21/近況と鍛錬と -_-/曹操 ───拝啓、曹操様。最近暖かくなってきましたが、いかがお過ごしでしょうか。 さて本日は、近況をお報せしたく筆 (ボールペンだけど)を取りました。 呉の国は魏国に劣らず賑やかであり、人々の笑顔が絶えない場所ですね。 辿り着いて早々からいろいろあって、悩んでいる暇もあまりありませんでした。 それでもやはり心細さがあったのですが、そんな中で周泰と呂蒙が友達になってくれて、心が救われた気分です。 こんな泣き言みたいなことを言ったら、きっと貴女は怒るか呆れるのでしょうね。 友達といえば、虎の周々と熊猫の善々とも友達になりました。 どうやら自分はよほどに人間の男と縁が無いらしく、今のところ友達になってくれる男性が居なかったりします。 男友達よりも早く動物が友達になるなんて、正直……ちょっぴり切ない気分でした。 ああそうです、凪にお礼を伝えておいてください。貴女に教えられた氣のお陰で、自分は今を生きています。 というのも少し前、呉の民と悶着を起こした際、包丁で腹を刺されまして。 祭さんが言うには、無意識に腹部に氣を集中していなければ、相当に危険だったというのです。 ええ、そんな状態なのに街に出て騒いで、傷口を開いて冥琳に怒られた自分は本当に馬鹿だったと、今なら本気で思います。 ですが安心してください。私は確かに生きています。 ええ、はい、私は元気ですので、刺した者を差し出せとか始末しろとか仰らぬよう、くれぐれもお願いします。 王としての権力を振り翳すのは、今の呉としてはとてもまずいのです。 ならばどうしてこんな手紙を送ったのかといえば、黙っていたくせにあとで伝えでもしたら怒られると思ったからです。 秘密が嫌いですからね、貴女は。 そんなわけですので、私は呉で元気に過ごしています。 帰るまでにはまだまだ時間がかかりそうですが、善い方向には進んでいると思うので、暖かく見守ってやってください。 北郷一刀 追伸:たとえ何処に在れど、魏を、貴女を愛しています ───……。 …………。 「…………《かぁああ……っ!》」 執務室にこもり、なにを読んでいるかといえば小さな紙。 以前、一刀が言っていた“めも”とかいうものを折ったもの、らしい。 つい先ほど執務室に届けられたばかりのそれを、部屋から出ることも誰かに報せることもなく、一人で読みふけっていた。 ばか丁寧に書かれた筆跡には以前までの迷いがなく、真っ直ぐ綺麗に綴られている文を読み進めるうち、頬が緩み……最後まで読んだ瞬間には顔が灼熱した。 なんてものを書くのだろうか、あの男は。 刺されたことへの胸のざわめきなんて、別の胸の鼓動で掻き消されてしまった。 耳がじわぁああと熱くなり、本来外の音を拾うべきはずの機能は鼓動の音ばかりを拾い、顔が痺れるようにじんじんとする。 だからだろう。 そうして私は執務室に響いた音にも誰かが入ってきたことにも気づかず、最後の文面を見て胸を暖かくさせ─── 「華琳様?」 「ふぐぅっ!!?」 ───声をかけられ、変な声を漏らした。 それが自分の声だと気づくまでに時間を要するほどの小さな悲鳴。 途端に手紙の所為で赤くなっていた顔は、己への羞恥で赤く染まり……そんな顔をキッと掻き消してみせると、声をかけてきた人物へと振り向いた。 「───稟。人の部屋に入るのなら、まずは“のっく”をするなり声をかけるなりしなさい」 振り向いた先に居たのは稟。 声の時点で気づくべきだったが、あまりに動揺が激しすぎたために、声質すら確認しきれずにいた。 ……しっかりしなさい、曹孟徳。こんな無様……まったく。 「いえ、“のっく”もし、声もおかけしたのですが……失礼しました。少し小さかったのかもしれません」 「………〜〜〜」 片手で顔半分を覆い、俯きたくなるような状況だ。 一刀からの手紙に夢中で気づけなかったなんて、口が裂けても言えない。 つくづく、存在でも手紙でも、あの男は曹孟徳という存在を狂わす。 そんな溜め息混じりのぐったりとした思考のさなかに、稟は用件を思い出したかのように口を開く。 どうやら悲鳴のことは流すつもりらしい。 逆にむず痒く羞恥の念が増すが、わざわざ蒸し返すようなことでもないだろう。 「“学校”についての話を進めたいとの報せが、蜀の諸葛亮より使者とともに届いております」 「朱里から? 事を急ぐなんてあの子らしくないわね」 「いえ。急ぐというよりは、それを成さなければ状況が進まぬとのことで……」 「…………そう」 それはそうだろう。 公立塾の話を耳にして、一刀を紹介したのは他でもない私だ。 だというのに先に呉に行くだなんて言い出して、あの男は呉に向かった。 蜀の行動の流れが滞るのも無理はない。 (さっさと行って、さっさと帰ってこいって言ったのに。……ばか) 心の中で愚痴をこぼしながらも、しかし表面では冷静な対応を。 「蜀から誰か一人を呉に向かわせて一刀と話を進ませることくらい、朱里なら考えそうだけれど?」 「はい、それは当然考えたそうなのですが……」 「ですが……なに?」 「それを任せるとなると……才知に富む者。理解力と応用力を持つ者が必要とされ、ならば自分がと諸葛亮と鳳統が動きましたが」 「回りくどい言い方はいいわ、稟。はっきり言いなさい?」 「……率直に申し上げます。諸葛亮、鳳統の両名が不在になると、劉備殿たちだけでは政務をこなしきれないのだとか……」 「───〜〜〜……あの子はぁあ……っ」 今こそ片手で顔を覆い、俯いた。 目を閉じれば浮かんでくる、泣きながら書簡や書類を睨む桃香の姿。 仮にも三国同盟の一旦を担う王が、なにを無様な……! などと呆れてみてからつい先ほどの自分を振り返るに至り……無様と思いはするものの、悪く言うことなど出来そうもない自分が居た。 いえ、待ちなさい。蜀には他にも才知に富んだ者くらいいくらでも居るでしょう? 音々音もそうだし……そう、詠だって。 (………) 彼女と月が賈駆と董卓だということは、真名を聞く際に知らされた。 争いも終わったのだし、そもそも反董卓連合自体が仕組まれたことだったのなら、謝罪をすべきは私たちの方だったのだが───董卓……月はそれを笑みとともに許し、“散っていった兵たちのためにも善い国を作りましょう”と口にした。 その笑みがどこかのばかと重なって見えて、不覚にもなにも言えなくなってしまったのは内緒だ。 と、そんなことはどうでもいいのよ。ようは人手が足りないってことなんでしょう? 「……使者に伝えなさい。泣き事は許さないわ。それをこなすのが王の務めであり将の務め。出来ないでは困るのよ」 「解りました。しかし華琳様? 諸葛亮、鳳統が不在となるのは、確かに蜀にしてみれば問題が───」 「解っているわ、稟。七乃……張勲を呼びなさい。一刀が言っていた通り、彼女には三国のために働いてもらいましょう。あの子を蜀に向かわせ、雑務を任せるよう桃香に伝えなさい。当然、よからぬことを企てないために、可能な限り監視とともに行動させること」 「はっ。───袁術殿はいかがしましょう」 「一緒に向かわせることは許さないわ。あの子たちは一度離さないと、互いの成長の妨げになるだけよ」 言いながら───つい先日、好き勝手に城内を走り回り、誰も使っていないという理由で一刀の部屋を荒らし、挙句の果てに霞と凪に本気で怒られた二人を思い出す。 あんなことをいつまでもし、七乃がそれを煽るのでは……第二の麗羽の誕生もそう遠くない。 (あの二人は一度切り離して、いろいろな物事を徹底的に叩き込む必要があるわ) あれならまだ話を聞くだけ、鈴々や季衣のほうが可愛いわ。 あの二人は顔を突き合わせれば騒ぎを起こすけど、声を投げればきちんと聞く。 それに比べてあの二人は……暇さえあれば悪巧みを考えては悶着を巻き起こし、城では春蘭と秋蘭、街では警備隊に面倒をかけてばかりだ。 それが先日、一刀の部屋を荒らしたことで凪と霞の怒りを買い、これでもかというほどに叱られた事実は、魏の皆の心を少しだけすっきりさせた。 思い出した事実に小さく苦笑をこぼし、目の前の稟に頷いてみせると、稟も頷いた。 「では、そのように」 「ええ、下がりなさい」 稟が頭を下げ、去ってゆく。 ……少しののち、扉が閉ざされ、足音が遠退くのを確認してから…………もう一度手紙に目を通す。 「早く……帰ってきなさいよ、ばか」 呆れや脱力の気持ちもどこへやら───あっさりと頬が緩んでしまった自分では、やっぱり桃香を責められそうもなかった。 「……さて」 そんな緩んだ顔を正し、もう一つの報せへと目を向ける。 一刀が刺されたことへの雪蓮からの報せだ。 民と殴り合い、挙句に刺されたこと。それを思春が傍観していたこと。一刀がそれを罰することはないと言っていたこと。 雪蓮はお咎め無しとしたいようだけど、私は─── 「………」 私情を挟まぬのなら、一刀の立場は本来警備隊隊長。 天の御遣いという立場もあるけれど、国としての立場は将にも届かない。 私情を挟むのなら、刺された、それを傍観されたとあっては黙っていられない。 魏の将にこのことを話せば、ほぼが私情に走るだろう。 さて曹孟徳? この場合、貴女が見るべき道は私情の視点? それとも王の視点? 「考えるまでもないわね」 求められているのは王としての意見。 だが、将に届かぬとはいえ国の同胞が傷つけられたのだから、黙っていられるわけもない。 一刀は王としての権力を振り翳すのは良くないとは言うが、これはそういう問題ではないのだ。 だから……そうね─── -_-/一刀 宛がわれた私室に、話す声ふたつ。 「いいですか〜一刀さ〜ん、今現在、たしかに呉は穏やかな状況には立っていますが〜」 知らないことが多すぎる中で、まず国の内情を許されるところまで教えてもらって、片っ端から頭に叩き込んでいく。 