165/それぞれの一日 -_-/一刀さん どうせ攻守合わせた金色の氣ならば、殴る拳に防御の氣。 村で休憩を取ってからまた走っていた俺は、そんな些細を思い出して……とある岩の前で立ち止まり、早速加速と防御を合わせた拳を真っ直ぐに打ち出した。 随分前に思いつき、しかしその頃はまだ氣の部分的な使い分けが出来なかったこともあり、中途半端に諦めてしまっていた。しかし今なら。 そんな思いと夢を込めた拳は岩にどかんとぶち当たり、 「《ズキィーーーン!!》ギャアーーーーーーッ!!!」 拳は痛くなかったけれど、様々な関節を痛める結果を生んだ。 ……。 思いついては立ち止まりを繰り返す中、見つけた川で水の上を走る修行をしてみたり、いつかのように魚を素手で捕まえる業を試してみたり、蜂の巣箱の研究のために野生の蜂の巣を襲撃してみたり(蜂蜜を強奪して舐めてみたら、何故かアレが二本に増えて絶叫)。 道行く先で見つけた様々に首を突っ込む過程で、体に溜まった嫌なことを少ぉ〜しずつ少ぉ〜しずつ発散していった。 絡繰で空を飛んだり怪我した動物を癒したり、荷馬車の車輪が抜けて困っていた行商を手伝ったり、氣の回復を図るために広い原っぱで昼寝していたら野性のパンダに襲われたり、落ち着ける時間なんてほぼなかったのに、結局は笑っている自分。 氣が回復すれば空を飛び、障害物が無い分、空を飛ぶ絡繰というのはとても速く、ただ真っ直ぐ飛ぶことに集中すれば、片春屠くんにだって負けないそれを以って、ただ只管に逃げたり楽しんだり。 空を飛ぶ、というのは自分的にはとても大きな出来事だ。 この絡繰も空を飛ばすという役目は完全に叶えてくれたが、何もしなければ上に飛ぶだけだったりする。つまり前に飛ぶには前傾にならなくてはいけないわけであり、重力から解放された状態での前傾はこれで案外難しい。何かを背負ってると余計に。 なので結局ここでも氣や筋肉を使っての前傾が必要になるわけで、思った異常に疲れたりする。だが飛べる。飛べるのです。 自分を飛ばすための大きなプロペラと、自分が大回転しないための補助のプロペラを同時に操作しなければならないため、体のほうに意識を回すのは結構手間だ。 しかし飛べる。 飛べるというだけで、これは素晴らしい発明なのだ。 「でも寒っ! 上空寒っ!!」 一度勢いに乗ってしまえば勝手に前傾姿勢が保たれるから、それはそれでいいのだ。 問題は勢いに乗るまで。 集中を乱せば補助のプロペラの回転が止まって大回転⇒アグナコトることなど一回や二回じゃ済まなかった。試作の段階で真桜に何度も試してみてと頼まれ、俺は人がどれだけ大回転しようが、頭では地面を抉れないことを知った。 素晴らしい発明の完成を見る前に首が捻れて死ぬのを恐れた俺は、それはもう防御の氣の昇華を急ぎました。生への執着もあって、思いのほか防御の氣も上手く扱えるようになったが……出来ればもう二度とアグナコトりたくはない。そう思った矢先にアグナコトったのは悲しい事実だ。 「これが戦の中で開発されてたら、いったいどうなってたんだろうか」 爆弾を手に空からそれを落下させる俺の図。 ……祭さんか紫苑に簡単に射落とされる自分しか想像出来なかった。 「っと、そろそろやばいっ、ほ、ほ、ほわっ……!」 氣が枯渇してゆくのを感じて、慌てて地面に降りる。 降りてからはしばらくゼェゼェと呼吸を乱してぐったり。そんなものだ。 大げさだとは思わない。だって、空を飛びすぎた後は、アグナコトらないほうが珍しいくらいだ。 「はぁ……! ……もう少し、消費が抑えられると嬉しいな」 真桜に頼んでみようか、などと思う必要もなく、とっくにとりかかっている真桜さん。 七拾伍式・壊の上は既に製作されており、しかしバランスがいいのがこれとくる。 消費する氣の量を低くしても回転してくれないものかと試行錯誤してはみているものの、望んだ結果が簡単に生まれるのなら、そもそも人は争ったりなどしなかった。結論はそんなところに落ち着いてしまっている。 「よい……っしょ、っと」 なので絡繰を畳むとバッグへ詰め込み、休憩がてらに書簡を取り出してはそこらへんの木にもたれかかって、仕事をする。 といっても竹簡に書いたものの纏めの部分なので、この書簡があるだけで随分と進められるものなのだ。困りごと等への対処・改善案を出すのも慣れたものだ。 暮らすことにすら慣れていなかったこの世界を知って、慣れるどころか内政の手伝いまでして、一から作る都って世界と一緒に歩いていけば、そこをどうすれば良くなるのか、というのは結構見えてくるものだ。 あくまで関係しているから見える部分では。 難しい問題と難しい問題を照らし合わせて、じゃあ一方の解決策と、そこから生まれる恩恵を別の方向で生かそうって考えで埋まる解決策もかなりある。 村よりは広いとはいえ、都といってもひとつの街のようなものだ。 国より広くはないし、そこで見る物事というのは、一から作った人達が集う都ならではというべきか、住民のみんながそもそも問題をなんとかしようとする傾向や、問題を起こそうとしない傾向に落ち着いている。 お陰で仕事はあるけどそこまで難しいものではない、といったものが大半だ。 