おまけ/月茶系マクラ大戦 ───夢暴走・女たちの戦い───


……ミシ。
何かの音で目が醒めた。
辺りを見渡すが、窓は完全に仕切られ、この部屋は真っ暗だった。
ミシ、ヒタ、てくてく……。
明らかに自分以外の何かを感じる。
まさか……

1:アルクェイドだろう

2:シエル先輩かな

3:秋葉か?

4:翡翠……なわけないか

5:まさか琥珀さん?

6:……いや……ま、まままさか有彦!?

7:いやいやいや!もしかして置いてきてしまったレンかも


結論:…………7?

どちらにしろ暗いままじゃ分からない。
電気をつけよう。
垂れ下がった紐を引き、明かりをつける。

志貴 「あ」

数回瞬き、明かりがついた途端、俺は唖然とした。

アルク「なんだ、志貴ったら起きちゃったんだ。つまんないの」
シエル「アルクェイド!どうして貴方がここに居るんですか!」
秋葉 「それはあなたにも該当する疑問ですね、シエルさん」
琥珀 「秋葉さま、ご自分はどうなんですか?」
翡翠 「…………」
有彦 「げっ、どうしてここにこんなに居るんだよ……」

それはこっちのセリフだ。

志貴 「みんな……何事?」
アルク「怖い夢見た」
シエル「怖い夢を見ました」
秋葉 「…………」
琥珀 「はい、同じく怖い夢を見ました」
翡翠 「…………」
有彦 「初めて本当に心霊現象にあった……」

…………なんだそりゃ。

志貴 「怖い夢って?」
アルク「志貴が死ぬ夢」
シエル「遠野くんが死ぬ夢……です」
秋葉 「兄さんが、死んでしまう夢です」
琥珀 「志貴さんが死んでしまう夢ですね」
翡翠 「……志貴さまが死んでしまう夢、です」
有彦 「腹の上に何かがこう、乗ってやがるんだ。
    なんか少しの重力しか感じねぇのに体、動かせなくてよ……」
志貴 「…………」

気付けば、俺の布団の中に俺以外のなにかが居た。
フサフサの体毛。
ああ、間違いない。
レンだ。
多分自分だけを除け者にして楽しい思いをしてたのが羨ましかったんだな……。
だからそんな夢を見せたのか。

志貴 「でもさ、みんな枕だけ持ってきてどうする気だったんだ?」
秋葉 「あ、これはその……」
アルク「志貴と一緒に寝るつもりだったんだけど」
シエル「はっきり言わない!この不浄者!」
アルク「なによ、シエルだって香水なんか使ってるくせに。
    もしかして寝ること意外に何か企んでたんじゃないの?」
シエル「わっ、わたしはいつも眠るときに香水をつけるんです!」
琥珀 「添い寝なら任せてください。志貴さんのような子供なら大歓迎ですよー」
アルク「子供を襲うのってなんて言うんだっけ?」
シエル「だーっ!だまりやがりなさい!」
翡翠 「…………」
有彦 「先に言っとくけどよ、オレは寝に来たんじゃねぇぞ」
志貴 「枕持ちながら言われたってな」
有彦 「やめろ、オゾましい。俺は枕投げでもして気分転換しようとしただけだ」
シエル「やりましょう」

すかさず割り込んでくるシエル先輩。

シエル「いいアイディアです乾くん。花マルあげちゃいます。
    というわけでくらいなさい不浄者ーーーっ!!!」

バシーン!!

