───再会───
特に行く当てがあったわけでもない。
近くの公園の坂になっている芝生に寝転がり、空を見た。
今日もいい天気だ。
行為自体に深い意味は無い。
ただの日光浴だ。
秋とはいえ、事実上まだ暖かい空気。
程よい温度は眠気を誘う。
このまま寝てしまおうか。
少女 「そんな所で寝てると、風邪引くよ」
そんな声に、頭が覚醒した。
視線をずらすと、いつから居たのか黒服の女が座っていた。
黒服、というのも……
漫画の神父が着ているような服……なのだが、思いきり黒い。
どこに目を向けても真っ黒で、ブーツのような靴までが真っ黒だった。
肌が黒くないことには心の底から安心した。
……が、どうにも府に落ちない。
悠介 「………」
いきなりそこに現れた。
そんな感覚を覚えさせる女だった。
だって、足音や草の擦れる音すら聞こえなかった。
空を飛んで、ここに降りたとでもいうのだろうか。
それとも、テレポートでもしたのか。
悠介 「……あほらし」
ただ単に、俺が少し寝ていただけだろう。
悠介 「キミ、誰?」
興味はあまりなかったけど、一応訊いてみた。
女 「死神」
女はそう言って、俺に微笑んでみせた。
悠介 「………」
まいったな。
こういう方には関わらない方がいいんだよな。
悠介 「こんなにいい天気なのに寝るのは勿体無いな」
あからさまに身体を起こし、坂になっている芝生を降りて行く。
女 「あれ?驚かないんだ」
驚いたよ。
白昼というかむしろ、
早朝に思考回路が支離滅裂な方にお会いすりゃ誰だって驚く。
……いや、この場合は呆れた。
女 「久し振りに会えたんだから、
少しくらい話してくれたっていいじゃない」
ワケの解らないことを。
大体俺に変人の知り合いなんて……いや、ひとり心当たりがあるけど、あいつは男だし。
……知り合い?
……よく考えてみよう。
このテの方法をして言い寄ってくるのは、あのテの方々くらいだろう。
と、いうことはだ。
悠介 「そうか!お前どっかのキャッチセールスだなわぁあぉぇぁあっ!?」
バッと振り向いて指を差す。
と、すぐ目の前に女の顔があった。
女 「ん?どったの?」
トサッ、と首に抱き着いてくる。
悠介 「うわっ!?な、なんだよやめろよっ!重いだ───」
───重くない。
え?ちょ、ちょっと待ってくれ!
いくら女の子だからってこんなに軽いはず……は……
悠介 「うぅぁああああああああああああああっ!!」
抱きつかれた手を振り解き、必死になって離れた。
悠介 「う……うい……うぃい……っ!!」
改めて女を見てみる。
で、目の前の女は浮いていた。
悠介 「お、おまっ……なんで浮いてんだぁっ!?」
女 「なんでって……言わなかったっけ。わたし死神だから」
悠介 「死神って……!そ、そんなバカなことあるもんかっ!
俺をからかってるんだろ!」
女 「そんなことしないよ」
悠介 「ウソつけっ!どうせこの辺りにピアノ線でも……」
設置してなかった。
悠介 「あぁああっ!ウソだろぉっ!?」
というかよく考えてみれば、
こんな芝生のド真ン中で吊るせるようなもの、あるわけなかった。
女 「信じてくれた?」
悠介 「ち、近寄るおっ!?お、おぉゎああああああああああっ!!」
ごろごろずしゃぁあっ!!
女 「あちゃ……坂で後ろ歩きなんてするから……」
悠介 「っ……てぇ〜……!って、うわぁああっ!!」
女 「あ、なんで逃げるのさーっ!」
後ろから聞こえた声を振り切るように全力で走った。
晦神社を目指して、ただひたすらに。
し……死神……!死神って言ったらあの死神だよなぁあ……っ!!
俺,死ぬようなことしたっけぇ……!!
それとも死の宣告かぁっ!?
うぅぅっ!イヤだぁっ!俺はまだ死ぬわけにはいかないんだぁあっ!!
