平和な日々が大好きだー!
……いきなりだが、人は平和の中にこそ幸せを感じるべきだと勝手に言う。
だって平和が好きだから。
いつ死ぬかも解らない状況に身を置き続けるのは息が詰まる。
けれど、そういった人たちのお陰で今の平和があることを忘れちゃいけない。
だから俺達はもっと平和を愛するべきだ。
べきだから───
「ウキョロキョキョーーーン! フギャッ! フギャッ!」
俺をスラムッ……もとい、都に帰してくれぇええーーーーーーーっ!!!
157/じぶんのあしたがみえない。2点 ●
久しぶりにみんなが揃う三国の会合。
模擬の戦が終わってから今日で五日目。
三国で争ってすぐに帰るというのはさすがにどうかということもあって、みんなはしばらく滞在することになる。
食料とか大丈夫か、なんて心配はあったものの、田畑の成長が目覚しいと言われていた通り、どうやら都の食料事情は他よりも豊かなんだそうな。
どうしてそういったことも管理している筈の俺が、そんな曖昧なのかといえば……問題点としてはいろいろある。頭の中に叩き込むだけ叩き込んだとしても、書類で見るのと実際に倉庫を見るのとじゃあ違うのだ。
“国庫は潤ってますよー”と報告されて頷きつつ、じゃあなにを基準に潤いと呼ぶのかと問われれば、ハッキリと言えば俺は“その国の人たちがとりあえずは食べていける量”と答える。
だから文字通り売るほどあるだなんて考えないわけだ。
見るのって大事だね。書類だけじゃなくて、倉庫もちゃんと見るようにしよう。
「はぁー」
溜め息を吐く。幸せが逃げると言うが、今は幸せよりも心の疲れを逃がしたい。
溜め息を吐くと心の鬱憤が少しは晴れるんだそうだ。不思議なものだが、確かに少しは楽になる。少しは。
その溜め息の音を聞いてムッとする人も居るわけだが、もしかしてそれは吐き出された鬱憤が相手に伝染ったりするから、なのだろうか。科学的根拠だとかそんなことは俺には解らないが、そうやって仮定で頭を固めてみるのも結構面白い。
で、後になって全部違いますと解った時に笑い話のネタにする。
仮定の話や、自分にとって解らない難しい話なんてそんなものでいいんだと思う。
さて。
なんでこんな意味の解らんことをごちゃごちゃ考えているのかというと。
「お兄さんお兄さんっ、剣閃ってどうやるのっ?」
「一刀、相手の攻撃を避けてからの反撃についてなのだが……」
目の前に、呉と蜀の王がおる。
俺、何故か書類整理中に引っ張り出されて付き合わされてる。
お解りいただけだろうか。
視線の先の王らにご注目いただきたい。
それぞれ技を教わる師匠的存在が居るというのに、この北郷めに訊ねてくる王らだ。
そしてさらに彼女らの姿のさらに奥、中庭の奥に存在する東屋を見ていただきたい。
今まで彼女らを指南していた祭さんと愛紗が、面白くなさそうにこの北郷めを睨んでいる様が見てとっていただけたと思う。
まさかこれは……この北郷めの胃をストレスで破壊するための作戦だとでも……いうのだろうか。
「あのさ。それは祭さんと愛紗に訊いたほうが」
言った途端にガタッと立ち上がる祭さんと愛紗さん。
笑顔の様子から、やれやれ仕方ないのう北郷は! とか、やはり桃香さまには私が! とか、なんかそういう声が聞こえてきそうで───
「う、うーん。愛紗ちゃんと鈴々ちゃんは、ほら、こう……私にはちょっと難しい教え方で。氣を溜めるには、どかーんとかぐおおーとか、なんかそうやって溜めるのだー、って言われても」
「祭はなんでも根性論で固めるから、たまには他の意見も聞きたいのだ」
そして睨まれるこの北郷。
いや祭さん? 愛紗さん? 今のは俺が悪いわけじゃないんじゃ……?
むしろ愛紗も鈴々ももっと相手に合わせた説明をするべきで、祭さんも根性論ばっかじゃなくてほら……………………根性論以外が思い浮かばない!?
辛くても“この程度でだらしがないのぉ”とか、苦しくても“なんじゃなんじゃだらしのない。文句をたれる余裕があるのなら、まだまだ頑張れるだろうに”とか言いそうだ。うん言いそうだ。
「あ、ああ、そっか。じゃあまず桃香の剣閃からな? 俺も凪から教わったから、そこまで詳しいわけじゃないんだけど」
むしろここで凪に訊いてくれ、って……言ったら凪に迷惑がかかるな。
難しいことは忘れてコツだけを教えよう。
コツ……そう。
「武器に氣を込めて、自分の氣とは切り離して放つんだ」
コツはこれだけ。自分の中の氣を感じ取れていれば、問題なく出来る。
いや、出来るはず。……出来るよね?
まさか俺が“出来る者の理屈”が言える部分まで成長できているとは思えないし。
才能で言うならこの世界の人たちのほうがよっぽど凄い。
こうして俺が教えてみたら、教えた先から「わー、出来たー!」とか言って…………あれ?
「見て見て蓮華ちゃん! 出来たよー!」
「わ、解った! 解ったから抱きつくのはやめて!」
「………」
桃香……他国の王が居るということで、キリッとした口調の蓮華さんが桃香に抱きつかれて戸惑っている。きっと喜ばしい光景なのに、今までの俺の苦労は……とか思ってしまう弱い北郷をお許しください。
あっさり剣閃を会得されてしまい、俺の立場はとか思ってしまうのは悪いことですか?
(い、いやいや、俺も呉でやった時、いきなり出来たし)
出来るのはきっと当然なんだ、落ち込むな俺。
むしろ桃香の成功を喜ぼう。もっと強くなってもらって、今までの彼女に出来なかった“守る喜び”っていうのを一緒に得てもらうのもいい。
「俺も頑張らないと」
だな。よし、そのための一歩として自分の鍛錬を。
「? お兄さん、なにか言った?」
「いや、なんでもない」
モテるイケメン主人公御用達の台詞を桃香に言われ、ヒロイン御用達の台詞で返す。
奇妙なくすぐったさに頬を緩めながら、いざ自分の鍛錬を───
「よし、ならば次は私の番だな」
───呉王に捕まった。
「あの、蓮華さん? 俺にも俺の鍛錬が───」
「《じろり》桃香のは見ただろう」
子供の理屈か、とツッコミを入れるわけにもいかず、結局は教えることに。
えぇと、相手の攻撃を避けたあとの反撃、だったよな。
反撃……反───……そんなの俺が知りたいんだが!?
いやいやいやいやちょっと待って蓮華さん!? それ確実に祭さんとか雪蓮に訊いたほうがいいって! そうしたら祭さんが根性論で雪蓮が勘で教えてく───教えになってない!?
呉! 大丈夫なのか呉! 今心の底から思春を奪うことになってごめんなさいって土下座したくなったんですが!? あぁああでも思春も根性論で生きそうだとか思えてしまった今が悲しい!
「わわわわ解った、じゃあ……実戦も混ぜてやってみようか……」
「ああっ」
嬉しそうに笑う蓮華を前に、道着姿で木刀を構える俺。
相手は模擬とはいえ剣。
いつもながら、この瞬間にいろいろな差とともに死を感じてしまう自分が悲しい。
こうして俺と蓮華は剣を交え───
「おお北郷! 今日も鍛錬か!」
───そこにいらっしゃった春蘭さんに見つかり、久しぶりに揉んでやろうとばかりに七星餓狼を構えられ、
「何を言っている、次はわたしだ」
ズイと、何故か樹の陰からずっとこの北郷めを見つめていた華雄が対峙。
ならば戦いで次の相手を決めるかとばかりに争い始め───と、いつものパターン。
小細工なしで真正面からぶつかり会い、ふんふん言いながら、己に迫る武器をがぎんごぎんと弾く双方。蓮華が「止めないでいいの?」と俺にだけ聞こえるように言ってくるんだが……「知ってるか、蓮華……。俺、あの戦いが終わったら、どっちかと戦わなきゃいけないんだ……」と遠い目で言うと、ただ静かに肩をぽむと叩いてくれた。
そんな蓮華に感謝の気持ちを抱いて、感謝を口にしながら今の自分が教えられる“避けてからの動作”を教えてゆく。正直勉強になるのかも解らない小手先技術かもだが、蓮華はこくこくと頷きながら覚えてくれる。
その横では、桃香が剣閃に目を輝かせて空に放ちまくり……氣を枯渇させそうになって目を回すという事態が。東屋でガタッと立ち上がる愛紗をよそに、すぐに自分の氣を変換させつつ桃香に流し込むと、ごめんなさいと言いつつも恥ずかしいのか顔を赤くする桃香。
「………」
東屋から降りてきた愛紗が、VS北郷戦争奪の会に参加した。……なんで!?