俺の教師役として冥琳に選ばれた陸遜を前に。 「えっとつまり……野党化している民は居ないけど、問題を起こす民が減らないってこと?」 「う〜〜ん、ちょっと違いますね〜。この一年、雪蓮様のお陰で、問題を起こす民はちゃ〜んと減っていってるんですよ?」 「そうなのか? ……ん、でも野党化する民が居ないのは喜んでいいことだよな」 聞いた話を、ボールペンでメモしながら纏めていく。 書簡ではないコレを見て、呉のみんなは珍しがっていたけど、天の国には当然のようにあるものだって説明すると、みんなは“ほぉおおお……”と溜め息に近い感心を口から吐き出していた。 「そういえば雪蓮も野党が居て困ってる、なんて一言も言ってなかったな」 「きっと野党さんのほうがまだやりやすいって思いますよ〜?」 「え? なんでだ?」 動かしていた手を止めて、視線をメモから陸遜へと向ける───と、陸遜は少し難しい顔をしながら口を開く。 「相手は野党でも盗賊でもない、呉の民ですから。話をして納得してくれればいいですが、それが出来てるなら誰かに頼ったりなんかしませんよ?」 「………」 陸遜の言葉を聞きながら、宴の日に雪蓮に言われた言葉をもう一度思い出してみる。 あの時、雪蓮はなんて言ったっけ? こう……内側……そう、内側から変えてほしい、って───…………あの……雪蓮さん? あの時言った“内側から変えて欲しい”って、まさか本当に内側って意味なのでしょうか。 “呉に産まれてきてよかった”って思わせる? ……そんな騒ぎを起こしたがるヤツ相手にそんなこと思わせること、出来るのか? 「なぁ陸遜。この数日間、雪蓮の行動を見てて思ったんだけど……雪蓮って結構街に出て、民と親しげにしてるよな?」 「はい〜、それはもう。雪蓮様は呉の民の笑顔のため、親である孫文台様の意思を含めた孫呉の宿願のため、剣を掲げたお方ですから」 「宿願っていうのはちょっと解らないけど、“力で押さえつけてた”って聞いてたから……もっと殺伐としてるのかと思ってた」 「一刀さん、それは誤解ですよ〜? 雪蓮様や私たちが“力”で押さえつけるのは、あくまで“暴徒”です。もし呉に不満を抱いていて、自分のほうが力があるんじゃあ……って思った民が居たとしたら、その人はどうすると思いますか〜?」 「あ……そっか。ここで言う力ってのは、文字通りの力って言うよりは───」 「はい、一言で言えば脅しみたいな力ですね〜。人間、小さな可能性でも見つけてしまうと試したくなってしまいますから〜」 なるほど、だから力を誇示して、よからぬことを考える民を鎮めておく必要があったのか。 それを脅しって呼ぶなら、たしかに“力”で押さえつけている。 「それで〜、一刀さん〜?」 「ん? なに?」 「一刀さんはこうして呉に呼ばれたわけですけど、一刀さんはどうやってそんな人たちに解らせるつもりですか〜?」 …………結構直球だ。 うん、さっぱりしてていいんだけど、この語調を聞いていると素直に感心できないのはどうしてだろうなぁ。 「ん……いきなり“どうするか”とかじゃなくて、まずは知らなきゃどうにも出来ないと思うんだ。俺はまだここに来て日が浅いし、この国の民がどんなふうにして暮らしているかも知らない。まず知ること。そこからかな」 思考を回転させながら“うん”と頷く俺を見て、陸遜はほにゃりと笑って頷いた。 そうだよな、まずは地盤作りからだ。 急になにかが起きても対処できるように、もっともっとこの国のことを知っていこう。 その急ななにかがどういった状況下で起こるのか。それが想定できないと、とんと意味がないわけだが。 (……そうすることはいいとして。俺がこの国のことで知ってることってなんだろうか) 小さく考えて、一番最初に浮かんだことがあった。 はい。とりあえず……呉国の人、みんな露出度高いです。 ───……。 ……などという考えをしていたあの頃を思い、苦笑する。 今現在の自分はといえば、宛がわれた私室にほぼ軟禁状態。 ほぼっていうのは、少なくとも誰かがその場に居て、外のことを話してくれたりするからである。 「《うずうず……》ね、ねぇ祭さん? 交代交代で俺の看病なんてつまらないでしょ? お、俺〜……外に出たいな〜……なんて」 「ええいくどい、だめじゃと言ったらだめじゃ」 怒られてしまった……それも仕方ない。 この会話ももう幾度となくしていて、いい加減祭さんもイラっとくるだろう。 ……まあそれも、すぐに笑みに変わってしまうんだが。 「……祭さん、仕事しなくていいの?」 「小煩いのぉ……仕事ならしておるじゃろ。ほれ北郷、おぬしの監視じゃ」 そうですね、病人のすぐ隣で酒を飲みまくるのが監視って言えるなら、それは立派な仕事だと思います。 怒った風情もどこへやら、酒を口にするたびに緩ませる頬に、素直に感心する。 この人の心はあれだな、子供がおもちゃをもらって笑むのと同じで、酒をもらって笑むんだろうな。 「ん……ねぇ祭さん」 「うん? なんじゃ」 ぐびりと酒を飲んだ祭さんが、少し赤くなった顔で俺を見る。 「えっとさ。直接訊きたいとは思ってたんだけど……俺のことって本当に不問になったの? 民と殴り合ったり刺されたりしたのにさ、嬉しいんだけど釈然としないっていうか」 「ふむ……策殿は北郷が不問とするならと言ったが、権殿は反対した。他の民に示しが付かん、許してしまえば他の民もより騒ぎを起こすとな」 「そう、それ。それがちょっと気になっててさ。あと───甘寧のことも」 「うむ。お主が民に殴られているところを傍観しておったんじゃったな。挙句にお主が刺される始末。とっとと止めておれば問題も起こらんかったろうが───」 そこまで言って、もう一度酒を飲む祭さん。 あの、話してる時くらい置いときませんか徳利。 「公瑾が言ったな。お主に何が出来て何が出来ないか、まだまだ知らんと。それと同じじゃ。連れ出されるままに人気のないところまで行き、殴られるままに殴られ。……よほどの馬鹿でもない限り抵抗するじゃろう? 興覇は見定めようとしたのじゃろう。策殿自らがお主を呉に招いた理由を、お主に何が出来るのかを」 「…………その途中で俺が刺されたから飛び出てきたと」 「民は“騒ぎ”は起こしても、誰かを刺すなどという奇行には走らんかったからのぉ」 「………」 祭さんの話を聞いて、じっくりと考えてみる。 ……けど、それで甘寧が罰せられる理由なんてひとつもないじゃないか。 「甘寧はただ見てただけだ。監視めいたことをしていたかもしれないけど、止めようと思えば止められたかもしれないけど、そこにはちゃんと理由があるんじゃないか。あれは俺が勝手にやったことで、刺されたことだって想定外のことだよ。甘寧は俺の行動のとばっちりを受けてるだけだ」 「北郷よ、それでもじゃ。罰がなければ国の治安は成り立たん。仲良くするだけで悪事を働く者が居なくなるわけでもない」 「う……」 痛いところを突かれる。 確かに暴行を当然のことと許してしまえば、民たちは続けて暴行を行うだろう。 奇麗事ばかりじゃ国は成り立たない。それは解ってるけど─── 「傍観することで、同盟国の客に死ぬかもしれぬ刺傷を負わせたんじゃ。興覇への罰は死罪が当然。こればかりはお主がどう言おうが変わらん」 「っ……」 「“北郷が勝手にしたことで何故思春が”と権殿も怒っておられたがな。だがそれを許すのが王であるならば、事はそう深刻には運ばんのじゃよ」 「───え?」 「北郷よ。こんな話を知っているか?」 こんな話?と首を傾げる俺に、祭さんは笑みをこぼしながら続ける。 「実を言うとな。策殿の悲願は天下統一などではなかった、という話じゃ」 「へー……えぇっ!?」 感心してから驚いた! 天下統一じゃない!? じゃあいったいなんのために!? 「策殿が目指した悲願……それはな、“呉の民や仲間が笑顔で過ごせる時代”じゃった。いつか、おめおめと生きながらえ、策殿と顔を突き合わせた時に笑って言われたわ。“天下だの権力だのには興味はない、生きて祭が笑ってくれるならそれでいい”とな」 「………」 そういえば雪蓮が言ってたっけ。祭さんが生きていたことを知ったのは、同盟を組んでからしばらく経った頃のことだったって。 その時にそんな話をしてたのか。 「戦が終わった頃に死に損ないが帰ってきてもと、最初はこの命を呉に献上してくれようとさえしたのじゃがな。その言葉のほうをばっさりと斬り捨てられたわ」 「雪蓮が……───だからか。民を罰するよりも、和解を選んでくれたのは」 「策殿は民を大事に思うておる。もちろん仲間のこともじゃがな。今例えとして言ったが、策殿はことあるごとに孫呉の一大事だと将を街に連れ出しては、民の仕事の手伝いをしておった。打算などではない、純粋に呉の民が好きなだけなのじゃろうよ」 「……そっか」 「自ら死罪を申し出た興覇にも似たようなことを言ってな。同盟が組まれ、ようやく争いが減ってきたというのに死ぬことはないと。しかし罪は罪。そこで、策殿は公瑾と話し合い、“刺されたお主”の王である曹操殿に全てを委ねることにした。そこで死罪と決まれば死罪。どんなことでも受け入れると」 「なっ……」 安堵から一転、胸にざわめきが蘇る。 自分がしたことで誰かが死ぬことになる……もうそんな思い、することないんだってどこかで思っていたのかもしれない。 また誰かが死ぬかもしれないって恐怖が足下から体中に這い上がってくる気分に、覚悟が飲まれそうになる。 華琳を信じよう、なんて言うのは簡単だ。けどもし望んでいた結果と違っていたら、俺はどう思うんだろう。 勝手に裏切られたって思うのか? 