───綺麗な空だったのを覚えている。 自分は木にもたれながらその空の行く末を何度も見送っていた。 行く末といっても、ただ紅くなり黒くなり白んでゆき、やがては青にもどる空。 ただその変化を見送っているだけだった。 その空の果てにある世界。 その世界を思いながら───自分はゆっくりと目を閉じた。 やがて訪れた夢が、自分にあの頃の思い出を贈ってくれますようにと願いながら。 ───全てのきっかけは突然にのコト─── 18/バイト曜日と異変の始まり ───ああ……眠いっ……! なんてっ……! なんてっ……眠いっ……! 「与一くん、3番さんにコーヒーとイチゴのタルトね」 「あい〜……」 くっ……! なんて眠気っ……! 抜くな…………っ! 気を…………っ! 抜けば死ぬ……倒れるのみ……っ! 闇……! そこから先は闇のみ…………っ! 「与一くん、顔が無頼伝になってるよ」 「無頼伝!? なんスかそれ!?」 「冗談冗談。もうちょっとだから頑張ってね」 「あい〜……」 気の無い返事で返す。 眠いことはウソじゃない。 真実眠い。 超絶眠い。 究極眠い。 それもこれも─── =_=/再現VTR 高校生活にも大分馴染み、友達も出来て毎日を楽しく彩っていた日々の、とある日。 誘われるままに遊びに行ったり、勉強会を開いたり、いい点数を取れたからと喫茶店でパーティをしたりと、日々は本当に楽しく過ぎていた。 これは、本当にそんな日常の中で起こった、いろいろなものの“きっかけ”だった。 それこそここから、気が遠くなるほどの時間と人の数にに係わってくるようなものの、きっかけ。 「与一、こんなものが届いたです」 「捨ててきなさい」 「捨てるです?」 「いや、冗談だ。……ていうかなんなんだ? 今のイヤな予感は」 「予感は開いてみないと確定しないものです。開けてみるです」 そう、とある日。 洗面所から出てくると、玄関でゴソゴソとなにかを引っくり返したりしているサクラを発見。 そういえばさっきチャイムが鳴った。 どうにも荷物が届いたらしいのだが、差出人に覚えが無いのだ。 妙な寒気……とも言うのか、嫌な予感を感じて“捨ててきなさい”なんて言ってしまったものの、どうせまた天界からのものなのだろうと静かに溜め息。 「よし、カッターだなんて言わずに匕首で斬ってくれ」 「……へぇ、殺らせてもらいやす、です」 そう言って、サクラは自前の匕首を懐から出し、スラッと引き抜いて笑った。 ……もう匕首に慣れてしまっている自分は、心が相当におかしな方向へと曲がってしまっているのだろう、という自覚はある。 「今日も輝いているです、やはり日々の手入れは欠かしちゃあならねぇです」 ペロリと匕首を舐める。 最近、どこまでが芝居なのか解らなくなってきた。 「シャァアァーーッ!!」 《ドズゥッ!!》と。斜め下から心臓を狙う角度で匕首を刺し込むサクラ。 そしてグリグリと手応えを感じつつニヤリと笑って「|殺《と》ったです……」と呟いた。 結果、中身は見事に斬痕が。 ああ、なんだかレイルって人に紳士的に手袋を叩きつけたい気分だ。 「で? なんなんだコレ」 「痛いです……」 「誰が串刺しにしろって言ったんだ。ただ普通に開けるように切ってほしかったんだよ」 「すまねぇですオジキ……サクラは、サクラはぁ《ディシィッ》みうっ!」 「うじうじしない。でさ、なんなんだコレ」 軽いデコピン一発、正気に戻ったサクラにこの……なんだ? デカい卵型のブツを見せてみる。 「エッグです」 「エッグ?」 「はう。卵の形をした機械です。天界ではこれが無いとやっていけないです」 「なにが?」 「早く言えば酸素を綺麗にした上で増幅させる装置です。天界は酸素が薄いです。これがなかったらきっと、少し走っただけで倒れるです」 「へぇ〜……こんな小さな機械がなぁ……。どうやって動かすんだ?」 「底のスイッチが起動ボタンです。押せば動くです」 「ん……ああ、これか」 「……はっ! い、いけませんマスター!」 「へ?」 広間から出てきたノアが駆け寄って俺にしがみついて阻止をしようとする。 ……どうやらヤバイ代物だったらしい。いや、それともスイッチの押し方に順序があったのかも。 「……ごめんノア、手遅れ───」 「あ」 卵は爆発した。 それはもう、青春よりも激しくどっかーんと。 ───再現VTR終了─── -_-/ホギッちゃん ……つまるところ、あの装置はサクラの匕首による損傷の所為で爆発。……したと思われる。 どういう不幸が巡ったのか、本来の機能とは別に“眠気”を振りまいたのだ。 歪んでゆく意識の中でプスプスと煙を吐くエッグを釘バット(サクラがポシェットから出した)で撲滅。 だが現在に至るに、眠気は消えてはくれなかった。 「ありがとうございましたー」 ようやく最後の客を見送って、ようやく一息───…… 「…………ぁ……───」 視界が回る。 足元に……足の裏に、地面を捉えている感覚が無い。 あれ……地面、どこだろ。立ってたはずなのに。 「おかしいな───あれ……?《どさっ》」 「与一くんっ!?」 ああ、なんか…… なんて……心地のいい眠気…… 19/ガンバルマン -_-/ノア・エメラルド・ルイード ───……喫茶店から連絡が入って、喫茶店のマスターがマスターを車で運んできてくれた。 既に知っている仲ではあったから、わたしとサクラが迎えたことには特に言葉もなかった。