───架空と現実の蒼の下で/仰ぎし狭間の夢───
【ケース859:中井出博光/現在を生きること】
…………ザァア……ァアアア…………
…………サァアア…………アァア……
…………ふと、風の音を聞いた。
すぅ、と息を吸ってみれば、暖かく柔らかな自然の香り。
森林の中で偶然見つけた日向の中に居るような、
とても暖かな世界に、自分は居るようだった。
……自分は生きてるのか死んでるのか。
まず目に入った自分の血まみれの手を動かしてみて、その感触が現実的であることに驚く。
そして……痛む体を起こしてみると、風穴が空いていた腹は綺麗に治っていた。
中井出「……、あれ…………俺……確か……」
フェルダールの爆発に巻き込まれて、死んだんじゃ……
いやそれより、ここは……?
中井出「………」
すぅ、と息を吸うと、肺を満たす自然の香り。
そして、見渡す限りの花々と背の高い草たち。
風が吹く度にマナの……緑色の粒子が綿胞子のように飛び交い、
蒼の空の下、淡く光る緑色の景色が俺をやさしく包んでいた。
中井出「…………ここ」
確信に至る。
つまり俺は死んじゃいなかった。
最後に俺を包んだ光は爆発の光なんかじゃなく──────ガサッ……
中井出「ん───」
物音。
視線を動かすと、高い草花を少し困った顔をしながら掻き分けて、
俺の方へ真っ直ぐと寄ってくる姿があった。
それは───
悠黄奈「あ……博光さんっ!」
……それは。
妖精の世界に行ったはずの、悠黄奈さんだった。
つまりここは───
中井出「は、はは…………だぁくっそぉ!謀られたわぁああああっ!!!」
悠黄奈「ひゃあっ!?」
頭を抱えて叫びました。
いやだって……ねぇ!?こんなんアリですか!?
俺絶対死ぬと思ってたよ!?
つーかルドラも俺が死んだと思ったから、
俺が光に包まれた先は見ても無意味だって思ってたんだろうし!
それが実は続きがありましたよ、なんて───ぬああああ!!
などと頭を抱える式のデンプシーロールをやっていた俺に、
ドカァとぶち当たってくる謎の感触を感知!
……悠黄奈さんにしては小さいね、どういうことなの?
と見てみると、我が腕にしがみついて涙ながらに笑顔を見せる……マールさん。
中井出「おおマール!博光の可愛いマール!!」
思わず抱き締め!
でも小さいから潰れちゃわないように、しっかりと気を配って。
中井出「あれ?でも何故?このフェルダールは潰れたんじゃ……」
間違い無く、あの塔を最後に崩壊したと思ってた。
なのにどうして?
エィネ『忘れちゃったんですか?博光さん。
この世界はフェルダールとは違う世界だ、って、前に教えたじゃないですか』
中井出「おおエィネ!───って、あ…………アア〜〜〜〜〜〜ッ!!」
い、言われてみれば〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!
って、エィネ!?エィネも居るの!?
ってそうか、考えてみりゃあ妖精たちは鎧を清めるためにこの世界に……
中井出「そっか…………はは、そっかぁ…………あぁ、よかったぁ……」
失ってしまったと思っていたものが、まだ残っていた。
それが嬉しくて、俺はマールを抱き締めたまま尻餅をつくように座った。
力が抜けたんだと思う。
しかしのんびりともしてられないだろう……つーか……待って?
中井出「えーとさ、悠黄奈さん?この世界って───」
悠黄奈「……小声で話さなくても大丈夫ですよ、博光さん。
もうみんな、自分がゲームの世界の住人だって知ってます」
中井出「え?」
ドキリとしたのちにエィネを見ようと視線を動かすと、
俺の周りには妖精全員が揃っていた。
そして、俺を見る全ての目がこくりと頷く。
エィネ『さすがに驚きましたけど……
博光さんたちが、死んでも生き返る理由が解りました』
レアズ『ふむ……自分が架空の存在だと認めるのは、なかなかどうして……』
マール『でも、それならと覚悟も出来たんですよ?
