───神々の黄昏/皇竜の翼───
【ケース861:弦月彰利/破壊する者】
ガガガギガッゴッガギャアアンッ!!!
彰利 『おぉおおおらぁああああああっ!!!』
光速で放つ攻撃が火花を散らす。
篭手と具足が風を切り、振るわれるラグがそれを弾く。
間を縫うように放つアルファレイドや剣閃が体を打ちつけ、
それでも引くことを知らないように、互いの思いをぶつけるように……戦いは続いていた。
ルドラ『《パァンッ!!》つっ!?』
顔面にクリティカル。
すぐに体勢を固め、思い切り振り切る拳が衝撃波を広げながら、炸裂する。
一度好機を得れば止まらない。
当てられる限りに当てるつもりで、拳の弾幕を張ってゆく……!!
ルドラ『シィッ!!』
彰利 『《ゴギィンッ!!》っとぉっ!!』
嬉しい誤算があったといえばあった。
ルドラの武器ラグナロクは、かつて空界でゼットを倒した時のままのもの。
ヒロラインも通ったんだろうが、ゲーム世界のものを混ぜることを嫌ったのだろう。
振るわれても篭手や具足で弾くことの出来る切れ味だった。
……ただし問題が在るとすれば持ち主の馬鹿力。
ガード越しでも体に衝撃が徹り、正直結構キツい。
黒で衝撃を緩和してもこの有様なのだ、たまらない。
それでも攻撃の手は緩めない。
隙なんて探す余裕もなければ、そんなものを見せてくれるほどやさしい相手でもなかった。
彰利 『《ザンッ!》いづっ!やろっ───!』
ルドラ『《バガァンッ!!》ぶっ……!くおっ───!!』
頬を切られれば頬を殴り、腹を蹴りつければ腹を切られ。
一進一退などなく、ただひたすらに一進のみを追求するが如く、
体術と剣術は互いを傷つけ続ける。
ただ只管に、ただ只管に、ただ只管に───!!
ゲーム内という枷から外れたダークマターは、もうずっと九頭竜闘気を解放し続け、
それで殴り続けているというのにルドラは多少程度しか怯まない。
殴り、斬られ、蹴り、吹き飛ばされ、吹き飛ばし。
一分のうちにどれだけの撃を打ち込んだのかも、
数えるのが馬鹿馬鹿しいほどに体を振るった。
そこまですると互いに動きの癖というものが見えてくる。
いつしか喰らうばかりだった攻撃も少しずつ躱せるようになり、
その間隙を縫っての攻撃が敵に当たるや、連撃をお見舞いし───逆に躱されてしまえば、
そこから相手の連撃が始まるという、まるで終わりのない攻防が続いていた。
いや……終わりならある。
俺が死ぬか、相手が死ぬか。
ただそれだけしかない、“殺し合い”がコレなのだ。
バガァンッ!!
ルドラ『ぐっ───ちぃっ!!』
黒対黒。
光を対象外にすれば、これほど終わりのない戦いはない……そう思われるだろう。
だが黒と黒の戦いは、黒同士を殺す。
光が闇を消し、闇が光を覆う……そんな話ではない。
黒で黒を攻撃すれば、翳るとか切り裂かれるとかそんな甘い結果ではなく、死ぬ。
それこそ人と人が殴り合いを続けるようなもので、
故に───もし勝てたとしても、多分俺は……黒の能力を一切失うだろう。
千年を生き、その果てに手に入れたこの能力……俺の生きた証とも言える片鱗。
スッピーの協力により具現したこの能力。
それが、ルドラと戦うことで削られていっていることを実感していた。
死んでも勝っても、結果は変わらないのだと。
だったらせめて勝たなきゃ、自分が生きた千年に顔向け出来ねぇよな───!!
バパァンッ!!ガッ!ガゴォッ!!
ルドラ(ぬっ!ぐっ!……動きが変わった───!?)
今まで散々と使ってきた行動を変化させてゆく。
が、ルドラが悠介の最果てなら当然、“アレ”がある。
ガガガガガガガァッ!!!
……予想通り、動揺を突いての連撃は、予測されていたかのようにガードされる。
相手の行動の一歩先を見据える“千里眼”の能力によって。
しかしパァンッ!!
ルドラ『づっ───!?』
こちらは光速拳。
一歩先を見たところで、反射速度の先を行く攻撃をいつまでも読みきれるわけもない。
読んだところで、反応が間に合う筈もない。
真紅眼になったルドラはさらに読もうとするが、それはやがて全て間に合わなくなる。
なんのことはなく、俺が“速度を上げた”故だった。
ルドラ『速度が……!?馬鹿な《バパパパアァンッ!!!》がぁあっ!!』
殴る殴る殴る……!!
速度を上げ、さらに上げ、“光速”の名に相応しい速さを以って殴りつける!!
拳が当たるか当たらないかの間合い、速度が一番解放される距離から殴り、
それ以上近づきもしなければ離れもせずに殴りまくる!!
九頭竜闘気の力を“破壊力”ではなく“速度”に回すという、
ヘタをすれば関節が闘気に負けて潰れかねない方法での速度UP。
黒だからこそ出来る芸当であり、
むしろ諸刃と言ってもいいくらいに関節部分の黒は散っていっている。
だがそれがなんだというのだろう。
どうせここで負ければ全てが終わるというのなら、出せる力を出していくのは当然だ。
たとえそれが、諸刃の剣だとしても。
諸刃の剣……剣ってフツー諸刃だよね?
彰利 (…………よし!この技の名をグレートソードにしよう!!)
なんて思った瞬間だった。
俺の胸の……ずっとずっと奥の方で、なにかが暖かく動いた気がしたのは。
いやあの……よく解らんけどどうしてグレートソードに反応しますか?
【ケース862:晦悠介/全ての始まりにして終わりなる者】
人が出せる速度には限界ってものがある。
鍛えて人知を超えようと、それは必ず存在する。
それは“速度”としてではなく、耐久を意味する。
たとえ自分がどれほど速く動けようが、
その速度に自分の体が耐えられなければ意味がない。
即ち、それが速度の限界。
ならばそんな速度の限界を越えるにはどうすればいいのか。
……簡単ではないが、人の身を捨てればいい。
黒ノート『“光化”か……思っていたよりも厄介なものだ……───だが』
風よりも早く、雷よりなお速く、光となり疾く。
全身を光にした俺は、重力に囚われない体を思う様に操り、ノートとぶつかり合っていた。
槍を手にしたノートの変貌を思えば、こうする他なかったのだ。
きっぱり言って、ありゃ鬼神だ。
三国志の世界だったら呂布にも似た豪快さに、趙雲のような精密さ……っていうのか?
