───VSアンノウン/邂逅───
【ケース20:Unknown/───】
───、……。
肉が足りない、と……そう思った。
己を形成するものがとにかく足りないと。
身体は崩れ、流す血も足りず、片目も無ければ片腕も無い。
???「………、…………」
ひゅう、と喉が鳴った。
喉に穴が空いている所為で上手く呼吸が出来ない。
???「…………」
削れた脳で何かを考えた。
なにを第一に考えるかなんて、ただ生きるだけの理屈だけ。
今はただ肉が足りない。
自分が何者であるかなんてよく覚えてない。
脳が削れている所為で、生きているだけで、あとのことはよく解らない。
だからまず、肉が欲しい。
肉を治す何かが自分にはあった気がするが、それすらも解らない。
ただ死ぬわけにはいかなかったから、本能に導かれるままに動いた。
???「……、……」
ひゅう、とまた鳴った。
無事だった部分も先ほど削げ、地面に落ちてしまった。
とっくに腐ってたのだ、仕方ない。
???「…………」
ただ自分には向かうべき場所がある。
そう思って、夜の地界をゆっくりと浮きながら進んでいた。
見る人が見たなら、立った状態の人間が空を浮いたまま進んでいるように見える。
急ぎたいと脳が訴えかけるが、そんなことをすれば崩れた部分が風の抵抗で崩れ去る。
だから、心に刻んだことをするまでは死ぬわけにはいかないから、ソレはしなかった。
???「……、……」
早く会いたい。
恋心よりも確かな気持ちが、朽ちた体を動かす原動力となる。
早く会いたい。
誰に会えばいいのかなんてよく解って無い。
ただこの体がそうやって動くなら、それに従うまでだ。
さア行こウ。
アイツが、アイツが待ッてイる……。
感じルんだ、アイツの気配。
───今度こそ上手くいく。
ちゃんと会って、───アイツをコロソウ。
【ケース21:豆村みずき/堕天が刻】
豆村 「でやぁああああっ!!!!」
スパーンッ!!
豆村 「ぅわえっ!?だわぁあああああっ!!!!」
ドゴシャアッ!!
ゼノ 「無駄な動きが多すぎる。大きく動くなと何度言えば解る」
豆村 「いちちちち……ッてぇ〜〜〜……!!」
夜間訓練にも目が慣れ、段々と自分で戦いのコツを掴めたかな、という頃。
散々しごいてくれたお礼に一発キメたろかと振りかぶった拳はしかし、
足元がお留守になっていたために軽く足払いされて荼毘に付す。
豆村 「〜〜〜……ンなこと言ったってさ、大きく動けば威力上がるじゃん。
俺、チマチマとやるよりドカーンとブッ潰したいんだけど」
ゼノ (遺伝か……ああ、遺伝だろうな)
素直な気持ちを告白したら呆れられてしまった。
うん、あれは絶対呆れてる。
豆村 「ゼノさんっ!もういっちょ!!」
ゼノ 「いいか、みずきよ。教訓も受け取れないたわけに成長は無い」
豆村 「解ってる解ってる!細かく細かくね!そんでキメどころにこそデカイのを!!」
ゼノ 「……なにも解っていないだろう貴様」
しかしゼノさんは強い。
どれだけ気迫を込めて向かっていっても、あっさりといなされてしまう。
そうなるとこっちは勢いの分だけ空飛ばされたり地面に叩きつけられたり……。
なんでもゼノさん、数年前から合気道に嵌ってるんだとか。
ともすれば、俺はいい実験体なわけで……くそ、絶対に殴る。
豆村 「動きは細かく───拳は威力よりも速度重視!!」
シュッ───フォフォンフォンフォンッ!!
拳を速度重視に───とにかく当てることだけを考えて閃かせる。
が───どれもこれも簡単に避けられてしまう。
ゼノ 「……ふむ。相変わらず上半身の動きは卓越したものだ。
だが立ち止まった状態で攻撃を続ければお留守な足に攻撃を加えられるぞ」
豆村 「っ───だぁあっ!!」
言われた途端にビクッと反応して蹴りを繰り出す。
しかしゼノさんは、自分がそう言えば俺が蹴りをしてくると読んでいたんだろう。
それをあっさり躱すと、俺の顔面を片手で掴んでドッカァッ!!
豆村 「ハッ───、……!!」
勢いよく地面に叩きつけた。
衝撃で意識が飛びかける───が、無理矢理意識を繋ぎ止めて立ち上がった。
豆村 「───、うっ……ぐ……」
しかし景色はドロドロだ。
全てが歪んで見えて、なにがなんだか解らない。
豆村 (これがアイキ……!)