……わたしたちは、博光さんと一緒に戦いたいです』
中井出「……き、貴様ら……」
悠黄奈「いえあの……この場面で“貴様ら”はないんじゃないでしょうか……」
仕方ないじゃない、性分なんだから。
でも嬉しかったのは事実で、博光感激!って感じです。
マール『本当に……本当に心配したんですからねっ!?
フェルダールが消滅していっていることを神父さんが教えてくれて、
博光さんが塔の最上階で死にそうになっていることを知って!
銀水晶のネックレスの力で引き込んでみたら、
生きているのが不思議なくらいぼろぼろでっ……!』
中井出「ぬ、ぬぅ……」
悠黄奈「本当ですよ……?もうマールさん、
泣きすぎて死んじゃうんじゃないかってくらい、ひどく取り乱してたんですから」
マール『うう……』
中井出「《じぃいいん……》マール……ああマール!貴様というやつは……!」
マール『《なでででで!!》ひゃぁあぅううう……!!』
嬉しくて撫で回しました。
いやぁ可愛い!そして心配される今を生きてる自分が嬉しい!!
生きてた……そう、生きてたんだ。
俺……生きてた!生きてた……!!
中井出「───悠黄奈さん、この世界から地界に出られる?」
悠黄奈「はい。ルドラの力はこの世界にまで及んでいませんから。
……もちろん、わたしも博光さんと一緒に行きますよ?」
中井出「うむ!むしろここに残るって言ったら灼闇で無理矢理飲み込んでたさ!」
悠黄奈「おっかないこと言わないでください!」
言いながらも、受け入れてくれた。
妖精達も、俺の体が完全に治り、ユグドラシルの枯渇が癒され、
再び霊章にマナが篭っているのを確認すると、霊章の中へと戻っていった。
中井出「…………」
そして、俺だけがこの草原に立つ。
悠黄奈さんも霊章の中へと潜り、マールも潜った今、
この世界には俺だけが───…………いや。そういえば、そうだったな。
神父 『……話は、済んだか?』
中井出「神父……貴様、ゼットと一緒に外に出たんじゃ───」
神父 『忘れたか?契約の指輪はラスペランツァの最上階の壁に阻まれ、置いていかれた。
その時点で私はこの場に飛び、世界の終わりを待っていた。
今は……契約の指輪はお前の中だろう?』
中井出「あ…………」
そうだ。
晦の雷の契約の指輪を始め、全ての武具はあの場に遺されていた。
そして、その全てを融合させ、装備した今の俺は───
神父 『……よくぞ、人の身でそこまで至ったな、“覇王”。
約束だ。お前に、全精霊の宝玉と力をくれてやる』
中井出「神父……」
……神父は忘れていなかった。
今まで見せたこともないような、
慈しみに満ちた……それこそ神父という名が相応しい笑みで俺を見て、
その手に精製した全ての宝玉を、自分の体ごと俺の霊章に流し込んだ。
中井出「ぬおわっ!?なななにをなさるの!?」
声 『融合をしただけだ、いちいち騒ぐな鬱陶しい』
中井出「いや鬱陶しいってキミ、そんな……」
何気にひでぇよこの神父……あ、それは前からか、ごめんなさい。
声 『さて……ふふふ。結局は全てがお前のもとに揃ったか。
武器も、防具も、精霊も、信頼も。
感謝をしよう、中井出博光。お前が散々と楽しんでくれたからこそ、
私達“創られし者”は存分にこの世界を楽しむことが出来た』
中井出「…………ん。そりゃ俺もだ。よく創られてくれた。お陰で楽しいよ」
声 『───……楽しいよ、か。過去にしてくれないのだな、お前は』
中井出「一緒に居てくれるんだろ?だったら───これからも一緒に楽しもうぜ?
