───日々の合間、平和と呼べた日々───
───……。
その正月は───慌しかった。
凍弥 「浩介!この書類間違ってる!浩之!この書類チェックが適当すぎだ!
ラチェットさん!関係ない書類が混ざってる!
どわぁああっ!菜苗さん!整理し終わった書類の上にコーヒー置かないで!!」
いつの間にか最終点検役に抜擢されてしまった俺は、
正月にどっと来た書類との格闘に息を荒げていた。
凍弥 「お前らこんな状況が待ってるって解ってて、
よく遊び倒そうだなんて大それたこと考えられたな!」
浩介 「忙しくても遊びたい───否!
忙しいからこそ遊びたいという心意気ではないか!」
浩之 「その通りだ!いくら既に夜とはいえ、正月が終わったわけではない!
今日中に書類整理を終わらせ、明日から遊び通すのだ!」
凍弥 「毎日毎日届けられる書類整理が!
今日一日頑張ったからって終わるわけねぇだろうがぁっ!!」
浩介 「然り!だがそれでも早めに終わらせれば遊ぶことはできよう!違うか!?」
凍弥 「だからって適当にやっていいわきゃねぇ!!」
浩之 「正に然り!」
がりがりがりがり……ダムッ!ダムダムダムッ!!
ペンを走らせる音と、判を押す音が社長室に響く。
他は菜苗さんがコーヒーをすする音(熱くて渋いブラックコーヒーが好きらしい)、
ラチェットさんが終わった分の書類を整理して、新しい書類を置く音など。
その新しい書類の数がまたハンパではなく、果てが無いようで実に疲れる。
その、特に精神的に。
凍弥 「浩之!こっちの書類全部に判子押してくれ!
浩介!こっちには必要無いってサインを!あと訂正文!」
志摩 『心得た!』
ガリガリガリガリ……ダムッ!ダムダムダムッ!!
で、また判子とペンが走る音。
他には菜苗さんが舌を火傷して転げ回る音とか……まあ、忙しない。
シルフ「はい、正月のために納品や処分した分の書類はこれで終わりです」
志摩 『……だはぁ』
ラチェットさんの言葉に救われたと思ってる志摩兄弟。
だが、甘いと思う。
シルフ「で、これが『今日の』在庫整理や必要品の書類ですね」
志摩 『むごぉっ!?』
……ほれみろ、どっさり来た……。
凍弥 「だから言っただろ……正月分がなんとかなったところで、
一日に消費するものや入荷するもののことを考えれば、
作業なんて永遠みたいなもんなんだよ……」
浩介 「むうう……このカンパニーの消耗品や入荷品がこんなにも多いとは……」
浩之 「まだまだ節約が必要だな……。我らが遊ぶために」
凍弥 「お前らってほんと、遊ぶことをエサに働く馬みたいな……」
浩之 「否定はせん」
凍弥 「してくれ……人として」
じゃなきゃ盟友として泣けてくる。
凍弥 「で───やっぱやるのか?」
浩介 「うむ。こればっかりはやらねばどうにもなるまい。
明日にしようものなら───正月分よりは圧倒的に少ないだろうが、
二日分の書類整理を強要されること請け合い。やるしかあるまい……」
凍弥 「くっそ……なんだか凄く理不尽な感じがするぞ……」
けど、やっぱりまた書類に目を通していく俺。
ああ、俺って健気……。
───……。
で、夕方になってようやく、その整理も終わった。
凍弥 「じょ、冗談じゃねぇぞ……!