わたしの負けだ、ゴーキー・シブカワ……じゃなくて。
くそっ!これくらいで負けてたまるか───!!
豆村 「っ───あぁああっ!!」
歪んだ視界を月清力で鎮めてゼノさんへ向けて拳を繰り出す。
が。怒り任せに大振りになったそれは容易く避けられ、
次の瞬間には俺の腹に重い掌底が放たれていた。
豆村 「───!!」
背中に突き抜けるような衝撃。
意識はあっさりと飛び、俺は地面へと倒れ伏した。
───……。
……。
ゼノ 「12点だ」
豆村 「うう……」
本日の採点、12点。
前回は8点だったから上がってることは上がってるんだけどさ。
豆村 「あぁ……まだ腹がヘンな感じだ……」
ゼノ 「精進しろ。その調子では弦月彰利に勝つなど夢のまた夢、夢想にも程がある」
豆村 「いや……ゼノさん、それ言いすぎなんじゃない?
あんなチャランポランな親父がそんなに強いわけないじゃん」
ゼノ 「相手の力量を素直に認めるのも強さだ。貴様にはそれが決定的に欠けている。
なまじ普通の地界人との喧嘩で負け知らずだったために、
負けを認めるのが悔しいのだろう?」
豆村 「……そ、そんなんじゃ……ねぇよ」
ゼノ 「だったら一度大敗を味わってみろ。負けを知らぬ男は強くなれん」
豆村 「…………じゃ、ゼノさんは負けたのか?」
ゼノ 「負けた。ふたり掛かりだったが、負けたのは確かだ」
豆村 「一体誰に?」
ゼノ 「ぬ?……貴様の父親と、その親友にだ。かつての我らは敵同士だったのでな」
敵同士……?よく解らん。
こんなにも晦神社に居るのが当然みたいな人が、敵だった?
つーか敵ってどういう意味?
喧嘩相手だったとか───って、死神なんだから事情は違うよな。
ゼノ 「かつての我は感情を持たぬ冷血な死神だった。
フレイア───ルナの母親に敗れ、
それ以来強くなることのみに執着した力の探求者だ。
強くなるためならどんなことでも利用した。魂を食らい、己を高め、人も殺した」
豆村 「……人を、殺……?」
ゼノ 「当時の我はそれだけ“死神”だったということだ」
豆村 「………」
信じられなかった。
だってゼノさんは確かに厳しい雰囲気はあるけど、そんな残酷な人には見えない。
そんなゼノさんが人を殺し、その魂を食っていたなんて。
ゼノ 「……ある日のことだ。我に当時の死神王から処刑願いが出された。
標的は晦悠介。そしてルナ=フラットゼファー」
豆村 「───!」
ゼノ 「我は冥界よりこの地界へと降り立ち、思うさまに晦悠介を惨殺しようとした。
月の家系とはいえ、地界人ごときに敗れるほど死神は弱くはない。
故に容易く殺し、魂を食らえる筈だった。───貴様の父親が居なければな」
豆村 「親父……?」
ゼノ 「困ったことにな。貴様の父親は、こと“我との戦い”においては長けすぎていた。
我の行動一手一手を『散々見てきた』と言って避け、躱し、反撃する。
標的である晦悠介でさえ戦いの最中に急成長する始末。やりきれん」
豆村 「………」
ゼノ 「無論、我は相手があのふたりであろうが退かなかった。
むしろ圧し、圧倒的な有利な状況にあった。だが───」
豆村 「だが?」
ゼノ 「その“絶対的な自信”こそが敗北を呼んだ。
一瞬の油断の最中、奴等は渾身の力を以って我を破壊した。
……それが、地界人相手の初めての敗北だ」
豆村 「………」
破壊って……じゃあここに居るゼノさんは?
ゼノ 「細かいことは気にするな。それよりどうする。続行するのか、諦めるか」
豆村 「もちろんやる!
よーするにゼノさんに勝てるくらい強くなれば、親父に勝てるってこったな!?」
ゼノ 「……何も学べぬか。つくづく頭の薄い親子だ」
豆村 「?」
ゼノ 「いいだろう。一度貴様に大敗を味わわせてやる。全力を以って来い。
ここが壊れようがどうしようが気にするな」
豆村 「全力で?いいの?言っとくけど俺の全力はすげぇよ?
