179/夢はおっきく、最強の二番手 -_-/孫登 いろいろなことが起こった春が過ぎ、やがて暑いあっつい夏がくる。 そう。 その夏は、暑かった。 「はぁあああ…………! ふぅうううう…………!!」 熱い日差しの下、構えたままに呼吸をするのは父さま。 汗をたくさん流して、でも呼吸は乱さない在り方は実に見事だ。 こんな暑い日にも鍛錬は三日ごとに存在している。 もちろん私は一度たりともサボることなく参加。 不思議なもので、自分と述とで“こうすれば効率がいい”と思っていた考えが間違えだったと気づき、父さまが教える通りにやってみれば、以前とは比べものにならないくらいに成長していることを自覚できた。……自覚? 実感? ……んん、とにかく、成長してます、はい。 筋力の伸びもいいし、なにより氣の絶対量がぐんと伸びた。 それでもまだまだ弱いと感じる。 羨ましいことに、曹丕姉さまは自分よりもよっぽど強い。 くだらない鍛錬改変で寄り道していた私と述とは違って、姉さまはきちんと鍛錬をしていたのだから当然だろう。 ついでに言ってしまえば、やはり私には武の才はない。 どれにも手を伸ばせるけど、どれであろうと一番にはなれない。 今さら、それが悪いことだと思えない自分が…………今では可笑しく、大好きだ。 「父さま、暑いです……」 「ん。いいかぁ登。お前は普通がイヤだって前は言ってたけどな。普通ってのは悪いことばかりじゃない。ああ、もちろん今は解ってるだろうけど」 「はい」 「じゃあ勉強だ。中庭、昼の日差しの下。この状況で願う普通ってなんだと思う?」 「……? 暑くもなく、寒くもなく……ですか……?」 「そうだ。暑い中では少し呼吸を小さくしてみるんだ。ぜえぜえさせるんじゃなく、無意識にする呼吸みたいに浅く、ゆっくり」 「…………」 「…………」 「……暑いです」 「暑いな」 暑かった。 なので大きな樹の下……木陰まで歩いて、そこでやってみる。 「馴染むまでは、まあゆっくりとな。気づければ、多分大丈夫」 「?」 首を傾げながらも、最初は意識して。 次第に自然に、熱が取れてきた頃。 「……あれ?」 最初はよく解らなかったけど、これ……。 「父さま、これ」 「まあ、気休め程度の意識変化なんだけどな。暑いところでぜえぜえやると、案外内臓が無理矢理動かされてな、逆に熱くなるんだ。涼しいところでぜえぜえやってみればなんとなく解ることだけど」 「じゃあ、逆にこうしてゆっくり静かにしてると……」 「重要なのは内蔵を動かしすぎない呼吸だ。人間の体や脳って結構単純なところがあってな? こうやってニコーって作り笑いで口角を持ち上げて何かをしていると……そうだな、たとえば何かの作業をしながらずーっとそれを続けていると、頭が次第にソレは楽しいことだって意識し始めるんだ。まあ、もちろん本当につまらない、いらいらいするようなものに対して口角持ち上げても、絶対に溜め息が出る回数に負けるが」 「うん、そうだよね」 素直にこくりと頷けた。 ら、なんだか父さまが可笑しそうに私を見ていた。 …………あ、口調。 ハッとしたら、大きな手が私の頭を撫でた。 見上げてみると、目を合わせてから言うのだ。 「好きな言葉で喋ればいいよ」と。 「え、えと。お、おいどん、もっと強くなりたいでごわす!」 言った途端、父さまがずっこけた。 「と、ととと登サン? ああいやこれだと父親みたいだ。父さん。違うよな。うん。……子高? そ、そんな言葉、誰に聞いたのかなぁ……!?」 「え? 前に夏侯惇さまが」 「……また、なんかの罰でも喰らったンカナ……」 なんだか遠い目をした。 「子高は、それでいいのか?」 「言ってみたかったんです。母さまからはいつも厳しく言われてましたから」 そう。母さまは厳しい。 自分が駄目だったことを早い内からとでも言うように……祭が“実際そうだろうのぉ”と言っていたくらいに、私への躾は厳しかった。 それが当然だと思っていた私は、それを頑張って覚えていった。 頑張れたのは十分で、身に着いたのは五分。 どれに措いても上に届かない私は、何に措いても半端までしか届かない。 母さまは落胆なさっただろうか。 私を産んで、後悔しただろうか。 そう思うだけで、黒いなにかが込み上げてきたものだ。 前は。 うん、前は。 「あの。父さま」 「うん?」 「父さまは、私が娘で、嫌な思いとかをなされたことは───」 「蹴られて泣いた時くらい」 「うぅう……」 「過ぎれば笑い話ってやつだよ。トラウマだって笑い話に出来るくらいの胆力がないと、支柱なんてやってられないさ」 とらうま? 虎……馬? なにか嫌な思い出でもあるんだろうか。 でもたとえ虎が来ようとも、校務仮面様たる父さまならばきっと大丈夫なのだろう。 「ともかく。暑い日には暑さに順応出来る体作りだ。あ、もちろん汗は出るから、水分補給は忘れずに。一緒に塩を舐めると、吸収率が上がるらしい」 「人とは複雑なのですね……」 「ん。俺はこの世界に降りるまで、もっと単純なものだと思ってたよ」 まさかかめはめ波が撃てるようになるとはなぁ、なんて少し解らないことを言って、たははと笑っている。 くすぐったそうに笑う父さまは、なんだか楽しそうだ。 「それで、どうしましょうか。鍛錬続行ですか?」 「子高はどうだ? 身体がだるいとか喉が渇くとかはないか?」 「ん…………平気です。ただ少し、足がつっぱるというか、重いというか」 「よーし水を飲もうなー。ほっとくと脱水症状になる可能性が高いから飲もうなー」 「え? だ、だっす? 父さま? その竹の水筒は何処から?」 「こんなこともあろうかと父は常に竹水筒を隠し持っているのだ!《バァアーーーン!!》」 どうだーと突きつけられたそれは、触れてみると……ぬるかった。 きりりと冷えた水を望むのは、この熱い空の下では無理だ。 「そんな単純じゃないけど、氣にもいろいろ応用があるんだ。もちろんなんでも出来るわけじゃないけど……登、気化熱って知ってるか?」 「知りません」 「そ、そか」 本当に知らないから即答してみたら、ちょっとだけ苦笑する父さま。 そんな父さまは木陰の下、取り出した竹筒に氣を向け始める。 こう、座って、足と足の間に竹筒を挟んで……両手を翳す感じだ。 