───Wind&Window/蒼い風に抱かれて───
【ケース866:弦月彰利/失ったことさえ解らない世界で】
……そうして全てが終わった。
あの戦いから数日、世界はなんにも無かったみたいに平和の中にあって、
不思議なことに……アタイ以外の誰もが、この夏に起きたことの全てを忘れていた。
ゲーム世界で競うように冒険したことも忘れ、
それどころか確かに存在していたレベルや知識の全てもまた、
なにかに吸収されたみたいに誰もが忘れていた。
ただ、スッピーとドリ姉さんだけはなにかを知っているようで、
ルドラの世界から持ち帰った剣を見せると、
「……そうか。運命には勝てなかったか」
とだけ言って、それを受け取った。
ドリ姉さんは何を聞いてもなにも答えてはくれず、
ただ……一人にしてくださいとだけ言うと、空界のサウザーントレントへと帰っていった。
今まで散々と旅をともにしてきた皆様も記憶喪失っつーよりは、うん。
やっぱり記憶を抜き取られたみたいな感じで、
みんなで空界に住む約束も、事故で死んだことにしといたことすらも覚えていなかった。
ほんに、地界でのオリジンバトルでなにが起こったのか。
それを知る者は、どこにもおらなんだ。
「一種の天変地異かね」
とは藍田くんの台詞だった。
だって集まった覚えもないのだから、月詠街に居る意味がまるで解らない。
とりあえずアタイはそれまでのことを皆様に話してきかせたりもしたが、
みんな口々に覚えてないとおっしゃった。
そうしてあーだこーだやっているうちに、日常はまあ普通へと落ち着いてゆく。
俺の中から黒は死滅し、ただの強い月の家系のあんちゃんとなった今。
いつの間にか消滅していたヒロラインの基盤や中井出の肉体に疑問を思いながらも、
もしかしたら生きてたんかな……と淡い期待を抱いても、
やっぱり何処にも反応がないことを再確認するだけだった。
そうこうしていると、みんながそれぞれの場所へと帰ってゆく。
結局千年の寿命とともに空界で暮らすという提案は、
猛者どもを始めとする皆様の心を鷲掴みにしたようで、
みんなは半ば家出するかのように家を捨てて空界へと移る。
その準備のために一度家に戻って、整理するものを整理したいんだとか。
みんながみんな、中井出の手によって皆殺しにされ、
ほぼ誰も居なくなったといってもいい空界を見て驚き、
七草やみさおさんや聖、そして紀裡っちとかは、
チャイルドエデンの子供たちの死に深い絶望を味わった。
リヴァっちやヤムヤムやイセリ子さんももちろん、マグベストル姉妹だって、
いつの間にか人々が死んでいた世界に混乱するほかなかった。
夏の記憶を無くしていたのは地界に居たやつらだけのようで、
空界で生き残っていたやつらは口々に地界の男が仲間を皆殺しにした、と言った。
もちろん今となっては全てを思い出した俺にとっては、
そこに事情があったのだからと怒ることもなく、逆に消えた中井出を思うばかりだ。
それでも止まない雨がないように、人々は“誰もが消えた世界”に馴染んでゆく。
自然にまみれた世界で、三国だけを残してそれ以外の町などを全て平地にし、
空界を自然に溢れた世界へと変えていく。
唯一残されたチャイルドエデンは万物託児所みたいな場所になって、
モンスターから竜族、ホムンクルスの子供まで、様々な幼子を受け入れる場所になった。
そうして空界が発展してゆくなかで、小僧や椛も未来に帰った。
あれからたまに連絡してるけど、
ちょっと前に仕事で忙しい時に、過去の俺が遊びに来たぞ〜なんて言ってた。
それで……なるほど、なんて思った。
ゼットを倒し、空界でのことを片付けた頃のこと。
あの時に未来の様子を見に行ったのに、
小僧たちがルドラのことやゲームのことを一切口にしなかったのは、
記憶が無かったからなのだ、と。
「ところでルナっち、キミの旦那って誰だっけ?」
そんな中でも気になることってのはあって、
訊いた途端にボッコボコにされたりもしました。
やっぱ……なんか忘れてるよね、俺。
なんてことを、夏休みが終わることで、
ガッコに向かってゆくガキどもを眺めつつ思ってたわけです。
───……。
……。
冬が来た。
思い出せないことを思い出そうとするヤツはもう居なくて、
逆にそんなことあったのか、って感じで……むしろ忘れるよう努めるやつが多かった。
その頃には空界での暮らしにも慣れて、みんながみんな、いい笑顔で笑ってた。
でも、みんなが俺を将軍と呼ぶ度に中井出のことを思い出して、
どうしようもなく悲しくなる。
たった独りでゲームの世界で戦って、俺たちに未来を託して死んでしまった、
もはや俺以外の誰の記憶にも残らない……人間の親友。
麻衣香ネーサンはあのまま七草と一緒になって、チャイルドエデンで働いている。
七草以外の大人が入っても大丈夫になるようにと、
ヤムヤムとかイセリアさんが動いたのはまた別の話だ。
楽しそうに笑ってる麻衣香ネーサンを見た時の心の痛みは、
多分……託してくれた未来に心から笑ってやれない、中井出への謝罪のためなのだろう。
───……。
春が来た。
久しぶりに地界に戻ってみると、
なにやら柾樹を取り合って三人娘がギャースカ騒いでいた。
あの夏で決着がついたと思ってた恋愛模様も、
どうやら振り出しに戻ってしまったようだった。
それとはべつに、みずきや刹那っちも新しい恋を探しているんだとか。
まああれだけべったりなところを見せられりゃ、
脈なんぞないってのは目にみえて明らかだろう。
なんの気なしに柾樹に空界に来るか?あそこは一夫多妻制だぞと言ってみたら、
三人娘がえらく乗り気だったのは記憶に新しい。
───……。
夏が来た。
あの夏から一年。
俺だけが覚えている事実を胸に、
スッピーに話したいことがあって、エルフの里の奥地まで来た。
「去年のこと、覚えてる?」
その言葉に、スッピーは一言だけ答えた。
「さてな。ところで弦月彰利よ。私の契約者が誰か、覚えているか?」
その言葉になんにも返せなかった俺は、今度はサウザーントレントに向かった。
そこではドリ姉さんが一匹の猫を抱いていて、俺を見ると……寂しげに笑った。
「その猫は?」
訊いてみると、ドリ姉さんはやっぱり寂しげに首を振ると……
「……なにもかもを失くしてしまった猫さんですよ。
生きる理由も、楽しみ方も、死に方さえも忘れてしまった───」
そう答えて、腕の中で眠る猫を愛しそうに撫でると……小さく涙した。
……その猫は、この空界と同じ時間を生きているのだという。
空界の創世、神々に作られたスッピーとは違い、どうしてその場に居たのかも解らない猫。
自分のことも、世界の理も、そして……なにもかもを忘れた猫。
でも……ドリ姉さんは、
その猫がどうしてそうなってしまったのかを知っているような気がした。
けど、訊いてみても悲しそうに首を振るうだけ。
試しに月空力で、猫の過去を覗いてみて……俺は、絶望した。
ここまで空界が発展するまで、いったいいくつの争いがあったのか。
その全てに巻き込まれ、巻き込まれる理由も解らずに巻き込まれ、
そんな中でも死なない……いや、死ねない猫は、
人間たちの知的欲求のために様々な研究に取り上げられ、
身を斬り裂かれ血を絞り取られ、
どれほどの魔法耐久を持つか、どれほどの圧力に耐えられるか。
反吐が出るほどの致死実験にも扱われ、研究からなんとか逃げ出しても……
いつか何処かでべつのなにかに捕まり、死ねない体のままに生き地獄を味わう。
長い長い時の中をそうして生きてきて、ようやくこの森に辿り着いて……
