試作の朝1 朝。 その見慣れた光景が奏でる、静かな喧騒に囲まれながら、 学校への道のりを歩む。 与一 「はぁ…なんだか今日はダルいなぁ」 そんな溜め息にも似た言葉を放ち、それでも歩く。 雪音 「あ、やっほ〜ホギっちゃん! 今日もお空がピーカンだねぇっ!」 しかし雪音が現れた。 与一 「その呼び方やめてくれって言ってるだろう?」 雪音 「イヤ」 限りなく即答に近い速さで断ってくる雪音。 雪音 「だってホギっちゃんはホギっちゃんだもの」 与一 「俺には穂岸 遥一郎という立派な名前がある」 雪音 「立派って唱えてるワリには、 与一って呼ばれ方で納得してるんだよね」 与一 「呼ばれ方なんて人それぞれだよ。 あだ名で呼ばれてると考えれば大差ない」 雪音 「じゃあ、遥ちゃん!って呼んでいい?」 与一 「天地が崩壊しても断る」 雪音 「は〜るかちゃ〜ん♪」 ボゴッ!! 雪音 「にゃあっ!」 与一 「断るって言っただろっ!」 雪音 「えぐぅ…ホギっちゃんが殴ったぁ…」 与一 「雪音が悪い」 雪音 「…よ・い・ち・くぅ〜ん、の方が良かった?」 ゴスッ!! 雪音 「にゃあっ!」 与一 「やめろ、おぞましいっ!!」 雪音 「えぐぅ…ホギっちゃんのいじわる…」 涙目になって、頭を抑える雪音。 与一 「雪音が俺の呼び方を変えるなんて、絶対無理だ」 雪音 「え〜?そんなこと絶対ないよぉ」 与一 「あ、そうだ。なぁ、雪音」 雪音 「なに?ホギっちゃん」 与一 「…諦めろ」 雪音 「意味が解らないんだけど…」 与一 「あぁっ!!突然だがあれを見ろ雪音!」 雪音 「えぇっ!?なになにホギっちゃん!!」 ……………… 与一 「…やっぱりお前には無理だよ、雪音」 雪音 「そんなことないよぉ」 与一 「だってお前、 反射的にホギっちゃんって呼んでるじゃないか」 雪音 「あ…」 どうやら気づいたらしい。 雪音 「じゃ、じゃあもっかい言ってみて!」 与一 「あぁ、ダメダメ。 こういうのはとっさに出来なきゃ駄目なんだ。 事前に言われるって解ってたら確認にならない」 雪音 「そんなぁ…雪音、頑張るからぁ…」 与一 「頑張ってどうにかなるものじゃないんだよ、 呼び方や一人称っていうのは」 雪音 「えぐ…いじわる…」 与一 「ところで雪音」 雪音 「んぐ…なに…?ホギ…………あ」 与一 「…ホラ見ろ、ダメじゃないか」 雪音 「…………そっか…雪音、ボカなんだ…」 察しの良い人ならすぐ解りもするが、ボカとはボケとバカ融合態である。 与一 「ちなみに、どっちの方が好きだ?」 雪音 「ボケかなぁ。発音が好きなの」 与一 「じゃあボケ」 雪音 「好きなのは発音であって、呼ばれるのは嫌だよ」 与一 「残念だな」 キーンコーンカーンコ――――ン… ふと、耳に届く聴き慣れた音。 雪音 「いい音だよね」 与一 「…俺には笹木の怒号のように聴こえるよ」 そう言いながら、止めていた足を動かす。 雪音 「ホギっちゃん、いま何時?」 与一 「金閣寺」 雪音 「訊いてるのは時間だよ時間っ」 与一 「親父」 雪音 「時間だってば!」 与一 「ん…未の時、巳の刻」 雪音 「意味不明だよ、雪音に解るように言って!」 与一 「風水師の風上にも置けない奴だな」 雪音 「雪音は普通の高校生!解らなくても当然なの!」 与一 「俺だってそうだぞ」 雪音 「ホギっちゃん、アレだから」 ボカッ!! 雪音 「にゃあっ!!」 与一 「誰が変人だ誰が!!」 雪音 「えぐぅ…『アレ』って言っただけなのに…」 与一 「いいから、急ごう」 雪音 「時間〜…」 しつこい奴だ。 与一 「あのチャイムを聴けば、想像出来るだろう」 雪音 「雪音、そんなに器用じゃないよ」 与一 「器用がどうとかは関係無い。 予鈴が鳴るのは何時だ?」 雪音 「えっと…先生が来る前…かなぁ」 ゴスッ!! 雪音 「にゃあっ!!」 与一 「もういい、走るぞ」 雪音 「えぐぐぅ…冗談言ってみただけなのにぃ…」 涙目になりながらも走る雪音。 雪音 「あ、そういえばさ」 与一 「うん?」 雪音 「なんだったの?さっきの」 与一 「予鈴じゃないのか?」 