「液体は蒸発する時に、周囲の熱を奪う。お風呂上りとかに経験があるだろうけど、身体を早く拭かないとすぐ寒くなるだろ? あれは身体についた水滴が蒸発する時、熱を奪っていってるからなんだ」 「はあ……」 「つまり、ぬるい水でも温度差を生じさせてやれば冷たくなる」 言って、集中する。 父さまがたまにやっている、氣で火を起こす時のような感覚。 氣をすごい勢いで動かして風を巻き起こす。それを摩擦させるんじゃなくて、竹筒に向けて……あ、そっか。 「……時間、かかりそうですね」 「だよなぁ」 二人で顔を見合わせて笑いました。 それからしばらくして差し出された竹筒は、確かにさっきまでのぬるさはなくて、けれど冷たすぎるというわけでもない、喉に通しやすい温度です。 「暑いからって冷たすぎる飲み物は飲まないように。胃がびっくりするし、お陰で上手く活動しないで食欲も無くなる。ものを食べる時には水を飲みすぎないのも大事だな。胃酸の効果が薄まって、消化に時間がかかる。そのくせ時間が経てば腹だけは鳴るから、また水を飲んでものを食べてで消化に時間がかかる。どんどん胃への負担が大きくなるから、飲みすぎは注意だぞ?」 「ふぇ……いろいろあるんですね」 「ほんと、もっと単純だったらいいんだけどな」 「あ、でも単純なものもあります」 「たらふく食べたら眠くなる?」 「それですっ」 また笑う。 以前までは考えられない状況。 父さまが傍に居ることもそうだけど、なにより自分がこんなに“楽しい”と感じていること。以前までなら笑うなんてこと、滅多になかったのに。 覚えている自分の姿なんて、辛くて泣いていることばかりだった。 ……本当に、つまらない日々を歩いてきていたんだなぁ、なんて。自分のことながら、呆れてしまう。 「よし、じゃあとりあえず今日の鍛錬はここまで」 「え? ま、まだやれますよ?」 「自分じゃ気づけないことも多いんだけどな。登、顔真っ赤だぞ。身体に熱が溜まってるんだ。このまま続けたら本当に脱水症状か熱中症になる。というわけで、鍛錬の続きは川でやろう」 「え? こ、ここまでじゃ」 「ん、“とりあえず”な」 「……知りませんでした。父さまって、案外考え方が面白い人だったんですね」 「童心ってものを大事にしてるんだ。童心っていうのは、発想の友だから」 よく解らないことを言われた。 訊いてみれば、ようするに頭の回転も大事だけど、子供が考えるような単純な考え方も大事だから子供っぽさは完全に捨ててしまうのはもったいない、って……そういうことらしい。 童心は大事。覚えておこう。 「困った時は突撃粉砕勝利ですか?」 「それは童心とはちょっと違う」 言いつつも、父さまは私をひょいと抱きかかえて……そのまま自分の肩まで持ち上げて、肩車状態に。 ………………はっ!? 肩車!? なんて驚いた時には父さまはもう動いていて、景色が流れるように速かった。 なにを言っているのか自分でも解らないけど、速かった。 そんな速さと高い視界が楽しくて、私は自然と持ち上がる口角を自由にさせて……素直に笑うことにした。 ……。 到着した川は静かなものだった。 ちゃぷちゃぷと絶え間なく聞こえる水の流れる音は、聞いているだけでも心が落ち着く。 溺れたりしたら逆に怖くなるかもだけど、落ち着く。 落ち着く必要があるのだ、なにせ今、隣には…… 「まったく、少しはこちらの都合というものを考えて欲しいわ」 「えと。誘わないほうがよかったか?」 「あ、う、そういうわけではなくて」 ……母さまがいらっしゃるから。 想定外だ。 まさか母さまが一緒に来るなんて。 “どうせだから蓮華も”なんて言った父さまが母さまの部屋へと消えて数分。 絶対に断るに違いないと楽観視していた私の期待は見事に粉砕。 今、視線をあちらこちらに向けながらぶちぶちとこぼしている我が母は、……なんだか初めて見るほど綺麗におめかしをしております。 ……綺麗。 綺麗なのに、顔はふてくされたような、なんだか落ち着かない感じです。 むうっ……嫌なら来なければよかったのに、なんて思ってしまう私はいけない子でしょうか。 「母さま、その服は───」 「えっ、やっ、これは違う、違うのよ、登。これは───」 「ああ、俺が意匠をこらして作ってもらった特注の服。細かいところまで手が込んだ世界に一つだけの服でございます」 「一刀っ!」 「え? なに?」 にっこり笑顔で服の説明をしてくれる父さまに、何故か真っ赤になって怒鳴る母さま。 ……もしかして知られたくなかったのでしょうか。 でも私でさえそんなふうに予想が立てられるのに、“え? なに?”と普通に返せる父さまってすごい。私は無理そうだ。怒られるのは怖い。 「……ま、まさか今さら意匠が気に入らなかったとか……!」 「そ、そういうことを言いたいわけではなくて。あなたからもらったものが気に入らないなんて───あ」 「………」 ……述。あなたは今どこで何をしているのでしょうか。 元気でいてくれると勝手に思っておくことにします。 ところでですが、姉はひとつ賢くなりました。 ……私が怖いと思っていた母が、実は世に言う“可愛い人”だったのです。 訊いてみたところ、二人きりの時は甘えられたりもするんだぞ、とのことです。 訊いておいてなんですが、父さまは私に母さまのことでなにかを隠すつもりがないのでしょうか。ほら、母さま、顔を真っ赤にして怒ってる。 普段は凛々しく、いつも鋭い刃物のような雰囲気だった母さまが……父さまの前ではなんと無防備な。これも校務仮面さまの為せる業、というものなのか。 ああいえ、いい加減今に戻りましょう。 「あの、父さま。ここで鍛錬とは、いったいどういったものを?」 「え? ああ、じゃあ水を感じるところから始めようか」 「水?」 首を傾げる。 水を感じる? ……べつに、触れば水は水ですが。 なんて思っているうちに父さまは靴と靴下を脱いで、ちゃぽりと川へと入ってゆく。当然、下の衣服はまくってある。“けんどうばかま”といいましたっけ。まくりづらそうだ。 「ほら、登も」 「? は、はぁ……」 ほらと言われても少し困る。 そんな気持ちを表情に出しながら、同じようにして靴を脱いで靴下を脱いで、ちゃぽり。 ……ああ、冷たい。夏の暑さにこれは気持ちいい。 