───若人どもが夢のあと/心配事が絶えない世界───
【ケース04:霧波川柾樹(4)/愛羅部破壊僧十本刀】
バゴシャア!!
豆村 「ぶらぁあああっ!!!??」
柾樹 「うわっ!?」
突如豆村がゴシューと吹っ飛んできて
ゴロゴロズシャーーーッ!!と豪快に転がり滑ってピクピクと痙攣した。
柾樹 「……無茶、やっちゃったみたい」
深冬 「……あうぅ」
彰利 「クォックォックォッ……!!みずきよ……!
この全盛期の俺様に喧嘩を売るとはいい度胸よ……ッ!
だがなッッ!それはあまりに無謀というものよッッッ!!
今の我の実力と貴様の実力を比べるなら幼少の刃牙と範馬勇次郎ぞ!!」
吹き飛んだ豆村を、旅館の入り口で眺める彰利さん。
豆村 「ってぇ〜……!くっそこのクソ親父!」
ビジュンッ!!
豆村 「えっ!?」
がしりこっ!
豆村 「!?」
彰利 「どうした?間合いだぜ……?」
彰利さんが消えたと思ったら豆村の後ろから肩を抱くようにして現れた。
豆村 「くそっ!」
ブンッ!───豆村の裏拳が空を裂く。
しかし。
彰利 「……芸がねぇなぁオイ」
その拳の上に立つ彰利さん。
すごい……人間じゃない。
豆村 「……ッ」
さすがの豆村も動揺を隠せない。
本当にすごい……あの豆村が翻弄されてる。
豆村 「こ、このぉっ!」
ブンッ!───豆村が拳を振るい、彰利さんを払う。
彰利さんは簡単に着地し、豆村を見てクスックスッと笑う。
豆村 「おかしいかよてめぇえっ!!」
彰利 「アホウが───!」
ドガボゴォンッ!!
豆村 「ブッ───!?」
豆村が……カカト落としで沈められた。
彰利 「笑わせてくれる。この程度で深冬ちゃんを守るなど……」
豆村は起きない。
どうやら完璧にキマってしまったらしい。
彰利 「ム、ムヒョヒョヒョヒョ……!
さ、さあ深冬ちゃん……!アタイと青春の一ページ……!」
深冬 「……!いやですっ……!」
きゅっ。
柾樹 「え?」
深冬ちゃんが俺の服を掴んで俺の後ろに隠れる。
それを見た彰利さんが目をクワッ!と見開き───
彰利 「懐かせたな貴様ッッッ!!!!」
そう叫んだ。
彰利 「クォックォックォッ……!
まさかこげな異境の地で深冬ちゃんにちょっかい出す輩がおるとは……!
みずきに任せた我が馬鹿だったようだ。こんな近くの馬鹿者も滅ぼせんとは。
だが貴様を屠れば深冬ちゃんを守る者は皆無……!
深冬ちゃんを取り返すために貴様を屠る!待っててね深冬ちゃ〜ん♪」
ギュムッ!
彰利 「ウギャアオォウッ!!だ、誰!?人の背中を抓るのは!」
粉雪 「…………!!」
彰利 「ギャア粉雪ィイイッ!!」
粉雪 「〜〜〜……ばかぁ……っ!わたしが居るのにぃ……っ!」
彰利 「ち、違う!これは浮気とかそんなんじゃない!スキンシップであって」
粉雪 「ばかばかばかばかばかばかばかばかばかぁああああああっ!!!!」
ドドドン!ドゴォッ!ドゴメシャベキドガゴキボゴォ!
ボグシャ!ゴキャァ!メキメキッ!ドゴンドゴンドゴォボゴォッ!!
彰利 「ゴベブボゲボブボガハゴハブホグホォッ!!ぶべっ!ぶべぃ!」
彰利さんがボコボコにされてゆく。
逃げるのだが完全に動きを予測されているのか、的確に急所のみを狙われて。
彰利 「イヤァアアア!!弱点を的確に打ってくる上に行動までもが的確に読まれて……!
