───陰暦───
……そして気づくと弦月屋敷(廃墟)だった。
俺は目をパチクリしていたが、その場に彰利も日余も居ることを確認すると息を吐いた。
彰利 「おお、無事だったか。何事もなくてえがったー!」
悠介 「……そだな」
ちなみに俺は、さっきまで居た過去について考えていて、どこか上の空だった。
あの時代に何があったのか。
それがまるっきり解らなかったから。
一歩間違えただけで全てが変わるようなその時代。
それは一体、どんな世界だろう。
確かに世界っていうのはたったひとつの小さな歪みから変わってゆくものだ。
世の中が回転することで時間が進むものならば、その軸となるのは『行動』だ。
ひとりひとりの小さな行動が世界を変えてゆく。
それはまるで、蝶が起こした小さな風が長い時間をかけて強風になるよう。
小さなことの積み重ねは大きな物にやがては勝る。
俺達はその世界を蒼い季節の頃から知っていた。
だけど───積み重ねさえも払拭してしまう大波はあるものだ。
それにだけは勝てない。
だけどいつか勝てると信じることは、悪なんかじゃあ決してない。
たとえあの過去がその大波が渦巻く世界だとしても、希望だけは捨てなければ───
きっと、打ち勝てる。
だから。
悠介 「……なぁ、冥月」
冥月 「はい」
悠介 「……沙姫のことだけどさ」
冥月 「───!引き受けてくれるのですか!?」
悠介 「いや、それの逆。俺達が教えるまでもないよ。きっと強くなれる」
冥月 「………」
そう。
人が教えるのは強くなるための支えの過程であって、答えじゃない。
誰かが教えたレールの上を走ったんじゃ、一生かかっても強くなんかなれない。
悠介 「誰かが教えるんじゃない。沙姫自身が気づくべきだ。
支えてくれる人はきっと居るさ。だから───」
だから。
悠介 「……キミ達はこの時代に居るべきじゃない」
冥月 「───っ!」
冥月が驚愕の表情で俺を見た。
悠介 「期待を裏切るようなことをしてごめん。だけどウソはつきたくない。
俺と彰利はそうやって、自分を強めてきたんだから。
もし俺達が教えられるとしたら、きっとそれだけのことなんだよ……」
冥月 「………」
悠介 「………」
冥月 「……そう、ですか……」
長い沈黙ののち、冥月は掠れたような声でその言葉を放った。
少し心苦しかったが、言わなきゃならないことだ。
俺達と一緒に居たんじゃあ自分達の歴史の中で成長できない。
だって、親しい人が居ないんだから。
俺達とばかり仲良くなったって、それじゃあ意味がない。
冥月 「───!」
ギキィンッ!
悠介 「あっ……」
冥月は別れの言葉も言わずに冥月刀を唸らせて消えた。
あとに残ったのは呆然と立ち尽くす俺と彰利と、
訳も解らずにおろおろする日余だけだった。
彰利 「よっ!女泣かせ!」
悠介 「……シャレにならないこと言うなよ……ていうか締めくくりさせろよ!」
彰利 「ふはは!そうはさせるか!ていうかどうなってんのさ一体。
転移した先で何かあったワケ?」
お前が人を見放すようにするなんて、と続ける彰利。
悠介 「あのなぁ、言っておくけど見放したんじゃないぞ。
ただこの時代に慣れても向こうの時代には慣れないだろって話だ。
ただでさえ大人しい上に、根が人懐っこそうなヤツだったんだ。
ここで情が移ったりして帰れると思うか?」
彰利 「……にゃるほろ」
悠介 「だから、早い方がよかったんだよ。
あいつを悪く言うわけじゃないけど、
その存在がこの現在の歴史を歪ませかねない」
彰利 「ほへ?未来が変わるなら最強じゃないっすか。なにが不満なのダーリソ」
ぎゅむっ。
彰利 「ギャア!」
悠介 「?どした?」
彰利 「こっ……粉雪……!な、なにをしやがるの……!」
粉雪 「………」
日余はなにやら頬を膨らませてそっぽを向いている。
彰利 「……?なんじゃいまったく。それよかさ、ダーリン」
ぎゅむっ!