濡れてもいい服があれば、いっそ潜りたい気分です。 「冷たいよな」 「冷たいです」 「よし。じゃあその水に沈んでる部分に氣を集中させる。イメージ……想像としては、沈んでいる部分が水と一体化しているみたいな感じだ」 「いめーじ……」 天の言葉は難しい。 勉強をしてみても、よく解らない言葉ばかりだ。 でもお水気持ちいい。ああいや関係なかった。えと、水、水〜……。 「《つんっ》ひゃおうっ!? へっ、はっ、へっ!? な、なになになにっ!?」 急に足に妙な感触を覚え、ばしゃばしゃと暴れてしまう。 ……と、ぴうと逃げてゆく……魚。 あれ? 今、魚につつかれた? 「あっはっはっはっは! やったやった、俺もやったよそれ!」 父さまはなんだか面白そうに笑っている。 つまらなそうに笑われるよりはいいかもしれないけど、なんか複雑です。 「ん、最初から魚につつかれるくらいなら十分だよ。あとは勘違いさえしなければ、俺よりよっぽど早く順応できる」 「順応……ですか? 水に?」 「……懐かしいわね。思春に教えてもらって以来になるかしら」 「え……母さま?」 父さまの話を聞く中、背後からちゃぷりという音。 振り向いてみれば、母さまも素足を川に沈めて……自然な感じで微笑んでいました。 ……川、やりますね。私でさえ中々微笑ませることの出来ない母さまを、いとも容易く……! ではなくて。 「思春? 思春が教えてくれたものなのですか?」 「ああ。……教えてもらえるようになるまで、長かったけどなー……」 「思春は内側の人以外には容赦がないから。その点、一刀は随分と簡単に内側に入っていったわ」 「え……そうなのか? ……とてもじゃないけどそうは思えないなぁ」 「そもそも、他国の相手だというのに傍に居ようとしている時点で凄いのよ。一刀も知っているだろうけど、呉は……ほら。身内以外には厳しいところがあったから」 「思春のことだけ言えないってことじゃないか」 「ふふっ、ええそう。もう“身内”なんだから、遠慮なんていらないでしょ?」 「…………はぁ。まったく、蓮華は」 いたずらっぽく笑う母さまに、苦笑して返す父さま。 なんだかとても眩しいものを見ている気がする。 何故って、顔が赤くなって、なんだかとても目を逸らしたい気分だから。 「そ、それでその。これからどうすれば?」 「おっと。じゃあ続きだな。足に集中させた氣を、今度は全身に行き渡らせる。もちろん、水のイメ……想像は消さないまま」 「えと。この冷たさを全身に行き渡らせる感覚で平気でしょうか」 「そうだな、自分がやりやすそうなやり方でいい。ただ、想像はずっと意識しておくこと」 「はい」 やってみる。 母さまもやっているようで、微笑みながら目を伏せて、水の流れに身を任せるみたいな自然体で、そこに居た。 「? ?」 けれど私は上手くいかない。 才能ってものは、こんな小さな挑戦にまで割り込んでくるから嫌いだ。 せっかくの両親との穏やかな時間を、才能なんてものに邪魔される気分は……可笑しく思える今でも、正直に言えば嫌いだ。 「登、こうよ」 「《きゅむ》ひゃうわっ!?」 と。黒いなにかがじわじわと自分の中に生まれ始めてきた時、母さまが私を後ろから抱き締めて言う。突然のことに声が裏返ってしまったけれど、そんなことも微笑みで受け止めながら……やさしい母さまは私にやり方を教えてくれる。 ……なんだろう、とてもくすぐったい。 ずっとこんな母さまだったらな、なんて思ってしまう自分がいる。 無理だろうな。解ってる。 きっと父さまと一緒じゃなきゃ、こんなにも隙だらけになったりなどしないんだ。 「………」 それでも母さまの氣に引かれるように、足に溜めた氣を全身に行き渡らせる。 冷たさがひんやりと広がってゆく。 けれどもその冷たさが、まるで自分が川の一部にでもなったような気にさせてくれて、面白い。 川になった自分は、そっと水に目を向ける。 次々と流れてくる水の感触は、もう感じない。 ただ、自分に近づいてくるなにかの気配がとても身近に感じられて、それに感覚を委ねるように……水に手を入れて、水の流れに逆らわずに……魚に触れ、掴んだ。 「え? ひゃうっ!?」 初めて掴んだ、生きた魚の感触にびっくりする。 と、魚がもがいて、再びぴうと逃げていってしまった。 「………」 でも、手に感触が残っている。 すごい。掴んじゃった。 水の中の魚がいかに素早いかくらい、私だって知っている。 それを、まさか掴めてしまうなんて。 「と、父さま、母さまっ! 今のでよかっ───……父さま? 母さま?」 「………」 「………」 私を見る二人の目が、どこか遠い目をしていた。 え? え? なに? 私はなにか、悪いことをしてしまったのでしょうか。 「俺……掴めるようになるまで……どれくらいだったかな……」 「言わないで一刀……私だってどれほど苦労したか……」 「?」 母さまにぎゅっと抱き締められて、父さまに頭を撫でられた。 よく解らないけど、嬉しい。 「まあ、ともかく。今の感覚を忘れないようにもう一度試してみよう」 「はいっ」 言われて、また意識する。 怖いな、と恐怖したことさえある母さまに抱き締められて安心するなんて、私もまだまだ子供だなぁなんて思う。けど、言わせてもらえるのなら、姉が異常すぎるのだ。 姉が動揺するところはあまり見たことがない。見たのも、ここ最近くらいだ。 いろいろなことに興味を示して、始めてしまえばほぼなんでも出来て。 その下の妹である私は、お陰で随分と期待と落胆の視線を味わったものだ。 けど。でも。 私はやっぱりこの二つの言葉を何度でも使おう。 姉は、曹丕姉さまは完璧ではなかった。 父さまの前では結構慌てるし、自信満々でやったことが凄まじい間違いであったことに気づいて慌てたりしていたし、ここ最近の妹たちの父さまへの甘える姿を見ては、羨ましそうに見てくることもあった。 私たちはまだまだ子供だ。 独占欲だって強いし、大人になりたがっているくせに、子供のままで頭を撫でられていたいとも願っている。 周りが立派な人ばかりの所為か、次から次へと叩き込まれる知識に押し上げられるように、大人へ大人へと向かわされている現状。才の無さは逆に、私や述に“周囲を見る目”を与えた。