ギャアア勝てる気がしねぇええっ!ダーリンヘルプ!へぶほぉ!」
───…………ゴトッ。
しばらくして、彰利さんも豆村のように沈んだ。
……強ぇ。
悠介 「こっぴどくやられたな」
柾樹 「悠介さん」
悠介 「今日はこれでお開きだな。
べつにこれといってやることもないし時間もそろそろ深夜だ」
柾樹 「ですね」
確かにもう空も真っ暗だ。
満月ではあるけど、雲が無いわけじゃない。
なんて思っている時。
凍弥 「3年B組ィイイイイッ!!!!」
三馬鹿『柿崎先生ェエエエエエッ!!』
そんな絶叫が聞こえた。
柿崎 「お、おいこらっ……」
凍弥 「いやー、経緯はどうあれ少年の頃に戻ったんだ、
ガッコがなけりゃあ青春じゃないだろ?」
御手洗「うんうん」
凍弥 「この中で教員免許持ってるのって柿崎だけだし」
柿崎 「つ、晦はどうしたんだよ。確か空界のアカデミーの講師免許を───」
凍弥 「おっと柿崎!それ以上は言っちゃならねぇぜ!?」
鷹志 「うむ!その通り!」
柿崎 「あ……っと……わ、悪い」
凍弥 「うむ。というわけで俺達は生徒だ。そして貴様が柿崎先生」
柿崎 「なにが『というわけで』なんだよ……それに俺に何を教えろと?」
凍弥 「退屈な授業」
柿崎 「……退屈と言いきるか」
来流美「なになに!?なんの話!?」
凍弥 「紹介しよう、今日から我ら空想3年B組の担任、柿崎先生だ」
柿崎 「当然のように紹介するなよ!」
彰利 「オモシロそうだな、俺様も混ぜろ」
うわっ!?いつ復活したんだ!?
彰利 「粉雪ー!お前も来ーい!」
粉雪 「……うー」
彰利 「粉雪ー!愛してるー!だからこーい!」
粉雪 「なっ……ば、ばかっ……」
彰利 「馬鹿とはなんだこの野郎!!」
粉雪 「そんなところばっかり反応しないでしょっ!」
顔を真っ赤にしながらも彰利さんのもとに走る粉雪さん。
青春だ。
悠介 「学生に戻る、か……。それもいいかもしれないな」
柾樹 「えぇっ!?」
悠介 「彰利っ!俺も混ぜろ!」
彰利 「うっしゃあ親友!お前ならそう言ってくると思ったぜ!!」
ああ……悠介さんまで……。
それも、あんな子供みたいな顔して……って、確かに今は同年代的な顔なんだけど……
真由美「鷹志、なんの騒ぎ?」
鷹志 「子供に戻ったなら学校もやろうってことになってさ。
……いい機会だから、一緒に青春しないか?
別々の学校だったんだから、こんな時くらい……さ」
真由美「鷹志……」
雪音 「あーっ!まゆちゃんやるならわたしもー!」
遥一郎「また馬鹿っぽさを披露する気か。懲りないな」
雪音 「ホギッちゃんうっさい!」
遥一郎「蒼木、お前も来るか?」
澄音 「……もちろん。キミとクラスメイトになりたかった」
彰利 「ウッフッフ、盛り上がってきおったわYO!