言われるままに寝所へ案内して、マスターを寝かせると、喫茶店のマスターは寝不足なだけみたいだからと喫茶店へ戻っていた。 ……けれど、魔器で調べてみればとんでもない。 やはり爆発したエッグが原因で、深い深い、昏睡状態であることが解った。 「ノア、与一の様子、どんなです?」 「ええ、少し深いところにまで眠気効果が入ってしまっています。これでは起きるのに一ヶ月はかかりますね」 「い、一ヶ月です?」 「はぁ……どうしてあなたはこう厄介事をぽんぽんと持ち込むのですか。もっとスマートに落とし入れることが出来ないのですか?」 「サクラ、太ってないです。スマートです」 「……もう一度天界学と地上学を脳髄に叩き込んでくることを推奨します」 「それはノアもです。サクラ、ノアより成績良かったです」 「あなたのはレイルさまが書き替えたからです。直接受けていたら確実に落第でした」 「みぅ……」 「ご理解いただけたならご退出願います。うろつかれては目障りです」 「ノア、言うことが厳しいです。口調も変です。何か悪いものでも食べたです?」 「変わりません。出ていってください、怒ります」 「うー……わかったです」 サクラが出てゆき、ドアが閉められた。 わたしはそれを見送って、─── 「───……っ……ぁ、い、いけません……わたしは、眠くなど……」 ───眠気に倒れそうになる自分をなんとか奮い立たせた。 「ここで眠ってしまっては、マスターのお世話をする者が居なくなってしまいます……。サクラひとりではいったいどうなることか……! わたしが、わたしがしっかりしないと……───《…………こっくりゴドォ!》はうぅっ!?」 頭部を襲う鈍痛。 どうやらベッドに頭をぶつけたらしい。 いけない……気をつけないと。 「眠く……眠くなんか……!《パンパンッ!》」 頬を叩く。思いきりやったためか、結構痛んだ。 おかげで眠気は少しだけ紛らわせた───のも少しの間だけ。 次の瞬間には頭部の重さで上半身が倒れてしまいそうなほどの眠気に襲われる。 「くうっ……! ……マスター、わたし、頑張ります……」 「なにを頑張るって?」 「───っ!?」 寝所に響く声。 眠気が吹き飛ぶほどの警戒心と、遅れてやってくる“懐かしい声”に対する安堵。 見れば、ゾロリと窓から侵入してくる天界服姿の─── 「よっ、元気かノア」 「レイルさまっ!?」 ───レイルさま。 どうやって鍵を開けたのかは……知らないほうがいいのかもしれない。 「アルのヤツがここの状況を教えてくれてな、ちょっとお邪魔しに来た。ああ、これ天界の土産な。美味いぞ」 コサ、と卵が入った袋を見せるレイルさま。 ……また卵ですか。飽き飽きだ……この人の頭にはピザ屋の制服と卵のことしか無いのだろうか。 「卵なら俺に任せろ。で? 問題のエッグは?」 「マスターが破壊しました」 「おお、なかなかワイルド。そうじゃなかったら俺が壊してたところだ。ほれ、新しいエッグ。くれぐれも傷つけるなよ?」 「傷つけた理由はレイルさまがサクラに喧嘩意地を教えたからです。少しは物事を自重してください」 「言うことキツイなお前は。誰に似たんだか」 「ええ、サクラは間違いなくレイルさまに似たんでしょうね。巻き込まれるこちらの身にもなってください」 「そう言うな。俺にそんなこと言うのはアルとレインだけで十分だ」 うへぇ、とばかりに手をひらひらして嫌がる。こんな状況は誰の所為だ。そう思えば当然不満も間欠泉のように溢れだし、わたしの口からも漏れ出した。 「それだけ性格に問題があるのでしょう。自覚なさってくださいこのピザ野郎」 「………」 「泣かないでください」 「泣かんわっ! ……で? こいつが問題の眠り姫か?」 「姫ではありません。馬鹿ですかあなたは」 「……いつにも増して言うことキツイぞノア……」 「そんなことはありません」 「まあいいか。エッグ起動、と」 カチリ、とスイッチが押される。 すると澄んだ空気に満たされる部屋。 「アルの話だとエッグは本来精神やら何やらを落ち着かせて、体をリラックスさせることに使われてるらしい。問題なのがその構造らしいんだが……説明めんどいから略。普通はリラックスさせるとはいえ、こんな風に眠くなったりはしない筈なんだとさ。そーいや以前にもこんなことなかったか? なんつったか、前の不幸人間を幸せにしようって話の時に───あ、こりゃ話しちゃいけないやつだったか。とりあえずコレつけときゃ治るってわけだ。それじゃあな。俺はちとディグんとこ寄ってく」 「ディグメイルさま? 地上に居るとは聞いてましたが……」 「近いぞ? 隣街だが」 「……“天界の知”とも呼ばれた方がそんなところで何を……?」 「教師をやってるそうだ。名前がまた変な名前でなぁ、真……なんだったか? まさナンタラカンタラだったはずだ。ガッコはすずとい……ああ、鈴問、だな。鈴問高等学校って場所だ。それ以上は憶えとらん」 「……そうですか。機会があったらお会いしてみたいですね」 「やめとけやめとけ、飲み物薦められてワサビに苦しむのがオチだ。あいつはあいつで結構悪戯好きだからな。俺なんぞと気が合うのもその所為だ」 「そうですか」 「それじゃあな、サクラにもよろしく言っておいて……くれなくていいか。いいか|朋友《ぽんよう》、これは俺とお前の約束だ。同道、朋友を売らず。言わなかったらまた卵持ってきてやるから」 「喜んで伝えさせていただきます」 「ひでぇ……」 それだけ言うと、レイルさまは窓から出ていった。 