だから俺だけでも進めることは出来る。 難しかった問題とかは、いつか俺が野生と化した時にみんながパパッと済ませちゃったからなぁ。 「…………はぁー…………」 さぁ、と流れるように吹いた風に撫でられ、脱力しながら息を吐いた。 気持ちいい。 言ってはなんだけど、都や村や、国の主な街となる許昌、建業、成都ではこんな気分は味わえない。必ず誰かが傍に居て、必ず誰かが騒ぎを起こすからだ。 それは主だった将らが都に居る現在でもあまり変わらない。 後釜を任された将らもなんだかんだで“あの人たちを纏めている支柱”って意味でやたらと俺を頼ってくるし、俺が断らないと知るや仕事の大半を任せようとする。 自分でやらなきゃ見る目も能力も変わらないぞと言ってみても、“そもそも能力自体が違うんです! どうなっているのですかあの人たちは!”とか泣きながら叫ばれた。うん、まあ、解るけどさ。みんながかなり規格外なのは。 「どっちを見ても誰かが居る生活。……慣れたもんだよな」 眠る時だけでも一人の時間が欲しいと感じる時がたまぁにある。 そういった理由で子供たちにも母のところで寝なさいと言っている。 ……もちろん、禅以外には意味がない言葉でございます。 「ここにまた来たいって願って、頑張って自分を高めて……ここに戻って、いろんな人に感謝して、泣いて笑って」 刺されたりもしたなぁ。 親父たち、元気だといいけど。 「……少しは強くなれたかな」 バッグとともにある木刀入りの竹刀袋を見下ろして、一人こぼす。 思い出すのは祖父の言葉。 免許皆伝云々でいろいろと教えてもらったあの日だ。 不老ではあるけれど、致命傷を受ければきっと死ぬのであろうこの世界で、どこまで努力を重ねればあの人に認めて貰えるのだろうか。 いろいろな人と係わって、いろいろな人の表情や感情を知るうち、自分がどれだけ親不孝どころか家族不幸を働いているのかを嫌でも自覚させられた。 戻った時にはここへ飛んだ時間と変わらなかった、なんてただの言い訳だろう。 夕暮れの教室に戻った時と今の自分とでは心構えがまるで違う。 だからせめて、不老であるとしてもなにかしらが原因で死んでしまうことがあるのなら、たとえどう足掻いても家族不幸は免れない自分ではあっても、立派であったと胸を張れる自分でいたい。 道場持ちの息子なら、剣の腕を磨けば誇れるのだろうか。 ……それも、なにか違う気がした。 「家族にしてみれば、生きて帰ってくれるだけでも嬉しい…………そうだよな」 子供が出来てから解ったことだって当然ある。 事故があっても、痛みで泣いたとしても、もの言わぬなにかにならなかっただけでも“よかった”と笑むことが出来るのだ。 「……家族不幸な俺だけど、子供が出来たよ。こんなこと知ったら、どんな顔するかな」 今突然に現代に戻って、これが俺の家族ですなんて言ってみんなを紹介したら、じいちゃんに殺されそうな気がする。 で、殺されそうになったところを華雄が止めて、星あたりが“お主が主の師でもあるお方か。手合わせ願いたい”とか言い出して、ならば私もと言う人が殺到して……あ、あれれー? なんだかものすごくリアルに想像出来るぞー? 「……華琳あたりはその横で、“法律に問題があるのならそれを書き換えてやればいいのよ”とか言い出しそうだし」 で、本当に国の偉い人になって法律変えそうで怖い。 ……や、はは? そもそも国籍が無いからそんな……ねぇ? 「あれ? タイムスリップ(?)した人の国籍ってどうなるんだろ」 “国籍? 魏に決まっているじゃない”とか言ったって通るわけがない。 通るわけがないのだが、自分の知る彼女たちならすぐに順応してしまいそうだ。 某・パンチラなんて当たり前な格闘モノみたいに姓名字をそのまま名前にして、普通に日本で生きていきそう。 もしくは真名を名前に? ……ないな、誰かが呼んだ時点で、たとえば華琳の名前を誰かが読み上げただけでその人の首が飛ぶ。高い確率で春蘭の手によって。 「大体真名を名前にしたって、苗字が……ぶっ!」 あははと笑いつつ言った言葉に途中で咽るように噴き出した。“北郷華琳”なんて名乗ってもらったらどうだろうか、なんて普通に考えてしまったからだ。 「いや。うん。こほん。そりゃ、その。子供も出来たわけだし? 俺だってそういうことを考えてないわけでもないし。ていうか子供居るのに婚儀とかしてないってどういうことだ俺。むしろ華琳、それでいいのか?」 ……いいんだろうなぁ。だって、共通財産扱いだもん俺。 誰か一人と結婚すれば同盟ってものに……王って存在に順位がついてしまう。 確かに統一したのは華琳で間違いはないものの、現在の平和は三国が協力し合っているからこそ保たれているものなのだ。俺自身が言うのも物凄い違和感が走るけど、余計な禍根みたいなものを作る必要はない。たとえそれが大事なものであってもだ。 「…………」 いろいろ考えていたら、氣の枯渇も手伝って眠くなってきた。 なんとなく携帯電話を操作、適当な、もう聞き飽きているのに聞きたくなる故郷の音楽を聴きながら、ゆっくりと瞼を閉じた。 -_-/─── どかんがきんと弾ける音が断続的に聞こえてくる。 