それは昔の物語。
幼い頃に見た、輝く月のことを思う。
その頃のぼくらはまだ子供で、ただ静かに、空に浮かぶ月を見ていた。
十五夜の刻。
空には雲ひとつ無くて、それは本当に綺麗な景色だった。
隣に居る友達も、その月に見惚れていた。
確か、神社の柱や段差に寄りかかりながら見ていた。
涼しくて、穏やかで。
とても、静かな時間だった。
義理の母親が作ってくれた団子を食べて、ぼくらは笑っていた。
……そんな時だった。
月が、輝いたのは。
微量に輝くわけではなく、本当に……『光った』と言ったほうがいいくらいに。
ぼくらはただその景色に、口を開けたまま何も出来ずにいた。
そしてその光が消えるころ、何故かとても悲しい気持ちになった。
命のともし火が消えるような光だったからだろうか。
やがて完全に光が消えても、ぼくたちはその場でぼぅっとしていた。
あの光が何だったのか。
それは今でも解らないでいる。
けれど……とても綺麗で、とても悲しい光だった。
そんな、輝く月の話。
陰暦の中の十五夜。
その月の輝く夜に、ぼくらは確かに立っていた。
ぼくは既望として。
彼は軌道を紡ぐ弦として。
そんな景色を眺めながら、やがて朝が来るまで……
ぼくらはずっとそうしていた……。
───黒男───
文化祭の日が目前に迫っていた。
……にもかかわらず……。
悠介 「………」
俺は満身創痍だった。
理由は簡単だ。
昨日、妹ふたりとルナに襲われた傷が癒えてないのだ。
そのことについての講義は、『悠介が悪い』のひとことで却下された。
まったくもって悲しいかぎりだ。
ちなみに病状は全身打撲。
セレスに絶対安静の太鼓判を押されてしまった。
……嬉しくねぇ、そんな太鼓判。
悠介 「……女難の相ねぇ……」
以前やってみたおみくじを思い出す。
あれは実に究極の凶だった。
あーあ、くそう。
ルナからの回復力注入も途絶えちゃって、俺は回復出来るんじゃろか。
ルナさん、怒っとったしのう。
……なんて、じいさんやってる程に……まあ、暇なのだ。
こんな日の朝は何をするわけでもなく、布団の中でごろごろと〜……。
転がってみても楽しくはない。
まいったなぁ。
うーむ。
……よし、気絶しよう。
悠介 「キャベツが出ます」
大して必要とも思わず、キャベツを出
悠介 「はうぅ……!」
考えも中途半端に、俺の意識は沈んでいった。
………………。
…………。
……。
気がつけば夜だった。
キャベツで気絶出来る人など、世界中どこを探しても俺くらいだろう。
悠介 「……むう」
目は冴えている。
夜に冴えてても嬉しくないのだが。
モゾモゾ……。
布団を深く被り、なんとかもう一度寝ようとする。
しかし。
悠介 「……!?」
な、なにか嫌な予感。
というのも、布団の中に俺以外の誰かが居るのだ。
おそるおそる、布団を捲ってみる。
彰利 「あん、ダーリン♪」
その夜、天高くにそびえるこの家や神社、そして山々に、彰利の絶叫が木霊した。
………………。
…………。
……。
彰利 「あいたたた……んもう、ダーリンたらいきなり何さらすんじゃいのさ」
悠介 「何語だ」
彰利 「季語」
悠介 「どこがだ」
彰利 「それより、大丈夫かい?こっぴどくやられたらしいじゃん」
お前ほどじゃないと思う。
毎回毎回、随分殴られてるからな。
……って、殴ってるのは俺か。
悠介 「あーぁ、それね。今でも痛みが残ってるよ」
彰利 「出来ることなら代わってあげたいわ」
彰利がクネクネと動きながら発言する。
怪しさ独り占めだ。
せっかくなのでサービスでも、と思いましてござい。
悠介 「彰利の穴という穴から、俺の今の状態と同じくらいの痛みが」
彰利 「ストップゥ!な、なにななななにしようとしてんのさァ!」
止められた。
くそ、あと少しでイメージがまとまったのに。
悠介 「代われないから、せっかくならと」
彰利 「どっちも痛いなんてプラスになんないじゃないの!