無我夢中で走る。
後ろからは追ってくるような足音はない。
あ、そ、そうか。振り切ったんだ……ぅあぁぇぉぉぁあああっ!!
悠介 「うああっ!!飛んできてるぅううっ!!」
やっぱり逃げ出した。
家に入れればなんとかなるだなんて思っちゃいないけど、なにかしら対策はある筈だ!
ほ、ほら……例えば……
…………………………例えば……。
悠介 「あぁあっ!死神の弱点ってなんだっけぇぇぇえっ!!」
こんな状況で冷静に考えられるワケもなし。
涙の出そうな思考の途中、晦神社への石段が見えてきた。
問題はここからだ。
家までの石段の数は、言ってしまえば泣きたくなるほどの段数だ。
だが躊躇する理由もない。
悠介 「日頃から登り降りをしている俺にとって、造作も……!……なければいいな」
自信なんてございません。
だって長いし。
それでも駆け登る。
悠介 「くっ……!はぁ……っ!」
一気に駆け上る。
後ろを向いてなんていられない。
向いたら死ねる気がする。
悠介 「ぐぅううっ!!」
何段かを飛ばしながらの激走。
登るというよりは走ると言った方がいい勢いだ。
足がダルくなってきた。
だがそんなことも言ってられない。
もう少し。
もう少しだ。
あとたったの……たったの……。
悠介 「う、うぉおおおおお!!」
正直な話、たったの、どころの段数じゃない。
だが、そうも言ってられない。
ならどう言えというのだろうか。
ああ……なんだってこんなことに……。
足が震え始めた頃、目的地の屋根が見えてきた。
それが支えになったのか、震え始めていた足は気力を振り絞ってくれた。
残りの段数を駆け登り……
悠介 「たっ……助かったぁ……!!」
無意識にそう言って、家に飛び込み鍵を締める。
悠介 「は……はぁあ……」
はぁ……はぁ……。
自分の息遣いがヤケに大きく聞こえる。
心臓がバクバクと音を立てている。
悠介 「はぁ……はあ……今日ほど……ウチの石段……を……恨んだ……日は……
無い……ぞ……ちくしょう……!」
途切れ途切れに言う言葉。
公園から全力疾走は流石に堪えた。
悠介 「水でも飲も……」
玄関から立ち上がり、フラつきながら食堂を目指す。
その途中。
悠介 「あ……」
仏間に置いてあったお札が目に入る。
悠介 「こ、これだぁあっ!!」
疲れていたにも関わらず、全力疾走を凌駕する勢いでお札を手に取る。
そうだよ!死神といえど結局は霊体!……だと思う。
お札だって効果はある筈だ!……多分。
そうと決まれば……!
家中を駆け回り、お札を貼ってゆく。
悠介 「ここと、こことここと……!」
ペタペタと懸命に貼ってゆく。
悠介 「さすがお払い、清め業の家元。
お札があるなんてなんてラッキーだよなぁ!
初めて晦の養子で良かったって思えたような……」
そんな場合じゃないのに、そんなことを考えてしまう。
悠介 「……よし!これで全部だ!」
家中をお札だらけにして一息つく。
はぁ……。
新鮮な空気が吸いたくて窓を開けた。
女 「なにしてるの?」
悠介 「なにって、見りゃ解るだろってうぅゎあああっ!!」
ガラピシャンッ!!
自分でも感心するくらいの速さで窓を閉めた。
カギもかけて、窓の先の死神を見る。
女 「……?」
首を傾げている。
その後、中に入ろうとしたのか窓に手を伸ばし───
バチィッ!!
