───処罰───
眠れん。
考えてみればここ最近は寝てばかりだった。
今日だって今さっき起きたばかりだ。
いい目覚めだったし、残る眠気無しの快眠と呼べるものだったに違いない。
…………。
どうしよう。
…………。
……よし、こんな時は運動……というか散歩に限る。
そうと決まれば……いや待て。
すぐに行動したら家に居る5人(一部、人ではないが)に見つかる。
こんな時くらいはひとりで行動したい。
ともなれば、寝静まるのを待つとしよう。
…………。
……。
……………………。
…………。
……。
暇だ。
辺りは死んだような静寂に包まれて、
人の気配なんて感じられないくらい静かだった。
……このままでいるのもなんだな。
よし、イメージイメージ……。
……………………。
……何を出せと。
大体、皆が寝るのを待ってるんだからさ。
……静かに楽しめるものなど無いっての。
そこで俺は考える。
お手洗いに行くフリをして窓から脱出。
過去の食い逃げ大全に載っていそうな方法だ。
そんなものが存在したらの話だが。
よし、動かずに待っているよりは……待て。
彼女らにそういう技は通用しない気がする。
例えばだ。
……予想VTR発動……
悠介 「ふう、お手洗いお手洗い、と」
ルナ 「どこ行くの?」
ルナが現れた。
しかし俺は動ずることなく言う。
悠介 「お手洗いだ」
ルナ 「ふーん……」
ルナはそっか、と納得する。
ルナ 「わたしも行く」
こうなってしまっては、もうどうしようもない。
彼女が一度言ったらきかないことを、俺はこの数日で思い知った気がするからだ。
たとえルナじゃなかったとしても……
悠介 「ふう、お手洗いお手洗い、と」
セレス「おでかけですか?」
セレスが現れた。
しかし俺は動ずることなく言う。
悠介 「ああ、お手洗いまで、遠い旅を」
セレス「そうですか。用が済んだら外に出ませんか?
せっかくの夜に出掛けないのはもったいないですよ」
ああ、吸血鬼思考。
こうなってしまってはもう無駄だ。
俺の目的は散歩だったのだから。
断ったのに外に出掛けてみろ。
彼女はまた暴走するに違いない。
……残るは人間側の三人か。
VTRのように想像しなくても、答えが涌くのは何故だろう。
妹ふたりは『月を見ませんかー』で、先輩は何も言わなくても付いてくる性格だろうし。
……ダメじゃん。
ひとりでする散歩すら出来なくなったか我が人生……。
……ふと、時計を見てみる。
おお、さっきから結構経ってる。
10分も経過すりゃあ若葉や木葉は眠るだろう。
問題はあとの三人だ。
先輩は掃除とか学校があるから寝てるかもしれないけど、
一番の問題点は夜行性の吸血鬼様。
そして寝る必要があるのか解らない死神様。
さっきは浮きながら『寝る』と言っていたが、全てを信じるのはどうか。
………………いいや、行こう。
考えても仕方ない。
布団をそぅっと退かし、立ち上がり、襖までの距離を静かに歩く。
悟られてはならぬ。
こんな眠れぬ夜くらいは好きに行動させてください神よ。
ルナ 「おでかけ?」
……いや、まあ……神は神でも、ここに居るのは死神だしなぁ……。
悠介 「お手洗いだ」
ルナ 「……そんな忍び足で?」
悠介 「やかましく動いて、みんなを起こすよりはマシだと思ったんだ。
それよりルナ、天井から顔だけ出して喋るのヤメろ。
かなり恐ろしいものがあるぞ」
ルナ 「そう?結構面白いと思ったんだけどな」
悠介 「いいから寝てろ。話し声で起こしたら俺の苦労はなんなんだ」
ルナ 「ふーん……まあいいけどね。じゃあ、おやすみ悠介」
覗いてた顔が天井に消える。
……第一関門クリア!
