───それぞれの朝/それが初恋だと解った時、初恋は初恋じゃなくなる───
【ケース52:閏璃凍弥/かんなじばーい】
───バタン。
凍弥 「っし。朝の仕込み終了、と」
来流美「って言ってもさ。お客来ると思う?」
凍弥 「どうだろな。まあ少なめだから来なくてもなんとかなる」
朝。
鈴訊庵での仕込みを終えた俺は、溜め息ひとつ吐いて来流美に向き直った。
このまま好き勝手やるって方法もあったにはあったんだが、
残った材料とかをこのまま殺してしまうのはもったいない。
というわけで出来る限りの用意をして一息ついたんだが───その量もそう多くはない。
凍弥 「あんな事故のあとだからなぁ。世間一般じゃあ俺達死んだことになってるし」
来流美「ってことは、凍弥の調理師免許じゃあ営業は出来ないってわけよね?」
凍弥 「そうなる」
それもまた困りどころのひとつだ。
このまま営業していいもんかどうか、本気で悩んでる。
凍弥 「いっそ柾樹たちにやらせてみるか?
免許とかは……反則だけど、本物取るまで晦に創造してもらって」
来流美「いきなり犯罪に走るのね……あんた結構原中に毒されてるでしょ」
凍弥 「なにを言う。俺は元々良い子ちゃんなんかじゃないぞ。
それはお前が一番良く解ってるだろ」
来流美「そうねぇ……昔っから悪戯好きで馬鹿で間抜けでアンポンタンで、
そのくせ由未絵にだけは激甘のダメダメ人間だったわね。そういえば」
凍弥 「うむ。そして貴様はそんな俺と同レベルというクズ人間だ」
来流美「喧嘩売ってんの?だったら買うわよ」
凍弥 「激安価格1万6千8百円だ。お買い得だぞ」
来流美「ンなもん買わないわよっ!!」
凍弥 「買うって言ったのはお前なんだが」
来流美「いい、買わない。それより本気でどうするのよ」
凍弥 「FUUUUM……」
参った。
というかそもそも客は来るのか?
実際事故で俺達は死んだことになってるし、
それなら味がどうのこうので来る客は居ない筈。
というか葬式やってるだろうとか思って、来ないのが普通だろう。
そうなると店開けとくのも馬鹿みたいな気もするな。
凍弥 「ま、いいか。用意したものは全部知り合いの朝食にしよう。
友の里・鈴訊庵は事実上閉店だ。まぁいい加減金も溜まりすぎたし、
長い休みも欲しいって思ってたところだ」
来流美「へぇ、辞めちゃうんだ」
凍弥 「おう。溜めた金や店は全部紗弥香に譲るさ。
俺達は俺達で、空界で新しいスタートを」
来流美「大きく出たわねぇ。ま、こっちも腐れ縁だし。
ダンナの方はわたしが死んだって思ってるだろうから、わたしも自由だし。
いいわ、とことん付き合ったるわよあんたの馬鹿人生」
凍弥 「プロポーズか?」
来流美「ブッ殺すわよ幼馴染」
罵倒文句に幼馴染とつけられたのは初めてかもしれない。
鷹志 「よー友よ、そっち仕込み終わったかー?」
凍弥 「おう友よ。客なんて来ないだろうけどつい癖で仕込んじまった。そっちは?」
鷹志 「真由美にストップかけられたからなんとか踏み止まれた。
けど……実際客来ないぞ?どうするんだこの蕎麦とかうどん」
凍弥 「ああ。それを来流美と話し合ってた。
出た答えは知り合い仲に振る舞うって方向だ」
鷹志 「なるほど。で───支左見谷は?」
凍弥 「これからのことを計画してたら寝るの遅くなったらしくてな。まだ寝てる」
というかそもそもあいつのネボスケは相当だ。
起こしても起きるようなボケ者じゃない。
凍弥 「紗弥香も『どうせ仕事ないでしょー』とか言って、柾樹のとこ行っちまったし」
来流美「よかったじゃない。家に居られてもなにもないでしょ?」
凍弥 「なにもないとは失礼だな。
一応本当に欲しがったものは買ってやってきたんだぞ俺は。
そう、この家にはきちんと紗弥香の部屋がある。
それがどうして何も無いと言える」
来流美「娯楽に欠けるわ」
凍弥 「ハッキリ言うなよオイ……」
鷹志 「娯楽ねぇ……一応広間の方にゲームとかあるけど。あれはダメなのか?」
来流美「ダメに決まってるでしょ。女の子にシューティングゲームやらせてどうするの」
鷹志 「けど霧波川、お前シューティング得意だろ」
凍弥 「愚問だ鷹志。こいつは男勝りっつーかむしろ男だ」
コパァンッ!!
凍弥 「おごぅ!?」
来流美「くだらないこと言ってないで、朝ご飯食べるわよ」
凍弥 「……人のスリッパ武器に使うなよな」
見れば、いつの間にか常備携帯用のスリッパが無くなっていた。
そもそもこれで叩く時は『ドナルドマジック』と言わないとウソだ。
なんのマネでも無いが、これは俺のポリシーだ。
うむ、昔ッから続いてる歴史と伝統と格式を重んじた伝統ぞ。
……いや、冗談だが。
凍弥 「とりあえず宿に泊まってるやつらだけにでも食ってもらうか。
どうせ他の……例えば原中の猛者とかは既に食ってるだろ」
鷹志 「だな。欲求に素直そうなやつらの集まりだし」
来流美「それって褒め言葉なのかしら」
鷹志 「本人達の前で言ってみたら絶対に頷かれると思うぞ?うむ!その通り!って」
凍弥 「ダブルキャストか。懐かしいな」
とまあそんなことを言いつつ、俺達はそれぞれ分担して料理を作っていった。
……ああもちろん、
来流美が調理に入ろうとした時はスリッパを最大行使してなにがなんでも止めたが。
朝っぱらから食中毒者を出すわけにはいかんのだ。
【ケース53:穂岸遥一郎/グッド……ってもういいよ】
遥一郎「………」
サクラ「………」
で。なんで俺の布団にサクラが潜り込んでるかな。
しかも俺を見下ろしながらにこやかに笑ってる怖いノアが枕元に座ってるし。
にこやかというか、殺気が混ざってるぞこれ。
ノア 「マスター?朝ですよ。起きないとヒドイです」
遥一郎「……なぁ。この状況に関して、いろいろとツッコミたいことがあるんだが……」
ノア 「わたしがマスターに朝をお報せするのはずっと続けていることですが?」
遥一郎「そうじゃない。なんでサクラが───」
ノア 「さあ。寒かったんじゃないでしょうか」
遥一郎「………」
ノア 「………」
遥一郎「なぁノア?」
ノア 「怒ってません」
遥一郎「うそつけっ!思いっきり怒ってるだろお前!!