グレゴリ男ー!お前も来なさーい!」
俊也 「どうして母親口調なんだよ……。夏純、行こう」
夏純 「……、……」
なんか……ヤバイことになってないだろうか。
危険とかじゃなくて、何かがヤバイ。
凍弥 「それではみなさんご一緒にー!3年B組ィーーーッ!!」
総員 『柿崎先生ェエーーーーッ!!!!』
その場に居たほぼ全員が叫ぶ。
柿はそれを聞いて体を震わせると、ついに立ち上がった。
柿崎 「よっしゃあお前ら!俺に付いてこぉおおい!」
彰利 「だめだ」
柿崎 「おぉいっ!?いきなり盛り下げるなよ!」
彰利 「はっはっは、言ってみただけぞ。
まあアレだ、我の担任をすることは容易ではないぞ」
悠介 「自分で言うなよ……」
遥一郎「勉強か……憶えてるかなぁ」
雪音 「わたしなら心配ないよー!憶えてなくても最初っから解らないし!」
澄音 「雪音、それは威張るところじゃないよ」
鷹志 「まあアレだな。つまるところ、この姿の頃にどれだけ勉強出来たかだな」
真由美「頑張ろうね、鷹志」
鷹志 「真由美は自信あるのか?」
真由美「その……少し。今の勉強内容が昔と変わってなければ」
鷹志 「……だよなぁ。案外昔の勉強の面影なんて無いかもしれない」
柾樹 「それは考えすぎですぞ……」
鷹志 「おお、柾樹か。……って、いつの間にこんなに背が高くなって……」
柾樹 「鷹志さん達が縮んだんですよ」
鷹志 「あ、あーあー、そうだったそうだった」
鷹志さんは頭を掻いて恥ずかしそうに笑った。
戸惑ってるのはなにも俺だけじゃないみたいだ。
そこのところはなんだか安心。
由未絵「凍弥くん、来流美ちゃん、ふぁいとっ、おー!」
来流美「……昔のままの顔でそれ言われると、
由未絵って昔っから全然変わってないって実感できるわ……」
凍弥 「昔っから純粋だからそれでいいんだよ」
来流美「……悟ったようなこと言うのは、
その抱き締めたままの由未絵を離してからにしなさいよ」
凍弥 「だめだ」
来流美「……嫌な性格まで昔に戻りつつあるわね……!」
凍弥 「俺は思い出したね、あの頃の情熱を。
あーもう可愛いったらないな。なんかもう離したくないくらいに」
来流美「うわっ!変態が居る!」
凍弥 「黙れクズが!!」
総員 『死ね!!』
来流美「いきなり振り向いて全員で死ねとか言わないの!!」
彰利 「おおしまった、つい原中の癖が」
凍弥 「悪気はある、許せ」
来流美「ナメとんのか小僧……!!」
凍弥 「ともかく。貴様にこの抱き心地が解るものか。
可愛いものを愛でるのは当然の行為だろ」
来流美「……ナース服が憧れだった変態が何をブツブツと……」
由未絵「え?」
凍弥 「わぁ馬鹿っ!どうしてそんなこと今更思い出すんだ!
それにあれは冗談だって言っておいただろうが!!」
来流美「わたしは思い出したね、あの頃の情熱を」
凍弥 「ぐっ……!こ、このボケ者がぁ……っ!」
柾樹 「喧嘩はマズイよ、落ち着いてくださいよ叔父さん……」
来流美「そうそう、落ち着きなさいよ凍弥」
凍弥 「いや、止めてくれるな柾樹。
俺は今こそこいつとあの時果たせなかった雄としての勝負を遣り遂げたいんだ」
来流美「わたしは女よ!」
凍弥 「いや、超・雄度ではお前がチャンプだ」
来流美「いちいちムカツくわね……っ!」
母さんは力を溜めている。
鷹志 「ところで友よ」
凍弥 「ん?どうした友よ」
鷹志 「授業するにしても教科書とかはどうする?」
凍弥 「柿崎の学校にあるだろ。予備とかであるものを借りるとしよう」
柿崎 「任せろ。在庫はかなりあるぞ」
鷹志 「誇らしげに言うなよ……」
まったくで。
というか正直に言えば話についていけない。
柿崎 「それじゃあ明日にでも教科書は用意するとして」
鷹志 「なんだかんだでやる気なんだな」
柿崎 「なんかな、悪戯心って言うんだろうか。
とにかく何かをしたいって気持ちが強くてな」
彰利 「クォックォックォッ……どうせ四馬鹿の中でひとりだけ結婚出来なかったから、
せめて女子どもに『先生♪』とか言われてぇに違いねぇ……」
柿崎 「どうしてあんたが人の未婚を知ってるんじゃい!
