【06:晦悠介/固めた拳は何に使いますか? はい、遊びに使います】

 ちゃ〜んちゃ〜るらっちゃ。

彰利「ウォ〜〜〜〜ゥォ〜♪ アッジッフッラッイィーーーーッ!!」

 登校二日目。
 朝からハイテンションな彰利が、アジフライ・Age・Fryを歌っている。

彰利「アジが歳を重ねてフライになる様を淡々と描いた歌である」
悠介「描くな、ンなもん」

 長ったらしい石段を下り、いつも歩くアスファルトを踏みしめる。
 ガッコまでの道のりは長いのか短いのか微妙な距離だ。

彰利「ねぇ悠介」
悠介「ん? どした?」
彰利「オイラ、メイドさんを見たい」
悠介「そうか。よかったな」
彰利「うん」

 こいつが訳の解らんことを言うのは昔ッからだ。
 その度に中井出と衝突しているわけだが、あいつはあいつで和哉を困らせたりしているんだろうか。……いや、あのフンドシ男のことだから逆に振り回しているかもしれない。

彰利「言っとっけど安っぽいメイドじゃないよ?
   店行って金払やぁ見れるようなメイドじゃなくてさ。
   きちんと働くメイドさんが見たいの」
悠介「耳にタコだよたわけ。メイドじゃなくてメイドさんが見たいんだろ?」
彰利「オウヨ。俺はゲームをする者たちや漫画やアニメを見る、
   世の人々が知るであろうメイドをメイドさんとしては見ていない。
   しかし悲しいかな、世の人々にとってはカフェなどで働く者こそをメイドさん。
   その他はその他でしかないのだという。これが屈辱じゃなくてなんだね!?」
悠介「彰利」
彰利「うんなに?」
悠介「とりあえずお前がメイドさん話をしだすと長いから終われ」
彰利「メイドさんの話でならオイラ、一日中話せるぜ?
   前に見知らぬ通りすがりのおなごにみっちり話してやったら、
   なんと感動のあまり泣かれた」
悠介「なにやってんだよお前は……」

 絶対に嫌がってただろそいつ……。
 溜め息を吐きながら歩く。木葉は用事があるとかで俺達より先に出ている。
 木葉が居るとメイドさんの話をしないから、出来れば居てほしいんだが。

悠介「そういえばお前、どうして木葉の前ではメイドさんの話、しないんだ?」
彰利「だって女にメイドさんの話すると、大体ゲスを見る目で見られるんだもん。
   木葉ちゃんはしないだろうけど、
   それが原因で悠介が木葉ちゃんにオイラの友達やめてくれとか言われたら、
   オイラ木葉ちゃんのこと嫌いになりそうだし。
   自分から原因作っておいて、嫌われたら嫌われ返すなんてヤじゃん?
   だから、可能性は極力作りません」
悠介「……結構考えてるんだな、お前」
彰利「アタボーヨ。あたしゃ悠介のことでなら案外懸命なんよ?
   親友って称号は俺にとっちゃあ勲章みてーなもんだ。
   ……まあ、他はフツーかね」
悠介「中井出は? なんだかんだで突っかかってるだろ、お前」
彰利「遊び相手だな。ヤツと居ると退屈せん。
   なんでもかんでもムキになって突っ込んでくるから暴れ甲斐があるのじゃよ」

 あーそりゃそうだろうよ。
 で、いっつも人を巻き込みやがるのだ、こいつは。

悠介「あいつともなんだかんだで長いな」
彰利「初対面がアルティメットクソガキャアん時だからねぇ〜〜〜ィェ。
   せめてやつがこっち側だったら、俺とキミとでトリオを組めたのに」
悠介「胃が壊死するからやめてくれ」
彰利「わあひどい」

 ややあって、境界線に辿り着く。と、丁度その先には中井出と……きちんと制服を着た兄が───暴走副会長と一緒に歩いていた。

博光「ぺちゃくちゃぺちゃくちゃぺちゃくちゃぺちゃくちゃぺちゃくちゃぺちゃくちゃぺち
   ゃくちゃ! 先輩マジ最強っすよねー! 先輩に敵う奴なんて居るんすかー!」
雪音「わっはっはー! 大変頼もしいことにこの雪音ちゃんは最強なのだー!
   だから居ないよ! 敵うヤツなんて居ないね!」
博光「やっぱそうっすよねー! 俺先輩のことマジノーリスペクトしてるっすー!
   センパイセンパーイ!!」
和哉「リスペクトとはどういう意味だったか……」
雪音「孫権のことだよ!《どーーん!》」
博光「思い切り間違ってるのに胸張って言うなんて先輩はやっぱりすげーや!
   センパイセンパーイ! ……あ、ちなみに尊敬とかのことね?」
和哉「そうか。で、我が友博光よ。このリスペクトごっことやらはいつまで……?」
博光「後ろのストーカーの意識が完全に彼女に向くまで」

 ストーカー、という言葉が聞こえたのでちらりと見てみれば、緑髪の女が電柱の影に隠れて三人を凝視していた。

彰利「ストーカーか……怖いね」
悠介「ああ怖いな……」

 緑髪の女の視線は中井出を捉えて離さない。
 何故か肩を弾ませて顔を赤く染めていたりする。なにに欲情しているんだあいつは。

彰利「YO〜中井出〜」
博光「YO〜彰利〜」

 そんな女を無視して、彰利と中井出がきさくに手を挙げ挨拶───代わりにガッシィと手四つで組み合う。

彰利「コココ……! 今日もいい腕力しとるじゃねぇの中井出よぉおおお……!」
博光「キキキ……! そちこそ麻呂の腕力にひれ伏さぬとはなかなかでおじゃる……!」

 顔を合わせればこれだ。
 本当に退屈だけはしそうにない二人だ。

彰利「ほいで? 後ろのストーキンさんって誰?」
和哉「博光に結婚を申し込んだ相手だ。既に婚姻届も持っている」
彰利「なんですって!? それは本当かね!」
博光「本当だけど僕まだ結婚とかしたくないんだよね……。
   このままじゃ俺、卒業と同時に家庭に縛られる飛べない鳥だよ……。
   結婚は人生の墓場だ〜とか女がよく言うじゃない?
   あれって男にとってもだよ絶対。差別はよくねーと思うんだ、僕」
彰利「おおそりゃそうよ。じゃけんどかわゆい娘っこじゃん?
   将来約束されてるなんてエーコトじゃん」
博光「俺、家族のことしか頭にないからねー……。
   しっかり働いて初めてもらった給料でさ、
   じーちゃんやばーちゃんに美味いもん食わせてやりたい。それが今の俺の夢。
   で、そのままじっくり働いて金稼いで、の〜んびり家族で暮らすの。
   今のところ、そこにもう一人とかって意識は全然ないのだよ」
彰利「エロスは?」
博光「馬鹿お前、
   写真集やゲームに求めるエロスと恋人に求めるエロスをごちゃ混ぜるなよ。
   んーなんだから犯罪が起きるんだ。俺が求める欲望はゲーム等にぶつける。
   実際の人間にやったら犯罪行為として取られるもんだってあるんだ。当然だ」
彰利「ちなみにそれって?」
博光「通りすがりの幼女の頭をやさしく撫でてやりたい」
彰利「あ、すんませんポリスさーん! ここに犯罪者がー!」
警官「ややっ!? 犯罪者とは聞き捨てならん!」
博光「ゲゲェエエーーーーーッ!!」

