───またひとつ、眠りにつく存在へ───
───……。
凍弥 「なんか滅茶苦茶だ。コレ、ほんとに現実か?」
浩介 「現実だが」
浩之 「寝惚けているのか同志」
で。
社長室で一緒になって書類整理する俺。
いろいろな未来を予測するのが人間だろうけど、こんな未来は想像できないと思う。
凍弥 「なんてゆうかなぁ。人生ってのがほんの些細なことで、
あっさりと変わっちまうんだなってのが再確認出来た日だよ、今日は」
浩介 「岩も流れれば石となり砂となる。そういうことだろう」
凍弥 「それは違う。それじゃあ喩えが逆だ」
浩之 「そうだぞブラザー、これはあれだ。
蝶の羽根が起こす風がやがて強い風となる、だ」
凍弥 「そう、それだ」
浩介 「むう……」
口惜しそうにする浩介を余所に、言葉を放ちながらも作業を続ける。
もちろん最初は難しいものだが、要領さえ掴めば以外に楽しかった。
……さて。
問題はこの『楽しい』がいつまで持つかだ。
書類整理という単純作業だ、いつ飽きが来るか解らない。
凍弥 「浩介、この書類全部に判子押してくれ。
それから浩之、こっちの方は申請したヤツに、
もう少し詳しいこと聞いたほうがいい」
志摩 『了解だ』
それでも、結構上手くいってると思う。
テキパキとは出来てるし、時間の無駄はない。
あれだけあった書類も、大分片付いてきてる。
チット「あらあらまあまあ、なんだか横から見ていますと、
凍弥さまが社長でお坊ちゃま方がお手伝いのようですね」
凍弥 「と───凍弥さまぁっ!?」
浩介 「うむ……実は我もそう思っていたところだ」
浩之 「流石は盟友・凍弥。仕事のこなし方も相当だ」
凍弥 「ちょちょちょっと待て!『さま』付けはやめてくれ!
それに俺は社長なんかじゃないだろっ!そもそも次期社長に失礼じゃないか!」
浩介 「何故だ?我は事実は事実と受け入れるぞ?
我よりも処理が上手いことは確かだし、
盟友が社長になるのなら我は文句はない」
───む。
今、ムッときましたよ?
凍弥 「いや……それは俺が文句だすぞ。
相手が俺だからって自分の先を人に渡すなよ、怒るぞ?」
浩介 「………」
浩之 「………」
チット「あらあら……」
三人が俺をじっと見る。
その中で浩之が俺に近づいて、肩にポンと手を置いた。
浩之 「……やれやれ、流石だ同志。
ここで先に目が眩んで申し出を受けていたら、我らは貴様に襲いかかっていた」
凍弥 「へ?」
浩介 「同志には同志らしくあって欲しいからな。
結構居たんだ、我らが家族になったからといって、
先ほどの話に乗ろうとする輩が」
チット「だからわたくしたちは、こうして相手を測ることがあるのです。
けれど……それも無粋な物事として終わったようですね」
浩介 「まあ、我は信じていたぞ?
同志が金に目が眩むような男ならば、我らは盟友にはならなかった」
浩之 「いやしかしな、同志は500円に動かされる男だからな」
浩介 「おお、あの『おつかい』の時の話か。
500円が出ると解った途端、買い物に行ったんだったな」
凍弥 「そんなこと覚えてるなよ……」
あの時は……てゆうか今も、懐が寂しいことは確かなんだから……。
凍弥 「……とにかくさ、金で友情は買えないだろ?
俺はお前たち以外に友人が欲しいとは思ってないし、
もし出来たとしても信用出来るか怪しいもんだ。
けど、お前らは違う。俺はお前らを信じるし、裏切ったりしない。
……お前らが俺を盟友って言ってくれてるのと同じで、俺もそう思ってる」
浩介 「当たり前だ。再確認するまでもない」
浩之 「我らは盟友なのだからな、互いを信じるのは当然だ」
凍弥 「マテ。じゃあなんで試すようなことしたんだコラ」
志摩 『オチットさんの仕業だ』
綺麗に声が重なった。
凍弥 「オチットさん……」
キッと見つめる。
と、そこに居た筈のオチットさんが居なくなっていた。
凍弥 「……何者?」
浩介 「我にも時々どころか常に解らん」
浩之 「謎の多い人だ」
……結局。
俺と志摩兄弟は溜め息を吐いてから、書類整理に取りかかるのだった。
───……。
浩介 「うむっ!終わったぁっ!」
書類整理終了。
あ〜、開放感……。
凍弥 「しっかし……お前らタフだなぁ。なんだっけ?
