───時逆───
───。
悠介 「お前ってホント自分勝手だよな」
彰利 「人間なんてそんなものYO!さあお次は粉雪の所へ!」
悠介 「泣かれないか?」
彰利 「……泣かれるかも。行くって言ったら連れていくつもりYO」
悠介 「ああ、俺は構わないからそうしてやれ」
彰利 「ダ、ダ−リン……キミってやつは……!」
悠介 「ところでその『ダーリン』っていい加減やめないか?」
彰利 「ダメネ、俺が許さん」
悠介 「……断られるとは思ったけどさ。どうしてそう屁理屈っぽく言うんだかが解らん」
彰利 「それはもちろんなんとなく。まあいいじゃないの、さっさと行こう」
悠介 「ああ、好きにしろ」
彰利 「オウ」
光が凝縮していくにつれ、その光が景色へと変貌する。
やがて、見下ろすようにひとつの家が見えてきた。
彰利 「おーし、着地ウッヒョォーッ!!」
悠介 「ウッヒョォーッ!って……うわぁああああああっ!!」
ただ問題があるとすればそこが上空であることと、
俺達が降り立つ場所には池がぼしゃあああああああんっ!!
悠介 「ぶっはぁあっ!!げほっ!ごほっ!な、なに考えてんだお前はっ!」
彰利 「うっしゃあ鯉だ!鯉を手に入れたぞぉーっ!鯉こく鯉こく!鍋ぞぉーっ!」
ボゴォッ!
彰利 「ゼブラ!」
男 「……人の家の池で何をしている」
彰利 「お、お父様〜!」
ボゴォッ!
彰利 「キャーッ!?」
男 「まだ私はお前を息子と認めてはいない」
彰利 「なにぃ!?条件としてボクシングで勝ったじゃないの!」
男 「粉雪と結婚するまで貴様は馬の骨。
その扱いが嫌ならば粉雪と結婚してさっさと子供の顔を見せるんだな」
彰利 「ウヒョオ!?そ、そこまで飛躍しますか!?」
男 「あの子はいつだって不安なのだ。
それなのにお前はフラフラフラフラ……いつまで粉雪をほったらかしにする気だ」
彰利 「ぬう、確かにそれについては痛いところザマスが」
男 「……池から出なさい。その服で家に入る気か」
彰利 「うおう安心ですじゃ。悠介が居る限りは」
男 「む……?」
悠介 「……ども」
小さく手をあげる。
彰利がこの人をお父様と呼んだからには、この人は日余の親なんだろう。
男 「こやつも家系の男か。家系は?」
悠介 「……朧月。今は晦にお世話になってるけど」
男 「朧月!貴様もまたこいつのように厄介な家系か!月食いめが!
まさか粉雪を消すつもりじゃないだろうな!」
悠介 「───人を消すつもりなんかないっ!
いい加減なことを言うつもりなら俺だって怒るぞ!!」
男 「……ほう」
男はどこか感心したような声で俺を見た。
男 「……言葉だけならどうとでも言える。
あの子もあの子だ、何故開祖に寄った能力者ばかりを友人に選ぶのだ……」
悠介 「随分言いたい放題なんだな」
男 「お前こそ年上に対する言葉遣いを知らないようだな」
悠介 「言われっぱなしで黙っていたら男じゃない」
彰利 「それも時と場合によるけどな」
悠介 「当たり前だ」
男 「…………まあいい、自己紹介が遅れたな。
わたしは豆村龍公。粉雪の保護者だ」
悠介 「………」
実際聞くとやっぱり凄まじい苗字だ。
龍公 「それで、ここに何の用だ」
彰利 「また旅に出ることになったからさ、粉雪に挨拶を。それと───」
彰利が龍公殿に向かってファイティングポーズをとる。
彰利 「あんたともう一度、やりたくてね」
龍公 「───……手加減、せんぞ」
ギュム、と拳を握って体を固める親父さん。
やがてズシャア!
彰利 「うおっ!?」
龍公 「───ンンンンンッ!!」
親父さんがあっと言う間も無く間合いを詰めて拳を振るう。
彰利 「くっ───うぅぅぅおおおっ!!」
ゴォッ!!