それと人を変態みたいに言うな!」
彰利 「黙れ!オーマイコンブの会員証を持ってるクセに!」
柿崎 「!!」
彰利 「───え?」
柿崎 「き、貴様……!何故知っている!?」
彰利 「…………そ、そうか……アタイ、ひとりじゃなかったのね……!」
そう言って、何かの写真を見せる彰利さん。
そこには何かのカードが映っていた。
柿崎 「お、おお……!で、では貴様も……!?」
彰利 「おお……同志が居た……!同じ苦汁を飲んだ同志が……!」
柿崎 「友よー!」
彰利 「ブラザァーッ!!」
ふたりはガッシィッ!と組み合った。
……なにが起きてるんだろう。
紗弥香「柾樹くん、そろそろ帰った方がいいよ。暗くなるから」
柾樹 「あれ?紗弥香さん……今まで何処に居たの?」
紗弥香「みんなに麦茶配ってたのわたしだし。
途中で急に給湯室に放り込まれて、
戻ってきたら……なんかスゴイことになってた」
柾樹 「驚かないんだ」
紗弥香「驚いたよ?でも……慌てるより受け入れた方が面白いって思ったから」
柾樹 「………」
さすが叔父さんの血筋。
神経図太い。
紗弥香「ほらほら、早く帰るっ」
柾樹 「そんな、母親みたいなこと言わないでくれよっ……。
自己管理くらい自分で出来るってば……」
紗弥香「出来るならわたしが朝起こしに行くと思う?」
柾樹 「うぐ……思いません」
紗弥香「解ったら帰る。ほらほらっ」
柾樹 「……うー、解ったよ」
豆村 「帰るんか柾樹」
柾樹 「豆村か。うん、ちょっと紗弥香さんに捕まって……」
豆村 「あの世話女房に?」
ごすっ!
豆村 「ぐおっ!」
紗弥香「世話女房なんて言わないでよ、もう」
豆村 「ぬう……だって事実、そうとしか見えないし」
紗弥香「それならせめて教育係とか、そういう言い方にしてよね」
豆村 「教育係は朝起こしたり朝食作ったり布団干したりしませんよ〜っと」
紗弥香「いいの。これはわたしが好きでやってることだから」
豆村 「誤魔化しやがった、さては惚れてやがるな」
コッパァン!!
豆村 「はぶぅいっ!?」
紗弥香「いい加減にしないと怒るよ……」
豆村 「じょ、冗談やがな……!いやでんなー、そう怒らんでくださいまし……」
紗弥香「柾樹くん、行コ」
柾樹 「わっ!?っと、ちょっと紗弥香さんっ!?」
豆村 「あぁーっとシェークハンドだぁー!
紗弥香選手、いきなり大技《マゴシャア!!》ぶっほぉっ!」
ドシャア。
───死んだ。じゃなくてオチた。
殴ったのは───豆村の母、粉雪さんだ。
粉雪 「ごめんね、今の内に行っちゃって」
紗弥香「すいません、ほんとに」
柾樹 「あ、豆村は?」
彰利 「このゴクツブシの摂関は我らに任せろ」
悠介 「一度お灸を据えてやらなきゃな。それで懲りないのはお前の血だろうけど」
彰利 「フッ……俺様最強、超最強」
悠介 「くだらないこと言ってないで。ほら、ブラックホール創るぞ」
彰利 「おう」
悠介 「10秒で消える晦神社境内へと続くブラックホールが出ます」
ヴヴンッ!!
悠介さんが何かを念じると、目の前に黒い渦が現れる。
創造の理力───悠介さんが持つ、“想像”を“具現化”する能力だ。
初めて見せられた時は腰を抜かしたものだ。
悠介 「ホレ行くぞ」
彰利 「いつ見ても便利だよなぁ。あらよっと」
豆村が担がれる。
やがてふたりは渦の中に消え、渦は消えた。
柾樹 「……豆村は?」
粉雪 「みずきなら……うん、今は多分、晦神社かな」
柾樹 「……あの距離を一瞬で……」
……まてよ?
それじゃあ深冬ちゃん送っていってあげなきゃ。
柾樹 「紗弥香さん、ちょっとごめん!用事が出来た!」
紗弥香「だめ。寝なさい」
ムンズ。
駆け出そうとした足が、襟を軸に止められた。
柾樹 「ぐえっ!?ちょ、ちょっと紗弥香さんっ!?ほんとにマズイんだって!」
紗弥香「知りません」
柾樹 「じゃあまず話を」
紗弥香「聞く耳持ちません」
柾樹 「ぐはっ!?」
即答ですか!?
そりゃあんまりじゃ……あ!深冬ちゃんだ!
深冬 「…………〜〜……っ」
深冬ちゃんはキョロキョロしている。
多分、豆村を探しているんだろう。
だんだん不安になってきたのか、目の辺りが光った気がした。
……泣いてる?
