未来ってのは見えないからこそ価値がある。
昔、小説かなんかでそんな言葉を知った。
事実、俺はその言葉に納得したし、それは今でも変わらない。
自分の未来がどうなるか解っていたら、それはきっとつまらないから。
だけど俺はこうも思った。
その未来、その知っている未来を自分の手で変えることが出来るのなら。
それはきっと、価値あることじゃないだろうか。
───俺達は夢を見る。
寝て見る夢や、先に『希望』として思い描く夢。
どちらも大切な日常だし、手放そうとも思わない。
……だけど……
願っていた未来が壊れた時、自分はどうなってしまうのか。
そんなことを考えて、俺は空を見上げた───
───愚鈍馬鹿。それが彼のアイデンティティ?───
【ケース14:閏璃凍弥/かんなじばーい!】
その冬は穏やかだった。
もう少し刺激があってもいいかなとか呟く俺に、幼馴染が罵倒を投げる。
俺はそれにつっかかりながら、最後にはやっぱり笑った。
世界っていうのは、どんな形にせよ微妙なバランスで保たれているものだと感心する。
───世界。
それは例えばこの大地という世界。
または、俺が今考えているような、身の回りにある昔から続いている空気。
その全てを世界と唱えて、俺は空を見上げた。
……いい天気だ。
こんな日はピクニックにでも行きたくなる。
由未絵「ねぇ凍弥くん」
凍弥 「だめだ」
由未絵「まだ何も言ってないよぅ」
凍弥 「お前の考えることくらいなんでも解る」
由未絵「ふぇ……そうなの?」
凍弥 「うむ。お前、ピクニックに行きたいんだな?」
由未絵「え?え?どうして解ったの?」
凍弥 「お前のことなどなんでも知ってる」
来流美「うそおっしゃい」
凍弥 「もちろんウソだ」
来流美「うわ……あっさり認めちゃった」
由未絵「それで、どうかな」
凍弥 「だめだ」
由未絵「うぅ〜、なんで?」
凍弥 「俺にそんな暇など無いのだ。休みって言ったってバイトあるし」
来流美「当然の意見ね。諦めなさい由未絵」
由未絵「でもでも、あと少しで冬休みだしっ」
凍弥 「だめだ」
由未絵「ふぇえ、どうして〜?」
凍弥 「冬休みは柿崎の家でどんちゃん騒ぎをすると沈む夕日に誓ったのだ。
もはや誰にも俺達を止められぬ」
来流美「葉香さんは?」
凍弥 「……俺達の生命活動自体が止められそうだ」
一瞬、地獄絵図が脳裏をよぎった。
真っ赤に染まった手を振りかざしながら暴れ狂う姉さんと、
壁に頭を突っ込まれて痙攣している柿崎。
おお、なんと恐ろしい。
凍弥 「…………?」
……はて。
何故に柿崎のやられざましか浮かばなかったんだ?
謎だ。
凍弥 「しっかしいい天気だよな。こんな天気が続けばいいんだが」
由未絵「だよねだよねっ?だ、だからさ、わたしがお弁当作るから一緒に」
凍弥 「だめだ」
由未絵「ど、どうして〜?」
凍弥 「こんな日にはハンモックに揺られながら眠るに限る」
来流美「ただ単に動くのが嫌なんじゃないの?」
凍弥 「そんなことはないぞ」
由未絵「じゃ、じゃあハンモック持っていってピクニック先で眠れば」
凍弥 「だめだ」
由未絵「ふぇえ〜、凍弥くんが否定ばっかりするよ〜」
来流美「凍弥、さっきからどうしたっていうのよ」
凍弥 「今日は否定の日なんだ。修行僧はこうして最強に育ってゆく」
来流美「…………どこの宗教の人よアンタ」
凍弥 「俺が昨夜作った『グラニュー党』の長だ」
来流美「寝ぼけてるなら起こしてやるわよ」
凍弥 「落ち着け、今なら無料で会員にしてやる」
来流美「自力で目覚める気が無いってわけね?」
凍弥 「起きてる!起きてるって!」
来流美「フンッ!」
スパァーン!
凍弥 「ギョオ!」
来流美が俺のポケットから抜き取ったスリッパで、俺の頭部を強打した!
来流美「目、醒めた?」
凍弥 「起きてるって!……まったく、お前はもう少し人の話を聞くべきだと思うぞ」
来流美「だったら凍弥はもっと協調性を持ちなさいよね」
凍弥 「男は黙ってロンリーウルフ!それこそ男!いや漢!!」
来流美「今日は随分と頭の中に花が咲いてるのね」
凍弥 「任せろ」
来流美「威張るようなことじゃないでしょ!」
凍弥 「お黙れぃ!囃し立てたのはお前だろうが!このハヤシライス!」
来流美「もっと意味のある罵(り方しなさいよね!」
凍弥 「ブス」
ボゴォッ!