彰利が拳を紙一重でかわす。
その頬を掠めるように、風が吹き抜けた。
あれは……普通の人が食らったら一発でアウトだろ。
彰利 「必殺!チョッピングライ」
パァンッ!
彰利 「ブッ……!?」
拳を振り上げた彰利の頬を小刻みの拳があっさりと入る。
親父さんは怯んだ彰利の隙を逃さずにどんどんと討ち込む。
パァン!パパァン!
彰利 「ぷおっ!ぐおっ!」
まるでマシンガンのようなジャブだ。
なんという素晴らしい格闘センス。
こ、このまま決まるか!?
彰利 「………」
あ……無表情で耐えるようになった。
連打+無表情で耐える+重心を落としていっている=……は、花山さん!?
龍公 「フッ───!」
彰利のそれを隙と見て、親父さんが踏み込む。
その拳が彰利の顔面を捉えようとする寸前。
悠介 「ま、待て彰利!早まるなぁあああっ!そんなもんやったら親父さんが!」
俺は彰利を止めようと呼び止めたが、あっさりと無視して強引に踏み込み、
親父さんのその拳を顔面に食らってもなお、拳を振るう。
彰利 「フゥウウンッ!!」
龍公 「なっ───」
その拳が親父さんの頬にボグッと接触し、
やがてメキッ!メキャメキャッ!と首がどんどんと曲がっていき、
最後にはボグシャアッ!!という炸裂音とともに吹っ飛んでいった。
龍公 「がはぁあああっ!!」
ドガッ!グシャッ!ぼしゃあああんっ!
………………。
彰利 「……楽しかったわ、またおいで」
彰利が王様(和訳)の真似をしてハンケチーフを投げた。
悠介 「……生きてるよな」
彰利 「安心しろ、会心の一撃だった。3日は起きれんぞ」
悠介 「うわぁ〜はぁ〜……」
思いっきり呆れた。
悠介 「な、治さなくていいのか?」
彰利 「だーじょーぶだーじょぶ」
彰利が親父さんのあとを追って池に入っていった。
粉雪 「ねえお母さん、中庭の方が騒がしいんだけど……」
ミサコ「また彰利くんでもきたんじゃないかねぇ」
粉雪 「あ、彰利っ?」
ミサコ「うふふふふ、粉雪は彰利くんのことになると表情が変わるわね」
粉雪 「お、お母さんっ!」
ミサコ「気になるなら見てきたらどうだい?」
粉雪 「う、うん……」
ミサコ「ふふふ、さっきからどもってばっかりよ」
粉雪 「うー……」
ミサコ「でも、前みたいに無理して強気になってるより自然で可愛いわよ」
粉雪 「お母さんっ!」
ミサコ「おほほほほ、ほら、いいからいきなさい」
粉雪 「うん……」
がらぁっ!
粉雪 「えっ?」
彰利 「オラ……みやげだ……」
ズル……と親父さんを引きずった彰利が立派な屋敷に入っていった。
ミサコ「あなたーっ!?」
粉雪 「お、お父さんっ!?」
彰利 「ああ、大丈夫大丈夫、いつもの拳闘だから」
ミサコ「……まったく、もう若くないんだから無茶しないでください……」
彰利 「起こした方がいいですかね」
ミサコ「いいわよ、起こすと話が出来ないでしょう?」
悠介 「……へえ」
この人、わかってるんだなぁ。
ミサコ「あら?そっちの子は?」
彰利 「うおう、この方こそ俺の愛人」
ぐしゃあっ!
彰利 「ふごおっ!」
思いきり足を踏み、彰利の愚言を掻き消す。
悠介 「朧月の家系、晦悠介です」
ミサコ「まあ……晦っていうことは、晦神社の?」
悠介 「はい、養子です」
ミサコ「そう……奈津美さんとは仲良くしてもらってたんだけど……大変だったわね」
悠介 「いえ……」
心配してくれているんだろうけど、いつになっても心配されることには抵抗があった。
どうしても大人を信じられない自分が居る。
不思議なもので、それは気づかない内に自分の中にあったというのに、
いつの間にか自分の中で完全に定着した決まり事のようなものになっていた。
彰利 「ああ、ところでミサコさん。話があるんだけど」
ミサコ「え?……なに?