だけどそこでの生活は長くは続かず、森は死の森と化して。
いつか誰かがこの森を変えてくれるまで、
口に出来るものがない森での生活はずっと続いた。
餓死寸前になっても餓死など出来ず、気が狂いそうになりながらも───
死にたくはなかったのだろう、
瘴気によって腐った草などを食べ、毒に侵されながらも空腹を紛らわせた。
……それはどんな生活だったのだろう。
ある日は戦争に、ある日は空界の乖離に巻き込まれ、餌を求めたモンスターに啄ばまれ、
肉を削がれても死ぬことの出来ない猫。
自分が何者かも解らないで、ただ生きることだけを許された猫。
もし自分がそうなったら、自分はどう生きていくのか。
「……目を覚まします。お願いです、この森から───」
……もう、言われるまでもなかった。
俺は猫が目覚めるより早く転移をして、森を出た。
あんなことがあったのだ……人に怯えるのも当然だった。
───……。
……。
秋が来て、冬が来て、春が来て夏がくる。
その繰り返しを何度しただろう。
ふと気がつくと俺は空界ではなく弦月屋敷に居ることが多くなり、
顔の皺も随分と増えた。
人としての時間を人として生きるために、
俺は自分の体に流れる時間を普通の人間のように流していた。
10年、20年と、まるで流れるように過ぎてゆく時間。
似合うかどうか、試しに伸ばした髭も、もうすっかり白髪だった。
空界に行くと、みんなまだ全然あの頃のままだから、時々驚く。
それでも老人のままで居たい、弦月屋敷の前に居たいと思うのはどうしてなんだろう。
なにか約束があったような気がして、
どうして“約束の木”と呼ばれているかも解らない木を撫でる。
視線に気づいて振り向いてみれば、
弦月屋敷では俺の孫と結婚したことで義理の孫となった椛が、
自分の孫を抱いて手を振っていた。
沙姫、と名づけられた……刀の巫女として選ばれ、
やがては刀の儀式を受けなければならない子供。
あの日……みさおがゼットと結ばれた日。
純潔を散らしたみさおの体にひとつの異変が起きた。
それは、清くなければいけないことなど知らないために起きた……
悲劇としか言い様がないもの。
“刀の楔”として生き、自らを冥月刀とした彼女はそれ以来体調を崩し、
床に伏せることが多くなった。
そして、身篭り、子供を産んだ三日後、物言わぬ刀と化した。
治すことがどうしても出来なかった冥月刀は、再び家系の神刀として祭られ───
俺が触れても誰が触れても反応しないただの刀に成り下がってしまった。
けれど……時折。
家系に生まれた女性の極一部に、彼女と意思疎通が出来る者が存在した。
それが刀の巫女。
巫女の口から語られるみさおの言葉は、ひどく懐かしいもので───
何故あの日、俺達の時代に弧月日沙姫が冥月刀を手に現れたのか。
……その意味が、なんとなくだけど解った気がした。
みさおは会いたかったのだ……少年だった頃の俺達に。
話したいこともいっぱいあっただろうに、無理して堅苦しい言葉で話して。
「………」
最近は昔のことばかり思い出す。
ここにどんな約束があるのかも解らないのに、ここから離れられないでいる。
でも───
「……、」
その理由が、ゆっくりと───
「…………す、け……?」
木の下にゆっくりと集まる光を見て、思い出せてくる……
「ゆう……すけ───」
ああ、そうだ。
どうして忘れていたんだろう……俺の大切な親友のことを。
俺には親友が居た。
ガキの頃にここで出会って、腐れ縁かと思うほどの再会をして、一緒の時代を生きて……
ルドラとの戦いの中で、どうしてか彼を忘れた。
その姿が……かつてのままの姿で、今……目の前に。
「…………よう、親友」
『……おう、親友』
体は光の粒子で構築されているかのようだった。
実体は……あるらしいが、この感覚は……
「……そっか。だから忘れたのか」
『ああ。俺自身はあの時、死んじまったからな……。
最後に“奇跡の魔法”を使って、ここに飛んだ』
「……じゃあ、お前は死んだ直後の晦悠介か?」
『まあ……ここまでの時間の経緯なんかは大体知ってる。
姿はこれだけど、ずっとこの木の下に居たようなもんだ』
親友は笑う。
以前と同じ笑顔で、以前と同じ調子で。
それを思い出せたのが今っていうのがちょっと悔しいが、思い出せたのなら、とも思える。
『…………まあ、なんにせよ。未来に行けてよかったな』
「オウヨ。儂……じゃなかった、俺もまだまだ現役よ。
時々家系の馬鹿どもをしごいてやっておるわい」
『ほどほどにな……っと、あっちのは椛か?』
「歳とっただろ〜、っていってもキミ椛が産まれる時はもう居なかったか。
と、それはいいとして。…………なぁ悠介。中井出のこと……覚えてる?」
『もちろんだ。ノートとの戦いの最中に思い出せた。
正直……あいつが助けてくれなかったら、この未来はなかったな』
「んむ……じゃあさ、中井出がどうなったかは……知らん?」
『……?死んじまったんじゃないのか?』
親友が首を傾げる……やはり誰も知らないのだ。
「あの日、櫻子さんが中井出の体を別の部屋のベッドに移動させたのは知ってるよな?
……でもさ、戦いが終わって戻ってみると、
ヒロラインの基盤と中井出の体が消えてたんだよ」
『……じゃあ、まさか』
「正直ね、猛者どもやホギー達が融合した程度で、
黒を全力で吸ったオリジンに勝てるとは思わないね。だから、多分だけど───」
『…………そっか』
どこか嬉しそうに笑う親友。
俺もきっと、笑顔でいられていると思う。
でも…………今こいつがここに居る理由は、こんな話をするためじゃない筈だった。
「んじゃあ……そろそろ始めるか」
『ああ。俺もあんまり長い時間は存在できない。
ノートがちと面白いことやってるみたいだから、
ここで消えたら……あとはそっちの方に任せるつもりだ』
「オウ?なにやっとるの?」
『……ラグ使って“俺”を創ってる。場所はサウザーントレントの大樹だ。
ラグを通して、一応その光景が今でも見える』
「ウヒョオ……じゃあなに、キミ、死してなお存在するの?」
『もう、晦悠介じゃなくなるけどな。
ラグに残った多少の俺の記憶が基になるってだけで、あれはもう俺じゃない』
言いながら構える。
ラグは無い……俺も武器は出さなかった。
「喧嘩はやっぱ、拳だよな」
『ああ。手加減すんなよ彰利』
「クォックォックォッ、知らんなぁ〜〜〜!
どうするかはアタイが決めることじゃけぇのォォォォ!!」
『老人になったんだから少しは威厳ってのを持てよお前!!』
「近所でも評判のハッスルジジイです。最強」
『最強じゃないっ!ああもうお前最悪だっ!!』
ふざけながら始まる喧嘩。
地面を駆け、離れていた距離を走り。
駆け寄る頃には俺はいつかの姿に戻った気分で、拳を振るっていた。
オープニングヒットは……相打ち。
「俺の方が速かったね!」
『いいや俺だ!寝言は寝て言えたわボケ者!!』
「たわボケ!?たわけとボケか!じゃあお前はシーラーカンスだ!!」
『なんでだよこのジジイ!!』
「あー!ジジイって言ったなコノヤロ!!」
本当に、まるで子供の喧嘩。
互いを罵りながら、だけどいつかした約束の中にあったような、
お前のこういうところが嫌だった、なんて言葉は出なくて……
なんだかんだ言って、どんな部分も認めていたから親友だったんだなって……今更思った。
「リヴァーブロォゥ!!」
『ぶぉおっほぉぅ!!?』
「ガゼルパァンチッ!!」
『いがぁっはぁっ!!?』
「よぉあああーーーっとぉおっ!!続いて繰り出されるのはっ!