都の一角、しっかりと作られた祭り用武舞台にて戦う者が鳴らしている音だろう。 そんな音を耳にしつつ、ぽけーっと適当な石段に腰を落ち着かせているのは黄柄だ。 「くそう、父め。まさか夜逃げをするとは」 原因はそんなところ。 なんのかんのと父を追う黄柄にとって、興味が尽きない彼がこの場に居ないというのはどうにもつまらないものだった。 武で気を紛らわすことにも飽き、休憩中といえば聞こえはいいが、体力はまだまだ余裕だ。言ってしまえば気分が乗らないから鍛錬を中断している。 武舞台で争う華雄と雪蓮を見れば、その横で鍛錬をする虚しさもまあ解らないでもない。あれは一種の台風だ。近寄れば吹き飛ばされるほどに攻防に熱中しており、そんな化物めいた実力の持ち主らの横でちまちまとした鍛錬などしてみろ。自分の未熟さが嫌でも浮いてしまい、落ち込んでしまう。 「何か無いか何か。私の心を掴んで離さないなにか」 黄柄は一刀が語る日本のことが好きだ。 今でこそこそこそと正体を暴いてやるなどと言っているが、ぐうたら疑惑が沸く前は本当にべったりで、よく日本の話をねだったものだ。 その時にしっかりと美羽にもした即興昔話のようなものもしたため、怖い話は少々苦手とくる。 「むうっ」 石段の上で足をぱたぱたさせたのち、ぴょいと跳んで石段を下りる。 やりたいことが決まったわけではなく、足をぱたぱたさせたところで見つかるくらいならば動いていたほうがマシだという結論。学校での教えで体がへとへとになれば、頭は考えること以外に使われなくなるという話があったのを思い出したのだ。行き詰ったら体を動かせ。それが、馬超先生と魏延先生の教えだったりする。 なので走った。とにかく走った。 走って走って、へとへとになってから、再び同じ石段に腰掛けて考え事を始める。 「………」 あっさり見つかった。 この有り余った元気を以って、父を追えばいいじゃないか。 しかし母方がそれを認めるかといったら絶対に無理だ。 ならばどうするべきか。 ……抜け出すか? 「…………だな」 男らしい顔つきでにやりと笑うと、先ほどまでの疲れもどこへやら。 目的のためなら体力回復もなんのそのの子供らしい底力を以って、黄柄は元気に立ち上がった。 「警備の目を抜けるのなら、まずは気配と目が必要。なんだ、揃っているではないか」 思い浮かべたのは周邵と呂j。 気配事に強いのと目が良いのが揃っている。 (あとは足があれば完璧だ。というか、自分は未だ、護衛というか連れ無しで三国を回ったことがない。土地勘もないのだから、出たところで迷うのは目に見えている) そんなことを考えているが、足に当てがないわけでもない。 いつか酔っ払った母が話してくれたことを、彼女は思い出していた。 (かたぱると、とか言ったか。あの絡繰を手にすれば、進むことは容易なはず) 氣を送るだけで走り出す絡繰だそうじゃないか、利用しない手はない。 にやりと笑みを浮かべたつもりのにっこり笑顔に、交代の時間を得て「さ〜てなにを食うかなぁ」なんて言っていた兵二人が微笑ましいものを見る目で彼女を見た。 「問題は地理だ。私は都の中でさえ行ったことがない場所がある」 それを外へ出るというのだ、生半可なことではない。 しかしそこは黄蓋の血なのか、困難があるならば身を投じてみればいいとばかりに興奮していた。もはや外に出ること前提で、これからのことが脳内で構築されていっている。 「よしっ! そうと決まれば早速、邵とjを捕まえて、都を抜け出る算段を───!」 「ほう? それは楽しそうじゃのう。儂にも一口噛ませてくれんか?」 「ひぃぅっ!?《びくーーーん!!》」 ばばっと立ち上がったその後ろから、聞きなれすぎている声。 笑みを浮かべての言葉であろうとそれを耳にした途端、体はびくーんと硬直。蛇に睨まれたカエル状態になってしまった。無断で抜け出すということが悪いことだと知っているための、罪悪感からくる硬直だった。 「まっ……ままま、待ってほしい、母よ。わ、私はべつに、その───っ……都から抜け出て父を追いたいと思った! 他意は無し!!《がどぉんっ!!》ふぎゅぅうおっ!!?」 「応、変に誤魔化さずによう言った」 これで手打ちよ、とばかりに落とされた拳骨。 耳に響く音からして普通ではないが、つまりこれで許してくれるらしい。 しかし耐えても溢れ出る涙を拭うこともせず、彼女は言った。 「はっ……母よ……私は現在、父の正体以上に興味が沸くものがないんだ……。父が居ないのは退屈でたまらない。追うことをどうか許してほしい」 「…………のう、柄よ」 「は、はっ……」 「その口調、なんとかならんのか」 「え……いえ、子龍殿に母のように強くなるにはどうすればと訊いたところ、まずは口調からと……手本として私を真似てみると良いと」 「……人の子になにを吹き込んでくれとるのか、あのメンマ馬鹿は」 眉間に皺を寄せての溜め息。 「あとこれをつけると強くなれるとも」 「………」 言って出したものは、揚羽蝶にもにた模様の眼鏡に似ているが少々違う謎の物体だった。記憶が確かならば、蜀に行った際に現れた華蝶仮面とやらがつけていたもの。どう見ても趙雲だったが、隠したがっていたようだから華麗に流す。 