
それが結構恥ずかしいものだった。
椛 「あ───凍弥先輩っ」
凍弥 「よっ、おはよ」
仲直りしてから、俺と椛は待ち合わせをするようになった。
大体同じ時間に学校に向かうことも多いからだ。
どうして今までそうしなかったのかが不思議だと、ふたりして笑ったこともある。
椛 「あの、いきなりなんですけど、その……」
凍弥 「ああ。デート、いつにしようか」
椛 「あ、は、はい、あの……ですね」
凍弥 「もしかして、計画してあるとか?」
椛 「あ、あぅう……だって、ほんとはもっと早くにする筈だったんですよ……?
それなのにおばあさまの所為で喧嘩なんかしちゃって……」
凍弥 「俺も閏璃凍弥の人格の所為でいろいろあったしなぁ……」
今はルナさんも閏璃凍弥も大人しくしてるから平気だ。
だからこそ、俺と椛はデートをしようってことになった。
凍弥 「しっかし、デートもしたことないのに結婚の約束だけはしてるなんて、
絶対にヘンな恋人だよな、俺達」
椛 「そうですね。でも……ずっとずぅ〜〜っと昔からの恋人ですから。
わたしは、デートよりも結婚できることの方が嬉しいです。
やっと、凍弥先輩と結ばれることが出来るんですから……」
きゅっと、椛が俺の腕に腕を絡めてきた。
軽くかかる椛の重みが、心地良く感じられた。
凍弥 「初めてここで椛とぶつかって……」
椛 「はい……わたし、助け起こそうとしてくれた凍弥先輩の手、叩いちゃいました」
凍弥 「今ここで転んだとして、助け起こさなかったらどうする?」
椛 「逆に叩いちゃいますよ」
凍弥 「ははっ、そっか」
───守りたい居場所が出来た。
こんなにも穏やかに笑っていられる時代と、好きな人の傍。
俺は、それを守りたいと……そう思った。
でも───その思いも、いつかは潰える。
その『いつか』に恐怖しながら歩くようなことはもうしない。
いつまでも、どこまでも、ただ───俺に寄りかかってくれる大事な人を守りたい。
たとえその過程で動けなくなってしまっても、
悔いを残すんじゃなくて希望を残せるように。
凍弥 「……椛、俺……よく解らないけどさ」
椛 「……?はい……」
凍弥 「がむしゃらに走ってきて、生きて、死んで……。
それで転生して、またお前に会えてもまた死んで……。
それでもさ、またお前に会えて……こうしていられる時間があるってこと。
それが凄く嬉しいって思えてる。……これって、幸せなのかな」
椛 「………」
椛はポカンとした顔で俺を見るが、
ふっと顔を赤くして微笑むと、俺の腕を強く抱いて言ってくれた。
椛 「……はい、きっと」
その笑顔が嬉しかったから。
だから俺は、これが幸せなんだなって納得できた。
俺達は確かに幸せの景色の中に居て、ふたりで笑い合っていられてる。
いつか近い未来、時が俺達を分かつとしても……
俺は俺として産まれ、椛と会えたことだけは後悔しないだろう。
だって、俺が幸せを感じられたのは、『俺が俺として椛と居られること』なんだから。
凍弥 「……時間あるし、のんびり行こうか」
椛 「はい、凍弥先輩」
ゆっくりと歩いてゆく。
先が長くても短くても、俺達はきっと変わらない。
変わらないものなんてないけど、きっとそれは小さな変化だから。
凍弥 「勉強、頑張ってるか?」
椛 「微妙です」
凍弥 「じゃあ、放課後はまた屋上で勉強会だな」
椛 「寒いですよ?せめて空き教室にしましょうよ」
凍弥 「だ〜め。今日は風も無いし、屋上決定」
椛 「うー……」
つい最近知ったけど、椛は寒いのが苦手らしい。
それなのにこんな朝早く学校に向かうのはどうしてかな、とか思ったけど……
凍弥 「大丈夫。一緒に居れば寒くないだろ」
椛 「凍弥先輩、最近キス魔です」
凍弥 「椛、キスすると真っ赤になるからな。あったかいかなって思うと、つい」