むしろ三人で同時に戦うのってどうなんだ!? 実際目にしてるからすごいとしか言いようがないけどさ!
「器用ね。他人に氣を分け与えるなんて、御遣いだから出来ること?」
「思春も出来たよ。ただ、俺の氣って“どっちつかずの成長段階の時点”でそうなるような錬氣ばっかしてたからか、変換するのが楽みたいなんだ。思春に訊いてみたら“二度とごめんだ”って言われた」
「……そう」
そもそも華佗にも成長しきる前だから出来ること、とか言われてた。
なのにまだ出来るってことは…………氣の成長“だけ”には期待していいらしい。
これで体も成長してくれたらなぁ。老いたいって言うわけじゃなく、純粋にこう、筋肉をつけた痩せマッチョ的な……そんな自分になってみたかった。せっかく鍛錬してるんだし。
だからこそマッチョな自分をぽややんと想像してみるのだが、笑いしか出てこない。
うーん似合わん。
「で、そろそろ自分の鍛錬に───」
「主様ー! 次はどうすればよいのじゃー!?」
「…………」
指示した通り、準備運動目的で城壁の上を走り終えたらしい美羽が、元気に手を振って言う。氣で体を動かしながらのダッシュと、氣を使わずにする長距離のジョギング。それらをやらせてみているのだが……この世界の有名な存在だったからなのかなぁ、吸収が早い。
教えるたびに自分が置いていかれるような気分で悲しくなる。
しかし、教えたことを素直に吸収してくれて、相手が成長する様を見るのは……これで案外嬉しかったりする。サポートする人の喜びが解るような微妙なような。
「美羽ちゃんには何を教えてるの?」
手招きするとぱたぱたと下りてくる美羽を見上げつつ、桃香が訊いてくる。
なにを、というか。
「俺がやってきた鍛錬の一通り。纏めたものかな。遠回りするよりは、俺の知恵でも多少の近道にはなるかなって」
「……………」
「桃香?」
「呉の王であるわたしが、憎むべき袁術についてを言うのもなんだが」
「え? 蓮華?」
「その……大丈夫なのか? 一刀の鍛錬は、あの華琳でさえ呆れる量だと思春から聞いたのだが」
「わあ」
思春さん、そんなこと言ったんですか。むしろ相手が蓮華だからってなんでも報告しすぎじゃございませんか?
いや、違うんだ蓮華。華琳が呆れてたのは、それまでの華琳の中の俺がてんで鍛錬をしていなかったからなんだ。多分。だからあの量でドキドキハラハラしていただけなんだ。きっと。
「大丈夫もなにも、ほら」
サム、と片手で促してみれば、既にすぐそこまで元気に駆けてきている美羽さん。
弾んだ息も手伝って、ハウハウと主人の指示を待つお犬さまみたいな状態だ。尻尾があれば千切れんほどに振られているだろう、って喩え、よく聞くよなー、なんてことが思えるくらいに元気だ。
「鍛える時は思い切り鍛えて、休む時は思い切り休む。結果が《ドズゥ!》おほう!」
駆ける勢いのままに、まるでいつかの季衣のようにスーパー頭突きで飛んでくる美羽が、俺の腹部に突き刺さる。つい世紀末覇者拳王のような悲鳴がもれたが大丈夫。……二分くらい休めば、きっと。
「………」
「ほわー……何度見ても不思議だねー」
「!? な、なんじゃお主ら! 近寄るでないのじゃ!」
そして美羽も、絶賛対人恐怖症もどき。
長かったHIKIKOMORI生活は、彼女の中にそんなものを作ってしまったらしい。俺と向かい合うのは平気なのになぁ。もちろん重度のものとまではいかない程度だ、いつかは治るだろうし、なにかに夢中の時は自分自身でも気づかずに普通に話せてるくらいだ。意識するとだめなだけなんだろう。
「ねぇねぇ美羽ちゃん、どんな感じの鍛錬を教わってるの?」
「ふふーん、言うわけがなかろ? これは主様と妾だけの大切な“とれーにんぐ”とかいうものなのじゃ。妾が主様のやり方が正しいことを証明し、妾だけが主様に褒められる、それは素晴らしい“とれーにんぐ”なのじゃ」
「ああ……見た目はこれでも中身はやっぱり袁術なんだな」
「まあ美羽だし」
「う、うみゅ? どういう意味なのじゃ? 妾は妾に決まっておろ?」
「見た目は変わっても美羽は元気だなって言ったんだ」
「おおなるほどの! そうであろそうであろ! もっと褒めてたも!」
「お、お兄さぁん、ちょっと可哀相だよぅ」
喜んでエイオーと拳を振り上げる美羽に対し、さすがに気がひけたらしい桃香が俺の道着をくいくい引っ張りつつ言う。
や、そうは言うけど桃香……これはこれで素晴らしいポジティブさだと思うぞ?
なにを言われても、理解出来ないとはいえ自分にとってのプラスとして受け止める。それはきっと俺達が遠い昔に置き去りにしてきたとても大切なもので───え? 屁理屈だよ? ……うん、なんかごめん。
「はは……」
はははと笑いながら鍛錬を続ける。
ここからは美羽も混ぜて立ち回りについてを四人で考えて、実際にやってみるといったものに変更。想像の自分と実際の自分とでは、どれほどイメージに差が出るかを体に教えるというものだ。
「………」
さて、お気づきの人が大半だろうが、三国が揃った日から今日まで……“俺の時間”、一切無し! 仕事中ですら連れ出されて鍛錬に付き合わされたり仕事を手伝わされたり、休息時間が無いに等しい。
夜になれば霞が酒、星がメンマを持ってやってきて、それが過ぎたと思えば美羽とシャオが眠れないとか言ってやってきたり、夜中にはそれらを思春が撃退するためにざわざわゴトゴト、深夜には桂花が暗黒的な笑いをこぼしながらのそりと夜襲をかけてきて自爆したり思春に捕まったり、早朝には美以がミケトラシャムと遠吠えをして人々を起こし、朝には料理を教えてほしいと桃香や蓮華や愛紗に捕まって、軽く教えてから外で鈴々と朝の体操をしていると華雄がやってきて“朝から鍛錬前の柔軟とはさすが私の伴侶だ!”とか言い出して中庭に引きずられて、それを発見した春蘭が目を輝かせて七星餓狼を持って中庭に突撃してきて…………ああ、うん、もういいよね。説明するの辛くなってきた。誰が聞いてるわけでもないのにね、愚痴りたくなる時って……あるよね。
「……《そ〜……》」
「おや北郷殿、何処へお出かけですかな?」
「ひぃぅっ!?《ビクーーーン!》…………せ、星……!」
静かに中庭を去ろうとしたら、欄干に腰を預けた星に呼び止められた。
ダ、ダメだ! 誰かの目は無くても必ず誰かに見られている! 逃げ場がない!
「イヤチョット厠ニ」
「おや。厠はあちらですが?」
「次元を超越した厠に行きたいんだ」
「はっはっは、言っている意味が解りませんなぁ」
ああうん、解ってて言ってるこの人。
「なぁ星……俺、少し休みたいだけなんだ……。書類整理してる方が心も体も休まるなんて俺、知らなかったんだ……」
「……さすがに重症ですな。時に北郷殿」
「重症って言っておいて話題変えるの早くないか!?」
「ははっ、まあまあ。休む時間の提供は無理ではあるが、話し相手をして時間を稼ぐ程度ならば出来ますぞ。何を言われても私と話しているからと応えればよろしい」
「あ……そっか。それならなんとか───」
なるかも、と笑おうとしたのだが。
「北郷! 貴様人が順番を決めているというのに何を暢気に休んでいる!」
ずかずかとやってきた魏の隻眼大将さまがわざわざ迎えにいらっしゃった。
な、何故! よりにもよって春蘭! これならまだ華雄の方が話が解ったろうに!
