───子であり、親であることの先─── メイ 「……───?凍弥、さま……?」 聖 「え……?あ───」 身体が暖かな光に包まれる。 眩しくて、やさしくて……力強い光に。 ???『───自分が正しいって思ったら、それを迷うな。 俺はお前がそういうお節介馬鹿って知ってるから。 お前がその力をどう扱おうが、頷いてやる』 ……誰……? ???『あはは、う〜ん……やっぱり消えちゃうんだね。 でも……悪くないかな。僕らは生きてゆく。死ぬわけじゃないから』 どこかで聞いたような……懐かしい声が…… ???『願う夢、眺める夢……その全てを夢と唱えて、誰かのために自分を消す……。 悲しみしか残らないだなんて思わないでください。 思いが空に宿ったように、想いが風に宿ったように、願いが桜に宿ったように。 あなたの心もまた、この子に宿るのですから』 ああ、そうか……。 この懐かしい気配…… ???『誰かのためになにかをし続けたあなたの気持ち、わたしにも解りますしね。 わたしはマスターと一緒なら……何処だって構いませんから』 空……風……桜…… その気配が……光になって俺を包んでる…… ???『騒ぐなら人は多い方がいいです。……一緒に、来るです?』 行っていいのかな……。 俺も……いいのかな…… ???『それを決めるのはお前だ。俺達はどっちでも構わん……な、由未絵』 ???『うん、わたしも凍弥くんと一緒なら何処だっていいもん』 懐かしい声が聞こえる……。 勝手なことばっかりしててごめんって謝りたいけど、口が思うように動かない。 ???『い〜い?わたしの幼馴染の凍弥くんはね、 こういう時にいちいち考えるようなお節介焼きじゃなかった筈だよ? ……答えなんて、もう出てるでしょ?』 ……幼馴染の声。 声だけしか聞こえないのに、 そいつが笑ってるってことが確信出来て……俺もまた、笑顔で応えた。 ───迷うことはない。 いつか心に決めたじゃないか。 俺は椛と、産まれてくる子供を幸せにしてみせるって。 だったら───…… 椛 「はっ、く……!!だ、だめ……!」 眩しい光の中、小さなか細い声が聞こえた。 それに次いで、手を握られる感触。 視線を降ろしてみれば、涙を流しながら首を振っている椛。 ───大丈夫。 すぐに楽になれるから。 だから───……俺の分まで、どうか幸せに。 椛 「だめっ……!だめ……!いや……いやぁ……っ!!」 強く握られた手を……強く握り返した。 冷たくなってしまったその手にぬくもりを分けるように。 他の誰でもない、自分がその生涯をかけて愛し続けた人へ。 そして、これからその小さな体で精一杯生きてゆく、 小さな命へ未来を分け与えるように─── ───光になる。 自分の体、記憶、想いの全てが。 眩しいくらいの光が乱れ、だけど穏やかに……椛と、子供に降りかかってゆく。 やがて薄れゆく自分を確認して苦笑する。 『せっかく名前考えたのに、名付けられないなんて……悔しいな』って。 そして俺は思い出すんだ。 いよいよ自分が消えるって時に、自分のために未来を残してくれた男のことを。 そいつは光の中で俺に向かって笑ってみせ、 『やっぱり世話の焼けるヤツだよ、お前は』って言って……俺に手を差し伸べた。 そんな言葉に反論しようとして……でも。 その前に手を掴んだら、言ってやりたかったことや文句も頭の中から消えちゃって。 その時になって初めて、ああ……これが消えるってことかって……理解した。 だけど不思議と恐怖はない。 むしろ笑いながら、俺は椛とその子供の未来を願った。 立派な大人になれだなんて言わない。 ただ、自分の信じる道を突き進んでくれって。 最後にそう言い残して……いや、言い残せた気がしたってだけ。 そんな自分に苦笑しながら───……俺はこの世界から消えた。 ───…………。 聖 「……そんな」 眩しいくらいの光が見えて───その後の記憶がない。 いつの間にか気を失ってたのか、ふと目を開けてみれば…… そこに居た筈の凍弥さんが居なくなっていた。 その場に居るのは、辛そうな表情で赤子を産湯に入れているメイさんと…… 呆然としながら涙を流し続ける椛さんだけだった。 椛 「たかまささま……はやたか、さま……───どうして……? どうしてですか……?どうしてわたしを置いて……。 どうしていつも……わたしを置いて居なくなってしまうんですか……? っ……どうして……っ?……ふぐっ……と……とうやさぁん……っ!!」 さっきまであんなに痩せ細っていた体も、やつれていた様子も全てが払拭されている。 だけど……その涙が止まることはない。 椛 「わたし……わたしは……!