お陰で人の感情には敏感になれたし、 「………」 そんな自分だからだろうか。 才能はないだろうけど、“人が目を向けない場所”を知るのは早かった。 目を向けられれば期待と落胆も向けられるって知っていたから、私と述は人の意識の外を目指した。自分を探している人には簡単に見つけられてしまうけれど、それ以外の人には見つからない。そんな、自分たちの情けなさが生んだ特技。 期待を嬉しいと思えた日々はもう遠い。 落胆を向けられる日々ももう遠く、あるのは諦めばかりになった。 だったらそんな諦めから脱出する方法を教えてみせろと、何度口にしたかったことか。 言った時点で親に迷惑をかけることなんて解りきっていたから、当然言えもしなかった。 ……そんな自分を、蹴られつつも受け止めてくれていた父さまは、本当に…………。 「…………《ちゃぷり》」 考え事をしながらも集中。 ゆっくりと身体が動くままに手を水の中に沈めて、泳ぐ小魚をぱしゃりと軽く救い上げた。 両手で持ち上げた水の中には小魚が泳いでいて、あっさりと成功したことに喜びが沸きあがった途端、魚は暴れて、こぼれる水の端から飛び出してしまった。 ぽちゃん、と。捕まえた時のようにあっさり逃げられる。 残念な気持ちを抱きながらも、やっぱりどこか楽しいのは……やろうとしたことが上手くいく喜びを、久しぶりに味わっているからなのだろう。 「よし、じゃあ今日の昼食は魚と山菜にしようか」 「ええ……ふふっ、やっぱり懐かしいわ。一刀と思春とともに、よくやったわね」 「あの時は蓮華が一緒にやるとは思わなかったけどね」 「二人でこそこそ居なくなるのを何度も目撃すれば、気になるのは当然よ」 「ただ思春に川での魚の捕まえ方とか訊いてただけなんだけどなぁ。自分でやれるところまではやったから、それ以外のコツを、って」 初めて聞いた父さまと母さまの話。 興味が沸いたので、二人が休むことなく話すのを耳に、私も魚を捕まえることを頑張ってみた。 「でも……ねぇ一刀? 私が混ざってから、思春がやたらと攻撃的じゃなかった?」 「そうかな。あ、でも蓮華との組み手の時の猛攻は凄かったよなぁ」 「…………気の所為じゃなかったのね」 取れた魚は、父さまが石を積んで作った……いけす? に入れる。 これから料理してしまう生き物を自分の手で捕る、というのは結構怖い。 でも魚だって好んで食べていた私だ。他人が捕った命なら食べられる、なんて言うつもりはない。というか言いたくない。 「あの、父さま。味付けは?」 「塩ならあるぞ?」 と言って、また竹筒を出す父さま。水が入っていたそれよりも小さなそれには、なるほど、塩が入っていた。 「呉も魏も蜀も、塩を得る機会には恵まれているのよ。以前はもっと、塩を塩をと荒れたものなのに」 「魏は解池から、呉は普通に海塩が取れるし、蜀は岩塩と井塩。今のところ、塩を作る“速度”では呉が一番かな? 代わりに火をいっぱい使うから、燃料的な意味では心配はあるけど」 「お陰で呉では豆腐が溢れかえっているわよ。塩を作るとにがりも出来るし、豆の収穫数も安定しているし、食べ物も随分と増えてきたわね」 「こうなると、米一粒のために命を……って頃に頭が下がるよ」 「……ああ、本当に。もっと早くにこう出来ていればと思わずにはいられない」 母さまが真面目な口調に戻った。 その顔は……悲しそうだ。 「“ここまで来れた”って言えるところまでは……これたかな。じゃあ、もうこれ以下はないって頑張らなきゃな」 「ああ。……というか、最近は全体的に味が濃い店が増えた気がするんだが」 「蓮華、口調」 「え? あっ……こ、こほんっ! ……増えた気がするわ」 「ははっ、まあ、うん。調味料も段々と数が増えてきたから」 塩、味噌、しょーゆ。 そういったものを作る技術が簡略化できるようになってから、食事の事情は随分と安定したらしい。 どうしてか曹丕姉さまが得意顔で説明してくれた。 多分、父さまの知識からのことだろう。じゃなきゃ、姉さまが胸を張って説くことなんてあまりない。 「これで、呉に昆布があればなぁああ……!!」 「もう、また? 無いものをねだったって仕方ないでしょ?」 「磯の香りはするのに昆布がないとかおかしいって! 正しくは河だとか言われても、磯の香りがするなら昆布だってあったっていいじゃないか!」 父さまはなにか、“やっぱりまこんぶを何処かで……”とか言ってる。 まこんぶってなんだろう。 「んん……土地柄、昆布が自生しないとかどっかで見た記憶もあるし……真昆布が採れたとして、養殖は難しい……のか? でも中国は昆布生産量がハンパじゃなかったはずだし……うーん」 「と、父さま?」 「ほうっておけばいいわ、登。一刀は“こんぶ”のことになると、いつもこうだから」 「こんぶ……」 昆布。父さまをこうまで魅了するそれは、いったいどんなものなのだろう。 考えてみても、答えらしい答えは出てこなかった。 ……。 なんだかいろいろと考えていた父さまがハッとして、誤魔化すように笑いながら頭を掻いていたのが少し前。照れ隠しする人みたいに“サササ山菜採ってくるー!”って言って、走っていってしまった。 ……姉さまが言うには、あれで父さまは私たちが知らないところではどっしりとした落ち着いた雰囲気を持っているらしい。……信じられない。 でも、校務仮面さまの時の父さまを思えば……ああ、って思えることもあるわけで。 「〜♪」 料理は父さまが担当。 母さまも手伝うけれど、山菜やお魚を使った料理はあまりしないみたいで、行動のひとつひとつで父さまに“これはどうするの?”と訊ねている。 訊けば、思春と一緒にやっていた頃は断固として思春が調理をさせてくれなかったらしい。 ……でも、母さまの刃物の扱いは実に見事だ。 刃物といっても、そこらにあった長い石を割って、岩で削って形を整えたもの。 それでも魚は捌けるらしく、器用に内臓を取ってゆく。 ……内臓取ってるのは父さまだけど。 母さまは主に、その後の処理。骨を取ったり木の枝の串で刺したり。 鱗は父さまがヂャッヂャッヂャッと取っちゃった。早かった。 「で、山菜と木の実を砕いて粉を溶いたものを、こうして熱した石の上に……あ、あー、そうだそうだ、あの頃もやったなー、これ」 「あの頃?」 