だがしかし希望はなくならない! 星と話し合っていると知れば、いくら春蘭でも
「エ、エート、星と話してルカラー」
「そんなものは後にしろ!!」
「やっぱりぃいいいいいいいいいいいいっ!!!」
無駄でした。うん、まあ……解ってたさ。
はっはっはと笑いながら手を振ってくれる星に俺も手を振って、再び争いの渦へ。
そこにはいつの間にか祭さんが参加していて、俺と戦うのは誰かを決めようとしているらしく……俺と戦ったって面白くもないだろうに、なんでこんなことになったんだろうか。
これってもういっそ、全員と戦ったほうがいいのでは? どうせあとで次は私が〜とか言って戦わされるんだろうし……よ、よし! 寝不足ハイテンションの北郷を甘く見たことを後悔させてくれるわーーーっ!!!(ヤケクソ)
───……。
死ュウウウ……
「う、うぐぐっ……」
多分一時間後くらい。
中庭の樹の幹でぐったりする俺が確認された。
最初から全力でいった分、地獄を見ました。
何故って……華雄、春蘭、愛紗だけでも地獄なのに、祭さんや蓮華や桃香、騒ぎを聞きつけて目を輝かせながらすっ飛んできた雪蓮とも戦うことになって、もう体がガタガタだ……。
雪蓮戦の時にはもうズタボロ状態だ。つまんなーいとか言われたってしょうがないんですよ雪蓮さん。
……一応残りカスのような氣を全力で振り絞って挑んで……その残りカスを何処で振り絞るかを選び、隙を突いて解放。放った加速の一撃が、やはり勘で避けた雪蓮の鼻先を掠めた時、アア、終ワッタ、と思いました。
だって雪蓮の目が得物を狩る虎になってしまいまして。
お陰で生命の危機を感じた俺は、搾り切った氣脈から出涸らしみたいな気力を振り絞らなきゃいけなくなり、ようやく落ち着いてくれた時には呼吸はぜえぜえ、汗は掻き放題で体が熱くてしょうがない。
寒くなってきたと感じられる空気の中、死んだようにぐったりしながら湯気を発する俺は、これが漫画とかだったらシュウウ〜とか擬音がつけられてる。シュウウの“シ”が“死”でもいいくらいぐったりだ。
「ああ……休みたい……書類整理でもいいから、のんびりしたい……」
ここで弱音を吐くのは弱い証拠だろうか。
もうこの際弱くていいから吐かせて。そして休ませて。
「あら。この程度で弱音? 以前のあなたなら喜んで向かっていたじゃない」
「へ? って……華琳」
幹で泣き言を言っていた俺に、影からするりと姿を見せて、幹を枕に寝転がる俺を見下ろす華琳。片手を腰に当てた呆れ顔で「情けない」とか言ってる。
「休める時間が少しでもあるならこんな弱音儚い……もとい、吐かないって。なんなら五日ほど部屋交換してみるか? 休む暇がないくらい人が来るぞ」
「ふぅん? だとしても、休めないのはあなたにきちんと休む意思が足りないからでしょう? 休むと決めたなら他のことなど気にせず───」
「夜、霞と星が酒とメンマ持ってくる。紫苑も桔梗も混ざることがあって、酒の匂いに釣られて祭さんも来るな。で、終わったあとでも終わらないうちでも美羽やシャオが来て、眠れないから一緒に寝ようと言ってくる。断る前に布団に潜って、ダメだって言っても動かない。仕方ないからそのまま寝ようとしたらシャオがなんか背伸びした色っぽい声で迫ってきて、美羽がそれに対抗して迫ってきて、思春に追っ払ってもらうと扉の前で騒ぎ出して、しばらくして静かになったと思った矢先に桂花が嫌がらせに来て、撃退したと思ったら蒲公英が窓から覗き見してることに気づいて、注意したら今度は堂々と扉から七乃が入ってきて」
「……もういいわ、一刀。皆には一刀に少し休ませるように言っておくから」
「……《スゥウウ……》」
「泣くことないでしょう!?」
「たった五日……されど五日だったんだ……。みんなと過ごすのは楽しいけど、人数が人数だから自分が休む暇が本当に無くて……。寝不足の所為でふらついてたら桂花の落とし穴に落ちて、抜け出して穴を埋めてたら美以と美羽が蜂蜜欲しさに蜂の巣落として蜂に追われてきて、一緒に逃げてたら蜂の巣ひょいと渡されて俺だけが追われるハメになって、全力で逃げてたら華雄が鍛錬と勘違いして走らされて、途中で逃げようとしたら捕まって怒られて……そもそもみんな風邪はどうしたんだよ、自分たちばっかり早々に回復して、看病とばかりに人の部屋に突撃してきて、看病してくれるのは嬉しかったけど、バッグからタオル取られて水浸しにされて、顔にびちゃりと置かれた時は窒息するかと思ったよ……」
「あなたが疲れているということだけは痛いくらいに解ったわ」
頭に手を当てて深い溜め息。
そんな華琳は呆れた顔で言葉を続ける。
俺に呆れたんじゃなく、みんなに呆れたようで───
「あの子たちも燥いでいるのよ。なんだかんだで久しぶりにあなたに会える子だって居るのだから」
「あー……正月にだけやたらと叔父さんに絡む子供みたいなノリか。お年玉ちょーだいって」
お年玉なんてないぞ。むしろ俺が欲しいくらいだ。
財布はいつだってカラッポ寸前さ。なにせ空を飛ぶための費用に当ててばっかりだ。
正直飛べるとは思っていないものの……なんでだろうなぁ、真桜なら何とかできてしまいそうなのは。
「おとしだま?」
「ああ、一年の初めに、親が子供にあげる軍資金みたいなもんだよ。天では子供のほぼがそれを楽しみにしてる」
「へえ、そう。年初めに金銭で忠誠度とやる気を底上げする算段ね?」
「間違ってないんだけど、素直に頷けないな……むしろ忠誠度とかって喩えから離れてほしいような」
一般のピュアな子供たちが、金で信頼を得ることができるちょろい人々みたいに聞こえてくる。お年玉が嬉しいのはきっとどの歳になんってもだろうけど、なんかこう……譲れない一線があるのですよ。
「けれどそのためとはいえ、正当な支払いでないものを渡すのはどうかと思うわよ。働きに比例した施しや褒美でないと、他に示しがつかないじゃない」
「働けない子供にあげる、親から子供へのお小遣いの一段階上のお愉しみみたいなもんなんだ。だから年に一回だけ」
「子供限定ということ? ……なるほどね。つまり、手に金銭を持てば使わずにはいられない子供の性格を上手く利用した流れというわけね? 親が子に、子が店に支払い、支払った金を纏めたものが俸給となる。よい連鎖ね」
「平和な場所じゃないと有り得ないけどね」
「それはそうよ。治安が悪いのに子供にお金を渡したりしたら、好奇心で店で使う前に盗まれるわよ」
「だよなー」
何人組かの男に囲まれてホッホォォォォ持っとるのォォォォ的な展開になりかねない。
警備隊が目を光らせているとはいえ、それも完全じゃないしなぁ。完全だったら、日々俺のところに始末書……もとい、報告書がくるわけがないのだ。……でも来るのがぜ〜んぶ将関連なのはいい加減なんとかなりませんか神様。
……なので、そういうのは芽が出る以前に提案しないのが上策だろう。
いきなりお年玉制度なんて出しても、各ご家庭は戸惑うだけだろうし。
「で、それはそれとして俺の休みのことなんだけど」
「そうね、無理して倒れられても困るし……いいわ、あなたは少し休みなさい」
「えっ!? いいの!? ほんとに!?」
「ええ。私たちの居ない場所で、のんびりと」
「……ホエ?」
華琳たちの居ない場所?
それってつまり、休んでいる時にも仕事中にも鍛錬中にも食事中にも就寝中にも誰も来ない場所……?
「…………《ぱああっ……!》」
なんて素敵な響きだろう!
休みを渇望する俺の体が血を───もとい、やすらぎを求めている!
お陰で一緒に居られたらいいのにとかそういうのじゃなく、とにかく離れることを望んでしまい───
───こんなことになってしまったがね……。
……ギー、ギッギー、シャワシャワシャワ……!
「…………」
森の中に居る。
熱帯雨林とでも呼びましょうか。ともかく森の中。密林と言ってもいい。新米ハンターがクック的な先生と戦わなきゃいけなくなるような雰囲気がある。
なにやら高い樹ばかりがあって、そういった木々から長い蔓のようなものがたくさん生えている。掴まってアーアアーとかやりたくなるあの蔓だ。ジャングルの王者的には“AAAAAA!!”と叫びたくなる。
「あ、あーの、美以さん? なに、ここ」
「なにって、みぃたちの故郷にゃー!」
「にゃー!」
「なー!」
「なぅー……」
そう……休みを貰えることに浮かれていた俺は………………南蛮におがったとしぇ。
おかしいと思ったんだよ! お供に美以たちだけだったし、その美以たちにも早く戻るようにとか言うし!
まさかのサヴァイヴァル!? ここで俺にどう休暇を楽しめと!?
「それじゃあみぃたちは帰るにゃ!」
「かえるにゃー」
「にゃー!」
「にゃーう」
「いやいや待って!? せっかくの故郷なんだしゆっくりしていこう!? 厳密に言うと俺だけ一人なんてやだぁーーーっ!!」
なんだか知らないけどここ視線を感じる!
