それは今の物語。
過去現在未来を丘の上から見下ろした、既望へ繋がる望月の日。
夢の終わりはいつだって隣にあって。
その夢が終わらないようにぼくらはいつだって走り続けた。
走って走って、涙が出るくらい走って。
ふと、誰かにバトンタッチをしたくなった時、周りを見渡しても誰も居なかった。
そして足が動かなくなって倒れた時、自分は目を覚ました。
孤独というくだらない宿命を背負って産まれたぼくらにはそれが辛くて。
だけどその隣には自分が心を許した友人が居てくれた。
彼は苦笑しながら冗談まがいに話し掛けてくれて、
それが現実だと知ると自分も嬉しかった。
もう孤独だなんて言葉はいらない。
いつか迎える終わりの時まで、俺はこいつと一緒に未来へと歩き続けよう。
───そしてその終着が見えた頃。
ぼくたちは子供に戻って、馬鹿みたいな喧嘩をする。
……だから。
どうかその時が来るまで、ぼくらの夢を奪わないでください───
───来客───
───朝が来た。
俺は例のごとく朝食を用意して、珍しく朝の散歩に出ていた。
見上げれば真っ青な空。
ああ、夏ももうすぐ終わりか───なんて思った瞬間だった。
ドカーン!
大きな音を立てて、神社の境内の一角にクレーターが出来た。
サイヤ人でも降ってきたのかとか思ってしまう迫りつつある自分が怖い。
もちろん俺の所為じゃない、周りの連中の所為だ。
しばらくすると咳き込む声とともに煙も晴れて来た。
そしてそこに居たのは───まだ幼さの残る少女だった。
少女 「う……いたた……」
少女はどこかから落下してきたのか、頻りに痛がっていた。
俺は呆れて……というより間違いなく厄介ごとであることを悟り、
敢えて話し掛けることはしなかった。
少女 「……あ」
少女は危うかった体勢を変えて赤くなった。
……俺が何も喋らない所為か、少女もなにも喋らない。
仕方ないな、このままじゃなんか気まずい。
悠介 「……あのさ。どうやって落ちればこんなクレーター作れるんだ?」
少女 「……ご、ごめんなさい……」
そう言うと少女は突然ポロポロと涙した。
悠介 「うわっ!?こ、こらっ!いきなり泣くなっ!訳が解らないぞ!」
少女 「ごめんなさい、ごめんなさい……境内を壊すつもりなんかなかったんです……」
……うお……何かしたわけじゃないのに……なんだこの罪悪感は……。
悠介 「いきなり謝らないでくれ……あー、キミ、名前は?」
話題を変えれば少しはマシに……
少女 「……な、名前ですか……?」
悠介 「俺は晦悠介。キミは?」
少女 「え……?」
悠介 「え?」
少女 「あ、あの……もう一度お願いできますか?」
悠介 「え?名前か?」
少女 「はい、はい……」
こくこくと頷く少女。
悠介 「晦悠介……だけど」
少女 「……ということはここは晦神社……ですか?」
悠介 「そうだが」
少女 「…………どうしよう」
再び泣き出す少女。
ああ、やっぱり面倒事だった。
なんてことだ、面倒なのはあいつひとりで十分なのに。
って、こんなこと思ったら現れるな、控えよう。
悠介 「……あのさ。名前を訊いているんだが」
少女 「あ、あっ……ごめんなさい、ごめんなさい……」
悠介 「だ、だから謝るなって……名前を訊いてるだけだから。……ほら、泣きやめ」
少女 「あ……」
流れる涙を拭ってやる。
俺を見るその目は潤み、なにやら可愛いものだった。
少女 「………」
それ以降、ぽ〜……とした感じで俺を見る少女。
……落ち着いたのかな?
悠介 「……キミ、名前は?」
少女 「……あの」
悠介 「うん?」
少女 「な、名前を訊いてどうするんでしょうか……」
悠介 「呼ぶだけだが。他にあるか?」
少女 「……そうですよね。それ以外なんて無いです。
わたしは……沙姫。弧月日 沙姫と……申します」
悠介 「こげつひ、さき……?変わった苗字だな」
沙姫 「……はい。あの……わたしの家がひとつの家元として確立される際、
お祖父さまが作った苗字だそうです……」
悠介 「確立?」
沙姫 「あ……忘れてください」
……なんですかそりゃあ。
まあいいか。
悠介 「ほら、とりあえず立ちなさい」
俺は少女に手を貸し、立ち上がらせた。
そのままクレーターから出すと、俺はその削れた部分を創造して元通りにした。
記憶は彰利にでもいじってもらおう。
だが、少女は驚かなかった。
そのことに俺が驚いたくらいだ。
悠介 「………」
で。
よく観察すると恐ろしいことに気づく。
悠介 「……あの、さ。それ……」
彼女が腰周りに差しているもの。
それはどう見たって刀。
尚且つその柄の三日月の印は……
沙姫 「あの、これは……勝手に持ち出してしまって……」
───どっからどう見ても冥月刀でした。
悠介 「……ちょっと見せてもらっていいか?」
沙姫 「えっ、あ、だめですっ!抜いてしまったら───」
悠介 「え?」
キヒィイイン……。
ごめんなさい、手遅れでした。
透き通るようなキレイな音を出して冥月刀はその美しい刀身を空の下にさらした。
沙姫 「───……」
悠介 「……あら?」
なんか様子が変ですが?
沙姫 「……やれやれ、また抜いてしまわれたか。
沙姫さまはおてんばで在らせられるな」
悠介 「…………?」
はて?なんか口調が凄まじく変わっていらっしゃるんですが?
沙姫 「……ああっ、これは悠介さま。お懐かしい限りです」
悠介 「へ?」
沙姫 「お忘れですか?わたしです、冥月でございます」
悠介 「いや……聞いたこともないですが」
沙姫 「……?ああ、そうでございました。
ここではまだわたしの意識は生まれていませんでしたね。
それでは改めて挨拶を。わたしは冥月。
屠神 冥月でございます。冥月刀の具現体……とでも言っておきましょうか」
悠介 「と、とがみ……?めいげつ……?刀の精霊って……」
……なんですかそりゃあ。
冥月 「まあいずれ解ることでしょうし話してしまいましょう。
部分部分は掻い摘んでもよろしいか?」
悠介 「……好きにしてくれ」
冥月 「承知しました。言ってしまえばわたしと沙姫さまは未来からやってきました」
悠介 「掻い摘みすぎだっ!」
冥月 「はっ!?し、失礼しました!それではどう話せばいいやら……!」
悠介 「…………いや、いい……。冥月刀持ってるってことは月の家系なんだろ……?」
冥月 「その通りです。沙姫さまは才能に恵まれておられる。
さすが、悠介さまと彰利さまのご子孫なだけはある」
悠介 「マテ」
冥月 「は?ま、またなにか至らぬところが?」
悠介 「俺と彰利の子孫って……!?」
冥月 「はい、沙姫さまは悠介さまと彰利さまの子孫で在らせられます。
言わば……先ほど沙姫さまが仰られた『お祖父さま』が、
彰利さまのご子息……つまり、みずきさまに在らせられます」
悠介 「………」
冥月 「そして同じく生まれた深冬さまのお子さまとみずきさまのお子さまが結ばれ、
その娘として沙姫さまがご誕生なられた。
わたしは宝刀として家系に祭られていたのですが、
赤子の頃から沙姫さまとは波長が合いまして。
彼女がこの刀を抜く時、わたしの意識が現れるようになったのです。
つまり沙姫さまが危機の際、
沙姫さまが刀を抜けば……わたしが沙姫さまをお守り出来るわけです」
悠介 「なるほど……参考までに訊くけどさ。冥月、お前って男?」
冥月 「いえ、女性(にょしょう)にございますが。それがなにか?」
悠介 「……いや、なんでもない」
なんか最近、女と接触してロクな目に合ってない気がするからさぁ。
冥月 「ところで悠介さま……話は変わるのですが」
悠介 「うん?」
冥月 「沙姫さまは素質はあるのですがそれを引き出すことが出来ないでいるのです。
わたしは沙姫さまのその悲しみを受け止めて力を解放致しました。
その結果がこの時代への時間転移です。
沙姫さまは恐らく、
一代で家系の歴史を塗り替えた貴方さま方を慕っていたのでしょう。
わたしは沙姫さまの思いを力に変換しただけなのですから。
ですが知っての通り、わたしは家系の力を流し込まれて初めて機能する刀です。
言わば、力を引き出すための『鍵』でしかありません。
わたしが感じた限り、沙姫さまには秘めた素質がおありです。
その証拠に月空力である時間転移を成功させてしまいました」
悠介 「……ああ」
冥月 「お願いします悠介さま。どうか沙姫さまの不安を取り除いてさしあげてください。
力を開花させてくれと言うのではありません。
沙姫さまにどうか、笑顔をお与えください……。
わたしは沙姫さまが幼子の頃から傍に居るというのに、
未だ沙姫さまの真の笑顔に会っていない気がするのです……」
悠介 「……俺は俺なりのやり方しかできないぞ?」
冥月 「大丈夫でございましょう。
貴方さまはご自分が思っておられるよりもやさしい方だ。
きっと、沙姫さまも貴方さまが好きになるに違いありません」
悠介 「怖いこと言うなよ……。
俺はもうルナに刺されてセレスに噛まれて若葉に怒られ木葉に呪われ、
姉さんに撃たれて水穂に誤解されるのは御免だぞ……」
冥月 「ふふっ、変わっておりませんね」
悠介 「知るかっ」
冥月 「それでは、任せて大丈夫でしょうか」
悠介 「……笑わせるなら彰利が居る。俺じゃあ役不足だろ」
冥月 「…………過ぎた謙遜はやがて愚鈍と称されますよ。
貴方には人を惹きつける確かな『何か』がございます。……それでは」
冥月が刀を手にして、鞘に収めてゆく。
悠介 「え?あ、ちょっと!今のどういう意味───」
やがて刀身は鞘の中に消え、パチンッという音とともに完全に収まった。
冥月 「───……」
悠介 「おいー……?」
冥月 「…………?」
悠介 「め、冥月……?」
冥月 「ひあっ……!?あ、あなた誰ですかっ……!?」
悠介 「───ダメか。沙姫に戻ってしまった……」
沙姫 「あ……先祖さま……?」
悠介 「……間違いじゃないらしいけど、先祖さまはやめてくれ」
沙姫 「あ……ち、違うんです、先祖さまってそういう意味じゃ……」
悠介 「冥月から全部訊いたよ。隠さなくていい」
沙姫 「あ……そうだったんですか……」
悠介 「………」
しかし、何度思い返しても厄介者がやってきたとしか思えないんだよねぇ……。
よし、こういうのはアレだ、彰利に任せよう。
悠介 「彰利ー」
小さく呟いてみる。
するとゴバァアアン!
彰利 「イィヤッハァアアーッ!!呼んだかいブラザー!」
何故か埋めた筈のクレーターから彰利が現れた。
悠介 「どこから沸いて出てくるんだよお前は!ああもうせっかく直したのに!」
彰利 「まあまあまあまあそげんこつどうでもよかギン。して、なんば用っとや?」
悠介 「横着した言葉で物事を語るな。解るように喋れ」
彰利 「…………俺に標準語を話せと?」
悠介 「あーいい、お前に付き合うと時間がかかる。沙姫」
沙姫 「は、はいっ」
悠介 「えーと、紹介する。こいつが弦月彰利。彰利、この娘は───えっと」
……なんて紹介したもんか。
いきなり未来からやってきたって言ってもイチャモンつけてきそうだし。
悠介 「……この娘は沙姫。えーと……俺の娘みたいなものだ」
彰利 「!?」
……しまった。
どうやらタブーだったらしい。
って、普通考えれば解ることじゃん!
うわぁやっちまった!
悠介 「いや、これは冗談で」
彰利 「アァアアアアアアアッ!!」
悠介 「うおっ!?」
彰利 「ダ、ダーリ……ダーリンに隠し子っ……!?」
彰利の目からホロホロと涙が溢れる。
やがて震えながらゆっくりと首を横に振り、後退りしてゆく。
……こりゃ絶対誤解してるな。
彰利 「ひどっ……!ひどいや……ゆ……う、うわぁああああああああっ!!!!」
悠介 「あ、彰利っ!?」
彰利が涙を撒き散らしながら走っていった。
…………やばい。
なんかやばい。
嫌な予感が絶えない。
悠介 「えーと……逃げようか、沙姫」
沙姫 「え、あ、あの……何故ですか?」
悠介 「身の危険を感じるからだ。ここに居ると間違い無く屠られる」
あー……どうして俺ってこうかなぁ。
口が軽いっていうかなんていうか……言わなくていいことをべらべらと……。
沙姫 「これからここに来る者が先祖さまに危害を加えるのですか……?」
悠介 「そういうことになるかな……自業自得だけど。
それよりさ、その先祖さまっていうのやめてくれないかな……」
沙姫 「……先祖さま」
悠介 「名乗ったでしょうが。好きなように呼んでいいから」
沙姫 「……先祖さま」
悠介 「………」
沙姫 「………」
悠介 「えっとさ、彰利のことも先祖さまって呼ぶんだろ?ややこしいじゃないか」
沙姫 「いえ、あの……弦月の家系では、あの人には独特の呼び方があったとか……」
悠介 「へえ……あいつに?どんなのか聞いていいかな」
沙姫 「………」
悠介 「うん?」
沙姫 「…………ん」
悠介 「聞こえないんだけど……」
沙姫 「あの……一度しか言いません」
悠介 「ああ」
沙姫は顔を真っ赤にして視線を泳がす。
……なんだ?
そんなに言い辛いことなのか?
沙姫 「へ……」
悠介 「へ?」
沙姫 「変態オカマホモコン……」
悠介 「………」
沙姫 「………」
悠介 「………」
沙姫 「あの……泣いているんですか……」
悠介 「え?うわっ、ほんとだ……」
拭ってみると、指につく涙。
あ、あれ……?なんで俺、泣いてるんだろ……。
ていうか子孫にまでそう呼ばれてたのかあいつは……。
すまん彰利……一生モンの不名誉なあだ名つけちまって……。
沙姫 「す、すいませんっ!
呼ばれ名だからって、ご親友の悪口を言われたら傷つきますよね……!」
悠介 「へっ!?い、いや、これはそういうのじゃなくて」
ドガシャアアン!!
悠介 「はっ───し、しまったぁ!つい話し合ってしまったぁ!」
神社の境内から、空へと吹き飛ぶ玄関が見下ろせた。
く、来る!やつらが来る!
悠介 「10秒で消える、彰利の部屋へと続くブラックホールが出ます!」
ブラックホールを創造する。
もちろん退避用。
悠介 「沙姫、来いっ!」
沙姫 「は、はいっ」
沙姫が、差し伸べた俺の手を握る。
俺はそれを引くとブラックホールの中へ飛び込んだ。
───……ブラックホールが閉じる瞬間、
最後に恐ろしいまでの怒号を聞いた気がしたが……まともに考えるのはよそうと誓った。
───……ヴヴンッ!
ブラックホールを介して彰利の部屋へ辿り着いた。
俺は先に着地して、沙姫の手を引き
彰利 「やあ」
悠介 「!?」
手を引いた先から彰利がズルゥリと出てボゴォッ!!
彰利 「おぶボッ!」
悠介 「ど、どうしてお前が出てくるんだよ!沙姫はどうした!」
彰利 「フフフ、こんなこともあろうかと冥月刀で異空間から直接あなたに会いに来たの。
ああ、ちなみにホレ、ダーリンの娘はここに」
彰利が手を引くと、その先から沙姫が現れた。
彰利 「でももういいの……ダーリンの娘ってこたぁアタイの嫁も同然……。
…………ん?娘……?
……ダーリンてめぇいつナイトフィーバーしやがったのよ!
け、計算が合わねぇわよ!?
ま、まさかダーリンたら幼少の頃からそんなに手が早かったの……!?」
悠介 「それ以前にどうして沙姫がお前の嫁になるんだよ!」
彰利 「あっ、あーっ!誤魔化したーっ!この野郎ォーッ!!」
彰利が唸りをあげて襲いかかってきた!
悠介 「勘違いしてんじゃねぇ!この娘は」
彰利 「うっさいわい!ダーリンなんかもう知らん!
お前なんかもうハニーだ!このハニー!」
悠介 「落ち着け本気で!罵倒が確実におかしくなってるぞ!」
彰利 「ダーリンのアホー!ハゲー!」
悠介 「うわっ!?マジ泣きしてる!?」
彰利 「ばかー!ダーリンのばかー!おばかさぁあああああああん!!」
がしゃあああああんっ!!
彰利が窓ガラスをブチ破って外へと飛び出しドカアアアン!!
彰利 「ギャウッ!」
例の如く車に撥ねられた。
悠介 「……ごめん、馬鹿で……」
沙姫 「いえ……聞いていた通り……いえ、それ以上です……」
外では騒音とともにざわざわと野次馬が集っている。
悠介 「あの馬鹿、さっさと逃げないから───!」
騒ぎになるのは御免だ。
俺は沙姫にこの場に居るように言って、外へ飛び出した。
階段をカンコンカンコンと降りてその場へ。
うわ、ホントに野次だらけだ。
まったく暇人どもめ……!
