───追憶───
彰利 「さ、朝食にするとしませう。今朝はホットケーキとサラダぞー!
キャベツのダミーを使っちゃいたが、裏をかいてレタス盛!
嗚呼、見ているだけで唾液の流出が止まらねぇ」
俺に席を促して(と言っても椅子は無いが)、彰利は手を合わせて食事にとりかかった。
彰利 「ぬう……やはりレタスは水洗いでそのままサクサクに限る」
至福の笑顔でレタスを食す彰利。
彰利 「おっと、忘れちゃいけねぇのがホットケーキだ。
いくらレタス様が美味いからって忘れたら材料に失礼だ。
ささ、あらかじめ用意しておいたレイモンド・カレーをかけて、と」
悠介 「ホットケーキにカレーかけんなぁっ!普通はハチミツやバターだろが!」
彰利 「え?だって『覇薄レイモンドカレー』にはリンゴと蜂蜜が標準装備って」
悠介 「材料の問題じゃねぇだろそれ!カレーとして出来てる限りはもうカレーだろ!」
彰利 「大丈夫大丈夫。別にリトルグルメに目覚めたわけじゃないから。
ていうか誰が目覚めるか。いつまでもあんなもん持ってるんじゃなかった」
───何気に根に持ってるな……。
彰利 「ホレ、なかなかイケるぞよ?こんな風にパックンチョ、ってマズッ!」
ゲフゥーッ!と勢いよく吐き出す彰利。
彰利 「う、うぐぉお……!
熟成させるために数日間放置したはいいけど、
腐ると困るからってワサビと酒を入れたのが間違いだった……!」
そりゃ吐くわ。
むしろ食わないだろ。
彰利 「なんか今日だけで随分吐いてる気がする……。
うう、喉が痛ぇ……悠介、ウナコーア軟膏を創造してくれ……」
悠介 「どうしてそこでウナコーア軟膏を所望するんだ」
彰利 「あれ?アレって喉の薬じゃなかったっけ?
ああ、アレはフィニッシュコーアか?」
悠介 「ごちそうさまでした」
彰利 「なにぃ無視!?しかもごちそうさま!?」
悠介 「じゃ、いってきます」
彰利 「はいいってらっしゃい、夕飯までには帰ってきてね。じゃなくて待てー!
行く!俺も行くって!そんな焦ったり急ぐ時間でもないだろ!?
だいたい、制服は!?制服はどうするのよダーリン!」
悠介 「家にある俺の制服をここまで送るホワイトホールが出ます」
ポム。
悠介 「これで問題ないが」
彰利 「……便利だな」
悠介 「まったくだ」
俺は彰利がメシを食っている間に着替え、先に玄関へと歩いた。
彰利 「ああもう待てってばさー!一緒に行こうぜ友ヨー!」
悠介 「だからこうして待ってるじゃないか」
彰利 「なにぃ、やっぱりそうだったのか。
フフ、こうしたひとつひとつの心遣いがアタイへの愛のカタチなのね……」
悠介 「寝ぼけてるなら起こすのを手伝うが」
彰利 「覚醒は万全だから無茶やっちゃなんねぇ!
朝っぱらから地獄見るのはイヤよイヤイヤ!」
ギィーッ!と叫ぶ彰利。
どうしてこう朝っぱらから元気かねぇこの男は。
まあ、いいか。
俺は彰利を促すと、先に外へ出た。
外に出て一番にすることは深呼吸だった。
ぐぅっと伸びをして、大きく息を吸いこむ。
だがまだ少し眠いのか、頭がボ〜っとしてくる。
そんな頭を左右に振ると、俺は階段を降りて道を歩き始めた。
彰利 「おいおいおいだから待てってー!」
それを追うように走ってくる足音。
階段なんぞはジャンプして降り、俺の隣へと走ってきた。
彰利 「はふぅ、いきなり短距離走をやらせるとは、体育教師ですか貴様は」
悠介 「教師は勘弁だな。俺は───……なんだろ」
彰利 「ウィ?ああ、なりたいものとか?」
悠介 「ああ。神主とか、そんなことはこの際置いておくとしたら、
俺は何になりたいのかな、って少し考えた。」
彰利 「ちなみに俺の過去の夢は宇宙飛行士だったんだぞ」
悠介 「そうなのか?」
初耳だ。
ていうかこいつ自体、あまり自分の過去を話そうとしなかったからなぁ。
悠介 「今ではどうなんだ?まだ夢見てるのか?」
彰利 「勘弁してくれ。月に飛んで自爆しまくったんだぞ?