襖を静かに開けて、廊下へ。
悠介 「………」
独特の冷たい冷気を肌に感じる。
玄関から出るのは自殺行為だ。
がらぴしゃん、なんて音を出したら真っ先にルナが襲ってくるだろう。
同様に、異常な聴覚をお持ちのセレスもやってくるに違いあるまいて。
……と、いうわけで。
悠介 「外でございます」
裏口から外へ出た。
静かに吹く夜の風を胸一杯に吸い込み、石段を登ってゆく。
結構長いが、一番下から家までの段数と比べると短い方だ。
それでも生優しくはないが。
ここがもっと高かったら、雲まで届いただろうか、などと時々に考える。
幼い頃に信じていた、死んだ人は空に居るという言葉。
そんなことを、神社に向かう時はいつも考えていた。
悠介 「………」
やがて、頂上である神社に辿り着く。
改めて深呼吸をして、肺に空気を吸い込む。
見上げた空には大きく浮かぶ満月。
そんな月を見上げる度に、自分は晦の息子ではないことを思い出す。
あの日も、こんな夜だった。
空には満月。
自分は行く当てもなく、冷たくなってゆく景色の中をとぼとぼと歩いていた。
帰る場所も無い。
どうして自分がここに居るのかも解らず、ただ……彷徨い歩いていた。
歩き疲れて、ぼくは倒れた。
目の前はぼやけている。
足は自分の物とは思えない程に動かなくなっていて、もう一歩も動けなかった。
……疲れたから眠りたい。
そう思って目を閉じた。
ゆっくりと意識が薄れる。
そんな時だった。
誰かがぼくの肩を揺する。
もう一度目を開けて、ぼくはそれを確認した。
それは……ひとりの少年だった。
同い年くらいだろうか。
その少年はぼくの肩に手を回し、ぼくを歩かせた。
休みたかったのに、どうして動かすんだと言いたかったけど、
もう言葉も満足に出なかった。
気がつけば何処かの家の前に居た。
隣には辛そうに息を吐いている少年。
首だけ振り向かせ、後ろを見れば長い石段。
これを登ったのだろうか、と驚いた。
それからフラついている足を立たせ、少年はその家の玄関を叩いた。
そしてすぐにぼくを玄関の横の壁に寄り掛かからせ、少年は走っていった。
しばらくして出てきたのは、どこか見覚えのあるおばさんだった。
ぼくを見るなり、驚いた表情。
悲鳴にも似た声で人の名を叫び、その声を聞いて見覚えのあるおじさんが来た。
ふたりの顔は、何処か恐怖に似ていた。
だけど……。
そのふたりが自分の義理の親になるとは、思いもしなかった。
俺はその家の養子になり、そして今までの人生を生きてきた。
その時の少年というのが彰利で、俺が小学に入れてもらった時に再会した。
俺と彰利は友達になって。
そして……お互いの秘密を話した。
彼なら受け入れてくれるかもしれない。
そんな期待を胸に、俺は力を見せた。
……が、場所が悪かった。
今思い返せば笑うしかない。
とても懐かしいものだ。
なにせ、教室の中でハトを出してしまったのだから。
クラスのみんなも、きっと若葉や木葉のように笑ってくれるものだと思っていた。
でも……それが、俺の孤独の始まりだった。
彰利だけがそのまま俺と友達でいてくれて、
でも……俺はそれだけで満足だった。
それから随分と経ってから解ったことだけど、
彰利も月の家系のひとりだった。
家系というのが朔月(、三日月、半月(、
十日夜(、十三夜(、望月、十六夜、立待(、居待(、臥待(、更待(、そして晦(。
俺が知っているのはこれだけだが、まだ他にもあるらしい。
その家系は月の家系と呼ばれていて、
月の顔の数だけ、その読み方を変えた家系が存在する。
その中でも七日月、上弦の顔を持った月名。
弦月(が……彰利の苗字だった。
『簾翁()』の名から始まった月の家系と、
そこから分かれていったそれぞれの家系は何年、何十年、何百年も続いていたのだが……。
大まかに数えて300年前くらいに……十五夜、満月を象徴する月名、『望月』。
その後継ぎになる筈だったひとり息子が原因不明の死を遂げる。
その結果、『望月』は消滅した。
俺の元の月名であった十六夜も、既に無い。
そして、弦月の名を宿す人物も……既に彰利だけなのだ。
彰利は能力を強く持って産まれ、だけどその能力の使い方が解らないでいた。
そんな、なんの役にもたたない力が霊を呼び、やがて霊に襲われるようになった。
強すぎる能力は霊を呼び寄せてしまうのだという。