深冬 「───!」
ふと、俺と目が合う。
すると泣きそうな笑顔で俺の元へと駆け寄って───ドンッ!
深冬 「っ……あ───」
深冬ちゃんは人垣に飲まれて見えなくなった。
それに遮られて、深冬ちゃんのことをお願いしようとした粉雪さんまで見失う。
……やばいな。
紗弥香「ほら、行くよ?」
柾樹 「ちょっと待ってくれ紗弥香さんっ、気になることがっ……!あぁあああっ!」
───……鋭い眼力で睨まれ、俺はそのまま家へと連れ去られてしまった。
……どうしたものか。
1:さっきのことは忘れよう。きっと誰かが送ってくれるさ
2:……俺を見つけた時のあの笑顔が頭から離れない
3:紗弥香さんに頼む
結論;……………………2
……だめだ。
深冬ちゃんのあの泣きそうなくらいの安堵の笑顔が頭から離れない。
あれ、俺を頼ってくれたってことだよな。
紗弥香「それじゃあ、早く寝るんだよ?」
え?あ……うおう!
いつの間に部屋まで連れてこられたんだ俺!
そりゃ友の里は窓から見えるくらい近いものだけど───
紗弥香「返事は?」
柾樹 「……はーい……」
紗弥香「……くれぐれも抜け出さないように」
柾樹 「解ってるって」
紗弥香「……それじゃあ、また明日ね」
紗弥香さんは手を振って帰っていった。
窓から外を見下ろせば、帰路を歩いてゆく紗弥香さん。
───チャーンス。
俺は部屋から出て階下へと降り、玄関に手を掛けた。
…………ゆっくりと、かちゃっとドアを開けて───
紗弥香「なにしてるのかな」
柾樹 「うおおっ!?」
驚いた。
柾樹 「鍵のチェックです。閉めたかなーって」
紗弥香「そっか。最近窃盗とか多いからね」
柾樹 「そうそう」
紗弥香「それじゃ、早く寝るんだよ」
ばたん。
───玄関ドアが閉ざされた。
というか……窓から見た時は帰路を歩んでいた筈では?
柾樹 「…………思うに。紗弥香さんはどっかのエージェントだ」
そうに違いない。
あの間合いを一気に詰めるとは……!
そんなわけで裏口から出よう。
とたとたとたっと。
……かちゃり。
裏口のドアノブを掴んで息を飲む。
やがて音を鳴らさないようにゆっくりと開け、隙間から外の様子を伺う。
───ぐおっ!?やっぱり居た!
よし、正面玄関から出よう。
それで解決───……だといいな。
いや、それよりも叔父さんの家から外に出るのはどうだろうか。
…………ベランダを伝っていく時点で見つかりそうだな。
まったく、どうしてこう世話焼きたがるのか……!
柾樹 「…………よし、こうしよう」
俺は時間が立つと仕掛けが発動するような物体を正面玄関に設置して、裏口で待った。
水移動の原理だ。
手元にあるスイッチを押せば水の汲々が始まり、
右側に溜めてある水が左側に溜まって、ドアノブを回す仕組みぞ……!
ああ、ちなみに。
これは叔父さんの父親が遊びで作ったものであって、俺のではない。
あ、ポチっとな。
カチッ───……コポ、コポコポ……。
水が移る音と、ゆっくりとドアノブが開かれるような音。
やがて水は一気に移り、ドアをガチャッと開けた。
その音に気づいたのか、裏口で張っていた紗弥香さんが急いで正面玄関へ走る。
───フフフ、ちょろいものぞ。
俺は静かにドアを開け、家からの脱走を果たしたのだった。
───……。
……。
柾樹 「……ふう。ここまで来ればもう大丈夫だろ。あとは深冬ちゃんを……」
旅館側まで戻ってきた俺は深冬ちゃんを探した。
しかし相変わらずの騒ぎっぷりに困惑せざるをえない。
顔ぶれはさっきと同じくらいだった。
中には旅館の自室へ行った人が居るのか、さっきよりは少ない気がした。
……あれ、母さんも居ないや。
深冬ちゃん見なかったか訊こうと思ったのに。
これは探すのちょっと大変だぞ。
いや、もしかしたら誰かがもう送っていってくれたかもしれない。
豆村のアパートに行って確かめてみよう。
───……。
豆村のアパートに向かう途中。
闇に怯えながら少しずつ歩く深冬ちゃんを発見した。
柾樹 「深冬ちゃんっ」
深冬 「っ!!」
深冬ちゃんは突然後ろから声をかけられたのが驚いたのか、走り出した。
柾樹 「うわ、待って深冬ちゃん!俺っ!柾樹っ!」
深冬 「……───……?」
涙目の深冬ちゃんが振り向く。
ちょっと走っただけなのに肩で息をしている。
柾樹 「ダメだよ、体弱いんだからいきなり走ったりしちゃ……」
深冬 「〜〜……!!」
がばっ!!