そんな夢、もう恐怖心しか残ってねェザマスよ」
悠介 「……ああ、納得……」
彰利 「今はアレだな。平凡な暮らしがしたい。
誰にも邪魔されず、……まあ、こんな日がいつまでも続くことを願う」
悠介 「平凡な願いだな」
彰利 「あのね、いろいろな時代で俺は死ぬ覚悟ばっかりしてきたんだから、
未来にこの上ない平穏を望むのは当然デショ。
何ひとつ欠けることなく、今の状況が続いてくれれば俺はそれでいいよ。
でもまあ人間ってのは高望みじゃからのぅ。
いつか何か別の望みが出てくるデショ。例えば───」
悠介 「例えば?」
彰利 「……そうだなぁ、悠介を娶るとか」
悠介 「冗談はよせ」
彰利 「はっはっは、まあ本質は冗談だが。そうだな、こんなのはどうだ?
仮に悠介が誰かと結婚でもして子供が出来たら、俺がその子供を愛するとか」
悠介 「……お前、やっぱり変態オカマホモコン……」
彰利 「だぁあっ!早まっちゃならねぇ!結論を急ぐな!冗談YO!」
悠介 「本質は冗談だが、とか言われたら次の言葉を信用するもんだろう」
彰利 「うう、それもそうだ……っていうかダーリンの場合、
信じてほしくないことばっかり鵜呑みにするからギャアよもうギャア……」
悠介 「そんなことは俺に言われても仕方が無いな。それで?どんな夢があるんだよ」
彰利 「むう……さっきのは本気で冗談だが、そうだなぁ……。
オオ、こういうのはどうじゃろうかのぅ。
悠介の子供が居たとして、俺にも子供が居たら全力で守らせる、とか」
悠介 「……それってさ、俺の子供が男でお前の子供が女だったらどうするんだよ」
彰利 「え?あ───あ〜、女に全力で守られるってのは悲しいか?
だが安心せぇ。俺は根性で男をこしらえてみせる。いや、やっぱ女だ」
悠介 「根性でどうにかなるもんじゃないだろ……ホントに脳天気だな……」
彰利 「そりゃあ脳雨期や脳暴風雨になるよかマシでしょ」
悠介 「一理ある。どうして雨にこだわるんだかは解らんが。
でもさ、俺としてはお前が結婚するってこと自体が考えられないんだが」
彰利 「んー、まぁねぇ。
俺としても独身で過ごすよりは子供さこすらえて、悠介さ見守りでぇがらのぅ」
悠介 「何弁だ」
彰利 「禁鞭」
悠介 「パオペエかよ」
彰利 「まあ冗談だがさ。ウケ狙いで婿養子になるかもしれん。
面白い苗字な場所があるんですよ奥さん」
悠介 「誰が奥さんだ。……って、面白い苗字?」
彰利 「いやさぁ、そいつってば孤児だったらしいんですけどね?」
悠介 「待て、いきなりヘヴィーな話に持っていくな。聞いていいのか俺が」
彰利 「オウ安心。暮らし安心。だって核心さえ話さなきゃいいって言われてたし」
悠介 「知り合いか」
彰利 「ウム、幼馴染、みたいなもんか。義兄妹とも言うが。
俺はそいつと桃園の誓いを立てたのだ。
我ら生まれた日は違えど、死ぬ時は同じ日、同じ場所でと」
悠介 「最初っからかっ飛ばすな。話が飛躍しすぎだ」
彰利 「おおっとこいつぁすまねぇ旦那さん。えーとだね、何の話だったっけ?」
悠介 「苗字だろ」
彰利 「オウそうそう苗字ィ〜♪
そいつの本当の苗字は極秘だがさ。もらわれた先の家の苗字がステキなんだ」
悠介 「その心は?」
彰利 「豆村」
悠介 「オウ?」
彰利 「だから、苗字が豆村」
悠介 「───」
彰利 「………」
ゴクリ。
す、すげぇ……。
思わす喉が鳴っちまった……。
彰利 「ね?ね?すごいデショダーリン?」
悠介 「すごいなんてものじゃないだろ……。まさかそんな苗字があるとは……」
彰利 「まるで豆を栽培するために作られたような苗字じゃないの。
ステキすぎて驚きの連続ですよ。
もし彼女と結婚して子供が出来たら、是非とも納豆と名付けたい」
悠介 「やめろ、子供が泣くぞ」
彰利 「なにぃ!?こんなに素晴らしい名前なのにか!?
