思い出すことは夢、夢は思い出、思い出は過去の扉。
遠い昔に駆け抜けた季節を思って自分は涙した。
たったひとつの偶然が全ての引鉄となって、自分から全てを奪ったあの頃。
その季節の全てこそが夢だとしたら、今自分はここには居なかったのだろう。
何が良くて、何が悪かったのか。
そんなことさえ見い出すことの出来ない架空の世界。
その架空の蒼空の下、ぼくは永い夢を見た。
穏やかで揺るぎ無い、あの頃の夢を。
だけどその景色は歪み、やがてあの夢が訪れる。
別れはいつも悲しくて。
止めたかったのに止まらなかった涙を齎したあの夢が───
今も、ぼくの心の中から離れない……
───行方を知らない想いたちのコト───
【ケース34:穂岸遥一郎/今話】
幸せってなんだろう。
昔、そんな疑問をぶつけられたことがある。
自分はそれに対して『大切な誰かと一緒に居られること』と言った。
きっとどんな答えでも彼女は笑った筈だった。
だけど彼女は悲しそうに自分を見つめた。
それがどうしてなのか、その頃は解らなかった。
だけど失ってみて初めて気づく。
なんて自分は愚かだったのか。
どうして気づけなかったのか。
今となっては後悔することしか出来ない自分の世界。
その終着駅はきっと、自分が齎すことを、自分は知っていた。
───楽しかったはずの日常が壊れるのは、案外あっけないものだ。
昔、そんな言葉が書いてある小説を見た。
事実、この日常はなにが起こるか解らないのだから、まあそれも当然だとその時は頷いた。
否定したくなる時が訪れるなんてことを知らなかった頃の話だ、今は違う。
けれども否定したからといって、それが現実として現われるわけじゃない。
ただの空想として、闇に消えてゆく。
当然、その一方で現実は確実に動いていく。
やがてその時が訪れるまで、自分はその別れをも知らずに生きていた。
【ケース35:ノア=エメラルド=ルイード/片鱗】
───……目の前でマスターが眠っていた。
規則正しい寝息に少し安心する。
汗に濡れた額をタオルで拭い、その顔を覗き見る。
……先ほどとは違って、穏やかなものだった。
ノア 「………」
マスターの病気は未だに治らない。
天界のもので発生した病気が地界で治るのなら、誰も苦労はしない。
地界の人にエッグが悪影響を及ぼすかも試さないで持って来た結果だ。
そもそも天界のものを地界に持ってくること自体が無かったのだから仕方が無い。
遥一郎「う……ん……」
ノア 「マスター?」
遥一郎「………」
寝言だったようだ。
安心した。
ノア 「………」
……自分の身体に異変があることを知ったのは数日前。
このことは誰にも言えない。
もちろん、マスターにも。
恐らくはマスターと同じ症状。
まだ軽いだけだ。
既にアークでの調整はしてあるけれど、
マスターと自分とで力を分ければ効果は当然半減する。
マスターを最優先している分、わたしに流れる調整は3分の1程度だ。
確実に病気は身体を蝕んでいる。
こうして、マスターのお世話が出来るのも僅かかもしれませんね……。
───ドクンッ!
ノア 「ッ───あ……!」
発作が始まる。
身体全体の熱が急上昇し、吐き気を促す。
だが吐こうとしたところで絶対に吐けない。
本当、どうかしている。
ノア 「はぁっ……!あ、───く───!」
あまりの苦しさに涙が溢れる。
進行していない状態だというのにこの苦しみ。
マスターはこれ以上の苦しみを味わっていることになる。
遥一郎「ん……」
ノア 「───!」
いけない───!
マスターが起きる……!
治まってください……!お願い……!
遥一郎「───……ノア?」
ノア 「………………」
遥一郎「ノア?どうかしたのか?」
ノア 「───いいえ、なんでもありません」
遥一郎「……そうか?」
ノア 「……は……い。どうか、そのままお眠りになっていてください」
遥一郎「ああ……悪い」
ノア 「───……」
……やがて、寝息が聞こえ始める。
それと同時に、無理矢理作っていた落ち着いた顔を崩す。
拭っていた汗がまた溢れる。
ここに居てはマスターに迷惑だ。
出なくちゃ……。
……ドアノブに手をかける。
が、その途端にドアが引かれた。
ノア 「え───……」
澄音 「あ、ノアちゃ───……こっちに来て」
ノア 「あ……」
ドアを開けたのは蒼木澄音という、マスターの友人だった。
彼はわたしの身体を抱えると、階段を降りてわたしの部屋まで運んだ。
───……。
……。
ノア 「はっ───はぁ、はぁ……!」
澄音 「……ノアちゃん、まさかキミまで───?」
ノア 「マスターには……言わないでください……。
余計な心配事を増やしたくないんです……」
澄音 「……うん、言うつもりだったらあの時点で言っていたよ」
ノア 「───か、かはっ───!は、はぁっ……!」
澄音 「ノアちゃん、その状態で穂岸くんの看病は無理だよ。まずは休んで」
ノア 「……休んで、治る病気ですか……?違うでしょう……」
澄音 「………」
ノア 「わたしは……マスターのために……なにかひとつでも……」
澄音 「……その身体で何が出来るんだい?