彰利 「ウギャアオゥ!だ、だーからなにすんじゃい!」
粉雪 「ダ、ダーリンなんて言わないでよっ!」
彰利 「なにぃ!?悠介はハニー!?」
粉雪 「そうじゃなくてっ!」
彰利 「どっちじゃい!」
粉雪 「う、うー……!」
悠介 「………」
わたしだけを見てください、って、その目が言っていた。
うーむ。
悠介 「彰利って鈍感なのか?」
彰利 「ダーリンにギャアア!ハ、ハニー!?ギャア!ゆ……悠介に言われたくない!」
抓られながらも目的の言葉を言うのはやめないのは感心の域だ。
悠介 「……俺、鈍感か?」
彰利 「───……悠介さ。その言葉だけでもう十分だと思うぞ、相当に」
自覚してないって相当だよなと繋げる彰利。
……俺って鈍感か?
確かに自覚はないが……人ってさ、自覚がないからこそ否定できるってもんでしょ?
そこんとこ理解してくれ、COOLに。
それはもうCOOLに。
悠介 「じゃあさ、お前は気づいてるのか?」
彰利 「え?俺がレタス好きってことを?」
悠介 「寝言は寝て言え。今更だろうがそんなこと」
彰利 「グ、グウム」
悠介 「グウムじゃない。お前は日余が何言いたいのかわかったのか?って質問だ」
彰利 「モチのロンよ」
……そりゃそうか。
こいつの場合は理解しながらも話を捻じ曲げにいく男だ。
彰利 「こやつ、アタイの耳汁が目当てなのよ」
ぎゅむぅっ!
彰利 「AOOOOOOO!!」
そりゃあ痛かったでしょうねぇ……。
女性とはいえ、家系の握力で股をツネくるワケですから……。
これは技とはいえません。
彰利 「なにするの!痛いじゃねぇザマスか!」
粉雪 「うくっ……彰利は……わたしのことなんてどうでもいいの……?」
彰利 「………」
きゅむ。
目を潤ませ、涙を溜めていた日余を見た途端にやさしく抱き締める彰利。
その口からは『ラブリィ……』とだけ漏れた。
とうとうヤツもイカレちまった。
やがてなでなでと頭を撫でくり回して至福の顔を浮かべる彼は、
例え通りにとても幸せそうだった。
その様子から俺は悟る。
この状況を作ったのは間違いなくヤツだ。
彰利め……狙ってやったというのか?
悠介 「……あ、そうだ」
俺はこういう幸せをブチ壊すようなことはしない主義だ。
幸せに至る前の彰利ならからかいはするが。
えーとイメージイメージ……。
悠介 「弦月屋敷を綺麗にする霧が出ます」
イメージを固めた俺は、それを弾かせた。
そして出た霧は大きく広がり、弦月屋敷を包んだ。
……………………
…………
……そして約2分後。
悠介 「……ふむ。素晴らしい」
霧が晴れたそこには、新築同様のような綺麗な弦月屋敷が立っていた。
補強イメージも混ぜておいてよかった。
彰利 「……うおう」
彰利が驚いた。
素直な反応だった。
彰利 「キャア新築YO!な、なに!?俺と粉雪に同棲を始めろと!?」
悠介 「言っとらん!」
彰利 「ええっ!?じゃあ三人のマイホーム!?」
悠介 「ここはお前の家だろうが。
同棲しろとは言わないけど、ここで暮らすのは悪くないんじゃないか?」
彰利 「ぬう、然り。なぁ粉雪、どう思う?」
粉雪 「え……わ、わたしは……っ……彰利と一緒なら、どういうところだって……」
彰利 「……くあぁはぁっ!めんこいのぉおう!!」
粉雪 「きゃっ……!」
思わずがばぁっ!という擬音が聞こえてきそうなくらいの勢いで日余を抱き締める彰利。
その顔はやっぱり幸せそうである。
悠介 「………」
幸せ、か。
幸せが案外近くにあるものだって知ったのはいつだっただろうか。
それに気づくまでの俺達はいつだって不安で、
目に見えるもの全てを疑うような生意気な子供だった。
でも仕方なかったと思う。
あんな環境に産まれて、今まで生きて来れたのが不思議だった。
そんなことを考えていたからだろうか。
悠介 「……彰利」
彰利 「ムチュウ?」
口先をムニューリと伸ばしながら日余を抱いている彰利が振り返る。
少し気持ちが削がれたけど、それでも俺は言葉にした。
悠介 「今……幸せか?」
彰利 「…………当たり前だろ。悠介にしちゃあエラい愚問だ」
悠介 「だな。悪い」
いまさらって気分が嬉しかった。
幸せになんてなれないって思ってた自分たちが今立っているこの状況。
それはとても……幸せだった。
悠介 「……なぁ彰……」
言葉をかけようとしてもう一度振り返ると、
悠介 「………………えと」
ドラマのワンシーンのように唇を重ねるふたり。
彰利は滅多に見れないくらいに幸せでいて真剣そうな顔。
対して、日余は俺が居ることを意識しているのか、煙が出そうなくらいに真っ赤だった。
って、俺もなに冷静に観察してるんだっ!