華琳に罵声を浴びせるんだろうか。 …………少し冷静になろう。雪蓮だって委ねた。自分の国の事を、華琳に預けたんだ。 だったら俺も、答えが下される時を待とう。待って、それがどんなことでも…………受け入れる覚悟を。 「いや……うん。解った」 「うむ」 全てがいい方向に向かうことなんてない。自分が無茶をするだけ周りには迷惑がかかるんだ。 ……反省しよう。全て上手くやれるなんてこと、まだまだ自分には出来やしないんだと。 「……北郷」 「ん……なに? 祭さん」 落ち込む俺に、祭さんが言葉を投げる。 俯かせていた顔を持ち上げれば、何故か差し出されている徳利。 ……え? いやあの……祭さん? 「そんな辛気臭い顔をしておっては治るものも治らん。飲め」 「飲っ……て、俺病人なんですけど?」 「いちいち細かいことを気にするでないわ。ぐいっと飲んで少しすっきりせい。一緒に居る儂まで息が詰まるわ」 「そんな性格じゃないでしょ……って解った解った! 飲みます! 飲みますから!」 言葉の途中でギロリと向けられた眼光に、思わず怯んでこくこくと頷く。 途端に笑顔になる祭さんから徳利を受け取り……この人は不安じゃないんだろうかと思いながら、徳利を傾けて酒を飲んだ。 「んぶっ!? ぶっ……げっほ! な、なんだこれっ! キッツ……!!」 「おうおう、なんじゃこれしきの酒で咽おって、情けない」 「だって祭さんっ……これ、キツすぎじゃ……っ………………あの、祭さん? なんでそんな嬉しそうなの?」 「べつに嬉しそうではないぞ? 儂は元々こういう顔じゃ」 「………」 「………」 ……あの、祭さん? もしかしてビールで咽た時のこと、恨んでらっしゃる? なんて思った瞬間にぐらりと揺れる視界。 酒が回るには早くないですか? と疑問を投げかけるのも出来ないままに、俺は寝床へと倒れた。 ───……。 そんなことがあってから数日。 腹の傷が癒えないままに訪れた今日という日に、俺は寝床に上半身だけを起こした状態のままでいた。 「………」 今日は三日に一度の集中鍛錬の日。ちなみに前回は鍛錬していない。 だっていうのに動くことを禁じられている俺は、こう……掃除が出来ない潔癖症の人のようにうずうずそわそわと体が疼いて、現在の監視役兼看病役である祭さんを前に唸っていた。 魏からの報せは……まだ届かない。もやもやした気持ちを消すためにも、鍛錬をしたいところなんだが─── 「祭さぁああん……」 「な……なんじゃ、気色の悪い声を出しおって。酒が不味くなるじゃろう」 「ちょっとだけ、ほ〜んのちょっとだけでいいから鍛錬しちゃだめ? 鍛えないと体が鈍りそうでさ……」 「だめじゃ」 綺麗だと思うくらいに即答だったという。 あまりの綺麗っぷりに泣きたくなるくらいに綺麗だったさ。 「…………《ず〜〜〜ん……》」 なもんだから、さすがに落ち込み気味にもなる。 寝床の上で傷口に負担をかけない程度に体育座りをしながら、なにかいい方法はないものかと思案。 そうこうしていると、さすがに後味が悪いと思ったのか、祭さんが少しだけ困った様子で口を開く。 「ああ解った解った、これしきのことで落ち込むでないわ、まったく」 「《ぱああっ……!》いいのっ!?」 俺はといえば、そんな言葉に敏感に反応し、叫ぶように訊ね返す。 ───先ほどまでの暗い表情もどこへやらというやつだ。 そんな俺を前に、祭さんは調子を狂わされたって顔で溜め息を吐くと、一度俺の頭に“ごちん”とゲンコツを落とした。 「北郷。お主、氣が使えたな?」 「いてて……え? あ、うん。まだかじった程度にしか出来ないけど」 言われて、自分で書いた手紙の内容を思い出す。 仮にも王に出すものだからと馬鹿丁寧に書いてしまい、魏に用事がある商人か誰かに届けてもらってと祭さんに預けてからしばらく、あれでよかったんだろうかと思い悩んでいた手紙だ。 “他人行儀すぎる”とか“丁寧に書けばいいというものではないわ”とか思われてないだろうか。 ……雪蓮が処罰についてを華琳に委ねたことを祭さんに聞いたのは、そのあとだったわけだけど。 「今、体を動かすのはお主にとっての毒にしかならん。体を動かすのではなく、その氣を思う様に扱えるために鍛えてやろう」 「ほんとに!? するする! どうすればいいんだっ!?」 「お……っと……」 何はともあれ、鍛錬が出来る事実に体が疼く。 俺はよっぽど嬉しそうな顔をしていたんだろう。祭さんは小さく吹き出すと、俺の背中をばしんっと叩いて笑ってみせた。 「さ、祭さん?」 「ふふっ……これは教え甲斐がありそうじゃ。お主くらいの孺子といえば、強くなりたがるくせに楽をしようとばかりする。教えてやると言えば表情を歪ませる者ばかり……お主のように真っ直ぐな喜びを向けられたことなど、ここしばらくあったかどうか」 「………?」 祭さんは俺のそんな顔が嬉しかったのか、クックッと笑っている。 そんな笑いをかみ殺すこともせず、笑顔のままで“うむ”と頷くと、「まずは氣を集中させてみろ」と言う。 俺はそれに頷くと、自分に出来る精一杯───指先に氣を集中させてみせる。 「…………これだけか?」 「ん……ごめん。実は氣の扱い方を教えてもらったのって、つい最近なんだ。こうして体外に出せるようになったのも、刺される前日ってくらいだ」 「ふむ……なるほど。これは本当に教え甲斐がありそうじゃ」 ニヤリと笑う祭さんを前にたじろぎそうになるが、教わることに不満はない。 むしろ感謝しか湧いてこないのだから、そんな祭さんの目を真っ直ぐに見て「お願いします」と口にした。 ───……。 そうして始まるリハビリ&鍛錬。 私室の中でなら動いて回っても構わないという言葉に感激し、一通り体を温めてから氣の鍛錬。 「よいか北郷。腹に力を込めるのではなく、腹の内側に氣を集める。意識を集中させることで氣を感じるのは基本中の基本。それが出来るようになったのであれば、意識せずとも出来て当然になれ」 祭さんが言う“必要最低限の体力”はこの一年でつけてあり、さらにそこに御遣いの力が加わることで、俺なんかでも氣を扱える。 教わる立場ならば全力で受け止め、必死に学ぶ努力を。氣を扱える状況に自分が立っているうちに教わり尽くさぬ手などないのだから。 「意識せずに氣を…………うん、やってみるよ」 込めるのは力ではなく氣。 しかもそれを意識せずにやってみろと言う。 人間っていうのは不思議なもので、今まで自然とやってきていたことが時には自分の邪魔をする。 “腹に力を込めない”と思えば思うほど、勝手に腹筋は締まり、そのたびに祭さんに注意される。 それでも“出来ないのだから仕方ない、自分には無理だ”なんて弱音は捨てる。 むしろ強くなるための方法を教えてくれる人が居るのだ、学ばないでおくのはもったいない。 「あ、でも祭さん、ちょっと待って」 「うん? なんじゃ、まさかやめるなどとは言うまいな」 「言わない言わないっ、せっかく祭さんが教えてくれてるのに、そんなもったいないこと出来るもんかっ! そうじゃなくて、まずは氣の流れを掴むまでは意識するのを許してほしいんだ。凪にも言われたんだけど、俺の氣は少なくてさ。それを感じられるようになるまで、結構時間がかかる有様なんだ」 「ふむ、なるほど。その氣は楽進に教わったか。やつはなんと言っておった?」 「え、と……“氣が少ない内は無理に体外放出をせず、氣の扱いを当然のように出来ることを目指したほうがいいです”……だったかな」 実に的を射ている。 今の自分では、指先からの体外放出一発で気絶できそうな気さえするのだ、仕方ない。 だから焦ることはせず教えてもらい、答えばかりを求めるのではなく、どうすればいいのかを自分の体と相談しながら知っていく。 「……ん、よし。“氣”は捉えたから、あとはこれを腹に───」 ん……意識せず、意識せず〜…………だめじゃん! 意識してるじゃん俺! い、いやそうやって逃げるな北郷一刀! 祭さんが“意識せず”と言ったなら意識せずにできるようになるんだ! 意識せずに腹に! 丹田に送り込むように〜〜〜……!! ───……。 …………。 「できませんごめんなさい……」 15分がすぎた頃だろうか……祭さんを前に謝る俺が居た。 様々な方法、様々な工夫を凝らしてやってみるも、全てが空回り。 これなら出来る、これならやれると思うたびに結局は意識してしまい、意識せずに集めるなんてことは無理ですということばかりが心に刻まれた。 「まあ当然じゃな」 だっていうのに祭さんは満足げに笑ってみせた。 腰に手を当て、かんらかんらと。 え? あ、あれ? 祭……さん? 「と、とと当然って……え? 俺に出来ないのが? それとも意識しないで氣を集中させるのが?」 「後者じゃ。そんなもの、咄嗟のことでもなければ出来るはずもなかろうに。しかし、お主の懸命さは見てとれた。それだけでもこの一刻、無駄ではなかろう」 「うあー……」 もしかして試されてましたか。 や、集中してやったお陰で、やる前よりはほんのちょっとだけ自分の“氣”を感じ取りやすくはなったけどさ。 「すぐに答えを求めず、己の頭で手段を探る姿勢は見事じゃ。答えばかりを求め、一を教えればニを教えろとせがむ者はどうも好きになれん。お主の体、お主の氣じゃ。お主が探ろうとせんで、誰が探れるものか」 「……ん」 「よし。では早速始めるとしよう。北郷、重心を下げず、肩幅に足を開いて立ってみせい」 「え? あ、ああ」 言葉通りに“早速”だったことをやってみる。 肩幅に足を開き、重心を落とすことなく立ち───祭さんを伺う。 「うむ。ではその状態で腹下に力を込め、他の余計な力は一切抜け」 「うぇっ!? け、結構難しいな……」 腹ってやつはどうにも様々な部分と繋がっている。 “腹だけに力を”と思ってみても、案外意識していない場所(たとえば首とか)に力が入ってしまったりする。 それでも言われるままに腹下……丹田に力を込め、他を脱力させるべく息を吐いてゆく。 「氣の流れを知れば自ずと見えてくるものもあるじゃろうが、そここそ氣を練るための部位よ。お主に足りぬのはその部位の鍛錬と受け皿の大きさじゃな」 「受け皿? ……あ、氣が流れる場所のこと?」 「おう。いくら氣を練ろうとも、氣を流すべき道が小さいのであれば流れはせん。ほれ、酒の川があったとして、滝のように酒が流れようともそれを飲む喉は小さきものじゃろう? 飲める量は限られる……それと同じよ」 「………」 なるほどって頷いてやれないのは、例えが酒だからだろうか。 「じゃあ、そこを鍛えていくのが……」 「うむ。とりあえずの目的じゃな」 なるほど、目指す場所があるならやりやすい。 凪の言う通り、それは一朝一夕で出来ることじゃないんだろうけど、だったらたっぷりと時間をかけてでも鍛えていこう。 教えてくれる人が居るなら、その速度も捨てたものじゃないはずだ。 「あ、それはそうと祭さん? 外に───」 「それはだめじゃ」 やっぱりダメでした。 ああ……親父たちどうしてるかなぁ……心配だなぁ……。 今すぐ外に飛び出して、出来ることなら手伝いたいのに……ああ、うずうずするっ……! 「………」 い、いやー、落ち着け〜北郷一刀〜。 こういう時は落ち着かないとだめだ。些細なことで慌てるところが目に付くって、冥琳に言われたじゃないか。 COOLだ、COOLになるんだ。 まずは言われた通りのことをやっていこう。 手探りじゃなきゃ出来ないことを教えてくれる人が居るんだ、教わって知ろうとすることは恥ずかしいことじゃない。 むしろ好機なのだと、全てを受け入れていく! 「んっ」 ぱちんっと頬を叩いて気合い一発っ! ぐっと体に力を込めて───いやいやいや……! 力は丹田以外に込めないんだってば。 “なにやってんだか”と頬をカリ……と掻く中、祭さんは俺の戸惑いを見透かすようにくっくっと笑っていた。 ……少し恥ずかしかったけど、怒られないだけマシかな、うん。 ───……。 ……なんて思ってた時期が、ついさっきまで確かにありました。 「むう……そうではなくてじゃな……」 「え? こ、こう?」 「ええい、違うと言っておろうが!」 怒られました。はいバッチリ。 「もう一度じゃ! 丹田に力を込め、氣を集束させるところから!」 「はいぃっ!」 迫力に負けて、すっかり敬語です。 どうにもこう、氣の集束の仕方に問題があるらしく……開始からすでに相当経っている今も、合格点がもらえないでいた。 「氣を集束させてから、それを膨らます感覚で……」 「そう……そうじゃ。散らすなよ……破裂する寸前で氣を保ち、絶対量を強引に広げてゆけい」 荒療治って言葉をこの人は知っているんだろうか。 療治って言葉はそりゃあ適切じゃないけど、無理矢理広げて大丈夫なのか、俺の“受け皿”って。 ちまちましたことが嫌いだろうなぁとは思っていたけど、人の氣のことでもそれを実践させるとは思ってもみなかった。 「っ……祭、さん……! これっ……やっぱりキツ……ッ……く、お……!」 「耐えてみせい。その状態で耐えていれば、次いで練られる氣が膨れた氣の中に溜まり、絶対量は確実に広がるわ。……まあ、若干の苦痛を伴うがの」 「えぇっ!?」 若干!? 祭さんの若干とかってすごく痛そうなんですけど!? あっ……あ、アアーーーッ! なんかきた! ミシッてきた! 丹田が……腹下あたりがミキミキって……! 物理的に痛いっていうんじゃなくて、こう……神経そのものが殴られてるみたいな───いぁああだだだうぁだだだだぁあああーーーーーーっ!!!? 「っ……〜……ひ、ひっぐ……ぐぅううぁああ…………!!」 それでも膨らませた氣のイメージを捨てない自分は、もういっそ馬鹿って言われても否定出来ない馬鹿だろう。 口から漏れる息に勝手に混ざる嗚咽を堪えることができないくらいに痛い。 腹を刺されたときもこんな感じだっただろうか……思い出すと傷口に響くような気分になるので、出来るだけ思い出さないようにする。 今は……とにかく……! 「くっ……う、ぐあっ……つぅっ……! あぁあ……がぁあっ……!!」 涙を流しながらでも情けない声を漏らしながらでも、言われた通りのことを続けてみせる。 汗がぼたぼたと床を濡らし、丹田に力を込め続けている所為で苦しくなっても……それでも。 やり方が解らないのなら言われるがままを行って、そこから覚えるしかないのだ。 反発するだけなら誰にでも出来る。 必要なのは、言われたことをやってみせて───そこから学んだことで、言われなくても出来る自分を作り上げること。 だから今は“言われたことを馬鹿正直にやる自分”であればいい。 力を込め続けろ。風船のように膨らんだ氣の空洞にさらに氣を作り上げ、氣の絶対量を増やす。 この全身の痛みは受け皿が広がっている結果なのだと受け入れろ。 いつまでも弱いままで立ち止まっていることなんて、もう嫌だ……! 嫌なら、耐えて……っ……みせろぉおお……! 「っ……───《バヅンッ!》……あ───」 内側からヘンな音が鳴った途端、痛みも熱っぽさも消え失せた。 首を傾げたいけど感覚もなくなっているためか、首も動かない。 視線を動かすこともできず、丹田に力を込めて直立したままの俺自身が、そんな自分を客観的に見ているような気分。 (えっと……なんだこれ) 体と感覚がばらばらに行動してるみたいになってる……例えるならそういった感じだろうか。 ちゃんと“俺”としてのものを見ているんだけど、視覚以外の全てが機能してくれない。 ……え? いや、ほんとちょっと待て、なんだこれ。 痛くないのはありがたいけど、このまま体が固まってるのってまずくないか? ほ、ほら、祭さんも慌てた調子で俺を揺さぶってるし……返事したいんだけど口も体も動かない。 (………) こんな状態でも絶対量って増えるのかな。 だったらちょっと得した気分に……───ハッ!? そ、そういえば聞いたことがある……! 人はあまりに辛く苦しい状況に陥り、体が苦痛に耐えかねたその時……エンドルフィンとかいうのを分泌し、苦痛から逃れるのだと! (……………………いや、それないわ) 痛みだけを飛ばしてくれるなら、体が動かないなんてことがあるはずがない。 それともこの体にはすでに痛覚だけしかなく、それが原因でエンドルフィンパワーでも動かすことさえ出来ない状態だとでも…………いうのだろうか。 (あぁ……でも……) でも……なんだろ、飛ばされた感覚っていうのか、今の俺自身がぽかぽかと暖かくなってきたような……。 それも、なんだかお空に向けてフワ〜〜ッと浮いて行く感じで─── あれ? なんだろうか……天井だったものが青空に変わって見えて、その先から差し込む光と一緒に小さな天使たちが僕を迎えに、ってオワァアアーーーーーーッ!!? 「生きてるからァアア!! 俺まだ死んでないか《ズキィッ!!》っ……いぁあっがぁあああああああああああっ!!!!」 叫ぶとともに感覚が体とひとつになった! ……途端に襲う大激痛!! いッ……! な、なんだこれ! もう感覚云々じゃなく痛みしかない! 全身が痛覚にでもなったみたいに、多少の空気の動きでも痛い!! 傷ッ……傷口が開くよりもよっぽど痛い……! な、なるほど……! そりゃ、こんな痛みが急に襲ってきたら、感覚を手放して死にたくもなる……! 「北郷! 北郷!? 聞こえておるなら今すぐ集中をやめい! 死ぬぞ!」 「っ……あ、祭さ───」 脂汗にまみれた全身。その両肩をしっかりと掴まれ、面と向かって喝を入れられた瞬間───俺の中にあった氣はゆっくりとしぼんでいった。 「は……あ、がぁああ……っ……」 途端に力が緩み、その場に尻餅をつくと同時に深い深い息を吐いた。 自分の汗で濡れていた床は俺をびしゃりと迎えると、そのまま吸いついたみたいに俺を離してはくれなかった。 ……違うか、もう立つ気力も残ってないんだ。 だったらいっそのこと大の字に倒れたいのに、倒れる力さえ残っていない。 尻餅をついて上半身をくたりと前に倒し、立てかけられた熊の人形のように動けないでいた。 「北郷!? 北郷!」 「〜〜……、……」 あー……言葉を返したいんだけど、息しか漏れない。 もうどこも動いてくれない……困った。 とりあえずあのー……祭さん? 寝かせてくれると大変ありがたいんですが〜……あ、だめ……意識が遠退く。 ごめん祭さん……今の俺にはこれで限界みたいで……───あ…………─── 22/訪問者と罪 意識が覚醒する。 体はもう十分に休みましたよって言ってみるみたいに元気……なはずなんだが、少しだるい気がする。 体を起こしてみると、ほんのちょっとだけ体に重りをつけられたみたいに重い体。 あれ? 眠る前にはなにをしてたっけ……なんて考えながら上半身だけを起こし終えると、体が重かった理由が寝床に転がっていた。 「……あ、あ、ぁあ゙……かはっ……ん、んー……うん。……あのー、孫尚香さん? 人の寝床でなにをしてらっしゃってるんでしょうかー……?」 人の上ですいよすいよと寝ていたらしく、むしろ今も規則正しい寝息を吐いている彼女に……喉になにかがへばりついているような不快感を吐き出しつつ、語りかける。 しかし返事がない。熟睡しているようだ。 「…………ふむ」 なんだろうこの状況。 俺、どうしたんだっけ? たしか……そう、刺されて騒いで傷口開いて、祭さんとか呂蒙とか周泰が交代で看病してくれて、時々来る雪蓮が騒ぐたびに冥琳に連れていかれて───……あれ? いや待て、本当にどう…………ってそうだそうそう! 