───……。
小鳥の囀りが聞こえた。
それと同時にゆっくりと意識が覚醒する。
…………覚醒したんだけどなぁ。
うう、明らかに寝不足だ……。
二度寝三度寝は睡眠時間が短くなるから効率が悪くて困る……。
それもこれも───

彰利 「ヨゥメェーン!おそよう!」
俊也 「うわっ!?」
彰利 「おっと!それ以上は言うんじゃねぇ!
    俺がハングドマン状態だなんて言うんじゃねぇぞ!?
    ていうかダーリーン!反省してるからこれほどいておくれよ!
    自分にしかほどけない縄の創造なんてずるいじゃないのー!」

宙吊り状態でジタバタと暴れる彰利。
これは逃げようがないんじゃないだろうか───と、何か考えついたような顔だな。

彰利 「……フッ、ほどく気がねぇんなら俺様にも考えがあるぞ?
    間接を外して駆動部分を細くし、脱出を図る!
    ぬおお、なんてエクセレントな思考能力よ!もう愛してる!
    さあ、とくと見よ!我が脱出劇!」

ポキポキ……ゴキャア!!

彰利 「!?」

うわっ、なんか今、思いっきりニブイ音が

彰利 「ギャッ───ギャアァアアアアアアアアアアアス!!!!」

うわキモッ!
足首の部分の間接が抜けて、なんか伸びてる!
しかも縄から逃げられてないし。

彰利 「いぎゃっ!ぎゃぁああっ!!ギャーッ!ギャアア!!ギャワァアア!!」

足首が伸びたためか肩あたりまでが畳みに付くが、
その所為で余計に手が縄に届かなくなったようだ。
悲しいまでに必死にもがいてる。
解る解る……!
脱臼とかって痛いんだよなぁ……!
本気で痛いのか、涙を撒き散らしながらケモノのように縄に手を伸ばし、
空を引き裂く彰利。

彰利 「あ゙ッ……あ゙ぁああっ!!ア゙ァァアアアアアアアアアアアアッ!!!」

絶叫。
暴れた所為で骨の外れた部分に縄が締まり、足首から先が変色してゆく。
うぇえ、足首が巾着袋の口みたいになってるよ……!
もう見てられんっ!

俊也 「い、いまほどいてやるからなっ!」

駆け寄って縄の結び目と格闘する。
だが、その縄は見た目では簡単にほどけそうだというのにビクともしなかった。

俊也 「な、なんだこりゃあ!?どうなってんだ!?」
悠介 「騒ぐな。自業自得な馬鹿を助けようって心は買うけど、
    無闇に触れると余計に締まる」
俊也 「それじゃどうするんだよ!」
悠介 「こうするのさ」

トンッ。
ドシャア!

彰利 「ぐはっ!?」
俊也 「は……あ、えぇっ!?」

なんだ!?
悠介が触れただけで簡単にほどけたぞ!?

悠介 「この結び目にはコツがあるんだ。ほどこうとしたってほどけやしないよ。
    彰利、朝食の用意、手伝ってくれ」
彰利 「待て、足くっつける。───梵ッ!」

ガションッ!

彰利 「うむオッケン!さあ俺は何をしたらいい?」
悠介 「そうだな、肥溜めに落ちてくれ」
彰利 「えぇっ!?料理との関連は!?」
悠介 「ない」
彰利 「ぬおっ!」

ふたりはギャースカと口論をしながら隣の部屋へと歩いていった。
……材料とかあるのかな。

声  「───ホーホーホウ!こりゃ見事!都会なんて目じゃねぇな!」
俊也 「?」

目じゃないって……なにが?
ちょっと気になるな、覗いてみるか。

俊也 「なんの騒ぎだ?」
彰利 「ヨゥメェーン!まあこれ見てみれ!見てみれ見てみれ!最強でしょう!?」
俊也 「え?……ただの味噌じゃないか」
彰利 「ぬお?……まあ普通はそうか。えーとだね、いいかねメェーン。
    これは田舎味噌といってだね、都会で売られてる味噌とは次元が違うのだよ」
俊也 「味噌なんてみんな同じじゃないのか?」
彰利 「かぁあ!そんな決定じみたことは全ての材料味わってから言いやがれ!
    世界も回ったことのない小僧がなに悟ったようなこと言ってやがるのさ!
    日本国内だけでも味噌っつったらピンキリだぞ!?
    その中でもこれは俺の言うところでチャンピオン!それが解らんのですか!?」
俊也 「そんなこと言われたってなぁ」
彰利 「……ふん……いいだろう。
    この雄山が貴様に味噌汁というものを味わわせてやる」
悠介 「そのエセ雄山の味噌汁なんか飲んだら笑い死ぬぞ。ほら、これ飲んでみろ」
俊也 「え?んー……」

つ……。

俊也 「……うん、美味いね、味噌汁って感じだ」
悠介 「ああ。それじゃあ今度はこっちの味噌汁だ」
俊也 「えぇ?分ける意味あるのか?」
彰利 「飲まないと恋人にするぞ」
俊也 「ど、どういう脅しだよ……」

つ……。

俊也 「───……、……っ!?え、えぇっ!?」

味噌汁!?これが!?

俊也 「ちょちょちょっとまった!これ味噌汁じゃないだろ!」
彰利 「あー、そう言うと思ったわこの都会ッ子が」

ぼかっ!

俊也 「だぁっはぁっ!」
悠介 「これは間違いなく味噌汁だ。
    両方ともしっかりしたダシの取り方を踏まえ、その上で同じやり方で作った。
    違うのは───味噌だけさ」
俊也 「…………!」
彰利 「解ったか、この味が」
俊也 「ばかな……それじゃあ俺がいままで飲んでたのはなんだったんだ……」
彰利 「味噌汁だ」
悠介 「そりゃそうだ」
俊也 「い、いや……真面目に訊いてるんだけど……」
彰利 「だから、味噌汁じゃないか。どんな味にせよ、味噌を溶かして作ったんだ。
    味噌汁ってことでは変わらない。だが、問題はその味噌だな」
俊也 「へぇえ……味噌が違うだけでここまで……」
彰利 「これに懲りたら二度と『みんな同じ』だなどと言わぬことだな。
    次はこの程度の恥では済ませんぞ。うわぁっはっはっは!」
俊也 「……ここ、怒るところだよな?」
悠介 「ああ」
彰利 「まあ待て。料理も出来ないお坊ちゃんに俺達がまかないを施そう。
    ちょほいとババアと夏純ちゃんを呼んできてくれメェーン。
    もしババアが料理作ってたら肥溜めのいしずえにして構わんから」
佐知子「構うわよ!」
俊也 「あ、姐さん」
彰利 「ようババア」
佐知子「朝っぱらからご挨拶ね……!それで?なにやってるのよ」
彰利 「自分で考えろボケが」
佐知子「くはっ……!!」
悠介 「朝っぱらから毒々しいこと言うなよ、気が滅入る」
彰利 「先人の言葉で『見て解らんヤツには言っても解らん』というものがあってな」
悠介 「誰の言葉だよ」
彰利 「与那覇わたる」
悠介 「……居たか?そんな人」
彰利 「『わたるがぴゅん!』でな」
悠介 「また漫画かなにかか」
彰利 「まあそうだけど」
佐知子「ああ、朝食作ってるのね?そんなことしなくてもわたしがやったのに」
彰利 「そうザマスか?ならそれは自分だけで食え。我を巻き込むんじゃねぇザマス」
佐知子「くはぁあっ!」

ボゴォッ!

彰利 「ギョオッ!」

ズシャア。
彰利は力尽きた!

佐知子「……あのさ、朝からどうしてこんな嫌な気分にならなきゃならないのよ」
悠介 「はは……悪い……」

本当に申し訳なさそうに頭を掻く悠介。
まったく心が休まらないようだ。

悠介 「その代わりと言っちゃなんだけど、この朝食を食べてみてくれ。
    たぶん、気に入ってくれると思う」
佐知子「……都会の味に負けるつもりはないわよ?」
悠介 「ああ。俺も都会の味よりはこういう場所の料理の方が好きだ」
佐知子「そう。だったら期待出来るわね」
彰利 「へへーんだ!自分より美味くて吠え面かくなよー!?」
佐知子「うっさい!」

ボギャア!

彰利 「ベボッ!」

ドシャア。

佐知子「ああもう!毎日歯ごたえなくて退屈だと思ってたけど贅沢な悩みだったわっ!」

怒りを露わにしながらも、上がって腰を下ろす。
───あら?そういえば───

俊也 「夏純は?」
佐知子「ああ、夏純なら」
悠介 「小川で見たぞ。涌き水取りに行った時に見つけた」
佐知子「へえ?よく涌き水の場所解ったわね」
悠介 「いや、えっと……それがさ。なんか道が解るんだ。よく解らんけど」
佐知子「ふーん……」

……道が解る?
来たこともないのに……?
それって、俺と同じ───?
……やっぱりそうなのだろうか。
ここではみんながみんな、自然的に道が解るって……そういうことなのか?
不思議な場所だな、ここは。

彰利 「愚か者め。水の香りを辿っていったのは他でもない俺じゃないか」
佐知子「朝食はもう出来るの?」
悠介 「ああ。もうちょいだ」
彰利 「無視!?」
佐知子「そう。じゃあ俊也?悪いんだけど夏純を連れてきてくれないかしら」
彰利 「それなら俺が行こう。
    ひ、ひっ、ひっひひとりきりの夏純ちゃんにあげなことそげなこと」
佐知子「───と、こんなわけだから」
俊也 「……了解」
彰利 「なにぃ!?なにを訳の解らんことをっ!」
悠介 「裁き」

バチィッ!

彰利 「キャーッ!?」

ドシャア。
突然倒れた彰利がぐるぐる巻きにされ、畳みに転がされた。

悠介 「行っていいぞ。こいつはもう動けないだろうから」
彰利 「クォックォックォッ、この程度でアタイを止められるつもりか?
    こんなものは縄抜けで───……あら?」
悠介 「特殊なイメージ付きの創造物だ。抜け出せないよ」
彰利 「ゲェーッ!なんてことを!」
悠介 「それに微弱ながら月蝕力も練り込んである。
    蝕むことはないけど力を使えない程度に押さえることは出来るって寸法だ」
彰利 「か、考えやがったなダーリン……!」
悠介 「さぁな。ただお前は留守番してろ。お前が行動すると絶対騒ぎが起こる」
彰利 「まるで台風扱いですな……」
悠介 「俺はそう思ってるが」
彰利 「わぁ、アタイってばいつから超自然現象に?」

穏やかな中にも殺気溢れる風景を背に、俺はあの小川へと歩き出した。
───あれから結局あのふたりが出てきて、タガメどころじゃなかったなぁ。
偶然でもいいから見つけられたらいいなぁ。
……って、そんなことしてたら朝食が冷めるよな。
俺はいいけど夏純に申し訳無い。
よし、さっさと行くか。











───小川に辿り着く。
相変わらず小動物達の声と川の流れる音、そして木々の揺れる音のみの世界。
心がとても落ち着く。

俊也 「夏純〜」

軽く声を上げてみた。
……返事はない。
この程度の声じゃあ人影が見えてても聞こえないよな。

俊也 「夏純ー!」

声を張り上げる。
途端、小動物達の声が止まった。
せっかくの穏やかな世界をブチ壊しにしてしまったような錯覚が滲み出た。
うーわー、なんかすごい罪悪感が……。
後悔していると、少し上流の方で水の跳ねる音が聞こえた気がした。
───まあ、あいつは喋れないから探しに行かないと埒があかないわけだ。
よし、行くか。
音のした方へと早歩きで進む。
しっかし綺麗な川だよなぁ。
メダカも居るし昆虫も居るし夏純も流れてるし。
あー、本当に自然って感じがするよー。
───マテ。
なんか今、とてもたわけた光景を見逃さなかったか?

