───冒険の書93/愛───
【ケース284:弦月彰利/ハート様、カルネージです】
彰利 「オッスィーバァッ!!」
じりりりりりりりりんっ!!!
彰利 「───ハッ!?夢!?」
精神世界でも夢を見るのだな……じゃなくて。
おやおやtellが鳴ってますよ?誰かねこんな朝っぱらから。
こちとら夜更かし気味で寝足りねーというのに。
彰利 「オウコラなんじゃいコノチクショウ。
こちとらナイツの時計に襲われる夢見て気分最悪の原中の猛者が1、彰利じゃあ」
ちなみにナイツってのはナイトとかじゃなくて、空飛ぶハリネズミ系のナイツである。
やあ、セガサターンが懐かしいやね。
さてそれはそれとして……あれ?悠介とルナっちが居ねー。
声 『“コノチクショウ”にどうツッコミ入れるかよりも、今はおはよう』
彰利 「オ?なんじゃい精霊野郎じゃねーの。この彰利にいったいなんの用か」
声 『弦月さ、浮遊島へ行く方法を知らないか?』
彰利 「浮遊島?おーおー、あれにょろね?
浮遊島なら常霧の山ガジェロマウンテンの頂上の上にあるらしいぜ?
どう行くかまでは知らんけど。飛行手段でもあれば行けるんじゃないかね。
もしくは頂上の町に転移魔法陣でもあるかもしれんね」
声 『ガジェロマウンテンか。解った、もう少し情報を集めてみる』
彰利 「フフフ、しかし一番最初に相談するのが俺とは中々見上げた男よ。
朕の名の下に褒めて使わすでおじゃる」
声 『鼻高々になってるところ悪いんだが、お前で3人目だから』
彰利 「《カァア……!》そ、そういうことは先に言えコノヤロー!!
ううん!?僕知ってたよ!?知ってたもん!!
キミが勝手に勘違いしたんだコノヤロー!!」
ブツッ!!
彰利 「ア」
勢いのあまりtellを切ってしまった。
……まあいいや、これ以上話すことはなかったと思うし。
しかし浮遊島ね。
中井出たちも目指すようなこと言ってたけど、どうなることやら。
彰利 「俺はこれからどうすっかね」
自業自得なんだが、妙に叫んだ所為で眠気が覚めちまったい。
精神力の補充はしなきゃならんのだが、それはまた眠くなった時にすればよろしかろ。
彰利 「ふむん?」
ともなると、自然の我が意識は自分の裡から外へと向けられるもので、
今さらながらに外からなにかしらの声が聞こえることに気づいた。
時刻はまだ早朝といっていいくらいだろう。
こんな時間にだれぞ?とか思ったが、
こんな時間に置き出す生真面目さんにして過去の日本風なお方は一人でしょう。
オイラは自室の窓をゴチャッと開けて、その姿を確認した。
彰利 「オーーーーッ、夜華さんでねが〜〜〜っ!!」
で、予想通り早朝トレーニングの一環なのか、素振りをしている夜華さんが。
登り始める朝日を前に素振りをする夜華さんは、
素振りのたびに飛び散る汗がキラキラと輝いてなにやら綺麗に見えました。
夜華 「彰衛門か。もう起きたのか。床につくのが遅かっただろう」
彰利 「ありゃ、知ってたん?」
宿の部屋ってのは二階って印象があるもんだが、オイラの部屋は一階です。
だから窓を開ければ鍛錬にいそしむ夜華さんが同じ高さで見れるのです。
夜華 「その頃にはもう起きていた。
貴様を発見するまではもっと長く床についていたものだが、不思議なものだ。
貴様と旅をするようになってからは、睡眠時間が極端に減った」
彰利 「………」
それってオイラの存在が夜華さんの精神の特効薬的なものになってるってこと?
