───梨娘───
シャリシャリシャリ……。
軽い音がする。
目の前には大量の梨。
食べているのは先輩だ。
春菜 「大丈夫?」
悠介 「な、なんとか……」
梨を大量に創造した俺は、体力を大幅に削ってぐったりしていた。
さすがにこの量は無茶だったか。
うう……体が動かない……。
春菜 「ごめんね、能力使うと異様にお腹が空いてさ」
悠介 「それって別に、梨じゃなくても良かったんじゃないか……?」
春菜 「残念だけど、能力回復には梨が一番効果が高いの。
好物が源になってるから」
悠介 「なんだそら……」
呆れた。
出る言葉もどこか投げやりになっているのが解る。
セレス「すいませんでした悠介さん……。
どこぞの馬鹿死神がわたしを挑発したばっかりに……」
ルナ 「ちょっと……人の所為にしないでくれる……?」
セレス「………」
ルナ 「………」
再び歪む空間。
ああもう、誰か助けて……。
春菜 「あまり悠介くんに苦労かけさせちゃダメだよふたりとも」
セレス「あなたに言われるまでもありません」
ルナ 「そうね、言われるまでもないわ」
春菜 「………」
歪んだ空気が尚も歪む。
春菜 「破魔矢で少しずつ滅していくか、
一瞬にして滅ぼすか、どっちがいいかなぁ……」
ギラリと目つきが変わる。
あぁああああ、先輩の体からオーラ……もとい、霊力が吹き零れている……。
セレス(し、死ねる……ッ!!死ねる気がどうしようもない程に感じられます!)
ルナ (五体満足にはいられないわ……!!)
パム。と、ふたりが手を合わせる。
セレス「わ、わたし達、な、なか……なかか……仲良しですよ……ねぇえ……?」
うわぁ、引きつってる引きつってる……!!
ルナ 「冗談じゃないわ」
ゲシッ!
ルナ 「痛ぁっ!ちょちょっと!なに人の足踏んで」
ギラリ。
セレス(なに本音全開してますかあなたは……!
なんですか?あなた、たった今ここで破魔矢に貫かれたいのですか?
言っておきますけど、半端な痛みじゃありませんでしたよ?
能力が封じられて再生が出来ない代わりに痛みが体を蝕むのですよ……!?)
……ゴクリ。
ルナの喉が小さく鳴った。
ルナ 「……仲良しです」
ルナが折れた。
そうなることで、先輩の目がスゥ……と元に戻る。
春菜 「うん、折角だからふたりともこっちに来て梨でもどうかな。
とっても新鮮でおいしいよ」
セレス「わたし、血液以外は喉が拒絶するので」
ルナ 「わたし、陰気以外糧に出来ないから」
魂も糧に出来るけど、そこまで堕ちたくないわ、と続けるルナ。
セレス「死神にとっては魂を食らうのが普通でしょう。
それは逆にあなたが堕ちていると言えるのではないのですか?」
ルナ 「どうとでも言ってくれていいわよ。
わたしはそんな死神のやり方が大嫌いなんだから。
それよりいつまでここに居る気?さっさと帰ったらどう?」
セレス「実は今年に入って、とうとう貯めてあった血が底を尽きまして」
悠介 「……ヤな予感」
セレス「悠介さんなら血液の枯渇問題もありませんし」
ルナ 「ダメ」
春菜 「却下」
セレス「いいんですか?