凍弥 「ぶほぉっ!」
来流美の容赦無い拳が俺の頬を捉えた。
来流美「あ?なに?もっぺん聞かせてくれないかしら。あぁ?」
凍弥 「ふ、不意打ちとは卑劣なり……」
来流美「朝っぱらからくだらないこと言ってんじゃないの。ホラ行くわよ」
凍弥 「……思うんだけどさ。
どうして俺の周りの女ってパワフルなヤツばっかりなんだ?」
来流美「喧嘩売ってるなら有り金はたいてブッコロスわよ」
凍弥 「望むところだ」
来流美「望むの!?」
由未絵「凍弥くん、わたしパワフルじゃないよ?」
凍弥 「いや、潜在的にはまだ解らん。大人しい娘ッ子ほど、怒ると怖いからな」
由未絵「うぅ〜……ひどいよ」
来流美「ひどくないわ。でもそうね、由未絵の乱れるところって見てみたいわね」
凍弥 「だからって酒飲ますなよ?」
来流美「うっ……」
由未絵「?」
凍弥 「紬凪羅(っていったっけ?あんなの子供の飲むものじゃないだろ」
由未絵「同い年だよぅ」
凍弥 「お前は精神が子供だ」
来流美「……凍弥よりよっぽど大人だと思うけどね」
凍弥 「ん?なんか言ったか?」
来流美「聞こえないように言ったのよ。聞こえてないなら詮索しなさんな」
凍弥 「?変なやつだな」
来流美「凍弥に言われたくないわ」
凍弥 「………」
ぬう、また言われてしまった。
どうして俺に言われたくないヤツばっかりなんだ俺の周りは。
凍弥 「あのさ、俺ってそんなに変か?」
来流美「変」
うわっ、キッパリ言いやがりましたぞこの人!
由未絵「うん、変」
ぬおっ!?由未絵まで!?
凍弥 「…………変だったのか俺」
来流美「なに落ち込んでるのよ」
凍弥 「ほっといてくれ馬の尻尾。俺は今苦悩しているんだ」
来流美「そういうものの例えの時点で変だって気づきなさいよ……」
凍弥 「なにぃ、俺は常に話を盛り上げようとしてだなぁ」
来流美「盛り上がってる?」
凍弥 「中傷された」
来流美「それが結果でしょ」
凍弥 「ひでぇ。変人扱い+蹴落とされた」
来流美「凍弥は蹴落としても這い上がってくるでしょ。
それこそノミやゴキブリやムカデの如く」
凍弥 「あ、あの……不死鳥に例えようって気はないのですか?そこゆく来流美サン」
来流美「あるわけないでしょ馬鹿」
凍弥 「かーっ!下手に出てれば下等超人が調子に乗りおってぇーっ!!」
来流美「どうしてそこで超人って言葉が出てくるのよ!」
凍弥 「知らぬ!」
来流美「うわっ!変なところで男らしい!」
凍弥 「俺のこの手に希望の光を!鳴り響けピエロの旋律!ドナルドマジィィイック!」
コパァアン!
来流美「きゃあっ!?」
来流美の手から、我がスリッパを奪い返して叩く!!
ぬおお、このシビレるような手応えがたまらんわい!!
由未絵「あ、あ、喧嘩はダメだよぅっ!」
凍弥 「サランラップ!(訳:黙れ!)」
来流美「どういう訳よ!ちょっとそれ貸しなさい!思いっきり殴ってやるわ!」
凍弥 「あっ!コレ!なにをする!」
来流美「いいからよこしなさい!けっこう痛いんだからコレ!」
凍弥 「尚更に貸せるかっ!お前の強肩で振り下ろされたら脳味噌飛び出るだろうが!」
来流美「力とはこういうものよっ!」
凍弥 「否定しないんかいっ!!」
ええい埒があかん!
こうなったら───
凍弥 「サミング!」
トチュッ。
来流美「キャーッ!?」
来流美が体を『くの字』にして苦しむ。
凍弥 「よっしゃあ行くぞ由未絵!こんな暴力的な幼馴染などこの際無視ぞ!」
由未絵「え?わ、わわっ!」
由未絵の手を引っ張って逃走を図る。
その足音に反応した来流美が半目で追ってくる姿は脅威以外のなにものでもなかった。
が、途中で電柱に衝突して唸っていた。
由未絵「わーっ!今ゴコォンって鈍い音が!」
凍弥 「大丈夫だ!あいつの頭は強化セラミックで出来ている!