とてもじゃないがまともに打ち合ってなどいられなかった。
黒ノート『ゲイボルグ!』
なにせ、この精霊が創り出すものは全て卑怯卑劣もいいところの、
世界の理をあっさりブチ破るものばかりなのだ。
たとえばノートの手に創造された途端に投げられた緋の槍。
それは光の速さで動く俺をそれ以上の速度で追って来て、突き刺さろうとする。
どんな無茶なエンチャントをしたのか、この速度にも武器が耐えられるのだ。
心臓を狙い、果てなく追うように。
それを同じく光と化しているラグで破壊するや、その瞬間目の前にノートが転移する。
黒ノート『ふふふはぁあっはっはっはっはっは!!!!』
光 『うぃいいっ!!?』
つまり、こういうことだ。
“破壊されると、使い手を敵の前に転移させる槍”。
破壊されることを前提に投げられ、そのくせその槍自体が心臓を穿つ力を持つ。
加えて槍を手にしたノートは、
普段からは考えられないくらいに目をギラつかせ、執拗に追ってくるのだ。
槍を躱した瞬間に、躱した虚空から三十矢の地槍。
それを叩き落とした瞬間にロンギヌスをブン投げてくるわグングニルをブッ放してくるわ。
だが……まだ本気じゃない。
本気になれば、なった瞬間に“全ての始まりにして終わりなる者”の力で潰されてる。
それが解るから、今が本気じゃないことだって解っていた。
ヴミンッヂガゴバァォオオンッ!!!
黒ノート『ぐあぁああああっ!!!』
だったら話は早い。
相手が本気を出す前に殺す。
それが、この夏の中で俺が得た最善の戦闘方法だ。
───決意とともに振るった雷黄竜剣が、ノートが持つ槍を粉砕、その腕を斬りつけた。
ノートの右腕が光によって滅され、
しかし空いている左手が、俺が移動を開始するより早く振るわれ、
なにかしらの魔力が押し付けられた───途端キュボガォンッ!!
悠介 『《バヅンッ───》あっ……がぁあああああああっ!!!!』
鋭い爆発が腹部で起こると強制的に光から生身に戻され、
吹き飛び、離れた場所にある岩へと叩き付けられ、
それを確認するより早く放たれしロンギヌスが眼前に───やべぇっ!!
悠介 『くあ《ザゴォンッ!!》っ……いっ……が、あぁああああああっ!!!』
左手を犠牲にした。
体に光を行き渡らせていたんじゃ間に合わないと踏み、左手に光を宿すと光速で動かし、
邪魔な物を跳ね除けるようにして払う。
その瞬間、あっさりと左手を貫いたロンギヌスを貫かれた左手で思いきり握り締め、
頭に刺さるはずだったソレの軌道を無理矢理変え、頭を逃がした。
───その動作のままにロンギヌスを手から抜き去るとそれを砕き、
別の何かに変換するのを阻止する。
黒ノート『よく読んだ───だがこれで終いだ!』
その動作そのものを隙と見て、ノートが槍を───投げる!
分析……ゲイボルグとアキレウス!今みたいに手で受け止めれば毒が回るってことか!
アイレウスの毒はアキレウスでしか治せない……!
光の武具の創造が出来ない俺が喰らえば、一撃で終わる───!
悠介 『メガレール!!』
ならば触れずに砕く!
下から掬い上げるようにして振るうラグが雷を纏い弧を描くと、
飛翔してきていたゲイボルグが斬滅、毒効果も雷により霧散する!
だがそれは、破壊その瞬間に“変換”された。
虚空に弾け散る雷が俺の目の前で雷に槍“雷迅槍”に変換され、
一呼吸ののちに俺目掛け───!!
悠介 (ヴィジャヤをこんな少ない雷から変換で創造!!?冗談じゃ───!!)
冗談ではない。
これじゃあオリジンなんて可愛いもんだ。
これはもはや変換どころか、オリジンの創造に近く、それ以上のもの。
有形より別のものを生み出す能力……元素と根源があるからこそ別の何かを創り出す。
塵を集めて塊に、風を集めて暴風に。
だがこれは僅かな量の雷を稲妻に……
たとえば落ちた太陽の残照を無理矢理増幅させて太陽にするようなものだ。
こんなものは変換だとか創造だとか、そんなレベルのものじゃない。
即ち───超越凌駕。
黒ノート『言ったろう、終いだと』
ドッ……
胸に、突き刺さる感触。
直後に全身を焼き尽くし霧散させるほどの威力の雷が発生。
耳を劈く轟音が高鳴り、蒼白い光が瞬き───だが。
ヂガガガガガガォオオンッ!!!!
黒ノート『…………フッ……フ、フハハハハ!!』
発生した雷をむしろ食らい、
雷鳴を轟かせながら間合いを詰める俺を見て、ノートは笑った。
黒ノート『あの状況から雷化することで逃れたか!いやいや流石に頭は回る!
そうでなくては張り合いがないというものだ、晦悠介!』
雷 『槍持ってから変わりすぎだぞお前!!』
黒ノート『フフッ、偉ぶる必要などどこにある。私は今や汝を屠る一本の槍にすぎん。
それは───…………?……ふむ。
オリジンのヤツめ、存外苦戦しているとみえる』
雷 『───!?』
一瞬、本当に一瞬だが、
まるで壊れたブラウン管を見ているかのように、ノートの姿がブレた。
黒ノート『……?攻撃しないのか?……ああ、これか。
どうも外でオリジンが苦戦しているらしいのでな。
急速に黒を吸われ、私がしっぺ返しのようなものを食っているだけだ。
だが、それも終わりだ。この質量……外の者は確実に生きて帰れまい』
雷 『……《バヂィッ》……そんなことは』
人の姿に戻る。
ノートを前に、ラグを構えて。
そんな俺をノートは軽く見やり、小さく口の端を持ち上げた。
黒ノート『させない、か?無理だな。
如何に黒が吸われようが、私やマスターには超越がある。
黒の量など地界人たちを怯えさせる道具に過ぎん。
それはオリジンとて変わらん。外の者達がどれほど努力をし、力をつけようと、
それだけで全てが終わる。強くなったからこそ勝てぬ。
それが超越者と戦うということだ』
悠介 『………』
……言われて、ハッとする。
確かにもっともなことだ。
けど、確実なんかじゃない。
悠介 『だからって俺が諦める理由にはならない。
外に居るヤツがどうであろうと、俺は俺に出来ることをする。
外のやつらが死にそうだからって外に戻っちゃ、
なにを言われるか解ったもんじゃないからな───!』
ヒュフォヂガァギィンツ!!!