なんかアークがガタガタ煙出してるぞ!?」
ノア 「怒りを吸収してもらったりなんてしてませんよマスター」
遥一郎「お前なんかもう言ってることが滅茶苦茶だ!落ち着け!!」
ノア 「───フフフフフ……さてサクラ?
何故……そう、何故あなたがこんなところに居るのでしょうか……?
わたしにも解るように平明に答えてもらいたいものですね……」
サクラ「んにぅ……?なにです……?」
……ああ。こんなのはもう茶飯事だ。
いちいち気にしてたら第二の晦が誕生してしまう。
俺はそう判断すると、布団から出て怒れる天界人から距離を置いた。
その際、後退るように離れたためにどこぞの馬鹿を踏んづけてしまったが、まあ良しだ。
雪音 「ななななにするのホギッちゃん!!せっかく気持ちよく寝てたのに!!」
遥一郎「よう観咲。今朝はどんな夢を見た?」
雪音 「え?あ、あぅ……えっと───そう!聞いてホギッちゃん!今日ね!!
マサイ族とサムランサックが大乱闘を起こす夢を見てね!?」
ふう、相手が馬鹿でよかった。
そしてそれはどんな夢なんだ観咲よ。
遥一郎「っと……ノア?蒼木は?」
ノア 「既に起きて、真由美さんの喫茶店で一息ついてます。
マスターは如何なさいますか?お望みであればわたしがお持ちいたしますが」
遥一郎「ああ、いや、いい……というかさ、
こういうお祭り騒ぎの日くらい羽を伸ばしてだな……」
ノア 「マスターのお世話をすることがわたしの生き甲斐です」(キッパリ)
遥一郎「…………」
いろんな意味で取り付く島もなさそうだった。
遥一郎「ん〜〜〜っ……よしっと!観咲、ジョギングするから付き合ってくれ」
雪音 「え?夢のお話は?これからサムランサックがマサイ族とともにお風呂の王様、
台魔王バーンを倒しに行くんだけど」
遥一郎「どういう設定なんだよそれ……」
雪音 「お風呂の番台の王様、バーン台魔王。バーン台、バン台、番台、大魔王バーン。
……?なんかそんな設定だった気がする」
遥一郎「そうか……」
こいつの愉快な脳は夢の中でも変わらないらしかった。
さて……それはそれとして、軽く走ってくるかな。
遥一郎「それじゃあノア、俺は日課を済ませてくるから。
待ってなくていいから朝食は済ませておいてくれ」
ノア 「いえマスター、メイドが主人より先に食を済ませるわけには───」
遥一郎「いつからメイドになったんだお前はっ!!」
ノア 「本日より正式に、です。思えば今まで似たようなことをしてきたわたしです。
今さらなにを渋る必要がありましょう」
遥一郎「断固として却下したいんだが」
ノア 「いやでございます」
いつもよりさらに丁寧な言葉使いでやんわりと断る目の前の天界人。
そして、ヒナの生まれ変わりと知っている分、
あまりキツイことも言えずに大体のことを項垂れつつ受け入れてしまう俺。
あぁ……なんていうか晦。
今ならお前の言ってたことが解る気がする……。
周りに振り回されるのってやっぱり辛いよな……。
【ケース54:朝月俊也/センチュリートゥエンティー……ファイブ!!】
俊也 「ん……ん、んん〜〜〜……」
ふと目が醒めた。
そうして目を開けてみて、まず目に映るのは見慣れない天井。
そして嬉しそうにダイヴしてくる見慣れた女の子の姿───って!!
ドフシィッ!!!
俊也 「ほごぉぅふっ!!?」
夏純 「♪、♪っ」
……夏純である。
朝っぱらから俺が目覚めるのを待っていたらしい夏純が、
俺の覚醒とともに嬉々としてダイヴ。
ものの見事に俺の腹に自分の腹をぶつけるような形で落下……後、ニコニコと笑っていた。
俊也 「あ、あのな夏純ゲェッホゴホォッ!!」
思うに。
絶対に降って来た人より下の人の方がダメージがデカイ。
そりゃそうだ、体重+重力+勢いだ。デカくない筈が無い。
俊也 「ゲホッ!ごへっ!!……はぁ、あ、あのな夏純……。
今のはヘタすると内臓とか弾けそうだからやめろ……というかやめてください」
夏純 「〜〜♪」
俊也 「……聞いてないな」
思わず苦笑が漏れる。
そんな風にしてみると思い出されるのは、楽しい時間の中でも苦笑してたひとりの男。
忘れられた村で出会って、友達のように接してくれて、
俺の生きかたってものの価値観を変えてくれた馬鹿野郎たちのことだ。
───あれから……そう、もう随分になる。
あの病院でサチ姉ぇと夏純と再会して、
いろいろな検査を済ませてみればどこにも異常はなかったふたり。
そのまますぐに退院ってことになり、けど……
ふたりを引き取った筈の家主はあっさりとふたりを見捨てた。
だってしょうがない。
最初の頃こそ子供だっただろうふたりが、
大きくなってから戻ってきてしまってはいろいろと都合が悪いこともあるだろう。
けどその家主も案外ホッとしていたのかもしれない。
入院費は事情が事情なだけに免除されたらしいから、
事実上その家主は『人を助けたいい人』だ。
けどその実、見舞いにも行かなくなったしなにもしないでも『いい人』って思われる。
こんな都合のいいことはないだろう。
そんな状況を堪能していた人が、今さら増える食い扶持を良しとするわけがない。
結局ふたりは適当な荷物を持たされたのちに追い出された。
……周りには、帰る場所が見つかったということにされて。
俊也 (……汚いよな、人間なんて)
そう思わずにはいられなかった。
だからこそ俺はその時に思った。
いつかの自分がそう思ったように、俺は俺なりにこのふたりを守っていこうと。
元々、サチ姉ぇや夏純に会いに行く前に家を出てた身の俺は、
自分が安値で借りていたアパートにふたりを招いた。
バイトして、生活を切り詰めながら通っていた大学もスッパリ辞めて就職した。
サチ姉ぇと夏純は都会のことなんてまるで知らず、
言ってみれば『バイト』なんてシステムも知らないくらいだった。
当然だ、世界の歴史に取り残されたような村でずっと生きていたんだ。
それは夢の中でだって変わらない。
だから俺が頑張んなきゃって、逆にそう思えた。
俊也 「……おはよ、夏純。サチ姉ぇはどうしてる?」
夏純 「……」
黙って、布団でヌクヌクと眠っているサチ姉ぇを指差す夏純。