アルク「な……」
シエル「ふふ……油断大敵……ですよ」
アルク「ふうん、面白いじゃない。手加減しないわよシエル」
シエル「望むところです、アルクェイド」

…………はぁ。
どうして枕投げでこうも殺気が出せるんだろうか。

有彦 「待ったーーーッ!!」

突如、いままで傍観していただけの有彦くんが叫んだ。

有彦 「キミ達は間違っている!枕投げとは殺気を込めてやるものじゃねぇの!
    血生臭いものとは違う、娯楽の中にも本気がある!
    それこそが!あ、まぁくら投げよぉお〜うぅ!!」

歌舞伎者のような構えをとる有彦。
彼は確認するまでもなく馬鹿だろう。
いや、ノリがいいといった方が彼的にピュアだ。
見ればいつの間にか、おばけきのこの着ぐるみを着ている。

有彦 「さあ!どこからでもかかってくるナリ!」
シエル「…………」
アルク「…………」

アルクェイドと先輩が目を合わせたのち、頷き合って枕を握った。

有彦 「あ、ちなみに畳には押入れから出した布団で埋め尽くしてあるナリ。
    やっぱ枕投げの足場はこうでなくてはいかないでちゅ!」
シエル「フッ!」

ドボス!

有彦 「ふふふ、いい枕だシエル先輩!
    だが昨年の無念を晴らすべく、オレが怨念込めて作ったこのおばけきのこ!
    そうそう衝撃は通してくれないぜ!」
志貴 「…………」
アルク「……枕投げって、やるのは初めてだけど……。
    ねー志貴?これを相手にぶつければいいわけ?」
志貴 「遠慮するな、死なない程度にやったれ」
アルク「うん、わかった」

ブンッ!
ドパァアアン!!

有彦 「ごぉぅふぁああっ───!!」

ゴシュウゥゥゥ───……ン……と、有彦がスローモーションで吹っ飛んでゆく。
やがて布団にドシャアアア……ン、と着地する。

有彦 「っ……は……っ!……と、遠野……オレはもうダメなのか……!?」
志貴 「気持ち良く『オレはもうダメだ』とは言えないのか」
有彦 「馬鹿か、そんな認めるような行為が出来るか」

彼は元気だった。

有彦 「フフフ、伊達におばけきのこの実態を持っちゃいねえ。オレは今、美しい!」

びしぃっ!と決めポーズをとる有彦。
これがおばけきのこ着用じゃなかったら、まだ決まってたんだろうに。

有彦 「さて、これからルールを説明」

どぱぁん!

有彦 「ぶはっ───」

あ、顔面。
さすがに隠れていない場所は効くらしい。

有彦 「ま、待───」

ドス!バスバス!ボスン!

有彦 「ぐはっ!おうっ!えほぁっ!」
志貴 「ま、待て待て!何か言おうとしてたから待ってやってくれ!」
シエル「勝負に待ったはなしです」
志貴 「にこやかな顔でヒドイこと言うね」
アルク「わたしは別に待ってもいいかな。
    どっかの埋葬機関と違って、志貴の言うことくらい聞いてあげる」
シエル「──────」
アルク「なによその目。やる気?」
志貴 「あー!ほら有彦!ノビてる場合じゃないだろ!
    喧嘩が始まる前に言いたかったこと言ってから気絶しろ!」
有彦 「……ル、ルールを説明する」

よろよろと立ち上がって、凛と構えた。

有彦 「まずここに、押し入れから出したありったけの枕と皆様が持ってきた枕がある。
    武器はあくまで枕。それ以外を使ったら退場。大人しく部屋に帰ること。
    飛んできた枕を手で持った場合、カウントに入らない。
    それを自分の球としてすぐ使えるから中々素晴らしい。
    しかし、ここで要注意。
    手に持ったとしても滑って落ちてしまった場合はカウントを取るナリよ。
    つまり、何回枕をくらったかが勝負のポイント。
    制限時間内に多く当たった方が負け。
    一番くらった回数が少ない人には商品として、
    遠野志貴と一緒の布団で寝れる権利を与える!」
志貴 「ばっ───なに考えてるんだ!そんなこと誰が喜ぶって───」
アルク「───商品が商品なだけに、手加減は一切しないわよシエル……!」
シエル「上等です、このアーパー吸血鬼が……!
    手加減してあげるならどうぞ、秋葉さんにどうぞ……?」
秋葉 「必要ありません。むしろ加減をしてあげるのはこちらのほうです……!」
翡翠 「…………乾さま、これはフェアじゃないと思います」
琥珀 「そうですよー。わたしたちが明らかに不利じゃないですか」
有彦 「あー、その点なら大丈夫。
    今実況に回ると、もれなく遠野志貴からオデコにキスしてもらえる権利が」
志貴 「だぁからっ!どの口がそんな勝手に───んぐぅっ!んむぅううっ!!」
琥珀 「んー───添い寝も捨てがたいんですけど、仕方ありませんねー」
翡翠 「…………」
琥珀 「翡翠ちゃん、命あってのモノダネだよ」
翡翠 「わたしのどのエンディングでも真っ先に死のうとする姉さんに言われたくない」
琥珀 「うぐっ───」

