空が見守り、風が受け取り、枯れない桜が奏でる奇跡。
いつか駆け抜けたその世界はいつだって幸せで。
不幸だなんて泣く人は誰も居なかった。
未来のためや、誰かのために頑張って、
いつしか自分の気持ちにも気づけずに涙する者。
その小さな涙が枯れない桜に染み込んだ時、
きっと少女は微笑むことが出来たんだと思う。
蒼い空を見上げていた。
運ばれてくる新緑の香りを胸に、どこまでも続く蒼い空を眺めていた。
時折に降り注ぐ雨の景色を眺めては、憧れの人を思い、不安になる。
梅雨の時期を迎え、雲の隙間からこぼれる夏の日差しを見上げては、
やがて訪れる蒼空を期待して、無意味に心を弾ませていた。
そんな暑い陽射しの中、体を包む様に吹く風に微笑みながら。
この懐かしい風の吹く季節の中で。
俺は暖かな日常を駆けていた。
秋空の果てに見える丸い月。
いつか輝いたその月は、今もとても美しく。
太陽の光を受けて、静かな輝きを見せている。
御伽噺のような昔の物語の中で、少年たちはいつまでも微笑んで。
やがて来る別れなんて知らずに精一杯、それぞれの道を走っていた。
いつかその道が交差する時、また笑って出会えるように。
けど……現実なんてものが残酷なことくらい、少年たちは知っていた。
とっておきの場所に降る雪。
葉を失った森林を駆け抜けて、
ぼくらは流れゆく季節を、途切れた丘から眺め続けていた。
雪が街へ降り、やがては消える雪景。
そこには小さいけれど、とても暖かな夢が存在していた。
ただ、好きな人と一緒に歩くこと。
そんな小さな夢は、ずっと昔に壊れてしまった。
それでも想いは消えず、今も少女は待ち続ける。
───季節外れの雪を眺めていた。
幾度となくめぐり続ける季節を眺めていた。
かつて少女と少年が微笑んだこの街で、
いつかその約束が守られる時を想いながら。
俺は風が紡ぐ日常を駆け抜けていた。
カラー……ン……。
カラー……ン……。
鐘の音が聴こえる。
どこか遠くの教会から聴こえる大きな音。
その音を合図にするかのように閉ざされた窓を開ける。
……カララララ……。
開けた先には、いつも通りの景色があった。
いい朝だった。
見上げれば青空が広がっていた。
部屋の中に夏の雨上がりの風が流れていた。
眩しい日差しを受けて、梅雨の雨に濡れた木々の葉が遠くの景色に輝いていた。
自分の部屋に向き直り、時計を見る。
7時38分。
学校に行くにはまだ早い時間だった。
ハンガーに掛けてあった制服を着ながら外を見やる。
今、学校に向かっても誰も居ないだろう。
かといって自室で出来ることなど、たかが知れている。
幻想的な世界から突然現実に戻された気分だった。
仕方無しに自室をあとにして、階下へと足を運んだ。
洗面所で顔を洗い、ダイニングへ。
冷蔵庫から牛乳を取り出して飲む。
乾いた喉が癒される気分だ。
声 「おお、起きてたのか」
後ろから声を掛けられ、少し驚きながら振り向く。
そこには母さんの幼馴染である男の人が立っていた。
母さんは仕事の都合で暫く家を空けるとかで、親しい幼馴染であるこの人に俺を預けた。
柾樹 「最近は鐘の音で目が覚めるんですよ」
と言っても、教会自体が最近完成したのだから当然だ。
家主 「まあ、悪い気がしないだけマシというものだ。
それより来流美はいつ帰るって?」
柾樹 「ハハ、そんなのこっちが訊きたいですよ」
霧波川来流美。
俺の母親だ。
どちらかというと冒険心旺盛の直情ママさん。
言葉より手が先に出るタイプなんだ。
家主 「あんな親を持って、お前も大変だな」
この人はこの家の家主、閏璃凍弥。
今でこそ落ち着いた雰囲気を持っているが、学生時代の頃は性格が俺と同じだったらしい。
凍弥 「俺はこれから仕事だが……お前はどうする?」
柾樹 「まだ早いから散歩してから行きます」
凍弥 「そうか、車には気をつけろよ?」
柾樹 「解ってますよ、子供じゃあるまいし……」
凍弥 「それでも気をつけろ。……いいな?」
柾樹 「……はい」
凍弥 「では、行ってくるよ」
そして出ていく叔父さん(俺はこう呼んでいる)。
柾樹 「……ふぅ」
叔父さんが車に気をつけろと言った理由は知っている。
それは俺がまだ産まれる前の話。
叔父さんが好きだった人が事故にあって、俺と同じ18歳という若さで短い人生を終えた。
その人は叔父さんと母さんのもうひとりの幼馴染。
名前は確か……そう。
支左見谷由未絵さん。
叔父さんからは昔からその人の事を聞かされた。
初めは微笑みを知らなかったこと。
その人が叔父さんの事を好きだったこと。
叔父さんもまた、その人が好きだったこと。
そして……それに気付くのが遅すぎた馬鹿な少年の話。
それ以来、いつも叔父さんは車に気をつけろと言ってる。
俺はそのことを話す叔父さんの目が、悲しみに満ちているのを知っている。
だから一度も忠告を破ったことが無い。
信号が青になっても車に気をつけて渡る。
これは叔父さんとの『約束』でもあるんだ。