「……えと、母上。どちらへ?」 「応、ちょいと家庭問題の処理にな。柄、お主はそこで、策殿と華雄の戦いを見て、人の動きの癖というものを頭に叩き込んどれ」 「癖、ですか」 母に向ける本来の口調で、こてりと首を傾げる黄柄。 ちらりと見てみれば、石段の先の武舞台にて未だに争っている二人。 「どこまで強くなるのよあなた! お陰で私も鍛錬しなくちゃならなくなったじゃないのよー!」 「勘頼りの戦いなどいつまでも続くものか! 貴様の勘頼りの動きをこちらが学ばないと思っているのならば大間違いだ! 貴様の動きは既に見切っている!」 「見切っているっていうか全部力任せに押し潰しに来てるだけでしょー!?」 「見切った上で力でねじ伏せる……これ以上の勝利がどこにある!」 「ああもう全く最高の勝ち方ね!! だったら私もそうさせてもらうわよ!」 「ふははははは!! 今まで我慢してきた言葉を今こそ貴様に届けよう! やれるものならやってみろぉおおっ!!」 そしてまた台風的攻防。 雪蓮の目つきは既に虎のソレだが、それに真正面からぶつかりあっても引くことをしない華雄はとっくに戦闘方向では化物な位置づけといえる。 その目にはまだまだ余裕があり、一撃の度に押されかける雪蓮のほうが、楽しそうではあるが時折に苦い顔を見せる。 「……母上。あれから何を学べと」 「……ふむ。まずは目を慣らしていけ。早いものを目で追い、それよりも速度が劣るものを見た時には、通常よりも遅く見えるものじゃ。ならば今目にしている暴風を、自分に向けられているものとして想像し、それを避けられる自分に体を追いつかせてみせい」 「なるほど」 言いつつ暴風を見てみる。なるほど、そのままの意味でしかない。 基本が戦闘大好き人間である二人が全力でぶつかり合う様は、微笑ましいなんて次元を超えている。好敵手の戦いに“おお……”なんて熱い溜め息を漏らすどころではなく、休憩時間にメシをと張り切っていた兵士が足を止め、一合ごとに「ひいっ!?」とか「危なっ!?」とか「うわわ死ぬ死ぬ死ぬ!」とかがたがた震えながら、しかし目を逸らせないような……そんな暴風領域。 あれを止めることが出来ますかと訊ねられれば、ほぼ全員が首を横に振るだろう。 武器は確かにレプリカなのに、当たれば骨折確実な状況。 そこへと割って入って止めるなど、ある意味勇者だ。 言葉で止めるという方法はそもそも通用するとは思えないので却下。 言葉で止められるとするならば、三国の統一者くらいだろう。 もしくは双方が苦手とする相手か、双方が傷つけたくない相手が割って入るか。 「母上はあれを止められますか?」 「策殿に拳骨を見舞って、戸惑った華雄に拳骨、といったところか。問題は近づいた時点で策殿が儂まで攻撃するか否かだろうが」 「……目に映るもの全てが敵という勢いです。私は遠慮したいです」 「応。そう思える者が近くに居るというのは案外良いことだ。近くに居る内に慣れてしまえば、賊が現れた時に殺気をぶつけられようが、案外平気で叩きのめせるものよ」 「なるほど、だから慣らしていけ、なのですね」 「難しく考えんでいい。この都にはそれぞれの点で優秀な者が溢れるほど居る。そこから学べるものを学んでゆけばよい。その中で、自分に合ったものを見つけるのも幼子の仕事じゃ」 「……母上。私は仕事で強くなりたいとは思いません。強くなるのなら、自分の意思で強くなりたいのです」 「……うむ」 黄柄の言葉に、ふっとやさしい笑みをこぼして、その頭をわしわしと撫でる。 思うことは、“儂からこんな可愛げのある子供が産まれるとはのぉ”といったもの。 何かと向かい合ったら真っ直ぐなのは、どうやら男親の遺伝らしい。 「うう……は、母上、恥ずかしいです」 「これ程度で照れてどうする。動じない程度に早う大きくなれ。そして、酒の味に目覚めてみせい」 「人に願う前に酒をやめるという努力は放棄ですか」 「応。命の水を自ら放り出す阿呆なぞ儂が潰してくれるわ」 この母は本気だ。本気で言っている。 見上げる母の肩越しに、めらりと奇妙なオーラが見えた気がした。 「あんなものの何が美味しいのか、私には解りません。母上が少し経験した程度で文句を言う輩を嫌うのは知っていますから、私も頑張りました。頑張りましたが、気持ち悪くなっただけです。美味しいとも思えませんでした」 「あ、ああ……あの時のこと、じゃな」 正直に物申してみると、何故か黄蓋の方が狼狽え始める。 バツが悪そうにそっぽを向きつつ、こりこりと頬を掻く姿など黄柄にとっては初めて見る母親の姿だ。 「なにかあったのですか?」 「あー、そのことだが。無理に飲ますことはせん。柄も、無理に飲むことはせんでいい。酒の匂いを嗅いで、苦手意識がなくなった時点で再び飲んでみい」 「……母上がそんなことを言うなんて」 「う……そういうこともある、ということじゃ」 弱みを握られない限りはとても珍しい状態と言えばいいのか。 原因はといえば、母のためにも無理に酒の味を知ろうとした黄柄が、あまりの気持ち悪さに吐いたいつかに戻る。 そんな姿を偶然発見、事情を知った御遣い様がかつてない激情を以って殴り込みをかけたのである。 