ここまで来たら仲間だろ?俺達」
声 『………………感謝を。お前が居てくれて、本当に報われた』
……歩き出す。
自然が動き、草花が道を作ってくれる中、ゆっくりと。
草花の動きの早さに合わせるように歩き、歩き…………やがて辿り着いたそこは───
中井出「……選定の祭壇?」
英雄の武具がある祭壇だった。
いつかとなんら変わらずに存在するそれ。
けど、儀式を行っていたためか、どこかさらに神聖味が増している気がした。
……おいおい、と思ったけど、
自然は別の道を許さないみたいに祭壇の階段にだけ続いていた。
中井出「………」
仕方なく段差に足をかけ、登ってゆく。
一歩一歩、確かに踏み締めて。
やがて祭壇の頂上、武具が安置されている場に着くと…………
息をひと飲み、恐る恐る石碑に手を伸ばす。
今まで何度かやっても全部赤、勇者として認められることはなかった。
それが今更認められるわけもない。
事実、俺が石碑に触れた途端、石碑は赤く光り……………………?
蒼……蒼?どうして───
……ゴコッ……キィイイ……
石碑が蒼く光るや、武具を包んでいた薄い光が鮮明なものへと変化する。
金色の光だ……見ているだけで勇気が湧いてくるような、
そんな心強いものが目の前にあった。
中井出「…………」
手を伸ばす。
そっと触れ、一度離してから……もう一度、今度はしっかりと。
途端に、頭になにかが流れ込んで来て───
声 『……死へ誘われんとした刹那にも、生きることを諦めぬ汝……
その勇気を称え、我が武具を汝に託す───』
───あっという間に消え去ると、俺がどうこうするまでもなく武具は砕けるように散り、
俺の霊章へと自らを溶け込ませてゆき───刹那。
中井出「ッ───!……う、おおっ……!?」
信じられないほどの力が俺の中で渦巻き、
溢れ出す意思、力が体を突き抜け、光となって体を覆う。
中井出「…………」
力強い。
思わず身震いするくらいの力に包まれて、
安堵こそすれ、恐怖なんてものが吹き飛んでゆく感じ。
けど、それでも慢心の心なんて生まれない自分は、きっと臆病に違いないと笑い飛ばした。
中井出「……アハツィオン、か……」
とんでもなかった。
この武具は巨人族に伝わるアハツィオンの武具。
ゲームの中の斉王みたいな存在じゃない、
正真正銘、太古の時代にてレヴァルグリードとまともに戦ってみせたという英雄王の遺産。
その意思が、力が、器詠の理力を通して俺に流れ込んでくる。
……生半可な勇気じゃ認められない筈だ。
ノートン先生め、こんなもんを用意してるなんて……!
中井出「けど……」
うん。
多分、アハツィオンに認められるヤツが居ればいい、程度の考えだったんだろう。
こうして認められる者が出るなんて思ってもみなかった筈だ。
俺だってこうして、体の中から力が溢れてくるまでは、どうせ……とか思ってたくらいだ。
中井出「………」
俺に、能力的な上乗せがあったってなんの解放もしてやれない。
けど、武具として受け取るのなら、俺はそれを100%引き出してやることが出来る。
声 『乞え、汝よ。我、アハツィオン=イルザーグの名の下、
どんな戦、どんな願いをも勝利に変え、叶えてみせよう』
……武具が願う。
武具に宿りし英雄王の意思が、俺に願えと。
ならば、俺がすべきことは───
中井出「仲間になってください」
声 『…………』
あれ?
声、止まった?
声 『…………こ…………乞え、汝よ。我、アハツィオン───』
うおっ!?なかったことにしやがったこのヤロ!
中井出「仲間になってください!
利用するとか絶対に勝利に導けとか、そんなのどーだっていい!
仲間になってください!僕達と───一心同体に!」
声 『……ま、待て。どれほどの眠りから目覚め、
今こうして他人に力を貸してくれようと思っていると思う。
我は戦の時を生き、英雄と呼ばれた男。ならば儂───』
中井出「仲間になりなさい!なれコノヤロウ!」
声 『…………認めたこと、撤回してもいいだろうか』
中井出「フホ?ゲボルハハハハハッカッカッカッカ……!!