俺だったらもう喜んで歓喜乱舞しながら高速に駆け出して轢死したくなるぜ!?」
それって自殺だろうが……。
だめじゃん。
悠介 「解った、今日からお前は納豆だ。これからそう呼んでやるから感動しろ」
彰利 「ひでぇ中傷された!」
悠介 「歓喜乱舞するんじゃなかったのかよ!」
彰利 「するわけないでしょダーリン!泣くぞこの野郎!
……まあ納豆は冗談YO。だが小豆(あずき)は譲れねぇ」
悠介 「豆関係から離れろよ……」
未来における、生まれるかも解らない子供が可哀相に思えてきた。
こいつを親に持つってことは、結構な重圧になることだろう。
悠介 「俺だったら……そうだな」
彰利 「小豆は譲れねぇ!」
悠介 「……わぁったよ、なら少しとって『みずき』でどうだ?」
彰利 「みずき?ひらがなで?」
悠介 「そ。べつに漢字でもいいと思うが」
彰利 「女みたいな名前じゃないか?」
お前の大豆精神から比べれば天国と地獄だ馬鹿……。
彰利 「あー、でもそうじゃのう。悠介が名付け親になるんだったら子供も喜ぶだろ。
ていうか喜ばせる。絶対にだ。
落胆しそうになったら『貴様は小豆の方がいいのか』と脅迫してやる」
悠介 「自分の考えた名前で子供を脅迫する親が居るかっ!
───っと、もうガッコか、早いな」
彰利 「お?おお、ホントだ。さーてと、出席とってさっさとフケますか」
悠介 「おーう」
ふたりして伸びをして、退屈である教室へと足を運ぶことにした。
教室に入ると明らかに嫌な目で見られ、俺と彰利はそれを無視することが常になっている。
俺の席は窓際の最後列にあり、彰利はその前だ。
陽気に当てられながら、ただただ及川の来襲を待つ。
及川 「全員席に着けー」
彰利にフケてからの予定を訊こうとしたところ、及川が現われた。
気になって時計を見ると、結構時間は経っていた。
気付かなかったが、話しながらも随分とゆっくり歩いていたらしい。
及川 「出席をとるぞー。佐崎ー」
佐崎 「ういー」
及川 「山野ー」
山野 「うーい」
及川 「北沢ー」
北沢 「はいー」
いつもの調子の朝。
退屈なことこの上ない。
俺は机の上に腕を組むと、それを枕にして寝た。
───。
…………
及川 「晦。晦ー?休みかー」
悠介 「………」
及川の言葉に、小さく手を挙げて応えた。
及川 「返事ぐらいしたらどうだ……」
悠介 「ウィ……」
及川 「やれやれ……弦月」
彰利 「zzzzz……」
及川 「寝るなぁっ!」
彰利 「う……むむ……レ、レタスが遠のいてゆく……!
卑怯だぞ……キャベツ大魔王……!な、なにぃ!?白菜だったのかぁ……!
しまった……!軍師殿……お逃げください……!
ああっ……レタス王がイモムシに食われてゆく……!くぅっ……む、無念……」
……どういう夢見てんだよ……。
彰利 「な、なにぃ……蜀と書いてイモムシと読むのか……!
まさか蜀軍がイモムシの軍勢だったとはっ…………!
貴様、諸葛亮の回し者か……!我らの桃園の誓い、忘れたかっ……!
ま、待てレタ男……!深追いはならねぇ……!自重せいっ……!
ああっ……!レタ男が囲まれた……!
馬鹿なっ……!諸葛亮相手に深追いをするなどっ……!
ゲェッ……!レタ男が殺された……!てめぇレタ男……!
桃園の誓いをするだけしといてあっさり死にやがって……!
てめぇ俺に今日この場所で死ねと言いやがるかっ……!