ていうかさぁ悠介、なんか万能薬とかって作れないのか?
ほら、ゲームで出てくるようなエリクサーとかさぁ」
悠介 「なるほど、そりゃ確かに出せれば回復できる」
頭の中でエリクサーのイメージを創る。
………………。
ゲームなどで見たことのある説明文をまとめてゆく。
………………。
よし、これで多分……。
悠介 「エリクサーが出ます」
ポム。
エリクサー(?)を創造した。
水晶のように綺麗な容器に入った透明の液体。
見るからに回復効果がありそうだ。
彰利 「おお、いいね」
期待できそうじゃん、と彰利。
悠介 「そうだな、じゃあ」
パキッ、と栓になっている部分を折る。
悠介 「いただきま……ぐふぅうっ!?」
彰利 「悠介?」
悠介 「………」
彰利 「?」
無言で、彰利にエリクサーを渡す。
彰利 「え?俺にくれるの?いやぁ悪いぐふぅううっ!?」
彰利も顔を逸らす。
原因は匂いにある。
えらく臭い。
嘔吐を促すこのパワー、まさに国宝級である。
ザンギエフのパワーに匹敵するくらい臭い。
吐かなかったのが不思議なくらいの匂いだ。
こ、これは飲めない……!
悠介 「す、捨ててくる……ぐぶっ……!」
言葉を発するために呼吸した時点で、匂いが俺の嗅覚を襲う。
彰利 「ま、待て悠介!ぐふぅっ!
……こ、効果はオエェ……!期待出来るものかもしれないぞ……」
匂いに反応して、吐きそうになりながらも言葉を搾り出す彰利。
実に天晴。
と言いたいところだが、かなり涙目だ。
しかしコヤツの言い分も解らんでもない。
悠介 「……よし。ゥォオェ……ッ!!」
納得の言葉でさえも、吐きそうになってしまう。
まあこんなことで遊んでいる場合じゃない。
早速実験してみよう。
こいつが効くかどうか。
一気に飲めば平気だろう。
彰利が。
彰利 「?」
あれ?どうしてオイラに近づくの?という彰利の眼差し。
それはね?お前にこれを飲ませるためさー!という俺の野心に満ちた目。
鼻、口を使った時点で吐けるのは必至だ。
その所為か、自然にアイコンタクトになっていた。
逃げ惑う彰利を捕らえ、その口にエリクサーを流し込もうとする。
しかし彰利は冗談抜きで全力で暴れ、その薬を拒んだ。
まあ俺もそうするだろうし。
でも彰利だから構わない。
悠介 (月鳴の裁き、レベル3!)
どがしゃぁあああああん!!
彰利 「……!!」
雷撃をくらっても尚、彼はエリクサーを拒む。
彼は必死だ。
俺も必死だ。
だが、無情にもそろそろ酸素がキツくなってきた。
空気を吸うってことは、この汚染された空気とも言えるものを吸うわけでして。
吸ったら吸ったで、吐ける気がする。
悠介 (一口サイズの氷が出ます!)
食うわけじゃないけど。
時間がないからちゃっちゃといくぞー!
悠介 (とりゃ)
スポッ。
彰利の衿首の隙間に、氷を落とす。
彰利 「!!」
彰利、悶絶。
彰利 「───!!───!!!!」
ドタンバタンと転げ回りながら、必死に氷と格闘している。
しかしその行動こそが狙いよ。
彰利 「……!!」
おお、苦しそう。
激しく動けばそれだけ息苦しくもなりますわ。
さあ、その口を大きく開けて息を吸うのだ。
鼻で吸えば匂いは倍増ぞ。
口だ。
人間であれば口で息を吸う。
彰利 「───ぷはっ……!オエェ!!」
気持ち悪そうにしている彰利を押さえ、無理矢理口にエリクサーを流しこんだ。
悠介 (彰利の口を完全に閉じるマスクが出ます!
ただしエリクサーを飲みこめば消える)
バチィン!