俊也 「って、夏純!?」

川に浸った夏純がサ〜……と流されてゆく。
なな、なにをやってるんだあいつはっ!
慌てて川岸を走り、先回りをしてから川に入る。

俊也 「か、夏純!?」

流れていた夏純を受けとめると、その目は開かれた。

夏純 「───……」

───あ……『あの』夏純だ……。
目が違う。

俊也 「夏純……だよな?いったい何をして……」
夏純 「…………」

ザパァッ。
起き上がり、俺の問いかけに微妙に首を傾かせ、『?』な感じになる夏純。
よく見てないと表情の変化に気付けない……。
だがそれも少しの間のことで、やがて穏やかな表情を見せて俺に体を預けてきた。

俊也 「うわゎっ!?な、ど、どうしたんだ夏純っ!?」
夏純 「…………」
俊也 「か、夏純……?」
夏純 「───、……、……、……!」

くちゅんっ!

俊也 「……ぐあ」

突然のくしゃみ。
なにやらとてつもなくかわいいくしゃみだった。
が、……俺の学生服がぁ……。

夏純 「…………」
俊也 「あ、ちょっと───夏純!?」

少々ついてしまったくしゃみのアレに罪悪感を憶えたのか、
悲しそうな顔をすると夏純は川を出てひとりで雑木林の中に消えていってしまった。

俊也 「……な、なんだってんだ……」

そうしてひとり残された俺は唖然。
ひとまず学生服を川で洗って、それをしぼってから仕方なく家を目指した。
……あー、なんか悲しい……。













───……。
家に辿り着く頃にはもう、そこらへんにいい匂いが溢れていた。
ああ、腹の虫が騒ぎ始めた。

俊也 「ただいまー」

開け放たれた玄関をくぐると、その先のテーブルには料理が並べられていた。
そして視界を掠める夏純の姿。

佐知子「ああ、遅かったわね」
俊也 「いやちょっとね……」
佐知子「まあ仕方ないでしょ。入れ違いだったみたいだし」
俊也 「へ?」

入れ違いって……俺、そんなに遅れて帰った憶えはないんだが……。

俊也 「……夏純、置いていくことないだろ?俺、まだここに慣れてないのに」
夏純 「?………………、…………?」

え?と首を傾げられた。
そして何か自分がしてしまったのかと考えて───やっぱり首を傾げた。
だけど何かしてしまったんだ、と思ったのか、ペコリとお辞儀をした。

俊也 「お、憶えてないのか……?」
夏純 「?、?」

おろおろとする夏純。
本気で解らないらしい。
……待ってくれ……それじゃああれは本当に夏純じゃないのか……!?
それじゃあ誰だよあの女の子───!

夏純 「…………」
俊也 「あ、いやっ、別にいじめてるわけじゃないんだっ!
    また人影を見てさっ!それがお前に似てたから───」
夏純 「……、……」
俊也 「怒ってない怒ってないっ」
夏純 「…………」

……にっこり。
ああ、どうやら落ち着いてくれたようだ。
満面の笑みで料理の前に座る夏純を見て、悪いことをしたなと思った。
……って、ああっ!だから『悪いことをしたな』じゃないって!
誰なんだよあの子!

佐知子「なに?また人影っていうのを見たの?」
俊也 「う、うん……。
    ところでさ、夏純って俺がここを出てどのくらいで帰ってきた?」
佐知子「そうね、俊也の姿が見えなくなって少ししたらてこてこと歩いてきたわよ?」
俊也 「その時息切れとかはっ?」
佐知子「全然なかったけど……どうしたのよ、いったい」
俊也 「いや……ちょっと決定的事実が……」

これで決まった。
彼女は夏純じゃない。
大体にしてまず気付くべきだった。
ここに居る夏純の服は彼女と同じものだけど、全然濡れてない。
川の流れに身を委ねていたというのに濡れてないのは明らかな違いだ。
それはつまり、同一人物じゃないからだ。

俊也 「て、ことは……」

本当にあの子供の頃の友達ってのが戻ってきたのか───?
あ、でも待てよ!?
彼女が幽霊ってこともあるかもしれない……!
だってあの廃墟で会った時、音も立てずに居なくなってたじゃないか……!
あんなボロボロの場所で物音ひとつ立てないなんて不可能だろ……!
も、もしかして父親を探しに行って見つからなかったから単身炎の中に走っていって、
それで不幸があったからこそ行方不明とか───!

佐知子「……百面相やってないで座りなさいよ俊也……」
俊也 「へっ?あ、ああごめん……。あの、さ、姐さん?」
佐知子「うん?いただきます」
俊也 「いただきます。えと……夏純に双子かなんかって居たの?」
佐知子「居ないわよ?ひとりっこだったし」
俊也 「うあ……」
佐知子「なによ。なにか不満?」
彰利 「クォックォックォックォックォックォックォックォッ……。
    そやつ、恐らく夏純ちゃんに姉妹が居たら姉妹どんぶりを」

ボグシャア!

彰利 「エドウィン!?」
悠介 「お前じゃあるまいしそんなこと考えるか」
彰利 「うう、姉妹どんぶりってだけで解るダーリンもどうかと思う……」
悠介 「お前が遭難中に語ってたんだろうが……」
彰利 「あ、そうだったそうだった。いやぁダーリンの人格疑っちまったよアタイ」
悠介 「……自分で言っててどこかおかしいって思わないのか……?」
彰利 「ほへ?なにが?」
悠介 「いや、いい……食おう」

今こそ、彼が自分自身で自分の人格異常を認めた瞬間だ。
俺は笑いを噛み殺しながら朝食を口に運ぶ。

俊也 「おっ……」
佐知子「わっ……」
夏純 「───……」
彰利 「うわぁっはっはっは!それみたことか!これが貴様と悠介の腕の差だ!
    これで己の腕の落ち度が身に染みてわか」

ごすんっ!

彰利 「痛い!」
悠介 「お前はもう雄山の真似するのやめとけ……」
彰利 「そんなぁ、妻に対して多少の無理を言ってたところは嫌いだったけどさ、
    彼はアタイの食の先人なんですよ?」
悠介 「お前の場合、その先人の顔を確実に汚してるよ。いいから黙って食え」
彰利 「食を嗜む人が言葉を無くして、どうして食べ物漫画が成り立ちましょう。
    俺はそのことを知らしめるためにこの世界に降り立ったっ……!」
悠介 「はーいはいはい、無頼伝はもういいから。静かに食え、頼むから」
彰利 「ぬう……」
俊也 「これ、なんて料理なんだ?」
悠介 「名前?名前はない。俺と彰利がこの旅で開発したものだ」
俊也 「何者ですかあんたら……」
彰利 「フフフ、美食を志す者にこれしきのモノを作れぬと思うたか」
悠介 「悪食大王がエラそうなことぬかすな。
    第一これじゃあまだミズノおばちゃんには勝てない」
彰利 「あ、やっぱり?絶対おかしいよあのおばちゃん。最強すぎて困る」
俊也 「こ、これより美味い料理が……?
    もしかしてふたりともどっかの料理店の息子とか?」
悠介 「へ?───くっ……くくく……」
彰利 「うわぁっはっはっはっは!」
悠介 「その笑い方やめろ!」
彰利 「ええ!?なんで!?」
俊也 「お、おーい……?」
悠介 「はは、悪い。まあそう思われてもしかたないよな。
    なんだかんだで得意なのが料理だけだもんな、俺達」
彰利 「俺は床業も自信があるんだが」
悠介 「お前のことなど訊いとらん」
彰利 「うわっ!ひでっ!」
俊也 「じゃあふたりとも……実際何者なわけ?」
悠介 「んー……俺は一応、神社の神主だけど」
俊也 「はいっ!?」
悠介 「で、こいつが」
彰利 「イタリアが産んだ絶世の美男子、パルコ・フォルゴ」
悠介 「ホームレスだ」
彰利 「違う違う!!!部屋あるよ俺!ちゃんと金払って住ませてもらってるってば!」
悠介 「あ、そういやこれだけ部屋空けてたらもう追い出されてるかもな。
    バイトだってもう辞めたんだろ?」
彰利 「バイトは……そりゃあ卒業する前に辞めたが、
    追い出されるってのは───ありえそうで怖ぇ。なにせ俺だし」

どうして俺の人生って波乱のオチだらけかなぁ、とホロリと涙を流す彰利。
そんなに荒んだ人生歩んでるのか……?

彰利 「あー、しっかしこうやって淹れたての真緑茶飲んでると縁側が恋しくなるな。
    ていうかさ、ここってどういう場所よ。
    野菜あれば米もあり、果物あれば茶畑あり。なんでもござれじゃん。
    これで柿の木とかあったらアタイ、サルの真似して独り占めしたい気分よ」
佐知子「あるわよ?すぐ裏手に」
彰利 「なにぃ!?あ、ほんとだ」

窓からあっさりと見える柿の木。
うわぁ、全然気付かなかったよ。

夏純 「!」
悠介 「ん?よしよし、おかわりだな?」
夏純 「〜♪」

おかわりを受けとってモクモクと食べる夏純。
ああ、なんていうか

彰利 「こうしてるとなんだか……家族みたいね♪」
俊也 「───」
悠介 「───」
佐知子「───」
夏純 「?」

うわぁ……思いっきし引いた……。
い、言わないでよかったァ……。

彰利 「もちろん俺が旦那で悠介が妻で夏純ちゃんがカワイイ娘。
    そんでもって貴様がグレて非行に走った愚息で。
    ───ババア、てめぇがいちいちやかましい姑だ」
佐知子「くぁあ……!!いっぺん殴る!殴らせなさい!」

ペギャア!

彰利 「アキム!な、なーにしやがんでぃ!」
俊也 「いきなり非行はないだろ!?しかもあっさり愚息扱いかよ!」
彰利 「うう、グレゴリ男ったら……昔はこんな子じゃなかったのに……」
俊也 「もしそうだとしたら絶対父親役のお前が悪いわ!
    ていうか息子役ってグレゴリ男って名前なのか!?そりゃグレるわ!」
彰利 「えぇい聞き分けなさいグレゴリ男!どうして言うこと聞けないの!」
俊也 「聞けるか!ってかグレゴリ男言うなぁっ!!」
彰利 「なにぃ!?若者語!?貴様いよいよもって逸れてきたな!?
    母さんはそんな喋り方許しませんよ!?」
俊也 「父親じゃなかったのかよ!
    そもそもお前なんかに許可を請うなんて冗談じゃないわ!」
彰利 「あ、あんですとー!?いつから品行方正が捻じ曲がっちゃったのグレゴリ男!」
俊也 「だからグレゴリ男言うな!」
悠介 「まあまあ落ち着けグレゴリ男」
俊也 「おぉい!お前までそんなこと言うか!?」
悠介 「俺は元々笑い好きだが」
俊也 「なっ……そうは見えなかった……」
悠介 「どこまで本気か、自分でもよく解らんのだがな。ふう、ごちそうさま」

うわっ!もう食い終わってる!
いったいいつ食ったんだよ!

彰利 「ごっそーさん。ふう、食した食した」

ええっ!?マジでいつ食ったんだ!?