 叫ぶ馬鹿正直者の誕生である。
 まあ……ただ撫でたいっていうだけでも、見知らぬ幼女相手はまずいだろ。

博光「あ、でもこれはチャンスだ!
   ポリスさん! 実はあそこの女の子が僕のことずぅっと追いかけてきていて!」
警官「あんな可愛い娘がそんなことするわけがないだろう!
   本官をからかいおって! 許せん!」
博光「あれ? いやちょっ…………あ、あーあーあー、アナタ様はそういう人?
   ……あの。ポリスさん? 俺、実は人種差別が大嫌いなんです。
   可愛いからってそんなことするわけがないっていうの……取り消しません?」
警官「断る!」
博光「いや、そう言わずに。お願いしますよ」
警官「物陰から見つめる少女をそんなふうに見ることなど本官には出来ん!
   そもそもただあそこに居るだけかもしれんだろう!
   それをストーカーなどと、自意識過剰すぎやせんかね!?」
博光「ま、まあまあまあ、まずは落ち着いて……!
   女と男だからって男を信用しないなんてひどいですよ? ね?」
警官「断ると言っている! まったくいかにもという顔をしおって!
   来い! 続きは署で聞こう!」
博光「…………」

 目に見えて、中井出の目がつまらないものを見る目に変わる。
 心底どうでもいい、まるでそこいらの無機物を見るような……いや、それよりもひどいか。まるでその人物に対してなんの興味も持たないような目だ。

彰利「三度ね。保ったほうじゃない? アタイだったらもう行動に出とるけど」
悠介「警官は疑うのが仕事、って随分前に聞いたが……疑うにしても理由があんまりだ」

 とりあえず目を瞑り合掌した。
 閉じる前に見た光景は、一言断ってから拳を振りかぶる中井出の姿だった。

……。

 で。

彰利「お前無茶するねぇ」
博光「あーあーもう……朝から嫌な空気背負っちまったよォォ……。
   お前もどうしてあそこで警察呼ぶかねぇ」

 中井出は拳についた血をハンケチーフで拭いつつ、溜め息を吐いていた。
 現在そのまま登校中。
 警官は……道端のポリバケツに便利に収納された。

雪音「まあまあ。差別する最低ポリスは御用になったんだし、それでいーじゃないのさ。
   それよりハンちゃんお見事。キミのその真っ直ぐな心に雪音ちゃんふぃーばー!」
博光「フィーバーの意味まるで解らずに言ってるでしょ先輩」
雪音「こういうのはノリで言うのがお前らしいってホギッちゃんが言ってた。
   私はそれに学び、それを自分の言葉として放ちます。自己責任だね」
博光「さいですか……っとたたたっ……いたっ、いたたっ……!」

 血が出ている拳を押さえる中井出。
 まあ、当然のことながら返り血ではない。
 怒りに拳を振るった中井出が殴ったものは壁だ。
 なんで警官を殴らなかったんだと訊いてみれば、

博光「俺が関わることで家族が謝るなんて冗談じゃねーや。
   悪いのポリスなのに、謝らなきゃ収拾つかないなんて世の中やってられん」

 と、あっさりと言って返した。
 こいつにここまで大事にされてる家族ってのは、どんなもんなんだか。

博光「や、でもスッキリしたッスよさすが先輩マジ強ぇえやセンパイセンパーイ!!」
雪音「わははー! もっと褒めてもっと褒めてー!」

 ……そうなのだ。
 警官をボコったのは実は副会長。
 それは、中井出が歯を食い縛りながら壁を殴ったあとのことだ。
 警官が「急に何を馬鹿な真似を!」と言った途端、副会長の足刀が閃いた。
 「……馬鹿な子には馬鹿な子にしか出来ない我慢の仕方があるんだよ」……そう言った時の副会長の顔は恐ろしいほどに凛々しく、頼もしいと思えてしまうほどのものだった。
 ……のだが、素はこれである。

博光「俺マジで先輩のことノーリスペクトしてるッスヨセンパイセンパーイ!!」
雪音「そうでしょそうでしょー! ……あれ? のーりすぺくとってなんだっけ?」
博光「ノトーリアスB.I.Gって強いッスヨねセンパーイ!」
雪音「うんうんあれはジョジョでもかなり強いよねー! あれ? なんの話だっけ」
博光「今度道場で瓦割り見せてくれるって約束です」
雪音「? そっかそっか、そんなの楽勝! 雪音ちゃんにまっかせなさーーーい!!」
博光(え……できるの?)
彰利(え……マジで?)

 弟子である二人が、わははと笑う副会長を見て硬直していた。

博光「ち、ちなみに何枚くらい……」
雪音「平成の“女愚地(オロチ)”と呼ばれた雪音ちゃんの拳は氷柱だって砕けるよ?」
博光(質問の答えになってないのに怖ッッ!!)
雪音「ビール瓶もスパーンて」
彰利(え、笑顔でなんと恐ろしい!)
雪音「でも覇王翔吼拳だけは出来ないんだよね……」
博光「そこは出来ようよ!! こんなのってないよ!!」
彰利「なんでそこで出来ないのさ! こんなの絶対おかしいよ!」
雪音「あ、でも瓶の口に氣を当てて破裂させるくらいなら出来るよ?」
博光「すげぇ!」
彰利「先輩すげぇ!」
博光「先輩すげぇ発勁!」
彰利「発勁 !」

 ……この人ほんとに高校生か?
 そう思えるほど、武術に関してはバケモノクラスのようだった。
 そんな先輩を彰利と中井出が挟むようにして歩き、『センパイセンパーイ!』と叫びまくっている。