黒ノート『……ほう、ふふふ……』
剣を振るう。
槍に容易く受け止められたが、強引に振りきり、突き放すようにして間合いを開かせた。
その間合いを利用し、疾駆と同時にラグを回転させると黄竜剣を振るう!!
直後、炸裂音。
黄竜闘気が散ると同時にノートの体が後方に吹き飛び───否。
吹き飛びそうになる体を足で支え、無理矢理地に足をつけたままの状態で滑っていた。
そこへ、さらにさらにと追撃をかける!
悠介 『超越者だとか凌駕する者だとか破壊する者だとか……!
そんな二つ名がほしくて強くなったんじゃない……!
ただ未来を求めた!目指したい未来があった!辿り着きたい未来があった!』
心の中が叫ぶことを求め、叫びとともに振るう一撃一撃がノートを弾き続ける。
悠介 『お前らが過去の修正なんて考えなければ辿りつけた未来!
けど、来なければ俺が変わることが出来なかった未来───!
理解に至ればそれだけでよかったのに、
それだけで済まなかったから大事な何かを失った!』
悔しいと思う心がある。
感謝する心もある。
相容れることが出来なかったために無くなった何かがある。
悠介 『───お前らの大義ってなんだ!?
どいつもこいつも死にたがりの目をして未来なんて見てなくて!
死に場所を求めに来たみたいな顔のくせに他人の死ばかり望んで!』
反撃がないわけではない。
放たれる魔法と槍での一撃を弾き、弾かれ、それでも引くことなどしないで打ち合う。
悠介 『変わることが出来たことには感謝する!
忠告だけじゃあきっと変われなかった!』
黒ノート『ならばどうする!変わった先で汝は何を望む!』
悠介 『っ……お前らが辿り着けなかった未来をだ!!』
一撃に魂を込める。
心の中は吼えるように熱くなり、託された“想いの力”が俺に活力をくれる。
悠介 『誰も死なせない、誰も彼もを守る!そんな幻想なんて全てここに置いていく!
俺が目指した未来は仲間たちと死ぬまで馬鹿やっていく未来だ!!
全てを守る必要なんてなく、俺達はただ俺達だけの日常を描いていく!
それを……!死ぬ理由を求めて過去にすがるようなヤツらが!
罪を拭い去りたくて過去を変えようとしたお前らが!!
っ……偉そうに時の番人ごっこなんてして壊していいわけがあるかよっ!!』
黒ノート『《ザゴォッ!!》ぐあっ!?……な、に……!?ここに来て力が……!?』
叫んでくれたヤツが居た。
私利私欲のために過去を変えれば、
俺達がルドラを殺していい道理なんてないと教えてくれたヤツが居た……!
己の大切なものを見殺しにしてまで、俺達の道を正そうとしてくれたヤツが居た!!
想いの力が、少しずつ……失ったなにかの輪郭を見せてくれる。
そんな覚悟に報いるためにも辿り着きたい未来がある!!
胸を張って、自分たちが辿った過去を笑い飛ばせるくらいの未来が!!
そいつはどこまでいっても“普通の顔”で、秀でたところなんてなくて───
守りたいだなんてもう思わない!
思うとしてもそれは仲間を小さく守る程度で、己の身を守る術などみんな得ている!
だからそんなヤツらと笑って過ごせる時の中を、俺は生きていきたいって思えるんだ!!
自分に正直で、格好悪くて、情けなくて。
道を示してくれたヤツが居る!!
この場に辿り着かせてくれたヤツが居る!!
ただの地界人だったそいつは、
悲しみ不貞腐れるだけだった俺達月の家系に“楽しい”を教えてくれた!!
ヒィ、なんて言葉がよく似合ってて、だけど───何処までも楽しいヤツで。
傷つきながらも生命を譲ってくれたヤツが居る!!
俺の叫びに、痛かっただろうに……辛かっただろうに、微笑み返してくれたヤツが居る!!
ただ楽しみたかっただけのそいつが譲ってくれた道───!!
それを力不足だけで諦めたら、俺はどうやってあいつに謝ればいい!!
……道を示してくれた。人外なる能力に手を差し伸べ、仲間だと言ってくれた……!
尊敬出来るヤツが居る!!
人外の能力を持つというだけで人をバケモノ扱いする人間の中で、
そんな事実を人の誕生日を全力で祝うための笑い話にしてしまうヤツが居る!!
どれだけ嬉しかったか……!どれだけ感謝をしたか……!!
仲間たちに忘れられても、ひたすらに俺達の“ 督”で居てくれた……!!
魔王と呼ばれながらも!かつての仲間と戦いながらも!
いつか辿り着ける俺達との未来を一心不乱に望んでくれたヤツが居る!!
思い出せ……!奇跡と“提 ”の想いの力を糧に───!!
その未来に辿り着くためなら、俺は───!!
その思いに報いるためなら、俺は───!!
悠介 『全てを越えてやる!!お前の超越もルドラの凌駕も!!
この身を未来を切り開く光に変えて!!
お前らの真っ黒な未来ごと全部越えてやる!!』
心が熱い。
想いが焼ける。
だが望む未来は互いにひとつ。
さあ、手を伸ばせ。
さあ、足を動かせ。
全てのしがらみから、くだらない一族の理から抜け出るために。
全ての忌まわしい過去から、つまらない日常から出でるために。
───さあ。中井出を始めよう───
───心の中の世界で、小さく呟いたピエロが笑った。
豪雨の中、道を示してくれた誰かと同じ笑顔で。
ギシャゴバァォンッ!!!!
黒ノート『ぐあぁぁああああああっ!!!』
途端、体から金色の光が溢れ出る。
黄竜の力じゃない、もっと……かつては微々たるものだったなにか。
黒ノート『っ……なんだと……!?まさかっ……!!』
心の中の世界が光で満たされる。
それは神気にも似た感覚。
同時に、笑ってくれたピエロが心の世界にゲンコツをくれた気がした。
そしてその瞬間、あの豪雨の中で自分がなにを叫んだのか。
今、ピエロはなにを始めようと呟いたのか。
それらが一つの答えを導きだした時───
悠介 『っ……ああっ……!!───ああ!!行こう!“提督”!!』
全てのピースは、ついに繋がった。
同時に役目を終えたのか、俺の心の奥底に住んでいた道化は消える。
代わりに“中井出博光”という一人の男の記憶となって。
黒ノート『古の神々の力!?不可能だ!