俺は上体だけを起こして、俺の腹の上で寝ているような状態の夏純の頭を撫でる。
あれから……俺達の間に、べつにこれといって変わった様子はない。
恋人になったわけでもなく、結婚したとかそんなこともない。
ただ生きることに必死で、
それでも笑顔を忘れずに頑張ってこれたのはふたりが居たからだ。
……俺達は互いに支えあって生きている。
誰かひとりが欠けても、それはきっと成り立たないものだ。
だから……うん。それでいい。
結婚とか家庭とか、そんなものが人生の全てじゃない。
俺はこうして三人で生きていられたらそれで満足だ。
俊也 「……なぁ夏純。この街は好きか?」
夏純 「……、……」
ちょっと困ったような顔で小首を傾げる夏純。
相変わらず喋ることの出来ない夏純は、ただ俺の目を見るだけだった。
その目を見ればなんとなく解る俺もちょっとおかしい。
俊也 「そっか。はは、まだここに来て間も無いもんな」
夏純 「、」
こくこくと頷く夏純。
けど、言わせてもらえば一生分くらいの珍妙な事態に巻き込まれてはいた。
いや、俺の一生を尽くしたって普通は見れないし、
体験することもできないだろうことをさせてもらった。
そしてそれは、きっとあいつらと付き合う中ではずっと付き纏うものだ。
でもそれを嫌だとは思わないし、
むしろこの賑やかな雰囲気が俺にはとても懐かしく感じられた。
かつて───まだ村が忘れられていなかった頃、
自分の本当の家族や村の仲間と一緒になって騒いでいた頃を思い出させる。
……思えばいろんなことがあった。
きっと俺は、あいつらと出会ってなければ今もあの夢の中で終わらない時を過ごしていた。
多分、もしそうなっても後悔はなかっただろうけど、
それでもこうしてみんなで騒げることにも後悔は無い。
俊也 「よしっ、サチ姉ぇ起こして下に下りるか」
夏純 「……、……」
こくこくと頷いて俺の上から退く夏純。
それを確認してから立ち上がると、うんと伸びをしたのちに夏純にGOサイン。
すると夏純は嬉々としてサチ姉ぇの布団へと駆け、徐に宙に舞ったのだった。
【ケース55:霧波川柾樹/さわやか……?モーニング】
どごしぃいいいんっ!!!
声 「ふぎゃぁああああーーーーっ!!!!」
……。
柾樹 「ん……んん……?」
ふと目が醒めた。
なにやらどっかから絶叫が聞こえてきた気もするけど、
とりあえずは気の所為ってことにしておこう。
もういい加減回りの状況も飲み込めた感はある。
そして、これくらいで驚いていたらのちのち身が保たなくなる。
刹那 「くあぁああ〜〜〜〜……ふぁひゅひゅ……なにヨ今の声……」
……と、そこまで考えていたらベッドの隣で寝ていた刹那が妙な発音で喋った。
どうやら上手く呂律が回らなかったらしい。
柾樹 「刹那、オハヨ」
刹那 「ん……おー柾樹ぃ……モーニン」
まだまだ瞼が重そうな刹那。
今日も泊まっていったが、まあああいう家庭環境は俺には解らないからなんとも言えない。
刹那 「ところで……なぁ。ひとつツッコんでいいか?」
柾樹 「そうしてくれると助かる。俺もずっと見ないフリしてたから」
刹那 「……なんでお前と紗弥香さん、一緒に寝てんだ?」
柾樹 「うん、実を言うと俺も事情が飲み込めないでいる」
そう。
目が醒めたら隣に紗弥香さんが居た。
眼鏡を外しているところから、完全にここで寝るつもりでご降臨なされたらしい。
刹那 「朝から友の情事現場見る俺の身にもなれ……」
柾樹 「刹那、それは違う。俺はべつにやましいことなんてなにもしてないし、
紗弥香さんだってそんなつもりで潜ってきたわけじゃないよ、きっと」
刹那 「若者にそんな説明して、誰が信用するってんだよ」
柾樹 「豆村は微妙だけど、刹那は信用してくれるだろ?」
刹那 「……ま、な。お前って恋愛感情ってもんが働いてないみたいだし。
女にしてみればお前ほど安全なヤツは居ないと思う。
けどな、それって“男”として無能ってことだぞ?」
柾樹 「?なんでさ。仕事だって出来るし運動も勉強も手伝いも出来るぞ?」
刹那 「あー、いや。そういう意味じゃなくてだな……。
ったく、どうして周りにあんな珍妙な人たちが居るってのに、
こんなまともな生物が育つかな」
柾樹 「生物って……刹那、キミね」
刹那 「あーいい、なにも言うな。
お前の思考は確かにもっともだが、この場合においてはちと事情が違う。
そもそもお前……紗弥香さんのことどう思ってる?」
柾樹 「え───姉みたいな存在だろ?」
刹那 「郭鷺のことは?」
柾樹 「幼馴染」
刹那 「……深冬ちゃんは」
柾樹 「妹みたいな存在だ。これは豆村にも言ってある」
刹那 「………」
なんだろうか、その『ダメだこりゃ……』って顔は。
刹那 「柾樹ぃ、お前それでいいのか?
そりゃさ、女と一緒になるのが幸せだの人生だのって言うわけじゃない。
けどそんな、女への感情も解らないまま生きて楽しいか?」
柾樹 「そういう感情持ったことないから解らないけどさ。
俺から言わせてもらえば、
それこそ『解らない』ってのを体感してみなきゃこの感覚は解らないよ。
本当にそんな感情が沸かないんだ、
これが自然なのに周りから変だって言われると案外辛い」
刹那 「っと……そうだよな。
お前だって好きでそんな風になってるわけじゃないもんな。
はぁ、なにやってんだ俺……悪ぃ、自分の意見ばっか押し付けちまった」
柾樹 「いいって、そんなの慣れてる。それよりそろそろ下に行こうか。
朝食は朝起きたらすぐに食ったほうが体にいいらしいぞ」
刹那 「腹減ってなくてもか?」
柾樹 「ん。その方が体に活力が入っていいらしい」
とりあえず寝巻きから私服に着替えて部屋を出た。
刹那も自分の着替えは家から調達してきたらしく、昨日とは別の服だ。
そんなこんなで談笑しながら階下へ降りて、ダイニングへ行くと───
柾樹 「───?あれ、母さん居ないんだ」
刹那 「みたいだな……っと、柾樹?テーブル」
柾樹 「え?あ……」
刹那に促されて見たテーブル。
そこには『弁当箱』が存在していたっ……!!