いずれ勘付かれて、そうしたら余計に穂岸くんが悲しむよ。
自分の看病のために苦労させた、って」
ノア 「解っています……!だけどだめなんです……!わたしは、あの人を───!」
澄音 「…………ノアちゃん、これを一滴飲んで」
ノア 「…………?」
澄音 「早く。そうじゃないと身体がもたない」
ノア 「は、は───!───ん、ぐ……!」
───……
ノア 「……はぁ……はぁ……、あれ……治まって……」
澄音 「……よかった。数年前のものだから効果があるか不安だったんだけど」
ノア 「これは……地界のものではありませんね?」
澄音 「…………うん」
ノア 「あなたは何者ですか?」
澄音 「秘密」
ノア 「………」
澄音 「即効性はあるけど少し眠くなるんだ。
少ししたら凄い眠気がくるから、そのまま寝てしまってくれないかな。
そうした方が効果が高いよ。多分、あまり寝ていないよね?」
ノア 「………」
澄音 「……あれ?……もう眠っちゃった?」
───……。
【ケース36:蒼木澄音/知る者、知らざる者】
───ノアちゃんは眠っていた。
最近彼女の様子が変だから、何か隠しているとは思っていたけど───
まさか彼女にまで病気が振りかかっていたとは思わなかった。
澄音 「…………」
小さな小瓶を見る。
さっきノアちゃんに渡したものだ。
それを手に持ち、部屋をあとにした。
───。
サクラ「あ……澄音……」
澄音 「やあ、サクラちゃん」
サクラ「……おはようです」
澄音 「………」
サクラちゃんは日に日に元気が無くなっていっていた。
未だに自分の所為で穂岸くんが病気になっていると思っているらしい。
僕はそんな彼女の頭を彼の代わりに撫でてやり、微笑んだ。
澄音 「サクラちゃん、キミの所為じゃないよ。エッグ自体が悪かったんだ。
キミが穂岸くんを刺したからじゃない。それだけは忘れないで」
サクラ「ふぇ───?」
澄音 「……それじゃあ、僕は学校があるから」
───きゅむ。
澄音 「うん?」
サクラ「待つです、澄音……」
澄音 「うん、どうかしたかな」
サクラ「どうしてエッグのこと、知ってるです───?」
澄音 「───あ」
反射的に口に手を当てた。
サクラ「与一もノアも、天界のことは話さない筈です……どしてです……?」
澄音 「…………」
言うつもりじゃなかった。
ただ彼女のことを思うとこの娘の泣き顔は見たくなくて───
サクラ「───澄音、教えるです。なんで知ってるです……?」
澄音 「……ごめん、言えないよ。言えるわけがない」
サクラ「すみ───」
バッ!
サクラ「ひゃうっ!」
服を掴んでいた手を振り払って走り出した。
───そうだ、言えるわけがない。
あれは僕の『罪』だ。
……乱暴に振り払ってしまったサクラちゃんに謝りながら、僕は走った。
息切れをしても、過去を思い出して泣いてしまっても───
【ケース37:観咲澄音/退屈】
───……。
雪音 「───」
最近、退屈。
ホギッちゃんは病気で入院、澄ちゃんはなんか急いで来たと思ったら何も話さない。
まゆちゃんはホギッちゃんが居ない分、仕事を頑張ってあんまり元気がない。
……あうぅ。
浅田 「えー、で、あるからしてー」
用水センセが歴史の授業をやってる。
勉強自体がちんぷんかんぷんだと、なにがなんだか解らない。
浅田 「……では、ここの城の主は誰だったのか。えー……蒼木、答えてみろ」
澄音 「───」
浅田 「蒼木、どうした?」
澄音 「え───あ、はい」
浅田 「答えてみてくれ」
澄音 「……すいません、どこの問題でしょうか」
浅田 「───84ページの頭の『ちょっとした問題の2』だ」
澄音 「はい」
……わぁ、澄ちゃんが話聞いてないなんて初めてだよー。
澄音 「………」
……ありゃ?
澄ちゃんたら答えない。
こんなのわたしでも解るのに。
浅田 「どうした?」
澄音 「すいません、解りません」
浅田 「なに?おいおいどうしたんだ蒼木、今までのお前なら答えられたろう」
澄音 「───」
……え?澄ちゃんなんだかコワイ顔してる……?