悠介 「うわっ!?」
女 「───っ!!」
目の前で青白い火花が散ったように見えた。
へ、へぇえ……不安だったけど、死神にもお札は効くんだ……。
女 「…………!」
キッ!と俺を睨むと、死神は何処かへ飛んでいってしまった。
悠介 「……はぁあ……」
本当に実感できる安堵の溜め息。
これでもう、大丈夫だよな……。
今度こそはと思い、水を飲むために歩き出した。
悠介 「はぁ……なんだってんだ一体……」
頭を抱えながら、とりあえず歩いた。
……
───シャー……キュッ。
ゴクゴクゴク……。
悠介 「ああ、生きてるって素晴らしい」
相手の出方がどうであれ、死神とあっちゃあ死ぬのかもと本気で考えた。
悠介 「……今まで霊とかって見たこと無かったのになぁ……」
どうして今日、あんなものが見えてしまったのか。
ああ、頭痛い……。
ピンポーン。
声 「宅配便ですー」
元気のいい声が聞いて取れた。
ああ、注文してた本が届くの、今日だっけ。
なんにせよ、配達の人も大変だよな。
あの石段を登ってこなけりゃならないんだから。
悠介 「……よし」
ポケットに財布があるのを確認して、玄関へ急いだ。
悠介 「はいはい〜」
カラララ……。
鍵を開けて応対する。
悠介 「あ、ごくろうさま……で……」
女 「やっほー」
悠介 「………」
サァッ、と血の気が引いた。
何処の世界に呼び鈴鳴らして家に入ろうとする死神が居るのだろう。
って、それよりさっさと玄関を閉めよう!
悠介 「くぅううっ!」
がららっと、勢いよく玄関を閉める。
が、その前に滑り込んでくる影ひとつ。
悠介 「う……うぅゎあああああっ!!」
慌てて逃げる。
あぁっ!どうすりゃいいんだ!
悠介 「お,お前っ!こういうの不法浸入っていうんだぞぉっ!!」
走りながら、人間の常識で抵抗してみる。
女 「訊いても入れてくれないでしょ?」
悠介 「あ、当たり前だっ!!」
女 「ほら、じゃあこうして入るしかないじゃない」
悠介 「くっ、確かに……!ってそうじゃない!
なに死神に教養負けしてるんだよ俺ぇっ!!」
人間の常識ですら勝てない自分が情けない。
悠介 「大体!死神が俺になんの用があるっていうんだよっ!」
女 「約束を果たしに来たの」
悠介 「や、約束!?知るかそんなの!!
俺は死神と約束出来るほど大らかな自殺行為思考なんて持った覚えはない!」
女 「───っ!」
ダンッ!
悠介 「ぅわっ!」
女 「じゃあ……じゃあ憶えてないっていうの……?」
急に圧し掛かった重力に気がつくと、俺は廊下に締め伏せられていた。
悠介 「だから……!なんのことだか解らないって言ってるだろ……ぉっ!」
女 「………」
すぐ後ろにある死神の姿が少し寂しそうに見えた。
女 「これでも、解らない?」
死神はそう言うと、一枚の紙切れを見せた。
悠介 「……あ……れ……?」
頭が痛んだ。
ズキリ、というよりはビキィッ、という痛み。
頭の中に、新しく生まれてくるように記憶が溢れかえる。
その景色は……
赤い景色。
夕焼けなんて、生易しいものじゃない紅蓮のモノ。
焼けてゆく景色。
次々と倒れてゆく景色。
お母さんとお父さんは狂ったように笑っていて、
燃え盛る部屋の中に、その気持ち悪い笑い声が響いていた。
どうしてこんなことになったのだろう。
自分は普通に生きて居たかった筈だったのに。
荒れ狂う両親と炎。
身体が焼けても笑っているふたり。
ぼくはそんな景色に恐怖というものを感じた。
気持ちが悪い。
実の親に対して、そんなことを思ったのだ。
だって、しょうがないじゃないか。
あんなもの、人間には見えない。
痛覚なんてないように、笑っているんだ。
顎がカタカタと動いている。
気持ち悪い。
初めて気がついたようにぼくを見る目。
その顔の半分はもう、原型なんて留めていなかった。
それがゆっくりと、ゆっくりと近づいてくる。
感じたのは恐怖。
心の底から指の先まで、冷たくて痛いものが通り過ぎてゆく感覚。
身体が動かなかった。
意識はあるのに、ぼくは動くことも出来なかった。
煙を吸いすぎてしまったのだろうか。
こんな状況じゃ、意識があるだけ奇跡かもしれない。
だけど……こんなバケモノを前に、
どうして僕の意識は途絶えてくれなかったのか。
母だったモノの喉がカタカタと動く。
ゆう……すけ……
ゴボゴボという音の中、そんな掠れた声が響く。
小さな声なのにぼくの耳はそれを受け止めてしまっている。