和哉「むう……これは参加するべきなのか?」
悠介「俺に訊くなよ……」
彰利「センパイセンパーイ! センパイはなんで空手始めたんすかー!?」
雪音「え? ん、んーと。家が道場だったこともだけど、
   あっはは……雪音ちゃんてば頭が足らないおばかさんだからねー。
   みんなにからかわれっぱなしなのが嫌で、“一つだけでもいっぱしを”って」
博光「すげーっすヨさすがっすよセンパイ!
   俺もセンパイに負けないように頑張るッスよセンパイセンパーイ!!」
雪音「でもハンちゃんは剣術も空手もお勉強も頑張ってるよね?」
博光「自分! 努力、大好きっすから!! 嫌いだけど大好きっす!
   やれることを全力でやってから言い訳を考えることにしてるんす!
   そうすると自分の努力が足らなかっただけだって解るから、
   だからこそそこからまた頑張れるんすよセンパイセンパーイ!!」
雪音「そっかそっかー。私は空手一本に絞っちゃったからねー。
   これも努力足らずになるのかな」
彰利「言っちゃなんですけどセンパイもう十分努力したと思うっすよ!
   だって僕らを助けてくれたじゃないっすかセンパイセンパーイ!!」
博光「そうっすよ困ってた僕らを警官から助けてくれたじゃないすか!
   俺マジセンパイのこと見直したっすよセンパイセンパーイ!!」
雪音「そ、そう? そうかな、えへへ……」
彰利「もちろんっすよマジ最高っすよセンパイセンパーイ!」
博光「センパイ最高っすマジ最高っす!
   氣で瓶を破壊とか、程度や量が凄まじいっすよセンパイセンパーイ!!」
彰利「そうっすよ程度や量が凄まじいっすよセンパイセンパーイ!!」

 …………。
 ちなみに。程度や量が凄まじいってのは“半端じゃない”って意味な。
 恐らくはパネェとか言いたいんだろう。
 どうしてあいつらはああいうところで無駄に捻るのが好きなのか。

博光「あっ! センパイセンパーイ!
   こんなところにジュースの缶がポイ捨てされてましたよセンパイセンパーイ!」
雪音「むっ! これは許せないね!
   犯人見つけたらこれと同じみたいにしてあげよー!《ゴシャッ!》」
彰利「セッ───」
博光「パッ───」

 ……ジュースが、片手で縦に潰された。
 中身がぶしーと飛び出るのも構わず、コシャッと。
 それを見た彰利と中井出はセンパイセンパーイと言おうとする言葉すら停止させ、コチーンと固まっていた。

博光(……空き缶のポイ捨てした昔の俺よ……改めてくれてありがとう)
彰利(ヤベェェェェ……! 前に急いでた時にポイ捨てしちゃったよ俺ェェェェ……!)
雪音「え? したの?」
彰利「ヤベェェェェ!!
   デケェ声出しすぎたァァァァ!!」
博光「その声がデケーよ! この声もデケー!!」
雪音「ランポッちゃん?」
彰利「ヒィ!? す、すまんかったー! 出来心だったんやー!
   いやーーーーっ! 死にたくないーーーーっ!!」

 叫ぶ彰利の目から、虹のような見事な曲線を描く涙が迸っている。
 お前の体はいったいどうなってるんだ。

博光「おお! こんな時に横島忠夫の真似とは! 勇気あるねお前!」
彰利「冗談抜きで叫んでますが!? と、ともかく反省してるんで命ばかりはー!」
雪音「ほんとに反省してる?」
彰利「海よりも深く!」
雪音「じゃあ深海がどれだけ深いか言ってみて?」
彰利「ゲッ……!」
博光「……俺、海よりも深くって言葉ほど信用ならない言葉、ないと思うんだ」
彰利「痛感してるっす……というわけで答え! 現在の技術では調べ切れぬ!!」
雪音「わ、そうなんだ」
彰利「知らんかったの!? いや俺も知らねーけど!」
和哉「ふむ。日本の技術もまだまだというわけか」
悠介「俺としては、そんな探索なんてしないままのほうがいいと思うが」

 余計な探究心は身を滅ぼすだけだ。
 興味があるっていうのはいいことだし、それがないと脳が年老いていくだけだって聞いたことがある。しかしながらなんでもかんでもを知ろうとして失敗し、危機ってものを招いた例ってのは意外とあるのだ。
 前例に学ばないのは悪いことだ。だが間違った学び方はもっとマズイ。
 例としては、ならばこれでどうだー!とその探求を続行、もっとヒドイ状況を作り出すこと。

雪音「ん。悪いことを悪いって認めるのはいいことだね。
   雪音ちゃんも鬼じゃないから、今日は見逃すよ。
   それに、そういうのは風紀いいんちょさんの仕事だと思うし」
彰利「風紀? それって?」
雪音「同じクラスのニゴちゃん。金髪さらさらへやーのスカーフが似合うハーフさん」
博光「お? それってあれ?」

 校門に辿り着く。
 と、その先には腕を組んで仁王立ちして、通る生徒を一人一人睨む女生徒が。

雪音「おー! ニゴちゃーん!」
ニゴ「げっ……! あ、こほん。
   ……雪音、ニゴちゃんはやめなさいと言っているでしょう」
彰利「……ゲッて言ったね」
博光「ゲッて言った……」

 言われた通り、髪は金色でサラサラ。
 それを綺麗に包むスカーフのようなものを頭につけており、それが結構似合っていた。

彰利「押忍センパイ! 自分は東の一号生筆頭、弦月彰利であります!」
博光「押忍センパイ! それ嘘です! そいつランポスです!
   そして自分は西の一号生筆頭、ハーン=ダイナマイツであります!」
彰利「あっ! テメッ!」
ニゴ「……元気な挨拶ですね。はい。私は二年のセレス=W=濁心(にごころ)。
   風紀委員長を務めています」
彰利「濁心!? ……ああ、だからニゴちゃん!」
ニゴ「……その名で呼ばれるのは本意ではないので、すぐにやめるように」
彰利「お、押忍」

 ギロリと睨まれ、しぼむトンガリだった。
 一方の中井出はといえば、背後から感じる視線にたらたらと汗を流していた。

博光「も、もうなんだよう! 睨むくらいなら出てくればいいだろっ!?
   いいじゃないか年上のなやましバデーに目が行っても!」
ニゴ「…………これが新入生筆頭ですか……」

 そして会って十数秒でコレ扱いだ。

博光「あ、もちろん筆頭ってのは俺が言ってるだけなのでご心配なさらず。
   俺、崖の下の力持ちで居たいんで、筆頭とか冗談じゃねーっす!
   そして───そんな崖の下で頑張って、筆頭の貴様を始末するのだ!」
彰利「おぉおおなんか無駄にカッケェ!
   確かに下のヤツが上を倒すってほうがいいかも!」
ニゴ「校門の前で騒ぐのはやめなさい」
博光「ぎょ、御意」
彰利「押忍……」

 ……早くも問題児として見られたっぽいな。
 ここは面倒ごとに巻き込まれないよう、黙してるに限る。

博光「あ、ちなみにそっちで他人のフリして通り過ぎようとしてるヤツはトータス藤岡。
   で、こっちのモミアゲが無いほうが木吉カズヤです」
悠介「うぉおおおおおおおいぃいいっ!!」
ニゴ「…………《ポッ》」
悠介「だから何故頬を赤らめる!?」
和哉「朧月だと言っているんだがな……」
ニゴ「そ、そうですか。大変良い名前ですね。覚えやすくもあります。
   ……ところで、あちらの女性は?」