オイオイやべぇよこの英雄……自分で言ったこと撤回しようとしてるよこの英雄」
声 『ぬぐっ……!な、汝───』
中井出「……あーのさ、俺はなにも忠誠を誓え〜とか言ってるんじゃないんだ。
気軽なもんでいい。仲間に……“一緒に戦う誰か”になってくれって言ってる。
痛みも悲しみも、苦労も喜びも、そして“楽しい”も、全部共有できる誰かに。
だめか?そんなに無茶な願いを言ってるつもり、ないんだけどな」
声 『…………』
声は一度途絶える。
誇り高き巨人族の、それも初代英雄王。
普通に考えりゃあ頷く筈もないが───
声 『……ふむ。既に死した我がこうして口を開けるのも胡蝶が夢ならば、
そんな夢の中で人の子に振るわれるもまた夢がひとつ、か。
では容赦も要らんな。───小僧、名をなんという』
中井出「中井出博光。全てに忘れられた、ただの地界人だ」
声 『───忘れられしことを嘆くは過去に納め、胸に抱いておけ。
これからは我ら武具に宿る意思が、
汝に宿る仮初の世界の証こそが、汝の全てを記憶しよう。
……剣を取れ、中井出博光。汝を、我を振るう者と認めよう』
───ここに、契約を。
アハツィオンがそう言葉にすると、黒かった霊章が金色に変わる。
次いで、金色の霊章より金色の炎が溢れ、俺を眩しく包んでゆく。
けれど熱は感じず、むしろ……───
森林に吹く穏やかな風に身を任せるようなやさしささえ感じて……
───汝の願いを叶えよう。
───汝の理想を叶えよう。
───だが知れ。
───我が武具は人の手で扱い切れるものに非ず。
───その力全てを解放し、限界を越えし時。
───汝は───
バヅンッ───
視界が突然暗転。
なにも見えなくなり、けれど突然、どこかの風景が胸の奥に湧き上がった気がした。
それはゆっくりと頭へと移り、静かに…………
───……。
……。
───声が……聞こえた。
俺を呼ぶ声。
暖かくて、懐かしくて、嬉しくて、楽しくて……
ただただ幸せだけがそこにあると信じて疑わなかった頃の、あの声が。
目を開けなくちゃ───みんなが呼んでる……
瞼を開ける。
眩しい日差しに一瞬、目が眩む。
だけど手で影を作ると目を開いて、あたりを見渡した。
呆れたような顔で、彰利が覗き込んでいた。
俺は眩しい陽の差す教室で、横倒れになって気絶していたのだ。
ああ、そうだ……そうだった。
仲間になったばっかのみんなで、教室内でやる野球、部屋球してたんだっけ。
彰利が投げた球を晦が打って、それが俺の顔面に……
どれだけ気絶してんだお前、と彰利が笑う。
その顔はどこまでも無邪気で───俺を見下ろす連中も、素直な笑顔で笑っていた。
その顔がまぶしくて、俺も笑い、みんなは声を出して笑いだした。
途端、廊下の奥から怒鳴り声。
なにが、と思うより先に割れた窓を見て、
俺達は特に申し合わせることもせずに一斉に逃げ出した。
少年心に、チリチリとした緊張感をもって。
だけど、みんながみんな、悪ガキみたいな純粋な笑顔で。
そんな中で、二つの手が伸ばされた。
前を走るそいつらは、やっぱり眩しいくらいの笑顔で───
さあ、いこうぜ提督
俺達三人が居れば、きっとどんな困難だって越えていける───
その言葉を、唱えた。
いつか子供心に描いていた、集団で居ることの強さ。
僕らは強い、僕らは無敵だ、大人だって怖くない……
そんな強さを孕んだ無邪気さが、そこにはあった。
だから、俺はその手を───
……、ざ……っ……
───。
声が遠くなる。
