───……ふと思うこと。 それはあまりに鮮やかな思いで、だけど、ひどく曖昧なものだった。 懐かしいものはいつ感じても懐かしくて。 その瞬間その瞬間に心が暖かくなることが嬉しかった。 たとえそれが取り戻せないものであっても、自分はきっと幸せを求めていたいんだと思う。 だからこそ、ずっとしてきたことがある。 報われない想いだと知っていても、それは続くんだ。 昔話と勝負ごとに熱い娘ッコのコト 06/ああ日常 ───……。 「オ、オレッ……なにも出来ないダメな男だけど、でも、お前のことが好きってことじゃ誰にも負けないから、だ、だだだだから俺と───!!」 「顔洗って出直してきなさいよ」 「えぇっ!?」 「ハッキリ言って、しつこい男は嫌いなのよ」 「そ、そんなっ! ……ハッ!? か、勝男か!? 野郎がお前をたぶらかして!」 「……はぁ、さよなら」 「あ、あの魚介類め! あげな奴にマイスウィ〜トハヌィ〜は渡さん! かつお節にして、美味しく出汁を取り殺す!」 その日の月のない夜。 勝男が何故か落とし穴に落ち、その短くも愉快な人生に決着を着けたという。 そして、その後……本当にかつお節にされたかは謎のままである───。 昼ドラ番外シリーズ・リス/つづく 人が硬直する瞬間ってどんな時だろう。 そんなことを考えた。割と本気で。 「ぐ……えぐぅぅう……泣けまです……!!感動ですぅううう……!!」 時刻は昼。 学校から帰って来て、祐司さんに挨拶をしつつ真由美さんと別れ、俺が見たものは……お昼の定番・奥様劇場なドラマだった。いや、それを見ているサクラだ。 途中からなのでよく解らないが、見た限りでは感動出来るところは無かった筈だ。 というか“泣けまです”ってなんだ。 「はぅう……おかえりなさいです与一ぃ……」 サクラ、涙を流しながらの挨拶。 他の人は仕事中なのか、休憩所ともとれるこの場所に居るのはサクラだけだった。 「なぁサクラぁ、いったい何処で泣けるんだ?」 「この主人公、粕志のふられっぷりですぅうう……! ふにゃぁあ……ここまでくるとかわいそうです……!」 たしかこのドラマは、人を好きになりやすい男“中島粕志”が凄まじい勢いで異性に告白し、それでいてフラレっぱなしという、恐ろしいドラマだ。 殺されては甦る勝男も恐いが、見てて面白い。うん、コメディだ。お昼のドロドロドラマではない。だから昼ドラ番外シリーズなのだ。 「えぇっと、マスターは何処に居るかな。帰ってきた時は店の方に居たけど、着替えて降りてきたら居なかったんだ」 「はや? マスターさんならさっきまでそこに……」 近くのソファーを見るサクラ。もちろん居ない。 と、ここで同じく着替えを終えたのか、真由美さんが降りてきた。 「お父さんなら多分、事務所の方だよ」 「やあ、真由美さん。おかえりなさいまっスェ」 「一緒に帰ってきたでしょ」 「まあまあ、軽い挨拶ということで」 面白い人を目指す、というのは難しい。 別にキャラを作りたいわけでもないのだから余計にだ。 ……この町に来る前に見つけた“人付き合いのチリヌルヲ”、買っておけばよかったかなぁ。 なんで“いろは”じゃなかったのかは知らない。ニホヘトは何処に行ったのだろう。もしかして前巻とかがあったりしたのだろうか、人付き合いシリーズとして。 「与一くん、ちょっといいかな」 「ウィ?」 「お父さんからはあとで話されると思うけど、仕事のことを軽く教えておくね」 「あ、はい。……助かります」 軽口で“やあ、助かりますなぁ”とか言おうとしたけど、仕事の話なら真面目に、従業員として聞こう。コレ、大事。 「簡単に言うと、わたし達が担当するのは主にウェイター・ウェイトレスです。注文を取ったり、料理を運んだり、食器の片付けをする仕事だね」 「ふんふん」 「ですが、少し余裕がありそうならお皿洗いのバックアップも忘れずに」 「うんうん」 「キャッシャー……オーダーの清算はわたしがやっています。調理担当はお母さんが。お父さんは全部やってます」 「ふむふむ……って全部!? うそっ!!」 「ホントだよ? お父さん、わたしなんかよりずっと上手だし」 ……なるほど、“マスター”の名が相応しい。 まさか全部をやっていようとは。 「ハイ、ここで要注意」 「えっ?」 「料理を運んでいる時、またはお皿を洗っている時。もしお皿を割ったりしたら給料から引かれます」 「うおっ! ……いや、それは覚悟はしてますが……、し、してるけど」 自分は敬語っぽく喋ってるのに、俺が言った途端に睨まれた。 いや、解ってるよ? 従業員に教える瞬間だからこういう口調になっていることくらい。でもそれに合わせての敬語くらい見逃してください。 「うん。……ですが、流石に鬼ではないので、練習期間として二週間以内なら大丈夫。それまでに慣れてください」 「……了解」 「……ちなみに言うと、前はわたしも結構割っちゃっててね? 給料少なかったんだ……」 陰が差した表情でフフ……と笑う真由美さん。実の娘相手でも容赦はしない仕事場らしい。 うう、これは真剣に構えて臨まないと……!! 「じゃあ、やり方とか教えるから付いてきて」 「りょごっ……りょ、了解っ」 なにやら気合いが入りすぎたのか、舌がこんがらがる。 ああ、先行き不安だ……。 ───……。 ……さて。 「───だはぁああ……っ! 終わったぁ……!!」 少し冷える夜、ようやく初仕事終了。 お客さんが帰った店の中、許可を得てから客席にドシャアアア……と崩れ落ちる。心地良い反発力が俺を受け止めてくれた。 座席はいいね。どんな相手でも受け止めてくれる。