嵐のようなデンプシぶっふぇぇーーーーい!!」
『隙だらけにも程があるだろっ!!』
燥ぎながら喚きながら、互いが互いを殴ってゆく。
全盛期の親友の拳は、正直この老体には響きすぎです。
それでも硬く握った拳で殴り返すと、子供のように目を輝かせて殴り返してくる。
「亀田バスター!!」
『うぉっ!?ちょっと待てボクシングやってたんじゃギャアアーーーーーーーーッ!!!』
「ボクシングだからさ!!」
途中からプロレス技が入るのもご愛嬌。
喧嘩なんだからルールなんてないのだ。
なもんだから殴り殴られてるうちに、その間にサミングが入ったり地獄突きが入ったり、
果ては毒霧や凶器攻撃etc...これでもかってくらい喧嘩に相応しい攻撃を繰り返して、
やがて……この場所が夕焼けに染まる頃。
『ぶっは……!はぁ、はぁ……!!ど、どこまで卑怯なんだこのばか……!』
「ほひっふ……ほひっふ……ふっほほほ……!!なにせワシャア最強じゃけぇの……!!」
俺達は約束の木の下で大の字になって、顔面ボコボコの状態で寝転がっていた。
「フホホ……今でも中井出にゃあ勝てる気しねぇけど、
それでも能力を全部失った猛者どもン中じゃあアタイが最強よ」
『失った……?』
「……っと、そっか。お前は知らんのだっけ。
あの戦いのあとな、月詠街に戻ったら……全部元に戻っとったんよ。
あの夏の日の出来事が全部無かったことになってた。
ただし、中井出の記憶だけはどうあっても戻らなくてね……」
『戻ってた、って……じゃあ本当に、あの夏休みの期間に起きたことは、全部……?』
「オウヨ、み〜〜〜んな忘れとった。
覚えてるのはアタイとスッピーと……ドリ姉さんくらいじゃねぇかね」
『…………そうか』
黄昏の草原で、空を見上げた。
木陰の隙間から覗く朱の空を。
視界の先には、飽きることなく俺達の喧嘩を見ていた椛。
その腕の中では沙姫が眠っていた。
「……あぁ、それと……」
『うん?』
「悪い。空界で生きていく中で、
家系がまた宿命馬鹿なものに変わっていくの、止められなかった」
『宿命…………───そっか。刀の巫女か』
「ああ。気づいた時には変わりすぎてたよ。
家系の連中は以前にも増して頭の硬いヤツばっかになってた。
ただし散々と釘を刺したら、弦月と晦には手を出さないようになったけど」
『はぁ……懲りないもんだな……』
「んー…………いきなりだけど手紙でも書かん?成長して、刀の巫女になる沙姫へさ」
『手紙?』
「オウヨ。沙姫と……みさおに、さ」
俺を見る親友に、みさおが至ってしまった状況を話してきかせる。
ゼットと結ばれたこと、子を産んで刀になってしまったこと。
そして、その解放は今の俺では出来ないということ。
『……そっか。だからあの時……』
「……ん。だからさ、手紙でも書かん?
俺、もうこうして約束が果たせたから、地界にゃ用無いし」
『……俺もだ。約束を果たせたからかな、力が抜けていってる』
言葉通りなんだろう。
親友の体はかつてのルドラのようにゆっくりと消えかかっている。
だから俺は紙を創造してもらうと、二人で適当なことや真面目なことを書き連ねていった。
「えーと……始まりは〜〜っと……生き方をせんたく……“せんたく”ってどうだっけ」
『お前は何処のボケ老人だ……え〜〜〜っと、こう、だ』
「おーおーおーそれそれ。生き方を選択させてやることも出来なくてすまない、と……」
『……家系の黒い部分は、俺達だけでどうにか出来るものじゃないからな……』
「俺達の前に沙姫が現れた通り、沙姫は刀の巫女になって屠神冥月を解放する。
それからのことを担っていくには、それくらいの武器が必要さね。
……大丈夫、みさおさんならくだらねぇしがらみとかくらい、なんとかしてくれる」
『他力本願だなオイ……』
───そうかも。
───生き方を選択させてやることも出来なくてすまない。
だけど……キミはキミの未来を築いてほしい。
背負うモノが重すぎるなら捨ててしまってかまわない。
キミにだけ重荷を背負わすつもりはないのだから。
だから、もし辛いと思ったら。
家族の誰かを頼ればいい。
きっと、誰もキミを責めないから。
そしてもし、背負うことが辛くなったのなら───
そんなもの、全てシェイドにでも渡してしまえ。
あいつは暇なやつだから、呼べばきっと来るから。
……ああ、そうそう。
沙姫も冥月もあまり無茶はしないこと。
それだけだ。
それじゃあ、この手紙が娘に甘い親からキミたちにきちんと届くことを願って。
悠介 彰利
───書いた紙を畳んで、立ち上がる。
そうしてから見やる親友は……もう、透明で背中越しの景色が見えるくらいだった。
『……ん……ここまでみたいだな』
「そっか…………。ありがとな、親友。死んでまで約束果たしてくれて」
『お前が完全に忘れてたら、俺は危うく浮幽霊だぞ』
「それ以前に霧散してたかもね」
『シャレにならんこと言うな!!』
…………言いたいこと、まだあるだろうか。
きっと今生の別れになる。
なにかないだろうか……そう考えて、ふと思いついたことを口にする。
「俺さ、これから転生するわ」
『転生!?……って、月癒力でか?』
「オウヨ。融合と再生が主だが、転生能力バッチリ搭載。
ん〜でもって、まるで狙い済ましたかのようにステキな時に転生してくれる。
……そうさな、キミが目覚めて最初に見るのがアタイの転生体!
これって素晴らしくない!?若者風に言うと……これってスゴクネ?パネェよパネェ」
『死ね』
「うわすっげぇ低い声!!キミ相変わらず若者語とか嫌いなのね!俺も嫌いだけど!」
『でも…………そっか。それなら退屈しなさそうだな』
「オウヨ!!」
二人、笑い合う。
ここに中井出が居ないのが残念なくらいだけど…………どうしてだろう、
あまり心配しないでも、いつか会える気がする。
「…………俺からは、それだけだ」
『そっか。じゃあ…………ここまでだな』
親友を……悠介を象っていた光が、散り散りに消えてゆく。
奇跡の代償……己の存在を使って、一つの願いを叶える力。
元々スッピーが複製したものだからこそ、スッピーも覚えていたのかもしれない。
ルナっちも覚えていたから俺を殴ったんだろう。
でも……これで終わり。
なにもかもが終わって、それから……始まる。
『最後にこの残りカスで願いでも叶えてみるか?』
「おっ、いいね〜!なになに?なに願う?」
『そうだな……お前が本当に丁度いいタイミングで転生出来ますように、ってのはどうだ?
いや違うな…………そうだ!』
「オウ?」
なにかを思い出したかのように手を叩く。
その拍子に手がブワァッと散っていく。
『おわぁあーーーーーーーーっ!!!消える消える消えるぅううううっ!!!』
「ななななぁあーーーーにやっとんじゃあぁあーーーーーーい!!!!」
肝心なところで失敗をやらかす気質は、やっぱりそうそう変わらないらしい。
この分じゃ、“馬鹿”ってのも死んだくらいじゃ治らないんだろうな。
『───あれだ!ノートが言ってたんだよ、
ラグから精製する“俺”には足りないものがあるって』
「足りないもの?」
『そう。“創造の理力”だ。それがないと“俺”としては確立できないためか、
体は作れても目覚めないって話だ』
「……じゃけんど、奇跡の魔法なんぞで理力を創れるん?」
『いや。理力自体はもう深冬の中にあっただろ?覚えてないか?いつか種を飲ませたの』
「───……あ」
『ああ。だからそれを、お前が転生した時に開花するように願うよ。
そうすれば……お前がいつか空界に来た時、俺は目覚められる』
「…………そっか。それ、いいな」
『ああっ』
がつんっと、砕けた腕と俺の腕がぶつけられる。
やっぱり少し霧散したけど、その顔は笑顔だった。
『じゃあなっ!……悪くなかったって思えるよ!