澄音 「───先生」
浅田 「うん?どうした?」
澄音 「お言葉ですが」
雪音 「はうーっ!急に頭蓋骨にヒビがぁーっ!ってわけで澄ちゃん保健室付き合って!」
がしいっ!
澄音 「え───?」
雪音 「用水センセー!それじゃああとよろしくおねがいですー!」
浅田 「亮錐だっ!って、おい待て!待───」
がらぴしゃん!
浅田 「───……なぁ、お前達……私は教師だよな……」
永森 「え?」
浅田 「え?ってなんだ!悩まないでくれ!」
永森 「いや、むしろお笑い担当……?」
浅田 「…………もうヤだ……このクラス……」
…………
【ケース38:蒼木澄音/葛藤】
───
澄音 「雪音っ……離してくれっ……!雪音!」
バッ!
雪音 「あっと」
澄音 「なにをするんだいきなり!」
雪音 「拉致」
澄音 「………」
雪音 「澄ちゃんが怒鳴るなんて久しぶりだよね。
あ、ホギッちゃんが刺されたときもだっけ。……もしかして何かあった?」
澄音 「………」
雪音 「……澄ちゃん?」
澄音 「………………教えてくれ、雪音……。
僕は初めての友達も助けられない無力な男なのか……?」
雪音 「え?友達って……ホギッちゃん?助けられないって……なにそれ……?」
澄音 「助かる方法がひとつしかないのにそれを黙っていなければいけない……!
僕は彼を見捨てることしか出来ない情けないやつなのか……!?」
雪音 「澄ちゃん……」
澄音 「解らないんだ、何もかも……。僕は彼が大事だ……。
だから悲しませたくない、死なせたくもない……。
だけど僕には命を天秤にかけるようなことは出来ないんだ───!」
雪音 「澄ちゃん、落ち着いて」
澄音 「どうして僕の大切なものばかり奪っていくんだ……!どうして……!」
雪音 「澄ちゃん!」
澄音 「あ───……ごめん」
……どうかしてる、雪音にあたるなんて。
雪音 「……澄ちゃん、ホギッちゃんを死なせたくないってどういうこと?」
澄音 「………」
雪音 「澄ちゃんっ」
澄音 「───……彼の病気は医者なんかじゃ治せないんだ……。
そして多分……進行具合から見て、この春でさえ乗り越えられない……」
雪音 「───え?」
澄音 「………」
雪音 「そんな、笑えないよその冗談……。やめてよ澄ちゃん……」
澄音 「……事実なんだ」
雪音 「だ、だって病院で診てもらってるんでしょ!?あの先生治るって言ったもん!
絶対に回復するって!絶対に治すって言ったもん!」
澄音 「……その先生ならとっくに彼を見放した。穂岸くんは今、自宅に居る……」
雪音 「そんな……そんなのってないよ……!わたし文句言ってくる!殴ってやる!」
澄音 「やめてくれっ!そんなことしても穂岸くんが惨めになるだけだ!」
雪音 「だ……だって……!ひどすぎるよぉぉ……っ!」
……雪音は手で顔を覆って泣いてしまった。
そうだ……。
僕にとっての友達なら、雪音にとっても友達だったんだ。
そんな彼が見放されたと聞けば、医者を殴りたくもなる。
だけど……こればっかりは医者を責めることは出来ない。
治す方法自体がないのだから仕方が無い……。
どうしたらいいんだろう。
僕は……やっぱり何も出来ないまま終わるのだろうか……。
【ケース39:───/───】
───それは夢の続きだった。
その確信をもって、わたしはその世界の空を見上げた。
真っ青で、とても純粋な空だった。
意識は自分。
体も自分。
だけど名前だけは違った。
その名前で彼に呼ばれるだけで、どういうわけか涙が溢れた。
それがどういう意味だったのかが解るまで、大した時間は必要じゃなかった。
……鏡に映る自分の黒髪を撫でる。
顔は同じだというのに髪の色が違うだなんて、不思議なものだと微笑んだ。
声 「───……〜、いくぞー」
声が聞こえる。
わたしはその声に反応して駆け足で彼のもとへ急いだ。
そして抱きつく。
彼は少し驚いた顔をしながら、わたしの頭を撫でてくれた。
そこで理解する。
……ああ、幸せな筈だ。
だって、わたしはもう随分前からこの人に頭を撫でられることが好きだったのだから。
───……だけど、この夢ももうここまでだ。
わたしはもう、自分が長くないことを知っている。
それなら最後まで彼の傍に居たいとも思ったけれど……
どうせなら彼との約束を果たしたい。
それで自分はきっと消えてしまう。
だとしても、わたしは───
【ケース40:穂岸遥一郎/喜びと悲しみと】
…………。
遥一郎「…………」
目覚めるとノアは居なかった。
あまりにシンと静まった家の様子に少し戸惑う。
ひとまずは立って、ドアへと歩いた。
───そこで驚いた。
遥一郎「え……?歩ける……?」
いや、立てる。
もしかして治ったのか!?