柾樹 「っ……!!」
思わず体に走る戦慄っ……!これが……これが恐怖!?
母さん……そう、作ったのは絶対に母さんだ。
紗弥香さんは俺のベッドに潜り込んで寝ていたけど、
別にその体から料理の匂いとかは全然しなかった。
むしろやわらかないい匂いがしたっていうか……なに言ってんだろ、俺。
柾樹 「───ゴ、ゴクッ!!」
思わず息を呑む。
ともかくいろんな事情から推察するに、これは確実に母さんが用意したもの。
そして母さんの料理は殺人的にマズイ。
なにせ近所の野良猫を失神に追い詰めたことがあるという、昂風街伝説を持っている。
その母さんが……べ、弁当……!?
柾樹 「………」
でも不思議だ。
不思議と嬉しいって気持ちもあるのが不思議だ。
柾樹 「……そうだよな」
母さんだってべつにマズく作ろうとして作ってるわけじゃないんだ。
むしろこうやって用意してあるってことは、俺のことを思って作ってくれたってこと。
……それをこうやって怯えるなんて失礼だ。
柾樹 (ごめん、母さん)
どこか申し訳ない気持ちのまま、普段通りに椅子に腰掛けた。
刹那 「って、お、おい!食うのか!?やめろ死ぬぞ!!」
柾樹 「あはは、どこまでも正直だなぁ。
でもさ、一応こうして置いてあるってことは
母さんが俺のために作ってくれたってことだろ?
そんなの、無碍になんてできやしない」
刹那 「……お前ってさ、やっぱ人の頼みって断れないタチだろ」
柾樹 「俺、刹那の頼みを断らなかった時ってあったっけ」
刹那 「……はぁ。解ってるよ。
悪いこととか相手のためにならないことは
条件つきだとか断ったりもしてるだとか、そう言いたいんだろ?
お前はそういうヤツだよ。いつかお人よしの所為で後悔するぞ、絶対」
柾樹 「……そう言われるほどお人好しじゃないよ、俺は」
言いながら弁当箱を手に取った。
ズシッと重さを感じさせるそれは、なんだか随分と懐かしい感触だ。
俺は心の中を暖かくされたような感覚の中、弁当の蓋を開けた。
柾樹 「いただきま───あ……」
刹那 「………」
柾樹 「あぁ……」
刹那 「あ〜……」
柾樹 「………」
刹那 「………」
……そして、刹那とともに落ち込んだ。
そのダメージは計り知れない。
何故なら弁当箱の中身は5円だけがあり、
二重底になっていたその下からはホッカイロと、
ずしりと重みのある鉄板が発見されたからだ。
刹那 「すげぇ……ここまで悪質な悪戯を母親から……。こんなの初めて見たぞ」
ご丁寧に『これでなにか食べてね』とか描かれた紙切れが張られた5円玉。
それをシゲシゲと見つめる刹那が言った。
さらに『5円チョコしか買えねぇじゃねぇか……』と溜め息を吐いた。
……母さん。俺の感謝の気持ちを返してくれ……。
などと落ち込んでいた時。
ピンポーン♪
なんて、気の抜けた音が霧波川家に轟いた。
【ケース56:ゼット=ミルハザード/巻き込まれた黒竜王】
ゼット「………」
気がつけば荒野に居た。
薄暗い空気に、闇に浮かぶ真円の月。
そして───
彰利 「やあ」
……その荒野にポツンと立っている、晦の親友弦月彰利。
ゼット「……貴様か?俺をこんなところに引きずり込んだのは」
彰利 「イエースイエスイエス!!俺!俺YO!!
アイアム……スピークイングリッシュ」
ゼット「そんなものは聞きたくない」
彰利 「そうですか……」
黒の象徴は寂しそうに俯いた。
だがすぐに気を取り直すと『ようこそ我が大聖堂へ』と声を張り上げる。
……なにをしたいのかまるで解らない。
ゼット「何の用だ。用が無いなら俺に構うな」
彰利 「おっとそうはいかねぇ。キミさ、強くなりたくない?」
ゼット「……?何故そんなことを俺に訊く必要がある」
彰利 「好奇心からに決まっておろうが!!あ、ちなみに悠介もここで修行しとるよ?
もちろん俺もさらなる高みを目指してます。
このままだとおめぇ……俺と悠介に敵わなくなるぜ?」
ゼット「すぐに始める。御託は必要無い」
彰利 (……チョロイぜ)
俺は小馬鹿にされるのが嫌いだ。
そして、力不足で守りたいものを守れないのはもっと嫌いだ。
……今なら晦の気持ちがよく解る。
いつまでも諦めなければ、きっと道は開けるのだと。
それが、足掻くことで切り開ける道なのならば、迷わず足掻けばいいのだ。
あのままあの家に閉じこもったままでは、いつか心までもを腐らせてしまうだろう。
だから俺は敢えて弦月彰利の挑発に乗り、すぐに己の力を最大まで引き出した。
ゼット『生命総じて微塵と化せ───“荒天破壊す漆黒の竜王”』
発動する卍解とやら。
何故こう呼ばれているかなどどうでもいいが、我にとってはそれこそどうでもいいこと。
彰利 「ありゃ?一緒に修行せんの?」
ゼット『我は元より孤独を好む。貴様らと修行など冗談ではない』
彰利 「我って……もしかしてキミ、黒竜の力引き出すと一人称変わる?」
ゼット『貴様には関係の無いことだ』
彰利 「……あぁ!そういやオーエンの城をブッ壊した時にも、
黒竜王の時は我って言ってたわ!
しかも竜人になった時はそこまで口悪くなかった」
ゼット『些事だ。貴様には関係のないことだ』
いい加減話を続けるのは面倒だと踏み、
我は弦月彰利から離れると力の解放の鍛錬を始めた。
【ケース57:豆村みずき/懐かしきあの頃に】
ガラァッ!!
豆村 「朝だ!!」
アパートの窓を開けて高らかに叫んだ。
フオオ、この新鮮な空気のなんと美味いことよ!!