その霊も、先輩のように祓えるのならよかった。
だけど彰利は祓い方すら知らなかった。
あいつは実の親に言われてたよ。
「霊をおびき寄せるだけで祓えもしない。
とんだ疫病神だ。お前は跡取りなんかに出来やしない、ただの役立たずだ」
どうしてそこまで言われなくてはいけなかったのだろう。
力の使い方さえ知っていれば、あいつはきっと泣かなかった。
それからだ。
俺と彰利がよく一緒に居るようになったのは。
だけど…………。
いつだっただろう。
この神社の目の前に親族のみんなが集まっていて……。
そして、あの出来事が起こった。
彰利の力が暴走して、その結果、彰利は暴れまわったそうだ。
近くに居た弦月のおっさんと、その親族を襲った。
それで……。
それからの記憶は、霧がかかっていて思い出せないでいる。
目が覚めた時は若葉と木葉の泣き顔があって、
俺は原因不明の昏睡状態であったことを知らされた。
もしかしたら。
そう考える。
俺が昏睡状態だったのは彰利に襲われたからか、と。
そしてそれを見ていた若葉達は、その所為で彰利を嫌うのかと。
だけど、それは違う。
俺の体に傷なんて無かった。
あの時の彰利は暴れて殴りかかるだけで、
傷も無しに何かを出来る状態じゃなかったんだ。
だとすれば……。
悠介 「………」
ふと、もう一度見上げた夜空。
満月が薄く輝いていて、とても綺麗だった。
そして、思い出す。
あの満月の日。
確かにここには親族が集まっていた。
でも、その場に若葉と木葉は居なかった。
ふたりは母屋の方で眠っていた筈なんだから。
集まっていたのは大人達だけで、
そこに居る子供は彰利だけだった。
俺はその場……いや、この境内に自分で向かったんだ。
たまたま起きていたために聞こえた騒ぎを耳にして。
でも、その後のことが……思い出せない。
悠介 「………」
小さく息をついて、神社の賽銭箱の前まで歩く。
悠介 「こんな高い所まで誰が賽銭入れて願うんだか」
そして苦笑する。
……がらんがらん。
悠介 「………」
パン、パン。
手を合わせて、そして何かを願った。
自分でもよく解らなかったけど、まあとりあえず願ったということで。
……賽銭入れてないから叶わないかもな。
悠介 「さてと」
石段に向かい、腰を下ろす。
悠介 「寝てろ、って言っただろう?」
そして放つ言葉。
ルナ 「あれ?バレてた?」
石段からルナが壁抜けを利用して出てくる。
ルナ 「これでも無と一体化して気配無くしてたんだけどな」
悠介 「多分、魂結糸ってやつの所為だろ。
なんとなくだけど存在自体が解る」
ルナ 「そっか、魂が繋がってるなら存在も把握できるか」
なにやら嬉しそうに話すルナ。
悠介 「美味かったか?」
ルナ 「はい、ごちになりました」
ぺこりと頭を下げる。
結局、隠れて人の陰気を糧にしてたわけだ。
ルナ 「話、戻すけどさ。
悠介だってあれだよ。お手洗いに行くとか言ってたクセに」
悠介 「突然散歩がしたくなった」
ルナ 「だったらさ、わたしも誘ってくれても良かったじゃない」
悠介 「ひとりで行動したい、そういう日もある。そういうことだ」
パタリと石畳の上に寝転がる。
ルナ 「……悠介は、満月って好き?」
悠介 「嫌いじゃない程度……だな」
ルナ 「そう……。わたしは好きよ。満月の夜はとても安心出来る。
静かで穏やかで、そして少し明るい闇……。
見てるだけでなんか落ち着かない?」
悠介 「静かで穏やかってのは他の月でも同じだろう」
ルナ 「ん〜……なんていうのかな。
空気が違うの。他の月の日とは違う、微量の暖かさがある……。
それはとても澄んだぬくもりよ。別の顔の月じゃ感じられないわ」
悠介 「そんなもんかね……」
ルナ 「わたしは異端……ハーフだけど、
そういうことを感じられる能力があるってところだけは、死神の魂は好きなの」
悠介 「……月の末裔、この言葉に関係あるのか?それって」
ルナ 「ああ、儀式の時のあれね」
悠介 「月、って言葉は耳を塞いでも聞こえる立場だったからね、俺は」
ルナ 「悠介はこの鎌の名前、知ってたりする?」
悠介 「俺は月のことを訊いてるんだが」
ルナ 「いいからいいから」
悠介 「……いや、知らん」
ルナ 「ディファー。異端の象徴とされる名前。
物心ついた時には、名前がついてたわ」
悠介 「ついてた……って、自分で付けたんじゃないのか」