イメージを弾かせ、すかさず取りつける。
彰利 「!!」
驚愕と絶望の顔。
口の中に入っただけで、相当に臭いらしい。
恐らく、臭さに見合って味も相当なものなのだろう。
彰利 「!!───!!」
うわ、泣いてる。
マスク取ってくれって本気で泣いてる。
悠介 (ガスマスクが出ます)
ポム。
ガスマスクを出して、俺は事無きを得た。
彰利 「!」
あ、『オウギャアアア!!』って顔してる。
なんか人を指さして地団太踏んでるし。
彰利 「───!」
あ、とうとうヤバイらしい。
悠介 「彰利、エリクサー飲みこめば消えるように出来てる。飲みこんでしまえ」
彰利 「!?───!───!」
ゲェッ!?んな無茶な!死んでしまう!
そう言っているようだった。
悠介 「飲めばいろんな意味で楽になれるぞ」
とか言いつつ、部屋の匂いを吸い込むブラックホールが出ますと唱え、弾かせる。
そしてようやくマスクを外す。
彰利は『それって飲んでも死ねるってこと!?』という顔をしていた。
悠介 「頑張れ」
彰利 「………」
いよいよもって危険らしい。
彰利は覚悟を決めたように目を瞑り、上を向いて喉を鳴らした。
途端、ゴトンと音を立ててマスクが落ちた。
彰利 「ぶはぁっ!お、オエエ!!グハッ!ウゲェッ……!!」
しこたま苦しみながら、彰利は涙を流しまくった。
そしてしばらくするとピクピクと痙攣し始め、やがて動かなくなった。
悠介 「……失敗か」
なんて思った途端。
彰利 「ナ、ナニィイイ!?」
突然、彰利が起きあがった。
なにやらもっさりしてる。
彰利 「ば、馬鹿な!これが俺の体……!?
嘘のように疲れや眠気やら、様々な体調不良が治ってゆく!
ゲェーーーッ!!!虫歯だった歯まで再生してやがる!
す、すげぇ!これがエリクサーの力か!!はう!ウヒョオ!ノウェイ!」
彰利は歓喜乱舞した。
というか、そんな効果まであったなんて。
それなら匂いのイメージを消せばバッチリじゃないか。
あとは味を調整して……。
彰利 「うおお!俺の体が!俺の体が刺激を求めている!!
体が絶好調すぎて何かを為さねば治まらぁあああああん!!」
突如走り出す彰利。
彰利 「万歳!」
ベリッ!ベキベキッ!
彼は襖を破壊して俺の部屋から飛び出した。
悠介 「だああっ!なんてことしてくれるんだあの馬鹿!」
もっさりとした彼は、廊下を駆け足で走り抜けていった。
悠介 「……おいおい……これ、俺が片付けるのか……?」
溜め息が出た。
彰利の馬鹿が帰ってきたら手伝わせよう。
なんて思っている時だった。
ドンガラガッシャンドカバキゴワシャァアアアアアアアアン!!!
悠介 「うお!?」
突然の騒音にしこたま驚いた。
廊下に飛び出てその様子を探ろうとしたけど、どうやら見えない所での騒音らしい。
なんかギャアギャアと叫んでいるところから、原因が奴だということが解った。
……と、しばらくすると若葉と木葉が走ってくる。
若葉 「おにいさま!こちらに日本風イエティが来ませんでしたか!?」
木葉 「部屋の襖を『万歳!』とか言って破って侵入してきたんです!
最近のイエティは日本語が喋れるほどに成長したんですね!
って、そういう問題じゃなくて!」
木葉が混乱してる。
まあ日本風イエティってのは彰利だろう。
エリクサー飲んだ途端、もっさりになったのは事実だったし。
悠介 「捕獲したら日本保護協会に送っておいてくれ……」
若葉 「がってんです!いきませう木葉ちゃん!」
木葉 「芸とか出来ますかね!?」
木葉、お前はまず落ち着け……。
若葉 「だから捕まえて、それを確かめるのです!」
木葉 「若葉姉さん、ナイスアイディア!」
若葉……連動してるからって、そんなものまで連動させないでくれ……。
若葉 「で!見ませんでしたか!?」
悠介 「いや……こっちには来てない」
木葉 「若葉姉さん!バナナで釣りましょう!」
若葉 「それです!」
あああ、妹達が完全に暴走してる……。
木葉 「というわけで、こんな所に丁度バナナが!」
悠介 「どっから出した!」
木葉 「偶然ありました!」
悠介 「うそつけ!」
若葉 「おにいさま、今はそんなこと言っている場合じゃありません!