……ある日、俺は叔父さんに訊いたことがある。
『叔父さんは結婚しないのか?』と。
その疑問を聞いた叔父さんは優しく微笑み……
『限りある人生という夢の中で、本当に好きになる大切な人はひとりでいい。
俺はそう思って生きているよ』
……こう言葉を繋いだ。
その時の叔父さんの目は本当に優しいものだった。
だから俺は叔父さんと約束をした。
この約束だけは破らない。
やがて訪れる季節を何度も眺めてゆく。
そうすることで未来は変わり続ける。
叔父さんが繋ぐ言葉の中で、俺は『変わり続ける未来』という言葉が好きだった。
柾樹 「……よし、行くか」
叔父さんが出ていった玄関へと向かい、靴を履いて外へ出る。
柾樹 「いってきます」
誰も居ない家へと言葉を繋ぎ、歩き出す。
外に出ると目につく建物。
正面にある無人の家。
そこは昔、叔父さんの幼馴染が住んでいたそば屋。
今はもう……誰も居ない。
娘が亡くなった後、引っ越したと聞いている。
柾樹 「……いってきます」
俺は誰も居ない家に言葉を繋いだ。
そうすることが自然な気がした。
やがて、ゆっくりと街の路地を歩く。
向かう場所は決まっている。
『……俺のとっておきの場所へ……』
───夏の到来/蒼い風の吹く場所へ───
風が吹いていた。
暖かな日差しを吸収した風が、街の景色を撫でていた。
……静かな朝。
途切れた丘から街の景色を眺めていた。
ここは子供の頃、偶然見つけた場所だった。
冬の季節。
森で遊んでいたら目についた物。
一本の木にあった、色あせた何かの目印。
その印を見て、何かに導かれるように辿り着いた場所。
───雪が降っていた。
見下ろす街の景色に、ゆっくりと雪が舞っていた。
……綺麗な景色だった。
感動の気持ちを初めて身に受けた。
でも……それとは逆に、瞳に込み上げるものがあった。
それは涙。
どうしてだか解らないけど、悲しかった。
訳も解らないままに涙を拭おうとした。
でも、俺の手は動かなかった。
雪が暖かかった。
そんな暖かさが悲しくもあった。
いつしか涙は消えて、それは微笑みへと変わった。
雪が慰めてくれるようだった。
頭を撫でるように吹く風。
そんな風が心に暖かかった。
……いつも通りに家に戻った。
俺はそんな不思議な体験を叔父さんに話した。
叔父さんに話さないといけない気がしたから。
理由は解らない。
だけど叔父さんは涙をこぼした。
でも、それを拭うこと無く微笑んだ。
叔父さんが俺に何度も話した少女との夢。
その『約束』はそこにあったのかもしれない。
───……。
柾樹 「……帰るか」
持っていた腕時計を目にして呟く。
森を抜けて、坂を下り、喧騒が集まり始める路地を歩く。
程無くして叔父さんの家が見えてくる。
そしてその正面。
空き家となった家の前に、ひとりの少女が立っていた。
柾樹 「何やってるんだ?アイツ……」
空き家をじ〜……ッと見上げている。
柾樹 「不審人物発見、署までご同行願えるかな?」
ポンッ、と少女の肩に手を置きながら話す。
少女 「……ッキャァアァァッ!!!!」
途端、絶叫する少女。
柾樹 「どぉわぁあああっ!!??」
訳も解らずに俺も驚いてしまう。
少女 「ごごごっ……ごめんなさいぃっ!!あのそのえっと、うぅ〜……
べべべつに何かしようって考えてた訳じゃないんです!!」
明らかに動揺している。
柾樹 「落ち着け」
少女 「べつに怪しい者じゃないんですよっ!?ただ道に迷ってお腹が空いて……!!
あ、おそば屋さんがある!
…と思ったら財布も無いければ、希望の園が空き家だし……!!」
なんというか愉快な奴だ。
柾樹 「いいから落ち着け。名前は?」
少女 「うきゃぁあああ!!取り調べ段階に突入しちゃったよぉ〜っ!!」
柾樹 「………」
話を聞いているけど、肝心な事を聞かない奴だ。
柾樹 「よく見ろ、俺が警官に見えるか?」
少女 「ふぇえ……きっと謂れの無い罪を問われて、拷問されるんだぁああああっ!!!」
柾樹 「………」
スパァーン!!
少女 「きゃぅうううっ!?」
柾樹 「落ち着けボケ!!」
少女 「ふぇえ……どこから出したの……?そのスリッパ……」
柾樹 「かつての世に名を轟かせた白顔のアフロメン、
ドナルドが使っていたという魔術、ドナルドマジックで召喚した」
少女 「うぅ〜……」
柾樹 「もう一度訊くぞ?お前の名前は?俺は霧波川柾樹だ」
少女 「私?私は佐奈木夕。よろしくね」
柾樹 「サナギYOU?」
夕 「ユーじゃなくて、ユウだよ」
柾樹 「似たようなものだろう」
夕 「全っ然違うよ!!」
柾樹 「まあいいか」
夕 「よくないよ!!」
柾樹 「腹減ってるんだろ?なら何か食わせてやるよ」
夕 「おともします神様ぁ〜♪」
柾樹 「………」
この変わり様はなんなんだ?
まあいいや。
柾樹 「何が食したい?
我が血筋に遺伝されし伝統、焼そばラーメンか?
それとも叔父さんから伝授されし袋ラーメンか?