気の所為だろうけど感じるの! こんなところで休暇なんて無理だって!
「懐かしい空気に触れられただけで十分にゃ! なにせみぃはだいおーなのにゃ! だいおーは懐かしい程度でさみしくなったりしないのにゃー!」
「だいおーさま、かっこいいのにゃー!」
「かっこいいにゃー!」
「うにゃう……」
「いやいやちょっとだけ! ちょっとだけだから腰を落ち着かせよう!? むしろここって何が食べられるかとか教えてくれない!? 食べたら危険なものとか絶対あるだろこれ!」
「んにゅ……仕方の無い兄ぃなのにゃ。じゃあちょっとだけ教えてあげるじょ」
仕方ないなぁとばかりに、しかし心底嬉しそうに踏ん反り返り、近くにあった樹に器用に登り……木の実らしきものを持ってくる。
黄色くまんまるい、しかし見たことがない果実だ。他にも赤いのも持っており、リンゴにもトマトにも見える変わった果実だった。
「これは黄色いにゃ」
「? あ、ああ、うん。黄色いな」
「黄色はだめにゃ。赤いのを食べるにゃ」
言って赤をショブリと食べる。
もっしゅもっしゅと食べて見せて、俺に心配はないと教えてくれているんだろう。
なんか……悪いなぁ。
俺もこんなことでいちいち不安だとか言ってちゃ
「ぷぺぇっぺぺ! 間違えたにゃ! 赤はだめにゃ!」
「不安だぁあーーーーーーっ!!!」
絶叫した。
158/あしたっていまさ! 10点 ○
人は順応する生き物だと聞いたことがあります。
誰かの知識からおすそ分けされたものであり、俺の知識ではありません。
だが言おう。順応しなきゃ死ぬだけだ。
順応するにはどうしたらいいか? …………生きるのだ。それしかない。
「水っ……水の確保! なにはなくとも水!」
ジャングルもとい南蛮生活一日目。
早くも都での生活が懐かしい。
着替えとタオルと携帯電話と調味料、あとは適当な容器(小さな甕)しか入っていないバッグのみを左肩に、右手には黒檀木刀を装備した盾無しの戦士がゆく。
どこへ? ……どこへだろう。誰か行き先と明日を示してくれ。
「………」
水発見。
森の奥地にぽつーんとあった。流れてない。
……大丈夫か? 飲んだら疫病に感染して倒れるなんてことは……!
むしろなにかしらの水棲生物がうじゃりと居そうな雰囲気なんだが。
……ア、アメリカザリガニが居そうな水って言えば解りやすいだろうか。あれ? そうなると池? ……面積的には池が一番合ってるのか?
「ま、まあ一応容器もあるしっ」
ばしゃりと掬って、じぃっと見てみる。
……なんかちっこいのがうじょうじょと蠢いていた。
ごめん無理!
……。
南蛮生活二日目。
朝起きると腕にヒルがウギャアアアアアアアア!!!
……。
失礼。
朝を迎えた。
ヒルかと思ったら謎の生物だった。名前は知らない。ただペトペトしてて少しヌメリけがあった。それだけ。食用では絶対ない。むしろ食べられるといわれたら相当な状況じゃなければ食べたくない。
「あったぁーーーーっ!!」
歩き回ってどれくらいか、森の中心(?)あたりで湧き水を発見。
泣きそうな勢いで近寄って容器で掬うと……今度は蠢くなにかは無し!
容器をよく洗って再度掬うと……心配なのでまずは火を熾した。沸騰させて煮沸消毒だな。……あれ? 水自体を沸騰させて消毒させることも、煮沸消毒っていうんだっけ?
まあいい、今は考えるよりも行動だ。
火を熾して…………湿気が多いからか中々火はつかず、むしろライターもなにもないから種火の時点で苦労する。
「氣を上手く使って……」
よく見る原始的な方法で火を熾しにかかる。
あれだな、棒と板を合わせて燃やす方法。
もちろんまずは大鋸屑のようなものを作って、それを種火にするのも忘れない。
「ホワーーーーッ!!《キョリキョリキョリキョリ!!》」
早くも生きるために必死になり、氣で腕を加速させて高速で棒を回転させる。
しかし中々火は熾らない。
湿気か! 湿気が悪いのかくそう! あまり太陽入ってこないもんなぁここ!
けれどもとりあえずの拠点は決定。
水が傍にあれば、様々な面で助かるのは間違い無い。はず。
キャンプやサバイバル知識なんてないから、適当な知識で乗り越えるしかない。
「おかしいな…………心を休めるために休暇を貰ったはずなのに、全然休めていない」
華琳さん。何故によりにもよって南蛮だったんでしょうか。
もっと他のところがあったんじゃ……。
「“人に慕われて文句を言うなら、いっそ人恋しくなるまで休んでいなさい”なんて……まさかその通りのことをされるとは」
確かに慕われているのに文句を言うのは贅沢だった。
一人になってすぐにそれは実感できた。できたけどこれはないだろ。ツッコミくらいはさせてほしい。
「不安はあるけど、ダンジョンマスターだって水だけで長い時間生きていられたんだ、とりあえず水があれば四日はいける……と信じたい」
ほんと、休みに来たんだよね? 俺って休みに来たんだよね?
なのになんでサヴァイヴァル!? ……と訊いたところで誰もいない。
「とにかく警戒は怠らないように……! 気配探知はいつでも出来るように、氣を集中させないとな……!」
食料は黄色い果実と………………黄色い果実しか知らないんだが。
赤はダメだったんだよな。美以が苦しんでたし。
しかし赤は案外通好みの味ってオチがあったりして……。
「いかにも毒々しいもの以外は、ちょっとずつでも試してみようか」
なにせ死活問題だ。
一欠けらが猛毒のものがあることは、美以が縄張りにしていることもあって、無い……とは思う。なので毒々しいもの以外は食べてみよう。
……。
南蛮生活三日目。
やたらと美味しい竹の子を見つけた。竹の子……筍とも書けるそれを見て、桂花を思い出したのは彼女には秘密だ。
「南蛮に竹の子……ああ、この世界がわからない。あるところにはあったのか?」
それでも調理。
風通しの良いところに干しておいた枝などを今度こそ燃やして、窪んだ大きな石を熱して水を入れて、煮たり焼いたり。
食べてみればもう目を見開くほどに美味しい。唾液が出っ放しで、涙まで出るほどだ。
赤の実も煮てみれば結構いけた。
煮ると苦味が流れ出すようで、それでモグモグ。
苦味が出た汁もひどく濃いゴーヤ茶のような渋みで、慣れると結構いける。
じいちゃんとかは好きそうな味だ。
「華琳……俺にだけこういうことさせるんじゃなくて、将のみんなにも俺のところに来る回数を減らしてくれると嬉しいんだが」
これはこれで貴重体験だとは思う。
でも南蛮ってさ、妙な病気とかなかったっけ? 記憶違いならそれでいいし、美以とかが平気なんだから平気なんだとは思うが……あったとして、現代医学とか華佗に習ったことで治るといいなぁ。
「ところで……たまに見るアレは、象で間違いないんだろうか」
南蛮ってなんでも居るんですね。
美以の頭にも乗ってたけど、まさか本当に居るとは。
「はふー、うん、お腹膨れたな」
何があるかは解らないものの、慣れれば案外住みやすかったりするのかもしれない。
せっかくだから家でも作ってみよう。枝と葉っぱと蔓を合わせて、どこぞの部族の骨組みが密集して出来たみたいな家を。
「また干しておかないと、次の火種に苦労するし……お、早速枝発見」
『グヒー!』
そうそう、グヒーって感じで発見……グヒー?
「………」
『ブフルッ……』
…………ある日……
『《ゴシュッ! ゴシュッ……!》フゴッ! フゴー!』
森の中……!
「あ、ああ……あああああ……!!」
『グヒー!!《ダッ!》』
「キャーーーッ!!?」
猪に出会ったぁああーーーーーーーっ!!!!
いやっ、ちょっ、待っ───速ァアアアーーーーーーッ!!!?
「うわぁああああばばばばこっち来んなぁああーーーーーっ!!!!」
『グヒー! グヒーーーッ!!』
全力疾走! 氣を込めて一気に駆ける!
なのに物凄い速度で追って……オワァーーーッ!!? え、えっ!? なにっ!? なんで追ってくる!?
なんかキン肉マンがキン肉ドライバー覚える際に襲い掛かってきた猪みたいな声出して襲ってきてるんだけど!? いやいやいやいやそんなどうでもいいこと冷静に分析してる場合じゃなくてだな!!
