───遠い昔の夢を見る。
いつだって笑っていられた自分を懐かしみ、けど心は逆に冷えていた。
この心はもう二度と暖かくなることはないのだろう。
それはずっと昔から知っていることで、
不完全だった自分ならきっと当たり前のことだった。
目指したものがあって、果たしたかった夢がある。
けどそんなものの全てが空想や幻想の集まりだと知った時───
もう自分は“戻れない場所”に立っていた。
だからこそ願おう。
だからこそ祈ろう。
……どうか、お前たちだけは───
束の間の幸せにこそ涙してほしい、と───
───幕間/幻想───
【ケース62:Interlude/───】
───全てが凶った世界に居た。
弱肉強食なんてものは昔から続いているが、今のソレはなにより酷く醜かった。
世界中の全ての者が俺を利用しようとし、世界中の全ての者が俺を人としてみなかった。
───英雄……か
なんて都合のいい名称だろう。
呼ばれれば現れ、助けては追い返され。
人として扱われないというのはそれだけで落ちたものだった。
だがそんな扱いをされてもまだ、自分は守りたいものさえ守れればいいと思っていた。
それが全てだと。
それだけが全てだと断ずるが故に英雄になった己なのだから。
───くだらない もっと早くに気づけばよかった
そう、自分は英雄だった。
“守護者”の名を冠した英雄。
全てより護り、全てを撃退する英雄。
神と死神と精霊と竜の力を持つ、金色と真紅の創造英雄。
……皮肉なものだ。
創造という概念を手にしたお陰で未来を築いた自分が、
今度はその創造にこそ縛られている。
……イメージは力だ。
世界に充満した自分への期待の全てはやがて、いつしか俺を象るものへと変わっていた。
寿命の源泉では魂の寿命は延ばせても肉体の寿命は伸ばせない。
それ故に滅びた自分の体と、
“都合のいい存在を死なせまい”とする英雄に対するイメージ。
いつしか自分は“今まで守ってきた者”のイメージにこそ象られ、
その永遠を“英雄”として再構築させられた。
魂だけの場合は晦悠介であり、実体化すれば英雄、ルドラ=ロヴァンシュフォルス。
そんな不安定な存在に成り下がり、だが世界はそれを喜んだ。
もちろん自分も“まだまだ誰かを守ってゆける”と喜んだものだ。
だがそれは全て間違いだった。
それに気づいたのは、たったひとりの親友を失った時だった。
───無様 それが己自身の生き様か
殺したのは世界だ。
そう、“俺が守ってきたもの全て”。
これが狂わずに居られるだろうか。
本当に守りたかったものを守ってきたものにこそ奪われた。
その親友───弦月彰利だって、死ぬ寸前まで世界を守ってきたというのにだ。
それを供養もせずボロ雑巾のように廃棄場に捨てた。
俺は、そんな親友の亡骸を空虚に見舞われた思考と視界の中で見下ろした。
心はとっくに伽藍洞だ。
だけど許せない……いや。許してはいけないものは解っていたから。
───行こう、彰利。今度は……俺達の願いが叶えられるべき刻だ───!!
捨てられていた“黒”の亡骸と同化し、立ち上がった。
乱暴に髪を掻き上げ、黒を体に馴染ませた上で笑った。
───……ようこそ滅びの刻よ。身を刻まれ、眼にこそ刻め。
……ここが、貴様らの終着となるべき場所だ───!!
……ゆっくりと来た道を戻り、小さく笑った。
それはまるで感情の篭っていない乾いた笑み。
ともに生きることを誓い、ただ……黒が体に馴染むまでは今まで通りで居ようと。
だから乞われれば今まで通り救い、守った。
助けにくるのが遅いと罵倒されようが、感謝されることもなく変わらぬ時。
だがそれで構わない。
自分に残された理解者は自然のみであり、
その自然の怒りまでは鎮めようとは思わなかったから。
───だからその世界が滅びを迎えた時、俺はその在り方を見送った。
地界は滅び、あとにはなにも残らなかった。
俺は空界へと移り住み、そこでも英雄としてのあり方を求められ、その全てを否定した。
ただ疲れたと。
いい加減休みたかった心を休ませてやるべく、ただ何もせず考えたかった。
そう……この時、落ち着くことさえ出来ればまだ戻れたんだと思う。
俺は俺として、いつまでも誰かを救う馬鹿野郎で居られたんだろう。
だが救われて当然という世界で生まれ育ったやつらはそんなことお構いなしだった。
救わない英雄に腹を立て、武器を持って罵倒しにきた。
その全てに同じように『疲れた』と言った。
途端、その全ては激怒し、救うことを強要しつつ攻撃を加えた。
救え、救えと命令しながら。
───それで、終わりだ。
唯一戻れる可能性のあった心はそれで完全にからっぽになった。
───ダカラ コロシタ
───ヒュオゾブシャアッ!!