悠介 「すいません!ちょっとすいません!」
人垣に潜り込んでゆく。
なんだよあいつ、とかいろいろ言われたが無視だ!
───そしてようやく人垣を抜けて、その景色の見える場所まで辿り着く。
そこには彰利を撥ねたと思われる車が止まっていて───
彰利 「やーみんなー!今日は俺のライヴに来てくれてありがとー!」
彰利がその上で勝手にライヴを始めていた。
……ホントにめげないヤツだ。
彰利 「それでは聞いてください!
俺様作曲、『赤毛のアンは鼻毛も赤いのか否か』!」
…………馬鹿なことをした。
あいつが車に撥ねられた程度でめげるわけがなかった。
戻ろう。
どこからともなく流れてくる曲とともに彰利が歌う。
恐らく音楽は月奏力で出しているのだろう。
彰利 「アンさん何者どこぞの娘!?真っ赤な髪の毛振り回スィーッ!
でも毛が赤いってこたぁアレでしょ!?
鼻毛も赤いんでしょ!?え?違う!?金返せこの野郎!!」
……滅茶苦茶な歌詞に、俺は耳を塞いだ。
見れば、彰利は周りに居たギャラリーにモノを投げられている。
彰利 「ギャアア!お、お客様!モノは投げないでください!
投げていいのは投げキッスだけよー!あ、あと金!
未だにキャミソール姿のアタイにお恵みをー!」
……あの馬鹿、せっかくツッコまないでいてやったのに……。
まあ、自分で言った通り、未だヤツはキャミソールである。
冥月刀で消滅したタンスには財布と通帳が入っていたそうで、すべて消滅。
今では我が晦家にしょっちゅうタカリに来ている。
ちゃりんちゃりーん!
……ん?
彰利 「キャア!そうよそう!金ヨー!もっとよこせー!もっとだー!もギャア!?
だ、誰だ今思いっきり投げたの!骨が砕けるかとゲブボッ!!
なにぃ!?10円を袋に詰めての投擲!?考えやがったなブッチャー!」
……彰利が野次馬に金を投げられている。
そのほとんどは10円や五円だ。
1円は軽くて威力がないから投げていないのだろう。
気持ちは解る。
彰利 「ひぃふぅみぃよぉ……おお、100円たまブボォッ!!」
ドゴォッ!メゴォッ!
ベキャッ!メシャア!!
彰利 「いたた!マジ痛い!やめれ!誰!?こんな勢いで投げてるの!」
悠介 「あそーれ!うぅりゃあ!おぉりゃあ!!」
彰利 「ダーリン!?ちょ、ちょっと待てコラ!てめぇなんばしブボッ!
いやシャレになってませんよ!ダブボッ!!
やめれと言っておますじゃねえの!!しかも5円ばっかり!
ダメージに見合ってないぞこれ!死ぬ!マジで死ぬ!」
俺は五円を袋に詰めて投擲した。
それが彰利の脇腹にゴシャアとめり込み、彰利がギャアと叫ぶ。
ああ、なんて気持ちがいいんだろう。
これが……これがスポーツ精神!?
彰利 「親友に金投げつけてなにサワヤカ少年気取ってんじゃい!
ダーリンたらヒドイわ!これが貴方の友情なの!?」
悠介 「友情だ!」
彰利 「うおブボッ!?言いきっちゃっブボッ!!フ……ならばブボッ!
俺もそれにブボッ!答えなけりゃブボッ!ならブボッ!喋らせろよこの野郎!」
おおキレた。
だが金の雨は止まない。
次第に彰利も怯んでくる。
と、その時だった。
───トン、と。
沙姫が車の上に降り立った。
彰利 「ほぇ?」
沙姫 「───」
ガキキキキキキキキキキキキィインッ!!
沙姫は降り立つと同時に冥月刀で小銭を受け落とし、野次馬達を睨んだ。
沙姫 「失せるのだ群集よ。失せぬのであればこの冥月、お相手致す」
そう言って構える沙姫───いや、冥月。
その睨みだけで相当な迫力がある。
実力は相当だろう。
野次馬も蟻が散るように去っていった。
冥月 「───ご無事でしたか、彰利さま」
彰利 「………」
彰利が俺を見る。
珍しく、『説明してくれるよな?』って顔だった。
───さて。
彰利 「へー、未来からねぇ。
俺も過去からならダーリンのもとへ遊びに行ったことがあったけど」
悠介 「あるのか」
彰利 「うむ、平気で殴られた」
悠介 「……お前の扱いはどこも同じってわけだな」
彰利 「イエス、ちょっぴりアタイもセンチメンタル。
あ、ところで質問。この冥月刀にはまだ冥月の意識は無いんザマスか?」
冥月 「いえ、あるにはありますが……開放できる資質がないのです。
わたしの意識の波長と同調するか、
月壊力と月蝕力を使えなければなりません」
彰利 「ぬう……月壊力だけじゃダメなのね」
冥月 「はい。月壊力で開けるリミットはせいぜい月操力の強化です」
彰利 「むう……って、あら?
それだったら月蝕力でもリミット開くことは出来るってことザマスか?」
冥月 「はい。引き金にするだけですので、冥月刀が消飲されるようなことはありません」
悠介 「そうなのか……」
彰利 「ふむふむほほー。ところでさ」
冥月 「なんでしょう」
彰利 「この冥月刀に意識があるとしたら、このあとのことも知ってるんザマスね?」
冥月 「はい、同じことを質問していたのを憶えています」
彰利 「ぬお……」
冥月 「未来を変えようとしているのですね。
この時、今この場に居る未来のわたしは黙っていましたが、
わたしも同じ歴史の繰り返しを好まないので、先のことを変えてみましょうか」
彰利 「賛成!で、アタイはこのあと何したん?」
冥月 「未来を変えようとしたんですが、悠介さまに止められて断念しました」
彰利 「……なんかよく解る気がする」
悠介 「そう睨むな……」
彰利が少々疲れた表情で俺を見た。
彰利 「そんじゃあ止められなきゃいいってわけね。えーと、じゃあどうするか」
悠介 「いいよ、俺も変えてみたい」
冥月 「この話をしている時点でもう変わっております。
ですが……そうですね、
悠介さまと彰利さまで冥月刀を呼び起こすのはどうでしょう」
彰利 「ウィ?出来るの?」
悠介 「───あ、そっか。月壊力と月蝕力が鍵なら、俺とお前でやればいいんだ」
彰利 「───ああ!」
彰利が早速冥月刀を引き抜く。
相変わらず透き通るような音を鳴らして、その刀身は姿を見せた。
俺と彰利はその柄を片手ずつで持って構えた。
彰利 「いくぞ悠介っ」
悠介 「おうっ」
集中し、印を解放する。
途端、冥月刀が輝いた。
彰利 「ゲェーッ!?いきなり太陽拳!?なんて洗礼だ!」
悠介 「違うだろこれはっ!」
ギキィンッ!
やがて光は治まり、冥月刀の唸りは治まった。
冥月 「……やはり、意識を同調出来る者でなければ真の解放は無理ですね」
悠介 「沙姫にはその資質があるんだよな?」
冥月 「はい。かつて死神と融合を果たした月操力の開祖さまより、
いろいろな意味で強力な素質の持ち主です」
彰利 「おお、それなら俺様新発見」
悠介 「え?」
彰利が沙姫の手を取り、自分の冥月刀を持たせた。
彰利 「二刀流ー!」
悠介 「………」
冥月 「なるほど、それは面白そうですね。───むっ……!」
冥月が両手に持った冥月刀を構えた。
……が、なにやら冥月刀がギチギチと唸りを挙げ始める。
彰利 「………」
悠介 「なにやらヤバそうなんだが」
彰利 「俺っち知らないっす」
彰利がハマーの真似をしている内にもどんどんと音は大きくなる。
彰利 「いやーん!なんか爆発しそうな雰囲気!」
悠介 「い、いやっ……さすがにそれはないんじゃ───」
ガギギギッ!ギキィイイインッ!!
悠介 「……あるかも」
彰利 「とんずらーっ!」
彰利が先ほど破壊した窓から逃げ出した。
悠介 「ああっ!?て、てめぇーっ!!」
ドバァン!
彰利 「ギャーォオオウ!!」
しかし再び車に撥ねられた。
って、それどころじゃない!
今も尚、ふたつの冥月刀は唸りをあげている。
これは相当ヤバイ───!
どうする───!?
1:俺も逃げる
2:電磁場で防御
3:……逃げられるわけないだろう
結論:3
悠介 「逃げられるわけないだろう……!」
見れば、力の強さの所為でふたりの冥月は刀へ引っ込み、それを制御しようとしている。
だが問題は彼女───沙姫だった。
震えながら涙目で俺を見ている。
それは間違いなく───助けを懇願している目だった。
そんな目を見て逃げられるほど、俺は人嫌いじゃない───!
悠介 「待ってろ!今助けてやる!」
俺は沙姫に駆け寄るとその冥月刀に手をかけた。
バチィッ!
悠介 「ぐうっ!?」
が、その途端に手に激痛が走って血が出た。
相当な力が暴走している。
家系の開祖か……厄介な力だなまったく!
ガシィッ!
悠介 「ぐぅあっ!───く、あああああああっ!!」
それでも掴む。
肉が鳥肌が立つほど膨張と収縮を繰り返し、ところどころで破裂を始める。
血が出たが───構わない。
こんなものは後でどうにでもなる。
今はこの俺の目の前で泣いてる娘を助けなければ───男じゃねぇ!
悠介 「沙姫!冥月刀を離せ!俺がなんとかする!」
沙姫 「だめ……だめです……!そんなことしたら先祖さまの体が持ちません……!
片方の鍵しか持っていないのに、
ふたつの鍵が必要な大きな扉は開けられません……!」
悠介 「いいからっ!腕が飛ぼうがどうしようが構わない!守りたいんだよお前を!」
沙姫 「え───?」
一瞬の間、沙姫の力が抜けた。
俺はその隙を見逃さず、唸りを上げる冥月刀を奪った。
悠介 「───っ……!!まったく、開祖ってのはバケモノだな……!
こんな力を制御できるだけの力があるなんて……!」
喋る内に手の皮は剥げ、どんどんと血が出るのだが───その血まで消滅してゆく。
悠介 「でも甘い。開祖にも無い力が俺にはあるんでね───!」
俺は溜め込んでいた理力の全てを解放した。
それは冥月刀に吸い込まれていき、次の瞬間には冥月刀の唸りは止まっていた。
悠介 「……やれやれ」
剥け爛れた手の部分を創造し、一息つく。
……なんか、開祖がどうのより……俺が一番バケモノかもしれないな。
今、ピッコロさんを超えたような気がした。
……いや、冗談だぞ?
バケモノって部分はさて置き。
悠介 「よっと……ほい、封印」
パチン。
冥月刀を鞘に収めると、俺は息をついた。
沙姫 「あの……何を?」
悠介 「うん?ああ、これ?」
冥月刀を少し掲げる。
沙姫は頷くと、俺をじっと見た。
悠介 「なんのことはないよ。
冥月の制御を手助けする力が出ますって感じの理力を溜めておいてな?
それを冥月刀に流し込んだわけだ。
それで冥月もさっさと制御に集中出来るし、唸りも治まる。一石二鳥だ」
沙姫 「創造の理力……あれがそうですか」
悠介 「ブラックホール作って見せただろ?」
沙姫 「いえ……あれはてっきり月空力かと……」
悠介 「俺が使えるのは月蝕力と月鳴力だけだよ。
あとの力は創造の理力で『もどき』を作ってるだけだ」
沙姫 「………」
悠介 「それより、そっちは大丈夫か?」
沙姫 「あ、はい。全力で頑張ったので唸りももう治まりました」
悠介 「馬鹿、手の方だよ。見せてみろ」
沙姫 「え?あ……」
沙姫の手をとって、傷は無いか調べる。
悠介 「ひどいな……擦り切れてるじゃないか」
沙姫 「平気です。慣れてますから……」
悠介 「そういう問題じゃないだろ。えーと……月生力もどき」
彰利がやっていたことをイメージとして想像し、それを創造に変えて弾けさせた。
悠介 「……ほい治療完了。女の子なんだから無茶するなよ?」
俺的に、この娘にまであいつらのような性格になってほしくない。
沙姫 「………」
悠介 「ん?顔赤いぞ?大丈夫か?」
沙姫 「………」
……こくこく。
ああ、頷いてる。
大丈夫らしい。
俺はぼ〜っとしている沙姫の頭を撫でてやると、それを反動にするように立ち上がった。
さて……これからどうするか。
彰利 「やあキミたち」
悠介 「なっ───てめぇ騒ぎが治まったと思ったら戻って来やがって!!」
彰利 「馬鹿野郎!あんな面倒なことに巻き込まれてたまるか!」
悠介 「いっつも自分から面倒事起こしてる馬鹿野郎が、
なぁにえらそうなことぬかしとんじゃあーっ!!」
彰利 「偉いから全て免除!最強!」
悠介 「免除されるわけないだろうが!オマケに偉くもない!」
彰利 「じゃあエロい?」
悠介 「それは認める」
彰利 「ダーリンのばかーっ!」
彰利が走り去っていった。
今度は飛ばなかった。
悠介 「しかしどうしたものかな。しばらく帰らないのか?」
沙姫 「………」
悠介 「沙姫?」
沙姫 「………」
……こくこく。
頷いてる。
帰らないらしい。
悠介 「ここで何かしいたいことでもあるのか?」
沙姫 「………」
悠介 「………………沙姫?」
沙姫 「………」
……こくこく。
頷いてる。
……ホントだろうか。
さっきから俺の方ず〜っと見て呆けてるんだが。
……ていうか、抜刀したままだな。
もしかして冥月?
悠介 「あの……冥月?」
冥月 「はい……そうですが」
悠介 「…………どしたの、さっきからぼ〜っとして」
冥月 「……いえ」
悠介 「………」
シャッキリしないなぁ。
なんだろなぁ。
悠介 「そういえばさ、この歴史に残るにしても、どこか行く宛てあるのか?」
彰利 「ダーリンの心の中……♪」
悠介 「よし、今すぐ心の人にしてやるからそこを動くな」
彰利 「ギャアーッ!!どうしてここに居るのかとかそういう疑問より先に始末!?」
悠介 「フンッ!」
べきゃっ!
彰利 「ギャウッ!」
彰利の脇腹に良いトーキックがメリ込む。
悠介 「やあ彰利、どうしてこんなところに居るんだ」
彰利 「蹴る意味がねぇーっ!なんてことすんのさダリーソ!
アタイの脇腹が泣き虫サクラの目みたいにボッカリと空いちゃったじゃない!」
悠介 「怖いこと言うなよ!全然普通じゃないか!」
彰利 「あ、待って、今空けるから。むーん!」
メコメコ……ボコォッ!
彰利 「ほれ見ろー!こんなにデカイ穴が」
悠介 「で、どこか行く宛てはあるのか?」
彰利 「例の如く無視かよぅ!
ダーリンたら最近ちっともアタイにかまってくれねぇじゃねぇの!
いい加減アタイも切なさ炸裂ですよ!?無言電話ですよ!?」
悠介 「だぁってろこのボケ!」
彰利 「ひぃいっ!?」
オガー!と咆哮を放つと彰利が怯んだ。
彰利 「うう……っ!新米女郎がボクの居場所を奪ってゆくーっ!!」
彰利が泣き叫びながら走っていった。
今度は窓から飛び出していったが、車は来ないで着地は出来たようだ。
が、足が痺れたようで、その横からソバ屋の配達自転車に熱烈なアタックをされていた。
悠介 「ソバまみれになってるあの馬鹿は放っておくとして」
冥月 「はい……出来れば晦神社に置かせていただけないでしょうか。
───この屠神冥月。
この刀に懸けて、必ずや悠介さまをお守りする側近となりましょう」
悠介 「目的が変わってるぞ、沙姫を一人前にするんじゃなかったのか」
冥月 「は、は───!そうでございました……!」
ギリ、と自分の間違いを悔いるように歯を食い縛る冥月。
悠介 「まあ冗談で場を和ませようとしてくれた心遣いは頂いておくよ。ありがとう」
冥月 「はっ───?い、いえ、わたしは冗談など───」
悠介 「彰利ー!さっさと昇ってこーい!ルナ達を説得に行くぞー!」
窓から外を見下ろすと、そこには
彰利 「うぅうううまぁああああいぃいいいぞぉおおおおっ!!!!」
ゾボボボボォオッ!と、そばを食い散らす彰利が居た。
男 「ああぁあっ!それは出前で───!」
彰利 「黙れこのわらしゃあ!てめぇ人様の一張羅にそばつゆつけてくれやがって……!
俺ゃあよ?それをこのソバで許してやろうって言ってんのよ?
それともなんだ?あ〜ん?クリーニング代払ってくれるのか?ンン?