お前と会えて、提督に会えて、原中を生きて───本当に楽しかった!』
「ああっ!俺もだっ!それじゃあ───またな!親友!」
笑顔でお別れを。
綺麗な光が散ってゆく中で黄昏はゆっくりと闇に染まり……
やがて朱の光が無くなるのと同時に、悠介の姿は……完全に消えてなくなっていた。
そして、俺の記憶からも再び消えようとしている。
「…………うん」
その全てが消える前に───俺は椛のもとへと手紙を転移させると、驚く顔に手を振った。
じゃあ……行こうか。
いつになるか解らないけど、絶対にお前を起こしに行くから。
だからそれまで、待ってろよ、親友…………。
「月癒力!!───じゃあなー!ごめんなさいねー夜華さーーん!!」
思いっきり迷惑をかけるであろう妻に謝って、月癒力を解放。
転生の法と転移を同時に使って、俺は光になると……沙姫の中へと消え行った。
……いつか、彼女じゃなくても、
自分の魂に合った家系のボーイが産まれることを願って。
…………さあ………………お祭りを始めよう。
終わらない、いつまでも続くお祭りを……親友と一緒に。
【ケース867:弦月彰/時は流れて】
……。
「こぉおおの馬鹿者がァアァアアッ!!!」
「だわぁあうあっ!!?な、なんだよぉっ!!」
「なんだこの成績は!栄え在る我が家系に有るまじき馬鹿っぷりっ……!!
いいかっ!次の試験で納得のいく成績が取れなかったら、もう貴様なぞ知らん!
この家から出ていってもらうからなぁっ!!」
「ゲェエエーーーーーーッ!!!」
…………この街は嫌いだ。
いや、べつに昔あったゲームとかアニメの真似をしたいわけじゃない。
ただ純粋に嫌いなのだ。
月詠街って呼ばれてるこの街で、もう飽き飽きするほどの説教をくらって。
頭が悪いわけでもない筈なのに、どういうわけか集中できない愚鈍馬鹿な俺、弦月彰は、
今日も今日とてテスト云々で親父に怒られていた。
な〜んの取り得もない、
ただ創造の理力と月操力が使えるってだけの、ただのプロレス好きヒューメン。
能力だけは一丁前だが、親は成績も上げろという。
んなもんあんたらが体裁を気にしすぎてるだけだろうに。
「あ〜あ……つまんねぇ〜……」
そう、つまんなかった。
俺はただ、約束の木をずっと守っていきたいだけだ。
どうしてか俺だけが知っている、ご先祖さんの親友の記憶と約束。
それを守るために俺はあのかたっくるしい家で耐えてきた。
それがなければこんな家、とっくの昔に出ている。
幸いにして、月操力があれば生活に金が必要になることもないわけで。
けど、あの木は何ものにも代えられない。
そう思えるからこそ親父の横暴にも今まで耐えてきたが……
「図書室だっ!図書室!!」
いやいい、今は勉強だ。
あのクソ親父、俺を追い出したらすぐにでも草原と木を平らにするに違いない。
だから───
「あーーーくそっ!自由だっ!自由が欲しいぞーーーーーーっ!!
あ、あとなんでも許せるたった一人の親友!!
えーとなんだったっけか……あー…………あー!あー!……うん。
───宙の果ての何処かにいる俺のしもべよ!神聖で美しく、そして強力な使い魔よ!
我は心より求め訴えたりゃー!我が導きに応えろチクショー!
“五つの力を司るペンタゴン、我の定めに従いし、使い魔を召喚せよ”!」
叫ぶように巨大図書館へと続く道を歩きながら、空に拳を突き上げて言ってみた。
すると───ブゥン、というわけの解らない音。
ハッと地面をみると、なにやら魔法陣が現れているじゃあありませんか。
「え?俺って魔術師だったの?マジで?」
なんて言ってた傍から強制転移。
気づけば俺は薄暗い、黒魔術の儀式が出来そうな石造りの部屋の中、
巨大な魔法陣に尻餅をつきながら……目の前に居たちっこい女と対峙していた。
…………それが、始まりだった。
【ケース868:カイ/約束の邂逅】
「……こんな森の中になにがあるってんだよ」
「彰くん。手掛かりは探さないと見つからないって解ってる?」
「あのねミアさん?キミが半端な魔術しか出来ないから俺がこげな目にだね……。
はぁ〜あ……さっさと地界に戻りてぇや」
二つの影が見えた。
真っ直ぐに向かってくるのは、少し髪の毛が上に尖った少年と、
大きな帽子を被った少女。
「大体キミね!何故この俺にあの本を渡したりしたのかね!?
私にも解るように平明に答えてもらいたいものだねぇ!!」
「彰くんってそればっかりだね」
「な、なにをおっしゃいますやら!?この俺がワンパターンとでも!?」
「じゃなくて、いっつも騒がしいってこと」
「そりゃおめぇ……アレだ。俺から騒がしさを取ったら…………なにが残るんだろう」
「能力だけじゃないかな」
「うるせーコノヤロー!!吊るすぞコラ!!」
陽の光が枝葉の間から差し込む幻想的な森、サウザーントレント。
その森の中を歩く二人は、叫びながらもどこか楽しげで。
「あ、そうだ。先に言っておくけどね、彰くん。
もし奇跡的に精霊に会えたとしても、失礼なことを言っちゃダメだよ?」
「解った。じゃあ挨拶はビッグバンタックルにしとく」
「なんでそうなるの!?」
「バカヤロー!!貴様が“言っちゃダメ”とか言うから、
肉体で出会いを演出しようとしてるんでしょうが!
何を言っているのかねこの小娘は!
体当たりでの出会いが地界では伝統的な出会いの挨拶なのだよ!?
キミはなにかね!?私を馬鹿にしているのかね!?」
「彰くんは今さら馬鹿にする必要もないくらいに救いようの無い馬鹿でしょ?」
「うわヒデッ!」
「せっかくあげた転移水晶を文句を言うためだけに使った彰くんに、
自分が馬鹿じゃないなんて言う資格なんて皆無だよ!」
「馬鹿とはなんだコノヤロウ!!
大体なんだね!?何故俺にあげなもんを渡したのかね!!」
「………」
「ウィ?」
「知らない。それより早く行こ?
もし運良くドリアードに会えたら、地界への空間転移方法が解るかもしれないし」
「おおそりゃステキ」
男の方はホウ……と安堵するように息を吐いた。
そしてそのまま、泉へ向かって歩いてくる。
が、その顔はすぐに複雑そうな顔に変わり、今度は溜め息を吐いた。
「写本でもなんでもいいから無いのかよぅ……。
どうせなら世界にある空間転移書を屋敷に全部頂戴しときゃよかったのに」
「あれはわたしが集めた魔導書じゃないもん。もう、彰くん文句ばっかりだよ」
「だってよぉおおおお〜〜〜……
留年決定した上に家まで追い出されたんだもんよぉおおお〜〜〜……
文句言うなってほうが無理ってもんだよぉおおお〜〜〜……」
「彰くんって嘘泣きがわざとらしすぎるよね」
「まあ……やかましくてカタッ苦しい親父と会わないでいいってのはいいかもだが。
しかしな、ちっこいの。俺にはご先祖様が大事にしてたっていう、
“約束の木”を守る使命があるのだ」
「約束の木?」
「イエス。前に言ったよな?