二人以外はどんどんと遠ざかり、
手を伸ばした二人だけが、立ち止まった俺とともに止まった。
投げつけられる戸惑い。
でも俺は小さく首を振って、小さく唱えた。
「……悪い。行けない」
その手を取って駆け抜けていけたら、それはどれだけ楽しいだろう。
辛いことも悲しいことも忘れて、ただいつまでも“記憶”とともに笑い合う。
あいつらが何処かへ置き忘れてしまった“俺との記憶”だけとともに。
「早くしないとセンセが来るぜ」
……彰利の声は穏やかだった。
どこか、俺がそれを選んでくれたことを喜んでいるように。
差し伸べられた手もそのまま。
耳を澄ませても、俺達を追う足跡なんて聞こえやしない。
それでも、その手を取り……駆けていったら、俺はきっと、ずっと笑っていられる。
それが叶う場所がこの先にあるんだと、なんとなくだけど解っていた。
だけど、手を取らなかった。
ただ“ありがとう”と呟き、来た道を戻ってゆく。
廊下を歩き、この夢に初めて降りた時に立っていた場所を目指した。
学校の始まりは、校門。
思えばいろいろなことがあったな、なんて思いながら、
みんなが忘れてしまった、“俺との記憶”が作り出してくれたこの世界にさよならを。
いっぱい勇気もらったから。
いっぱい覚悟できたから。
だから───じゃあな。
校門前で学校に振り返って、頭を下げた。
原沢南中学校───俺達が一番俺達らしく在れた場所。
顔をあげて、しっかりと目に焼き付けて……歩き出す。
背を向けて、まだ出来ることがある筈だと。
───なんて思ってたら、背中に衝撃。
「ゲヴォオハ!?」
思わず素で喋ってしまうくらいの衝撃!
ホワイ!?誰!?こんな空間でシリアスぶち壊しにする勇者は!
「何処行く気だてめぇ!」
「俺達三人居れば、なんでも乗り越えられるって言っただろうが!」
振り向けば、晦と彰利がそこに居た。
なにがなんだか解らなかったけど、とりあえずなにか言い返してやろうかと思った。
……ら、また差し出される手。
「───ほら、手」
「……行こうぜ、中井出。お前が行くなら俺達も行く。───仲間だろ?俺達」
「───」
…………。
なにが悲しかったんだろう。
なにが嬉しかったんだろう。
そんなことが理解出来るより先に、涙が頬を伝った。
そうだ……一人で、なんて気負う必要なんてなかった。
だって、彼らが忘れた想いはここあって、
俺は……俺達は、想いを力にする戦士なのだから。
「おぉっと俺達を忘れてもらっちゃ困るぜ?」
「なんのあちきもどすこい」
「行こうぜ、提督」
「な、提督」
「拙者らの力を合わせれば、なにも怖いものなどないでござる」
「……提督、ごー」
二人の手を取ろうとした時、校舎から歩いてくる影。
震える視線を動かせば、そこには───原中迷惑部の面々が。
「……だとさ。どうする?提督」
「行こうぜ、一緒に。外のアタイらはお前のこと忘れっちまったけど───
俺達は忘れない。いつまでだって、お前と一緒に居てやれるんだ」
「我ら原メイツ、想いの力となり貴様を助けましょう」
「こんな時まで貴様って!感動ブチ壊しだねほんともう!!」
「ワー、泣きながら言われたって怖くねィェー」
仕方ない。
こんなに嬉しいのだから。
だから俺は───円陣を作り、その中心に手を伸ばした。
けど───
「ヒロちゃん……ごめんね。いっぱい、悲しい思いさせちゃったよね」
一人、作られた円陣に入ってこようとしなかった麻衣香が、
怯えた子犬のように震えているのを見つけると、近寄ってズパァン!