雪音 「そうじゃなくて、えっと…亥の時がどうとか…」 与一 「ああ、あれか。 簡単な遊びみたいなものかな」 雪音 「遊び?」 与一 「と言っても、 実際使われてたりするかもしれないけどね」 雪音 「………」 無言になって真剣に耳を傾ける雪音。 与一 「干支、ってあるだろ?」 雪音 「………」 走りながらだから後ろを走る雪音は見えないが、 多分、頷いている。 与一 「あれを時計の数字に置き換えるんだよ」 雪音 「………」 与一 「子が1、丑が2、寅が3、卯が4、辰が5、 巳が6、午が7、未が8、申が9、酉が10、 戌が11、亥が12…ってね。 そんな風に並び代えて、読むんだ」 雪音 「………」 チラリと後ろを見ると、 走りながら熱心な顔で必死に頷いている雪音が居た。 与一 「だから…未の時、巳の刻だと 8時30分と読めるわけなんだ」 雪音 「…わぁ…すごいね、ホギっちゃん」 雪音が歓喜の声を上げる。 雪音 「でもさ、走っても間に合わないと思うよ?」 与一 「まあ、そうだろうな」 雪音 「どうせ遅刻なら歩いて行こうよ」 与一 「…そだな」 速度を緩め、一息つくように歩く。 雪音 「でもさぁ、雪音びっくりだよ」 与一 「なにが?」 雪音 「だって、ホギっちゃん物知りなんだもの」 与一 「だもの、はやめろ。 なんか歳のいった奥方様みたいだぞ」 雪音 「雪音、優しいお母さんになるのが夢だから」 与一 「お前の夢なんて訊いてないが、 そうだとしたら、その一人称は直せ」 雪音 「えぇ?どうして?」 与一 「母親が自分の名前を一人称にしてるのって、 あまりいいものとは思えないんだ」 雪音 「雪音、自分の名前好きだから。 だから、これで万事オッケー!だよ?」 与一 「子供が泣くぞ」 雪音 「強い子に育つよ、きっと」 与一 「グレるかもしれない」 雪音 「じゃあ、雪音もグレ返す」 与一 「…お前、長生きするよ」 雪音 「うん、ありがと。ホギっちゃん」 与一 「さて、話は変わるが」 雪音 「うん」 与一 「先週の課題、やってきたか?」 雪音 「うん、バッチリにパーフェクト!」 与一 「どういう言葉だ。 まあ、それならいいんだけどな」 雪音 「あ、疑いの眼差し!真っ白だよ、ホラ!」 与一 「いいから、わざわざノート取り出すな」 ちなみに解説すると、 『真っ白だよ』というのはノートのことではなく、『本当』の意である。 よく、『真っ赤な嘘』という言葉があるが、 これは雪音がその反対を突いたものなわけだ。 『真っ赤が嘘なら、真っ白は本当だよね?』 その言葉が発端の地であったことは言うまでもない。 俺としては、赤と対立するのは青だ!と唱えたいのだが、 雪音にしてみれば、『赤に対立しているのは、いつも白だよ』なのだ。 紅白饅頭、紅白歌合戦、体育祭など、挙げてみればキリがないそうだ。 与一 「出来栄えの方はどうなんだ?」 雪音 「ふっふっふぅ…今回は自信があるよ〜!」 与一 「真っ白か?」 雪音 「うん、真っ白だよ!」 ズビシィッ!とキメポーズまで取る雪音。 与一 「ダメじゃないか、ちゃんと書かなくちゃ」 雪音 「その真っ白じゃないってば」 時々、こうしてからかうのも面白い。 『ボツに気づいたのでここで終了』試作の朝2 朝。 その慌てふためく景色の中を走る。 ちなみに言うと、慌てているのは俺だけだろう。 与一 「くそ、雪音め…! 先に行くなんて人類の風上にも置けん奴だ!」 今日に限って何故に日直なんだ、あいつは! 与一 「はぁ…まったく、朝走るのは日課か…」 俺は駆けるスピードを上げた。 ───が、その時だった。 声 「───ん!前っ!!」 声 「えっ!?」 そんな声が聴こえたかと思いきや…ドグシッ!! 何故か人がタックルしてくる。 与一 「うわっ!」 ドシャッ! 軽そうな音でいて、威力のある衝撃が俺を襲う。 なんのことはない、膝が地面を滑っただけだ。 与一 「つッ…!!」 しかし制服の膝の部分は切れ、 膝には切り傷の為か、血が流れていた。 与一 「はぁ…何やってんだか…」 最悪な朝だ。 