俺の先祖には親友が居たっていう、たった一人の親友の話」
「あ、うん。その人と関係すること?」
「そう。なにせ、その二人が出会った場所ってのがその約束の木の前だったんだ。
俺はご先祖様の生き方に共感する。
だから、あの木を切り倒すとか言った親父が大嫌いだった」
「……もしかして、彰くんが地界に戻りたい理由ってそれ?」
「厳密に言えば“それだけ”だ。
あんな空気が汚くて退屈な世界にゃ他に興味が無いよ」
カリカリと頭を掻きながら、枝葉で覆われた自然の天井を見る。
サラサラと流れる風に揺られ、影が動くと……どこか暖かな気持ちになれた。
「なぁミアよ」
「ん……なに?彰くん」
「ところで友達ってのは何をするものなんだ?」
「…………わたしも友達なんて居なかったから知らない」
「そか」
二人は友達なんだろうか。
よく解らないけど、男のほうが大切ななにかを持っているのは知っている。
本能的、というのか。
出会う前からその事実を自分は知っていたのかもしれない。
「彰くん、もしグルグリーズが出てきたらどうしようか」
「ファブリーズ?ああ、あの衣服の消臭の」
「違うよ!……グルグリーズ。さっき言った、緑竜の王の名前だよ」
「いや、どうすると言われても。いきなり襲い掛かってきたりするのか?」
「ううん、竜王の中でも一番穏やかな竜だから、いきなりは流石に無いと思う」
「へえ……男として、竜族は見てみたいな」
「そうなの?ヘンなの」
「馬鹿とはなんだコノヤロウ!!」
「ヘンって言っただけだよぅ!!」
言い返しながらも、少女は楽しそうに笑う。
少年の服を小さくつまんで、頬を少しだけ染めて。
少年の方はそれに気づきながらも、なにか生暖かい視線で、俯く少女を見ていた。
「話は変わるけどさ。やっぱこの世界には王様ってのは居るのか?」
「うん。この世界には三つの国があって、それぞれに王様が存在するの。
て、あ……全部合わせたら四つになるのかな」
「全部って?」
「お空の上の話だよ。空界にはね、空に浮かぶ島があるんだよ」
「ラピュウタ!?」
「名前はノヴァルシオ。ああ、空界じゃ空中庭園をノヴァルシオって言うんだけどね。
庭園、ていうか都市の名前はサーフティール。
歳をとらない人達が、ずっとそこで暮らしてるんだって」
「へえ……歳取らないって、マジで?」
「うん。本にそう書いてあった。全員、元地界人らしいんだけどね」
「……訳解らんな、それ。ずっと空中に居て、食料とか尽きないのか?
もしかして食わなくても平気な人?」
「ううん、百数十年前に地界から来てからずっと、
そこからは誰も降りてきてないんだって。
時々面識のある魔導魔術師が会いに行ったりしてるらしいけど、
この百数十年間、人口が増えた記録なんて一切無いの。
食料も必要な分だけ栽培してるんだって」
「へーえ……どうやって乗るんだ?空中にあるんだろ?」
「興味本位で誰かが訪れたりしないようにって、乗り方までは書いてなかったよ」
「ダメじゃん……」
やがて、歩みが止まる。
彼らの目の前には泉。
そして、それを挟んだ場所にある大樹。
「そうそう。その庭園は王国として数えられてるんだよな?
そこの王様ってどんな名前なんだ?一応、王なんだろ?」
「うん。えっとね───」
一気に開けた景色に彼と彼女は声を失い、その景色を魅入る。
僕はそんな景色の一部となって、目を閉じたまま……ずっとこの時を待っていた。
「………」
彼の目には、大樹の幹に存在する楕円形の球体……
つまり、僕が眠る樹脂のカプセルが映っていた。
そんな僕を怖いものみたさからだろうか……
彼は隣の少女のことも忘れたかのように歩を進ませて、
泉のほとりに辿り着くと……自然が作った橋を渡って、僕の前まで来た。
「…………人……?」
その様子を、緑竜王とドリアードとが見守っていた。
彼はそれに気づいた様子もなく、さらにカプセルに近づくと……
おそるおそるといった感じに手を持ち上げる。
その後ろ……少女がマナの粒子に目を奪われている中で、一匹の猫が起き上がる。
鳴くこともせず、伸びもせず、とことこと歩き、
橋を渡って……僕と彼を見守るように、間に座った。
その直後、彼の手がカプセルに触れる。
「……、うわっ───!?」
触れた手は樹脂のカプセルに沈むと、
抜くことを許さないというかのように彼の腕を圧迫する。
そして……僕に足りないものを彼から吸い取り、僕へと移植してゆく。
「な、なんだこれっ……!!す、吸われ……!?」
彼は抵抗する。
けど、吸収はすぐに終わり、彼の中から……創造の理力は無事に移植された。
樹脂カプセルはその理力ごと僕に取り込まれることで消えて……
その場には、法衣一枚を羽織った僕と、カプセルの重力で抉れた幹とが残された。
『…………、ん…………』
目を開ける。
すると、今まで自然を通して見てきたものの全てが自分の視覚で見ることが出来た。
『…………これが…………』
目を開けるのは初めて。
体を動かすのも初めて。
なにもかもが初めてな世界の中で、尻餅をついていた僕は立とうとする。
けど筋肉がまだ上手く出来ていないのか、
まるで小鹿のように足が震えて、立つことに難儀する。
そんな僕を見て───少年は、どうしてか人懐っこい顔をすると、手を差し出してきた。
それがなにを意味するのかがよく解らない僕は、だけどおずおずと手を伸ばすと……
手を掴まれ、引かれるままに立ち上がった。
……もっとも、すぐに倒れてしまったけれど。
「え、えぇっ!?人!?」
「おお!なんか桃から生まれたモモタリャーみたいに木の股から生まれおったわ!
木の股から生まれたから〜〜〜……よし!名前はスマタノモロチンにしよう!!」
『なっ……ま、待って……!僕にはちゃんと“カイ”って名前が……!』
「カイ!?なにそのドルアーガチックな愛称!いいじゃんもうモロチンで!な!?」
『だ、だだだめだよ!僕は、僕は……!』
「ほいじゃあスマタノモロチン。愛称はカイ!」
『いやだぁっ!絶対に嫌だぁああっ!!』
……どうやら僕はとんでもない人に起こされたらしい。
ドリアードとスピリットオブノートは、必ずいいヤツに会えると言ってくれたけど……
彼は本当にいいヤツなんだろうか。
……そんなことを思いながら名前についてを言い争っていると、
ふと……さっきの猫が、抉れた木の幹を見て、歩み寄る。
「……?」
その姿が気になって目で追ってみると、
木の幹には……妙な袋のようなものが飛び出ていた。
カプセルを埋める際に少し掘り返されたのだろう、それを猫は前足で掘り返して……
でもその動きはつたなくて、なんとなく見てられなくなった僕は手伝うことにした。
「……お?なになに?…………写真?」
果たして、出てきたのは袋に入れられた写真。
色褪せることなく、くっきりと綺麗なそれは…………
なんだか、見ていると心が温かくなるような写真だった。
猫はそれを見て…………小さく震えているようで……
【ケースEND:忘却の猫/トモダチと、ナカマ】
───……。
ふと気がつけば猫で、空界創世の大地に立っていた。
自分が誰かも解らない、どうしてこんなところに居るのかも解らない。
なにも解らないからなにかに頼りたくて、広い世界を歩いていたら精霊にあった。
スピリットオブノート、っていうらしい。
おかしな名前だなって思ったけれど、
どう伝えればいいのか解らなくて、ただ足に顔をこすりつけた。
僕は、ここに居るよ、と伝えたくて。
───。
この世界にいろいろな生き物が増えた。
スピリットオブノートの産みの親が創り出したらしい。
ヒト、とかもんすたー、とか、なんかいろんな生き物が居た。
どうしてこんなものを創り出すのか解らないけど、
トモダチが増えたみたいで嬉しかった。
───。
同じ生き物だから、トモダチになれると思って近づいた。
そうしたら、急に牙を立てて噛み付いてきた。
とても痛くて、泣きながら必死になって引っ掻いて、逃げた。
でも逃げられない。あいつの方が大きいし速い。
すぐに捕まって、おなかをかじられた。
いやな音がなって、おなかがなくなった。
いたい、いたい……
───。
よくわからないけど、おなかはいつのまにか治ってくれた。
でもとても痛くて、ずっとずっと泣いていた。
あいつはこわいやつだ、近づいたらいけなかったんだ。
だからぼくはもっとちいさななにかをさがした。
トモダチ。
トモダチを見つければ寂しくない。
何も知らないぼくだったけど、どうしてかそれだけはゼッタイだって思えた。
───。
トモダチができた。
ラットン、っていうらしい。
話すとき、ぜったいに“ウサギ”っていう。おかしい。
そんなラットンと一緒になって、小さなお城をつくった。
ここをぼくらの秘密基地にするんだ。
───。
ラットンにおよめさんができた。
こんど、こどもができるんだって。
よくわからないけど、ラットンはうれしいっていってたから、ぼくもうれしい。
───。
おくりものをするといい、って……どうしてかおもった。
だからぼくはラットンが好きなニンジンを探して、ニンゲンがいる場所に向かった。
でも話方がわからない。
どうすればわかってもらえるのかわからなくて、ニンジンの前に座りこんでみた。
……ニンゲンはながいなにかを振るって、ぼくを叩いてきた。
いたい、いたい……
それでもラットンにあげたくて、叩かれても叩かれてもがまんした。
でもさいごにはけりとばされて、ぼくの目の前は真っ白になった。
───。
ごめんなさい、ごめんなさい。
あやまりながら、ぼくはニンジンをくわえてはしった。
ひどいことをしてしまった。
ニンジンをぬすんでしまった。
でも、いつかべつのものをかえします、だからゆるしてください。
───。
秘密基地がこわれてた。
なにかが喧嘩したみたいにぐしゃぐしゃになってて、
どうしてかいろんなところに赤いなにかがべっとりついてて……
いやな匂いがして……それが、ぼくのおなかをたべたあいつの匂いだってわかって───
───。
ラットンがいなくなった。
トモダチがいなくなった。
かなしいきもちになりながら、もう誰の祝いにもならないニンジンをかえしにいった。
たたかれた、なぐられた、ごめんなさいごめんなさい……!