鍛錬の時にも見せたこともないあまりの激怒にさすがに困惑していた彼女に、御遣い様は子供にアルコールを飲ませる危険性とアルコール中毒などによる身体異常などを細かに説明。解ったもういいと言ったところで解放などしてくれなくて、“まるで公瑾にしつこく言葉攻めされているようじゃ……”と頭を痛めた。 しかもその時ばかりは反論出来るほど自分に正当性がなかったため、言われるがままだった。子を守る親は強いと言うが、まさか片親に思い知らされることになるとは思いもしなかった。 「酒は味が解った時で構わん。その時には付き合ってもらう。それでいい。でないとまたいろいろと言われそうじゃ……。……無理をさせてすまなかったな、柄」 言って、もう一度。今度は労わるように頭を撫でた。 そんな感触だけを残して母親は去り、残された子供は……ますます興味を抱いていた。 「…………」 母親が、周公瑾を苦手としているのは知っている。 愚痴を聞かされたこともあるし、その時は随分と眉間に皺を寄せていたものだ。 しかし今日の、子である自分が見上げる母は、困った顔はしていたものの、誰かの成長を見届けたみたいな少し嬉しげな顔をしていた。 (察するに、今回の酒のことであの母親に物申したのは公瑾様ではない……) となると。 となると、あの母に何かを言える人物、というと。 「……やはり父上」 父だ。父しかいない。 伯符様はわざわざそんなことを叱るよりも、むしろ私に早く味を知ってくれと頼んできそうだし、仲謀様はそこのところは強く言えなさそうな気がする。 ならば他に誰が? 華佗のおじ……お兄さんかもしれないが、彼相手ならばあの母はきっと引かないに違いない。そうとなればきっと。あの母に自分を産ませてみせた存在しか居ないのでは。 「〜〜〜……」 興味が尽きない。 早く帰ってきてくれないだろうか。 父の家出の原因が自分たちにあるなどとは知らず、黄柄はきっと本性は格好いいのであろう父がサムズアップして微笑んでいる幻影を空に映し、自分は胸をノックして笑った。 ……ちなみに。 一応、周邵と呂jに脱出のことを持ちかけてみたのだが。 「実行したら拳骨だと言われたので嫌です……!《がたがたがた……!》」 とか、 「面倒なので嫌です。私の鍛錬を永久的に廃止してくれるのなら行きますが。え? ええはい、私も拳骨だと言われましたが、たった一度の痛みと引き換えに勉強の日々が得られるのなら、私はそちらを選びます。殴られたら盛大に泣きますが」 という、なんとも情けない答えしか返ってこなかったそうな。 むしろ既に周邵に釘を刺していたことや、刺されても鍛錬が廃止になるなら行こうとする呂jの強さに感心したという。 ───……。 時間は流れ、とっぷりと夜。 皆が寝静まり、兵が見張りをする中、闇に紛れてこそりと移動をする姿が。 「………」 小さな体を動かし、気配を消したつもりで歩く。 夜襲でも仕掛けるかといえばそうではなく、一つの部屋を目指して息を潜めつつ 「劉禅さま、困ります」 「ぴやーーーーっ!!?」 ……見つかった。 見つけた兵はやれやれといった様相で、問答無用で手を引いて歩き出した。 「み、見逃してください! ととさまが居ない今こそ、ととさまのお部屋で眠るちゃんすなんです!」 「だめです。自分らが見逃すのは王と隊長だけです。一応仕事ですから、見逃したら給金減らされるだけじゃ済まないんですよ」 「じゃああそこ! あそこ見てください! 禅を生贄にととさまの部屋を目指す邵姉さまが!」 「あぅわあぁあーーーーーっ!!? バラしちゃだめですよ禅ちゃん! で、ではそこです! そこに柄姉さまが!」 「なっ! こらっ! 人がどれだけここまで苦労してきたと!」 「うなぁっ!? いつの間にこんなところまで!? ちょっ……お前らこっち! 娘様たちがいろいろやばい!」 兵は仲間を呼んだ! 兵B、Cが駆けつけた! 「どうした!? って、こんな時間になにをしているんですか柄さま! 邵さま! 禅さま!」 「問題が起こると最悪、俺達クビになっちゃうんですから!」 「の、割りに随分と砕けた口調ではないか」 じとりと睨みつつ言うと、相手が子供だからかいくらかの緊張は解いて、兵も軽く返事をする。 「隊長があの性格ですからね」 「あの性格? どの性格だ?」 「や、ですから。普段は───」 「お、おいっ!」 「へ? あ、おわっ! 危ねっ! 秘密だった!」 流れに乗せられて喋りそうになったところを、慌てて口を塞ぐ兵。 だが、月の明るさだけが頼りの夜、通路に立つ少女の顔は……話の先を邪魔されたことに怒るどころか、とても嬉しそうだった。 秘密だった。これだけで十分だろう。 やはりあの父はなにかを隠していて、しかもそれが原因で兵から物凄い信頼を得ている。 その事実がたまらなく嬉しい。 ……と、そんな嬉しさの間隙、ふと気配を消した周邵が奥へと駆け出した。 「はっ!? おいっ! 周邵さまが!」 「周邵さま! 発見されている状態で気配を消すのは、気づいてくれと言っているようなものですよ!」 慌てて兵の一人が追う。 その瞬間、黄柄は夜食用にと持っていた小さな果実を、兵の一人に少し高めに投げた。 