なにぃっ……!?賭博黙示禄っ……!?
どうりで語調が変で、周りがざわざわとっ……!」
及川 「………」
及川が頭抱えて悩んでる。
悠介 「おい彰利……!彰利……!体制とってわずか37秒程度で夢見るな……!」
彰利の背中をトントンと突つく。
彰利 「ぐあぁあああっ!う、後ろからとは卑怯な……!む、無念……!」
スパーンッ!
彰利 「ギャウッ!?」
及川 「弦月……」
彰利 「お、おろ?レタス王は?蜀の軍勢は?そしてレタ男は?」
及川 「………」
彰利 「あらオイちゃん。てことはホームルーム?はーい、彰利登校してマッスルー!」
及川 「………全員、出席してるな……」
物凄く疲れた顔で及川が教壇に戻ってゆく。
悠介 「いったいどんな夢見ればあそこまで騒げるんだよ……」
そんな中で、俺は彰利に話し掛けた。
彰利 「いやさぁ、なんか知らん内に戦国時代に立っててさ。
俺は何故かレタス王国の武将になっててね?
それでイモムシ……ていうか蜀軍と戦ってたんだけどさ。
その最中に魏延が寝返って一緒に戦ってくれたんだけどね?
それに釣られてレタ男が敵軍勢に突っ込んでいってさ。
そしたら諸葛亮の合図で伏兵が一斉に現われてレタ男が囲まれてね?
あっと言う間もなくマヨネーズかけられて絶命してしまった。
威勢だけはいいんだからなぁ、あの馬鹿……」
悠介 「………」
訊いた俺が馬鹿だった。
及川 「それではホームルームを終わる。授業まで時間があるからあまり騒ぐなよ」
未だに語り続ける彰利を無視して、俺は及川の言葉に耳を向けた。
が、どうやら終わったらしく、早々に教室を出ていった。
彰利 「およ?もう終わり?」
悠介 「みたいだな。帰るか」
彰利 「フフ、違うだろ?遊びにいくのさ」
悠介 「そうだな、行くか」
彰利 「オウヨー」
教室の生徒が思い思いに話をする中、俺と彰利は教室をあとにした。
彰利 「フーム、この陽気に当てられて、今こそ俺はジャックと豆の木に!」
悠介 「なれるか!」
彰利 「なにぃ、それならジャック・ザ・リッパーに」
悠介 「なるな!」
彰利 「そ、そんな!俺にジャックランタンになれってか!?もう御免だぞ!?
もうカボチャ見ると嘔吐ブツしか思い出せねぇのよ!」
悠介 「そりゃ言い過ぎだ」
彰利 「そうとも言えないが。まあいいコテ。それよか何処に行こかー」
悠介 「ここらじゃあ行く場所も限られるしな」
彰利 「んー……じゃあ遊びに、ってのは撤回だ。あそこ行こう」
悠介 「あそこ?」
彰利 「弦月廃屋」
悠介 「……なるほど」
弦月廃屋。
俺と彰利が初めて会った場所だ。
もっとも、場所的にはその裏の大木の下だが。
彰利があの時の少年だったってことが解ってからも、まだ行ったことはない。
悠介 「行くっていったて、結構距離あるぞ?」
彰利 「いい運動になる。ルナっちに頼むのもアリだけど、俺にしたらお邪魔虫だ」
悠介 「はっきり言うなぁ」
彰利 「オウヨー、それくらいしないと奴には勝てん。
……ああ、そうだそうだ。悠介、お手を拝借」
悠介 「うん?」
トン、と差し出された手に手を置く。
彰利 「───んじゃあ、いくぞ?イッツァ・プレイスジャァ〜ンプ!」
ヒィン!!
彰利が声高らかに叫ぶと、辺りの景色が歪んだ。
───そして気付けば。
そこは弦月廃屋だった。
彰利 「ううお……!景色が歪む……!
人と一緒に飛んだのは初めてだが……!ここまでの疲労が……!」
悠介 「……レタスが出ます」
彰利 「!い、いただき!」
ガブシャァッ!