祭さんに氣の使い方を教わってて、それで…………それで…………うわぁ……。 「それで気絶した、と……」 強く……なりたいなぁ……と、しみじみと思う瞬間がここにありました。 「っと……」 それはそれとして、体に異常はないかを確かめる。 動かない場所は……ないな。痛みももう残ってないし、むしろ意識がすっきりしてくると、気絶する前よりも体が軽い気さえする。 それに刺された部分も不思議と傷まないし……あれ? 「…………《ゴソソッ……》…………あれ?」 気絶する前のものとは何故か違う服をはだけて、刺された箇所を見てみると……痛みが無いはずだ、傷口は随分と塞がっていた。 なるほどー、傷口が少ないなら痛まないよなー、ってなんでじゃあああっ!! 「塞がってきてる!? なんだこれどうなってるんだ!?」 刺されたのつい最近だよな!? こう、大きくザックリと! それが……それが今じゃこんな鍵穴程度に……!? あ、でも痛い! 地味に痛い! じゃなくて今日はあれから何日たった今なんだ!? なにが! いったいどうなって───ハッ! 「……しー……」 寝てる子の前で騒ぐなんていけません。静かに、静かに。 どうやって塞がったのかは今は保留だ……誰かに訊けば解るさきっと。そうだ、祭さんを見つけて訊いてみよう。 うんと頷くと、孫尚香の頭をやさしく撫でてから起き上がる。 体の上に居た彼女が目覚めないように、極力ゆっくりやさしく丁寧に…………よし。 …………。 で、制服に着替えて黒檀木刀片手に歩いているわけだが─── (静かだなぁ……鳥のさえずりがよく聞こえる) 朝の空気だと解るそれを胸一杯に吸いこんで、すたすたと歩く。 しかしその中で、兵には会うものの……将の一人とも会わないのはどういったことだろう。 そりゃ孫尚香とは目覚めから会えたわけだけどさ、眠ってる彼女がこの静けさの理由を語ってくれるわけもない。 (なにか大事な用があって、全員が一箇所に集まってるとか?) それともみんなで街に繰り出してるからこんなに静かとか……いや、そんな楽しい状況を孫尚香が逃すはずが無い。 じゃあ……前者? 大事な用っていったら玉座の間だろうか───行ってみよう。 もしかしたら甘寧のことについて、魏から報せがきたのかもしれない。 胸にざわめきを抱きつつ、俺は静けさにそぐわない急ぎ足で玉座の間を目指した。 ───……。 結論から言ってみると、場所という意味での予想は正解のようだった。 雪蓮たちは玉座の間に集まっているようで、その玉座の間の前に立っていた兵に訊ねてみたところ、なんでも蜀から諸葛亮と鳳統が訪ねてきたらしく、それを迎え、話し合うために席を設けたんだとか。 じゃあ中は“遠路はるばる、ようこそ”って雰囲気なんだろうか。 (……甘寧のことじゃなかったのか……うん、邪魔しちゃ悪いな、移動しよう) 俺は兵士さんに「じゃっ」て軽く手をあげて会話を終わらせると、歩き出す。 全部受け入れるって決めたのに、ざわめきを隠せない心に負けそうになりながら。 そんな中、途中で見かけた周々と善々にも軽く手を振って……少し深呼吸をしてみた。 「………………いい天気」 通路の端から仰いだ空に、すっきりとしない気分のままに呟く。 すぐに結論が欲しい、でも怖い。先延ばしにしてほしい、でも怖い。 どっちに転んでも怖いばかりで、そんなどうしようもない気分を払拭するように頭を振ると、街へ向けて歩き出した。 ───……。 降りてきて歩く街は、以前より賑やかに見えた。 活気付き、道をゆく民たちにも笑顔が絶えない。 憑き物が落ちたみたいにすっきりした顔で、和気藹々と“日常の賑やかさ”を見せてくれていた。 そんな賑やかさに、少しだけ心が救われる。 「……弱いなぁ、俺……」 小さく呟くと、足は勝手に親父の居る料理屋へと向かった。 ……いや、向かっていたんだが、ずんと目の前に割り込んできた姿によって足は止まった。 目の前には…………………………誰? 「その服……あんた、御遣いさんかい?」 少し太り気味のおばさまが、俺をじろじろと見ながら笑顔で言う。 笑顔には笑顔を。俺の不安を押し付ける必要なんてないから、笑顔で迎えた。 そうして話が始まるうちに、自然な笑顔になっていってる俺は、どこの主婦……もとい、主夫なんだろうか。 ご近所付き合いに敏感な奥様のように気軽に会話に乗り、気づけば満開の会話の花。 「そうそう、うちの人が貴方を殴ったとか言ってねぇ、後悔してたみたいで……」 「いえいいんです、俺も随分殴っちゃいましたし。それに殴りあった分、本気の会話が出来たと思いましたから」 「ああ、そうだねぇ……雪蓮ちゃんと話をするまで“俺は悪くねぇ”の一点張りだったあの人が、話し終えた途端によ? あの御遣いってやつにゃあ悪いことしたなぁ……なんて言うのよぉ〜」 「そうなんですか、あっはっはっはっは」 「おっほっほっほっほ」 あの……それって俺、直接的には関係なくないですか? なんて疑問を抱きつつも、こうやって構えもせずに話し掛けてくれることを嬉しく思っている自分が居た。 「……それに、うちの子のために泣いてくれたんでしょう? ありがとうねぇ、御遣いさん。貴方だって国の仲間を殺された辛さはあるでしょうに……」 「………いえ。かえって自分の意見ばっかり押し付けたみたいで」 「いいのよ、あの人にとっても私にとっても、いいきっかけになったと思うわ。忘れることなんて当然出来ないけど、あの子が目指したこの今を……私も笑顔で過ごしたいって思うから。それに気づかせてくれた分だけでも、私はいくらでも貴方に感謝したいの」 「おばさん……」 「あら。料理屋の旦那は親父で、私はおばさんなのかい? ほら、もっとあるだろう? 親しみやすい言葉がさ」 「え? あ、あの…………その。お……」 「お?」 「お……ふくろ」 「──────……《すぅ……》」 少しだけあった抵抗。 本当なら、甘寧に“俺の親父達だ”って言った時点で、この街の人たちを家族と思おうと決めていた。 しかし傷口が開いて部屋に閉じ込められたり、氣の鍛錬で気絶したりといろいろあって時間が空いてしまって、まあそのー……機会を逃したと言いますか、言いづらくなってたのに。 目の前の女性はそんな俺のおそるおそるとした言葉を、目を閉じてゆっくりと息を吸うようにして受け止めていく。 「……ああ、いい響きだねぇ……。御遣いさん、あんたの名前は?」 「え、あ、“あんた”って……いやいいんだけど……───ん……一刀。北郷一刀だ」 「そうかい……いい名前だねぇ。それじゃあこれからは一刀って呼ばせてもらうからね」 「え───と……?」 な、なに? 何事? どんどんと話が進んでいって、なにも解ってない所為か状況についていけないんだが……? 望んでいたことがころころと叶っていくような気分だ。 しかも目の前の女性……おふくろとの話が終わるや、他の民までもが俺を囲み、「俺のことは父上と呼べ」と「母上と呼びなさい」とか、子供に「おまえはおれのおとうとだー!」と言われたり、もうなにがなんだか。 「ちょ、ちょっと待った! いったいなんなんだ? みんなして親とか弟だとかって」 「な〜に言ってやがる、俺達のことを親って言い出したのはお前だろうが」 「へ? お、親父!?」 他の人よりは多少は聞き慣れた声に振り向けば、頭に捻り鉢巻を巻いたおっさん。もとい親父。 「親父、店は?」 「お前が来ないから、連日ひーひー言いながらやってるよ。お前こそあれだ、その……よ。傷はもういいのか?」 バツが悪そうに鼻先を掻きながら言う親父。 そんな彼に頷き、もう平気だって言ってみせると、彼は安心したのか大きな溜め息を吐いたあとに笑顔を見せる。 「それで親父、これは……」 「おっと、そうだったな。よーするにあれだ、みんなお前にゃ感謝してるってこった」 「感謝?」 「おうよ。なにせ、カラ元気じゃなくて普通に笑って今を過ごせてるんだからな。前向きにさせたことへのありがたさだけでも感謝してえし、なによりよ……城の将たちがよく話を聞いてくれるようになったんだよ。以前までは恐れ多くて声をかけるのも怖かったんだがなぁ、今じゃ向こうから声をかけてきてくださる」 「へえ……」 雪蓮は解るけど、他の人たちがっていうのはちょっと想像がつかなかった。 特に……言っちゃなんだけど、甘寧とかは。……マテ、甘寧? 「それってその……甘寧とかも……なのか?」 『───』 あれ? ……なんか……甘寧の名前を出した途端、民の笑顔が凍りついたのですが……? 「い、いやぁ……それがよ? 甘将軍はよ、こう……仲謀様と一緒の時にしか見かけず、声をかけようにもよ……みょ〜〜〜に警戒しててよぉ?」 「そうなのよぉ、一度服屋の旦那が声をかけたんだけどね?」 「私に話し掛けるな《ギンッ》」 「……って、鋭い睨みとともに言うもんだから、服屋さん腰抜かしちゃってねぇ」 「うーーーわーーー……」 それは無理だ。 俺でも怖いよそれ。 「え……じゃあ孫権は?」 「声をかけようとはするんだがなぁ……」 「おやっさんが……一刀、おめぇを刺したことが気になってんのか、仲謀様に声をかけることさえ許してくれねぇんだ。こう、孫権様の後ろから目を光らせてるっていうのか?」 「孫権の後ろから……?」 孫権の後ろに常に存在し、話し掛けようとする者全てを鋭い眼光で射抜く赤き幻影…………怖ッ! 怖いよそれ! 守護霊も走って逃げ出すよそんなの! 守護霊の立場ないじゃん! 居ればの話だけど! 「ただ……最近見なくなったねえ」 「そうなんだよな。歩いているのは仲謀様だけだ」 「……? それってどういう……?」 