あなたが居ないと……! そんなっ……わたし……!どうしたらいいんですか……!? わたしのことなんてどうでもよかった……! わたしは……あなたさえ生きていてくれたら……!! どうしたら……!?おとうさんも居ない……頼れる人なんて……!」 聖 「も、椛さ───」 椛 「いやぁあっ!!」 バシッ!! 聖 「つっ───!?」 椛 「いやっ……いやぁああ……!!触らないで……!! 誰もわたしに触らないで……!! わたしは……わたしは凍弥さんだけのために……!!」 聖 「椛さん……」 完全に怯えた顔でわたしを見る……ううん、わたしすら見えてない。 そんな目で、椛さんは震え、泣き続けてる。 それだけで……解ってしまった。 ───崩壊。 今まで心を支えていた大切なものの消滅が……心の崩壊を導いてしまった。 メイ 「……椛さん。あなたの子供です。抱いてあげてください」 椛 「触らないでぇっ!!やっ───来ないで!!誰も───誰もわたしに……!!」 メイ 「……───失礼します」 聖 「え───?」 ───ッパァンッ!! 椛 「ひっ……!?」 信じられないくらいに痛々しい音が鳴り響いた。 見れば───張られた頬にゆっくりと触れる椛さんと、 それを信じられないくらいに怒った顔で睨むメイさん。 メイ 「あまり……ふざけたことを言い続けるようなら……!! わたしだって憤慨しますよ!?」 椛 「あ……あ……?」 メイ 「大事な人が消えてしまったことはお察しします! けれど!あなたのしていることは凍弥さまへの侮辱です!!」 椛 「ぶ……じょく……?───侮辱……!? な、なに……?なんなんですかそれ……!! あっ───あなたにわたしのなにが解るって───!!」 メイ 「言わなければご理解いただけないほどに馬鹿なのですかあなたは!! 凍弥さまがどのようなことのために消滅を選んだのか解らないのですか!?」 椛 「っ───!だから……って……だからって!すぐに立ち直れって言うんですか!? こんなにも辛いのに!!こんな辛さがあなたに解るんですか!? あなたに───っ……!!解るものですか!!機械なんかにっ!!」 聖 「!!───椛さんっ!!」 メイ 「構いません、聖さま。 『人』であるというのに凍弥さまのお心が理解出来ない……いえ。 理解しようともしない人になにを言われようと平気ですから」 椛 「───!!」 パァンッ!! メイ 「………」 聖 「あっ───メイさん!」 椛さんがメイさんの頬を叩いた。 でも……メイさんはそのままの表情で椛さんを睨む。 聖 (───……あれ……?) なんか変だ。 もしかしてメイさんは…… 椛 「理解……!?お心……!?あなたなんかに凍弥さんのなにが解るの!? あなたなんかに!!機械なんかに!!」 メイ 「ふふっ……少なくともあなたよりは理解していますよ。 悔しいのですか?自分の夫のことを少しも理解出来ないことが」 椛 「───〜〜……!!消えちゃえ!あなたなんか───消えちゃえ!!」 広げた手をメイさんに向ける椛さん───いけない! ここで月醒力なんか撃ったら、赤ちゃんが───!! メイ 「……撃つ気ですか?」 椛 「そう……!あなたなんか消えちゃえばいい……!」 メイ 「そうですか。あなたと凍弥さまのお子様を抱いているわたしを、ですか?」 椛 「───!」 メイ 「ああいえ、お止めしているわけではございませんよ。 ……ただ、あなたは凍弥さまが消えた理由までも破壊しようというのですね。 大した夫婦……大した理解力です。あなたはそれで満足なのですか?」 椛 「くっ……ぅ、ぅうう……!!」 メイ 「わたしならば───満足なんて出来ません。 あなたは凍弥さまが残された未来を歩むべきです。 それをひとりでは無理だのと……。誰がひとりだと決めたのですか? あなたにはまだ、このお子様が居るではありませんか」 椛 「あっ───!!」 聖 「メイさん……」 ……やっぱりそうだ。 メイさんは絶望に我を忘れてた椛さんの絶望を、怒りで紛らわせようとしてたんだ。 さっきのままじゃ、話も聞こうともせずに……いつか完全に心を壊してた。 メイ 「……もう一度言います。この子を、抱いてあげてください。 あなたと……凍弥さまのお子様です」 椛 「……っ……うっ……うぐっ……ふ、ぅうう……!!」 ───椛さんは泣いた。 力無く俯いて、泣き続けた。 けれどそれもしばらくすると治まって───涙目ながらも……赤子をその腕に抱いた。 メイ 「……やっぱり。子供は親に抱かれてこそ子供らしい顔をするものです」 聖 「……ね、メイさん」 メイ 「はい、なんでしょうか聖さま」 聖 「『聖』でいいよ。