「おい」 「へっ? って、おわっとと!?」 声を掛けられ、振り向いてみれば果実。 反射的に慌てて両手で受け止めた兵の手から、劉禅の手が解放された。 「───《ニッ》」 「あぁっ!? しまっ───」 ニッと笑うともう走っている。 劉禅も当然走り、一気に散った三人を追うため、兵は分散させられた。 子供とはいえ、これでも日々を鍛錬に費やしている三人だ。 氣を使った歩法などはとっくに学んでいるため、歩幅が狭かろうが持久力で負けはない。 加えて、歩幅の狭さを利用してちょこまかと方向転換をするため、それに振り回される兵はまるで、犬の散歩中のダッシュ中に、急に方向転換をされてリードを引っ張られた飼い主的な消耗を強要された。 なので。 「ふぅ、ようやく撒いたよ〜」 と劉禅が一刀の部屋の前に辿り着き、 「随分としつこく食い下がってくれたものだ」 と黄柄が一刀の部屋の前に辿り着き、 「でも楽しかったですっ」 と周邵が一刀の部屋の前に辿り着いた時点で、 「それは光栄です。ではお部屋へ案内しますね」 『あれぇっ!?』 兵に捕まった。 目的地が解っているのなら、そこで待てばいいのだから。 「ええい卑怯な! 堂々と追いついて捕まえるという選択はなかったのか!」 「こういう正当かつ変則的な行動も、隊長の教えの賜物ですから」 「おお! 父の!」 一刀の話題が出た途端、ぱあぁと輝く黄柄の瞳。 対して、兵は頭を掻きながら、口走った兵の頭を兜ごとぽごんと殴った。 「いや……だから、お前なぁ」 「だ、だってよぉ。お前だっていっつも言ってるだろが。隊長が誤解されっぱなしなのは嫌だよなって」 「隊長が黙っててくれって言ったんだから、俺達が言っていいようなことじゃねえって」 「そうそう」 なにやら納得し合ったようだが、次に出た問題はひとつ。 この、見下ろした先の目を輝かせたお子……どうしたものでせう。 そんなところ。 「…………わ、我は右門!」 「へ? ……あ、ああ! そういう方向ね! 我は左門!」 「絶対これ恨まれるだろ……ええいくそ! そして我は正門!」 突然扉を封鎖する三人を前に、子供三人はきょとんとする。 兵の三人はともかく話題を逸らせればと適当なことを言っているだけなのだが、最終目的は三人を見逃さずに部屋へ戻すこと。 こういう時に思うのは誰もが皆同じだろう。 (((ああもう……! なんだって俺が見張りの時に……!!))) 兵らは本当に心の底からそう思ったそうな。 「こ、ここを通りたくば!」 「倒せと! ならば覚悟しろ!《キュオオオオオ!!》」 「違います違います! 待ってください待って待っていやぁああ待ってぇええええっ!!」 拳をぎゅっと握り、しゅごーと氣を込めるお子様に本気で懇願する兵の図。 そのあまりの本気っぷりに、氣を込めていた黄柄も慌てて氣を散らし、兵の様子を見ることに努めた。 「隊長助けて……! 命がいくつあっても足りる気がしません……!」 「俺……今日の見張りが終わったら、故郷のかあちゃんに会いにいくんだ……」 「お前明日も仕事だろ……」 三人は泣きそうな顔で取り繕う言葉を探す。 その後、そういえばと一刀のことを思い出し、隊舎で一刀がしてくれた小話やなぞなぞを連鎖して思い出した。 これだ、これしかないとばかりに頭と口を動かし、「ここを通りたくば我々が出す問題に全て正解してみせよ!」と言った。 「……もう面倒だから眠ってもらおう」 『やめてください!?』 まどろっこしいことは嫌いな黄柄さんがゴシャーと氣を溜めると、兵三人の心がひとつになった。 「だ、大体、どうしてお三方は隊長の部屋へ!? 隊長のことを蹴ったりしていたでしょう! それが何故!?」 「私は父の正体を掴むために調べごとをするだけだ」 「………」 そう言う黄柄を前にして、兵の視線が彼女が持つ枕に集中する。 柔らか素材であり、一刀が職人に作らせたものだ。 「う……な、なんだ! これは深い意味はないんだぞ! 私は夜、枕を持つのがとても好きになるだけだ!」 (いや、言い訳にしたってそれはどうだろう……) 「そ、そうですか。では周邵さまは?」 「へわうっ!? え、えとその。そ、そうっ!《ぽむっ》父さまが、気配を消しているはずの私に気づきましたので、その理由を探りにっ!」 胸の前で手を合わせての笑顔の答え。 その可愛らしい言い訳に、思わず兵の心に癒しが舞い降りたが……現状はあまり変わっていないことに気づくと、胃の痛みに襲われた。 「それでその。劉禅さまはー……その」 「ととさまの寝台で眠るためだよー!《どーーーん!!》」 “眩しいなあ……”と、取り繕わずに胸を張る末っ子に、兵はおろか姉妹までもが遠い目をした。 「それで見張りさん。どうすれば入れてもらえるのかな」 「え? だ、だから出す問題に答えられれば……あ、正解しなきゃだめです」 「………」 「いえそんな、あからさまに頬を膨らまされましても」 どうやら“答えれば入れる”という部分を盾に突貫しようとしていたらしい。 目に見えて膨れっ面になっている劉禅は、姉妹から苦笑をもらっていた。 「ではでは、その問題というものに答えられれば、たとえご自分たちがクビになろうと私たちを入れてくれるとっ」 「いえ。