モリモリモリ……ゴクン。
彰利 「元気百倍、アキトシメェーン!」
彼は回復したようだ。
彰利 「ふう、この水分を含んだレタスのなんと美味なことよ……!」
悠介 「それで、ここで何をする気だ?……って、まさか」
彰利 「そ。そのまさかさ。思い出を掘り返してみましょ」
悠介 「……よし、やるか!」
俺と彰利は、何があったわけでもないのに高揚した。
まるで、心だけがあの頃に戻ったように。
あの草原に行って、あの大木の下まで駆けて。
やがて、懐かしむようにその大木に触れた。
彰利 「……何年ぶりかな」
悠介 「十年以上、だな」
彰利 「───ただいま、母さん」
今まで見せたこともない穏やかな顔を見せて、彰利はそう言った。
悠介 「母さん……?」
彰利 「……ああ。この木は、母さんの墓標だ。
あの時お前は魂結糸の云々も、
ルナっちの存在も忘れてたのに月療力を無理に引き出して創造理力も使って。
そんでもって意識不明だったから知らないだろうけどさ」
悠介 「説明調になるの、やめない?」
彰利 「ツッコむなって。……お前が倒れてた時、いろいろあったんだよ。
母さんの遺体をあのままにはしておけなかった。
だけど、子供ってやつは無力だ。
結局なんにも出来ないまま、母さんの遺体は持って行かれたよ。
だから……俺は骨壷を盗んでここに埋めた」
悠介 「それ、犯罪だろ」
彰利 「だな。でも構わない。殺した張本人達に渡したままでいられるか。
それにあいつら、母さんの骨壷を捨てるとか言ってやがったんだ。
墓も作らず、捨てるって言った。
そんなやつらに任せておけるわけないだろ……」
悠介 「………」
彰利 「でも俺は子供だった。
結局俺も墓なんか作ることも出来なくて、ここにするしかなかった。
ここには人が来ることなんてないからさ」
悠介 「……そうだな」
彰利 「悪いな。思い出が墓とごちゃ混ぜになっちまって」
悠介 「気にするな。それもお前の大事な思い出だろ?」
彰利 「……悪い」
……こいつは母親のことになると、一切の冗談を言わなくなる。
それだけで、どれだけその人を大切に思っていたのかが窺い知れた。
悠介 「骨壷って割れたりしないか?そのまま埋めたりして」
彰利 「大丈夫だ。最初の頃は戸惑ったもんだけどさ。
骨壷に月清力をかけて清浄してある。自然の力じゃ割れないし腐ることもないよ」
悠介 「そっか」
彰利 「……よし、挨拶も済んだから掘るか」
悠介 「おう」
穏やかに微笑む彰利と供に、地面を掘る。
十数年経っているにも関わらず、彰利は『ここだ』と言って、その場を掘っていった。
すると大した間も無く、それは現われた。
彰利 「おお、これだこれ。懐かしいなー」
悠介 「クッキーの箱か。たしかこれって───」
彰利 「ああ。母さんが俺と悠介に、って渡してくれたものだ。
あの時のクッキー、美味かったなぁ……」
今でも味を憶えているかのように、幸せそうな顔をする。
残念だけど、俺はもう憶えてはいなかった。
彰利 「中身は───やっぱ変わらないか。変わったら怖いけど」
悠介 「埋めた後に見たことあるのか?それとも中身を憶えてたとか」
彰利 「んー?うん、別の歴史での悠介に手紙送ったんだけどさ。
それの───いや、言葉を書いてここに入れたんだ」
悠介 「その時にか」
彰利 「そゆこと」
箱の中身は本当にガラクタのようなものばっかりだった。
それも仕方ない。
ほぼ『自由』というものが無かったふたりが埋めたものだ。
それこそ昔のオモチャなんてものがあったら自分自身が驚いてしまう。
彰利 「あ、そうそう。たしか目標みたいなものを手紙にして書いたんだっけ」
悠介 「あー、あったな〜」
ガラクタをどかしてみると、その一番下に紙があった。
とてもじゃないけど手紙とは言えない、不恰好な文字。