あんな衝撃じゃあビクともせんわ!」
来流美「するわよっ!ばかーっ!」
由未絵「わ、ほんとに大丈夫」
凍弥 「俺も驚いた」
後ろでゾンビの如くふらふらと歩いてくる来流美は、
やはり執念の塊のようなものだった。
由未絵「ごめんね来流美ちゃーん!先に行ってるねー!」
来流美「ま、待ちなさいオルァー!!」
凍弥 「さすが来流美だ。罵倒まで雄々しい」
由未絵「でも凍弥くん、喧嘩はダメだよ」
凍弥 「なに、俺と来流美は昔っからこういう付き合いだからな。
いまさら仲良しこよしになったって長くもたないんだ」
由未絵「昔から?」
凍弥 「ああ。あいつとはホントに腐れ縁だしな。
親の付き合いもあってか家まで隣同士で、喧嘩も散々したもんさ」
由未絵「………」
凍弥 「俺達はアレだ。成長してないんだな。子供の頃のままで大きくなってさ。
いつかそれに感謝するのか後悔するのか。
まあ俺個人の考えじゃ童心を無くした大人ってのはつまらないってことで。
……由未絵?」
由未絵「え?あ、ううん、なんでもない……」
凍弥 「それがなんでもないって顔かよ。ちょっと止まれ」
由未絵「え?わ、きゃっ!」
俺の歩幅に合わせて一生懸命走っていた由未絵を止める。
凍弥 「疲れたのか?悪い、急に走らせたからな」
由未絵「べ、べつになんでもないよ……」
凍弥 「だから。なんでもないって顔なら俺だって止めたりしなかったよ。
……はぁ。お前って昔っから自分のこと相談しないからなぁ。
ほら、ちょっとこっち向け。……熱でもあるんじゃないのか?」
由未絵「…………!」
由未絵の額に手を当てる。
……うん、別に熱があるわけでも……って熱いな。
急に熱くなった。
由未絵「あ、わ、わ……」
凍弥 「うわっ!お前顔まで真っ赤じゃないか!熱が出たのか!?」
由未絵「な、ななななんでもないよ……うん、なんでも……」
凍弥 「湯気出しながら言われたって信じられるかっ!」
由未絵「と、凍弥くんの手が冷たいんだよきっと……」
凍弥 「なにぃ、俺の手は常温37℃と世間では有名なんだが」
由未絵「と、とにかく冷たいんだよきっと……わたしは大丈夫だから」
凍弥 「手、ねぇ……。んじゃ額ならどうだ」
こつんっ。
由未絵「!!??」
凍弥 「ん……確かに手で計るよりは微熱いが……って、由未絵?
お前、体が震えてるじゃないか。どうかしたのか……?」
由未絵「と、とととっ、と、と、や、くの、かお、顔が、あ、……!」
凍弥 「ん?俺がどうかし……ってあちぃっ!
お前ヤバイって絶対!俺の額が焼けるところだったじゃないか!」
由未絵「あ、あわわわ……」
ぽてっ。
凍弥 「そして気絶!?え、えーとこういう時はどうするんだっけ!?」
来流美「人工呼吸よ」
凍弥 「そ、そうか!えーと手順は───」
来流美「キスして息吹き込むだけよ」
凍弥 「お前がやれよ!」
来流美「わたしにそんな趣味はないわよ!」
凍弥 「こういう時はキツケだろうが!背中のあたりに衝撃送って起こすヤツ!
それよりいつからそこに居た!」
来流美「それなら任せなさい。わたしはその道のプロよ」
凍弥 「無視か!?ていうかあからさまに嘘臭いぞ!」
来流美「百聞は一見に如かず。まぁ見てなさいって!パウッ!」
ドボォッ!
凍弥 「うわっ!なんの前触れも無しかよ!」
由未絵「………かふっ───」
がくっ。
凍弥 「うわーっ!そしてやっぱり予想通りの結果に!」
来流美「大丈夫よ、これで酸素を搾り出せば回復するわ。
ウィル=A=ツェペリさんが言ってたもの」
凍弥 「それは漫画の中の話だろうが!って、あぁあっ!
由未絵の顔色がどんどんと白くなっていってる!」
来流美「……じゃ、わたしは学校があるから」
ガシィッ!
凍弥 「待たれよ」
来流美「な、なにかしら」
凍弥 「運ぶの手伝え。ていうかお前が運べ」
来流美「嫌よ」
凍弥 「うわ、友達甲斐の無いヤツ」
由未絵「う、うー……」
来流美「あ、目覚めた」
凍弥 「あんなので起きるのかお前は……」
由未絵「……うや?」
コパァン!