豆村 「そこんところは悠介さんに感謝だな。
この街の空気は悠介さんが精霊を使って綺麗にさせたみたいだし」
昨日は驚くことの連続だった。
チャラチャラした親父の真実と、悠介の実力。
他にもいろいろ解ることもあったし、驚くこともありすぎた。
それでもあの人たちはまるで普段通りだった。
俺はなんだかそれが嬉しかったのだ。
豆村 「………」
そんな驚くことの連続の中で、俺はひとつ理解できたことがあった。
それは───
───……。
……。
豆村 「深冬。お前、柾樹ン家に住め」
深冬 「え?」
蒼空院邸に向かう途中、俺は決めていたことを深冬に伝えた。
これが俺の理解できたこと。
俺は多分、深冬を守るとか言いながら深冬の行動の邪魔をしているだけだ。
それに気づいてしまった。
だからこんな風におどおどした娘になっちまったし、人と話すのもあまり得意じゃない。
守るとか言っておきながらその実、周りとの干渉を断ちすぎちまったんだ。
これは確実に俺の失態だ。
けどそんな中でも、深冬は柾樹には心を許してる。
そしてその柾樹は俺の大事な親友だ。
もし深冬が好きになる人が居るのなら、俺は……そいつが柾樹なら笑って祝福出来る。
そして俺の深冬に対する感情は『恋なんかじゃなかった』。
豆村 「俺さ、あのアパートから出ることにした。
親父ンとこに戻って、もっと自分を見つめ直すことにしたんだ」
深冬 「……うん」
豆村 「俺、昨日の出来事の中で自分がどれだけガキだったのかがよく解った。
事情も知らない、幸福の中で産まれたガキに
悠介さんや親父を馬鹿にする権利なんてなかったのに……。
だからさ、俺はあそこでもっと自分ってものを磨くことにした。
だからもう、俺はお前を守ってやれないんだと思う」
深冬 「みずきさん……」
豆村 「───だから。これからは柾樹に守ってもらえ。
あいつは俺と違って器用だし、案外喧嘩だって強い。
知ってるか?あいつな、
俺が深冬の傍に居られない時に自分が守ってやれるようにって、
体鍛えてた頃があるんだ」
深冬 「え……そうなんですか……?」
……そう。
あいつは恋愛感情が無い分、持っている感情を酷く大事にしている。
それは友情であり親切でありお節介であり。
自分が自分にしてやれることなんて限られてるってことを知っているあいつは、
あまり目立たないけど気が付けば誰かのためになにかをやっていた。
その生き方は酷く危うい。
いつかその親切を逆手に取られて後悔をしそうで怖い。
けど───多分、そんな後悔さえ飲み込んでしまえそうなくらいに、あいつは……
豆村 「……敵わねぇよなぁ」
誰かのために生きるなんて、俺には無理だった。
その結果、周りを引っ掻き回して迷惑をかけてばっかで。
昨日の自分はそんなことだらけで、俺はもう挫けてしまった。
けどあいつは周りに文句言われようが、
苦笑でもなんでもしながら結局は遣り遂げちまうんだ。
不器用な俺とは違う。
俺はただの……そう、力ばっかに囚われてた馬鹿野郎だったのだから。
力が無くても守れるものがあることに、ずっと気づけなかった。
豆村 「……恋愛関連に不器用なのは、親父譲りなのかもな」
けどそれが今は嬉しい。
今まで親父に似てるってことがあれだけ嫌だったのに。
今はどうしてこんなにも嬉しいんだろうか。
深冬 「わたし……が……柾樹さんの家に……」
俺の呟きなど届かなかったのだろう。
隣を歩く深冬は顔を赤らめながら、どこか嬉しそうにしていた。
……解っていたことだ。
きっと深冬は柾樹のことが好きなのだと。
それでも守るべき対象が奪われることが怖くて───
『……深冬のこと、どう思ってる?』
あんな、試すようなことを訊いちまった。
今はそれを後悔している。
あいつはきっと、俺に『妹みたいに思ってる』って言った時点でそれをずっと通すだろう。
たとえもし、深冬に対して恋愛感情が芽生えても。
……先に立つ後悔などありはしないのだ。
豆村 (……最低だ、俺……)
結局なにからなにまで迷惑をかけてばっかりだった。
大切な親友───俺のことを笑って許してくれたあいつを、俺は……
豆村 「…………」
今目を閉じても思い出せる。
初めてあいつに出会った時のこと。
転入してきて最初の印象は『どこまでもマイペースなやつ』だった。
頭は悪くないし態度も普通。
嫌な印象も無ければ別段秀でた部分もない。
言って見ればあまり目立たないヤツだった。
幼馴染と歩いていれば、目は自然と郭鷺のほうに向くってくらいだったし、
男子から見てみれば郭鷺のオマケみたいに見えてたと思う。
───でも、その見解はある日にあっさりと崩れた。
そう……とある日のことだった。
いつも一緒に登校し、下校する俺と深冬。
でもその日は面倒ごとに巻き込まれて一緒に帰ることが出来なかったのだ。
まあ、居残りだの掃除当番だのを散々サボってまでずっと深冬と一緒に登下校してたんだ、
そのツケが来るのも当然だ。
そんなわけでその日、深冬はひとりで帰らなきゃいけなかった。
そして、もちろんそんな事実を周りの下品な男子が見過ごす筈が無い。
男子たちは深冬がひとりで居ることをいいことに、囲んで詰め寄ったらしい。
そこのところは深冬から聞いたことだから、俺は事実を知らない。
そして詰め寄ったヤツってのが校内一のガラの悪さを誇る不良グループってやつだった。
当然、囲まれている深冬を見ても他のやつらは見て見ぬフリだ。
それも当然だ。
誰かを助けるために大人数居る場所に突っ込むのは馬鹿のすることだ。
もし俺に家系の力がなかったら、絶対にやらなかっただろう。
───でも。そんなことをする馬鹿が居た。……つーか居やがったらしい。
不意打ちでもかけてひとりでも減らしてからかかればよかったのに、
わざわざ声をかけて振り向かせてから正々堂々の勝負。
当然そんな正義ぶった馬鹿野郎をみんな笑ったらしい。
でもそいつの中に、そんな『正義』なんてなかった。
ただ見過ごすことなんて出来なかったから立ち向かった。
そいつは、本当にそれだけのためにやったんだ。
……当然、多勢に無勢でボッコボコ。
鼻血だって出してたし、勇んで出てきたにしては格好悪いことこの上無かっただろう。
それでも……ああ、そうだ。
そういうのは結局、最後まで諦めなかったヤツの勝ちなんだ。
最後にはあいつは全員ノシちまって、ボッコボコの情けない顔で深冬に……