遥一郎「───」
ブンッ!バッバッ!
遥一郎「……おおお!上段回し蹴りも自由自在!」
ズキンッ!
遥一郎「ぐあっ!……たたた、やっぱ無茶はいかんか。でも歩けるってステキ」
よく解らない高揚感が俺を襲ってくれました。
うおお、なんたる快感。
動けることがこんなに嬉しいなんて初めてだ。
遥一郎「よし、まずは水を呑もう。喉カラカラだ」
久しく飲んでいない水を呑むために部屋を出て階下へ。
台所に辿り着くとグラスに水を注いで喉を潤した。
───くはーっ!まるで砂漠の上に水をこぼしてるような染み渡り!
……さてと、馬鹿なことやってないで、サクラとノアの様子でも見てくるか。
迷惑掛け通しだったからな。
ピンポーン!ピポピピポピポーン!
遥一郎「む」
突然チャイムが連打される。
ノアもサクラも出てこないところをみると、どうやら眠っているらしい。
遥一郎「はいはい今出ますよ−」
ととと……がちゃっ。
遥一郎「はい?」
雪音 「ホギッちゃん!ホギッちゃんが大変って本当!?ってぎゃーっ!!」
遥一郎「うおっ!?な、なんだ観咲か。どうしたんだよ」
雪音 「───……幽霊?」
遥一郎「人をいきなり霊体扱いするな」
雪音 「え?え?でも、だって……」
遥一郎「……ん?お前泣いてるのか?小さな虫でも噛み締めて舌に激痛感じたのか?」
雪音 「───ホギッちゃあん!」
がばーっ!
ぼごっ!
雪音 「ぐおっ!」
遥一郎「いきなりなにしやがる」
雪音 「うぅうぅぅぅ〜……泣きついた女の子殴った人、初めて見たぁ〜……」
遥一郎「俺も殴られて『ぐおっ』とか言う女は初めて見た」
雪音 「でも……よかったよぅ……夢じゃないよね……?」
遥一郎「だから、何が」
雪音 「……ごめんねホギッちゃん。ちょっと澄ちゃんブチノメしてくる」
遥一郎「へ?なんで」
雪音 「言っちゃいけない冗談言ったから!わたしの拳が光って唸るぅーっ!!」
ずどどどどどど……!
遥一郎「あ、おーい!何しに来たんだよーっ!」
俺の声も完全に無視して、観咲はごしゃー!と走っていってしまった。
遥一郎「なんだってんだよ……」
がたんっ!
遥一郎「ん?」
サクラ「───与一?」
物音に振り向くと、サクラが呆然とした顔で俺を見ていた。
手には大仏マクラ。
どうやら戦る気らしい。
遥一郎「……おはよう、サクラ」
一応挨拶をズバァンッ!
遥一郎「ギャッ!」
───した途端、顔面に大仏マクラが投擲された。
鼻血が出た。
ああ、生きてるってスバラシイ。
ドシャア。
サクラ「よ、与一ですーっ!幻じゃなかったですーっ!」
サクラがパタパタと駆けよってくる。
俺はそんなサクラを受けとめようとなんとか起きあがり、片膝をついて迎えてドゴォッ!
遥一郎「ギャア!」
サクラ「あ」
ドシャアと倒れた。
ふふ……サクラ、見事なシャイニングウィザードだったぞ……。
ガクッ。
サクラ「与一……?与一ーっ!」
片膝立てた時点でなんとなくこうなるんじゃないかって思ってた。
うん、思ってた。
遥一郎「だ、大丈夫だサクラ……ていうかシャイニングウィザードなんて何処で……」
サクラ「前に天界でレイルにいさんが教えてくれたです……」
あ、あの野郎……!
なんかよ〜くわかった。
サクラが異常な行為をしたら、それは全てあのレイル殿の所為だ。
くそ、妙なエッグ送りつけただけでは飽き足らないってか……!