確かさ、カンパニーを継ぐのってガッコ卒業してからだろ?
なんだって今から書類整理なんてすることになってるんだ?」
浩介 「そこはそれ、オチットさんが日々の積み重ねが大事だとか言ってな」
浩之 「言われた日から、軽い書類整理は我らが受け持っていたんだが……」
凍弥 「……カフェインさんが外国に飛んだ時点で、そうも言ってられなくなったと」
浩介 「……そういうことだ。訳の解らん書類がどっさりと来てな。
見れば、外国語のものまであるではないか。
……まったく、同志が居てくれて助かった」
……てゆうか、こいつら外国育ちじゃないのか?
浩之 「我らは確かに外国育ちだが、母親が躾に厳しい者だったのでな。
外国語より日本語を覚えてしまった」
凍弥 「いや、ナチュラルに人の心を読むなよ」
浩介 「以心伝心というやつだろう。盟友テレパスだ」
凍弥 「わけわかんねぇよそれ……」
書類を纏めながら呆れる。
いやはや、俺って呆れることが増えたねぇ。
凍弥 「これからどうする?」
浩介 「頭使ったから寝る。覚えたことは寝ることで整理されるのだ。
ヒューマン式のデフラグというやつだ」
浩之 「お休み同志」
バタッ、ぐがーーー……
凍弥 「はやっ!?」
社長椅子にバッタリと背中を預けたと思ったら、ふたりとももう眠っていた。
……どんな頭の使い方をすれば、こうもあっさり眠れるんだか。
凍弥 「まあ、早く眠れるのは疲れが蓄積されてる証拠って言うしな。
寝かせておいた方がいいだろ」
俺は椅子から立ちあがると、ぐぅっと伸びをして社長室を出た。
凍弥 「さて……」
どうしたものか。
自分の部屋、どっちだったっけ?
凍弥 「………」
覚悟を決めるしかないようだった。
───…………。
猫 「ニャー」
カシャッ、キュイーン……
凍弥 「おろ?」
猫発見。
しかも動く度に機械音が。
……何者?
凍弥 「あ、あのさー、俺、いきなり道に迷ったんだが……
和室が何処にあるか知らないか?」
猫 「ニャー」
カシャッ、カシャッ。
凍弥 「……なにやら、シャッターを押すような音が聞こえるんですけど」
なんかヘンだよな、この猫。
凍弥 「……?」
猫 「フカーーッ!!」
突如、猫が俺を威嚇した!
それとともに猫の目がカメラのズームのように一気にガションと伸びた!!
凍弥 「おわひゃあっ!?おわっ───おぉわぁああああっ!!!!」
叫ぶほど、真剣に驚いた。
思わず尻餅をついて、そのままで後退りしてしまうほどだった。
猫 「ニャー……!」
凍弥 「な、ななな何者!?」
猫 「ニャー、ニャー」
凍弥 「よ、寄るなって……!お前、ニャーとか言ってるけど猫じゃないだろっ!」
猫 「甘いな……」
凍弥 「うおっ!?」
喋った!?
ね、ねねねねね猫が喋ったぁっ!!?
猫 「ニャーニャー鳴かねぇ猫だって……いるのさ」
凍弥 「……………」
思考、一旦停止。
猫 「少年……おまえさんまだ……若そうだな?
世の中には…まだまだ解き明かされてない神秘ってのが…あるのさ…」
凍弥 「………」
思考、再活動。
てゆうか……コレ、なに?
猫 「我輩は猫である。まあ、メイ殿以外とは話さない猫ではあるが」
凍弥 「……名前は?」
猫 「“タ0-T260G-”……タマである」
凍弥 「………」
よーするに機械の猫か。
しかしタマとは……
凍弥 「で、そのタマが俺になんの用だ?」
タマ 「うむ、我輩の体はちと重くてな。
ここからメイ殿の場所まで行くのは骨が折れるのだ」
凍弥 「……それで?」
タマ 「察しの悪いヤツだな。
我輩は、貴様に連れていけと言っているのだよ」
凍弥 「………」
偉そうな猫だ。
それは確実だ。
凍弥 「俺さ、メイさんが何処に居るのか知らないが」
タマ 「心配は要らん。我輩は猫であるが故、この屋敷など庭のようなものだ。
我輩が案内するから歩くのだ」
凍弥 「あー、わかったわかった」
妙な事態だ。
けどまあ、俺が適当に動いたところで自分の部屋には帰れそうになかった。
よって、タマの指導のもと、知ってる人が居る場所を目指すことにした。
それはそれとして、どうしてこの猫、声が『若本則夫』チックなんだ?