残りカス程度だったあれを、力として蘇らせるなど!!』
悠介 『生憎だったな───!俺達にはな……!
不可能を覆す馬鹿と常識を覆す馬鹿がついてるんだ!!
神々の力には超越凌駕が効かない……!?
だったら効くように変えちまえばいい!方法がないなら探せばいい!!
弱りきった神々の力に喝を入れることくらい、超越じゃなくても出来るんだ!』
体に、信じられないくらい活力が漲る。
そして、思い出せたことに歓喜する我が心は、
湧き出る異常なくらいの大きな力を“俺の力”に変換してくれる。
だが───あくまで引き出せたのはそこまで。
力が急激に上がるわけでもなく、ただ……超越と凌駕を殺すことが出来ただけ。
あとは…………そう、あとは───最果ての精霊王の実力が上か、
ここまで至ることが出来た俺の力が上か───ただそれのみ!!
悠介 『奇跡がそれを!想いの力がそれを助けてくれた!!
俺一人じゃあできないことを、仲間が助けてくれた!!
その思いに報いるためにも!俺はこの世界を超越する!!』
黒ノート『……!!死に場所を探す、か……フフ、なるほど。
見事越えてみせよ晦悠介……汝の成長の果てに死ねるのなら、私は───!』
ゴギャァアッギィイインッ!!!!
───そして、剣と槍とが衝突する。
互いに全力、互いに本気の目をして、
あの日空界で出会ってから今ままでのことを懐かしむように。
このノートは俺の知るノートじゃない。
けど、それがなんだというのだろう。
彼は俺が辿るであろう人生をずっと、それこそ最果てまで見守ってきてくれた。
その中には、変えられないくらいの後悔も絶望もあり、だからこそ今ここに立っている。
その思いに報いるためにはどうしたらいい?
どうしたら、彼は…………ヒヨッ子だった俺の成長を認め、やすらいでくれるだろう。
───……答えは……もう、出てるだろ?
悠介 『───ああ』
心の中の俺が笑った気がした。
……ああ、見届けてもらおう。
俺はこんなにも強くなれたぞ、って。
貴方を越すことで。
貴方を最果てまで付き合わせ、狂ってしまった自分の未来と決別することで。
───覚悟、完了。
悠介 『疾ッ!!』
黒ノート『───……!!』
余力がどうとかは今は考えない。
ただ真っ直ぐ、ただ只管に目の前の精霊王と戦う。
剣を振るい身を振るい、己が出せる全ての技術を以って。
悠介 『ッ……ノートォオオオオオオオオッ!!!!』
黒ノート『晦悠介ぇええええええっ!!!』
それはマスターと精霊としてではなく、師弟としての戦いに似ていた。
師を越えようとする俺と、厄介な弟子を持ってしまったノート。
実力は五分と五分……とはいかない。
超越が出来なくなったことで能力は極端に下がったが、
最果てまでルドラとともに生きた存在だ。
その実力はルドラの力と同等に近いだろう。
精霊は契約者とともに強くなる……かつて彼自身が言った言葉を思い出しながら、
それでも退くことなく攻撃を続けた。
悠介 『おぉおおおおおおっ!!!』
黒ノート『はぁああああああっ!!!』
全解放能力に加え、想いの力を加算させてもまだ届かない。
暴風のように振るわれる連撃を暴風で返し、
創造され、放たれ続ける槍を剣の創造で迎え撃つ。
彼は槍で、俺は剣。
かつて光の武具を創造し、駆け抜けた日々を思いながらもぶつかり合う。
俺のは光の武具なんてものではないが、足りないものは超越し、至らないものは凌駕し。
そうして放つ剣の全てがノートが創造する槍と激突し、砕ける。
ありがとう ごめんなさい
言いたいことなどたくさんある。
曲がってしまってすまない、それでも見守ってくれてありがとう。
最果ての俺に代わって、言ってやりたいことなんてそれこそたくさん。
それでも口にはしないで、剣を振るうことで伝えた。
黒ノート(───フフッ……)
その一撃を受け、理解できない精霊王ではないのだろう。
こんな、隙さえ見せれば一撃で終わるような乱撃の中、
ノートは口の端を持ち上げ、笑っているようだった。
私こそ感謝を ……己で選んだ道だ 悔いはない
そして、一撃が返される。
途端に俺も口の端を持ち上げてしまい、だが───乱撃は止まらない。
黒ノート『《ビッ!》ツ───!』
悠介 『《ゾッ!》くっ……!』
頬を斬り、腹を掠り。
黄竜とマナの光が弾け飛ぶ世界で、槍と剣の衝突音と粉砕音が響き続ける。
だがそれもそう長くは続かない。
これが師弟の戦いだというのなら、
師は自ら負けることを良しとせず、弟子もまた越えることを目標に抗い続ける。
それぞれの目的が存在しているのなら、いつまでも続く攻防になど意味はなく。
どちらかがそれを崩しにかかるのは、当然のことだった。
ヂガァンッ!という音。
槍ではなく放たれた魔法が俺の腹に直撃し、後方へと吹き飛ばされる。
すぐに体勢を立て直し、地面に着地する頃には、ノートの“詠唱”は終わっていた。
黒ノート『……決着をつけよう。晦悠介』
悠介 『…………』
全ての始りにして終わりなる者。
その力全てを一本の槍……光の武具ではない、
恐らくノート自身の霊槍に宿し、彼はギンッと俺を睨む。
快晴の空の蒼を写し取ったような色の槍。
それを前に、俺も……全力を、我が相棒に。
超越と凌駕は…………効かない。
相手はかつて、古の神々の内の一人だった者。
ノートが俺を超越出来ないように、俺もまたそれが出来ないでいた。
だが……ここに決着の時は訪れる。
離れた位置、互いに全速力を出せるであろう距離を空け、己の武器に全てを託す。
力、思い、希望、それこそ己の全てを。
やがて───
悠介&黒ノート『疾ッ!!』
地面が爆発するほど強く蹴り弾き、互いが互いを必殺するために地を駆ける!!
飛翔などではない、俺の五体全てを以って、相対する敵を越えゆくために!!
悠介 『ノートォオッ!!』
黒ノート『晦ぃいいいいっ!!!』
悠介 『ノートオォオオオッ!!!』
黒ノート『晦ぃいいいいいいっ!!!!』
互いの名を、相手の命を惜しむように叫び、だがより加速し、より吼え猛り───!!!
悠介&黒ノート『オォオオオオオオオッ!!!!』
ゾガガファボッゴォオッ!!!