それなら100万置いてけボケェッ!ついでにアタイの服も買え!」
ひでぇ。
あんなところに着地したあいつが確実に悪いのに。
しかもその一張羅がキャミソールであることに、出前男が恐怖している。
違った意味で迫力があるが、変態以外のナニモノでもない。
彰利 「むーん!!この雷門にも勝るとも劣らぬ味!貴様どこの手の者だ!」
男 「ひぃい!」
彰利 「訊ね人にヒィとはなんだこの野郎!ちゃんとアタイの目ェ見て話せ!」
……このままじゃ話が進む前に日が暮れそうだな……。
悠介 「彰利を神社へ強制転移させるブラックホールが出ます」
イメージを弾かせると、彰利が闇に覆われていきながらウギャアー!と叫んだ。
どんな時でも演出は忘れないらしい。
悠介 「よし、俺達も行こうか。冥月」
冥月 「は、はっ!仰せのままに!」
悠介 「…………あの、冥月?なんか言葉遣いが武士から騎士になってない?」
冥月 「気の所為でありましょう。さあ悠介さま、わたしにお掴まりください。
月空力で神社まで飛びます」
悠介 「……まあ、体力消耗しないで済むなら楽でいいけど」
俺は冥月の肩に手を置き、転移を待つ。
冥月 「いえ、あの……もう少し密着してくださいますか」
悠介 「もう少し?」
冥月 「はい。取り残されるということはありませんが、万一腕だけが転移されたら」
悠介 「切れても生やす」
冥月 「……と、とにかく!もう少しこう……だ、抱きつくような形で……」
悠介 「そうしないとダメなのか?」
冥月 「……わ、わたしは何分、人とともに翔んだことがないもので……」
悠介 「そっか、不安なんだな。解った」
俺は納得して、抱き締めるように密着した。
冥月 「───っ!!」
悠介 「冥月?」
冥月の息を飲むような声が聞こえたと思ったら、肩越しに見る冥月の顔が異様に赤い。
冥月 「い、いいいいきますっ!め、冥月刀よ!
沙姫さまの力を糧とし、我らを転移させたまえ!!」
ガカァアッ───キィインッ!!
───
で、気づけば神社。
小さく息を吐いて───ギロッ!
悠介 「うおっ!?」
たまげた。
その場にはまだルナや若葉達が居て、
某アクティブモンスターのように目ざとく俺を発見した。
ルナ 「悠───なっ!」
で、俺を最初に見つけたルナが開口とともに押し黙る。
ルナが口をパクパクさせている中、若葉が俺を見て唖然とする。
若葉 「お、おにいさま……!?」
やがて誰もがガタガタと……いや、わなわなと震え出す。
俺は何がなにやら謎すぎて、とりあえず抱き締めていた冥月を───うぁあっ!!
ああっ!いきなり原因がわかった!
いつまで抱き締めてたんだ俺!
見れば冥月は顔から耳にかけてまで真っ赤で、
蚊の鳴くような小さな声で『はな、離して、くだ、くだだ……』とか言ってる。
───死ねる。
瞬時にそう悟った俺はサワヤカに会話を切り出すことにした。
ドサクサ紛れで受け入れてもらえるかもしれない。
悠介 「あ、あのさ……こちら、弧月日沙姫さん……訳あって、ウチに泊まることに……」
彰利 「ガァアアアアアアアッ!!!!!」
悠介 「なにぃ!?」
突如、神社の屋根から彰利が襲ってきた
それと同時にルナ達まで唸りをあげて襲いかかる。
悠介 「うわっ!ちょ、ちょっと待ってくれ!これには事情が!」
彰利 「うるへー!事情もトッポジージョも関係ねィエーッ!!
今日という今日は呆れたぜ悠介!
まさかテイクアウトしてくるとは思わなかったぜスケコマシ!」
悠介 「お前にそういうこと言われたく───トッポジージョ!?」
彰利 「トッポジ〜ジョ〜ゥ♪だ〜いす〜きトッポジ〜ジョ〜ゥ♪死ねぇぇえーっ!!」
悠介 「話に繋がりをもって話せぇええっ!」
俺は俺を攻撃する拳やら鎌やらをかわし続ける。
これでも足の動きには自信がある。が───
この人数じゃ無理だろぉおっ!!
彰利 「殺ったぁーっ!!」
悠介 「で、電磁場───!」
───プスン。
悠介 「うわぁ出ない!?なんで!?」
彰利 「オホホホホ!こんなこともあろうかと、
今朝のダーリンの食事に霊酒・鬼神を混ぜておいたのよー!」
悠介 「は、謀ったなブッチャー!」
彰利 「最強の誉め言葉ぞ!うらぁっ!」
彰利の拳が落とされガキィン!
彰利 「ややっ!?」
冥月 「……悠介さまを傷つける者は、
たとえ開祖の軌道である弦月の子であろうと容赦しません」
彰利 「そ、そんな……アタイと夜の相手をしてくれるだなんて」
言ってねぇ。
ルナ 「な、なによー!悠介から離れなさいよばかー!」
若葉 「そうです!汚らわしい!」
木葉 「姉さん、調子いい」
若葉 「黙りなさい……!」
木葉 「姉さん、仲間が居れば強気になれるのは事実です。
この際、あの女を屠るために共同戦線を組みましょう」
ルナ 「───のるわ」
彰利 「その話、とっても理想的な提案ですわよ木葉ちゃん」
木葉 「うるせぇ黙ってろ堕とすぞコラ」
彰利 「かつてないひでぇ言われ様!」
……早くも亀裂が入った共同戦線に溜め息が出た。
彰利 「くそったれ!俺は俺のやり方でやらせてもらうぜ!」
木葉 「別に誘ってねぇのに勘違いしてんじぇねぇです」
彰利 「う、うわーん中傷されたー!ダーリーン!」
彰利が泣きながら俺のもとへ唸りを上げて走ってくる。
彰利 「と見せかけドロップキィーック!」
冥月 「はぁっ!」
バチィンッ!
彰利 「キャーッ!?」
彰利が電磁場に吹き飛ばされる。
彰利 「ゲゲェーッ!?月鳴力まで引き出せるの!?
こ、このガキャー!羨ましくなんかないぞー!」
冥月 「───来るというのなら、手抜きは出来ませんよ」
彰利 「なにぃ!?しろ!」
悠介 「無茶言うな!」
彰利 「なんだいなんだいダーリンまで!
カップルみたいに連れ合いやがって許せねぇ!」
悠介 「事情知ってるのにややこしくするなよ!少し黙ってろ!」
彰利 「やだいやだい!アタイも騒ぐんだい!
……生来、普通通りに話が運ぶのが嫌いでね」
悠介 「いきなり冷静になるなよ……」
ルナ 「……悠介。あくまでその女から離れないわけね?」
悠介 「離れたら殺されるだろうし」
若葉 「おにいさま……信じていたのに……」
悠介 「人を信じてたらいきなり襲いかかるのかお前はっ!」
若葉 「話題を摩り替えないでください!」
悠介 「どっちがじゃあっ!!」
なんか泣きたくなってきた。
ルナ 「悠介。一度しか言わないわよ。何もしないからその娘から離れて」
悠介 「その前に俺の話を聞いてくれ」
ルナ 「やだ」
悠介 「話をする気があるんかお前はぁっ!」
くそ、泣けてきた。
どうしてこう話を聞いてくれないヤツばっかりなんだか……。
冥月 「……無駄です悠介さま。所詮死神には人の気持ちなど」
ルナ 「むかぁっ!ちょっとあなたねぇ!」
冥月 「悪口だけは聞く気があるんですね」
ルナ 「う、ぐ……」
ドチュウンッ!!
ギィンッ!
悠介 「とわっ!?」
突然、後ろから飛んできた光を冥月が払う。
春菜 「……強い、ね。相当圧縮して撃ったんだけど」
悠介 「姉さん……って、ちょっと待った!話を訊いてくれ!」
春菜 「どこからでも女の子を拾ってくる弟の話なんて聞きたくありません」
うわ!何気にヒドイこと言ってる!
冥月 「…………話し合いで解ってくれるのなら、
こんなこと自体起こりませんよ、悠介さま」
悠介 「うう……」
冥月 「一度叩きのめせば話を聞くくらいは出来ることでしょう。
───屠神冥月。参らせていただきます」
ヒィンッ───!
冥月が刀を回転させると、その刀が空を裂いて涼しい音を出した。
悠介 「無茶するなよ!?俺の家族なんだ!」
冥月 「心得ております───はぁっ!!」
冥月が一瞬、力をためるように構えて、すぐに刀を振る。
するとそこから月醒の矢が放たれた。
ルナ 「月醒の矢!?」
春菜 「任せて!どういうものかはよく知ってるから!」
姉さんが構え、それを散らそうとした。
冥月 「───散ッ!」
だが、冥月が目を変異させると同時にバァッ!と光が分散する。
春菜 「そんなっ!拡散したっ!?」
ドチュチュチュチュチュゥウンッ!!
春菜 「きゃああっ!!」
ルナ 「きゃーっ!ちょ、ちょっと波動娘ー!?任せてって言ったじゃないのー!」
春菜 「こんな筈じゃ……!」
若葉 「任せてください!木葉、バックアップ!」
木葉 「姉さん、了解です」
若葉の影が冥月の影に伸びてゆく。
冥月 「月醒力よ、その光にて影を消したまえ───月醒光!」
ガカァッ!!
悠介 「うわっ!?」
冥月を中心に、まばゆい光が放たれる。
彰利 「負けるかぁあっ!フェイスフラァッシュ!!」
ギシャアア!
……妙な対抗心を燃やしている馬鹿は放っておくとして。
若葉 「そんな……通じないなんて……」
木葉 「姉さん、こうなると役立たず」
若葉 「あなたもでしょうがっ!」
ギャースカ騒ぐ若葉も冷静に返す木葉も放っておこう。
問題は───
ルナ 「───悠介。ルナちゃんを悲しませるとは……いい度胸だわ」
……フレイアだ。
ルナ 「ねぇあなた。大人しく悠介を渡してくれないかしら。
邪魔するって言うならそれなりに体の保証はしないわよ」
冥月 「……必要ありません。ここで戦ったとして、この場から去るのはあなたですから」
ルナ 「へえ───やってみてよ」
フレイアの目が変異する。
それとともに一瞬にして間合いを詰め───
ルナ 「───え……!?」
冥月 「……残念でしたね。あなたの人格がどうであろうと、
その体自体に望月の魂がある限りは退魔の壁は崩せません」
ルナ 「むっ……!なぁによこんなものぉっ!!」
ドッ───ガシャアアアアアアンッ!!
冥月 「なっ───!?」
ルナ 「あははははは!チェックメイトォッ!!」
目を変異させたままのフレイアが冥月に向かって手を振り上げる。
だが。
ルナ 「───……ッ」
フレイアがその手を冥月の喉下寸前で止める。
冥月 「……残念ですが、退魔の壁も時間稼ぎにすぎません。
あなたのその力は確かに強い。
ですが、だからこそ些細なことに目が届かなくなりえることもあるのです」
ルナ 「くっ……!わたしとしたことが……!」
気づかなかったが、段々と解ってきた。
フレイアの周りに黒い円球のようなものがだんだんと狭まってくる。
冥月 「……空狭転移。
発動までに時間がかかりますが、捉えた者を好きなところへ飛ばせます。
そうですね、あなたには……」
彰利 「エロマンガ島へ飛ばせ!文部省推薦!」
冥月 「では、エロマンガ島へ」
ルナ 「なっ───ちょっと!や、やめてー!なんか屈辱的ーっ!!いやーっ!!」
ギキィンッ!!
──────……。
彰利 「……立派に育つのですよ、ママっち」
悠介 「当然のように横に居られても困るんだが」
彰利 「俺は勝ち目の無い戦いはしない性質なんだ」
悠介 「へぇ、そんなことをお前が言うなんてな」
彰利 「だってさ、オイラってばオナゴに手をあげることなんて出来ないもの。
どう足掻いても勝てないじゃない。負けもしないけど」
悠介 「そうかもな」
彰利 「そうかも、じゃなくて負けねぇのよ。だって俺様最強だし」
悠介 「そういうことは自分で言うことじゃないな」
彰利 「よし言えダーリン。言わないとダーリンの専属ストーカーになるぞ」
チャキッ……。
彰利 「はああ……っ!」
冥月 「……彰利さま。
悠介さまの迷惑になるようなことをするのであれば、この場で屠りますよ」
彰利 「フッ……残念だがお嬢さん。
オイラはオメエなんぞに……アレだ、負けるような男じゃあねえぞ」
冥月 「試してみますか?」
彰利 「───……兆発的な娘ッ子って大好きよ♪」
タンッ───!
彰利が大きくバックステップをして構える。
そしていきなり
彰利 「霊丸ーーッ!!」
指先から月醒の矢を撃つ。
だがあっさりと打ち落とされる。
彰利 「やるじゃない」
アインばりのスマイルをして大きく構える。
背中に手を回して取った冥月刀を引き抜いて、再び
彰利 「霊丸ーーッ!!」
ドチュウウウン!!と指先から光を放つ。
が、やはりあっさりと落とされる。
彰利 「………」
冥月 「……遠慮をして勝てるとは思わないでください。
あなたの力を甘く見るわけではありませんが、
アルファレイドカタストロファーでもわたしは消せません」
彰利 「そりゃどうかな。
先輩殿の神屠る閃光の矢からヒントを得た完成形のアルファレイド!
打てるものなら打ってみやがれぇええええっ!!!」
彰利が刀先に光を収縮させ、
やがて耳が潰れるかと思うような轟音とともにアルファレイドカタストロファーを放つ。
それは今までのような広範囲を破壊するようなものではなく、
圧縮されて『ただ一点のみ』の破壊のために撃たれた。
彰利 「ふはははは!止められぬよ!さっさと避けて降参するがよかー!」
冥月 「アルファレイドカタストロファー」
ギガァッ!!ガォオオオオオンッ!!!
冥月が刀から放つ光が彰利の光と衝突して、大きな音を立てると……消えた。
彰利 「………」
冥月 「……もう、終わりですか?」
彰利 「いやぁああああ!アタイの必殺技がパクられたぁああっ!!
ちょ、著作の侵害ぞ!金よこせ!新しい服買えるくらいの!」
冥月 「残念ですがお金など持ち合わせておりません」
彰利 「ううっ……アルファレイドは俺が……
俺がゼノに殺され続けながら……ようやく開発した奥義だったのに……!
う───うゎあああああんちくしょおおおっ!覚えてろよおたんちーん!
山篭りして強くなってきてやるぅうううっ!!
くっ……ふっ……!うわぁああああああああああああ!!!!!!」
彰利が本気で泣きながら走り去っていった。
よっぽど自信があったんだろうな。
今はそっとしておいてやろう……。
悠介 「で、若葉」
若葉 「はっ、はいっ!」
悠介 「簡潔に話すぞ?この娘、未来から来た俺の子孫なんだ。
帰る頃まで家で面倒見させてくれ」
若葉 「…………ッ!!」
こくこくこくっ!
もの凄いスピードで頷かれた。
若葉 「あ、でも……」
悠介 「ん?」
若葉 「……おにいさまの子孫、ということは……いったい誰の誰の誰の娘なんでしょう」
悠介 「………」
冥月 「それはもごっ!?」
悠介 「言うな……嫌な予感がする」
冥月 「…………」
冥月は顔を赤くしながらこくこくと頷いた。
……そう。
考えないようにしたい。
なんでって、その質問の先に確かな地獄を見た気がしたから。
ああ、結局……俺の平穏はどこにあるんだろうか。
そんなことを考えながら、一時的(であると思いたい)ではあるが、家族が増えたのだった。
───冥月───
彰利が泣き叫びながら姿を消して一週間が経った。
時間が流れるのは早いものだとか思いつつ、俺は屋根に登って考え事。
悠介 「……今日もお空が綺麗だなっと」
意味も無く呟いてみる。
考えているのは他でもない、冥月と沙姫のことだ。
さっきも語ったように、一度起こった全面戦争もどきから一週間が経つ。
水穂とセレスとは仲がいい沙姫と冥月は、他の人々とは滅法仲が悪い。
いや、どちらかと言うまでもなく……冥月と沙姫は争う気はない。
ただ、何が気にいらないのか妹や姉や死神さんが襲いかかってる。
いい加減にしろと言っても、
『悠介がハッキリしないから!』とか、訳の解らん言葉を返してくる始末。
……俺、何かしたっけ?