 良い名前なのか!?という俺の言葉を華麗にスルーし、先輩がちらりと木の陰に隠れつつ中井出を凝視する緑髪を見る。そういえば名前も知らない。

雪音「うん。なんかアメーバ=オーガちゃんっていうんだって。強そうな名前だよねっ」
ニゴ「あなたは黙りなさい」
雪音「むう……ニゴちゃんたら冷たい。今時冷静いいんちょさんなんて流行らないよ?」
ニゴ「人の性格に流行り廃りなど関係ありませんし、
   そもそも私は流行という言葉が大嫌いです。
   ものの判断などは自分が良しと決めればそれを手に、
   誰が何を持っているから自分もという“自分”を殺した考え方など論外でしょう」
博光「そうっすよねセンパイ! 流行なんて知ったこっちゃないっすよね!」
彰利「さっすがセンパイだ! 俺達の常に先を歩いてる!」
ニゴ「───…………この物言いを素直に受け入れたのはあなた方で四番目ですね。
   ふふっ……はい、さきほどの認識は改めましょう」
博光「認識って?」
雪音「“これが一号生筆頭ですか”って言った言葉だよ。ねー、ニゴちゃん」
ニゴ「……あなたは。黙っていなさいと言ったでしょう」
雪音「生きてるうちはいっぱい喋らなきゃ。
   喋れなくなるのは喉が機能しなくなった時か死んだ時でいいよ。
   なんてったってこの雪音ちゃん! 寝言の量もすごいのだー!」

 ……いや、そんなこと胸張って言われたってな。
 つーかな、トータスのことを是非とも訂正させてほしいんだが……?

博光「寝言の……量?」
ニゴ「寝ている時に英語を話します。ペラペラと。起きるとただの馬鹿です。
   寝ている時に歴史を話します。こと細かに。起きるとただの馬鹿です」
雪音「うぇいっ!《テコーン♪》」

 元気にブイサインされた。それでいいのかあんたは。

ニゴ「さすがに寝ながら先生に指摘された問題を全て答えきった時には、
   空いた口が閉じませんでしたね」
彰利「そりゃすげぇ……」
博光「ああ……口の中が渇いて大変だったでしょ……」
ニゴ「するのはそこの心配ですか」
悠介「センパイ、こいつに常識を求めるのは間違いだ」
博光「常識破壊が大好きです。……って、俺おかしなこと訊いた?
   ほら、雪音ちゃん先輩のことに関しては彰利が驚いたんだから、
   俺は別の心配をするべきでしょ? それより遅刻するんで通っていいですか?」
和哉「平気で話題を変えるな……だが、それも事実。
   さてニゴ殿、見たところ風紀チェックをしている様子。
   特に悪い点も見えぬのなら、そろそろ通りたいのだが」

 鞄を持った右手を右腰にトンと当て、和哉が言う。
 ニゴ先輩は「ニゴ殿って……」と溜め息を吐きつつ、猫口でこてりと首を傾げる観咲先輩を睨み、また溜め息を吐いた。

ニゴ「はい。外見では特に怪しいものも問題もありません。通って構いませんよ。
   ただ、これだけは言わせてください」
博光「好物はあんぱんです」
ニゴ「いえ、そういうことを訊きたいわけではなく。
   ああ、ちなみに私はトマトジュースが好物です。そしてあなた」
悠介「……? へ? 俺?」
ニゴ「ええ。……よいモミアゲをお持ちですね。見ていて心があらわれるようです」
悠介「………」
彰利「ナイスモミ!」
博光「そこに気づくとはさすが! ナイスモミ!」
和哉「ああ。兄として鼻が高いほどだ。ナイスモミだ!」
雪音「ナイスモミー!」
悠介「……もう好きに呼べよ……」
博光「よろしくゴンザレス!」
彰利「よろしくロドリゲス!」
和哉「よろしくだゴリアテ!」
雪音「オボベバーニョさん!」
悠介「ちったぁ統一すること考えろたわけ!!」

 なんでモミアゲの話から俺の名前になるんだよもう……。
 こいつらと付き合ってると、本当に胃が壊死するんじゃないかって思う……。

悠介「なぁ……友達、やめていいか……?」
雪音「あのね、藤岡くん」
悠介「藤岡言うな!」
雪音「やめようと思ってやめられるのって、知り合いだよ?
   友達っていうのは、やめたいなって思ってもほっとけない存在のことを言うの。
   その中でも大変珍しいのが、お互いをほうっておけない存在。
   それがほんとの友達で、一緒に居て楽で楽しいっていうのが親友」
悠介「………」

 ちらりと彰利を見た。
 まあ……楽だし、楽しいって意味では確かにだ。
 付き合いだって長いし、こいつになら別に勝手に部屋に上がられたって構わない。
 いっそ和哉よりも兄弟に近しいって意味でなら、なるほど。親しい友と書いて親友だ。

悠介「驚いたな。案外頭回るんじゃないか、あんた」
雪音「雪音ちゃんてばこれでもお姉さんだからねー。
   自分が頭よくないって自覚はあるよ?
   でも、だからって馬鹿って言われて開き直られるほど自分を諦めてないもん。
   自分を馬鹿にされても笑ってられるのって、
   自分を信じてくれてる誰かに失礼だよね?
   雪音ちゃんにはそーゆーお友達が居るから、怒らないのはウソなの」

 腰に手を当て、むんっと胸を張る。
 なるほど、こういう人か。
 ちらりと横を見てみれば彰利と中井出が顔を合わせてニカッと笑っていた。
 ……まあ、あれだ。俺達はこういう人が割りと好きなのだ。
 人と人との繋がりを大事にする人ってのが。
 この七夕町でそんなことを言っても始まらないとは思うが、それは町の話だ。
 俺達は俺達の意思で、そういう人を好んでいる。

博光「あ、ところでニゴちゃん先輩は西と東、どっちすか?」
ニゴ「東です」
彰利「ありゃ? 訊いておいてなんじゃけど、雪ちゃん先輩は西っすよね?」
ニゴ「ああ。この馬鹿でしたら西が退屈だからと、
   勝手に東の教室に潜り込んで昼寝をかますほどの馬鹿ですから」
雪音「観察者ですからっ!」

 なるほど馬鹿だ。
 感心した心を返せ。

雪音「にゃっはっはー、だってニゴちゃんの教室って、
   昼には大体空いてる席があってさ。しかも窓際。ポカポカでよく眠れるんだよー」
ニゴ「……もうひとりの馬鹿の席ですからね。まったく、あのお馬鹿は……」