遥一郎「あ、あのレイルとかいう奴の所為ならダメで元々、殴りたい……」
声 「それは違いますね」
遥一郎「え?」
突然聞こえた声に振り向いた。
ていうかこのどっかで聞いた憶えのある声は───
真凪 「や、お邪魔するよ」
遥一郎「げっ───ワサビ男!」
真凪 「ははは、直線的な印象をありがとう。それでエッグのことだけど」
遥一郎「───」
真凪 「そんな目をしなくても大丈夫。もうワサビ飲ませたりはしないから」
遥一郎「……はあ」
サクラ「ワサビです?」
遥一郎「ワサビです」
真凪 「やあ、しばらくですねサクラ」
サクラ「───……誰です?」
真凪 「え?ああ、こんな格好だから解りませんか?私ですよ、ディグメイルです」
サクラ「ディグにいさんです?」
真凪 「ディグにいさんです」
サクラ「………」
サクラがジロジロと観察する。
真凪 「……えーと、話を進めてしまっていいでしょうかね」
遥一郎「どうぞ……」
この際、なにか勘ぐってるサクラは好きにさせておこう。
真凪 「一番最初に送られてきたエッグですがね、
レイルに聞いた話じゃあ送っていないそうなんです。
レイルは間接的に誰かが送った最初のエッグが壊されたことを聞いて、
サクラやノアのために新しいエッグを送った。
さて───この誰かが問題なんです」
遥一郎「……いきなり話がブッ飛びすぎてて解らないんですけど」
真凪 「エッグのことはもう知っているでしょう?
キミの症状がエッグの所為だということも」
遥一郎「まあ……なんとなくは」
真凪 「その最初のエッグが元々クセモノだったということです。
あれは最初から中にウィルスが入れられていたんですよ。
だから普通のエッグだと思って押してみれば───」
遥一郎「ウィルスはばら撒かれてしまった……ですか」
真凪 「そういうことです」
そうか……スイッチ押したのも俺、一番近くに居たのも俺。
それじゃあ進行が早かったわけだ。
遥一郎「質問。最初のエッグを送ってきたヤツってのは誰なんですか……?」
真凪 「……言っても解らないと思いますよ。訳の解らないことでしょうから」
遥一郎「それでもいいです。俺はあのレイルって人の所為だと思い込んでたから」
真凪 「誤解は完全に解いておきたいと。そうゆことですね?」
遥一郎「そういうことです」
真凪 「───解りました。話は随分前に遡ります。
まだ私が天界に居た頃の話ですね。わたしにはひとりの兄が居ました。
名前はリュオルク=アンスウェル=マルドゥーク。
彼は弟である私も尊敬するような素晴らしい人だった。
だが───ある日を境に彼は変わった。
それがどうしてなのかは未だ解りません───」
遥一郎「…………」
黙って耳を傾ける。
その一言でさえ聞き逃さないように。
真凪 「彼は天大神──地界で言う───ああ失礼。
ええと、地界っていうのは5つの世界のひとつで、この地上のことを言います。
天界、地界、空界、神界、冥界の五つをひと纏めにしたものが天地空間。
ここまではいいですね?さて───彼は地界で言う『神』を影で操り、
天界でひとつの戦争を起こしました。それが天上内戦というものです。
その戦いの中で私は天界に見切りをつけてこの地界にやってきました。
あとからレイルに聞いた話では結局その戦いでは何も得られず、
人が傷つくだけに終わりました。
私の知人でアルベルト=カルデリアス=ディオライツという男が居ます。
その戦いは言わば、彼の花嫁のことでの問題だったわけですが───」
遥一郎「……話がずれてませんか?」
真凪 「言ったでしょう?訳の解らない話だと。
順を追って説明したほうがいいと思いましてね」
遥一郎「はあ……」
真凪 「───その戦いで彼の花嫁は空界に飛ばされました。
空界というのはここで言う亜空間の、その先にある世界です。
まあそれは飛ばしましょう。こればっかりは説明しても仕方がない。
……さて、その天上内戦は終わりましたが、兄はやはり変わったままだった。
けれどそれから十数年後、兄は天大神自らの手で消されたそうです。
……ここからが問題です」
遥一郎「───……」
思わず喉が鳴る。
真凪 「彼は確かに消えました。しかし、彼の部下だった男はまだ生きていた。
しかし彼に出来ることは些細なことだったのですが───
恐らく兄が消されるきっかけとなったアルやレイルを憎んでいるのでしょう。
だが力の無い彼はアルやレイルに直接手を下すのではなく、間接的な手を考えた。
それが今回のエッグの事件でしょうね」
遥一郎「……あの、それで何故俺が?」