読むのもやっとと言えるくらい、それらは汚い文字だった。
当然だ。
文字を覚えるのも大変だったあの時だ。
まともな文字が書けてたら大したものだろう。
彰利 「………」
彰利がその中の一枚を手にとって、見つめた。
そこにはガタガタな文字で『かあさんをまもる』と書いてあった。
彰利 「……高望み───だったのかな……。ごめん、母さん……」
悔しそうに目を瞑り、紙を握り締めた。
俺は掛けてやる言葉も見つからないまま、もうひとつの紙を手にとった。
自分が書いたもの。
ガラにもなく緊張しながら、俺はそれを見た。
そこにはやっぱりガタガタな文字で『やさしいかぞくがほしい』と書いてあった。
やさしい家族。
それは確かに、幼い頃の自分が望んだものだった。
殴られながら生きてきた自分にとって、それは手の届かない高望みだったに違いない。
悠介 「……これで、よかったのかな」
自分が立っている状況を見て思う。
確かに家族は出来て、俺は幸せな筈だ。
昔より、とても穏やかな時間を送っている。
でも───いや、いまさらだ。
彰利 「………」
悠介 「………」
俺と彰利はお互いを見たあと、小さく笑った。
彰利 「なぁ、また何か書かないか?」
悠介 「ああ、賛成だ」
彰利 「今度はお前の言う、最後の時が来たら掘ろうじゃないか」
悠介 「だったら喧嘩もここで最後か?」
彰利 「いいかもしれないな。
出会った時もここで喧嘩。そして、別れの時もここで喧嘩。
一応ここは俺の敷地内ってことになってるらしいから荒らされることもない」
悠介 「へぇ、ここってお前の土地だったんだ」
彰利 「家系のやつらのせめてもの情けだってさ。
こんな場所、不吉だからお前にくれてやる、って」
悠介 「……いちいちムカツクやつばっかりだよな、家系の連中って」
彰利 「ああ。柳夜さんくらいだろ、差別無しで砕けてくれるのって」
柳夜さんってのは月清力の家系の鬼神造りをしている立待の息子さんだ。
年齢は俺達とは10くらい離れている。
妙なところでやっぱり怪しい人だが、悪い人じゃない。
悠介 「ところで彰利、書くものとかあるのか?」
彰利 「いや、ないな」
悠介 「仕方ないな……ペンと紙が出ます」
イメージを弾かせて、モノを創造する。
彰利 「……いつ見ても便利だよな」
悠介 「歴間移動とか瞬間移動の方が良さそうな気もするけど」
彰利 「これはだめだ。多用は出来ない。いや、出来るけどやっちゃいけないものだ」
悠介 「どうして?」
彰利 「歴史の軸が捻じ曲がっちまうからさ。
歴史や未来ってのは人外の力で捻じ曲げるもんじゃない。
人の努力や希望の積み重ねで時間を掛けて変えていくもんだろ?
だから、この力は滅多なことじゃ使っちゃいけないんだよ」
悠介 「……そっか」
彰利 「しんみりしちゃったな。よし書くか」
悠介 「おう、そうだな」
彰利がペンを手に取り、紙に文字を連ねていく。
彰利 「目標!俺は死ぬまで悠介の傍に居る!」
悠介 「……お前なぁ」
彰利 「ほい、次お前ね」
悠介 「……んー」
彰利から紙を受け取り、そこに俺も文字を連ねる。
悠介 「目標。俺は───……穏やかな未来を手放さないことを誓う」
彰利 「……勢い無いなぁ」
悠介 「穏やかな未来を繋ぎ止めたいのにどうして勢いで叫ばないといけないんだ」
彰利 「ぬう」
悠介 「じゃあ……埋めるか」
彰利 「あ、ちょっと待った」
悠介 「うん?」
彰利 「ちょっと書きたいことがある。えーと……」
サラサラと書き連ねる。
彰利 「……よし、埋めてくれ」
悠介 「なに書いたんだ?」
彰利 「ん?んー……『ごめんなさい』だよ」
悠介 「ごめんなさい?どうして」
彰利 「最後は喧嘩するんだろ?殴り合ったりしたら喋る余力も無くなるだろ?