命がけで止めに入ります」 「こちらが答える意味が全然ないですっ!?《がーーーん!》」 「こっちだって生活かかってるんですよっ! というかあなた方になにかがあったら隊長が怖いんです!」 「たとえクビになろうと隊長はきっと俺達を見捨てないだろうけど……その前に三人に怪我でもされたらどうなることか……!」 「なので止めます」 「父さまの部屋はそんなに危険なのですかっ!?」 『深夜に虫の雨が降ったりします。手動で』 「手動で!?」 主に猫耳フード軍師様の手で。 それを知っている劉禅としては、あまり笑えた話じゃない。 「将の方々は隊長の家出はいつものことだと黙っていますが、だからってここの警備を任された我々もいつものことだでは駄目なのですよ。なのでお願いします、退いてください」 「母に曰く。言って解らんなら拳で理解《キュオオオオ……!!》」 「さっきからそればかりではないですか!」 三度拳に氣を溜めるお子を見て絶叫する兵B。 ようするに言っても言わなくても結果が同じな気がすると言いたい。 「ふっ……ふふふ……! ですがお三方。我々を甘く見てもらっては困りますよ……!」 「そうか。ならば全力で《シュゴオオオ!!》」 「そういう意味ではなくてですね!? ちょ、待って! 待ってくださいお願いします!」 「わわわ我々も仕事とはいえきちんと自分の意思をもってやっていることですからね!? だからそう簡単には引けませんし、引かずに殴られることになろうとも、出来ることがあると言っているんです!」 慌てて叫ぶと黄柄がぴたりと止まる。 はて、兵に出来ること? 甘っちょろい話だが、自分らを殴るなどは出来ないだろうし、無理矢理拘束、という方向もないだろう。ならば一体何が出来るのだろうかと思考を回転させていると、 「ふふっ……無抵抗の、職務を全うしている兵を殴って気絶させて、ご自分がご無事でいられるとお思いか?」 「………」 なんとも情けない止め方だった。 なのに物凄い効果だ。これは予想以上に困った。 なにせ兵は仕事をしているだけなのだ。それを邪魔だからと殴ったりすれば、今度こそ母の拳骨だけでは済まない。というのが黄柄の心配。 周邵はといえば、縄でぐるぐる巻きにされて自分の悪口を顔いっぱいに書かれる様を想像してガタガタと震えだした。母の前での自分の気配断ちなど幼子の遊戯にも劣る。 劉禅はといえば……母は平気かもと思ったが、その横の愛紗の鬼の形相を思って硬直。あの人は甘くない。 そういった想像を一度でもしてしまえば、勇んで踏み出していた筈の足は次の一歩を踏めなくなる。それは三人が三人、同じ思いだった。 「ふぅ……で、ではもう夜も遅いわけですし、部屋まで……」 「……なるほど、では殴らなければいいと」 「へ?」 言うや、黄柄はぐいぐいと兵を押し退け始めた。 それを見た周邵もポムと胸の前で手を合わせ、笑みさえ浮かべて兵を押し始める。 「え、あ、ちょっ! これってそういう問題なんですか!? 仕事の邪魔をしているのは確かなんですよ!? ちょ、お三方!?」 「殴って気絶させた訳でもないなら、親の部屋にただ入るだけで極刑ということはない筈! ならば一度の苦行よりも一瞬の光を求める! それがこの黄柄の生き様よ!」 「なにこの無駄に格好良いお子様! 理由はとても褒められたものじゃないのに!」 「くぅ! ならばこちらにも考えが! 奥の手を使います! いいのですか!? 退くならば今ですよ!」 「奥の手! いい響きではないか! ならばそれすらも越えて、私は父の部屋へ───」 「大声で叫んであなたの母君を呼びます!」 「───うわわ待て待て私が悪かったぁあああああっ!!」 顔色の表現で、瞬間沸騰というものがある。 しかしこの日、月の明るい夜に、兵である彼が見た少女は、瞬間的に真っ青になったそうだ。 のちの痛みを耐えることで今の幸せを得る……それなら我慢出来るが、今の痛みを耐えても幸せさえ手に入れられないのでは意味がない。 「卑怯者! 恥ずかしくないのかそんな方法!」 「殴らずに押し退けるなんて方法を取った黄柄さまに言われたくはありません」 「く、くぅう……! いつか大人になったら仕返ししてやるんだからな! 覚えていろこのたわけ!」 「たわけ!? なんで!?」 自分はただ仕事をしているだけなのに……兵Aの悲しみは、両脇に立つBとCだけが理解して肩を叩いてくれた。 「仕方ないから今日は引き下がる……けど、このことは秘密だ。絶対だ。もし母の耳に入ろうものなら、お前の足の小指に全力で机を落下させてやるからな」 「地味に怖い! わ、解りました言いません!」 「い、いえしかし、仕事であるからには報告しないわけには……ここでの騒ぎを耳にした者も居るでしょうし」 「う……そ、そうなのか。じゃああれだな。お前らは急に騒ぎたくなって、奇声を上げながら通路を走った───」 「別の意味でクビになりますよ!!」 「じゃあもう怪しい誰かが居た気がしたからとかでいいだろ! それか猫でも追ってたとか!」 「お猫様は悪さなどしませんですっ! 怪しくもありません!」 「邵お姉ちゃん、話が逸れるから今は……」 「う、うー! でもですよっ!?」 