遠慮はしなくていいのよ、あなたはわたしの息子になるんですから」
粉雪 「おっ……お母さんっ……!」
彰利 「………」
彰利が俺を見て小さく苦笑した。
悠介 「……悪い」
彰利 「どうしてお前が謝るんだよ」
悠介 「悲しませることになるかもしれないだろ?」
彰利 「悠介は俺が誘わなけりゃ乗らなかっただろ?
だったら被害者みたいなものなんだからあまり気にするなよ」
彰利はやっぱり苦笑ににた顔で俺に話す。
自分でも日余のお袋サンを困らせるってことを理解しているんだろう。
彰利 「ミサコさん、単刀直入に言います。……粉雪を俺にください」
ミサコ「───!」
粉雪 「わっ……!ちょ、ちょっとあきっ……!?え……っ!?」
……少しの間。
俺はいきなりのプロポーズみたいな言葉に唖然としていた。
『娘さんを借りていきます』くらいが精々だと思っていたからだ。
まさかこんな風に言うとは思いもしなかった。
ミサコ「………」
訪れる、当然の沈黙。
だけど俺は真っ先に断られると思ったから、この沈黙は予想外だった。
その場に居る全員の視線がお袋さんに集中する中、お袋さんはゆっくりと俯いた。
ミサコ「……彰利くん。これから何をするつもりなのか訊かせてくれる?」
探るような言葉。
だけど……ああ。
俺にはなんだか、その顔が全てを許しているような顔に見えた。
それは娘である日余は元より、彰利までも信頼しきっている顔。
なんてやさしい顔だろう、と見入ってしまった。
ガラにもなく『これが母親なのかな』って思って、どこか寂しさを感じた。
彰利 「また旅に出ようと思ってます。
だけど前の時、俺はどれだけ粉雪を寂しがらせたのか解ったから……。
だから、今度は置いていくようなことはしたくないんです」
粉雪 「彰利……」
ミサコ「………」
お袋さんは考えるような素振りを見せて、やがて笑った。
ミサコ「ダメ、って言っても連れていくんでしょう?
それに引きとめたところで、この子はきっと抜け出してでもあなたを追うわよ。
……わたしの娘ですからね」
粉雪 「お母さん……」
日余は目に涙を溜めて、静かにお袋さんに抱きついた。
感動の場面というやつだ。
ミサコ「いってらっしゃい粉雪。そして目一杯幸せになりなさい。
ああ、そうそう。早く孫の顔を見せて欲しいわ。別に結婚なんて後でもいいから」
粉雪 「おっ!お母さんっ!!」
が、感動の場面は他ならぬお袋さんの手によっていきなり粉砕された。
日余は顔を真っ赤にしながらお袋さんに突っ掛かった。
彰利 「……ありがとうございます、ミサコさん」
ミサコ「嬉し涙以外で泣かせたら承知しませんからね。覚悟しなさい」
彰利 「もちろんっ」
ミサコ「ああそれと……この旅でキメてきちゃいなさい。
子供が出来たら真っ先にわたしに見せるのよ?」
彰利 「ウッシャッシャッシャッシャ、そりゃもう」
粉雪 「彰利っ!」
彰利 「はっはっはっは、冗談じゃよ冗談」
粉雪 「もう……!」
……うん。
やっぱり俺はこういう雰囲気には場違いだな。
彰利にはやっぱり家族ってものがあったほうがいいと思う。
見てるだけでもどれだけ大事にしているかが解るもんな。
彰利 「……それじゃあ、いいか?」
粉雪 「え?旅って……まさか今からなの!?」
彰利 「ああ。言ってなかったっけ」
粉雪 「いってないよ!」
彰利 「馬鹿な。俺の記憶が確かなら」
粉雪 「彰利の記憶なんて宛てにならないよ!」
彰利 「ギャアヒドイ!断片を語る前に我が記憶自体が否定された!」
確かに素晴らしい否定っぷりだった。
彰利 「おどれぁらダーリンうじゃあた!なんじゃこら笑っとーとオラァ!」
俺がそんな風景を見て笑っていると、
彰利は何故か訳の解らない罵詈雑言をぶつけてきた。
ていうか……
悠介 「うじゃあたってなんだよ」
彰利 「知らん。そんなことは文部省にでも訊け」
悠介 「………」
……うん。
やっぱりどんな時でもこいつはこいつのようだ。
彰利 「そんじゃあまずはどこに行こうか」
悠介 「どこでもいいんじゃないか?まあ例の如くみんなには知らせないが」
彰利 「よっ!女泣かせ!」
悠介 「うるさいよお前は」
彰利 「うおう、冷静なツッコミ。まあいいか、そんじゃあお手を拝借。
オンラブラトルド───略!プレイスジャ〜ンプ!」
彰利がよくわからない言葉を紡ぐとともに景色が歪む。
とっさのことに目を瞑ってしまい、開いた時には次元の中を移動していた。
悠介 「どこに行くんだ?」
彰利 「オウヨ、まあ気まま旅ということで……適当に月空力を発動させてみました。
向かう先は俺にも解らん」
悠介 「……それってヤバイ?」
彰利 「詳しいことは俺にも解らんが……これだけは言える」
悠介 「うん?」
彰利 「……ごめん」
悠介 「どうしていきなり謝るんだよ!」
彰利 「いや……はははは!俺もなんだか不安になってきたってことです!