実はさ、この前新しい技を閃いたわけよ。月操力を混ぜ合わせて威力を増すんだ。
これ使えばいくらゼノさんでも───」
ゼノ 「ほう?貴様の言う技とは口先を並べなければ使用出来ぬものなのか。
実に低俗なる凡物に相応しい、低い技だ」
豆村 「───……。いまのちょっとカチンと来た。全力でやらせてもらうぞ」
ゼノ 「やれと言っている。お前の言う全力が口先だけならそれでいいが?」
豆村 「っ───このぉぉおおおおっ!!!!」
怒りとともに自分の中にある月操力を合わせて、
光の波動砲にするかのように一気に放った。
名前なんてつけてない。
けど、これを見ればゼノさんだって───!!
ゼノ 「……アルファレイドにも満たぬ。なんという児戯だ」
ゾパァンッ!!
豆村 「え───?」
終わりはあっさりとしたものだった。
巨大な力を放ったために、既に尻餅をついて立つことさえ出来ない俺の視界の先で。
真っ黒な漆黒の鎌を振るい、光を断滅してみせるひとりの死神が居た。
光が真っ二つになってゼノさんの後ろで爆発する、なんてこともない。
ただ、放った光よりもより強大な漆黒を以って、ゼノさんは俺の光を抹消したんだ。
ゼノ 「自惚れるなよみずき。
貴様のその月操力は親である弦月彰利から譲り受けたものにすぎん。
それを己の力だなどと謳っているようでは半人前の域にすら至らん。
弦月彰利は貴様が使用する全月操力を永い年月を経てひとりで編み出した。
その軌跡にすら辿り着けぬ小僧が『俺の全力は凄い』などと……恥を知れ」
豆村 「っ……!!」
ゼノ 「貴様が放った今の光。
我と邂逅した弦月彰利は既に編み出し、今以上の力で放っていた。
それこそ晦神社を石段と境内ごとクレーターに変えるほどの威力だった。
……今のアレでは神木を破壊出来る程度だ。真にも至らん」
豆村 「じゃあ───じゃあどうしろってんだよ!!
解らねぇよ!あんなチャランポランで女にだらしない親父がどうして強いんだ!?
あんなヤツに負ける俺が悪いのかよ!!」
ゼノ 「女人にだらしがないか。フン……幸せの裡より生を受けた貴様には解らぬ。
貴様の目指す強さなぞ、弦月彰利の目指した強さには遠く及ばない。
思い上がるのも大概にしろ。今はまだ真実を知らぬが故に見逃すが、
全てを知った上でそんなことを謳ってみろ。
弦月彰利の代わりに我が貴様を殴るぞ」
豆村 「っ───」
訳が解らない。
なんでみんな、あんな男を庇うんだよ。
いっつもヘラヘラしてて、女と見ればデレデレして、
おまけに重婚までしてるあんな男を……。
悠介さんも悠介さんだ。
親父の親友なんてよくやっていられる。
あんな真面目な人がどうして親父の親友やってるんだからまるで解らない。
ゼノ 「真実が語られるまで待て。
それでも己の視野の狭さが理解に至らぬのであれば、その時は好きにしろ」
豆村 「………」
ゼノさんが去ってゆく。
俺は神社の裏手にある山道の中にひとり残され、暗い世界でただ物思いに耽った。
───過去。
過去になにかがあった。
あんなズボラな親父と、真面目でぶっきらぼうな悠介さんが親友になるような何かが。
親父には親が居なくて悠介さんにも親が居ない。
親父の実家は弦月屋敷だって言うけど、
悠介さんには実家なんてものはもう存在しないんだって聞いた。
豆村 「……幸せのうちに生まれた、か……」
解らない。
俺が幸せだとでもいうんだろうか。
そりゃあ日々は充実してるし、柾樹や刹那と馬鹿やるのはとても楽しい。
深冬と一緒に居ると嬉しいし、そんなやつらと一緒に騒ぐ日々は……多分幸せだ。
でも解らない。
俺が幸せのうちに生まれたっていうなら、親父たちは幸せじゃなかったっていうのか?
───そんなのヘンだ。
あんな風に笑える親父たちが幸せじゃなかったなんて言ったら嘘になる。
でも───くそっ!解んねぇよ!!
豆村 「っ……強くなりてぇよ……!強く……!!」
親父よりも、誰よりも。
こんな風に説教される覚えが無くなるくらいに強くなりたい。
だってこんなのおかしいだろう。
教えてくれないのは向こうなのに、どうして俺が説教されなきゃいけない?