『……ごめん。もっと強ければ、もっと早くに安心させてあげられたのに』
って謝ったんだそうだ。
……そんなことは問題じゃないってのに。
助けてくれたか見捨てるか───それだけの話だった筈なのに、
そいつは申し訳無さそうに謝ったんだそうだ。
───俺が駆けつけたのは、結局そいつが帰っちまったあとのこと。
深冬は家まで送られていて、申し訳なさと感謝の気持ちから、
泣きながらその馬鹿野郎のことを俺に話してくれた。
……もちろん、そんな馬鹿野郎のことが気にならないわけがない。
でも正直、最初は疑っていただけだった。
こうやって深冬に近づいて、あわよくばって……そんなことを思っていた。
豆村 (……それなのにな)
翌日に出会ったそいつは、腫れた顔をクラスメイトに笑われながら困った顔をしていた。
困った少女を助けたんだー、なんて口にすることもなく。
あんなことは最初から無かったんだって断ずるみたいに、あまりに普通に過ごしていた。
訊いてみてもバツが悪そうにして、
『えっと……母さんにボコボコにされた、かな』と苦笑するだけだった。
……あとで聞いた話だけど、
その時はそんな噂が広まって深冬が冷やかされるのが嫌だったんだそうだ。
一目見て、気の弱そうな娘だって解ってしまったらしい。
だから適当に誤魔化して、普通の日々を送っていたんだそうだ。
……ほんと、なんて馬鹿。
結局その馬鹿はその一件以来不良グループにからまれるようになって、
呼び出されれば律儀に呼び出された場所に行った。
……今でも思い出せば後悔するけど。
その時俺は、呼び出された理由が『実はグルだったんじゃないか』って認識さえしていた。
だからこっそりあとを尾行て様子を探っていた。
……でも、勘違いもいいとこだった。
そいつは大勢の不良どもが待つ場所までひとりで行って、その先でなにか話し合ってた。
その時こそ俺はやっぱりって思ったけど───次の瞬間そいつは不良どもに殴られていた。
今度は反撃もしない。
ただ突っ立って、殴られるだけだ。
馬鹿じゃねぇかって本気で思った。
でもその時、不良が笑いながら言った言葉を今でも忘れない。
『ヒハハハハ!馬鹿だコイツ!本気で倒れないように頑張ってンぜ!!
オマエ馬鹿かぁ!?俺達が本気でテメェなんかとの約束守ると思ってンのかよ!!』
続けざまに聞こえる声は、
“気の済むまで殴らせてもらって、その間一度も倒れなかったらあの女には手を出さない”
なんて意味の含まれる馬鹿みたいな口約束だった。
そして、それを信じて“大して会話したこともない相手”のために立っていたそいつ。
それでも……俺は馬鹿だったんだ。
俺はその、頑張って耐えてる姿を、
『深冬といい仲になりたいからそうしてるだけだ』なんて認識した。
───だから見捨てた。
助けることもしないで、ただ殴られてゆくそいつをずっと見ていた。
殴られて殴られて……
いい加減、殴るほうの不良どもの拳が痛くなっても立っていたそいつ。
先に殴ったヤツが休んでいる間にも別のヤツに殴られようと、そいつは立っていた。
利き腕で殴られる左頬なんて紫色に変色している。
だってのに、それでも倒れなかった。
次第に不良どもの方が怖くなっちまって、つまらない顔をすると去っていった。
そう……結局そいつは、くだらない口約束を守って本当に最後まで立っていたんだ。
豆村 (………)
その時だったっけ。
俺はもし深冬のことでこんなことになったら、黙って立ってられるだろうかと思ったのは。
いや……その前に『ふざけたこと言ってんじゃねぇ』とか言って、
狙おうとするヤツボコボコにしていたと思う。
今も前も、その答えは変わらない。
それから……そうそう、そのあとだった。
俺が初めて泣くほど後悔したのは。
俺はてっきりあのあと、適当に御託並べてそいつが深冬に言い寄ると思ってた。
ところがそいつは深冬に近づくどころか、深冬という存在の名前すら知らない始末。
顔がどれだけ腫れてようが学校に来て苦笑したそいつは、
俺の問いかけにやっぱり困ったように笑った。
当時、既にそいつと友達仲だった刹那は、
そいつを心配しながらもヘンテコな顔に笑ってたっけ。
会話的には───
『おい。お前が深冬に近づこうとしてあんなことやったのは解ってんだからな。
いいか、深冬に近づくようだったら俺がてめぇを───』
『……?深冬って誰かな。えーと、キミ、確か前に転校してきた豆村くんだったよね』
『へ……?』
『ぶっ!ぶはははははっ!!おまっ……お前っ、よくそんなツラで喋れるよなっ!!』
『刹那……怪我のことで人を笑うもんじゃない』
……って感じだった。
ほんと呆れた。
隣に居た友人らしき男───刹那に訊いてみても、『悪い病気だ』としか言わない。
本当に訳が解らなかったんだ。
あの時……いや、もっと前に解っていられたなら、あいつは傷つかずに済んだのに。
深冬 「……みずきさん?」
酷く情けない顔をしてたんだろう。
深冬が俺を心配そうな顔で見上げた。
俺はそれになんでもないって言って、ただ後悔の時を思い出していた。
……それからのことだ。
俺はまたセンセー連中に捕まり、居残り逃走絵巻のことで問答を繰り返されていた。
でもその日は深冬には『待っててくれ』って言ってあった。
ひとりで帰すよりはよっぽど安全だって思ってたからだ。
でも悪いことってのは重なるもので───
その日、学校に溜まっていた不良どもは目ざとく深冬を発見してからんできたらしい。
で……まあ。
掃除当番を他人に頼まれたどこぞの馬鹿野郎はご丁寧にそれを実行していて、
運良くなのか運悪くなのか、学校に残っていやがった。
それはいつかの蒸し返しだった。
そいつが掃除を終え、帰ろうとした時にその現場に出くわして───
ようやく顔の腫れが治ってきてたって時に、そいつは同じ行動を取ったのだ。
声をかけてから正々堂々。
不意打ちなんて卑怯をするでもなく、かといって正義を気取るわけでもない。
ただのお節介な馬鹿野郎。
そいつの顔を見た時、深冬は叫んだ。
その声は俺にも聞こえた。だから知ってる。
『やめて───もう放っておいてください!あなたが壊れちゃいます!!』
……そう聞こえた。
でもそいつは、不良グループを恐れることなく深冬を見つめると微笑み───
『だめだよ。だってキミ、そんなに震えてる』