「だ、だが所詮は猪! 某ハンティングアクションでも真っ直ぐにしか走れない猪! 爆発する岩に自ら突進してお陀仏な猪! ならばこそ───!」
逃げた先にあった木の裏に回り込み、得意顔で「ヘイカモン!」と《ベギョシャア!》「ギャアーーーーーッ!!」
木が細すぎた! 突進であっさり砕けた! ……えぇっ!? 砕けた!? 細いとは言え木ですよ猪さん!! ……ああっ! でも頭からいった所為かフラフラしてる!
どどどどうする!? 今の内に攻撃……木刀バッグに入れたままだったァーーーッ!!
「っ……《ごくり》」
そ、そうだ。よく考えろ。
こんな時だからこそ……こんな時だからこそだ。
いつでも武器があるとは限らないんだ……!
そういうこと……なんだな? 華琳……! 休みをくれたと見せかけて、俺に成長の場をくれたってわけか……! 武器に頼ってばかりの俺に喝を入れるために……!
『ブルルルルッ! ……ブフー! ブフー!』
「……もう、持ち直したか? だったら来るといい。それが合図だ」
華琳に期待されたなら、俺はどこまでだって伸びてやろう。
勝てない相手にだって、勝てるよう努力してやる。
もう……以前の、提案しか出来なかった俺ではいたくないんだ。
自分に出来る努力の中から自分を鍛える努力を抜いたために、華琳に太刀打ちできなかった蜀の王を知っている。姉の姿を追いすぎるあまり、自分の至るべきを定められずにいた呉の王を知っている。そして……王であろうとするあまり、それ以外の楽しさを後回しにしすぎた魏の王を知っている。
そんな先人たちが示した道と後悔を知るからこそ、今俺は、後悔しようがその後悔の幅が狭いものであるように努力をしよう。
「生き抜いてやるぞ……! この“休暇”!!」
猪が走り出す。
同時に俺も走り出し、拳を振り抜いていた。
-_-/華琳さま
都、北郷一刀の自室にて、椅子に座って天井を見上げる。
一刀を送り出してしばらく経った。
一刀一刀と時間も気にせず部屋に向かっていたらしい将らも落ち着きを見せ、一刀がするべきだった仕事を黙々とこなしている。その数に驚く者が大半だが、原因はあなたたちにあると知りなさい。
「はあ」
「ゆっくり休んでくるよ!」と、涙まで流して喜んでいた彼が向かった先は……南蛮の森の奥深くなわけだけれど、元気でやっているかしら。
あそこならば誰も追ってはいかないだろうし、美以たちにもすぐに戻ってくるようにと言ってある。
危険が少ない場所をとの指示も出したのだから大丈夫でしょう。
「……《そわそわ》」
大丈夫よね。ええ大丈夫。
「………」
しっ……心配をしているわけではないけれど、さすがに一人はやりすぎだったかしら。
一緒に居ても文句は言わない思春くらいつけるべきだったかもしれない。
それともそのまま美以をつけるべきだったのか。華雄という手もあったわね。
……いまさらね。いざとなれば走ってでも南蛮から近い村に駆け込むでしょうし。
……その村も随分と遠かった気がしないでもないけれど。
「………」
仕事をしましょう仕事を。
出て行った一刀には美羽の勉強を頼まれたのだし、行き先も告げずに送り出したのならそれくらいは聞いてあげるべきだ。
べきだから───
「美羽」
「む? なんじゃ?」
一刀のじわりじわりと時間をかけて教え込む方法の結果か、やけに姿勢のいい美羽がこちらを見る。私が座っている机と椅子の隣、小さなお茶用の卓で竹簡に筆を走らせる彼女は、まだ元の姿には戻らない。
ゆさりと揺れる胸部に嫌でも目がいく。
「簡単なものからやらせてはいるけれど、進みはどうなの?」
「うむ! まだ読めぬものも大分あるがの、主様の期待を裏切らぬためにも頑張って覚えてゆくのじゃ! うははははっ、妾にかかればこのような仕事、軽いものよの、存分に褒めるがよいぞ?」
「それくらいは出来て当然よ。それで褒めるのは一刀くらいなものだわ」
「まあお主に褒められても気色悪いだけだとは思うのでいいがの。ところで曹操? 主様はどこへ行ったのじゃ?」
……この娘は。
二言目には本当に一刀一刀ね。
いいから仕事をしなさいと言ったところで、少しするとすぐこれだ。
けれど、吸収が早いのも事実。
“人の言うことを素直に受け取る”という、一見すれば馬鹿としか受け取れないものも、一刀の教え方がよかったのか吸収に向かっている。
七乃では褒めちぎってからかってを繰り返すだけだったのだろうけれど、これは……なんというか教え甲斐のある娘だ。骨は折れるだろうが、このじっくりと教えて、気づけば自分の望んだ通りの子が完成しているかもしれないという気分が………………───落ち着きなさい曹孟徳。
「一刀には少し暇を出したわ。今頃はわたしたちが気安くいける場所ではないところで休んでいるわよ」
「うみゅ? ……よく解らぬが、気難しくなれば行けるのじゃな!?」
「違うわよ」
「なんじゃとーーーっ!? 気安いの逆は気難しいであるから、気安く声をかけるなという言葉は、気難しい顔で声をかけろという意味じゃと七乃が言っておったのじゃ! 七乃が妾に嘘をつくわけがなかろ!」
「………」
七乃はあれなの? まだ減俸され足りないのかしら。
「はぁ」
しかし、この素直さが時に羨ましい。
そしてこんな素直さを否定するのももったいないので、そのまま放置することにした。
小言を言われるのは七乃だ、彼女に任せればいいのよ。
「一刀、ね」
彼が帰ってきてからどれほどか。
彼と再び交わってからどれほどか。
再び消えることのない安心感を抱きつつも、そばに居れば目で追いたくなる存在。
下準備と言うにはおかしな話だけれど、ようやく魏も新人らに任せてみようって段階までことを運べた。あとは彼ら彼女らに任せて都に移住する計画も、この調子ならば早めに叶いそうだ。
一言で言えば長かった。
ここまで事を運ぶのにどれほどの回り道をしたのか。
時折に会合を挟んでは、各国の軍師や将に都の状態を調べさせ、何が足りていて何が足りないのか知り、その上で魏や呉や蜀だけではなく都にも準備をさせる。
一刀も“豊かになるのなら”と乗り気で落款したようで、都はぐんぐんと成長していった。もちろん、それもこれも天の知識が基盤となったお陰で、発展が早かったからだといえる。呆れる事実だが、一刀あっての成長だ。
「………」
きしりと、普段一刀が座っている椅子に深く座る。
支柱の椅子。
いつか自分が使った駆け引きを、まさか自分に使われるとは思いもしなかった瞬間を思い出す。くすりと出てしまうのは、一刀に裏をかかれたという、心のどこかで舞い上がっていたであろう自分に対してだ。
そんな小さな笑みが届いたのか、美羽がきょとんとした顔でこちらを見ている。
なんでもないわよと返して再び天井を見た。
……深く座る椅子は硬い。
こんなことを思うのもどうかと思うけれど、狭くても一刀が座っているからこそ座り心地がいいのね、この椅子は。その上に座っていたほうがまだ柔らかい。
「……《さらさら》」
視線を下ろし、筆を動かす。
なんというか静かだ。
一刀が居ないと知るや、この部屋に訪れる者も居ない。
思春は華雄とともに警邏の最中だし、桃香や蓮華は“一刀が戻ってくるまでに美味しい一品を”と腕まくりをしていた。
春蘭と愛紗が競って料理対決を再開させていたけれど、あれは互いに味見させ合ったほうが良い勉強になるだろう。
「……《くぅ》……ハッ!」
時刻は恐らくそろそろ昼あたり。
考え事に熱中していたからか、鳴るまで空腹にも気づかなかったい腹に恨みがましい視線を下ろしつつ、嫌な笑みを浮かべて「うほほほほ、卑しいやつよのぅ」とかぬかす美羽に、もっと仕事を任せることを決意した。
……。
昼。
昼食を摂りに食堂へ向かうと、肌の表面が豪雨に打たれたようなばちばちとした身の危険を察知する。それは食堂に近づけば近づくほどで、この先には行ってはいけないという奇妙な勘が働く。
けれども王たる者が二度もお腹を鳴らすわけにはいかない。
ここはなんでもないように振る舞い、しかし早急にこのお腹を黙らせるべきだ。
恥以上の危機など今の私には───………………ごめんなさい。
「………」
食堂の円卓の前、その椅子に座り、冷や汗を垂らす私。
円卓には春蘭が作った料理があり、すぐ傍の円卓では愛紗が作った料理を前に真っ青な顔の桃香が座っていた。
そのさらに隣には蓮華が作った料理を前にする雪蓮。わりと平気そうな顔だ。
「……春蘭」
「はいぃっ! 華琳様っ!」
目を輝かせてうっとり笑顔で寄ってきた春蘭の口に、目の前に置かれた料理をひと掬い、ぱくりと食べさせ《ごどしゃあ!!》……含んだ途端に気絶した。
その流れるような動作に桃香がぱくぱくと口を動かしている。