「蜀から魏に向かってた時にさ、思春と一緒に野宿してこれと同じのを作ったんだよ」 焚き火の周りに大き目の石を置いていって、それを支えにするように平らで大きな石……岩? が、置かれた。その上で焼かれた謎の液体は、しゅじゃー、って妙な音を立てながら……固まっていく。 これなに? って訊いたら“お好み焼きもどきだ”って言われた。“いや、むしろナンか?”とも言われた。“なん”ってなんだろう。 焼ける香りはなんだか美味しそう。見知らぬ料理に、興味が引かれてばかりだ。 「わあ……」 じううと焼ける……“なん”は、焦げ目がついた頃からとても美味しそうな香りを放ち始めた。父さまはそれをひっくり返したりして両方に軽く焦げ目をつけてゆく。 端っこで焼いた小さいやつを「食べてみるか?」と差し出されたので、迷わず食べてみた。 ぱりっとした食感。 ぱりっとしていて、かりっとしていて、だけど中は……えと、なんだろ。も、もっちり? なんだか弾力がある感じ。香ばしさと木の実独特の味と、塩だけでつけられた味なのに、なんだかとっても美味しく感じる。 「美味しいだろー。キャンプ……ああいや、野宿……でもないか。こういう外で作る料理には、不思議と美味しさが増すなにかがあるんだ」 そうなんだ、驚いた。 でも実際に美味しい。なにがどう美味しいかと訊かれたら困るけど、美味しい。 魚も枝に刺したものを地面に刺して、火の傍で炙っただけのものだけど……塩をかけただけなのにとても美味しく感じられた。 普段だったらこんな食べ方、怒られると思う。 でも母さまは笑っている。父さまも笑っている。私も笑って、食事を続けた。 すると、今まで窮屈に感じていた世界が広がったような気がして……少しだけ、食べているお魚のしょっぱさも、増した気がした。 「っと……」 そんな時、父さまが何かに気づいたような表情で焼き物を見ていた視線を上げる。 母さまも何かに気づいたようで、目つきを鋭くしていた。 なんだろう、と思ってから私もハッとして、すぐに周囲の気配に集中する。 するとどうだろう。 さっきまでと同じような森の空気があるだけの筈なのに、その森の気配に何かが混ざっているような…… 「いい匂いがするにゃ!」 「するのにゃー!」 「にゃー!」 「にゃう……」 …………混ざるどころじゃなかったです。 「美以!?」 「おー!? 兄なのにゃ! いい匂いの正体は兄ぃだったのにゃー!」 「へ!? やっ、普通違うだろ! お前には目の前の料理に目が《がぶりゃあ!》ぎゃーーーーーっ!!」 「!?」 ひゃうう!? 父さまが噛まれた!? え、あ、あれ? あの人、孟獲さまだよね? 蜀の人で、なんばんのだいおーとか言ってた人だよね? え? なんで父さまに噛み付いて─── 「とっ……父さまから離れろぉおおおおっ!!」 いろいろなことが頭の中でぐるぐると回った結果、私はとにかく孟獲……さま、を父さまから離すことを優先させた。 噛まれているのだ。ぎゃーと叫んだのだ。助けなきゃと思うのは当然だ。 あれ? じゃあ母さまはなにを───と思ったら、孟獲さまの連れの人たちに囲まれて、 「こ、こらっ! 離せっ! しがみつくな! 抱きつくなぁっ! ───! かかか顔を舐めようともするなぁっ! そういうことをしていいのはかずっ───ごほごほんっ! とにかく離れろぉおっ!!」 男らしい口調の母さまが慌てつつも怒っていた。 でも少し可愛らしいと思ってしまったのは、娘としておかしいでしょうか。 ……。 結局。 三人の静かなだけど楽しい時間は、なんばんだいおーによって終わりを告げた。 とはいっても食べ物を食べたら山に行ってしまい、私も父さまも母さまも呆然とするしかなかったわけですが。 「一刀……あなたの匂いというのはなんとかならないの?」 「え゙っ……いやそれ、俺が臭いって言われてるみたいで微妙なんだけど……」 「えっ? ち、違うわっ! 私だってあなたの匂いは好きで───、っ……」 「え……れ、蓮華……?」 「〜〜〜……」 で……少ししょんぼりな空気だったのが、まさか喧嘩になるのではと思いきや、甘い空間になりました。 私はどうしたらいいのでしょう。 口から砂糖でも吐けばいいのでしょうか。 でも仲が良いのはいいことです。 「………」 「………」 さりげない動作、さりげない行動ののちに、とすんと父さまが母さまの隣に座る。 すると母さまは父さまの服の端を掴んで、顔を真っ赤にしました。 ……そして私はどうすればいいんでしょう。 これはあれですか? 母さまとは反対の父さまの隣に座って、同じようにするべきなのでしょうか。 ……で、ですよね、そうですよね、せっかく家族でこうしているんだから。 「………」 なのでそっと。 あくまでそっと、父さまの隣に座って服を摘んだ。 それだけで、それだけなのにとっても恥ずかしい。 恥ずかしいんだけど、嫌じゃない。なんだろうこれ、よく解らない。 (……私って、だめだなぁ) でも。 解らないなりに、思うことはあるのだ。 父が立派だったからって掌を返す。掌返しは姉さまが嫌いだし、私だって好きじゃない。 なのに、こうして甘えることに喜びを感じる自分が嫌になる。 じゃあ嫌えばいいのかといえば、それも嫌だった。 (自分のことなのに、解らないことだらけだ。やだなぁ) ぱっと手を離した。 見つめるのは空。綺麗な青がそこにある。 「………」 来た時と同じように、そっと父さまの隣から離れ《がばしっ!》ひゃうあぁあーーーっ!!? 「登〜? 離れるなら、もっと楽しそうな顔をしながら離れなさい」 そっと動いただけなのに父さまに捕まった。 腕で鎖骨の下を抱くようにして、抱き寄せられた。 「で、でも」 「ん。でも、なんだ? なにか心配なことがあるなら父に相談しなさい。ああ、誰か男に尾行されて困ってるとかだったら包み隠さずだ」 「……そんな人、居ません。一番になれない子なんて、誰も見向きもしませんよ」 「よしっ、見る目がない目なんて必要ないよなっ《ぱああっ……!》」 「待って一刀! あなたなにをするつもり!?」 眩しい笑顔とは裏腹に、父さまの背後に氣で練られた“滅”の文字が浮かびました。 わあ、すごい。どうやるんだろう、あれ。 