「いや、俺達のほうが訊きてぇくれぇなんだけどよ」 解らない、か……あとで誰かに訊いてみよう。 「他の人たちはどうなんだ? 冥琳とか祭さんとか、陸遜とか呂蒙とか周泰とか」 「公瑾様は以前から雪蓮ちゃんに引っ張ってこられてたから、そう構えることはねぇやなぁ」 「だなぁ」 冥琳……苦労してたんだなぁ……。 あの雪蓮に引っ張り回されるって、想像しただけでも疲れそうだし。 「伯言様や子明様や幼平様もよくお声をかけてくださる」 「そうそう、子明様の目は最初は怖いと感じたがなぁ」 「目が悪いんじゃあ仕方ないもんなぁ」 民たちの間で、はっはっはと笑いが起こる。 ……よかった、あれから呉のみんなも積極的に民と繋がりを持とうとしてくれてたのか。 うん……民だけが、将だけが手を伸ばしても作り出せない明日がある。 こうして民と将が手を繋ぎあっていけば、もっともっとこの国も賑やかになるだろう。 そのきっかけになれたなら、刺されたことだって無駄じゃない。 (けど…………まあ) 甘寧のこと、なんとかしないと。 このまま孫権と甘寧とが民の間でよく思われない時間が続いたら、手を伸ばしたくても伸ばせなくなってしまう。 人と人との仲良くなるタイミングって、結構難しいしな……この時代だと特にだ。 こうしてみんなが“繋がりを持とう”としている今こそがチャンスなのに、何故睨むのですか甘寧さん。 それは……やっぱり、自分は死罪になると思ってるから、繋がりを持つだけ無駄だって思ってるから……なのか? 「あ、ところで一刀は知ってるかい? 今日、蜀から客人が来たんだよ。なんでもすごい人らしくてねぇ」 「そうなのか? おいらが聞いた話じゃ、可愛らしい子供だったらしいが」 「違うぜおめぇら、その方々はなんでも蜀の軍師様らしくてな、大変高名な方々なんだとよ」 「へぇえええ……たいへんなお方がいらっしゃったのねぇ……」 「お、おー……一刀? 俺達ゃなんにもしねぇほうがいいんだろうか」 「それとも食材掻き集めて、こう……なぁ?」 民たちがそわそわとし始める。 うん、それはそれとして俺が何を言うまでもなく、すっかり一刀って呼ばれているのが不思議だ。 (嬉しいからいいか) 気にしないことにした。今はそれよりもだ。 「歓迎するならモノで迎えるよりも、気持ちと言葉で迎えよう。滞在するのかも解らないけど、ここは通ると思うし。下手にモノで迎えると、相手も畏まっちゃうかもしれないからさ」 「そうか? んじゃあ誠心誠意、迎えてやるかいっ」 「次通るのが帰り道だったらどうするんだい? 帰る人を迎えるのかい?」 「う……んじゃあ送り出せってか?」 「まあまあ」 難しい顔で話し合う親父とお袋をなだめて思考を回転させる。 出た結論は……“なってみなけりゃ解らない”だった。 「ん……滞在するのかも解らないし、帰るならそれらしい素振りも見せるよ。だから今はそんなに気にする事ないんじゃないかな」 「お……そっか、そうだよな。んじゃあ……っとと、そろそろ俺も戻らねぇと」 「そっか。じゃあ俺も一緒に。あ、お袋たちもあんまり考えすぎないで、自然の笑顔で迎えてあげればいいと思うから」 「そうかい?」 「お〜っし笑顔なら任せとけっ」 「お前、笑顔を任せるって顔かぁ?」 「ほっとけ」 また湧き起こる笑いに俺も笑いながら、親父と一緒に料理屋へ。 そこはあの日以来賑わっているようで、卓の空きもない状態だった。 こんな状況でよく話に混ざる気になれたな、親父よ……。 「おぉっ? 一刀! 一刀じゃねぇか!」 「傷はもういいのかー!?」 で……俺の姿を見るや、あの日殴り合った人たちや、食べに来ていた客までもが俺を一刀と呼ぶ始末。 俺はこんな状況にどういった態度で向かい合うべきなんだ? 「ああっ、親父達も元気そうでなによりだっ」 考えるまでもないよな。 諍いはあの時点で……みんなが無言でだろうがこの店に足を運んだ時点で終わったのだ。 全てが許せるようになるにはまだまだ時間がかかるだろうが、今は精一杯努力して解り合うべき時だ。 だから俺は作り笑顔なんかじゃない素直な笑みで親父達にそう返すと、店の手伝いを開始する。 なにか忘れているような、こうすっきりしない気持ちを抱きながら。 ───……。 と、そんなわけで仕事をしてどれくらい経った頃だろう。 “朝早くから店を開けて大変だなー”なんてしみじみと思っていた俺に、突然の来客現る。 「いらっしゃ───あれ? 冥琳?」 周公瑾殿である。 何故か少し口の端をヒクつかせ、苛立った風情で店に入ってきた。 俺は丁度開いた卓の膳を下げ、綺麗に拭いてから冥琳を促すのだが。 「お前は……。ここでいったいなにをしている」 座った途端にそんなことを仰られた。 「なにって……仕事だぞ? いやぁ、楽しいよなぁ。俺が作ってるわけじゃないけどさ、自分が運んでいったものを食べてさ……誰かが美味しいって笑ってくれるのって、なんかこう……嬉しいよなぁ」 「そうではないだろう。北郷、傷はどうした」 「傷? あ、あー……忘れてた。や、不思議なんだけどさ、祭さんとの鍛錬で気絶してから、目が覚めると傷が随分塞がっててさ。もう殴ったりでもしないと痛まないくらいなんだ」 そっかそっか、俺……軟禁状態だったんだっけ? 孫尚香を起こさないように行動してたあたりまでは覚えてたと思うんだが、街に出てからはそんなことも忘れてしまっていた。 なにか忘れてるって思ったんだよ、そっかこれか。 「そんなわけで親父の手伝いに来た」 「小蓮様が監視についていたはずだが?」 「孫尚香? 寝てたぞ、気持ちよさそうに。…………え? 孫尚香って監視役だったのか?」 「〜〜〜……あのお方は……」 来て早々に頭が痛そうだった。 うん、がんばれ冥琳。 「さてお客様。ここは料理屋ですので、注文をいただければと。こちら、採譜になります」 「………」 差し出した採譜を無言で受け取る冥琳。 ざっと目を通し、注文したのは……青椒肉絲と白飯。量は控えめで、とのこと。 俺は採譜とともに注文を受け取り、親父に注文を通すと、再び冥琳の卓の傍へ。 「あのさ、諸葛亮と鳳統が来てるんだって?」 「ああ。北郷、お前に話があるらしい」 「俺に? なんで───ってそっか、学校のことでか」 「そうだ。だというのに客人を通してみれば、もぬけのからの部屋。城中探し回っても見つからず、兵に訊いてみれば好き勝手に歩き回り、街へと向かったというではないか」 「……まずかった……とか?」 「当たり前だっ!」 「うおっと!?」 おっ……怒られた!? 何故!? 「祭殿の話では、お前は氣の暴走で死にかけだったというのだ。三日三晩眠り続け、そんなお前に客人が来て。通してみれば部屋にはおらず、笑いながら料理屋で仕事……客観的に聞いた今、お前ならばどう思う」 「………」 話だけ聞くと、そりゃあ心配にもなるな。 そっか、死にかけだったのか俺。そんな俺が笑顔で仕事の手伝いをテキパキやってるのを見れば、口の端もヒクつくってもんだ。 「……ありがとう。心配してくれたんだよな」 「感謝の言葉を口にするよりも城に戻れ。今頃、小蓮様がお前を探し走り回っているだろう」 「うぐっ……」 監視としては寝てしまうのは失敗だっただろう。 起きてみれば俺は居なくて、任された自分だけがすいよすいよと寝床で寝てる。 ……うん、気まずいよなぁ相当に。 「親父ー! ごめん! 用事が出来たから戻るなー!」 叫ぶと、「おー!」という声が返ってくる。それに頷くと、冥琳にもひと声かけてから走り出そうとして─── 「……そういえばさ、冥琳が青椒肉絲って、ちょっと意外だったかも」 「ああ、なに。幼い日に口にする機会があっただけのことさ。今ではすっかり食べられなくなってしまってな。だから時折、こうして口にしたくなるのだ」 「…………?」 よく解らないことを言われた気がした。 意味を探ってみせも答えは見つからず───結局、城へと急く気持ちに負けて、軽く挨拶をすると走り出した。 ───……。 で、だ。 「あのー……なんでまた、俺は正座させられてるんでしょうか……」 「知らん、己の胸に問うてみるがよいわ」 城に辿り着くや祭さんに捕まり、引きずられて辿り着くは自室の床。 すちゃりと座らされた俺の前には祭さんが居て、その後ろには諸葛亮と鳳統が立っていた。 「胸に………、………無実を主張してるけど」 「ならばそんな胸など捨ててしまえ」 「死ぬよ!?」 胸に訪ねてみても無罪を主張。そんな言葉もあっさり斬り捨てられた。が、今はこんなことをやってる場合じゃないよな。 「……祭さん? 正座をさせるよりも、そっちの二人が俺に用があるってことが重要なんじゃないかなぁ……」 「そもそもお主が脱走なぞ企てるからこんなことになったんじゃろう」 「脱走じゃなくて街に出てただけだって! 企ててることなんてなんにもないから! 印象悪くするようなこと言わないでくれよ祭さん!」 言いながら、ちらりと二人を見る。 ……まるで他人の家に来たウサギのようにカタカタ震えている。 いや、適材適所だと思うよ? 諸葛孔明と鳳士元って言えば、三国志を代表する軍師じゃないか。 そんな二人が俺を訪ねてきただなんて、普通なら恐れ多いくらいなのに───…………どうしてこう、感激ではなく保護欲のようなものに駆られるんだろうなぁ……。 「二人とも、学校のことについて訊きに来たんだよね?」 「は、はい……はわわ……」 「そ、そうです……あわわ……」 「………」 「話になるのかの」 はい祭さん、あまりハッキリ言わない。 けど、こうしてはっきりと鳳統と顔合わせするのは赤壁以来になるのかな。 あの時のほうがまだハキハキと喋っていた気がするんだが。 あれか、軍師モードと通常モードがあるとかそんなのか? 