悲しみに泣き叫ぶ人がソファとか椅子に肘をつくように泣く理由はきっと、そんなところから来ているのだろう。 季節によって暖かくも冷たくも受け止めてくれるあなたはステキだ。 「おつかれさま。待っててね、今何か飲物煎れるから」 「あ……すいません……」 どうして俺の倍以上に動いた真由美さんがあんなに元気ハツラツなんだ……? やっぱりモヤシなんだろうか、俺……。うう、情けない……。 「はい、熱いから気をつけてね」 「ありがとう……って、随分早いね」 「うん。お父さんがもう作ってくれてたんだよ。初日お疲れ様、だって」 「……ありがとうございます」 コーヒーを受け取る。 溜め息混じりにそれを飲み、ようやく一息。 コーヒーの名前とかは解らないけど、なんというか疲れた体に染み渡る香りと味だ。 ええっと、コーヒーってなにがあったっけ。 き、きりまんじゃろ? ……ブルーマウンテンは知ってるんだけどな。知ってるだけで、味の違いなんて真剣に比べたことなんてないけどね。 「ふはぁあ〜〜……染み渡る……!」 「あはは……与一くん、おじいさんみたいになってるよ?」 「大丈夫、心はずっと少年だから」 「なにが大丈夫なのかまるで解らない切り替えしだね」 あらかじめ真由美さんに料理の名前などから、注文の取り方やらを一通り聞いて頭に叩き込んだものの……実際やると緊張して記憶回路が働かなかった。頭しか鍛えてなかったくせに、なんという体たらく。 結局二回も皿を割っちゃうし。 ああ……なんてこったい……。 女将さん(こう呼べと言われた)は“いいのよそんなこと。オホホホホホ”なんて笑っていたが、逆に恐かったのが本音だ。 早く慣れないとなぁ……。 「はぁ……」 再び溜め息。 「大変だった?」と訊いてくる真由美さんに、素直に頷けるほどに大変だった。 「記憶力には自信があったのになぁ……」 「実戦じゃあ記憶はあまり役に立たないよ。大事なのは経験だから。体に覚えさせると、もう条件反射みたいにパパッと動けるようになるよ?」 なるほどごもっとも。 つまりは頭で考えるより、体で慣れろと。 「はぁ……けど、真由美さんはよく疲れないね」 「伊達に小さい頃から手伝ってませんから。続けているとそれが基準になるから、当然のことを褒められてもくすぐったいくらいだよ」 言いつつもえっへんと胸を張る真由美さん。 確か通学路でもやってたな。 もしかして癖なのか? ……変な癖だな。 「あ、そうだ。サクラちゃんは?」 「サクラ?」 見渡す限りでは……店のほうには居ないな。 「さっきまでそこに居たんだけど」 「え? 居たの?」 ひょいと指差すのは店の一番端の席。……の、柱。 ……え? 柱? どうして柱? 「なんか、柱の影から与一くんを見てたけど」 「なんだってそんなところから……」 ……もしかしてドラマか? あのドラマでそんなシーンあったっけ? 有り得ないぞ、あれは主人公がフラれるだけのドラマの筈だ。 「そうそう、サクラちゃん気に入ってくれたかな。わたしが小さい頃に買ってもらった少女マンガ」 あなたですか。 むしろ、何気に説明的だ。全てを把握してますと言わんばかりです。 「……何か言うことは?」 「少女チック万歳」 「万歳。じゃないでしょうがぁあああっ!!」 ちゃぶ台をひっくり返したい気分に襲われる。 しかし、そんなものが喫茶店にあったら嫌だ。 「まあまあ。サクラちゃんってほら、結構フワフワしてるところがあるから、そういうのを教えてみたかったんだよ。実際楽しんでくれたし、せっかく真似してるんだから少しくらいつき合ってあげなよ」 「……色恋沙汰は苦手なもので」 「そうなんだ。えーと……昔、派手にフラれたとか?」 真由美さんがいたずらっぽく笑う。 だが、それは核心を突いていた。 「……え? もしかして、ほんとに……?」 「……ま、そうだね」 昔、好きな人が居た。 その娘はどこか変わった娘で、いつもひとりぼっちで公園のブランコに座っていた。 いつも……そう、いつもだ。 全ては、彼女に話しかけるところから始まった。 =_=/穂岸遥一郎(子供) ───……少女はとても無口で、何を言っても返事をしなかった。 そんな相手にどうして話しかけ続けようなんて思ったのか。 昔のことだ、その理由なんておぼろげ程度にしか覚えていないし、おぼろげというからには今頭の中に残っているこのきっかけとやらも、頭が勝手に捏造したものである可能性だってある。 そんなだから、実際その頃に自分自身がどう思って行動に移ったのか……正直、解らなかったりする。けどまあ、ともかく。俺はどうしてもその娘が気になったらしい。じゃなきゃ返事もくれない少女のもとへ、足しげく通うわけもない。 「……なあ、こんなところでなにやってんだ?」 「………」 無視だった。うん、無視だった筈だ。 「かいわはキャッチボールとおなじで、おまえがかえしてくれないとこまるんだけど」 「………」 無視。 「……おまえな、だまったままだとへんなあだなとかつけられるぞ。ムゴンリーとか」 「………」 無視。 「………」 「………」 どうして無視するのさ。 俺、なにかした? 「もしかして、しゃべれないとか」 「………」 無視。 「……ぐぅうう……」 だんだん、ムカツいてきた。 実に子供だった。思い出してみると頭が痛いほどだ。 「さいごのちゅーこくだぞ。なにかしゃべってみろ。しゃべらないと……ヒドイぞ」 なにがどうヒドイのかはお楽しみだ。 ……ああうん、そんなことを思っていた記憶もある。ひどいのはどっちだって話だ。 「………」 そんな俺の思考を知るはずもなく、少女は困ったように首を傾げるだけだった。 