……痛い沈黙が訪れた。

琥珀 「ひ、翡翠ちゃん……本編ネタ出すなんてヒドイ……」
翡翠 「おまけだから無礼講……」
志貴 「ふっきれたな、翡翠……」
翡翠 「事実を述べたまでです」
有彦 「さ!細かいことは置いて、さっさとやっちまおう!」
翡翠 「お待ちください」
有彦 「ん?なに」
翡翠 「…………」
志貴 「え?」

なにやら翡翠が俺の方を───ああっ!?

琥珀 「あ、そういえば志貴さんにキスしてもらえるんでしたね」

ぽん、とわざとらしく手を打つ琥珀さん。
気付かないでいてほしかった。

志貴 「勇気ある逃走!」
琥珀 「えいっ」

がしっ。

志貴 「キャーッ!!いやーっ!」
琥珀 「あはー、逃がしませんよー。
    それにここで逃げられたらルール違反もいいとこじゃないですか」

にこやかな顔で解説しながらロープでぐるぐると俺を巻いてゆく琥珀さん。
ああ、あなたは悪魔です。

志貴 「ルールもなにもありませんよ!それは有彦が作ったものであって、俺は!」
翡翠 「志貴さまを、覚悟です」
志貴 「翡翠にまで覚悟を求められる俺ってなんなの!?」
有彦 「ささ、もうこうなったら口でもなんでもいいから」
志貴 「アホかーッ!!」
有彦 「うるせえ、お前ばっかりいい思いしやがって。
    もうこうなりゃ遠野が嫌がることならなんでもやってやるから覚悟しろ」
志貴 「な───」

冗談じゃない。
こいつなら本当になんでもやりそうだ。

琥珀 「志貴さんが嫌がる……。それならいい手がありますよー?」
有彦 「え?なんスか?」
琥珀 「乾さんが志貴さんにキスするんです」
志貴&有彦『死んでも嫌だッッ!!』
琥珀 「乾さんも嫌がるんじゃ仕方ないですね」
有彦 「……恐ろしいことをさらっと言う人だな」
志貴 「少しでも同情してくれるならこのロープほどいてくれないか?」
有彦 「だめだ」
志貴 「うわっ、情のカケラも無いヤツ……」
有彦 「かっかっか、遠野、お前は商品だからな。逃げられちゃ困る」
志貴 「…………どうでもいいけどさ、後ろ見てみろ」
有彦 「あん?……お、おお……」

振り向く有彦の視界に映る激戦。
そう、既に戦いは始まっていた。

翡翠 「現在、秋葉さまがダメージ39、
    アルクェイドさまがダメージ175、シエルさまがダメージ40です」
志貴 「アルクェイドが一番くらってる……?どうして」
翡翠 「集中攻撃をくらっています」
志貴 「うわぁ……」

──────


 /VTR


シエル「そりゃそりゃそりゃそりゃ!成敗!成敗!!成敗ーッ!!!」
秋葉 「兄さんに近づく不届き者がぁああッ!!」

バスバスバスバス!