由未絵「きゃうっ!」
凍弥 「起きろボケ者」
由未絵「うぅ〜……なんだか顔がヒリヒリするよぅ」
凍弥 「人体の発熱情報を完全に無視すりゃ嫌でもそうなるわ。
それより行くぞ、このままじゃ遅刻する」
来流美「毎度毎度話を捻じ曲げてるのは凍弥でしょうが」
凍弥 「俺は盛り上げたいだけだ」
来流美「盛り上げなくていいものまで盛り上げちゃダメでしょうが……」
凍弥 「むう、そうか?」
来流美「ほら、話しながらでも歩くか走るかしなさいな」
凍弥 「よし走ろう。俺を負ぶってくれ来流美」
来流美「……凍弥、アンタ自分が男だってこと知ってる?」
凍弥 「俺は男女差別が嫌いなんだ」
来流美「わたしだって嫌いだけどね。でもそれはどうかと思うわよ」
凍弥 「大丈夫だ、足には自信があるんだろ?
俺の予想じゃあ俺を背負いながらでも日に百里の道を歩めるに違いない。
強いぞ来流美!素晴らしいポテンシャルだ!」
来流美「なァにトチ狂ったことぬかしとんじゃぁあああっ!!」
ボグシャアアア!!
凍弥 「ぶほぉおっ!!」
来流美の拳が俺の顔面を強襲した。
ぬおお、この顔面が歪む感触っ……!まさに国宝級であるっ……!
凍弥 「……お、お前なぁ……」
どしゃっ。
来流美「───あら?ちょっと凍弥?悪い冗談よしなさいよ」
凍弥 「………」
来流美「………」
由未絵「と、凍弥くん?凍弥くん!」
来流美「あっちゃ〜、なんか拳から脳にかけて透き通るようないい音が通ったと思ったら。
どうやら『完全なる拳』が偶然にも完成したみたい。鷹村さんもびっくりね」
由未絵「ど、どうするの来流美ちゃん……」
来流美「え?無視するわよ」
由未絵「えぇっ!?」
来流美「元を正せば凍弥が悪いわ。というわけで行くわ」
凍弥 「待たんかこら!」
来流美「うわ、自力で蘇った」
凍弥 「お前なぁ!なにいきなりミラクルパンチ完成させてんだよ殺す気か!?」
来流美「いい音だったわ……」
遠い目をして呟く来流美。
スパァン!
来流美「きゃあっ!?」
凍弥 「憶えてろ来流美!この借りはきっと返すぞ!陰湿なイジメで!」
来流美「暗ッ!」
凍弥 「やかましい!いくぞ由未絵!」
由未絵「わっ!は、走るから引っ張らないでよ倒れるよぅ!」
凍弥 「その時は引きずる!」
由未絵「えぇえっ!?」
来流美「ホホホホ!なにちんたら走ってるのかしら!?お先に!」
凍弥 「よし!担任をペンデュラムバックブリーカーで仕留めてこい!」
来流美「オーライ任せて!ってやるわけないでしょ!?」
凍弥 「期待してるぞ」
来流美「されてもやらないわよ!」
凍弥 「今ァ!」
ガッ!
来流美「へっ!?あわっ!きゃあっ!」
ドシャア!
ふははは!足を引っ掛けたら簡単に転びおったわ!
凍弥 「バランス感覚がまだまだなっとらんようだな来流美よ!
お前はそこで行灯の油でもすすってるがいいわー!」
来流美「どうしてそこで行灯の油が出てくるのよ!」
凍弥 「俺に訊かれてもなぁ」
来流美「どうしろってのよこの……!」
凍弥 「よし由未絵、馬鹿はほっといて行くぞ」
由未絵「だ、だめだよ凍弥くん。来流美ちゃんも記録があるんだよ?」
凍弥 「俺にもあるぞ」
由未絵「どうせならみんなで更新しようよ」
来流美「由未絵……あんたって子は……」
凍弥 「だめだ」
来流美「なっ……!普通ここでそうくる!?」
凍弥 「いや、一度くらい感動の場面に水を差してみたかったんだ。寛大な心で許せ」
来流美「……いつか刺されるわよ」
凍弥 「その前に堕とす」
来流美「堕とすってなんなのよ……」
凍弥 「意味の程度は想像に任せる。
そんじゃな、俺は先を急ぐ故!アーディオース!!」
来流美「あ、ちょっと!」
俺は来流美の雄叫びを完全に無視して逃走した。
【Side───霧波川来流美】
来流美「……もう!少しは幼馴染を労わる心はないの!?」
由未絵「それ、来流美ちゃんにも言えるけど」
来流美「……言うようになったわね由未絵」
由未絵「日々、これ鍛錬なり♪」
由未絵が力こぶを作る真似事をする。
その構えが彼女にあまりに似合わないので思わず笑った。
由未絵「あう。笑うなんてヒドイよ来流美ちゃん」
来流美「いいじゃない。笑ってもらえるのって案外幸せなものよ。
よ、っと……っ!いたっ!」
由未絵「来流美ちゃんっ!?」
来流美「うー……足挫いちゃったみたいね……。わたしとしたことが」
柿崎 「そこのおぜうさん。よろしかったら俺の強肩をお貸ししませうか?」
来流美「……どこの紳士よアンタ」
柿崎 「もちろん日本!経済大国日本!大和魂ィー!ファイッ!オウ!ファイッ!オウ!」
由未絵「………」
来流美「呆れられてるわよ」
柿崎 「あらら。漢として大和魂を大切にするのは当然のことなんだが。
まあいいや、肩に掴まるかい?」
来流美「やめとくわ」
柿崎 「そうか?まあいいけど。急がないと遅刻だぞ、人のこと言えんけど。んじゃな」
柿崎くんが走ってゆく。
それを見て触発されたのか、由未絵が先を促す。
由未絵「来流美ちゃん」
来流美「解ってるわよ。行くから急かさないの。……ツッ!!」
……あーあ、こりゃ完全に挫いたわね。
まったくあの馬鹿……!