 よくは解らないが、サボリ魔が居るってことか。
 って、いよいよ時間が少ないな。

悠介「彰利」
彰利「え? なに? 告白?」
悠介「するかっ! ……そこ! 二人して顔赤らめて“さすがトータス”とか言うな!」
ニゴ「こほんっ、き、気の所為です」
雪音「ごめんね、藤岡だったね」
悠介「それも違う!!」
和哉「……なぁ。もう行ってもいいだろうか」
博光「通り過ぎる人の目を欲しいままにしているぜ」
彰利「そしてそんな中でもきっちり目を光らせて、
   チェックをしているニゴちゃん先輩すげぇ」
ニゴ「ニゴちゃんと呼ぶのはやめなさい」

 言いながらも、ピアスをした生徒を注意していた。西の男子だった。
 相手が東と知るや食ってかかろうとしたが、

博光「これこれ、西の品位を下げる行為はおやめなさい」
男子「あぁ!? ンッだテメーワ!」
博光「あ、どうも。西の一年の中井出博光です。はい、おやめなさい」
男子「自己紹介しろってんじゃねーンだよ!
   同じ西のくせになにコヨシこいてんだテメー!」
彰利「コヨシ? ああ、ナカヨシコヨシね」

 あっさりと中井出に襟首を引っ張られ、中井出に向かって叫んでいた。
 ……その言葉を聞いた途端、中井出の目がまた興味を失った目になったわけだが……

博光「ごめん、キミに興味が無くなった。品位下げてもいいから話しかけないでくれ」
男子「ンッ……ん、っだよ……わけわかんねぇ……」

 その目を見た男子は、あんまりにも冷たい目にたじろぐ。
 で、中井出自身がそいつから目を外すと、中井出の意識の中にはもうその男子は映り込んじゃいなかった。
 相手が何を言っても風にふかれた程度にしか考えていない。
 叫ばれようが耳に届いていないってくらいに自然に話すもんだから、こっちが逆に悪く思えてくるくらいだ。なもんだから当然相手もで、男子は中井出の腹に拳を埋めた。
 そこでようやく中井出はそいつをちらりと見て……

博光「……? まだ居たの? もう行っていいったら」
男子「え……なっ……」

 怖いくらいに冷たい目でそいつを見た。
 まるでそこらのゴミを見る目のほうがマシってくらいの目で。
 仕返しもなにもない。
 ただ、そいつを校舎へ向き直らせて、トンと背中を押すだけ。
 振り向いたそいつに笑顔で手を振って、また話に戻った。

悠介「…………なんなんだ? アレ」
和哉「知らん」
彰利「アー……えっとね。道場でも似たようなことあったんよ」
雪音「おぉっとそこまで! もう時間無いから急ぐよー!」
ニゴ「というか、注意した人をそのまま行かせるとは何事ですかっ!」
博光「あれっ!? ア、アアーーーッ!! すんません! すんませんっ!!
   でも俺あいつに興味が無いんで呼び戻すとか絶対嫌っす!」
和哉「それは判断基準として正しいのか?」
博光「俺は童心の本能に従い行動する! 童心とはつまり興味!
   お子が探求する心、即ち興味!
   俺達が何かを求めるのは幼くして何かに興味を持つことを覚えたから!
   それらが幼き内に養われたのであれば立派な童心!!
   でも俺あいつに微塵も興味沸かなくなった。
   どーでもいいヤツに割く時間なんて無い」
悠介「待て待て、知る努力はどうした」
博光「集団思考に流されるままに東を嫌う、
   個を持とうともしないヤツを知る必要なんてある?
   努力の無駄使いだよそんなの」

 ……こいつ、結構内側は冷えたやつかも。
 初めてそう思った。
 興味対象以外はどうでもいいって言ってるようなもんだろ、これ。

博光「僕はね、個を持つヤツが好きです。
   集団思考で、“みんながやってるから俺も”ってのは───
   そう、楽しいこと以外ではやっちゃだめ。一方ばっかが楽しいのもダメ。
   それをするなら来たる報復をきちんと受けること。殴られる、とかね。
   だからね、さっきのヤツみたいにみんなが東を嫌ってるから自分も嫌いで、
   同じ西なんだから東を嫌えって他のヤツに言うカタマリなんてどうでもいい」
悠介「か……カタマリ扱いか……」
博光「俺、トータスとランポスの関係ってすげー眩しいって思うよ。
   あそこで会えて、こうして馬鹿やれる相手がお前らでほんとによかった。
   人脈いくら広げたところで、お前らみたいなヤツにはてんで会えないからさ。
   俺ゃこのまま友も居ない青春を過ごすのかなぁとか思ってたら、
   なんとフンドシが友達になってくれた。そしてストーカーが未来の妻候補!
   …………俺、泣いていいと思うんだ。
   真面目な話をしてるはずなのに、これがもし小説だったら、
   “フンドシとストーカー”って一行だけでご愁傷様言われるよ」

 言い残しながらもダッシュした。鍛えてるだけあって結構速い。
 俺達も一緒になって走るわけだが、生徒会副会長と風紀委員長が一緒に走るのって物凄い光景だと思ってしまうのはおかしいことだろうか。
 しかも遅刻しないようにって走ってるんだ。……うん、おかしいだろこれ。

雪音「───! はっ! これはあれだね!? あの夕陽に向かって走れーーーっ!!」
和哉「まだ朝だが?」
博光「ばか違う! 心の中の夕陽に走れ! 見える筈だ!
   俺達の夕陽は───昇降口にあり!」
彰利「とか言いながらこっちの邪魔してくんじゃねィェーーーーッ!!」
博光「ゲハハハハ! 俺は俺個人の意思で東の貴様を打倒すると決めている!
   個の意思を以って個の力で!」
彰利「お、おのれ宿命の知人の分際でぇええーーーーーっ!!」
博光「貴様に勝った瞬間、俺は貴様のライバルだ!
   ということで今日こそは煮え湯を飲ませてくれるわ物理的に!」
彰利「火傷するざましょ!?」

 彰利と中井出が叫び合い、邪魔し合いながら駆けてゆく。
 足を引っ掛ければ転び、転べば足を掴み、振りほどけば立ち上がって『エイカァアアーーーーッ!!』と無駄にジョジョのエフメガを彷彿とさせる言葉を絶叫しつつ走る。
 その過程で二人がダブルラリアットをやり始めて相手を弾こうとしていたが、絡まりあってSTOが完成し、彰利が後頭部を、中井出が顔面を大地に叩きつけて悶絶していた。
 ……今日も一日が始まる。
 実に、退屈しない一日だなと思わせてくれるスタートだった。





【07:朧月和哉/あくまで平凡に】

 ザザッ、ザッ、シャシャッ……。

和哉(ふむ)

 周囲からメカニカルペンシルが走る音が聞こえる。
 当然自分の手元からもだ。

和哉(日々これ鍛錬。必要無いと思う知識であろうと、
   それを読み、書き、唱えることでも脳への刺激になる。
   そう考えて受ければ、将来使わぬ知識であろうと必要なものには違いない)