椛 「うー……」
なんだかんだで俺達は、初めて会った時から惹かれ合ってたのかもしれない。
運命なんて言うんじゃないけど、俺達はもう一度出会い、お互いを好きになれた。
それが誰のお蔭かなんて、言うまでもないんだけど……認めるのが癪なのは確かだ。
凍弥 「そういえば……最近風間と会ったか?」
椛 「はい。よく恋人さんとメルティアさんと話してます」
凍弥 「そかそか。元気でやってるならそれでいいや」
椛 「……お節介するつもりなら全力で阻止しますからね」
凍弥 「わ、解ってるって。
……けどさ、俺がやってきたお節介が自分の寿命を削ってたなんて……
なんだかヘンな話だよな、ほんと」
椛 「そうですね……。わたしも聞かされた時は気が遠くなりました。
そのお節介の大半に、わたしが原因のものも混ざってるんですから……」
凍弥 「嫌われても構って、噛みつかれても構って、ビンタされても構って、
死神に斬られても構って、怒鳴られても構って……キリないな、ほんと」
椛 「凍弥先輩、馬鹿です……。本当に、馬鹿です……。
どうしてわたしにあんなにお節介を……」
凍弥 「さあなぁ。たださ、この娘だけは放っておけないって思ったんだ。
多分俺、その頃から椛のことが気になってたんだと思う」
椛 「あう……そ、そう言ってくれるのは嬉しいですけど……」
顔を真っ赤にさせながら俯く椛。
俺はそんな姿を微笑ましく思いながら、見えてきた学校に『今日もよろしく』と呟いた。
───……。
そして、学校の授業風景の中に身を置く。
センセ「で、あるからして───」
浩介 「異義アリ!」
ふと、センセの言葉を遮るように立ちあがる浩介。
センセ「なんだ志摩───じゃあなかったな、レイヴナス」
浩介 「志摩で構わぬわ!で、教師よ!
先ほどの説明は貴様の経験主義に基づくものであり、
経験から独立されて知られる根本的、
或いは先見的思考が含まれていないことから、教師の論説は論説足り得ない!」
センセ「経験主義ではなく、教科書に書いてあることだ。
教科書を忘れた志摩浩介、廊下に立っていなさい」
浩介 「ブラザーも巻き込んでよいだろうか」
浩之 「なにぃ!?ブラザー貴様!!」
センセ「立つのは志摩浩介、お前だけだ」
浩介 「フッ……いいだろう。だが次こそは貴様を論破してみせるぞ教師!」
センセ「……せめて『先生』と呼んでくれ」
ガラガラ……ぴしゃん。
浩介が教室から出ていった───途端!
声 「とんずらぁーーーっ!!!」
声と足音が、すごい勢いで離れていった。
ああ……なんか以前にもこんなことがあったなぁ。
センセ「な───こ、こらっ!志摩ァーーーッ!!!」
それを追うように駆け出すセンセ。
それに次いで、浩介と自分の分の鞄を持って立ち上がる浩之。
浩之 「それではな、盟友。我は旅に出る」
凍弥 「ああ待て待て、俺も付き合うよ」
言って、勉強道具を鞄に詰め込んで立ち上がる。
浩之 「ぬ?同志、貴様は確か、放課後に朧月と勉強をするとか───」
凍弥 「だから。椛を攫いに行くって言ってるんだよ」
浩之 「おおなるほど。チャレンジャーだな同志。面白そうだ、我も付き合おう」
凍弥 「そりゃ構わないけど……浩介はどうする?」
浩之 「捨ておけい。この作戦は途中で落ち合って、
我とブラザーとで教師を撹乱してやり過ごすんだがな。
なに、あのブラザーのことだ、自力でなんとかするだろう」
凍弥 「だな、違いない」
椅子から立ちあがって教室を出た。
途中、クラスメイツ達が異質なものを見る目で見てきたが、然程気にならなかった。
凍弥 「さてと」
浩之 「行くとするか」
俺と浩之は頷きあってから、浩介とセンセが走っていった方向とは反対側へと歩いた。
……しばらくしてから『ブ、ブラザー!?ブラザァーーーッ!!!!』とか聞こえたが、