「っ!!」
思い切りビンタをした。
そして、避ける気もなかったらしい体勢を崩した麻衣香の手を取り、無理矢理引っ張る。
急に引っ張られた麻衣香は、体勢を立て直せないままに俺の腕の中にすっぽりと納まり、
他の男のもとへいってしまった罪悪感からだろうか。
ふるるっ……と震え、涙を流して俺を押し退けようとした。
それをさせないように強く強く抱き締めて、頭を撫でた。
「……辛くなかったって言えばウソだよ。けどさ、俺はもう十分に楽しんだから。
だから、ありがとう。泣いてくれるくらい、好きになってくれて」
「───!……ヒ、ロ……ヒロちゃ……ぁん……っく……うぁあああ……!!
ごめ……ごめんね、ごめんなさい、っ……ごめんな《ドゴォン!》さぴぃっ!?」
『ゲエエデンジャラスアーーチィイイーーーーーッ!!?』
「でもそれとこれとは別なのでこれでチャラです」
本格的に泣き出した麻衣香をM-11型デンジャラスアーチで大地に沈め、
むくりと起き上がった僕は、悶絶する麻衣香を叩き起こして円陣の中に放り込む。
そうした上で円陣の中に潜り込み───
「なんか……感動の場面とかいろいろ滅茶苦茶な……」
「今更デショそげなもん。アタイらが集まって、感動なんてものがあるわけねー」
「……そら、そうだわな」
苦笑が笑いに、笑いが爆笑に変わる頃。
俺は円陣が結ぶ手の一番上に手を置いて、口を開く。
「……多分、これを口にするのはこれが最後なんだろうな。
なぁみんな……俺、幸せだった。この中学に来れて、お前らに会えて。
世界中、って視点からみればちっぽけな場所だけどさ。
それでも俺───こんなあったかい場所は、他にはないって思えた。
そんな中でお前らに出会えて、一緒の時間を過ごせたこと、誇りに思える」
「提督……」
「ありがとな、みんな。俺、みんなに会えなきゃ弱いままだった。
ばーさんが死んで、両親が死んで、じーさんが死んで───
一人ぼっちになって、きっと泣いてた。
世界の歩き方も知らないままに家を差し押さえられて、
一週間もしないうちに死んでたんだと思う。
楽しいことばかりじゃなかったけど───でも、お前らに会えた。
俺には多分、それだけで十分だったんだと思う」
「中井出……」
「俺、みんなのこと好きだ。こんなに馬鹿で間抜けであったかいやつら、他に居ない。
っ……お前らに会えて、馬鹿やってきたこと、本当にっ……本、当にっ……!」
声が震えた。
線だった涙は伝う箇所を増やし、頬はもうびちゃびちゃだった。
「〜〜〜っ……原中が提督が命ずる!!」
『っ……サーイェッサー!!』
「これより最終決戦に向け、命を賭けた戦いに赴く!!」
『サーイェッサー!!』
「次こそ死んでしまうかもしれない!殺された瞬間、思いも霧散してしまうだろう!
それでも───それでも俺と一緒に来てくれるか!?
俺の手をっ……俺の手を掴んだままで───仲間のままで居てくれるか!?」
『サー!イェッ……っ……
当たり前だぁああああああっ!!!』
がっと手を掴まれた。
全員が全員、俺の手を、腕を、体を掴む。
「っ……くしょう……!ちくしょう!なんでこんなことになっちまったんだよ!!」
「あんなことがなければ、俺達提督のこと忘れたりなんかしなかったのに!!」
「こんなことがなければ、死ぬかもしれないなんて怯えなくても済んだのに!」
「俺っ……あんたとまだやりたいことがいっぱいあった!」
「まだまだ一緒にやりたいことがあったのにっ!!」
「ここに居るみんなで、もっと、疲れるぐらいに笑ってたかったのに!」
涙が溢れた。
全ての仲間たちが心から慟哭して、泣き叫び、悲しみを分かち合って───
そんな輪の中に、一人、また一人と近づいてくる人達が居て……
「こんな時、人は親友になんと声をかけるんだろうな……」
「なんでもいいんだよ、ゼットくん。きっと、なんでもいいんだよ」
「提督さーん!俺も行くぜ〜〜〜〜っ!」
「アンタは少し黙ってなさい!