わたしが渇いて死んだら、悠介さんが吸血鬼になりますよ?」
ルナ 「うぐっ……」
春菜 「うぅ……」
セレス「それに悠介さんの血、純粋で美味しいんですよ。
もう他の血は飲めませんね」
恐ろしいことを言ってくれる。
春菜 「……そっか。じゃあ折角だからわたしも」
悠介 「え?ちょ、ちょっと先輩……!?」
春菜 「…………」
先輩はなにやらブツブツと口にしている。
なにやら両手が光だしているのは目の錯覚であってほしい。
春菜 「先死爆の法……」
その言葉だけは確かに聞き取れた。
せんしばく?なんだそれ。
そんなことを思っている内に、先輩が俺の頭に手をあてる。
悠介 「せ、先輩……?」
手の光はやがて俺の頭へ沈んでゆき、そして消えた。
春菜 「……はぁ、終了」
ほう、と溜め息をつく先輩。
悠介 「……先輩、何やらとてつもなくイヤな予感がするんだけど」
春菜 「あ、大丈夫だよ。ただわたしが寝首をかかれないようにしただけだから」
悠介 「それって、つまり……」
春菜 「はい、そこのふたり。よく聞いてね」
ビクゥッ!と驚き、手に持った鎌やら壷やらを隠すふたり。
春菜 「たった今、悠介くんの脳内にわたしの霊力をとある形にして埋め込みました。
ちなみに……形としてはトリガーボムです。
わたしの死がトリガーになっていて、
わたしが死ぬと埋め込んだ能力が膨張してドッカーン!だから気をつけてね」
セレス「……っ!!」
ルナ 「な……っ!!」
悠介 「………」
知ってる?先輩……。
そういうのを道連れって言うんだよ……。
……こうして俺の命は三人の女の子の手中に握られてしまった。
嫌な三すくみ状態。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
そして、これから俺はどうなってしまうんだろう。
そんなことを考えながら、俺の意識は薄れていった。
ルナ 「寝てないでなんとか言ってあげなさいよ悠介」
悠介 「薄れさせろこの野郎」
ルナ 「野郎じゃないってば。
俺の命はオモチャかー!ぐらいのことをさ、ホラ、ババーンと」
悠介 「たのむ、現実逃避くらいさせてくれ」
ルナ 「ヤ」
悠介 「一言で打ち切るな……頼むから……」
十代後半のハタチ三つ前の人生。
そんな人生の先を思うと嬉しくて涙が出まくる。
嬉しいと思ってやるが、嬉し涙じゃないことを知らせておく。
なんてことを思っていたそんな時だ。
ふと、あいつのことが脳裏に浮かんだ。
彰利 「おまっとさ〜ん!」
というか……出来れば思い出したくなかったな、こいつのこと。
彰利 「ほら、お前の好きなナポリタン、作ってきてやったぜ。シャラ〜ン♪」
と言いながら、高級レストランやらでよく見る銀色のフタのアレを開ける彰利。
相変わらず、どっから出したのやら。
彰利 「あ、ほらほら、みんなの分もあるからさ、食べて食べて」
彰利は元気だ。
悠介 「……今は消化のいいヤツの方がいい」
彰利 「あれ?そうなのか?……なんてな。そんなこったろうと思ってさぁ」
彰利が背に手を回して何かもうひとつの皿を出す。
彰利 「ちゃんと作ってきてあるんだぜほらぁっ、シャラ〜ン」
再び銀色のフタのアレを開けた先にはお粥。
悠介 「……粥か」
彰利 「消化がいいっていえばこれだろ?
ほら、口開けろよ。食べさせてやるからさ」
悠介 「いい、自分で食う」
彰利 「ほい、じゃあ手を出して」
悠介 「………」
動かない。
……ニヤリ。
悠介 「なんだ、その確信めいた極上の微笑みは」
彰利 「ほぉら、ア〜ン、て」
悠介 「や、やめろ」
彰利 「え?口移しがいい?そ、そんなアタイ照れちまう……」
悠介 「やめろってば!恐ろしいことするな!」
こんな時こそ助けて欲しいんだけどな、あの三人……。
セレス「……!!こ、このパスタ……ッ!!ニ、ニンニクが……!!ゲフゥッ!!」
パタリ。
あ、気絶した。
春菜 「こ、このパスタのゆで加減に加え、このソースの風味と味わい……!
