───夢見た未来、望まぬ未来───
───それは、秋の頃。
寒くなってゆく時節の中、わたしが境内の掃除をしていた時のこと。
きっかけというものは特に何をしているわけでもなく訪れるようで、
わたしはそのきっかけに呆れもしたし喜びもした。
夜華 「………」
竹箒が揺れる。
ざ、ざ、と鳴る竹の枝の連なりに耳を傾けながら、黙々と落ち葉と砂を掃除する。
夜華 「ふう……」
段落を得たわたしは竹箒を片手に一息をついた。
と、その時を見計らったように悠介殿がわたしを呼ぶ。
欄干に両肘を載せるような状態で、小さく手招きをしていた。
夜華 「なんでしょう、悠介殿」
声と、その目からして真面目な話だということは理解できていた。
わたしは小走りに悠介殿が居る社の方へ赴いた。
悠介 「ちょっとばかし蔵の整理と掃除をしていたんだけどな……。
出るわ出るわの過去記録。楓巫女の書記や嗄葉の書記やら……お前の書記まで」
夜華 「はっ───!?わ、わたしのっ!?」
辿り着くなりの言葉に、わたしは心底驚いた。
確かにわたしは細々とその週の出来事を書記に残してはいたが……
まさかこの時代にそれが残っているなど……。
悠介 「捨てるつもりはないけどさ、嫌だろ?誰かにこういうのを見られるの」
夜華 「は、はい……お気遣い、有難うございます……」
悠介殿が手渡す古びた書記を手にして、わたしはそれを開いてみた。
そこに書かれているものは……
楓さまへの忠誠をしたためたものや、己が生きる道を書いたもの。
そして、わたしが病に倒れる前に───
母であり恩師でもある『八房紅葉』に宛てたものまでがあった。
悠介 「それからな……これは俺の推測なんだが。
篠瀬、お前が生前に扱っていた刀には名前があったか?」
夜華 「え……あ、はい……ありましたが……」
悠介 「それは『炎紅諡』で合ってるか?」
夜華 「───……なぜ、それを……?」
驚きだ。
あの刀の名は母、紅葉かわたしくらいしか知らない筈なのに。
いや……嗄葉にも教えた記憶はあるけれど……
悠介 「悪いとは思ったんだけどな……嗄葉の書記を見させてもらった。
そこに書いてあった。お前の刀……炎紅諡のこと」
夜華 「そう……ですか。その書記はどこに?わたしも目を通してみたいです」
悠介 「ああ、それがいい。……これだ」
悠介殿が別の古びた書記を手渡してくれる。
随分と埃を被っていたようで、それを掃った跡が目に見て解る。
悠介 「お前の刀は……『紅葉刀閃流』の跡継ぎが持っていってしまったそうだ」
夜華 「!?」
その言葉に、書記を開く前に……わたしの手が止まった。
炎紅諡は『紅葉刀閃流』の皆伝の証でもある。
『後継はひとりしか取るつもりはない』という母上の言葉がわたしの中に流れ……
わたしは耳を疑った。
跡継ぎが持って行った。
ということは……母上は、わたし以外に継承者を取ったということ。
それは即ち、わたしは本当に『破門されていた』ということに……
夜華 「………」
腰にある刀を持つ。
炎紅諡ではない、楓さまが精製してくださった無銘の刀。
感謝の気持ちはあれど……わたしの手には馴染まない刀。
炎紅諡を母上に託された時、わたしは誇り高さでいっぱいだった。
精進なさいと頭を撫でてくれた母上が愛しかった。
だが……───母上。
わたしはあなたの想いには応えられなかったのでしょうか。
わたしはあなたに拾われたことを、今では心から誇りに思っています。
しかし……わたしでは、あなたの後継にはなれなかったのですか……?