悠介 「………」
多分、鏡でも見れば俺も相当赤いんだろうな。
俺もまだまだ青いなぁ……。
───
しばらくして、ようやくふたりは離れた。
彰利 「ああ……幸せ♪」
粉雪 「うう……酸っぱい……」
そんな景色の中で、日余はステキに酸っぱそうにしていた。
彰利 「キスはレモン味が基本らしいからな。
こんなこともあろうかと俺の口をレモン風味にしておいたんだ」
悠介 「………」
横目に、日余を見る。
相当に酸っぱそうだ。
悠介 「お前さ。限度ってものを考えたほうがいいぞ」
彰利 「そ、そうか?酸っぱさの度合いを考えて梅干風味にしたのが悪かったか?」
悠介 「お前なぁ……」
彰利 「まあまあそれは白骨化して風化するまで置いておくとして。
さっき何か言いかけてたよな?なんザマス?」
悠介 「え?あ、ああ……」
言うべきかな。
悠介 「あのさ。旅の案、やめにしないか?」
彰利 「おろ?なんでまた」
悠介 「さっきのじゃないけどさ、ここで暮らしてみるとか」
彰利 「……ふむ。じゃあこうしよう。
ここをねぐらにして、あとは好き勝手に移動するとか」
悠介 「夜になったら戻るって、そういうことか?」
彰利 「そゆこと」
悠介 「旅とはまた違った楽しみだな」
彰利 「だろ?日帰りで遊びに行くのと同じだな。
てわけで、ここを我らの秘密基地として承認する!」
悠介 「承認って……おいおい、お前の家だろ?」
そう言って苦笑する。
本当に幸せだ。
彰利 「それじゃあいろいろと用意しなきゃならんな。必要品の創造頼めるか?」
悠介 「OK、ちょっと待ってろ。イメージイメージ……」
頭の中にイメージを描く。
どうせならいっぺんに創造した方が楽だよな。
必要必要……。
体力の消耗も考えて、必要だと思うことは忘れずに……よしっ。
彰利 「……ダヴルヴェッド(ボソリ)」
悠介 「!」
突然、耳元で彰利の声が聞こえた。
と思った瞬間にイメージは弾けてしまった。
そして目の前に現れたのは……ダブルベッドだった。
悠介 「………」
彰利 「キャア!ダーリンたら大胆!」
…………。
彰利 「ダーリン?」
悠介 「なっ……なんてもの創造させるんだよお前はぁああっ!」
彰利 「ウヒョオ!?」
悠介 「あぁっ!なんてこったぁっ……!体力の消耗全然無いし……!
俺は、俺は俺は……ッ!?あぁああっ!
俺ってやつはこんなもの必要って思ってしまったってのかぁああっ!?」
彰利 「あ、あの……悠介?って、うお!?血涙!?」
悠介 「………………プライドが……」
泣ける……マジで泣ける……。
彰利 「ああっ、悠介が大地に両手両膝をついて絶望の淵に」
悠介 「こと細かに状況説明するなよ……」
彰利 「まあいいでないの。この調子で頼む。粉雪、必要なものってあるか?」
粉雪 「え?えーと……」
日余が彰利の耳元でボソボソと何かを言う。
……ホント、学生時代とは随分違った印象だ。
彰利 「よし悠介、じょ」
ぐしぃっ!