ま、まさにパーフェクト!味に目覚めたぞぉおおおおっ!!」
なんか目覚めてるし。
ルナ 「………」
ルナは既に食べてしまったらしく、ニンニクに敗北して、ピクリとも動かない。
悠介 「……彰利」
彰利 「料理は主婦の永遠の武器」
やっぱりだ。
こいつ確信犯。
彰利 「しっかし、まさか死神にニンニクが効くとは思わなかったよ」
悠介 「……俺もだ」
呆れるしかなかった。
彰利 「まあ冗談はこれくらいにしてさ。
最近楽しそうじゃん、なんか安心したよ」
悠介 「死ぬ思いしてまで楽しいことを探すのは御免だな」
彰利 「……そりゃそうだ」
ふう、と溜め息をつく彰利。
それでも何処か楽しそうだった。
悠介 「それでお前、今日は本当に何しに来たんだ?」
彰利 「……気になるか?やっぱり」
悠介 「お前がここに来るなんてよっぽどのことだろう」
彰利 「ほっほっほ、貴様には敵わんなぁ。
……まあ、アレだよ。イヤな予感がしたんだ。
ほら、俺って昔っから能力的なものが強かったろ?」
悠介 「……あの日のこと、言ってるのか?」
彰利 「……いや、そういうわけじゃないけど……悪い、忘れてくれ」
悠介 「ん……解った」
彰利 「悪い……」
悠介 「………」
彰利 「………」
悠介 「先輩、気づいてないのか?」
彰利 「……いんや、気づいてると思うよ。他のふたりは解らんけど。
大目に見てくれてるんだろ。なにせ、唯一の男友達だしな」
悠介 「そんなもんかな」
彰利 「ああ、そんなもんだ。からかうのもやめられん」
悠介 「自分の力、悪用するのだけはやめろよな」
彰利 「心配してくれてるのか?……ん、肝に銘じておくよ」
悠介 「俺だって、お前が一番の友人だって思ってるんだからさ、
あんまり騒ぎ立てるのもやめてくれ」
彰利 「大丈夫大丈夫、俺、こう見えてもしぶといから」
悠介 「……まあ、それは頷ける」
彰利 「俺とお前が会ってから、もうどのくらい経つっけな」
悠介 「さあ……」
彰利 「まあ、とりあえず……心配になったから来たわけだ。
そして来てみればあれだろ?死神やら吸血鬼やら。
いやもう、驚くしかなかったね。玄関も閉められるしさぁ」
悠介 「………」
彰利 「ん?……どうかしたのか?」
悠介 「もしかして、って……考えなかったか?」
彰利 「………」
悠介 「俺は考えたよ。
自分の力が何かを創る力だったってことが解った時……」
彰利 「……もういいじゃん、気にするなよ」
悠介 「だってそうだろ!?俺はあの時原因不明の昏睡状態になった!
もしあれが体力の消耗に原因あったとしたら、俺は……っ!!」
彰利 「…………やめてくれ悠介、その話はしたくない」
悠介 「………」
彰利 「お前のそういう顔、俺……嫌いなんだ。
俺と出会う前の死人みたいな顔でさ。
確認しなくてもお前は生きてるんだからさ、
もっと生きてる、って顔してみろよ」
悠介 「……俺はあの時、もうお別れだ、って思ったけどな」
彰利 「俺もな。……相変わらず涙もろいなぁ、もっと男らしくしてみろよ。
少なくとも俺とどつき漫才してる時のお前、生き生きしてたぜ?」
悠介 「………」
彰利がポンポンと俺の額を叩く。
彰利 「んじゃ、俺そろそろ帰るわ」
悠介 「そうか?ゆっくりしてけよ」
彰利 「いや、そろそろ若葉ちゃんとか帰ってくるだろ。
な〜んか嫌われてるからこのまま帰るよ」
悠介 「今度嫌うな、とでも言っとくよ、また遊びに来るといい」
彰利 「気が向いたらな。それと、あまり若葉ちゃん達にキツく当たるなよ。
彼女達、麗しのおにいさまを守ってるだけなんだから。
きっと悪気は無いよ、うん。いい子達だ」
悠介 「そうか?まあいいけど……」
彰利 「じゃあな、運があったらまた会おう。
運命的な出会いなんぞクソ食らえだ」
悠介 「……運命反論家だな、相変わらず」
彰利 「決められた道なんて歩いてられるかよ。
俺は俺。自分の好きな通りに好きなことをして過ごすさ。
終わりがきたなら……
笑って振りかえってやるさ、自分が誇れる生き方ってやつを」
悠介 「お前らしくていいな、ソレ」
彰利 「言っておくけどな、こんな状況でも俺は楽しんでんだからな」
悠介 「解った解った」
彰利 「んじゃな、いい夢みろよ悠介」
手をひらひらさせて、彰利は姿を消した。
悠介 「………」
静かな溜め息を吐く。
そして悩む。
悠介 「で、これ全部俺が始末するわけね」
吐血の跡やらルナと共に倒れたパスタと割れた皿やら、何かに目覚めた先輩やら。
どちらにしろ体が満足に動かない分、俺にはどうすることも出来なかった。
えーと、こういう時はなんと言うんだっけ?
……ああ、『あとは野となれ山となれ』。
………………なんか間違ってる気もしたが、もう寝ることにした。
どうか寝て起きた先に、ふたつの同じ形相がありませんように……。
……ぐー。
………………
…………
……
おにいさまああああああああああああっ!!
悠介 「キャーッ!!」
がばぁっ!!と飛び起きた。
悠介 「はっ……!はぁ……っ!はぁっ……!!」
ゆ、夢……!?
お、恐ろしい夢を見た……!!