俺と浩之は敢えて気にしないことにした。
やすらかに眠れ、浩介。
───……。
浩之 「どうだ?」
凍弥 「勉強に集中してる。こりゃ骨が折れそうだ」
一年の教室前。
椛の居る教室をそっと覗いてみると、凛とした表情で黒板を見つめている椛が居た。
さて、これはどうしたものか。
浩之 「む───そうだ、こんな話があるんだが」
凍弥 「うん?」
浩之 「なんでも結構前に、一年を爆笑の渦に巻き込んだ王大人(が居たらしい」
凍弥 「……解ってて言ってないか?」
浩之 「解ってて言っているぞ。だからさあやれ同志!」
凍弥 「俺、あれの所為で反省テストに巻き込まれたんだが」
浩之 「個人的に見てみたいのだ。ダメか?」
凍弥 「普通ダメだろ。お前ならどうする?」
浩之 「……やるかもしれん」
凍弥 「じゃあやってみてくれ、グッズはあるから」
浩之 「なにっ!?」
鞄を開け、お楽しみグッズを漁る。
かつて使用したヒゲやら鏡やらなにやらがもっさりだ。
浩之 「同志……貴様がここまで用意周到だったとは……嬉しいぞ」
喜ぶところなのだろうか。
まあ、浩之だし。
と、勝手な結論をあげた俺の横で、浩之はメイクを始めた。
……もちろんペンが油性であることは黙っておく。
浩之 「ぬうう!なんと化粧のノリが良いのだ我の肌は!」
凍弥 「あっと、ここはこうした方がいいんじゃないか?」
浩之 「おお、すまぬな同志。あとはここを……」
───……。
───ブハッ!!
浩之 「同志?」
凍弥 「〜〜〜っ……なひゃっ……な、なんでもない……!」
吹き出してしまった。
まさかこんな顔になるとは……!
閏璃凍弥の記憶を頼りに描いた『愚地独歩』は、
俺のツボにジャストフィットしてしまった。
右目に眼帯を描いたつもりがパンダっぽくなってしまい、
キズを描いたつもりが、漫画でよくある青筋血管になってしまった。
そして極めつけは口周りのシワ。
我ながら上手く描けたと誉めてやりたい。
凍弥 「せ、せっかくだから……このヒゲも……」
浩之 「うむ、誰が見ても我だと気づかないくらいがいい。
せっかくだからこのカツラも使わせてもらおう」
凍弥 「あ、ああ……好きなだけ使ってくれ……」
笑いを堪えることが辛いものだと悟った。
これは辛い。
涙が溢れてきてる。
浩之 「どうだ?」
お楽しみグッズ全てを身に纏った浩之は、ビシィッ!と妙なポーズを取ってみせた。
そしてその姿は異様でしかなかった。
凍弥 「す、すごいぞ浩之!誰がどう見ても浩之には見えない!
てゆうか見たくない!目も合わせたくないぞ!」
浩之 「……何気に他人のフリを強要されてる気がしないでもないな。
まあいい、これよりドッキリ大作戦を開始する!」
やがて浩之(?)が歩み出す。
教室と廊下を遮る壁に備え付けられた窓からズオオと顔を出すように。
かつて自分もやった行為に、少し恥ずかしさが込み上げた。
ハタから見れば変態じゃないか。
女生徒「キャーッ!?」
教師 「なんだっ!?どうした佐崎!」
しかも早速見つかってる。
イヤな予感……というか確信を感じた俺はその場から離れ、階段側に身を潜めた。
女生徒「ろ、廊下に変人が……!」
浩之 「変人!?馬鹿な!この素晴らしいメイクを変人呼ばわりだと!?」
ガラァッ!
教師 「誰だッッ!!───オワァッ!?」
浩之 「しまった見つかった!どうする同───なにぃ!?同志が居ない!?」
教師 「その制服───キミ!クラスと名前を言いなさい!」
浩之 「フッ……いいだろう。我は逃げも隠れもせん!我が名は───志摩浩介!!」
思いっきり逃げ隠れしてる。
堂々と浩介の名を騙る浩之を見て、ある意味すごい度胸だと思った瞬間だった。
教師 「志摩か───今は授業中だろう!