もうしないから、ごめんなさい……!
───。
きがついたら、赤いのがべったりとついてた。
ぼくは足をしばられて吊るされていて、ニンゲンにばしばしとたたかれていた。
いたい、いたい……やめて……
───。
どれくらいたったのかな……
とてもいたいのに、ニンゲンはぼくをたたく。
なんでしなないんだ、とかいって、なんども、なんども……
───。
……まっかだった。
ぼくの右手がころがってて、あしがなくて、おなかがなくてしっぽがなくて……
たすけて、たすけて……いたい……いたい……
───。
……なにもでない。
のどがない。
いきができなくて、くるしくて、さけびたいのにさけべなくて……
───。
つぶされた。
ちぎられた。
ばらばらにされた。
あたまだけになって、からだがつぶされていくのをみた。
……ぼくは、なんなの……?
───。
たすけて……
───。
たすけて……
───。
たすけて……
───。
…………。
にげだした。
ばらばらにしたままおいておかれて、からだがくっついたからにげた。
でも、おなかがぺこぺこでうまくはしれなくて、たおれたところをつかまった。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
にげだしてごめんなさい!やめて!やめて!やめて!
───。
……きがついたら、なけなくなってた。
なにをしてもだめなんだ。
ぼくはしねない。
ながいながいじかん、ずっとつぶされて、
ぼくをつぶすひとがなんどかわっても、ぼくはしななかった。
───。
きょう、ニンゲンがぼくをみせものにした。
ころしてもしなないねこだ、って。
みんながみてるまえで、ぼくはばらばら。
……もう、たすけて、ってことばのいみもわからなかった。
───。
きょう、ニンゲンがぼくをおりからだした。
じゆうだよ、っていった。よくわからない。
せしる、とかいうなまえのニンゲンのおんなだった。
でもぼくはもう、うごけるほどちからがなかった。
たべさせてくれたものも、みずも、のどにとおったとたんにはきだした。
───。
せしるはおきゅーきんとかいうので、ぼくを“いしゃ”にみせた。
またばらばらにされるのかなっておもったけど、もうどうでもよかった。
ていこうするのもつかれた。
もう……うごきたくない。
───。
…………。
どれくらいたったのかな。
いしゃはぼくを少しずつ元気にしてくれた。
せしるも毎日会いにきてくれる。
でも、元気になったらきっとまた潰すんだ。
でも、逃げたらもっとひどいことされる。
どうしよう、どうしよう……。
───。
少しずつだけど、せしるは悪いやつじゃないっておもえてきた。
いしゃからせしるにあずけられたぼくは、せしるのへやで今日もおるすばん。
せしるはまじゅつしなんだって。よく解らない。
───。
せしるにはぜっととかいうトモダチがいた。
あたらしいニンゲンをみるたびに、ぼくはこわくなる。
せしるはそんなぼくのせなかをなでてくれた。
ありがとう、ありがとう。
───。
……ぜっとがしんだ。
せしるをかばったんだっていってた。
おおきなばけものにたべられて、うずのなかにのみこまれたんだって。
そのひから、せしるはせしるじゃなくなった。
───。
せんそうがおこった。
もんすたーとニンゲンがたたかってた。
ぼくはどうすればいいのかもわからない。
でもせしるの家はぼくがまもらなくちゃ。
───。
…………ごめんなさい。
ぼくはなにもできなかった。
まっくろになった家を見て、泣きたくなる。
あやまればゆるしてくれるかな。
きっとだめだ、もうぼくはきらわれた。
───。
いくあてもないまま、せしるを探した。
それでもあやまりたいっておもったから、探した。
でもいない。
たまに、せしるはイケニエになった、とかよくわからないことを耳にする。
いけにえってなんだろう。
───。
せしるがいない。
───。
せしるがいない……。
───。
くろい家のまえにすわってたら、そこにくろいおおきないきものがとんできた。
たしか、どらごんとかいうなまえの。
たべられるのかもしれない。
でも、ぼくはここをまもらなくちゃ。
こわくてしかなかったけど、ぼくはせいいっぱい声のでないのどでいかくした。
───。
どらごんにかまれて、ぼくはよくわからないばしょにつれてこられた。
どらごんはじぶんのねどこだ、っていう。
みふりてふりでなまえをきいてみたら、ぜっと、っていった。
ぜっととおなじなまえのどらごんだった。
───。
ぜっとにはてきがおおかった。
そのたびにまきこまれるぼくを、ぜっとはにがしてくれた。
ぜっとはただ、ぼくをみて“すまない”といった。
しゃべれないからくびをかしげると、
おまえのご主人様は俺の所為で死んだんだ、って言った。
───。
逃がされたばしょは、やっぱりよくわからないところ。
暗くてへんな匂いがして、たまにほねがあるいている。
まよいのもり、とかいうらしい。
ここならニンゲンはこないから、っていうことらしかった。
───。
……おなかがすいた。
でもたべられるものはなにもなかった。
───。
……おなかがすいた。
───。
腐った匂いのする草をたべた。
おなかはいっぱいになったけど、しんじゃうくらいくるしくなった。
───。
……あるひ、もりのおくに水たまりをみつけた。
大きな水たまり。
そのさきには大きな木があって、どうしてかそれは枯れていた。
ただ……やっぱりどうしてかわからないんだけど、
その木のことが、ぼくはとても好きだった。
───。
どれくらいたっただろう。
あるひ、ひとりのニンゲンが木をたすけてくれた。
どりあーどっていうなまえの精霊はうれしそうにしていた。
ぼくもうれしい。
───。
すこしずつかわっていく。
あのニンゲンが来てから、このせかいはかわっていく。
でも……どりあーどがいなくなった。ぜっとがいなくなった。
それはとてもさびしかった。
───。
この森での暮らしも大分慣れた。
グルグリーズに教えてもらって、いろいろと勉強した。
それでもぼくのことは解らないまま。
本当に、僕はなんなんだろう。
───。
───……。
また、時間が過ぎてゆく。
ある日、この森に騒がしいやつらがやってきた。
ニンゲンだ。
ひとりはなんだかふつーのニンゲン。
あとのふたりは……子供だった。
大きいニンゲンは木のほうに向かっていって、子供のほうは森を見上げながら笑ってた。
そんな笑顔を見ていたら、どうしてかぼくの胸がやさしいきもちになる。
……いじめられないかな、とびくびくしながら、それでも歩いていって……
『アレイシアス、くーかいにもアイルー種が居るんだな』
『む?おおほんとじゃの。おぬし、名をなんという?』
『…………』
あいるー?なんだろう。
『むう、もしや喋れんのか?