真凪 「天界の人は地界の人を手に掛けてはいけないという掟があるんです。
もし殺めてしまえばその者は極刑。殺されるのではなく、兄と同様に消されます
つまりアルかレイルが送ったことになっていて、しかもキミが亡くなったら。
ふたりの内どちらかが極刑を下されることになり、復讐は完了するわけです」
遥一郎「えぇっ!?じゃ、じゃあ前に連れ去られたレイルって人は───」
真凪 「ああ、あれですか?あれは誤解だったと解ったそうですから。
そうでなければ私がこうして『誰かの仕組んだことだ』って言える訳が無い」
あ、そういえばそうですね。
遥一郎「……なんか大変なものに巻き込まれたんだな……なんて幸薄い俺……。
あ、でもなんだっていきなり誰かの所為だって解ったんですか?」
真凪 「実はね、数年前にも同じことが起きたんですよ。
その時に使われたウィルスも今回のものと同じもの。
だからもしやということで、レイルは解放されました。
……もっとも、最初からそんな予感はあったらしく、
不真面目なレイルを脅かすつもりでやったらしいんですけどね。ふふっ……」
……いや、笑い事じゃないっす。
真凪 「しかし驚きましたね。すっかり元気そうじゃないですか」
遥一郎「ええ、なんだか知りませんけどね。すこぶる快調です」
真凪 「それは安心しました。
あ、無駄になるかもしれませんがこれを渡しておきましょう。
数年前、同じ症状になった地界の人の症状に合わせて作られた薬です。
残念ながら治す効果はありませんが、悪化と発作を抑える効果があります」
……なんか異様に小さな小瓶を渡された。
サイバイマンとか作れそうな小瓶だった。
真凪 「発作が起きたら一滴だけ飲んでください。
効果の高いものですから、それ以上飲むと副作用の恐れがあります」
遥一郎「……な、なるほど」
あ、あぶなかった……てっきり一日用の小瓶かと思った……。
真凪 「今日の用はそんなところです。それでは」
遥一郎「あ、はい……」
にこやかに手を軽く振ると、真凪氏は去っていった。
遥一郎「───……」
手にある小瓶をしげしげと見る。
薄く濁った液体は、なんだか本当に『薬品』って感じのものだった。
いかにもって感じだ。
遥一郎「───って、サクラ?」
辺りを見渡す。
が、サクラは居なかった。
…………家の中か?
真凪 「ごめんください」
遥一郎「え?ああ、どうかしましたか?」
真凪 「えーと、サクラを剥がしてくれないでしょうか……」
苦笑しながら背中を見せる真凪氏。
そしてそこにへばりついているサクラ。
遥一郎「……サクラ、な〜にやっとんですかチミは」
サクラ「チープトリックごっこです」
ぽかっ。
サクラ「みうっ!」
遥一郎「失礼しました……」
真凪 「いえいえ、構いませんよ」
サクラをべりべりと剥がす。
そんな中でもサクラは『背中見られたら死ぬですーっ!』と叫んでいる。
どこで得たんだそんなネタ。
……って、いいや。
これもレイル殿の所為だ。
そういうことにしておこう。
真凪 「それではこれで───あ、そうそう。
今天界でウィルスを消すワクチンを開発しているらしいですから、
最後の最後まで希望は捨ててはいけませんよ。
……問題はワクチンを作るためには、
大元であるウィルスを手に入れなければいけないんですよ。
つまりエッグを送った者自体を発見しなければなりません。
どれほど時間がかかるかは解りませんが、希望だけは捨てないでください」
再び手を軽く振ると、真凪氏は去っていった。
───……サクラは……よし、居るな。
サクラ「………」
遥一郎「うん?どうかしたか?」
サクラ「与一、本当に大丈夫です?」
遥一郎「ああ、大丈夫だよ。ほれ、この通り。フンハァッフンハァーッ!!」
ビシビシバシビシィッ!と連続的にポージングをとる。
遥一郎「それに発作が起きてもこれ飲めばいいらしいじゃないか。
それなら今のところ、そこまで心配ごとはないよ。ところで───」
サクラ「なにです?」
遥一郎「ノアはどうしてる?」
サクラ「ノアは眠ってるです。与一が寝込んでから、ずっと無理してたです」
遥一郎「そっか……悪いことをしたな」
サクラ「悪いのはさっきディグにいさんが言ってた悪者です。
与一は巻き込まれただけです」
遥一郎「……ありがとな」
俺を見上げながら弁護してくれるサクラの頭を撫でた。
サクラはくすぐったそうに目を閉じながら、俺に抱きついてきた。
と、その時。
くぅ〜……。
遥一郎「あ」
サクラ「はう?」
俺の腹が鳴った。