もう、これ以上無いってくらいに恐ろしい夢でした……。
ああはなるまい……。
若葉 「おにいさま」
悠介 「キャーッ!!」
夢にまで見た声が聴覚に振動を起こし、俺の中の恐怖を復元させた。
悠介 「ギャッ……ギャァアア!!ごめんなさい俺が悪かったです!!
刺さないで!包丁はイヤァアアアアッ!!」
部屋の片隅まで逃げて、俺はガタガタと震えた。
若葉 「刺す……?なんのことですか?」
悠介 「……はっ!」
そこで正気に戻る。
悠介 「お、おかえり」
若葉 「なにか悪い夢でも見ていたんですか?凄い汗ですよ」
悠介 「……ああ、かなり恐ろしい夢だった」
若葉 「わたしがおにいさまを刺す夢、なんて言わないでくださいね」
悠介 「解った、言わない」
代わりに頷いてみせた。
若葉 「そういう問題じゃなくって……。
もう、おにいさまはわたしのことそういう目で見ていたんですね」
悠介 「ところで木葉は?」
若葉 「話題を摩り替えないでください」
悠介 「いや、兄として心配をだな」
若葉 「木葉ちゃんなら春菜先輩と後片付け中ですよ。
ひどい惨状でしたから」
悠介 「あ、悪い。彰利の奴が来てたん……」
若葉 「……!! おにいさま!
わたしの前で彼のことは話さないでくださいと言っておきましたよね……!?」
悠介 「若葉……なんなんだ?そりゃ言われたけど、そんな嫌うような奴じゃ……」
若葉 「……それは……」
悠介 「若葉……」
若葉 「……ごめんなさい、気分がすぐれないので失礼します……」
悠介 「おい、若葉……っ!?」
訳も解らないまま、若葉は部屋を出ていった。
悠介 「………」
訳も解らないまま……というのは不適切だ。
理由なら……確信ではないにしろ、予想出来ている。
彰利は言う。
「俺からおにいさまを守ってるだけだ」と。
でも、取られたくないとか、そんなふざけたレベルじゃない気がする。
なんだってあそこまで嫌う必要がある。
まるで親の敵を見るような目で。
……解らない。
なんなんだろう、彰利と若葉は何かを隠しているような気がする。
声 「……ん〜、おいし」
ふと、聞こえる声。
悠介 「美味いか、俺の陰気」
ルナ 「あはは、まあ味っていうか、大変な糧にはなってるよ。ありがと悠介」
悠介 「ふたりに見つかってないだろうな」
ルナ 「大丈夫、気絶してたのほんの少しの間だもの。
目が覚めてからすぐにネッキー連れて隠れたわ」
悠介 「サンキュ、助かる」
ルナ 「あの子、妹よね?」
悠介 「ああ、双子の姉の方だ」
ルナ 「なんかヤケに怖い顔してたね」
悠介 「彰利のことになるとすぐあれだ。
あいつが何かしたわけでもないんだろうけど……」
ルナ 「襲ったとか───って、わ、わっ!」
ボカァッ!!
ルナ 「あきゃぁっ!」
悠介 「殴るぞ」
ルナ 「もう殴られてるんだけど……」
悠介 「まったく心当たりが無いわけでもないんだけど、
どうして若葉が怒らなきゃいけないんだか」
ルナ 「なにか知ってるんだ。ね、教えて」
悠介 「………」
ルナ 「…………あ、やっぱりいい」
悠介 「ルナ?」
ルナ 「悠介、今すごく辛そうな顔した。
わたし今みたいな悠介の顔、見ていたくないよ……」
悠介 「………」
どうして、揃いも揃ってそう言うかな。
そんなに辛そうな顔してたのか?
……まあ、いいけど。
悠介 「……うお、もう夜か。すごい時間だ」
普段ならもう寝ている時間だ。
悠介 「……と、それよりルナ。
この部屋、室内なのにヤケに霧が立ち込めてる気がするんだが、もしかして……」
ルナ 「そ、ネッキー」
セレス「その呼び方やめてください。わたしにはセレスウィルという名前が」
ルナ 「ネッキー♪」
セレス「怒りますよ……」
春菜 「ダメだよ、どっちが死んでも悠介くんも死ぬんだから」
悠介 「先輩……」
いつから居たのか、先輩が話に参加してきた。
セレス「失礼ですねあなたは。わたしが死んでもヴァンパイアになるだけです」
悠介 「なったらなったで、日光浴びて灰になるのがオチだ」
というか結果的に死んでるのと大差無いんじゃないか?