だから、最後はこれで謝りたい。
その時、俺とお前がどんな関係になってるのかはまるっきり解らないけどさ。
でも、やっぱり全部ひっくるめて、俺は謝りたいんだと思う」
悠介 「…………そっか。だったら俺は───」
『ありがとう』。
そう書き連ねた。
彰利 「ありがとう?」
悠介 「俺は、感謝したい。馬鹿なりにふざけて一緒に居てくれるおまえや、
こんな俺を家族として受け入れてくれたみんなに。
だから───ありがとうってお礼が言いたい」
彰利 「お前、そりゃ考えすぎだって」
悠介 「いいんだよ、それでも。
───俺はさ、お前にも若葉にも木葉にも、
それに姉さんにも水穂にも、ルナにもセレスにも感謝してるんだ。
でもな、やっぱりお前に一番感謝してるから、ここに書く」
彰利 「………」
悠介 「最後に送る言葉とかさ、手紙はお前に送りたいんだよ。
お別れなんて言わない。でもさ、お礼ならいくらでも言うよ。
いくらでも、なんて言ったら有り難味が無いだろうけどさ。
言葉を送るのも、手紙を送るのも、感謝するのも。
全部、お前で最後にしたい」
彰利 「ゆ……ダァアリィイインッ!!」
ドゴバァッ!
彰利 「救命阿(ジュウミンア)ッ!?」
悠介 「シリアスな場面にボケを持ちこむな」
彰利 「たっ……はぁ……!」
悠介 「……お前、泣いてるのか……?そんなに強く殴った憶えは」
彰利 「目にテトロドトキシンが入っただけだ……」
悠介 「失明するだろそれは!」
彰利 「ああくそ……!涙腺緩んだかなぁ……!」
悠介 「───いいさ。今日くらいは」
彰利 「…………俺は負けたわけじゃねぇからな」
悠介 「意地張るなって」
彰利 「……いつか───」
悠介 「うん?」
彰利 「いつか、全て終わる時に───俺は、本当の自分でお前とぶつかりたいよ」
悠介 「……俺もだ。
今の自分は確かに自分ではあるけど、全部を解放してるわけじゃない。
その時が来たら、俺は全力でお前にぶつかる気だよ」
彰利 「望むところだ。手加減はしないぞ?」
悠介 「───言ってろ」
ペチン、と。
軽く頬を殴り合った。
そして大笑いした。
こんなに笑うのはどのくらいぶりだろうかと思い返すほど、俺達は笑い合った。
言ってしまえば、本当に人生を同じくするとは思わない。
だけど自分が思う限り、友達でいることは出来るんだと……俺は確信する。
───俺はこう思う。
人と人との繋がりなんて貧しいものなんだろうけど、
本当にそれを繋げているのはその人達自身の中にあるものなんだろうと。
信じられないと思った時点で信じられなくなるのは当然だ。
つまり、そういうことなんだと思う。
───俺とこいつとの繋がりはなんだろう。
ただ漠然とした『たったひとりの友達』という繋がり。
ただ、それだけだろう。
だけどこいつ以外に友達なんて欲しいとは思わない。
俺はこいつの芯を信用しているし、こいつは俺を信頼してくれているんだと思う。
……まあ、ふざけている時は度外するけど。
彰利 「よし、埋めようか」
悠介 「ああ」
だけど俺は笑うことが出来る。
こんなに穏やかに笑える場所は、こいつの隣以外には無いことを俺は知っている。
自分のリミットを外して馬鹿みたいに笑える場所もここ以外には無いだろう。
彰利 「ん?どした?俺の顔に何かついてるか?」
悠介 「目と鼻と口やらが付いてる」
彰利 「それ当然じゃねぇの!」
彰利は叫ぶ。
だけど怒っているわけではなく、その顔は笑っていた。
そんな小さな笑みを横目に、俺は考えていた。
───どうして地面を掘ると解っていたのに、スコップを持ってこなかったのか。
……そんなの、決まっている。
あの頃と同じ条件で掘り起こしたかったからだ。
彰利 「はふぅ、これでよしと」
悠介 「久しぶりにミミズを見たな」
彰利 「いい土地である証拠でしょ」
悠介 「違いない」
そして俺達は笑い合う。
何が可笑しいのかと問われると、理由を説くのは難しいんだと思う。
どうすれば伝えるのかも解らないし、伝えたいとは思わなかった。
彰利 「───今日は、ここで解散にするか」
悠介 「ん?どうかしたの───あ」
そして思い出す。
いつか、自分が孤独を恐れたあの日。
別れることも知らず、さよならも言えずに別れたあの日を。
彰利 「さよなら───は、必要ないか」
悠介 「……ああ。明日また、この場所で───」