ちなみに言えば、春蘭が倒れるさままでが流れる動作だ。私の動作だけではなく。
春蘭には悪いけれど、さすがに気絶するようなものは食べられない。
というよりも、これは食材に対する侮辱だろう。
王に近しい者とはいえ、民が作り上げた材料で毒を作らせるのは失礼というものだ。
「愛紗。一刀からは聞いているわよね? 作ったのならばまずは味見をすること、と」
「い、いや、私はなにより桃香さまに一番に食べていただきたく」
「……桃香。部下の想いを受け止めるのも王の務めよ」
「華琳さんずるい! 自分は春蘭ちゃんに食べさせたのに!」
「あら。あなたは私を非道と呆れるのかしら。私はただ、作ってくれた春蘭に一口目を食べさせてあげたかっただけよ?」
「うぇえええっ!? あ、あう……あの……愛紗ちゃん?」
「は、はいっ」
期待を込めた目で桃香を見る愛紗。
……ふふ、可愛いものね。出来れば傍に置きたいほどに。
けれど以前ほどではない。
それは…………居ないと解っているのについ探してしまう存在の所為だろう。
などと思っているうちに《ごどしゃあっ!》……愛紗、ではなく桃香が倒れた。
「桃香さま!? 桃香さまぁああーーーーーっ!!」
さすがは仁の王。
人を傷つけるくらいならば自分がと身を呈したらしい。
桃香。あなたの勇気に敬意を評するわ。
むしろ以前もこんなことがあったのだから、少しは成長させなさい。
(………)
溜め息ひとつ、作られた食事を無駄にするわけにもいかないので、調理のし直しを提案する。蓮華の料理は随分と美味しいそうだから、それは雪蓮に片付けてもらうとしましょう。
立ち上がりながら桃香を促し、腕前が上がっているかを見せてもらうことにした。
(ちゃんと食べているかしら、一刀は)
なんてことを思いつつ。
-_-/一刀くん
どごんっ! ───鳴った音はそんな音。
氣を纏った拳から気脈や筋、骨を通して全身に伝わる重苦しい音。
猪の眉間に当たった拳は猪の突撃を一瞬殺してみせたが、負けたのは俺の方だ。
みしりと腕に走る痛みに顔をしかめ、つい腕を引いてしまう。
けれど一瞬とはいえ勢いを殺せたのも確かで、猪は掻こうとしていた地面を掻き損ね、バランスを崩した。
今ぞとばかりに拳から全身に走る衝撃の全てを氣で集め、膝に集中。
某待ち軍人謹製ニーバズーカを猪の鼻に炸裂させる。───のだが、そんな状態から無理矢理立ち直った猪は、強引に土を掻き、俺の体重なんぞ軽く押し退けて突進を続けた。
そんな一歩二歩程度で俺の体は簡単に弾かれてしまい、体勢を崩したままに横に倒れてしまう。
「いっつ……! ちょっ……」
突進した先で止まり、ゆっくりとこちらへと向き直る猪さん。
いっそ止まらず居なくなってくれればと思ったが、どうやら無理な願いだったようだ。
「こ、これが野生……! 熊よりマシだと思ってみても、マシの幅がちっとも解らん!」
鷹村さんすげぇ! なんて素直に感心している場合じゃないんだ、ほんとに。
だがここまできたならこの北郷、もはや逃げぬ!
「強くなるって決めたんだ……! 守ってもらってる今じゃない……いつか訪れる守ってあげられる瞬間のために!」
猪くらい鈴々なら軽く倒す。
美以だって愛紗だって翠だって恋だって。
倒せない人が居ないってくらい平気で倒せるんだ。
そんな相手を倒せないで、そんないつかがすぐに来たらどうする!
成長するんだ、もっと早く、出来る限りを越えてでも!
「うおおおおおおおおーーーーっ!!!」
『グヒーーーッ!!』
身も心も野生に染まれ!
それが出来なきゃ、ここでは元より、訪れたいつかでも誰も守れやしない!
「守《ドグオシャアッ!!》ギャアーーーッ!!」
今度は振り切った拳ごと吹き飛ばされた。
だだだめだ、心を乱すな! 危機にこそ冷静に、氣の流れをきちんと操れるように!
-_-/華琳さん
……静かね。外からは中庭あたりから鍛錬に伴う声が聞こえてくるけれど、それも鳥のさえずり程度の声量でしかこちらに届かない。
むしろ静かなのは自分の現状だ。
魏に居れば、居るだけでどうのこうのと落ち着けない状況が転がり込んできたものだけれど……ここでは人が多いためか、私でなくとも収集出来るものが居る。
「仕事も終わってしまったわね。……まあ、この人数で分担すれば当然の結果かしら」
一刀がやるべきことを、来ている王や軍師で纏めてみれば、それこそ一日程度で終わる。一刀自身でも一日で終わらせられるのだ、どうやら本当にこまめに仕事をしていたらしい。ここへ集う案件も既に大体纏められており、処理しやすかった。
侍女らも兵らも適度に緊張感を持っていて、けれど休むときはしっかりと休む。
どうやったのかは知らないけれど、威圧して教え込むだけでは絶対に身に付かない気の抜き方だ。当然、甘やかしていただけでも身に付かない。
飴と鞭というものかしら。
ただ、王や将の前ではまだまだ緊張しっぱなしなのは目に見えて明らかね。……それもまた当然か。
「さて……と。美羽、街へ出るわよ」
「う? ……それは構わぬが……なにをするのじゃ?」
「視察に決まっているでしょう? 報告だけでは知ることのできないものを、この目で見るのよ」
立ち上がり、促す。
美羽はうみゅうみゅ言いながらも立ち上がって準備をすると、そのままこちらへ歩いてくる。しかし、なんと言えばいいのかしらね。随分とまあ綺麗に育つ。こんな将来が約束されているのなら、好かれた者は諸手を挙げて喜ぶのでしょうね。
体は整っているのに顔は綺麗というよりは可愛いといった感じだ。
雪蓮というよりは桃香に近い印象。
こんな娘に武を教えてゆく彼は、今の世の先になにを見ているのか。
「………」
「? なにをしておるのじゃ? ゆくのであろ?」
ちっこかった頃のままの、軽くこちらを睨みながら両手を腰に当てる姿が、妙に様になっている。今日まで過ごして、多少は“将来の差”というものを受け入れた私ではあるけれど……その、あれよ。味見してもいいだろうか。
一刀が先にいただいたわけだし、別に構わないわよね?
「だめですよぅ曹操さん。お嬢様に手を出したら、私が一刀さんをそそのかして敵対関係作らせちゃいますから」
「…………いつから居たのかしら?」
「はいっ、《ピンッ♪》窓の外から覗いていました! すると曹操さんの目が野獣のような鋭さでお嬢様を見始めるじゃないですか!」
「仕事をしなさいあなたは!!」
とは言っても、仕事はない。
一箇所に三国の主だった人物が集っているのだ、やることを分担してしまえば仕事など残らない。皆にとっては良い息抜きになっているかもしれないけれど、仕事仕事で気を張っていた者にしてみれば、妙に落ち着かないものだ。
だから街に出るわけだが……
「で? その覗き魔であるあなたは。これからどうするの?」
「お嬢様あるところに七乃あり。もちろんついていきますよー?」
「覗き魔であることを第一に否定して頂戴。その内見張りに捕まって突き出されるわよ」
「いえいえ、実はこれで、一刀さんには許可を頂いちゃったりしているんですよ」
「一刀が?」
意外ね。そういうのは苦手というか、嫌がりそうだけれど。
「はいっ。“美羽の行く先々に回りこんで部屋を覗くのはやめろ! やるとしても俺の部屋くらいにしてくれ!”と」
「………」
一種の脅迫でしょう、それは。
そして“俺の部屋”と言ってしまった以上、一刀の部屋として宛がわれた場所は全て彼女に覗かれることが許可されているわけね。
この女はそういう屁理屈を平気で言う女だ。
そして一刀はそういった言葉遊びみたいなものに弱い。
「はぁ」
仕方ない、少し釘を刺しておこう。
あれは私の所有物なのだから、勝手に覗き見されて、いい気はしない。
-_-/一刀くん
猪と戦う日々が続く。制服のままじゃズタズタにされそうだから、道着と私服をとっかえひっかえしつつ。
こりゃ無理だと逃げたり撃退したりの繰り返しだが、それでも続いている。考えてもみればそう長い時間、休暇と書いてサバイバルが与えられているわけじゃあないだろう。
だからこんな日が終わりを告げる前に、少しでも自分の中に野生の勘というものを芽生えさせるのだ。
「ふっ───おぉおおおおおっ!!」
左手で猪の突進を受け止めて右手に衝撃を装填。
突進の勢いに弾き飛ばされる前に右手を振り抜いて、猪を殴りつける。
その衝撃は硬い頭骨を徹して猪の体内へと響き、真っ直ぐ走っていた猪はバランスを崩して転倒。脳を揺さぶる攻撃は上手くいったらしい。いったらしいが、こちらの腕は大絶賛シビレ中だ。
「でも、いい経験をさせてもらった……殺すつもりはないから、またどこかで健やかに───」
汗を拭いつつ、くるりと振り向く。
その先にはぴくぴくと痙攣している猪と、その傍に寄ってくる猪、猪、猪……!