「…………そうですか、これをつけていれば……眠気は消えるのですね。それなら……もうひと頑張りです…………ね…………───」 意識が遠ざかる。 不覚だ。 マスターが無事に治るという安堵感から、気を抜いてしまった。 意識して眠気を吹き飛ばそうとしたけれどそれも間に合わず、わたしの意識はそこで途切れた。 ───……。 ……。 夢を見た。 それはとても不思議な夢で。わたしはどこか知らない場所で、知らない女の子になっていた。 ふと、目線を少し上げると……いつも男の子が居た。 男の子はわたしと目が合うと、やさしく笑ってわたしの頭を撫でてくれた。 それがとても嬉しかった。 そう、とても不思議だった。 どうしてこんなに心が安らぐのか。 “上手く感情表現が出来ない女の子”になっているわたしは、ただ必死に、その姿を見失わないように一生懸命にその背中を追いかけた。 だから途中で転んでしまった時、とても悲しくて泣いた。わたしの歩幅はあの人に比べたら小さかったから。 走っても追いつけなかった彼にはもう追いつけないんだと思って、泣いてしまった。 だけど───彼は立ち止まってわたしに手を差し伸べてくれた。 やさしく立ちあがらせてくれて。 服についた砂をはたいてくれて。 そしてやっぱり微笑んで、頭を撫でてくれた。 その女の子だったわたしは彼に抱きついて、恥ずかしげもなく声をあげて泣いた。 その時の彼は困った顔をしていたけれど、それは“女の子”に対する嫌気ではなく……ただ、自分が“女の子”を泣かせてしまったという事実に対するものだった。 “女の子”はそんな彼が好きで、やっぱりその背中を追っていた。 だけど───突然、“女の子”は彼を追えなくなってしまった。 それがどうしてなのかまでは解らなかったけれど…… ───……。 ……。 「う、ん……」 「目、覚めたか?」 「マスター……?」 「びっくりしたよ。目が覚めたらノアが寝てて、しかも泣いてるし……」 「え……?」 言われてから違和感に気づいて、目をこすってみた。 すると本当に、自分の目は涙に濡れていた。 「なにか怖い夢でも見たか?」 「いえ……あの……どう、でしょう……あまり憶えていないので……」 ハンカチを取り出す。 この人に涙を見られるが嫌で、すぐに拭いたかった。 だけどマスターは焦ることもせず、わたしの涙を自分の指で拭った。 「あっ、マスター……っ! 自分で拭えますからっ……」 「いーから動かない。……ノアでも泣くことはあるんだな」 「…………マスターはわたしをなんだと思っているんですか」 「変な意味で言ったんじゃないよ。お前を見てるとさ、どこかで感情を殺してるみたいに見えるんだ。多分俺の錯覚なんだろうけど……あ、まあ悪い意味じゃない。自分で言い出しておいてアレだけど、気にしないでくれ」 「《くしゃり……》あ───……」 ふと、頭の上にどこまでもやさしい手が置かれた。 その時だ。 わたしの心の中にあるとても暖かい何かが体中に満ちていった。 「あのっ……マスター!? わた、わたし……前にあなたとお会いしてませんかっ!?」 「……? いや、ここで会ったのが初めてだけど」 「…………そう、ですよね。……なんでしょう、変な気分です」 わたしの頭を撫でる手。 そしてあの笑顔がとても懐かしく感じた。 それはどうしてだろう。 この人の傍はとても心がやすらぐ。 なんだかとても……ずっと、この人の傍に《ドヴァーーーン!!》 「もーにんぐですーっ!」 大きな音と一緒にサクラの声が響いた。 「よ、どうしたサクラ」 「はう、おはようです与一。下に澄音とゴクツブシ|女郎《めろう》が来てるです。だから起きてるかどうか夜襲に来たです」 「そっか、でもサクラ。夜襲は違うぞ」 「はう? そです?」 「そです」 「………」 なんだか腹が立つ。 わたしと話していたのに。 なんでこんな時にあなたは邪魔を───! 「《ぎゅむっ》あい?」 「なんなんですかあなたはっ! お客さまにお茶も出さないで!」 椅子から降りて、能天気に微笑むサクラの耳を、ぎゅむと摘む。 「な、なんで解ったです!? あうぅうやめるです! 耳が千切れるです!」 「いいからマスターが向かわれるまでお客の接待をしていなさい!」 「そういうのはノアの方が向いてるです」 「行きなさいっ!」 「う、うー……」 ……ぱたん。 ちらちらとこちらを見ながら、サクラが部屋を出ていった。 ……まったく。面倒をかける人です。 「………」 「? マスター?」 握った拳を腰に当てて、ふぅっ、と息を吐いたところで、マスターがわたしを見ていたことに気づく。 ……? はっ!? もしや涙だけではなく、涎まで垂らして……!? などと羞恥が顔面温度を急激に上げてゆく中、マスターが「なにか嬉しいことでもあったのか?」と訊ねてきた。 「え……なぜですか?」 「顔が緩んでるぞ」 「え? あ───だ、大丈夫、です」 気づかなかったけれど、なるほど。確かに緩んでいた。 どうしたというのでしょうか……わたしらしくもない。 「そか、特になにもないならそれでいいか。よし、それじゃあ下に行こう。あ、着替えるから下に行っててもらえるか?」 「それでしたらお手伝いを」 「せんでよろしいっ! 着替えくらい自分でできるからっ!」 「そうですか? それなら……はい、ここで拝見させていただきます」 「ノア〜……朝からいじめないでくれよ……。学校あるんだからのんびりともしてられないんだよ……」 「………」 「ノア?」 