制服の代わりはあるが、よりにもよって膝をやるとは…。 よく曲げる部分だから治りが遅いんだよな…。 声 「もうっ!どこ見て歩いてるのよ!」 溜め息を吐いていると、怒声が耳に響いた。 顔を上げると、その先に尻餅をついている女の子がいた。 が、その言葉にムッとくる。 与一 「俺は前を見ていた」 そう言ってやる。 本当のことだから、反論は無いだろう。 女の子「そう、私は後ろを見ていたわ」 弁解もせず、堂々と唱える女の子。 その行動に唖然とする。 どういう思考回路をしているんだろう。 そんなことを考えていると、その女の子の後ろにいた女の子が前へ出た。 女の子「ごめんね、大丈夫だった? …あ…ズボン、切れちゃってるね…」 まるで自分のことのように、がっくりとする女の子。 女の子「ちょ、ちょっと! 私の心配はしてくれないの!?」 女の子「だって、話しながら走ってたこっちが悪いもん」 与一 「………」 なんか、感動した。 今の世の中にこんな女性がいるなんて…。 普通だったら謝りもせず、人の所為にして、 さっさと逃げて陰口を叩くのが常識だと思うのだが。 女の子「えっと、足、見せてくれるかな」 鞄から消毒液と大きなハンカチを出し、微笑む女の子。 与一 「………」 そんな笑顔につい、みとれてしまった。 女の子「え、えっと…」 いつの間にか、女の子の顔をジッと見ていた。 与一 「…あ、えっと、いいよ、このくらい」 我に還った俺は、そう言いながら立ち上がろうとした。 だけど、女の子に抑えられる。 女の子「ダメだよ、化膿したら大変だよ」 与一 「いいって、消毒しなくても治るものは治る」 女の子「そういうことばかりじゃないんだよ、人は。 だから、出来ることはやっておくべきなんだよ」 そう言った女の子の手が、俺の足に触れる。 与一 「…いいって言ってるだろう!」 パシッ!! 女の子「あっ…」 俺はその手を払い除けてしまった。 女の子「あっ!ちょっとアンタ!なにすんのよ!」 それを見ていたもうひとりの女の子が怒声を放つ。 別に払うつもりは無かった。 ただ、なんて言うか…心を見透かされている気がして…。 与一 「あ…ゴメン」 俺は素直に謝った。 だけど、俺が謝るより先に、女の子は微笑んでいた。 女の子「辛い時には辛い、痛い時には痛い。 解り切ってることだけど、言うのは難しいよね」 そして優しく言葉を繋いでいった。 女の子「…でもね、男の子だから耐えるとか、 男の子だから我慢するとか。 そんなことはしなくてもいいと思うんだよ」 まるで何かを例えて言っているような仕草。 女の子「でも、どうしても言えない時は、 笑いたい時に笑うのと一緒だと思うといいよ」 与一 「………」 女の子「足、痛いよね?」 真っ直ぐに俺の瞳を見て、言葉を繋ぐ女の子。 与一 「…ああ、痛い…かな」 女の子「うん、ぶつかったお詫びに、応急手当だけでもさせてね」 与一 「え…?でもぶつかってきたのは…」 チラリともうひとりの女の子を見る。 女の子「ううん、私が走りながら話し掛けたのがいけなかったんだよ。 だから、これはお詫び」 少し付いていた砂を払い、消毒液をかける女の子。 それをタオルで軽くポンポンと拭い、手当をしてくれる。 そしてその上を真っ白なハンカチで包み、止血する。 与一 「うわっ!消毒だけでいいって! そんな真っ白なハンカチなのに、俺の血が…」 俺は慌ててそれを止めようとした。 しかし女の子は微笑んだ。 女の子「使わなくちゃ、意味は無いでしょ?」 そう言って、笑ってくれた。 その笑顔が、ただ暖かかった。 女の子「…惚れるんじゃないわよ?」 与一 「ぐっ…!うるさいなっ!」 女の子「まあ、コワイこと。 誰かさんを思い出すわね、まったく」 女の子「じゃあ、お大事にね。 本当にゴメンね、急いでるからっ!」 女の子「まだ余裕よ」 女の子「それでも、急ごうよ。 まだ学校に着いてないかもしれないよ」 女の子「いないいない、諦めなさいってば」 女の子「ヤ」 女の子「…一言で打ち切らないで」 騒がしく喋りながら、道を走ってゆくふたり。 『ボツに気づいたのでここで終了』 Menu