遥一郎「ああ、そういえばずっとまともにご飯なんて食べてなかったな」
サクラ「はう、解ったです。サクラが腕によりをかけて作ってあげまです」
『あげまです』ってなんだ。
遥一郎「いいや、俺が作るよ。何か食べたいものはあるか?」
サクラ「卵がいっぱいあるです。オムライスがいいと思うです」
遥一郎「オムライスか。よし、まずはチキンライスだな」
サクラ「手伝うです」
遥一郎「ああ、その都度アドバイスするからその通りにやってくれな」
サクラ「任せるです」
小さくガッツポーズをして俺を見上げるサクラ。
なんとも頼もしげなのだが、
家に入る俺のあとをてほてほと付いてくる足音は脱力感万歳だった。
───……。
……。
遥一郎「……うん」
台所に立って包丁を構える。
あー、これだよこれ。
自分で何かを作るという最強の喜び。
そして久しく握ってなかったこの包丁の緩やかな重み。
ああ、最強。
サクラ「……与一、包丁握りながら泣くのはやめるです」
遥一郎「タマネギが目に染みたんだ。なんなら歌ってみせようか。
あ〜あ〜、タマネギが目にシミタ〜♪」
サクラ「なにです?それ」
遥一郎「楽しいケーブルの歌・第一楽章だ」
サクラ「………」
サクラは小首を傾げてきょとんとした状態で俺を見上げている。
うむ、寝てばっかりだったから見上げられると復帰したって感じが溢れてくるな。
俺はその迸るような喜びをサクラに伝えるがごとく、抱き締めて振りまわした。
サクラ「ひゃうぅう〜っ!や、やめるです与一〜っ!」
で、振りまわした途端に耳に届くギブアップ。
遥一郎「はっはっは、悪い悪い。いや〜、自分で動けるって嬉しいなぁ。
立っていなきゃこうしてサクラを振りまわすことも出来なかった」
サクラ「………」
きゅむ。
遥一郎「うん?」
サクラ「………」
サクラが俺の首を抱き締めるような形で手を回してきた。
遥一郎「どうかしたか?」
サクラ「………」
遥一郎「サクラ?」
サクラ「……最近、変な夢を見るです」
遥一郎「変な夢?」
俺の言葉にこくりと頷く。
サクラ「サクラ、知らない場所に座ってて、ずっと誰かを待ってるです。
ずっとひとりぼっちで待ってるです……。でも不思議なんです。
その待ってる人が来ると、それまでの寂しさが吹き飛ぶです。
待ってて良かったって、待ってた時間さえ嬉しく思えてくるです。でも───」
俺に抱きつきながら、サクラは震えていた。
サクラ「その夢はいつもお別れで終わるです……。一方的なお別れです……。
とっても悲しいのに、初めてその人のために出来る何かがあって……
それがとっても嬉しくて……でも───」
遥一郎「サクラ───?泣いてるのか……?」
サクラ「その夢を見ると……サクラいつも泣いてるです……。
嬉しい筈なのに別れるのが辛くて泣いてるです……」
遥一郎「………」
サクラ「与一……サクラ、変です……?」
遥一郎「変」
サクラ「!」
遥一郎「冗談だ」
サクラ「えぐっ……えうぅ……ヒドイです……!」
遥一郎「昔そんなことでもあったんじゃないか?それを夢に見るとか」
サクラ「天界にあんな場所ないです……」
遥一郎「あんな場所って言われても解らんが」
サクラ「刀を持った銅像が置いてあったです。広い場所で、座るところもあったです」
遥一郎「───刀を持った銅像?んー……」
心当たりはあるけど、うむう。
遥一郎「サクラってこれまで地上に降りてきたことはあるのか?」
サクラ「今回が初めてです」
遥一郎「……だよなぁ」
だったらあそこなわけないよな。
サクラ「あ、そです。銅像の頭に『肉』って落書きがあったです」
遥一郎「ブーッ!?」
サクラ「にゃうぅっ!」
遥一郎「ひ、額に肉って……なぁサクラ?
その像ってさ、『村の武士』って名前の銅像じゃなかったか?」
サクラ「どんな字です?」
遥一郎「こんな字です」
サラサラと書き連ねる。
サクラ「───はいです。こんな字だったです」
遥一郎「…………」
まいったな、どういうことだ?
この銅像って俺が住んでた場所の近くの公園にあるんだぞ……?
ここらへんで見れるわけないし……。
ああ、これがデジャヴュってやつだろうか。
って、これは違うよな。
全然違う。
遥一郎「サクラ、神楽街って知ってるか?」
サクラ「知らないです」
遥一郎「そうだよなぁ」
謎だ。
ピンポーン!ピポピポピンポーン!
サクラ「はう、お客さんです」
遥一郎「俺が出るよ。待っててくれな」
サクラ「はいです!」
ズビシィッ!と右手でガッツポーズをしながら左手を突き上げるサクラ。
元気があってよろしい。
ピンポーン!