ルナ 「この鎌自体に意識があるのよ。
名前は鎌自身が浮かべて、鎌自身に刻まれるの。ほら、ここ」
悠介 「………」
鎌にはよく解らない字で何かが刻まれている。
悠介 「……なんて書いてあるんだ?読めないぞ」
ルナ 「これでディファーって読むのよ。“異端の三日月鎌()”。
いくらわたしが異端だからって、
なにも鎌まで異端を名乗らなくても良かったのにね〜……」
はぁ〜……と、長い溜め息を吐く隣の死神。
悠介 「はは、いいじゃないかそれで。
そいつも異端を背負ってくれてるんだから、文句を言うのは贅沢だ」
ルナ 「……そっか、そういう考え方もあったんだ……」
悠介 「で、月のことだけど」
ルナ 「感動にくらい浸らせてよね……」
悠介 「ヤ」
ルナ 「……なに、仕返しのつもり?」
悠介 「いや、気紛れ」
ルナ 「はぁ……」
もう一度溜め息を吐いて、立ち上がるルナ。
ルナ 「ね、ちょっと行ってみない?」
そう言って、ちょいちょいと夜空を指差すルナ。
月の話はどうなったんだコラ……。
悠介 「あのな……」
ルナ 「いい眺めよ」
悠介 「……はぁ、わかったよ……行ってみようか」
ルナ 「じゃあ、ちょっと失礼して……」
ルナが俺を背から抱き、そして浮遊する。
……ゆっくりと、それまで見ていた景色が遠くなっていった。
………………。
…………。
……。
……。
悠介 「……おい」
ルナ 「なにかな」
悠介 「どこまで高く飛ぶ気だ」
ルナ 「もうちょっと」
悠介 「それはさっきも聞いたんだが」
ルナ 「いいじゃない、気持ち良くて」
悠介 「……はぁ、目的地とかってあるのか?」
ルナ 「公園、行ってみようか」
ルナはそう言って微笑む。
感情表現豊かな死神だよなぁ。
俺的に、死神ってのは骸骨がマント着てるものかと思ってた。
まさか性別が存在するだなんて。
そりゃもう、思いもよらなかったよ。
悠介 「なぁルナ。死神にも性別って存在するんだよな?」
ルナ 「え?んー……ううん、基本的には死神で女性なのはわたしだけだよ?」
悠介 「……なんでさ」
ルナ 「なんでって言われても……ほら、わたしって異端者だし。
女の死神ってわたしとわたしの母親だったものだけだもの」
悠介 「……あ、じゃあ骨の姿の死神って居るのか?
俺達人間にとっちゃ、そっちの方が一般的なんだけど」
ルナ 「……よして、思い出したくもない」
悠介 「……なんだそりゃ」
ルナ 「うー……知ってる?死神の済む冥界にも学校があるの。
そこで魂のことを学ぶんだけどね?時々、そこに骨型死神も混ざってくるの」
悠介 「ふむふむ……」
ルナ 「随分前になるかなぁ。その学校に居た時に骨型死神に呼び出されてさ」
悠介 「ふむ」
ルナ 「……いきなり襲われそうになった」
悠介 「………」
あ……いや、なんというか……居るんだな、冥界にも。
まあその、『変態』ってやつが。
ルナ 「あ、でも安心してね、悠介。ちゃんとボコボコにしてやったから」
悠介 「可哀相に……」
ルナ 「そうだよね、わたし可哀相だよねぇっ」
いや……その骨型死神が可哀相って意味だが。
恐らく、並大抵の『ボコボコ』じゃあなかったんだろう。
ルナ 「……あっと」
ふと、空を飛んでいたルナが移動をやめ、下を眺める。
ルナ 「このへんあたりかな、公園」
言われて、下を見てみる。
悠介 「…………」
そこにあるのは地図を見ているような感覚。
それを見下ろすに至り、この真下が公園なのかどうか、解る筈も無い。
景色が遠すぎて、俺の知っている場所は地図と化していた。
はぁ、と呆れているその時だった。
ルナ 「っ!」
悠介 「へ……?」
突然謎の黒い物体がルナの顔にぶつかった。
……ように見えた。
カラスっぽかったなぁ……。
なんて思っているうちに、その景色自体が遠のいてゆく。
見下ろしていた地図へのダイブ。
……要するに、びっくりしたルナが俺を離してしまったのだ。
悠介 「ほ……ぉおおおおおぅわぁああああああああああああああっ!!!!」
凄まじい風圧。
というか死ねる。
死んでしまえる。
言いまわしはアレだが死ぬ気などさらさら無い。
っていうか死にそうになる場面にばかり直面している。
ってそんなことよりも!!
悠介 「イ、イメージ……!」
真っ逆さまに落ちている自分。
高い所からの落下。
落ち着け!