アルク「にゃー!ずっこいぞ尻デカ、ナイチチー!」
シエル「尻デカ言うなーっ!」
秋葉 「胸は関係ありません!」

バスバスバスバスバスバスバス!!

アルク「にゃーっ!」


 /VTR終了


──────

志貴 「…………」

そっか、つまりアルクェイドは素直すぎて周りに敵がいっぱいなわけだ。

志貴 「でもそれにしたって、こう何度もくらうのは……」
翡翠 「『避けても良い』、というルールを知らないようです。
    つまり、先ほどからその場で投げられた枕を取っています。
    ですがそれに気づいた秋葉さまやシエルさまがそれを利用して、
    取り辛い位置や肩辺り、または足を狙って投げています」
志貴 「…………」
有彦 「はー、見事なもんだねぇ。ビデオカメラでも持ってくりゃ」

ゴシャアッ!

有彦 「ゲブボッ!」

どしゃあ。
有彦、流れ弾が顔面に直撃し、死亡。というか気絶。

志貴 「おお、これは小豆マクラ」

じゃら…と音を立てる、通称・大仏マクラを持ち上げる。
硬いんだよなぁ、これ。

志貴 「アルクェイドー、飛んでくる枕は避けてもいいんだぞー」
秋葉 「兄さんっ!?」
シエル「遠野くんっ!?」
アルク「え?そーなの?」

えー?と明らかに不満そうな顔をされる。
まあ仕方ない。散々ぶつけられたのだから。

秋葉 「兄さん!妹より人外魔境を取るというのですか!」
志貴 「取る取らないの問題じゃなくてだなぁ!これじゃあフェアじゃないだろう!?」
シエル「遠野くんだけは……遠野くんだけは信じてたのに……。
    そんなにこの女と寝たいんですかっ!?たった3cmの差じゃないですかっ!」
志貴 「なんのことだよ先輩!」
アルク「隙ありっ!」

バスバスバスバスバスッ!

シエル「ぐっ───あっ……!このぉっ!」

ドシュゥッ!
空気を切って、枕が飛翔する。
頬を掠めたりしようものなら、漫画やアニメのように頬が切れてしまいそうだ。

アルク「ひょいっと」
シエル「───!」

ドスンッ!
なにやら凄まじい音をたてて、枕が壁に激突する。
穴が開かないのが不思議なくらいの音。
あんなもの、人間が当たったら───

志貴 「…………」

フと、気絶しながら『生麦生米生卵〜』と唸っている有彦を見る。
───まあ、この有彦きのこの様子を見るかぎりは死にはしないんだろうけど。

志貴 「…………」

やがて肉眼で確認することが不可能になるほどのの枕の飛翔と攻防を前に、
俺はただ呆然とするしかなかった。
流れ弾ですら肉眼で確認することが出来ない分、外野も安全とは言えない。

志貴 「琥珀さん、これ、ほどいてくれないかな」
琥珀 「だめです」

即答だった。

琥珀 「そういえばまだキスもしてもらってませんし」
志貴 「だ、だからそれは有彦が勝手に……!」
琥珀 「大体ですね、歌月十夜の写真。どうして秋葉さまに翡翠ちゃん、
    果てはアルクェイドさんにもキスしているのに、わたしのは無いんですか。
    夢だったならそれくらいサービスしてくれていいんじゃないですか?」
志貴 「俺に言われても」
琥珀 「───」

あ、目の色が変わった。

琥珀 「そんなヒドイこと言う志貴さんは唇奪っちゃいます」

がっし。
俺の顔を押さえ、じりじりと顔を近づける琥珀さん。

志貴 「だぁあっ!ま、待───」

ゴォオウン!

志貴 「殺気!?」

風を巻き上げるような音と、異常なまでの殺気。
見上げれば、そこには体を回転させる要領で足を振り上げている寝巻き姿の秋葉の姿が!

秋葉 「妹ネリチャギィッ!」

ガコォッ!!