インスタントしか美味く作れる自信無いからな」
夕 「インスタント?」
柾樹 「インスタント」
夕 「……インスタントって……何?」
柾樹 「……いや、詳しい話は俺も知らん。
確か『簡単』とかいう意味だったと思ったが……まあ、
とりあえず焼そばラーメンでいいな?」
夕 「うんっ!」
丁度良かった。
賞味期限切れの大盛りいか焼そばの処分に困ってたんだ。
夕 「……なんか嫌な予感がしたんだけど……」
柾樹 「気のせいだ」
夕 「そ、そうだよね……」
〜3分後〜
ドンガラガッシャンドカバキゴワシャァアアアン!!!
焼そばラーメンを口にした夕が、固まったまま椅子ものとも後ろに倒れた。
柾樹 「………」
夕 「う、うぇえ……美味しくない……」
柾樹 「うむ、やはりか」
よろよろと立ち上がり、椅子に座り直す夕を見て納得する。
というか頷いた。
夕 「知ってたんなら作らないで……」
柾樹 「安心しろ。不味いと解った以上、二度と作らん」
夕 「私、実験体……?」
柾樹 「過言ではない」
夕 「ふぇえ……」
柾樹 「……っと、学校行かねば」
夕 「あ、そうだね」
柾樹 「youはどこの学校だ?」
夕 「ユウだよ。えっとね、鈴問高等学校」
柾樹 「……すずとい?それって確か如月高等学校の過去名だろ?」
夕 「……あれ?なんか……頭が……」
柾樹 「お、おい……夕?」
夕 「わたし……は……佐奈木 夕……血液型はO型……。
好きな物は……好きな……物は……」
不意に、夕の体が傾く。
柾樹 「夕!!」
慌てて手を伸ばすが、夕の体は静かに倒れてしまった。
柾樹 「なんなんだよ、おい……」
抱き起こしてみると見事に気絶。
柾樹 「……勘弁してくれよ……」
俺はその日、学校をサボる事になった。
はぁ、俺の無遅刻無欠席が……。
柾樹 「………」
このまま寝かしておく訳にもいかないから、俺の部屋まで運び、ベッドに下ろした。
柾樹 「はぁ〜あ……」
溜め息を吐きながらも、ベットの横に手を置き、それを枕にするかのように眠りに着いた。
───……。
───雪が降っていた。
ゆらゆら、ゆらゆら。
真っ白い空から、ゆっくりと雪が降っていた。
そんな空の下で少年と少女が無邪気に遊んでいた。
はしゃぎ声が空に飲み込まれ、やがて消えていた。
ふと、少女が少年に向き直り、言葉を繋いだ。
少女 「『幸せ』って何かなぁ」
少年 「幸せ?」
困惑顔で応える少年。
途切れ途切れに聞こえる声。
無邪気に遊ぶふたりの子供。
そんなふたりの声を必死に聞こうとしていた。
少年 「トイレの紙があった時とか?」
少女 「下品なのはダメだよ……」
少年 「悪い、真面目に考えるよ。え〜っと……」
少女 「うん」
───ふたりの子供に見覚えがあった。
どこかで見た覚えのあるふたりの子供。
どこか悲しい想いが溢れる。
少年 「でもさ、本当にどうしたんだ?いきなり幸せがどうとか……」
少女 「うん、訊いてみたかったんだよ」
誰だっただろう。
どこかで会ったのだろうか。
想いめぐる記憶。
この景色も見たことがある。
ここは……近くの公園……?
少年 「訊いてどうする」
少女 「わたしが出来そうなことだったら……」
少年 「だったら……?」
少女 「恩返し、したいんだよ」
少年 「礼が欲しくて遊んでるんじゃないし、多分、ろくな幸せじゃ無いぞ?」
少女 「そんなことないよ!!」
少年 「うわっ……!?」
必要以上に大きく放たれた少女の声に少年が驚いていた。
風が吹き、雪が舞い上がった。
少女の微笑みを包み込むように。
少女 「世界中の人にはね?きっと幸せになれる権利があるんだよ。
楽しいことをして、笑って、泣いて。
そんなことが昔あったなぁって思えたら、
きっとその時、わたしは幸せだと思うんだよ」
少年 「………」
綺麗な雪だった。
綺麗な微笑みだった。
時間が……止まったようだった。
これは俺の記憶なんかじゃない。
でも……じゃあ、この夢はなんだ?
この景色を知っている。
降り注ぐ雪を知っている。
微笑みが暖かい。
でも、どうして涙が出るんだ……?
少女 「……世界中のみんなの人生が……幸せに終わればいいのにね……」
少女は穏やかな微笑みを空から少年に向け、笑っていた。
少年は……そんな綺麗な景色に言葉を失っていた。
俺はそんな暖かい夢を眺めていた。
暫くすると、後ろの物陰から微かな笑い声が聞こえた。
なんだろう、と見てみると、そこにひとりの少女が居た。
微笑む少女を見て、言葉を失っている少年。
そんな少年を見て笑っている物陰の少女。
この子にも見覚えがあった。
でも、思い出せない……。
やがてふたりの子供と物陰の少女は家に帰り、夢の中の時は静かに終わりを告げた。
声 「……お〜い」
ポムポム。
声 「ねぇ……」
ポムポム。
柾樹 「……んぐ……?」
頬を叩かれる感触に、ゆっくりと目を開けてゆく。
声 「あ、起きた」
柾樹 「ぐー……」
声 「あれ?」
柾樹 「冗談だ」
目を開き、頭を上げると目の前に夕の顔があった。
柾樹 「……って、どわぁああああああっ!!???」
夕 「ふぇ?どうしたの?」
平然と喋る夕。
柾樹 「たわけ者!汚れを知らぬ男に無防備に顔を近付けるな!!」
夕 「まるでわたしが汚れてるみたいな言い方だよ?」
柾樹 「……違うのか?」
スパァーン!!!