パイロットウィングスをこよなく愛した俺にとって、
このような出来事などお茶の子さいさいだ!
ってうわぁ!お茶の子さいさいって懐かしい!
なんて思ってる場合じゃないんだっての!
えぇとあのゲームではどうやって着地してたっけ。
……そういえばアレはよくチャレンジしたなぁ。
パラシュート開かずに万点のポイントに頭から垂直落下。
ってダメじゃん!
そんなことしたら死ぬじゃん俺!
うわぁ、俺って残酷なことしてたんだなぁ!
今なら気持ち解るよ、うん!
半ばヤケクソになってごめんなさいと真面目に謝った。
というわけで。
悠介 「パラシュートが出ます!」
ボスン!!
悠介 「待ってましたぁ!って、あ、あら〜……?」
指で作った穴からパラシュートが飛び出て、空の彼方に消えた。
というより、俺の落下速度が速すぎるんだ。
尚ダメじゃん。
悠介 「っぎゃああああああああああああ!!!」
叫ぶしかなかった。
悠介 「こうなったら……!いちかばちかだ!
思いきり強い強風が出ます!」
もう一度、穴を作り、見えてきた地面に向けて言い放つ。
……で。
悠介 「うぅぅぅぅぎゃああああああああああああああああああっ!!!!」
その強風がとんでもないものだった。
今度はこの勢いで死ねる気がする。
しかも体力の消耗が激しい。
考えてみれば強風好きな奴なんて居るわけがない。
この能力、相性というよりは好き嫌いに問題がありそうだ。
悠介 「死ぬ!死ぬ死ぬ!冗談抜きで死ねる!!」
泣きたい心境とはこのことだろう。
というか泣いてる。
なんとかコントロールしようにも集中出来ない。
悠介 「ぐあああ!もうイヤだぁあああああああっ!!」
情けないと思うならどうぞ思ってくれ。
これで叫ばない奴が居るなら人間じゃない。
悠介 「いぃやぁあああああああああっ!!」
今度は空に向かって飛んでゆく。
心臓の鼓動時間が延びただけだと思う。
実体の無いものを創造するのは初めてだったが、これは本当にヤバイ。
もういい、と、そう思うまで出ているのではなく、定期的に出ている感覚だ。
その分、何度も体力が削られていってる気がする。
使いすぎて気絶したら落下して死に、疲れたからと休んでも落下して死ぬ。
……いや……え?死ぬの?俺……。
………………。
ルナ 「なにやってるの?」
涙が止まらない状況の中、彼女が話し掛けてきた。
悠介 「あぁあああルナぁああっ!良かったぁっ!た、助けてくれぇえっ!!」
嬉しい時って、ホントに泣けるんだ。
俺、知らなかった。
ルナ 「……ごめん、定員オーバー……」
その腕にはセレス。
さきほどカラスかと思っていたものの正体は、
コウモリ化していたセレスだったらしい。
しかも気絶中。
悠介 「………」
絶望。
悠介 「あ、あのね」
ルナ 「うん」
悠介 「今やってるこの強風クリエイションね」
ルナ 「うん」
悠介 「ものすごく体力消費するみたいなの」
ルナ 「そうなんだ」
悠介 「うん、それでね」
ルナ 「うん」
悠介 「これを止めたら落下して死ぬし、体力が尽きても落下して死ぬの」
ルナ 「……あ」
悠介 「……どうしたらいいと思う……?」
ルナ 「い、いますぐネッキー降ろしてくるから頑張ってて!」
もの凄い速さでルナが遠ざかる。
……あのね、ルナさん。
俺もう限界なのよ。
意識朦朧なのよ。
それなのに頑張れ言いますか。
あなたヒドイ人。
ああ、人じゃなくて死神か。
いや、ハーフだから人間でもあるのか。
悠介 「……あ」
俺の中で、何かが尽きた。
出ていた風は止まり、やがて俺は重力に引き込まれ、再び落下してゆく。
悠介 「………」
声も出なかった。
あっけない人生だったな……。
……どうしてこんなことになったんだっけ。
えーと……。
ああ、ルナと一緒に空に来たんだっけ。
……だからひとりが良かったんだ。
なんとなく、こんなことになるんじゃないかって……思ってた……。
…………。
……。
希望も虚しく、ルナは間に合わなかった。
やがて見えてきた地面に、俺は目を瞑る。
ドカァッ!