木葉ちゃん、このカゴの下にバナナを!」
ズシャアとデカいカゴを取り出す若……取り出す!?
悠介 「だから!どっからそんなもん出してるんだおのれら!」
ルナ 「提供はわたし」
ぼかっ!
ルナ 「いたっ!」
悠介 「妹を洗脳するな!」
ルナ 「なによぅ、先頭きってニッティ捕獲作戦考えたの、あのふたりよ?」
悠介 「………」
ああ、妹達よ。
兄さんは悲しいぞ……。
悠介 「それはそれとして、なんだニッティって」
ルナ 「日本風イエティ、略してニッティ」
悠介 「……激しく馬鹿らしいネーミングだな」
ルナ 「わたしもそう思う」
悠介 「だったらつけるなよ、そんな名前……」
ルナ 「捕らえる対象だからこそ、ヘンなネーミングでいいんじゃない」
悠介 「……一理ある」
ルナ 「というわけでさ、悠介も行こうよ。最近ちっとも遊んでくれないじゃない」
悠介 「うわっと!腕を引っ張るな!こ、子供かお前は……」
ルナ 「んー……こう見えて、200年以上生きてるけど」
それは知ってる。
悠介 「そうじゃなくて、脳意識の話」
ルナ 「脳?子供っぽいってこと?」
悠介 「そう」
ルナ 「あう……はっきり言うね。でもいいんじゃない?
子供っぽさが無ければ何も出来ないのが人間でしょ?」
悠介 「そう……なのか?そんなことは無いと思うけど」
ルナ 「んーん、そんなことあるのよ。
だってさ、『行動』というものを憶えたのが子供の頃だとすると、
全ての意識は子供の頃に植え付けられたものでしょ?
だったらその全ては子供の頃にしたことの原点なんだから。
だから子供っぽいってことは大人っぽいことよりもいいことなのよ」
悠介 「……なんかごっちゃになっててよく解らんが」
ルナ 「うん、わたしも言ってみてそう思った」
悠介 「あのなぁ……」
ルナ 「でもさ、やっぱり子供っぽさは必要だよ。
悠介、わくわくすることってあるでしょ?」
悠介 「そりゃあるさ。ここ最近ご無沙汰だけど。誰かサン達のせいで」
ルナ 「人を睨まないでくれる……?」
悠介 「悪い、でもさ。わくわくと子供っぽさと、何か関係あるのか?」
ルナ 「ありますよー、おおあり。
そのわくわくこそ、子供っぽさの象徴なんじゃないかな」
悠介 「……そうか?」
ルナ 「んー……悠介には解んないか」
悠介 「まあ、そうかもな。
俺は自慢じゃないが、自分を天才だと思ったことなどない」
ルナ 「自分を天才だと思う人ほど、人間として不出来だから。
それでこそ人だと思うよ、わたしは」
悠介 「そりゃどうも」
ルナ 「あと70年くらい生きれば解るよ、きっと」
悠介 「気の遠くなるような年月だな」
ルナ 「そうかもね。わたしもそうだったよ。
でも……今ならきっと,あっという間だと思うわ」
悠介 「どうして」
ルナ 「解らない?」
悠介 「解らない」
ルナ 「……そっか、じゃあこれは悠介の人生の中の宿題にしよっか」
悠介 「なんだ、教えてくれないのか?」
ルナ 「教える前に、悠介も解ってると思うんだ。
ただ、それを実感出来てないだけで」
悠介 「……実感?」
ルナ 「いつか解るよ。じゃ、今度おもいっきり遊ぼうね」
悠介 「え?あ、おい……」
言葉も中途半端に、ルナは廊下の下に消えていった。
悠介 「……なんだったんだ?」
気付けば若葉と木葉もその場には居なくて、
俺はルナに出された宿題の答えを考えてみていた。
答えは……もちろん出やしない。
悠介 「……ま、いいか」
溜め息とともに言葉を吐き、イメージを浮かべる。
そしてエリクサーを創造した。
……と思ったら、体の疲れや痛みが消えていった。
悠介 「……ルナ?」
声 「それと、あんまり他の人間と一緒に居ないでね。
今回は見逃してあげるけど」
悠介 「…………くっ……あはははは……っ」