佐知子「あんたら、ちゃんと噛んだの?」
彰利 「ああ。ババアと違って歯は頑丈だからな」
佐知子「いちいち突っ掛かるわね……」
彰利 「ハハーン?オラァ別に貴様のことだなハんて言ってますぇんがねィェ?」
佐知子「やろッ……!!」
俊也 「あぁああストップストップ!ケンカはダメだ!」
悠介 「同感だ。やめとけ」
彰利 「ボケた人を真っ先に殴るの誰だよ……」
悠介 「ボケてたのか?真面目なんだと思ってた」
彰利 「ぬおっ……」

微妙にショックだったのか、部屋の隅でしくしく泣きながら『の』の字を書き始める。
実に鬱陶しい。

俊也 「あ、そういえばさ。ふたりとも今日帰るのか?」
悠介 「いや、気の済むまで居ることにした」
彰利 「あれ?そうなん?」
悠介 「そうなん」
彰利 「なんでまた」
悠介 「いーや、ちょっとな」
彰利 「……なにかに感づいたとか?」
悠介 「知りたがりは長生きしないぞ」
彰利 「うおっ、解る人にしか解らないマニアック(?)な言葉を」
悠介 「解ってるなら異常だ」
彰利 「あー、でも他のヤツが言ってたかもしれんし」
悠介 「俺とお前の中じゃあ神を惨殺するもの以外はありえないだろ」
彰利 「あ、やっぱり?」
俊也 「なんの話だよ……」
彰利 「なに、遠い昔の話ぞ。気になさるな。気にしたらシメる」

どういう理屈だ。

佐知子「……ごちそうさま」
俊也 「うおっ!?……騒いでないで食うか」
彰利 「あとは貴様だけだし」
俊也 「へ?」
夏純 「?」

うわ、ほんとだ。
ごちそうさまも言えないから気付かなかった。
俺もさっさと朝食を掻っ込み、手を合わせた。
……そういえば、誰かと一緒にメシ食うなんて久しぶりだったよな。

悠介 「じゃ、片付けは俺がやっとくから。みんな適当に好きにしてくれ」
佐知子「そう?それじゃあわたしは家に戻ってるわ」
夏純 「………」
佐知子「夏純も来る?」
夏純 「!"」

姐さんと夏純は一緒になって自分の家へと戻っていった。
さて、それじゃあ俺は───

彰利 「悠介ー!愛してるー!」

ボギャア!!

彰利 「ごっはぁっ……!」
俊也 「うおっ……」
悠介 「……俊也。確かに俺は好きにしてくれと言った。
    ───ただし、こいつみたいに俺の邪魔しやがったら全力で叩きのめすからな」
彰利 「がふっ……ゆ、ゆ、すけ……手加減……」
悠介 「『好きにしてくれ』の意味を穿き違えるな。今度は消しにかかるぞ」
彰利 「ちょ、ちょっとしたオチャメで消されるの!?」
悠介 「黙れ。考えたいことがあるんだ。ほっとけ」
彰利 「う、うー……ダーリンの馬鹿ー!おたんちーん!」

ズドドドドドド!

俊也 「あっ───行っちまった……」
悠介 「ほっとけば帰ってくるよ。それより俊也も」

ガボシャーン!

声  「ぐあぁあああああああああああああっ!!!!!」
悠介 「───」
俊也 「───」

……沈黙。

悠介 「あいつさ、実は肥溜め好きなんじゃないか……?」
俊也 「俺に言われてもなぁ……」
悠介 「もういい加減付き合いきれんわ……」

悲しげな声とこちらへ向かってくるズッチャベッチャという音。
そんな嫌な雰囲気の中で悠介は目を閉じた。

悠介 「───イメージ完了」
彰利 「ダーリーン!たすけ」
悠介 「パニッシュメント・レイ」
彰利 「へ?」

悠介が何かを言い放つと、彰利の周りに光の弾が幾つも浮かぶ。
そしてある一定の大きさになった途端ズドドドドドドドドドドドォオオオンッッ!!

彰利 「ウ、ウギャーァアアアアアッ!!!」

光はその球体から光線を放ち、彰利を襲った。
なにがなんだか解らない状況の中、騒音が無くなったと同時に彰利は倒れた。

悠介 「肥えと匂いを除去する水が彰利を襲います。メイルシュトローム」

バシャァアアアアアアアアアアアンッ!!

彰利 「ギャーッ!」

突然現われた水流に彰利が巻きこまれてゆく。
それは空中で渦を巻き、彼の体を浮かせていた。
やがてその渦が弾け、彰利が───

悠介 「彰利の服を乾かす風が吹きます。サイクロン」

───落ちる前に、次は小さな竜巻に呑まれる。
ビュゴォオオオオオオッ!!!!

彰利 「ギャッ───ギャアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

───ドシャア。
服が乾いた彰利はあっさりと落ちた。

悠介 「彰利が動けなくなる岩が出ます。ロックプレス」

ドッガァンッ!!

彰利 「ックギャッッ!?」

空中に岩が現われ、彰利を押し潰した。
いや、潰してはいないけど。

悠介 「朝っぱらから人騒がせやってんじゃねぇウスラボケ。いい加減にしろ」
彰利 「う、うわ……悠介が怒ってる……!しまった調子に乗りすぎた……。
    て、ていうか重……なんか血が、圧迫されで……ごえが……だ、だずげ……」
俊也 「そ、それより今のなんなんだ……?どうなってるんだよ……」
悠介 「言っただろ、旅芸人だって。それと知りたがりは長生きしない。
    余計な詮索はしないこった。まあ安心しろ。害はないよ」
俊也 「……あのさ、別に俺、怖がってるとかじゃないぞ?
    むしろこの世の中、そういう手品でも超能力でもあった方がいいって思う」
彰利 「ぞ、ぞーよね゙……!ぞのぼがじるいのだめ、に゙……」

何言ってるか解らん。

悠介 「……ただの、なんでも出せるマジシャンさ」

パチンッ!

俊也 「うわっ!?」

悠介が指を弾かせると、俺の頭の上にハトが現われた。

悠介 「彰利、面倒ごとになったら全部消せるか?」
彰利 「ば、ばがぜど……!」

発音からして『任せろ』らしい。

悠介 「よし。それじゃあ見せるよ。隠し事ってのは苦手だ。心の準備はいいか?」
俊也 「え……?あ、ああ」
悠介 「俺の能力……まあここの部分は超能力だと思ってくれていい。
    他の例えを考えるのも面倒だ。で、その能力ってのが」

ポムッ。
ポポムッ!
ポポポポポポムッ!!

悠介 「『創造の理力』っていう、イメージを物質化する能力だ」

バササササササァッ!
悠介の周りに現われたハトが、窓やら玄関やらから飛び去ってゆく。

悠介 「それと、これ。───」

何かを呟いた悠介の手に、青白い光が集まる。

悠介 「『月操力』っていう、月の家系に流れる能力のひとつだ。
    例えばあの木に雷を落としてみようか」

ガカッ───ゴガシャアアアアアアアアアアアアンッ!!

俊也 「ひえっ……!?」
悠介 「今吹き飛んだ部分が再生します。弾けろ」

シャキィンッ!

俊也 「うおっ!?」
悠介 「破壊も再生も思いのままだ。ただちょっと体力と精神を消耗するもんでな。
    気をつけながらやらなきゃいかんのが問題だ」
彰利 「だ、だーぎん……づぎ、ぼで……!」

メキメキメキメキ……!

彰利 「だぼばっ……!づぶ、づぶでる゙……」
悠介 「───」

パチンッ。
ボフンッ!
悠介が指を弾かせると、岩は砂へと変わった。

彰利 「どはぁっ!はっ、はぁっ、はぁあ……!し、死ぬかと思った……!」
俊也 「だ、大丈夫か?」
彰利 「ほっといとくれ!まだまだおまえさんなんぞに心配される歳じゃないわい!」
悠介 「お前も見せるのか?」
彰利 「おう、俺もなんかスッキリせんしね。
    耐えられんようだったら消すから気兼ねなく見せる」
俊也 「消すって?」
彰利 「秘密だ。えーとだな、俺と悠介は『月の家系』って血筋の末裔なのだ。
    その血筋には昔っから妙な能力があってな?
    悠介の場合は───まあ、さっき見せたようなやつだ。
    だけど俺の能力はちょっと特別でな。大抵の家系の能力が使えるってわけだ」
俊也 「どんなの?」
彰利 「FUUUUM、どんなものがええかのう」
悠介 「転移は見せたよな?」
俊也 「あ、やっぱあれもそうなのか?」
彰利 「ウィ。なんなら見せようか。ほい」

キィインッ!

俊也 「うおっ!?き、消え」
彰利 「キミの後ろに黒い影」
俊也 「どわぁあっ!!」
彰利 「はっはっは、まあこんなわけだ。あとは……むん!」

───あ、サザエさん。

彰利 「これこのように、音も出せれば光も出せるし波動旋風脚も出来る優れ者です」
悠介 「波動旋風脚は関係ないけどな」
彰利 「うむ然り。さぁ、汝の反応や如何に!?」
俊也 「へ?羨ましいけど」
悠介 「……それだけか?」
俊也 「男なら一度は憧れるものだと思うが───俺だけか?」
彰利 「この変わり者め」
俊也 「どうしてののしる言い方しか出来んのだお前は……」
彰利 「そこんとこだが、俺にも解らん」
悠介 「はいはい、そんなことはどうでもいいから。……彰利、気付いてるか?」
彰利 「───ああ。何故か俺の料理にだけワサビが入ってた。
    みんなに気付かれないように涙をこらえるのが大変だったよ」
悠介 「入れとらん入れとらん!俺が言ってるのは」
彰利 「能力が弱まってるってことだろ?」
悠介 「解ってるなら茶化すなこのタコ……」
彰利 「ハハハハハ、コレバッカリハヤメランネィェー。
    しかし、確かに能力が弱まってる。しかも昨日よりも今日の方が弱くなってる」
俊也 「それってどういうことだ?」
彰利 「ええい、部外者だからって好き放題詮索しおって。
    キミみたいな人、アタイダイッキライネー」
悠介 「知りたがりNo.1が何ほざいてやがる」
彰利 「まあ冗談だが。さて?これからどうする?」
悠介 「俺は姐さんに話がある」
彰利 「またか?なに、口説いてるんザマスか?」
悠介 「馬鹿言え、お前じゃあるまいし」
彰利 「はっはっは、耳汁が痛いなァ」

汁って痛むのか?

悠介 「じゃあ適当に解散とするか」
彰利 「オウヨ。俺は夏純ちゃんと愛を育むわ」
俊也 「俺は───」

どうしようか。

1.姐さんとの話に参加

2.夏純と愛を育む

3.耳汁祭り

4.散歩

……ろくな選択肢が浮かばなかった。
なんだいこりゃあ。
特に3。












…………。
結局やることも少なく思えるこの場所で出来ることといったら散歩くらいのものだった。
俺は家を出てそのまま小川へと歩いていった。
また昆虫とかを見たくなったからだ。
綺麗な川は何度見ても飽きない。
そんな錯覚さえ感じるその景色をもう一度。
……なんて、こんなこと言っても結局はやることがなかっただけだが。

俊也 「……はぁ、やっぱり運動不足だ」

脚が少々筋肉痛でございます。
これじゃあ歩くのも一苦労だ。
でもアレだよな。
こういう時って決まって、嫌なこととか起こったりするんだよな。
例えば昨日完璧に忘れてた熊が今朝居なくなってて、今まさに現われるとか。

俊也 「なぁんてな、はっはっは───はぁああああああああああっ!!!」
熊  「………」

いやーん!!
あ、ある日森の中、熊さんに……で、出会っちゃったぁあああああっ!!!