……まあよいのじゃ、いろいろあるものじゃからの、深入りはせんのじゃ』
『二本足で歩いているからてっきりそうかと思ったんだが……』
二本足……ドリアードたちもそうだったから、僕なりに練習した結果だった。
結構難しい。
そんなことを思いながら、
ぼくは屈みこむ二人の膝を踏み台に肩に上ると、二人の頭を撫でた。
どうしてだろう、初対面のはずなのに、とてもこうしたい気分だった。
『わしの頭を撫でていいのは───!…………、…………む?』
『どうしたんだ、アレイシアス』
『いやなにの、猫じゃからかのう、嫌悪感を感じぬのじゃ』
『珍しいな、お前が父上以外の者に撫でられて怒らないなんて』
『不思議じゃのう』
それが終わると、トトンッと降りて……ニンゲンが戻ってくる前に森の奥へと逃げる。
ニンゲンは怖い。係わらないほうがいいんだ。
───。
血の匂いがする。
自然が言ってた。
ニンゲンがヒトを皆殺しにしたって。
でも次の瞬間にはこの世界は緑に溢れて、
それはぼくにとってはとても住みやすい世界だった。
───。
何日経っただろう。
なにがあったのか、ある日にドリアードが戻ってきて、ぼくを見つけるなり抱き上げた。
苦しくはなかったけど、泣いているみたいだったから涙を舐めてあげた。
どこか痛いの?大丈夫?大丈夫?
───。
ドリアードがぼくのことを“ひろみつさん”と呼ぶようになった。
ぼくの名前なんだろうか。
よく解らないけど、なんだか確かに自分が呼ばれているようで、嫌な気はしなかった。
───。
……。
…………。
長い時間が過ぎた。
増えた自然の管理にニンフたちはそれぞれの領域を決め合ったようで、
このサウザーントレントにはドリアードとグルグリーズしか居ない。
時々スピリットオブノートが来て、
まえに置いていった樹脂の“かぷせる”に入った精霊の子の様子を見ていく。
この精霊の子は“カイ”っていうらしい。
ゆーすけ……“悠介”って書くらしいけど、その“介”からとってカイっていうんだって。
“悠”からとってハルって名前にしようとしたらしいんだけど、やめたって言ってた。
『……博光さん?』
『……?』
ドリアードが呼ぶ。
ぼくは寝かせていた体を起こすとドリアードを見て、首を傾げる。
『少し前に、チェルシートンの屋敷で召喚の儀式が行われたそうです。
自然たちが情報を届けてくれました』
『……』
『召喚されたのは……弦月彰利さんの転生先、彰さんだとか』
『………』
『…………博光さん……』
ドリアードが僕を抱く。
まるで、喋れない僕を慰めてくれるかのように。
『わたしは……わたしは檻の中でもよかった……。
貴方とともに在れるのなら、たとえ霊章に閉じ込められたままでも……。
貴方がここまでの歴史の中、
受けてきた辛いことを少しでも受け止めてあげたかった……』
『………』
『……博光さん……っ……』
彼女は泣いていた。
泣かないで、と頬を舐めるけど、そのたびに涙は流れる一方で───
ぼくは、なにもしてあげられない自分をひどく悲しんだ。
───。
それから少し経った。
今日はドリアードとグルグリーズがなんだかそわそわしていて、
ぼくはどうしたのって訊きたいのに、声を出してくれない喉にがっくりと項垂れる。
スピリットオブノートの話だと喉に異常はないっていうんだけど。
悲鳴を上げるとまた潰される、っていう恐怖が、僕の喉を止めているんだって言ってた。
……。
そして、その瞬間がやってきた。
前に話してくれた、アキラとかいうやつと、アキラを召喚したっていう少女。
一人は髪の毛が逆立ってるみたいになってて、女の子のほうは大きな帽子を被っていた。
男のほうが泉に近づいて、カイに触れようとする。
なんだかぼくは気になって、カイとアキラの間に座りこむ。
……それと一緒の時くらいかな。
アキラがカイのかぷせるに触ると、
かぷせるが光って───かぷせるが全部、カイの中に消えていく。
カイはくたりと倒れこんでいたけど、
アキラに手を差し伸べられるとそれを掴んで立ち上がった。
……その時。
カイが座りこんでいた幹に、よく解らないけど……紙のようなものを見つける。
ぼくは……カイが立てたことよりもその紙が気になって、
どうしてか逸る気持ちに急かされるみたいにして土を掘った。
すぐにカイも手伝ってくれて、紙はついに……姿を見せる。
「……お?なになに?…………写真?」
出てきたのはシャシンとかいうのだった。
小さな紙の中に、知らないニンゲンがいっぱい映っていた。
その中には以前、頭を撫でてあげた少年と少女が居て…………でも、なんだろう。
なにかが足りない、って……そう思った。
それは小さな違和感。
なにが足りないんだろう。
そう思って、どうしてか……
自分はこれとまったく同じ光景を目にしたことがある気がした。
そこに“自分”が居ないからこそ気づける、小さいけど決定的な違和感。
……。
ぼくは……
『…………』
やさしい風が吹いた。
自然の風が、ぼくを……───いや。俺をやさしく撫でるように。
そうして、風に押されるようにして、
俺の中の記憶の窓は、キィ、と音を立てて開かれた。
……途端、穏やかな風に抱かれているとさえ思えるほどに、自然を感じた。
『……』
あの戦いから百と数十年。
それだけの時間があって、ようやく……死んだルドラの呪縛も解けてきたのだろう。
記憶が、ゆっくりと浮上してゆく。
それでもこの写真が俺以外が撮ったもので、
しかも俺が映っていたら思い出せなかったのだろう。
奇妙な偶然に感謝したい気分だった。
……そして…………
『……えぇと、挨拶が遅れましたね、猫さん。僕はカイ。フルネームがカイです』
「うわ、二足歩行の猫っ……ア、アイルー!?もしやアイルー!?
お、俺弦月彰ね!?ぜ、是非“ご主人”と……!」
振り向けばそこに、かつての残照。
手を伸ばせば届き、望めばまたここからやり直せる……また探せる“楽しい”がある。
だから俺も───あの一撃のあと、
内包していた亜人と混ざることで不老不死になってしまったこの体と一緒に。
こいつらと一緒に、もう一度楽しいを探しに───……
『ん、あ、あーあーあー……うむ!』
声を出す。
人格が戻ったからだろう、恐怖の戒めは既になく、簡単に声が出る。
そして……“うむ”という言葉を聞いた途端、
離れた木の枝に腰掛けていたドリアードが、ハッとした顔で俺を見下ろす。
『───ただいま!ドリアード!
いっぱい待たせたけど───俺、帰って《がばしー!》ゴニャアアアアアア!!!!』
『博光さんっ……!博光さん博光さん博光さん!!
博光っ……うあぁああん博光さぁああああん!!!』
『いやあのちょっ……ドリアード!?い、いけません子供たちが見てる!
いけまっ……い、いやぁあーーーーーっ!!ちょっ……見るなぁあーーーーーっ!!!
ドリアードの泣き顔を見ていいのはこの博光だけであるーーーーっ!!!』
「ドドドドドドリアード様!?ははは初めまして、てててれればば!!