「……おれはほんきだぞ」 「………」 「……ホントにホントだぞ」 「………」 「………」 いくら少しの反応を見せたとしても、要求は達成していない。返事が欲しいのだ。言葉が。なのに、首を傾げるだけなのだ、子供にしてみれば、それは寂しい。 だから少女に近づいた。 “意地でもなにか喋らせてやる”───頭の中はそれだけだったんだ。 そんなことを考えるからには、自分でも解るくらいに恐い顔をしている筈だった。 少女はきょとんとした表情で、俺を見上げていた。 「……おまえ、なにされるかわかってるのか?」 「………」 「おれはおまえをたたこうとしてるんだぞ?」 「………」 「それでおまえはいいのか?」 「………」 「いたいんだぞ」 「………」 「すごくいたいんだぞ」 「………」 今度は何の反応も示さない。 ……もしかして、聴こえてないとか? ………………まさか、だよなぁ。 「………」 ……まさか、なんて……う〜ん……。 よし、確かめてみよう。 少女の後ろに回った。 少女はそんなこと興味がないのか、振り向きもしない。 「スゥーーー…………───」 思い切り息を吸う。 「わぁあああああああああああっ!!!!」 そして、大声。 「げぇっほごほげほっ! げっほ! ……えっ?」 「………」 咳き込むほどの大声を出しても、何の反応も示さない。 「うそ……」 “まさか”は真実だった。 事実を知ってしまえば愕然。同時に恥ずかしくなった。 ……叩いたりしなくてよかった。 そんなことしてしまったら、今感じている自己嫌悪など大きく凌駕した後悔を抱いていただろう。 「………」 かと言って、どうすればいいんんだ? ……わからない。 「………」 ……そうだ、なにかノートでもあれば! そこまで考えると、自分がスケッチブックを持ってきていたことを思い出して、そのスケッチブックを芝生の上に忘れてきたことも思い出した。 「いいか、ここでまってるんだぞ」 「………」 「ぜったいだぞ」 「………」 「あ……き、きこえてなかったんだったっけ? えーとえーと、ウ、ウゴクヨクナイ! ノーウゴク! ノー!」 少女の前に立って、身振り手振りで伝える。 途端、少女が戸惑いつつも肩を震わせて俯いた。 それを頷いてくれたと盛大に勘違いした俺は、“やった伝わった!”と奇妙な喜びを胸に、駆け出した。 ……のちに、それが俺の行動を見て笑っただけだと気づき、盛大な勘違いとともに盛大な恥ずかしさに頭を抱えることになる。 ───……。 しばらくして、再び少女の目の前。 「はぁ、はぁ……」 疲れていたけど無視して鉛筆を走らせる。 当時の自分はなにに影響されたのか、画家になるのが夢だったのだ。なのでスケッチブックと鉛筆。 “クレヨン? あんなものは子供が持つものサ! 画家は炭で絵を描くとか聞いてたから、鉛筆も黒いし墨だ! これでいい!”と、やはり大人ぶった行動で、それはもう周囲には微笑ましい顔で見られていたものだ。 人の歴史に漆黒ありだ。死にたい。 「……ん」 ともかく、書き終えて、それを少女に渡した。 「………」 少女はやっぱりきょとんとした顔をしていた。 もしかして字も読めないのかな。 うわぁそれは考えてなかった! どどどどうすれば!? 子供らしく慌てたその時、少女の手が戸惑いに揺れながらもスケッチブックへと伸ばされた。 「え───」 こぼれた俺の声は、本当に馬鹿みたいなものだったと思う。 初めて見た、少女の人間らしい行動。 ハタから見てハトみたいに首を傾げることしかしなかった少女の行動。 ただそれだけで、なんだか嬉しくなったのを憶えている。 そういう意味では、子供の頃というのは本当に純粋なんだと思う。 大人になってからじゃないと“意味”というものが解らないのに、それがそういうことだとなんとなく解っている。 いや、解っているんじゃなくて───解るんだ、なんとなく。 “嬉しさ”を“嬉しさ”としてきちんと受け取れる純粋さ。 ……たぶん、大人になったら疑いを混ぜてしまうそれらを、当時の自分はきちんと受け取れていたのだから。 「………」 「………」 少女が手を滑らす。 書くものがないのに、それでも滑らせる。 「……これ、つかえよ」 「………」 やっぱり首を傾げる。 でも今度はすぐにそれを受け取って、サラサラと滑るように書いてゆく。 ───やがて、ゆっくりとした動作でそのスケッチブックを俺に見せてくる。 フレア・レインハート そういう文字が、俺の自己紹介の文字の下に書いてあった。 ということは。 これがこの少女の名前、ということか。 「……へんななまえだな」 「………」 「ま、いいか。おれは“ほぎしよういちろう”。で、おまえがフレア・レイ、レイ……フレアだ」 舌がこんがらがった。 恥ずかしいからそのまま突っ切ることにした。 友達になる第一歩は握手から。 よく、付き合っている内に仲良くなれれば友達だ、っていうけど、やっぱりこういうのにはきっかけも欲しいって思うんだ。 「ほら、どうしたんだよ。あくしゅだぞ」 「………」 疑問符を貼り付けたような顔で俺を見上げる少女。 見上げるといっても、大した距離でもない。 俺はもう一度手を掲げて見せて、握手を望んだ。 そしてようやく、少女の手が動き。 俺は、少女と友達になった。 ……。 その日から、俺達はここで待ち合わせするようになった。 だけどそれもいつしか遠い思い出になって、俺はそこに向かうことは無くなった。 それは何故か。 ……答えは簡単だ。 フレアがそこに来ることは、とある日以降にはもう二度と無かったから。 それがどうしてだったのか……。 