琥珀 「ぴっ!」

ドシャァッ!
勢い良く布団に叩きつけられるどころか、
勢い余ってゴロゴロズシャアアと滑ってゆく琥珀さん。
うわぁ、容赦無ぇ……。

秋葉 「はっ……はぁ───っ!人が、大変なときに……!
    兄さんを襲おうだなんて……!!何を……か…………ぁ」

どさっ。
遠野秋葉、ダウン。

翡翠 「秋葉さま、ダウン。総ダメージ798ポイントです。
    タイムオーバーまで残り5分です。
    現在のダメージ、アルクェイドさまが671ポイント、
    シエルさまが654ポイントです」
志貴 「秋葉……随分逆転されたんだなぁ……」

確かに秋葉には人でないモノの血があるけど、
やっぱり『略奪の檻髪』を使わないとそこまで頑張れないということか。

シエル「フ───ふ、フゥ……!!フフ……!
    秋葉さん……貴女は戦いというものを知らなすぎた……。
    それだけで、敗因は簡単です……。
    ……とは、いえ……このダメージは不覚でした……」
アルク「くっ……!シエルごときに志貴は渡さないんだから……!」
シエル「ふ、ふん……!貴女はいつもそうですね……。
    人の恋人を横取りしようとするのが好きなバケモノに、
    わたしをどうこう言う資格なんてないんですよ……!」
アルク「ふん、わたしが志貴と一緒に居ようって思う気持ちに資格なんて必要ないわ。
    むしろ先輩顔して志貴に取り入ろうっていうのが気にいらないのよ。
    純粋無垢な志貴を洗脳したんでしょ?それこそ傍に居る資格がないわ」
シエル「ほ、ほざきやがりましたねアルクェイドーッ!!」

ブンッ!

アルク「───」

バシッ!

シエル「なっ───!?」
アルク「もうひとつ言っておくわ。真祖の回復力を甘く見ないで。
    いくら貴女が頑張っても、わたしは基本的に時間の経過で体力は回復する。
    話をしている間に疲れは消えたってこと。
    シエル、この意味……貴女なら分かるわよね?」
シエル「ぐ……ぅ」
アルク「今なら降参くらい聞いてあげるけど?」
シエル「誰が吸血鬼に───!」
アルク「そう言うと思った」
シエル「───フッ!」

ブンッ!

アルク「無駄よ。不死でなくなった貴女はただ人より優れているだけだもの。
    そんなんじゃわたしには」

ボスッ!

アルク「──────」
シエル「そういうことは───勝負が終わってからにしなさいっ!」
アルク「……人が親切で言ってあげてるのに。いいわ、決着……着けようか」
シエル「こうなったら戦術もなにも関係ありません……。
    ぶつけられるだけぶつけてやるだけです!」
アルク「ハンデくらいはあげる。そのルールを飲むわ」
シエル「く───!」

ブン!ドボッ!バスッ!ブン!ブンブン!ドカッ!ぐしゃっ!


目の前で既に枕投げの領域を越えた戦いが繰り広げられている。

翡翠 「残り30秒。アルクェイドさまのダメージ、842ポイント。
    シエルさまのダメージ、905ポイント」
シエル「くぅうっ!アルクェイド!貴女なんかに遠野くんは───っ!」
アルク「この差でよくそんなことが言えるわ。シエルったら負けず嫌いー」
シエル「貴女に言われたくありません!このアーパー吸血鬼!」

バスッ!ドスドスッ!ボフッ!