そりゃ確かにこの力は親父が編み出した力かもしれない。
それが遺伝されたってことくらい聞かされてる。
だけど俺だって、誰にも訊かずにさっきの光を編み出したんだ。
いくら先に親父が使っていたからって、自分で編み出せたことには変わり無いのに。
豆村 「っ……」
どうしてあんなこと言われなくちゃいけない……。
自信持って何が悪いんだ。
力があれば立ち向かえるのは事実じゃないか。
実際、俺はこうやって少しの力があるからこそゼノさんに立ち向かっていける。
普通の一般人なんかじゃ太刀打ち出来る強さじゃないんだ。
おかしいだろこんなの。
力が全てじゃないか。
力が無ければ誰にも勝てない。
力が無ければ誰も守れない。
だったら───親父にあって俺に足りないものってなんなんだよ……!!
声 《───力が欲しいか……?》
豆村 「───え?」
耳を疑った。
辺りを見渡しても───誰も居ないし気配もしない。
いやむしろ、今の声を聞いて周りを見る行為は馬鹿げている。
だって、声がしたのは───
声 《私ならば貴様に力を与えてやれる。どうだ?貴様は力が欲しいか───》
声がしたのは……俺の中からだったのだから。
豆村 「っ……」
もう……いい。
これが悪魔の囁きだろうがなんだろうが構わない。
どんなことをしてでも力が欲しい。
もうこんな悔しい思いをするのは嫌だ。
だから───
豆村 「欲しい……!ああ欲しいさ!!力が欲しい!!」
声 《ならば私を受け入れろ……。そうすれば貴様は強くなれる───!!》
聞こえた声に迷わず手を伸ばした。
迷わず、どころじゃない。
歓喜すらして、俺は声とともに感じた気配の全てを受け入れ、そして───バサァッ!!
豆村 「───……」
気づいたら、全てを受け入れた状態で立っている自分が居た。
服装はさっきまで来ていた夏服じゃない。
長袖───思い切り暑そうな服だというのに、
むしろ冷たいと感じさせる黒い服を着ていた。
黒衣、と言ったほうがしっくりくる。
豆村 「…………」
自覚は無い。
ただ普通に、なんとなく目の間にある木を殴ってみた。
するといとも容易くその木は破壊され、大きな音を立てて崩れた。
豆村 「───……!!ははっ……!」
なんてことだ。
こんなに簡単に強くなれる方法が、自分の中にこそあったなんて。
豆村 「は、はは……あははははははっ!!!」
可笑しくて笑った。
嬉しい。
なんて嬉しくて最高の気分。
この力があれば親父なんてきっと相手じゃない。
いや、きっと俺に勝てるヤツなんて───!!
豆村 「ははっ……すげぇ……やっぱすげぇや俺……」
完全に有頂天だった。
気分は酷く高揚して、
未だ聞こえ続けている自分の中から聞こえる声が俺に力を与えてくれる。
……そっか、これ、死神になった状態なんだ。
へぇ……じゃあつまり、元から月の家系だった俺に、死神の力がプラスされたってこと。
すげぇじゃん。敵無しだよそれ。
豆村 「……へへっ」
自分の中の“死神”は俺にいろいろなことを教えてくれた。
死神になる方法、人に戻る方法、鎌の使い方などいろいろ。
俺は言われるままにそれを実践して、それが終わると人に戻って静かに笑った。
そして帰る。
気分のいいままで。
───ただふと、頭の中に親父の言っていた言葉が引っかかった。
でもそれが上手く思い出せない。
親父は、力を手に入れたら“なににだけはなるな”って言ってたんだっけ───
【ケース22:霧波川柾樹/グッドハプニング(WAWエディション)】
柾樹 「……OH」
朝。
ふと目を開ければ見知った女の子の寝顔が目の前にあった。
というか───何故に深冬ちゃんが俺と一緒に寝てるんでしょうか。
……あれぇ?確か深冬ちゃんって悠介さんのところに泊まるんじゃなかったっけぇ……?
ていうかなんで俺、深冬ちゃんに腕枕してるんでしょうか……?
何故深冬ちゃんは俺の腕で幸せそうに穏やかに安心しきって寝てるんでしょうか……?
声 「コーホー……」
ああっ……!!なんかもう怖くて後ろ振り向きたくないっ……!!
なんかさっきから、
横向きに寝転がってる俺の後ろから殺気がヒシヒシと伝わってきてるんです!!
誰か居る!そしてその誰かは多分俺の親友です!!
多分豆目豆科の一年草あたり!?むしろビーン!!
してる!絶対にウォーズマンスマイルとかしてる!!
ああっ!昨日ついでに読んだキン肉マンの知識がこんなところで役に立つなんて!!
嬉しくないのがとっても悲しい!