 なにせ知らぬものを覚えようとする時ほど、脳が動くことなどないのだろうから。
 うむ。いいことだ。
 武士然としようとする我が心も(すが)しくもなるというもの。
 いや、なりたいのは武士ではない。俺はただ、凜としていたいのだ。
 それを総合的に見ると武士然としたものがしっくりきた。それだけだ。
 俺は日本が好きだ。だが今の日本はあまり好きではない。
 フンドシが好きだがブリーフもトランクスも好かん。
 やはり肉体を包むべきは真紅の布地、フンドシだろう。

和哉(む。意識が逸れたな)

 つまり俺はフンドシが好きだ。
 ……待て、ずれたままだ。

和哉(フンドシ)

 だから違う。

和哉「ちなみ殿」
牧村「ふやいっ!? ななななにっ!? なんでしょうっ!?」

 担任教師でもあるちなみ殿に声をかけると、素っ頓狂な声をあげて慌てた。
 左斜め前の友の表情が和んだ。

謳歌「だーりんだーりん、電撃だっちゃ♪」
博光「《バヂィッ!!》オワゲギャァアアーーーーーーーッ!!!」

 そのデレリとした雰囲気を感じ取ったのか、緑葉が友の背に妙なものを押し当てた。
 途端に跳ねる友の体。

博光「なにすんのいきなり!」
謳歌「愛情表現」
博光「シビレるような恋がしたいなんて思ってた過去の自分を殴ってやりたいと、
   現実にシビレた俺が真心込めて伝えます」
牧村「あ、あのぅ、博光ちゃん、謳歌ちゃん、今、授業中ですからぁ……。
   あ、そ、それで和哉ちゃん、なにかあった?
   わわ、私またなにかしでかしちゃったかなぁっ……!」

 牧村ちなみ。
 我らがクラスの担任にして、現代国語の教師である。
 背が小さく、中々に凡ミスを繰り返すという、教師生活はまだまだ未熟な存在だ。

和哉「うむ。その文だが、少々誤りがある」
牧村「うぇえええっ!? ど、どこっ!? どっ……あ、あぁあぅう……あったぁ……」

 恥ずかしそうに黒板の文字を消し、改める。
 しかしその文も新たな間違いが登場し、慌てて消す始末。
 ……その恥ずかしがり、慌てる姿を生暖かい視線で見守り、また電撃をくらう友。

博光「ちなみちゃんどんまーい!」
牧村「こ、こらぁっ! 先生をちゃん付けて呼んじゃいけませんんんーーーっ!!」
博光「……ちなみ《ポッ》」
牧村「よびっ……! 呼び捨てはもっとだめですぅうっ!」
博光「照れるちなみちゃんもいいなぁ……!」
謳歌「……電圧をあげよう」
博光「愛しているよ蜂蜜(ハニー)」
謳歌「私もよダーリン」

 ハニーと言いながらもノートに蜂蜜と書いてみせる。
 しかし文字を見なかったことにしてダーリンと返す緑葉はつわものと言える。
 あくまで友は蜂蜜を愛していると言ったのであって、緑葉を、とは言っていない。
 ものは聞きようというものだな。

謳歌「よく咄嗟に蜂蜜なんて書ける」
博光「べんきょも頑張ってますから。ちなみに好きな文字は絆。
   “好”って字も捨てがたいんだけどね。ほら、女って文字と子って文字が一緒。
   それってつまり幼女ってことじゃないか」
謳歌「目潰しと電圧最大、どっちが好み?」
博光「寛大なる許しが大好きです」
謳歌「……今夜、部屋の鍵開けておくから《ポッ》」
博光「何を許す気ですか!?」
牧村「うー! うー! う〜〜〜〜っ!」
博光「やだ……! 拗ねて怒ってるちなみちゃん可愛い……! な、撫でていい?」
謳歌「やっぱり最大」
博光「《ヂガァアアアン!!》ほぉおオッギャァアアアーーーーーーーーーーッ!!!」

 一瞬骨が見えた気がしたが、気の所為だろう。

───……。

 授業が終わり、昼が来る。
 チャイムと同時に駆けた友を追い、俺も廊下を走る。

牧村「あぁぁっ! 廊下は走っちゃいけませんよーーーっ!?」
博光「そんなことはどこにも書かれておりません!」
和哉「なにっ!? そうなのかっ!?
   ……むう、生徒手帳にもどこにも書かれていないではないか! これは迂闊だ!」
牧村「それは常識だからですぅうう〜〜〜っ!!」
博光「はっはっはぁ、そう言いながらも走ってるちなみちゃんてば、かーいぃっ♪」
牧村「うっ……じ、実はおべんと忘れてきちゃいまして……って、
   だからちゃん付けはぁあ〜〜っ!」
博光「マッキー!」
牧村「先生はマジックじゃあありませんっ!!」
博光「ボクソン先生!?」
牧村「まきむらですっ!!」
博光「ボッキー!」
牧村「愛称みたいに呼んでもだめなものはだめですぅう〜〜っ!!」
博光「…………《ポッ》」
牧村「は、はああっ!? 今何を連想しましたっ!? ボッキーでなにをっ!?
   い、いけないことだったら先生許しませんよっ!?
   昔それでからかわれた経験があるんですからねぇえ〜〜〜っ!?」
博光「ポッキーって、美味しいですよね」
牧村「ふやうっ!? ぽ、ぽ……? …………あ、あぅあぅあぅあぁあ……!
   わわわ私はっ……先生なのになななんてことを連想してっ……!?」
博光「ちなみに連想したのは勃起です」
牧村「うわぁああああん!! 博光ちゃん嫌いですーーーっ!!」
博光「やだ可愛い……!! ね、ねぇ僕の友! この子抱き締めていい!?」
謳歌「付け合わせにカイザーナックルを進呈」
博光「ようし解った話し合おう《ゴシャア!》オビャアアアア!!」

 無言で友をストーキングしていた緑葉が、ゴシャーンと輝くカイザーナックルを手に装着。躊躇することなく友を殴ってみせた。
 が、その反動を利用した友が緑葉の腕をロック。
 器用に巻き込み、

博光「いぞりなげどすこーーーい!!」

 どごーんと、派手に廊下に投げ捨ててみせた。
 おお、容赦がまるでない。

牧村「あぅわわわ!? ひ、博光ちゃんっ、女の子になんてことを!」
博光「これこれいけませんよちなみちゃん、教師が人種差別など。
   殴られたら返す。当然じゃないですか。
   そして俺は老若男女、相手が誰だろうと返すぜ?
   誰かが決めた男の美学なんぞ知らぬ! 俺は俺の価値観で“俺”を生きるのだ!」
牧村「そ、それは確かに立派な考え方かもですけどっ!」

 ふむ。そうは言うが、その緑葉ももう起き上がっているのだが?