聞こえた声に、俺は思わず笑ってしまった。
そうか。
そうだよな。
答えなんて考えるまでもない。
考えるから、盲目になるんだ。
孤独でいる時の時間は長いけど、楽しい時や知り合いと居る時。
その時間の流れはあっという間だ。
それこそ、1ヶ月でも一年でも、すぐに過ぎてしまうだろう。
悠介 「ルナ」
声を出して、その名を呼ぶ。
すると、今度は天井から出てくるルナ。
ルナ 「うん?」
その顔は嬉しそうだった。
悠介 「体が治ったからさ、遊ばないか?」
ルナ 「……ほんと?」
悠介 「まあモノにもよるけど」
ルナ 「じゃあ空飛ぼう空!雲の上まで連れてってあげる!」
悠介 「……落ちるのは御免だぞ?」
ルナ 「あれはネッキーの所為だってば」
セレス「ネッキーと呼ぶのはやめなさい!」
ルナ 「あ、ネッキー」
セレス「だからぁっ!」
悠介 「セレス、これからルナと空の旅に行くんだが」
セレス「……こ、これからですか?こんな天気のいい日に空を……?
わ、わたしは……遠慮しておきます」
ルナ 「よく言ったわネッキー!」
セレス「……あなたはなんですか?わたしに来てほしいんですか?」
ルナ 「そんなことあるわけないでしょ!
せっかくのふたりっきりをあんたなんかに邪魔されたらたまらないわよ」
セレス「だったら不快になることは言わないでください。それと、悠介さん」
悠介 「ん?」
セレス「血を分けてもらえますか?」
悠介 「………」
セレス「今日の買い物当番がわたしなんですよ。
しかも買い物メモにあの忌々しい四文字が」
悠介 「……わかったよ……ほら」
腕を差し伸べる。
セレス「いえ、噛むならやっぱり首筋がいいです」
悠介 「それ、こだわり?」
セレス「ほら、一応吸血鬼ですから」
ルナ 「山に居る野良犬の血でも吸ってなさいよ」
セレス「フン、愚かしいですね。この味が解らないなんて」
ルナ 「わたしは死神ですから?そんなの解んなくったって死にはしないし」
セレス「……ああ」
ポム。
手を合わせるセレス。
セレス「飲んでみれば解ります」
ルナ 「解らないってば」
セレス「解りますよ。血はその人の記憶も吸収しているでしょうから。
つまり過去から続く忌まわしい思い出がたっぷりというわけです」
ルナ 「……?」
セレス「陰気たっぷりですよ」
ルナ 「!」
ルナの目付きが変った。
悠介 「ル、ルナ?」
ルナ 「……ちょっと噛みつくだけだから、ね?」
悠介 「ま、待て!お前はアレだろ!?死神だろうが!」
ルナ 「知ってる?死神ってね、欲望には忠実なの」
悠介 「知らん!そんなものは知らん!」
ルナ 「じゃあ憶えて」
悠介 「断固拒否する!」
ルナ 「いただきまーす」
悠介 「わあっ!待て!大体お前、犬歯も無いのに!」
ゴリッ!
悠介 「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
ルナ 「あふゃ?()ふぁうぃふぃれふぁひ()……」
噛みきるつもりかいっ!
悠介 「セ、セレス!ちょっとこいつ剥がしてくれっ!」
俺なんかの力じゃ敵わない。
セレス「はい、それではわたしはもう片方の首筋から頂きます」
悠介 「なにがどう『はい』なの!?」
人の話など聞いちゃいない。
そしてガブリ。
悠介 「がはっ……!」
くはぁ……!いつやってもキツいなこれは……!
は、早く血の創造を……!
イメージを……!
ゴリュッ!
悠介 「うひゃぁはああああああっ!!」
だ、だめだ!ルナの所為で集中できねぇ!
悠介 「ちょ……ま、待……!!やばい……って……!」
そんな俺の声を無視して、チューチュー吸うセレス。
悠介 「か……はっ……!」
意識が遠のいてきました。
ああ、こんなアホゥな死に方ってアリですか?