朝っぱらからここまでぶっ通しでようやく終わりかよ……!」
浩介 「……ふぅむ」
浩之 「さすがに疲れたな……。ずっと同じ体勢だったからケツが痛い」
シルフ「みなさま、お疲れさまでした。今、暖かいものを淹れてきます」
浩介 「おお、それならば掻き揚げうどんを頼む」
浩之 「我はとんこつラーメン」
凍弥 「暖かいけど飲み物じゃねぇもの頼むなよ……」
菜苗 「ごちそうさまでした〜」
コトッ。
ふと菜苗さんを見てみると、丁度マグカップを机に置くところだった。
菜苗 「あんまりにも熱いもので、全部いただくのに時間がかかってしまいました〜」
凍弥 「ははっ……いったい何杯飲んだのさ」
菜苗 「はぅ……?まだ一杯目ですけど〜……?」
全員 『うそぉっ!?』
こんなに寒いのに、朝っぱらに飲んでたコーヒーをやっとこさ飲み終えるとは……。
全員 『……猫舌決定』
菜苗 「はぅ……?」
ここに、菜苗さん猫舌説が出来あがった。
……意味はないと思う。
凍弥 「しっかし……実際疲れたなぁ」
立ち上がって、柔軟運動をする。
それとともに体がパキポキ鳴って、どうにもデスクワークは馴れないなと実感した。
凍弥 「凝っとるのぅ」
浩介 「当然だ、同志の作業が一番大変だからな」
凍弥 「そう思うんだったら代わってくれよな……」
浩之 「すまん、既に判子打ちが板についてしまった。
もはやそれ以外の流れ作業は考えられん」
浩介 「然り」
凍弥 「おのれらなぁ……」
そうなのだ。
俺は書類という書類の一文字も残さずに目を通し、
サインと判子の二通りの書類に分ける。
志摩兄弟はそれにそれぞれ判子を押すかサインするかでいいのだ。
ラチェットさんは書類持ってくるだけで、菜苗さんはずぅ〜〜〜っとコーヒ−飲んでる。
凍弥 「あのさぁ菜苗さん……あんまコーヒーばっか飲んでると腹壊すよ?」
菜苗 「大丈夫ですよ〜、こう見えてもわたし、お腹は丈夫ですから〜。
凍弥ちゃんから見ても、わたしは丈夫そうに見えるでしょう〜?」
凍弥 「……どう見えるって訊かれたら、
絶対に丈夫じゃなさそうって答えるけどな、俺は」
菜苗 「そんなことありませんよ〜」
浩之 「そうだぞ、菜苗は丈夫だ」
凍弥 「菜苗さんの腹の強度を、どうしてお前が言い張れるんだよ」
浩之 「それは───愛〜……震え〜るゥ愛〜……」
愛……!
……愛ってアータ……
浩之 「たとえば……同志が朧月に愛を覚えているのなら、
ペアルックでも恥ずかしくないというものと同じだ」
凍弥 「いつ誰が何処で誰とどんな服でペアルックした」
浩之 「そうか、してないのか。してるかと思ってカマをかけてみたのだが」
凍弥 「そんなものかけんでよろしいわい」
浩介 「まったくだ。さ、話は後にして書類整理を再開しよう。
語り合ってても仕事は終わらんぞ」
浩之 「む……然り」
おお……浩介がまともなことを……!
お前にも一応、カンパニーの跡取りとしての自覚があったんだな……!
浩介 「まったく……さっさと片付けねば遊ぶ時間が皆無になるであろうが……」
凍弥 「……そうだよな。お前ってそういうヤツだよ」
心の中とはいえ、感心した俺が馬鹿だった。
凍弥 「ま……確かにお前の言うことはもっともだな。
動機の云々は度外するとしてだけど」
浩介 「おお、我のことをそこまで解ってくれるとは!嬉しいぞ同志!」
凍弥 「サー、作業ヲ再開シヨカー」
浩介 「……さらりと無視したな。さすが同志だ」
誉められてる気がせんわい。
───……やがて夜。
ようやく終わった書類を前に、俺と志摩兄弟はぐったりと倒れていた。
疲労はもちろんだが、朝っぱらから何も食べていなかったのが響いたのだ。
今までは気力で持たせていたが、その気力も集中力も切れた今、
俺達はただただ腹が減っていた。
浩介 「グーヴ……!
や、やはりあの時、掻き揚げうどんを頼んでおくべきだったのだ……!
そうすればこのようなことにならずに済んだものを……!」
凍弥 「そういうこと言ったって始まらないだろ……。
───あ、食うなら軽いものにしとけよ?