一度スイッチが切り替われば、目をキリっとさせて次から次へと勝利への道を論じてみせるとか………… 「……?《びくびく……》」 いや……物凄くビクビクしてらっしゃいますが? こんな子が軍師で大丈夫なのかと言いたくなったが─── 「………」 「………」 うん。頼りないのは自分だって同じだし、彼女も帽子で顔を小さく隠してはいても、その目だけはずっと俺の目を見ていた。 一方的な認識を押し付けるのは失礼だよな。 「ひとまず自己紹介からかな。俺は北郷一刀。よろしく、孔明さん、士元さん」 「はわぁ!? しょしょしょ……じゃなくって、姓が諸葛、名を亮で……えとえと……!」 「あわわぁあ……! お、おおおお落ち着いて朱里ちゃん……!」 「…………北郷。ほんに話になるのか?」 「聞かないでくださいお願いします」 うーん……この二人もこんなにガチガチになることないのに。 なにかリラックスさせる方法とかないかな…………あ、そうだ。 「二人とも、こんな話があるんだけど、聞いてくれるか?」 「え……?」 「ぅ……?」 疑問の声すらがか細い声で、聞き取るのもひと苦労である。 そんな彼女の緊張をほぐすべく、俺は口を開いて───“桃太郎”をゆっくりと話して聞かせた。 ───……。 シーン1、桃太郎……誕生。 「はわわ!? 天の国では桃から子供が産まれるんですかっ!?」 「……ごくり……」 「なるほどのぉ……天の国天の国と聞いておったが、よもや誕生の仕方までもが違うとは」 「違うよ!? 一緒だって!」 ───……。 シーン2、桃太郎……犬、猿、キジと出会う。 「て、天の国では動物が喋るんですかっ!?」 「す……すごいね、朱里ちゃん……」 ───……。 シーン3、桃太郎……鬼と激闘。 「なんと……兵も連れず、動物を共に鬼と戦ったというのか。見事じゃのお」 「はわわわわわわ…………!!」 「あわわわわわわ…………!!」 「……ところで北郷? 二人とも、鬼が怖すぎて聞く耳を持っておらぬが」 「あれ!? なんで!?」 「お主が鬼の特徴ばかりを事細かに説くからだろうに……」 ───……。 ラストシーン、桃太郎……帰還する。 「はわ……!?」 「え、え……えぇ……? 手に入れた財宝……民に返さないん……ですか…………?」 「民が救われん物語じゃの……それでよいのかこの話は」 「うん……今考えてみると、結構ひどいよな、桃太郎……」 ───……。 昔話終了。 一息をつくと同時に諸葛亮と鳳統は今の話について話し合い、祭さんは納得がいかない風情で腕を組んで唸っていた。 「どうだったかな、俺の国に伝わるお話なんだけど」 「はわ…………桃太郎が急に鬼を退治する理由が掴めません……」 「村から宝を盗むから悪い鬼だったはずなのに、それを返さないのなら……その……鬼と変わらない気がします……」 「ふむ。きっと酒が欲しかったんじゃな」 「それだけは絶対に違うと思うよ祭さん……」 苦笑混じりに返しながら、“春蘭も似たようなこと言いそうだな”と思わず頬を緩ませる。 続けて言う言葉に、二人がどういった反応を見せてくれるのかが楽しみだ。 「……じゃあ、自己紹介を再開しようか」 「え? ……あ」 「あわ……」 「……ほう、なるほどのぅ」 いい具合に緊張がほぐれてくれたらしい二人は、俺を見て少しの驚きを見せた。 けど祭さんはニヤリと笑って二人の背中を押し、押された二人は俺の前にたたらを踏みながら来て、体勢を立て直して俺のことを見上げた途端に、またはわあわ言い出して……どうしたものか。 「え……っと……あ、あー……改めてー……北郷一刀だ。よろしく」 それでも自己紹介をしてみるが、 「はわっ……」 「あわっ……」 差し出した手に怯える二人の完成である。 思わず祭さんを見て、「祭さぁあん……」と恨みがましく呟いてしまう。 「な……なんじゃ、儂が悪いとでも言うのか?」 「や、背中を押すことは大事だったかもしれないけど、勢いがありすぎたんじゃないかなぁと」 「むう……」 さもありなん───まったくその通りであると頷く。のだが、何故か手を握ってもらえない俺に追い討ちをかけるかのごとく、二人は祭さんの後ろへと隠れてしまった。 あ、あれ? 俺? 俺が悪いの? 「あの……祭さん、俺……泣いていい?」 「これしきで泣くでないわ」 「うう……」 ただでさえ不安を抱えているのに、こんなふうに怯えられたんじゃ泣きたくもなる。 不安……そうだ、不安っ! 「───祭さん。その……甘寧のこと、報せ来た?」 「………」 俺の言葉を聞いた祭さんは、ここで言うことではなかろう……とでも言うように眉間に手を当てて俯いた。 でも気になるんだから仕方ない。 「仕方の無い……興覇、入ってこい」 「え?」 祭さんが声をあげると、私室の扉が開かれ、甘寧が入ってきた。 いつものような赤の着衣ではなく……どうしてか、庶人の服を纏い、結っていた髪を下ろした彼女が。 「え……え? 祭さん、これって───」 「段落をつけて話してやろうと思ったんじゃがな……お主が知りたいというのなら話してやろう。魏国、曹操殿からの報せはお主が気絶している内に届いていた。内容は───」 「……内容は?」 「甘興覇が持つ将としての全権剥奪、権殿に付き従うことも良しとせず。事実上、呉の将としての死を命ずる」 「───!」 ずくんっ……と胸が痛んだ。 納得するより先に、胸が……とても痛んだ。 「剥奪って……そんなっ、街で会った冥琳はそんなこと一言も!」 「魏に任せ、どんなことでも受け入れると決めた以上、それは当然のことじゃ。納得出来ぬこともあるじゃろうが、それが軍師というものじゃろう」 「っ……」 息が詰まった。何かを言い返したいのに、なにも浮かんでこない。 ただ申し訳ないと思う気持ちと、死ぬなんてことにはならないでよかったという気持ちを抱き、甘寧を見るが……彼女は俯いたまま何も言わない。 「江族頭としての立場を奪われたわけでもない。将としてでなく、錦帆賊の頭として呉に尽くすことを剥奪されたわけでもない。……が、だからといって実際にそうすれば、屁理屈を並べ好き勝手を働く恥知らずの誕生じゃ。興覇はそのようなこと、望むまい」 祭さんがちらりと甘寧を見やる。 甘寧は変わらず、俯いているだけだ。 「己で撒いた種だと馬鹿正直に受け取りおって。たしかに曹操殿に委ねはしたが───……いや、もはや言うまい。儂らがどう言おうが、受け入れたものは変わらぬ。むしろ問題があるとすれば、その後とお主のほうじゃ」 「え───俺……?」 甘寧が死罪にはならなかったことにとりあえずの安堵をする中、再び飛び跳ねる心臓。 ごくりと息を飲み、続く言葉を待つと───それはたっぷりと間をとってから発せられた。 「……曹操殿から、お主への罰も届けられている」 「華琳から!?」 飛び跳ねた心臓はやかましいくらいに鼓動を繰り返す。 そ、そうだよな、警備隊長風情の俺が、他国の民に手をあげて無罪で済むはずが……あれ? でもそれって正当防衛じゃあ……? 「曹操殿より届けられた処罰の内容はな、お主に存在する拒否権の剥奪じゃ。今後、お主が呉を発つまでの間、呉の将の発言等に対し、拒否することを禁ず。ただし死ぬことは許さぬものとし、どんな無理難題だろうが死力を尽くして実行すること。ただし“呉に留まれ”等の拘束する類の命は許可範囲外とする……とのことじゃ」 「………」 愕然とする。 なんだそれ、何かの悪い冗談か? 呉の将の言葉全てを受け止めて、全てを実行しろって? 「それって……その。誰かを殺してこいとか言われたら、実行しなきゃいけないって……ことなのかな《ぼがぁっ!》いってぇっ!?」 「見縊るでないわ。仮にも同盟国の客にそんなものを頼むわけがなかろうが」 「ち、ちがっ……一番悪い例えとして出しただけでっ……!《ズキズキズキ……!》くぅうぉおおお……!!」 頭に重いゲンコツが落とされた。 落ち着かないと……自分が思っているより混乱してる。 自分の軽率な行動がこんな事態を招くこともある……そう、刻み込まないと。 ていうかこれ、思い切り華琳さんの私情だったりする? いきなり刺されたなんて報せを受ければ驚くに決まってるだろうけど……呉に居る間だけ、言われたことをこなすって、いきすぎなんじゃないでしょうか。 「ふぅ……では次じゃ。お主に暴行を働いた民への処罰じゃが───」 「───! 祭さん、それはっ……!」 「黙っておれ。“拒否は許さん”」 「うぐっ……」 黙ってられない……黙ってられないけど、これは俺の行動への“責任”、心配させたことへの“罰”だ。 言われたなら受け入れなきゃいけない。どんな無理なことでも、真っ直ぐに。 呉に居る間だけっていうなら、そう難しいことじゃない…………と思いたい。 「これはお主の口から、暴行を働いた民へと届けよとのことじゃ。“二度と騒ぎを起こさぬと誓い、呉の発展のために生涯を尽くすこと。これを破りし時は鞭打ちの刑とす”。……よいな?」 「…………え? それってつまり、騒ぎを起こさずに呉に尽くせば罰がないってこと?」 「無論、別口で罪を犯せば相応の罰が下る。力を示すことをやめていくにせよ、罰がないわけではない」 「……雪蓮はそれを頷いたの? その……民の処罰と甘寧への処罰の差とか、いろいろ」 「先にどんなことでも受け入れると言っておったからな。頷いて、それで終わりじゃ。むしろ興覇に“気負いなく庶人とぶつかってみなさい”と笑って言っておった」 「雪蓮さんよぅ……」 い、いや……でもよかった。誰かが死ぬ結果にならなくて、本当に。 俺からは拒否権ってものが無くなって、甘寧は将としての地位を失ってしまったけど、俺のほうは完全に自業自得だ。 