……謎だ。
───…………。
階段を降りていくと、ひんやりとした独特の空気に包まれる。
そこは牢獄とは思えないくらい綺麗な場所だった。
別に屋敷の作りと変わらない。
ただ、鉄格子で囲まれた部屋が幾つかあるだけだ。
凍弥 「あれ……メイさんは?」
タマ 「あっちだ、人の子よ」
凍弥 「……あのさ、その人の子って言い方、やめない?」
タマ 「いやである」
凍弥 「野郎……」
ぼやいたところでなにがあるわけでもなく。
俺はタマが促した場所へと歩を進めた。
──……。
そしてそこに辿り着く。
大きなカプセルと、それに繋がった様々なコードやチューブの数々。
それはまさに、よく漫画やゲームなどである、
『アンドロイド』をメンテするような場所だった。
凍弥 「うわ……なんだこりゃあ」
タマ 「メイ殿の寝室である。故あって、メイ殿はスリープ状態ではあるが気にするな」
凍弥 「気にするなったって……俺が入っていいような場所なのか?」
タマ 「人物識別の結果、貴様はカンパニーの家族であると確認された。
故に、知る権利も入出許可も全自動に了承されているのである」
凍弥 「……なんか複雑だ」
そう呟きながらも、俺はそのカプセルの中のメイさんを見た。
エプロンドレスに身を包みながら、胸の上で手を組むようにして眠っているメイさんを。
……その姿が、美しいと思った。
お世辞なんかじゃなくて、この時の俺は本気でそう思った。
もちろん浮気の前兆とかじゃない。
きっと、椛が彼女を見ても、俺と同じことを思うだろう。
それだけ、綺麗に見えた。
タマ 「メイ殿はな、時が来たから眠る準備をしているのだ」
凍弥 「時?眠る準備?なんだよそれ」
タマ 「メイ殿は先々代……つまり、カフェイン殿の祖父が研究、開発した存在である。
当然我輩もである。我輩とメイ殿は同時に作られた存在なのだ」
凍弥 「……なんのために?」
タマ 「祖父殿には昔、可愛い娘とそのペットの猫が居たのだ。
名前はメイ=レラミュート=フォン=レイヴナス。
ペットの名前は当然タマである」
凍弥 「どうして当然なのかは不問にしておくよ」
タマ 「そうしてくれると助かる」
助かるらしい。
タマ 「こんな話をするからには察しがつくとは思うが。
メイと、メイが抱いていたタマは研究結果目当ての、
欲に目が眩んだ研究員に攫われてな。
しかし車での移動中、焦りすぎた研究員の車は事故。
メイとタマは帰らぬ人となったのだ……」
凍弥 「………」
タマ 「それからの祖父殿は、まるで何かに取り憑かれたかのように研究を続けた。
カンパニーは貿易をするその裏で、ひとつの研究をしていたのだ。
それが、人間を模して作るレプリキュート・ヒューマンの研究である。
裏、とは言っても、非合法であるわけではない。
そもそも研究を始めたきっかけはメイとタマの死だったのだから。
最初に行っていた研究は薬の研究だった。
しかし、その趣旨が愛娘の死で変わってしまったのだ」
凍弥 「その研究してた薬ってのは?」
タマ 「増強剤……と言うよりは、人の免疫力を活性化させるものだったのだ。
その実績をひとり占めにしようとした研究員の手によって、
祖父殿は絶望を知ったのである」
凍弥 「……そっか」
メイさんが、祖父殿の娘を模した存在だったとは……。
タマ 「このレプリキュート・ヒューマン・システム……通称R・H・S計画は、
祖父殿の愛が完成させたものだった。
祖父殿は完成した免疫力活性剤をないがしろにしてまで、
そのR・H・S計画を続けた……。その結果、我輩とメイ殿が産まれた」
凍弥 「…………でも、それは」
タマ 「そう、祖父殿も途中から気づいていた。
どれほど似せようと、我輩たちはメイでもタマでもない。
彼女とタマが持っていた記憶など、我輩たちには無かったのだ」
凍弥 「それで、そのことに気づいた祖父殿は……どうしたんだ?」
タマ 「それでも完成させたのである。
祖父殿は我輩たちをメイやタマとしてではなく、
新しい命として迎えてくれたのだ。だが───」
凍弥 「……だが?」
タマ 「我輩たちは精密すぎた。大事に作られすぎたのだ。