「……はっ」 な、なにを怠慢な! わたしはマスターに仕える者! 呆けているだけでは従属者として不出来! ……ああ、でもマスターのお顔のなんて凛々しい……! 「……ノア? おいノア」 「はっ!」 な、なにかがおかしい……。 こんなこと、確かに微弱にはありましたが……あの夢を見るまではこんなこと……! 「……? ま、いいか。わかった、それじゃあ洗面所で着替えるよ」 「あ、いえ、わたしが出てゆきますから───あっ」 踏み出し様、エプロンドレスのスカートを踏んだ。 慌てての一歩は無様にも体を傾かせ、踏んだ部分を軸にするかのように倒れ───トサッ。 「───っと、大丈夫か?」 「───……っ」 あろうことか、マスターの胸にわたしは倒れて───自覚した。 初めて、自分の顔が赤くなるという現象を自覚することが出来た。 顔面温度が上がる、どころじゃない。血液が溜まって爆発しそうなくらいに顔が痛い。 「ノア……やっぱり前の服の方がいいんじゃないか?」 「い、いえあのっ……エ、エプロンドレスは従属者としての聖服でしてっ」 「聖服って……そこまで言うか」 「ととととにかく、わたしが出てゆきますからっ! マスターはたっぷりと着替えを堪能してください! それでは!!」 「いやちょっ───着替えって堪能できるのか!? ってノア!? ノ───」 ドアを開け、部屋から出ると早々と閉めた。 ガチャズバーン、なんて物凄い音を立てた扉から逃げるように、けれど注意して階段を降りてゆく。 「っ……!!」 顔が熱くてたまらない。 マスターの顔をまともに見ることが出来ず、逃げるように走り出した。 20/謎? どれくらい謎かというと……エニグマが謎ってレベルくらいには -_-/穂岸遥一郎 ───……。 「朝ご飯、ごちそうになってしまって申し訳ないね」 「気にするなって。それよりどうしたんだ? 朝メシ食ってないなんて、それこそ俺は驚いたぞ。食事管理とかしてそうな感じするし」 「うん、食事管理はしてるつもりだよ。これでも病院生活が長かったからね、多少の知識はあるつもりだよ。でも買い物を失念していてね、今朝はハングリーに生きようと一大決心をしたんだ」 「……妙なところで面白いよな、蒼木って」 そんなわけで朝食。 これからガッコって日に、今日も我が家(物置であり借り物)に蒼木と観咲が訪れた。 なんだかんだで一緒に居る時間は多く、言ってしまえば寝る時間以外はほぼ一緒に居る。 もちろんバイトの時間とかは無理ではあるものの、それ以外は勉強会と称して遊びに来たり、遊びに行ったりだ。 「そうだよねー、うんうん。それも真面目に言ってるんだから面白いよ」 「? なんの話だい?」 「なんでもないよ。いただきます」 『いただきます』 本日の料理。 ───……ノアのモーニンセット。 「《スクッ……モニュモニュブッフォオ!!》ぶわっ! ごっへぇっ!!」 相変わらずの激マズ料理だった。思わず吐くほど。 見れば隣に座っていた観咲も、ゲボハァと吐き出していた。うん、口を押さえるくらいしなさい。 「えほっ! ケホッ! な、なにこれ! 人類の食べ物!? 相変わらずひどい味だよぅ!」 「お呼ばれしといて文句言うな。そして米粒を飛ばすな。お前女として失格」 「だ、だってだってこんなに見た目がよければ味にも期待しちゃうでしょ……? それなのにこの味って……うぅ、なんか別の意味で驚いたよぅ……」 俺と観咲、二人が同じ反応をする中……何故か蒼木だけが、嬉しそうな顔でぱくぱくもぐもぐ。 ……もちろんこんな光景も一度や二度じゃあないものの、俺と観咲はやっぱり思うわけだ。彼の味覚はどうなっているのでしょう、と。 「おいしいね、懐かしい味がする」 「懐かしいです?」 「うん、懐かしいです」 そんなやり取りも一回や二回じゃない。 ここには繰り返されるだけの日常ってものがあって、それに安堵出来るほどに、受け入れて当然って思えるほどに、俺もこの街での暮らしに慣れていた。 ……慣れて、いたんだけどなぁ。 今日はどうしてか、その日常に違うものが混ざっている。 明らかにとつけられるほど、違うものが。 それがなにかと言えば───正面で頬をうっすらと染めて、ホケー……と俺を見ているちっこいメイドだったりする。 「───……《ホケェ〜……》」 「……ノ、ノア? ノアー……? どうしたー……? って、あ、まだ米粒ついてるか?」 「───……」 「……ノア?」 そう。ノアは俺の顔をホケ〜……と見て、赤くなりながらニヤケてホゥ……と息を吐いたりしている。 もしや風邪でも!? と思ったものの、体調管理を魔器にしてもらっているノアは、そうそう病気にかかったりはしないらしく……じゃあなんだこれ。 「今日のメイドさん、毒気がないね」 それに対して直球的な感想を述べる触角娘。 困ったことに、頷きそうになるほどに解りやすい喩えだった。 「その分お前から馬鹿っぽさが滲み出てるからいいんじゃないか?」 「あ、そっか。って今ヒドイこと言った! もっともらしくヒドイこと言ったぁ!」 「蒼木、醤油取ってくれ」 「うん、えっと、醤油《バシュッ》───あれ?」 蒼木が自分の前にあった醤油を手に取ってくれた───のだが、その醤油が消えた。 で、正面のメイドさんがなんか潤んだ瞳でこっちを見つつ、サムと醤油を差し出してくる。 「ま、ますた……しょうゆ……」 「……なんか今、光の壁を超越するくらいの速さで動かなかったか?」 