柾樹 「うわっと!?」
深冬 「……かった……!怖かったです……っ!」
柾樹 「……ごめん。紗弥香さんに捕まってなければこんな思いさせずに済んだのに……」
俺に抱きつきながら泣きじゃくる深冬ちゃん。
そんな彼女の頭をやさしく撫でてやり、落ち着かせる。
柾樹 「もう大丈夫だから。落ち着いて……」
深冬 「っ……は……はい……」
背中をさすってあげる。
よっぽど不安だったんだろうな。
月の家系の人にしては随分と消極的な娘だからな。
体の所為もあるんだろうけど……。
柾樹 「……うん、行こうか」
深冬 「……はいっ」
俺が歩き出すと、深冬ちゃんはやっぱり服を掴んでくる。
まあ、手を繋ごうなんて言ったら豆村に殺されるからこれでいい。
なんて思っている時だった。
ゴトッ!と、音が鳴ったのは。
深冬 「っ!」
ぎゅっ!
柾樹 「っと、深冬ちゃん?」
深冬 「〜〜……!」
物音のした暗闇を見つめて、深冬ちゃんは震える。
その小さな体いっぱいで俺の腕に抱きついている所為か、
その震えが自分のものかのように身近に感じる。
柾樹 「大丈夫だよ深冬ちゃん、多分風かなんかだよ」
深冬 「………」
不安そうに俺を見上げる。
俺は微笑むと、その頭を撫でてやった。
が───ズシャッ。
柾樹 「───!」
確実な物音にハッとする。
俺は息を飲み、その暗闇に視線を移す。
ずしゃっ。
ずしゃっ……。
まるで液体のついた靴で歩くような音。
俺は深冬ちゃんを庇うように構えた。
柾樹 「───!」
その時、雲に隠れていた満月が顔を出し、その闇を少しだけ照らした───!
何か 「………」
ずしゃっ。
柾樹 「───!」
『何か』は、息をゴハァアアと吐きながら顔を上げた。
その目が月明かりに照らされ、光ったように見える。
俺は、そんな『何か』に恐怖した。───のだが。
来流美「あら、柾樹じゃない」
───何かは母さんだった。
柾樹 「か、母さん!?」
来流美「やぁね、他に誰に見えるのよ」
顔立ちが若くなっているから瞬時に判別できなかったんですよ!
まったく驚かせてくださいますぜ母上殿……!
来流美「あーあ、馬鹿らしいわ。若いっていうのも考えものね」
母さんが首をコキコキと鳴らす。
柾樹 「な、なにがあったのさ」
来流美「うん?簡単なことよ。
帰る途中だったんだけどね、散歩するのもいいかなって思って回り道したらさ。
なんか男どもに囲まれてね。
『なんだよ深冬ちゃんじゃねぇぜ?』とか言ってブツブツ言い出して───
『いいや構わねぇ』とか言って襲ってきたから……」
母さんが両手を少し挙げる。
来流美「これモンよ」
そこには血痕がくっきりと残っていた。
来流美「わたしもまだまだやれるわねー。
男ども数人に襲われても一度も攻撃受けなかったわ。あはははははは!!」
……どうして俺の周りの人ってこういう人ばっかりなんだろうか。
で、まさかとは思うけど。
さっきのずしゃっ、ずしゃっ、て音は、地面に溜まった血が靴に付いて……とか?
い、いやっ!考えないでおこう!それからあの路地裏っぽいところも見ちゃならない!