夜華 「………」
黙って書記に目を通した。
そこには確かな文字で、
『お姉さまの炎紅諡が紅葉刀閃流の跡継ぎの方に持ち去られた』
と……書かれていた。
名を……八房士柳()。
八房の正当な血筋らしかった。
つまり……母上の実子。
それを見てわたしは……悔しかったけど、なるほどと納得してしまった。
母上とて女性だ。
誰かを愛し、子を授かれば……その子に自分の全てを教えたいと思うだろう。
前までのわたしならば否定したのだろうが、わたしも……人を愛してしまったのだから。
母上の気持ちが解ってしまった。
夜華 (いや、違うか)
わたしのは愛じゃない。
好きだが、愛には発展していない……筈だ、うん。
だ、だいたい人の気持ちなど考えずにさっさと帰ってしまうような男を、何故わたしが……
夜華 (いや、そうじゃない)
落ち着こう。
そもそもわたしはあんな男のことを考えていたわけじゃない筈だ。
母上だ。
母上のことを考えていたんだ。
夜華 (母上……)
母上……八房紅葉。
強く、いつでも表情を崩すことのない素晴らしい方だった。
ああいう人のことを凛々しい人というのだろう。
刀の腕も、わたしが知る限りで最高。
鮠鷹といえど、母上には敵うまい。
夜華 (鮠鷹か……)
そういえば過去に一度軽い手合わせをしただけで、あいつとは打ち合いをしていない。
軽い手合わせだけで、あいつの腕が解ってしまったからだ。
負ける、とは思っていないが、無闇矢鱈と力を振るうなと母上に言われた。
わたしはそれを守ったつもりだったし、それこそ無闇な争いは好まなかった。
夜華 (だというのにな……)
あの時からだ。
すべてが崩れたのは。
神降ろしの儀式、楓さまが舞を捧げていると舞い降りてきた光。
それが、そもそもの元凶だった。
降りてきた光からは人が現れ、眩い光を放ちながら顔から祭壇に落下して動かなくなった。
楓さまはその人物を見て随分驚いていたが……
正直、わたしはその存在が怪しくて仕方が無かった。
しゃんっ、しゃんっ、しゃんっ……
人々が見守る中、その中央の祭壇で楓さまが舞っていた。
なんと美しい舞だろう、と思いながらも……見惚れる自分を払拭しながら。
その頃のわたしは……ああ、殺気立っていたな。
原因はこの村の過去にある。
神降ろしの儀式で降りたという神の子を狙って現れた男によって、
過去……この村は消滅した。
それを怖れてか、『神降ろしの儀式を行うのはよそう』と言う存在も少なくなかった。
もちろんそういう輩が強硬手段に出るとするのなら、それを止めるのはわたしの勤め。
だからわたしは気を抜くわけにはいかなかった。
村人1「巫女さま……なんと美しい……」
村人2「知ってるか?楓さんは、なんでも過去に舞い降りた神の子に似ているんだと」
村人3「そうなのか?あ……言われてみれば、『楓巫女』と楓、巫女。
っはは、確かに名前は似てはいるが」
村人2「ばかたれっ、そういう意味ではなくてだなぁっ」
しゃんっ、しゃんっ、しゃんっ……
楓さまが舞うたび、その服に取り付けられている鈴が鳴る。
その音を聞きながら、村人たちはその舞をじっと見つめている。
夜華 (……殺気は感じられない。だが、油断は出来ないな……)
わたしはいつでも制止することが出来るよう、炎紅諡に手を掛けながら待機していた。
と───その時!
夜華 (───っ!)
楓さま目掛けて、何かが投擲された。
瞬時に村人がざわめく。
だが楓さまは安心しきったかのように舞に集中するだけだ。
夜華 (……ありがたき幸せ。───飛燕龍-刀閃-!!)