夜に大食するとロクなことにならないから」
浩之 「と、とんこつラーメンは軽いぞ!?かッ……軽いであろう!?なぁ!!」
凍弥 「重いわ!!」
浩之 「なっ……なんとぉっ……!!
う、うそだろう……!?うそだと言ってくれ同志!」
凍弥 「うそだ。……これで満足か?だが重いことに変わりはないぞ」
浩之 「ぐふっ……!ぐふぅううう……!!」
凍弥 「うおっ!?」
曲げようの無い真実を告げられた浩之が、突如泣き出した。
凍弥 「いや……泣くなよオイ……」
浩介 「フッ、愚かな……。なぁ同志、掻き揚げうどんは軽いだろう?」
凍弥 「残念。軽そうに見えて重いんだよ、うどんってのは」
浩介 「な、なんだと!?馬鹿な!」
凍弥 「おまけに『掻き揚げ』だろ?あれじゃあ重いだろ……」
浩介 「ぐっ……確かに掻き揚げは具材の寄せ集めを油で揚げたようなものだ……!
おかげで隙間に油がたっぷり余り、
うどんの汁に浮かべた途端に広がる油の量は、エビ天など遥かに凌駕する……!
あれで軽いわけが……なかったのだな……!」
凍弥 「比較する対象は間違っちゃいないが、
その比較語が『遥かに凌駕』ってのはどうかと思うぞ俺は」
それに、そんなにまで油は浮かんだろ。
……出来たてホヤホヤじゃない限り。
そして考えてみれば、このカンパニーの厨房で作られる掻き揚げうどんは、
出来たてホヤホヤの掻き揚げを乗せるものだ。
……圧倒的に油が浮くこと間違い無い。
凍弥 「……はぁ。んじゃ、ちょっと待ってろ。俺が作ってくるから」
浩介 「なに?同志が?」
浩之 「いったい何を……」
凍弥 「浩之、悪いけど折れてくれな」
浩之 「ぬ?折れる?」
凍弥 「ま、出来あがってみれば解るから。んじゃ、ちょっと待っててくれな」
シルフ「お待ちください。仮にもカンパニーの家族の方が料理など───」
凍弥 「それ以上言ったらグーで殴る」
シルフ「なっ───!?」
浩介 「お、おいおい同志!?」
凍弥 「言っておくけどな、俺はカンパニーに入ることに反対はしない。
けどな、そうやってなんでもかんでも縛られるのは冗談じゃないぞ。
今まで経験したことを役に立たせることが出来ない状況にはなんの価値もない」
シルフ「……あなたは。
カンパニーの家族というものを『価値がない』と言うのですか?」
凍弥 「たわけ、どうしてそう極論が好きなんだあんたは。
俺が言ってるのは経験を生かせられない状況に価値が無いってことだ。
もしそれがあんたの言うカンパニーなら、俺は落胆するよ。
……あんたの言うことが正しいってことになるんだからな」
シルフ「………」
凍弥 「思うんだけどさ。ラチェットさん……あんた、
カンパニーってものに縛られすぎちゃいないか?」
シルフ「縛られる……?わたしが……?」
凍弥 「どうにも釈然としないんだよ。
ひとりの人間として、しきたりばっかりに囚われてて楽しいか?
俺はどうも……あんたと話してると人と話してるって気がしないんだ」
浩介 「同志、それは───」
凍弥 「『浩介とふたりきりじゃないから』ってのは却下。
それ以前に、もっと気持ちを出すべきじゃないか?」
シルフ「………」
凍弥 「もっとさ、本音を」
パァンッ!!