俊也 「………ッ!」
熊  「………」

う、動けん……!
動いたら殺られる……!
こんな堂々と立ち合ってるのに死に真似なんかしてみろ……!
頭をゴリッと美味しくいただかれてしまうぞ……!
緊張する内心を見透かすように、熊がこちらへ歩いてくる。
うわ、ヤバイ……なんて思っている時だった。

夏純 「………」

俺の後ろから夏純が現われて、熊へ近づく。

俊也 「な、なに考えてんだ!とまれ!こっち来い!」
夏純 「───」

そんな声に夏純は穏やかに微笑んだ。
───あ、あの娘……?
夏純は熊に近寄ると、その体を撫でて微笑んだ。
やがて熊は去っていき、俺はその場で尻餅をつく。

俊也 「は、はは……なにかが完璧に間違ってる……」

森の王者ですかアンタは……。

夏純 「………」
俊也 「へ?あの熊は大人しい子だから?怖がらなくていい?」
夏純 「……」

こくん。

俊也 「そ、そうなのか?」
夏純 「……」

こくん。
……熊って大人しい大人しくないに関わらず怖いと思うけどなぁ。

俊也 「夏純……だよな?」
夏純 「…………」

ふるふる。
……ああ、やっぱり違うのか。

俊也 「名前は?」
夏純?「…………」

きょろきょろ……

夏純?「!"」

夏純?は木の枝を手に、地面に文字を書き始めた。

俊也 「えーと……?澄……すみ?あ、まだあるのか。
    んー……夏……すみなつ?」
夏純?「…………」

ふるふるふる。
カリ、カリリ……

俊也 「……すみ……か……すみか?」
澄夏 「…………」

こくこく。
『澄んだ夏』と書いて『すみか』か。
うん、なんていうか───

俊也 「悪党の巣窟みたいな名前だな」
澄夏 「───」
俊也 「え?」

ぽろぽろぽろ……

俊也 「うわっ!?な、なんで泣く!?いや本気で言ったんじゃないって!冗談!」
澄夏 「……、……」

まさか言葉ひとつで泣ける人が存在するなんて。
なんでもない冗談のつもりだったんだけどなぁ。
もしかして自分の名前が凄く好きだとか?
だ、だがしかしな、悪党の巣窟って『住みか』って言うじゃないですか。
そこのところの微妙なサムさを解ってほしかったのに。

澄夏 「…………」
俊也 「え?わざとじゃないって解ってるからいいって?……だったら泣かないでくれ」
澄夏 「…………!」

ぽろぽろぽろ……

俊也 「冗談!冗談です!いやぁ誰にだってオチャメしたい時ってあるよなぁ!」
澄夏 「………」
俊也 「…………」

疲れる……。
でも、驚いた。
ここまで大人しいと、夏純とのギャップに驚くばかりだ。
そもそも彼女も喋れないのだろうか。
夏純とは別人なら、それは変だ。

俊也 「なぁ、キミも喋れないのか?」
澄夏 「…………ぁ、の……」
俊也 「喋れるのか。だったら喋ってくれ、ちょっと疲れる……」
澄夏 「…………!」

ぽろぽろ……

俊也 「あああ冗談です!疲れません!」
澄夏 「……ごめんなさい……俊也さんを疲れさせるつもりなんか……」
俊也 「へっ……?俺の名前、知ってるの?」
澄夏 「……はい、忘れません。あなたはいつもやさしかった……」
俊也 「……?俺が?いつも?なんのことだ?」
澄夏 「憶えていないのですか?……ここへ、帰ってきてくれたのでは……」
俊也 「ま、待ってくれっ、俺はここに来るのは初めてだぞ?」
澄夏 「いいえ、あなたは───……!」

小さく息を呑む音がした。
何事かと視線を追ってみると───

俊也 「……あれ?なんだ、さっきの熊じゃないか」

苦笑しながら近づく。
大人しいなら大丈夫だろう。

澄夏 「いけないっ!俊也さんっ!」
俊也 「え?」
熊  「グォオッ!!」
俊也 「なっ───あぁああああっ!!」

熊が咆哮した。
そして俺目掛けて爪を振り上げる。
その熊の目は、明らかに違った。
さっきの熊なんて子供のようなものだ。
パニックになる思考。
まともに現状を直視できず、俺は目を閉じた。
強引に死ぬ覚悟を取らされたようなものだ。
その事実がとても悔しかった。
ゾブッ……!
嫌な音がした。
まるで肉をえぐり取るような音。
幾多の筋が肉から引き剥がされるような音。
吐き気がする。
するのに、痛みは無かった。
それは何故か───それは……

俊也 「あ、───」

思わず喉が鳴った。
熊の手には真っ赤な鮮血。
そして、俺の体には───……腹部をえぐられた澄夏が、血まみれになって倒れてた。

俊也 「あ、す、澄夏っ……澄夏っ!?すみっ……うぁ……うぁああああああっ!!」
彰利 「山へ帰れ外道がぁあああああああああっ!!!!」

ゴァッ───ガァアアンッ!!

熊  「グゥオオオォォ───………………」
彰利 「星になって反省しやがれタコ!……悪い、遅れた!夏純ちゃんは!?」
俊也 「あ、彰利ぃっ……澄夏が、澄夏が……!」
彰利 「……澄夏?お前、何言ってるんだ!夏純ちゃんだろ!?」
俊也 「違うよ!こいつは───……!?」

見ると、俺はあの大人しい表情とは不一致な表情の彼女を抱いていた。
苦しげだけど、それくらいは解った。
この娘は……夏純だ。

彰利 「って、今はそれどころじゃないな!傷、見せてみろ!───っ……こりゃ……」

彰利が夏純の傷を見て絶望の顔をする。

俊也 「なぁ……!治してやれないのか……!?さっき使ってた能力で……!なぁ!」
彰利 「───無理だ」
俊也 「そんな!どうして!やってみなきゃ───」
彰利 「解るんだよ。……いや、解ったんだ」
俊也 「え……?」
彰利 「俺と悠介はさっきまで佐知子さんと夏純ちゃんと話をしてたんだ。
    ところが、何かを感じとったのか、急に夏純ちゃんが家を飛び出した。
    俺はすぐに追いかけたよ。すぐに家を飛び出した。
    だけど───すぐ見えた景色には夏純ちゃんの姿なんてどこにもなかった。
    はっきり言うぞ?夏純ちゃんには実体なんてものはない。
    ……幽霊みたいなものなんだ」
俊也 「……なんだよそれ。夏純が、幽霊?」
彰利 「まずおかしいと思ったのが悠介だった。
    悠介は夏純ちゃんに触れてたりしたから気付いたんだろうな。
    彼女からは『生気』が感じられないんだ。もちろん、佐知子さんからもだ」
俊也 「え───!?」
夏純 「……、……」
俊也 「澄夏……夏純!痛むのか!?彰利、頼むよ!治してやってくれ!」
彰利 「無理なんだ。やってやりたくても出来ない。
    ……さっき、完全に能力が使えなくなった」
俊也 「そんなっ……!」
彰利 「電波が通じないことと関係があると思う。どう考えてもこの村、変だぞ」
俊也 「変って……?」
彰利 「昨日、佐知子さんが雑炊作ったよな?」
俊也 「そんなこと今は!」
彰利 「聞けっ!」
俊也 「っ───」
彰利 「昨日、佐知子さんが料理を作った。そして今朝、悠介が料理を作った。
    昼は俺が作ろうとした。それで驚いたよ。
    使った筈の材料が元の量に戻ってるんだ。これ、どういうことか解るか?」

……それって……?

彰利 「この村自体、なんらかの磁場か時間軸の歪曲の狭間にあるってことだ。
    過去の出来事を繰り返してるようなもんだ。ただし、月日のみは流れる。
    ある日からある日までを延々と繰り返してるのさ。
    ハッキリ言わしてもらうぞ?始まりの日がどんな日なのかは解らない。
    だけどこれはハッキリ言える。終わりの日は───家が燃える日だ」
俊也 「ちょっと待ってくれ!だってあの家はもう燃え果ててるじゃないか!」
彰利 「───……掴まれ」
俊也 「なに?」
彰利 「夏純ちゃんを抱えて俺に負ぶされ。家まで走る」
俊也 「───解った!」

夏純を負ぶさり、なんとかして彰利の背に負ぶさる。
そこで気付いたこと。
───夏純は信じられないくらい、軽かった。

俊也 「………」
彰利 「………………いいか?」
俊也 「え……あ、ああ……でも大丈夫なのか?」
彰利 「能力は使えなくなっても足腰がある!しっかり掴まってろ!」
俊也 「でも……お、うゎぁあああああっ!!!」

彰利は俺と夏純の体重をものともしないで駆ける。
その速さは尋常じゃなかった。
その証拠に、もう家が見えてきた。

彰利 「悠介ー!」

家を前にして彰利が叫んだ。
そして辿り着いた頃には悠介が出てきて、夏純の容態を見た。
だけど悠介は冷静に『家の中へ』とだけ言い、俺達を促した。









───。

俊也 「治せるのか!?治せるよな!?だ、だってなんでも創れるんだろ!?」
悠介 「───彰利から聞いただろう?能力が使えないんだ。
    それに、この娘には俺達の力や物は影響をもたらさない……」
俊也 「それじゃあこのまま放っておけって言うのか!?」
悠介 「…………俊也。いつまで逃げてるつもりだ?」
俊也 「な、なに?」
悠介 「お前がそうやって逃げたままじゃあ、運命は変えられないぞ」
俊也 「な、なに言ってるんだよ、今はそんなナゾナゾみたいなこと言ってる場合じゃ」
悠介 「聞け。気付いたことがあるんだ。それを片付けない限り、どうしようもない」
俊也 「……なんなんだよ、それ」
悠介 「行方不明の子供の話だ」
俊也 「え?」

悠介はどこか辛そうな顔をしながら夏純の腹部を包帯で巻いていく。
応急手当はした、と言うが───

悠介 「最初に言っておこう。夏純は二重人格者だ。
    姐さんはそんなことはないけど、心に障害を持ってる。
    夏純の場合は何かのスイッチで別の人格に代わり、おそらく───」
俊也 「……?」
悠介 「お前の前に現われる夏純はどんな感じだった?お前が言ってた人影ってのは」
俊也 「……気付いてたのか?」
悠介 「知り合いに暇な情報通が居るもんでね。情報の取りこぼしはない。
    ……まあそんなことはどうでもいい。
    俺が言いたいのは、お前の前に現われた夏純は別人みたいじゃなかったか?
    ───ってことだ」
俊也 「……ああ。悲しい目をしてた。だけど俺の顔を見ると微笑んだんだ。
    それで抱き着いてきて───わけが解らなかった」
悠介 「……埒があかないな。真実、言ってしまっていいか?」
俊也 「真実?」
悠介 「ああ、真実だ」
俊也 「お前は、なにかを知ってるのか?」
悠介 「ホントはこんなことしたくなかったけどな。
    さっき言った知り合いにこの場所のことを訊いた。
    そしたらシャレにならないことが解った。
    だから確認しておく。言って、いいか?」
俊也 「……俺に関係があるんだな?」
悠介 「ああ。ここのことを訊いたのだって、
    そうしないと俺も彰利もお前も永遠にここで歴史を繰り返すことになるからだ」
俊也 「なっ───!?」
悠介 「まったく散々な旅だよ。
    本来迷い込みようがない時間軸の狭間に辿り着いてしまった。
    お前が時間に関与する月操力ばっかり使ってるからだぞ?」
彰利 「面目ねぇ。でもエキサイティングじゃん」
悠介 「冗談じゃない。俺はもうお前に同じ歴史を生きてほしくないんだよ」
彰利 「……サンキュ」
悠介 「しかもそれならまだやさしい方だ。
    これは俺の仮説でしかないんだけど───いや、まだだ。
    俊也、この世界から抜け出したいか?」
俊也 「───……」

この世界から───?
この穏やかな世界から……?