しかも夜華さん、そのことにはまったく気づかずに話してるし。
むう、無意識とはいえ可愛いじゃねぇかコノヤロウ。
でもそれを指摘したら顔を真っ赤にして襲い掛かってきそうなので言いません。
僕もいい加減学んでます。
それでも刻まれる時は刻まれるからこそ、夜中にルナっちに切り刻まれたんだろうけど。
まあそれはそれだ。
いったいいつまで夜華さんが俺のことを貴様と呼ぶのかくらいどうでもいいことだ。
さしあたり、今俺がすべきことは、だ。
彰利 「よっしゃ。夜華さん、朝の鍛錬俺も付き合っていい?」
夜華 「な、……あ、ああ、それは、構わない、が。ど、どういう風の吹き回しだ?
貴様はいつも“一人で鍛錬したい”と言ってきかなかったじゃないか」
彰利 「悠介見てたら気が変わった。一緒に強くなるのも悪かないね、うん」
夜華 「そ、それに……わたしを選んでくれたのか?」
彰利 「ウィ?なんですって?」
夜華 「だ、だからっ!お前は自分と一緒に強くなる相手としてっ!
わ、わわっ……わたしを選んで……くれたのか、と……」
彰利 「聞こえん!なにかね!もっとハッキリした声でいいたまえよ!!」
夜華 「〜〜〜〜っ……!!《シュカァアアア……!!》」
うお、物凄く顔が真っ赤に。
なにもこげになるまで鍛錬せんでも。
あ、水を差し入れたら喜ぶかね?結構汗出てるみたいだし。
でも疲れはしないのに汗は出るってどんなカッパーフィールド?
や、そりゃ汗出ないと身体機能無視で大変なことになりかねんが、
ここってば精神世界だし、そんなことは関係なさそうな気が……まあいい。
彰利 「夜華さん、水いる?今取って───」
夜華 「い、いやいい!そこに居ろ!いや降りてこい!たた鍛錬をするんだろうっ!?」
彰利 「や。夜華さん?そげに大声出すと周りに迷惑が……」
夜華 「いいからさっさとしろっ!」
彰利 「ぎょ、御意に」
いかん……俺って夫としてどうよ?
完全に尻にしかれてない?
とまあそれはともかくとして、黒なオイラは特に用意するものもないので、
そぐさま夜華さんの待つ堤防近くに降り立った。
彰利 「しっかし妙ちくりんな場所に宿立ててるよね。潮風で髪がバサバサするっつの」
夜華 「貴様の髪は元々ばさばさだ。だらしない」
彰利 「そうかえ?これが俺のシンボルって言っていいくらいだと思うけど。
じゃあ例えばこう髪をくずして……ほいっ!」
サバッ!とキョンくんヘアーを演出!!
すると、夜華さんあっさり“似合わないな”と即答。
ほれみろ、慣れないことなんてするもんじゃない。
完成を目指すか貫き通す意思が無い限り、慣れないことなんて経験領域と時間の無駄だ。
夜華 「貴様はなんでも極端すぎるんだ。もう少しこう、分けてみろ」
と、夜華さんがくしゃっと俺の髪に手を伸ばした。
身長の足りなさからか、それとも懸命になってくれてる故なのか、
ちょっと背伸びになった夜華さんが俺の髪を整えようとしてゆく。
その際、汗に濡れた胴衣だとか肌についたさらしだとかに目がいっては、
視線を逸らしていた俺は、ちと自分が情けなくなった次第である。
目のやりどころに困るってのはこういう状況のことを言うのかね。やれやれだ。
夜華 「うん?どうした、視線が泳いでいるぞ」
彰利 「あー。いやまあ、うん」
夜華 「うん、と言われてもな。男子ならもっとどんと構えていろ。
妙に取り乱すところや落ち着きがないところを抜けば、
お前はちゃんといい男なんだから」
彰利 「………」
あ、えと……ちょっと待て。
なんだその反則的な笑みと言葉は。
婚儀してから十と数年、一度でもそんな顔見せてくれたことなかったってのに。
とんだ不意打ちだ。
しかも一番反則なのは、夜華さんが自分で言った言葉に気づいてないところだ。
恐らく俺の髪をいじくるのに夢中で、
羞恥とかそんなものを置き去りにしてしまっていたんだろう。
やべ……顔が赤くなるの、止めらんねぇ。
夜華 「……?どうした。さっきからおかしいぞ、彰衛門」
彰利 「あ、いや、ごめん、ほんとごめん」
夜華 「なにを謝っている。どんと構えろって言った矢先だぞ?」
彰利 「うー……」
そうは言うが、こんな感情は慣れていない。
うあー、漫画とかの恋愛人間の気持ちが今物凄ェ解るわ。
まともに相手の顔見てられねぇ。
ああいや、しかしここでそっぽ向いたままだと相手は誤解すんだよね、漫画とかだと。
だったらむしろ夜華さんの顔を見て……顔……顔を……ぐあっ!だめだっ!