いっつも人が女だってこと忘れるんだから……!
由未絵「う、うー。来流美ちゃん、掴まって」
来流美「由未絵?」
由未絵「わたし、来流美ちゃんが記録更新出来なくなるなんて嫌だもん」
来流美「由未絵……」
……良い娘よね、ホント。
それなのにどうして凍弥なんかを好きになったんだか……。
世の中絶対間違ってるわよね……。
なにもあんな究極鈍感馬鹿を好きになることないのに。
…………ヤツごときに渡すくらいなら、いっそわたしが……
由未絵「うー、うー、ご、ごめんね来流美ちゃん……わたし非力……」
来流美「………」
ああもうカワイイんだから……。
他人のためにばっかり一生懸命になるその姿を、わたしはいつも見てたわ……。
その控えめな全てがカワイくて仕方ない……。
ゆ、由未絵……ワイ、もう辛抱たまらんっ……!
来流美「……なんてね」
由未絵「?」
来流美「あーあ、思考の中とはいえ、なに馬鹿なことやってんだか。
これじゃまるで変態じゃない」
由未絵「ふぇえっ!?く、来流美ちゃん変態さんだったの!?」
ぼかっ!
由未絵「きゃうっ!」
来流美「アホゥなこと言ってないでキビキビ走りなさい」
ずるずる……。
顔は必死なんだけど、ちっとも進まずに足を引きずる。
由未絵「うー、うー…………来流美ちゃん」
来流美「なによ」
由未絵「えっと……」
来流美「だから、なによ」
由未絵「怒らない?」
来流美「由未絵相手に怒ってても仕方ないでしょ。さっさと言いなさい」
由未絵「太った?」
ぼがぁっ!
由未絵「きゃうぅっ!!」
来流美「女子郡のパンドラボックスとしてその名を轟かす質問をよくもヌケヌケと……!」
由未絵「お、怒ったー!やっぱり怒ったー!」
来流美「これは激昂してるの。『怒る』って字がどこにもないから安心でしょ?」
由未絵「安心する要素がどこにもないよぅ!」
来流美「……堕とすわ」
由未絵「堕とすってなにー!?」
こきゅり。
由未絵「はうっ───」
【Side───End】
───ぐわらぁっ。
教室のドアが開いた。
そこに来たるは来流美と由未絵。
こころなしか由未絵の首は微妙に変な方向を向いてる気が。
来流美「あー……馬鹿なことやって時間潰すもんじゃないわね……」
由未絵「首イタイ……わたし、堕とされた……」
凍弥 「なにやっとんのだお前は」
来流美「締めおとしただけだけよ。やっぱりチョークスリーパーは危険ね」
凍弥 「……由未絵に危険な技かけるなよな……」
来流美「じゃあ凍弥ならいいの?」
凍弥 「いいわけあるかっ!」
来流美「我が儘ねぇ」
俺か?
俺が悪いのか?