柾樹 「え、えーと……豆村?これは何かの大きな陰謀であって……故意じゃないよ?」
ギギ、ギ……とゆっくりと振り向く。
と───やはりウォーズマンスマイルをしている僕らのビーンがそこに居た。
豆村 「貴ッ様!俺ですらしたことのない
深冬への添い寝アーンド腕枕ヲォオオオオッ!!!!
飛ぶ!?飛ぶか!?空飛ぶか!?フライハイ!?ガンバリスト!?
ガンバ!ガンバネ!シュン・フジマキ!!」
柾樹 「うわわわわっ!!だだだから違う!なにかの間違いだっ!!
俺は普通にここでひとりで寝てたし、
大体深冬ちゃんは悠介さんのところに泊まってくるってお前が言ったんだろ!?」
豆村 「孫氏曰く!犬はワシの勝つべきを待つ!───関係ねぇ!!
なにかの事情があって深冬がここに帰りたいと言って送った!
きっとそれだけのこと!
そして貴様が寝転がりつつ毛布をめくってカモーンとか言ったんだ!」
柾樹 「い、言うもんかそんなことっ!!!恥ずかしくて出来っこない!!」
豆村 「柾樹……お前は親友だ。だがそれでも深冬と一緒に寝たという事実は変わらん。
というわけで場所譲ってくれ。今ならこの高枝切り鋏みを付ける」
柾樹 「要らない」
どこからかズオオと高枝切り鋏みを取り出す豆村を制す。
でもなにはともあれ、こんなのは確かにマズイ。
そう思った俺はそっと深冬ちゃんの頭を腕から下ろすと、
深冬ちゃんを起こさないように毛布から出た。
柾樹 「はぁ……頼むからヘンな誤解はしないでくれよ。
前にちゃんと深冬ちゃんへの気持ちは話しただろ?」
豆村 「おうよ、もちろん冗談だ」
柾樹 「……はぁ」
ニマー、と微笑む豆村がゴソゴソと毛布に潜り込む。
そして深冬ちゃんの隣で、
見慣れたであろう天井を見つめて極上ガイアスマイルをしていた。
どうやら幸せらしい。
柾樹 「今帰ってきたのか?」
豆村 「ん、そんなとこ」
柾樹 「成果は?」
豆村 「負けはしたけど───ん、実りは相当なモンだ。
次は勝てる自信あるぜ?つーか勝つ」
柾樹 「おお……」
大きく出た。
あのゼノさん相手に勝つと断言するとは。
柾樹 「そっか」
俺は嬉しげな豆村の顔を見ながらそう返して、居間に行くとテレビを付けた。
時間はもう、いつもならニュースを見ているような時間だったからだ。
柾樹 「っと、これ今日の新聞?」
声 「おー」
出る際に締めた引き戸の先から豆村の声。
俺はそれに頷くと新聞に目を通していった。
……なんていうか、日々事故というのは絶えないんだなあと
改めて認識させるようなことがぎっしりと載っている。
銀行強盗、本屋で万引き、吾妻山の山火事、博物館で爆発事故、絵画展覧会で刺殺事件、
高速道路で居眠り運転、運転手と家族が死亡……どこも事件ばっかりだ。
その点で言うと、昂風街や稲岬街、月詠街などは事件という事件はあまりない。
昔は神隠しだとか殺人事件だとかがよく起こってたらしい月詠街も、
今では事件の片鱗すら無いのだそうだ。
柾樹 「どちらにしても平和が一番だ」
あとは税金とか消費税とかがなんとかなってくれたらいいんだけどね。
テレビ《……これに対して瀬能山の土地主、瀬尾敏行さんは───》
新聞を畳んでテレビに目を向ける。
ニュースは貴重な情報源。
男 《誰だ……あんなことをしてくれたのは……。ワシの山が……》
正直政治などには興味は無いけど、殺人事件や自己などは見ておかないと気がすまない。
……事故なんて無くなればいいのに、なんてその度に思ってる。
テレビ《……先ほどの銀行強盗も含め───死傷者は出なかったということです》
銀行強盗の際は、死傷者は出なかったらしい。
銀行の人には悪いけど、それは嬉しいことだった。
テレビ《続いて博物館爆発事故ですが───
爆発が起こったのち、ひとつの展示物が消失するという事件が───》
博物館の爆発事故は死者、死傷者ともに結構なものだった。
……嫌気が差す。
テレビ《そのことからして、事故ではなく何者かが故意に爆発させて