ねっ、抱きついていい?」 メイ 「はい……?……ええ、ふふっ。こんなわたしでよろしければ」 聖 「やった!とりゃーーーっ!!」 がばっ! メイ 「あっ……と、いけませんよ聖さ……いえ、聖。 少しは加減というものを……」 聖 「あははっ、あははははははっ♪わたし、メイさんのこと尊敬しちゃうよー!」 メイ 「いいえ、聖。わたしは尊敬されるようなことをした覚えがありませんので、 それは却下します」 聖 「むぐっ。なかなか妙なところで潔癖なんだね……」 メイ 「ふふっ、機械ですから」 にっこりと笑うメイさん。 その笑顔がすっごく綺麗で、しかも…… この屋敷に来て以来、メイさんの笑顔を見るのは初めてだったことに気づいた。 聖 「やたーーっ!たぶんわたしが一番だーーーっ!!」 メイ 「さてどうでしょう」 聖 「あにゃっ!?な、ななななにそれ……。わたしが言ったことの意味、解るの?」 メイ 「ふふふ……どうでしょうね」 聖 「うぐっ……メイさんて結構策士っぽいかも……」 メイ 「……さ。親子に水を差すのはいけませんよ。そのための水入らずという言葉です」 聖 「……ん、そうだね。 ねねねメイさんっ、これから『お姉ちゃん』って呼んでいい?」 メイ 「却下」 聖 「うわ即答……いーでしょ?ねーねー」 メイ 「騒音を探知。これより黙秘モードに切り替えます」 聖 「はうっ!騒音扱い!?メ、メイさーーん!!」 メイ 「───……」 聖 「ほんとに黙秘しないでぇーーーっ!!」 メイ 「……いえ、違いますよ。ただ浩介さまや浩之さまにどうご報告すればよいか……」 聖 「あ───そう、だよね。笑ってなんて……いられないよね」 キィ……パタン。 ───……。 椛 「……不思議ね……。ねぇ……そう思うでしょ……?」 赤子に語りかける。 思考はあまり働いてくれず、わたしはどこかボゥとしていた。 椛 「あの人たち……凍弥さんのこと覚えてるの……。 凍弥さん……奇跡の魔法使ったのに……どうしてなのかね……」 語りかけていると、赤子が泣いた。 わたしはそれを静かにあやして、小さく笑った。 椛 「無駄なんかじゃなかったのかな……。 ……うん、きっとそう……。あの人がずっとやってきたお節介は…… それだけ人の心にぬくもりを与えてたんだよね……。 誰にも忘れられない奇跡を使えるだけのことを……してこれたんだよね……。 ……わたしは……それを誇りに思わなきゃ……っ……だめなのかなぁ……っ!」 涙が弾ける。 赤子はその涙を頬に受け止めると、泣くのをやめた。 わたしの頬をペチペチと叩いて、まるでわたしをあやすかのように笑い出す。 ……これじゃあどっちが子供か解ったものじゃない。 椛 「ねぇ……わたしは……───」 赤子を撫でる。 赤子はきゃっきゃっと笑ってみせて、自然にわたしを微笑ませた。 ……きっと強い子になる。 だって……あの人の子だから。 椛 「でも……ごめんね。わたしはあなたと一緒に生きられない……」 虚空に渦が現れる。 月空力───わたしが使う、最後の月操力だ。 椛 「わたしはやっぱり凍弥さんが居ないとだめ……。 わたしは弱くて……支えてもらわないと歩いてゆけないから……。 こんな弱いわたしを許して……。ごめん……ごめんね……」 赤子が自分を掲げたわたしを見て笑う。 高い高い、なんてものじゃないのに……その子は楽しげに笑った。 椛 「あの人なら……きっとあなたを守ってくれる……。 だから……───だから……」 わたしは赤子の中に眠る大きな力に封印をかけると、 今度は自分の中にある輝きに触れ───それを発動させた。 椛 「……あなたの未来が、 いつかあの人が……おとうさんが開く未来に重なりますように───」 それ───わたしの中の奇跡の魔法は、わたしを光の粒子にして─── 小さな赤子に振りかけてゆく。 名前もつけてあげられなくてごめんなさい、なんて言って、 さっきから謝ってばっかりだって思った。 ……ゆっくりと、月空力で開いた渦に赤子を離す。 途端に泣き出してしまった赤子を見て、わたしはまたごめんなさいと呟いた。 ───だからわたしは───光の中で聞こえたひとつの言葉を呟いた。 どうか、あなたの未来が幸せでありますように、と─── それで、終わり。 ずっと、ずぅっと昔から幸せを望んでいた筈のわたしと凍弥さんの物語は─── それで……終わったのだ……─── みんな、なんて言うかな……。 怒るかな……呆れるかな……。 でも……いいよね……? 許してくれますよね……凍弥さん……。 そんな想いを残しながら、やがて─── わたしも、この世界から消えた……─── Next Menu back