そう言って、やっぱり苦笑したんだそうだ。
でも……言ったとおり、それは蒸し返しだった。
不良どもは以前の轍を踏まないように素早くそいつを羽交い絞めにすると、
嬉々とし笑いながらそいつを殴った。
もちろんそいつだって抵抗した。
現に羽交い絞めから逃れて、対抗して殴り合った。
でも所詮は普通の、それも並程度の学生だ。
多勢無勢はもちろんだし、
治りかけの部分への攻撃はひどくダメージの大きいものだっただろう。
とうとうそいつは倒れちまったらしく、深冬は泣き出した。
……そのことを、今でも俺は後悔する。
深冬を思うあまりに人間不信みたいになっていた自分。
俺は深冬の叫び声のことが気になって、
いてもたっても居られずに教師の制止を振り切って駆け出した。
そして辿り着いたその先では───
豆村 「っ……」
……そいつは、震える足で立ち上がっていた。
深冬を庇うようにして、『ごめん、俺じゃあ守ってやれない』って謝りながら。
……俺は馬鹿だ。
もっと、他人を知ろうとしていればこんなことにはならなかった。
不良どもは深冬を庇ってナイト気取りしてるそいつがムカついたらしくて、
さらにそいつを殴り続けた。
でも……俺にはもう解っていたんだ。
そいつはナイトになりたかったわけでも、深冬に好かれたかったわけでもない。
ただの……そう、ただの馬鹿なお節介焼きだったんだって。
だからこそ後悔した。
約束を破った不良を咎めることもせず、ただ立っていたそいつを見たその時にこそ。
いつか親父が言っていた、
誰かのために笑っていられるやつこそが、最高の友達になるって言葉を思い出しながら。
だからこそ泣いた。
突然走ってきた俺に驚く不良どもを殴り飛ばしながら、俺は後悔に襲われながら泣いた。
いつしか人を疑うことしかしなくなった俺は、
傷つきながら立っていた弱っちい馬鹿にこそ……廃れた感情を救ってもらえたんだと思う。
……そうして全てが終わった頃、
そいつは気が抜けたように尻餅をついて情けない溜め息を吐いた。
ボッコボコの顔に、ところどころにある青痣。
もっと早く気づいてやれたら、
他人をこんな風になるまで巻き込むことなんてなかったのに。
だから俺は涙のままに謝った。
自分がそいつを誤解していたこと。
そして、殴られていた時に見捨ててしまったことも、全て。
そしたらそいつは───
『自分が勝手にやったお節介でこうなったんだ、後悔は無いよ』
なんて言って……笑った途端に頬に痛みを感じて、ヘンな顔で笑ってた。
……その時だ。
ああ……こいつとならきっと、
こんなつまらない学校生活も楽しくやっていけるんじゃないかって思ったのは。
だから俺は、妙な照れくささの中で言った。
『……なぁ。俺達友達にならないか?』
って。
そしたらそいつはきょとんとした顔で、
『……え?俺、もうそのつもりだったんだけど』と焦った風に言った。
馬鹿な話だ。
なんでも、なんだかんだと俺が深冬のことで釘刺しに行く中で、
その馬鹿はとっくに俺と友達になっていたつもりだったらしい。
そこまで来て、俺はそいつの馬鹿さ加減に笑った。
もう、これでもかってくらい笑って笑って……
そうなったらもう、ボッコボコの顔で困った顔をするそいつでさえ面白く見てきて。
今までの鬱憤を晴らすかのように、涙を流しながら笑った。
そんな……嫌気も差すけど、大事な思い出が俺にはあった。
豆村 「………」
理屈とかじゃない。
俺は本気であいつを親友だと思っている。
それは時間なんか問題じゃなくて───
なんていうのか、あいつほど信用できる同年代の馬鹿はそう居なかった。
どうしてもこうしてもない。
本当は解ってる。
あの時の行動全てに、深冬が柾樹に好意を抱く要因は十分にあったのだ。
豆村 「───なぁ、深冬」
深冬 「え?えっと……なんでしょう」
豆村 「蒼空院邸はあとにして、柾樹ン家行こうか」
なんだか急にあいつの顔が見たくなった。
深冬もその提案には賛成のようで、少し嬉しそうな顔をして頷いてくれた。
豆村 「……確かにな。親父、悠介さん。俺、随分幸福な人生送ってこれてたみたいだ」
だったら神様ってやつに感謝しよう。
……あいつに会わせてくれてありがとう、と。
───……。
……。
ピンポーン♪
豆村 「柾樹ー」
…………。
豆村 「……ありゃ?居ないのか?」
試しにドアノブを捻ってみる。
するとガチャッと普通に開くドア。
豆村 「……?まあいいや、入るぞー」
深冬 「み、みずきさんっ……これ、不法侵入っ……」
豆村 「俺と柾樹の仲だ!オールオーケー!!」
ズビシィと親指を立て、いざ中へ。
深冬は律儀に玄関で立ち止まり、上がる俺を心配そうに見送っていた。
もっと遠慮なく構えればいいのになぁ……って、
だから……そうしちまったのが俺でもあるんだってばよ。
やれやれ……ほんと、先に立つ後悔なんて無いな。
豆村 「柾樹ー?まさオワッ!?」
それは。ダイニングルームにさしかかった時だった。
そこには空いた弁当箱が置かれたテーブルと、
その隣の床に両手両膝をつけて落ち込んでいる柾樹と刹那が……
豆村 「お、おいおい何事だよ……」
落ち込み様が半端じゃない。
というか物凄い欝オーラを感じる。
柾樹でもこんなことあるんだな……ちょっと新鮮だ。
豆村 「で……どうした?なにがあったんだ?奥歯にもやしでも詰まったのか?」
刹那 「お前っていっつもそれな……」
豆村 「セオリーってやつだ。それより柾樹、深冬が玄関で待ってるんだ。
落ち込んでるとこ済まんが入居許可を出してくれ」
柾樹 「───って、入居ってなにさ」
豆村 「ぬ?家に住むことの許可だが」
柾樹 「住っ───ちょ、待った。なんだそれ。豆村、お前いったいなに考えてんだ。
俺の一存なんかで深冬ちゃんを住まわせることなんて出来るもんか」
刹那 「否定はしないのな……」
柾樹 「事情も聞かずに否定なんて出来ないだろ」
刹那 「出た、柾樹節だ」
豆村 「そういや親父や悠介さんも言ってたっけ。
このままでいけば柾樹は絶対にアイツと同じになる、って。
凍弥、っていったっけ。紗弥香さんの親父さんと同じ名前の」
刹那 「あーあー、そういや見せてもらった映像の中にも居たな。
柾樹ばりのお節介な人がひとり」
豆村 「血は争えんか……」
柾樹 「そ、それは未来の息子の話だろっ!?