柾樹 「いてぇっ!?」
夕 「レディに対して失礼だよ!」
柾樹 「な、なにぃっ!?レディなど何処に居る!!」
夕 「うぐ……」
柾樹 「………」
夕 「うぅ〜、どうせ変な性格だもん……」
柾樹 「まったくだ」
夕 「ふぇえ〜、ひどいよ〜!」
柾樹 「俺は善人で有名だぞ?」
夕 「嘘だぁ〜!ぜぇ〜ったい嘘だよ〜!!暗黒裏組織のボスが如く悪人だよ!!」
………そこまで言うか?
柾樹 「行き倒れていたお前にメシをあげたのは誰だ」
夕 「行き倒れてなかったし、毒殺できる程に美味しくなかったよ……」
柾樹 「倒れたお前を看病したのは誰だ」
夕 「……今さっきまで寝てたの誰?」
柾樹 「看病が大変だったんだ」
夕 「ここに運ばれた時から私、起きてたんだけど?」
柾樹 「夢だろ」
夕 「起きてたってば!」
柾樹 「気のせいだ」
夕 「うぅ〜……」
柾樹 「大体な、お前のせいで俺の無遅刻無欠席がものの見事に台無しになったんだぞ?」
夕 「気のせいだよ」
柾樹 「んな訳あるかボケ者!!」
夕 「じゃあ夢だよ」
コパァン!!!
夕 「きゃぅうっ!?」
柾樹 「目、覚めたか?」
夕 「ふぇえ……スリッパはやめてよぉ……」
柾樹 「駄目だ」
夕 「ふぇええ……」
柾樹 「じゃ、本題に入るか」
夕 「うん」
柾樹 「……なんの話か解ってるか?」
夕 「スリッパ」
ギョパァン!!
夕 「わきゃあっ!?」
柾樹 「馬鹿かお前は!!」
夕 「うぅ〜、いきなり叩かないで……」
柾樹 「解った。だがスリッパの話などどうでもいい!」
夕 「よくないよ、痛いもん」
柾樹 「気のせいだ」
夕 「痛いんだよ?」
柾樹 「ただの変頭痛だろう」
夕 「……もしかして馬鹿にしてる……?」
柾樹 「安心しろ、確認しなくてもお前は馬鹿だ」
夕 「はぅう……」
柾樹 「本題というのはだな……」
夕 「本を買う時に必要なお金のことっ!!」
柾樹 「ハハハッ、よくできました!」
夕 「えへへ、誉められちゃったぁ」
スパァン!!
夕 「きゃぅうううっ!?」
柾樹 「叩いていいか?」
夕 「ふぇぇ〜っ!!もう叩かれてるよぉっ!!」
柾樹 「これは迂闊だった」
夕 「うう……痛いぃ……」
柾樹 「頭痛にバファリン」
夕 「いらないよ!!」
柾樹 「そうか、なら本題に入るぞ?」
夕 「……なんの話なの?」
柾樹 「だから、いまからそれを話すんだ」
夕 「ふゎ……そうなんだ……」
柾樹 「うむ、そうなのだ。それで、だ。どうして倒れたんだ?」
夕 「え?そこに重力があったから」
柾樹 「ハハハ、至極もっともな答だ」
夕 「うんっ!」
柾樹 「ところでな?」
夕 「うんっ!」
柾樹 「叩いていいか?」
夕 「うん……え?」
ゴパァン!!
夕 「わきゃぁうぅっ!!」
柾樹 「このアルティメットボケ!!俺が訊いてるのはそんな事じゃない!!」
夕 「うきゅぅう〜……痛いよぉ〜……」
柾樹 「側面殴りだからな」
夕 「ふぇえ……」
柾樹 「俺が訊きたかったのはだな?
お前、あの時なにかを思い出そうとしてただろ?
それと何か関係があるのか?……と、こう訊きたかったんだ」
夕 「えっと、つまり……なんで倒れたかって?」
柾樹 「だから、最初からそう訊いているんだ」
夕 「焼そばラーメンが美味しくなかったから」
柾樹 「ハハハ、そういえばそうだったな。口にした時、固まったまま倒れたんだっけ」
夕 「うん、そうだよ」
柾樹 「なぁ、夕」
夕 「え?なに?」
柾樹 「叩いていいか?」
夕 「駄目!」
ズパァン!!!