そんな風に景色がぼやけたその時だった。
声 「ウホウホウホホォ!」
謎の声とともに、真っ黒い毛のイエティが現れた。
なるほど日本風。
セレス「!?」
セレスが驚く。
ルナも驚く。
その隙に、俺はイメージを弾かせた。
悠介 「……はっ……!はぁ……!はぁ……!」
ヤバかった。
こんなことで命がけになってちゃ、いつか死んじまうわ……!
とにかく、目の前に居るイエティに感謝した。
彰利 「俺、今とっても輝いてる!」
彼はとても元気だった。
手を挙げて喜んでる。
若葉 「あぁっ!居たぁーっ!」
木葉 「今度こそ逃がしませんよ!」
彰利 「?」
彰利がハテナマークを浮かべるように、若葉達に振り向く。
若葉 「な、なんですか!」
木葉 「今度はさっきのように逃げ道はありませんよ!?」
彰利 「………」
若葉 「う……」
木葉 「あう……」
全身毛むくじゃらの彰利が、ゆっくり若葉達に歩み寄る。
彰利 「………」
若葉 「……っ」
木葉 「わ、若葉姉さ」
彰利 「フェイスフラッシュ!」
ギシャア!!
若葉 「きゃああああああっ!!」
木葉 「ひやぁあああああっ!!」
彰利 「今ァッ!!」
彰利……いや、もはやイエティでいいだろう。
イエティはふたりが怯んだ隙に、その場を駆け抜けていった。
若葉 「ああっ!」
木葉 「日本のイエティは顔が光るんですか!?新発見です!」
そんな問題じゃないと思う。
というか、気付かないかねぇ。
中身が……っていうか、相手が彰利だってことを。
……抱えてる物事を拭いさって接すれば、こんな風に出来るのになぁ……。
セレス「いまの……彰利さんですね?」
悠介 「解るのか?」
セレス「はい、吸血鬼の嗅覚を甘く見ないでください」
ルナ 「ふーん、あれってホモさんだったの」
悠介 「なあルナ」
ルナ 「ダメ、教えない」
悠介 「お前もか……」
ルナ 「波動娘から、言うなって言われてるのよ。ごめんね」
悠介 「いや、お前が謝ることじゃないけどさ。
ただ、その答えがどうであれ、あいつは俺の友達なんだ」
ルナ 「……解ってるわ。悠介の嫌がることはしないから」
悠介 「そっか……ありがとう」
ルナ 「でも……悔しいかな」
悠介 「え?なんで」
ルナ 「……んーん、なんでもないっ」
言って、ルナは廊下から姿を消した。
悠介 「おーい……遊びに行くんじゃなかったのかよー……」
また訳の解らん内に消えおって……。
セレス「……解りませんか?」
悠介 「ええ、まったく」
セレス「まあ、それだけルナにとって、あなたが特別ということですよ。
そして、あなたにとっても自分が特別であってほしいんです」
悠介 「……それで、どうして悔しいんだ?」
セレス「……解りませんか」
悠介 「……?解らないといけないことなのか?」
セレス「絶対率なんてありませんけどね。
同じ女としては、解ってあげるべきだということを言っておきます」
悠介 「ヒント」
セレス「ありません」
悠介 「助言」
セレス「がんばってください、です」
悠介 「答え」
セレス「宿題にします」
悠介 「あのなぁ……」
セレス「ふふふ、まあいいじゃないですか。それでは、わたしは出かけます」
悠介 「あ、ああ……」
足音も立てずに、セレスが視界から消えていった。
悠介 「……女ってわからん……」
呟いたあと、俺はエリクサーの始末に困った。
悠介 「ま、アレだな。いつか役立つ時は来るだろうし」
冷蔵庫にでも入れておくか。
要・冷蔵かもしれん。
ドガァアアアアアアアアアアン!!
声 「ギャァーッ!」
爆音と悲鳴が轟く。
声 「春菜先輩、そこです!やっちゃってください!」
声 「若葉姉さん!捕獲するんですから殺っちゃいけません!」
声 「アンリミテッドストリーム!」
ドガァアアアアアアアアアアン!!!