俊也 「……夏純達は連れていけないのか?」
悠介 「彼女達はこの時間軸の住人だ。他の歴史には連れていくことは出来ない」
俊也 「……置いていくってのか?」
悠介 「死なない。死にようがないんだ。見てみろ」
俊也 「え?───あ、……!?」

見れば、先ほどまで見るのも痛々しかった夏純の腹部が少しずつ治っていく。

悠介 「わかったか?この世界に都合の悪いものは消されてしまうんだ。
    おそらく、俺達もいずれはこうなる」
俊也 「う…………」
彰利 「どうするんだ?」
俊也 「……………………出たい」
悠介 「……わかった。それじゃあ全てを語るよ。
    ここは過去と……俺達で言う現在の境目にある世界だ。
    もちろんそれだけだったら俺達がここに来ることなんてなかった。
    俺と彰利がここに来た理由はこの馬鹿の所為。
    そして俊也がここに来れた理由は───お前が行方不明の子供だからだ」
俊也 「───」

え……?
いま、なんて言った……?

悠介 「あの火事の日にお前は仲が良かった彼女達と離れ離れになって、
    だけど心の奥底にこの場所への思いを抱いていた。
    当の本人が覚えていなかったのはそれが辛い記憶だったからだろう。
    それが彼女達の強い思念と引かれ合って、この世界が産まれた。
    いろいろなところが都合良く創られていたのは、
    恐らく心のどこかで村が無事でありますように、とか───
    夏純や姐さんが無事でありますようにとか思っていたからだな」
彰利 「それじゃあアレか?思念ってことはやっぱり、夏純ちゃん達はもう……」
悠介 「………」

悠介は何も喋らなかった。

悠介 「……俊也、この人達はお前の帰りを待ってたんだ。それは間違いないと思う」
俊也 「………」

そういえば、姐さんが俺の名前を訊いた時───そうか。
本当、なんだな……。

俊也 「なぁ、俺の前の苗字……わかるか?」
悠介 「この村には妙な風習があったらしい。
    それは『苗字を持たない』ことらしいんだ。
    お前にも夏純にも姐さんにも苗字はなかったんだよ」
彰利 「そういやふたりとも苗字は言わなかったな」
俊也 「……あ、なぁ、さっき言いかけてたことがあったよな?」
悠介 「ん?ああ……」

悠介は少し頭を抱えた。

悠介 「この時間軸はお前と夏純と姐さんのものだそうだ。
    早く言えば三人の思念が創り出した時間と記憶の歪み。
    それは、言ってしまえば三人の世界ってことなんだ。
    ───ようするに俺達はここに居てはいけない人間。
    お前達は時間が来たらまた『ある日』から繰り返すことが出来るが、
    この世界に関係ない俺達が終わりの日を迎えた時───消え去る可能性が高い」

なっ───!?
消え去る───!?

悠介 「その証拠を示すものが、能力が使えなくなったことなんだと思う。
    存在の強いものがどんどんと消されていってるんだ。
    速さから考えて……明日までもつかどうか」
俊也 「わ……わかんねぇよ!どうしてそう冷静で居られるんだ!?
    消えちまうかもしれねぇんだろ!?なんでだよ!」
悠介 「……アホゥ、この世界は彼女達にとっての『希望』なんだよ。
    それを自分が助かりたいからってさっさと消すようなことが出来るか」
俊也 「……───」

驚いた。
人間なんて自分本意なヤツだけかと思ってたのに、
こんな土壇場で誰かのために冷静で居られる人間が居るなんて……。

俊也 「でも……じゃあどうするんだ?」
悠介 「まずお前に思い出してもらいたかったんだ。この村のことを」
俊也 「ここのこと?」
悠介 「うすうす感づいてはいたんだろ?自分がそうなんじゃないかってことくらい。
    俺としては最初、俊也の言う『女の子』が『子供』かと思ったんだけどな。
    姐さんに訊いてみたら『子供は女じゃない』って言うじゃないか。
    それでルヒド……あ、いや、情報屋に訊いてみればお前が───な」
俊也 「情報屋……そういえばどうやってこの村に入ってこれたんだ?その人」
悠介 「……こうなりゃヤケだ。ルヒド、ちょっといいか?」
ルヒド「はいはい、困った時はお互い様。退屈の伝道師、シェイド=エリウルヒド参上」
俊也 「!?なっ……い、いまいきなり現われ───!?」
ルヒド「自己紹介も済んでないんい人を変な目で見るのはヒドイな。
    あ、僕はシェイド=エリウルヒド。死神さ」
俊也 「しにぃっ?」
彰利 「なっ……だ、誰この人!キィイ!アタイという者がありながら!」
悠介 「だぁっ!黙ってろ!今まで静かだったんだからその調子で居ろ!」
彰利 「だ、だってダーリンが」
悠介 「お黙り!」
彰利 「……うう」
ルヒド「プライベートの侵害とは思わないでほしい。友達のピンチだったからね。
    本来はこうして人事に首は突っ込まないけど、こういう時は仕方ないから」
俊也 「………」
ルヒド「で、この世界のことだけど───
    明日までに解決しないと悠介達は間違い無く消えるよ」
悠介 「……相変わらず遠慮がないな」
彰利 「なにこの失礼なヤツ!悠介ったらこんなのがいいの!?」
悠介 「だぁってろ!」
彰利 「だ、だって」
悠介 「大体、失礼ならお前も負けてない」
彰利 「うわ、中傷された」
ルヒド「キミが愚者なだけだよ」
彰利 「うわっ!ホント遠慮ねぇ!誰に似たの!?悠介!?ま、まさか隠し子!?」

ドスッ!

彰利 「くほっ!」
悠介 「ルヒド、これからどうしたらいいと思う?」
ルヒド「いっそ死んで僕の盟友になるかい?」
悠介 「シャレにならん」
ルヒド「魅力的な提案だと思ったんだけどね。それじゃあ記憶をいじってみようか」
俊也 「え?あ、な、なにする気だ!」
ルヒド「キミの記憶を探る。
    奥深くに封印された記憶をほんのちょっと呼び覚ますだけさ」
俊也 「なっ───ま、待───」

キィン!

俊也 「───……!」
ルヒド「はい、終了」
彰利 「早ッ!!」
ルヒド「遅くやっても無駄だよ。もうあまり時間がない。あとはこの男次第だ」
俊也 「───……」













───……音を立てて、景色が弾けた。
気付けば俺は大きな木の下に立っていて、友達が来るのをまだかまだかと待っていた。
幸せな筈だった。
それなのに……どうしてこんなことに───

俊也 「………」

友達はなかなか来なかった。
だけど僕は待つ。
行き違えたら大変だ。

声  「おーい!トシちゃーん!」

───あ、来た。
声からして女の子の友達は、僕の傍らに寄って、勢いよく抱きついた。
いや、抱きつこうとした。
だけど少女の手は空を裂いて、地面に倒れた。
なんて恐ろしい子だ。
まさか田んぼに突き落とそうとするなんて。

少女 「う……いたいよぅ……」
俊也 「男の子だろ、我慢しろ」
少女 「夏純、女の子だもん!」
俊也 「女の子は人を待たせた上に田んぼに突き落とそうだなんてしない」
夏純 「抱きついてみたかっただけだもん!……遅れちゃったのはごめんなさいだけど」
俊也 「───……」

景色が歪む。
子供の頃の自分の中でその景色を眺めていた俺は、流れゆく景色の速さに驚いた。

───……。

夏純 「ねぇねぇトシちゃん」
俊也 「やだ」
夏純 「わ、ま、まだ何も言ってないよぅ」
俊也 「夏純が下から覗き込むみたいにした時は絶対嫌なことしか起こらないから」
夏純 「……そんなことないもん。
    ただ、妹が欲しいなぁ、って言おうとしただけだもん」
俊也 「いもうと?」
夏純 「うん。だから、夏純とけっこんしよ?」
俊也 「なっ───」
夏純 「知ってろ?けっこんしたふーふが一緒の布団で眠ると、
    かみさまが子供を授けてくれるんだって」
俊也 「…………そうなの?」
夏純 「うん、姐さんが言ってたよ」
俊也 「ウソだ。それ絶対ウソだ。だってサチ姉ぇってウソしか言わないし」

ごすんっ!

俊也 「いてっ!」
佐知子「こーらー俊也ぁ〜……!誰がウソつきだってぇ……!?」
俊也 「うぅっ、ちょっと早く産まれたからって威張───」

ごすんっ!

俊也 「いてっ!」
佐知子「歳で威張ってるんじゃない!……言うなれば、知識で優位を誇ってるのよ」
俊也 「難しい言葉使えば解らないと思ってる時点でガキだよなー」

ぼがぁっ!

俊也 「んぎゃあ!……ってぇ〜……!ほ、ほらみろぉっ!
    夏純があの格好とるとロクなことがないんだからなぁっ!」
夏純 「ち、違うもん」
佐知子「自業自得でしょ?夏純に当たるんじゃない」
俊也 「へーんだ、ババー!」
佐知子「……!」

…………。

───やがて、景色はスピードを上げてゆく。

俊也 「うわぁああああああっ!!サチ姉ぇ!こんなとこ投げられたら死んじゃうよ!」
佐知子「だーまーれ。男の子だったら死なない死なない。
    それに肥溜めって肥料なんだから。
    嫌がってたってそれで育ったもの口にしてるでしょ?」
俊也 「うそだー!こんなので育ったんなら臭いよ!サチ姉ぇのうそつき!」
佐知子「修正!」

ブンッ!

俊也 「わっ───わぁああああっ!!」


───……。


夏純 「トシちゃん」
俊也 「ちゃんはやめろって言ってるだろ?」
夏純 「だ、だって……」
俊也 「僕は……トシ様だ!」
夏純 「わぁ、エラそう」

ぼかっ!

夏純 「みうっ!」
俊也 「おまえに妹なんか居たら、絶対立場がなくなるからやめておいた方がいいよ」
夏純 「うぅぅ……ど、どうして……?」
俊也 「妹の方が絶対いい子に育つ」
夏純 「そ、そんなこと」
俊也 「あるかもしれないぞ?そしたら僕のお嫁サンにするんだ」
夏純 「───!そんなことないもん!夏純の方がいい子だもん!」
俊也 「『もん』とか言ってる時点で子供だよ。無理無理」
夏純 「う、うー!」


───……。


夏純 「ト、トシちゃんおはよー……だぜ?」
俊也 「……………………え?」
夏純 「今日はなにして遊ぶの……だ?」
俊也 「…………」
夏純 「わっ、わっ、ど、どこ行くのっ!?だよっ!?」
俊也 「サチ姉ぇの家に殴り込みに行く」
夏純 「や、やめてよトシちゃん……だぜ!」
俊也 「変だから喋るなっ!」

ぼかっ!

夏純 「みうぅっ!」


───……。


夏純 「トシちゃん……大丈夫?」
俊也 「うう……あのいんごーババァ……。背が高いからってエラそうにして……」
夏純 「偉いよー。だっていっぱいいろんなこと知ってるもん」
俊也 「あれは見栄はってるだけだ。どうせすぐにボロを出すさ。くくくく……」
夏純 「……トシちゃん、もうちょっと子供っぽく笑おうよ……」


───……。


俊也 「うー……いてて……」
夏純 「ど、どうしたのトシちゃん!」
俊也 「うむ、サチ姉ぇにゴマじいちゃんに教わった『すかーとめくり』をやったんだ。
    そしたらタコ殴りにされた。
    それで約束通りゴマじいちゃんにぱんつのこと教えたら、
    なんか『毛糸ぱんつか!オッヒョッヒョ!』って笑ってた。
    ……毛糸ぱんつってなんだ?」
夏純 「………」
俊也 「夏純?」
夏純 「ト、トシちゃんのばかーっ!」

ばちーん!