夕 「きゃぁぅううっ!?」
柾樹 「この天地崩壊的アルティメット大たわけ!!その後だ!その後!!!」
夕 「叩いたぁっ!!駄目って言ったのに叩いたぁっ!!」
柾樹 「ついでだ、とっとけ」
夕 「いらないよ〜っ!!」
柾樹 「シャラップおだまり!!人のご厚意は受け取るものぞ!?」
夕 「厚意で人を叩かないでよぅ……」
柾樹 「これは迂闊だ」
夕 「さっきも聞いたよそのセリフ〜!!」
柾樹 「たわけ!語尾を伸ばすな!!!」
夕 「大丈夫だよ、人種が違うから。黒くないし、靴下もピンとしてるよ」
柾樹 「うむ、安心。……って違う!!」
夕 「ふぇ?黒い人が好きなの?」
柾樹 「顔黒人(など嫌いだ!!って、だから違う!話がずれている!!」
夕 「それがね?思い出せないの」
柾樹 「ウィ?」
夕 「倒れた理由」
柾樹 「………」
夕 「………」
柾樹 「ちょっと待ってろ」
夕 「え?う、うん」
柾樹 「えぇと、確かこの押入に……あった!ぬおお……!!」
ズルズル………。
柾樹 「やあ、お待たせ」
さわやかボイスで夕に向き直る。
手には巨大なロバのぬいぐるみ。
夕 「……それ、なに?」
柾樹 「叔父さんの大切な物のひとつ、ロバートだ」
夕 「どうするの?それ……」
柾樹 「知ってるか?一時的な記憶喪失ってな?強い衝撃を受けると蘇るんだ」
夕 「強い……衝撃……」
柾樹 「覚悟はいいな?」
夕 「あ、アハハ……冗談、だよね?」
柾樹 「俺は正直者で有名だ」
夕 「アハハ……ハ……」
柾樹 「ハハハハ」
夕 「うきゃぁあああっ!!」
逃げ出す夕。
柾樹 「これ!何故逃げる!」
夕 「記憶が蘇る前に私が死んじゃうよ!!」
柾樹 「大丈夫だ!骨は拾ってくれようぞ!!」
夕 「誰が!?」
柾樹 「ハゲワシが」
夕 「尚更に嫌だよっ!!」
柾樹 「そんなことないぞ」
夕 「あるよ!」
柾樹 「諦めてハゲワシの糧となれィ!!」
夕 「死ぬって断定しないでよ〜っ!!」
柾樹 「なら試すのだ若き勇者よ!」
夕 「絶対やだぁああっ!!!」
柾樹 「むりゃっ!」
ボゴシャア!
夕 「きゃうっ!?」
……ドサ。
柾樹 「……アイヤーッ!?」
ロバがクリティカルヒットした。
結果、夕がぐったりと行動停止。
柾樹 「……やっちまった」
殺人を犯した人の気持ちが微塵程度に解った気がした、
夏の日の出来事だった。
───カラーーー……ン……。
カラーーー……ン……。
……朝。
小さく鳴く小鳥のさえずりの中、遠くで鳴る鐘の音が聴こえる。
柾樹 「……ん……」
ゆっくりと目を開ける……と、目の前に少女の寝顔があった。
柾樹 「うおっ!?」
スパァン!!!
夕 「きゃうぅっ!?」
柾樹 「あ……」
反射的に叩いてしまった。
……そっか。
結局気絶させたまま放置するのが嫌で、俺もここで寝たんだっけ。
夕 「んぐぅ……?」
柾樹 「モーニン」
夕 「………」
柾樹 「……起きてるか?」
夕 「きゃぁああああああ!!!」
柾樹 「うぃぃッ!!???」
突如、叫ぶ少女。
夕 「知らない人が私の布団にぃい!!」
柾樹 「一応知人ではあるし、布団じゃなくて床だ」
夕 「はうぅ!そういえば昨日の記憶が無いよ!」
柾樹 「ロバートで殴ったからな」
夕 「ききききききっと、宴会で飲みすぎて……!!」
柾樹 「落ち着け。酒は二十歳からだし、宴会などやっとらん」
夕 「あ、そういえばそうだね」
柾樹 「だから、その切り替えの速さは何々だ」
夕 「おはよう、とう……え?」
柾樹 「え?……って、俺の台詞だろう」
夕 「……あれ……?」
柾樹 「なんだ、またか?」
夕 「………」
柾樹 「落ち着け」
夕 「うん……」
声 「よう、起きたか?」
柾樹 「え?」
突然聴こえた声に驚いた。
振り向くと叔父さんが居た。
凍弥 「壮健かい?」
柾樹 「それなりに」
夕 「あっ……!!」
夕が叔父さんを見て驚きの声をあげる。
凍弥 「ん?俺の顔に何かついてるかい?」
夕 「え……?あっ、その……ごめんなさい」
柾樹 「どうせ寝ぼけてるんだろう」
夕 「そんなことないもん!」
柾樹 「嘘はいい」
夕 「うぅ〜っ!!嘘なんかついてないよ!!」
凍弥 「………」
コパァン!!
夕 「きゃぅうっ!?」
凍弥 「………!!」
柾樹 「お、叔父さん!?」
夕 「ふぇえ……私、何かしました……?」
凍弥 「……いや……」
そう言った叔父さんの目はひどく悲しげだった。
凍弥 「すまなかった。ちょっと知っていた人に、仕草と言動が似ていたんだ。
俺は閏璃凍弥。きみは?」
夕 「私は……」
柾樹 「ウィ、こやつはですな……」
ボカァッ!!
柾樹 「ギョオッ!?」
いきなり夕に殴られる。
夕 「ごめん、私に話させて……」
柾樹 「口で言え!口でっ!!」
凍弥 「すまん、柾樹。少し黙っててくれ……」
柾樹 「お、叔父さんまで……」
夕 「わたし……私は……」
凍弥 「………」
柾樹 「……早く言え」
ボカァッ!!