名も無き一撃が互いの核、心臓を突き穿つ───!!
【ケース863:弦月彰利/皇竜】
ガッ!ゴッ───ドガァッ!!
彰利 『げぇっはぁあっ!!』
地面に激突し、跳ね、地面に埋まっていた巨大岩に激突する。
力が湧いてきたまでは良かったが、敵さんまで本気を出し始めた途端にこれだ。
彰利 『……、く……そ……!』
砕けた背中の岩を押すようにして立ち上がる。
とはいえ、こちらもそろそろヤバイ。
眩暈もするし、このまま吐いてしまいたいくらいに内臓がズタズタだ。
それをすぐに黒で修正しようとして、黒が相当殺されていることに気づく。
彰利 『…………くそ……』
小さくこぼして、目の前を睨む。
景色の先から飛翔するは黒の英雄。
それを前に拳を握り締めて、なけなしの力を解放する。
グレートソードと銘打った途端に現れた心の温かさは、
今は成りを潜めているかのように静かだ。
……が、ルドラが近づけば近づくほどに力強く湧き上がり、やがて───
それは強い熱となって、俺の中の黒にカタチを与えた。
───無意識に持ち上げた腕の篭手がルドラの一撃を受ける。
勢いのあまりに体が後方の岩に埋まり、さらに砕くが……
思い出せ
黒を通して、なにかが俺に訴えかけている。
それは以前からずっと聞こえていた声であり、
俺の神経を逆なでする、正直好ましくない声だった。
……いや、だった筈だった。
だがどうだろう、たとえばゲームから、
たとえば地界から離れると、声は不思議と俺の耳に残った。
この世界だからこそ静かに、響くように聞こえる声。
それに正体があるとしたらそれはいったいなんだろう。
小さく考えた途端に顔面を掴まれ、上空に投げ飛ばされる。
彰利 『っ……』
それでも声が聞こえる。
思い出せ、思い出せと。
この世界に入ってから黒や幻獣と戦う中でも聞こえていた。
小さく響き、黒の中を静かに泳ぐように。
そして黒が殺され続ける中で、俺と黒との厚みがなくなっていくと……それはより鮮明に。
ギシャゴバァォオンッ!!!!
彰利 『!!ぎっ……ぐあぁあああああああっ!!!!』
追って跳躍したルドラが、俺の肩を黄竜剣で斬りつける。
一撃で呆れるほど抉れ飛んだそこを無理矢理黒で繋げて、月生力を流す。
同時に空中でルドラに蹴りをブチ込み、地面に激突させると───
受身が取れないままに地面に落下。
ダメージがデカすぎて、体が思うように動かなかったのだ。
彰利 『は、……ぐ……!』
よろよろと立ち上がる。
黒も残り少ない……このままじゃ本当に殺される。
命惜しさに逃げたくなったけど、黒に宿る暖かさがその提案に首を振った気がした。
そして言う。思い出せと。
ルドラ『……そろそろ、終いか?』
彰利 『……!』
いつの間に起きたのか、ルドラがゆっくりとラグを構えて歩いてくる。
思わず足が後退りそうに……なるのを、無理矢理止めた。
彰利 『………』
もう、絶望的だ。
どう足掻いても覆せない。
だったら……誰かの声に耳を傾けて死ぬのも悪くないんじゃないかな、なんてことを……
……思い出せ、宿主───
……考えた。
誰も居ないこの世界で、ルドラと自分の以外の声を聞きながら。
何故……と聞かれれば、自分を殺すヤツの声だけを耳に死ぬなんて、癪じゃないか。
そんな単純な考えだったけど、どうやらそれは間違いには……ならなかったらしい。
我は黒の歴史。黒そのもの。
黒の声が鮮明に聞こえる。
一度“聞こう”と思うと意識ってやつはどうやら敏感に働くらしく、
こんな絶対絶命の状況だっていうのに、その声はよく脳に響いた。
お前が千年を生き、精霊王の力を得ることで具現した黒。
目の前にはルドラが迫る。
なにかを言っているが、悪いが聞いてやる余裕なんてない。
まだ抗え。お前は勝てる。ここで死ねば全てが終わるのみ。
彰利 『───……』
勝てる。
その言葉を聞いた途端、どこかぼやけていた意識が浮上する。
故に思い出せ。お前が忘れた存在を。思い出せば想いの力を受け取れる。
言葉の意味は、正直よく解ってない。
ただ今すぐに解ることがあるとするなら、それは……
“白”は思い出したようだ。次はお前の番だ。思い出し、器を広げろ。さすれば───
ここに突っ立っていれば自分は死に、聞こえる声の意味も霧散する、ということだけ。
さすれば、この黒は想いを力とし、皇竜の全てを───!
だったら───
ルドラ『さよならだ、彰利』
彰利 『───!』
死んで───たまるか!!
ザッ───!
ルドラ『なにっ!?』
振り下ろされる剣。
だがそれより早く“踏み込み”、剣の攻撃範囲から逃れる───と同時に、
九頭竜闘気全力解放の魔人天衝拳をルドラの腹にブチ込む!!
ルドラ『ぶげぇあっ……!!』
発生する衝撃波が大地を抉った瞬間にはルドラの体は吹き飛び、
俺の体は黒の密度がなくなったためにヒビ割れたように痛んだ。
だが、それでも耳を傾ける。
黒は俺に思い出せという。
なにを?俺はなにを忘れている?
鍵はお前の中に眠っている。お前の奥底……それこそ深淵に。
深淵。
……そんなことを言われても解らない。
解らないが───その深淵に手を伸ばす方法なら、俺は知っていた。
かつて人格がバラバラになるような、一家惨殺事件があった。
集められた親族は俺の親父とともに無残に殺され、
その事実から逃げ出した俺と、目覚めたレオと……今の俺が作られた。
逃げ出した俺は“深淵”で楽しい思い出に浸り、
レオは死神として俺の中に潜み、俺は砕けた心で千の歳を生きた。
ならば……その逃げ出した俺こそを呼び起こし……いや。
彰利 『…………頼む』
小さくバトンタッチ。
弱い俺はもう捨てた。
だったら“中”に居るヤツにやってもらおう。
そう思った瞬間には、
気の抜けるようなほねほねほねという笑い声が聞こえて……俺もまた、笑っていた。
融合はしても自由な馬鹿。
かつて、どういうわけか思い出せないが、なにかの能力でエジェクトされた存在。
そいつはまだ俺の中に居て、レオとともに俺の力となってくれていた。
ルドラ『チィ……!抗える力が残っていたか───!』
ルドラが体勢を立て直すや飛翔する。
俺目掛け、今度こそ一撃の下、と。
途端だ。俺の頭の中に、深淵から湧き出してくる暖かな“情景”が浮かんだのは。
一撃では死なないよう、せめてVITをマックスに、回復を全力で行い、備えた。
まずは輪郭、次に姿。そして───名前と愛称。
肉迫するそいつの一撃を転移で躱し、後ろに回りこむやビッグバンかめはめ波を無遠慮に。
どうして忘れていたんだろう、と思うのと同時に、体に熱い何かが駆け巡った。
ルドラ『効かん!!───終わりだ彰利!!』
彰利 『───!!』
想いの力。恐らく、悠介のもとから多少流れてきている微々たるもの。
しかしそれを振り向きざまに容易く斬り裂くと、
ルドラは俺目掛けてラグを突き出してくる。
……そんな微々たるものが、こんなにも熱く、そして───
彰利 『!!』
ギャギィンッ!!!