悠介 「あ……っ!」
何かの衝撃が、俺の脇腹に走った。
悠介 「ぐっ……ぁっ、ああああああああああああああっ!!」
その衝撃が、今度は俺を横へと飛ばす。
地面との衝突は避けられたみたいだけど、問題はその衝撃の痛みだ。
ただ叫ばなければどうにかなってしまいそうな痛み。
やがて俺は地面に転がり回った。
ごろごろ、なんてものじゃない。
受身のためにだした腕が折れるかと思うほどの、
バウンド数回を伴う転がり様。
悠介 「ぐ……は……っ!!」
血を吐いた。
生きてるのが不思議なくらいだ。
というか散歩しててどうしてこんな目に遭わなくちゃならないんだ……。
悠介 「さ、サンキュ……センパイ……」
とりあえずお礼。
とんでもなく痛いけど、生きてるんだから贅沢は言わない。
……けど、快復出来るのかこの状態から……。
このまま死ぬのは勘弁してくれよ……。
見れば、脇腹には風穴が空いていて、血がダボダボ出ている。
悠介 「……これが最後、だからな……。成功してくれよ……」
最後に深くイメージして、脇腹が出ます、
みたいなイメージを弾けさせて、俺の意識は途切れた。
………………。
…………。
……。
声が……聞こえた気がした。
「『もしかしたら』。そう考えたことはないか?」
そんな言葉。
「でもな、もしも、なんてものはあまりアテにしない方がいい」
そう、続けられる言葉。
「真っ直ぐに現実を見ろ。運命なんて言葉はクソ食らえだ」
彰利……?
「……お前が無事な内に、正気を取り戻せて……良かった……」
それは、何処かで聞いたような言葉だった。
でも、彰利の声じゃない。
それなのに、俺はその声にどこか悲しみをおぼえていた……。
………………。
…………。
……。
悠介 「彰利!!」
春菜 「わっ!」
布団を吹き飛ばし、飛び起きた。
悠介 「……あら?」
ハタ、と正気に戻る。
悠介 「先輩?」
春菜 「………」
先輩は呆然としている。
春菜 「あ、あ〜……えっと、起きても大丈夫……なのかな?」
悠介 「え……ぐあっ……!つぅ……っ!?」
言われて初めて、自分の体の痛みに気づく。
春菜 「大丈夫?……でも、とりあえずは命に別状無くてよかったよ」
命?
…………。
悠介 「……あ」
そうだった。
俺は確か空から地面に落下しそうになって……。
悠介 「ありがと、先輩」
春菜 「え?」
悠介 「先輩だろ?地面スレスレの時に破魔矢+霊力で吹き飛ばしてくれたの」
春菜 「はわぁっ!あ、そ、そのっ、ご、ごめんなさいっ!」
悠介 「へ?い、いや、どうして謝るんだ?
俺はそのおかげで助かって……」
春菜 「そ、それはその……えっと……うぅ〜……」
本当に困った。
そんな言葉を顔として表したような表情の先輩。
春菜 「………」
そして気まずそうに、俺の脇腹を指差す。
悠介 「え?脇腹なら全然痛くな……ひっ!!」
自分の脇腹を見て、背筋が凍る感覚を体感した。
脇腹は、ぽっかりと穴を空けたままだった。
そこは……言うなれば『無』になっていて、その壁面は黒く染まっていた。
悠介 「な、な、な……」
舌が上手く回らない。
春菜 「出血が止まらなかったの。
このままじゃ死んじゃうって絶望したとき、
あの死神が『無』と融合させよう、って……」
悠介 「…………………………融合って……」
そんな、本人の了承も無しに……。
春菜 「でも一応血は止まったし、その部分の痛みは無いみたいだし。
もう体力の方は快復してるんだよね?直してみたらどうかな」
にこやかに言ってくれる。
悠介 「……今、何時?」
春菜 「はい」
予想出来てたのか、先輩が腕時計を見せてくる。
悠介 「先輩、学校は?」
春菜 「う……じ、実はね……」
悠介 「実は?」
春菜 「頭がとても痛いんだよ……」
仮病か。
春菜 「違うよ」
悠介 「心を読まないでくれ」
春菜 「さすがにそれは無理だよ。ただなんとなく、言ってみただけだから」
悠介 「………」
もうすっかり、普段通りの先輩だ。
目も落ち着いて、何処かぼ〜〜〜っとしている。