声 「ギャア!ギャアアアア!!」
声 「はああ……!なにやらこのイエティを見ていると殺意が……!」
声 「奇遇ですね春菜先輩」
声 「でも捕獲しましょうよ」
声 「キ、キミ達!話し合おう!話せば解る!」
声 「人語を理解している……!?これは発見だね!」
声 「是非保護しましょう!」
声 「賛成です!」
声 「キ、キミらねぇっ!殺そうとするののどこが保護だとギャアアア!!」
…………あの馬鹿……。
調子にのって遊んでたんだろうな。
世話のやける……。
なんて思ってると、イエティがやってきた。
彰利 「ヘ、ヘルプ!なんかみんなが俺を保護しようと、
とてもやさしく殺してくれようとしてるの!
嬉しすぎて涙が止まらねぇ!助けて!」
悠介 「落ち着け、意味が解らん」
彰利 「ていうかこの体なに!?気がつけばもっさりとしてたのよ!?」
悠介 「安心しろ、副作用だ。
というわけでコレを飲め。新しいエリクサーだ。
毛むくじゃらにならないように、
一応今日一日に伸びた毛を1秒後に消すというイメージ付きだ」
彰利 「……匂いは?」
悠介 「あるわけないだろう」
彰利 「味とか」
悠介 「安心しろってばさ。ほんのりレタス味だ」
彰利 「なにぃ!?くれ!」
悠介 「ほら」
彰利 「サンクス!」
ベキィ!と栓になっている個所を折り、ゴフゴフと飲み下す。
彰利 「うんめぇええええええええっ!!……え?」
彰利が咆哮すると同時に、毛がスウッと消えた。
すっかりと、元の彼に戻っ……
彰利 「………」
悠介 「………」
戻……………………。
彰利 「………」
ペタペタと、彰利が頭を触る。
ペタペタと鳴る時点で、その結果は明確なのだ。
彰利 「……イムホテップ!?」
彼はそう叫んだ。
なんのことだか俺には解らなかったが。
彰利 「うわあ!ハゲじゃん!ど、どうして!?」
悠介 「これも副作用……か?」
彰利 「今日一日に伸びた毛が消えるんじゃなかったの!?」
悠介 「いや……なんでだろ」
彰利 「そりゃ確かに俺の毛は一日一日で生え変わるけど!」
悠介 「バケモノかお前は!」
彰利 「冗談よ!どうしてくれるのこの頭!
アタイのキューティクルな『ヘヤー』を返して!」
なんて言ってる時だった。
声 「どっちに逃げた!?」
声 「おにいさまの部屋の方です!」
声 「捕獲!」
なんて声が聞こえたのは。
彰利 「ああ!死ねる!」
悠介 「よ、よし。毛が伸びる薬でも創造する!」
彰利 「俺の元の髪型に合わせてくれよ!?」
悠介 「解ってる!」
彰利 「し、しかしどうしたもんか……!あ、そうだ」
えーと、イメージイメージ……。
彰利 「イームホォ〜ッテ〜ップ・イームホォ〜ッテ〜ップ」
……なんだ?
閉じていた目を開けると、彰利がブツブツ言いながら歩いてゆく。
そしてドガァアアアアアアアアアン!!と撃たれた。
彰利 「ギャアア!!やっぱりダメだった!」
ワケ解らんが、そりゃそうだろう。
春菜 「……なはっ……!な、なななんであなたがここに居るの……!」
彰利 「愛ゆえに」
春菜 「……ぶっ……!!くっ……ぷふふははははっ……!」
彰利 「?」
春菜 「い、いやっ……!その頭で真面目な顔しないで……!」
彰利 「………」
彰利が悲しそうな顔で俺を見る。
いや、ほんとに悪い……。
春菜 「お、おおいなる月の……のっ……ぷっ……!!くっ……く……!!
だ、だめ……!集中できな……あははははははは!!」
先輩はその場に屈んで、必死に笑いを押さえようとしている。
が、どうにも無理らしい。
若葉 「春菜先輩!居ました……かっ………………!?」
木葉 「!!」
彰利 「太陽拳!!」
ギシャァ!!