「………」 ノアは俺のツッコミにも似た質問に対して真っ赤になって俯いて、湯気を出すだけだった。 「わぁ、スチーム機能だ。空気が乾燥する日も安心だね」 「寝ぼけたこと言ってないで食え。ありがとな、ノア」 「……は、はい……ますた……」 そしてまたホケ〜……と俺の顔を眺めるノア。 ……顔、赤いよな。 ボ〜っとしてるし。 もしかして風邪でもひいたのか? 「なぁノア」 「な、なななにかご用でしょうかーーーっ!!!《シュヴォォッピィイーーーッ!!》」 急に姿勢を正して絶叫にも似た声を出し、魔器から湯気どころか蒸気を放つちっこいメイドさん。 正直に言おう。怖かった。 「いや、用ってほどのものじゃないんだが……熱、計ってみろ」 「ね、熱ですか?」 「朝から顔赤かったろ? えーと……ほら」 座っていても手の届く引き出しから体温計を取り出して、サムと差し出す。 ……どうでもいいがサムって差し出し方は、なんというか跪きつつ両手で献上しているイメージがある。片手で軽く渡しているだけだから、そんなことはないんだけど。 「い、いえ……自己管理は定期的に行ってますからそんな」 「命令だ」 「……はいぃ……」 「ほら口開けて」 「は、はい……口───……口!? く、口、ですか!?」 「だってこれ、口で計るやつみた」 「自分で出来ます!」 「……い」 即答された。 思いっきり言葉が遮られたよ。 「そ、そっか。それじゃあ、はい」 「………」 ノアが体温計を受け取る。 そしてそれを口にくわえると、再びホケェ〜……とする。 「重症だね」 「なんかな、やっぱり重症だよな」 「まさかロリコンに目覚めたホギッちゃんが夜な夜なベッドに引きずりこんで《ごすんっ!》みぎゃっ!」 「殴るぞ」 「もう殴られてるよぅ! 手加減ってものを知ってよ、もう!」 「いや、むしろどういう硬度してるんだお前……! 殴ったこっちが痛いんだが……!?《ズキズキズキ……!》」 「え? ふ、ふふふふーーーん! ホギッちゃんが軟弱なだけだもーーーん! それにわたし、こう見えても子供の頃はカルボーン愛好家! カルシウムはたっぷり取ってたんだよーーーっ!《どーーーん!》」 「そうか」 「うん!」 「………」 「………」 「………」 「あ、あれ? あのー……ホギッちゃん? か、カルボーンについて訊かないのかな〜……? ほら、その、もう製造中止になっちゃった伝説のお菓子だよ〜……?」 「そうなのか? 悪い、知らなかった」 「カルボーン知らないなんて、どういう子供時代を生きてきたのホギッちゃん!」 「普通の子供時代を生きてきたわ!」 観咲と二人、いつも通りギャースカ騒いでいると、体温計のアラームが鳴る。 「それじゃあ拝借」と断ってからノアの口から抜いたそれ。今、その全貌を明らかに───! ……36.7。 「ノア、自分の平均体温って知ってるか?」 「……36.3です」 「……まあ、うん。今日は暖かいからな、まあ平熱か」 「問題が無くてなによりだね」 「まったくだ……って言いたいところだけどさ。だったらこのホケェ〜とした顔はなんなんだろうか」 「うーん……春だから、ってことで納得できないかな」 「ああ、脳に春が訪れてるってアレか? それ言われると弱いな。すぐ傍で桜花爛漫な脳を持つ者の例もあるからなぁ」 「なんの話?」 「お前の脳の話だ」 「え? わたし? 雪音ちゃん?」 自分で自分を指差して、こてりと首を傾げる。 自分を指差すのは構わないんだな。というか俺にも結構指差してくるくせに、どうして人の指には突き指ナックルをしてくるのやら。 「ああ。お前の頭の中ではきっと桜の花が満開なんだろうなぁって話」 「え? え? それってわたしが春っぽいってこと?」 「別の意味でそれっぽいな。……もっとも、桜に紛れてスギ花粉も飛んでそうだが……」 「はは、そうかもね」 「え? なになに? よく解らないよぅ解りやすく言って?」 「馬鹿」 「なっ───ガッデムゥウウッ!! ここまで巧みな話術で引っ張っておいて、結局それが言いたかったの!?」 普通は途中で気付くと思う。……巧妙だっただろうか。 「僕は雪音は春らしい女の子だと思うよ」 「そ、そうかな、そう思う?」 「思わん」 「ホギッちゃんには訊いてないよぅ!」 ぬう、せっかく返事したのになんてガッデムなヤツなんだ。 親の顔が見てみたい。 いや、顔より性格を知りたい───なんて思った時だった。 「ほら、その落ち着きの無さとかが新たな年に騒ぐ人のようで、春な感じだよ」 「………」 「………」 蒼木が、いつもと変わらぬ笑顔のままで結構キッツイことを仰った。 ……たまに、あるんだよな、こういうの。 「……悪気は……ないんだよな?」 「澄ちゃん、時々素でヒドイから……」 「うん?」 「いやいや、なんでもないなんでもない」 「うん、なんでもないの、うん」 うーむ、純粋な毒気のない人間っていうのは悪気がないところが毒気なのかもしれん。 ともあれ、喋りながらでも食べていたこともあって、茶碗はカラッポ。おかずも食べ終えた俺は、同じく食べ終えた蒼木と一緒に箸を置いて手を合わせた。 「ごちそうさま」 「ごちそうさま」 「えっ!? た、食べたの!?」 「ん? ああ、慣れればコレはコレで珍味じゃないか? 食えないこともないぞ? 舌が馴染むまでは、どうしても最初の一口目で噴き出すけど」 「え? 僕は純粋に美味しいと思うけどな」 「あ、えと……の、残していいかなぁ……」 「《だんっ!》