焼けた手が、ぼくに伸びる。
いやだ。
死にたくない。
こんなバケモノの道連れはいやだ。
母だったそれは、ぼくに対してやさしく愛しそうに手を伸ばす。
なんてことだろう。
ぼくはずっと親に殴られて生きてきた。
だから……やさしかった親の姿なんて知らない。
ずっと、やさしさが欲しいと思ってた。
ソレが、目の前のコレか。
これはやさしさなんかじゃない。
道連れを求めるバケモノだ。
こんなものを、ぼくは望んでいたのか。
ガラッ……という小さな音のあと、バケモノは潰れた。
降ってきた天井に押し潰された。
やがて、その隙間から赤い液体が流れてくる。
なんてことだろう。
ぼくは……いくら嫌いだったとはいえ、親が死んだというのに───
ココロノドコカデ、ヨロコンデイタ───
悠介 「うぁああああっ!!」
思い出した。
俺は確かにこの女と出会ったことがある。
でもそれは……その記憶は確かに……
女 「悠介……?」
悠介 「俺……俺は……っ!」
どうして思い出したりしたんだろう。
忘れていれば幸せだっただろうに。
悠介 「なんでだよ……っ!」
女 「え───?」
悠介 「なんで……せっかく忘れてたのに……っ!
なんで思い出させるんだよぉ……っ!」
女 「………」
悠介 「お前が忘れさせてくれたんじゃないか!
そのままじゃキミは生きて行けないからって、お前が……!!」
女 「……記憶を封印したのは他の誰でもない、あなた自身よ」
悠介 「───!」
女 「わたしはそれを手伝っただけ。
決断するのはあなた自身だった筈だけど?」
悠介 「…………!!じゃあ……どうしてそれを俺に見せた……」
女 「悠介が忘れたりするから」
悠介 「うるさいっ!そんなものが理由になるか!
封印の手伝いをしておいて、都合のいい時だけ思い出してだ!?
ふざけるな!俺の記憶はお前のオモチャなんかじゃない!」
女 「………」
悠介 「……なんだよ。なんとか言ってみろよ!」
女 「…………じゃあ、あの場所で一緒に死にたかった……?」
悠介 「───!」
……泣き声が聞こえる。
喜んでいた筈なのに、ぼくの目からは涙が溢れていた。
満足に動かない体を必死に動かして、瓦礫に手を伸ばして。
おとうさん、おかあさん……と、ぼくは泣いていた。
どうしてだろう。
本当に、どうしてなんだろう。
怖かった筈なのに。
バケモノだと思った筈なのに。
孤独を感じたのだろうか。
確かにひとりになるのは不安だったかもしれない。
でも、それ以上に───
ぼくはきっと、荒んだ日常の中でも、両親を愛していたんだと───
どんなに辛くても、一緒に居たかったんだと……。
一緒に死のうって言われた筈だったのに、ぼくは部屋の隅に居て。
両親が死ぬ姿を見ているだけだった。
どうして最後、両親はぼくを部屋の隅に居させたんだろう。
今となっては、その答えを見つけることは出来なかった。
でも……だからこそ、ぼくは幼心に手を伸ばしたのかもしれない。
その答えが聞きたい。
あの時、ぼくに手を伸ばしたのは最後の別れを言いたかったからじゃないのか。
都合のいい考えだと笑われても構わなかった。
ただ、ぼくはその答えが欲しくて、手を伸ばした。
手が焼ける。
火傷を負った手は痛かったけど、それでもぼくは手を伸ばして……
だけど、その景色は遠のいていった。
必死に手を伸ばした。
だけどぼくの腕は短くて……。
やがて全壊する家を前に、ぼくは大声で涙した。
「キミ、名前は……?」
ぼくを抱えていた女の人が訊ねてくる。
「───ゆうすけ……」
どうして助けたんだろう。
そんなことを思っていた。
「どうしてこんなことになったの?」
そんなこと、自分が一番知りたかった。
「───おかあさんが、いっしょに死のうって……」
それなのに、どうして僕は死ななかったんだろう。
「お母さん達と一緒に死にたかった?」
死ぬのはいやだ。
ぼくは生きていたかった。
「───ううん、おかあさん、ぼくをなぐるんだ。
だからいっしょにいたくなんてなかった」
でも、本当は一緒に居たかった。
「……まだ、死ぬのはイヤ?」
ぼくは……
「───そんなの、わからない……」
そう、わからない。
「でも、キミはきっと生きられない」
それはわかってる。
「その記憶がある限り、キミは成長できないわ」
わかってる。だから……
「もう一度、訊くよ?」
ああ、好きにしてくれ。
───キミは、家族の分まで生きたい───?