騒がしい子供達を前に、兵らはそれはもうぐったりだ。 もう金輪際こんなことなど起こらないでほしい。 そう思うものの、そういえばいつか、前に隊長が家出したあとの当番の兵も、随分とげっそりしていたなあ……などということを思い返していた。 ああなるほど……一度や二度じゃない上に、その時も口封じを強要されたんだろうなぁ。 彼らがそれを理解するのに、そう時間は要らなかった。 「お三方。見逃すのは今回きりです。次は問答無用で報告させていただきます」 「これほど頼んでもか!?《キュオオオオ!!》」 「拳に氣を込めて何を頼むつもりなんですかあなたは!!」 「他の兵はこれで頷いてくれたんだけどな。むう、やはりお前はたわけだ」 「……なぁ。俺、間違ったことしてるかなぁ……」 「いや……お前は強かったよ」 「でも間違った強さだった」 「なんで過去形にするんだよ! やめろよ!」 そして別に間違ってはいない。 むしろ失敗したにも係わらず、黄柄は嬉しそうだった。 「やはりいいな。兵だからとなんでも言うとおりに動く者ばかりだと、どうも寂しい。たわけはたわけだが、いいたわけだな、お前は」 「……?」 『……《こくり》』 自分を指差すAと、無言で頷くBとC。 訳すと、「たわけって俺?」『らしいぞ』といった感じ。 ……Aが遠い目で遠くの月を見上げた。 「兵さん、ととさまの隊の人たち、なんだよね?」 そんなAへと質問を投げる劉禅。 Aはハッとするとすぐに向き直り肯定する。 いろいろあったが、一刀の隊で居られたことを否定する気は一切ない。 なにせあの隊は温かい。 いつも賑やかだし、互いが互いを思いやるといった意味ではあそこほど楽な場所はない。 「やっぱり。ととさまのことを隊長って呼ぶ兵さんは、間違ったこととかはきちんと違うって言ってくれるもん」 「ですねっ。それに街中でも、困っている人を見るとすぐに駆けつけてくれますですっ」 「そうなのか。だから他の者と違い、私にも注意をしたんだな。皆遠慮して遠まわしな注意しかしないが、真正面から言ってきたのはお前たちが初めてだ」 「え……は、はあ」 三人の子供は嬉しそうだが、兵は緊張しきりだ。 注意はした。してしまったが、間違っているとは思わない。 互いのダメなところは徹底的に伝え合って改善しよう、というのが隊の在り方なため、黄柄にもするりと言ってしまったわけなのだが……思い返してみれば、随分と偉そうなことを言ってしまったかもしれない。 「そのだな。偉いのは母たちだ。私じゃない。だから……あまり、そうやって怯えてくれるな。私たちが未熟なことなど私たちが一番よく知っている。注意してくれる者が居なければ、痛い目を見るまで直すことさえ出来ないんだ。だから、注意出来ることがあるならいつでもしてほしい」 「うん、私も」 「もちろん私もですっ。……あ、でもあまり大勢で来られると困りますです。今は顔がよく見えないからいいですけど、人の視線は少し苦手でして」 『………』 兵三人は実にしみじみと思った。 “ああ……隊長の子供だなぁ”と。 偉ぶらないところや、他人と仲良くしようと思ったら、たとえ相手が兵でも自分から突っ込んでくるところなどそっくりだ。 「ああそれと」 ああそれと。 「父の過去について、知っていることを教えてくれると嬉しい!!」 「わ、私もっ!」 「私もですっ!」 ……何かしらの問題に一つの突破口を見つけると、そこに食いついて別の利益を探すところとかも似ている。 そのお陰で今の三国があるのだから文句はもちろん無いのだが───……このお子様方は、一体何度それは秘密ですと言えば受け取ってくれるのだろうか。 三人は渋い顔をしながらも、「秘密にすることだけ、受け取ります」と頷いた。
ネタ曝しです ……と思ったら、後半はネタらしいネタはなかったようで。 112話と113話をお送りします、凍傷です。 空飛ぶ絡繰摩破人星くんの誕生話でも書こうかと思ったものの、今回は端折りました。 “アグナコトる”は、回転しながら地面に突っ込む、という意味だと思って頂ければ。 そんなわけで家出の話からその後の騒ぎと鍛錬風景ですね。 当時は無駄だと思ってしまったことでも、いつかは応用できるかもしれないよというお話。 あと兵の苦労と子供のやんちゃ。 子供は元気なのが一番ですが、泣き叫ぶお子は苦手な凍傷です。 大きいお店とかに入るとよく思うことですが、お店でお食事する子供ってどうしてほぼ泣くんでしょうね。 独りで静かに豊かに食べたい凍傷といたしましては、あの絶叫にも似た泣きっぷりが苦手でして。 さすがにオリジナル小説のように首をゴキュリとやって黙らせるわけにもいきません。 さて次回は、引き続き今回のような小話が続きます。 家出してもいつものことだで済まされる支柱さんですが、信頼しているからこその放置。 むしろ各国に行く度にその国の後釜にアドバイスをするため、各国の王としてはいろいろと助かっているので、あまり止めることも出来ない。 人と人はどこでどう繋がっているのかなんて、本人自身にも案外わからないものです。 では今回はここまでで。また次回で。 Next Top Back