柾樹 「ギョオッ!?」
凍弥 「黙っていろ」
柾樹 「く〜〜〜……」
夕 「……あれ……?あれ……?名前が出てこないよ……」
凍弥 「……そう……か」
柾樹 「何言ってるんだよ、俺に自己紹介しただろ?」
夕 「うん……そうなんだけど……。
なんか……言っちゃいけない気がして……」
柾樹 「俺は例外か?」
夕 「うん、変な人だし」
随分ハッキリと言ってくれる。
凍弥 「なに、あまり気にするな」
そう言って叔父さんが夕の頭を撫でた。
夕 「え……?あ……」
その途端、夕の瞳から一筋の涙がこぼれた。
夕 「あっ……あれ……?」
柾樹 「……何かの芸か?」
夕 「ち、違うよ……。なんでか解らないけど……。
懐かしくて……嬉しくて……。それなのに……悲しくて……」
凍弥 「………」
柾樹 「病気か?」
夕 「そうなのかな……」
柾樹 「それとも実はサイボーグで、頭を押すと涙が……」
夕 「出ないよっ!!」
柾樹 「いや、解らんぞ!もしかしたら、ここらにスイッチが……」
俺は夕の頭に手を置いた。
夕 「ッ……!!やめてよ!!」
バシィッ!!
柾樹 「アウチ!?」
しかし、払い除けられた。
夕 「あ……」
柾樹 「なっ、な〜んばしょっとか!この娘っ子は!!
口で言えゆ〜ちょろ〜が!おお!?」
夕 「ご、ごめんなさい……」
柾樹 「いいえッ!父さんは許しませんよ!」
凍弥 「落ち着け柾樹。……というか何人だお前は」
柾樹 「おう!江戸っ子よぉ!!」
凍弥 「国へ帰れ」
柾樹 「じょ、冗談ですよ……というか、ここが祖国では?」
凍弥 「とにかくだ。べつに悪気があった訳じゃないんだ。許してやれ、柾樹」
柾樹 「いや、しかしですね……!!」
夕 「ごめんなさい……!!」
凍弥 「本人も謝ってるんだ、許してやれ」
柾樹 「……ウィ……了解いたした」
凍弥 「コラ」
ズビシ!!
柾樹 「イテッ!?」
いきなりチョップされた。
凍弥 「相手を許す時は笑顔だ笑顔。なぁ?」
夕 「う……うんっ!笑顔だよっ!」
柾樹 「……もしかしてコレはイジメですか?」
凍弥 「ん?……ハッハッハッハ!」
突然、叔父さんが笑い出す。
柾樹 「な、なんですか?」
凍弥 「いや悪い!ハハハハ!!!やっぱりお前は昔の俺にそっくりだよ!!
ハハハハハハハハ!!!!」
柾樹 「………」
夕 「アハハハハハ♪」
叔父さんと一緒になって笑う夕。
柾樹 「お前まで笑うか!?」
夕 「あ、ごめんなさい!なんか笑わなきゃいけない気がして……」
凍弥 「ああ、ありがとうな」
夕 「うんっ!」
柾樹 「すっかり意気統合ですな……」
凍弥 「気のせいだ」
柾樹 「いや、だって……」
夕 「目の錯覚だよ」
柾樹 「あのなぁ……楽しそうに笑ってたじゃないか」
凍弥&夕『夢だ(よ)』
柾樹 「………」
まいった。
息がピッタリだ。
夕 「あ……そうだ。勝手に家の中で寝ちゃってごめんなさい……」
思い出したかのように頭を下げる夕。
凍弥 「気にすることは無い。なんだったら家に住んだって構わんぞ」
柾樹 「え!?ちょっと待───……」
夕 「わぁっ!本当ですか!?」
凍弥 「ああ、構わんよ」
夕 「ありがとうございます〜っ!!お金が無いからどうしようか悩んでたんです!」
柾樹 「いや……だから……!!」
夕 「よろしくね、柾樹くん」
俺に向き直り、満面の笑顔での一言。
柾樹 「……うぐ……」
凍弥 「退いた時点でお前の負けだ。諦めろ」
柾樹 「叔父さん……母さんみたいなこと言わないで下さいよ……」
凍弥 「こう見えても幼馴染だ、奴の事なら任せろ」
柾樹 「………」
ひとり対ふたりでは多勢に無勢。
諦めるしか道が無かった。
あぁ、泥沼……。
キーンコーンカーンコーン……
柾樹 「まふ〜……」
朝の教室の一景。
奇妙な溜め息とともに予鈴が響く。
悠季美「せめて『はふ〜』にしてくださいよ」
予鈴に陶酔していると、横から聞こえる女の声。
柾樹 「俺の勝手だろう」
その言葉に、反論を繰り出す俺。
悠季美「駄目ですよ、オキテは守るべきですよ」
この目の前の女の名は郭鷺悠季美。
イマイチ思考回路が理解出来ん奴だが……一応、俺の幼馴染だ。
柾樹 「そんなオキテなど知らん」
悠季美「知らないとは言わせませんよ?」
柾樹 「もう言ったが……」
悠季美「撤回してください」
柾樹 「断る」
悠季美「外道ッ!」
柾樹 「誰がだ!」
悠季美「撤回してくれない柾樹くんがです!」
柾樹 「元はと言えば、お前が間違えたからだろう!!」
悠季美「そこをフォローするのがクラスメイト魂って物じゃないですか!この外道ッ!!」
柾樹 「外道外道言うな!!大体、意味解ってるのか!?毎回毎回!!」
悠季美「外れた道のこと。まさに、読んで字の如しですっ!」
柾樹 「帰れ」
悠季美「……冷めた声で言わないでください」
柾樹 「暑い夏には丁度いいだろ?」
悠季美「気分の問題です」
柾樹 「なら脳をハッスルさせろ」
悠季美「お断りします、バカは嫌いですから」
柾樹 「バカでは無い!!理知的だ!!しかも聡明!」
悠季美「解ってますよ」
柾樹 「おお、そりゃ良かった」
悠季美「並大抵のバカじゃないですから、柾樹くんは」
柾樹 「……喜んでいいのか?」
悠季美「そうするべきだ、と思いましたか?」
柾樹 「大きさで現せばケンミジンコ程にも満たないな」
悠季美「それだけあれば十分ですね、喜んでください」
柾樹 「……お前、俺のこと嫌いだろ」
悠季美「面白いバカは好きですよ?」
柾樹 「誉めてないだろ……」
悠季美「いいえ?そんなことありませんよ?