恥ずかしくて見てられねぇ!!やべぇ!やべぇよ!?ちょっと!!
おいおいどうしたってんだい俺!俺は誰!?弦月彰利でしょう!?
こんなギルチック……じゃない!ラヴチックとは無縁の人生を歩んできた原中一等兵!!
そんな俺だが、誓って言おう。故意じゃあなかった。
たまたま逸らした視線がそこに行ってただけであって……
夜華 「うん?なっ!?こ、こら貴様っ!何処を見ている!!」
彰利 「え?あ、はい?夜華さんの胸をブッハァーーーーッ!!?」
逸らした視線の先が、さらしが巻かれた胸だったってだけなのだ。
誓って言おう、わざとじゃない。
しかもご丁寧に、混乱してた俺の頭は見ていたものを語りやがったのだ。
我ながら呆れる。
悠介が溜め息をつく瞬間は、きっとこんな状況に似ているんだろうなと思ったくらいだ。
夜華 「ば、ばかっ!痴れ者っ!!貴様には情緒ってものがないのかこの助平っ!!」
そんなものがあったらこんな事態にはならなかったな。
ああいや、あったからこそ顔を見れなかったと言うべきなのか?
正直すまんかった。
そしてもひとつすまんかった、恋愛に溺れるバカップルの皆様。
俺は貴方達を誤解していたらしい。
どうしようもない感情ってホントにあるんだな、改めて認識したよ。
顔が赤面したままで、しかもろくな言い訳が思いつかん。
つーかこのまま無理矢理にでも口を開くとろくでもないこと言いそうだ。
それでも口を開いた男が誤解を生んでビンタの一撃でもくらうんだろう。
こんな感情は正直初めてだった。
一瞬、本当に一瞬だが、この腕が夜華さんを強引に抱き締めようとしやがったくらいだ。
けど俺はそれを全力で阻止して、それでも少々持ち上がってしまった腕を、
そのまま動かして夜華さんの頭を撫でるだけに留めた。
夜華 「うわっ……!?あ、彰衛門!?」
彰利 「……へえ」
するとどうだろう。
妙に高ぶった感情は落ち着きを見せ、
奪いたいという感情よりも守りたいって感情の方が溢れ出した。
守りたい、か。なるほど、悠介に頭撫でのクセがあった意味が少し解った気がした。
顔を見ても、むしろ微笑ましくなるくらいに心が落ち着いている。
彰利 「……うん。よし、じゃあ鍛錬、始めるか」
夜華 「へ……?」
今度、虚をつかれたのは夜華さんの方だった。
そりゃそうか、思い返すのも恥ずかしい限りだが、
さっきまでの俺の様子からするとこの言葉は違和感ばっかりを感じさせる。
それでもまあ、守りたくなる気持ちってのは暖かい。
だから今はそれだけで十分だ。
てっきりなにかされると思っていたらしい夜華さんを余所に、
俺は小さく笑みを浮かべながら、黒から木刀を引きずり出していた。
……ちなみに。
この後一緒に鍛錬した夜華さんが、
ヤケに挙動不審というか物事に集中出来なくなっていたのは……
きっと俺の所為なんだろねと自覚できた。
さらに言えばその時の俺の髪型は夜華さんが調整中だったままだったため、
妙な七三分け状態だったことを起き出してきた妻達に笑われることで気が付いた。
【ケース285:晦悠介/恋心】
やってみりゃ解るが、夏の早朝の散歩ってのは案外気持ちいい。
昼や夕方の暑さに比べると明らかに涼しく空気も美味く感じる時間帯だ。
そんな時間に犬の散歩や自身の散歩をしたいやつらの気持ちはよく解る。
今の現状においてそれらと俺達の違いを述べるなら、
それは散歩ではなく旅であり、犬と一緒なのではなく死神と一緒だということだろう。
足取りはまあ、散歩に似た歩調ではあるのだが。
ルナ 「ゆーすけ、これから何処に行くの?」
悠介 「とりあえず彰利を置いて行くことには成功したし、このまま適当な旅を楽しむさ。