そんな父さまだけど、母さまに腕を掴まれ……というか抱きつかれて引き止められて、落ち着いてくれたみたいだ。 「ご、ごめん蓮華、ちょっと混乱した」 (……ちょっとなんだ) 本気で混乱したらきっとすごいんだろうなぁ。 校務仮面さまの姿を思い浮かべつつ、素直な感想を胸に抱いた。 「で、登? 本当にどうしたんだ? 父は権力を振り翳さず、一人の男として相手の男と戦う覚悟は出来てるぞ?」 「だから、居ませんっ! 〜〜〜……姉さまも言ってたと思いますけど、私たちに話しかけてくる子なんて……居ません。王の子のくせに俺より頭悪い〜、なんて言う嫌な子なら───」 「思春! 合戦の準備だ! 打って出る!」 「蓮華さん!? 落ち着いて!?」 「はっ、蓮華さま《ザッ》」 「思春さん!? 居たの!?」 そして今度は父さまが二人を止める番でした。 止めてる最中なのに、父さまのこめかみがみきみきと躍動していましたけど、きっと気の所為。 「一刀! あなたはっ! 登の努力が馬鹿にされて悔しくないのか!!」 「悔しいけど合戦は行きすぎだ! とりあえず落ち着こう! 言えた義理じゃないけど! ほ、ほらっ、思春も止めて!」 「子高さまを馬鹿にする発言は、ともに歩んだ述を馬鹿にしたも同然だ。……北郷貴様、まさか悔しくないとでも……?《ヂャキンッ》」 「刃物突きつけて言う言葉じゃないよねそれ! 落ち着いて!? 悔しいから落ち着いて!?」 なんだか大変なことになっている。 父さまがしきりに私の目を見てくるけど……え? 私にどうにかしろってことかな。 そ、そうだよね、私がこんな話をしたから……なんて思って、父さまの真似をして頬を掻こうとした。すると……そこにつく、水滴。 なにかなと見てみようとした瞬間、視界が滲んでいることに気がついた。 ……ああ、そっか。私、また泣いたのか。 (弱いなぁ、私) 思い出して泣くなんて、こんな娘じゃ父さまも母さまも嫌だよね。 ごめんなさい、登は弱い子です。 こんな状況で、どうやれば母さまと思春が止まってくれるかも解らな─── 「王より頭のいい存在などいくらでも居る! けれどそれを盾に王を侮辱するのは許せることではないわ!」 「蓮華さんなんかごめん! その理屈だときみたち美羽にいっぱい謝らないといけない気がする!」 『───《びしぃっ!》』 ───一発で止まりました。 え、え? 美羽ねーさま? 美羽ねーさまがどうしたの? 名前が出た途端、母さまと思春がなんとも言えない表情で目を逸らして……え? 「た……確かに、少し熱くなりすぎていた───わ、ね……ええ」 「……すまない。私も少し動揺していた」 「思春が謝った!? だだだ誰だ貴様《ヒタリ》ごめんなさい!?」 微妙な顔をした二人が謝った途端に父さまが驚いて、次の瞬間には喉に刃物を突きつけられた父さまが謝っていた。 ……姉さま。あれで落ち着きがあるというのは無理があると思います。 それでも苦笑している父さまを見ると、“もしかして、場を和ませるための冗談だったのかな”って思える。本当に、父さまは不思議な人だ。 「はぁ。いいわ、ごめんなさい思春、急に呼んでしまって」 「いえ。呼んでくださればいつでも」 「あのー、ていうかさ、思春。なんだってこんな川の傍まで? 今日仕事なかったっけ」 「都の主の護衛だ」 「そうだったのか!? ……あ、あー……そういえば報告書にもそういったことが書かれてて……え? 姿が見えなかった日もあったけど、もしかして今みたいに気配を消して?」 「………」 「そこで目を逸らされると怖いって! たまに俺、部屋の中で一人で妙な行動とか取ってたから、それ見られ───」 「ああ。姿見の前で妙な姿勢を取って笑っていたな。一人で」 「いやぁあああああっ!! ポージング見られてたぁあああああっ!!」 顔を真っ赤にして頭を抱える父さまの図。 不思議なもので、訊ねてみたら顔を真っ赤にしながらも話してくれた。 なんでも「おっ……男ってやつはね……? 体は成長しなくても、鍛錬してると鏡の前で自分の成長を見てみたくなるものなんだ……」と教えてくれた。 男の人って大変らしい。 「………」 でも。 私は、そんな父さまのほうがいいな。 凛々しくて仕事が出来て立派な人より、楽しくて面白い人のほうが嬉しい。 たぶんそれは、私がいろいろなことを上手く出来ないからだろうけど、嬉しいと思う気持ちは変わらない。 仕事が大変でも笑ってくれる父さまがいい。 いろいろあっても母さまと仲が良い父さまがいい。 刃を突きつけられても、次の瞬間には笑っている父さまがいい。 「?」 そんなふうに考えて、ちょっと思ったことを訊いてみる。 父さまと母さまには気づかれないように、ちょいちょいと思春の服を引いて。 ……そういえば思春はどうして、庶人服みたいなものをずっと着てるんだろう。 顔はキリっとしているのに、服はどこか綺麗な感じだ。 それをまず、そっと訊いてみたら……顔が赤くなって、過去のことを忘れないためです、と言われた。過去というのがなんなのかは解らないけど、とりあえず庶人服は父さまに買ってもらったものらしいです。 じゃあ本題。 続いて思春にそっと言う。 「あの。思春が父さまに刃を向けるのって、自分の、えーと……ぼうきょ? を、許してくれるから?」 「!?《グボッ!》」 言ってみたらすごく驚いていた。 その驚きっぷりに、声は出していないのに父さまと母さまが驚くくらい。 「父さま、やさしいもんね。私知ってるよ? 桂花さまの私塾に来る子の中にも、気になる子をわざといじめて構ってもらおうと《がぼっ》ふむぐっ!?」 やっぱりぽそぽそと喋っていたけれど、真っ赤な顔の思春に口を塞がれた。 珍しい。とても珍しい。というか、思春に口を塞がれるなんて初めてだ。 いつもは……なんというか、触れてはいけないものみたいに認識されてるんだって思っちゃうくらい、触れてこないのに。 「あ、ち、ちがい、ます。ちがっ……わわわ私はべつに北郷のことは……!」 そして、こんなにも真っ赤で呂律が回らない思春も初めてだ。 父さまと母さまからは背中しか見えないだろうけど、これは珍しい。 「思春、今呼んだ?」 「呼んでない言ってない今すぐ離れろこちらへ来るな!」 「《びくぅっ!》ひょわいっ!? え、えぇえええ……!?」 