とまあ、このようなことで悩んでいるわけであります。
世の中ってホントに解りません。
悠介 「……どうしたものかなぁ」
モシャアと出る溜め息もどこか暗い。
安堵の溜め息なんてここ最近は吐いてない。
そんな中で思うことは友人のその後だった。
悠介 「……どうしてるかな」
彰利の変態的なフェイスを思い出して少し笑う。
やっぱりあいつがいないと別の意味での刺激が足りない。
なんていうか、あいつが居ないと争いごとが本当に争いごとすぎるんだ。
あいつが居るだけでどんな争いも緊迫感が消える。
そんな意味では、あいつは相当貴重な存在だったってことが最近になって解った。
だが、いつもなら呼べば飛んでくるあいつが今では姿も見せない。
呼んだって来やしない。
探すにしたって何処に行ったかなんて解らないわけだ。
なにか手掛かりでもないものか……。
ルナ 「……悠介、考えごと?」
悠介 「ん?ああ、ルナか」
ルナが空中に現れて俺の顔を覗き込んだ。
俺は人と話す気分でも無かったのでそのままボ〜っとした。
ルナ 「ホモっちのことで悩んでる?」
悠介 「んあー……まあそんなとこだ〜」
気のない返事で返す。
実際気がないのは確かだ。
気合の気の字もない。
悠介 「お前はどうしたんだ?屋根に現れるなんて珍しいな」
ルナ 「うん、ちょっと悠介に訊きたいことがあって」
ルナが真面目な顔で俺を見る。
俺はその顔に応えるように意識をハッキリとさせ、体を起こした。
悠介 「どうしたんだ?沙姫のことならもう勘弁してくれよ、耳にタコだ」
ルナ 「あの小娘のことはどうでもいいの。悩むのも馬鹿らしいわ」
だけど不機嫌そうにそっぽ向くルナ。
相当仲が悪いらしい。
せっかく最近はセレスとのバランスも取れてきたのになぁ。
ルナ 「そんなことより悠介、わたしの大根畑、荒らした?」
悠介 「へ?馬鹿お前、俺がそんなことするわけないだろ」
ルナ 「……そうだよね、うん。なんか最近になって、やけに荒らされてるんだよね。
足跡の大きさは猿みたいだったけど、ついこの前までは大人しかったのに……」
悠介 「ふーん……」
大根か。
そういえば猿って大根食うんだな。
今更だが驚きだ。
トウモロコシなら食うって知ってたけど。
悠介 「とにかく俺は知らないよ。猿の足跡があるなら猿だろ?」
ルナ 「……ん、そうだよね。ごめんね、手間取らせて」
悠介 「へ?あ、ああ」
ルナはそれだけ言うとさっさと屋根を通過して視界から消えた。
……珍しいな、そのまま引き下がるなんて。
いつもならしつこいくらいに纏わりついてくるのに。
……まあ、これはこれでありがたい。
悠介 「───さて」
先ほどのルナの証言を心の中で反芻させてみる。
……猿、猿ねぇ。
まあ、暇だし調査してみるか。
息を吐いて立ち上がって、まずは屋根の上に乗ったままルナ畑を見てみる。
ルナ畑はところどころに穴が空き、
それが大根を盗まれたからだということが見て解った。
悠介 「ふーむ……ん?」
およ?動く物体ハッケーン。
……って、猿だな。
なにやってるんだ?
猿 「………」
猿はキョロキョロと辺りに警戒しながら畑へ侵入した。
そして大根をグボォッ!と引き抜いて、そのままの足で去っていく。
悠介 「───犯人発見!」
俺はニヤリと笑って屋根から飛んだ。
自分の体を飛ばせる風を身に纏いますって創造をしてだ。
俺の体は上手く風に乗る。
いつかのように噴射系じゃないので体力が消耗し続けることはない。
悠介 「……空の旅っていいもんだな」
自分の能力に感心を持つ。
こんなスバラシイ眺めじゃあ……『見たまえ、人がゴミのようだ』などと、
ムスカくんの真似をしてしまいたくなるじゃないか。
……しないけどな。
悠介 「さてさて、あの猿のアジトは何処に───ん?
なんか木が密集してて見えない部分が……あそこか?」
猿は空からでは見えない森の中に姿を消した。
俺はちょっと惜しいなとか思いながら地上に降りて、その姿を追う。
悠介 「いつっ!チィ、まるで獣道だなっ……!
手入れもされてないから枝や草が伸び放題だ」
それでも無視して走る。
……と、なんだか妙な音が聞こえ始めた。
それはなんていうか、太鼓かなんかの音のソレとよく似ていた。
そんな音に気づいた次の瞬間、視界は開ける。
薄く光の差す森の広場の中、その猿の集落のような場所はあった。
そして。
猿A 「ウィキキキ、ウキャッ」
猿B 「ウィキー、ウェキャッ」
猿C 「ウキャキャキャ、ネギィー」
猿が踊るようにして戯れていた。
俺はそんな光景を眺めながら、
そういえばあの音はなんだったんだろうと思い、辺りを見渡した。
すると、ある一定方向からその音は鳴っていた。
ドンドッコドンドッコ!と、ちゃんとしたリズムを取っている。
悠介 「……猿が数匹集まって太鼓叩いてら……」
すごいな、こんな猿も居るのか。
……さて。
そんな珍しい景色を目の当たりにした俺は、
この中に大根を持った猿は居ないかと目を凝らした
悠介 「…………居ないな」
何処行ったんだ?
見事に見失ってしまったじゃないか。
そんな悩み事をしている最中も、リズムは続いてゆく。
そしてそのリズムが最高潮に達したとき、それは起こった。
突然、辺りの雰囲気が変わった。
リズムにも変化が訪れ、俺も思わず息を飲む。
ドンドコドンドコ!
ズンバコズンドコ!
ドンドンドンドンドン!
彰利 「アイヤーッ!!」
……そして絶句。
リズムが完成されたのち、彰利が猿に崇められていた。
彰利 「ありがとう、ありがとう。いやー、ありがとう」
そして何故か次の瞬間、猿にモノを投げつけられまくっていた。
悠介 <なんで!?>
そう思っている間にも彰利は猿の群れに襲いかかって大乱闘をしている。
リーダー争いでしょうか。
しかし崇めた次の瞬間に乱闘ってのもスゴイな。
彰利 「たわけめがーっ!幾度やろうとうぬらではこの変王には勝てぬわ!」
彰利が拳を振るう度に猿達が蹴散らされてゆく。
でも変王は格好つかないだろ彰利よ……。
悠介 「猿相手に勝ち誇ってもしかたないだろうが」
彰利 「え?ギャア悠介!貴様どうしてここが!?」
悠介 「大根奪っていった猿を追いかけてな。……それよりどういうことだこれ」
彰利 「うおう?えーと……話せば長くなるんだが」
彰利が倒れた猿を見下ろしながらぽつぽつと語り始める。
彰利 「山に修行に出たはいいけど腹が減ってね、
だからこの猿の集落に忍び込んで大根とかをかっぱらい返したのよ。
そしたらあっさり見つかって襲われちゃってね、
そして勝ったらいつの間にかボスにされちゃった」
悠介 「………」
そりゃすげぇや。
悠介 「冥月と沙姫のことはもういいのか?」
彰利 「いやー、自然と触れ合ってたらなんかもうどうでもよくなっちまったダスよ。
ってわけで俺はもうちょいこの自然を堪能してから戻るっす」
悠介 「まあ、好きにしたらいいと思うけど……
ここで生活してる割には服とかも綺麗だな。
もうキャミソールじゃないみたいだし」
彰利 「ああ、一応家には帰ってるからな。
一度離れてた分、粉雪の顔を見ないと落ち着かないんですよ。
アタイも変わったわぁ。でも悪い気はせん。家庭ってステキ。
ちなみに服は粉雪の親父さんのものを粉雪が譲ってくれてのう」
悠介 「そか。まあ元気でやってるならよかったよ」
彰利 「あら?もしかして心配してくれてた?」
悠介 「まあな、さすがにお前が一週間も顔出さないのは珍しいから」
彰利 「そっか、もうそんなになるか。
俺としてはこいつらとじゃれつくのも悪くないと思ってるんだがね。
蹴散らすっていっても慈しみの調べを装備しながらだし」
悠介 「お山のボスは楽しいか?」
彰利 「案外楽しいぞ。俺としてはこの山にこんなに猿が居ること自体に驚いてた」
悠介 「……確かに」
彰利 「ああちなみにさっきの太鼓のリズムは俺が教え込んだものだ」
悠介 「お前の姿確認したあたりでなんとなく解ってたよ」
彰利 「うおう、何気に知名度高いのね俺様ってば」
悠介 「俺がよく知ってるだけだって。……でもここって悪くないな」
彰利 「だろ?本当なら粉雪も連れてきたかったんだけど、
あいつはあいつでやることあるそうだから無理だった」
悠介 「やることって?」
彰利 「将来のことだと。なにをするにせよ、中途半端は嫌だそうだ」
悠介 「将来か。仕事でもしてるのか?」
彰利 「いや、それが俺にもよく解らなくてな。
でも会社仕事だけはやめとけって言ってある。
上司にセクハラされたら俺がそいつを殺しそうだから」
悠介 「……お前って自分の大切なものを汚されるのってとことん嫌うよな」
彰利 「誰だってそうじゃないザマスか?」
悠介 「まあ、そうだな」
木の幹に腰掛けて苦笑した。
確かに大切なものを汚されるのは我慢ならない。
彰利 「それから最近不況ですしねぇ。会社勤めもいつ終わりが来るか解りませんから」
悠介 「そうだな」
彰利 「だからさ、俺は思ったわけですよ」
悠介 「うん?なにをだ?」
彰利 「悠介の家って祓い業が大元だったよな?」
悠介 「ああ。康彦さんの代で止まったままになってるけど、一応」
彰利 「それを復活させるってのはどうだ?
神主になるんじゃないか、とか言ってたんなら」
悠介 「それか。俺もそれは考えてる。
この能力の有効利用っていったらそういうことになると思う」
彰利 「だよな。
今となっては死神が相手でもザコなら勝てるくらいの能力なわけだし」
悠介 「それで、日余との関係は?」
彰利 「俺達を雇ってくれないか?」
悠介 「───はい?」
今、なんて言った?
彰利 「俺達を雇ってくれないだろうか」
悠介 「……お前、言ってること解ってるか?」
彰利 「解ってるよ。俺は真面目にやれる自信あるし、
粉雪には無理して会社勤めとかしてもらいたくない。
粉雪が言うには結婚資金が欲しいらしいけど、
そのために体とか壊してほしくない。
もちろん俺だってあいつを守りたいから結婚が反対なわけじゃない。
だけど人との交流があまりなかった俺達家系の人間には、
そういう場所での勤めは相当だと思う。
今まで出会ってきたヤツが特殊だったんだと思う。
大勢の人が居る場所で腕力や脚力を見せつけたらきっと世界が変わっちまう」
悠介 「考えすぎじゃないか?腕力や脚力なんてそうそう見せつけるわけが」
彰利 「土壇場ってこともあるだろ?
そういうことを強いられる局面になったら使わないでいられる自信があるか?」
悠介 「………」
彰利 「……あ、まあ……悪い、言い方がキツイよな」
悠介 「いや、それはいいけど。
でも……確かにそうだな。土壇場ってことはある。
大事な人を傍に置きたい気持ちも解るし、汚されたくない気持ちも解る。
だけど問題はあるぞ?家にある金だって無限じゃない。
給料だってそうそう払えるわけが───」
彰利 「いや、それがさ。昨日偶然、街中で街長に会いまして」
悠介 「黄仁のじいさんに?」
彰利 「ちょっと癪だったんだけどな。
話してみたら『そういうことならワシが給料を出そう』だって」
悠介 「……ちょっと待て。俺はあの人に助け船出される憶えは」
彰利 「孫のためだって言ってたぞ。償いがしたいんだって。
あの人はあの人で悩んでるんだろ?……させてやれよ、償い」
悠介 「…………」
……だって、今更じゃないか。
確かにあの人のおかげで若葉と木葉が生きてるのは確かだ。
だけど───
彰利 「悩むなよ。お前だってそう憎んでないんだろ?」
悠介 「………」
彰利 「若葉ちゃん達のことを思うのは解るけどさ、
それだったら黄仁のじいさんのことも思うのも人間ってもんだろ?
憎しみばっかりじゃ生きていけないのを誰よりも解ってるじゃないかお前は」
悠介 「彰利……」
彰利 「……というわけでこの契約書にサインを」
悠介 「ああ……ってするかっ!!なんだよこの怪しげな契約書は!」
彰利 「クォックォックォッ、こんな時のために用意しておいた権利書ぞ。
これでダーリンの身柄はアタイのもの」
びりゃあっ!
彰利 「ウォオオオオオッ!!!ア、アタイの権利書がぁあああっ!!」
悠介 「人の身柄を紙切れ一枚で左右すんじゃねぇ!」
彰利 「な、なにを言う!金は命より重いっ……!って言葉を知らんのか!?」
悠介 「命が無けりゃあ金なんてあっても意味ないだろうが!
そんなことも解らないのか!」
彰利 「……言われてみればそうかも」
悠介 「あのなぁ……マンガとかに感化されるのも解るけど、
そんなことくらい最初っから解ってろよ……」
彰利 「いやぁ、人それぞれだと思うよ、うん」
悠介 「調子のいいヤツだな……」
彰利 「俺はいつだって本調子だ」
どういう意味だそれは。
彰利 「しかしアレですよ。実際悠介がなりたかったものってなんですか?」
悠介 「いきなり話題変えたな。でもそうだなぁ……なんだったんだろ」
彰利 「自分のことも解らないのこの子は!」
悠介 「やかましい!……お前は宇宙飛行士だったっけ?」
彰利 「お?憶えてるね〜ィェ。そう、宇宙飛行士YO。
でもゼノとの自爆によって、その夢も勘弁ノリスケになったのよ」
悠介 「なんでそこでノリスケが出てくるんだ?」
彰利 「暗黙の了解ということで」
悠介 「余計に解らんが」
彰利 「ダーリンて解らないことだらけよね。そんなんじゃ社会の荒波に飲まれますぞ」
悠介 「解らないのはお前の存在だろうが」
彰利 「キャアそうだった!アタイったらうっかりもの!
って誰が意味不明日本代表ぞ!?」
悠介 「誰もそこまで言ってないだろ」
彰利 「うう……急に冷静になっちゃってこの子ったら……!」
悠介 「泣くな鬱陶しい。それよりお前、自分の夢を他に持とうとは思わないのか?」
彰利 「この歳じゃあもう無理YO……とか言いつつ、
夢に年齢制限など無いことをアタイは知っているザマス。
そうっすね、俺っちは……不動明王になりたい!」
悠介 「無茶言うな!」
彰利 「バッケヤラァ!夢ってのは無理って思った時点が終わりなんじゃい!
無理だと思えばそりゃ無理だわな!
本気でなれると信じればなんでも出来るんじゃい!
……でも不動明王は無理だね、ソーリーボンジョリーノ」
悠介 「誰がボンジョリーノだ」
彰利 「しかしな、悠介よ。何故いきなりこんな猿の楽園で未来の話なぞ?」
悠介 「……お前が話だしたんじゃなかったか?」
彰利 「ウィ?そうザマしたっけ?まあいいコテ、そんじゃあ帰ろう」
悠介 「何処に?」
彰利 「家に」
悠介 「ふーむ……よし、途中まで一緒に行くか」
彰利 「元よりそのつもりでしたが」
悠介 「そかそか。それじゃあのんびりと行きますか」
彰利 「クォックォックォッ……のんびりだなんて、
アタイともっと一緒に居たいなら居たいと言やぁいいのに……。
グブブブブ……ダーリンの照れやさんめ……」
悠介 「寝言は寝て言え」
彰利 「ギャア!とうとう言われてしまった!最近大丈夫だったと思ったのに」
悠介 「ショック受けてないで歩け。あまり付き合ってられんぞ」
彰利 「ウィ?なんか用事でもあるんザマスか?」
悠介 「いや用事っていう用事はないな。でも嫌な予感がする」
彰利 「なにぃそうなのか。そいつぁいけねぇや旦那。
それって紛れもなく冥月のことザマショウ」
悠介 「ああ、多分」
彰利 「俺の予想じゃ今頃ルナっちが『大根盗んだのあんたでしょう!』とか言って」
悠介 「やめろ、想像したくない」
彰利 「あらら、そうザマスか……まあいいコテ。
それよりダーリン、さっきのことだけどさぁ」
悠介 「さっきの?なんだ?」
彰利が一度立ち止って考えるように下を向く。
彰利 「アレ、なんだっけ。アレだよアレ……えーと……そうそう、未来のコト」
悠介 「将来と夢の話か?」
彰利 「そうねィェー!まさにそれ!俺は別に風来坊を気取るのも悪くないと思うぞ」
悠介 「……まあ同感だけどな。
それってさ、せめて目指すものくらいあったほうがいいんじゃないか?」
彰利 「んー……例えば旅人になりたいから風来坊選んでるとか?」
悠介 「道連れが出来るまではひとりで居るのも悪くないって話だよ。
どんな未来を辿るにせよ、自分が生きていける程度は強くあればいいと思うし」
彰利 「ふーむ、つまりキミはこう言うんだな?