くんっ、と鍔を持ち上げたその軽い反動とともに一気に炎紅諡を抜く。
その抜刀がそのまま刀圧となり、風を裂いて投擲物を破壊した。
村人 『ほっ……ほぉおおお……!!』
ちん、と刀を納めるわたしを見て、村人たちが息を漏らす。
その後ろの方で村人数人に押さえ困れている村人が居た。
村人1「やんややんやー!嬢ちゃん!若いのにすげーぞーっ!」
村人2「よっ!男勝りっ!」
村人が好き勝手なことを言う中、わたしは静かに楓さまの舞を眺めた。
夜華 (馬鹿者どもめ……五月蝿くしてしまったら楓さまが集中できないだろう……)
ただでさえこの舞は長い。
普通の人ならば、とっくに疲弊しきって倒れているだろう。
夜華 (貴様らはいいな。ただそうやって、見ているだけでいいのだから)
純粋にそう思った。
すると……
楓 「………」
楓さまが何も言わず、舞いながらわたしを見て微笑んだ。
『わたしは大丈夫だから、村の人をそんな目で見てはいけませんよ』と。
その目が言っていた。
夜華 (………)
敵わない。
楓さまはわたしの考えなどお見通しなのだ。
そのうえで、深い慈愛で包んでくれる。
……歳は、わたしとそう変わらないというのにだ。
夜華 (だが……だからこそ誓った)
この刀に賭けて。
わたしは楓さまを守り抜く、と。
───……。
舞を始めて、随分と経った頃。
その場に深い光の渦が舞い始めた。
村人1「おっ……おぉお!?な、なんだあれはっ……!!」
村人2「光だっ……!光の渦だぁっ!!」
村人3「もしや、本当に神の子がっ……!?」
夜華 (…………!!)
思わず立ち上がった。
なんとも神秘的な光景だったから。
知らず、わたしの目はその光に意識を奪われた。
───その時だ。
村人Z「だぁあああっ!!!」
村人のひとりが祭壇へと駆け上り、木刀を振りかざした。
……楓さまに向かって!!
夜華 「っ!!かっ───楓さまぁっ!!」
なんという怠惰───!!
光に意識を奪われ、楓さまの守衛を疎かにするとは!!
夜華 「間に合え!飛燕龍───」
声 「フェイスフラァアアアアッシュッ!!!!!」
ギシャアアアア!!
夜華 「くあっ……!?」
突然だった。
その声とともに、眩い光がその場に溢れた。
楓さまに襲い掛かろうとしていた村人は正面からその光に当てられ、
反射的に体を折って目を庇った。
村人 『うわっ!うわぁあああああああっ!!!!』
村人が騒ぐ中、
わたしは目を庇いながらも木刀を持った村人の延髄を鞘で打ち、気絶させる。
……助かった。
そう思うのも束の間、『ぐしゃっ!』という音とともに『ギャア!』という声。
夜華 「……?」
見れば、光の中から現れたらしい男が……祭壇の中央で顔面を強打していた。
男 「フフフ、ド、ドジこいちまったぜ……」
…………。
夜華 (これが……神の子?)