なんか嫌な予感しかしないんですねー!
だってさ、次元が変な風に曲がってるんですもの!」
言われてみて気づいたが、流れゆく次元の歪みはある部分を境に妙に曲がっていた。
そこはどこに繋がっているのか───って
悠介 「日余!?日余は!?」
彰利 「過去未来を見ることの出来る粉雪には次元の狭間はちょっと酷なんでな、
俺様がこうしてムギューリと抱き締めて俺の行く末だけ見させています」
粉雪 「……苦しい」
彰利 「もう少々の我慢じゃ!」
粉雪 「うう……」
見れば確かに、日余は彰利にギュムーと抱き締められていた。
でもそうだな。
次元っていうのはどこに繋がってるかは予測不能な分、いろいろな形になりやすい。
それはつまり、過去現在未来のあらゆる形に一瞬で変わり続けるわけだから───
自分の意思の弱いヤツなんかがそれに触れたら自我崩壊になりかねない。
彰利 「……お?どうやら着くみたいじゃぞ?」
悠介 「だな……って、うわっ!?」
突然次元の歪みが大きく波立ち、俺の体を飲み込んだ。
彰利 「悠───」
彰利の驚いたような声も中途半端に、俺はどこかの次元に飲まれていった。
───…………。
何かが頬に触れていた。
それに気づくと同時に、意識が急激に覚醒してゆく。
悠介 「うぐ……!……ここは……?」
痛む頭を押さえながら起き上がる。
……景色を見渡してみたが、全く知らない場所だった。
例えるならば草原。
電線やらなにやらがない、まっさらな草原だ。
ここは何処だろう、なんて馬鹿な考えを本気でして、俺はひとまず立ち上がった。
悠介 「………?」
本当に訳がわからない。
いや、そもそもここが日本である感じが全くしなかった。
だけど部分的に密集した木々の影にある家を見つけて、少し安心した。
なにはともあれ、人が居るというのは安心できる。
孤独はなによりも不安になるっていうのは本当だと思う。
家系の宿命の孤独だかなんだか知らないけど、
そんなものは信じたいヤツだけ信じていればいい。
俺は宿命よりも友情を選んだ。
それでいいと思う。
悠介 「……っと、そんなこと考えてる場合じゃないよな。えーと」
ひとまずはこの家に人が居るかどうか、だよな。
俺は家に近寄って、ドア……というよりは引き戸のようなものをノックした。
ドン、ドン、という音が鳴る。
まるで立て付けの悪いものを叩いたような音を出したそれは、
いくらやさしく叩いても同じ音しか出さなそうだった。
悠介 「………」
しばらく待っても反応は得られなかった。
仕方なく俺は無断で中に入ることにしようと……した時だった。
声 「……誰だ」
その声は聞こえた。
深く、思いその声は、まるで随分長い間、
人と話していなかったために話方を忘れたような喋り方だった。
あるいは人と話すことを断ったのか。
どちらにしろ俺はこの人と話をしなければいけないのは確かだった。
悠介 「えーと……ここ、何処ですか?」
男 「………」
着物姿のその男は冷たい目をゆらりと動かして俺を見た。
その、微妙に赤く見えた瞳は……とても、なにかを彷彿させるものだった。
漠然としすぎていて、それがなんなのかは解らなかったけど。
男 「ここになんの用だ」
悠介 「いや、だから……ここ、何処?」
男 「……俺に関わるな」
男はそれだけ言うと、開けっぱなしだった入り口から家の中へと消えた。
悠介 「な……!おいこらっ!人の話はちゃんと訊くもんだぞ!」
俺はカッとなって家の中に入り込んだ。
悠介 「───え?」
そして驚いた。
そこは、自分とは明かな違いがある場所だったから。
男 「………」
男は何も言わずに家の中央付近に座っていた。
俺を睨んだものの、すぐに興味をなくしたように視線を逸らして虚空を見つめている。
悠介 「………」
待ってくれ。
いや、うすうすは感じていたけど……
悠介 「───」