彰利 「ほんごぉぁっ!」
何かを語ろうとした彰利の足がゴシャアと踏まれた。
音を聞いていただけでも寒気のするようなその音。
思わずゴクリと息を飲んだ。
粉雪 「言っちゃったら……!小声で言った意味がないじゃないっ……!」
彰利 「い……言われてみれば……っ。
ていうかアータ……俺の足の指、内出血してますぞコレ……!」
踏まれたらしき部分がドス黒く変色していた。
粉雪 「治せばいいでしょっ!ふんっ!」
彰利 「グ、グウム……やはり悠介が一緒だと本来の性格は出さねぇようザマスね……。
でもこんな粉雪も懐かしいので良し。うむ最強」
……なにを言っとるのだコイツは。
悠介 「じゃ、適当に必要なものを創造するから……もう邪魔するなよ」
彰利 「オッケイネ〜ィェ、俺ガオ前ノ邪魔スルワケネェベヨォ〜」
悠介 「じゃあさっきのお前は彰利じゃないのか」
彰利 「僕のパパはパパじゃない!」
悠介 「ジョジョ4部のサブタイ語ってないで黙ってろ」
彰利 「うう、切ねぇ……」
悠介 「必要品が出ます」
ポポポポポポポポポポムッ!
───どしゃしゃしゃしゃしゃぁっ!
悠介 「あ」
彰利 「うお」
粉雪 「わ……」
創造して出てきたモノが宙から落下してゴシャゴシャと音を奏でた。
悠介 「……壊れてなきゃいいんだが」
彰利 「どれ、確認してみよう。えーと……」
彰利がゴソゴソ……ガシャゴシャ……と物体を降ろしたりして、ブツの安全を確認する。
彰利 「ん〜……これは良し、これも良し……ああ、べつにコレもいいしこれもいい。
……って、なんじゃいこりゃあ。何故にたわしが?」
悠介 「たわしが無いと掃除が出来ないじゃないか」
彰利 「……いや、そうだけどさ。
どうして家具の中にひとつだけたわしがあったんかな〜って」
たわしを手に取って、シゲシゲと眺める彰利。
彰利 「しかしたわし見るとウニ思い出すね。こうやって両方に割ると黄色い物体が」
ぱかっ。
彰利 「…………ウニ!?」
悠介 「なにぃ!?」
たわしだと思っていた物体はウニだった。
何故!?
彰利 「ぬおお、何故にたわしがウニに……!?
最近のたわし屋はウニを売ってるのか……?」
とか言いつつウニをズゾゾとすする彰利ゴハァッ!
彰利 「オエエ!味はたわしだ!」
とことん気持ち悪そうにオゲェ〜と吐く彰利。
たわしの味ってどんなのだよ……。
彰利 「この芳醇かつどことなく木の破片をしゃぶったような味……!
まさか貴様、この雄山にこのようなものを食わせるとは……!」
悠介 「ようするに不味いんだろ?」
彰利 「果てしなく」
涙目になる彰利。
どうやらよっぽど不味いらしい。
ていうか本当にどうしてたわしがウニに?
腹でも減ってるのかな、俺。
彰利 「ほんじゃまあ、必要なものは大体揃ったということで。
それぞれの配置を開始しよう」
悠介 「意義は無いが……」
粉雪 「うん」
彰利 「それじゃあアタイはこのダブルベッドを」
悠介 「まず先に手をつけるのがそれかよ……」
不満、というよりは呆れの言葉を漏らす。
それに対して彰利はニヤァと笑って『俺らしくていいじゃない』と言った。
まあ、そうかもしれない。
なんにせよようやく、自分の中の何かが動き始めた気がした。
彰利 「ほれ悠介、ぼさっとしとらんと手伝え〜」
悠介 「解ってるよっ」
声を張り上げて必要品を片っ端から持ち上げては移動する。
そんな、普通なら嫌がることが何故か楽しかった。
心境の変化。
それだけじゃないとは思うけど、多分俺は何かにワクワクしていた。
それが『秘密基地』を得た子供のような気分だったってことを俺が知ることは……
───この先、一度もなかった。
だけど俺は思う。
何かに例えるわけじゃなく、何かになぞるわけじゃなく。