ガラァッ。
凍弥 「あ、センセ来たぞ。いいから座れ」
来流美「言われなくても座るわよ」
凍弥 「そう突っ掛かるなって」
真凪 「はい、みなさん席に着いてください」
由未絵「あれ?真凪先生だ」
凍弥 「そうだな。さかもっちゃんはどうなさったんだ」
真凪の姿が見えたと同時に教室内からはざわざわという喧噪。
それを見て真凪がにっこりと微笑む。
真凪 「お静かに。坂本先生は産休でお休みです。
代わりに私が担任を勤めさせてもらうことになりました」
その言葉の途端、女子から歓声が溢れる。
真凪は我が校きっての美形教師として有名だ。
彼を慕っている女子も少なくない……というか多い。
男子からも中々に気に入られていて、性格の穏やかさは実証済み。
裏の無い人として我が校始まって以来の完璧超人だ。
趣味は手品。
それと保健のセンセより治療が上手なことから『Dr.真凪』の称号を勝手につけられた。
里中 「せんせー!手品やってみてくださいー!」
増岡 「一回でいいですからー!」
真凪 「はい、構いませんよ」
生徒 『ウォーーーッ!!!』
生徒達が一斉に沸く。
俺と柿崎は微妙な顔でそれを眺めていた。
課題忘れて来たときの彼は脅威でしかなかった。
散々当てられた悲しみを忘れたわけじゃない。
真凪 「そうですね、では玉が出たり消えたりする手品を。
───はい、ここにひとつの小さな玉がありますね」
真凪が手首を捻ると、手の平にピンポン玉くらいの大きさの玉が現れた。
真凪 「……はい、この時点で私の手のひらの中には何もありませんね?」
わざと手の平を見せてそれがトリックでないことを教える。
しかし。
真凪 「ではいきましょう。この左手で摘んでいる玉を右手で弾きます。
いわゆるデコピンというやつですね」
真凪はデコピンの構えを取るとその玉を弾いた。
玉は少し宙を浮き、教卓の上に置いてあった筒の中に落ちる。
筒は模様があって中は見えなかった。
ていうか───あら?
弾いて落ちた筈の玉がまだ手に残ってる。
……落ちた、よな?
真凪 「どんどんいきましょう」
ピコン、ピコン、ピコン。
弾く度に玉は宙を浮き、教卓の上の筒に入ってゆく。
だが手元の玉は無くならない。
教室から感心するような声が漏れた。
そう、まるで玉から玉が出て落ちてるような錯覚。
いったいどういう手品なんだ?
真凪 「はい、ラストです。それでは何個出たか調べましょうか。
玉はこの筒の中に入りましたね?」
生徒が頷く。
真凪 「ところが、これを壊してみても───」
ばかぁっ。
真凪 「玉はひとつも無いのでした」
ざわっ……!!
教室内がどよめく。
……すげぇ、こりゃ勝てん。
トリックもなにも全然解らなかった。
真凪 「さあ、ホームルームを始めましょうか」
クラスメイツがざわついている中、真凪がさっさと出席をとってゆく。
そして終わったら終わったで、
迷惑にならないように騒ぐようにとか、教師らしからぬことを言って去っていった。
その様子を見送ってから柿崎がズシャアと俺の席まで滑り込んできて語る。
柿崎 「……あんなに話の解る人だったのか?」
凍弥 「俺も驚きだ」
来流美「それよりホラ、今日一時限目って渡辺だったでしょ?
来るの早いから用意しなさいよ」
凍弥 「真凪が出ていったのが今なのにそんなに早く来るわけが」
ぐわらぁっ。
渡辺 「授業始めるぞー、席着けー」
って来てるよ!
えーと教科書教科書……!
よしこれだ。
ふう、さあいつでも開始するがいい渡辺!
……なんて、顔を教卓に向けた時だった。
由未絵「………」
由未絵が机に突っ伏していた。
その肩のゆったりとした動きからして、どうやら熟睡らしい。
もしかして出席とってたときも寝てたのか?
だからなんとなくくぐもった声だったのか
寝ながら返事をするなど……いや、由未絵ならあり得るな。
しかし……
凍弥 「なにやってんだ周りの奴ら……!起こしてやればいいじゃないか……!」
勉強出来るからって嫉妬か?
まったく腹の立つ奴らだ……。
凍弥 「悪く思うなよ由未絵……。よっ!」
大き目に千切ったケシゴムを由未絵に向かって投げた。
それが後頭部にぶつかり、由未絵がゆっくりと体を起こす。
由未絵「……うや?」
…………起きてないな。
ならもう一発!
───ボコッ!
由未絵「きゃうっ!」
渡辺 「ん?どうかしたか支左見谷」
由未絵「え?あ、わわっ、な、なんでもないですっ」
……ふう。
慌てて教科書を取り出す由未絵を見て安堵の溜め息を吐く。
いつになっても世話がかかるな、まったく。
投擲用のケシゴムを仕舞い、俺もシャーペンを構えた。
やがて授業が始まる。
凍弥 「………む」
………………うーお……由未絵を起こしておいてアレだが、なんか眠いぞ……。
凍弥 「……あ、あとを、た、たのんだ……」
柿崎 「ど、独眼鉄ーーーっ!!」
渡辺 「柿崎、廊下に立ってなさい」
柿崎 「ゲェエエーーーーーーーッ!!!!」
───…………ぐう。
───……。
……。
───……つんつん。
凍弥 「んう……?」
……つんつん。
凍弥 「ぬおお……誰ぞ……我の眠りを妨げるのは……」
声 「凍弥くん、お昼だよ」
凍弥 「───……なにぃ!?」
がばぁっ!