「ほっ……ホワッ……!」
思わず出てしまった声に猪がこちらを見て、二、三頭どころではないそれらが前足で土を掻き始めた。
コマンドどうする!?
1:たたかう(来るがいい勇者よ。そこに倒れる者の二の舞になりたいのならばな)
2:じゅもん(全身鋼鉄化呪文ー! とか叫んで氣で体を固めてみる。やせ我慢である)
3:ぼうぎょ(2と大して変わらない)
4:にげる(多数で個を攻めるが勇者なれば、魔王に逃走の選択肢など有り得ぬのです)
5:アイテム(調味料とかで気を引くとか)
結論:───5
「お〜れっのっぶ〜きーをっ! 知ってるっかーーい!」
モップ! 柱時計! コショウ!
そう、俺にはコショウがある!
これを使って
「《ドグオシャア!》ぶふぇぁあーーーーーっ!!!」
考えてる間に轢かれた。
そもそも歌いながらバッグを漁る馬鹿を、誰がほうっておきましょうか。
───……。
連日連夜って言葉があるが、俺に夜なんてなかった。
夜は寝る時間? 馬鹿を言ってはいけません、夜とは戦いの時間である。
「いい加減しつこいわぁーーーっ!!」
猪が増え始めた気がするのです。神様気の所為ですか? 気の所為じゃないのなら、いつか天に召される日が来るとしたらチェーンソーを持参してあなたのもとへ参ります。
しかし今は猪の相手が先決!
休む暇なく現れる猪たちを殴り、躱し、時には逃げ、時には背に乗ってスリーパーしようとしたらそのまま木に突撃されて双方頭を強打したり、ともかくそんな日々というか時間が続いている。そう、時間だ。日々どころか、本当に休む暇も無い。
だから苦しかろうが錬氣しなくちゃいけないし、疲れていようが相手をしなければいけないし、慌てたら錬氣が出来ないから冷静でいなくちゃいけないし、目が回るけど本当に回ったら轢かれるだけだしで、人間の限界に挑んでいそうな気がしないでもない。
だがしかしだ。
華琳たち武人はこれのまだまだ先に居るのだ。
これしきを乗り越えられなくちゃ、華琳はせっかく与えた休暇という名のサバイバルには満足しないだろう。(*そもそも勘違いです)
やる……やるといったらやるのだ。
ああ、でも……でも……!
「もしかしてあの竹の子!? あれってきみらの食事だったとか!?」
『グヒーーーッ!!』
「ギャアアアアアなにやら勢いが増したぁああーーーーーっ!!!」
引っかかることがあるとしたらそれくらいしかなかったのだ。
だがこれも悲しい生存競争……! だから……だから!
「果実をどうぞ」
『グヒッ!?』
サム、と果実を差し出してみると、ふごふごと鼻を鳴らす猪さん。
敵視していた様子もどこへやら、猪突猛進とはよくいったもので、ばくりと遠慮無く食べた。おお、食欲に向けても真っ直ぐなんだな、さすが猪。
とか思ってたらその猪が《ゴブベファアア!!》と果実を吐き出し、ゲボオッフェ! ゴッフェ! と噎せだすではないか! ぬ、ぬう、これはいったいどうしたことか……! いったいなにが…………ア。
「………」
吐き出された果実の色が赤だった。
『ブフッ! グブルフフッ……!』
「あ、いや……」
ア、アー……あの。猪さん? 話せば解る。
解るから、こっち睨んで、時折にゲボォッフェとか噎せるのはやめてくれないかな、奇妙な罪悪感が。
『グヒーーーッ!!』
「うわぁあああっ!! ちょ待ぁあああっ!! すまんごめん悪かったぁああっ!! でも匂いで解らないのもどうかしてるんじゃないのかぁああっ!!!?」
猪に追われるのはさすがに慣れていたものの、今回ばかりは罪悪感で反撃できる気がしなかった。結局疲れ果てたところへドグシャアと突進をくらい、武官と対峙していたわけでもないのに空を飛ぶ俺。
ああ……俺って結局、何処に居ても空は飛ぶんですね……。
───……。
前略華琳さま。
まだ都にいらっしゃいますか? 今じゃ何日経ったか忘れた北郷です。
人というのはすごいものですね。
生きるためならば自分でも信じられない成長をするのだと、奇妙な実感を抱いたのも既に過去。今では自然と一体になり、この密林を駆けております。
「ウキョロキョキョーーーン! フギャッ! フギャッ!」
ほうら、口から出る声もすっかり人外じみてきました。
幾度となく続いた戦の中で友情を築いた猪に跨り、今日も元気に密林の王者気取りさ。
そしてどうやら猪たちも食事にこそ困っていたらしく、地面にある食べやすい竹の子を純粋に欲していただけのようであり、木の上の果実を持って下りればきちんと迎えてくれました。
俺達は共存の道を選んだ。
熾した火には未だ慣れないのか距離を置かれるものの、調理した竹の子料理なんかは結構バクバク食っている。猪が苦味が苦手かどうかはさておき、黄色の果実や煮た赤の果実も元気に食う。ただし赤の生食いだけは絶対にしなかった。
竹の子も煮なきゃ苦味があるんじゃないかって気にはなったんだが、この竹の子って煮なくても美味いのだ。竹の子の刺身なんてものを某料理漫画で見たが、それも実際にやってみたら美味いのなんの。こっちは本当に加熱もせずに食べて、美味さに驚いた。でも菌とかはあったようで、腹は壊した。気が緩んでおりました。
「ウゴバシャドアシャア」
『ブブルブフ』
猪と奇妙な意思疎通をして行動。
心はすっかり野生の王者だ。
むしろそんな王者を冷静な自分が遠い目で見ている感じ。
だがこんな成長……し、進化? が華琳がこの休暇に望んだことなら、俺は喜ぶべきなのでしょうか。ああ、でも半眼が、遠い目が直らない。心が必死に“それはない”とかツッコミ入れてるけど、体が受け入れてくれない。
アレレー……? 進化だと思いたいのに、時代的には退化している気がするのは何故?