一本の割り箸は簡単に折れるが、
二本に連ねた箸は家系の力をもってすれば簡単に折れると」
悠介 「身も蓋も無い例え方するなよ……」
彰利 「いやー、照れるな」
悠介 「誉めてない。お前って本当に話の腰折るの好きだよな……」
彰利 「もはや生き甲斐!」
ズビシィ!と音が鳴るほどにポーズを取る彰利。
彰利 「でもアレですよ。旅するにしても、俺と悠介が組めば困ることはないだろ」
悠介 「自給自足出来るしなぁ」
彰利 「食材なんかも悠介が創造出来るし、調理はふたりとも出来る。
怪我してもアタイが治せるし死んでも悠介が生き返らせられる。
……もしかして俺達って限りなくバケモノ?」
悠介 「人の生命作り出せること自体がバケモノだよな、俺って。
そもそもハトを出してた時からそんな感じがしてた」
彰利 「うう……辛い人生乗り切ってきたのねィェー」
悠介 「そう思うなら『ねィェー』はやめろ」
彰利 「発音は大事です」
悠介 「お前はただふざけてるだけだろうが」
彰利 「まあそうザマスけど」
悠介 「……ハトが出ます」
ポム。
創造したハトが空を飛んでゆく。
彰利 「あら?なんのために出したん?」
悠介 「さあな」
ぶっきらぼうに答えながら俺は来た道を歩く。
獣道だったそこは、俺の侵入により少しは通りやすくなっていた。
彰利 「あ、そうだ。なあ悠介」
悠介 「ん?」
突然、彰利が思いついたように話し掛けてくる。
俺は振り向いて先を促した。
悠介 「どした?」
彰利 「えーとさ。未来からの来訪者はいつ帰るんだろうな。まだ居るんだろ?」
悠介 「ああ、居るぞ。冥月の話じゃあ俺とお前に自信をつけさせてくれって」
彰利 「自信をつけさせる?誰に」
悠介 「沙姫に。どうやら自分に自信が無いらしいんだ」
彰利 「ほへー、小振りだけど結構イイ体してたが」
ドボォッ!
彰利 「ハングァハッ!」
悠介 「なんでもそっち系で考えるな、ダァホ」
彰利 「うう……スタイルの問題じゃなかったのね……!
じゃけんど……したらいったいどげな悩みなん?」
悠介 「エセ方言ナマリで喋るな。……月操力のことだよ」
彰利 「月操力?あーあー、そういや彼女、俺と悠介の子孫だっけ。
言われてみれば滅茶苦茶な強さだったなぁ。
アタイのアルファレイドも簡単にコピーされちゃって……。
完敗だ……フフ……どうしようもないくらい完敗だよ……。
あれなら諦めもつくってもんだよ……」
悠介 「彰利……」
彰利が珍しく諦めにも似た表情で俯いた。
だがどこか笑みも混じっているような顔だった。
彰利 「……思えば歓迎会もしてなかったな。
知り合いの居ないこの時代は不安だろうし……。
ここはひとつ、パァっと騒いでやるか、なんか料理でも作ってさ」
悠介 「………」
こいつも落ち着いてきたよな。
こんな風に言えるヤツじゃあなかったよ。
なんだかんだ言って、誰かに負けることがきっかけだったのかもしれないな。
彰利 「……そんでもってヤツの料理には俺が調合した毒薬を……!」
悠介 「オイ」
……前言撤回。
悠介 「なんだよ、せっかくいいヤツになったなぁとか言おうとしたのに」
彰利 「ハッ!ハッ!ハァーッ!!
俺を負かしといて祝ってもらえるんだから至福じゃない!
これ以上なにを望む!?アタイの最強の称号返してー!
もう俺様最強、超最強にもハクがつかないじゃない!冥月のバカー!ハゲー!」
悠介 「お前さ、その言葉の時点で究極に負け犬だぞ……?」
彰利 「かまわん!自分が負けたと思わなきゃ負けじゃねぇのよ!
ヂギール魂万歳ーッ!ユリーさん万歳ーッ!あんた今なにやってんのーっ!?」
彰利は両の腕を天高く掲げ、ユリー・チャコフスキーへの激励の言葉を大きく叫んだ。
……言うまでもなく、現段階ではなんの意味もないし、これからもきっと意味は無い。
彰利 「ラァ〜ンランランランランランラァ〜ラ〜ララァ〜♪
ラララ〜ラ〜ラ・ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜♪」
その後、彰利が何故か上機嫌になった。
のんきに鼻歌なんぞ歌っている。
彰利 「それは違うぞ、これは鼻歌じゃない」
悠介 「冷静に人の心を読むなよ」
彰利 「おっとこりゃ失敬、いやだわアタイったら」
悠介 「いや……気まずい顔するより先に『心なんて読めない』くらい言えって……」
彰利 「実は先日、とうとう開眼しまして」
悠介 「すなっ!」
彰利 「こんなこともあろうかと、
粉雪との接吻の時にはかならず月操力のコンタクトをして、
どういう能力パターンなのかを分析していたんです!うおうステキ!」
悠介 「お前って……」
彰利 「フフフ、もちろん冗談だ」
悠介 「だ、だよな……焦らせるなよ……」
彰利 「ウィ?何故にお焦りになられるのダーリン」
悠介 「だって……それじゃあお前、
能力のために日余に近づいたように聞こえるじゃないか」
彰利 「え───……そ、そう聞こえたか?」
悠介 「え?あ、まあ……少しな」
彰利 「あ……悪い、俺……そんなつもりじゃなかったんだけど……」
悠介 「………」
彰利が、あの彰利が謝った!?
悠介 「……お前さ、修行してる時って何食べてた?」
彰利 「うおう?そこらへんに自生しいてたキノコさんをチャトランの如くモシャリと。
と、ところがな……それからというもの、バランスが上手くとれないんですよ」
悠介 「……馬鹿かお前は」
彰利 「愚問!」
悠介 「威張るな!」
彰利 「まあこれで俺もチャトランの気持ちが解ったよ。
思えば川に流されたり熊に襲われたり滝に落ちたり、
鳥に襲われたり蛇に襲われたりアライグマに獲物奪われたりと大変だった」
悠介 「お前は襲われてないだろうが」
彰利 「ぬぅ、もうちょっと引き伸ばそうとは思わないのか悠介。
無駄話も悪くないぞ?とくにこうムシャクシャしてる時は」
悠介 「なんだかんだ言って冥月に負けたの悔しいんだな」
彰利 「フフフ、なにをトチ狂ったことぬかしとんじゃいダーリンこの野郎。
こ、この俺が誰かに負けたくらいで落ち込むわけがなかろうがオォ!?」
悠介 「いっつもトチ狂ってるのはお前だろうが」
彰利 「墓石に名前刻みますよ!?」
悠介 「どういう罵声だよ!」
彰利 「そしてその隣にはアタイの名前を」
悠介 「寝言は寝て言え」
彰利 「うわヒデェ!」
悠介 「っと、神社も見えてきたな。ここらで別れるか」
彰利 「そうじゃのう。……なあ悠介?思ったんだが……」
悠介 「ん?」
彰利 「結局さ、旅も途中で終わったよな」
悠介 「ああ」
彰利 「また行かないか?今のお前って冥月のおかげで自由だし」
悠介 「へ?───………………おお、言われてみれば監視もない」
彰利 「どうだ?」
悠介 「………」
右良し、左良し。
悠介 「行こう。依存無し」
彰利 「おっし!そんじゃあまず手を拝借!」
悠介 「え?お、おい」
彰利 「空間翔転移!」
キヒィイイ……───ン……!
バシュンッ!
───……。
妙な音を聞いて空を見た。
青空であるその空は、見ているだけで妙に穏やかな気分になった。
しかし、そのような気分もそれまでだった。
突然、空が光って……その光が小さくなったと思ったら降りてきたのだ。
俺は慌ててその光の正体を突き止めようとして走った。
あの場所は公園だ。
俺の足で考えれば、着地と同等に俺も辿り着ける筈だ。
とか言う内にその光は公園に下り、俺もその場に立っていた。
やがてその光が薄れていくとともに、その光はふたつの塊になってゆく。
ゆっくりと光は消えるのかと思った。
ところが少々薄れた光は突然弾け、そのふたつの塊が人であることが解った。
そしてその人は俺を見て言う。
彰利 「貴様……何故ここに!?」
ダオス様の真似をしているそいつは、俺のよく知る男だった。
───
彰利 「ヨゥメェーン!ひっさしぶりやのう!」
俊也 「久しぶりって……お前、なんだってここに……」
悠介 「あ、あれ……?俊也?」
転移した先に俊也が居た。
朝月俊也。
忘れられた村で出会ったあいつが今、目の前で唖然としていた。
彰利 「あれから景気はどうよ。夏純ちゃんやババアは退院したかね?」
俊也 「あ、ああ。おかげさまで元気してるよ」
彰利 「そかそか。そりゃ良かった」
悠介 「彰利……お前何したいわけ?」
彰利 「いやー、ちょっと考えがあってな。なに、心配するようなことはねぇザマス」
俊也 「?」
彰利 「そんじゃ、ちょっと会って行っていいか?」
俊也 「ああ、ていうかもう来ると思う」
俊也がそう言うと同じくらいに、遠くからふたりが走ってきた。
佐知子「あ、あんたねぇ……!いきなり走ってどうしたのよ……!」
俊也 「いや、ちょっと懐かしい顔ぶれに会ったもので」
佐知子「えぇ?……うあっ……!」
彰利 「な、なにかねチミィ!その世にも奇妙な物体を見た顔は!」
佐知子「実際奇妙でしょうが……」
彰利 「……返す言葉もねぇや……」
佐知子「自覚はしてるのね……」
夏純 「……♪」
きゅむ。
悠介 「っと、おいおい、いきなり腕を掴むなよ」
夏純 「♪"」
上機嫌で俺の腕に顔を摺り寄せてくる夏純。
どうやらみんな、相変わらずのようだ。
佐知子「あ、そうそう。ケーキありがとね悠介」
悠介 「え?ああ、ちゃんと……食えたか?」
佐知子「なに言ってるの、あれだけのヤツ、お店でもそうそう食べれないわよ」
夏純 「………!」
こくこく。
悠介 「そっか、好評でなによりだ」
夏純の頭を撫でてやると、彼女はとても幸せそうに目を細めた。
俊也 「それで……どうしてここに?」
彰利 「いや、しばらく会えないだろうから、顔を見にな」
俊也 「ってことは……また旅に出るのか?」
彰利 「ザッツラァ〜イ♪まあ旅がどうのこうの言うにしても、
ここにも滅多に来ないからしばらく会えないもクソもないんザマスが」
俊也 「はは、違いない」
悠介 「……いい顔するようになったなぁ、俊也」
俊也 「え?あ、ああ……まあお前らに感化されたんだろうな。
あれだけ騒がれちゃあ変わるしかないだろ。
あ、でも仕方なくじゃないからな?俺、今の自分がすごく好きなんだからな?」
悠介 「顔見れば解るよ。ホント、いい顔してる」
俊也 「……ああ、サンキュ」
彰利 「なぁグレゴリ男」
俊也 「……まだその呼び名なのか」
彰利 「まあまあ、俺が人に心を許すことなんてメンズラスィのよ?
むしろ誇りに思ってほしいものだな。ていうか思え」
俊也 「……こいつの馬鹿っぷりも変わってないみたいだな」
悠介 「解るか……?苦労してるんだよこれでも……」
彰利 「ええぃ妙な友情築いてんじゃねィェーッ!
……あ、いや、ま、ひとまず罵声は置いておくとして」
俊也 「うお、珍しい」
夏純 「………」
こくこく。
佐知子「なにか変なものでも食べたんじゃないの?」
彰利 「てめぇら人をなんだと思っていやがっちゃってるの!?」
悠介 「変態オカマホモコン」
彰利 「それはもうええわっ!ああもうアタイがツッコミ役やってどうすんのよ!」
悠介 「俺だってやりたかないわ!」
彰利 「だったら話させなさいよもう!とにかく!言いたいこと言うぞ俺は!」
俊也 「あ、ああ」
彰利 「……実は俺、子供の頃……ホウサン団子って食べられるモノだと思ってたんだ」
………………
悠介 「…………で?」
彰利 「え?ウギャア!思いっきりハズした!?キャー恥ずかしい!」
悠介 「穴があったら入りたいってか?」
俊也 「彰利……悪いけどここには肥溜めはないんだ……」
彰利 「どうして穴=肥溜めがデフォルトになってるんだよ!」
悠介 「なにぃ違うのか!?」
彰利 「驚かないでよダーリン!」
佐知子「悪いとも思わないけど、ここに居る全員が同じ考えみたいよ?」
夏純 「………」
こくこく。
彰利 「ギャアもう!なんかもうギャアよギャア!
みんなで俺を肥溜めマッドゴーレムに仕立て上げようとしてるんだなー!?」
悠介 「…………ああ、あったな、そんなあだ名」
彰利 「!」
彰利が心底驚く。
『ギクゥッ!』という擬音が大きな文字で現れそうなその現状に、彰利は震えるだけだ。
彰利 「ダ、ダーリン?今、俺は何も言わなかった。───OK?」
悠介 「言っただろ?肥溜めマッドゴ」
彰利 「だありゃあ!!ウダラいま鼻で笑っちょがぁっ!!
売ってンぞ!こいつ完璧に売ってンぞ!」
悠介 「何語だ」
彰利 「キャンディなめんなよ」
悠介 「なめないから落ち着け」
彰利 「……で、話は戻るけど」
俊也 「戻すまでに一体どれだけ騒げば気が済むんだよお前は……」
相変わらずすぎるぞと苦笑する俊也には、俺も同意見だった。
彰利 「俺様と悠介でまた旅をすることになったから、
その前に顔を見に来たいってダーリンが熱望しまして」
悠介 「言ってない言ってない」
彰利 「会えて嬉しかったデショ?」
悠介 「む……そりゃまあ」
彰利 「ああ、それとグレゴリ男。
十数年後の未来に集って騒ごうと思うんだが、依存は?」
俊也 「それは構わないと思うけど……どうして十数年後なんだ?」
彰利 「ベイビーが産まれてたら面白そうじゃないの!
グレゴリ男ったらそげなことも解らないの!?」
俊也 「なんでいきなり叫ぶんだよ!!」
彰利 「そんな気分だったんだ」
俊也 「………」
彰利 「まあそんなところでございます。それじゃあアディオス!」
俊也 「ええっ!?お、おいっ!」
キィンッ!!
俊也 「…………な、なんだったんだ一体……」
佐知子「考えても解らないわよ、あの馬鹿のことは」
夏純 「……、……」
こくこく。
───。
悠介 「お前ってホント自分勝手だよな」
彰利 「人間なんてそんなものYO!さあお次は粉雪の所へ!」
悠介 「泣かれないか?」
彰利 「……泣かれるかも。行くって言ったら連れていくつもりYO」
悠介 「ああ、俺は構わないからそうしてやれ」
彰利 「ダ、ダ−リン……キミってやつは……!」
悠介 「ところでその『ダーリン』っていい加減やめないか?」
彰利 「ダメネ、俺が許さん」
悠介 「……断られるとは思ったけどさ。どうしてそう屁理屈っぽく言うんだかが解らん」
彰利 「それはもちろんなんとなく。まあいいじゃないの、さっさと行こう」
悠介 「ああ、好きにしろ」
彰利 「オウ」
光が凝縮していくにつれ、その光が景色へと変貌する。
やがて、見下ろすようにひとつの家が見えてきた。
彰利 「おーし、着地ウッヒョォーッ!!」
悠介 「ウッヒョォーッ!って……うわぁああああああっ!!」
ただ問題があるとすればそこが上空であることと、
俺達が降り立つ場所には池がぼしゃあああああああんっ!!
悠介 「ぶっはぁあっ!!げほっ!ごほっ!な、なに考えてんだお前はっ!」
彰利 「うっしゃあ鯉だ!鯉を手に入れたぞぉーっ!鯉こく鯉こく!鍋ぞぉーっ!」
ボゴォッ!
彰利 「ゼブラ!」
男 「……人の家の池で何をしている」
彰利 「お、お父様〜!」
ボゴォッ!
彰利 「キャーッ!?」
男 「まだ私はお前を息子と認めてはいない」
彰利 「なにぃ!?条件としてボクシングで勝ったじゃないの!」
男 「粉雪と結婚するまで貴様は馬の骨。
その扱いが嫌ならば粉雪と結婚してさっさと子供の顔を見せるんだな」
彰利 「ウヒョオ!?そ、そこまで飛躍しますか!?」
男 「あの子はいつだって不安なのだ。
それなのにお前はフラフラフラフラ……いつまで粉雪をほったらかしにする気だ」
彰利 「ぬう、確かにそれについては痛いところザマスが」
男 「……池から出なさい。その服で家に入る気か」
彰利 「うおう安心ですじゃ。悠介が居る限りは」
男 「む……?」
悠介 「……ども」
小さく手をあげる。
彰利がこの人をお父様と呼んだからには、この人は日余の親なんだろう。
男 「こやつも家系の男か。家系は?」
悠介 「……朧月。今は晦にお世話になってるけど」
男 「朧月!貴様もまたこいつのように厄介な家系か!月食いめが!
まさか粉雪を消すつもりじゃないだろうな!」
悠介 「───人を消すつもりなんかないっ!