俺は焦って、ありもしないものを探した。
壁という壁を見て、しかしそうすればそうするほど、身に染みるほどに確信する真実。
……そう。
煤こけたように古い外観に、電気もない部屋。
床に乱雑した見覚えの無いものに、探しても見つからないカレンダー。
……解った。
どうして日本じゃない、だなんて感じたのか。
ようするにここは、俺が居た日本じゃあありえないくらいに自然があったんだ。
つまりここは───
悠介 「……ずっと……過去の世界」
そういうことだ。
俺という存在がカケラすらも精製されていないくらい、ずっと昔。
俺は次元に飲まれた瞬間にこんなところまで飛ばされたってことだ。
…………でも、なんか引っかかる。
男 「………」
男は興味を取り戻した風でもなく、だけど俺をもう一度見た。
俺はなんて言っていいか解らず、ただそのうっすらと赤く見える瞳を見つめ返した。
男 「…………お前、家系の者か」
悠介 「───え?」
自分の耳を疑う。
思わず問い返してしまったことすら瞬時に忘れてしまうほど、俺は驚いた。
男 「その薄く赤い目、見間違えるわけがない……」
悠介 「………」
っていうことは、この人も……?
───え?ていうことは俺の先祖かもしれないってことか?
男 「どちらにしろ、さっさとこの家から出て行け。
俺はもうお前ら家系の者とは無関係だ。
今更、俺に用があるなどと言うつもりか……」
悠介 「……今が何年なのか、教えてくれないか」
男 「……興味がない。失せろ」
悠介 「………」
男は頑なに人との接触を拒んでいるようだ。
……もしかして、朧月の家系の……?
悠介 「なあ、あんたもしかして朧月の家系の者か?」
男 「…………なに?」
男はそこで初めて、人間らしい声を出した。
男 「お前、そんなことも知らずにここに来たというのか?
俺を利用しようとしたんじゃないのか……」
悠介 「利用?よしてくれ、人を利用する趣味はないよ。
純粋に今がどんな時なのか知りたいだけだ」
男 「………」
男は黙る。
なにか考え事をしているのか、それとも……
男 「悪いが俺も外界から縁を切って久しい。年月という概念はもう俺の中には無い」
悠介 「………」
今度は俺が黙る番だった。
どうしたら……いや、わからないものをうだうだ言ってても仕方ない。
ひとまず今がいつなのかなんてことは忘れよう。
悠介 「……解った、手間取らせて悪かった。それじゃ」
俺は男の家を出て、空を見上げた。
……出るのは溜め息。
ここ最近、溜め息しか吐いていないのはもう解りきったことだ。
呆れることはもちろんのこと、
疲れることや厄介なことばかりが起きる中で、ただ笑っていられるやつが居たら相当だ。
いい加減、本当に泣きたくなってくる。
……でも本当に泣けるかどうかはまた別なんだよなぁ。
いっそ泣きたいもんだけどね。
悠介 「さてと、考えても仕方ない。
彰利は来てないみたいだし……それに、
次元の波に飲まれたからには俺がどの次元に来たのかも解らないだろうな」
波っていうのは相当にあやふやなものだ。
上にあるものが下になったり、下にあるものがもっと沈んだり、形を持たない。
水の動きを『波』と呼ぶだけあって、その形は類すらも持たない。
四角い容器に入れれば四角には見えるが、
実質はただ容器の形になぞってあるというだけで、水自体に形があるわけじゃない。
波も水のそれと同じだ。
ともなれば、次元の波だってそれとは変わりない。
つまり、俺が飲まれた次元の波自体が既に別の次元の波の下に潜ったかもしれないし、
そのまま流れているのかもしれない。
そこに潜るとなればよほどの度胸が無ければ無理だ。
月空力を扱える彰利ならどうかは解らないが、
なんの手掛かりもなしに不用意に潜れば、
下手をすればその次元に出た途端に死んでしまうかもしれない。