凍弥 「………………オウ」
時計を見れば見事に昼時。
机の横に立っていた由未絵がにっこりと笑う中、俺は自分の眠気に畏怖した。
由未絵「凍弥くん、ありがとね。一時限目のとき、起こしてくれたよね」
凍弥 「世話やかすなよ。勉学はお前の専売特許だろ?」
由未絵「専売特許なんかじゃないよ」
凍弥 「お前が授業で眠ってたらテストの時に困るだろ」
由未絵「テスト範囲教えてくれない時もあるからあまり意味ないと思うよ?」
凍弥 「いいんだよ。なんだかんだいって俺に勉強なんか似合わん」
由未絵「うー……」
来流美「ああ、起きたのね。お昼どうするの?」
鷹志 「学食行ってみたがもう無理だな。今日に限って学食メンが大勢だ」
柿崎 「コンビニでパンを買ってきたぞ。欲しいヤツは俺に金をよこせ」
来流美と鷹志と柿崎が会話に参戦した。
立たされていたようだが、どうにかなったらしい。
鷹志 「あ、俺ツナマヨパンくれ。ほい120円」
柿崎 「お初」
鷹志 「……なんだよお初って」
柿崎 「毎度じゃないのに毎度って言うのは変だろ?」
鷹志 「なるほど」
来流美「じゃあわたしはクロワッサンね」
柿崎 「120円」
チャリン。
来流美が無言で金を渡してパンを手に取る。
来流美「焼きたてのクロワッサンて憧れだわ……」
柿崎 「コンビニで売ってたら奇跡だろ」
来流美「そうよね……」
由未絵「凍弥くんは?」
凍弥 「俺は───由未絵をいただく」
来流美「ブッ!」
凍弥 「ぐおっ!?」
来流美がさっさとかじっていたクロワッサンを毒霧ヨロシクの勢いで噴出す。
それが見事、俺に命中。
来流美「ゲホッ!ゴホッ!な、なんてこと言い出すのよ!」
凍弥 「ベンハーーッ!!」
コッパァンッ!!!(スリッパ音)
来流美「はぶぅいっ!!」
凍弥 「っかぁ〜……なにすんじゃい汚いな!」
来流美「はたたたた……ってそうじゃない!あ、あんたねぇ!
由未絵を食べるって……!な、なななに考えてるのよ!」
凍弥 「誰が食べるって言った!いただくって言ったんだ!
お前こそ何想像してるんだよ!」
来流美「そりゃ……ねぇ?」
鷹志 「オウ?」
柿崎 「なんぞね」
来流美「………」
凍弥 「?」
由未絵「………」
来流美と由未絵は顔を真っ赤にしながら俯いていた。
男衆である俺達はなにがなんだか解らず『?顔』をした。
凍弥 「由未絵?」
由未絵「ひゃんっ!」
伸ばした手から逃げるように小さく離れる真っ赤な顔したユミエサン。
凍弥 「ひゃんってなんだよ」
由未絵「あう、あうあう……」
凍弥 「柿崎、この状況ってなんなんだ?」
柿崎 「ひゃんっ!」
スパァン!
柿崎 「ぐほぉっ!」
凍弥 「気色悪い声出すな」
柿崎 「ちょっとしたジョークだろが!」
鷹志 「それ以前に支左見谷をいただくって、何するつもりだったんだ?」
凍弥 「材料を手に入れて料理を作ろうとしただけだが」
鷹志 「昼の時間中に出来るわけないだろうが!」
凍弥 「なにぃ!?茄子は生るんだぞ!?」
鷹志 「それ言うなら為せば為るだ!」
凍弥 「洗っても食えないような言葉など嫌いだ」
柿崎 「な、ナスって言葉なのかぁ……?」
知らん。
凍弥 「まあいいや、寝てたおかげで腹減ってないし。このまま寝て過ごす」
来流美「別の意味で経済的ね」
由未絵「うー、うー」
来流美「いつまでも赤くなってるんじゃないの。ホラ、何か買いなさい」
由未絵「……ハムサンド」
柿崎 「ほい、120円」
来流美「120円ばっかりね」
柿崎 「まあコンビニなんてそんなもんだよ」
由未絵「……あれ?お財布……あうぅ忘れちゃった……」
来流美「……どうしてそういうところでぬけてるのよあんたって……」
由未絵「ふぇえ、わざとじゃないんだよぅ〜……」
凍弥 「…………ん」
チャリン。
困惑している由未絵の手を取って、その手に金を置いてやる。
由未絵「ふぇ……?凍弥くん……?」
由未絵は不思議そうな顔をして、俺と金を交互に見た。
凍弥 「さっさと買って食え。俺は寝る」
由未絵「凍弥くん……」
柿崎 「買うの?買わんの?」
由未絵「あ、えっと……はい」
柿崎 「ほいお初」
鷹志 「挨拶みたいでなんか変だぞやっぱり」
柿崎 「じゃあ嘘でも毎度と言えと?大体、毎度も挨拶みたいなものだろ」
鷹志 「ん〜……否定出来ないな」
来流美「………」
凍弥 「………ぐー」
鷹志 「……寝るの早いなオイ」
柿崎 「寝たフリじゃないのか?」
鷹志 「うりゃっ」
ドスッ。
凍弥 「……うー、うー……」
鷹志 「寝てるな。脇腹への貫手にうなされてる」
柿崎 「レム睡眠完全に無視してないか?」
鷹志 「話がずれてると思うが、言いたいことはなんとなく解る」
柿崎 「………」
鷹志 「……そこで霧波川よ。訊きたいことがあるんだが」
来流美「なに?」
鷹志 「こいつってさ、支左見谷が相手だと随分優しくないか?」
来流美「やっぱりそう思う?