悠介 「若葉と木葉、怒ってなかったか?」
春菜 「何が起きた、よりも先に『看病する』って言ってきかなかったよ」
悠介 「はは……」
春菜 「笑い事じゃないよ、どうやって説明するつもりなの?」
悠介 「う……」
改めて、自分の体を見てみる。
ワーオ、傷だらけじゃないの。
これは説明困難だな。
悠介 「いい考えがある」
春菜 「そうなんだ。わたし、いろいろ考えてたけど浮かばなかったのにな。
それで、どんなの?」
悠介 「まず、神社の境内の近くにクレーターを作るんだ」
春菜 「うん……それで?」
悠介 「ああ、ここからが重要なんだ」
春菜 「うん……」
悠介 「俺が夜、散歩をしていたら巨大隕石が降ってきて、
その隕石から神社を守るた」
春菜 「却下。真面目に考えようね」
悠介 「うわ……」
言い終える前に却下されてしまった。
しかも真面目部門としてすら受け取ってもらえなかった。
ひでぇ……。
悠介 「寝ぼけて石段から落下したとか」
春菜 「うん、それでいこう」
悠介 「……いいの?」
春菜 「問題になるのは悠介くんの信頼度だと思うから」
悠介 「う……」
確かにそうかも……。
悠介 「あ、じゃあいっそ、仮病だったってことに」
春菜 「……あんまり泣かせるようなことしちゃダメだよ。
本当に心配してたんだから」
悠介 「…………」
まただ。
また心配かけてしまった。
なにやってんだろうな、俺……。
悠介 「……ルナとセレスは?」
春菜 「ん……気まずくて出て来れないみたいだよ」
悠介 「気まずい?なんで」
春菜 「『出来るだけカバーしてぇっ』て頼まれたから言うけど……。
えっとね、死神さんが悠介くんを抱えてた時、
それを発見した吸血鬼さんが体当たりしたのは知ってるかな」
悠介 「一応」
春菜 「でね、それは多分、食料とられるとか、
嫉妬とかの気持ちなんだと思うけど、問題はその後」
悠介 「………」
なんかイヤな予感というか、結論が予想出来そうでいて、
しちゃいけないような気がしないでもない。
春菜 「悠介くんを助ける為に死神さんは吸血鬼さんを置きに、
すごい速さで地面に向かったんだけど、
考えてみればどうして不死身に近い化け物を地面まで運ばなくちゃ、って……。
で、投げ捨てたの」
悠介 「うおっ!?」
春菜 「それで、地面に叩きつけられた吸血鬼さんは激怒。
でも死神さんに事情を聞かされ、悠介くんを助けに向かおうとした。
……そこで問題勃発」
ああ、なんか予想しちゃいけない気分に駈られた訳が解った……。
春菜 「どっちが助ける、で、揉め事を始めたんだよね……」
やっぱり…………。
悠介 「あ、ちょっと待った」
春菜 「なにかな」
悠介 「先輩はどうしてあそこに居たんだ?」
春菜 「実はね、夜にはいつも、公園に行って弓の練習してるんだよ」
悠介 「へぇ……」
春菜 「そしたら吸血鬼が落ちてきて、
落ちてきたかと思ったら思いきり飛び跳ねて、
空を飛んでた死神さんの足を掴んでギャースカ。
気が散るなぁ、って思ってたら悠介くんが落ちてくる、って言うし」
悠介 「は……」
呆れた。
つまりなにか?
俺は食料がどうのの嫉妬に巻き込まれて落下して死ぬ思いして、
体力消耗して泣いて笑って脇腹えぐられて、
全身を強打した挙句に気絶したっていうのか?
悠介 「……ニンニク地獄の刑」
がたんっ!
どたどたどた……!!
言葉を口にした途端、死ぬ気で逃げるような足音が隣の部屋から聞こえた。
……イメージしろ……逃げているふたりを……。
足音はひとり分だけど恐らくルナも居て、空を飛んでいる。
悠介 「…………っ!!」
パンッ、とイメージを弾けさせた。
声 『きぃいいいやぁああああああああああああああっ!!!!』
そして聞こえる断末魔。
春菜 「……なに創造したの?」
悠介 「ふたりの口内に、新鮮なすりおろしニンニクが出ます」
春菜 「うわっ……」
固形のニンニクではルナにはダメージを与えられないからな。
ばたっ、どたたっ……ごしゃぁっ!!