次元はそれだけいろいろな形を持っている。
例えて言ってみるとすれば、次元は『運命』と『偶然』を司る『世界』のようなものだ。
もちろんそれは決められたものじゃなく、
世界に点在するひとりひとりの行動によって少しのズレが大きなズレへと変わり、
やがて未来をも変えるという意味での世界だ。
言ってしまえば───
彰利は確かにこの世界で生きているが、別の次元では死んだと言う。
いや、別の次元からこの次元に来て自爆をし、魂だけが残った。
それを俺が生きかえらせたとしても、
その時点でもうその彰利はこの次元の彰利じゃない。
もちろん彰利は彰利だ、いまさらそのことでどうのこうの言うつもりはない。
あくまで可能性……『波』の話。
つまり人がどう動くかで様々な未来が作られ、その分次元も増える。
ようするに『過去』と『未来』っていう概念がある時点で、
『次元』という概念はどうあっても消えない。
だけど『現在』は自分達が立っている限り、そこが『過去』であっても『現在』だ。
己という存在が立つ世界は『現在』以外は有り得ない。
だってそこに立っている時点でその世界には『過去』と『未来』がある。
そこが『過去』であっても『過去』があるのに『過去』に立つことは矛盾している。
自分という存在が立つ場所は『未来』であっても『現在』であり、
そこがもし『未来』になるとしたなら───
それは、『未来の最果て』へと辿り着いた時のみだろう。
最果て───そこが最後なのであれば、その『現在』は『未来』と呼んでもいいと思う。
……まあ、終わりと言えばそれまでなんだろうけど、
その先を生きれる者が居るとするなら、それはやっぱり『現在』だ。
それだけの大きな波が存在するこの世界よりも波の高い次元だ。
……彰利が俺を発見出来る確立なんてタカが知れてる。
悠介 「どうする?」
……いっそ『タイムマシンがでます』とか言って創造してみるか?
い、いやっ。
俺は次元を超えし発明家(創造家?)になんぞなりたくないぞ。
悠介 「……ひとまずここはどこかの丘かなんかみたいだし……降りてみるか」
嫌な想像を掻き消して、歩くことにした。
あー、俺の求めた幸せってこんなもんだったっけ?
ギキィン!
悠介 「へ?」
突然の轟音。
驚きはしなかったが、妙な声を出して振り向いた。
……そこには冥月刀を手に持った───冥月が居た。
冥月 「お迎えにあがりました。さあ戻りましょう」
悠介 「マテマテマテ!お前どうやって俺がこの時代に居るって解ったんだ!?」
冥月 「ええ、彰利さまの持つ冥月刀と意識をリンクさせて、状況を把握した上でです」
悠介 「…………て、ことは。もしかしてみんなに黙って旅に出ようとしたことも……」
冥月 「はい、しかと」
うわぁ。
悠介 「冥月サン?このことはヤツらには内密に……」
冥月 「心得ております。それよりも戻りましょう。この時代は少し厄介です」
悠介 「───ああそうだった。この時代ってどれくらいの時なんだ?」
俺はその疑問をぶつけてみた。
気になることは無理に押さえないことにしたのはいつだったかはもうどうでもいい。
冥月 「詳しく関与することは許されません、歴史に歪みが出来てしまいますから。
ただ場所は……現代における弦月の屋敷があった場所です」
悠介 「え───てことはあそこの家って」
冥月 「はい、弦月の家です。彼は月壊力を発動させた初めての人物ですね。
さあ、解ったら戻りましょう。
この歴史にだけは変動を起こしてはいけないのです。
下手をすれば月の家系自体が消滅しかねません」
悠介 「うわっ、そりゃ勘弁だ!」
冥月 「では、参ります。───!」
冥月が刀を手に、目を閉じた。
途端、その刀から光が溢れ、俺は思わず目を閉じた。
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