……やっほ、提督さん。わたしたちも混ざりに来たわよ」
「来流美ちゃん、そんな頭ごなしに怒鳴らなくても……」
武具に宿った意思の数だけ、この輪を包んでくれる人達が居て───
「……父上。僕らも」
「ヒロミツ、みんなで行くのじゃ」
想いを届けてくれるヤツらが居て───
「いこう?パパ」
「大丈夫ですよ、博光さん。……わたしたちが、自然が、ついてます」
想いを受け止めてくれる人達が居て……
「…………ほら。いこうぜ提督」
「もう三人なんてケチくせーことは言わねー!
アタイら全員で行って、世界……変えちまおうぜ!?」
「き、貴様ら……」
自分を囲う人の輪が、こんなにも暖かくて、嬉しくて───
「……ああ───うむ!!ではこれよりくそったれな最果ての破壊を開始する!
皆、想いをひとつにし、俺達の未来を手に入れるために力を貸してくれ!
イェア・ゲッドラァック!ラァアアイクッファイクミィイイイイイッ!!!」
ザザァッ───!!
『Sir()!!YesSir()!!』
ならばその全てを受け止めた上で、俺は俺の未来を手に入れよう。
この、一歩先ですら解らない世界の下で、
ただ一人の人間として、幾多もの意思とともに───
───……。
……。
…………そうして、ふと目を開ける。
最初に見えたのは眩しいくらいの白の天井。
見渡してみれば、俺は…………見知らぬベッドの上に寝かされていた。
中井出「ここ…………蒼空院、邸……?」
ぎし、と軋むベッドの感触を確かめながら、自分が生きていることを再確認する。
起きようとして、すぐにぎしりと体が固まる感触を覚える。
ずっと寝ていたためのナマリだろう。
けど、そんなものはすぐに……まるで体が生まれ変わるみたいに、かしゃんと砕ける。
中井出「………………」
霊章は金色のまま。
そんな手を見下ろしながら、体を起こして歩き出す。
……廊下に出て、晦の部屋へ戻って。
そこに誰も居ないことと、ヒロラインの基盤が放置されたままなことを確認すると、
残されたそれを金灼()……金色の灼闇で包み、融合させる。
これは、俺や武具やナギーやシード……ゲームの中のみんなが生きた証だ。
いつかノートン先生に消されるかもしれないなら、この博光とともにあってもらおう。
そう思って完全に融合させると、俺は外を眺めた。
きっともう、始まってる。
昂風街からじゃ月詠街の戦いなんて感知できるわけもないけど、そんな予感はあった。
中井出「…………よし」
じゃあ、と……窓を開け、窓枠に踏み出したドンナーに力を込めて外へ。
庭に着地すると、とことこと歩いて癒しとマナの大樹をやさしく撫でる。
中井出「……お前らは覚えててくれてるのかなぁ」
少し笑いながら言うけど、口にしてみれば物凄く寂しくて、悲しくなりました。
……もう、行こう。
“未来の先”には来ることが出来た。
ここから先は本当になにも解らない夏の先。
俺は辿り付けないかもしれなかった、俺が目指した未来だ。
でも、ここで負ければ全てが同じ。
ここで負ければなにも変わらない。
中井出「せっかくゲーム世界から送り出したってのに……勝手に死なれちゃたまらんわな」
だから行く。
変わらずの自分のエゴのために。
それでいい、それがいい、だからいい。
俺の標は“自分のため”。
その行動で誰かが笑ってくれるなら───
中井出「そんな幸せなこと、他にないもんな───!」
死にかけたばっかりなのに元気だなぁと自分でも呆れるけど……
今逃げれば、死にかけた意味がなくなる。
晦たちだけで何とか出来てるならそれでもいい。
けどそうでないなら、我が武器の武力、存分に振るっていこう。
そして、黒の夢という“封鎖された現在”の“中”から“出()でる”ために。
くそったれな常識ばかりに囚われた“井の中”から出でるために。
中井出「───さあ。中井出を始めよう───」
己の姓を唱え、飛び出した。
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