いい加減なことを言うつもりなら俺だって怒るぞ!!」
男 「……ほう」
男はどこか感心したような声で俺を見た。
男 「……言葉だけならどうとでも言える。
あの子もあの子だ、何故開祖に寄った能力者ばかりを友人に選ぶのだ……」
悠介 「随分言いたい放題なんだな」
男 「お前こそ年上に対する言葉遣いを知らないようだな」
悠介 「言われっぱなしで黙っていたら男じゃない」
彰利 「それも時と場合によるけどな」
悠介 「当たり前だ」
男 「…………まあいい、自己紹介が遅れたな。
わたしは豆村龍公。粉雪の保護者だ」
悠介 「………」
実際聞くとやっぱり凄まじい苗字だ。
龍公 「それで、ここに何の用だ」
彰利 「また旅に出ることになったからさ、粉雪に挨拶を。それと───」
彰利が龍公殿に向かってファイティングポーズをとる。
彰利 「あんたともう一度、やりたくてね」
龍公 「───……手加減、せんぞ」
ギュム、と拳を握って体を固める親父さん。
やがてズシャア!
彰利 「うおっ!?」
龍公 「───ンンンンンッ!!」
親父さんがあっと言う間も無く間合いを詰めて拳を振るう。
彰利 「くっ───うぅぅぅおおおっ!!」
ゴォッ!!
彰利が拳を紙一重でかわす。
その頬を掠めるように、風が吹き抜けた。
あれは……普通の人が食らったら一発でアウトだろ。
彰利 「必殺!チョッピングライ」
パァンッ!
彰利 「ブッ……!?」
拳を振り上げた彰利の頬を小刻みの拳があっさりと入る。
親父さんは怯んだ彰利の隙を逃さずにどんどんと討ち込む。
パァン!パパァン!
彰利 「ぷおっ!ぐおっ!」
まるでマシンガンのようなジャブだ。
なんという素晴らしい格闘センス。
こ、このまま決まるか!?
彰利 「………」
あ……無表情で耐えるようになった。
連打+無表情で耐える+重心を落としていっている=……は、花山さん!?
龍公 「フッ───!」
彰利のそれを隙と見て、親父さんが踏み込む。
その拳が彰利の顔面を捉えようとする寸前。
悠介 「ま、待て彰利!早まるなぁあああっ!そんなもんやったら親父さんが!」
俺は彰利を止めようと呼び止めたが、あっさりと無視して強引に踏み込み、
親父さんのその拳を顔面に食らってもなお、拳を振るう。
彰利 「フゥウウンッ!!」
龍公 「なっ───」
その拳が親父さんの頬にボグッと接触し、
やがてメキッ!メキャメキャッ!と首がどんどんと曲がっていき、
最後にはボグシャアッ!!という炸裂音とともに吹っ飛んでいった。
龍公 「がはぁあああっ!!」
ドガッ!グシャッ!ぼしゃあああんっ!
………………。
彰利 「……楽しかったわ、またおいで」
彰利が王様(和訳)の真似をしてハンケチーフを投げた。
悠介 「……生きてるよな」
彰利 「安心しろ、会心の一撃だった。3日は起きれんぞ」
悠介 「うわぁ〜はぁ〜……」
思いっきり呆れた。
悠介 「な、治さなくていいのか?」
彰利 「だーじょーぶだーじょぶ」
彰利が親父さんのあとを追って池に入っていった。
───
粉雪 「ねえお母さん、中庭の方が騒がしいんだけど……」
ミサコ「また彰利くんでもきたんじゃないかねぇ」
粉雪 「あ、彰利っ?」
ミサコ「うふふふふ、粉雪は彰利くんのことになると表情が変わるわね」
粉雪 「お、お母さんっ!」
ミサコ「気になるなら見てきたらどうだい?」
粉雪 「う、うん……」
ミサコ「ふふふ、さっきからどもってばっかりよ」
粉雪 「うー……」
ミサコ「でも、前みたいに無理して強気になってるより自然で可愛いわよ」
粉雪 「お母さんっ!」
ミサコ「おほほほほ、ほら、いいからいきなさい」
粉雪 「うん……」
がらぁっ!
粉雪 「えっ?」
彰利 「オラ……みやげだ……」
ズル……と親父さんを引きずった彰利が立派な屋敷に入っていった。
ミサコ「あなたーっ!?」
粉雪 「お、お父さんっ!?」
彰利 「ああ、大丈夫大丈夫、いつもの拳闘だから」
ミサコ「……まったく、もう若くないんだから無茶しないでください……」
彰利 「起こした方がいいですかね」
ミサコ「いいわよ、起こすと話が出来ないでしょう?」
悠介 「……へえ」
この人、わかってるんだなぁ。
ミサコ「あら?そっちの子は?」
彰利 「うおう、この方こそ俺の愛人」
ぐしゃあっ!
彰利 「ふごおっ!」
思いきり足を踏み、彰利の愚言を掻き消す。
悠介 「朧月の家系、晦悠介です」
ミサコ「まあ……晦っていうことは、晦神社の?」
悠介 「はい、養子です」
ミサコ「そう……奈津美さんとは仲良くしてもらってたんだけど……大変だったわね」
悠介 「いえ……」
心配してくれているんだろうけど、いつになっても心配されることには抵抗があった。
どうしても大人を信じられない自分が居る。
不思議なもので、それは気づかない内に自分の中にあったというのに、
いつの間にか自分の中で完全に定着した決まり事のようなものになっていた。
彰利 「ああ、ところでミサコさん。話があるんだけど」
ミサコ「え?……なに?
遠慮はしなくていいのよ、あなたはわたしの息子になるんですから」
粉雪 「おっ……お母さんっ……!」
彰利 「………」
彰利が俺を見て小さく苦笑した。
悠介 「……悪い」
彰利 「どうしてお前が謝るんだよ」
悠介 「悲しませることになるかもしれないだろ?」
彰利 「悠介は俺が誘わなけりゃ乗らなかっただろ?
だったら被害者みたいなものなんだからあまり気にするなよ」
彰利はやっぱり苦笑ににた顔で俺に話す。
自分でも日余のお袋サンを困らせるってことを理解しているんだろう。
彰利 「ミサコさん、単刀直入に言います。……粉雪を俺にください」
ミサコ「───!」
粉雪 「わっ……!ちょ、ちょっとあきっ……!?え……っ!?」
……少しの間。
俺はいきなりのプロポーズみたいな言葉に唖然としていた。
『娘さんを借りていきます』くらいが精々だと思っていたからだ。
まさかこんな風に言うとは思いもしなかった。
ミサコ「………」
訪れる、当然の沈黙。
だけど俺は真っ先に断られると思ったから、この沈黙は予想外だった。
その場に居る全員の視線がお袋さんに集中する中、お袋さんはゆっくりと俯いた。
ミサコ「……彰利くん。これから何をするつもりなのか訊かせてくれる?」
探るような言葉。
だけど……ああ。
俺にはなんだか、その顔が全てを許しているような顔に見えた。
それは娘である日余は元より、彰利までも信頼しきっている顔。
なんてやさしい顔だろう、と見入ってしまった。
ガラにもなく『これが母親なのかな』って思って、どこか寂しさを感じた。
彰利 「また旅に出ようと思ってます。
だけど前の時、俺はどれだけ粉雪を寂しがらせたのか解ったから……。
だから、今度は置いていくようなことはしたくないんです」
粉雪 「彰利……」
ミサコ「………」
お袋さんは考えるような素振りを見せて、やがて笑った。
ミサコ「ダメ、って言っても連れていくんでしょう?
それに引きとめたところで、この子はきっと抜け出してでもあなたを追うわよ。
……わたしの娘ですからね」
粉雪 「お母さん……」
日余は目に涙を溜めて、静かにお袋さんに抱きついた。
感動の場面というやつだ。
ミサコ「いってらっしゃい粉雪。そして目一杯幸せになりなさい。
ああ、そうそう。早く孫の顔を見せて欲しいわ。別に結婚なんて後でもいいから」
粉雪 「おっ!お母さんっ!!」
が、感動の場面は他ならぬお袋さんの手によっていきなり粉砕された。
日余は顔を真っ赤にしながらお袋さんに突っ掛かった。
彰利 「……ありがとうございます、ミサコさん」
ミサコ「嬉し涙以外で泣かせたら承知しませんからね。覚悟しなさい」
彰利 「もちろんっ」
ミサコ「ああそれと……この旅でキメてきちゃいなさい。
子供が出来たら真っ先にわたしに見せるのよ?」
彰利 「ウッシャッシャッシャッシャ、そりゃもう」
粉雪 「彰利っ!」
彰利 「はっはっはっは、冗談じゃよ冗談」
粉雪 「もう……!」
……うん。
やっぱり俺はこういう雰囲気には場違いだな。
彰利にはやっぱり家族ってものがあったほうがいいと思う。
見てるだけでもどれだけ大事にしているかが解るもんな。
彰利 「……それじゃあ、いいか?」
粉雪 「え?旅って……まさか今からなの!?」
彰利 「ああ。言ってなかったっけ」
粉雪 「いってないよ!」
彰利 「馬鹿な。俺の記憶が確かなら」
粉雪 「彰利の記憶なんて宛てにならないよ!」
彰利 「ギャアヒドイ!断片を語る前に我が記憶自体が否定された!」
確かに素晴らしい否定っぷりだった。
彰利 「おどれぁらダーリンうじゃあた!なんじゃこら笑っとーとオラァ!」
俺がそんな風景を見て笑っていると、
彰利は何故か訳の解らない罵詈雑言をぶつけてきた。
ていうか……
悠介 「うじゃあたってなんだよ」
彰利 「知らん。そんなことは文部省にでも訊け」
悠介 「………」
……うん。
やっぱりどんな時でもこいつはこいつのようだ。
彰利 「そんじゃあまずはどこに行こうか」
悠介 「どこでもいいんじゃないか?まあ例の如くみんなには知らせないが」
彰利 「よっ!女泣かせ!」
悠介 「うるさいよお前は」
彰利 「うおう、冷静なツッコミ。まあいいか、そんじゃあお手を拝借。
オンラブラトルド───略!プレイスジャ〜ンプ!」
彰利がよくわからない言葉を紡ぐとともに景色が歪む。
とっさのことに目を瞑ってしまい、開いた時には次元の中を移動していた。
悠介 「どこに行くんだ?」
彰利 「オウヨ、まあ気まま旅ということで……適当に月空力を発動させてみました。
向かう先は俺にも解らん」
悠介 「……それってヤバイ?」
彰利 「詳しいことは俺にも解らんが……これだけは言える」
悠介 「うん?」
彰利 「……ごめん」
悠介 「どうしていきなり謝るんだよ!」
彰利 「いや……はははは!俺もなんだか不安になってきたってことです!
なんか嫌な予感しかしないんですねー!
だってさ、次元が変な風に曲がってるんですもの!」
言われてみて気づいたが、流れゆく次元の歪みはある部分を境に妙に曲がっていた。
そこはどこに繋がっているのか───って
悠介 「日余!?日余は!?」
彰利 「過去未来を見ることの出来る粉雪には次元の狭間はちょっと酷なんでな、
俺様がこうしてムギューリと抱き締めて俺の行く末だけ見させています」
粉雪 「……苦しい」
彰利 「もう少々の我慢じゃ!」
粉雪 「うう……」
見れば確かに、日余は彰利にギュムーと抱き締められていた。
でもそうだな。
次元っていうのはどこに繋がってるかは予測不能な分、いろいろな形になりやすい。
それはつまり、過去現在未来のあらゆる形に一瞬で変わり続けるわけだから───
自分の意思の弱いヤツなんかがそれに触れたら自我崩壊になりかねない。
彰利 「……お?どうやら着くみたいじゃぞ?」
悠介 「だな……って、うわっ!?」
突然次元の歪みが大きく波立ち、俺の体を飲み込んだ。
彰利 「悠───」
彰利の驚いたような声も中途半端に、俺はどこかの次元に飲まれていった。
───…………。
何かが頬に触れていた。
それに気づくと同時に、意識が急激に覚醒してゆく。
悠介 「うぐ……!……ここは……?」
痛む頭を押さえながら起き上がる。
……景色を見渡してみたが、全く知らない場所だった。
例えるならば草原。
電線やらなにやらがない、まっさらな草原だ。
ここは何処だろう、なんて馬鹿な考えを本気でして、俺はひとまず立ち上がった。
悠介 「………?」
本当に訳がわからない。
いや、そもそもここが日本である感じが全くしなかった。
だけど部分的に密集した木々の影にある家を見つけて、少し安心した。
なにはともあれ、人が居るというのは安心できる。
孤独はなによりも不安になるっていうのは本当だと思う。
家系の宿命の孤独だかなんだか知らないけど、
そんなものは信じたいヤツだけ信じていればいい。
俺は宿命よりも友情を選んだ。
それでいいと思う。
悠介 「……っと、そんなこと考えてる場合じゃないよな。えーと」
ひとまずはこの家に人が居るかどうか、だよな。
俺は家に近寄って、ドア……というよりは引き戸のようなものをノックした。
ドン、ドン、という音が鳴る。
まるで立て付けの悪いものを叩いたような音を出したそれは、
いくらやさしく叩いても同じ音しか出さなそうだった。
悠介 「………」
しばらく待っても反応は得られなかった。
仕方なく俺は無断で中に入ることにしようと……した時だった。
声 「……誰だ」
その声は聞こえた。
深く、思いその声は、まるで随分長い間、
人と話していなかったために話方を忘れたような喋り方だった。
あるいは人と話すことを断ったのか。
どちらにしろ俺はこの人と話をしなければいけないのは確かだった。
悠介 「えーと……ここ、何処ですか?」
男 「………」
着物姿のその男は冷たい目をゆらりと動かして俺を見た。
その、微妙に赤く見えた瞳は……とても、なにかを彷彿させるものだった。
漠然としすぎていて、それがなんなのかは解らなかったけど。
男 「ここになんの用だ」
悠介 「いや、だから……ここ、何処?」
男 「……俺に関わるな」
男はそれだけ言うと、開けっぱなしだった入り口から家の中へと消えた。
悠介 「な……!おいこらっ!人の話はちゃんと訊くもんだぞ!」
俺はカッとなって家の中に入り込んだ。
悠介 「───え?」
そして驚いた。
そこは、自分とは明かな違いがある場所だったから。
男 「………」
男は何も言わずに家の中央付近に座っていた。
俺を睨んだものの、すぐに興味をなくしたように視線を逸らして虚空を見つめている。
悠介 「………」
待ってくれ。
いや、うすうすは感じていたけど……
悠介 「───」
俺は焦って、ありもしないものを探した。
壁という壁を見て、しかしそうすればそうするほど、身に染みるほどに確信する真実。
……そう。
煤こけたように古い外観に、電気もない部屋。
床に乱雑した見覚えの無いものに、探しても見つからないカレンダー。
……解った。
どうして日本じゃない、だなんて感じたのか。
ようするにここは、俺が居た日本じゃあありえないくらいに自然があったんだ。
つまりここは───
悠介 「……ずっと……過去の世界」
そういうことだ。
俺という存在がカケラすらも精製されていないくらい、ずっと昔。
俺は次元に飲まれた瞬間にこんなところまで飛ばされたってことだ。
…………でも、なんか引っかかる。
男 「………」
男は興味を取り戻した風でもなく、だけど俺をもう一度見た。
俺はなんて言っていいか解らず、ただそのうっすらと赤く見える瞳を見つめ返した。
男 「…………お前、家系の者か」
悠介 「───え?」
自分の耳を疑う。
思わず問い返してしまったことすら瞬時に忘れてしまうほど、俺は驚いた。
男 「その薄く赤い目、見間違えるわけがない……」
悠介 「………」
っていうことは、この人も……?
───え?ていうことは俺の先祖かもしれないってことか?
男 「どちらにしろ、さっさとこの家から出て行け。
俺はもうお前ら家系の者とは無関係だ。
今更、俺に用があるなどと言うつもりか……」
悠介 「……今が何年なのか、教えてくれないか」
男 「……興味がない。失せろ」
悠介 「………」
男は頑なに人との接触を拒んでいるようだ。
……もしかして、朧月の家系の……?
悠介 「なあ、あんたもしかして朧月の家系の者か?」
男 「…………なに?」
男はそこで初めて、人間らしい声を出した。
男 「お前、そんなことも知らずにここに来たというのか?