……頷いた。
自分にどんなものが残っているかなんて解らないけど、それでもいいと思った。
ただ、それだけの……小さい頃の悪夢だった。
悠介 「……そっか。そうだったな」
女 「悠介?」
悠介 「……ごめん、騒いだりして。それとさ、その……ありがと」
女 「ううん、別にいいけど。それよりさ、思い出してくれた?」
悠介 「へ?何を」
女 「………」
悠介 「無言で鎌を構えるのはどうかと思う」
女 「約束のこと!これ、自分で書いたクセに忘れたって言う気?」
悠介 「これを……俺が?」
女 「ん」
こくこくと頷く。
悠介 「………」
『契約書』と書かれた紙切れには、ゆうすけという文字と、
渇いた拇印が成されていた。
悠介 「こ、これ……」
女 「そ。悠介の血の拇印」
悠介 「いや、そうじゃなくて契約って……!」
女 「死神としてはこういうことやらない限り、
魂を左右することは出来ないんだよ」
悠介 「悪魔じゃあるまいし……って、だぁあっ!そぉじゃなくてっ!」
女 「……じゃあ何?」
悠介 「俺がいつ!何処で!お前と契約したんだ!」
女 「ああ、そういうコト。事故の後に契約したの、憶えてない?
記憶を封印しにシェイドの所に行くためには、霊体にならなきゃいけないから。
だからとりあえず契約してもらって、それでめでたく封印完了」
悠介 「……じゃあ記憶を封印したのはお前じゃなくて……」
女 「だから言ったじゃない。わたしは手伝っただけだって」
悠介 「………」
なにからなにまで信じざるを得ない。
だってそうじゃなきゃ、あの紙を見て色々思い出すわけないし……。
悠介 「ところで……」
とりあえずこいつには訊きたいことがある。
なんのことはない、アレのことだ。
女 「ん、なに?悠介」
悠介 「契約ってことはさ、もしかして何かあるのか?ほら、例えば契約特典とか」
女 「うん、わたしの場合、もれなく異能力をランダムでプレゼントしてるの」
って言っても、悠介が初めてだったけどね、と付け加えられる。
素直だ。
うん、こいつは素直だ。
……憎らしいほどに。
女 「でも大体の人は契約していたことなんて忘れてて、
しかもその異能力に気付かずに人生を終えるんだそうよ」
悠介 「……名前、なんていったっけ?」
女 「名前?あ、そういえば自己紹介してなかったね。
わたしはルナ。ルナ=フラットゼファー。ルナでいいよ」
悠介 「そっか、じゃあルナ。俺のこの手を見ていてくれ」
ルナ 「?……別にいいけど」
呆れ果てた思考を持ち直し、手で『穴』を作る。
悠介 「───ハトが出ます!」
ポムッ。
バサバサバサ……。
ルナ 「………」
悠介 「………」
呆れてる。
というより、何が起きたのかよく解らない様子だ。
が、ゆっくりとその表情が輝いてゆく。
ルナ 「すごいすごい!ね、悠介!今の何!?手品!?」
喜んでいる。
ああもう、どこからツッコんでいいやら。
ボカッ!