急に怒鳴られた父さまが、疑問を顔に浮かべながら離れてゆく。 その際、一緒に離れた母さまが、見守るような優しい笑みで思春を見つめていたのは……どういう意味があったのかな。 そう思いながら思春に視線を戻すと、……もうどっちが子供なんだろうって顔で私を見つめていた。塞いでいた手も「申し訳ありません、動揺しました」って離してくれて、でも真っ赤なのと少し涙目なのは変わらない。 「思春は父さまのことが好きなんだね」 「いえそれは違います私はあの男が支柱であり蓮華さまに連れ添う者であり孫呉に未来を残せるものだからこそ」 「わ、わっ……!? 落ち着いて思春! 一息でどこまで早口するの!?」 「い、いえ。大丈夫です、動揺はしていません」 してると思う。すっごくしてると思う。……してますよね? 「とにかく。私が北郷のことを好きなどということは、決して───《ちらり》」 「?」 後ろを向いてまで、父さまの顔をちら見する。 それってもうちら見じゃない気がするけど……それにしても、さっきはびっくりしてたのに、もうきょとんとした顔で返せる父さまの胆力ってどうなってるんだろう。 そんな父さまが遠ざかる。厳密には、思春が私に「失礼します」と言って私を持ち上げ、父さまたちから離れたからだけど。そういうわけで少し離れた場所ですとんと下ろされて、そこで真正面からとんでもないことを言われた。 「……ええ。好きではありません《きっぱり》」 「えぇっ!? そうなの!? な、なななん───」 「愛しています」 「───」 言葉に出来ない熱さが、胸を貫きました。 顔は赤いけど真剣な顔と、嘘を全く含まない声。 凄いな、こんなふうに言えるんだ。愛って凄い。 というか、話すと長くなるほどに……ここからいろいろな話をされました。 呉に来た時はああだったとか、一緒に移動することになってからはこうだったとか、振り返ってみて、なんだかんだで支えていた自分に気づいたら死にたくなったとか、いつから父さまのことを好きであったかを自覚したら自分というものが解らなくなったとか、解らないなら解らないなりに、時には流れに身を任せてみるのもいいかもしれないと思ったこととか、任せたら任せたでいつの間にか父さまを異常なほどに大切に思っていたこととか、それが行き過ぎて怒られたこととか。 よく解らないけど、そんな時に毒見で食べた辛い料理は、密かに思春の思い出の食事らしいです。ひぃひぃ言いながら料理を食べる父さまを見ていて、余計に守ってやりたいと思ったとか…………う、うぅん、ちょっと想像出来ません。 「あ、愛って……どんな感じなんでしょうか。好きとは違うんですか?」 自分の知らないことを胸を張って語る思春に、しなくてもよろしいですと言われていた敬語を使ってしまう。対する思春は……愛についてを語ってくれた。 私の知らない言葉とかたくさん出てきたからよく解らなかったけれど、ともかく……傍に居ると安心、微笑まれると胸がうるさい、頼られると舞い上がる、守ってやりたくなる、しかし守られるのも嬉しい、寄りかかりたくなった時に受け止められると全てを委ねたくなる、などなど。 最初はわくわく顔だった私も途中から顔が痛いくらいに熱くなって、目がぐるぐる回ってきた。思春ももう自分が何を言っているのか正しく認識できていないんじゃないかなぁ。だって凄いまっかっかだ。 けれど聞いた。聞きました。姉さまが“好き”についてを思い悩んでいるようだったから、聞く姿勢は解かずにそうしていた。 ……。 …………前略、曹丕姉さま。 孫登は、今日というこの日だけで随分と大人の世界を知った気がします。 「しししし思春! ああいうことを登に話して聞かせるなんて───!」 「し、失礼しました蓮華さま。語っているうち、私も何を語っているのかよく解らなくなってしまって……」 現在、様子を見にきた父さまと母さまがここに居て、珍しいことに母さまが思春に説教をしています。相当に混乱していたのか、これもまた珍しく母さまと父さまが近づいてきたことに気がつかなかった思春は、母さまと父さまが居るにも関わらず話を続行。もちろんそれからのことをきっちりと聞かれてしまって……今に至ります。 「父さま……男女って奥が深いのですね……」 「まあ、その。忘れろとは言わないけど、あんまり口外するようなことでもないから、気をつけような」 「述には話てしまってもいいでしょうか」 「ややこしくなるからやめてください」 泣きそうな声で言われてしまいました。 そして理解します。 様々な人に想われるというのも、きっと物凄く大変なことなんだろうなぁと。 「一刀っ! 大体あなたが!」 「やっぱきたぁあーーーーっ!!」 そして飛び火。 顔を真っ赤にさせた母さまが父さまを指差して説教を始めます。 父さまは正論を以って、少しずつ宥めようとしますが……正論って人をよく傷つけます。それが母さまの胸に突き刺さって、怒り出す。 そこからの母さま今の状況とは関係のないことまで口にしだして、思春がそれを止めようとするけれど父さまがそれを静かに止めて。やがて様々なことを叫ぶように言い放って、落ち着きを取り戻したところで……父さまは母さまを抱き締めて頭を撫でました。 ……それで終わり。 あ、あれぇ!? なんて戸惑ってしまうような状況だけれど、本当に終わった。 父さま曰く、なかなか自分の内側を吐き出せない人は、怒らせてでも吐き出させてやったほうがいい、とのこと。だから思春を止めたんだって気づいた時には、女性に囲まれた支柱生活を続けられている父さまこそを、素直に尊敬しました。 きっと、たくさんの苦労を知っているんだろうなぁ。 男性なら羨ましいって思うのかな。ちょっと想像してみる。 ……自分より強い女性ばかりに囲まれて、三人の王と各国の将と過ごす日々。 都では騒ぎが絶えず、警備隊隊長として過ごした彼は日々を駆けていた。 将の皆様に振り回され、王の皆様に振り回され、けれど仕事と鍛錬は真面目に。 仕事で疲れて部屋に戻ると、女性が待っていて……えぇと、その。 …………。 一言。 よく過労で死にませんでしたね、父さま。 兵というか、男性に尊敬されている理由がよ〜〜〜〜っく解った瞬間だった。 そうなのだ。父さまは男性の方に人気がある。 