こんなところで何をしている!ちょっと職員室まで来なさい!」
浩之 「とんずらぁーーーっ!!!!」
教師 「なっ───」
ジリ、と近づいた教師を前に、浩之が踵を返して全力疾走した。
虚を突かれた教師の反応が僅かばかりに遅れる。
が、教師は走り出したッ!浩之に向かってッ!!
教師 「体育教師をナメるなァーーッ!!!」
靴と靴下を脱ぎ捨て走り出す体育教師!
その速さたるや、まるでオリンピック選手のようだったッ!!
浩之 「お、おわぁーーーっ!!!!」
その様子を見てか、わき目も振らずに走る浩之!
途中、『ど、同志!?何処だ!ど───同志ィイイーーーッ!!』とか叫んでたが、
巻き込まれるのがイヤだったので無視することにした。
強く生きてくれ、浩之……!
凍弥 「さてと……」
階段の影から出てきて、一年の教室を覗いてみる。
すると、今が好機とばかりに身支度をしている不良生徒数名を発見。
思考レベルが志摩兄弟並だが、俺はそういうヤツが嫌いじゃない。
……まあ、本気で志摩兄弟並だとしたら、勉強自体をやってない可能性の方が高いが。
鞄を持って廊下へと駆け出す男子生徒数名を見送り、
どこかポカンとしながら廊下を見ていた椛に軽く手を振る。
椛 「───」
あ、といった感じに口が開かれる。
途端、周りの女生徒から肘で突つかれたりしてる。
……よかった、そうそう仲が悪いわけじゃないらしい。
周りの女生徒やドア近くの生徒が『お迎えがきたぞ〜』とか言って笑ってる。
俺は軽くドアを開けると、一番近くに居た男子を引っ張り出した。
男子 「おわっと、な、なんすか?」
凍弥 「悪い、手間は取らせないから。椛、クラスじゃどんな感じだ?」
男子 「どんな感じって……女生徒とは仲がいいっすよ?
ただ男子へはちょっと。
潔癖症よりもひどい感じに、触れることさえ拒んでるってゆうか」
凍弥 「そ、そか……」
男子 「この前なんて凄かったっすよ?
呼び止めようとして肩を叩こうとした男子の気配を察知して、
抜き取った定規で受けとめるんです。
そういうのが楽しくて、わざと肩を叩こうとするヤツも居るくらいに潔癖っす」
凍弥 「………」
どういうヤツだ。
でも言ってたよな、そういえば。
『凍弥先輩以外の男子には触れられてません』とかなんとか。
嬉しいけど、潔癖すぎる気がしないでもない。
男子 「あ、それから……」
凍弥 「うん?」
男子 「サッカー部の件、すんませんっした!」
凍弥 「あ……ああ、そっか。お前サッカー部の……」
男子 「はい、岡崎っていいます。ほんと、すんませんっした!」
凍弥 「いいよ、あれのことは。ホントのこと言わなかった俺が悪い」
男子 「でも俺……」
凍弥 「風間は頑張ってるか?」
男子 「え───あ、はぁ……あいつ、
次期キャプテン候補とか言われてるくらいで……」
凍弥 「へぇ……」
頑張ってるんだなぁ。
凍弥 「だったらいいさ。俺の所為でやる気を無くされるのが一番心配だった。
その心配もいらないようなら、あのことは忘れてくれていいから」
男子 「センパイ……───あの」
どたたっ!がっし!