謳歌「いたた〜……! あ、い、いえいえいいんですよ先生。
   私も覚悟を以ってやっていることですから。でも博光さん?
   嫉妬のひとつも私の“個”なんですから、あんまり強くは勘弁してほしいです」
博光「全力には全力で応え、受け止めねばなりませぬ。だからやだ」
謳歌「むぅうっ……難しいです」
博光「あのねぇ……俺の恋人とかになるって、生易しいことじゃないよ?
   自分が大事なら、俺よりも善き男を捜しなさいな。
   そりゃ、俺の好みにバッチグーすぎるくらいに謳歌はべっぴんさんだよ?
   出来れば俺だってユーラーヴって抱き締めたいくらいさ。
   でもだめ。人の一生を背負うのって行動は、今の俺には重いのさ」
謳歌「お試し感覚でも、私は一向に構いませんよ?」

 そう言う緑葉に待ったをかける友。
 こう、手を突き出して。
 むしろ俺もやっていた、それは間違っていると。

博光「それは俺が嫌。全力には全力で返すのが心情で真情で信条なもんで。
   全力で返すってことはアルティメットラヴ確定じゃん。今の俺には重いんだって。
   受け入れるならもっと俺が立派になれてから」
牧村「おお〜〜……博光ちゃん立派ですっ!
   そうですよっ、学生結婚なんて収入の目処もないうちにするこじゃないです!
   先生が学生時代の時に、それをやってしまった同級生が居たんですが……」
博光「ですが?」
牧村「子供が出来た途端に夫がドロンしました」
和哉「最悪だな……」

 会えるのならば成敗してやりたいくらいだ。
 浮ついた気持ちで子供を作り消えるなど、覚悟の量が足りん証拠だ。

和哉「ちなみに男の名前は?」
牧村「変態痴漢(かさましれから)といいます」
博光「………」
和哉「………」
謳歌「………」

 最近通り魔に襲われたとかで、病院に運ばれた男の名前じゃなかっただろうか。
 ……まあ、いい。

博光「ところでちなみちゃんは結婚とかどうなの?」

 もはや走っても無駄そうだったので、既に徒歩だ。
 その中で牧村教員に訊ねると、牧村教員はぎくりと肩を弾かせた。

牧村「いえ、あの……しなきゃな、とは思ってるんですよ?
   でもですよ? 私が好きになった人は、
   どうしてか私を女として見てくれなくてですね」
博光「フラレ文句は“妹にしか見えないんだ……”ですね」
牧村「えっ!? えっ!? えぇっ!? ななななんでわかっ……!?」
博光「うわお本当なんすか……ひでぇ話っすね……」
謳歌「外見で判断するとはひどい相手ですね……」
博光「俺、謳歌の外見好きだけど」
謳歌「今日、ベッドの幅空けとくから……《ポッ》」
博光「空けとかんでいいですよ!」

 つくづく話の前後が繋がらない。
 だが、嫌な空気ではないから文句もない。
 そもそもこれで関係が繋がっているのなら、これは博光にとって“興味があること”なのだろう。

博光「でも大丈夫! 俺がちなみちゃんを幸せにしよう!」
牧村「えぇえっ!?」
謳歌「突き指をどうぞ」
博光「《ぐきっ》地味に痛ぇ!!」

 拳に板を装着した緑葉が、博光の指を押さえてその先にナックル。
 地味な痛さに苦しむ友の図である。

牧村「お、謳歌ちゃんっ、暴力はいけませんよっ!」
博光「フッ……生憎だがこんなものは“暴れる力”にあらず。
   心配せんでも……ち、ちっとも効いてないんだからねっ!?《ポッ》」
牧村「涙出てるじゃないですかぁあ〜〜っ!」
博光「いやこれはお前アレだよ。目にゴミが入っただけだから。
   泣いてないから俺。言っとくけど。これアレだよ? 目に虫とか入るとなんか最初は
   ひんやりするよねとか平気で言えるぐらいゴミが入っただけだから」
和哉「恐ろしいくらいにヤセ我慢だと解る文句だな」

 ぐいと涙を拭っての極上なスマイルだった。
 極上ガイアスマイルと言うらしい。わざわざ口で説明してくれた。

博光「というわけで購買だ。既に残り物しか売ってない」
牧村「や、やきそばパンはっ!?」
謳歌「あの……さすがにこれだけ遅れておいて、やきそばパンはないと思いますが」
博光「あれ? ちなみちゃんやきそばパン所望? じゃあ───そこの綺麗なお嬢さん。
   リッチな残り物をひとつ、用意しちゃくれませんか、綺麗なお嬢さん」

 がらんとした購買に一歩を踏み出した博光が、サワヤカな笑みとともに唱えると、中に居たマダムが照れた風情で振り向き笑う。

女性「あらやだよぉこの子ったら! やきそばパンでいいかい?
   ひとつ残ってたんだけどね、これでいいなら」
博光「トーチェ」

 差し出されたそれと引き換えに金を渡し、そのまま彼は自分が所望のあんぱんを買う。
 頼んだ時なんか縁日の子供の目そのもので、受け取った三つのあんぱんを見下ろす顔は無邪気な子供そのものだった。

謳歌「私は隠しラインナップのぐるぐるバームクーヘンを」
女性「おや、これに目をつけるなんて、いい目してるねぇ」

 緑葉も金を払ってバームクーヘンを。その顔は、ほにゃあっと緩んでいた。
 ……ふむ。
 米は……握り飯はないだろうか。
 この際コンビニエンスストアであるような保存料入りのものでもいい、米が食いたい。

和哉(しかし、随分と息も荒く行動する)

 購買のマダムは腹が出っ張った方だった。
 動くたび、喋るたびに少々息を荒げている。
 もしやすれば妊婦の方なのかもしれない。
 健気なことだ、尊敬にあたいする。

和哉「失礼マダム。握り飯があればそれを所望する。
   だがゆっくりでいい、急げばお腹の子に障る」
女性「失礼ねー! 妊娠なんかしてないわよー!」
和哉「《ズパァン!》ぶべぅ!?」

 な、なにぃ!? ベビーではなく重量級(ヘビィ)!?
 馬鹿な! 腹の出っ張りがアンバランスすぎる! だが確かにこの体重の乗ったビンタは重量級の破壊力……! いやそれよりも待ってくれ! 何故シャッターを閉める! 俺はまだ買っていないぞ!?