その理由がよく解っていなかったけれど、今なら解る……気がする。 私は男性じゃないから、全てを理解するのは不可能だ。 女性と仕事に囲まれた忙しさの中にあって、それでも父であろうとした父さまは、本当に忍耐の人です。 私は、そんな父の在り方に負けない自分になりたいと思う。 出来ればそんな父を、いろんなことで支えられる人になりたい。 そう思うと、一番にはなれなくてもいろんなものが苦手なわけではない自分が大好きになれそうな気がした。 好きになれそうだったから、白蓮さまのところへ向かうことが増えたのは、言うまでもない。出来ない者の苦悩を打ち明けあったあの日から、今までいろいろあって、真名はもう預けてもらっている。 「教わることは恥ずかしいことじゃない……名言です」 ───そんなわけで。川から戻ったあとは、早速白蓮さまのもとへ。 仕事をしていたけれど、笑顔で迎えてくれた。 「苦労したやつには幸せになってほしい。北郷も娘達のことで苦労した分、こうして思われてるんだから報われてるよなぁ」 笑顔のままにそんなことを言っている。 本当に、気安い人だ。 ただいい人すぎて、いつか騙されてしまわないか不安。 ……と思ったら、既に騙されたことがあるらしい。 「それでもこんな感じなのは、もはや性分だよ」とやっぱり笑う。いい人だ。 「はふ……」 日々は平穏。 私には愛だの恋だのはまだまだ解らないけれど、せめて人を平気で騙すような人にはならないようにと心掛けることにする。 教えてもらう時間の中で出た欠伸に笑みを浮かべ、伸びない自分に溜め息ばかりを吐いていた日々にさようならを。 じゃあ、頑張ろう。 周りには優秀な人が多すぎるんだから、私は一番でなくてもいい。 ただ、誰かが困っていたら多少だろうと手伝える自分で居られるように。 「………」 これも父さまのためになるのかな。 今までひどいことをしていた分、恩返しみたいなのが出来ればって思ったけど、よく解らない。 けど、面と向かって父さまに“これって恩返しになりますか”と訊けるわけもない。 なので、これでいい。 なんでも出来るようになることが悪いことに繋がるかどうかなんて、きっと自分の意思によるものに違いないのだ。 曲がらないようにしよう。 愛だ恋だはまるで解らなくても、人が悲しむ姿を見たいとは思わないから。
ネタ曝しです *なにを言っているのか自分でも解らないけど そのつもりはなかったけどそれっぽかったので。 ある意味有名なポルナレフのアレ。 出すぎているネタって、見ていると満腹感に襲われるみたいな感じになりますよね。 “だが断る”なども、様々な場所で見すぎて過食感を抱いたことが……僕にもありました。 が、ネタはネタなので、誰がどう受け取ろうと私は一向に構わんッッてことで慣れました。 ネタに罪はない。でも、そのネタをどう感じるかが変わってしまった自分に呆れました。 素直に最初の頃のように楽しんでおけばよかったものを……自分に馬鹿野郎を唱えます。 *以下、小説に関係ない雑談。読み飛ばして結構です。 はいな、127話をお送りします、凍傷です。 減った体重が5キロに到達。最初の一週間が速すぎた。 半日断食を続けた結果、お腹が減りづらくなりました。 朝起きてもぐるるぅとも鳴りません。 あと面白いことがひとつ。 千年酵素というものを飲んでおるのですが、ただでさえ朝食抜いているのに炭水化物と糖質を分解するブツを一緒に摂取する日々を送っております。 で、一度ごはんを食べ終わって酵素を飲み忘れた時があったのですが、しばらく経ってから身体がめちゃくちゃ熱くなりました。 ……やっぱり炭水化物って燃焼に必要なんだなぁと小さな実感。 それと小さなネタをひとつ。 笑顔でいると便通が良くなるらしいです。 便秘になっていると痩せにくいらしいので、スマイルで老廃物を捨てましょう。 半日断食+スマイル習慣+11時前から夜中2時までは確実に寝ましょう。 実体験というか、やってみましたが、夜はきちんと寝ないと便秘になります。ええマジで。 成長ホルモン様は腸の行動にも関係があるっぽいです。 スマイルは今回のお話にあるように、口角を持ち上げて目尻を下げるような作り笑い(本気)でOK。 朝起きたら水をンビンビ飲んでお腹のマッサージなどをどうぞ。1リットルくらい飲めばいいらしい。 ちなみに食事を摂ると腸より胃が働くっぽいので、食べるなら出すもの出してからのほうがよさそげです。僕はもう食べてないので一向に構わん状態なのですが。 ところで自分は何故小説のあとがきでこげなことを書いておるのでしょうか。 ああええと、豆知識あたりとして聞き流して……いやもとい、読み流してください。 読まないといけないことは一切ありません。 そんなわけで、最近はいろいろなものに手を出しまくってます。 飲んでみた酵素は野草酵素、ベジーデル酵素液、野草専科、ベジライフ、千年酵素。 一本7千はするので気軽に買えないブツですが、あえて買いました。 最初は朝食の置き換えとして酵素を使っていたのですが、半日断食初めてから要らなくなった。 なのでもっぱら千年酵素。 金時しょうが+シルクペプチドや杜のすっぽん黒酢も使ってみてます。 とりあえず金時しょうがは汗が随分と出るようになりました。 それが夏だからかどうかは、購入時期が微妙だったためによく解ってません。 暑い日差しの下、ジョギングしていると汗がドバドバ。 ……夏だからなのか効果ありなのか、やっぱり解りづらいです。 涼しくなれば解るかも。秋が大好きです。 杜のすっぽん黒酢は……これどうなんだろ。飲んで十日程度では実感はありません。 そんな近況。 実に小説と関係ない小話でした。 そして仕事場のお方に健康オタクと言われてしまった。 健康というか、効果に興味があるだけなんですが。 通販紹介でああやって大きく取り上げていると、本当に効果があるのかーって気になるじゃあないですか。で、試してみたくなる。凍傷はそんなお馬鹿さんです。 そんな馬鹿は現在、マッスルトレーナー履いてジョギングしております。 ……この靴、きちんと酸素吸わないとあんまり意味ないのにね。 では、また次回で。 最後に一言。 遅くなってすいませんでしたァァアーーーーーッ!! Next Top Back