大きさで現せば原子ひと粒くらい、誉め称えてますよ?」
柾樹 「ケンミジンコより小さいじゃないか!!」
悠季美「気持ちの問題ですよ」
柾樹 「爽やかな言葉使いでキツイ奴だよな、おまえ」
悠季美「受け取り方の問題ですよ」
柾樹 「そんな小さな容量で誉め称えられても、
ミミズはもちろんオケラだって嬉しくないぞ?」
悠季美「大丈夫、アメンボは歓喜乱舞します」
柾樹 「それはそれで見てみたいな……」
悠季美「わたしもです」
柿崎 「あ〜、席に着け〜」
いつの間にか生きている友の話をしていた我等に、担任である柿崎が声を張り上げる。
柾樹 「柿が来た、お前も戻れ」
悠季美「そうしたいのはヤマヤマなんですけど……」
少し困惑気味の悠季美が俺を見る。
柾樹 「ふむ、何か複雑な訳がありそうだな」
悠季美「いいえ?極々簡単な訳ですよ」
柾樹 「どれ、兄さんが聞いてやろう」
悠季美「聞いてくれますか?」
柾樹 「ああ、聞いてやる。二言は無い」
悠季美「既に二言になってますけど」
柾樹 「気のせいだ」
悠季美「そうですか、なら心置無く」
柾樹 「うむ」
悠季美「わたしの席です、そこ」
柾樹 「そんなことないぞ」
悠季美「あるんです」
柾樹 「それが実は無いんだよ」
悠季美「机、中身を調べれば解ります」
柾樹 「俺の机には腐ったパンなんて入ってないぞ?」
悠季美「わたしだって入れてません」
柾樹 「だからここは俺の席だ」
悠季美「今の会話から、どうやったら結論が出るんです」
柾樹 「出たのだから仕方無い」
悠季美「なんと言おうとここはわたしの席ですよ」
柾樹 「目の錯覚だ」
悠季美「時間無いんですから、退いてください」
柾樹 「時間ならたっぷりあるぞ?8時間近くも」
悠季美「経ったら座る意味が無いですよ。それに……ずっと立ってろと言うんですか?」
柾樹 「望むならな」
悠季美「校長先生の話より性質が悪いですよ……」
柾樹 「努力と根性と腹筋で乗り切れ」
悠季美「腹筋は大事ですけど……」
柾樹 「努力と根性はどうした」
悠季美「おまけです」
柾樹 「……一度、病院で脳波のチェックしてもらえ」
悠季美「じゃあ柾樹くんはマグロの目玉を食べて下さい。旅館に来たら御馳走しますよ」
柾樹 「目玉?」
悠季美「頭を良くする働きがあるんです」
柾樹 「いらん」
悠季美「そうですか、なら退いて下さい」
柾樹 「どうしてそこに行き着くかな……」
悠季美「天命ですね」
柾樹 「話にまとまりを持て」
悠季美「それ、凄く矛盾してますよ?」
柾樹 「そんなことは断じて無い」
悠季美「ありますってば……」
既に何の話か解らない。
柿崎 「いいから席に着け……」
我等がとてつもなく意味不明な知識を披露していると、
横から柿の声がした。
柾樹 「まったくその通りだ」
悠季美「だからそこはわたしの……」
柾樹 「隣の席が空いてるぞ?」
悠季美「当たり前です、柾樹くんの席なんですから」
柾樹 「それは違うぞ」
悠季美「そんなことないです」
柾樹 「なにぃ!?なら彼の地は誰の席だ!」
悠季美「柾樹くんの席です」
柾樹 「そげなわけあるか」
悠季美「あるんです」
柾樹 「なにぃ!?いつからそんな法律が出来たのだ!」
悠季美「遥か昔、太古となる文明において、厘崇糠様が作り上げた歴史ある伝統です」
柾樹 「そんな昔から俺の席は決まっていたのか!?」
悠季美「そうなりますね」
柾樹 「なるほど、天命だ。理解出来たよ。お前も席に着け」
悠季美「アオミドロ大程度にも理解してませんね」
柾樹 「理解してないこともないかもしれないな」
柿崎 「おい、お前ら……」
悠季美「もう少しお待ちください」
柾樹 「ところで、リンスウコウって誰だ?」
悠季美「誰ですか?」
柾樹 「知らん」
悠季美「わたしだって知りませんよ」
柾樹 「お前が言ったんだろう」
悠季美「空耳です」
柾樹 「お前なぁ……」
悠季美「いいから退いて下さい」
柾樹 「俺の席だ」
悠季美「わたしの席です」
柿崎 「はぁ……もう嫌だ、この血筋……」
柿が呆れ果てていた。
柾樹 「俺も焼そばラーメンなんて伝授されたくなかったよ」
悠季美「わたしも連休に旅館の手伝いは嫌ですよ」
柿崎 「ああ……鷹志もそう言ってたよ……」
悠季美「父を御存じなんですか?」
柿崎 「昔、ここでクラスメイトだったよ……」
柾樹 「……となると、母さんや叔父さんも?」