展示物を奪ったのではないかという線で警察は───》
……もしそれが事実なら、本気で正気を疑う。
誰かを殺すだなんて、自分には考えられないからだ。
館長 《困りました……。あの展示物は世紀の大発見だったというのに───》
それなら見せびらかしたりしなければよかったんだ。
そうしたら、それを目当てにする輩なんて現れなかった。
柾樹 「………はぁ」
何を言ってるんだ。
こんなところで俺が愚痴をこぼしたってなんにもならない。
柾樹 「……ん。帰ろうか」
テレビを消すと、豆村に帰ることを報せてから帰路を歩んだ。
刹那はまだ寝ていたけど、無理に起こすこともないだろうという判断で。
───……。
……。
で、戻ってみれば。
柾樹 「……?」
家に帰るついでに立ち寄った友の里───は、無人だった。
本当に誰も居ない。
一応紗弥香さんや美希子さん、悠季美や悠季美のお爺さんお婆さんは居たが、
それ以外は蛻のカラだった。
由未絵さんも居ないなんて珍しい。
何処か行ってるのかな。
【その頃の彼ら彼女ら】
柿崎 「えー、というわけで。今日の一時限目は空界での校外学習だ。
こちらは空界の特別教師を務める晦悠介先生」
悠介 「あまりはしゃいで暴れんように」
総員 『サー・イェッサー!!』
悠介 「で、肝心の授業だが───」
丘野 「はいはいはいはい!俺実験───つーかマナ力学知りてぇ!」
田辺 「俺は魔道魔術・式学!」
真穂 「わたしは断然錬金学!!」
悠介 「───まず、意見を統一するところから始めよう」
中井出「ケチー」
凍弥 「ケチー」
悠介 「やかましい」
【Side───End】
───……。
柾樹 「モグモグゥ、オーダンゴってオイシイナー」
食べてるのはカレーだけど。
と、そんなわけで家に戻ってきた俺はカレーを暖め直して食べている。
そこで俺は考える。
柾樹 「……ふむん。なにかカレーに合う汁物って無いもんかなぁ」
などと。
でも答えは出なかったので、考えるのをやめて目の前のカレーをやっつけた。
それから歯を磨いて顔を洗って、窓を開けて布団を干して、ようやく一息ついた。
柾樹 「天下泰平事も無し。……少なくとも、ここらへんは」
ベランダで一人ごちってみるけど、あまり面白くなかった。
柾樹 「叔父さんたち、今頃何処かでまた騒いでるのかなぁ」
【その頃の彼ら彼女ら】
ドゴォオオオオオンッ!!!
サイクロプス「グルゥォオオオオオオオッ!!!!」
総員 『キャアアアアーーーーーーッ!!!!!
ササササササイクロプスだぁああーーーーーーーっ!!!!』
丘野 「セット!GOセット提督!!」
中井出 「うわわ馬鹿押すなヒヨッ子!!
俺達ゃまだブレイバー登録もしてない一般市民だろうが!!」
サイクロプス「ゴォゥウアァッ!!」
サイクロプスの攻撃!サイクロプスは巨大な棍棒を振り下ろした!!
ヴオッ───ボギィンッ!!!
サイクロプス「グオッ!?」
オリバ 「ン〜〜〜……」
彰利 「ゲッ───ゲェエエエーーーーーーーーーッ!!!!!!!
サ、サイクロプスの一撃を皮膚で弾きやがったッッ!!!」
中井出 「どういう頑丈さなんだよオリバッッ!!!」
オリバ 「肌に粗塩をスリ込んである」
総員 『粗塩でどうこう出来るレベルじゃねぇだろ今の!!』
彰利 「なぁ悠介……俺、
オリバ薬ってもうちょっと加減して作ったほうがいいと思う」
悠介 「俺もそう思ってたところだよ……」
【Side───End】
紗弥香「えっとね、校外学習に行くって言ってた」
柾樹 「ソウデスカ」
ややあって朝の半ば。
起き出して来た紗弥香さんに訊いてみたところ、それらしい情報を手に入れた。
校外学習って何処へ?とツッこみたかったけど、
『そこのところはわたしも知らない』と先に言われてしまった。
でも、そんなことをするからこそ深冬ちゃんを豆村の家に送り届けたのかもしれない。
なるほど納得。
……ああ、ちなみに紗弥香さんも俺と刹那作のカレーを食べた。