和哉「待ってくれ! 失言であったことは謝罪する! 米を! 俺に米をぉおおお!!」
謳歌「……? 彼はどうしたんですか?」
博光「朝昼晩、一粒でも米を食べないと発狂するそうな。
   つーか現実にゼロセン見るとは思わなかった。はいどうぞちなみちゃん」
牧村「ほあああ! やきっ、やきそばぱんっ! 夢にまで見たやきそばぱんっ!
   ココココンビニではわりとよく見るのに、学校では幻だったやきそばぱんがっ!
   ふおおおおおおおおおーーーーーーーっ!!!」
博光「おお、ハイテンションだなちなみちゃん。で、友よ」
和哉「米が……米が無いと俺は……俺はぁああああ……!!」
博光「学食って手があるが?」
和哉「!」

 学食! そうだ俺にはそれがあった!
 米! 米を───

牧村「あ、今日は学食はお休みですよー?
   なんでも頼んでおいた材料が届かないとかで、今日は無理だとか」
和哉「…………グハッ!」

 膝から崩れ落ちた。迎えてくれた廊下が冷たい。

博光「ところで関係ないけど“賑々しい”って言葉って、なんか卑猥に聞こえるよね」
牧村「? なんでですか博光ちゃん」
博光「ええかっこしいって言葉、あるじゃないですか。
   はい、にぎにぎしいに置き換える」
牧村「……? ………………《かぁあっ!》博光ちゃん退学!」
博光「登校二日目ですが!? あ、とりあえずこのおはぎをどうぞ。おまけで貰った」
和哉「!?」

 差し出されたおはぎを食らう!
 すると体中に走っていた緊張が解け、長い長い溜め息を吐きながら……戻ってこれた。

和哉「……米はいいな」
博光「ああ。米万歳だ。麦にも感謝だな。大地の恵みに感謝」

 ふう。やはり買うのではなく持参するべきだ。
 米が無ければ俺のモノクロタイマーの炎は燃え尽きてしまう。

和哉「ところで博光よ。お前の好きな色はなんだ?」
博光「緑。あと、空の蒼。赤はちと苦手」
謳歌「緑として愛されている私です。好きな色は情熱の薄紫。苦手な色は血の赤」
和哉「ふむ。俺は黒と白が好きだ。モノクロ調は素晴らしい。苦手な色は特に無い」

 そうか、蒼が好きか。
 なるほど、朝の空気を吸いながら見上げる空の蒼。あれはいい。
 ところで薄紫に情熱は宿るのか?
 ……いや、他人の価値観を一方的に潰しにかかるのはよくないな。

博光「赤が苦手って言うと、なんだかどこぞの絵画ゲーム思い出すね」
和哉「餅は好きだぞ」
博光「麩も悪かないぞ」
謳歌「続編の話をしてください」

 他愛無い話をする。
 その途中、牧村教員が腕時計を見てペコペコとしながら廊下の先へと消えた。

博光「ガッコの先生も楽じゃないね。僕らも戻ろうか」
謳歌「ですね」
和哉「うむ」

 モノを食べながら歩いた。
 すると、線の先から注意文句。
 ああ、そういえば購買も線の中心だったな。

ニゴ「風紀の乱れを発見。歩きながらものを食べるとは何事ですか。
   掃除する者の身になりなさい」

 今朝に出会った“濁心”と呼ばれた者だった。
 はふぅと溜め息を吐きつつ、胸の下で腕を組んでいる。

博光「俺、汚れてるほうが掃除に身が入るんですよ。ほんとですよ?
   昨日の教室掃除も俺ひとりでぴっかぴか!
   あんぱん奢ってもらった嬉しさのあまりにそういえば掃除してなかったと、
   まあ来た道戻って掃除してたヤツ追い出して掃除しまして。
   ……ええまあ、お陰で秘蔵がフンドシになってたのですが……」
ニゴ「掃除が好きですか。それは素晴らしいことです。
   しかし誰もがあなたと同じというわけではないでしょう?」
博光「おお、僕の性格を的確に貫くお言葉。御意、ならば従いましょう」

 言いつつあんぱんを大事に大事に、そっと袋へ戻す友。
 ……そのやさしさはどこから来ているんだと訊いてみれば、バファリンからと真顔で答えられた。

和哉「失礼、そちらで弟とその親友を見なかったか?」
ニゴ「弟……ああ、あのモミアゲが美麗な」
博光「既にモミアゲで認識されてんだね……」
謳歌「いえ。確かにあれは素晴らしいものでした」
和哉「ああ見事だったな。だが今はそれよりも、
   ヤツが持っているであろう握り飯を所望したくてやまぬのだ」

 俺の言葉にちらりと手元を見てくる。
 他二人はあんぱんとバウムクーヘンを持っているが、俺の手にはない。
 続いて購買を見れば、下ろされたシャッター。

ニゴ「なるほど。おおよその事情は拾いました」
博光「なっ……!? 馬鹿な! この短時間で……だと……!?」
ニゴ「無駄に演出を濃くしなくて結構です」
博光「あ、はい」

 素直にぺこりと頭を下げ、廊下に落ちたパンくずを拾う。
 感心している濁心先輩をよそに「なにをするのだ」と訊ねてみれば、「人にとっては小さき糧のクズ。しかし蟻さんとってもおおよろこび」と笑った。人に対しての興味の沸点が低い割りに、蟻は大事らしい。
 「蟻こそ集団思考の塊ではないか」と訊いてみれば、「人間と蟻を一緒にしてはいけません」と言った。

和哉「お前の中の理屈はいろいろと忙しいんだな」
博光「基準ってものはどうしてもあるもので。
   差別は嫌いだけど、あくまで人間の枠での意識だしね。
   屁理屈大好き人間でも、さすがにそれは」
謳歌「蟻に個の意思を持たれたらいろいろと大変ですしね」

 想像してみる。…………なるほど、恐ろしかった。

ニゴ「話は済みましたか?」
博光「はいな。というわけでモミアゲ様を見ませんでした?」
ニゴ「見ていませんね。おそらくはお弁当組でしょう」
和哉「む。確かに弁当を持っているのに教室から出る理由はない」
博光「いや待て! 屋上かもしれん!」
和哉「なるほど! 陽に当てられながらの食事は素晴らしい!
   ならば屋上へ行き、握り飯を分け───」
博光「奪い取る!!」《どーーん!》
ニゴ「なっ……無駄な争いはやめなさい!
   風紀委員としてそれは見過ごせないことです!」
博光「無駄じゃない! 何故って人は何かを得るために争いを繰り返してきた……!
   誰かが無駄だと唱えてもそれをやめることはついにしなかった……!
   それは何故か!? 当人たちにとっては無駄じゃあなかったからさ!
   でもどうしよう木吉さん、なんか喩えを上げただけでテンション下がっちゃった」
和哉「喩えの時点で解らんでもない……。
   戦争などは外野にしてみればやってほしくもないものだ。そして俺は朧月だ」

 しかしそうも言っていられないので進んだ。
 廊下を走ってはいけないと言われていたので、早歩きで。
 博光は何故かムーンウォークで進み、階段で詰まって尻餅をついていた。





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