…………そして。
ルドラ『……!?手で受け止めただと!?』
……こんなにも、懐かしい───……!!
ラグを握り締める右手から、黒の光が溢れ出す。
意識するわけでもなく背中には八翼が広がり、
それは今までの小さな翼とはまるで違う、
それこそ竜の飛翼のように大きく綺麗に広がった。
そこに九翼目はない。
何故なら───
ルドラ『……、……受け切れたというのか……!?受け入れられたというのか!?
九頭竜を……レヴァルグリードを!!』
力が溢れる。
今までの自分とは比べ物にならないほどの力が。
それと同時に頬には涙が伝い、
忘れてしまっていた自分を殺すほどに殴りたい気分に襲われた。
ルドラ『……だが、八翼……どうやら不完全《ザゴォッ!!》っ───!?』
……そう、そこに九翼目はない。
何故なら、九翼目は飛翼ではなく───この手より伸びる、剣だったのだから。
ルドラ『が、はっ───!ぐぅうあぁあっ───!!』
腹を貫かれたルドラが逃れ、距離を取る。
ルドラ『っ……翼が、剣に……!?馬鹿な……!こんなことが……!』
彰利 『クォックォックォッ……!お生憎だがアタイらのてっぺんには、
そういう常識を軽くブチ壊してくれる存在が居るのよ……!
アタイだって今の今まで翼だ翼だ、って翼を出すことばっか考えてた。
けどね……八枚の翼が出てるのに、もう一枚出たらバランス取れないじゃん?』
ルドラ『なっ……そ、そんな理由で───!?』
彰利 『……大真面目に深淵から助言くれるんだから仕方ねーじゃん……。
アタイだってなんの冗談ですかそりゃあって疑りましたよ』
けど、ここに全てが揃った。
八翼に、剣というよりは巨大な刀に近い翼剣()。
そして……中井出っていう、馬鹿だけど大切な仲間の記憶。
ルドラ『……なるほど。これで俺は超越という手段を封じられたわけか。
だが、そんなものが無くても俺が負ける要素はないぞ。
お前のその、急に得た冷静さもすぐに焦りに変わる』
彰利 『……?冷静……ああ。悪いけどね、ルドラ。そりゃ勘違いも甚だしい。
俺は力を得たから冷静になってるんじゃあねぇ。
……嬉しいから、頭を冷やすことが出来たのさ』
かつて言った言葉がある。
俺達三人が居れば、どんな壁も越えてゆける、と。
そしてその言葉は……なんの憂いもないくらいに本当のことで、
揃った途端にこんなにも簡単に壁を崩してくれた。
だから……感謝を。ただひたすらなるありがとうを……提督、テメーに。
彰利 『さあ……いくぜルドラ。
お前が奪ったものの代償の高さ……てめぇの命で思い知れ!!』
ルドラ『……いいだろう。その末が死滅ならば、これほど嬉しいことはない!!』
言った瞬間に激突する。
どうやら黒で象られた武器のために熟練も流れ込んでいるようで、
どう扱えばいいのかも瞬時に頭が理解してくれた。
今の黒で受け入れるにはあまりに大きな出力。
それをこうも簡単に受け入れられたのは、中井出の記憶の残照のお陰だった。
記憶の深淵で記憶の目覚めを待っていたソイツはどうしてかドナルドの姿をしていて、
訪れた南無に言った。
受け入れられねーなら武器に背負わせなさい。
それでもダメならとっとと体から出せばいい。
なんで全部体で受け止めようとするの?常時出しとけばいーじゃん。
と。
つくづく呆れる。
“自分の力として受け入れる”気で居た俺では、到底思いつくことの出来ない方法だった。
だから翼も出したし刀も出した。
俺の五体自体はさっきまでとそう変わらない。
多少恩恵を得ているだけで、この戦いが終われば……死滅するのは確実だろう。
それでも目指したい未来のために、辿り着きたい未来のために、黒を扱う。
この剣が切り開く未来が、あいつが望んだ未来であると信じた上でだ───!!
彰利&ルドラ『オォオオオオオオオオッ!!!!』
黒と黒が激突する。
初代皇竜王の力を宿した俺と、
彼の時間軸の中でいつまでも現代皇竜王を担っていた者との力が。
飽きることなく放たれる連撃が連撃を弾き、迫り来る全力が振るわれる全力にて弾かれる。
互いに一撃必殺を狙い、遠慮もなしに攻撃しては弾かれる。
そんな戦いを、互いの隙を探しながらも続けていた。
【ケース864:晦悠介/そして物語は序章へと】
…………タッ……タタッ……
悠介 『…………』
黒ノート『………』
突き出された互いの武器が、胸に埋まっていた。
それは左胸よりやや内側……心臓の部分であり、
この力で突かれれば、死ぬことなどほぼ免れぬ一撃。
それが互いの───否。
黒ノート『…………ふ、ふふ…………ははは…………』
……ノートが笑う。
そして……槍を手放すと、俺の頭に手を伸ばし…………頭を、撫でた。
悠介 『……ノート……』
口から、黒の血をこぼすノート。
その顔は今まで見たことのないほどの穏やかな笑顔であり……
満足を得たような、そんな笑顔でさえあった。
黒ノート『強くなったな……晦悠介……。
契約した者として、最果てを見届けた者として……。
こんなに……嬉しいことはない……』
その手が、砂が落ちるように消えてゆく。
核を貫かれたゆえだろう……さらさらと霧散し、その笑顔もやがて……消えてゆく。
最後に、“感謝を……”とだけ呟いて…………彼は、完全に消えた。
悠介 『………』
そして俺は、自分の胸を見下ろす。
確実に貫かれたと思った槍は、ただ法衣を穿つだけに終わり……
穴が空いた法衣からはなにか、
輪のようなものが零れ落ち……パギン、と音を立てて砕けた。
特に考えもなしに、砂のように消えようとしているそれを分析した。
悠介 『…………』
直後に風化。
解ったのは“環宝オメテオトル”という……変わった名前だけだった。
悠介 『……はぁ……っ……!《キィンッ……》」
息を吐くと同時に疲労感。
神々の力は消え、その副作用みたいなものなのか、
ラグを地面に突き立てないと立っていられないくらいに体がまいっていた。
悠介 「はぁ……くそっ……勝てたはいいけど……」
こんなザマじゃあ彰利の助っ人には行けそうにない。
そう思いながらも、出来ることはきっとあると信じ、駆けつけることにした。
悠介 「………」
見上げる空は、俺が展開した黄昏月下()。
月夜の黄昏の中をずりずりと歩き、空へと続く石段の前に立つと、
自分で張った見えない壁を消そうとして───がしゃああんっ!!