サクラの料理が食えねぇってんですーーーっ!?」 「ひゃわぁあっ!!?」 観咲の言葉に眉を吊り上げ、テーブルを叩くサクラ。 極道譲り? の言葉遣いに観咲が少々驚いてる。 ……俺から見れば迫力もなにもあったもんじゃないんだけど。 あとサクラ、それ作ったのノアだろ。 「だってこんなにマズいもの」 「あぁんっ!? なにですっ!?《チラァッ!》」 サクラはなんというか、観咲相手には随分と元気だ。 相変わらず、ギロっと睨んだつもりなんだろうけどイマイチ迫力に欠けているけど。 「ホ、ホギッちゃ〜ん、妹さんコワイよぉ……!」 「それじゃあ俺達は学校があるから」 「あわわ待ってぇ〜っ! わたしもあるってばぁ〜!」 「だからお残しは許さないと言ってるです! 残したりする気ならエンコ置いてってもらうです!」 「え? エンコって……? な、なんなのホギッちゃん……」 「ん」 黙って小指を立てる。 「女の子?《ディシィッ!》んきゃあっ!」 「妙な先読みするな! 小指だよ小指!」 デコピン一閃、きちんと説明してやる。 ……ちなみに、エンコというのは指や手を表す言葉である。 つまり“エンコ置いていけ”の意味は、“指置いていけ”って意味……なのだろう。 エンコは猿猴と書き、猿猴は手長猿などを指す。手長猿……つまり手を意味して、それを置いて行くことを指詰め、と。 まあどうして手長猿に喩えたのかは俺も知らない。 昔、芸者や愛人を小指で喩えた理由はもっと知らない。 そして俺の隠れたあだ名が知恵袋とかおばあちゃんだったことなんて忘れていい。友達? 居なかったよ悪かったな! あだ名っていうより悪口だったよ! なんだよ頭から産まれて来たような勉強馬鹿って! お前らみんな逆子か!? この親不孝者が! 「はたた……って、えぇっ!? そんなことされたら指きりげんまんが出来なくなるよ!? 人間なら一度は夢見る『針千本飲ます』も実現できなくなるよ!?」 「夢見るかそんなもん!」 「懐かしいなぁ、僕も夢見たよ」 「見たの!?」 「ふふ、冗談だよ」 「だ、だから……頼むよ蒼木ぃ……。お前が言うと冗談も冗談に聞こえないんだよ……」 「ふふふふ、ごめんごめん。でもキミと居るとなんだか新しい自分が見つけられてね。抑えるのももったいないからつい、ね」 穏やかに笑う澄音。 ……新しい自分か。 俺は……まあ大半は観咲の所為だな。 ここに来てからというもの、自分がこんなに騒げる人間だったという事実に驚いてる。 所為……というか。まあ、その。……お、お陰って言っても……いいのかもしれない。本人には言えやしないけど。 「それじゃあ行くか。蒼木」 「そうだね、行こうか」 「まま待ってぇーっ!《がしぃっ!》はうう!? 「お残しは許さないですーーーっ!」 「キャーーッ!!?」 俺が玄関を締める頃、最後に聞こえたのはそんな声だったとさ─── ───……。 ……。 キーンコーンカーンコー……ン……グワラァッ! 「ふはーっ! はーっ! ぷはっ……くはーっ!」 チャイムが鳴って数秒。 観咲が教室に現われた。 「セ、セ、……せーふ……《ごすっ》ぅわいたっ!?」 「ギリギリでな」 息を荒れっぱなしの観咲の頭に出席簿が落ちる。いい音が鳴った。 後ろから入ってきたのは亮錐センセだ。 「は、はうぅ……用水センセ……」 「亮錐だっ! 朝っぱらから立たされたいか観咲っ!」 「うぇえ……立つより休ませてくらさい……」 出席簿で頭を軽く小突かれた観咲はフラフラと漂いながら席へ座った。 「それじゃあ出席をとるぞー。山下ー」 「はい」 「永森ー」 「いいえ」 「村川ー」 「イエス!」 「園田ー」 「ノォ!」 「〜〜……真面目に返事しろお前ら!!」 「ちょっとしたカナディアンジョークです」 「……今年の生徒は真面目なんだか面白いんだか……! お前らどうしてこの学園選んだんだ……もっと相応しい高校があったんじゃないか……?」 『近かったから!《バァーーーン!!》』 「……いい度胸してやがるよ今年の一年は……」 「だって考えてもみてくださいよ用水センセ」 「亮錐だ! お前ら絶対にわざと間違えてるだろう!」 「いえ、とんでもない。ただ初日の先生の自己紹介のインパクトが強すぎたもので」 「そうそう。あ、それで話ですけど。今まで勉強勉強の嵐だったんですから、目標に辿り着いたなら少しは自分を解放したいじゃないですか」 ああそれ賛成。 斜め前の席の永森くんの発言に、みんながうんうんと頷く。 勉強ばかりしてこの学園に入って、今日までなんだかんだと真面目にやってきた。 そろそろ自分に休憩をさせてやってもいいんじゃないかと、みんなそう思っているわけだ。 「だからって人をからかって遊ぶな。俺は教師だぞ……」 「用水センセ、出席確認が止ま」 「亮錐だァッ!」 「うおう」 「えぇいもう! ざっと見渡しても空いてる席などないじゃないか! アホらしい! 俺はもう戻るぞ!」 「用水セン」 「亮錐だ!」 「教師なら“俺”より“私”の方がカッコつくよ。前まで“私”だったっしょ」 「大きなお世話だっ!」 「あ、ところで用」 「亮錐だッッ!!」 「うおう、また間違えた」 遊ばれてるなぁ、用水……じゃない、亮錐センセ。 出席簿にズガーッと何かを書き連ねてズパーンと閉じて、小脇に持って立ち去る彼。 ああ、本気で怒ってたな。 「……行った、な?」 「行った行った」 「うしゃーっ! 自由時間確保ーッ!」 「永森、お主もワルよのぅ!」 