研究はほぼ、祖父殿ひとりで行っていた。
そしてその祖父殿が亡くなってしまった今、
我らをメンテナンス出来る者が居ないのだ」
凍弥 「……じゃあ。メイさんは……お前は……?」
タマ 「じき、我輩もメイ殿のように眠りにつくだろう。
そして、永久に眠り続けるのだ。いつか、我らを直せる者が現れるまで」
凍弥 「そんな……」
タマ 「なに、気にするな。我輩たちは生きた。そして眠る。
それは『生命』というものがすることと同じことである。
ならばこそ、我輩たちは『生命』だったのである。
メイ殿も我輩も、それを一番に喜ぶであろう」
タマは、猫のくせに笑ってみせた。
目を細め、口を歪ませて。
タマ 「さあ、貴様も戻るがよい。我輩はここで、メイ殿と眠るとしよう。
もし目覚めた頃、また貴様に会えたら───うむ。話相手くらいにはなろう」
凍弥 「……偉そうに」
タマ 「もっとも……その目覚めまでの間、我輩たちが盗まれなければの話だがな」
凍弥 「───それって。泥棒のことか?」
ふと。
閏璃凍弥の記憶から、葉香さんにやられたスパイのことが思い出された。
タマ 「その通りである。この研究、売れば相当な価値となるだろう。
しかし祖父殿はそれをしなかった。
……作り物とはいえ、娘を売るようなことをするわけがない」
凍弥 「同感だ」
タマ 「もし盗まれ、解体されてしまったりすれば、祖父殿に合わせる顔がない。
それはメイ殿がどこぞの研究員に陵辱されるのと同じことである」
凍弥 「……そう、だよな。だって自分の記憶も意識もあるんだ。
それは……人と同じってことだ。たとえ作られたものだとしても」
だったら。
そんなことは絶対にさせちゃいけないんじゃないか?
タマ 「もし我輩たちが盗まれれば、その研究を追及するために必ず解体をするだろう。
それは避けられぬ事実。だから我輩は眠るのだ。エネルギーを散らさぬために。
もし盗まれた時は、この命に換えても……メイ殿を守るつもりである」
凍弥 「お前……───ははっ……猫のくせに格好つけやがって……」
タマ 「猫のくせには余計である」
そう言って、タマはメイさんの眠っているカプセルを開け、その中に入った。
タマ 「すまんな、そこのスイッチを押して、カプセルを閉じてくれ」
凍弥 「呼吸とか大丈夫なのか?」
タマ 「機械に酸素など不用である」
凍弥 「そっか。それじゃ」
スイッチを押して、開いていたカプセルを閉じる。
そこでふと思い立ち、言ってみた。
凍弥 「なあっ、もし誰かがこの研究のことを理解出来てさっ!
お前とメイさんを治せたら───また、以前のメイさんと話せるのかっ!?
それとも記憶とかリセットされちまってるのかっ!?」
タマ 「それはその直す者の腕によるのである。
妙な場所をいじくれば記憶は消えるのである」
凍弥 「そ、そっか……でも、妙なところをいじくらずに直せたら大丈夫なんだろ!?」
タマ 「その通りである。まあ、そのような輩が居ればだが」
シュゥウウ……ン。
カプセルが完全に閉じる。
すると、もう中からの声は聞こえなかった。
タマもそれを知ってか、メイさんの顔の傍で丸くなり、目を閉じた。
凍弥 「………」
これから。
どんな人がどんな研究の果てを見い出すのかは解らない。
けれど、きっと誰かが直してくれると信じてる。
出来ることなら俺がやってあげたいけど、それを研究するには俺には時間が無さすぎた。
だから。
凍弥 「……メイさん。次、目覚める時まで……おやすみ」
そう言って、俺はその場所を離れた。
───……んだけど。
凍弥 「結局、道が解らないってことは変わらないんだよな」
まいった。
どうしたもんだろうねぇ。
凍弥 「えーと……オチットさ〜ん?」
し〜〜〜ん……
凍弥 「………」
どうしたもんだろ。
ほんと、まいったな……。
適当に部屋開けて、また着替え中の女の人の部屋だったら困るし。
てゆうかノックしなきゃだよな、まず。
声 「〜〜〜………………!!」
凍弥 「おろ?」
ふと聞こえた声に耳を貸す。
というより、視線を動かした。
どこだ?