けれどもあえて言おう。この時代でこの逞しさは進化であると。
……お願い、言わせておいて。
「………」
拠点……大きな樹の上に作った見てくれの悪い枝の集合体である家に着くと、そこからひとつの小さな甕を取り出す。
思わず口元が緩むのが解る。
はっはっは、この野生となった北郷も、味には勝てぬと見えるわ。
というのもその甕、元々は調味料が入っていたものなのだが……今はぎっしりとメンマが詰まっている。いやさ、そりゃさ、あんなに美味しい竹の子があるなら、作ってみたくなるでしょう。
野生に染まりつつも、以前に季衣と食べたメンマの味を思い出しながら作ったものだ。
星と友達になるきっかけになった味だ、忘れるはずもない。
それに近づけるようにと試行錯誤しましたさ。そして家では酒のツマミを作らされていたこの北郷、メンマ作りにも隙はございません。簡単ではあるが、こうして作れたのだ。ガラスープとかいろいろと問題になったものもあったものの、なんとか完成。あくまで味を近づけることが出来たってレベルだが、竹の子の味が素晴らしいお陰でそこまで気にならない。
一歩足りないと言われたら、星自身に作ってもらえばいいのだ。なので帰る時には竹の子を持っていくつもりだ。
とまあ、そんな試行錯誤から出来たこれ。
……味はほんとのほんとに美味く、見ているだけで唾液が滲み出るほどである。
そういった自分の中の至高を作れた喜びに、ハッと華琳……あなたの顔を思い出すのです。ぶっちゃけて言うと…………迎え、まだでしょうか。
「ウキョ、ウキョロローン」
ゴソリと甕を大事にバッグへ仕舞う。
そう、これはこんな試練を与えたもうた華琳や、こんな長くて我が儘な休暇を支えてくれているであろうみんなへのお土産なのだ。
この野生に染まった北郷もそれは解っているようで、唾液を飲み込みつつも我慢した。
うん、いいぞ、それでいいんだ。あと頼むから日本語を話してくれ。
「キッキーーーッ!」
そして今日も野生は外へ。
よく食べよく鍛え、道着で走り回る裸足の王者である。
え? 靴? ……猪との戦を続ける日々に、とっくにブチ破れました。
-_-/華琳さん
……頭が痛い状況になっていた。
「それで……迎えに行ったはずのあなたは、何故こんなところで食事をしているのかしら……?」
「お、おいしい匂いに誘われたのにゃ」
「へえ、そう。匂いに誘われて、何日も忘れたままうろうろとしていたと……!?」
迎えを出した筈が、その迎えである美以が街で食事に誘われたのがきっかけらしい。
しかも誘ったのが春蘭で、どちらがたくさん食べられるかを競ったとか。
すっかり満腹になった美以は食休みとばかりに近くの山へ行き、そこで目的を忘れて日々を過ごした。
そんなことも知らずに仕事をしていた私なのだが、再び視察とばかりに街へ出ると……なんと美以が仲間を連れてうろついているではないか。随分と速かったのね、と感心しつつ、つい一刀の姿を熱心に探してしまった自分は忘れてしまいたい。
で、居ないことに気づいて、自分でも呆れるくらいに落胆しながら訊いてみれば……そういうことらしい。
「今すぐに向かいなさい」
「お残しすると愛紗に怒られるのにゃ」
「い・い・か・らぁ…………さっさと行きなさい!!」
「みぎゃーーーっ!!?」
怒りと落胆とが混ざり、殺気めいたものに変わりつつあった怒気が放たれる。
慌てて、しかししっかりと大急ぎで食事を食べた彼女らはばたばたと駆けていった。
で………溜め息を吐くついでに怒気も吐き出す私に、涙目でびくびくしながら近寄ってくる飯店の店員。
「あ、あのー……お代を……」
「………」
散々と食べた料金は、どうやら私が払わなければいけないらしい。
……桃香のところへ行きましょう。
払う代金分と迎えの仕事を無視していたことや、落胆分や一刀への迷惑料を清算してもらうのだ。
なに、ちょっとばっかり愛紗を借りるだけだ、十分だろう。
-_-/一刀くん
いつの日になるのか。
もういろいろと諦めて、心も野生になろうかなー、なんて考えていたところに美以がやってきた。とうとう人に戻れる日が来たのだ。そう思った。
思ったのに……
「ウホォオオオオオッ!!」
「にゃーーーーーーっ!!」
今、隣で、笑顔で猪に跨りながら、供に駆ける南蛮王がおる。
……あれ? え、あれぇ!? 美以!? 美以さん!?
あなたは僕を人間に戻しにきてくれた救いの女神ではなかったのですか!?
むしろ一緒に野生を楽しんでらっしゃる!? 楽しむならもっと早くに……出来れば初日に一緒に居てほしかった!
じゃなくて! あぁあああいやもちろんそれもそうだけど、そんなことより早く都に戻ろう!? このままだと俺、もう本当に戻れなくなりそう!
神様! 順応って素晴らしいですね! でも俺ここまで順応したくなかったです正直!
だから返して!? 俺をっ……あの頃の俺を返して!?
そしてっ……そしてぇえっ……!
神様ぁあーーーーっ!! 俺をスラムッ……もとい、都に帰してくれぇえーーーっ!!
……のちに、“支払い”を要求された愛紗さんが、半ば逃げるように捜索隊を編成。
密林にて変わり果てた野生の王者───
もとい、三国の支柱を発見するに至り、彼は無事保護された。
ネタ曝しです。
*ウキョロキョキョーーーン! フギャッ! フギャッ!
カレーが好きな森の民の叫び声。今日から俺は! より。
ウキョ、ウキョロローンも同様。
*俺をスラムに帰してくれぇーーーっ!!
ディープブルーより、ダドリー・プリーチャーの絶叫。
*お解りいただけただろうか 〜 とでも、いうのだろうか。
本当にあった呪いのビデオより。
このビデオにはこの文句は欠かせない。
*おほう!
ラオウが放った悲鳴みたいなもの。
北斗の拳っていろいろな言葉がありましたね。
ぬ〜〜むりゃ! むほ〜〜〜っ! とか、結構好きでした。
*ホッホォォォォ、持っとるのォォォォ!
COSMOSより、チームタナトスを率いるウポの名言。
「オラオラ子供ォ、さっさと出さんかいクラッ!」
「よせやいっ!」
「その若さで墓石入りとォなかろうがオォ!?」
などの独特な脅し文句が特徴。
キャンディをなめた所為で酷い目に遭った。
*俺の拳が血を求めている!
殺意の波動に目覚めたリュウ。
カプコンVSSNKの……1か2か。2だったかな。思い出せない。
*こんなことになってしまったがね……
記憶が確かなら、アニメ彼氏彼女の事情より。
*新米ハンターとクック先生
モンスターハンター。クック先生への初挑戦は、僕の敗北で終わった。懐かしい。
*AAAAA!
ターちゃんが叫んでいた言葉。
アーアアー! のような雄たけびかと思われる。
*俺だけ一人なんてやだぁーーーっ!
浦安鉄筋家族より、俺だけ馬鹿なんてやだぁーーーっ!!
小鉄以外の全員が風邪を引く物語のラストで言っていた……はず。
*あしたっていまさ!
ジョジョの奇妙な冒険 第一部ジョナサン・ジョースター 〜その青春〜 より。
怖いのは痛さじゃあないぜ。
*大鋸屑……おがくず
大きな鋸(のこぎり)の屑と書く。別にネタではない。
*ダンジョンマスター
水で空腹を紛らわすのは基本中の基本でしょう。
そしてスクリーマーの肉は投擲武器であると断言する。
*南蛮の竹の子
真恋姫無双萌将伝より、南蛮大麻竹。
南蛮で竹の子って時点であああれかと思った人がほぼでしょう。
*グヒー!
キン肉マンより、キン肉ドライバーの開発中に襲ってきた猪の叫び。
実際、モンハンのブルファンゴもグヒーって言っている……ように聞こえないでもない。
*某待ち軍人
ガイル少佐。ニーバズーカネタは四コマ漫画でも使われていた。
*鷹村さん
はじめの一歩より、鷹村守。熊を拳で倒す男。
*全身鋼鉄化呪文
ミナミコウテツ。珍遊記より、カイカイの呪文。
*俺の武器を知ってるかい
モップ! 柱時計! コショウ!
今日も事件だ! ダイナマイトッ・デーカー! 「逮捕してやる!」
というわけでダイナマイト刑事のCMより。
さっと振るうと、敵が「エェッフエェッフゥ!!」とくしゃみをする。
*ウゴバシャドアシャア
漢魂-メンソウル-より。
地球人の教師を慕ったとみせかけて卵を植えつけようと近づいた宇宙人が放った言葉。
ウゴバシャドアシア、だったかもしれない。
*キッキー
今日から俺は!より。
キャンプに行った一行の荷物を奪った谷川似の猿が放った鳴き声。
IFなら普段は出来ない無茶もたっぷりしてみましょう。
105話をお届けします、凍傷です。
……はい、正直やりすぎました。
でも楽しくは書けました。
えー、では恒例の言い訳タイムをば。
いっつも遅くて申し訳ないです。
でも今月は頑張ったほうなんですよこれでも……。
三馬鹿がどーのこーの書いてあったとおり、他の小説をカサカサと書いておりました。
で、それらをギャフターに置き換えたらどれくらいの話数が出来たかを調べてみましたら……18話でした。
もしギャフターだけ集中してかけていたら、いったいどこまで話が進んでいたのやら。
*UPしたもの
IS/多分ボツ(インフィニット・ストラトスSS)
幻想楽花生/1〜3(東方project幻想入りSS)
ゼロの使い魔-三馬鹿の輪廻旋風-/烈風の騎士姫U編1〜9話(ゼロ魔SS)
オリキャラ乱入ものだから、そういうのが嫌いな人は天地空間側の“おまけ→外史”は開いちゃダメですよ?
とまあそんな感じでして、決してサボっていたわけでは───!
……え? ギャフター見に来てるんだから関係ない? ご、ごもっとも!
では執筆作業に戻ります。
また次回で。
……あれ? この105話、地味に55kbだ……。
あと5kb書いて二話にしたほうがお得感があったでせうか……。
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