俺はそれを、思い出せないでいる。 -_-/ホギー(現在) ───……。 「……そんなことがあったんだ」 「うん、まあ」 話し終えると、真由美さんが溜め息をつく。 話を聞いて疲れた、とかではなく、なにをどう切り出していいものかを迷っている感じだ。 そりゃそうだ、いきなりこんな話をされれば、戸惑う。 「えと……全然思い出せないの?」 「ん……全然ってわけじゃないんだ。だけどひどく断片的で、曖昧なんだよね」 「……そっか……」 「ただ……」 「……ただ?」 「ひどく……悲しかったような気がする」 「………」 「俺さ、ずっと待ってたんだよ。フレアが来なくなった日からずっと。でも……ほら、子供だったから、待ってても誰も来ない場所に居るのが寂しくて、怖くて。そこに居るのが悲しくなって……それで、行くのをやめたんだ」 あまり思い出したくないことだ。 来る筈の無いものを待つことほど滑稽なものは無い。 だってそれは無意味だから。 だけど、諦めた時点で全てを忘れてしまいそうな自分が恐かった。 いつも通りの朝を迎えて、部屋から出れば、妹がそこで待っている日常が……子供の頃、壊れてしまったのと同じように。 「……まあ、思い出ってやつだね。どこにでもあるような」 「そっか」 真由美さんはちょっと困ったような笑みを浮かべて返してくれる。 よかった。 真剣に悩まれても困るし、軽く受け取ってくれるだけでよかった。 こっちがただ、誰かに聞いてほしかった話題だ。……本当に、それでいい。 小さな溜め息をひとつ、ぐったりと座っていた客席から立ちあがった。 「さて、と……これで終わり……なんだよね?」 「うん、最後の一仕事が残ってるくらい」 「最後の? なに?」 「看板だよ」 「なるほど」 なんか妙に納得。 「じゃあ下げ方教えるから付いてきて」 「アイアイサー」 先立って外に向かう真由美さんを追う。 するとベシャアと頼り気のない音が聞こえた。 「えうぅ……痛いです……」 振り向いてみればコケたサクラ。 ……マテ、乙女チックは何処にいった。 「なにやっとんのですかお前は」 「うぅ……影ながら見守る忍と化していたのでござるです……」 「………」 「………」 「真由美さん、どんな少女マンガだったんですか……」 「あー……ええっとね。内容はたしかー……一般人に恋をしたKUNOICHIが、忍術を駆使して男の子に擦り寄ってゆくなんとも愉快な冒険活劇だったような……」 「なんつーもんを子供の時代に読んでんですか!!」 「面白かったよ?」 「いやそこできょとんと首を傾げられても……!」 「与一ぃ……」 情けない顔で俺を見上げるサクラ。 転んだまま見上げてくるんじゃありません。むしろ何故すぐに立たずに俺を見上げますか。 あれか? 俺に手を差し伸べろと? ……そういう内容なのだろうか、忍の冒険活劇とやらは。 「まったく……ほら、掴まれ」 「えぅう……ありがとです……」 戸惑いを抱きつつも、傍まで歩いて手を差し伸べる。 サクラはこっちの対応にパッと笑顔を咲かせると、俺の手をキュッと掴み、なんか普通に立ち上がった。……待ちなさい、まだ引っ張ってもいないんだが? 「忍は一日にしてならずです……サクラはまたひとつ、賢くなったですよ……! 忍の心……これは極道に通ずるものがあるにちげぇねぇです、へぇ……!」 頼むから変なところで賢くならないでくれ。 あとその極道チックな喋り方もやめなさい。 「なぁサクラ。物事は無理にやらないほうが効率がいいんだぞ」 「そんなことないです。確かに無理はいけないことです。けどやらなきゃ何にもならないです。そしたら効率なんて無意味です」 「ぐお……」 「あっさりと言葉負けしちゃったね」 「くはっ! い、いや、別に勝負したわけではなくてだな!」 「サクラちゃん、勝ち名乗りをあげよー」 「まァざっとこんなモンやァ。……です《ディシィッ!》ふにゃっ!?」 何故か親指で自分を指しながら、関西弁風に言う少女の額にデコピンが弾かれた。いや、やったの俺だけど。 「サクラさん? どこで憶えましたのそんな言葉。ワテクシ穂岸は、そんな言葉を教えた覚えはござーませんことよ?」 「……うぅ」 厳しい躾役めいた口調で言ってみれば、ゆっくりと真由美さんを指差すサクラさん。 指された真由美さんはばつが悪そうに視線を彷徨わせていた。 ああ、なんだか嘘がつけない人だなぁこの人。 「………」 「あー、えっと。暴力はよくないと思うよ、うん」 「じゃんけんほい」 「えっ!? あ」 「あっちむいてホイ」 「はっ!《ディシィッ!》いたっ!?」 問答するよりもさっさとジャンケンをして下を指差した。 すると突然のことに戸惑ったのか、素直に下を向くことで軽く突き出された額に、デコピン一閃。 額を押さえながらも「あはは、いたい〜」なんて笑っているあたり、結構いたずら好きなのかもしれない。 いにしえより伝わる言語で唱えるのなら、おちゃめさん。 「もう、暴力はだめだよ?」 「暴力じゃない。遊びだ」 「それなら同意の上でやってね。こういう遊びは嫌いじゃないから」 にこりと笑う。なるほど、やっぱり好きらしい。 そんな反応に食いついたのはサクラだった。 「遊び好きです?」 「遊び好きです」 真由美さんもしっかり返しつつ、“おねーさん強いよー?”とばかりに胸を張る。やっぱり胸を張るのは癖みたいだ。 「じゃ、遊ぶです」 「あ、じゃあちょっと待っててね。看板入れてきちゃうから」 「だめです《トコッ》」 「え?」 「どうしても行きたければサクラを倒してから行くです」 看板を入れに外に出ようとする真由美さん前。