見るからに馬鹿そうな男がそこに居た。
楓さまはなんとも信じられないものを見たような顔をしたのち、その男に抱きついていた。
その光景を見ると、もしや本当に神の子なのかとも思ったりもしたが……
内心、わたしは落胆していたのであった。
───思えば、あれが彰衛門との出会い。
『弓彰衛門』という存在のことは時折に楓さまの口から聞いていた。
『ずっと昔、お世話になったのです』と語る楓さまは、なんとも嬉しそうで。
わたしと話している時にはまず見せない表情を、その時だけはしていた。
……軽い嫉妬。
神降ろしの巫女に選ばれてからは、気を張ってばかりいた楓さま……
しかし、その笑顔を齎せたのは彰衛門であってわたしではない。
その思いが随分とわたしの心中を混濁させた。
夜華 (しかし……)
しかし。
その混濁も、その人物がどれほど素晴らしい男なのかという考えに変わっていた。
楓さまが信頼する……それも、これほどまでの笑顔を見せていた人物。
よほど徳の高い存在に違いない、と……馬鹿なことを考えていたものだ。
まさか祭壇に顔から落ちたあの存在が彰衛門だとも知らず、
起き出した『彰衛門』にひどく落胆した。
だから試した。
偉そうなことを言うのは、それなりの自信があるからだろう、と。
しかし……結果は散々だ。
彰衛門はいとも簡単に手首を斬られ、騒ぎ出した。
……訳が解らなかった。
楓さまは何故このような男に信頼を置いているのか。
夜華 (……だが、今なら解る)
あの男は本当に不思議だ。
どのような難しいことでも解決してしまい、
それが重苦しい結果を齎そうとも笑い飛ばしてしまう。
あいつの傍に居る限り、笑みはそうそう絶えることがないのだろう。
だから……あいつの傍には『日常』がある。
あいつ自身が日常だと感じられる。
あいつの傍は楽しいから。
だから傍に居たいと願える。
純粋な子供から見れば、その日常はとても居心地のいい場所なんだろう。
そのためか、あいつは子供には好かれ……少なからず曲がってゆく大人には好かれない。
夜華 (……そういえば、鮠鷹の父が言っていたな)
『弱さを知らない人間は強くなれない』。
その言葉は頷けるものがあったし、確かな力を持っている。
事実、彰衛門は弱さを知りながらも強さを知っている。
自己犠牲の感が強いが、死にたいとは思わない。
自分の弱さを知るということは大事なもので、わたしはそれを彰衛門に教えられた。
負け知らずの存在が『負けた時の気持ち』を知らないように、
弱さを知らない存在は『弱い存在の気持ち』が解らない。
だから人には少なからずの弱さが必要だ。
夜華 (そう……)
誇りだけしか残されずに捨てられたわたしが、母上に出会えたように。
母上はわたしの支えであった誇りを打ち砕いたが、
代わりに『家族』というものを教えてくれた。
それはわたしにとって掛け替えようのないもので、今では取り戻せない儚きぬくもり。
だが……今。
そのぬくもりが取り戻せるのかもしれない。
夜華 (紅葉刀閃流、皆伝の証……炎紅諡)
これを取り戻せれば……わたしはまた、誇りをもって生きていけるのでは……
夜華 「悠介殿っ!」
悠介 「おわっ!?な、なんだよいきなり……」
夜華 「お訊きしたいことがあります!
この時代に『紅葉刀閃流』は存在いたしますか!?」
悠介 「……ほんとにいきなりだな。って、それを確認してどうする気だ?」
夜華 「……炎紅諡を……取り戻します!」
悠介 「………」
悠介殿が困ったように頭を掻く。
わたしは気持ちを抑えきれず、悠介殿に詰め寄った。
夜華 「悠介殿っ!!あれは───わたしが母、紅葉から譲り受けた大切な刀です!!
たとえっ……たとえ母上の子に持っていかれたとしても!
あの刀はわたしと母上との大切な絆なのです!!
確かに母上はわたしに破門を言い渡しました……!
ですが……!!その母上はわたしに炎紅諡を持たせたまま追い出した……!