差し当たり、向かう場所を適当に決めて、そこに行くっていうのもありだが」
ルナ 「むむ」
そうは言うが、地図を出したりはしない。
自由きままなかなり遅い新婚旅行だ、そういうのでも構わないだろう。
悠介 「ルナはどんな場所に行きたい?」
ルナ 「わ、わたし?え、えー、えっと……」
悠介 「……?どうした?」
ルナ 「あ、うん……ゆーすけがそんな風に訊いてくるのって珍しいかな、って。
いつもならここに行くか、って決めて連れてってくれるのに」
悠介 「そか?じゃあ気が向いたんだろうな。実を言うとな、俺今かなり楽しんでる」
ルナ 「楽しんでるの?」
悠介 「ああ。なんでもないことが楽しくてしょうがない。
もっとも、こうしてお前と居るだけでもワクワクっていうか、なんだろな。
よく解らん感情も沸き上がってきてる」
ルナ 「それって……」
悠介 「ああ。じゃじゃ馬みたいだった感情が、
ようやく落ち着きを見せてきてるみたいなもんなんだろ。
お前に向けるこの感情は“好き”ってやつで、
同時に誰にも渡したくないって強く思ってる。
正直そんな自分に戸惑ってるわけだが……
お前の目から見てどうだ?やっぱりおかしいか?」
ルナ 「うん変」
即答だった。
ルナ 「でも……えへへー、嬉しー」
しかし次の瞬間には、えへーと笑顔になって俺の首に抱きついてくる。
浮いてるのは基本らしい。
こいつは嬉しいことがあると、なんでか浮きながら人の首に抱きついてくる。
のだが、すっかり慣れ親しんだ筈のそんな行為に、俺は鼓動を速めていたりした。
まるで悪性のウィルスにでも侵入されたみたいな変わりざま。
今、自分は本当に自分なのかと自分で疑りたくなるくらいだ。
やれやれ、欲するものほど手に余るってのはホントだな。
感情ってのはこれで、案外コントロールが難しい。
こんなの、ずっと修行を続けてるほうがまだ安堵出来る。
でも───悔しいが、どうやら今の俺はこの感情が大事らしい。
客観的に思うことが出来るってことは、今の自分は迷ってる最中なんだろうな。
今の自分は好きだが、今までの自分はどうなるかー、とか。
そんなの簡単だ。
全部巻き込んだ俺になっちまえばいい。
どのみち俺がおこなう世界崩壊までは、そう時間が残っちゃいないのだから。
だからせめて、味わえる現実はしっかりと味わっておこうや。
いつかそれが、どれだけ大切なものだったかが解るように。
ルナ 「?ゆーすけ?どしたの?」
悠介 「ん?うん、ははっ……ああ、そーだな。……ルナ」
ルナ 「うん?なになにゆーすけ」
悠介 「……好きだぞ。俺は、お前が本当に好きだ」
だから、今はこの、心にじんわりと浮かび上がってきた感情を大切にしよう。
そして、残された時間の中で伝えたいことや知りたいことをたくさん知っていこう。
せっかくこうして、自然に笑むことまで出来るようになったんだ。
それならせめて、まずは俺を拠り所にしてくれたこいつに、
俺の感情のありったけをぶつけてやることにしよう。
喜んでくれるといい。
怒られるのはちょっと、ああいや、それも受け止めてやろうか。
散々待たせちまったんだ、それくらいは許容してやらないと。
好きって感情を知らない俺を受け入れてくれたこいつなんだから、
今度は俺がこいつの全てを受け止めてやろう。
さて。
差し当たり、まずはきょとんとしたまま、
だけどみるみる顔が真っ赤になってゆくこいつが何をするのかを見届けてやろうか。
罵声でも歓喜のでも、どんな声でも行動でも受け止めよう。
結局のところ俺がこいつにしてやれることといったら、有って無いようなものなんだから。
だから、
ギュリリィッ!!