翡翠 「───終了です」
シエル「───!」
アルク「……ふう」
翡翠 「ダメージの確認をします。
    アルクェイドさまが882ポイント、シエルさまが999ポイント」
シエル「───!999……!?」
アルク「あはははは、逆ネロだー」
シエル「途中で投げてこなくなったと思ったら───!」
志貴 「……はぁ」
翡翠 「結果発表をします」
アルク「あはは、するまでもないよ」
シエル「くっ……!」
翡翠 「この勝負、勝者は秋葉さまです」
アルク「──────え?」
シエル「な───ぁ、え?」
アルク「えー?ど、どういうこと翡翠ー」
志貴 「馬鹿、お前ちゃんとルール聞いてたのか?」
アルク「な、なによ志貴まで……」
シエル「ルール……?あーーーっ!!」
アルク「なに?なんなの?」
シエル「そ、そうでした……っ!
    ダウンしたからってリタイヤになるなんて誰も言ってません!
    あくまで制限時間内でのダメージ勝負……!
    それはつまり、秋葉さんのダメージポイントが798のままで、
    わたしとアルクェイドは800を越えてしまっているわけだから───」
アルク「…………それってどういうこと?」
シエル「ああもう分からない馬鹿吸血鬼ですねっ!つまり!
    途中で気絶した秋葉さんを放置していたわたしたちの失態の所為で、
    この勝負は秋葉さんの勝ち!そして遠野くんと一緒に寝る権利も当然───!」
アルク「──────」

あ、なんとも言い表せないような顔してる。

アルク「でも妹、寝てるよ?」
シエル「…………」
アルク「───シエル」
シエル「───アルクェイド」

がしっ。
ぐるぐるぐるぐる……。
秋葉が簀巻きにされてゆく。

志貴 「うわああっ!ふたりともやめろっ!ちょっと見苦しいぞ!?」
アルク「権利を得た人が寝てるんだもん、仕方無いじゃない」
志貴 「だからって簀巻きにする必要があるのか!?」
シエル「はい、動けなくするためです」
志貴 「先輩……マジな目でそういうこと言わないでくれ……」
アルク「一緒に寝ようね志貴ー」
シエル「観念しちゃってください」
志貴 「だぁあっ!どうしてこういう時だけ仲がいいんだーーーっ!!」
アルク「あはははははははは」
志貴 「うわぁあっ!服に手をかけるなっ!やめろっ!
    子供にそんなことしていいと思ってるのかっ!?
    いやっ!やめ───ぎゃぁあああああぁぁぁぁぁっ!」

………………
…………
……

志貴 「って、ちょっと待てーーっ!!」

がばーっ!と起き上がった。

志貴 「……は、はぁ、は───ぁ」

息を荒くして、辺りを見渡す。
───なんのことはない。
ただの夢だったらしい。
畳には布団が敷き詰められていることなどなく、枕が散らばっていることもない。
変わっていることといえば、俺の体が元の体格に戻っていることくらいだ。

志貴 「な、なんだったんだあの夢は……」

なんて、リアルな───、夢───

汗をびっしょりとかいていた額を拭い、立ちあがった。
すると、ころん、と猫が転がった。

志貴 「あれ?レンじゃないか」
レン 「…………」

うあ……睨まれてる……。

志貴 「あ───もしかして置いていったの怒ってる?」
レン 「──────」

変わらず睨んでいる。
それは否定というよりは肯定と受け取れた。

志貴 「……ごめん、だからあんな夢を見せたのか……」
レン 「…………」

つん、とそっぽを向いてしまう。

志貴 「む───」

まいった。
本格的に拗ねてる。

志貴 「悪かった、そう怒らないでくれ」

苦笑しながら謝り、頭を撫でる。
───どうやらそれで、許してくれたらしい。

志貴 「───よし、いくか」
レン 「…………」

こくこく。
静かに頷くレン。

ああ、それにしても……とんでもない夢だった……。

そう思いながら大きく伸びて、部屋をあとにする。
いつもと変わらないと言ってしまえば変わらないと割り切れる日常。
日々は楽しくて、溜め息が止まらない。
いくつかの矛盾の上に成り立っているこの現実の中で、
こういう道を歩んでしまったことを、遠野志貴はそう後悔していないようだ。
だからまあ───
こんな日常に苦笑するのもそう悪いことじゃないんじゃないだろうか───。
そう思えるようになって初めて、
俺は真っ直ぐに遠慮という枷を壊して、歩み始めることが出来たのだろう。
今日でこの別荘ともさよならだけど……
まあ───またいつか───
ここに訪れる時を、今はただ望むとしよう───。