柿崎 「霧波川に閏璃だろう?知ってるよ……」
悠季美「奇遇ですね」
柾樹 「奇遇だ」
柿崎 「いいから廊下に立ってろ、お前ら……」
悠季美「わたし、被害者ですけど」
柿崎 「構わん、立ってなさい」
柾樹 「俺、ずっと座ってましたけど」
柿崎 「構わん、立ってなさい」
悠季美「疲れるから嫌です」
柾樹 「斜め右に同じ」
柿崎 「なら卒業は無しだ」
悠季美「外道!」
柿崎 「誰がだ!」
悠季美「悪い結果の選択肢しか出さない先生がです!!」
柾樹 「男意気に反するとは!!鬼!悪魔!!もやし!!柿!!」
悠季美「外道!ボナンザ!!トーテムポール!!柿!!」
柿崎 「もやしとボナンザとトーテムポールは何だ!!」
柾樹 「存じませぬ」
悠季美「斜め左に同じです」
柿崎 「第三者が現れたからって徒党を組むな!!」
柾樹 「力とはこういうものなのです」
悠季美「そうなのです」
柿崎 「帰れ!」
柾樹 「まだホームルームも終わってませぬ」
悠季美「今日は家に居たくないので……」
柿崎 「はぁ……解った、廊下に立ってろ」
柾樹 「むう、どうあっても廊下に立てと?」
悠季美「外道!」
柿崎 「外道で結構、さあ、水入りバケツだ」
悠季美「先生、これ、虫が浮いてます。取り替えてください」
柿崎 「触る訳じゃないんだ、いいから行け」
悠季美「この店では虫入りの水を出すんですか!?」
柿崎 「学校だ」
柾樹 「んまぁっ!開き直りましたわよ奥さん!!」
悠季美「教育方針がなっていませんわ!!ちょっとあなた!
この店の最高責任者を呼んできなさい!」
柿崎 「……いいから……行け、ほら行け」
ずいずいと背中を押される。
柾樹 「まぁっ!!まだ話は終わってませんわよ!?」
悠季美「ええ柾樹子さん!PTAに訴えましょう!」
柾樹 「『まさきこ』さんはやめろ。せめて『まきこ』さんにしてくれ」
悠季美「真面目に考えると不気味です」
柾樹 「ほっとけ」
柿崎 「しつこいな……」
我等の必死の抵抗も無駄に終わり、廊下に出される。
柿崎 「バケツは持たなくていいから、頭を冷やしてろ」
ピシャ!!
入り口のドアが閉ざされる。
柾樹 「キィイ!!こんな店、もう来るもんですかっ!」
悠季美「はぁ……廊下に立たされるなんて、どうしようもない程に初体験です……」
柾樹 「俺だってそうだぞ」
悠季美「誰の所為ですか……」
柾樹 「悠季美」
悠季美「柾樹くんの所為ですよ……」
柾樹 「気のせいだ」
悠季美「そんなことないです」
柾樹 「疑り深い奴だな」
悠季美「疑いじゃなくて確信ですよ……」
柾樹 「俺にはアリバイがあるのだが?」
悠季美「どんなです?」
柾樹 「俺は座ってた」
悠季美「わたしの席に、です」
柾樹 「違うぞ」
悠季美「正解率200%です」
柾樹 「そんなに高いのか?」
悠季美「MAXです」
柾樹 「これは誤算だ」
悠季美「はぁ……」
柾樹 「さてと、じゃあ俺はこれで……」
悠季美「帰るんですか?」
柾樹 「うむ」
悠季美「いくら外道でも、相手は担任ですよ?」
柾樹 「その担任に対立したのは誰だ」
悠季美「わたしと柾樹くんです」
柾樹 「うむ、ならばそんな考えこそ今更だ」
悠季美「……それもそうですね」
柾樹 「安心しろ、言いつけは守るよ」
悠季美「いきなり還付無きまでに破ってます」
柾樹 「そんなことないぞ」
悠季美「帰る時点でアウトですよ」
柾樹 「いや、それを覆す程に逆転満塁ホームランだ」
悠季美「言っている事が理解できませんが……」
柾樹 「大丈夫だって!我が行く手に夢と力と栄えあり!」
悠季美「ますます不安です」
柾樹 「い〜からい〜から、行こう!」
悠季美「何処へ?」
柾樹 「俺の下宿先」
悠季美「行きます」
柾樹 「……何故、そんなに切り替えが速いかな」
悠季美「気にすることでもないですよ」
柾樹 「滅茶苦茶に気になるぞ」
悠季美「しないでください」
柾樹 「それこそ無茶だ」
悠季美「そうですか?」
柾樹 「当たり前だ」
悠季美「そうでもないですよ」
柾樹 「あるぞ」
悠季美「いいから行きましょうよ」
柾樹 「はぁ、解った、解りましたよぅ……」
最早、会話は成り立たぬと判断した。
そうなると、足は自然に外へと動いた。
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