悠介 「いってええっ!!!」
いきなり頬を抓られた時は世界を疑うほどにたまげた。
なにしやがる、と思わず言いそうになったくらいである。
受け止めると言った矢先にこれでは先が思いやられるってもんだが、抓るか?普通。
ルナ 「い、いたい?ね、いたい?夢じゃない?」
悠介 「確認したいなら自分の頬でやれたわけっ!!」
ルナ 「夢じゃない……そっか、夢じゃないんだ……」
悠介 「ルナ……?」
恐らく赤くなっているであろう頬をさすり、いぶかしむようにルナの顔を覗く。
と、すぅ〜っと息を吸ってなにやら力を溜めているような雰囲気を見せていた。
ヤバイ、なにかヤバイと体が一歩自然に引いた───まさにその時!!
ルナ 「ゆーすけーーーーっ!!!」
悠介 「だわぁあーーーーーーっ!!?」
がばしーーーっ!!と、溜めた分を一気に吐き出すかのように抱きついてきたのだ。
しかもその勢いといったら過去に例がないくらいの激しいもので、
それはもう振り回すわ回転するわ空は飛ぶわで手が付けられない。
ルナ 「ゆーすけ!!ゆーすけゆーすけゆーすけゆーすけゆーすけぇえええっ!!!!」
さらに壁抜けするわダンス踊らされるわ力いっぱい抱き締められるわ。
いちいち数えていたらキリがないくらいに散々と振り回された。
恐ろしい力である。
やがて胸に顔を押し付けられたまま振り回され続けた俺は意識を朦朧とさせてゆき、
ようやく解放されたと思うと今度はくちづけである。
突然そんなことされれば誰でも驚くってものだよな?
当然俺もその例には漏れなかったわけで、
ただでさえ酸欠だった俺はそんな事態に息をするのも忘れてしまい、
死亡寸前まで至るところだった。
しかし、そんな九死に一生スペシャルも、
次の瞬間にルナが流した嬉し涙でチャラになった。
……しょうがないだろ?あんなに嬉しそうな嬉し泣きなんて初めて見たんだ。
これで余計なこと言ってヤボな横槍入れるヤツは人間じゃないだろ。
……精霊だけどな。
悠介 「いっぱい待たせた、すまん」
ルナ 「うくっ……いいっ……いいよぅ……。嬉しいから……とっても嬉しいから……。
待った月日の数だけ、とっても嬉しいから……なんでも許せるよぅ……」
悠介 「……そか」
弱った。
泣いてる女性は苦手だった筈なのに、どうしてこんなにも暖かい気持ちになれるのか。
でも良かった。
なんでも受け止めるって決心したのに、涙さえ受け止められないんじゃ夫失格だ。
だから、と。
泣いている、長い間ずっと独りぼっちだった死神の小さな体を、
きゅっと抱き締めてやった。
ルナ 「ゆーすけー……」
そのままで、拠り所を無くして泣く子供を落ち着かせるように、
やさしくやさしく頭を撫でた。
さらりと流れる髪に手櫛を通すように撫でて、いつまでも流れる嬉し涙を受け止め続けた。
悠介 (ああ……驚いたな。感情っていうのはこんなにも───)
早い朝に吹く心地いい風が俺達を撫でていた。
その度に揺れる長い髪が柔らかく、俺の指の間で踊っている。
手櫛をいくら通しても無駄になるような情景の中で、
それでも穏やかに笑っているられる瞬間が暖かかった。
心からちゃんと好きだと思うことができてよかった。
もっと早くに言えればとも思うけど、もうそんなことはどうでもいいのだろう。
今この瞬間に嬉しいと思っていることや良かったと思っているこの感情はウソじゃない。
だったらそれが答えでもいいだろう。
さて。
とんだ世界でようやく両想いになれたふたりがするべきことといったらなんだろう。
くちづけ?それとも踊ろうか?