若葉 「きゃあああ!!」
木葉 「ううっ……!!」
彰利の頭が見事に光った。
それを見て、俺も笑ってしまった。
彰利 「わ、笑うなーっ!」
そりゃ無茶ですぜ旦那……!
こ、こりゃ笑うなって方が……!
彰利 「ひどいわダーリン!こんな頭にしたのは貴方でしょう!?」
この頭をなんとかしておくれよ!あんまりじゃない!」
悠介 「いや、この際一生そのままでいろ」
彰利 「……泣くぞこの野郎」
悠介 「解ったよ、しょうがない」
ほら、と言って、手に持ったものを渡す。
彰利 「……ナニコレ」
悠介 「カツラも知らんのか」
彰利 「いや……そうじゃなくてさ」
悠介 「希望通りにお前の髪型だぞ、喜べ」
彰利 「うわぁい!ヤッター!ありがとうパパー!なんて言うかぁっ!!
お、俺の髪を返せ!僕の長い友を!返せ!返してーっ!」
悠介 「まったく、我侭だな」
彰利 「俺が悪いの!?」
嘆き悲しむ彰利をこれでもかというほどに無視し、毛生え薬を創造する。
悠介 「ほれ」
彰利 「……えっと……さ、妙な伸び方とか……しない、よな?」
悠介 「気が変わった、お前そのままでいろ」
彰利 「アイヤー!冗談!冗談ですよ!ください!その薬!」
悠介 「………」
無言で差し出す。
彰利 「あ、ありがたく頂戴いたす!」
薬を片手に、腰に手を当て、牛乳飲みをする彰利。
途中ムセてたが、まあこいつなら心配しても無駄だ。
彰利 「ぷはぁ!ほんのり生魚(味で、見事に……は、腹が痛ェ!!」
そりゃあ生魚だし。
彰利 「ぐっは……!お手洗いは何処に……!?」
悠介 「いいか?一度しか言わないからよっく憶えておくんだぞ?」
彰利 「は、はははい!早く!」
悠介 「ここの廊下を突き当りまで歩いてそこを右に曲がり、
また突き当りまで歩いて玄関から外に出て、石段を降りてって」
彰利 「この家のお手洗いを訊いてるのYO!!」
悠介 「なんだ、それならそうと早く言え」
彰利 「俺が悪いの!?」
ゴロロロロロ。
彰利 「おぐぅ!!」
彰利が体を折る。
彰利 「は、はやっ……!頼む……!」
悠介 「いいか?この廊下を突き当りまで行ってそこを左だ」
彰利 「アイアイサー!」
彰利がかつて無い早さで駆けてゆく。
内股で。
途中、笑いを堪えて立ち上がった女性郡に道を阻まれたが、彼は光った。
そして逃げた。
内股で。
ドアが開き、そして閉じる音。
その後、『ぐおっ!ぐああっ!お……おふぉおお!』とか聞こえたが。
まあ、その、なんだ。
この際聞かなかったことにしよう、いろんな意味で。
───で、沈黙が訪れた後。
しばらくしてジョバ〜という音とともに彼が出てきた。
そして女性郡が笑った。
もちろん、俺も笑った。
ただ彰利だけが首を傾げる。
そう、今の彼は実にアフロだった。
飲ませた生魚育毛薬が今頃効いたんだろうが……イ、イカス!
その後、髪の毛の事実に気付いた彼がついにキレ、その場は戦場と化した。
彼はそれはもう大暴れし、家具に八つ当たりし、
反復横跳びを往復五回、10セット行った。
その後、俺に襲いかかり、『アタイの髪を返してー!』と泣いた。
更にその後、やはりキレる。
更に更にその後、サングラスをかけ、『俺ってダンディ?』と問う。
更に更に更にその後、『こんなの俺じゃねィェーッ!!』とキレる。
ついには『ダーリンの馬鹿ーッ!』と、昼メロ風に去っていった。
と思いきや、玄関の直前で『こんな面白くねぇ家、出てってやるーっ!』と、
筋肉星の長男に相応しい言葉を叫び、わざわざ玄関にタックルをしていった。
玄関、大破。
ヤツの腕もご丁寧に傷を負っていたし。
なんてことをしながら時は過ぎ、やがて一日も終わりを告げた。
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