凍弥 「お?」
男子 「へ?」
椛 「〜〜〜っ……!お節介はぁあ〜〜……許しませんっ!!」
教室から慌てて出てきた椛が、俺の腕を掴んだ。
そしてそのまま走り出す。
椛 「いきますよっ」
凍弥 「っと、お、おいおい、椛───あ、悪いっ!話の途中なのにっ!」
男子 「いえ!気にしないでくださいっす!センパイも頑張って!」
凍弥 「おー!」
椛に引きずられながら、俺は岡崎に軽い返事を返した。
さてと……屋上へ連れていかれてる俺には、どんなお小言が待っているのか……。
今から楽しみで、少し泣けてくる。
───…………。
椛 「ガミガミガミガミガミガミガミ!!!!」
凍弥 「うう……」
……お小言開始から既に30分。
その大半が『あれほどお節介はしないでくださいと言ったじゃないですか』方面だった。
いくら俺が『お節介なんてしてないし、するつもりもなかった』と言っても、
椛サンはまるで聞こうとしもしてくれない。
試しに『寒くないか?』って訊いてみたら、
『話を逸らさないでください!』と怒鳴られてしまった。
……もしかしなくても俺、尻に敷かれるタイプ?
凍弥 「………」
……ま、好きだから仕方ない。
主導権がどうとか言うつもりはないし、
どっちかって言うと、どんなことでも一緒に乗り越えたい。
椛 「聞いてるんですかっ!」
凍弥 「ああ聞いてる。聞いてるぞー。椛はカワイイなぁ」
椛 「とっ……凍弥先輩っ!!ちゃんと聞いてくださいっ!!」
椛の怒った顔を見て笑った。
恥ずかしさからか、顔を真っ赤にしながら怒る椛が可笑しかった。
───ああ、確かに。
自分で言っておいてなんだけど、一緒に居ればこんなにも暖かい。
凍弥 「よーし勉強するかぁ。椛、勉強道具持ってきたかー?」
椛 「話を逸らさないでくださいっ!」
凍弥 「椛、愛してる」
椛 「なっ……は、はい……わたしもです───って、そうじゃなくて!」
凍弥 「そうじゃないって───嫌いなのか!?」
椛 「そんなことありません好きです大好きです!!ずっと離れたくありません!」
凍弥 「……そっか、安心した。じゃ、勉強しようか」
椛 「……逃げましたね?」
凍弥 「逃げてないぞー?俺が椛のこと好きなのは事実だし」
椛 「うー……っ!」
持ってきた鞄から勉強道具を取り出す。
毎度毎度、勉強してても途中で集中が切れるわけだが、
それはまあ愛ゆえにということで。
椛 「今日こそはちゃんと、勉強を続けましょうね」
凍弥 「キスタイムは?」
椛 「あっ───ありませんっ!」
凍弥 「冗談だって」
椛 「このあいだだって、
おとうさんにキスしてるところを見られて恥ずかしかったんですからね……?」
凍弥 「あー、確かにあれは驚いた」
現れたと思ったら『女にしてくれ』だもんな。
ありゃ驚く。
凍弥 「…………」
椛 「な、なんですかっ?そんなにじっと見つめても、今日はキスしませんからねっ」
凍弥 「ん、それは別にいいんだけど」
椛 「……それはそれでショックです」
どうしろというのだろうか。
凍弥 「結局さ、秋に結婚する筈だったのに流れちゃっただろ?
だから次を考えるならいつがいいかなって」
椛 「あ───そ、そうだったんですか」
どうやら本気でキスだと思ってたらしい。
……不本意ながら、最近の自分を思い返してみれば当然だと頷けるのが悲しい。
椛 「でも、そうですね。もしするとしたら……」
凍弥 「俺は別に、今日でもいいけど」
椛 「え───?」
凍弥 「それとも教会でやるか?ウチの父さんと母さんみたいに」
椛 「教会で結婚式したんですか?」
凍弥 「ああ、ふたりだけの結婚式だったらしいけどな。
けど、母さん幸せそうに話してたから。よっぽど嬉しかったんだろうなって」
椛 「教会、ですか」
おお、椛の目が夢見る乙女の目に。
そんな椛を見ていたら、ふと頭によぎった思考。
凍弥 「椛はウェディングドレスと文金高島田(+綿帽子(、どっちがいい?」
椛 「和装です」
即答だった。
夢見る乙女にはなるが、ウェディングドレスには目が行かないようだ。
さすがだ。
椛 「ウェディングドレスにも憧れますけどね、わたしは綿帽子がいいです」
凍弥 「そか。綺麗だと思うんだけどな、ウェディングドレスも」
椛 「───じゃあ、やってみますか?」
凍弥 「へ───?」
───…………。
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