悠介 「…………、え?」
……全てが、砕けた。
背中から胸にかけて、小さな違和感。
見下ろせば、自分の胸からは黒いなにかが生えていて…………
悠介 「……、な、に……」
なにが、と……貫かれてしまった心臓から刃が抜かれるとの同時に、振り向く。
そこに…………
悠介 「あ…………」
そこに……
全てが、今頃繋がった。
黄昏と月夜が存在する、長い長い石段の前。
口と胸からこぼれる血を止める力ももう残っておらず、
ガラスのように砕ける創造の壁を後ろに……
振り向いた先に、彰利が居た。
黒の彰利───ここに来る前、ただ一人滅さずに殴り飛ばした黒が。
思い出されるのはいつかの未来視。
彰利が俺を殺す、という馬鹿げた未来。
それが…………今、繋がった。
黒彰利『…………』
黒の彰利は役目を終えたかのように霧散する。
それを前に、立っていられなくなった俺はふらつき、石段の横に崩れ落ちた。
悠介 「……、……」
イメージも沸かない。
生きる力の全てが消えてゆき、運命に抗うことが出来なかった自分を、ただ悲しんだ。
悠介 「……提…………」
思い浮かぶのは、たった一人で全てを背負ってくれた、
俺が“人間”の中でただ一人、心から尊敬する人。
そんな彼が…………暗く、冷たくなってゆく視界の中で笑ってくれた気がした。
……ああ…………そうだな……
消えてゆく。
黄昏も、月夜も……俺の命も。
悠介 「………」
提督……あの指輪、多分あんたがくれたんだよな……。
いつもらったのかも思い出せないけど……多分、あの小屋の中で。
……ごめんな……散々助けてもらったのに……。
塔で、想いで、指輪で……三度も助けてもらったのに……俺…………。
悠介 「……、」
ふと見た景色が美しかった。
目の前を散る幾多の細かい輝きを美しいと感じた。
遠くの空に輝く満月を美しいと感じた。
そして、満月が輝いた空に存在した黄昏の陽を、美しいと感じた。
砕けた硝子が夕陽を受けて、春に舞う桜のようで美しかった。
その全てが消えゆく景色で、俺は……俺に出来ることをしよう、と───
記憶の中の彼に背中を押されるがままに、最後の創造をした。
疲れていてもイメージ出来なくても、俺が最初から出来た小さな創造。
…………ハトが空を飛んでゆく。
長い長い石段の上を、俺が込めた想いを抱いて。
そして俺は…………
……いつか、“年老いたあと、思い切り喧嘩をしよう”と約束したのを思い出す。
死にたくないと思っていても抗えない時がある。
約束を果たせそうにないのが悔しくて、
だけどこぼれる涙を拭う力さえ……もう残ってはいなかった。
悠介 「……、やくそく……した……よな…………。
なぁ………………あき…………とし………………───」
……手から、足から一切の感覚が消える。
体はマナが舞うかのように光に包まれ、
感覚がなくなった場所からどんどんと光の粒子に変わってゆく。
それらが空に舞い、虚空に消えてゆく。
そんな景色を最後まで眺め、やがて俺の体全てが光となって……消えた。
自分は最後まで抗うことが出来ただろうか……そんな思いを胸に抱きながら。
【ケース865:弦月彰利/全ての壁を砕く力】
翼剣と剣との激突。
それだけで突風が巻き起こり、体が吹き飛ばされそうになるのを飛翼で押さえる。
振るう一撃は変わらずに必殺の剣。
ルドラ『しああっ!!』
彰利 『ふっ!かぁっ!!』
横薙ぎの一閃を、身を屈めることで躱すと同時に足への斬撃。
倭刀術絶技にも似た体勢から放たれる斬撃は、当たれば足など軽く斬り飛ばせるもの。
だがそれをルドラは跳躍することで躱し、
それを追って放たれた一閃も、中空に逃れることで躱す。
ルドラ『はぁああああああっ!!!』
さらに逃げだけで終わるはずもなく、逃れながら魔法を連打。
俺はそれを天衝剣の一撃で全て破壊すると、追う二閃目の天衝剣でルドラを攻撃!
だが───その剣閃が、虚空に創造された無数に槍によって突き殺される。
彰利 『ちぃっ……くそ!!』
さっきからこれの連続だ。
この世界はルドラにとっての都合のいい世界。
その土俵に立っているのだから、こちらの分なんて最初から最悪。
解っちゃいたが、卑怯卑劣ここに極まれりだ。
彰利 『とはいえ……』
攻撃しないで終われるなら、とっくに終わっていた。
ならば突撃するしか方法なんてない。
故に追い、翼剣を振るった。
八枚の飛翼をはためかせ、ラグを圧し折る気で。
空中での戦いはあまり好きじゃない───が、翼がある限りにはそうでもなかった。
まるで翼が見えない大地を作ってくれているかのように踏ん張りが効き、
振るう腕にも力が篭った。
力任せに振るい、吹き飛ばし、
しかし空中だからこそ地面に叩きつけるなんてことが出来ず、
吹き飛ばすだけでダメージは狙えなかった。
彰利 (っ……やっぱ強ぇえ……!)