トコッ、と出入り口に立ち塞がるサクラが居た。 なんとも弱そうな足音だった。 普通はもっとこう、ズシャアと足を滑らせるように割り込むのだろうに。 しかしクククと笑う邪悪めいたサクラからは、言いようの無い自信が溢れ出ていた。 ……も、もしや強いのか……? 「くくく、です。レイル兄さんより授かった極道の知識に加え、忍の在り方を得たサクラに敵は居やしねぇです。いくです、真由美。じゃんけん」 「え? わたし?」 「そです」 「何本勝負?」 「フフフ、です。一本です。一本で終わらせてやるです」 不敵に笑い、ズイと人差し指を立てた右手を突き出す。 なにやら知らんがすごい自信だった。 しかもそんな不敵さ加減のままに、ポシェットを探ってなにかを取り出した。 なにかと見てみれば……手袋、だった。 それを、やはり不敵な笑みを浮かべたままに真由美さんに向けて投げた。 「?」 ぽへ、と真由美さんに当たったそれは、店の床へと落下する。 「くっくっく……真由美、これは決闘です。手加減無用の“ですまっち”です。この勝負に勝った人が、ママさんの用意したプリンを勝者に譲るです」 「……本気、みたいだね」 「忍流、ハイスイのズィーンです。自らを追い込むことで、自分に隠された能力を発揮する、恐ろしいWAZA……! この心、もはや敵無しです……!」 「………」 「………」 ばちばちと見詰め合う。 どうにもサクラの迫力が全然足りないため、睨み合いには至らない。 さらに言えば、ジャンケンはどう足掻いたってデスマッチにはならないと思う。 「いくです! じゃんけん───っ」 「ぽんっ!」 「はうっ!?」 「あっちむいてホイ!」 「へやっ!《ディシィッ!》ふきゅっ!?」 …………弱ぇ。 一瞬でカタがついてしまった。 「はぅうう……プリンが……プリンがぁああ……」 しこたま愚かしかった。 ぺたんと膝をついて、落ち込む少女の姿はあまりにも愚かしかった。 そんなサクラに手を差し伸べる、勝者真由美さん。 「いい勝負だったよ、サクラちゃん」 「は、敗者に情けは無用ですっ」 それを払うサクラ。 おお、無駄に気高い。これで目が彷徨いまくってなければ、立派だったんだろうが。そんなにプリンが惜しいのか。手を取れば食べられるかもと期待してしまったんだろうなぁ。 「んー……それもそうだね。じゃあ遠慮なくプリンはもらっちゃうよ?」 「それがルールです。サ、サクラは……サクラは悔しくなんかないですっ!」 ウワー、すげぇ悔しそー。 「さてと、じゃあ看板入れよっか」 「そですね……」 えーと、こういう時の言葉はなんだっけ。 死して屍拾う者なし、で十分かな。 ……今日のことはもう忘れよう。 うん、それがいい。 不要なメモリは消去するに限る。 溜め息混じりに外に出て、明かりの消えた看板を仕舞う。 ……で、とりあえず感想。 こういう行為は、バーの方が似合ってると思う。 ハイ、感想終了。 ………。 看板を仕舞い終わると、俺とサクラは遅い夕食に招かれた。 ……と言っても、同じ屋根の下で招かれるもなにも無いと思うけど。 「美味しいです〜っ♪」 親子三人で作った柏鷺家の料理は美味しくて、サクラはその味に目覚めたのか、パクパクと皿の上の料理を滅ぼしていっている。 そんなだから見てて落ち着かないこともあって、「落ち着いて食べないと喉に詰まるぞ?」と言ったのだが…… 「………」 「サクラ?」 「………《ごどしゃあっ!》」 「うわぁっ!? サクラ!? サクラぁっ!?」 サクラが倒れた。こう、見事にテーブルに向けて頭からゴドシャアって。 どうやら詰まったらしい。 というか、詰まったならそれらしいアクションを起こしなさい! 「すいません、水……」 「はっはっは、サクラちゃんは元気だねぇ」 「うふふ、真由美もこれくらいおっちょこちょいで手のかかる子だったらよかったのにねぇ」 「お母さんっ、言うよりお水っ! もうっ!」 呆れてものも言えない状況だった。 はははうふふと笑っているマスターと女将さんをよそに、真由美さんが水を持ってきてくれた。 はぁ……しかし、少し詰まったくらいで呼吸困難にならないでほしい。 喉が小さいのか? ……小さいなぁ。 「ほらサクラ、水だぞ〜、一気に飲み込め〜」 「………《こぽこぽ》」 突っ伏している体を起こし、顔を上に向かせながら水を流し込む。 ……なんだろう。どうしてか悲しくなってきた。 「ほ、ほらー。サクラ〜?」 「………」 動きません。 どうしよう。 え、ええっと……!? こういう時はどうするんだっけ……!? (こんな時こそ動かないで、なんのために鍛えた頭だ……閃け!) ───その時、俺の頭脳は唸りを上げた。 とどのつまりは回転したのだ。 「……おお、崩拳」 確か背中をさするとか、衝撃を与えればいいんだっけ。 よし、長年独自に練習した崩拳、見せてくれる! 「喝!」 「《ドスッ!》けひゅう!?」 練習もなにも、そんなことは実際やってなかったので、脇腹に地獄突きを進呈した。 人間って、脇腹突かれると体が跳ねるから。 それを利用して、喉に詰まったものが流れればなぁと。 「サクラは世界を見てきたです……!」 流れたらしい。それでいいのか。 「そりゃ、たいした大冒険だ」 俺はもう、溜め息しか出なかった。 そんな俺を余所に、再びガツガツ食べるサクラにも、相変わらずハハハウフフと笑う二人にも。 真由美さんが性格的に妙に逞しい理由、解ったかも……。 「やっぱり仲良いね、ふたりとも」 「……そう見える?」 「うん、見える」 真由美さんはやっぱり楽しげだ。わざわざ水を用意してくれたりと、結構慌しかったのに嫌味のひとつも言わない。 