いや、それよりもまず、この奇妙でとっても遅い新婚旅行を確かなものにしよう。
今度は両想いの状態から、しっかりと。
やれやれ、彰利が今の俺を見たらどう思うかな。
笑うかな。それとも呆れるか?
……いや、きっと“誰だてめぇ”と叫ぶのだろう。
それでも構わない。
感情が完璧なのだとしたら、きっと今の俺は幸せだと思える瞬間に立っているのだから。
中井出「えー、というわけで。貴様の愛劇場は確かに俺の脳裏にやきつけた」
悠介 「ルヴォワァアーーーーーーーーッ!!!?」
我ながらとんでもない声を出したと思う。
そう、振り向けばヤツが居た。
名を中井出博光。
原中が誇る、伝説の提督である。
もちろんその伝説のどれもがろくなもんじゃねぇわけだが。
悠介 「て、てっ……ててっ……!?ててててめっ……いつ、からっ……!!」
中井出「ザ・最初から!!」
悠介 「〜〜〜〜っ……!!!《カアア……!!》」
中井出「大丈夫だ。俺の脳裏に記憶したということは、
その記憶は俺の式を通してやがてビデオに記憶される。
今ほどこの世界にビデオカメラがないことを嘆いた瞬間は無かったが、
しかしこの博光は思い出したね。そう、俺は映像系式のエキスパート。
そのテの筋ならば案外名の知れる映像魔導術師だったのだ!!」
悠介 「………」
中井出「フフフ、晦一等の意外な素顔を見た……。俺は正直嬉しいぞ」
悠介 「中井出……?」
中井出「今までのお前、どこかカラッポな感じがしたからな。
でも、きちんと言えたじゃん。お前の言葉からは、ちゃんと本気が受け取れた。
そうじゃなけりゃルナさん、泣くまでいかねぇって」
悠介 「……ん」
未だに泣いているルナの頭を、やさしく撫でながら小さく頷いた。
そっか。
ちゃんと届いたから、お前は泣いてくれてたんだな。
……よかった。
中井出「今はちと無理だが、また今度結婚式の仕切り直しでもしようぜ?みんな呼んでさ。
俺けっこうルナさんのこと好きだし、
両想いになれた今ならもっと思いっきりおめでとう言ってやりたいから」
悠介 「貴様。今ルナのことを好きだとぬかしたか?」
中井出「マテ!!そっちの好きじゃない!!人柄とかが好きって意味だよ!!
今の俺ゃ麻衣香一筋だ!誰が浮気なんぞするもんか!!」
悠介 「そ、そか。悪い。ちと過敏になりすぎてる。感情って難しいな」
中井出「いーんじゃねーの?それで。むしろ今までのお前がカタすぎたんだよ。
そういう意味では、今の晦は相当にとっつきやすいぞ」
悠介 「そか?自分じゃよく解らん」
中井出「原中は普通破壊の集まりである。
そしてとうとう感情の蓋を破ってここに至った貴様はまさにこちら側。
いずれ彰利一等兵と並ぶ変人へと進化するだろう」
悠介 「お前それ妙にバカにしてないか?」
中井出「なにぃ、俺は全力で褒め称えているぞ?提督の名の下に」
悠介 「………」
まあ、原中だしなぁ……。
しかしなんだ。
こいつが登場しただけで、こうも場の雰囲気がガラリと変わるとは。
人の存在力、侮りがたし。
中井出「ま、そんなわけだから。これからがホントの新婚旅行ってとこだろ?