凍弥 「つっ───!」
浩介 「シ、シルフィー!?」
ラチェットさんの平手打ちが、俺の左頬を襲った。
けど俺は動じることなくラチェットさんの目を見る。
凍弥 「その調子。怒ること大いに結構。
人形みたいに日々を過ごすのはつまらないだろ?」
シルフ「……わたし、あなたのこと嫌いです」
凍弥 「嫌うのも結構。俺も人形っぽいあんたは大嫌いだ」
シルフ「っ!あ、あなたになにが───」
凍弥 「……怒るのは構わないけど、『あなたになにが解る』ってのはタブーだから」
シルフ「う、うう……!!」
浩之 「体張っているな、同志」
浩介 「我はハラハラものだがな……」
シルフ「こーすけくん!こーすけくんはわたしの味方してくれるよね!?」
浩介 「むごっ!?む、むむむ……!!」
浩介が俺とラチェットさんを交互に見る。
俺はそんな浩介にうんと頷いてやった。
するとその目が、『すまん同志』と言った。
浩介 「……うむ!我はシルフィーの味方ぞ!」
シルフ「そうだよね!?じゃあこの人やっつけちゃって!」
浩介 「───……な、なにぃ!?」
シルフ「こーすけくん!男らしくバシーっとキメちゃって!!」
浩介 「ぬ、ぬおおお!!」
予想外だったらしい。
けど、こんな状況くらいは予想してた。
浩之 「……ブラザー、今日という今日はシルフィーに呆れたぞ、我は。
悪いとは思わん。我は同志につかせてもらう」
シルフ「え……?」
菜苗 「はい〜、わたしもです〜。
だって、どう考えてもラチェットさんが間違ってますから〜」
シルフ「南城さんまで……?」
凍弥 「んじゃ、いっちょラチェットさんの言う通り、やってみるか?」
浩介 「なにぃ!?」
凍弥 「手加減無しの一本勝負だ。それで文句はないよな、ラチェットさん」
シルフ「え───?あ、う……」
凍弥 「それとも、勢いだけで『やっつけちゃって』なんて言ったのか?」
シルフ「そ、そんなことないっ!わたしはあなたが嫌いだからっ……!」
凍弥 「じゃ、やろうか浩介。こっち来てくれ」
浩介 「ど、同志……?本気なのか……?」
凍弥 「本気だけど。お前も連日の書類整理で鬱憤溜まってるだろ?
せっかくだから付き合ってくれ」
浩介 「…………本気、なのだな?……よし、我も男だ。挑戦は受けて立つ!」
ガバッと立ちあがり、キッと俺を見る浩介。
その貌に笑ってみせて、俺は歩き出した。
───……ドカーン。
凍弥 「ギャ〜」
浩介 「………」
負けた。
ゲームで。
浩介 「ど、どど……同志?手加減無しの一本勝負とは……」
凍弥 「あれ?言ってなかったっけ。ゲームのことだが」
浩介 「───……」
あ、固まった。
浩之 「まあ、同志のことを考えれば本気での喧嘩など有り得まい。
先読みが未熟だったな、ブラザーよ」
凍弥 「……固まってるが」
ついついと突ついてみても、てんで反応無し。
菜苗 「凍弥ちゃん、上手になりましたね〜。どうですか〜?わたしと一手を〜」
凍弥 「勘弁してください」
菜苗 「はぅ……残念です〜」
シルフ「……ふざけていたということですか?」
菜苗さんの声を遮るように、ラチェットさんが口を出してきた。
俺はその声に振り向いて、溜め息を吐いた。
……ほんと、相手の考えの先を読もうとしない人だ。
凍弥 「あーのーさー、俺が言いたいのはね?もっと砕けろってことだよ。
意見が食い違ったからっていきなり喧嘩?
気に入らないから彼氏を使って捻じ伏せる?
……ふざけてるのはどっちだよ馬鹿者。
俺はあんたのそういうところが嫌いなんだ」
シルフ「………」
凍弥 「今回のことでよく解ったよ。
あんたは浩介のこと以外はどうでもいいって思ってるヤツだと思ってた。
けど全然違う。あんたは今回、浩介までも道具みたいに扱おうとした」
シルフ「───!そ、そんなことは……!」
浩之 「いいや、我が同志側についたのはそういうことだ。
貴様がブラザー以外の人間をどうでもいいように感じていたことは知っていた。
我はそれでもいいと思っていた。ひとりを思い続けることはいいことだ。
が、シルフィー。貴様はブラザーまでもを道具扱いだ。
我はそこに呆れを感じた。庇う理由などない」
シルフ「そんなっ……!わたしは……」
菜苗 「わたしも、ラチェットさんは間違っていると思いますよ〜……?