感想は……まあ微妙だった。
なにせ初めてのカレーだ、仕方ない。
紗弥香「うん。じゃあわたし、鈴訊庵に戻るね。柾樹ちゃんお昼もカレー?」
柾樹 「紗弥香さん、口調口調。いつの間にか『柾樹ちゃん』が定着してる」
紗弥香「む。『くん』のほうがいいんだ……」
柾樹 「当たり前だ。男って子供扱いされるの嫌がる生き物なんだよ」
紗弥香「柾樹ちゃんは大人。だからちゃん付けもOK」
柾樹 「却下します。今まで通り『くん』でいいから」
紗弥香「じゃあわたしのこと『お姉ちゃん』って呼んで?」
柾樹 「そしたら否応無しに『柾樹ちゃん』って呼ぶ人がなに寝惚けたこと言ってんです」
紗弥香「むー」
イジケ人のように睨む紗弥香さん。
なんていうか数回『お姉ちゃん』と呼んだだけで、かなり性格が変わってしまった。
あの世話女房お姉さんは何処に言ってしまったのか。
……まあ、数日“お姉ちゃん”を禁句にしてれば元に戻るだろう。
きっと、多分。
そもそもこの“お姉ちゃんモード”の紗弥香さんはどうにもたるんどる。
俺が言えた義理じゃないんだけど、起きるのが異様に遅いし駄々っ子である。
その点、普段の“お姉さんモード”の紗弥香さんはテキパキとして起きるのも速い。
我が儘も言わなければキリッとした雰囲気さえ持っている。
そう、なんというか眼鏡も浮かばれますねと思ってしまうほどに真面目なのだ。
……世話好き女房だけど。
“お姉ちゃんモード”の場合は世話焼きというか構いたいだけって感がある。
柾樹 「あ、ちょっと待った紗弥香さん。鈴訊庵に戻るって、仕事?」
紗弥香「ううん、今日はホラ、水曜だから」
柾樹 「───ああ」
定休日だ。
鈴訊庵も料亭も喫茶店も、全部。
紗弥香「わたしはただ、作ってみたい料理があるからそれを試すだけ」
柾樹 「なるほど」
納得だ。
家庭のキッチンなんかより、調理場のほうが広く使える。
なにか試したい料理があるなら、あそこは勝手がいいだろう。
紗弥香「それじゃあね、柾樹くん」
柾樹 「む」
きちんと『柾樹くん』と言った紗弥香さんがパタパタと手を振ったのちに帰ってゆく。
俺は───
1:歌おう友よ
2:夏休みの宿題の続きでも
3:紗弥香さんと一緒に料理の修業でも……
結論:2
うん、実に面白みもなにもない。
でもさっさと終わらせておけば後が楽だし。
ちゃっちゃとやっちゃいますか。
───……。
……。
───ややあって、気づけば夜。
柾樹 「はぁ……」
散々な時間をかけて、というか気づけば物凄い集中とともに宿題は滅んでいた。
人民の夜明けだ……ようこそ、勉学から解放された真実の夏休みよ。
目の疲れよ、キミの頑張りのお陰で今俺は解放されたのだ。
柾樹 「………」
いいや、今日はもうこのまま寝てしまおう。
考えてみれば朝食以降メシを食ってなかったけど、不思議と腹は減ってない。
だったら腹が鳴る前に寝てしまうとしよう。
そう思って、階下に下りて歯を磨くと、寝巻きを着て布団に潜り込んだ。
そうして息を整えると、
対して眠くもなかったくせに眠気は溢れてきて、さっさと意識は飛んでしまった。
なんていうか……今日は静かな一日だったな、とか思いながら。
【ケース23:豆村みずき/力ではない力の末】
───……八月七日。
その日はなんの変哲もない一日で終わる筈だった。
実際誰も彼もが普通に暮らしてたし、
俺は俺で強さのことは死神方面に任せてゼノさんとの組み手に励んでた。
ただ親父や悠介さん率いる皆は帰ってきておらず、
ゼノさんに言わせてみれば『単に向こうの時間の流れが遅いだけだろう』とのことだった。
なんのことだか解らないけど、とりあえずは気にしないことにした。
つーか友の里休みっぱなしだけどいいのか?
一応喫茶店だけは紗弥香さんと柾樹と郭鷺家族でやってるみたいだけど。
もちろん鷹志さんと真由美さんを抜いた郭鷺家族だが。
豆村 「かぁ〜みがぁたキ〜メて〜生き〜てゆきましょ〜♪
じ〜んせーいた〜のし〜むだ〜けた〜のしんだらっ、はいっ!