それに俺、佐奈木夕なんて女の人知らないぞ!?」
豆村 「ん、俺も知らん」
刹那 「俺知ってるぞ?親父の服屋に注文来てたの覚えてる。
制服の注文表についてた名前がそれだった」
ってことは、未来のまんまだと柾樹はその佐奈木とかいう女と結婚すんのか?
……イマイチ想像つかんなぁ。
柾樹 「と、とにかく。俺の一存じゃ決められないからさ。
そういうことは父さんか母さんに───って、母さんはダメか。
母さん、死んでることになってるし……」
刹那 「だったらいいんじゃねぇの?どうせ親父さんも居ないんだし、
親父さんが帰ってくるまでは住まわせて、帰ってきたら説明すりゃいい」
柾樹 「そっか」
あっさりと納得する柾樹だった。
そこには、親父さんが帰ってくるまで深冬とふたりきり、
ということを意識した様子はまるでない。
それは本気で『妹と暮らす』という風に構えた感じだった。
……さすがとしか言いようがない。
もし紗弥香さんがそこに乗り込んできたとしても、姉と暮らす程度にしか考えないだろう。
───っと、だったら郭鷺の場合はどうなるんだ?
豆村 「っとその前に事情説明しとくか。俺さ、親父ン家に戻ることにした。
だからアパートに住めなくなる分、深冬に負担かかるんだ。
だから柾樹、深冬のこと任せた」
柾樹 「そっか。そういう理由なら仕方ない」
これまたあっさり納得。
時々こいつの将来が心配になる───っと、そんなことよりちと質問だ。
豆村 「なぁ柾樹。もしここにさらに紗弥香さんが暮らすことになったらどうする?」
柾樹 「?本人が望むならいいんじゃないかな」
豆村 「じゃあ郭鷺も住むって言ったら?」
柾樹 「べつにいいけど。なにが言いたいんだ?豆村」
豆村 「………」
刹那 「………」
すげぇ。
いろんな意味で希少種だぞこいつ。
豆村 「なんつーかさ。意識したりはしないのか?」
柾樹 「なんでさ。幼馴染だし、前は同じ布団で寝たりしてたぞ?」
豆村 「む。となると一緒に風呂に入ったりとかは───」
柾樹 「ん……随分前に母さんに無理矢理入れられた」
ブシュウッ!
刹那 「ふがぁっ!!」
豆村 「ややっ!?どうした情報屋!大丈夫か情報屋!!
いきなり鼻血を噴き出すとはなにごとか!?」
刹那 「い、いや……ずばだい……」(訳:すまない)
柾樹 「あのね。本当に随分前の話だぞ。騒がれたって困る」
豆村 「解らんでもないが、情報屋にとっては刺激が強すぎたらしい……」
刹那 「すばぶ……でぃっじゅがりぶ……」(訳:すまん、ティッシュ借りる)
鼻に詰め物をする情報屋。
相変わらず郭鷺のことになると危険な野郎だぜ。
とか思ってるうちに柾樹は深冬を上がらせ、ダイニングへと案内した。
俺はそんな深冬へと早速話をもちかける。
豆村 「深冬、お前のここへの入居許可がたった今降りた」
深冬 「えっ───えぇっ……!?」
柾樹 「うん。よろしく、深冬ちゃん」
刹那 「……普通、こんなに早く順応する高校生って居るか……?」
居ない。俺でも無理だと思う。
だってのに柾樹は既に深冬を招き入れる気満々らしい。
というか既に家族として見てる。
……流石だ。
もしこいつが“櫻子おばあちゃんの孫だ”とか言われても素直に納得するに違いない。
人を招くことに妥協が無いところが異様に似てるし。
……などと妙に納得した時だった。
声 「柾樹さーん、起きてますかー?」
線の通ったような、よく通る発声が特徴の郭鷺の声がダイニングに届いた。
柾樹 「悠季美?」
なんだろう、という風にそれを迎えにいく柾樹。
ダイニングから返事をする気はまるで無いらしい。
そしてなにやらガヤガヤと話したのちに
声 「なに考えてるんですかっ!!」
郭鷺の怒号が轟いた。
接客で身に着けた高い発声が家に轟く。
さすが……物心ついた時にはウェイトレスだったのは伊達じゃないらしい。
柾樹 「怒鳴ることないだろ。アパート引き払うっていうんだから仕方ない」
悠季美「それでもです!だったら深冬ちゃんも一緒に帰ればいいでしょう!」
柾樹 「困ってる人がそれで助かるんだ、なにが不満だっていうんだ。
大体、なんで悠季美がそんなに怒る必要があるんだよ」
悠季美「うぐっ……それは───なんでもです!!」
柾樹 「だめだ。そういうの、俺が嫌いなの知ってるだろ」
悠季美「うぅぐぐぐぐ……!!」
とかなんとか思ってるうちに、喚きながらおふたり登場。
俺も刹那も、郭鷺の気持ちは解るからなんとも言えない。
つまるところ柾樹は鈍感すぎなのだ。
他から見れば一目瞭然な相手の気持ちをまるで解ってやれない。
や、そもそも気づけたとしても柾樹自身にそれを感じるものが芽生えてないから、
それを受け止めることは恐らく出来ない───というかしないだろう。
『好きじゃないのに相手を受け入れるなんて最低だ。
だってそれ、遊びとあまり変わらない』とか言いそうだし。
妙なところでカタブツっつーか、一本の筋が通ってるっつーか。
まあ、柾樹だしな。
柾樹 「それで悠季美。今日はなんの用で来たんだ?」
悠季美「うー……凍弥さんが朝食は鈴訊庵で作ったから、友の里に集まれって。
それを伝えに来たら……はぁ。一体何を考えてるんですか……」
柾樹 「なにって。普通に自分の考えめぐらせてるだけだけど」
悠季美「超がつくほどの天然お節介ですよね、柾樹さんって……」
豆村 「同感ー」
刹那 「同じく同感ー」
柾樹 「うるさいな、行くなら行こう。待たせちゃ悪い」
豆村 「そだな。んじゃあ行くか───っとそうだ。深冬」
深冬 「は、はい……?なんですか、みずきさん……」
豆村 「今日中に荷物こっちに運んじまうからさ。
大荷物になりそうなら転移できる人に言えよ?ああ、もちろん俺でもいいし」
深冬 「うん……」
深冬はどこか寂しそうに俺を見た。
けど小さく拳を固めると、もう一度『うん』と頷き、小さく笑ったのだった。
……これでいい。
こうやって、少しずつ物事に順応していけば、
いつかは元気に笑ってくれる時が来るだろう。
たとえその笑みが俺に向けられるものじゃなくてもいい。
それは俺の責任なんだから。
だから今は笑顔で。
───さようなら、俺の初恋。
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