遥一郎「はいはい、今開けますよー」
ガチャッ。
遥一郎「はい、どなた」
澄音 「穂岸くんっ!」
遥一郎「うわっと、蒼木?」
澄音 「───歩けるのかい……?」
遥一郎「ああ、なんかさっき目が覚めたら快適で最強な俺に大変身」
澄音 「………」
遥一郎「蒼木?是非ともツッコミを入れてほしかったんだが」
澄音 「……穂岸くん」
遥一郎「うん?なんだ?」
澄音 「───頑張ってほしい。僕の分まで。
どうかキミの未来が幸せでありますように……」
遥一郎「へ?あ、おい蒼木ーっ!?」
蒼木はよくわからないことを言うと、振り返りもしないで走っていってしまった。
遥一郎「……最近、解らんことだらけで困るな。知識ばかりじゃ時代は乗りきれんか」
頭を軽く小突く。
さてと、料理を
声 「ホギッちゃーん!!」
遥一郎「………」
またうるさいのが来た。
雪音 「ホギッちゃん!澄ちゃん来なかった!?」
遥一郎「来たぞ」
雪音 「中!?」
遥一郎「いや……落ち着けよ、なにかあったのか?」
雪音 「どうもこうもないよ!正面きってお別れ言われたの!どうなってるの!?」
遥一郎「お別れ……って?」
雪音 「『時間が来たから、僕はもう消えなきゃならない』って!
それで『さよなら、雪音』って!わけわかんないよぉ!」
遥一郎「さよならって───ちょっと待て!
いきなりそんなこと言われたって解らないぞ!?」
雪音 「わたしだってわかんないよぅ!」
遥一郎「蒼木が言ったのか!?さよならって!」
雪音 「な、なんかホギッちゃんが元気になったって話したら急に顔色変えて───」
遥一郎「それで!?」
雪音 「急に走り出したんだけど、途中で倒れて───!
慌てて駆け寄ったんだけど、その時に『もう時間が無いみたいだ』って……」
遥一郎「……倒れたって……」
雪音 「なんなのかな……病気がまた出てきたのかな……!
触ったらすごく体が熱くって、苦しそうにしながら涙まで流してさぁ……!」
遥一郎「苦しそうって───元気に走っていったぞ?」
雪音 「あ、こ、これ飲んだら元気になったの……。
それで、もう必要ないからって……」
観咲が小瓶を見せる。
それは───
遥一郎「え───?な、ど、どうして蒼木がこれ持ってるんだよ……」
それは俺が真凪氏から貰った小瓶と同じものだった。
……待て。
待ってくれ……。
それじゃ……数年前にこの病気にかかったヤツって───?
遥一郎「観咲、蒼木が行きそうな場所を虱潰しに探してくれ!俺も出来る限り探す!」
雪音 「う、うん!」
返事をするより早く、観咲は地面を蹴っていた。
俺はそれを見届けずに家の中へ駆け込み、台所に走った。
遥一郎「サクラッ!」
サクラ「はいです?なにですか与一」
遥一郎「すまん!料理はまた今度だ!急用が出来た!」
サクラ「え?与一───」
遥一郎「悪い!出掛けてくる!」
サクラ「あっ、与一」
まともな返事もしないで家を飛び出た。
そこにはもう観咲の姿はなく、どうやら全力で走っていったようだった。
蒼木が行きそうな場所は……───そうだ!空に近い場所!
ここらへんで高い場所っていったら学校の屋上か、あの高台だ。
両方ともそんなに離れてない。
だったら時間の無駄はあまりない筈だ。
いや───それでもちょっとした時間も無駄にしたくない。
あいつはそういう冗談とか言うヤツじゃない。
だったら……そうだ!
ノアのアークに探知機能とかあるかもしれない!
思考が纏まると同時にもう一度家に飛び込んだ。
そして靴を脱ぐのも忘れてノアの部屋まで走り、そのドアを開け放つ。
遥一郎「ノアッ!───え?」
だが、そこにノアは居なかった。
遥一郎「そんな……寝てるんじゃなかったのか……?」
サクラ「与一、どしたです?さっきから変です」
遥一郎「サクラ、ノアは何処だ……?」
サクラ「はう?眠ってた筈です。出ていったのなんて見なか……窓が開いてるです」
遥一郎「───くそっ、こんな時に一体何処に───!
な、なぁサクラ!お前の───イマンシペイト、人を探す機能とかあるか!?」
サクラ「残念だけどないです。ノアのアークならあったですけど……」
遥一郎「くっ……!」
サクラ「人探しです?」
遥一郎「───サクラ、蒼木を探してくる。
帰りは遅くなるかもしれないけど、
もしその途中でノアが戻ってきたらそっちでも探してくれって言っておいてくれ」
サクラ「……解ったです。頑張るです与一」
遥一郎「ああっ!」
サクラに返事をして駆け出した。
蒼木を見つけなきゃいけない。
そうしなければもう会えないような気がした。
だけどどうしてか───
決して、見つけられる予感がしなかった……。
Next
Menu
back