「子供の時からの付き合いでいまさら何言ってんだよ山下ぁ!」 ウハハハハハと笑う彼ら。 我がクラスの騒動の源たる永森厚と山下雄太だ。 毎度毎度、彼らにおちょくられているセンセが少々可哀相だが、あれはあれで笑。 笑いと書いて|笑《ショウ》である。 「穂岸くん、ちょっといいかな」 「うん? ああ蒼木か。どうかしたか?」 「この問題集に目を通していたんだけどね。さっぱりだから要所の必要な微知識だけでも聞いておこうかなって」 「……間違ってても知らないぞ?」 「大丈夫、教えてもらっておいて文句言ったりはしないよ」 「《ニョキリ》そうそう」 「どこから沸いて出た」 「沸かない沸かない」 いつの間に近づいたのか、蒼木の背後からニョキリと現れる観咲。 そして、他の女子に軽く挨拶をしてからこちらへ来る真由美さん。 いつものメンバーである。 「えーと、じゃあどうするか」 「あ、なんなら俺の席使うか? むしろ交換してくれるならそれはそれで嬉しいんだけど」 四人集まっても席がない。 どうするかと悩んでいると、隣の席の島津くんが蒼木に提案してくれた。 で、そんな提案にサワヤカ笑顔で「ありがとう、嬉しいよ」と返す蒼木。 ……サワヤカだ。 「…………な、なぁ、穂岸? 蒼木ってなんかサワヤカすぎやしないか?」 「そうだな。でもこれでいいんだと思うけど」 「そっかぁ? あー……まあいいけど。そんじゃ席交換な」 「うん、大切に使うよ」 「……別に俺のものってわけじゃないけどな。いいや、愛用してくれ」 島津くんが蒼木の席へと向かった。 自習ってことだからあまり席を立つのはよろしくないんだけど、まあバレやしないだろ。 「あ、あ、それじゃあわたしこと雪音ちゃんも誰かとー♪ あ、神無月くん、席交換して」 「ダメ」 「それじゃあ中溝ちゃん」 「ダメ」 「じゃあホギッちゃん」 「馬鹿かお前は。そんなことしたら俺の人格が疑われるだろう」 「そうなのかい? それじゃあ僕も遠慮したほうが良かったかな」 「いや、疑うのはこいつ限定だ」 「ガッデムーッ!」 「で、問題集だけどな」 「うわーん無視しないでー!」 「うわーんとか言うな!」 「左腕《ムキーン》」 「今すぐ帰れ」 「冗談だよぅ、そんな邪険にしないでよぅ……」 言いつつ、構え構えと服を引っ張ってくる。 気分は元気な娘に振り回されるおじいちゃんだ。 ……正直最近はそれでいい気がしてきている。だってどうせ豆知識的なことしか提供できないし。あだ名というか悪口っぽい名前が“おばあちゃん”だったし。 「ともかく。今問題集の点検をしてるんだ、バイト終わったら遊んでやるから寝てろ」 「子供扱いするなーっ! 大体バイト終わるのって10時じゃないのさー! ていうかわたしも混ざるって言ってるのに仲間ハズレはよくないよぅ!」 「だったらスムーズにやらせてくれ。近くで騒がれるとそれだけ遅れるだろ」 「みんながわたしに席を貸してくれないからだよー!? もういいもん! みんなー! ちょっと聞いてー!」 「おー? なんだなんだー? なんかあるのか?」 「なんじゃい観咲」 観咲の声に、クラスの連中……主に永森くんと山下くんが反応する。 「ハイハーイ! 雪音ちゃんからのてーあんでーっす! 今の席に不満持ってる人は耳を傾けてー! センセが来る前に好き勝手に席交換しませんかー!? どーせ1限目のセンセだって、みんなの位置なんて覚えてないんだから、ここでぱぱーっと変えちゃおう! 立てよ国民! 立ち上がる時は今なのだー!」 「賛成。よし山下、俺の隣に座れ」 「いいねぇ」 「はいはいはーい! センセ来る前に動いてー!」 『おーっ!』 生徒達は自由に動き回った。 動き回って……好き勝手に席を変えた。 「《どぼぉ!》ふきゃあっ!?」 途中、芝野の振り向き様の机アタックが観咲の脇腹に突き刺さったが、なにはともあれ席替えは終了。 凄まじい片寄りを感じるが、男女の列を守ってはいるのでOKだ。 「ふくくくく……!! と、とにかく……わたしはこれを狙っていたのだぁ……! み、見よ! 勉強のリーサルウェポン、まゆちゃーん!」 「カンニングはいけないと思うよ?」 「し、しないもん! 訊くだけだもん!」 脇腹を押さえながら逞しく喋る観咲。 こういうところは根性があるんだけどなぁ。 「まあ……なんだ。結局このメンバーになるのか」 「僕は嬉しいよ」 「俺だって嬉しいけどさ。……まあいいや、三人で勉強の見せ合いでもするか」 「あー!なにさらっと人数限定してんのさー!」 「うるさい馬鹿」 「わっ、真正面から馬鹿って言った! かねてよりの遺恨、憶えたるかーっ!」 「雪音、ワケが解らないよ」 「うん、わたしも知らない。えーとなんていったっけ。こくてーただよしぞー?」 国定忠臣蔵である。 「ふーん……やっぱり与一くんって勉強出来るんだね」 「これしか取り柄が無いから。運動は平均くらいだし……い、いや、平均……平均……?」 「ホギッちゃんってば平均以下でしょ」 「逆上がりが出来るやつは敵だ」 「もっと高い所狙えたんじゃない?」 「い、いつか逆上がりくらい出来るようになるぞ!? そして高いところに───!」 「え? あっはは、そうじゃないよ、与一くん。学校の話、学校の」 「え? あ……あ、あーあーあー…………《かぁあ……!》アー……!」 「ぷふっ! 高いところっ……! ホギッちゃんの理想の高いところって鉄棒の上なんだ〜……? ふーん?」 「うるさいツムリー!」 