いい人だなぁほんと。 こうなると彼氏さんがどんな人なのか気になるってもんだ。 「仲が良いのは当然です。与一の性格を判断した上で、天界が《がぼし》もぇもむめまま……」 言い終える前にサクラの口を塞いだ。 何を言おうとしてるんだこいつは……! 「性格判断?」 「こいつ、カウンセラー漫才に憧れてるんだ」 「……凄まじい目標だね」 真に受けて、ゴクリと喉を鳴らす真由美さん。 マスターたちも「それは立派な仕事だな」とか、「頑張ってねサクラちゃん、うふふふ」とか言っている。 ……こうなると俺も、とりあえず合わせておくしかないわけで。 その行為がひどく虚しい。でも強く生きます。 「カウンター万歳? なにです? それ」 「俺に訊くな、こっちが知りたい」 「頑張ってね、サクラちゃん」 「うや? ……ハイ、頑張るです」 胸を張ってポヘッとその胸をノックするサクラを横目に、黙々とライスを頂く。 おかず美味し食卓、お米食べろ日本人。 夢は今も巡りて、忘れがたき家族愛。 「ごちそうさまでした」 とりあえずは食事も終わり、一息をつくと、サクラも食べ終わったのか手を合わせてごちそうさま。 それに真由美さんが「おそまつさまでした」と応えてくれて、ほにゃりと三人で笑う。 なんか、団欒。 ほっこりとささやかだけど確かな日常を感じつつ、ふと疑問に思ったことをそのまま口にしようと試みてみる。出だしは「ところで気になったんだけどさ」なんてもの。 その内容のなんともくだらないこと。しかし知ってほしい。頭がいい人ほど、案外豆知識的なことには弱いものだ。 「“おそまつさまでした”って、“粗末”に“お”がついたものなのかな」 「……難しい質問するね」 「粗末っていうのはさ、なんていうか……あまり良い言葉じゃないよね」 「です?」 「です」 サクラの首を傾げた質問に、しっかりと頷いて返す。 と、真由美さんが「物申す」と言って軽く手を挙げた。 「豪華な食材は使ってないし、立派な設備で作ったわけでもない粗末なものだけど、心は込めましたって意味でいいんだと思うよ? 相手の好みに合わせたものじゃないなら、それはこっちの都合で適当に作ったってことだし」 「粗末です?」 「相手の考え方にもよるんだよ、きっと。ちなみに粗末じゃないからね? きちんと相手が喜んでくれるようにって作ったものだから」 「むしろだな、サクラ。出された料理を食べさせてもらって、ごちそうさまって言った後に“美味しかったでしょー! これ高かったんざますのよー!”とか値段のことをネチネチ語られて、気持ちよくごちそうさま出来るか?」 「無理です」 「私も無理だね」 「そう。だからお粗末さまでしたでいいんだよ」 「……与一が言い出したです」 「おおもちろんだ。粗末に“お”がついたものなのかって疑問だな。それが嫌だとは言ってないぞー、サクラー」 「はう!? ハメやがったのです与一!」 「……お前は少し極道とかそっち系の喋り方から離れなさい」 なにせ昼ドラを見ていたかと思えば、いつの間にか極道もののドラマを見ているようなヤツだ。本当に、女性の感性って解らない。 や、これはサクラに限ったことだろうけど。 ……天界人が全員極道好きだったら嫌だなぁ。 「……あ、あーうん。さてと、これからどうしようか」 嫌な予感を振り切るように無理矢理これからを考えてみる。 マスターや女将さんはとっくに食事を終えて、自らの時間を有意義に使うために行動を開始していた。 明日の仕込みとかがあるのだろう。忙しいことだ。 「遊ぶです?」 「遊ばないです」 「何故です?」 「なんでだろう」 「んーと。ねぇ与一くん? とりあえずさ、仕事のことを復習してみる?」 「……そうさのぅ」 「するです」 考える俺とは違い、何故かサクラがやる気満々だ。 この桃色はいったいなにをそんなに張り切っているのか。 「お前が気合い入れてどうする」 「へぇオジキ、サクラも下っ端なりに、この業界に立つ覚悟を決めたところでさ、です。なので真由美、サクラにも教えるです」 「だめです」 「はやぅ!? なぜです!?」 「年齢的に働かせるわけにはいかないから。働いてもらったなら報酬は支払わなきゃだし、でもサクラちゃんくらいの歳の預かり子を働かせるわけにはいかないんだよ」 「ククク、甘く見たな、です。サクラはこう見えてとっくに10を越えているですーーーっ!《どーーーん!》」 「えと、それで、いくつかな」 「聞いて驚くです! つい最近14に───!」 「15歳以下は労働基準監督署に許可を得なきゃ働けないよ?」 「……実はサクラ、16歳のムッチリ美少女です」 「じゃんけんぽん」 「はう!?《ディシィッ!》ひゃぶっ!」 あっち向いてホイをするまでもなく、額にデコピンが炸裂した。 「きちんと“それ”で生活をしている人の仕事場で、嘘をついちゃいけません。相手が困ってて、いくら年齢が足りないってどれだけ叫ぼうと、その人を雇って働かせたことがバレたら、そっちはやめるだけで済むかもだけどこっちは違反者なんだよ? 人助けにもルールがあるんだから、ルールの上から伸ばされた手を全力で掴みなさい。ね?」 「あぅう……」 右手人差し指をピンと立てて、握った左手は腰へ。目を伏せつつも説教をする真由美さんは、まるで近所のお姉さんチックだった。 叱られている人物がサクラだから余計にそう見える。 「解ってくれたならそれでおっけーだよ。ではっ《むんっ》復習を始めますっ」 「了解」 「はいです〜」 「サクラちゃん? ゲンコツ飛ばすよ?」 「ララララジャーです! 邪魔はしないのです!