来流美「あーっ、気持ちいいわぁ。こんなに暴れたのは学生時代以来よ。
……もっとも、凍弥はこれくらいじゃあ気絶したりしなかったけどね」
柾樹 「ナニモノですかあんたら……」
来流美「わたしはアンタの母親。それだけよ」
柾樹 「……母は強しですか、母上殿」
来流美「そういうことかしら。もっとも、母じゃなくても大抵の男には負けないわよ」
……それって叔父さん以外ってことだろうか。
まあ月の家系の人にはまず勝てないとして。
来流美「それにしても……ふーん?柾樹、ちゃんとオトコノコしてるじゃない」
柾樹 「な、なにが……」
来流美「いいわよ、みなまで言うな。
でも絡まれた時に勝てるくらいは強くなりなさいよ。じゃなきゃ格好悪いわよ」
柾樹 「俺はそんなのじゃないって。俺はただ深冬ちゃんを送っていってるだけだし」
来流美「……もしわたしがこっち通らなかったら、
あのボロ雑巾達と戦ってたのよアンタ。
アンタが一緒に来てあげなかったら深冬ちゃんが襲われてたの。
そういうことを頭の中に入れておきなさい、柾樹。
人生、いいことばっかりじゃないのよ」
母さんはそれだけ言うと鼻歌を歌いながら去っていった。
柾樹 「………」
強く、か。
思えば喧嘩らしい喧嘩も一度もしたことがないよな、俺って。
そりゃあ俺だって男だ。
喧嘩して自分が負けるだなんて思いたくない。
でも……不安ではある。
深冬 「柾樹さん……わたし、柾樹さんに喧嘩なんて……してほしくないですよ……?」
柾樹 「……そうかもしれないけど。
いざっていう時に深冬ちゃんを守れない情けない男にはなりたくないよ、俺は」
深冬 「柾樹さん……」
柾樹 「……ふざけてでも、『お兄ちゃん』って言ってくれただろ?
俺さ、兄妹居なかったから……嬉しかったんだ。
だからせめて、その言葉に応えたいんだよ……」
深冬 「……柾樹さん……」
きゅっ。
深冬ちゃんが俺の手を握る。
そして真っ直ぐに俺を見上げて───
深冬 「……でも、危険なことはなるべくしないでください……。
危なくなったら逃げちゃえばいいんですよ……。
無理して傷つく必要なんて……無いじゃないですか……」
柾樹 「……そうだね、俺もそう思うよ」
そう。
出来るなら争いなんて無いに越したことは無い。
それは解ってる。
でも……やらなきゃならないときはいつかは来る。
その時、せめて……彼女を守れるくらいの力はあってほしい。
……守れなかったら、親友に合わせる顔が無いから……。
深冬 「柾樹さん、今日はありがとうございました……」
柾樹 「えっ?あ……」
気づけば、もう豆村のアパートの前だった。
俺は頭を2、3度叩くと深冬ちゃんに向き直り、苦笑する。
柾樹 「ごめん、ぼ〜っとしちゃって」
深冬 「……構いません。貴重な顔を見れました」
柾樹 「そ、そう?……それじゃ、おやすみ深冬ちゃん」
深冬 「あ……ま、待ってください……」
きゅっ。
袖を引っ張られる感触。
柾樹 「え?」
深冬 「……あの、本当に……無茶、しないでくださいね……。
わたし、誰であろうと人が傷つくの、見たくないです……」
柾樹 「深冬ちゃん…………うん、解った。約束しようか」
深冬 「はいっ……」
柾樹 「指きり、する?」
はい、と小指を差し伸べる。
深冬 「ゆび……きり?」
柾樹 「約束事の王道だよ?知らない?」
深冬 「……はい。わたし、体が弱かった所為で友達もあまり居なかったし……」
柾樹 「そっか……ほら、俺の小指に自分の小指を絡めて」
深冬 「……えと、えと……こう、ですか?」
柾樹 「うん。そう、そして……」
絡めた指を小さく上下して言う。
柾樹 「ゆーびきーりげーんまん、
うーそつーいたーらはーりせーんぼーんのーます、ゆーびきった」
言い終えて指を切る。
いや、切ろうとしたが深冬ちゃんが離そうとしなかった。
柾樹 「あの……深冬ちゃん?『ゆーびきった』って言ったら指を離すんだよ」
深冬 「…………柾樹さんの手、おっきくてあったかいですね……」
柾樹 「え……」
深冬ちゃんが綺麗な白い頬をほのかに赤く染めて、俺の手に触れる。
うわー、可愛い……。
こんな深冬ちゃん見るの、初めてだ。
なんて思ってたその時。
声 「深ッ冬ゥーーーッ!!」
遠くから聞こえるヤツの声。
深冬 「あっ……」
深冬ちゃんはハッとなって俺の手を離して、顔を赤くして俯いた。
声 「とーぅ!」
ズシャア!