誰かを思うことはいいことですが、
その誰かを使って自分の憂さ晴らしをしようとするのは、
確実に間違っていますから〜……」
シルフ「あ……」
いまさら気づいたように、ハッとするラチェットさん。
凍弥 「感情を表に出したことを責めることはないけどさ。
感情の方向が絶対的に間違ってる」
シルフ「………」
浩之 「まったく、ブラザーもヤキが回ったものだな。
あんな風に言われても頷いてみせるなど……」
菜苗 「よっぽど、ラチェットさんのことが大事なんですね〜」
シルフ「───!」
凍弥 「浩介は想いの丈を嫌ってほど見せてるけどさ。
俺はラチェットさんが浩介に想いの丈をぶつけてる場面、見たことないけど?」
浩之 「む───言われてみれば。毎度ブラザーから迫っているな」
菜苗 「もしかして……浩介さんのことがお嫌いなのですか〜……?」
シルフ「そんなことありませんっ!!」
凍弥 「それじゃあ───ここに硬直してる浩介が居る。
あなたの愛……ここで見せてみよ!!」
シルフ「なぁっ───!?」
びっくり仰天ラチェットさん。
そして固まる。
その隙を突くように、ズシャアと浩之が傍に寄ってきた。
浩之 (同志……最初からこれが狙いだったのだな……?)
凍弥 (フッ……当然だ。俺は好いた惚れたを物差しで計るような真似はせん。
とはいえ、このふたりって……ほら、
ラチェットさんの押しが無い所為でバランスが悪いだろ?
浩介が近づけば、ラチェットさんはひらりと逃げるばっかりだし。
ハッキリしないからいい加減イライラしてたんだ)
浩之 (フフフ……同志よ。そちも悪よのぅ……)
凍弥 (ククク……貴様こそ……)
浩之 (……我がなにをしたと?)
凍弥 (知ってて黙ってる時点で共犯だ。ラジャ?)
浩之 (ラジャ!)
いいらしい。
やっぱ志摩兄弟との会話は気楽でいい。
凍弥 「というわけで───ぶっちゅ!ぶっちゅ!!」
浩之 「……いつかの光景を思い出すな。仕返しか?」
凍弥 「もちろんだ!」
浩之 「愚問すぎたか……ならば我も!ぶっちゅ!ぶっちゅ!!」
菜苗 「なんだか楽しそうですね〜、ぶっちゅです〜」
シルフ「う、ううう……!!」
カタカタと震え始めるラチェットさん。
が、顔を真っ赤にさせると、
がむしゃら───いや、ヤケっぱちになったかのように浩介に襲いかかった!!
シルフ「こ、ここここーすけくん!ご、ごめんね!」
浩介とラチェットさんの口が近づく。
それにつれ、俺達の声援も大きくなっていった。
凍弥 「ぶ〜っちゅ!ぶ〜っちゅ!!」
浩之 「ヒューヒュー!!」
菜苗 「愛ですね〜、恋ですね〜」
シルフ「静かにしてくださいっ!!」
三人 『すいま千円……』
……あーあ……怒られちった……。
───……結局、チョンっとくっつけるだけのようなもので、それは終わった。
浩之 「所詮そんなものか……がっかりだな同志よ」
凍弥 「ああそうだな……ガッカリだな、盟友よ……」
菜苗 「チキンですね〜……」
シルフ「大きなお世話ですっ!!」
浩之 「ならば世話ついでにやるのだ!ほ〜れぶっちゅ!ぶっちゅ!!」
シルフ「くううっ!!ひ、浩之さま!