はふぅ……と、あくびを手で覆う。
悠介 「……オウ、なんか今更だけど体が動く」
ほんと今更だ。
ルナ 「体力が回復したんでしょ。とりあえずわたしも帰るわ」
悠介 「家なんてあるのか?」
ルナ 「ん〜……家、じゃないけど……隣の山で山小屋見つけたから」
セレス「ちなみにわたしの家といいますか、研究所は外国の奥地……」
春菜 「わたしはここに下宿中」
ルナ 「あ、いいねそれ」
セレス「棺とか、ありますか?」
悠介 「あるかっ!」
セレス「それもそうですね、
じゃあ押し入れでも構いませんから泊めてください」
ルナ 「わたしは屋根裏にでも」
悠介 「どうしてそう、暗い所を好むかな……」
ルナ 「死神だもの」
セレス「吸血鬼ですから」
悠介 「理由になってないっ」
セレス「十二分になってます。吸血鬼が布団で寝てみてくださいよ。
翌朝の日の出と共に灰になってますよ」
と、吸血鬼。
かなりイヤだな。
ルナ 「布団ってガラじゃないの。
第一わたし、浮きながら眠るから布団なんて無くても同じなのよ」
と、死神。
確かに見えない人からしてみれば、布団が宙に浮いているように見えるだけだ。
恐怖でしかない。
悠介 「……まあ、部屋なら余ってるから、適当に使ってくれ。
ただし、妹達に見つかったら……」
ルナ 「見つかったら?」
悠介 「それぞれに見合った罰を与える」
セレス「わたしの場合はどんなものになるのでしょうか」
悠介 「キミの、口という名の穴から溢れんばかりのニンニクを」
セレス「注意いたします!」
ビシッ!と敬礼するセレス。
ルナ 「わ、わたしは?」
悠介 「肺に聖水を出現させるのはどうだろう」
ルナ 「わ、わたしやっぱり帰ろっかな」
おびえるルナ。
春菜 「わたしは?」
悠介 「先輩はまあ、ここに下宿してるんだから問題ないけど、
もしバラすようなことをしたなら、全毛根から毛虫を」
春菜 「ひぇ……っ!が、頑張るよ」
体を抱えるように寒気を抑える先輩。
と、そんな時……トントン、と聞こえるノック。
木葉 「お兄様」
で、木葉の声。
三人 『ひぇ……ッ!!』
その後、襖を開けて現れた来訪者に、三人は小さな悲鳴を上げて消えた。
……いや、先輩は木葉にめくらましをした。
セレスは凄まじいスピードで霧になって窓から逃走。
ルナは壁抜けをして天井に逃げ出した。
木葉 「あの……春菜先輩?」
春菜 「はっ!あ、だって毛虫が……!」
先輩は混乱している。
木葉 「……あまり驚かさないでください、体に毒です」
まあ、誰だって襖を開けた途端に枕が飛んでくれば驚く。
悠介 「悪い、枕投げが恋しい年頃だったんだ」
木葉 「お兄様の入れ知恵ですか。じゃあ仕方ないですね」
悠介 「木葉……」
いきなり納得されたのが、なんかすっごく悲しかった。
悠介 「それで、どうしたんだ?」
木葉 「あの、昨日はどうされたのですか?