豆村 「豆村みずきぃっ!推ッ参ッ!」
ズビシィッ!と決めポーズをとる豆村。
豆村 「って、アレ?柾樹じゃないか」
柾樹 「ウィス」
しゅたっと手をあげて応答。
ていうかいつも帰ってくる度にあんなポーズとってるのか?
豆村 「そっか、深冬を送ってくれたんだな?サンキュ」
柾樹 「それよりお前、その顔……」
豆村 「なぁブラザー。人として、特に家系の腕力をもってして、
囲んでボコボコはヒドイと思うんだ」
柾樹 「よく生きて帰ってこれたな……」
豆村 「自分の持てる力全てを使って逃げてきた。今も気を抜いたら倒れそうだ」
柾樹 「そ、そうなのか?それじゃあ俺との御託はいいからもう寝なされ……」
豆村 「そーだな、そうする。そんじゃな〜」
深冬 「………」
顔を赤らめたままの深冬ちゃんが俺にお辞儀をする。
俺は小さく手を振ってその場から離れ───
声 「ん?なにかいいことあったのか?」
ようとしたのだが……聞こえた声に、
普段の豆村の私生活はどんな風なのだろうかと興味を抱いた。
声 「あう……なんでもないよ、みずきさん……」
声 「そっか、そんじゃ俺はもう寝るから。おやすみマイシスター」
声 「シスターじゃないですよ……」
声 「チャイルドフッドフレンド」
声 「難しいことは解らないです……」
声 「むう、そうか。おやすみ」
声 「おやすみなさい、みずきさん……」
声 「遠慮せずお兄ちゃんと呼べ」
声 「い……いやですよ……呼べません」
声 「クハァ、困る顔も可愛いのぅ。でも一度でいいんだが」
声 「……言えません」
声 「何故!?」
声 「みずきさんは兄って感じじゃないです……」
声 「う、うおう、ってことは……?!」
声 「みずきさんは大切な幼馴染ですから……」
声 「ぐっ……お、幼馴染、ね……は、ははは……」
声 「それに……お兄ちゃんって呼ぶ人は、もう……決めて……」
声 「ああっ!なんで俺ってば幼馴染に生まれたんだ……っ!」
声 「あの……みずきさん?」
声 「青春のバッキャロー!」
…………どうやら私生活でも性格は変わらないらしい。
さすがだ。
でも、なんて言う気だったのかな、深冬ちゃん。
それに、までは聞こえたんだけど。
ま、いいか。
さーて、俺も帰りますかー。
ウゴゴゴゴ……(SE)と伸びをして、我が家への帰路を歩むことにした。
明日もいい一日でありますように……。
───なんて願った俺だったが。
家の前で仁王立ちする紗弥香さんを見て、
明日の朝日を拝めますようにとただただ願った。
で、願った途端紗弥香さんが殺気を撒き散らしながら歩いてきて、
散々と純然たる学生の在り方について説教してきた。
鐘の鳴るあの教会で聞いたら、さぞかしありがたい説教だったことだろう。
ああ、大人のみんなは少年少女になるわ先のことが不安になるわ……。
俺、これからいったいどうなるんでしょうか……。
……ちなみに。
説教がいろいろと枝分かれして、
関係無い話や私怨まで持ち出された時は流石に涙が出た。
結局寝たのがお日様が昇る頃で、
だというのに紗弥香さんは定時刻には起きて、俺を叩き起こすのだった。
俺は世の中と紗弥香さんの人体の理不尽さを身に染みて感じながら、新たな朝を迎えた。
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