部屋の向こうで、勢いよく何かが倒れる音。
悠介 「さてと、脇腹の方も直さないと」
もう大分、創造の力のコントロールにも慣れてきた。
好き嫌いというよりは、必要としているか、だ。
つまり、好きでもなければ必要ともしていないものだと体力の消耗が激しい。
強風は好きじゃないけど、必要とはしていたから少し長持ちしたのだろう。
必要、と思うことが第一に大事らしい。
相性に関わるということも、やはりあるようだけど、
そこまで体力が消耗するに至るものじゃないみたいだ。
一番理想的なものが、好きで必要としていて相性のいいもの。
幼少の頃、確かにハトが好きで、
腐っていても心の中で必要としていたのかもしれない。
つまりきっかけなんて自分の中にあったってことだ。
悠介 「……よし」
脇腹の創造を終えて、大きく伸びながら立ち上がる。
悠介 「さてと、何か食すかな」
春菜 「あ、料理なら」
悠介 「却下。さーてと、今日の朝食は何がいいかな〜」
春菜 「……即答、ひどい……」
じゃりりりりりりん。
悠介 「オウ?電話?」
こんな時間に誰だ。
じゃりりりりりりん。
悠介 「もしもし?」
がちゃ……ン、と黒電話の受話器を持つ。
声 『おにいさまっ?』
聞こえてきたのは若葉の声だった。
声 『もう起きても大丈夫なんですかっ?』
ひどく落ち着きの無い声。
多分、先輩が出ると思っていたんだろう。
悠介 「……悪い、また心配かけた」
声 『……本当ですよ……。
少しはわたし達のことも考えてください……』
泣いているような声。
ああ、本当に俺は、ふたりを悲しませてばかりだ……。
声 『……お、おにいさま……』
悠介 「うん?」
声 『わたし、怪我のことを詮索したりはしません。
でも……ひとつだけ、答えてください』
悠介 「あ、ああ……」
声 『……その怪我に、あの男は関係しているんですか……?』
悠介 「え……」
あの男?
あの男って……いや、考えるまでもない。
彰利のことだろう。
悠介 「いや、彰利は関係ないよ。
あいつとは昨日の昼すぎ頃に別れてから会ってない」
声 『……本当、ですよね? かばってなんかいませんよね……?』
悠介 「……? なあ若葉、本当になんなんだ?
あいつが何かしたのか?なんでそんなに……」
声 『……わたし、あの人だけは許しませんから……』
ブツッ……ツー……、ツー……。
悠介 「おい若葉!?……はぁ……なんだんだよ……」
がちゃん。
春菜 「若葉ちゃんから?」
悠介 「ああ……なぁ先輩」
春菜 「ん?なに?」
悠介 「どうして若葉と木葉のヤツ、彰利を嫌ってるんだ?」
春菜 「……ん……どうしてだろうね、わからないよ」
…………。
先輩の瞳が泳ぐ。
嘘をつく時の癖だ。
……けど、それ以上に『わたしは言うつもりはない』と感じさせる瞳。
先輩から聞くのも無理のようだ。
悠介 「そっか……」
春菜 「ん、ごめんね悠介くん」
悠介 「いや、いい」
言って、改めて食堂を目指す。
…………じゃりりりりん。
……っと、電話だ。
悠介 「もしもし?」
受話器を取り、耳にあてる。
悠介 「あ……こりゃどうも。
え?はい……はい……ああ、そういやもうそんな時期で……え?
そ、そうなん?あ、はい、はい……了解しました」
……チン。
春菜 「誰?」
悠介 「オイカワ」
春菜 「及川先生?」
悠介 「ああ、文化祭の出し物を決めるから登校しなさい、だってさ」
春菜 「あ、そういえばもうそんな時期だね」
悠介 「先輩は?」
春菜 「ん……ま、いっか。わたしも出るよ」
悠介 「よし、そうと決まれば用意して行きますか」
春菜 「だね」
それぞれ着替えるために散る。
で、着替えて登校。
悠介 「ああ、この制服の感触……懐かしいなぁ」
春菜 「停学処分、いつまでだっけ」
悠介 「ああ、そろそろ消えるよ。
一週間程度の臨時休暇だから」
春菜 「休暇とは言いません」
悠介 「似たようなもんだよ。義務教育じゃないし」
春菜 「少しは体裁ってものを考えた方がいいと思うよ悠介くんは……」
悠介 「いいのいいの、もともと孤立してるんだから、これ以上は悪化しようがない」
もっとも、孤立したのは自分の意思で、だが。
悠介 「おお、この肌ざわりのなんと懐かしきことよ……」
やがて見えてくる高校を前に、俺はそんなことを囁いていた。
が、こんな油断がいけなかった。
今思えばなんたる失態。
どうして彼女らの遺体(?)を隠しておかなかったのか……。
今日という日の帰宅後、
俺はすりおろしニンニクの脅威的な力を知ることとなる……。
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