あなたにはカンパニ−の後継ぎとしての自覚は───!!」
浩之 「カンパニーの後継ぎでも物事への興味は尽きぬ!!それが漢!!」
凍弥 「そゆこと。カンパニーの後継ぎになったって、カンパニーの家族になったって、
人の本質なんてそうそう変わるもんじゃないし、無理に変えるもんじゃない。
だったらさ、カンパニーの後継ぎとか家族とかの『自覚』ってのは、
そう必要じゃないんじゃないかな。
大体……経験を生かすことの出来ない場所がカンパニーなら、
今まで経験してきたものは、一体どうしたらいい?」
シルフ「わ、わたしは別に、『経験を生かすな』などと言った覚えはっ!」
凍弥 「じゃ、料理作ってもいいわけね?」
シルフ「うっ……───……わ、解りました。
ただし、わたしを監視に着かせていただきます」
監視って……
凍弥 (……なぁ浩之。俺ってなんでここまで嫌われてるわけ?)
浩之 (フッ……これは嫉妬だな、同志凍弥。
恐らく自分よりもブラザーに信用されている貴様が疎ましくて仕方が無いのだ。
しかもその感情に本人が気づいておらぬ。まったく、人騒がせなおなごよ)
凍弥 (嫉妬ねぇ……)
男に嫉妬してどうするんだよオイ……。
───……というわけで……料理をスタートしたわけだが。
シルフ「………」(じーーー……)
凍弥 「………」
やりづれぇ……。
どういうわけか、ラチェットさんが凄い形相で俺のこと見てる。
ローリングストーンのようにねちっこくないのが救いだ。
凍弥 「そうジーっと見られるとやりづらいんだけど」
シルフ「お気になさらないでください。
どうぞ、あなたの料理の腕を存分に披露なさってください」
……この馬鹿丁寧な言葉に挑発的な態度……。
やっぱり俺、相当嫌われてるな。
まあそれはそれで別に構わんのだが、
これで浩介にまで嫌な態度をとるのはどうかと思う。
凍弥 「はぁ。さてと……」
掻き揚げうどんの出汁を作り、
さらにミリンなどで味を整えて、つゆとして仕上げる。
それを浅底の丼鍋に張り、千切りにした玉ねぎを入れてゆく。
その上に一口サイズに切った鶏肉を幾つか置き、蓋をしてしばらく煮る。
少し煮えたところに卵を梳いたものを回し入れて、再び蓋をしてしばらく。
卵が完全に固まる前に、ご飯を盛っておいた丼に乗せ、
さらにその上に三つ葉を乗せ、蓋を。
いわゆる親子丼ってやつだ。
それを都合5つ手早く作り、大き目のトレーに乗せて運ぶ。
シルフ「………」
凍弥 「うん?」
ラチェットさんは、俺が調理を始めた頃からずっと、ポカ〜ンとしていた。
気が抜けてるのかなんなのか……。
凍弥 「行かないのか?」
シルフ「えっ!?あ、はい……」
声をかけるとハッとする。
なんだかよく解らんが……もしかして、声かけなきゃあのままだった?
……惜しいことをした、放置しときゃよかったよ。
───……。
凍弥 「ほれ、晩飯だぞー」
志摩 『なにぃ!?』
トレーを持って社長室へ入ると、志摩兄弟がその香りに釣られるように駆け寄ってきた。
浩介 「で───メニューは!?」
浩之 「い、意外性を感じる!まさかカロリーオフのとんこつラーメン!?」
凍弥 「丼ものだが」
浩介 「……瀬戸物?ドンブリを食えというのか」
浩之 「それも五つも……。いくらなんでも噛み砕く歯を持ってても、食えぬぞ?」
凍弥 「誰がドンブリ食えって言ったよ……。ほら、とっととひとりずつ持ってけ」
志摩 『うむ!』
菜苗 「はい〜」
それぞれがババッと親子丼を持っていく。
そして蓋を開けると、ホゥ……と息が漏れる音が聞こえた。
浩介 「親子丼……か。馬鹿な、これはカロリーが高くないのか?」
凍弥 「カツ丼と違って、鶏肉は油で揚げたりしないからな。
皮の部分は極力落として、肉の部分だけを使う。
つゆのベースはうどん風味にしてみた。
他の丼ものよりはカロリーは少ない筈だ」
浩之 「……とんこつ風味には出来なかったのか同志……っ!我は……我はぁ……っ!」
凍弥 「泣くなよ、おい……」
浩介 「ふむ……」
マジ泣きしてる浩之を余所に、浩介が親子丼を口に放る。
浩介 「こ、これはっ……!!」
そして、その一言。
それ以降は何も言わずにガツガツと食い始めた。
そして誰よりも先に食い終わり、丼を置いて手を合わせた。
浩介 「……実に、馳走であった……」
至福一歩手前の顔でそう語る浩介。
一歩手前なのはおそらく、掻き揚げうどんじゃないからだろう。
浩之 「美味いのか……?うう、背に腹は換えられぬ……食うか」
浩介 「馬鹿か貴様ブラザー。背を腹に換えられるわけがないだろうが」
浩之 「むぅう……つくづく然り」
然りじゃねぇって……。
なんて考えてる内に浩之は親子丼を口に含み───ガツガツと食い始めた。
だんっ!