わわわわたくひっ、ミミミア=チェルシートンっていいまふっ!!」
「アイドルルルルルルナ?」
「違うもん!!」
『あ、あのあの、落ち着いてください、まずは深呼吸を……』
一瞬にして、場は賑やかになった。
俺に抱き着いて泣いているドリアードは、もう高位精霊の威厳ゼロ。
ミアとかいうお嬢は緊張でガチガチになってるし、
彰はそんなミアを見てクォックォックォッと笑っている。
カイはその場の雰囲気をなんとか落ち着かせようとアワアワして……
はは……どうやら損な役回りは相変わらずらしい。
「………」
抱き締められている体を見下ろす。
どうにも様々な意思と亜人とが一緒にくっついてしまったらしい体。
人間に戻ろうにも戻ることは出来ず、でも……武具宝殿の感触はなんとなく感じられる。
ユグドラシルも……うん、生きてる。
意思たちも元気だ……全員、記憶が戻ったことを喜んでくれてる。
いやしかし、この博光が猫……猫か。
主に亜人の体が霊章に混ざっていたから、そっちの方に引っ張られたんだろうな……。
人間の姿を保っていられなくなるからって、なにも融合しなくても……。
この不老不死、絶対に棒人間の所為だぞオイ……。
『……もし、そこのお二方』
「え?俺?」
『え……僕ですか?』
『うむ。よろしければ僕を旅に同行させてもらえないでしょうか。
この博光、絶対に役に立って見せ』
『わたしも行きます!』
『え?いやあの、ドリア───』
『いきますったらいきます!もう……離れませんから……!』
『いやあのえっと……は、はいぃ……』
問答無用のようでした。
そして、彰とカイも悩むことなく笑うと……
『どうやら僕も、いつの間にか旅をすることが決定しているようで……』
「お前は同行して当然なのっ!俺の理力を返すその時までついてこい!」
『そしてこの博光は、人間に戻れるまで貴様らと同行しましょう』
「元人間なの!?」
『うむ!この写真を撮った者、それは実はこの博光である!』
「うぇええええ!?マジでか!?お、俺の憧れのご先祖様の時代じゃねーか!」
「男のヒト見て興奮するなんて、彰くんは変態なの?」
「違いますよ失礼な!!」
なし崩しで珍妙パーティが結成された。
ドリアードは本当に嬉しそうに俺を抱き締めると立ち上がり、
溶け込むように……俺の体に走る霊章の紋様へと消えてゆく。
ユグドラシルに宿した核と離れて久しい……身を安らげるためだろう、
ドリアードは一度霊章にもぐると、しばらく帰ってこなかった。
「なんかいきなり大所帯だな……」
「どうするの彰くん……わたし、お金とか全然ないよ?」
『食料なら僕が創造します』
『調理なら任せるがよいわグオッフォフォ……!!』
「水とかなら俺も出せるし………………なんつーか最強?」
「でも眠る場所とかは……」
『漢なら黙って野宿!!』
「うおお熱いな猫野郎!そうだよなぁ!やっぱ漢ならサヴァイヴァーだよなぁ!!」
「あの……私女の子なんだけど……?」
『構わん俺が許す』《どーーん!》
「嫌だって言ってるんだよ!?わたし!!」
知ったことではないわとばかりに、ハスーと鼻で息を吹いてみせる。
『ではまず、近場の街から攻めてみましょうかね』
『せ、攻める……ですか?』
『うむ!まずは白いタキシードを着て高いところでトランペットを吹くんだ彰!』
「どこのヨコシマだよそれ!!俺ナンパとかに興味ねぇぞ!?」
『それは残念だ』
そう言いながらも、彰は少し楽しげだった。
無茶苦茶な状況だけど……案外楽しんでいるのかもしれない。
「じゃあチーム名決めようぜ!」
『貴公子とカスで』
「あぁあ俺の台詞が!何故解った猫てめぇ!」
『なんとなくさ!ちなみにカスは毎度お馴染みで女性のみとなります』
「それってわたしがカスってことなの!?どうなの彰くん!!」
「なしてアタイに訊きますか!?」
『大丈夫ですよ、カスにも利用方法が……あ、あの?何故落ち込んで……?』
『……おめぇ……鬼だな』
「ひでぇ……」
『え!?え!?な、なにがですか!?』
言いながらも歩き出す。
近場っていったら何処だろう、なんて思いながら。
かつて街もヒトもほぼ全滅したのだ、あれからどんな風に国が変わったのかが解らない。
それでも俺は、彰とカイに片方の肩を組ませてその肩の間に立つと───
ミアを除いた全員で肩を抱きながら、高らかに笑った。
「う、うー……!彰くん!仲間外れとかひどいと思うんだよわたし!」
「仲間だと!?調子にのるなよ!このオレがいつきさまらの仲間になった!
ふざけるな!!オレは魔族だ!
世界を征服するためにきさまらをただ利用しているだけだということをわすれるな!」
「えぇ……!?そうだったの!?」
「うそじゃ」《どーーーん!》
「〜〜〜……もう彰くん、帰してあげないんだから!」
「な、なにぃ〜〜〜〜っ!!?や、約束を違える気かてめぇ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
『ゴブレフェヘハハカッカッカッカッカ!!!いろいろあろうが構いません!
さあいくぜ野郎ども!俺達の戦いは───始まったばかりだ!』
「終わってる!それ終わってるぜキャット!」
『う、うわぁちょっ……押さないでくださいっ!倒れますよっ!』
「いたぁっ!ちょっと今の誰!?わたしの足踏んだよね!?」
「この猫です」
『猫の重力でどうやって痛がらせろと!?』
……物語は続く。
これからまだまだ、いろんな場所、いろんな世界で“楽しい”を見つけていけるだろう。
そう、俺達の物語はまだ始まったばかり。
物語はこれからなんだから。
「街についたらまずどうしようか、ね、彰くん」
「なんでこの世界初心者の僕の意見優先させるのキミ!
つーかあれ!?ドリャードさんは!?ドリャードさんなら僕を帰せるって話じゃ……」
「うんあれウソ」
「ゲェエーーーーッ!!!」
『あぁほらほら喧嘩しないで……!ひ、博光さん、でしたか!?貴方も止めてください!』
『フン断る』《どーーーん!》
『えぇえ!?そんなっ!!』
楽しいことも辛いことも、面白いことも悲しいことも、
全部全部、みんなみんな掻き集めていこう。
俺達が俺達らしく居られるために。
大丈夫、怖いものなんてないさ。
『ではこれより適当な街を目指すものとする!名前知らねーから適当な街!!
総員駆け足!イェア・ゲッドラァック!ライク・ファイクミー!!』
ザザァッ!!
『Sir!!YesSir!!』
「……え?え?なに今の!ねぇなに彰くん!!」
「てめーにゃ教えてやんねー!くそして寝ろ!!」
『まさに外道!!』
「…………彰くん」
「っていやマジで知らないんだって!なんでかやらなきゃいけない気分になって!」
『う、うん僕も……』
「なんで!?う、うー……わたしもやりたい!猫さん!もう一回!もう一回やって!?」
『ぃやだぁ』
「健に似てる……!」
さあ、始めよう。
運命も常識も創造原理も破壊する旅を、こいつらとともに。
「うあーーーんずるい!ずるいよーーーっ!!!」
「なんで言うこときけないの!だめって言ってるでしょ!?」
『彰、口調がオカンになってる』
『あの……僕生まれてきておいてなんですけど、いろいろと悟り開いていいですか?』
『……キミって、何かに巻き込まれる星の下に生まれ続けてるのかもね……。
道中、巨大生物とばっか遭遇、なんてことがなけりゃあいいけど』
「……?ところで彰くん、あそこに居るでっかくて紫色の生き物、なに?」
「んあー?ああ、あれはベヒーモスっていって………………ヒ、ヒィーーーーッ!!?」
『おぉおおーーーーーっ!!!?
い、いきなりベヒーモスですかなんて引きの良さだこの善人ヅラーーーッ!!』
『えぇっ!?これって僕の所為なんですか!?
───ってあっちにもなんか金色の体毛の獣が』
『キングベヒーモスだぁああーーーーーーーっ!!!』
「どどどどうするの彰くん!やばいよ彰くん!!」
「ええい落ち着けい!よく見るんだ!……やつら、カイしか見てない!!」
『………………』
『え?いやあの……え!?あのちょっとなんで僕のこと持ち上げるんですか!?
なんでそんな助走つけ───え、うそでしょう!?やめっ───アーーーーーーッ!!』
「うおぉおおおおおおとんずらぁあーーーーーっ!!!」
『見殺しにしてしまった!!』
「でも仕方なかった!!」
『仕方ないじゃ済まないですよ!!なんてことするんですか!!』
「ゲゲェなに飛んで戻ってきてんの!?」
『まだ歩くだけで精一杯なんだから当然でしょう!!』
「バカヤロコノヤロォ!
男ならそげな苦難くらい───って来た来た来たぁあああああっ!!!!」
『フフフ、てめぇら……この森から生きて出られると思うなよ?』
「それは味方のセリフじゃないよぉおおおおおっ!!!!」
どんな困難が待ち受けていても、あらゆる手段で越えていこう。
どんな迷いに嘆いたとしても、いつかは道を歩んで行こう。
───そう、どんな未来が待ち受けていても大丈夫。
俺達三人が居れば、どんな壁だって越えていけるのだから───
〜F i n〜
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