超越凌駕を封じたところで、さすがは最果ての英雄。
生半可な力で勝てるほど甘くはない。
翼剣を、蹴りを、月操力を操り、様々な攻撃を以って打倒せんと試みるが、
そのどれもがいなされ、受け止められ、破壊される。
彰利 (でも……)
当たらないわけではないのだ。
決定打にはならないが、確実にダメージは与えている。
が、もちろんそれはこちらもなのだ。
彰利 『イィイイアァアアアアッ!!!』
光速拳の要領で剣を振るう。
光速で虚空を斬り裂く翼剣は、いかにルドラが一歩先を読もうとも拳よりも速く走り、
拳よりも攻撃範囲を伸ばして襲いかかる。
全てを躱すことなど出来る筈もなく、次々とルドラの体に斬痕が刻まれていく。
だがどれもが致命傷にならないのは、
最果てに至るまで鍛錬を怠らなかった修行馬鹿の為せる技なのか───
彰利 『《ゾバァォンッ!!》がぁっ!!───ぎぃいっ!!』
ルドラ『《ザゴォンッ!!》ぐぉぉあぁっ!!!』
互いの剣が肩を砕く。
だが痛みに鋭く顔を歪めたのはルドラだけであり、動きが一瞬鈍る。
多少……そう、これまでの戦いの中、
多少であろうがルドラが俺に対して超越を使っていたなら、
この剣が皮を斬り、黒の肉に届くことで、その効力は失われる。
果たしてその予想は正解だったらしく、
自らにかけていた超越効果が消されたルドラは力を───……いや、これは───
ルドラ『オリジン!?何を考えている!外のやつらごときにここまで黒を───!?』
予想外の事態がそこにあった。
……そう、どうやら───外のみんながやってくれているらしい。
自分たちに出来ることを、自分たちの手で。
あっちで起こったことの影響はこちらには出ないし、
この世界の中でたとえば悠介が世界を創造しても、外にはなんの効果も齎さない。
だが黒は違う。
この世界がルドラにとって都合のいいものなら、黒だけは外と繋がっている筈。
そしてその黒を今、オリジンがルドラから吸収しているようなのだ。
それも、小さく吸うどころではなく、まるで命の危機に貧しているかのように。
その驚愕こそが、隙となった。
彰利 『っ……おぉおおおおおおおおおっ!!!!』
ルドラ『ぐっ!?くあぁああああああっ!!!』
俺の攻撃に、反応が少し遅れたルドラ。
だが本能だろう、心臓部分を守ると、
そこを狙っていた俺の剣はギリギリの位置でラグに止められ───だが。
渾身の一撃はついにラグナロクにヒビを通し、驚愕に染まるその顔が、
殺すつもりで放った皇竜の力によって地面へと吹き飛んでゆく。
そして衝突音。
クレーターが一気に広がり、しかしその中心から身を跳ね起こすや、
ルドラは俺を睨み上げると飛翔。
俺もその姿目掛けて流星の如く斜に飛行し───!!
……その時。ふと、鳥のようなものが飛んでゆくのが見えた。
それは俺しか見えていなかったルドラの体に溶け込むように消えて───直後。
ドクン、という世界が揺れるような震動のあとに、小さな違和感。
俺もルドラもその答えが解らないままに飛翔し、やがて剣と剣を構え、振りかぶる直前。
ルドラ『《バヅンッ───!!》───!?なっ……オリジンの反応が───!?
ノートの反応もだと……!!っ……まだだ!俺はっ……!!』
ルドラが俺を睨む。
恐らく俺が振るう一撃は、この都合のいい世界によって無力化される。
けど、他にもう方法がないのだ。
どの道追い詰められる機会がそうあるわけでもない。
だったらこの一撃に全てを───!!
彰利 『っ……悠ぅうううううう介ぇえええええっ!!!!』
ルドラ『───あぁあきとしぃいいいいいいいいいっ!!!!!』
叫ぶ。
そして───振り切ったヒビ割れのラグと、皇竜翼はぶつかり合い───
ルドラ『……、───が……』
…………ラグが砕け、ルドラの体が両断された。
彰利 『……、え───?』
都合のいい世界に阻まれることなく、ラグは砕けて。
振り切った剣はルドラの右肩から左脇腹を走り、完全に両断。
上半身と下半身が斜めに分断された体は黒の血を撒き散らし……地面に落ちた。
彰利 『…………』
ルドラ『がっ……ふ……!!ごはっ……!』
追うようにして静かに地面に降りれば、
上半身だけのルドラは血を吐き、もはや抵抗の意思も見せず、消えかけていた。
彰利 『……なんで……俺の攻撃を捻じ曲げなかった?出来たはずだろ、お前なら』
それならせめて、疑問の解消だけでもさせてもらおうと口を開く。
どうしてこんなことをしたのか、なんてのは今更だ。
勝ったのは俺達で、負けたのはルドラなのだ。
ルドラ『……ふ、ふふ…………解らん……。
解らんが……なにかが俺の中に入ってきた途端……
俺の世界が……内側から書き換えられた…………』
彰利 『なにか……?───』
言われてみて、思い出す。
あれは鳥……ハトではなかっただろうかと。
けど、どうしてあんなところにハトが居たのか。
どうしてこの世界にハトが居たのか。
それが、どういうわけか解らない。
ルドラ『ふっ……ふふふっ……はははは……!!
過去の未練など断ち切ったと思っていたが……ごほっ!がふごはぁっ!……!
っ……どうやら、貴方達だけは消しきれなかったようだ……!』
ルドラは、もはや光の灯らぬ目で何かを見上げ、呟いていた。
なにが見えているのか……それはどうやろうとも、
もう彼にしか見えないものなのかもしれない。
ルドラ『だが…………ああ…………最後に会えてよかった……。
俺は“そっち”には逝けないだろうけど………………ごめん、父さん───
俺は、家族も……友達も、世界も……何一つ、守れ、なかった……よ───』
…………。
言い遺した言葉はそれだけだった。
塵と化したルドラを見送り、飛翼が消えると、途端に体を襲う疲労感。
だっていうのに主を失ったことでこの世界が崩壊を始め、
あ、あら……!?なんだかとっても危険な香りが───
彰利 「……いやーーーん!!」
これはまさしく世界崩壊の危機!?
崩れる前に入り口だったところから逃げなきゃ死にますよ的な!?
彰利 「い、いかーーーーん!!」
ならば急がなければと、残ったなけなしの月操力で空を飛ぶ。
生憎と転移を使うだけの余力は残ってない。
だから空を飛び、長い長い石段を降りて───…………その先で砕けた大地を見て、
地面に突き刺さった、誰のものか解らない剣を見て……
自分がなにか大切なことを忘れてしまったことに、気づいた。
彰利 「………」
考えてみても思い出せるわけもなく。
俺は剣を抜き取ると、その重さを噛み締めながら……出口へと急いだ。
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