浩之 「馳走になった!」
元気よく丼を机に置き、漢の顔になった彼が帰ってきた。
浩之 「むう……!この腹に溜まる味わいはどうだ……!
まずダシがいい……。力強い味わいだというのにしつこくなく、
後味がとてもすっきりとしている……。
ぬう、三つ葉の味がいい……。
三つ葉が無ければ親子丼は作るなという副部長の言葉も頷ける……」
凍弥 「誰だよ」
浩介 「『美味しんぼ』の副部長だ。個人的に嫌いだがな」
凍弥 「あー……あの酔っ払うととことん嫌な人になるあの人ね?
そもそも東西新聞分化部のお偉いさん方はあまり好きではないな」
浩介 「我もだ」
浩之 「我もだぞ」
菜苗 「わたしもです〜。それにしても……はぅ〜、美味しいですねぇ〜。
美味しいけれど……とっても熱いです〜……」
シルフ「………」
……む。
凍弥 「ほら、ラチェットさん。早く食わないと卵が完全に固まるぞ」
シルフ「あ……───」
おどおどと、ラチェットさんらしくもない覚束無い手つきで丼の蓋を開けた。
そして、親子丼を口に含む───と。
シルフ「───!こ、これは……」
ふわっと輝く笑顔。
思わず顔が緩むような味だったらしい。
そのまま黙々と食べ始めるラチェットさんを見て、俺も苦笑しつつも食事を始めた。
───そしてもちろん、菜苗さんが全てを食べ終える頃には……夜が明けていた。
───……俺達に休みはなかった。
というのも、終わったと安心していた書類整理に、追加があったからだ。
正月も終わり、登校日となっても……
その分をこなすまでは整理をお願いしますと、オチットさんに言われてしまったのだ。
相手がオチットさんでは頭が上がらないのが、我ら盟友の悲しきサガ。
『性』と書いて『サガ』と読むアレだ。
凍弥 「あー……カンパニーって一体どんな仕事してんだよ……」
浩介 「いろいろだ……。薬の開発から人助け、物資の補給など……本当にいろいろだ」
凍弥 「疲れるなぁ……」
ガッコをサボってまで書類整理をするハメになるとは……正直、思いもしなかった。
でも馴れてくるとこれも簡単なもので……
見落としさえなければ、案外スムーズにいくものである。
まあその、楽しいかどうかは別として、だ。
凍弥 「ほい、終了」
浩介 「うむ、ではここにサインを───」
浩之 「こっちは判でいいのだな?」
凍弥 「ああ。よろしく」
志摩 『心得た』
そして……ペンの走る音と判が押される音が社長室に流れる。
正直、とても暇だ。
シルフ「……あの。少しいいでしょうか」
凍弥 「へ?」
意外。
暇を持て余してはいたが、まさかラチェットさんが俺に話し掛けてくるとは。
凍弥 「時間ならあるからいいけど。なんの用?」
シルフ「付いてきてください」
凍弥 「……?ま、いいか。じゃあ菜苗さん、志摩兄弟のことお願いね」
菜苗 「すー……」
……寝てる。
菜苗さんて普通に地味に、人の予想を覆す人だよな……。
───まあそんなこんなで俺はラチェットさんに付いていき……その場に辿り着いた。
『そこ』とは……
凍弥 「……厨房?なに、ゴキブリでも出た」
シルフ「ば、馬鹿にしないでください!