その意味が!あの刀にはあるのです!!」
悠介 「ちょっ……篠瀬、落ち着け……」
夜華 「悠介殿!どうか、知っているのであれば教えてください!」
悠介 「……まいったな……」
悠介殿は言葉通りにまいっているようだった。
責任ある者として、
刀を奪い返しにいくというわたしを向かわせるのは確かに嫌なのだろう。
今の時代の者からしてみれば、確かにその刀は先祖から継がれてきたものなのだから。
だが……引けない。
わたしはあの刀が母上の最後のやさしさなのだと感じている。
だから……たとえ時とともに錆付いてしまっていたとしても、
それは刀として意味があるのではなく、意思として意味がある。
わたしは……いつでも母上からそういうものを与えられてきたのだから。
悠介 「話は終わりだ。……俺は寝る」
夜華 「っ!?ゆ、悠介殿……!」
悠介 「あ〜ぁ、眠い眠いっと……。眠いから蔵の掃除はあとでやるかぁ。
確か津賀とかいう場所の地図もあった気がしたけど、
それももう使わないだろうから誰かに持ち去られても構わんなぁ」
夜華 「……悠介殿……」
悠介殿は大きく伸びをすると、そのまま母屋の方へ歩いていってしまった。
夜華 「津賀()……津賀か」
わたしはその後ろ姿に小さく頭を下げると、迷うことなく蔵へと駆けた。
───……。
夜華 「津賀……津賀……───っ!これかっ!?」
蔵の中にある古い地図のようなもの。
今はどうかは知らないが、それには月詠街からその周辺までのことが細かく記されていた。
その中に確かにあった文字……『紅葉刀閃流道場』。
夜華 「これだっ!よし───あ……いや、待て」
正直、今のわたしにこの世界の道を歩けというのは辛いことだが……
いや!迷ってはいられない!
夜華 「ぐっ……いや……落ち着け」
鮠鷹に頼む、というのはどうだろう。
近日、仕事ばかりで体が怠けていると言っていた。
道場破りをするわけではないが、ちょっとした刺激にはなるかもしれない。
……そうだ、大体今の鮠鷹は怠けている。
今の時代の仕事がどんなものかは知らないが、
長い間、座ったままというのは体によくないのではないか?
夜華 「……よし」
あとは楓さまに許可を得て、鮠鷹を連れ出そう。
それにはまず、『かんぱに』に行かなければ……
夜華 「あまり下には降りたくないのだがな……」
この神社はあまりに居心地がいい。
空気がいいのも確かだが、ここは数百年前とそう変わらない。
大樹があり、社があり……自然がそのまま残っている。
時折山を登って参拝に来る者も居て、『いい景色ですね』と挨拶をされるのも嬉しい。
見渡す景色は変わってしまったが、ここは変わらない。
それが嬉しかった。
夜華 「……感謝する」
変わらずに残してくれた嗄葉や、その子孫に礼を言う。
もちろん口にしてみただけだ、届く筈もない。
夜華 「……行くか」
気は進まなかったが、わたしはゆっくりと石段を降りてゆくのだった。
楓さまに頂いた、無銘の刀を腰にして。
───……。
夜華 「………」
神社から下の世界にはやはり、いつまで経っても馴れやしない。
『くるま』は邪魔だし、なにより空気が汚い。
過去、あれほどあった緑は失せて、
代わりに石や木で象られた粗末な遮蔽物ばかりが点在している。
夜華 (わたしたち……過去の者達は、こんな未来を望んで生きてきたのだろうか……)
解らない。
今の時代にどんな志を持てるだろう。
道をゆく者達は、この時代にどのような意思を持って立っているのだろう。
夜華 (わたしから見ればこんな時代、歩き辛いだけの世界だ)
意思としてでなく、法則ばかりに囚われた時代。
歩き方にすら法則があり、
『しんごう』や『おうだんほどう』といったものを通らなければならない。
馬には悪いが……こんな嫌な匂いを吐き出す硬い乗り物よりも、馬車の方がいいと思う。
いつかこんな臭いが世界を埋め尽くすとするなら、きっとわたしは耐えられない。
夜華 (確かに昔の頃にも法則はあるが……)
ここまで不自由することはなかった筈だ。
上下関係に厳しい時代だったが、その関係を誇りに思える人も居た。
だが……この時代はどうだ。
誇りよりも効率がどうのと。
誇りが金銭に変わるというのなら、あっさりと売り払ってしまう。
夜華 (過去の者達は……本当に……)
───こんな時代を望んで生き繋いできたのだろうか……。
夜華 (………)
トンッ。
夜華 「あ……」
男1 「おいおいどこに目ェつけてんだよねぇちゃんよぉ」
迂闊だ。
考え事をしていて前を見ていなかった。
夜華 「すまない……考え事をしていた」
男2 「へ〜ぇ?おいおい、こいつ巫女服なんか着てるぜ?かわいいの」
男1 「おぉっほぉマジだぜ!なになに!?何処行くの!?一緒に行ってやろうかぁ?」
……なんなんだこいつらは。
わたしが何処に行くのかなんてこと、お前らには関係ないだろう……。
夜華 「先を急ぐんだ、通してくれ」
男1 「うぅわカッコイイ〜♪『先を急ぐんだ、通してくれ』だってよぉ〜!