全力で楽しむのだ晦一等兵!これは原沢南中学校提督としての俺の決定だ!
誰にも文句は言わせん!!今まで楽しめなかった分も楽しむこと!!
そのためならば我ら魔王軍、いくらでも障害となろう」
悠介 「お前、ただそういった名目の名の下に楽しみたいだけだろ」
中井出「当たり前だ!見縊るな!!」
悠介 「あのなぁ……」
人の門出をなんだと思ってやがるんだ貴様は。
中井出「けど、祝福したいのも本当だ。あのぶっきらぼうキングだったお前がなぁ……」
悠介 「頼むから。少年の成長を見守り喜ぶおっさんのような遠い目はやめてくれ」
中井出「でも好きなんだろ?」
悠介 「……正直、今なら一緒に居るだけで嬉しいって言ってたこいつの気持ちが解る。
学生時代なんて抱きつかれても鬱陶しいとさえ思ってたくらいなのにな。
それが今、好きになったってだけで物凄く嬉しいって思えてる」
中井出「そう……それが愛である」
真顔で愛とか言うな。
中井出「いやしかし、あの晦がね。気づいてるか?今のお前、随分柔らかい顔してるぞ?」
悠介 「ん……そか?」
中井出「いっつもどこかキリっとしてた晦一等兵とは思えんくらい優しいフェイスだ。
そんな顔してりゃ、とっつきやすいって思うのも当然だろ?」
悠介 「そうなのか……」
顔に触れてみるが、そんなものは解らなかった。
でもそれが感情からくるものだということは純粋に嬉しかった。
好き、なんて気持ちは解らなかった俺だけど、
それでもルナを好きになることは出来た。
だったらもっとこれから、いろいろなものに感情を持てるようになるだろう。
それを必要と思うかどうかは俺次第か。
でも、ああ。
緩いとは思うものの、今だけはこいつを離したくない。
ユルいヤツだと笑わば笑え、どうせ自分でも制御出来ん。
ルナ 「ゆーすけ……」
悠介 「……まったく。お前が子供だった俺を助けてからどれだけ経ってると思うんだ?
気の長いやつだよ、お前は」
最初はそれこそただの拠り所だったんだろう。
それでも感情が変わるきっかけってのはいろいろな場所にきっとあって、
その果てに俺達は辿り着いたのだ。
なんとなくだけど、彰利は元からこうなることを予測してたんじゃないだろうか。
ルナの強化云々もだが、
魂結糸を結ぶことで俺の感情とルナの感情が互いに自覚を以って繋がるように、と。
繋がりを受け入れて、感情の在り方ってものを少なからずルナから受け取ったからこそ、
きっと俺はこれが“好きだ”って気持ちに気づけた。
じゃあ、もし繋げてなかったら?
悠介 「親友か……はは、まいったな……」
仕方の無いやつだ。
それでもありがとうは贈れる。
あいつに出会えて、本当に良かった。
悠介 「ん。じゃあ、俺達はそろそろ行くよ。お前はこれからどうするんだ?」
中井出「浮遊島を目指す。お前もどうだ?結構いい景色が期待出来るぞ?」
悠介 「そか。じゃ、最後に取っておくよ」
中井出「おお、そうきたか。解った、じゃーな、お二人さん。お幸せに」
背中を向け、歩きながら手を振った。
中井出はそのままてこてこと歩き去って、その場には俺達だけが残される。
心の中は暖かい気持ちでいっぱいだ。
そして、そんな自分がたまらなくくすぐったい。
けどまあ、いつまでもこんなところでこうしてるわけにもいかないだろ。
ルナももう泣き止んだみたいだし、そろそろ歩き出そう。
それで、たくさんの思い出を作ってゆこう。
限りある時間の中で、出来る限り輝いた思い出を。
そんな思い出も、辛いことも、いつか笑いながら話すことが出来た時、
自分たちはきっと幸せなのだろうから。
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