まあわたし達にするようなことをすることもあるんだけどね。
由未絵ってさ、昔ここに引っ越してきたのよ。それで初めて会ったのが凍弥。
ちっこい頃に凍弥のことを好きになったらしいんだけどね……。
告白する勇気もなければ度胸も根性も腹筋もないのよ」
柿崎 「腹筋は恋心と無関係だと思うが」
由未絵「なに話してるの?」
来流美「オホホホホ、なんでもないのよ由未絵。あなたは凍弥を見張ってなさい」
由未絵「……?うん……」
来流美「……ふう」
柿崎 「支左見谷が凍弥のこと好きってのは見てて痒いほどに解ってたけどさ。
霧波川から見ての凍弥の気持ちはどうなんだ?」
来流美「気づいてないだけなんじゃないかしら。
これじゃあもし奇跡的に由未絵が告白したって冗談として受け取られちゃうわ」
鷹志 「それはよろしくないな。あそこまで一途な女も珍しい」
来流美「ボケ者なだけよ。子供の頃にやさしくされたからって、
小鳥のように摺り込み入っちゃっただけでしょ」
柿崎 「容赦無い言い方ですな」
来流美「でも、好きなことに変わりはないのよね。
昔っからのつきあいだからいい加減わたしはうんざりなんだけど」
鷹志 「……昔っからあんな状態が続いてるのか?」
柿崎 「普通気づくだろ……」
来流美「凍弥ってそういうことには究極に鈍感だからね。
わたしも凍弥以外でここまで愚鈍な人なんて、漫画でも見たことないわよ」
柿崎 「頭の中まで屁理屈でいっぱいだから思考回路も皮肉以外に働かないんだろ」
鷹志 「お前も中々に容赦無いぞ」
柿崎 「当然の言葉だと思うが」
来流美「わたしが感じた感覚では、凍弥は由未絵を妹みたいに思ってるんだと思うわ。
今までの行動とか言動とか清算するとそこにいきつくの」
柿崎 「妹ねぇ」
鷹志 「確かにボケ〜っとしてるけど凍弥よりはしっかりしてるよな」
柿崎 「……あれで兄のつもりなのか」
鷹志 「器を知るべきだな」
柿崎 「百年速いわ」
来流美「友達にここまで言われる人も珍しいわね」
鷹志 「半分は冗談と勢いだけど」
柿崎 「俺は本気だが」
鷹志 「気持ちは解る」
来流美「ま、いいわ。所詮凍弥が気づくのなんて、それこそ奇跡なんだから。
パン食べちゃいましょ」
鷹志 「それもそうだな」
柿崎 「んじゃあ俺は……うおっ、しまった俺の分が無い」
来流美「馬鹿」
柿崎 「うう……そんなハッキリ言わなくても……」
鷹志 「パンで飲み物が無いのも問題だな。そこのところを考えて買ってきてくれよ柿崎」
柿崎 「俺の所為なのか。いいや、俺も寝よう」
鷹志 「そうか。せいぜい見つからんようにな」
柿崎 「ひとりだけ良い子ぶりやがって……」
鷹志 「ぶっとらんぶっとらん」
柿崎 「俺と凍弥とで義兄弟の誓いをした仲じゃないか」
鷹志 「誓っとらん誓っとらん」
柿崎 「……もういい、寝る」
来流美「ふう、ごちそうさま」
鷹志 「速いな。俺もさっさと食って準備でもするか」
来流美「それじゃあ」
キーンコーン……
来流美「うん、解散ね」
柿崎 「おやすみ」
鷹志 「ああおやすみ」
来流美「由未絵、席に戻るわよ」
由未絵「……うや?」
来流美「立ったまま寝ないの。ほら早く」
由未絵「うー……」
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