ただその時その時を楽しめればそれでいいんじゃないだろうか。
高望みをするわけじゃない。
ただ俺の知っている俺の家族が、みんな自分らしくあること。
騒がしいのはいつまで経っても慣れないけど、
それ以前にそう嫌っていないことに気がついた。
自分の居場所があるだけで、迎えてくれる人が居るだけで幸せを感じるなんて。
前までの俺じゃあ考えられなかった。
家系に反発するようにがむしゃらに生きていたあの頃。
ただ恐れを抱いて、泣くことすら我慢したあの頃。
……友達にさよならも言えなかった、あの頃。
辛いことばっかりで、泣いたことだって何度もあった。
だけど……俺は感謝したい。
辛いことがずっと辛いままで終わるわけじゃないことを教えてくれた、俺の周りの世界に。
悠介 「───……」
なぁ、冥月。
俺は沙姫の決心を挫きたいわけじゃない。
家族が増えるなら、俺はきっと喜んでいた。
だけど、お前の……沙姫の家族は、きっと俺達じゃない。
沙姫は自分の時代でこそ、俯かせた顔を上げなきゃいけないんだ。
真っ直ぐに前を見て、その上で歩かなきゃいけないんだ。
泣いたっていい。
誰かに支えてもらうのもいい。
自分を縛っている戒めなんかはその家系ごと捨ててしまってもかまわないだろう。
自分の人生を格式のために犠牲にすることなんてないのだから。
悠介 「───彰利、冥月刀を貸してくれ」
彰利 「へ?あ、ああ、いいけど。どないしたんやぁ〜?」
彰利がロバート(KOF94あたり)の真似をしながら挑発する。
悠介 「冥月刀を封印しようと思う。どうだろう」
彰利 「封印?……もったいないな」
悠介 「お前が嫌だって言うならやめるよ」
彰利 「いや、それはひとまず置いといてさ。どうしてまたいきなりそんなことを?」
悠介 「……うん。冥月刀の中に宿る冥月はこの先ずっと、家系に安置されると思う」
彰利 「ああ」
悠介 「それは、同じ時を過ごした者と同じくらいの思い出を、
その身に刻むことになるんだと思う」
彰利 「そうだな」
悠介 「……俺達は冥月の人格の解放は出来ないだろ?
だからさ、話を聞けても話返せないのは辛いと思うんだ。
これから先、沙姫が産まれるまでをずっと孤独に生きることになる。
俺はさ、冥月には沙姫が産まれるまでずっと眠っていてほしい」
彰利 「…………なるほど」
悠介 「冥月のやつ、口は丁寧語だったけどさ。
沙姫のことを心配してる時の顔、
まるで友達を心配してる幼子みたいだったんだ。
……俺は、そんなあいつの顔を守ってやりたいと思った」
彰利 「……そっか。解った、みなまで言うな。……いい夢見させてやってくれ」
悠介 「……ああ」
俺は目を閉じて月蝕力を発動させた。
蝕むのではなく、『刀』を沈めさせる『鍵』として。
頭のどこかで『世界』が作り出され、
その景色の中で『刀』という扉の鍵はパチン、という変わった音で閉められた。
その鍵は鞘のように刀を包み込むと俺の中から姿を消した。
悠介 「…………うん。月を蝕む力なんて、俺のもとに無い方がいい」
俺はそれを受け入れた。
消す力じゃなくて、守る力があればいい。
月操力は使えなくなったけど───
悠介 「………ハトが出ます」
言葉にしてイメージを弾かせる。
もう何度もしてきたそれは、一羽のハトを創造した。
さて、これでフリダシに戻ったわけだ。
ただ理不尽な『創造の理力』を持っていただけの俺に。
彰利 「……月操力も封印したのか」
悠介 「───ああ。俺にはもう必要ないものだ」
彰利 「…………そっか。そうなのかもな」
チキ、と。
彰利が刀を握った。
彰利 「冥月刀よ。仮初の主として命ずる。
我が家系の力、月壊力をその身に宿し、
その力をもって全ての月操力を吸収し、今はただ眠りにつきたまえ───」
───ヒィン……!