おっつかっれさんっ!───ギャァッツビーギャアッツビー───はぁ」
ゼノ 「どうした」
豆村 「あ、いや、なんでも……」
死神になれたことはまだ誰にも言ってない。
本当はバラしたくて仕方が無いけど、それはあまり面白くない。
なんていうかこう……なぁ?もっとここぞという時に見せてこそ力っつーか。
はぁ……どっかにファンタジー世界でも無いもんかな。
バケモノ相手だったらどれだけ暴れても文句なんて来ないだろうに。
地界ってそういうところがつまらない。
冥界だったら死神の里なんだから暴れても大丈夫なんだろうなぁ……。
ていうか話に聞いてるだけで、
未だにこの“地界”って呼ばれてる世界以外に世界があるなんてことが信じられない。
外国だけで十分だろうに。
───天地空間。
天界、地界、空界、冥界、神界の五つからなる世界を一纏めにしての呼称。
地界以外の何処も知らない俺にしてみれば、親父が適当に言ってるだけの絵空事。
だった筈なんだが───こうして死神に会ってしまってからは、
俺の中では“冥界”は確実にあるものと認定されることとなった。
親父に言わせれば“世界は貴様中心に回ってんじゃおへん、威張ンなボケ”だそうだが。
確かに認定、なんていい方はおかしいとは思ったが、そこまで言うか普通。
つーかなんで京都弁っぽいのが混ざってたんだ?
ゼノ 「みずき」
豆村 「んあ?なに?」
ゼノ 「我はちと用があって遠出する。貴様に留守を任せていいか」
豆村 「おっ……おっけーおっけー、余裕ッスよ。ババーンと任せてくれていいって。
で───興味本位で訊くけど、どんな用事?」
ゼノ 「知人……人?いや、まあなんだ、知竜……だな。
そいつと将棋を指す約束をしている」
豆村 「チリュウ?」
なんだそれ、よく解らん。
けど───逆に都合がいい。
誰も居なけりゃ、思う存分死神化して暴れられるもんな。
豆村 「おっけー、じゃあ留守は俺に任せていってらっさーい」
ゼノ 「……フ、さて、どうなるやら」
豆村 「……?」
ゼノ 「修行は怠るなよ。力は己の力として行使出来てこそ、初めて力となる。
貴様の父もそうだったように、理の無い力に翻弄はされるな」
豆村 「───……」
それだけ言うとゼノさんは去っていった。
呆れるくらいの速度で風を裂いて、何処かへ。
豆村 「……なんつーか……
まるで俺が死神の力を手に入れたことを知ってるような口ぶりだったな」
まさかな。
誰にも教えてないんだし、そんなことないよな。
豆村 「んじゃあ早速!死神化ァーーーーッ!!!」
気合を込めると同時に死神化を実行した。
途端に黒衣が身体を包み、力が飛躍的に増した充実感に包まれる。
豆村 「〜〜〜〜……あ〜、いいなぁやっぱ」
この“力”に包まれている充実……たまらない。
ゼノさんは修行がどうとか言ってたけど、これだけの力があれば修行なんて要らないだろ。
豆村 「踏み抜く足は地盤を砕き!振り抜く拳は岩をも砕く!ははははは!無敵じゃん!」
そうそう、修行なんて面倒くさい。
どうせならこうやって一気にババーンと楽して強くなったほうがいいに決まってる。
豆村 「………」
握った石ころに力を軽く込める。
それだけで、あれだけ硬い石が砕けた。
力なんて人の時比べ物にならない。
これがあれば俺は───……うん?
豆村 「……なんだ、あれ」
何かが視界の遥か遠くに浮いていた。
最初はゼノさんかと思ったそれはしかし、
ゼノさんが飛んでいった方向とはまるで別の方向に存在する。
さらに言えば離れていくのではなく、むしろこちらにゆっくりと近づいてきている。
豆村 「…………?」
その輪郭に違和感を覚える。
人の形───ああ、それは間違いない。
あれは人の形をしている。
けど、それは遠くから見ればの話で───腕があるべきところに腕が無く、
足があるべき場所に足が無い。
そんなものが一直線に俺に向かってゆっくりと……本当にゆっくりと飛んできているのだ。
しかもそれは死神化をしてからの違和感。
つまりアレは、俺が死神化をしたからこそこちらに飛んできている。
豆村 「………」
異様な緊張感が走る。
耳に届くのは、届くはずの無いどこかの喧噪。
それは車の音だったり人の声だったり、テレビの音だったりゲームの音だったり。
そして───気づけばソレは、
もう姿をしっかりと捉えられるところまで近づいてきていた。
豆村 「───っ、う、あ……!!」
息を呑む。
ソレは、正しく言えば人間じゃあなかった。
身体は朽ち、黄色く変色した血をぼたぼたとだらしなく垂らし、
片腕が無ければ片足も無いバケモノ。
顔は原型をとどめておらず、穴の開いた頭骨からは脳みそが見えている。
そんなバケモノが、どうして俺のところに───!?
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