《びしぃっ!》」 一度叱られたことで懲りたのだろうか。 むんっと相変わらず胸を張った真由美さんを前に、俺と同じく返事をしたサクラが真由美さんに睨まれた途端、綺麗な敬礼とともに身を引いた。 うん、すごい笑顔だ真由美さん。でも確かに、許可を得ない限りは真由美さんの家が睨まれてしまうわけだから、いい顔はされないのは当然なわけで。 ……むしろその監督とやらがサクラを見たところで、許可をくれるとは思えない。むしろ俺だったら絶対に許可しない。 「与一くん? ほらほら、ぼうっとしてないでこれも仕事っ」 「っと、りょーかいっ」 くすくす笑いながら俺を促す真由美さんのあとを追って、仕事の復習へ。 自分の時間も欲しいだろうに、わざわざ付き合ってくれるのだ。出来るだけ無駄にしないよう、頭と体に叩き込もう。 そうして、苦笑しながらのんびりと仕事についてを語り合う。 真由美さんは教え方も上手く、コーヒーカップひとつを取っても、いろいろと話してくれる。そのついでとでもいうのか、男の人はどういったものが好きなのか、ということも訊かれた。 「噂の好きな相手用の質問?」 「うん《にこー》」 ……隠そうともしないよこのお子ったら。 「名前、教えてもらっても?」 「えへへー、鷹志。橘鷹志っていうんだ。知ってたりするかな。今どんな男の子になってるかな。あ、あ、好きな食べ物とか変わってないかなっ、夢は変わってないかなっ!」 「ちょ、待った待った! 知らない! 会ったこともないって! 擦れ違ったことくらいならあるかもだけど、」 「擦れ違ったんだ! ど、どうだった!? 変わってなかった!?」 「だから名前も知らん人のことを擦れ違っただけで意識するわけないでしょーが!」 「敬語はなし!《ずびし》」 「今のは敬語とかじゃなくてただのツッコミだ!!」 ああ、ええっと、なんだろう。 かわいくて綺麗で、勉強も家事も運動も出来る完璧さん。そんなお子が、俺を指差してまで敬語は無しとか仰られている。相手の口調に関しても真面目、といっていいのかもしれない。受け取り方次第だろう。 でも恋人さんのことが好きすぎる欠点を発見。冷静じゃいられないようだ。 そんなにいい人なのか、相手は。 「ちなみにその、鷹志、くん? そんなに格好いい相手とか?」 「? 顔で人を好きになったりしないよ?」 「じゃあすごくいい人とか?」 「あはは、性格なんてどう生きたかでころころ変わっちゃうものだよー?」 「……あの。相手のどこを好きになったんで?」 「隣を一緒に歩いてくれるところと話をきちんと聞いてくれるところと相手のことを思ってくれるところとなんだかんだ言いながらも人を見捨てきれないところとたまにダメなところとか支えてあげたくなっちゃうところとか頼ろうと思ったら自分を預けてきてくれるところとか強がってばっかりじゃなくて弱さも見せてくれるところとか素直なところとかあたたかい───」 「だっ……! 待った待った! もういいから! 息継ぎして!? チアノーゼ無視してでも無理矢理一息で全部喋ろうとしないで!?」 「与一くん! 人のお話は最後まで聞かなきゃだめでしょ!?」 「えぇええええっ!!? いや、遮ったのは悪かったけど、でも」 「いいから聞くの! あ、コーヒー用意するね? えっへへ〜、いつか美味しいのを鷹志に煎れてあげるために、頑張って練習したんだよ〜? あ、美味しくなかったら言ってね? むしろ曖昧な感想で流そうとしたら流し込む」 「なにを!?」 「《がしぃ!》ひゃううっ!? 離すです与一! 驚いていたならサクラの逃走くらい見逃すです!」 「サクラ。地界にはな、古より伝わる伝説の言葉がある。お前のものは俺のもの。俺のものは俺のもの。おめでとう、俺の苦労はキミのものだ」 「いやですーーーーーっ!!」 そんなこんなで、一応仕事の復習もきちんとさせてもらいつつ、今日という日は過ぎていった。知りもしない橘くんのお話をたっぷりとされつつ。 困った。この食器はここにこうして〜とかそういう復習に、どうにも姿すら知らない橘くんの幻影がちらつく。コーヒーミルの扱い方は丁寧に、そして綺麗にしつつ、鷹志ヤサシイ。みたいに。いやほんと……困った。 困惑しつつもコーヒーをスズズと飲みつつ鷹志アタタカイ。……困った。 え、えーと、とりあえず飲んだコーヒーカップを洗おう。洗う場合は……鷹志オッチョコチョイ。あぁあああもう! 顔も見たことないのに橘くんが鬱陶しい! いつかこの復習に対する復讐はきっちりとさせてもらうからな! まだ見ぬ橘鷹志くん! ……ともあれ、長かった復讐、もとい復習終了。 溜め息を吐きつつ、疲れた体にはこれだよねー、と真由美さんが出したそれは…… 「お楽しみのデザートです」 「───」 ドクン、ともとれる、鼓動のような反応。 サクラがカタカタと震え始めた。 ……そう、あっち向いてホイでサクラが賭けた、女将さん特製の美味しいプリンである。 何が楽しいのか、意気揚揚にプリンを並べる真由美さん。 ちなみにサクラの分は真由美さんのところにあったりする。 「ワナババババババズババババババ……!!《ガタタタタタタタ……!!》」 そしてそんな事実を前に、ガタガタと震えまくる桃色。 怖すぎる。 むしろどういう心の悲しみが溢れれば、そんな奇妙な声が出てくる。 頭をコリコリと掻いたのち、隣に座るサクラにひと掬いを進呈。 「ほらサクラ、俺の食うか?」 「……与一?」 「あーその。実はな、あんまり甘いのは好きじゃないんだ」 「…………い、いらないです」 「む」 意地になってる。 子供特有のアレだろうか。いや、大人のほうが多いのか? 