悠介 「あ、彰利っ!?」
彰利 「……ふぅ。これで俺もみんなも、ただの腕力馬鹿だ」
悠介 「お前……」
彰利 「多分さ、今のこの状況は冥月の未来通りなんだと思う。
月壊力と月蝕力を持って産まれるなんて有り得るわけないしな。
だとしたら刀に見とめられた人物こそ、
俺と悠介の月操力を受け継いでくれるんだと思う。
例えばの話だけどさ。
もし月壊力と月蝕力以外の月操力を持って産まれた子が居たとしたら───
その子は残りのふたつの根源を宿す刀と意識をリンクできるんじゃないかって。
……俺はそう思うんだ」
悠介 「……そうか」
彰利 「決まりきった未来ってのは嫌いだ」
悠介 「ああ」
彰利 「でも───」
彰利が大きく伸びをした時、穏やかな風がその丘である場所に吹いた。
彰利はそれを感覚全体で感じるように身を委ね、やがて俺に向き直って言った。
彰利 「───未来に何かを託すのも、悪い気分じゃないな───」
……まあ、すぐに変えてみせるけど、と。
そう言って、彰利は笑った。
力で捻じ曲げるわけじゃなく、あくまで人としてその未来を築いていく。
それは俺も同感だ。
彰利 「……これで、喧嘩する日が楽しみになったな」
悠介 「え?───ははっ、違いない」
陽光に当てられながら、俺達は笑った。
かつて別れを言わない別れを果たしたこの丘で、その友達と笑い合う。
───友達はひとりでいい。
だけど、家族は決して手放したくは無い。
俺にとってこいつは理解者であり友達であり、そして……家族だった。
彰利 「鈍るなよ、親友」
彰利が俺の頬を軽く殴る。
俺も『お前こそ』と言って軽く殴った。
彰利 「………………イタイ」
悠介 「へ?」
が、彰利が不平を漏らす。
粉雪 「だ、大丈夫……?」
日余が大袈裟に彰利の頬を見る。
そして心配そうにその頬に触れた時。
粉雪 「…………あれ?」
彰利 「どした?……え?もしかしてすっごい腫れてるとか!?」
粉雪 「ううん……その……視えないから……」
彰利 「へ?あ、ああ、月視力か。
さっき言った通りだ、冥月刀が全て持っていったよ」
粉雪 「え?それじゃあ……」
彰利 「ああ、正真正銘、俺たちはただのパワー馬鹿ってことさ。
そ〜れにしても…………へ〜……。
月操力で膜張ってないとここまでイタイのか……。
家系の腕力って恐いな……」
彰利は微笑みながらパコッ、と俺を殴った。
悠介 「………」
俺もそれに合わせて殴る。
彰利 「あてっ」
悠介 「………」
彰利 「…………痛いな、これ」
悠介 「ああ」
彰利 「は、あははははは……知らんかったわ、そんなこと」
悠介 「ははは……そっか」
彰利 「………」
悠介 「………」
ポコッ。
彰利 「………」
ペチッ。
悠介 「………」
コスッ。
彰利 「………………」
どすっ。
悠介 「……………………」
ぼこっ……!
彰利 「……!」
悠介 「───!」
彰利 「なにすんだこの野郎!痛いって言ってるだろうが!」
悠介 「あー!?やるのかコラ!一度殴り合えば十分だったってのに殴り返しやがって!」
彰利 「かかってこいコラァ!最強が誰か思い知らせてやる!」
悠介 「お前がこいボケ!今ここで決着つけたるわ!」
……未来から見れば、まだまだ蒼いこの季節。
ぼくらは出会った頃のように、まだまだ頼りない拳を振り上げた。
───守りたいものがある。
救いたい人が居る。
……失いたくない友達が居る。
ぼくらはそんな自分の周りの世界を守るために生きてゆく。
それはどうして?と訊かれた時、ぼくらは声をそろえてこう言った。
『───それが、とてもとても幸せだから……』と。
やがてぼくらは殴り合い、疲れ果ててから大声で笑った。
痛む傷はもう、すぐには治せないけど……あいつは元気に笑っていた。
───俺は思う。
この『月の家系』も、もう『人』に戻るべきなのだと。
『孤独』というものを背負い、痛みを知って人を遠ざける。
そんなことを繰り返していても、きっと幸せにはなれない。
不幸をたくさん知っているぼくらだからこそ、人を慈しむことが出来るのだから。
だから……その手で誰かを幸せにしよう。
誰だっていい。
自分の好きな人を、大切な人を、必要な人を。
そしてそれが出来た時。
自分もその人達に負けないくらい───……一番の笑顔で、笑ってみよう。
それこそ、初めて出来た友達に照れ笑いするかのように……。