「だからナメック星人じゃないってば!」 と、俺の恥ずかしさと観咲の怒りがいい具合に混ざったあたりで話を戻す。 なんの話だったっけ。ああ、高いところの話だった。 「話を戻すけど……真由美さん、俺はね、高い所に興味なんてなかったよ。実家から遠ければどこでもよかったんだ」 「……家を出たかったってことかな?」 「……うん。いろいろあってね」 「いやーんロンリーベイベーだねぇホギッちゃん。でも若い時の冒険って大人になった時に役に立つそうだからオールオッケー」 「別にお前にオッケーもらいたくて出てきたわけじゃないが」 「どうしてそこでそういう返し方しか出来ないのかなぁホギッちゃんは」 「それはお前が馬鹿だからだ」 「関係ないぃっ!」 「ところで蒼木」 「え?ああ、なんだい?」 観咲を無視って蒼木に向き直る。 ギャーギャー騒ぐ観咲は真由美さんに手刀を落とされて机に沈んだ。 蒼木は蒼木で、要点の知識を説くと早速解きにかかっていた。 「えっとさ、蒼木って何処に住んでるんだ?」 「あれ?前に言わなかったかい? 僕は雪音の家で寝泊まりさせてもらっているんだよ」 「あ、あー……確か親に……」 「うん、でもあれはあれで良かったんだよ。僕のことで迷惑なんてかけたくなかった」 「………」 「そんな顔をしないでくれ。僕は今の人生がとても好きだから」 「……悪い、いきなり変な質問して」 親に捨てられた、なんて、いい過去であるわけがない。 わざわざ質問して掘り返したりしてしまった。……反省。 「ホギッちゃんって、勉学は憶えられても日常的なことは憶えてないんだねー。ヴァカだよねー、ふっふーん♪」 「観咲。昨日の晩御飯ってなんだった?」 「え? えっと…………あれ?」 「よろしくな、馬鹿」 「むきゃああああ勝負だぁあああっ!!」 「黙れ。いいからこっちの準備が整うまで静かにしていてくれ、お前は」 このガッコの先生が出すテストっていうのは結構クセがあって、法則性もあったりする。 だからここをやっておけばという対策は立てやすい。 ……いや、むしろ板書しっかり取って復習とかきちーんとやっていればなんの問題もなかったりするのだ。だってここ、基礎を固めることを目的としたガッコだし。 「それより与一くん、あれから大丈夫? また倒れたりしてない?」 フスー、と鼻から溜め息を吐いていると、真由美さんに心配された。 あ、そういえば結局あれからどうなったのかとか報告してなかった。 楽になった時点で連絡のひとつくらい入れるべきだった。またしても反省。 ……最近反省することが多くなってきた。 それだけ自分が人として立派じゃないってことか。 もっと頑張らないとな、ほんと。 「あ、ああ、大丈夫大丈夫。ただの寝不足だから」 「寝不足……まあ、うん。あれはそうだろうね。そう言うしか───っと、つまり穂岸くんの場合、天才は一日にして為らずかい?」 「そんなんじゃないよ。“勉強は適度に”が俺のモットーだ。無理して倒れるようなことはしてないよ」 「じゃ、じゃあやっぱりノアちゃんとオールナイト《ディシィッ!》あだっ!」 「黙ってろピンク思考回路」 「そんなんじゃないよぅ、大体いきなりデコピンってひどいぃ〜……んん? ねぇねぇホギッちゃん? じゃあどうして寝不足になんかなったの? 勉強のしすぎ?」 む。それを蒸し返すか。 あ〜……まいった、どうしたもんか。 天界から送られてきたエッグの所為、なんて言えないしなぁ。 と考えている途中、教室の引き戸が開かれて、1時限目のセンセが到着。 「授業始めるぞー、席に着けー」 ナイスタイミングである。 「先生来たな。話も終わりにするか」 「そうだね」 「うん」 「ちぇー。口ごもってたから弱みを握れるって思ったのに……」 ……約一名、ただごとならぬことをぬかしていた……けど、無視することにした。 さて……勉強しますかぁ。
ネタ曝しです。 *スクッ……モニュモニュ ステーキとかを食べると鳴る、バキ世界の不思議効果音。 なお、ステーキを食べる時は頬一杯に詰め込んで、白目になりながら咀嚼しましょう。 ……ミスター、適量かと。 *エニグマの謎レベル エニグマは謎だ! ジョジョ四部のサブタイ。 ……謎だ。 *魔器から湯気どころか蒸気を放つちっこいメイド イメージはお怒りになったゲネル・セルタスあたりで。 あれ、なんなんだろうね。 蒸気器官でも持ってるのかしら。 *笑(ショウ) 読み切りジャンプ漫画COSMOSより。 ホヤホヤのチーム“チョコレート”が言葉のあとにつけたアレ。 *立ち上がる時は今なのだ なんかるろうに剣心でそんな言葉があったような気がするの。 ◆後書きでござんす。 さて、ここからあと数話で春編も終わりです。 え? ファンタジーはまだか? えー……ファンタジー編が本格的に始まるのは空界編、えーと……そうですな。 これが第一部だとするなら、ファンタスティックファンタジアはえーと……は、八か九部くらい? 長い道になりそうです。 ああえっと、昔書いたものだから〜って理由は言い訳ではございますが、終わり方は結構ズドンと終わります。 人生に心の準備が出来る期間など存在せぬとばかりに残酷です。 四季本編第一〜第四部はドリキャスのメール機能で書いていた小説だからなぁ……いろいろ強引だった頃のものですので、それこそズドンです。 さて、ではまた次のお話で。 昔のホギッちゃんが結構口悪かったのが、わりと楽しい凍傷でした。 Next Menu back