俊也 「いてっ!な、なにするんだ!」
夏純 「夏純が居るもん!トシちゃんには夏純が居るもん!
    な、なのにサチ姉ちゃんのすかーとめくりなんて……ばかー!」
俊也 「………………え?」


───……。


夏純 「───……」
俊也 「あれ?今日はズボンじゃないんだな」
夏純 「う、うん」
俊也 「歩きづらくないか?そんなひらひらしたの」
夏純 「そんなことないもん」
俊也 「そっか?じゃ、遊びにいこ」
夏純 「うんっ、あ、わっ───」

べしゃあ!

俊也 「………」
夏純 「……いたい」
俊也 「いきなりころぶの初めて見た」
夏純 「スカート踏んじゃって……」
俊也 「ほらみろ、やっぱり歩きづらいんじゃないか」
夏純 「で、でも……」
俊也 「あ、ちょっと待て!」
夏純 「ひゃぅっ!?」
俊也 「血、出てる!えーと、待ってろ、すぐ治してやるからなっ!」
夏純 「う、うん……」
俊也 「ほらっ、スカート汚れちゃうぞ!まくって!」
夏純 「え?わっ───」
俊也 「ん?……あ、毛糸ぱんつ」

ばちぃいいいいいいいいんっ!!


───……。


夏純 「トシちゃんは兄弟が欲しいって思ったことある?」
俊也 「ない。お前が妹みたいなものだから」
夏純 「か、夏純トシちゃんの妹じゃないもん!」
俊也 「嫌か?」
夏純 「ヤッ!」
俊也 「……そこまで嫌か」
夏純 「嫌だもん!」
俊也 「落ち着け。ほら深呼吸」
夏純 「うー……!」
俊也 「そういえばさ、お前はどうなんだ?妹が欲しいって言ってたよな?」
夏純 「……うん」
俊也 「どんな妹がいいんだ?」
夏純 「大人しくて夏純に似た子!双子って憧れなんだー!」
俊也 「それって無理じゃないか」
夏純 「え?どうして?」
俊也 「ゴマじいちゃんが言ってたぞ。
    双子っていうのは産まれた時から一緒なんだって。
    夏純はひとりっ子だからもう無理だよ」
夏純 「う、うー……そんなことないもん!夏純にも双子居るもん!」
俊也 「どこに?」
夏純 「う……か、夏純の中に!」
俊也 「へぇ、そりゃスゴイ」
夏純 「馬鹿にしてー!」
俊也 「スゴイスゴイ、ははははは」


───……。


俊也 「夏純?」
夏純 「…………」
俊也 「夏純ってば」
夏純 「わっ、ト、トシちゃん?」
俊也 「なにやってんだ、ボーっと」
夏純 「あ、うん……なんか最近変なんだ……。
    いつの間にか知らない場所に居たりして」
俊也 「その歳でボケてたら将来が辛いぞ」
夏純 「ヒドイよぅ……」


───……。


佐知子「ねぇ俊也」
俊也 「まいったな、いきなりこんなところに呼び出して……告白?」

ゴバギャアッ!!

佐知子「……殴るわよ」
俊也 「……も、なぐられ……て……」
佐知子「最近、夏純変じゃない?」
俊也 「少なくともサチ姉ぇよりは遥かにマシ」

ぼがあっ!

俊也 「力で解決しようとするなよ〜っ!」
佐知子「お黙り。なんか変なのよ。
    突然ボ〜ッとしだしたと思ったら妙に冷たい顔になってさ」
俊也 「いきなり顔が冷たくなるの?へぇ、この夏には丁度いい」

ぼがっ!

俊也 「殴るなって言ってるだろぉ〜!?」
佐知子「ま!じ!め!な!は!な!し!いいから聞く!」
俊也 「ハ、ハイ……」
佐知子「いい?夏純は川に行ったからアンタが後をつけるのよ」
俊也 「自分でやれババー。老体で辛いからって人に」

ギンッ!

俊也 「……行かせていただきます」


───……。


俊也 「ババババ・ババ・ババーババーバ・バババ、
    ババババ・ババ・ババーババーバ・バババ、
    ババッバッバババ・ババババッバ♪サチ姉ぇは〜ババァ〜♪」

……なんてことをしている場合でじゃないよね。
えーと、夏純は……居た。
なんだ、普通の夏純じゃないか。
なにが冷たいって───あ……

俊也 「か、すみ……?」

確かに冷たかった。
まるで、いつも明るい分の夏純の裏を表したような表情。

夏純 「───……?」
俊也 「……!」
夏純 「と、しや……さん?」
俊也 「えっ!?」

驚いた。
夏純が僕のこと『としやさん』だって。

俊也 「ど、どうしたんだよこんなところで」
夏純 「………」

夏純が座ってた場所の隣に座る。
すると、夏純は少し間を空けた。

俊也 「?」

いつもだったら抱きついてきたりするんだけどな。
不思議に思って見てみると夏純の顔は真っ赤で、下を向いて顔をあげなかった。

俊也 「夏純?」
夏純 「あう、あうぅ……あぅあぅあぅ……」

さっきでもびっくりするくらい赤かった顔が、もっと赤くなった。

俊也 「た、大変だっ!熱でもあるのかっ!?」

だから慌てた。
慌てて夏純の額に手を当てて───
ぴとっ。

夏純 「───……!」

ぼてっ。

俊也 「あれ?」

ふしゅうぅ〜〜〜〜と、効果音が鳴るくらい湯気を出して、夏純は倒れた。
手を当てた途端だ。

俊也 「…………あ、そうだ。熱下げてやらないと」

僕は自分の服を川で濡らして、畳んだ状態にして夏純の額に乗せた。
すごくバランスが悪いけど、無いよりはいいと思う。

夏純 「……ん……」
俊也 「夏純っ?」
夏純 「……あれ?トシちゃん?」
俊也 「ちゃん?」
夏純 「……あれ……?夏純、確かサチ姉ちゃんのところで……アレ……?」
俊也 「夏純、この指は何本に見える?」
夏純 「……五億?」
俊也 「ごっ!?」
夏純 「冗談だよ」
俊也 「………」

うん、いつもの夏純だ。
なんだったんだろう、さっきの。

俊也 「夏純、俺のこと『俊也さん』って言ってみてくれ」
夏純 「ヤ」(0.1秒)
俊也 「……解るくらいの間を置いたらどうだ」
夏純 「トシちゃんはトシちゃんだもん」
俊也 「遠慮するな。なんなら俊也さまでもいいぞ」
夏純 「………あ……───」

なんて言ってみた時だった。
突然、夏純の体がビクンと跳ね、やがて冷たく変わってゆく。
だけど俺を見ると、ものの見事に真っ赤になった。

俊也 「夏純?」

なにやら嫌な予感を胸に、その顔を覗いてみる。
すると、夏純の口が少し動き、そこから声がこぼれた。

夏純 「…………と……としや、さま……」
俊也 「!?」
夏純 「…………っ!」

ボフン!
───ぼて。

俊也 「ああっ!?またっ!?」

再び真っ赤になって倒れる夏純。
なにがなんだかまるで解らなかった。


───……。


佐知子「あ、そういえばさー俊也」
俊也 「なにー?」
佐知子「尾行させて以来、夏純が変になることなくなったんだけど───なにかあった?」
俊也 「ないけど」
佐知子「そう?ならいいけど」
俊也 「…………」

あれ以来、あの冷たい表情をした夏純が別の夏純だってことが解った。
冷たいっていうよりは大人しいっていうか奥ゆかしいっていうか、そんな顔。
彼女は自分のことを夏純の妹だと言い、だけど夏純はその事実を知らない。
名前は澄夏(すみか)というらしい。
『悪者の巣窟みたいな名前だな』って言ったら泣かれてしまった。
とにかく夏純とは正反対で、恥ずかしがり屋だし声も大人しいし言葉も丁寧だし。
僕は結構彼女が好きだった。
あれからのことだけど、僕と会ってからは僕の前でしか出てこなくなった。
その代わり、夏純と会える時間は減った。
その所為か夏純は段々と情緒不安定になっていき、少しノイローゼ気味になっていた。
自分は覚えていないのに何かをしているという事実。
それが怖かったのだ。
澄夏が俺に少しずつ慣れて来た頃、夏純も段々とチェンジしなくなってきた。
夏純の意思が澄夏を抑え始めたんだ。
どうしてかは解らなかったけれど、夏純は俺と一緒に居ると笑顔だった。
大人達が言ってた『のいろーぜ』とかいうのが解らなくなるくらい。
一心に僕の腕に掴まり、僕を見上げてにっこりと笑っていた。
だけど離れると、決まって物凄く悲しい顔をするんだ。


───……。


……夏純が僕と居る時間を取り戻してからは、夏純は安定してきた。
それからは逆に澄夏が現われる時間は減っていく。
夏純はなんらかのショックで澄夏へと変わるようになり、
久しぶりに会った澄夏は俺の顔を見ると泣きそうなくらい嬉しい顔で微笑んだ。
それから……


それから───……。











───。

俊也 「……あ」
悠介 「目、覚めたか?」
俊也 「いう……っ!?」
悠介 「ん?ああ、この体か。いよいよもって消えかかってる。まいったなこりゃ」

いつの間にか気を失っていた俺が見たものは、体が透けている悠介と彰利だった。

彰利 「どうすんのさ悠介。このまま消えたりしたら、みんな本気で泣くぞ?」
悠介 「黄泉の方でルナに殺され直すかもな」
彰利 「苦笑してる場合じゃないって」
悠介 「だなぁ」

ど、どこまで冷静なんだこいつら……。

俊也 「あ、あれ……?さっきの死神は?」
悠介 「帰った。自分まで消えるのは嫌だと」
彰利 「どこまで正直なんだあいつは……」
俊也 「………」
悠介 「で?どうするかねこの状況」
俊也 「え?」
悠介 「いやぁ、ちょっとまいってるんだ。体がまったく動かない」
俊也 「体が……?」
彰利 「SO……狂おしいほどにストップムービング」
悠介 「体が消えた影響かどうかは知らんけどな」
俊也 「……あ、れ?夏純と姐さんは……?」
悠介 「消えた。……いや、移動したんだろうな。俊也、あれ、見えるか?」
俊也 「───あ、あれは───まさか!」

促された視線の先。
そこにはあの時と同じ炎があった。
遠くの景色に揺れる赤い世界は、俺にあの頃の記憶を───

俊也 「でもなんだって急に───!?」
悠介 「まあ順当に考えて───
    お前がこの村を訪れることが終わりの引き金だったってことだろ。
    行ってくれ。俺達は動けないからお前が行くしかない。
    この世界がどう動いてるかは知らないが───
    もし変えられるなら、この世界の未来だけでも変えてやってくれ」
俊也 「───……解った!」

言って、走った。
この世界で過去の出来事を変えることが出来ても未来が変わるだなんて思ってない。
でも、気休め程度でもいいから、この世界が続くのであれば変えたかった。
───そしてなにより、俺は家が燃えたあとの結末を知らない。
恐らくそこに、この村にあのふたりしか居なかった理由があるんだと思う。

───燃える家が目の前に映る。
火は治まることを知らず、ごうごうと燃え盛って───とても近寄れる状況じゃなかった。

俊也 「夏純ー!サチ姉ぇーっ!」

声を張り上げる。
あの夢みたなものを見たあと、俺は自然に『サチ姉ぇ』と言ったことに気付く。
妙な気分だったけど、今はそれどころじゃない。
ほんとにここに居るのか───!?
……いや、居ないとおかしいんだ。
少なくともサチ姉ぇはこの状況を見ていた筈なんだから。
どこかに───どこかに居る筈……居た!