凍弥 「………」
耳を澄ますと聞こえる声。
それは……どこか、記憶を刺激する声だった。
凍弥 「……菜苗さん」
そう、菜苗さんだ。
最初に発見した時も、こうして情けないような声を出してた。
凍弥 「どこだ……?屋根の上……ではないよな」
ふむ。
凍弥 「よっと」
でっかい窓を開け、そこから顔を出して眺めてみる。
が、外よりも中に居る方が声がよく聞こえたりする。
……中?
凍弥 「菜苗さぁーーーん!!?」
声を張り上げてみる。
すると───
声 「〜〜〜〜〜っ……!!」
声を返すように聞こえる声。
どうやら、声が届く場所には居るようだ。
凍弥 「……さすがに、無視は出来ないよなぁ」
心の中───というか、閏璃凍弥の魂が少し疼いた。
それはなんてゆうのか、わくわくしてるって感じだ。
『また会える』って期待が胸をくすぐるような感覚だ。
凍弥 「───っし!探すしかないっ!」
俺は心に誘われるように走り出した。
───で、見つけた。
凍弥 「………」
そこはいつか来た大広間だった。
うん、鑼衛門と戦った場所だ。
で───
凍弥 「菜苗さーん……?なんだってそんな所に……」
菜苗 「あぁあああ〜〜〜……凍弥ちゃ〜〜ん……!!
たぁすけてくださいぃ〜〜〜……!!」
菜苗さんは、以前タライを落とした場所に吊るされていた。
予想は出来るんだけど……
凍弥 「えっと。もしかして、
またタライを設置しようとしたら自分が吊るされたって……オチかな?」
菜苗 「はぅう……」
……言い渋ってる。
あの菜苗さんが……ううむ、よっぽど恥ずかしいってことか。
凍弥 「えーとさ、そんなところに居られると届かないんだけど……」
菜苗 「そんなこと言わないで……たすけてくださいぃ〜〜……」
なんとも情けない声だった。
この声聞くと、どうあっても助けたくなるよなぁ……。
凍弥 「ちょっと待って。助っ人を呼ぶから」
菜苗 「助っ人さん……?」
凍弥 「って言っても、志摩兄弟なんだけどね。
えっと……浩介と浩之、どっちがいい?」
菜苗 「浩之さんを〜」
即答だった。
……どうやら、恋仲になったというのは本当らしい。
いや、確認できたようで嬉しいや。
凍弥 「では、僭越ながら……ゴホンッ!
あぁーーーーっ!!こんなところにとんこつラーメンがぁーーーっ!!!!」
菜苗 「はぅ……?」
必ず来ると信じて叫んでみた。
───が、なにも起きなかった。
凍弥 「……おかしいな。絶対来ると思ってたのに」
ズドドドドドドドドドド……!!
凍弥 「……お?」
ズザァッ!!ザザザァーーーッ!!
浩之 「何処ォーーッ!?何処ぞ!?と、とんこつ!我のとんこつラーメンは!?」
凍弥 「……ほんとに来てるし」
少し感心した。
さて、滑り込んできた浩之に事情を説明して、菜苗さんを助けることにしようか。
凍弥 「浩之、あのな」
浩之 「とんこつラーメンは!?」
凍弥 「あのな」
浩之 「どこぞ!?どこだ!!」
凍弥 「浩之、あのな」
浩之 「だっ……騙したのか!?おのれ同志!よくも同志!」
凍弥 「……上、見てみろ」
浩之 「上!?上にとんこつラーメンが!?