なにキミ!昔の人!?」
……だったらどうだというのだ。
それこそ貴様らには関係ないだろう……。
男2 「どうせ大して用じゃないんだろぉ?それよかさ、俺達とイイことしようぜ?」
夜華 「急いでいる、と言った。道草を食う趣味はない」
男1 「つれないじゃない〜!カタイこと言ってんじゃねぇよぉ〜!」
夜華 「……道を空けてくれ」
男2 「ヤらせてくれたら通してあげる♪ははっ、なぁ〜んて!」
男1 「うっわぁ〜、エロだなお前!」
男2 「だってよ、巫女服だぜ?今時見ねぇよ!どーせコミケとかの売り子だろ?」
男1 「あ、なぁ〜る♪だから言葉遣いもなりきってるってわけね!」
夜華 「………」
……反吐が出る。
男というのはいつの時代も変わらない。
元より本気でぶつかる気がないのだ。
……そう、怒り、人に暴力を振るう時以外は。
わたしはたまたま鮠鷹や悠介殿、そして……彰衛門に出会えただけのこと。
わたしの知り合いの男連中はこんな締まりのない顔をしたりはしない。
身だしなみも、こんなにだらしなくはない。
夜華 「お前……」
男2 「えっ?なにっ?ヤらせてくれるのっ?ぎゃははははは!!」
夜華 「……身だしなみはきちんとしろ。なんだ、その中途半端に下げた着衣は」
男1 「ダァッセェ!怒られてやんの!」
男2 「なに、知らないのキミ。これが普通だぜ?
あっちゃ〜、ほんとになりきっちゃって。それともなに?遅れてる?」
男は腰より少し下くらいに履いているものを叩き、笑っている。
男1 「ならぬ、きっと昔の人だから流行を知らないって思い込まなきゃいけないのだ」
男2 「ブッハハハハハ!!!なんだそりゃ!!ぎゃははははは!!
に、似てねぇ〜〜〜!!誰の真似だよそりゃ!!」
……呆れてものも言えない。
わたしは男たちを無視して歩き始める。
そうすれば避けて通るだろうと思ったからだ。
だが……男達は避けようともしない。
男1 「あっれぇ〜?怒っちゃったぁ?」
男2 「そんな顔してないで笑ってよぉ〜?ニィッって!
それにさぁ、流行って言っても、
昔からずっと変わってねぇものだってあるんだしさぁ」
男1 「は?あんだよそれ」
男2 「……エッチの仕方」
男1 「ブッ───ぶはははははは!!!真顔で言ってんじゃねぇよダッセェエ〜!!」
……苛々する。
だが相手にするまでもないほどに汚らしい。
夜華 「……流行、とはなんだ」
男1 「───へ?」
男2 「はぁ?いや……マジで言ってる?日本語解る?」
夜華 「……なら訊く。貴様らが日本の何を知っている」
男1 「そりゃいろいろだよ。教えてもらいたい?手ほどきなら任せろよぉ!
立派な子供産ませてあげるからっ!ぷふっ!なぁ〜んてな!」
夜華 「器が知れる……子の産み方に日本も国外もあるものか」
男1 「あ……」
男2 「お前ってほんと馬鹿なぁ〜……。こういう時は歴史に強くないとダメだぜぇ?」
夜華 「もういい、通してくれ。わたしは貴様らと話すことなどなにもない」
男2 「俺達はあるの。な?一発だけでいいんだよぉ〜!金払うしさぁ、ね?」
夜華 「……つくづく愚かしい……!