ルナ 「いたっ!……どうして殴るの〜……」
悠介 「なにがすごいすごいだ馬鹿!
これがお前の言ってた契約特典だろがっ!」
ルナ 「……え?」
悠介 「………」
ルナ 「……そーなの?」
ヤケにしんみりと訊いてくる。
それに黙って頷く俺。
ルナ 「だったら尚更スゴイよ悠介!
自力で異能力発見出来る人なんて5万にひとりだよ!」
悠介 「あのさ、はしゃいでる最中に悪いんだけど、
コレがなんの役に立つんだよ」
ルナ 「さあ」
ボカッ!
ルナ 「いたっ!だ、だからどうして殴るの〜……」
悠介 「うれしくないからに決まってるだろうが!」
ルナ 「悠介、昔はあんなに可愛かったのに……今じゃこんなに乱暴になって……」
悠介 「お前にだけだ馬鹿!」
ルナ 「それってさ、わたしが特別ってこと?」
悠介 「色々思い出して記憶が混乱してるんだよ……。
こんななら何かに当たらないとむしゃくしゃするだろ?」
ルナ 「……知ってる?そういうのを八つ当たりって言うんだよ……」
悠介 「で?俺の異能力ってホントにハトが出るだけなのか?」
ルナ 「うわ……さらりと無視した……。
いいけどさ……ちょっと待ってね、調べてみる」
ゴソゴソと妙な本を取り出し、何かを調べている。
ルナ 「え〜と、ハト……ハト〜……あった。
関連は……『創造』の異能力……あ、これだね」
ブツブツと言いながら、ページを行ったり来たりしている。
ルナ 「創造の法。
体力の消費により、それを糧として穴のある場所から何かを創造。
その際、創造したいものの名を語ることで発現。
たとえば水を出したい時などは『水よ出でよ』など。
出る、現れる、出現、発現などのものがキーとなっている。
自分で『何かを作る』というイメージが増幅されれば、
これといった言葉など必要無い。……だって」
悠介 「だって、って……」
つまりなにか?
ハト以外にも出せるってことなのか?
でも待て。そんなことは子供の時に試してみた。
それで出なかったから俺はハトしか出ないと思ってたわけで……。
ルナ 「あ、ちなみにね、
その属性として相性がいいものはあまり苦労せずに作れるって。
その他はその能力の備わった魂が肉体に馴染むまでは作れないって」
悠介 「……つまり……」
ハトと俺は相性が良かったと。
そういうことか。
……なんか複雑。
悠介 「……よし。キャベツが出ます!」
ポムッ。
ごしゃっ。
現れたキャベツは廊下に落ちて砕けた。
それと共に、視界が揺れる。
悠介 「……!!め、眩暈が……ッ!!」
ルナ 「あ、気をつけてね悠介。相性の悪いものを出すと、
その分、体力消費が激しいって」
さ、先に言え……!
というかキャベツと相性悪いのか俺……!
そ、そういや嫌いな食べ物だし……
ってそういうモノの考え方でいいのか……?
…………ぐふぅっ。
ドサッ。
ルナ 「あ、あれ?ちょっと大丈夫?悠介〜?」
当分キャベツは見たくないな……などと思いつつ、
俺の意識は遠のいていった。
───ねえ、ゆうすけ。
───なに?
わたしと約束しない?
───やくそく?
そ、約束。
───どんな?
ん……簡単な約束。
もし、ゆうすけがわたしと同じくらいの……って言っても合わないけど、
外見でわたしくらいの年齢になったら……
───うん……
───わたしを……迎えてくれるかな……
……それは、蒼い季節の口約束だった。
当時のぼくはそれがなんなのか解らず、
だけどその女の人が真剣だということだけは解ったから。
だから素直に頷いた。
その時までわたしは居なくなるけど……でも、必ず会いに行くから。
その時は、元気な笑顔を見せてね、悠介───。
───それは昔の物語。
ぼくは、死神と人間。
そのふたつの魂を持つ孤独な少女と、
そんな約束事を……いつか……した気がする……。
Next
Menu
back