『……え?』
唖然とした男の横で、肉の塊となったそいつの知り合いが倒れた。
俺の肩を突いた槍は地面に落ち、
その代わりに虚空より放ったゲイボルグが男の心臓ともども上半身を破壊したのだ。
何が起きたのか解らず困惑する人々と、ただゆっくりと撃鉄を落とした俺。
散々と馴染んだ黒が体の中で蠢くと、もう止まる気にはなれなかった。
───貴様らが望むものなど永劫に無し。
貴様らが望むものは思想にこそ存在し、思想など世の何処にも存在しない。
ならば絶えろ。そして行くがいい。貴様らが求める思想の果てへと。
我に救済を求めるならば、その理想郷にこそ導こう。
ならば今こそ唱えよう。
───滅びよ 我とともに在れ───
……その先に慈悲なんてものはなかった。
泣こうが喚こうが殺した。
黒からありとあらゆるものを召喚し、逃げ惑う人々を食わせ、殺させ、潰させた。
ひぃ、という言葉を何度聞いたかも解らない。
大切なものを壊されたからといって仕返しするなんて子供みたいだ。
そう、どこぞの研究者が悲鳴のような声をあげた。
だが───そう。
結局発達することなどなかった俺の感情こそが、いつまでも子供なのだ。
だから大人の道徳など今こそ微塵と消えろ。
その言葉を聞いた途端に研究者は発狂し、
直後に俺の腕から飛び出た黒いベヒーモスに食われて消えた。
『な、なにすんだよ!あんた英雄だろ!?だったら───ひぃっ!!』
雑音は止まない。
体の中で人を租借する音が聞こえる度に自分は黒に染まり、
だがその時にこそ自分の中に親友が居るんだという幻覚を覚えた。
……そう、こんなものは幻覚だ。
創ろうと思えば創れるものも結局は幻覚。
たとえ力を行使して親友を創造しようが、
それは既に自分のイメージが混ざった模造品なのだ。
この億という時の中、たとえ相手がかつて自分がそうした親友だろうとも───
億という時は既に取り返すことの出来ない時なのだ。
───そう。だから殺した。
億という親友の時を奪った存在を滅ぼした。
そこに老若男女の差別などはない。
子供だろうが殺し、老人だろうが抹消した。
当然人々は突然反乱を起こした“道具”に困惑した。
けれど決断なんてものはあっさりと決まるものだ。
そう……いつだってそうだ。
───壊れた“道具”はいつだって捨てられる。
その瞬間、世界中が敵になった。
人々はどうせ殺されるならと全てが武器を手にとって襲ってきた。
だが今更それがなにになる。
振り絞った勇気の悉くは虚空より出でる剣槍によって貫かれ、
その残骸の全ては神々の槍の波動によって塵ひとつ残さず消滅した。
懸命に背後に回り、俺の手を傷つけたその存在に向き直り───
ナイフを持った子供と眼が合った刹那、
その“子供”という存在はバラバラになって地面に落ちた。
あまりの速度に血に塗れる暇も無かったラグが鈍く輝き、ただ辺りを鮮血に染めた。
だがそんなものを見ても人々は怯まない。
いや、怯もうがもうこうするしかなかったのだろう。
だからこそたったひとりを殺すつもりで駆け、その実───13の精霊に消された。
万象を思いやろうとも思わぬその砕けた思想の果て、
終には空界は精霊からも見放され───やがて、研究の末に滅んだ。
降りかかる火の粉以外には手を出さなかった故に、
危機にさえなれば救ってくれると勝手に夢想したが故の自滅。
人を信じることをやめた俺達は自分たちの世界を創り、そこに住む事にした。
そして───
……それからどれほどの時が流れただろう。
いや。この世界は『時』という概念から乖離された場所だ。
人ではないものが集うその世界で、
俺達は長いのかも短いのかも解らないほどの時を過ごした。
そう、なにもせず、ただずっと思考を回転させていた。
……考えるのは親友のことばかりだった。
いつまでもそんなことを考え、やがて思考することを中断した。
辿り着いた果てなる思考はとても馬鹿馬鹿しいものだった。
けど、それでもいいと思った。
自己満足でもいいと。
それでようやく救われるのならそれでもいいと。
だから俺───いや、私は立ち上がり、ゆっくりとかつての時を思った。
……そう。
自分が一番楽しいと感じることの出来た、懐かしい時のことを。
だからこそ私は懐かしき時へと降り立ち、
その先でもいっそ幸せのうちに全てを壊そうかと思った。
だが賭けてみようと思ったのもその時だった。
いつだって『時』に抗い続けていた親友なら、
或いはあんな未来も曲げてくれるんじゃないか、と。
だから私は、静かに時を待つことにした。
もちろん気が変われば全てを滅ぼすだろう。
そして、もし───もしも全てが救われると信じることの出来る時が来たのなら、
私は───
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