俊也 「サチ姉ぇ!」
佐知子「え───?と、俊也っ!あんた無事だったの!?」
俊也 「へ?無事って───そりゃこっちのセリフだ!
    なにやってんだよこんなところで!」
佐知子「なにやってんのじゃないわよ!
    美香子おばさんを助けるために義人おじさんが中に入っていっちゃったの!
    わ、わたしどうしたらいいか解らなくて!」
俊也 「美香子───義人……?違う、違うよサチ姉ぇ……。
    その人達……父さんと母さんはもう死んだんだ」
佐知子「なに言ってるの!今入っていったばっかりなのよ!?」
俊也 「やめてくれ!もう何度も同じこと繰り返さなくていいんだよ……!
    ぼくは……僕は戻ってきたから……。ここに、帰ってきたから……!」
佐知子「………」
俊也 「この世界は俺達が作ってしまった世界なんだ。
    たしかに穏やかで平穏が続いてくれる、いい世界だよ。
    でも……最後にはこうして悲しみがある。
    そんなものはもう、乗り越えなきゃならないんだ」
佐知子「俊也……とし…………!?あ、あれ?俊也!?な、なによこれ!」
俊也 「サチ姉ぇ?」
佐知子「サチ姉ぇ?って……それじゃあんた……俊也!?俊也なのね!?」
俊也 「お、落ち着け!言ってる意味が解らん!」
佐知子「ああっ……やっぱり生きててくれたんだ……!
    この大馬鹿っ!人がどれだけ探したと思ってんの!」
俊也 「え……?」

……なんなんだ?
しっちゃかめっちゃかだ……。

佐知子「───……そう。そっか。
    それじゃあもう、こんな世界は終わらせなきゃいけないわね」
俊也 「サチ姉ぇ……?」
佐知子「ありがとね、帰ってきてくれて。ずっと来るのを待ってた。
    まあ辛くて長くて、自分だけじゃまともでいられなかったけどね。
    繰り返して繰り返して、泣きたくなるくらいに繰り返して───
    それでね、ある日、夏純が教えてくれたんだ。
    ……わたしの中には子供の頃のままのわたしが居るって。
    そのわたしはずっとこの家の前で泣いてるんだって……」
俊也 「………」
佐知子「わたし、嫌なこと全部その子に押し付けてさ、笑ってたの。
    だってそうしたら、俊也が帰ってきたときにも笑っていられたでしょ?
    でも───もう、ひとりぼっちにさせないから。
    悲しみを受け入れて、幸せを分かち合うって決めたから。
    ───俊也、強く生きなさい。
    もしまた会える日が来たら、子供扱いするのをやめてあげるから」
俊也 「サチ、姉ぇ……?」
佐知子「澄夏が待ってるの。わたしも行かなきゃ」

それだけ言うと、サチ姉ぇは……

俊也 「なっ───サチ姉ぇぇえっ!!」

サチ姉ぇは……燃え盛る家の中に飛び込んだ。

俊也 「何考えてんだよ!死んじゃったら……!
    自分から死んじゃったら運命なんて変えられないじゃないか!」

無意識だった。
俺は彼女のあとを追い、その家の中へと駆けた。

俊也 「くぅっ───!?」

炎が跳ねる。
本当に意識の世界の中なのかと思うほど、その炎は熱かった。

俊也 「サチ姉ぇーっ!……サチ姉ぇ!」

その炎の中に、サチ姉ぇは居た。
倒れてきた柱に押し倒されたその体は、ところどころ火傷していた。

俊也 「サチ姉ぇ!なっ……なに考えてんだよぉっ!」
佐知子「…………ねぇ、俊也?運命って……信じる?」
俊也 「───信じない!そんなものが決めた世界なんか歩かないよっ!」
佐知子「……うん、わたしも。……情けないなぁ、澄夏だけでも救いたかったのに。
    わたしね……あの時逃げたんだ……。
    俊也を探してこの家の中に走っていく澄夏を置いて。
    でもね、無駄だった。村全体に火が燃え移って、結局村は全焼したわ」
俊也 「いいからっ……もういいからっ……!喋らないでくれ……!
    お願いだよサチ姉ぇ……!サチ姉ぇ死んじゃうよ……!」
佐知子「……無駄よ。もう解ってるでしょ?わたしだって解ってる。
    もう、我慢してないと血でも吐いちゃいそうなんだから……」
俊也 「そんな……!せっかく会えたのに……!」
佐知子「泣き虫ねぇ……。いいのよ、あの頃よりは満足してる。
    ……わたしさ、時々解らなくなってたんだ……。
    わたしは俊也の帰りを待ってたのか……それともそれは建て前で、
    こうやって少しの運命の抵抗をしてみたかったのか……。
    結局澄夏は助けられなかったけどさ、でも……なんか嬉しいんだよ……」
俊也 「サチ姉ぇっ……!しゃ……ちゃ……ダメだよ……しゃべっちゃ……だめ……!」
佐知子「……ああ……かみさま……。
    こんな、幸せな夢、を……見させて、くれて……あり……が……───」

…………

俊也 「サチ姉ぇ……?」

───……

俊也 「あ───ぁぁああ……あぁああ……っ……あぁあああああああっ!!!!!」

───大声を上げて叫んだ。
喉が破れそうになるくらい、破れてもかまわないくらい。
でも、とても不思議だけど……涙は流れなかった。
目を閉じて眠るサチ姉ぇはとてもやさしい笑顔で、それがとても悲しいというのに。
どうして僕は泣けなかったんだろう。
訳も解らず、ただ抑えきれないくらいの悲しみが僕を襲う。
だけど泣けない。
泣いちゃいけない。
泣くにはまだ早いんだ。
サチ姉ぇが言ってた。
ここにはまだ澄夏が居る。
だから泣いてなんかいられない。

俊也 「……強くなるからっ……!俺、強くなるからっ……!
    だから、どこかで会ったら……
    俺のこと、子供扱いでもいいから、誉めてくれ……!」

それだけ言い残して、俺は家の奥へ走った。
やがて後ろで大きな音が鳴った時。
僕は堪えきれず、涙を流した。
でも、さよならは言わない。
いつかきっと会えることを信じてる。
だから、今は振り返らない。

俊也 「っ……すみ……澄夏ぁーっ!」

嗚咽混じりの情けない声で叫んだ。
それでもいい。
せめて彼女だけでも救いたかった。
……サチ姉ぇは『夏純』じゃなくて『澄夏』と言った。
どうして彼女の名前を知っているのかは解らないけど、今はそれを考えてる暇はない。

俊也 「澄夏ーっ!澄夏ぁーっ!」

叫んでも無駄だってことは解ってる。
この火事の中では思うように動けないし、彼女は喋れない。
だから俺が探すしかない。
そんなことを思っていた時だった。
直感とでも言うのだろうか。
彼女は間違いなく俺の……僕の部屋に居ると確信し、僕は走った。
火をくぐりぬけ、やがて見えてきた部屋の先。
そこに───彼女は居た。

俊也 「澄夏!」
澄夏 「───……」

俺の声にゆっくりと振り向き、彼女は微笑んだ。
ああ、あの頃となにひとつ変わっちゃいない、やさしい笑みだ。
よかった、まだ助かる───!

俊也 「澄夏、掴まって!ここを出る!」
澄夏 「───……」
俊也 「え───?」

澄夏はただ、首を横に振った。
わけが解らない。
どうして?と訊いてみたら、彼女の口は『サチ姉さんが待ってる』と動いた。
そして俺をやさしく押し、逃げて、と……悲しそうに微笑んだ。

俊也 「そんなこと出来るわけないだろ!?お前も一緒だ!」
澄夏 「───……」

澄夏はただ首を横に振る。
そんな澄夏の意思を無視して、俺は彼女の手を引き───

俊也 「え───?」
澄夏 「………」

澄夏の手を掴んだ俺の手は、そのまま通り抜けた。

澄夏 「……、……」

澄夏はそんな事実にどこか諦めたように微笑むだけだった。
そして、小さく頭を下げた。

俊也 「謝るなっ!あやま───謝るなよぉ……っ!どうして謝るんだよぅ……!
    逃げるんだ……!一緒に行くんだっ……!一緒に……帰るんだっよぅ……!」

涙が止めど無く溢れる。
拭っても拭っても視界は滲むばかりで、もう澄夏の表情も見えなかった。
だけど───僕の胸に。
彼女は小さく体を預けて言った。

『こんな幸せな夢を、ありがとう』、と。

やがて天井が大きく音を立てた。
その瞬間、彼女は笑って───僕を、突き飛ばした。



───涙を散らしながら叫んだ。

男の子だったのに、微笑んだ彼女を前に、大声で涙を流して……

やがて大きな音を立てて全てを飲み込んだ景色を前に、ただ泣くことしか出来なかった。

……強くなりたかった。

目の前に少女を守れるくらい。

せめて、それくらいの強さが欲しかった。

守れると思ってた。

それなのに……なんて、僕は無力なんだろう……。



俊也 「運命ってなんだよ!死ぬことで運命に逆らってもしょうがないじゃないか!
    死んじゃったらなんにもならないじゃないか!
    わからないよ!どうして───どうして笑ってられたんだよぉ…………っ!」

わからなかった。
この世界も、自分の気持ちも、彼女たちの気持ちも。
俺はただ泣きながら、黒く染まってゆく世界を滲んだ視界で眺めていた。
赤から黒に変わってゆく世界。
気付けばゆっくりと景色は変貌していって。
ようやく涙を拭えた頃、そこは見知らぬ場所と化していた。











辺り一面は焼け野原だった。
黒くない部分などないと言えるほど。
空を見上げれば暗かった筈の空は眩しいほどの蒼空。
そこで悟った。
夢は、終わったんだと。

声  「……終わったのか?」

聞こえた声に振り向くと、そこには悠介と彰利が居た。

彰利 「───な〜んだったんだろうなぁ……」
悠介 「……そうだな」
俊也 「………」

全てが幻であったかのように、そこには村など存在していなかった。
昔、確かにここには村があって、その中のひとつの家が火事になったりもしたらしい。
だが廃墟があるわけでもなく、ただその村があった筈の地面は今もうっすらと黒く……
雑草も生えないで、ただその村の面積の分だけ荒地は存在していた。
……三人で同じ夢を見た、というのもおかしな話だ。
その跡地を見ているのが辛くて、俺達はその場に背を向けた。

悠介 「これからどうするんだ?」
俊也 「……帰るよ。あいつら、笑ってたから。
    ここで俺がやることなんて、もう何も無いよ」
悠介 「……そうか」

気まずいような雰囲気が流れる。
ふたりはどうしてかこういう雰囲気にはなれているようで、黙っていてくれた。
だけどその沈黙さえも息苦しいことを、ふたりは知っているんだと思う。

彰利 「……あー……えっと……あ、そ、そういやもう電波は届くんかな」
俊也 「……ああ……どうだろ。やってみるよ……」
彰利 「……おう」

どこか無理矢理に話題を出した。
沈黙は辛い。
俺は携帯を片手に、電波が届くかどうか自分の家にかけてみた。
そして繋がった途端に切る。

俊也 「───……うん、届く。結局あの世界だけの何かがあったってことかな」
悠介 「強い思念が残ってて、それがどういう経緯か───
    部分的に過去を見せるような空間を作っていたんだろう。
    その空間に俺達は足を踏み込んでしまって、俊也の記憶とリンク。
    子供じゃなく、それ相応の歳をとった姐さんや夏純の姿を投影した。
    ───なんて、仮説ならいくらでも出せるけどな。
    結局この世界で一番強いものってのは人の思い出なんだってことだろ。
    いい思い出でも悲しい思い出でも、
    それを本当に大事に思ってるならそれは残るものさ」
彰利 「よっ、詩人!」
悠介 「茶化すな」
彰利 「なーに言ってんだよ。
    いっちゃん最初の日にババアと話して、大体のことは掴んでたんだろお前」
俊也 「え……そうなのか?」
悠介 「おかしいって思ったのがあの村自体だ。
    人が居なかったってのにどの家の中にも生活感に溢れてた。
    出払っていたわりには全然帰ってもこない人達に、
    それを変とも思わない姐さん。それに、夏純は───」
俊也 「………」
悠介 「……結局、あれは夢の中みたいなもんだったんだな……。
    俊也が最後に見たのは自分の家が燃えている姿だけで、
    その火が全ての家に燃え移ったことは知らなかった。
    その実、村は全焼。さっきまで話していた姐さんや夏純は……」