  さて、そうは思ったところで。


         どうにも遠野志貴には、落ち着ける時間など無いのだと痛感する。




散々馬鹿騒ぎをしてようやく俺達は屋敷へ帰る準備をした。
約二日ぶりに遠野の屋敷に戻った次の日、
俺は翡翠から手編みのセーターを受け取ることとなる。
この暑いのにどうしてセーター?とか思ったが、
翡翠の顔と、廊下の先で様子を見ている琥珀さんを見ると、言えるはずもなかった。
もちろん翡翠の気持ちが嬉しかったから素直にありがとうと言った。
言ってしまった。
それがいけなかった。
どういうことかアルクェイドやシエル先輩や秋葉にその事実が伝わり、
『遠野志貴は手編みのプレゼントで喜ぶ』という先入観念を勝手にもたれてしまった。
誰が情報を流したかは───まあ、考えるに至るまでもないが、それからはもう地獄だ。
次々と手編みものがプレゼントされ、
しかも同梱されていた手紙には『着ないと殺す』と、
ご丁寧に脅迫状と殺人予告をシェイクしたようなものまで送り届けてくる時もあった。
それらを着ればどうなるかは予想がつくわけで。
けれども俺は自分が逃げられないことを知っているわけで。
そうなれば───まあ。
こうなるわけだ。

翡翠 「志貴さま!?志貴さま!」
志貴 「み、みず……水を……」
アルク「はい志貴、ミミズ」
志貴 「……なんでやねん……」

がくっ。

シエル「遠野くん!?」
秋葉 「兄さん!しっかりしてください兄さん!」
琥珀 「志貴さん、記念写真いいですかー?」
秋葉 「琥珀っ!こんな時に何を!」
琥珀 「はい、タイマーにしましたから少し詰めてくださいねー」
翡翠 「姉さん、何を───」
琥珀 「翡翠ちゃん、隣りいいかな。はい、チーズ」

カシャッ。

…………

まあ、こんな感じで。
手編みグッズを装着してから大した間もなく、俺は脱水症状で倒れることとなる。
全身を手編みグッズで完全武装して倒れてた俺がテラスで発見されたのは、
今では遠野家の名物話として有名になっている。


───さて、しばらくしてから琥珀さんに渡された写真だが───
土気色の顔をした俺の周りで、女性群がVサインをして微笑んでいる。
ああ、なんだか恐ろしい写真だ。
まるで墓から死体を暴いて手縫いの衣でぐるぐる巻きにして喜んでいるような写真だ。
ていうか秋葉。
写真とろうとした琥珀さんに文句を言おうとしてたくせに、
なんですかこの控え目だけどしっかりとしたVサインは。
なんて思ってみても、やっぱりどこか嬉しい自分がいる。
遠野の屋敷に来て初めての写真がこれだ。
自分の顔が土気色なのはどうかと思うが、
止める暇も無く琥珀さんがこの写真をみんなに配ってしまった。
そしてこの写真はそれぞれの宝物になってしまったことは言うまでもない。
なによりみんながいい笑顔なので、燃やしてくれなんて言えるはずもなかった。

ただ後日。
俺は病院で、みんなに言った。
俺が元気になったらもう一度、写真を撮ろうと。
少し不安だったにもかかわらず、俺の言葉を聞くなり、みんなは心よく頷いてくれた。




 ───それだけで、ひどく安心した。

 なによりも帰る場所がある。

 もう遠慮する必要もないだろう。




 今ならどんな夢でも幸せな夢に変わる気がする。

 夢を見られるのならそれでいい。

 せっかくだから、今はまだ帰れない家の夢を見ようか。

 そして、それなら今はただ───

 一刻も早く帰るべき場所に帰れるように。

 ───のんびりと、眠ると、しようか───



 



                                 《 E N D 》









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