メイドたる者、害虫の一匹や二匹で騒いだりいたしません!」
凍弥 「あ、ムカデ」
シルフ「ひやああああああん!!!!??」
凍弥 「ウソだ」
シルフ「なっ───!?く、くぅう……!!」
十分に騒いでるじゃないか……。
凍弥 「それで、ここで俺にどうしろと?」
シルフ「………」
凍弥 「ラチェットさん?」
シルフ「……い」
凍弥 「胃?胃が痛いならパンシロンでも」
シルフ「そうではありませんっ!
そ、そのっ……わ、わたしに料理を教えていただけませんかっ!!」
凍弥 「ヤ」
ドゴシャア!
凍弥 「うおっ!?」
ラチェットさん、突如の転倒。
おお、これがズッコケというものか。
シルフ「嫌って……ど、どうしてですか!?」
凍弥 「いやほら、俺、あんたのこと嫌いだし」
シルフ「なっ……こ、子供ですかあなたは!!」
凍弥 「20までは子供だと自負しております故。そんな挑発には乗りません」
シルフ「うう……!」
凍弥 「てゆうかさ、メイドさんって料理も出来るもんなんじゃないのか?」
シルフ「カ、カンパニーにはそれぞれの担当があって、
わたしは調理を担当させてもらえなかったのです……!だから……!」
凍弥 「んー、まだ理由がユルくないか?もっと決定的な理由がありそうなんだけど」
シルフ「なっ……!あ、あなたにそこまでお話する筋合いがありますか!?」
凍弥 「……あのね、中途半端な心意気で料理を教えてなんて言われても俺は嫌だぞ。
ちゃんとした理由があるなら別だ」
シルフ「っ……!あなた、本当に根性悪ですね……!」
凍弥 「よく言われたりはしないけど、あんたに対しては言われても頷けるな」
シルフ「くう……!」
ギリ、と歯を食いしばる音。
次いで、仕方なくといった感じに語り始めるラチェットさん。
シルフ「も、もしこのまま浩介さまとお付き合いができて、
もし家庭を持てるのなら……わたしが料理を作ってさしあげたい……。
けれどもわたしには料理というものがまるで解りません……。
ですから……ですね……」
凍弥 「ふむ……それじゃあこれは、浩介のため、と」
シルフ「……そうですよ……悪かったですね」
凍弥 「悪いなんて言ってないけどな。じゃ、始めようか」
シルフ「え───?」
腕まくりをする俺を見て、ラチェットさんがきょとんとした顔になる。
でも疑問をぶつけられる前にラチェットさんを促して、料理を始めるのだった。
───で、案外こういう料理下手な人は不器用ってゆうのがセオリーなわけだが……
またもや意外。
ラチェットさんは一度教えたことは完全に覚えてみせた。
そしてたった一日で俺が教えたことをマスター。
……あっという間に料理上手になってみせたのだった……。
まあ……言ってしまえば、
与一や彰衛門や悠介さんの料理を凌駕することは出来ないだろうが。
俺の知ってる人で、料理の上手さ順位は───
1位───彰衛門
2位───悠介さん
3位───与一
となっている。
もちろん俺は未熟者。
順位的には10位くらいだろう。
しかもその10位までの間、とことん女性の存在はない。
俺の知ってる人に料理上手が居ないのは周知である。
シルフ「こーすけくん!こ、これっ!食べてみてっ!」
だとすると、ラチェットさんは何位になるんかな。
ううむ。
浩介 「な、なに?いやしばし待て。我は今、ちと立て込んでいて」
シルフ「いいから!」
ガボォッ!!
浩介 「ふぐごっ!?ごわぁちゃあああああああああっ!!!!!」
……ちなみにその日。
マグマのように煮えたぎった湯豆腐を口に捻り込まれたひとりの男が、
とある病院に担ぎ込まれたという……。
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