「食べたいんだろ? なら無理はしない」 「勝負は勝負です……敗者にかける情けなんて、無いほうがいいです……」 「俺は勝負とは関係無い。だから食え」 「ヤです。サクラにもメンツというものがあるのです……!」 「……む」 ぬう、この桃色、かなりの意地っ張りと見た。 こうなったら…… 1:くすぐって口が開いたところへ突っ込む 2:説得して食べさせる 3:滅茶苦茶おいしそうに目の前で食べてみせる 4:食べねばゴミ箱行きだと脅迫する 5:無理矢理にでもたべさせる 結論:5 「無理矢理にでも食べさせる」 「なにをする貴様ーーーっ!!」 背後からサクラを抱いて、喋っている隙にプリンを食べさせた。 吐き出さないように口も押さえてある。 というかいきなり襲い掛かったからとはいえ、まさか貴様呼ばわりされるとは。また何かの影響でも受けたのだろうか。……そうなんだろうなぁ。 「───」 と、まあ、押さえることには成功したものの……噛もうとも飲み込もうともしない。 「ほら、食べろ。美味しいだろ?」 「………………!!」 ブンブンともがく。 しかしその動作で口内のプリンが動き、味覚を刺激したのか、ちらりと覗いた桃色さんの表情はとろけていた。 ……なんつーかチョロイお子様である。 でもけっして食べようとはしないのだから、結構な覚悟だ。 「……はぁ」 溜め息が出た。仕方ないヤツだ。 まだジタバタともがくサクラだが……いやマテ、貴様もしかしもがくフリをして味わってないか? ……あ、顔とろけてる。 また地獄突きでもしてくれようかと思ったけれど、あれは飲み込むより吐き出す力のほうが刺激されそうなので、やめておいた。 で、やめる代わりに撫でてみる。頭を。 「…………?」 「あのな、サクラ。これは勝負だとかとは本当に関係無い、俺の気持ちだ。お前が気にしながら食べることはないし、美味しいなら美味しいって言っていい。それに、せっかく作ってくれたものを否定されちゃったら、作ってくれた人が可哀相だろ?」 「………」 「お前がいじける必要なんて無いんだからさ、美味しいものは元気に食べないとつまらない。美味しいものを食べたなら笑顔だ。嫌がる顔をするのは不味いものを食べた時だけにしなさい」 「………」 「………」 「…………《モゴモゴ、こくん》」 少しして、おずおずと口が動き、プリンは食された。 それを確認するともう一度、頭を撫でてやる。 「……食べるだろ? サクラ」 自分でも驚くくらいに、やさしい声が出た。それとともにひと掬い分が削られたプリンを差し出すと。 それに対してサクラもゆっくりと頷いて、 「与一ぃ……」 なんでか泣きだしてしまった。 俺に向き直って、体に抱きつきながら。 「サ、サクラ? 俺、なんかヒドイこと言ったか? あ、えっとな……あ、もしかして急に口を押さえられて、口の中を噛んだとかか!?」 弱る。 こういうのは本当に弱る。 ……妹の姿が頭の中に思い浮かぶ。 途端に目の奥がツンと刺激され、涙が─── 「…………はい」 ───滲むより先に、俺とサクラの様子を穏やかに見ていた真由美さんが、俺にプリンを差し出してくる。 俺はといえば……意識が逸れることで涙も引っ込んでくれたことに安堵しつつ、真由美さんにツッコミを。 「…………こうなること、予想してただろ……」 「ふふふっ、さあ? どうだろうね」 ……はぁ。 そんなこんなで、今度こそ本当に、夜は更けていった。 ……もちろん寝た。夜更かしするほど体力に余裕はないから。
ネタ曝しです。 *リス 随分前に、ネットの知り合いが書いた小説。 もはや残されていない。 しかし中島や勝男という名前から解るとおり、そこらの名前はきっとサザエさんから。 *心はずっと少年 青春は若さだと誰かが歌っていたような気がする。 が、いつまでもいつまででも、ずっとずっと心は少年。 それでも足りないのならば今叫ぼう。夢に年齢制限なんかない! そんな思いを込めた歌が、某ドラマCDにありました。 夢へのランナーの方が好きだけど。 やさしさのすべてに気づけるわけじゃなく、あの日の微笑みの意味が今は解ります。 *ウゴクヨクナイ! ノーウゴク! ノー! 僕の血を吸わないでより、花丸森写歩郎の精一杯の英会話。 *まぁざっとこんなもんやぁ ロバート・ガルシアの勝利ボイス。 彼の無影疾風重段脚は、壁際だとなんか強い気がした。 *おかず美味し食卓 ただの替え歌。 うさぎは追わない。小鮒も釣らない。 *流し込む すごいよマサルさんより、メガネくん改造計画。 アニメでの没個性新人のニワトリィイイイ!!の声が好きだったなぁ。 *お前のものは俺のもの スネ夫のものは俺のもの。俺のものも俺のもの。 当時、たまたま見ていたドラえもんでジャイアンが語った伝説の言葉。 たまたま見ていた自分はまあ……とも思うけど、よくもまあここまで広まったなぁと驚いたものです。 たまたま見ていたのは自分くらいで、他の人は毎週みていたんだろうね、きっと。 *ワナバババババババズババババババ 神聖モテプテ王マス、ではなくモテモテ王国より。 出る度に「くっ……」と呟くヤクザ殿に襲われかけたファー様。 *くすぐって口をあけたところに突っ込む 死神サーティーン!! この赤子、神童すぎると思う。 今のSS好きなら転生者じゃね?とか思ってしまうくらい。 *なにをする貴様ーーーっ! ロマンシングサガより、念願のアイスソード。 殺してでも奪い取るのはもはや一種の礼儀。 普通に欲すると、どうにもシフが犠牲になるイメージが沸くのですが、もはや内容は覚えておりませぬ。 Next Menu back