……俺の記憶が創り出した幻影に過ぎなかった───。
だけど、俺は覚えている。
あの悲しそうな顔の夏純と、元気な夏純。
そして……帰ってこなかった俺に対して、笑みを浮かべて迎えてくれた夏純───
その抱きつかれた感触、引っ張られた感触。
その全てがこの腕に残っている。
これが、幻影だったというのだろうか……。

彰利 「そいでさ。どうして姐さんと夏純ちゃんだけだったんかね。
    思い出ん中なら他の人も居てよかっただろ?」
悠介 「……あのふたりが一番強く俊也の帰りを待ってたってことだろ?
    それだけあのふたりはあの村に思い残しがあったってことじゃないか」
俊也 「………」
彰利 「……世の中って解らんことだらけだな……。
    家系と関係のないところでこんな体験するとは思わなかった……」
悠介 「言っても始まらないだろ、それは」
彰利 「そりゃそうだけど……ああ、もったいねぇ。
    あんなにかわいかったのになぁ、夏純ちゃん」
悠介 「青いなぁ、お前は」
彰利 「なっ、なにが?」
悠介 「ははっ、いいや。なんでもないよ」
彰利 「?」

悠介はクックと笑いを噛み殺した。
そして何かを思い立ったのか、俺の顔を見て言った。

悠介 「悪い、ちょっと携帯電話貸してくれないか?」
俊也 「ん?ああ、ほら」

どこか屈託無く話す悠介に携帯を渡す。
……慣れているかどうかはこの際問題じゃない。
どういうわけか。
彼の話のペースに影響されたのか。
悲しい気持ちが少しは薄れてくれていた。

悠介 「サンキュ。ちょっと家に電話し掛けてみる」
彰利 「おお、そういや旅に出て以来、全然音信不通だったしな」
悠介 「まあまさかいろいろと問題が起こったりなんてことはないだろうな」
彰利 「そりゃそうだ。なにせ俺が居ねぇ」
俊也 「……どうしてそういうことばっか自信持って言えるんだよ……」

やがて自然に苦笑する。
微笑むことは出来なかったけど、それでもいいと思った。

悠介 「えーと、家の電話番号は───っと」

───カタカタカタ。

悠介 「……よし。………………もしもし?あ、水穂か?って、おわぁっ!?」

離れていても聞こえるくらいに大きな声が悠介の耳を襲った。

悠介 「い、いやっ、悪かった!こっちも大変だったんだ!
    あ、いやっ!そうじゃなくて!あぁあだから違うんだって!泣くな!」
彰利 「よっ!女泣かせ!」
悠介 「うるさいっ!あ、違う違う!お前に言ったんじゃ───違うっての!
    いいから落ち着───水穂?って、おわぁっ!?」

再び聴覚に咆哮を受ける悠介。

悠介 「ル、ルナか?あ、ひ、ひさしぶなにぃ!?
    だ、誰が諸国漫遊ナンパの旅に出たって!?……え?なに?彰利から手紙が?
    それにそう書いてあったって?……ほ……!ほほぅ……!!」

メキメキと青筋を震わせながら彰利を満面の笑みで睨む悠介。
かなり怖いものがある。

悠介 「え?誰か引っ掛けたかったから魂結糸切ったのか、って?
    んなわけあるかっ!彰利の言うことなんていちいち信じるな!
    あ、そ、そりゃ手紙も出さなかった俺も悪いけど───って、……おい彰利。
    ここに来るまでに一度も村にも街にも行かなかったのに、
    どうして手紙送ってんだお前は!」
彰利 「いやー、実は届ける日付を指定出来る郵便屋がありまして。それで」
悠介 「こ、このやろっ……!───え?……いや、こっちの話だ。
    …………ルナ?おい、ルナ?……え?あ、ああ……セレスか?
    え?いや落ち着いて話してくれって。こらルナッ!邪魔するな!
    ───ああもう拗ねるなっ!そういう意味で言ったんじゃないっ!
    それで、どうしたって?……ふんふん……って、はいぃ!?
    姉さんが倒れたって!?な、なんでまた!
    ……は?料理の味見で食中毒……?あ、あの馬鹿者ども……」

電話している悠介はなにやら異様にオモシロかった。
なんて愉快なやつだ。
百面相もいいとこだ。

悠介 「それで若葉と木葉はどうしてる?───え?なに、聞こえないんだが」

携帯に耳を寄せる。
どんな話になってるかは謎だが、なにやら真剣らしい。

悠介 「あ、また水穂か?あ、だ、だから落ち着いて───ってちょっと待った!
    い、いまなんて言った……!?…………ああ、ああ……そ、それで……?」

真面目な顔つきになり話に釘付けになる悠介。
もう、隣で何故か太極拳をやっている彰利なんて無視だ。
───が。
突然、ゆっくりとこっちを向いてドバーッ!と滝のような汗を出した。

彰利 「うおおぉっ!?ど、どうした悠介!なんか面白いぞ!?」
悠介 「………」
彰利 「愛?なに?聞こえんぞ?」
悠介 「………………って……」
彰利 「ウィ?なんザマスって?」
悠介 「わ……若葉がグレて……ホントに番長になったって……」
彰利 「へ───……?」

───。
…………若葉?
誰?と聞こうとした瞬間、彰利がNO!と叫ぶ。

彰利 「うわーお!マジですか!?」
悠介 「ど、どどどどうしよう!?わわ若葉がっ!若葉がっ!」
彰利 「あわわわわ!?いやどうするったってあの若葉ちゃんが!?ウソだろ!?」
悠介 「水穂がそう言ってるんだよ!あいつがウソつくかぁっ!
    しかも……しかも木葉がそれを影で操ってるって……!
    あぁああっ!なぁにやっとんのだあいつはぁああっ!!」
彰利 「ぎゃあああっ!なんてこったぁ!どどどうする悠介!」
悠介 「かっ……帰るしかないだろぉ!?ほっとけるかよっ!」
彰利 「よ、よしっ!あっちの方で隠れて飛ぶぞ!あ、じゃあなグレゴリ男!
    貴様と過ごした日々、なかなか面白かったぞ!」
俊也 「最後の最後までグレゴリ男言うなよっ!」
悠介 「悪いっ!急用が出来た!それじゃあっ!携帯サンキュ!本気で助かった!」
俊也 「っと!あ、ああっ!なんだかんだで楽しかった!ありがとなっ!」
彰利 「アディオスグレゴリ男ーッ!」
俊也 「とっとと失せろ馬鹿野郎がぁーっ!」
彰利 「うわぁヒドイ送り言葉!」
悠介 「早く行くぞ!気になりすぎて落ち着かん!」
彰利 「オーライ!」
悠介 「っと───おい俊也ー!」
俊也 「ん?どしたー!?」
悠介 「あんまり考え込むなよー!?希望ってのは案外近くにあるもんだからなー!」
俊也 「……?ワケわからーん!」
悠介 「気にすんなー!それだけだー!」
俊也 「あ、ああー!わかったー!」
悠介 「それじゃあなー!」

悠介が大きく手を振った。
その隣で何故か半ケツを振る彰利。
く、くはっ……最後の最後までなんて屈辱的な野郎だ……!
やがてずどどどどー!と視界から消えてゆくふたり。

俊也 「………」

……はぁ、騒がしいヤツらだったなぁ。
溜め息を吐いて、広い蒼空を見上げた。
その空はあの空間での空とは違い、真っ青な空を見せてはくれなかった。
でも、まだまだ捨てたもんじゃない。


───それを、俺は証明したい。

   他の誰でもない、自分自身の可能性で───


小さく拳を握る。
腐っているより前を見る。
悠介が教えてくれたものだ。
俺はあの言葉を忘れない。
出会えたことを感謝する。
そしていつか、俺も家を出て旅に出よう。
両親が義理の親だって解ったからじゃない。
俺はやっぱり、自立してもっと世界を見るべきだって思ったから。
卒業して仕事して───そして、準備が出来て出発できたら───
また、あいつらに出会いたいな。
───……べーんべーんべべーんべーべ・べーべべーべべ〜ん……。
携帯から嫌味たっぷりの曲が流れる。
これは───ってしまったぁ!
そういえば俺、タツの家に行くっていって───あぁあああああっ!!
ピッ。

俊也 「も、もしもし?」
声  『出やがったぁあああああっ!!トシてめぇ今どこに居る!?』
俊也 「タ、タツか?」
声  『他に誰が居る!お前なぁ!大変だったんだぞ!?
    お前んチのおふくろさんから電話し合って、
    息子が遊びに行って迷惑かけるかもしれませんがー、とか言ってきてよぉ!
    そんな言葉をかあちゃんが受けとっちまった所為で誤魔化せなかったし!
    それからお前全ッ然来ねぇし!捜索願いまで出て……っ!』
俊也 「捜索願いぃっ!?ちょっと待て!二日、三日程度で大袈裟じゃないか!?」
声  『なに寝惚けたこと言ってんだよ!
    お前にウチ来いって言ってからもう一週間だぞ!?』
俊也 「───はい!?」

んな馬鹿な!
だ、だって俺、あそこで二日しか───
って、確かあそこって時間の歪みの中にあったんだよな?
───ま、まさか……時間の流れが違ってた……とかぁ!?

声  『いいかっ!?一度しか言わねぇぞ!?───さっさと帰って来い!!』

ブツッ!

俊也 「………」

まいった。
やっぱりご丁寧に時間は経っているらしい。
あそこで過ごした日々は確かにあって、俺はその時間分生きている。
だったらアレは間違い無く現実だったんじゃないだろうか。
夢なんてものじゃなくて、確かな───

俊也 「……っと、今からなら走れば電車間に合うよな。
    おふくろ心配してっかなぁ……!」

罪悪感を抱きながら俺は走り出す。
不思議と足取りは軽かった。
辛いこと悲しいこと、そして嬉しいことや楽しいことを背負い、俺の時間は進んでゆく。
───そう、まだまだこの退屈な時間とやらも捨てたもんじゃない。
退屈がどんなものに化けるのかは俺にはまだわからないけど、
それもやっぱり自分の行動次第だ。
だったらやってやればいい。
確かに尊敬だけじゃ憧れには辿り着けない。
だけど努力の過程でなら、それに見合ったものが必ず手に入ると信じてる。
だから───足を止めて、その景色に手を振った。
やがてもう一度足を弾かせて、その場から走った。
満足なお別れも出来なかったけど───
でも、どうせするならお別れよりも感謝をしたかった。
こんな俺を待っていてくれてありがとうと。

……遠く滲んでゆく景色に頭を下げた。
途端、澄夏の顔が頭に浮かんで、耐えきれずに涙がこぼれた。
そして思う───


 ───俺はきっと、この夏の体験を決して忘れないのだろう。

    たった数日の間で自分の心を変えてくれたあの夢を忘れない。

    懐かしい景色と新しい思い出を与えてくれたこの季節を忘れない。

    そして俺は、彼女の笑顔を───決して、忘れない───






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