いいか、金銭というものは汗水流して働いて、初めて貰えるものだ。それを……」
男2 「だからぁ、汗水なら流すじゃん。俺と」
男1 「お前、最低な。ぎゃははははは!!」
男2 「ハッキリ言って俺は寝たい。ぎゃはははは!!」
……何故……こんな苛立ちを覚えなければならないのだ。
肩がぶつかったならば、しつこく食い下がるのが……今の日本の法則か?
『流行』というものが時を先んじる物事だというならば、
皆がそれに習うのが今の日本か……?
ならば……そんな未来のために血を流したものは、果たして浮かばれるのだろうか……。
わたしたち過去の者は……こんな若者の未来を夢見て散っていったのか……?
男2 「あ……あぁっれぇ?泣いてる?泣いちゃってる?」
男1 「おい、やべぇよ人が来るぞ……!ヤるんならもう運んじまえ!」
男2 「いいねっ!そういう話の早いの好きよ俺っ!」
男が手を伸ばす。
わたしはそれに合わせるように身を捻り、刀を鞘ごと振っていた。
ガコォッ!!
男2 「ぎうっ!?」
……どうっ……。
男は情け無い声を出して、無様に倒れた。
男1 「な、なんだぁ!?おいなにやってんだよ、ほんとダッサイのなお前……。
とっとと起きろよ……」
夜華 「無駄だ。気絶している」
男1 「あ?なに言っちゃってんの?ンな飾り道具で気絶なんて……」
夜華 「飾りかどうか……試してみるか」
鞘を構える。
抜きはしない。
男1 「へっ、面白れぇじゃん。正当防衛ってやつだな。
あ、間違えて胸触ったらごめんねぇ〜?ぎゃっははははは!!
ついでに服とか脱がしちゃうかも!」
夜華 「……下郎が」
加減は無い。
彰衛門に叩き込むが如く、振り被る鞘が軌跡のみを残し───
夜華 「飛燕龍───」
パガァンッ!!
男1 「ぐえっ!?」
……どさっ。
夜華 「……-凪-」
男は、倒れた。
夜華 「………」
一撃で気絶させたから、目覚めた時にはそう痛まないと思う。
……甘いな、わたしも。
だが、人それぞれには人それぞれなりの生き方がある。
こいつらの生き方がただ絡んでくるだけの生き方だとしても、それは確かな生き方だ。
それを一言で『間違っている』とは言わない。
そして……それが『今』の若者の生き方だというのなら……
きっと、鮠鷹や悠介殿や彰衛門の生き方が特別なのだろう。
夜華 「わたしは周囲の人に恵まれた。だが……お前らはそういう人に恵まれなかった。
きっと……それだけなのだろうな……」
彰衛門が言っていたことがあった。
『流行』というものは大衆のためにあるもので、個人にはきっと意味のないものだと。
ようするにそれは『誰かがそうしたから自分もそうしたい』と思う人のためのものであり、
そういう風に思わない彰衛門や悠介殿には関係ないものなんだ、と。
そして、大多数の人が『そういう風に思わない人』を妙な目で見るのだ、と。
それはそうかもしれない。
もしそこに『仲間意識』というものがあったとして、
『そういう風に思わない人』というのは仲間の輪に入ってこない異質な存在なのだ。
だが……わたしも『そういう風に思わない人』だ。
『母上のように強い武士になりたい』とは思っても、
真似をしたいわけではなく、わたしはわたしとして強くありたい。
それは確かな意思であり、母上への恩返しだ。
そこに『仲間意識』などの感情は無いのだ。
夜華 「………」
もし……流行、というものが個人としての意思を少しでも崩すものなのであれば……
わたしはその流行というものが嫌いになるのだろう。
夜華 (……こんな未来、きっと過去の者達は望んではいなかった……)
そう思いながら、わたしは歩き出した。
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