死ぬことを除いた全てを受け入れるってことが、逆に生き地獄になるんじゃないかと不安だけど、みんなが生きていけることを今は喜ぼう。 甘寧も自棄を起こして自害、なんてことをするつもりはなさそうだし。 ……なんて思っていた時だった。 「さて、後回しにしていた“その後”についてだがな、北郷よ」 「エ? あの、罰についての話ってこれで終わりじゃ……」 「先に言っておいたじゃろう。“問題があるとすれば、その後とお主のほうじゃ”と」 「あ」 その後……その後? その後って、その前はどんな話を……甘寧のことだな。うん。 「その後って……甘寧にまだなにか罰が下るってこと!? そんなっ───」 「黙っておれ」 「うぐぅうっ……!!」 再びぴしゃりと言われてしまう。 華琳……これって罰にしては相当に辛いよ……いや罰だから辛いのか……? がっくりと項垂れる俺の頭上から、見下ろす祭さんが言葉を落とす。 俺はそれを耳にして、しばらく固まった。 「よく聞いておけ? 興覇にはの、お主の下についてもらうことになった」 「…………」 ………………。 「─────────………………はい?」 「むう、ちゃんと聞いておかんか。興覇には、お主の下に、ついてもらうことに、なった、と言ったのじゃ」 「…………」 エート……ナンデスカソレ。 噛み砕いて言ってもらっても、いまいち理解が追いつかないといいますか。 「な、ななななな……なななんで!? だって俺魏国の警備隊長だぞ!? そんなヤツの下につくって、そんなの……自分で言うのもなんだけど、将として屈辱にも値するんじゃないか!?」 「なんじゃ、お主は警備隊の仕事を誇りに思っておらんのか?」 「誇りだよ! 誇りだけどさ! なんだってそんな……!」 「下手をすれば見殺しになる刺傷沙汰じゃ。死罪を免れるのであれば、屈辱のひとつも被るは当然というものじゃろう」 「っ…………かっ、甘寧はさ、その……それでいいの?」 ちらりと、微動だにしない甘寧を見上げて言う。 俺の言葉に甘寧はピクリと肩を震わせ、正座をしている俺を俯かせていた目で見ると─── 「よくはない。だが罰は罰だ。貴様が殴られる様を、刺される様を傍観した。結果として騒ぐ輩が消えたなら、呉の憂いの一つが消えたということ。呉のためならば、私の地位などいくらでもくれてやる」 「う……わぁあ……!」 物凄くさっぱりした、だけど熱い答えをくれた。 聞いた途端、じっとしていられなくなるような熱い言葉だ。 褒められたものじゃないかもしれないけど、国を思い地位にしがみつこうとしない姿勢が、とても眩しく見えた。 そんな彼女の目が俺に向けられ、一言。 「貴様の下につくなど、舌を噛み切りたくなるほどに反吐が出るが、私は生きると決めた。蓮華様が死ぬことは許さぬと言ってくださった。それが、私が蓮華様に仕えた内の最後の願いであるなら、私は只管に生きるのみだ」 …………うう。 「祭さん……祭さん……俺なんかすっごく罪悪感が湧き出てきてる……! ていうか噛み切るのに反吐が出るの!? どんな嫌われ方なのそれ!!」 「ぶつくさ言わずに噛み締めい。建業での騒ぎは今のところ起こる様子もない。結果がどうあれお主は建業の騒ぎだけでも鎮めてみせた。それによって恨まれる物事もまた、負った責任にはつきものじゃろう」 「うぐっ……でもさ、やっぱり俺の下なんかには───」 「ええい駄々をこねるでないわ! “拒否は許さんっ”!」 「うあぁっ!? ……うぉおおおおおおっ! 華琳さぁあああーーーーーん!!!」 なんて罰を与えるんですか貴女は! そんな思いを胸に、頭を抱えて絶叫した。 その声に諸葛亮と鳳統がビクゥと肩を震わせるのを見て、慌てて口に手を当て黙る。 ……そういえばこんなことになって、まだ自己紹介も済ませていなかった。 俺は泣き出したくなる気持ちを胸に抱きながら、正座をしたままに彼女たちをちらりと見て言う。 「えっと……こんな状況でごめん……。出来れば自己紹介させて……。もういろいろと辛い…………って、あの……なぜ、困り果ててる顔に輝く関心の視線を向けてるんでしょうか……」 「はわっ!? ななななんでもないですよ!? そんな、困っている顔が可愛いなんて!」 「あわわ朱里ちゃん、言ってる、自分で言っちゃってるよ……?」 「……祭さん、泣いて良しと許可してくれませんか?」 「だめじゃ」 ……呉の民が笑顔になる代わりに、俺と甘寧は暗雲にも似た空気を背負うことになってしまった。 しかもそんな民たちに自分の口から言わなきゃいけないことがあるんだよ……。 呉に“生涯の忠誠”を誓ってくれ、出来なきゃ鞭でブッ叩きますって感じの言葉を。 華琳さん……これって思いっきり力での制圧じゃあ……? しかも俺の口から、って……。 ああ……今さらだけど、どうりで民たちが今日、普通に話し掛けてきたわけだ。このことを知っていれば、俺にあんな態度はなかなかとれないと思う。 (ああ……) あんな笑顔にそんなこと言わなきゃいけないなんて……。 あ、いや。ならもっと、静かに伝わるようなやわらかな言い方を選んで─── 「ああそうじゃ言い忘れておった。民に伝えるべく用意した言葉、一言一句違えることを禁ずるとある」 華琳さん……俺のこと嫌い……? 「解った……街に行って、伝えてくる……」 突破口を開いたと思えばこの始末。 項垂れながら立ち上がって、とぼとぼと歩き、扉を開けて外へ出ようとした───その時。 くいっと両手が後方に引かれて、ハッとする。 「あ……」 顔だけ振り向かせてみれば、俺の手を握ってくれている二人の少女。 「あ、あのっ、姓は諸葛、名は亮、字は孔明っていいましゅっ!」 「あのあの……姓は鳳、名は統、字は士元……でひゅ……」 「………」 陰鬱な顔をした俺を見上げる少女達が投げかける自己紹介。 自己紹介を返そうとするも、喉に痰がへばりついたみたいに上手く言葉になってくれない。 だから一度手を離してもらって咳払いをすると向き直り、二人の目を真っ直ぐに見て、この時だけでも笑顔で返す。 自己紹介の時に陰鬱な顔だけ見せるわけにはいかないから、深呼吸してから。 「……姓は北郷、名は一刀。字と真名がない世界からきた。……よろしく、二人とも」 言葉とともに差し出す手。 それが、今度はきちんと握られた。 友達にならないかと言おうとしたけど、ふと自分の立場を考えてみた。 (……奴隷?) 言われるままに拒否せず働く御遣い様の誕生である。 そんな人と友達になりたいだろうか。 (どちらにしたって───) どちらにしたってまだ早い。 今はこんな奴隷みたいな状況でも、生があるだけ良しとしよう。 そんな状態でも信頼が得られたなら、その時は改めて手を伸ばしてみる。 それまでは呉のために頑張ろう。どんなことを願われても、耐えられる覚悟……決めないとなぁ…… (どうなるんだろ、これからの俺……) これは泥を被るって意味でいいのかなぁ、じいちゃん。 そう思いながら歩き出す俺に、何故かついてくる甘寧に頭を痛めた。 (ねぇ、祭さん……“俺の下につく”って、“俺の後ろに憑く”の間違いじゃないよね?) そう思えて仕方が無い自分を飲み込みながら、部屋を出て通路を歩いていった。 重い空気を背負ったまま、民にどう切り出そうかと迷いながら。 …………あ。傷がどうして塞がりかけてたのか、祭さんに訊くの忘れた……。
まずは勇人さん、木曜更新どころか物凄く遅れてます!ごめんなさい! YUJIさん、ほのぼの宣言しておいて全然ほのぼのじゃないです!ごめんなさい! 天丼さんとエア撃ちさんのコメントを読みつつ、三国時代って怖いなぁと終了間際の元の7話を抹消、しみじみ執筆。 凍傷は実は三国志のことをほとんど知りません。時代のことはもちろん、世界観的なことも。 完全に真・恋姫無双で偏った学び方をして、それを参考に書いたのがコレ、ギャフターです。 そりゃあ武将の名前くらいは有名なものだけなら知ってますが、この戦いの時になにがあった、この時この武将にはなにが起こったとかそういったことは一切知りません。 今回、天丼さんとエア撃ちさんの指摘を受けて罪というものを考えてみました。 殴られた、刺された相手がいいって言ってるんだからいいんじゃないか、なんて甘いものじゃないんですね、ごめんなさい。 どうも罪と罰が実行されたことが真・恋姫では特に無かったような気がして、あったとしても雪蓮暗殺時の兵が首を斬られた時くらいじゃなかっただろうかと思案。 しかもこれって兵の調練をきちんとしなかった華琳が悪いような気がして、それでも兵が死ななきゃいかん時代なのかと……ああ、確かに学べるものはありました。 これを見るだけでも兵と民の立場って物凄く低いですね。 それ以外では主に将たちへの罰ゲームみたいなものしか下ってない……将と兵とのこの差はなんなんだろうか。 重いなぁ三国時代……。 歴史ものは、たとえゲームでも学の無い自分にはハードルが高すぎました。 今回の罰にしたって、どんなことが相応な罰になるのかが想像できずにこんな感じに。 知識は宝ですね。 それでも書ききりたいので、最後まで書いていきたいと思います。 うん、頑張っていきましょう。 すいませんエア撃ちさん、ご都合主義って笑われても反論できません。 自分には理想的な一刀が描ききれないようです。 >チヒロさん、たしかにあれはあれで終わりのような感じですよね。 あそこで終わってたら綺麗に纏まってたりしたんでしょうか。 30話完結だった予定の小説が450話まで膨れ上がった経験があるので、あまりだらだらと書かないように気をつけようと思います。 相変わらず更新はゆっくりですが、こんな外史でよかったらまた見てやってください。 それでは。 Next Top Back