はっはっは、人が悪いな同志、
まさか我を驚かせようとしてそこまで手を込ませるとは」
妙な勘違いをしつつも、浩之が上を見上げる。
すると、天井に宙吊りになってる菜苗さん。
浩之 「……とんこつラーメン?」
凍弥 「いや、違うから」
浩之 「解っている。つまり我を助っ人として呼んだわけだな?」
凍弥 「そゆこと。ほら、肩貸すから菜苗さんを救出してくれ」
浩之 「了解だ、同志───と言いたいところだが、縄を切れねば救出出来ぬぞ?」
凍弥 「あ、そっか……ナイフとかないか?」
浩之 「ナイフか。うむ、それなら今、懐にしまってある」
凍弥 「おお、用意がいいんだな。じゃ、始めるか」
頷く浩之を肩車し、菜苗さんの真下に立つ。
浩之 「よっ!ほっ!ふんっ!───と、届かぬわ!!」
……が、菜苗さんが宙吊りになっている場所は意外に高く、それでも届きはしなかった。
菜苗 「浩之さぁ〜ん……」
浩之 「ぬうう……!ま、待っていろ菜苗!必ず我が助けてみせる!」
菜苗 「はい〜……信じています〜……」
何気にいい場面かもしれない雰囲気を醸し出すふたりを、ひとまず引き離す。
浩之 「ぬおっ!?なにをする同志!」
凍弥 「俺達だけじゃ届かないならどうしようもないだろ?浩介を呼ぼう」
浩之 「ぬう……確かにここにあるものじゃあ踏み台にもならぬな……」
太鼓の上に乗るのもいいが、そこで肩車をするにはバランスが悪すぎる。
どのみち、あと人ひとり分くらいの高さは必要なのだ。
凍弥 「はぁ───あぁーーっ!!こんなところに掻き揚げうどんがぁーーっ!!」
浩介 「というより既に居る」
凍弥&浩之『どぉわぁあああああーーーーーーーーっ!!!!!!!!』
散り散り。
俺と浩之は、突如降臨なさった浩介さんから逃げるように散った。
いや、散るように逃げたのか?
どっちでもいい、とにかく逃げた。
凍弥 「い、いつの間に……」
浩介 「なに、ブラザーが駆けてゆくのでな、面白いことがありそうなので走った。
……というのは冗談で、実は目が醒めたらここに居た」
凍弥 「夢遊病かよ」
浩介 「それも冗談だ。あんまりブラザーがドタバタと喧しく走るものだからな、
修正を加えてやろうと追い掛けてきたまでだ」
浩之 「喧しく走る?馬鹿な。我の疾駆はそれはもう冷静沈着だったが」
凍弥 「いや、それ意味がまるで違うから」
菜苗 「ようするに静かだったと言いたいんですよね〜」
浩之 「そう、その通りだ。さすが、菜苗は我のことを解っているな」
菜苗 「はい〜、てんで静かではありませんでしたけどね〜」
浩之 「………」
浩介 「………」
凍弥 「さすが、菜苗さんは浩之のことを解っているな」
浩之 「く、繰り返すな同志!!」
おお怒った。
何気に恥ずかしかったらしく、顔が真っ赤だ。
凍弥 「怒るなよ、ほんとよく解ってるじゃないか、志摩浩之という人物を」
浩之 「馬鹿にされてるようにしか聞こえぬのだが……」
凍弥 「そりゃそうだ、褒めてないから」
浩之 「お、おのれ同志……!」
浩介 「まあそうカッカするな。
とんこつラーメンに誘われて激走した貴様が悪い」
浩之 「なにを言う、とんこつラーメンがあるといわれて黙っていられるわけがない」
凍弥 「俺は黙れるが」
浩介 「うむ、我もだ」
浩之 「ブラザーは掻き揚げうどんで黙れない存在であろうが」
浩介 「当然だ」
凍弥 「いや……お前もそんな胸張って言うなよ……」
浩介 「馬鹿め、好きなものを好きと言ってなにが悪い」
浩之 「我ら、好きなもののために頑張れる修羅なり。貴様は違うというのか同志!」
凍弥 「……───違わないな。ただ、『好き』の意味が違うかもしれない。
まあそんなことより菜苗さんを助けよう。
ずっと宙吊りにさせたまま話すのは可哀相じゃないか」
浩之 「む、当然だ」
俺の言葉にしっかりと頷き、フムと唱える浩之。
さて……この場合、どうやって助ければいいんだろうか?
頭を捻るように。
しばらく俺と志摩兄弟は思考を回転させることにした。
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