自然に視界が滲んだ。
自分はそこまで涙もろいだなんて思ってなかったけど……
昔のことにはとことん弱いんだということを実感した。
ただ懐かしくて。
俺は差し出された手に握って。
俺はあの時、伝えることも出来なかった言葉を贈った。
彰利 「───また、一緒に遊ぼう」
彰利も、ずっと言いたかったかのようにその言葉を静かに言った。
そして。
情けなく泣きながら、成長したふたりの影が小刻みに動いた。
泣いていたのか、笑っていたのか。
そのことを知る人は……きっと、誰も居やしない。
やがて無意味ともとれる別れをするように、ふたつの影が離れてゆく。
明日本当にここで待ち合わせをするかなんて解らない。
きっと、普通に学校で会うか街のどこかで会うか、神社で会うんだと思う。
離れてゆく影が手を振ると、一方もまた手を振った。
足取りは軽い。
それなのに、溢れる涙は止まらなかった。
……子供の頃からずっと考えていた。
もちろんずっと一緒に居られたならお別れの言葉なんて考えなかっただろう。
だけど水が蒸発してしまったようなお別れを前に、
子供だった自分は子供なりに一生懸命考えた。
今まで考える必要もなかった筈のことばかりを考えて、いつしか涙を流した。
弱かった自分は自分を責めることしか出来なくて。
救いの無かった自分の立場、状況の中でそれはとても辛くて。
やがて自分は泣いてばかりの子供になっていた。
───いつか両親が死んで、晦に引き取られた時。
自分はその出来事の本質をまるで知らなくて、
記憶を封印された自分は思い出をも霧の中に放り込んでしまっていた。
そんな中でもあいつは俺を憶えていてくれて。
結局、自分こそが誰かが居なければ不安に押しつぶされるような子供のままなんだって。
義理の両親が亡くなった時、そう思った。
……どれだけ『不公平だ』って思っただろうか。
どうしてこんな目に合わなければならなかったのか、
教えてくれる人が居るなら責めるように訊きたかった。
そう。
きっと俺は答えを探していた。
差別だ、なんて言うつもりはなかった。
結果は同じでも、自分はそんなことを大きく言える子供じゃなかったから。
だけど人生は残酷だ。
疑問ばっかり押し付けて、答えを教えてくれはしない。
結局自分で見つけるしかない答えを探している内に、俺はここ辿り着いてしまった。
───答えは見つかった?
そう訊かれて、俺はきっと首を横に振った。
だけど探し途中というわけでもなかった。
とんだ矛盾だ、と小さく笑って空を仰ぐ。
その時、夕焼けに赤らむ世界の中でここに辿り着きたかったと思ったのは何故だろう。
どうしてだか不安になって、俺は振り向いた。
───その景色の中で彰利は大木に手を振っていた。
そして俺に向き直ると、『また明日』、と言って穏やかに笑った。
そうした秋の気配の中。
俺は、また情けない顔で。
だけど心の中に安心ともとれる穏やかな何かを受け取って、小さく涙した。
明日があること。
続いてゆくこと。
それはきっとなんでもない当然のことなんだろうけど……。
俺はきっと、この日常に感謝したい。
だからそんな涙を拭うこともしないで、『また明日』と言って手を振った。
子供の頃、自分はお別れを言えなかったことばかりを後悔していた。
だけど今はきっと違う。
お別れを言うのは最後の時だけでいいんだと解ったから。
それまで、俺はさようならとは言わないんだと思う。
子供の頃の気持ちの霧が少し晴れたという気分を抱きながら。
俺は自分の帰る場所へと駆け出した。
多分、俺は最後の時までここには来なくなるんだと。
そう思って、足を止めてもう一度その景色を眺めた。
でも目に焼き付けるようなことはしないで、また駆け出す。
そして俺はこんな状況に苦笑する。
一日経てば。
また会うことがあれば、その時はまたいつものようにふざけ合うことを確信しているから。
馬鹿同士の友達の涙なんて、きっと長続きはしないから。
そう思うと可笑しくなって、俺は笑った。
───さて。
今日は、そして明日は、どんな一日になるかな───
笑いながら声に出してみた。
駆ける足はそのままに、さっきまでとは違って見える世界の中で。
───心はとても穏やかで、俺は遊び帰りの子供のように、自分の家へと走った───
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