俺を利用しようとしたんじゃないのか……」
悠介 「利用?よしてくれ、人を利用する趣味はないよ。
純粋に今がどんな時なのか知りたいだけだ」
男 「………」
男は黙る。
なにか考え事をしているのか、それとも……
男 「悪いが俺も外界から縁を切って久しい。年月という概念はもう俺の中には無い」
悠介 「………」
今度は俺が黙る番だった。
どうしたら……いや、わからないものをうだうだ言ってても仕方ない。
ひとまず今がいつなのかなんてことは忘れよう。
悠介 「……解った、手間取らせて悪かった。それじゃ」
俺は男の家を出て、空を見上げた。
……出るのは溜め息。
ここ最近、溜め息しか吐いていないのはもう解りきったことだ。
呆れることはもちろんのこと、
疲れることや厄介なことばかりが起きる中で、ただ笑っていられるやつが居たら相当だ。
いい加減、本当に泣きたくなってくる。
……でも本当に泣けるかどうかはまた別なんだよなぁ。
いっそ泣きたいもんだけどね。
悠介 「さてと、考えても仕方ない。
彰利は来てないみたいだし……それに、
次元の波に飲まれたからには俺がどの次元に来たのかも解らないだろうな」
波っていうのは相当にあやふやなものだ。
上にあるものが下になったり、下にあるものがもっと沈んだり、形を持たない。
水の動きを『波』と呼ぶだけあって、その形は類すらも持たない。
四角い容器に入れれば四角には見えるが、
実質はただ容器の形になぞってあるというだけで、水自体に形があるわけじゃない。
波も水のそれと同じだ。
ともなれば、次元の波だってそれとは変わりない。
つまり、俺が飲まれた次元の波自体が既に別の次元の波の下に潜ったかもしれないし、
そのまま流れているのかもしれない。
そこに潜るとなればよほどの度胸が無ければ無理だ。
月空力を扱える彰利ならどうかは解らないが、
なんの手掛かりもなしに不用意に潜れば、
下手をすればその次元に出た途端に死んでしまうかもしれない。
次元はそれだけいろいろな形を持っている。
例えて言ってみるとすれば、次元は『運命』と『偶然』を司る『世界』のようなものだ。
もちろんそれは決められたものじゃなく、
世界に点在するひとりひとりの行動によって少しのズレが大きなズレへと変わり、
やがて未来をも変えるという意味での世界だ。
言ってしまえば───
彰利は確かにこの世界で生きているが、別の次元では死んだと言う。
いや、別の次元からこの次元に来て自爆をし、魂だけが残った。
それを俺が生きかえらせたとしても、
その時点でもうその彰利はこの次元の彰利じゃない。
もちろん彰利は彰利だ、いまさらそのことでどうのこうの言うつもりはない。
あくまで可能性……『波』の話。
つまり人がどう動くかで様々な未来が作られ、その分次元も増える。
ようするに『過去』と『未来』っていう概念がある時点で、
『次元』という概念はどうあっても消えない。
だけど『現在』は自分達が立っている限り、そこが『過去』であっても『現在』だ。
己という存在が立つ世界は『現在』以外は有り得ない。
だってそこに立っている時点でその世界には『過去』と『未来』がある。
そこが『過去』であっても『過去』があるのに『過去』に立つことは矛盾している。
自分という存在が立つ場所は『未来』であっても『現在』であり、
そこがもし『未来』になるとしたなら───
それは、『未来の最果て』へと辿り着いた時のみだろう。
最果て───そこが最後なのであれば、その『現在』は『未来』と呼んでもいいと思う。
……まあ、終わりと言えばそれまでなんだろうけど、
その先を生きれる者が居るとするなら、それはやっぱり『現在』だ。
それだけの大きな波が存在するこの世界よりも波の高い次元だ。
……彰利が俺を発見出来る確立なんてタカが知れてる。
悠介 「どうする?」
……いっそ『タイムマシンがでます』とか言って創造してみるか?
い、いやっ。
俺は次元を超えし発明家(創造家?)になんぞなりたくないぞ。
悠介 「……ひとまずここはどこかの丘かなんかみたいだし……降りてみるか」
嫌な想像を掻き消して、歩くことにした。
あー、俺の求めた幸せってこんなもんだったっけ?
ギキィン!
悠介 「へ?」
突然の轟音。
驚きはしなかったが、妙な声を出して振り向いた。
……そこには冥月刀を手に持った───冥月が居た。
冥月 「お迎えにあがりました。さあ戻りましょう」
悠介 「マテマテマテ!お前どうやって俺がこの時代に居るって解ったんだ!?」
冥月 「ええ、彰利さまの持つ冥月刀と意識をリンクさせて、状況を把握した上でです」
悠介 「…………て、ことは。もしかしてみんなに黙って旅に出ようとしたことも……」
冥月 「はい、しかと」
うわぁ。
悠介 「冥月サン?このことはヤツらには内密に……」
冥月 「心得ております。それよりも戻りましょう。この時代は少し厄介です」
悠介 「───ああそうだった。この時代ってどれくらいの時なんだ?」
俺はその疑問をぶつけてみた。
気になることは無理に押さえないことにしたのはいつだったかはもうどうでもいい。
冥月 「詳しく関与することは許されません、歴史に歪みが出来てしまいますから。
ただ場所は……現代における弦月の屋敷があった場所です」
悠介 「え───てことはあそこの家って」
冥月 「はい、弦月の家です。彼は月壊力を発動させた初めての人物ですね。
さあ、解ったら戻りましょう。
この歴史にだけは変動を起こしてはいけないのです。
下手をすれば月の家系自体が消滅しかねません」
悠介 「うわっ、そりゃ勘弁だ!」
冥月 「では、参ります。───!」
冥月が刀を手に、目を閉じた。
途端、その刀から光が溢れ、俺は思わず目を閉じた。
───
……そして気づくと弦月屋敷(廃墟)だった。
俺は目をパチクリしていたが、その場に彰利も日余も居ることを確認すると息を吐いた。
彰利 「おお、無事だったか。何事もなくてえがったー!」
悠介 「……そだな」
ちなみに俺は、さっきまで居た過去について考えていて、どこか上の空だった。
あの時代に何があったのか。
それがまるっきり解らなかったから。
一歩間違えただけで全てが変わるようなその時代。
それは一体、どんな世界だろう。
確かに世界っていうのはたったひとつの小さな歪みから変わってゆくものだ。
世の中が回転することで時間が進むものならば、その軸となるのは『行動』だ。
ひとりひとりの小さな行動が世界を変えてゆく。
それはまるで、蝶が起こした小さな風が長い時間をかけて強風になるよう。
小さなことの積み重ねは大きな物にやがては勝る。
俺達はその世界を蒼い季節の頃から知っていた。
だけど───積み重ねさえも払拭してしまう大波はあるものだ。
それにだけは勝てない。
だけどいつか勝てると信じることは、悪なんかじゃあ決してない。
たとえあの過去がその大波が渦巻く世界だとしても、希望だけは捨てなければ───
きっと、打ち勝てる。
だから。
悠介 「……なぁ、冥月」
冥月 「はい」
悠介 「……沙姫のことだけどさ」
冥月 「───!引き受けてくれるのですか!?」
悠介 「いや、それの逆。俺達が教えるまでもないよ。きっと強くなれる」
冥月 「………」
そう。
人が教えるのは強くなるための支えの過程であって、答えじゃない。
誰かが教えたレールの上を走ったんじゃ、一生かかっても強くなんかなれない。
悠介 「誰かが教えるんじゃない。沙姫自身が気づくべきだ。
支えてくれる人はきっと居るさ。だから───」
だから。
悠介 「……キミ達はこの時代に居るべきじゃない」
冥月 「───っ!」
冥月が驚愕の表情で俺を見た。
悠介 「期待を裏切るようなことをしてごめん。だけどウソはつきたくない。
俺と彰利はそうやって、自分を強めてきたんだから。
もし俺達が教えられるとしたら、きっとそれだけのことなんだよ……」
冥月 「………」
悠介 「………」
冥月 「……そう、ですか……」
長い沈黙ののち、冥月は掠れたような声でその言葉を放った。
少し心苦しかったが、言わなきゃならないことだ。
俺達と一緒に居たんじゃあ自分達の歴史の中で成長できない。
だって、親しい人が居ないんだから。
俺達とばかり仲良くなったって、それじゃあ意味がない。
冥月 「───!」
ギキィンッ!
悠介 「あっ……」
冥月は別れの言葉も言わずに冥月刀を唸らせて消えた。
あとに残ったのは呆然と立ち尽くす俺と彰利と、
訳も解らずにおろおろする日余だけだった。
彰利 「よっ!女泣かせ!」
悠介 「……シャレにならないこと言うなよ……ていうか締めくくりさせろよ!」
彰利 「ふはは!そうはさせるか!ていうかどうなってんのさ一体。
転移した先で何かあったワケ?」
お前が人を見放すようにするなんて、と続ける彰利。
悠介 「あのなぁ、言っておくけど見放したんじゃないぞ。
ただこの時代に慣れても向こうの時代には慣れないだろって話だ。
ただでさえ大人しい上に、根が人懐っこそうなヤツだったんだ。
ここで情が移ったりして帰れると思うか?」
彰利 「……にゃるほろ」
悠介 「だから、早い方がよかったんだよ。
あいつを悪く言うわけじゃないけど、
その存在がこの現在の歴史を歪ませかねない」
彰利 「ほへ?未来が変わるなら最強じゃないっすか。なにが不満なのダーリソ」
ぎゅむっ。
彰利 「ギャア!」
悠介 「?どした?」
彰利 「こっ……粉雪……!な、なにをしやがるの……!」
粉雪 「………」
日余はなにやら頬を膨らませてそっぽを向いている。
彰利 「……?なんじゃいまったく。それよかさ、ダーリン」
ぎゅむっ!
彰利 「ウギャアオゥ!だ、だーからなにすんじゃい!」
粉雪 「ダ、ダーリンなんて言わないでよっ!」
彰利 「なにぃ!?悠介はハニー!?」
粉雪 「そうじゃなくてっ!」
彰利 「どっちじゃい!」
粉雪 「う、うー……!」
悠介 「………」
わたしだけを見てください、って、その目が言っていた。
うーむ。
悠介 「彰利って鈍感なのか?」
彰利 「ダーリンにギャアア!ハ、ハニー!?ギャア!ゆ……悠介に言われたくない!」
抓られながらも目的の言葉を言うのはやめないのは感心の域だ。
悠介 「……俺、鈍感か?」
彰利 「───……悠介さ。その言葉だけでもう十分だと思うぞ、相当に」
自覚してないって相当だよなと繋げる彰利。
……俺って鈍感か?
確かに自覚はないが……人ってさ、自覚がないからこそ否定できるってもんでしょ?
そこんとこ理解してくれ、COOLに。
それはもうCOOLに。
悠介 「じゃあさ、お前は気づいてるのか?」
彰利 「え?俺がレタス好きってことを?」
悠介 「寝言は寝て言え。今更だろうがそんなこと」
彰利 「グ、グウム」
悠介 「グウムじゃない。お前は日余が何言いたいのかわかったのか?って質問だ」
彰利 「モチのロンよ」
……そりゃそうか。
こいつの場合は理解しながらも話を捻じ曲げにいく男だ。
彰利 「こやつ、アタイの耳汁が目当てなのよ」
ぎゅむぅっ!
彰利 「AOOOOOOO!!」
そりゃあ痛かったでしょうねぇ……。
女性とはいえ、家系の握力で股をツネくるワケですから……。
これは技とはいえません。
彰利 「なにするの!痛いじゃねぇザマスか!」
粉雪 「うくっ……彰利は……わたしのことなんてどうでもいいの……?」
彰利 「………」
きゅむ。
目を潤ませ、涙を溜めていた日余を見た途端にやさしく抱き締める彰利。
その口からは『ラブリィ……』とだけ漏れた。
とうとうヤツもイカレちまった。
やがてなでなでと頭を撫でくり回して至福の顔を浮かべる彼は、
例え通りにとても幸せそうだった。
その様子から俺は悟る。
この状況を作ったのは間違いなくヤツだ。
彰利め……狙ってやったというのか?
悠介 「……あ、そうだ」
俺はこういう幸せをブチ壊すようなことはしない主義だ。
幸せに至る前の彰利ならからかいはするが。
えーとイメージイメージ……。
悠介 「弦月屋敷を綺麗にする霧が出ます」
イメージを固めた俺は、それを弾かせた。
そして出た霧は大きく広がり、弦月屋敷を包んだ。
……………………
…………
……そして約2分後。
悠介 「……ふむ。素晴らしい」
霧が晴れたそこには、新築同様のような綺麗な弦月屋敷が立っていた。
補強イメージも混ぜておいてよかった。
彰利 「……うおう」
彰利が驚いた。
素直な反応だった。
彰利 「キャア新築YO!な、なに!?俺と粉雪に同棲を始めろと!?」
悠介 「言っとらん!」
彰利 「ええっ!?じゃあ三人のマイホーム!?」
悠介 「ここはお前の家だろうが。
同棲しろとは言わないけど、ここで暮らすのは悪くないんじゃないか?」
彰利 「ぬう、然り。なぁ粉雪、どう思う?」
粉雪 「え……わ、わたしは……っ……彰利と一緒なら、どういうところだって……」
彰利 「……くあぁはぁっ!めんこいのぉおう!!」
粉雪 「きゃっ……!」
思わずがばぁっ!という擬音が聞こえてきそうなくらいの勢いで日余を抱き締める彰利。
その顔はやっぱり幸せそうである。
悠介 「………」
幸せ、か。
幸せが案外近くにあるものだって知ったのはいつだっただろうか。
それに気づくまでの俺達はいつだって不安で、
目に見えるもの全てを疑うような生意気な子供だった。
でも仕方なかったと思う。
あんな環境に産まれて、今まで生きて来れたのが不思議だった。
そんなことを考えていたからだろうか。
悠介 「……彰利」
彰利 「ムチュウ?」
口先をムニューリと伸ばしながら日余を抱いている彰利が振り返る。
少し気持ちが削がれたけど、それでも俺は言葉にした。
悠介 「今……幸せか?」
彰利 「…………当たり前だろ。悠介にしちゃあエラい愚問だ」
悠介 「だな。悪い」
いまさらって気分が嬉しかった。
幸せになんてなれないって思ってた自分たちが今立っているこの状況。
それはとても……幸せだった。
悠介 「……なぁ彰……」
言葉をかけようとしてもう一度振り返ると、
悠介 「………………えと」
ドラマのワンシーンのように唇を重ねるふたり。
彰利は滅多に見れないくらいに幸せでいて真剣そうな顔。
対して、日余は俺が居ることを意識しているのか、煙が出そうなくらいに真っ赤だった。
って、俺もなに冷静に観察してるんだっ!
悠介 「………」
多分、鏡でも見れば俺も相当赤いんだろうな。
俺もまだまだ青いなぁ……。
───
しばらくして、ようやくふたりは離れた。
彰利 「ああ……幸せ♪」
粉雪 「うう……酸っぱい……」
そんな景色の中で、日余はステキに酸っぱそうにしていた。
彰利 「キスはレモン味が基本らしいからな。
こんなこともあろうかと俺の口をレモン風味にしておいたんだ」
悠介 「………」
横目に、日余を見る。
相当に酸っぱそうだ。
悠介 「お前さ。限度ってものを考えたほうがいいぞ」
彰利 「そ、そうか?酸っぱさの度合いを考えて梅干風味にしたのが悪かったか?」
悠介 「お前なぁ……」
彰利 「まあまあそれは白骨化して風化するまで置いておくとして。
さっき何か言いかけてたよな?なんザマス?」
悠介 「え?あ、ああ……」
言うべきかな。
悠介 「あのさ。旅の案、やめにしないか?」
彰利 「おろ?なんでまた」
悠介 「さっきのじゃないけどさ、ここで暮らしてみるとか」
彰利 「……ふむ。じゃあこうしよう。
ここをねぐらにして、あとは好き勝手に移動するとか」
悠介 「夜になったら戻るって、そういうことか?」
彰利 「そゆこと」
悠介 「旅とはまた違った楽しみだな」
彰利 「だろ?日帰りで遊びに行くのと同じだな。
てわけで、ここを我らの秘密基地として承認する!」
悠介 「承認って……おいおい、お前の家だろ?」
そう言って苦笑する。
本当に幸せだ。
彰利 「それじゃあいろいろと用意しなきゃならんな。必要品の創造頼めるか?」
悠介 「OK、ちょっと待ってろ。イメージイメージ……」
頭の中にイメージを描く。
どうせならいっぺんに創造した方が楽だよな。
必要必要……。
体力の消耗も考えて、必要だと思うことは忘れずに……よしっ。
彰利 「……ダヴルヴェッド(ボソリ)」
悠介 「!」
突然、耳元で彰利の声が聞こえた。
と思った瞬間にイメージは弾けてしまった。
そして目の前に現れたのは……ダブルベッドだった。
悠介 「………」
彰利 「キャア!ダーリンたら大胆!」
…………。
彰利 「ダーリン?」
悠介 「なっ……なんてもの創造させるんだよお前はぁああっ!」
彰利 「ウヒョオ!?」
悠介 「あぁっ!なんてこったぁっ……!体力の消耗全然無いし……!
俺は、俺は俺は……ッ!?あぁああっ!
俺ってやつはこんなもの必要って思ってしまったってのかぁああっ!?」
彰利 「あ、あの……悠介?って、うお!?血涙!?」
悠介 「………………プライドが……」
泣ける……マジで泣ける……。
彰利 「ああっ、悠介が大地に両手両膝をついて絶望の淵に」
悠介 「こと細かに状況説明するなよ……」
彰利 「まあいいでないの。この調子で頼む。粉雪、必要なものってあるか?」
粉雪 「え?えーと……」
日余が彰利の耳元でボソボソと何かを言う。
……ホント、学生時代とは随分違った印象だ。
彰利 「よし悠介、じょ」
ぐしぃっ!