今朝もわたし達が起きたときには家にいませんでした。
なにかあったのでは、と若葉姉さんと心配していたんです」
悠介 「……いや、ただ昨日は眠くなったから寝ただけであって。
今朝はちょっと散歩。ちゃんと朝食は作ってあっただろ?」
木葉 「……はい、美味しく頂かせていただきました」
悠介 「ん、そうじゃなくちゃ作り甲斐が無い」
木葉 「わたし達、結構楽しみにしていたんですよ」
悠介 「え……何を?」
木葉 「料理を教わる約束でした。
若葉姉さんなんか部活も休んで足早に帰ってきたんです。
わたしだって級友の誘いを断って、出来るだけ速く帰ってきました。
ですが、待っていたのは布団でぐっすり眠るお兄様の姿でした」
悠介 「う……悪い」
木葉 「知ってますか?お兄様はそんな夕方前の時間から朝まで、
ずっと眠っていたんですよ?」
悠介 「……まあ、そうなるな」
木葉 「そんなこと……あの時以来でしたから、もしかしたらって……」
悠介 「……! すまない」
木葉 「お兄様……?」
悠介 「本当にすまない、木葉。
俺、またお前達を不安にさせたんだな……。悪かった……」
過去の昏睡状態の時もそうだった。
意識が覚醒し、目を開けた先にあったのはふたりの泣き顔。
自分はこの子達を守ることが出来ると思っていたのに、
逆に泣かせてしまったこと。
その時俺は、そのことが……自分が許せなかった。
木葉 「そ、そんな……顔をあげてくださいお兄様……。
謝るのはわたし達の方です。
いつも無理ばかりさせて、申し訳ありませんでした……。
今日はそれが言いたくて、それで……その……。
どうか、無理だけはなさらないでください。
わたし達にとって、お兄様は大切な、唯一の家族です……。
もしお兄様が死んでしまったら、わたし達は……」
悠介 「死ぬって、そんなおおげさな……」
木葉 「お兄様……おおげさなんかじゃないんです。
お兄様は昏睡状態だった時、どういう診断がだされたか知っていますか?」
悠介 「え?い、いや……」
木葉 「助からない。回復の見込みは0%だ。
医者も匙を投げました。
それが奇跡的に状態を持ち直して、お兄様は帰ってきてくれた。
だけど、もしそんな奇跡が起こらなかったら、お兄様はここに居ませんでした。
どうか解ってください。わたし達にとって、お兄様は本当に大切な方なんです」
悠介 「木葉……」
木葉 「……言いたかったことは……それだけです。それでは……」
悠介 「あっ、木……葉」
木葉 「は、はい……」
悠介 「その……さ」
訊くべきだろうか。
彰利との間になにがあったのか。
守りたいだけ、ってどういう意味なのか。
悠介 「その……」
…………いや。
これは訊くべきじゃないのかもしれない。
それなら、いつか彰利やふたりが話してくれるまで……
悠介 「おやすみ、木葉。若葉にも謝っておいてくれ」
木葉 「お兄様……。はい、お兄様」
トン。
小さな音と共に、襖が閉ざされる。
春菜 「……訊かなくて……よかったの?」
悠介 「……ん。急ぐ答えでもないしね。
まあそりゃ訊いてみなけりゃ解らないけどさ」
セレス「あ、ああぁあ……死ぬかと思いました……」
悠介 「そんなおおげさな」
セレス「だ、ダメなんですニンニクは……。
もう形や匂いだけでも血が逆流して……」
悠介 「……そら大変だわ」
ルナ 「……はぁ、心臓に悪いわ……。
本当に聖水なんて出されちゃったらわたし消滅しちゃうわよ」
悠介 「そ、そうなのか!?」
セレス「もがき苦しむだけです。
ですからどうぞ、好きなだけ創造しちゃってください」
ルナ 「ど、どうしてこの口はそんなに軽いのかなぁ〜……っ!!」
セレス「ふぎゅっ!?」
ルナが両手でセレスの口を横に引っ張る。
おお、なかなか伸びる。
セレス「ひまふふ、へほははふほほほ、ひょうひゅうひはふ」
春菜 「訳すと『今すぐ、手を離すことを、要求します』だね」
悠介 「ためになるね」
セレス「……なりません」
ルナ 「じゃあ屋根裏貸してもらうから」
悠介 「どうあっても屋根裏か」
ルナ 「ガラじゃないんだってば。そこまで言うなら添い寝でもしてあげ」
悠介 「寝言は寝て言え」
ルナ 「うわ、ヒド……最後まで言わせてくれても」
悠介 「おやすみ」
ルナ 「非難の言葉くらい最後まで言わせてったら……」
悠介 「じゃあ俺も寝るから。それぞれ寝床へ解散」
春菜 「何気に仕切ってるね」
悠介 「こちとら命握られたるんだ、それくらいさせてくれ」
春菜 「なるほど」
ルナ 「じゃあ、おやすみ」
セレス「ではわたしはここの押入れに」
ルナ 「空いてる部屋の押し入れにしなさいよネッキー」
セレス「だから、その呼び方はやめろと言っているんです」
春菜 「はいはい、喧嘩はダメだよ。散った散った」
セレス「霧になって散ります」
ルナ 「闇に溶けて散ります」
春菜 「……わたし散れない」
悠介 「遊んでないで、さっさと行ってくれ」
ルナ 「おやすみ〜」
セレス「よい夜を」
春菜 「じゃあ、また明日だね」
それぞれ言いたいことを言って散る。
自分の部屋に残った自分はとりあえず明かりを消して寝ることにした。
カチッ、と。
布団に潜り、呼吸を落ち着かせる。
ふう、最近エライことばっか起きてるなぁ。
こんな日々は寝るのが一番。
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