───……
「───……ってお話があったの」
「へー……そうなんだ〜」
「ええ、それはもうとんでもない喧嘩だったそうなの」
「おかーさん、そのおじいちゃんたちのことしってるの〜?」
「……うん。そのおじいちゃん達はね?わたしのひいおじいちゃんなの」
「そうなんだ……」
「ええ、そうよ」
「すごいおじいちゃんたちだったんだねー」
「うん。とっても元気なおじいちゃんたちだったわよ」
「すごいねー。さきもそんなふうにすごくなれるかなー」
「ええ、そうね……明日行われる『刀の儀式』で認められれば……それだけで凄いわよ」
「おかあさんもうれしい?」
「………」
「おかーさん?」
「……わたしは、刀の巫女としてあなたが育てられるのを止められなかった……」
「…………?」
「わたしはあなたに普通の女の子として生きてほしかった……」
「おかー……さん?どうしたの?おめめ、いたいの……?」
「……どうして……こんなにやさしい娘が……」
「…………」
「…………」
「だいじょーぶだよ、おかーさん。わたし、その『ぎしき』で認められるから」
「え……?」
「さきがみとめられたら、おかあさんもなかなくていいよね?」
「…………沙姫……違うのよ……お母さんは……お母さんは……」
「がんばるから。さき、ぜったいがんばるから」
「…………っ」
「だから、おかーさん。ないちゃだめだよ」
「………」
「………」
「……ええ。そう……ね……」
「うんっ」
「……ごめんなさい、沙姫……」
「……なんであやまるの?おかあさん……」
「ごめんなさい……っ……」
「…………」
「それから……頑張って、沙姫」
「おかーさん……」
「認められなくても……あなたはわたしの大切な娘だから……」
「……うんっ」
「……どんなことがあっても一緒に居てあげるから。沙姫は……ひとりじゃないのよ」
「うんっ、おかーさんずっと一緒」
「だから……泣いちゃだめよ、沙姫……。おかーさんみたいに泣き虫になっちゃだめ」
「さきなかないよ。さき、つよいこだもん」
「……ええ、そうね……沙姫───」
───いつか眺めた穏やかな景色。
沈んでゆく夕日を見ながら、幼いぼくらは涙を流した。
そんな日があっという間に過ぎて、やがて年老いてゆくぼく。
未来から見れば、まだまだ蒼いあの季節。
いつか交わした約束に涙しながら、ぼくらはとても長い喧嘩をした。
ただそんな景色の中。
孫が抱いていた孫の娘が、ぼくらを見て穏やかに笑っていた。
『沙姫』という名のその娘は、きっと俺たちとは別の辛い思いをするだろう。
───生き方を選択させてやることも出来なくてすまない。
だけど……キミはキミの未来を築いてほしい。
背負うモノが重すぎるなら捨ててしまってかまわない。
キミにだけ重荷を背負わすつもりはないのだから。
だから、もし辛いと思ったら。
家族の誰かを頼ればいい。
きっと、誰もキミを責めないから。
そしてもし、背負うことが辛くなったのなら───
そんなもの、全てシェイドにでも渡してしまえ。
あいつは暇なやつだから、呼べばきっと来るから。
……ああ、そうそう。
沙姫も冥月もあまり無茶はしないこと。
それだけだ。
それじゃあ、この手紙が娘に甘い親からキミたちにきちんと届くことを願って。
悠介 彰利
───ぼくたちは絵の具です。
想いを抱いて、真っ白なキャンバスに人生を描いてゆく絵の具です。
たった一色の絵の具でしかないけれど、
ぼくたちは手を取り合って綺麗な絵を描き続けていきます。
ひとりじゃないから。
きっと孤独じゃないから、ぼくたちは一色でしかないのです。
手を取り合えばこんなにも輝けるぼくらだから。
だから───
いつか時が経って、もう色を出せなくなってしまった時……
ぼくらは微笑みながら、筆を置こうと思います。
自分だけで描いた絵じゃないって知ってるから。
誰かが居てくれたおかげだって解ってるから。
だから、ぼくらはきっと笑っているのだと思います。
他の絵の具たちに感謝しながら、
みんなでその絵を見て……ぼくは、やがて筆を置くのです。
だからそれまで……
……どうか、この夢のような日々を……
───いつまでも色あせることなく、描かせてください───
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