彰利 「ほんごぉぁっ!」
何かを語ろうとした彰利の足がゴシャアと踏まれた。
音を聞いていただけでも寒気のするようなその音。
思わずゴクリと息を飲んだ。
粉雪 「言っちゃったら……!小声で言った意味がないじゃないっ……!」
彰利 「い……言われてみれば……っ。
ていうかアータ……俺の足の指、内出血してますぞコレ……!」
踏まれたらしき部分がドス黒く変色していた。
粉雪 「治せばいいでしょっ!ふんっ!」
彰利 「グ、グウム……やはり悠介が一緒だと本来の性格は出さねぇようザマスね……。
でもこんな粉雪も懐かしいので良し。うむ最強」
……なにを言っとるのだコイツは。
悠介 「じゃ、適当に必要なものを創造するから……もう邪魔するなよ」
彰利 「オッケイネ〜ィェ、俺ガオ前ノ邪魔スルワケネェベヨォ〜」
悠介 「じゃあさっきのお前は彰利じゃないのか」
彰利 「僕のパパはパパじゃない!」
悠介 「ジョジョ4部のサブタイ語ってないで黙ってろ」
彰利 「うう、切ねぇ……」
悠介 「必要品が出ます」
ポポポポポポポポポポムッ!
───どしゃしゃしゃしゃしゃぁっ!
悠介 「あ」
彰利 「うお」
粉雪 「わ……」
創造して出てきたモノが宙から落下してゴシャゴシャと音を奏でた。
悠介 「……壊れてなきゃいいんだが」
彰利 「どれ、確認してみよう。えーと……」
彰利がゴソゴソ……ガシャゴシャ……と物体を降ろしたりして、ブツの安全を確認する。
彰利 「ん〜……これは良し、これも良し……ああ、べつにコレもいいしこれもいい。
……って、なんじゃいこりゃあ。何故にたわしが?」
悠介 「たわしが無いと掃除が出来ないじゃないか」
彰利 「……いや、そうだけどさ。
どうして家具の中にひとつだけたわしがあったんかな〜って。」
たわしを手に取って、シゲシゲと眺める彰利。
彰利 「しかしたわし見るとウニ思い出すね。こうやって両方に割ると黄色い物体が」
ぱかっ。
彰利 「…………ウニ!?」
悠介 「なにぃ!?」
たわしだと思っていた物体はウニだった。
何故!?
彰利 「ぬおお、何故にたわしがウニに……!?
最近のたわし屋はウニを売ってるのか……?」
とか言いつつウニをズゾゾとすする彰利ゴハァッ!
彰利 「オエエ!味はたわしだ!」
とことん気持ち悪そうにオゲェ〜と吐く彰利。
たわしの味ってどんなのだよ……。
彰利 「この芳醇かつどことなく木の破片をしゃぶったような味……!
まさか貴様、この雄山にこのようなものを食わせるとは……!」
悠介 「ようするに不味いんだろ?」
彰利 「果てしなく」
涙目になる彰利。
どうやらよっぽど不味いらしい。
ていうか本当にどうしてたわしがウニに?
腹でも減ってるのかな、俺。
彰利 「ほんじゃまあ、必要なものは大体揃ったということで。
それぞれの配置を開始しよう」
悠介 「意義は無いが……」
粉雪 「うん」
彰利 「それじゃあアタイはこのダブルベッドを」
悠介 「まず先に手をつけるのがそれかよ……」
不満、というよりは呆れの言葉を漏らす。
それに対して彰利はニヤァと笑って『俺らしくていいじゃない』と言った。
まあ、そうかもしれない。
なんにせよようやく、自分の中の何かが動き始めた気がした。
彰利 「ほれ悠介、ぼさっとしとらんと手伝え〜」
悠介 「解ってるよっ」
声を張り上げて必要品を片っ端から持ち上げては移動する。
そんな、普通なら嫌がることが何故か楽しかった。
心境の変化。
それだけじゃないとは思うけど、多分俺は何かにワクワクしていた。
それが『秘密基地』を得た子供のような気分だったってことを俺が知ることは……
───この先、一度もなかった。
だけど俺は思う。
何かに例えるわけじゃなく、何かになぞるわけじゃなく。
ただその時その時を楽しめればそれでいいんじゃないだろうか。
高望みをするわけじゃない。
ただ俺の知っている俺の家族が、みんな自分らしくあること。
騒がしいのはいつまで経っても慣れないけど、
それ以前にそう嫌っていないことに気がついた。
自分の居場所があるだけで、迎えてくれる人が居るだけで幸せを感じるなんて。
前までの俺じゃあ考えられなかった。
家系に反発するようにがむしゃらに生きていたあの頃。
ただ恐れを抱いて、泣くことすら我慢したあの頃。
……友達にさよならも言えなかった、あの頃。
辛いことばっかりで、泣いたことだって何度もあった。
だけど……俺は感謝したい。
辛いことがずっと辛いままで終わるわけじゃないことを教えてくれた、俺の周りの世界に。
悠介 「───……」
なぁ、冥月。
俺は沙姫の決心を挫きたいわけじゃない。
家族が増えるなら、俺はきっと喜んでいた。
だけど、お前の……沙姫の家族は、きっと俺達じゃない。
沙姫は自分の時代でこそ、俯かせた顔を上げなきゃいけないんだ。
真っ直ぐに前を見て、その上で歩かなきゃいけないんだ。
泣いたっていい。
誰かに支えてもらうのもいい。
自分を縛っている戒めなんかはその家系ごと捨ててしまってもかまわないだろう。
自分の人生を格式のために犠牲にすることなんてないのだから。
悠介 「───彰利、冥月刀を貸してくれ」
彰利 「へ?あ、ああ、いいけど。どないしたんやぁ〜?」
彰利がロバート(KOF94あたり)の真似をしながら挑発する。
悠介 「冥月刀を封印しようと思う。どうだろう」
彰利 「封印?……もったいないな」
悠介 「お前が嫌だって言うならやめるよ」
彰利 「いや、それはひとまず置いといてさ。どうしてまたいきなりそんなことを?」
悠介 「……うん。冥月刀の中に宿る冥月はこの先ずっと、家系に安置されると思う」
彰利 「ああ」
悠介 「それは、同じ時を過ごした者と同じくらいの思い出を、
その身に刻むことになるんだと思う」
彰利 「そうだな」
悠介 「……俺達は冥月の人格の解放は出来ないだろ?
だからさ、話を聞けても話返せないのは辛いと思うんだ。
これから先、沙姫が産まれるまでをずっと孤独に生きることになる。
俺はさ、冥月には沙姫が産まれるまでずっと眠っていてほしい」
彰利 「…………なるほど」
悠介 「冥月のやつ、口は丁寧語だったけどさ。
沙姫のことを心配してる時の顔、
まるで友達を心配してる幼子みたいだったんだ。
……俺は、そんなあいつの顔を守ってやりたいと思った」
彰利 「……そっか。解った、みなまで言うな。……いい夢見させてやってくれ」
悠介 「……ああ」
俺は目を閉じて月蝕力を発動させた。
蝕むのではなく、『刀』を沈めさせる『鍵』として。
頭のどこかで『世界』が作り出され、
その景色の中で『刀』という扉の鍵はパチン、という変わった音で閉められた。
その鍵は鞘のように刀を包み込むと俺の中から姿を消した。
悠介 「…………うん。月を蝕む力なんて、俺のもとに無い方がいい」
俺はそれを受け入れた。
消す力じゃなくて、守る力があればいい。
月操力は使えなくなったけど───
悠介 「………ハトが出ます」
言葉にしてイメージを弾かせる。
もう何度もしてきたそれは、一羽のハトを創造した。
さて、これでフリダシに戻ったわけだ。
ただ理不尽な『創造の理力』を持っていただけの俺に。
彰利 「……月操力も封印したのか」
悠介 「───ああ。俺にはもう必要ないものだ」
彰利 「…………そっか。そうなのかもな」
チキ、と。
彰利が刀を握った。
彰利 「冥月刀よ。仮初の主として命ずる。
我が家系の力、月壊力をその身に宿し、
その力をもって全ての月操力を吸収し、今はただ眠りにつきたまえ───」
───ヒィン……!
悠介 「あ、彰利っ!?」
彰利 「……ふぅ。これで俺もみんなも、ただの腕力馬鹿だ」
悠介 「お前……」
彰利 「多分さ、今のこの状況は冥月の未来通りなんだと思う。
月壊力と月蝕力を持って産まれるなんて有り得るわけないしな。
だとしたら刀に見とめられた人物こそ、
俺と悠介の月操力を受け継いでくれるんだと思う。
例えばの話だけどさ。
もし月壊力と月蝕力以外の月操力を持って産まれた子が居たとしたら───
その子は残りのふたつの根源を宿す刀と意識をリンクできるんじゃないかって。
……俺はそう思うんだ」
悠介 「……そうか」
彰利 「決まりきった未来ってのは嫌いだ」
悠介 「ああ」
彰利 「でも───」
彰利が大きく伸びをした時、穏やかな風がその丘である場所に吹いた。
彰利はそれを感覚全体で感じるように身を委ね、やがて俺に向き直って言った。
彰利 「───未来に何かを託すのも、悪い気分じゃないな───」
……まあ、すぐに変えてみせるけど、と。
そう言って、彰利は笑った。
力で捻じ曲げるわけじゃなく、あくまで人としてその未来を築いていく。
それは俺も同感だ。
彰利 「……これで、喧嘩する日が楽しみになったな」
悠介 「え?───ははっ、違いない」
陽光に当てられながら、俺達は笑った。
かつて別れを言わない別れを果たしたこの丘で、その友達と笑い合う。
───友達はひとりでいい。
だけど、家族は決して手放したくは無い。
俺にとってこいつは理解者であり友達であり、そして……家族だった。
彰利 「鈍るなよ、親友」
彰利が俺の頬を軽く殴る。
俺も『お前こそ』と言って軽く殴った。
彰利 「………………イタイ」
悠介 「へ?」
が、彰利が不平を漏らす。
粉雪 「だ、大丈夫……?」
日余が大袈裟に彰利の頬を見る。
そして心配そうにその頬に触れた時。
粉雪 「…………あれ?」
彰利 「どした?……え?もしかしてすっごい腫れてるとか!?」
粉雪 「ううん……その……視えないから……」
彰利 「へ?あ、ああ、月視力か。
さっき言った通りだ、冥月刀が全て持っていったよ」
粉雪 「え?それじゃあ……」
彰利 「ああ、正真正銘、俺たちはただのパワー馬鹿ってことさ。
そ〜れにしても…………へ〜……。
月操力で膜張ってないとここまでイタイのか……。
家系の腕力って恐いな……」
彰利は微笑みながらパコッ、と俺を殴った。
悠介 「………」
俺もそれに合わせて殴る。
彰利 「あてっ」
悠介 「………」
彰利 「…………痛いな、これ」
悠介 「ああ」
彰利 「は、あははははは……知らんかったわ、そんなこと」
悠介 「ははは……そっか」
彰利 「………」
悠介 「………」
ポコッ。
彰利 「………」
ペチッ。
悠介 「………」
コスッ。
彰利 「………………」
どすっ。
悠介 「……………………」
ぼこっ……!
彰利 「……!」
悠介 「───!」
彰利 「なにすんだこの野郎!痛いって言ってるだろうが!」
悠介 「あー!?やるのかコラ!一度殴り合えば十分だったってのに殴り返しやがって!」
彰利 「かかってこいコラァ!最強が誰か思い知らせてやる!」
悠介 「お前がこいボケ!今ここで決着つけたるわ!」
……未来から見れば、まだまだ蒼いこの季節。
ぼくらは出会った頃のように、まだまだ頼りない拳を振り上げた。
───守りたいものがある。
救いたい人が居る。
……失いたくない友達が居る。
ぼくらはそんな自分の周りの世界を守るために生きてゆく。
それはどうして?と訊かれた時、ぼくらは声をそろえてこう言った。
『───それが、とてもとても幸せだから……』と。
やがてぼくらは殴り合い、疲れ果ててから大声で笑った。
痛む傷はもう、すぐには治せないけど……あいつは元気に笑っていた。
───俺は思う。
この『月の家系』も、もう『人』に戻るべきなのだと。
『孤独』というものを背負い、痛みを知って人を遠ざける。
そんなことを繰り返していても、きっと幸せにはなれない。
不幸をたくさん知っているぼくらだからこそ、人を慈しむことが出来るのだから。
だから……その手で誰かを幸せにしよう。
誰だっていい。
自分の好きな人を、大切な人を、必要な人を。
そしてそれが出来た時。
自分もその人達に負けないくらい───……一番の笑顔で、笑ってみよう。
それこそ、初めて出来た友達に照れ笑いするかのように……。
───……
「───……ってお話があったの」
「へー……そうなんだ〜」
「ええ、それはもうとんでもない喧嘩だったそうなの」
「おかーさん、そのおじいちゃんたちのことしってるの〜?」
「……うん。そのおじいちゃん達はね?わたしのおじいちゃんなの」
「そうなんだ……」
「ええ、そうよ」
「すごいおじいちゃんたちだったんだねー」
「うん。とっても元気なおじいちゃんたちだったわよ」
「すごいねー。さきもそんなふうにすごくなれるかなー」
「ええ、そうね……明日行われる『刀の儀式』で認められれば……それだけで凄いわよ」
「おかあさんもうれしい?」
「………」
「おかーさん?」
「……わたしは、刀の巫女としてあなたが育てられるのを止められなかった……」
「…………?」
「わたしはあなたに普通の女の子として生きてほしかった……」
「おかー……さん?どうしたの?おめめ、いたいの……?」
「……どうして……こんなにやさしい娘が……」
「…………」
「…………」
「だいじょーぶだよ、おかーさん。わたし、その『ぎしき』で認められるから」
「え……?」
「さきがみとめられたら、おかあさんもなかなくていいよね?」
「…………沙姫……違うのよ……お母さんは……お母さんは……」
「がんばるから。さき、ぜったいがんばるから」
「…………っ」
「だから、おかーさん。ないちゃだめだよ」
「………」
「………」
「……ええ。そう……ね……」
「うんっ」
「……ごめんなさい、沙姫……」
「……なんであやまるの?おかあさん……」
「ごめんなさい……っ……」
「…………」
「それから……頑張って、沙姫」
「おかーさん……」
「認められなくても……あなたはわたしの大切な娘だから……」
「……うんっ」
「……どんなことがあっても一緒に居てあげるから。沙姫は……ひとりじゃないのよ」
「うんっ、おかーさんずっと一緒」
「だから……泣いちゃだめよ、沙姫……。おかーさんみたいに泣き虫になっちゃだめ」
「さきなかないよ。さき、つよいこだもん」
「……ええ、そうね……沙姫───」
───いつか眺めた穏やかな景色。
沈んでゆく夕日を見ながら、幼いぼくらは涙を流した。
そんな日があっという間に過ぎて、やがて年老いてゆくぼくら。
未来から見れば、まだまだ蒼いあの季節。
いつか交わした約束に笑い合いながら、ぼくらはとても長い喧嘩をした。
ただそんな景色の中。
孫が抱いていた孫の娘が、ぼくらを見て穏やかに笑っていた。
『沙姫』という名のその娘は、きっと俺たちにはなかった辛い思いをするだろう。
だけどきっと、彼女の代で……『月の家系』は大きく変わる。
刀の巫女として冥月の意識を覚醒させるだろう。
生き方を選択させてやることも出来なくてすまない。
だけど……キミはキミの未来を築いてほしい。
背負うモノが重すぎるなら捨ててしまってかまわない。
キミにだけ重荷を背負わすつもりはないのだから。
だから、もし辛いと思ったら。
家族の誰かを頼ればいい。
きっと、誰もキミを責めないから。
そしてもし、月操力を完全にコントロールできるようになったら───
そんなもの、開祖の死神に全部返してしまえ。
あいつは暇なやつだから、呼べばきっと来るから。
……ああ、そうそう。
沙姫も冥月もあまり無茶はしないこと。
それだけだ。
それじゃあ、この手紙が娘に甘い親からキミたちにきちんと届くことを願って。
悠介 彰利
───ぼくたちは絵の具です。
想いを抱いて、真っ白なキャンバスに人生を描いてゆく絵の具です。
たった一色の絵の具でしかないけれど、
ぼくたちは手を取り合って綺麗な絵を描き続けていきます。
ひとりじゃないから。
きっと孤独じゃないから、ぼくたちは一色でしかないのです。
手を取り合えばこんなにも輝けるぼくらだから。
だから───
いつか時が経って、もう色を出せなくなってしまった時……
ぼくらは微笑みながら、筆を置こうと思います。
自分だけで描いた絵じゃないって知ってるから。
誰かが居てくれたおかげだって解ってるから。
だから、ぼくらはきっと笑っているのだと思います。
他の絵の具たちに感謝しながら、
みんなでその絵を見て……ぼくは、やがて筆を置くのです。
だからそれまで……
……どうか、この夢のような日々を……
───いつまでも色あせることなく、描かせてください───
Menu